説明

界面活性剤として有用なフィチン酸誘導体の製造方法

【課題】 毒性のない天然資源であるフィチン酸を用いるとともに、副産物の捕捉を必要としない、リン酸エステル型界面活性剤の製造方法を提供する。
【解決手段】 三級アミン第三級アミンの存在下、非プロトン性極性溶媒中で、フィチン酸に、炭素数10〜20のアルキル基を有するエポキシドを反応させることにより、フィチン酸のリン酸基に前記エポキシドが付加した、フィチン酸エポキシド付加物を得ることができる。得られたフィチン酸エポキシド付加物は、低濃度でミセルを形成し、良好な洗浄作用を示す。また、該フィチン酸エポキシド付加物は、水中の希薄な金属イオンを強く吸着、捕捉することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、界面活性剤として有用なフィチン酸誘導体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、リン酸エステル型界面活性剤は、民生用の製品としてシャンプーなどの洗浄剤、工業用の製品として乳化剤、分散剤、帯電防止剤、防錆剤などに利用されており、その製造方法は古くから知られている。(非特許文献1、2)。
すなわち、従来のリン酸エステル型界面活性剤は、炭素数12〜20の長鎖アルキル基を有するリン酸モノエステル又はリン酸ジエステルであるか、或いは長鎖アルキル基で置換されたポリエチレングリコール構造を有するリン酸モノエステル又はリン酸ジエステルであり、これらの製造は、下記の式に示すとおり、相当する炭素数の長鎖アルコール(又はポリエチレングリコールの長鎖アルキルモノエーテル)と、オキシ塩化リンとの間の置換反応により製造される。
【0003】
【化1】


しかしながら、この方法は、毒性の高いリンの塩化物を使用しなければならないばかりでなく、副産物として生成する腐食性の高い塩化水素を捕捉しなければならないという問題がある。
【0004】
一方、現在、環境への二酸化炭素の排出量の削減とともに、石油など天然資源の枯渇の問題があり、こうした背景から、バイオマスエタノール等の各種のバイオマス燃料や、トウモロコシなどから製造するポリ乳酸などのバイオプラスチックなど、バイオマスを用いた研究開発がなされており、リン資源についても同様にバイオマスの利用が期待される。
リン元素を含有するフィチン酸は、植物由来の物質であり、米などの穀類には、このフィチン酸が、水に不溶なカルシウム塩、マグネシウム塩の形で大量に含まれている。例えば、玄米には、1.03〜1.17重量%、米ぬかには、9.5〜14.5重量%含まれており、酸処理により容易に水に可溶なフィチン酸として取り出すことができる。このフィチン酸は、多価アルコールであるイノシトールのヘキサリン酸エステル構造を持つ強酸性の物質である。
フィチン酸は、リン酸に比べて遙かに強い酸性を示すが、天然物であるが故に、簡単な中和により廃棄ができるので、フィチン酸塩は、酸化防止剤などとして食品や化粧品の添加物に、或いは、防蝕剤・防錆剤などとして金属表面の処理剤に用いられている。
【0005】
本発明者らは、天然資源であるフィチン酸の有効活用について検討を重ね、これまでに難燃剤、脱水反応酸触媒、及びエポキシ樹脂硬化剤などについて提案している(特許文献
1〜3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−001747号公報
【特許文献2】特開2009−183864号公報
【特許文献3】特開2010−070695号公報
【特許文献4】特公昭58−54193号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】B.Plimmer, J.Chem.Soc., 1929,298
【非特許文献2】Y.Okahata, Yoshio and S.Takahiro, J.Amer.Chem.Soc., 106,8065(1984)
【非特許文献3】A.M.Hetherington and B.K.Djobak, Prog.Lipid Res., 31,53(1992)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、こうした現状を鑑み、天然資源であるフィチン酸を用いることにより、リン酸エステル型界面活性剤を提供することを目的とするものである。また、本発明は、従来のリン酸エステル型界面活性剤の製造方法における上記課題を解決し、毒性のない天然資源を用いるとともに、副産物の捕捉を必要としない、リン酸エステル型界面活性剤の製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記目的を達成するために、フィチン酸のリン酸基に、エポキシドを効率よく付加させることを検討した。
