説明

球状黒鉛鋳鉄及びその製造方法

【課題】耐熱性、耐酸化性及び鋳造性に優れ、ターボチャージャーハウジング、エキゾーストマニホルド、排気系部品等の自動車エンジン用部品に好適に使用される高珪素の球状黒鉛鋳鉄及びその製造方法を提供する。
【解決手段】本発明に係る球状黒鉛鋳鉄は、酸素(O)及び硫黄(S)がそれぞれ質量比で、O:25ppm以下、S:0.015%以下含まれ、C:2.5〜3.8%、Si:4.1〜8.0%、Mn:0.2〜0.7%、Mg:0.008〜0.029%、P:0.02〜0.15%、残部鉄(Fe)及び不可避不純物からなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、組成が低酸素、低硫黄及び高珪素の球状黒鉛鋳鉄及びその製造方法に係り、特に高耐熱性の薄肉鋳物に好適な球状黒鉛鋳鉄及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年環境問題の高まりから、省エネ・軽量化技術が注目されている。そのような省エネ・軽量化技術の一つとして、球状黒鉛鋳鉄の自動車エンジン用のターボチャージャーハウジング、エキゾーストマニホールド、排気系部品等への適用化技術があり、耐熱性を向上させた高珪素の球状黒鉛鋳鉄が種々提案されている。
【0003】
例えば、特許文献1に、質量比で、C:1.8〜3.5%、Si:4.5〜8.0%、Cr:7.0%以下、Ni:2.0%以下、Mo:2.0%以下、(2Sn+Sb):0.5%以下、黒鉛球状化元素:0.1%以下を含有するフェライト系耐熱球状黒鉛鋳鉄が提案されている。そして、Sn、Sbは、何れも黒鉛の粒数を増加しまた球状化を向上させ、黒鉛粒数を増加することで元素の偏析が緩和されて、Siの含有量を多くしても常温伸びの低下を抑えることができ、材料の耐酸化性を向上させる効果があることが記載されている。また、本フェライト系耐熱球状黒鉛鋳鉄は、800℃を超える温度での繰り返し使用に耐え得ることが記載されている。
【0004】
特許文献2に、高濃度のシリコン材であっても微細組織を有し10%以上の伸びを示す球状黒鉛鋳鉄として、重量%で炭素2.8〜3.8%、シリコン4.5〜6.0%、その他を鉄と溶解原材料から必然的に混入する少量の元素を含有する組成を炉内で溶解して、溶湯をトリベに移し、ビスマス(Bi)0.005〜0.05%を添加して後、球状化処理を行うことにより、黒鉛を1平方ミリ当たり1000個以上の微細で緻密な球状黒鉛組織を有するように成した耐熱用球状黒鉛鋳鉄が提案されている。そして、球状黒鉛を微細化する手段としては、注湯後の冷却速度を速める方法があり、砂型では困難な技術であるから、金型注湯で冷却効果を向上させることが考えられるが、鋳鉄の場合はガス抜きに問題があるので使えない。本発明ではビスマスを0.005〜0.05%添加して黒鉛を微細化することと、砂型を使用し、鋳造品の肉厚を2.5〜3.5ミリと薄くして、冷却速度を速める方法を講じていると記載されている。
【0005】
また、特許文献3に、Moを添加した高Siの球状黒鉛鋳鉄であってVとMnの添加により球状黒鉛鋳鉄の高温物性を改善したフェライト系球状黒鉛鋳鉄が提案されている。すなわち、元素の含有量が、重量%で、C:3.1〜3.7%、Si:4.0〜4.5%、Mo:0.3〜0.7%、V:0.2〜0.5%、Mn:0.15〜1.5%、Mg:0.02〜0.06%であり、V及びMnの含有量の合計が0.4〜1.8%であり、Si/CE値が0.82〜0.96であるフェライト系球状黒鉛鋳鉄が提案されている。そして、VとMnとは、それぞれ単独に添加するよりも、複合して添加する方が機械的性質等に望ましい効果をもたらすことが記載され、本フェライト系球状黒鉛鋳鉄は、800〜900℃近傍において優れた引張強さと耐力を有することが記載されている。
【0006】
【特許文献1】特開2004-169135号公報
【特許文献2】特開2002-339034号公報
【特許文献3】特許3936849号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
