説明

異常診断装置

【課題】低分解能のAD変換器や単なる比較器を使用して回路の低コスト化および省スペース化を図り、且つ精度低下を招くことなく異常診断を行なうことができる異常診断装置を提供すること。
【解決手段】機械装置の振動を検出する振動センサ111からのアナログ信号をデジタル信号に変換するAD変換器153と、AD変換器153からのデジタル信号をフーリエ変換処理し、その結果に基づいて異常診断を行なう診断処理部150Bと、を備え、診断処理部150Bが、AD変換器153からのデジタル信号をその分解能よりもデータ幅を拡張してフーリエ変換処理するように構成した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄道車両、自動車、風車等に用いられる回転或いは摺動する部品の異常診断装置に関し、特に、該部品の異常の有無や前兆、或いはその異常部位を特定する異常診断装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、鉄道車両の回転部品は、一定期間使用した後に、車軸軸受やその他の回転部品について、損傷や摩耗等の異常の有無が定期的に検査される。この定期的な検査は、回転部品が組み込まれた機械装置を分解することにより行なわれ、回転部品に発生した損傷や摩耗は、作業者が目視による検査により発見するようにしている。そして、検査で発見される主な欠陥としては、軸受の場合、異物の噛み込み等によって生ずる圧痕、転がり疲れによる剥離、その他の摩耗等、歯車の場合には、歯部の欠損や摩耗等、車輪の場合には、フラット等の摩耗があり、いずれの場合も新品にはない凹凸や摩耗等が発見されれば、新品に交換される。
【0003】
しかし、機械設備全体を分解して、作業者が目視で検査する方法では、装置から回転体や摺動部材を取り外す分解作業や、検査済みの回転体や摺動部材を再度装置に組込み直す組込み作業に多大な労力がかかり、装置の保守コストに大幅な増大を招くという問題があった。
【0004】
また、組立て直す際に検査前にはなかった打痕を回転体や摺動部材につけてしまう等、検査自体が回転体や摺動部材の欠陥を生む原因となる可能性があった。また、限られた時間内で多数の軸受を目視で検査するため、欠陥を見落とす可能性が残るという問題もあった。更に、この欠陥の程度の判断も個人差があり実質的には欠陥がなくても部品交換が行なわれるため、無駄なコストがかかることにもなる。
【0005】
そこで、回転部品が組み込まれた機械装置を分解することなく、実稼動状態で回転部品の異常診断を行なう様々な方法が提案された(例えば、特許文献1〜3参照。)。最も、一般的なものとしては、特許文献1に記載されるように、軸受部に加速度計を設置し、軸受部の振動加速度を計測し、更に、この信号にFFT(高速フーリエ変換)処理を行なって振動発生周波数成分の信号を抽出して診断を行なう方法が知られている。
【0006】
また、鉄道車両の車輪の転動面において、ブレーキの誤動作等による車輪のロックや滑走によるレールとの摩擦・摩耗によって生じるフラットと呼ぶ平坦部の検出方法としても種々提案されている(例えば、特許文献4〜6参照。)。特に特許文献4では、振動センサや回転測定装置等により鉄道車両車輪、および列車が通過する線路の欠陥状態を検出する装置について提案している。
【特許文献1】特開2002−22617号公報
【特許文献2】特開2003−202276号公報
【特許文献3】特開2004−257836号公報
【特許文献4】特表平9−500452号公報
【特許文献5】特開平4−148839号公報
【特許文献6】特表2003−535755号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