フィチン酸へのエポキシドの付加反応については、上記特許文献4に記載されている。すなわち、フィチン酸は、分子中にある6個のリン酸残基のために親水性が非常に高く、例えば、フィチン酸水溶液を用いて防錆処理を行った場合、処理される鉄板などの基板表面ではじかれてしまい、処理ムラが生じるという問題があったが、該特許文献では、フィチン酸又はその塩とエポキシ基を有する物質との反応生成物を防錆剤として用いることにより解決するものである。
【0010】
しかしながら、上記特許文献4の発明は、防錆剤を提供することを目的とするものであて、フィチン酸−エポキシド付加物の精製は行われておらず、その構造は確認されていない。
また、特許文献4では、フィチン酸の水溶液を用いて反応を行うものであるが、エポキシドの加水分解のため、フィチン酸への付加反応には有効に使われずに、フィチン酸エポキシド付加物の他に、多量の加水分解物が共存している可能性が高い。
また、エポキシドは水溶性でない化合物が殆どであり、特に、フィチン酸に疎水性を付与するために、炭素数が10〜20のアルキル基やシクロアルキル基を有するエポキシドを用いる場合は、水に対して極めて溶解性が低いため、フィチン酸水溶液との均質な反応液とはならない。
【0011】
さらに、塩基が存在しない場合には、エポキシドのカチオン重合による重合生成物の共存もあり得る。上記特許文献4では、塩基が存在しない場合には加水分解の可能性があるとしており、そのために、アンモニア、ジエチルアミン、エタノールアミンを塩基として挙げているが、これらのアミン塩は、エポキシドとさらに反応性が高く、副反応物を増長させる可能性がある。
【0012】
一方、天然に存在するイノシトールリン脂質の構造は、本発明が目的とする、フィチン酸に長鎖のアルキル基を導入したリン酸エステル型界面活性剤の構造と類似するが、親水性部のリン酸基の数、親水性部と疎水性部の連結様式の点で異なるものである(非特許文献3参照)。
【0013】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、第三級アミンの存在下に天然物であるフィチン酸のリン酸基に炭素数が10〜20の長鎖エポキシドを付加させることにより、保護基を用いることなく、高効率で、フィリン酸エポキシド付加物が得られ、リン酸エステル型界面活性剤の製造における従来の課題を解決しうるという知見を得た。また、得られたフィリン酸エポキシド付加物を、フィターゼを用いて、部分脱リン酸化することにより、フィチン酸ジエステルを残し、エポキシドが付加していないリン酸残基を脱リン酸化できることも判明した。
【0014】
本発明はこれらの知見に基づいて完成に至ったものであり、本発明によれば、以下の発明が提供される。
[1]第三級アミンの存在下、非プロトン性極性溶媒中で、フィチン酸に、炭素数10〜20のアルキル基を有するエポキシドを反応させて、フィチン酸のリン酸基に該エポキシドを付加させることを特徴とするフィチン酸エポキシド付加物の製造方法。
[2]上記[1]の方法で製造されたフィチン酸エポキシド付加物からなる界面活性剤。
[3]上記[1]の方法で製造されたフィチン酸エポキシド付加物からなる金属イオン吸着剤。
[4]第三級アミンの存在下、非プロトン性極性溶媒中で、フィチン酸に長鎖アルキルを有するエポキシドを反応させて、フィチン酸のリン酸基に該エポキシドを付加させて、フィチン酸エポキシド付加物を得、その後、得られたフィチン酸エポキシド付加物を、フィターゼにより部分的に脱リン酸化させることを特徴とする、脱リン酸化フィチン酸エポキシド付加物の製造方法。
