説明

産業用機器制御方法および産業用機器

【課題】ゲイン特性を低下させることのみに依存せず共振ピークが複数ある場合でも速度制御系を安定させた産業用機器制御方法と産業用機器を提供する。
【解決手段】本発明による産業用機器制御方法は、制御対象120を駆動させる駆動部210と、制御対象120または駆動部210の位置情報を検出する検出部220と、制御対象120または駆動部210の動作速度を規定した速度指令を出力する速度指令発生部230と、検出部220から位置情報を入力し速度指令発生部から速度指令を入力し、位置情報および速度指令に基づいて駆動部210を制御する制御処理部240とを備えた産業用機器において、制御対象120の固有振動数に起因する共振周波数における制御処理部240の入出力の位相特性を産業用機器毎に設定することによって該産業用機器を安定化する。産業用機器は本産業用機器制御方法によって調節されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は産業用機器制御方法および産業用機器に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、工作機械、ロボット、射出成形機、ワイヤ放電加工機、印刷機、電動プレス等の各種産業機器のサーボ機構にはサーボ制御装置が用いられている。例えば、NC工作機械はワークを固定するためのテーブルやワークを切削する工具等を制御対象として有する。これらの制御対象はサーボモータなどの駆動装置によって駆動される。サーボ制御装置は制御対象や駆動装置を制御する。
【0003】
サーボ制御装置は、制御対象を所定の位置まで動作させるために、速度指令に基づいて規定の速度で駆動装置または制御対象を動作させる。駆動装置または制御対象の速度を制御するために、サーボ制御装置は、制御対象の位置または駆動装置の回転位置のいずれか一方若しくは両方を検出してフィードバックするフィードバックループを有する。
【0004】
駆動装置または制御対象の速度を制御するために、制御対象または駆動装置の位置を検出するときには、制御対象または駆動装置に設けられた位置検出器がカウンタのタイミングに従ってこれらの位置の値をラッチし検出する。検出された位置の検出値は位置フィードバックとして位置検出器からサーボ制御装置へフィードバックされる。この制御対象または駆動装置の位置検出値は過去においてフィードバックされた位置検出値位置との差分から速度フィードバックに変換される。速度フィードバックと速度指令との差が制御対象または駆動装置の検出された速度と速度指令との速度誤差である。
【0005】
速度誤差を加減して補正された速度指令は、サーボ制御装置内において、帯域通過フィルタによってフィルタリングされ、積分補償処理され、比例ゲイン演算を施されてトルク指令に演算される。トルク指令は電流指令に変換され、さらに、電流指令に基づき増幅された電流が駆動装置へ供給される。それによって、駆動装置の回転速度が制御され、若しくは、制御対象の速度が制御される。
【0006】
以下、フィードバックループにおいて、位置検出値をフィードバックしてから電流が駆動装置へ供給されるまでの処理を速度制御処理という。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
一般に、制御対象となる被駆動部は固有振動を有する。この制御系の制御対象の固有振動数に起因する共振周波数において、制御系の伝達特性の位相が‐(180+360*n)度(nは整数)ずれており、かつ、速度制御系におけるゲインが0dB以上である場合には、そのフィードバックループにおける速度制御系が不安定になる。速度制御系が不安定になるということは、制御系の発振を意味する。
【0008】
従来においては、このような速度制御系の不安定性を回避するために、共振周波数におけるゲインが0dB以上にならないように速度制御系が設計されていた。例えば、サーボ制御装置の速度制御系の共振周波数域におけるゲインを低く抑制すること、具体的には、ノッチフィルタなどを用いたり、若しくは、比例ゲインを下げることにより共振周波数でのゲインを抑制することが頻繁に行われていた。
【0009】