回転機械や車両においては、それらに含まれる部品の回転速度や移動速度に比例した振動の特定周波数成分の大きさに基づいて機械異常を診断することができるので、振動の周波数分析を利用した異常診断が多用される。その際、振動センサの出力信号をAD変換によってデジタル化し、FFT処理を主としたデジタル演算処理が実施される。AD変換は、通常、専用ICのAD変換器またはマイクロコンピュータに内蔵されたAD変換器を使用して行なわれる。専用ICのAD変換器は、高分解能・高精度のものを使用するとコスト高になる。一方、マイクロコンピュータ内蔵のAD変換器を使用すれば、低分解能ではあるが、低コストであり省スペース化も図ることができる。また、AD変換器を内蔵しないマイクロコンピュータを使用する場合でも、低分解能のAD変換器を使用するか、あるいはAD変換器を省略できれば低コスト化および省スペース化することができる。
しかし、AD変換の分解能を低くすると、信号のダイナミックレンジが低下するため、FFT処理による周波数ピークの検出精度も低下する。ダイナミックレンジの低下を避けるために、信号を適正な振幅に増幅するための自動利得制御(AGC)回路等を設けると却ってコストを増大させることになってしまう。
【0008】
本発明は、上述した事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、振動センサからのアナログ信号をデジタル信号に変換するために低分解能のAD変換器や単なる比較器を使用して回路の低コスト化および省スペース化を図り、且つ精度低下を招くことなく異常診断を行なうことができる異常診断装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の目的は、下記の構成により達成される。
(1) 回転或いは摺動する部品を有する機械装置の異常診断装置であって、
前記機械装置の振動を検出する振動センサからのアナログ信号をデジタル信号に変換するAD変換器と、
当該AD変換器からのデジタル信号をフーリエ変換処理し、その結果に基づいて異常診断を行なう診断処理部と、
を備え、
前記診断処理部が、
前記AD変換器からのデジタル信号を前記AD変換器の分解能よりもデータ幅を拡張してフーリエ変換処理するように構成されていることを特徴とする異常診断装置。
(2) 回転或いは摺動する部品を有する機械装置の異常診断装置であって、
前記機械装置の振動を検出する振動センサからのアナログ信号をデジタル信号に変換するAD変換器と、
当該AD変換器からのデジタル信号をフーリエ変換処理し、その結果に基づいて異常診断を行なう診断処理部と、
を備え、
前記診断処理部が、
前記AD変換器の分解能を1ビットとし、これを2ビット以上の所定のデータ幅に拡張してフーリエ変換処理するように構成されていることを特徴とする異常診断装置。
(3) 回転或いは摺動する部品を有する機械装置の異常診断装置であって、
前記機械装置の振動を検出する振動センサからのアナログ信号の電圧と参照電圧とを比較して、当該アナログ信号の電圧が参照電圧よりも高か低かを示す2値の信号を出力するコンパレータを備え、
前記診断処理部が、
前記コンパレータからの信号を所定のデータ幅に拡張してフーリエ変換処理するように構成されていることを特徴とする異常診断装置。
【発明の効果】
【0010】
本発明の異常診断装置によれば、低分解能のAD変換器や単なる比較器を使用して回路の低コスト化および省スペース化を図り、且つ精度低下を招くことなく異常診断を行なうことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、本発明に係る異常診断装置の第1実施形態、第2実施形態、および第3実施形態について図面を参照しながら詳細に説明する。
【0012】
図1(a)は本発明の異常診断装置を搭載した鉄道車両の概略平面図、図1(b)は同鉄道車両の概略側面図、図2は車軸軸受と振動センサとの位置関係を例示する概略図、図3は本発明に係る異常診断装置の第1実施形態のブロック図、図4は図3の診断処理部の動作内容を示すフローチャート、図5(a)はAD変換器からのデジタル信号をその分解能よりも拡張する処理についての説明図、図5(b)はAD変換器からのデジタル信号の単なる符号拡張の例を示す説明図、図6は車軸軸受の傷の部位と、傷に起因して発生する振動発生周波数の関係を数式で示す図、図7は本発明に係る異常診断装置の第2実施形態の要部ブロック図、図8(a)は振動センサからのアナログ信号をコンパレータにより2値の信号に変換する処理についての説明図、図8(b)はコンパレータからの信号を診断処理部内のマイクロコンピュータでデジタルフィルタ処理した後の波形図、図9は第2実施形態における診断処理部の動作内容を示すフローチャート、そして図10は本発明に係る異常診断装置の第3実施形態の要部ブロック図である。
