説明

球状化焼鈍後の加工性に優れ、かつ焼入れ・焼戻し後の耐水素疲労特性に優れる軸受鋼

【課題】水素が侵入する環境化においてもWEAの生成を効果的に抑制して、転動疲労寿命を向上させるだけでなく、素材の切削性や鍛造性などの加工性も併せて改善した、球状化焼鈍後の加工性に優れ、かつ焼入れ・焼戻し後の耐水素疲労特性に優れる軸受鋼を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.85〜1.10%、Si:0.30〜0.80%、Mn:0.90〜2.00%、P:0.025%以下、S:0.02%以下、Al:0.05%以下、Cr:1.8〜2.5%、Mo:0.15〜0.4%、N:0.0080%以下およびO:0.0020%以下を含み、さらにSb:0.0015%超0.0050%以下を含有し、残部はFe及び不可避的不純物からなる鋼組成とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車、風車および産業機械などの汎用軸受鋼(JIS-SUJ2)製軸受で問題となっている、水素起因の白色組織に由来した軸受損傷を抑制することができ、しかも合金添加量を抑制して素材の加工性をJIS-SUJ2並とした、球状化焼鈍後の加工性に優れ、かつ焼入れ・焼戻し後の耐水素疲労特性に優れる軸受鋼に関するものである。
【背景技術】
【0002】
軸受は、優れた転動疲労寿命が要求される部品であり、近年、自動車、風車および産業機械などの汎用軸受鋼(JIS-SUJ2)製の軸受で、転動疲労寿命の低下が問題となっている。そのために、転動疲労寿命の向上に関する研究が種々行なわれている。なお、軸受部品としては、自動車オルタネーター用軸受等が挙げられる。
軸受の転動疲労寿命を決める転動疲労破壊の現象は、軸受転送部直下に白色組織と呼ばれる組織変化が発生して、軸受に亀裂が発生・伸展することで引き起こされていることが分かっている。
【0003】
ここに、上記の白色組織は、
(1)転送部に対し特定の方位関係を持たず、不規則に発生する白色組織(以下、WEAともいう)
(2)非金属介在物の周辺に45°方向に発生する白色組織(バタフライ)
(3)転送部に対し、約80°と約30°の方位関係をもつ白色組織(ホワイトバンド)
に分類される。
特に、WEAが生成すると、想定している軸受寿命よりも短時間で疲労破壊が生じるために、最も対策が求められている白色組織である。
【0004】
WEAの生成機構については、特許文献1に記載されているように、軸受に使用されている潤滑油、あるいは軸受に侵入した水がトライボケミカル反応により分解して水素を生成し、鋼中へと侵入・蓄積することで促進されると考えられている。
かようなWEAの生成を抑制する方法として、例えば、特許文献2には、CrおよびNの添加量を高めて残留オーステナイト量を増加する方法が、また、特許文献3にはNiあるいはNiとMoを同時添加する方法がそれぞれ記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2008-255399号公報
【特許文献2】特開2007-262449号公報
【特許文献3】特開2002-60904号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
一方で、軸受を製造する際には、軸受鋼の素材に対して切削加工等を行う必要がある。したがって、軸受鋼は、WEAの生成を抑制することと同時に、球状化焼鈍後の切削加工等の加工性に優れていることが要求されている。
しかしながら、前掲した特許文献1〜3では、軸受鋼に対する切削などの加工性に関して、考慮が払われていないか、一般的な配慮がなされている程度である。
【0007】
本発明は、上記の現状に鑑み開発されたもので、潤滑油等から水素が侵入する環境下においても、WEAの発生を効果的に抑制することで転動疲労寿命を向上させるだけでなく、素材の切削性や鍛造性などの加工性も良好な、球状化焼鈍後の加工性に優れ、かつ焼入れ・焼戻し後の耐水素疲労特性に優れる軸受鋼を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
発明者らは、汎用鋼であるJIS-SUJ2と同等の切削性を維持し、かつ、耐水素疲労特性がJIS-SUJ2より良好な鋼材を開発すべく鋭意検討を行なった。
なお、以下の説明において、鋼中の元素の含有量を表す表記で、単に%と表記したものは全て質量%を意味する。
【0009】
まず、Si、Cr、Mo量を変化させた鋼について、水素チャージをした後の転動疲労寿命B10を調査した。ベース鋼は、0.9%C-1%Mn-0.016%P-0.008%S-0.025%Al-0.003%N―0.0015%Oとした。