球状黒鉛鋳鉄の珪素(Si)の含有量が増加すると、概してその増加に伴って耐熱性、耐酸化性が向上するが伸びの低下や溶湯の流動性が悪くなるという問題を有する。さらに、薄肉鋳物部品の製造においては冷却速度が速いということから、チル化の問題がある。このため、自動車エンジン用のターボチャージャーハウジング等を対象とした高珪素の薄肉球状黒鉛鋳鉄には、従来のもの以上の高い耐熱性、耐酸化性が望まれるが、チル化が防止できるとともに鋳造性を有することが必須であると考えられる。
【0008】
特許文献1に提案されたフェライト系耐熱球状黒鉛鋳鉄においては、耐熱性、耐酸化性を示す試験例は記載されているが、鋳造性を示す試験はSi:5.10%を含有するエキゾーストマニホールドの例の記載があるのみで、実際に提案されたような高珪素のフェライト系球状黒鉛鋳鉄によりエキゾーストマニホールド等が作製可能か不明である。
【0009】
特許文献2に提案された耐熱用球状黒鉛鋳鉄は、微細な組織を有し高い伸びを示す点は優れるが、ビスマスの添加や特殊な砂型の使用などを要するという問題がある。また、この耐熱用球状黒鉛鋳鉄のシリコンの含有量は4.5〜6.0%とされており、さらにシリコン含有量を増加させて耐熱性や耐酸化性を向上させることができるのか不明である。
【0010】
また、特許文献1〜3に提案された耐熱性薄肉球状黒鉛鋳鉄のように、従来の耐熱性薄肉球状黒鉛鋳鉄は、特殊な元素の添加を要するものが多い。このような特殊元素の添加は、大量の資源を必要とする自動車エンジン用部品の生産においては、資源、経済性等の観点から、好ましくない。むしろ、比較的豊富な資源である珪素の含有量をより高めた高珪素の球状黒鉛鋳鉄により耐熱性、耐酸化性及び鋳造性の向上を図るのが好ましい。
【0011】
本発明は、このような問題点及び観点に鑑み、チル化が防止でき、耐熱性、耐酸化性及び鋳造性に優れ、薄肉で鋳造性が要求されるターボチャージャーハウジング、エキゾーストマニホールド、排気系部品等の自動車エンジン用部品に好適に使用される高珪素の球状黒鉛鋳鉄及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係る球状黒鉛鋳鉄は、酸素(O)及び硫黄(S)がそれぞれ質量比で、O:25ppm以下、S:0.015%以下含まれ、C:2.5〜3.8%、Si:4.1〜8.0%、Mn:0.2〜0.7%、Mg:0.008〜0.029%、P:0.02〜0.15%、残部鉄(Fe)及び不可避不純物からなる。
【0013】
上記発明において、さらに質量比でCr:0.2〜1.5%含有するのが好ましく、また、質量比でMo:0.2〜1.0%含有するのが好ましい。Cr、Moは、それぞれ単独又は併せて含有させることができる。
【0014】
上記のような、球状黒鉛鋳鉄は、先ず溶湯中の酸素(O)及び硫黄(S)がそれぞれ質量比で、O:25ppm以下、S:0.004%未満になるように溶湯の脱酸及び脱硫を行った後、次に溶湯を1600〜1900℃に維持しつつ珪素(Si)を添加し、溶湯中の珪素(Si)が最終的にSi:4.1〜8.0%になるように調整するとともに球状化処理を行うことにより製造することができる。
【0015】
また、ダライ粉を用いたアーク式電気炉によるエレクトロスラグ溶解法により溶湯中の酸素(O)及び硫黄(S)をそれぞれ質量比で、O:25ppm以下、S:0.004%未満になるように溶湯の脱酸及び脱硫を行った後、次に溶湯を1600〜1900℃に維持しつつ珪素(Si)を添加し、溶湯中の珪素(Si)が最終的にSi:4.1〜8.0%になるように調整するとともに球状化処理を行うことにより上記のような球状黒鉛鋳鉄を製造することができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る球状黒鉛鋳鉄は、チル化が防止でき、耐熱性、耐酸化性及び鋳造性に優れ、薄肉で鋳造性が要求されるターボチャージャーハウジング、エキゾーストマニホールド、排気系部品等の自動車エンジン用部品の製造に好適に使用することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明を実施するための最良の形態について説明する。本発明に係る球状黒鉛鋳鉄は、酸素(O)及び硫黄(S)がそれぞれ質量比で、O:25ppm以下、S:0.015%以下含まれ、C:2.5〜3.8%、Si:4.1〜8.0%、Mn:0.2〜0.7%、Mg:0.008〜0.029%、P:0.02〜0.15%、残部鉄(Fe)及び不可避不純物からなる。本球状黒鉛鋳鉄の組成は、上述のように、低酸素、低硫黄かつ高珪素である。