[5]上記[4]の方法で製造された、部分的に脱リン酸化されたフィチン酸エポキシド付加物。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、少量の第三級アミンの存在下において、フィチン酸と長鎖エポキシドなどを非プロトン性極性溶媒中で加熱することにより、保護基を用いることなく、比較的穏やかな反応条件により、フィチン酸のリン酸基に長鎖エポキシドなどが付加して疎水化されたフィチン酸エポキシド付加物(以下、「疎水化フィチン酸」ということもある。)を高収率で得られ、従来のような副生成物を生じない。また、得られたフィチン酸エポキシド付加物は、低濃度でミセルを形成し、良好な洗浄作用を示す。本発明の界面活性剤は、疎水性部として長鎖アルキル基、シクロアルキル基などが1つ導入されているのに対して、親水性部としてリン酸残基が6個もあり、親水性部が非常に大きい構造となっている。従来からのリン酸エステル型の界面活性剤や、硫酸エステルを親水性部とする代表的な界面活性剤、ドデシル硫酸ナトリウム、さらに第四級アンモニウム塩を親水性部とする代表的な界面活性剤、塩化ヘキサデシルトリメチルアンモニウムなどに比べると、本発明の界面活性剤の構造の特異性が目立つ。このような特異な構造にも関わらず、低濃度でミセル形成が可能であるのは、リン酸残基間の分子間水素結合により会合しやすいことが理由である。さらに、得られたフィチン酸エポキシド付加物は、水中の希薄な金属イオンを強く吸着、捕捉可能であり、疎水化フィチン酸の気水界面単分子膜においても、水中の低濃度の金属イオンと強く相互作用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】実施例1で得られた生成物のFT−IRの分析結果を示す図
【図2】実施例2で得られた生成物のFT−IRの分析結果を示す図
【図3】フィチン酸直鎖エポキシド付加物のフィターゼ処理の結果を示すHPLC
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明は、リンを含有する天然物であるフィチン酸のリン酸基に、炭素数が10〜20のアルキル基を有するエポキシドを穏和な条件で付加させることにより、下記の反応式に示すように、フィチン酸のリン酸基に疎水性のアルキル基を有するエポキシドが付加したフィチン酸エポキシド付加物を製造するものである。反応式中で、Rは長鎖アルキル基、シクロアルキル基、または分岐アルキル基等の疎水性官能基を示す。
【0018】
【化2】

【0019】
正リン酸などリンを含むオキシ酸の中で、フィチン酸は酸性が強い物質(第一酸解離定数pKa1は正リン酸の2.15に対してフィチン酸は−0.15)であるため、エポキシドのフィチン酸のリン酸基への付加反応において、エポキシド自体のカチオン重合が平行して起こる。
本発明では、このような副反応としてのカチオン重合を抑制し、付加反応を効率よく行うために、第三級アミンの存在下で反応を行うことを1つの特徴とする。
【0020】
また、フィチン酸は強い吸湿性を有する物質であり、高真空における加温や、乾燥剤の使用によっても完全に脱水することは非常に困難である。フィチン酸に残存する水分は、エポキシドの加水分解を引き起こし、付加生成物の収率を低下させるので、付加反応に於いて水分の除去は非常に重要である。したがって、水を溶媒とする特許文献4によるフィチン酸とエポキシドとの付加物の製造は、極めて非効率と考えられる。
そこで、本発明では、非プロトン性の極性溶媒中で、エポキシドとの付加反応を行うことをもう1つの特徴とする。
【0021】
非プロトン性極性溶媒は、フィチン酸のリン酸基と水素結合を形成しやすい分子構造(カルボニル基等)を有しており、フィチン酸の良溶媒であると共に、非プロトン性極性溶媒とフィチン酸との水素結合の形成によりフィチン酸のリン酸基に強く吸着していた水分を外れやすくさせる効果がある。
本発明では、フィチン酸を高真空下の加温により大部分の水分を除去した後、非プロトン性極性溶媒を加え、再度高真空下で加温することにより水分の除去を行うことが好ましい。
【0022】
本発明において、フィチン酸に付加させるエポキシドとしては、フィチン酸に十分な疎水性を付与するために、炭素数が10〜20のアルキル基を有するエポキシドが用いられる。該アルキル基は、通常、界面活性剤における疎水基として用いられるアルキル基であって、直鎖アルキル基以外に、シクロアルキル基及び分岐アルキル基も用いることができる(下記の参考文献1〜4参照)。
参考文献1:北原文雄ら、界面活性剤 物性・応用・化学生態学、講談社サイエンティフィック(1979)第14〜15頁
参考文献2:D.Pilakowska-Pietras, K.Lunkenheimer, A.Piasecki, and M.Pietras, Langmuir, 21,4016(2005).