また、比較のために汎用鋼であるJIS-SUJ2相当鋼(1.05%C-0.25%Si-0.45%Mn-0.016%P-0.008%S-0.025%Al-1.45%Cr-0.003%N-0.0010%O)についても転動疲労寿命B10を調査した。なお、試験片の作成条件および転動疲労試験条件については、後述する実施例に記載したものと同様とした。
【0010】
それぞれの鋼について、得られた転動疲労寿命B10を、JIS-SUJ2相当鋼についての転動疲労寿命B10の値で除すことで、汎用鋼に対する寿命の向上度(B10寿命比=B10寿命/ JIS-SUJ2相当鋼のB10寿命)を評価した。
図1に、Si含有量を横軸に、B10寿命比を縦軸にして整理した結果を示す。
同図から明らかなように、Crの含有量が1.8%以上で、かつMoを0.15%含有させた鋼では、Si含有量が0.3%以上になると、B10寿命比が4倍以上に向上した。これに対し、Cr含有量が1.7%の場合は、Moを0.15%添加し、かつ、Siを0.3%以上としても、B10寿命の上昇はほとんど認められなかった。また、Cr含有量が1.8%以上であっても、Mo含有量が0%の鋼では、Siを0.3%以上添加しても、B10寿命の向上が認められなかった。
また、転動疲労寿命に達した試験片の剥離部分の組織を観察した結果、剥離した部分には、WEAが観察され、剥離は全てWEAに起因することが判明した。
以上のことから、Crを1.8%以上、Siを0.3%以上、Moを0.15%以上含有させることで、WEAの発生を遅らせて、転動疲労寿命を向上できることが分かった。
【0011】
次に、上記した転動疲労寿命の調査を行なった鋼それぞれについて、外周旋削試験による被削性の調査を行なった。試験条件の詳細は後述する実施例と同様であり、工具の逃げ面摩耗量が0.2mmになるまでの時間(以下、工具寿命という)を測定した。この時間が長いと被削性が良好であると判断できる。それぞれの鋼について得られた工具寿命を、JIS-SUJ2相当鋼についての工具寿命の値で除すことで、汎用鋼に対する工具寿命の向上度(工具寿命比=工具寿命/ JIS-SUJ2相当鋼の工具寿命)を評価した。
図2に、Si含有量を横軸に工具寿命比を縦軸にして整理した結果を示す。
図2に示したように、転動疲労寿命B10が高い値を示した1.8%Cr-0.15%Mo鋼、および2.5%Cr-0.15%Mo鋼は、Si含有量が0.8%超になると、工具寿命が急激に低下した。また、2.7%Cr-0.15%Mo鋼は、Si含有量に関わらず、工具寿命は低い値を示した。
以上のことから、Moを含有させた鋼において、Cr含有量を2.5%以下で、かつSi含有量を0.8%以下とすることにより、汎用鋼JIS-SUJ2並の被削性を確保できることが分かった。
【0012】
加えて、発明者らは、Si、Cr、Moの量を調整して転動疲労寿命を向上させた鋼に対して、さらにSbを添加することで、被削性を維持したまま、転動疲労寿命を一層向上し得るという知見を得た。
上記知見を得た試験を、以下に説明する。
【0013】
図3、図4は、ベース鋼を0.9%C-1%Mn-0.016%P-0.008%S-0.025%Al-0.003%N-0.0015%O-0.0016%Sbとして、図1、図2と同様に、Si、Cr、Moの量を調整した試験を行った結果である。すなわち、Si含有量とB10寿命比の関係、およびSi含有量と工具寿命比の関係で、結果を整理したグラフである。
【0014】
図3に示したとおり、Crを1.8%以上、Siを0.3%以上およびMoを0.15%以上添加し、そしてさらにSbを0.0016%含有することによって、WEAの発生が遅れ、転動疲労寿命が向上していることが分かる。
また、図4から明らかなように、Moを含有させた鋼で、Cr含有量を2.5%以下で、Si含有量を0.8%以下とし、そしてさらにSbを含有させることにより、汎用鋼JIS-SUJ2並の被削性を確保できることが分かる。ここに、Crを1.8%以上、Siを0.3%以上、Moを0.15%以上としたときのB10寿命の向上幅は、Sbを添加した場合のほうが、Sbを添加しない場合の時よりも格段に大きいことが分かる。
【0015】
本発明は、以上の知見に、さらに、被削性を確保可能なMo含有量や、水素を混入させた場合の転動疲労寿命と、被削性におよぼすその他の成分元素の影響も調査した結果を合わせて、完成したものである。
【0016】
すなわち、本発明の要旨構成は次のとおりである。
1.質量%で、C:0.85〜1.10%、Si:0.30〜0.80%、Mn:0.90〜2.00%、P:0.025%以下、S:0.02%以下、Al:0.05%以下、Cr:1.8〜2.5%、Mo:0.15〜0.4%、N:0.0080%以下およびO:0.0020%以下を含み、さらにSb:0.0015%超0.0050%以下を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなる軸受鋼。