【0018】
本発明において酸素(O)の含有量は、上述のようにO:25ppm以下である。このような溶湯は湯流れがよい。一方、酸素含有量が50ppmを越えると湯流れが悪くなるので好ましくない。一般に、溶湯中に酸化物が存在すると湯流れが悪くなる。また、溶湯中には通常溶存酸素が5ppm前後存在するから、酸素含有量が5ppm以下の場合は、湯流れを悪くする酸化物がほとんど存在しない状態であると考えられる。従って、酸素含有量は5〜25ppmであればよく、5〜20ppmが好ましい。
【0019】
硫黄(S)の含有量は、上述のようにS:0.015%以下である。硫黄含有量が0.020%を越えると鋳物巣、内部欠陥等を生じやすく、チル化しやすいので好ましくない。また、硫黄含有量が低すぎてもチル化しやすいので好ましくない。適度の硫黄を加えるとチル化し難くなるので好ましいが、硫黄含有量が高いと湯流れ性が悪くなる傾向がある。一方、珪素は黒鉛化傾向が強いので、高珪素の場合はチル化し難くなる。これらの各条件を考慮すると、硫黄含有量は、0.003〜0.015%がよく、0.003〜0.008%が好ましい。
【0020】
このような酸素又は硫黄の含有量の効果を図1に示す。横軸はO(酸素)含有量で、縦軸はS(硫黄)含有量を示す。A領域が本発明の範囲を示し、B領域が好ましい範囲、C領域がさらに好ましい範囲である。なお、上述の酸素含有量又は硫黄含有量は、球状黒鉛鋳鉄中に含まれる全酸素含有量及び全硫黄含有量(単独又は化合物の形態で存在するものを含む)を示す。
【0021】
また、本発明において珪素(Si)は、Si:4.1〜8.0%である。本発明に係る球状黒鉛鋳鉄は、公知の高Si球状黒鉛鋳鉄(Si:4.0%)を超える珪素含有量になっている。これにより、耐熱性及び耐酸化性を向上させることができる。また、このような高珪素であっても高い湯流れ性を有する。
【0022】
表1に、珪素含有量、酸素含有量又は硫黄含有量を種々に変えて湯流れ試験を行った場合の、湯流れ長さを示す。表1には、湯流れ試験を行ったときの溶湯温度も合わせて記載した。図2に、記号cの場合(Si:6.90%)の湯流れ試験後の試験片形状を示す。試験片は、図2に示すように、同一の湯道を有する厚さ3mmと2mmの板状体が並列に配置された形状をしている。厚さ3mmと2mmの板状体の最大長さは495mm、幅は40mmである。
【0023】
各試験片の組成を表2に示す。表2に示すように、記号a〜cの試験片は、酸素含有量及び硫黄含有量が本発明範囲内でほぼ一定の範囲にあり、珪素含有量が異なる。試験片dは酸素含有量が本発明の範囲外で、試験片eは酸素含有量及び硫黄含有量が本発明の範囲外である。なお、各試験片の組成は、酸素含有量以外は発光分光分析機(SPECTRO ANALYTICAL INSTRUMENTS GmbH/GERMANY社製L/M5/M型)により測定した。酸素含有量は、JIS Z2613の融解―赤外線吸収法による酸素定量方法により測定した。
【0024】
【表1】

【0025】
【表2】

【0026】
表1に示すように、厚さ3mmのすべての試験片において湯が完全に回っており、鋳造性がよいことが分かる。しかし、厚さ2mmの試験片においては、珪素含有量が高くなると湯流れが悪くなっている。この様子を図3に示す。図3において、横軸はSi%(珪素含有量)を示し、縦軸は湯流れ長さを示す。図中の記号は、表2に示す試験片の記号を示す。
【0027】
図3に示すように、記号a〜cの試験片において、珪素含有量が増加するとその増加とともに湯流れが悪くなっている。珪素含有量が4〜6%の範囲は珪素含有量の増加とともに急速に湯流れが悪くなり、珪素含有量が6〜8%の範囲は湯流れが悪くなる程度が小さくなっていることが分かる。しかしながら、珪素含有量が8%においても湯流れ長さが約250mmあることが分かる。また、これらの記号a〜cの試験片においてチル化は生じていなかった。すなわち、本発明に係る球状黒鉛鋳鉄は、比較的小さな部品、例えば、ターボチャージャーハウジング、エキゾーストマニホールド等の部品は充分鋳造可能であることが分かる。