参考文献3:K.M.Jenkins, S.D.Wettig, and R.E.Verrall, J.Colloid Interface Sci., 247,456(2002).
参考文献4:第十五改正日本薬局方、1025頁(平成18年)
【0023】
具体的には、炭素数10〜20の直鎖アルキル基を有するエポキシドとして、1,2−エポキシヘキサデカン(下記の式(1)参照)、1,2−エポキシオクタデカン、1,2−エポキシドコサン、ヘキサデシルグリシジルエーテル(下記の式(2)参照)、オクタデシルグリシジルエーテルなどが挙げられる。
また、炭素数10〜20の環状アルキル基を有するエポキシドとして、1,2−エポキシシクロドデカン(下記の式(3)参照)、 1,2−エポキシシクロペンタデカンなどが挙げられる。また、炭素数10〜20の、分岐アルキル基を有するエポキシドとして、4−(1,1,3,3−テトラメチルブチル)フェニルグリシジルエーテル(下記の式(4)参照)などが挙げられる。
さらに、本発明で用いられる長鎖エポキシドは、該4−(1,1,3,3−テトラメチルブチル)フェニルグリシジルエーテルや、4−ドデシルフェニルグリシジルエーテルのように、分子内にエーテル結合などを有していてもよい。
【0024】
【化3】

【0025】
付加反応におけるエポキシドの使用量は、フィチン酸1当量当たり1当量から6当量であるが、付加物の収率および原料エポキシドの反応率の観点から、好ましくは、1.1当量から3当量である。
【0026】
第三級アミンとしては、トリエチルアミン、N,N−ジイソプロピルエチルアミン、N-メチルモルホリン、ピリジン、キノリン、N,N−ジメチルアニリンなどである。
第三級アミンの添加量はフィチン酸1当量当たり、0.5当量から12当量、好ましくは1当量から6当量であり、第三級アミンによりフィチン酸のリン酸基と部分的に塩を形成させることにより、フィチン酸の酸性を低下させ、エポキシドの重合反応を抑制させる。
【0027】
また、非プロトン性極性溶媒としては、フィチン酸への溶解力があり、またエポキシドに対して化学的に不活性なものが用いられ、具体的には、N,N−ジメチルホルムアミド(DMF)、N,N−ジメチルアセトアミド、N−メチルピロリドン、N,N´−ジメチルイミダゾリジノン(DMI)、N,N,N´,N´−テトラメチル尿素、ジメチルスルホキシド(DMSO)、プロピレンカーボネートなどが用いられる。
【0028】
また、本発明で得られたフィリン酸エポキシド付加物を、フィターゼを用いて、以下に示すように、部分脱リン酸化することにより、フィチン酸ジエステルを残し、エポキシドが付加していないリン酸残基を脱リン酸化することができる。
【0029】
【化4】

【0030】
フィターゼは、フィチン酸のリン酸エステルの加水分解を触媒し、フィチン酸のイノシトール骨格からリン酸基を脱離させる酵素群である。
このフィターゼを用いて、得られたフィチン酸エポキシド付加物を、部分的に脱リン酸化することにより、フィチン酸エポキシド付加物の親水性を下げることが可能となる。
【0031】
疎水化フィチン酸の部分脱リン酸化反応に使用するフィターゼの由来は、特に限定されず、小麦、カビなどに由来するフィターゼが利用できる。
フィターゼは有機溶媒中でも失活することはないため、反応溶媒としては、疎水化フィチン酸の溶解性を考慮し、クロロホルム、トルエン、ヘキサン、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、ベンジルアルコール、ブタノール、メタノール、アセトン、など多くの汎用有機溶媒が、またクロロホルム-エタノールやトルエン-エタノールなどの混合溶媒が利用できる。また、水-エタノールなどの含水有機溶媒、Triton X-100やTween-80など界面活性剤水溶液が利用可能である。
【0032】
フィターゼは、緩衝液に溶解後反応液に添加する。緩衝液としては、酢酸緩衝液、リン酸緩衝液などを用いることができ、そのpHは1〜9、好ましくはフィターゼの至適pHに近い3〜6である。反応温度は、10〜90℃、好ましくはフィターゼの至適温度に近い40〜60℃である。