【0017】
2.前記鋼組成が、さらに、質量%で、Ti:0.01%以下、Ni:0.10%以下、Cu:0.10%以下およびB:0.0010%以下のうちから選ばれる1種または2種以上を含有する前記1に記載の軸受鋼。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、切削などの加工性に優れるのはいうまでもなく、従来の軸受鋼に比べて耐水素疲労特性が格段に優れた軸受用鋼を得ることができ、その結果、軸受の転動疲労寿命の向上に寄与し、産業上有益な効果がもたらされる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】転動疲労寿命B10に及ぼすSi,CrおよびMo量の影響を示すグラフである。
【図2】工具寿命に及ぼすSi,CrおよびMo量の影響を示すグラフである。
【図3】Sbを添加した場合の、転動疲労寿命B10に及ぼすSi,CrおよびMo量の影響を示すグラフである。
【図4】Sbを添加した場合の、工具寿命に及ぼすSi,CrおよびMo量の影響を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明の軸受鋼における成分組成の含有量の限定理由を説明する。なお、以下の説明において、各元素の含有量(%)は質量%を意味するものとする。
C:0.85〜1.10%
Cは、焼入れ焼戻し後の硬さを確保し、軸受の転動疲労寿命を高位に確保する上で必要な元素であり、0.85%以上含有する必要がある。一方、C含有量が1.10%を超えると、粗大な炭化物が残存してかえって転動疲労寿命が劣化する。したがって、C含有量は0.85〜1.10%の範囲とする。
【0021】
Si:0.30〜0.80%
Siは、耐水素疲労特性を向上させる上で本発明では特に重要な元素であり、水素が混入した場合における転動疲労寿命を確保する上で重要な元素である。前述したとおり、Siが0.30%未満では、この効果が発現しない。一方、Si含有量が0.80%を超えると、前述したとおり被削性が劣化する。したがって、Si含有量は0.30〜0.80%の範囲とする。より好ましい下限は0.40%である。
【0022】
Mn:0.90〜2.00%
Mnは、焼入れ・焼戻し後の硬さを確保し、軸受の転動疲労寿命を高位に確保する上で必要な元素であり、そのためには0.90%以上含有する必要がある。一方、Mn含有量が2.00%を超えると、被削性が劣化する。したがって、Mn含有量は0.90〜2.00%、好ましくは0.90〜1.35%の範囲とする。なお、0.90〜1.15%としてもよい。
【0023】
P:0.025%以下
Pは、オーステナイトの粒界に偏析し、粒界強度を低下させることにより、焼入時に焼割れを助長する。したがって、その含有量は極力低下させるのが望ましいが、0.025%までは許容される。なお、好ましくは0.020%以下とする。工業的には、Pは0%を超える量含有されるが、可能であれば0%として良い。
【0024】
S:0.02%以下
Sは、鋼中でMnSを形成して切削性を向上させるために添加する元素であるが、0.02%を超えて添加すると、転動時の破壊の起点となって転動疲労強度が低下するため、0.02%以下の添加とする。好ましくは0.01%以下とする。MnS形成による上記効果は、S:0.0003%以上であれば得ることができる。
【0025】
Al:0.05%以下
Alは、脱酸に有効な元素であり低酸素化のために有用な元素であるが、鋼中に存在するAl酸化物は転動疲労特性を低下させるため、本発明では0.05%以下の添加とする。脱酸後に残存するAl量は、最小で0.004%程度に抑制することができる。
【0026】
Cr:1.8〜2.5%
Crは、白色組織(WEA)の生成を抑制するために有効な元素であり、本発明では重要な元素である。というのは、前述したように、添加量が1.8%未満の場合では、水素雰囲気下での白色組織の生成抑制による転動疲労寿命向上効果が乏しい。一方、2.5%を超えて添加した場合では、コストアップになるとともに、被削性を著しく劣化させる。したがって、本発明では、Cr添加量の範囲を1.8〜2.5%とする。
【0027】
Mo:0.15〜0.4%
Moは、白色組織(WEA)の生成を抑制するために有効な元素であり、本発明では重要な元素である。ここに、添加量が0.15%未満の場合は、水素雰囲気下での転動疲労寿命の向上効果が乏しい。一方、0.4%を超えて添加すると、コストアップになるだけでなく、被削性を著しく劣化させる。したがって、本発明では、Mo添加量の範囲を0.15〜0.4%とする。