しかし、ノッチフィルタなど設けた場合には、ゲインを抑制するだけでなく、制御系の位相遅れが増加する。それにより、共振周波数におけるゲインが0dB以上になる共振ピークが複数ある場合には、ゲインを低く抑制することでは対処できないことがある。例えば、ボールねじには、軸方向の剛性に起因した共振ピークおよびねじり剛性に起因した共振ピークを有する。これらのうち一方の共振ピークのゲインをノッチフィルタなどにより低下させた場合に、ゲインの低下と共に制御系の位相遅れが増加し、それによって、他方の共振ピークにおけるゲイン余裕や位相余裕が小さくなり得る。その結果、速度制御系が発振してしまう場合がある。
【0010】
また、比例ゲインの低下は、速度制御系のカットオフ周波数の低下につながり、速度制御系の速応性および動的精度の低下につながる。
【0011】
従って、本発明の目的は、ゲイン特性を低下させることのみに依存せずに、速度制御系の安定性を向上させた産業用機器制御方法および産業用機器を提供することである。
【0012】
また、本発明の目的は、共振ピークが複数ある場合であっても、速度制御系の安定性を向上させた産業用機器制御方法および産業用機器を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明に係る実施形態に従った産業用機器制御方法は、制御対象を駆動させる駆動部と、前記制御対象または前記駆動部のうちの少なくとも一方の位置情報を検出する検出部と、前記制御対象または前記駆動部のうちの少なくとも一方の動作速度を規定した速度指令を出力する速度指令発生部と、前記検出部から前記位置情報を入力し前記速度指令発生部から前記速度指令を入力し、並びに、前記位置情報および前記速度指令に基づいて前記駆動部へ電流指令を出力して該駆動部を制御する制御処理部とを備えた産業用機器を制御する方法において、
前記位置情報に基づいて算出された前記制御対象または前記駆動部の検出速度と前記速度指令との差の特定の周波数域を通過させる帯域通過フィルタの通過周波数、若しくは、前記位置情報に基づいて算出された前記制御対象または前記駆動部の検出速度と前記速度指令との差における特定の周波数帯域を除去する帯域除去フィルタの除去周波数を変更することによって、前記制御対象の固有振動数に起因する共振周波数における前記制御処理部の入出力の位相遅れを前記産業用機器毎に設定する。
【0014】
本発明に係る実施形態に従った産業用機器は、制御対象を駆動させる駆動部と、前記制御対象または前記駆動部のうちの少なくとも一方の位置情報を検出する検出部と、前記制御対象または前記駆動部のうちの少なくとも一方の動作速度を規定した速度指令を出力する速度指令発生部と、前記検出部から前記位置情報を入力し前記速度指令発生部から前記速度指令を入力し、並びに、前記位置情報および前記速度指令に基づいて前記駆動部へ電流指令を出力して該駆動部を制御する制御処理部とを備えた産業用機器において、
前記制御処理部は、前記位置情報に基づいて算出された前記制御対象または前記駆動部の検出速度と前記速度指令との差の特定の周波数域を通過する帯域通過フィルタ、若しくは、前記位置情報に基づいて算出された前記制御対象または前記駆動部の検出速度と前記速度指令との差における特定の周波数帯域を除去する帯域除去フィルタを含み、前記帯域通過フィルタの通過周波数または前記帯域除去フィルタの除去周波数を変更することによって、前記制御対象の固有振動数に起因する共振周波数における前記制御処理部の入出力の位相遅れが前記産業用機器毎に設定されている。
【発明の効果】
【0015】
本発明に従った産業用機器制御方法および産業用機器は、ゲイン特性を低下させることのみに依存せずに、速度制御系の安定性を向上させることができる。
【0016】
また、本発明に従った産業用機器制御方法および産業用機器は、共振ピークが複数ある場合であっても、速度制御系の安定性を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明は、工作機械、ロボット、射出成形機、ワイヤ放電加工機、印刷機、電動プレス等の各種産業機器の設計において、制御対象となる機械とその機械を制御するためのサーボ制御装置を一連のものとして該産業機器全体の安定性を向上させる。
【0018】
以下、図面を参照し、本発明による実施の形態を説明する。尚、本実施の形態は本発明を限定するものではない。
【0019】
図1は、本発明に係る実施の形態に従った産業用機器の模式的なブロック図を示す。本実施の形態による産業用機器は、制御対象100および制御対象100を制御する速度制御システム200を備える。制御対象100はワークを固定するテーブル110およびテーブル110を動作させるボールねじ120から形成されている。
【0020】