【0033】
生体内には、フィチン酸と構造的な類似点のあるイノシトール骨格を持つリン脂質が存在し、生体膜の情報伝達物質として、生化学的にきわめて重要な働きをしているが、本発明のフィチン酸エポキシド付加物のフィターゼ処理により、生体のイノシトール脂質に類似した構造をもつリン酸エステルが創出できたといえる。
【実施例】
【0034】
以下、本発明を実施例に基づいて説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
(実施例1)
真空ポンプで減圧により予備乾燥したフィチン酸660mg(1mmol)を1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン(DMI)5mlに溶解後、さらに真空下で60℃に加温して反応液の乾燥を行った。このフィチン酸溶液にN,N−ジイソプロピルエチルアミン480mg(2mmol)を加え、攪拌した。次いで、1,2−エポキシシクロドデカン1094mg(6mmol)を加え、50℃、窒素雰囲気下において48時間加熱攪拌した。
得られた反応液にメタノール50mlを加え、析出した沈殿を遠心分離機で沈殿させた後、上澄みを取り除いた。沈殿物に対して、メタノールでさらに2回の洗浄操作を行い、沈殿を減圧乾燥した。
得られた乾燥残渣を、ゲル濾過クロマトグラフィー用担体としてSephadex LH-20を、また溶離液としてメタノールを使用して分離精製し、生成物185mgを得た。
得られた生成物を、NMR、及びFT−IRを用いて分析した。
【0035】
NMRの分析結果を下記に示す。
H-NMR(CD3OD,TMS,ppm)δ=1.35-1.43(16H,t), 2.32-2.36(2H,m), 2.45-2.48(2H,q), 3.68-3.77(3H,m), 4.27-4.36(3H,m), 4.56-4.64(2H,m), 5.01-5.09(1H,m);31P-NMR(CD3OD,リン酸標準,ppm)δ=-0.645, -0.412, -0.462, 0.098, 0.348, 0.529, 0.659-0.940, 1.01
【0036】
図1に、FT−IRの分析結果を示す。
図中、(a)は乾燥フィチン酸、(b)は生成物、(c)は1,2−エポキシシクロドデカンを示す。
生成物にリン酸基に由来するピーク(900〜1000cm−1)、及びシクロアルキル基のメチレンに由来するピーク(2859cm−1、2924cm−1)がそれぞれ確認できた。
以上、NMR、及びFT−IRを用いた分析の結果、生成物は、目的とする、フィチン酸のリン酸基にエポキシドが付加した、フィチン酸ジエステルであることが分かった。
【0037】
(実施例2)
実施例1と同様に、フィチン酸660mg(1mmol)とN,N−ジイソプロピルエチルアミン480mg(2mmol)の混合物の1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン(DMI)溶液5mlを調製した。次いで、このフィチン酸溶液に、1,2−エポキシヘキサデカン(6mmol)を加え、50℃、窒素雰囲気下において48時間加熱攪拌した。
得られた反応液にメタノール50mlを加え、析出した沈殿を遠心分離機で沈殿させた後、上澄みを取り除いた。沈殿物に対して、メタノールでさらに2回の洗浄操作を行い、沈殿を減圧乾燥した。
得られた乾燥残渣を、ゲル濾過クロマトグラフィー用担体Sephadex LH-20と溶離液メタノールを使用して分離精製して、生成物234mgを得た。
得られた生成物を、NMR、及びFT−IRを用いて分析した。
【0038】
NMRの分析結果を下記に示す。
H-NMR(CDCl-CDOD(8:2),TMS,ppm)δ=0.89(3H,t),1.27-1.44(26H,m),2.75-4.34(21H,m)。
【0039】
図2に、FT−IRの分析結果を示す。
図中、(a)は乾燥フィチン酸、(b)は生成物、(c)は1,2−エポキシヘキサデカンを示す。