【0028】
Sb:0.0015%超0.0050%以下
Sbは、水素のトラップサイトとなり、白色組織の生成を抑制するために有効な元素である。Sb添加量が0.0015%以下では、添加効果が乏しいため0.0015%超の添加が必要である。一方、0.0050%を超えてSbを添加しても、この効果は飽和する。そのため、Sbの添加量は0.0015%超0.0050%以下の範囲とする。
【0029】
N:0.0080%以下
Nは、Al,Tiと窒化物あるいは炭窒化物を形成し、焼入れのための加熱時に、オーステナイトの成長を抑制する効果がある。一方で、粗大な窒化物、炭窒化物は転動疲労寿命の低下を招くことになるため、本発明では0.0080%以下に抑制する。好ましくは0.0060%以下とする。窒化物・炭窒化物形成による上記効果は、N:0.0015%以上であれば得ることができる。
【0030】
O:0.0020%以下
Oは、硬質の酸化物系非金属介在物として存在し、O量の増大は、酸化物系非金属介在物のサイズを粗大化させる。この粗大化介在物は、特に転動疲労特性にとって有害であるため、極力低減することが望ましい。そのためには、O量を、少なくとも0.0020%以下に低減する必要がある。好ましくは0.0010%以下とする。工業的には、Oは0%を超える量含有されるが、可能であれば0%として良い。
【0031】
以上、基本成分について説明したが、本発明ではその他にも、以下に示す各成分のうち1種または2種以上を適宜添加することが可能である。
Ti:0.01%以下
Tiは、鋼中の窒素とTiNになることで、オーステナイト域でピンニング効果を発揮し、粒成長を抑制する効果があるため添加することが好ましい。一方、多量に添加するとTiNが多量析出することで転動疲労寿命を低下させてしまうおそれがあるため、添加量を0.01%以下に制限する。前記効果を得るためにはTiを0.003%以上添加することが好適である。
【0032】
Ni:0.10%以下
Niは、焼入性を向上させる元素で、焼入性を調整する場合に用いることができる。しかしながら、Niは高価な元素であるので添加量が多くなると鋼材価格が高くなるため、0.10%以下の添加とする。前記効果を得るためにはNiを0.03%以上添加することが好適である。
【0033】
Cu:0.10%以下
Cuは、焼入性を向上させる元素であるため添加することができる。しかしながら、0.10%を超えると、熱間加工性を阻害するおそれが生じるために0.10%以下の添加とする。前記効果を得るためには0.03%以上添加することが好適である。
【0034】
B:0.0010%以下
Bは、焼入性を向上させる効果があるので、焼入性を調整する場合に用いることができる。しかし、0.0010%を超えて添加しても効果が飽和するので、0.0010%以下の添加とする。前記効果を得るためには0.0003%以上添加することが好適である。
【0035】
なお、上記成分以外の残部は、製造工程において混入する不可避的不純物およびFeである。
【0036】
以上説明した成分組成の軸受鋼は、公知の方法にて製造可能である。
すなわち、転炉、脱ガス設備等溶製方法にて溶製された後、鋳造され、得られた鋳片を、拡散焼鈍、圧延あるいは鍛錬成形工程を経て所定寸法の鋼材とされる。この鋼材に対し、従来公知の球状化焼鈍が施され、軸受部品への加工用の素材となる。その後、切削加工や鍛造加工などの加工工程を経て、本発明の軸受鋼になる。
【0037】
なお、とくに好適な製造条件を例示すると、下記の通りである。
球状化焼鈍は750〜820℃で4〜16時間程度保持し、650℃程度まで8〜20℃/h程度で徐冷する処理を施すことが好ましい。球状化焼鈍後の加工用素材の組織はフェライトおよび球状セメンタイトを含むことが好ましく、ビッカース硬度は180〜250程度となることが好ましい。
【0038】
前記加工素材は、軸受部品の形状に加工された後、焼入れおよび焼戻しされて、軸受部品となる。なお、必要に応じ、焼入れ・焼戻し後に最終精度の部品形状に加工してもよい。
【0039】
焼入れは800〜950℃に15〜120分程度保持した後、油焼入れ、水焼入れなどの急冷処理を施すことが好ましい。焼戻し処理は150〜250℃で30〜180分程度の条件で行うことが好ましい。焼入れ・焼戻し後の軸受用鋼(軸受部品)は、焼戻しマルテンサイトを内部まで含有し、かつ面積率で90%程度以上含有することが好ましい。また、ビッカース硬度は700〜800程度となることが好ましい。
【実施例1】
【0040】
表1および表2に示す成分組成(残部Feおよび不可避不純物)の鋼塊(100kg)を、真空溶製し、1250℃、30時間の拡散焼鈍を行なった後、直径:60mmの丸棒に鍛伸した。ついで990℃、2時間の焼準を行なった後、785℃、10時間保持して、15℃/hで徐冷する球状化焼鈍を施した。