速度制御システム200は、ボールねじ120を回転駆動させるサーボモータ210と、サーボモータ210の位置情報を検出する検出部220と、サーボモータ210の動作速度を規定した速度指令を出力する速度指令発生部230と、検出部220から位置情報をフィードバックし、速度指令発生部230から速度指令を入力し、並びに、位置情報および速度指令に基づいて電流指令を出力してサーボモータ210を制御する速度制御処理部240と、電流指令に基づいてサーボモータを駆動させるための電流を供給する電流アンプ250とを備える。
【0021】
本実施の形態においては、検出部(例えば、ロータリエンコーダ)220は、サーボモータ210の回転位置を検出し、速度制御処理部240へフィードバックしている。しかし、テーブル110の位置を検出する検出部130を設けて、検出部130がテーブル110の位置を速度制御処理部240へフィードバックしてもよい。また、検出部220および検出部130は両方とも設けられていてもよい。即ち、本発明による産業用機器は、セミクローズド・ループ制御方式、クローズド・ループ制御方式またはハイブリッド・サーボ制御方式のいずれを採用してもよい。
【0022】
本実施の形態において制御対象の実施形態はボールねじ120であるが、制御対象として、リニアモータ、ラックピニオン、静圧ウォームラック、静圧ねじなどの送り駆動機構が用いられてもよい。尚、送り駆動機構としてリニアモータを採用する場合には、リニアモータは駆動部としても作用するので、リニアモータはボールねじ120およびサーボモータ210に代えて採用され得る。また、制御対象の実施形態として、ベルト駆動等の回転駆動機構を採用することもできる。
次に、本実施の形態による産業用機器の動作を説明し、さらに、本発明に係る実施の形態に従った産業用機器制御方法を説明する。
【0023】
図2は、本実施の形態による産業用機器の動作を簡潔に示したフロー図である。まず、速度指令発生部230がテーブル110を目標位置まで移動させるためにサーボモータ210の動作速度を規定した速度指令を出力する(S10)。速度指令発生部230は外部からの位置指令(図示せず)に基づいて速度指令を算出する。
【0024】
次に、速度制御処理部240は、速度指令発生部230から速度指令を入力し、検出部220からフィードバックされた検出位置および速度指令に基づいてサーボモータ210を駆動させるために電流指令を出力する(S20)。即ち、速度制御処理部240は速度制御処理を実行する。
【0025】
次に、電流アンプ250は、速度制御処理部240から電流指令を入力し、電流指令をD/A変換し、電流指令に従った大きさの電流をサーボモータ210へ供給する(S30)。
【0026】
次に、サーボモータ210は、電流アンプ250からの電流を受けてボールねじ120を駆動させる(S40)。
【0027】
検出部220は、サーボモータ210の回転位置を検出し、検出された回転位置を速度制御処理部240へフィードバックする(S50)。サーボモータ210の位置を検出するときには、検出部220に設けられたカウンタのあるタイミングに従ってサーボモータ210の位置をラッチし、次のタイミングにおいてこの位置を検出する。
【0028】
さらに、S20において、速度制御処理部240が速度制御処理を実行する。S10からS50およびS50からS20へのフィードバックは、テーブル110が目標位置へ移動するまで繰り返される。S50からS20へフィードバックされ、S20からS50が実行され、さらに、S50からS20へフィードバックされるまでを制御周期の1周期とする。
【0029】
図3は、S20において、速度制御処理部240が実行する速度制御処理部の動作を示すフロー図である。まず、速度制御処理部240は、速度指令発生部230からの速度指令と、検出部220からフィードバックされたサーボモータ210の検出位置(以下、位置フィードバックともいう)を読み込む(S20−1)。
【0030】
次に、速度制御処理部240は、ある制御周期において読み込んだ位置フィードバックとその前回の制御周期において読み込んだ位置フィードバックとを比較して、サーボモータ210の速度(以下、速度フィードバックともいう)を算出する(S20−2)。ここで、図4を用いて、速度フィードバック(S20−2)および速度フィードバックと実速度との差についてさらに詳細に説明する。
【0031】