【0013】
[第1実施形態]
まず、図1〜図6を参照して、第1実施形態の異常診断装置について説明する。
図1に示すように、一両の鉄道車両100は前後2つの車台によって支持され、各車台には4個の車輪101が取り付けられている。各車輪101の回転支持装置(軸受箱)110には、運転中に回転支持装置110から発生する振動を検出する振動センサ111が取り付けられている。
【0014】
鉄道車両100の制御盤115には、4チャネル分のセンサ信号を同時(ほぼ同時)に取り込んで診断処理を実施する異常診断装置150が2つ搭載されている。即ち、各車台に設けられている4つの振動センサ111の出力信号が各々信号線116を介して車台毎に別の異常診断装置150に入力される。また、異常診断装置150には、車輪101の回転速度を検出する回転速度センサ(図示省略)からの回転速度パルス信号も入力される。
【0015】
図2に示すように、回転支持装置110には、1例として回転部品である車軸軸受130が設けられており、車軸軸受130は、回転軸(不図示)に外嵌される回転輪である内輪131と、ハウジング(不図示)に内嵌される固定輪である外輪132と、内輪131および外輪132との間に配置された複数の転動体である玉133と、玉133を転動自在に保持する保持器(不図示)とを備える。振動センサ111は、重力方向の振動加速度を検出し得る姿勢に保持されてハウジングの外輪132近傍に固定されている。振動センサ111には、加速度センサ、AE(acoustic emission)センサ、超音波センサ、ショックパルスセンサ等、種々のものを使用することができる。
【0016】
図3に示すように、異常診断装置150は、センサ信号処理部150Aと、診断処理部(MPU:Micro Processing Unit)150Bとを有する。センサ信号処理部150Aは、1つの振動センサ111のために1つの増幅器(Amp)171と1つの濾波器(LPF)172とを備えている{即ち、4つの増幅器(Amp)171と4つの濾波器(LPF)172とを備えている}。そして、4つの振動センサ111の出力信号(アナログ信号)が、対応する増幅器(Amp)171にそれぞれ入力され、増幅された後、対応する濾波器(LPF)172にそれぞれ入力されるようになっている。増幅器(Amp)171および濾波器(LPF)172で増幅且つ濾波されたアナログ信号が診断処理部(MPU)150Bに取り込まれ、マルチプレクサ(MUX)152を介して診断処理部(MPU)150B内のAD変換器(ADC)153にてデジタル信号に変換されるようになっている。一方、回転速度センサからの回転速度パルス信号は、波形整形回路155によって整形された後、診断処理部(MPU)150Bに取り込まれ、診断処理部(MPU)150B内のタイマカウンタ(TCNT)154により単位時間当りのパルス数がカウントされ、その値が回転速度信号として処理されるようになっている。診断処理部(MPU)150Bは、振動センサ111により検出された振動波形と回転速度センサにより検出された回転速度信号とをもとに異常診断を実行する。診断処理部(MPU)150Bによる診断結果はラインドライバ(LD)160を介して通信回線120(図1も参照。)に出力される。通信回線120は警報機に接続されており、異常発生時には然るべき警報動作がなされるようになっている。
【0017】
振動センサ111の出力信号から検出できる異常は、車軸軸受130の剥離と車輪101のフラット(摩耗)であるが、ここでは、車軸軸受130の診断について説明する。車軸軸受130に発生する異常の中で、静止輪の外輪軌道の剥離が最も起こりやすいので、車軸軸受130の静止輪の外輪軌道の剥離を検出対象とする。