【0028】
また、図3によると、本発明の範囲を外れた組成の球状黒鉛鋳鉄(記号e、dの試験片)は、湯流れ性が悪いことが分かる。硫黄含有量が多いと概して湯流れ性が悪くなることが分かる。また、表1、図3から分かるように、試験片の厚さが2mmになると鋳込み温度の影響が強く表れるから、鋳込み温度は1470℃以上が好いことが分かる。なお、記号e、dの試験片にチル化は生じていなかった。
【0029】
以下、本発明における球状黒鉛鋳鉄のその他の組成について説明する。炭素(C)は、珪素による炭素当量(CE)の増加分を考慮して、通常使用される球状黒鉛鋳鉄の組成である、C:3.3〜3.9%、Si:2.0〜3.0%、Mn:0.2〜0.6%、P:0.02〜0.15%、S:0.005〜0.015%(昭和38年日本金属学会発行、新制金属講座新版材料篇 鋳鉄 P71)よりも低含有量にする。しかしながら、炭素の含有量を、C:2.5未満にすると湯流れが悪くなるので、炭素の含有量は、C:2.5〜3.8%とする。
【0030】
マンガン(Mn)は、本発明に係る球状黒鉛鋳鉄のように低酸素及び低硫黄の球状黒鉛鋳鉄においては、マンガン含有量が高くても靱性の低下が少ないのでMn:0.2〜0.7%とすることができる。以下に説明するダライ粉を用いたアーク式電気炉によるエレクトロスラグ溶解法において、比較的マンガン含有量の高い原料も使用することができるという利点がある。
【0031】
マグネシウム(Mg)は、Mg:0.008〜0.029%とすることができる。本発明に係る球状黒鉛鋳鉄においては、比較的少ないマグネシウム含有量で黒鉛の球状化処理ができるので、マグネシウム含有量を低めに抑えることができる。
【0032】
リン(P)その他の組成については、通常の黒鉛鋳鉄と同様にすることができる。すなわち、P:0.02〜0.15%とすることができ、その他の組成は残部鉄(Fe)と不可避不純物とすることができる。
【0033】
このような球状黒鉛鋳鉄は、以下に説明する方法で製造することができる。まず、溶湯中の酸素及び硫黄の含有量を極力低下させた状態で溶湯の温度を所定の温度に維持し、溶湯への所要の珪素の添加を行う。すなわち、溶湯中の酸素及び硫黄は、それぞれ質量比で、O:25ppm以下、S:0.004%未満になるようにされる。そして、溶湯の温度は1600〜1900℃に維持され、酸素が珪素よりも炭素と結合しやすくなる温度状態で珪素の添加が行われる。珪素は、Si:4.1〜8.0%の範囲にあるように必要に応じて添加される。これにより、溶湯の流動性に悪影響を与える酸化物、特に珪素の酸化物(SiO2)の生成を抑制することができる。
【0034】
次に、チル化の可能性を考慮して必要な場合は、硫黄の添加を行う。この場合、硫黄の添加量は、上述のように、球状黒鉛鋳鉄中の硫黄の含有量がS:0.015%以下、好ましくはS:0.003〜0.015%、より好ましくはS:0.003〜0.008%になるように添加する。
【0035】
硫黄の調整を行った後、球状化処理を行う。球状化処理の方法は、特に限定することはないが、マグネシウムによる球状化処理を行うことができる。
【0036】
溶湯中の酸素及び硫黄の含有量を上述のように低下させるには、ダライ粉を用いたアーク式電気炉によるエレクトロスラグ溶解法によるのがよい。ダライ粉を用いたアーク式電気炉(株式会社木下製作所製KS式アーク炉)を使用してエレクトロスラグ溶解を行った場合の、溶湯中の酸素及び硫黄の含有量の測定結果を図4に示す。図4に示すように、溶湯中の酸素は、10〜16ppm、硫黄は0.0023〜0.0032%の範囲に制御されており、溶湯中の酸素及び硫黄の含有量が高い精度で制御されていることが分かる。なお、酸素及び硫黄の含有量は、IS Z2613の融解―赤外線吸収法による酸素定量方法、JIS G1215の燃焼―赤外線吸収法による硫黄定量方法により測定した。
【0037】
以上本発明に係る球状黒鉛鋳鉄について説明した。本球状黒鉛鋳鉄は、耐熱性、耐酸化性及び鋳造性に優れ、薄肉鋳鉄製品に好適に使用することができる。そして、クロム(Cr)、モリブデン(Mn)を添加することにより、さらに耐熱性、耐酸化性に優れた薄肉球状黒鉛鋳鉄を得ることができる。耐熱性、耐酸化性の向上には、クロムが好ましい。