図4は、検出部220がサーボモータ210の位置を検出してから、速度制御処理部240が速度フィードバックを算出するまでのタイミングチャートを示す。ここで、横軸は時間tを示す。この時間軸には検出部220による位置の検出周期がTで示されている。検出部220は、周期Tごとにサーボモータ210の回転位置を検出する。検出周期Tは、制御周期と等しい。よって、以下、検出周期を制御周期ともいう。
【0032】
また、破線は、検出部220に設けられたカウンタがサーボモータ210の位置をラッチする時点を示す。そのラッチから位置フィードバックを検出するまでの間の時間がTlで示されている。尚、図4において、時間tは4つの検出周期(0から4Tまで)を示している。
【0033】
縦軸は、V(t)、θ(t)、Pl(t)、Pf(t)およびVf(t)の変化を示す。尚、図4には、各パラメータ間の関係を矢印において示している。V(t)はサーボモータ210の実際の回転速度を示す。尚、サーボモータ210は、一定の回転加速度Aで回転するものとする。θ(t)はサーボモータ210の実際の回転位置を示す。Pl(t)は、ある制御周期においてカウンタがラッチした時の回転位置θ(t) (以下、ラッチ位置という)を示す(矢印x参照)参照。Pf(t)は、ある制御周期においてカウンタがラッチした後、検出部220が検出したサーボモータ210の位置(以下、速度制御検出位置という)を示す(矢印y参照)。Vf(t) は、ある制御周期におけるラッチ位置Pl(nT)とその前回の制御周期におけるラッチ位置Pl((n−1)T)との差(以下、検出速度という)を示す(矢印z参照)。また、nは整数である。
【0034】
これらの関係を数式で表すと次のようになる。
V(t)=tA (式1)
θ(t)=tV(t) (式2)
Pl(nT)=θ(nT−Tl) (式3)
Pf (nT)=Pl(nT) (式4)
Vf(nT)={Pf (nT)−Pf(nT−T)}/T (式5)
式1から式5までを用いて、検出速度Vf(nT)と実際の速度V(t)との差は、式6のように表せる。
Vf(nT)−V(t)=−(A/2)(T+2 Tl) (式6)
換言すると、検出速度Vf(nT)は、実際の速度V(t)に対して(1/2)(T+2 Tl)だけ時間遅れが生じている。
【0035】
例えば、t=2Tの後のラッチ時にθ(3T−Tl)=xとすると、ラッチ位置は3T−Tlから3Tまでxに固定される。即ち、Pl(3T−Tl〜 3T) =xである。よって、速度制御検出位置Pf (3T)=xとなる。同様にして、t=3Tの後のラッチ時にθ(4T−Tl)=xとすると、速度制御検出位置Pf (4T)=xとなる。従って、検出速度Vf(4T)={Pf (3T)−Pf(4T)}/T =(x−x)/Tとなる。この検出速度Vf(4T)は、4Tから(1/2)(T+2 Tl)だけ遅れたときの回転速度V(4T−(1/2)(T+2 Tl))に等しい。
【0036】
このように、検出速度Vf(nT)が実際の速度V(t)に対して時間遅れが生じる理由は、カウンタによるラッチから検出部220が検出するまでに時間Tlが存在すること、および、ある制御周期における検出速度Vf(nT)を算出するために前回の制御周期におけるラッチ位置を用いていることにある。
【0037】
ここで、実際の速度V(t)に対する検出速度Vf(nT)の時間遅れをTd1とする。
【0038】
次に、図3に示すとおり、速度制御処理部240は、速度指令と速度フィードバック(検出速度)との差、即ち、速度誤差を算出する(S20−3)。
【0039】
次に、速度制御処理部240は、帯域除去フィルタを有し、速度誤差または速度誤差を加減した速度指令のうちの特定周波数成分のみを取り出す。例えば、速度制御処理部240は、ローパスフィルタによって低周波域のみの速度誤差または速度誤差を加減した速度指令を取り出す(S20−4)。
【0040】
さらに、速度制御処理部240は、帯域除去処理された速度誤差または速度誤差を加減した速度指令に対してサーボ剛性を高めるために積分補償(S20−5)を施し、比例ゲイン演算(S20−6)を施し、電流指令を算出する(S20−7)。速度制御処理部240が電流指令を電流アンプ250へ出力した後、S30からS50が実行される。
【0041】
S20−1からS20−7までの演算を行うために、速度制御処理部240はソフトウェア処理を行う。速度制御処理部240がソフトウェア処理を行うためにはある程度の時間が掛かる。
【0042】
また、速度制御処理部240が、電流指令を出力してからサーボモータ210へ電流が供給されるまでにもある程度の時間が掛かる。