生成物にリン酸基に由来するピーク(900〜1000cm−1)、及び長鎖アルキル基に由来するピーク(2850cm−1、2917cm−1)がそれぞれ確認できた。
以上、NMR、及びFT−IRを用いた分析の結果、生成物は、目的とする、フィチン酸のリン酸基にエポキシドが付加した、フィチン酸ジエステルであることが分かった。
【0040】
(実施例3:4−(1,1,3,3−テトラメチルブチル)フェニルグリシジルエーテルの付加物の製造)
実施例1と同様に、フィチン酸330mg(0.5mmol)とN,N−ジイソプロピルエチルアミン194mg(1.5mmol)の混合物の1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン(DMI)溶液3mlを調製した。次いで、このフィチン酸溶液に、4−(1,1,3,3−テトラメチルブチル)フェニルグリシジルエーテル262mg(1mmol)を加え、60℃、窒素雰囲気下において48時間加熱攪拌した。
得られた反応液にアセトン60mlを加え、析出した沈殿を遠心分離機で沈殿させた後、上澄みを取り除いた。沈殿物に対して、アセトンで洗浄操作を行い、沈殿を真空乾燥した。
得られた乾燥残渣を、分取クロマトグラフィーと溶離液クロロホルムを使用して分離精製して、目的の生成物250mgを得た。
NMRの分析結果を下記に示す。
H-NMR(CD3OD,TMS,ppm)δ=0.70(9H,s), 1.33(6H,s), 1.70(2H,s),, 4.01-4.04(2H,m), 4.17-4.21(2H,m),4.33-4.50(19H,m), 6.83-6.84(4H,m), 7.24-7.26(4H,m)
【0041】
(実施例4:臨界ミセル濃度)
本実施例では、以下のようにして、得られたフィチン酸エポキシド付加物が、低濃度でミセルを形成することを確かめた。
実施例2で得られたフィチン酸エポキシド付加物18.0mgに蒸留水3mlと1M NaOH120μlを加え、プローブ型の超音波破砕機により分散させた。これに、ローダミン6Gを最終濃度が1μMとなるように、また、フィチン酸エポキシド付加物の最終濃度が、0.01mM〜2mMとなるよう分散液の一部をとり、蒸留水で希釈して、溶液量4mlとなるように調整した。
フィチン酸エポキシド付加物のミセル形成の評価は、紫外可視分光光度計により、各フィチン酸エポキシド付加物溶液のスペクトルを測定し、フィチン酸エポキシド付加物の濃度の増大に伴い、色素ローダミン6Gがフィチン酸エポキシ付加物からなるミセル内に可溶化され、色素の吸収極大が527nmから534nmに変化する濃度領域より臨界ミセル濃度を見積もった。
その結果、実施例2で得られたフィチン酸エポキシド付加物の臨界ミセル濃度が、0.008mMであることが分かった。
【0042】
(実施例5:気水界面単分子膜)
本実施例では、以下のようにして、得られたフィチン酸エポキシド付加物の気水界面単分子膜が、水中の低濃度の金属イオンと強く相互作用することを確かめた。
実施例2で得られたフィチン酸エポキシド付加物のクロロホルム溶液を、テフロン(登録商標)コートしたラングミュアートラフ上の超純水、または溶質を含む超純水の表面に滴下した。クロロホルムの揮発を待って、テフロンバリアーを可動させ、フィチン酸エポキシド付加物が形成した気水界面単分子膜の表面積−表面圧曲線を測定した(水温20℃)。
表面積−表面圧曲線から求めた単分子膜の分子占有面積は、それぞれの気水界面上で以下の値であり、金属イオンとの錯形成により、純水上に比べて分子専有面積は増加し、崩壊圧は低下した。
(分子占有面積)
蒸留水:57Å/分子、1mM 水酸化ナトリウム:59Å/分子、10mM 水酸化ナトリウム:61Å/分子、1mM 酢酸ナトリウム:59Å/分子、1mM 酢酸カルシウム:56Å/分子、1mM 酢酸カルシウム:56Å/分子、5mM 乳酸アルミニウム:56Å/分子、1mM 酢酸銅(II):59Å/分子、5mM 炭酸グアジニン:62Å/分子、1mM L-アルギニン:62Å/分子、5mM L-アルギニン:64Å/分子。崩壊圧は40mN/mから58mN/m(純水)。