【0018】
この実施形態では、振動センサ111の出力信号を増幅・濾波するために、増幅器(Amp)171および濾波器(LPF)172を使用している。そして、濾波器(LPF)172により濾波されAD変換器(ADC)153にてデジタル信号に変換されたデータをソフトウェアにより実現される演算機能により処理し各振動センサ111の出力信号に基づく異常診断を行なう。診断処理部(MPU)150Bは、その内部にメモリ(RAM)159を有しており、これを利用してFFTやデジタルフィルタリングを極めて高速に実行することができる。このことにより、4チャネルの振動センサ111に対して、リアルタイム処理(即ち、サンプリング時間よりもかなり余裕をもった短時間での計算)を実行できる。
【0019】
振動センサ111の出力信号は、増幅器(Amp)171および濾波器(LPF)172を通して診断処理部(MPU)150B内のAD変換器(ADC)153に入力される。この実施形態におけるAD変換器(ADC)153の分解能は8ビットである。診断処理部(MPU)150Bは振動データを8ビットの値として読み込む。また、AD変換器(ADC)153のサンプリング周波数は一定とし且つCPU158の負荷を抑えるために、コンペアマッチタイマ(CMT)156とダイレクト・メモリアクセス・コントローラ(DMAC)157を使用する。サンプリング周波数は8kHzである。濾波器(LPF)172はアンチエリアシング・フィルタとしても機能し、1kHz以上の帯域成分を減少させる。
【0020】
AD変換器(ADC)153の入力レンジは0〜3.3Vである。振動センサ111、増幅器(Amp)171および濾波器(LPF)172は、AD変換器(ADC)153の入力レンジに振動波形が適合し、振動波形の中心の電圧が1.65Vになるように設計されている。
【0021】
図4は、診断処理部(MPU)150Bの動作フローを示している。診断処理部(MPU)150Bは、4つの振動センサ111から出力され、増幅器(Amp)171と濾波器(LPF)172とを経て送られてくるセンサ信号それぞれを、マルチプレクサ(MUX)152を介してチャネルを切り替えながらサンプリングすることで多チャネルをほぼ同時にAD変換器(ADC)153にてサンプリングしデジタル信号(符号なし8ビットデータ)に変換する(即ち、ステップS101)。
【0022】
そして、AD変換器(ADC)153から出力された符号なし8ビットデータを、まず符号付の16ビットデータに変換する(即ち、ステップS102)。具体的には、図5(a)に示すように、振動波形の中心電圧である1.65Vが0Vになるように8ビットデータを符号化し直した後、その下位に8ビットを付け足すことにより16ビットの値に変換する。
【0023】
次に、固定小数点デジタルフィルタ処理(即ち、ステップS103)を施し、エンベロープ(絶対値化)処理(即ち、ステップS104)を施した後、16ビット固定小数点FFT処理(即ち、ステップS105)を実施する。そして、FFT処理(即ち、ステップS105)の結果から周波数のピークを求める(即ち、ステップS106)。また、車軸回転速度と軸受諸元(図6参照。)から軸受欠陥周波数を算出する(即ち、ステップS107)。そして、周波数のピークと軸受欠陥周波数との一致度を数値化し(即ち、ステップS108)、一定回数の累積値から異常(NG)を判断する(即ち、ステップS109)。
【0024】
16ビット固定小数点デジタルフィルタ処理(即ち、ステップS103)から16ビット固定小数点FFT処理(即ち、ステップS105)までの固定小数点演算では、16ビットのうち下位15ビットを小数点以下の表現に使用する。デジタルフィルタの係数は、実数で表現すると−1.0以上1.0未満であるが、この固定小数点数表現を用いると、コンピュータの中では−215以上215−1以下となる。8ビットのままであれば、符号付の場合、−2以上2−1以下である。フィルタ処理は波形の振幅を小さくするので、8ビット幅のままのデータでは、更に振幅の小さなデータになり、周波数ピーク検出の精度に支障をきたす。そこで、AD変換の振幅範囲を実数で−1.0以上1.0未満とし、CPU158のデータ幅に合わせる。符号付の8ビットデータを符号付の16ビットデータに変換するには、符号付の8ビットデータの最上位ビットと小数点以下7ビットをそのままにして上位8ビットとし、下位8ビットをすべて0とすればよい。要するに、−128〜127の範囲の整数を256倍拡大して、−32768〜32767の範囲の整数に変換して演算を進める。これに対し、図5(b)に示すように、16ビットに拡張しても単に符号拡張するだけで、拡大しなければ効果がない。