【0043】
速度制御処理部240によるソフトウェア処理時間と速度制御処理部240が電流指令を出力してからサーボモータ210へ電流が供給されるまでの時間との和をTd2とする。
【0044】
図1から図3における速度制御システムにおいて、サーボモータ210の位置を検出してからその検出位置に基づいて補正された電流がサーボモータ210へ供給されるまでには、Td1+Td2の無駄時間Tdが発生する。
【0045】
従来においては、サーボ制御装置の速度制御システムの安定化を図るために、無駄時間は可能な限り短縮されていた。無駄時間を長くした場合には、速度制御処理部240の入力に対するその出力の位相遅れ(以下、単に、位相遅れという)が広がる。それによって、共振周波数において速度制御処理におけるゲインが0dB以上であるとき、即ち、共振ピークが0dB以上である場合に、位相遅れが180度以上ずれていると速度制御系が不安定になってしまうと一般的には考えられていたからである。
【0046】
しかし、本発明は、制御対象とそれを制御するためのサーボ制御装置を一連のものとして産業機器全体の安定性を考慮する。それによって、位相遅れが180度以上であっても、速度制御系は、その位相遅れが180度から充分に乖離するように設定されることによって安定化し得る。
【0047】
このように、速度制御系の位相遅れを広げるためには、無駄時間Tdを長く設定すること、および、速度制御処理部240に設けられた1次遅れフィルタ(例えば、低域通過フィルタやノッチフィルタ)の周波数を変更することが考えられ得る。
【0048】
無駄時間Tdを長く設定するためには、Td1またはTd2のいずれか一方または両方を長くすればよい。時間遅れTd1を長くすることは、例えば、図4に示した時間Tlを長くすることで達成され得る。時間遅れTd2を長くすることは、例えば、図3に示した速度制御処理部240によるソフトウェア処理時間を長くすることで達成され得る。
【0049】
制御対象の固有振動波と速度制御処理の制御周期との位相遅れの調整は、個々の産業用機器毎に行われる。産業用機器が複数の制御対象を備えている場合には、個々の制御対象について、その位相遅れの調整が行われることが好ましい。制御対象はそれぞれ固有の振動数を有するからである。例えば、ボールねじについて軸方向剛性に起因した固有振動数やねじり剛性に起因した固有振動数は、ボールねじごとに異なるからである。
【0050】
無駄時間Tdの設定は、まず、共振周波数を計算し、次に、共振周波数におけるゲインを速度制御系の伝達関数から計算し、次に、共振周波数の所望のゲイン余裕および位相余裕が得られるように無駄時間Tdを設定することによって実行される。ここで、速度制御系の安定性を確認するためにカットオフ周波数(以下、速度ループゲインともいう(単位はrad/secまたはHzである))を上げてみる。
【0051】
この無駄時間Tdの設定および安定性の確認を繰り返すことで、速度ループゲインを最大限に上げることができる。尚、伝達関数を得るために、産業用機器に一般的に備えられるNC(数値制御)装置に設けられた伝達関数測定機能が用いられてもよい。また、共振周波数の1次、2次および3次以上のそれぞれの位相遅れを得るために、FFT(Fast Fourier Transform)測定器が用いられてもよい。
【0052】
以下に、本発明に係る実施の形態に従った産業用機器制御方法によって設定されたときの産業用機器の状態および本実施の形態による効果を説明する。図5から図8は、時間Tlを長くすることによって、無駄時間Tdを長く設定した一例である。
【0053】
図5(A)は、従来の産業用機器制御方法によって設定された産業用機器におけるサーボ制御装置のタイミングチャートを示す。図5(B)は、本発明に係る実施の形態に従った産業用機器制御方法によって設定された産業用機器におけるサーボ制御装置のタイミングチャートを示す。
【0054】
図5(A)および図5(B)は、ともに、速度制御処理部内に設けられた中央演算処理装置(CPU)の動作、および、サーボモータに設けられた検出部のエンコーダの動作のタイミングチャートを示している。また、図5(A)および図5(B)は、制御周期Tごとに0から3TまでのCPUおよびエンコーダの動作を示している。
【0055】