【0038】
クロムは、質量比でCr:0.2〜1.5%の範囲で含有させるのがよい。Cr:0.2未満では、耐熱性、耐酸化性向上効果が見られず、Cr:1.5%を超えると、硬度が高くなり被削性が悪く、湯流れが悪くなるので好ましくない。
【0039】
モリブデンは、質量比でMo:0.2〜1.0%の範囲で含有させるのがよい。Mo:0.2未満では、耐熱性向上効果が見られず、Mo:1.0%を超えると、硬度が高くなり被削性が悪くなるので好ましくない。
【実施例1】
【0040】
表3及び4に示す各試料について、昇温(700〜1050℃)に伴う組織及び硬さ変化を調べる試験を行った。各試料は、800℃で2時間保持した後炉冷し、フェライト化熱処理を行った。高温硬さ試験は、JIS Z2252(高温ビッカース硬さ試験方法)に基づいて行った。硬さ試験機は、株式会社ニコン製QM-2を用い、アルゴンガス雰囲気中(純度99.9999%以上)、サファイア圧子を使用してビッカース硬さを測定した。昇温速度は毎分20℃、予熱時間は5分、測定時間は約5分であった。表3に示すNo.1〜No.6の成分分析において、酸素及び硫黄の分析方法は、JIS Z2613の融解―赤外線吸収法による酸素定量方法、JIS G1215の燃焼―赤外線吸収法による硫黄定量方法を使用した。なお、表2に示すNo.7はHi-Si球状黒鉛鋳鉄で、No.8はニレジストD5S材(JISG5510 FCDA-NiSiCr 35 5 2相当材)であり、購入品である。
【0041】
【表3】

【0042】
【表4】

【0043】
高温硬さ試験の結果を図5、図6に示す。図5、図6において、横軸は測定温度、縦軸はビッカース硬度を示す。図中の番号は表3又は表4に示す試料番号を示し、矢印はビッカース硬さ曲線の変曲点を示す。また、表3、表4に示す各試料の各温度における顕微鏡組織観察結果を図7、図8に示す。
【0044】
図5によると、珪素含有量が多いほどビッカース硬さ曲線の変曲点の位置は高温側にずれていることが分かる。また、No.1及びNo.4のビッカース硬さ曲線は、No.7のビッカース硬さ曲線と比較して、曲線の勾配がゼロ近辺となる温度範囲が広いことが分かる。
【0045】
一方、図5に示す試料に対応する試料の組織観察結果を見ると、図7から分かるように、No.1、4、7のいずれの試料も800℃でわずかに変化(色彩的な変化)が観察される。850℃において、No.1は、あまり変化が進んでいないが、わずかに地(マトリックス)の形体的な変化が観察される。これに対し、No.4及びNo.7の場合は、変化が進んでおり、地の形体的な変化もわずかに観察される。900℃においては、No.1の場合は変化が進んでいるが形体的な変化はほとんど観察されないが、No.4及びNo.7の場合は、地の形体的変化が進んでおり、球状黒鉛の固溶化も観察される。
【0046】
図6によると、No.2のビッカース曲線の変曲点の位置はほぼ900℃になっていることが分かる。また、No.3とNo.4のビッカース曲線を比較すると、両曲線とも900℃までは近似しているが、900℃を超えると、No.4の場合は急激に軟化しているのに対し、No.3の場合は軟化の程度が小さいことが分かる。No.2〜No.4の場合のCr含有量は、それぞれ、0.210、0.194、0.071%である。Cr含有量は、0.2%以上であるのが好ましいことが分かる。なお、No.8のビッカース曲線は滑らかに下降しており、変曲点がないことが分かる。
【0047】
図8に示す組織観察結果を見ると、No.3の場合に800℃でわずかに変化(色彩的な変化)が観察され、900℃の場合にその変化が明瞭に認められる。しかし、No.2及びNo.8の場合は何らの変化も認められない。950℃においては、No.2及びNo.8の場合は、わずかに変化(色彩的な変化)が観察され、No.3の場合は地の形体的な変化が観察される。1000℃においては、No.2の場合、変化は進んでいるが、形体的な変化、球状黒鉛の固溶化等は観察されない。これに対し、No.3の場合は、地の形体変化が進み、球状黒鉛の固溶化も観察される。No.8の場合は、球状黒鉛の固溶化が観察される。