【0025】
FFT処理(即ち、ステップS105)は16ビットデータの固定小数点演算により行なった。その理由は、使用するCPU158が32ビットCPUであるため、16bit×16bitの乗算が桁あふれしないようにし、また、浮動小数点数演算装置(FPU)を備えていないので浮動小数点も使用しない方が計算速度の点から望ましいからである。
【0026】
また、FFT処理(即ち、ステップS105)では、スケーリング処理を行なっている。つまり、演算点数を2のN乗個としてFFTを行なった場合、N段のバタフライ演算を行なうことになるが、このときオーバーフローを防ぐためにデータを縮小する。
【0027】
このように固定小数点の演算では、ビット幅の制限があるためダイナミックレンジが小さくなりやすい。更に、入力データが半分の8ビットであれば、計算誤差の中に異常信号が埋もれてしまい、振動のピークの検出がうまくいかなくなる確率が非常に高くなる。そこで、本実施形態では8ビットのデータをあらかじめ16ビットに拡大して演算することにより、検出されるべきピークが消失するのを防いでいる。
【0028】
この異常診断処理では、周波数分析とそのピーク検出が重要であり、元波形を忠実にサンプリングし復元することは要求されないので、当初のAD変換データが8ビットと少なくても演算時に上記のように拡大することで周波数の特徴は十分捉えることができる。
【0029】
その一検証例として、鉄道車両用の円錐ころ軸受のはく離検出を試みた結果を、比較例とともに表1に示す。
【表1】

【0030】
異常振動1は、軸受の外輪軌道面がはく離した軸受が240rpmで回転しているときの振動信号である。異常振動2は、軸受の外輪軌道面に放電加工による人工欠陥が形成された軸受が360rpmで回転しているときの振動信号である。異常振動3は、軸受の外輪軌道面に放電加工による人工欠陥が形成された軸受が990rpmで回転しているときの振動信号である。
【0031】
いずれの異常振動の場合も、16ビットAD変換機から得られる16ビット整数値をそのまま演算に用いた場合は異常の検出に成功した。一方、8ビットAD変換機から得られた8ビット整数値のまま符号拡張のみ行なって演算した場合は異常を検出することができなかった。これに対し、AD変換機から得られた8ビット整数値を符号化後16ビットに拡張することにより実質的にレンジを256倍に拡大して演算を行なった場合は異常の検出に成功した。
【0032】
上記のように、振動センサ111からのアナログ信号をデジタル信号に変換するAD変換器(ADC)153からの出力信号をAD変換器(ADC)153の分解能(この例では8ビット)よりもデータ幅を拡張(この例では16ビットに拡張)してフーリエ変換処理し、その結果に基づいて異常診断を行なうことにより、低分解能のAD変換器を使用して回路の低コスト化および省スペース化を図り、且つ精度低下を招くことなく異常診断を行なうことができる。
【0033】
[第2実施形態]
図7は本発明に係る異常診断装置の第2実施形態の要部ブロック図である。この実施形態はAD変換器を備えていないマイコンシステム(即ち、マイクロコンピュータ・システム)を使用した例を示しており、振動センサ111からのアナログ信号(波形信号)は増幅器(Amp)171で増幅され、濾波器(LPF)172を通った直後にコンパレータ173を介して診断処理部(MPU)150Bのポート(Port)に入力される。即ち、この実施形態では、診断処理部(MPU)150BがAD変換器153を持たない代わりに、センサ信号処理部150Aにコンパレータ173が設けられている。その他の構成は第1実施形態と同じである。