において、CPUが検出信号をエンコーダへ送信する(矢印参照)。次に、taにおいて、エンコーダがサーボモータ210の位置をラッチする。次に、tbにおいて、エンコーダがCPUへサーボモータ210の位置フィードバックを送信する。次に、tcにおいて、CPUが位置フィードバックに基づいて速度フィードバックを算出する処理を行う。尚、tcは各制御周期の始まりと同時に開始されるので、tcとnT(nは整数)とは重複している。次に、tdにおいて、CPUが速度フィードバックおよび速度指令に基づいて補正された電流指令を出力し、サーボモータ210へ電流指令に基づいた電流が供給される。
【0056】
従って、上記の無駄時間Tdはtaからtdまでの時間である。
【0057】
ここで、図5(A)および図5(B)を比較すると、図5(A)に比べ図5(B)は、ラッチのタイミングtおよびtaがより早い時期に設定されている。従って、無駄時間は、図5(A)よりも図5(B)の方が長いことがわかる。
【0058】
図6(A)は、従来の産業用機器制御方法によって設定された産業用機器におけるサーボ制御装置のボード線図を示す。図6(B)は、本発明に係る実施の形態に従った産業用機器制御方法によって設定された産業用機器におけるサーボ制御装置のボード線図を示す。
【0059】
図6(A)および図6(B)は、それぞれ図5(A)および図5(B)に示したタイミングチャートに従うサーボ制御装置のボード線図に対応する。
【0060】
図6(A)および図6(B)におけるゲイン特性を示すグラフによって、共振ピークにおけるサーボ制御装置のゲインが得られる。また、図6(A)および図6(B)における位相特性を示すグラフによって、速度制御系の位相特性が得られる。ゲイン特性を示すグラフの横軸は周波数を示し、その縦軸はゲイン特性を示す。位相特性を示すグラフの横軸は周波数を示し、その縦軸は位相特性を示す。
【0061】
ボールねじのねじり剛性に起因した共振ピークが400Hz近傍において生じている。図6においてこれらの共振ピークを矢印で示している。
【0062】
図6(A)および図6(B)を比較すると、図6(B)の方が図6(A)よりも位相遅れが180度から乖離していることが分かる。よって、図6(A)および図5(A)に示した特性を有する産業用機器が不安定なのに対し、図6(B)および図5(B)に示した特性を有する産業用機器は安定であることが分かる。即ち、無駄時間を長くしても位相特性が−(180+360*n)度(nは0以上の整数)から充分に乖離するように設定することによって、産業用機器は安定する。
【0063】
図7(A)および図7(B)は、それぞれ図6(A)および図6(B)に示したボード線図に対応する産業用機器のナイキスト線図を示す。図7(A)および図7(B)によって、図6(B)示した特性を有する産業用機器の方が図6(A)示した特性を有する産業用機器よりも安定であることが明確になる。
【0064】
一般に、ナイキスト線図においては、横軸を通過する際に、−1未満であると系は不安定であり、−1より大きい場合には安定であると判断できる。
【0065】
図7(A)および図7(B)に示したグラフの横軸Xを曲線が通過するときに、図7(A)において曲線はX=−1未満の点を通過し、図7(B)において曲線はX=−1より大きい点を通過する。よって、図7(A)に示した特性を有する産業用機器は不安定であり、図7(B)に示した特性を有する産業用機器は安定である。従って、図5(B)および図6(B)に示した特性を有する産業用機器の方が、図5(A)および図6(A)に示した特性を有する産業用機器よりも安定であることが明確に分かる。
【0066】
図8は、図5(A)および図5(B)に示す速度制御システムの円弧補間精度を示す。ここで、基準円は、図8に示された各目盛りの中心を通る円である。本実施の形態において、無駄時間が短い場合は安定性がよくないので、速度のカットオフ周波数、即ち、速度ループゲイン(速度の応答性)を上げることができない。よって、図8に示されているように無駄時間が短い場合には真円度が悪い。無駄時間が長い場合には、安定性が向上し、速度のカットオフ周波数、即ち、速度ループゲイン(速度の応答性)を上げることができる。よって、図8に示されているように無駄時間が長い場合には真円度が良くなる。
このように、本実施の形態によれば、無駄時間を単に短縮するだけでなく長くする調整をも行うことによって、共振ピークにおける速度制御系の位相特性が−(180+360*n)度(nは0以上の整数)から充分に乖離し得る。従って、サーボ制御装置の速度制御系が安定化し得る。それによって、このようなサーボ制御装置を有する産業用機器は安定化する。