【0048】
以上、高温硬さ試験及び組織観察の結果によると、ビッカース硬さ曲線の変曲点の近辺で組織的な変化が観察され、変曲点を超えたビッカース硬さ曲線の勾配が変化しない(ゼロ近辺となる)温度範囲が広いほど組織的変化の進行が遅いことが分かる。すなわち、その温度に対し粘り強い抵抗力を示していることが分かる。また、No.2の試料はNo.8の試料に相当するか又はそれ以上の耐熱性があることが推定される。
【実施例2】
【0049】
表3に示す試料No.5、No.6を用いて熱衝撃試験を行った。熱衝撃試験は、図9に示す中央部に3つの切欠きを入れた40×40×5mm試験片に、温度800℃の電気炉に1分間保持した後水噴霧により1秒間冷却を繰り返す繰返熱衝撃を与えることにより行った。熱衝撃試験結果を図10に示す。図10は、横軸に熱サイクル回数を示し、縦軸に亀裂最大長さを示す。亀裂最大長さは、図9に示す試験片のいずれかの切欠き部分に発生した亀裂の最大長さである。
【0050】
図10において、No.5(Si含有量が4.97)とNo.6(Si含有量が2.97)の亀裂曲線を比較すると、No.5もNo.6の場合も亀裂発生時の熱サイクル回数はほとんど変わらないが、No.5の場合は、No.6の場合よりも亀裂の進展(成長)が小さく、2/3程度であることが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0051】
【図1】本発明における酸素又は硫黄含有量の範囲とその効果を示すグラフである。
【図2】湯流れ試験後の試験片の形状を示す図である。
【図3】珪素含有量と湯流れ性との関係を示すグラフである。
【図4】KS式アーク炉により溶解した溶湯の酸素含有量と硫黄含有量を示すグラフである。
【図5】高温硬さ試験結果を示すグラフである。
【図6】高温硬さ試験結果を示すグラフである。
【図7】組織観察結果を示す図面である。
【図8】組織観察結果を示す図面である。
【図9】熱衝撃試験の試験片形状を示す平面図である
【図10】熱衝撃試験結果を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸素(O)及び硫黄(S)がそれぞれ質量比で、O:25ppm以下、S:0.015%以下含まれ、C:2.5〜3.8%、Si:4.1〜8.0%、Mn:0.2〜0.7%、Mg:0.008〜0.029%、P:0.02〜0.15%、残部鉄(Fe)及び不可避不純物からなる球状黒鉛鋳鉄。
【請求項2】
さらに、質量比でCr:0.2〜1.5%含む請求項1に記載の球状黒鉛鋳鉄。
【請求項3】
さらに、質量比でMo:0.2〜1.0%含む請求項1又は2に記載の球状黒鉛鋳鉄。
【請求項4】
先ず溶湯中の酸素(O)及び硫黄(S)がそれぞれ質量比で、O:25ppm以下、S:0.004%未満になるように溶湯の脱酸及び脱硫を行った後、次に溶湯を1600〜1900℃に維持しつつ珪素(Si)を添加し、溶湯中の珪素(Si)が最終的にSi:4.1〜8.0%になるように調整するとともに球状化処理を行う球状黒鉛鋳鉄の製造方法。
【請求項5】
ダライ粉を用いたアーク式電気炉によるエレクトロスラグ溶解法により溶湯中の酸素(O)及び硫黄(S)をそれぞれ質量比で、O:25ppm以下、S:0.004%未満になるように溶湯の脱酸及び脱硫を行った後、次に溶湯を1600〜1900℃に維持しつつ珪素(Si)を添加し、溶湯中の珪素(Si)が最終的にSi:4.1〜8.0%になるように調整するとともに球状化処理を行う球状黒鉛鋳鉄の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2009−221528(P2009−221528A)
【公開日】平成21年10月1日(2009.10.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−66492(P2008−66492)
【出願日】平成20年3月14日(2008.3.14)
【特許番号】特許第4233056号(P4233056)
【特許公報発行日】平成21年3月4日(2009.3.4)
【出願人】(594042000)株式会社木下製作所 (6)
【Fターム(参考)】