【0043】
(実施例6:フィターゼによる部分的脱リン酸化)
本実施例では、以下のようにして、得られたフィチン酸エポキシド付加物のフィチン酸ジエステルを残し、エポキシドが付加されていないリン酸残基(リン酸モノエステル)の脱リン酸化を行った。
フィターゼ(アルドリッチ−シグマ社製、0.03Unit/mg)4.15mg(12.5Unit)を0.2M酢酸ナトリウム緩衝液3.6mlに溶解した。
一方、実施例2で得られたフィチン酸エポキシド付加物10.1mg(12μmol)をクロロホルム0.1mlに溶解した。
該フィチン酸エポキシド付加物のクロロホルム溶液0.1mlと前記フィターゼ溶液0.9mlとを混合し、55℃で加温攪拌しながら脱リン酸化反応を行った。0.5〜1時間後、反応溶媒を減圧下に除去し、固形物に水−メタノールを加え、可溶化部分をセファデックスを充填したカラムを用いて、部分脱リン酸化したフィチン酸エポキシド付加物を取り出した。
【0044】
フィターゼによる脱リン酸化反応の進行は、溶媒を減圧乾燥後、モリブテン酸アンモニウム/硫酸鉄(II)溶液で発色し、リン酸の遊離を確認することで行った。また、ゲルクロマトグラフ(GPC)で分子量の減少を確認することでも行った。
図3は、フィチン酸直鎖エポキシド付加物のフィターゼ処理の結果を示すHPLCである。図中、(a)は、0.5時間経過後、(b)は、1時間経過後を示している。
この結果、反応時間の調節により、遊離させるリン酸基の選択性の向上が期待でき、フィチン酸エポキシド付加物から様々なイノシトールリン酸エステルを創出できる可能性が期待できる。
【産業上の利用可能性】
【0045】
従来、リン酸エステル型界面活性剤はシャンプーなどの洗浄剤、乳化剤、分散剤、帯電防止剤、防錆剤などに利用されてきた。本発明もリン酸エステル型界面活性剤の一種であり、従来の応用されて来た分野に適用される。また、フィチン酸骨核上のリン酸基により、アルカリ土類金属、希土類金属、および銅など遷移金属のイオンに対する抽出剤、吸着剤として利用できる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第三級アミンの存在下、非プロトン性極性溶媒中で、フィチン酸に、炭素数10〜20のアルキル基を有するエポキシドを反応させて、フィチン酸のリン酸基に該エポキシドを付加させることを特徴とするフィチン酸エポキシド付加物の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法で製造されたフィチン酸エポキシド付加物からなる界面活性剤。
【請求項3】
請求項1に記載の方法で製造されたフィチン酸エポキシド付加物からなる金属イオン吸着剤。
【請求項4】
第三級アミンの存在下、非プロトン性極性溶媒中で、フィチン酸に長鎖アルキルを有するエポキシドを反応させて、フィチン酸のリン酸基に該エポキシドを付加させて、フィチン酸エポキシド付加物を得、その後、得られたフィチン酸エポキシド付加物を、フィターゼにより部分的に脱リン酸化させることを特徴とする、脱リン酸化フィチン酸エポキシド付加物の製造方法。
【請求項5】
請求項4に記載の方法で製造された、部分的に脱リン酸化されたフィチン酸エポキシド付加物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−36122(P2012−36122A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−176953(P2010−176953)
【出願日】平成22年8月6日(2010.8.6)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成22年2月9日 東京電機大学大学院発行の「大学院理工学研究科生命工学専攻 修士論文要旨集 第28巻・▼7▲(平成21年度)」に発表
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】