【0067】
また、本実施の形態による産業用機器制御方法は、個々の産業用機器および個々の制御対象に対して施すことができるので、産業用機器や制御対象の個体差に応じて異なる設定を施すことができる。それによって、本実施の形態による産業用機器制御方法は、総ての産業用機器や制御対象を安定化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0068】
【図1】本発明に係る実施の形態に従った産業用機器の模式的なブロック図。
【図2】本実施の形態による産業用機器の動作を簡潔に示したフロー図。
【図3】図2のS20において、速度制御処理部240が実行する速度制御処理部の動作を示すフロー図。
【図4】サーボモータ210の位置を検出してから速度フィードバックを算出するまでのタイミングチャートを示す図。
【図5】産業用機器におけるサーボ制御装置のタイミングチャートを示す図。
【図6】産業用機器におけるサーボ制御装置のボード線図。
【図7】図6に示したボード線図に対応する産業用機器のナイキスト線図。
【図8】図5(A)および図5(B)に示す速度制御システムの円弧補間精度を示す図。
【符号の説明】
【0069】
100 制御対象
110 テーブル
120 ボールねじ
200 速度制御システム
210 サーボモータ
220 検出部
230 速度指令発生部
240 速度制御処理部
250 電流アンプ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
制御対象を駆動させる駆動部と、
前記制御対象または前記駆動部のうちの少なくとも一方の位置情報を検出する検出部と、
前記制御対象または前記駆動部のうちの少なくとも一方の動作速度を規定した速度指令を出力する速度指令発生部と、
前記検出部から前記位置情報を入力し前記速度指令発生部から前記速度指令を入力し、並びに、前記位置情報および前記速度指令に基づいて前記駆動部へ電流指令を出力して該駆動部を制御する制御処理部とを備えた産業用機器を制御する方法において、
前記位置情報に基づいて算出された前記制御対象または前記駆動部の検出速度と前記速度指令との差の特定の周波数域を通過させる帯域通過フィルタの通過周波数、若しくは、前記位置情報に基づいて算出された前記制御対象または前記駆動部の検出速度と前記速度指令との差における特定の周波数帯域を除去する帯域除去フィルタの除去周波数を変更することによって、前記制御対象の固有振動数に起因する共振周波数における前記制御処理部の入出力の位相遅れを前記産業用機器毎に設定することを特徴とする産業用機器制御方法。
【請求項2】
制御対象を駆動させる駆動部と、
前記制御対象または前記駆動部のうちの少なくとも一方の位置情報を検出する検出部と、
前記制御対象または前記駆動部のうちの少なくとも一方の動作速度を規定した速度指令を出力する速度指令発生部と、
前記検出部から前記位置情報を入力し前記速度指令発生部から前記速度指令を入力し、並びに、前記位置情報および前記速度指令に基づいて前記駆動部へ電流指令を出力して該駆動部を制御する制御処理部とを備えた産業用機器において、
前記制御処理部は、前記位置情報に基づいて算出された前記制御対象または前記駆動部の検出速度と前記速度指令との差の特定の周波数域を通過する帯域通過フィルタ、若しくは、前記位置情報に基づいて算出された前記制御対象または前記駆動部の検出速度と前記速度指令との差における特定の周波数帯域を除去する帯域除去フィルタを含み、
前記帯域通過フィルタの通過周波数または前記帯域除去フィルタの除去周波数を変更することによって、前記制御対象の固有振動数に起因する共振周波数における前記制御処理部の入出力の位相遅れが前記産業用機器毎に設定されたことを特徴とする産業用機器。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−73027(P2006−73027A)
【公開日】平成18年3月16日(2006.3.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−287289(P2005−287289)
【出願日】平成17年9月30日(2005.9.30)
【分割の表示】特願2002−127027(P2002−127027)の分割
【原出願日】平成14年4月26日(2002.4.26)
【出願人】(000003458)東芝機械株式会社 (843)
【Fターム(参考)】