球状化焼鈍後の鋼から、直径:60mm、厚さ:5.5mmの疲労試験片を粗加工した。得られた粗加工試験片を840℃に30分保持後、油焼入れし、さらに180℃、2時間の焼戻しを行なった。焼戻し後の粗加工試験片を、直径:60mm、厚さ:5.0mmの試験片に仕上げ加工した。かかる仕上げ加工後の試験片に対し、水素チャージを行った。水素チャージは、50℃の20%チオシアン酸アンモニウム(NH4SCN)水溶液中に、24時間保持することで行なった。この条件では、汎用鋼JIS-SUJ2(表1中のNo.1鋼)で鋼中に水素が0.5質量ppm侵入することを、昇温式水素分析を用いて600℃までの水素量を測定することにより確認している。
【0041】
得られた試験片に対し、スラスト型転動疲労試験機を使用し、前述の水素チャージ後、30分以内に試験を実施する水素環境下での使用を模擬した転動疲労試験を実施した。この転動疲労試験は、へルツ応力:3.8GPa、応力負荷速度:3600cpm、タービン油(FBKタービン68、JX日鉱日石エネルギー株式会社製)潤滑(室温)の条件で実施した。なお、各鋼種につき10回試験を行い、ワイブルプロットによる整理を実施して、累積破損確率が10%となるB10寿命を求めた。
それぞれの鋼について得られた転動疲労寿命B10をJIS-SUJ2相当鋼についての転動疲労寿命B10の値で除すことによって、汎用鋼に対する寿命の向上度(B10寿命比=B10寿命/ JIS-SUJ2相当鋼のB10寿命)を求め、評価した。
【0042】
次に、球状化焼鈍後のそれぞれの鋼に対して工具寿命を求める試験(外周旋削試験)を行った。試験条件は以下のとおりである。
・切削速度:120m/min(潤滑剤なし)
・送り:0.2mm/rev
・切込み:1.0mm
・工具材種:超硬P10種相当
上記の切削条件で、切削工具の逃げ面摩耗量が0.2mmになるまでの時間を工具寿命として調査した。それぞれの鋼について得られた工具寿命を、JIS-SUJ2相当鋼についての工具寿命の値で除すことで、汎用鋼に対する工具寿命の向上度(工具寿命比=工具寿命/JIS-SUJ2相当鋼の工具寿命)を求め、評価した。
得られた結果を、表1、表2にそれぞれ併記する。
【0043】
【表1】

【0044】
【表2】

【0045】
表1および表2の発明例から明らかなように、本発明の要件を満足する鋼は、従来例No.1(JIS-SUJ2相当鋼)に対して、転動疲労寿命B10が6.33倍以上となっており、耐水素疲労特性に優れていることが分かる。また、発明例から明らかなように、本発明の要件を満足する鋼は、工具寿命が従来例No.1(JIS-SUJ2相当鋼)の0.91倍以上であり、従来鋼とほぼ同等の被削性(加工性)を有していることが分かる。
これに対し、本発明の成分組成範囲を外れる比較例は、転動疲労寿命B10または工具寿命のいずれかが、発明例よりも劣っていた。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明に従い、鋼成分中、特にCr,MoおよびSi含有量を適正範囲に制御し、さらに適正量のSbを添加することによって、切削などの加工性に優れるのはいうまでもなく、従来の軸受鋼に比べて耐水素疲労特性が格段に優れた軸受用鋼を得ることができる。その結果、軸受の転動疲労寿命が大幅に向上し、産業上多大の効果がもたらされる。



【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.85〜1.10%、Si:0.30〜0.80%、Mn:0.90〜2.00%、P:0.025%以下、S:0.02%以下、Al:0.05%以下、Cr:1.8〜2.5%、Mo:0.15〜0.4%、N:0.0080%以下およびO:0.0020%以下を含み、さらにSb:0.0015%超0.0050%以下を含有し、残部Fe及び不可避的不純物からなる軸受鋼。
【請求項2】
前記鋼組成が、さらに、質量%で、Ti:0.01%以下、Ni:0.10%以下、Cu:0.10%以下およびB:0.0010%以下のうちから選ばれる1種または2種以上を含有する請求項1に記載の軸受鋼。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−188739(P2012−188739A)
【公開日】平成24年10月4日(2012.10.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−260831(P2011−260831)
【出願日】平成23年11月29日(2011.11.29)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】