【0034】
コンパレータ173には、雑音の影響を排除するためにヒステリシスコンパレータが使用される。コンパレータ173は、振動センサ111からのアナログ信号(図8(a)上部の波形参照。)の電圧と一定の参照電圧refとを比較して、当該アナログ信号の電圧が参照電圧refよりも高か低かを示す1ビットの信号(図8(a)下部の波形参照。)を出力する。参照電圧refは、例えば振動波形の中心電圧(1.65V)とする。コンパレータ173のサンプリング周波数は32kHzとしている。また、診断処理部(MPU)150Bのポート(Port)に入力されたコンパレータ173からの上記1ビット(即ち、2値)の信号は、診断処理部(MPU)150B内でデジタルフィルタ処理され、図8(b)に示される波形の信号となる。
【0035】
図9は、第2実施形態における診断処理部(MPU)150Bの動作フローを示している。診断処理部(MPU)150Bは、コンパレータ173から信号を受け取る(即ち、ステップS201)。診断処理部(MPU)150Bのポートの値は0と1しかとらないが、これはAD変換における符号ビットに相当するので、単純に正負、即ち、0が−1を表し、1が1を表していると考え、符号付16ビットデータに変換する(即ち、ステップS202)。符号付16ビット整数で−32768と32767の2値から演算を始める。
【0036】
次に、FIRデジタルフィルタ処理(即ち、ステップS203)を施し、エンベロープ(絶対値化)処理(即ち、ステップS204)を施した後、16ビット固定小数点FFT処理(即ち、ステップS205)を実施する。そして、FFT処理(即ち、ステップS205)の結果から周波数のピークを求める(即ち、ステップS206)。また、車軸回転速度と軸受諸元(図6参照。)から軸受欠陥周波数を算出する(即ち、ステップS207)。そして、周波数のピークと軸受欠陥周波数との一致度を数値化し(即ち、ステップS208)、一定回数の累積値から異常(NG)を判断する(即ち、ステップS209)。
【0037】
車軸軸受130の欠陥周波数としては1kHz以下を対象としているが、軸受部材やセンサケース等から発生する振動には1kHzよりも高い周波数の振動が多く含まれている。振動センサ111により検出される振動の伝播は、これらの部材の振動によって行なわれ、欠陥による低周波の振動周波数はそれら高い周波数の振動(搬送波)を変調すると考えることができる。そこで、この実施形態では、コンパレータ173のサンプリング周波数を32kHzと高く設定している。サンプリング周波数を高くすることで、2値のデータでも低い欠陥周波数を回復することができる。その原理はPWM{Pulse Width Modulation(即ち、パルス幅変調)}の原理と同じである。FIRローパスフィルタ処理(即ち、ステップS203)は、上記搬送波の成分を除き、欠陥周波数の範囲に波形信号を挟帯域化するために実施される。
【0038】
このように、AD変換器を使用せず、より低コストのコンパレータ173を使用した場合でも、コンパレータ173から出力される2値データを16ビット幅のデータに拡張して演算処理することで、異常信号のピークを検出するのに十分なFFT処理による周波数分析を行なうことができる。
【0039】
[第3実施形態]
図10は本発明に係る異常診断装置の第3実施形態の要部ブロック図である。第2実施形態と同様、診断処理部(MPU)150BがAD変換器153を持たない代わりに、センサ信号処理部150Aにコンパレータ173が設けられている。第2実施形態では参照電圧refを一定としたが、この実施形態では、振動センサ111からのアナログ信号よりも高い周波数の正弦波を参照電圧refとして用いている。コンパレータ173は、参照電圧refよりも高い周波数で振動センサ111からのアナログ信号をサンプリングしてデジタル化(2値化)する。
【0040】
診断処理部(MPU)150Bは、コンパレータ173からの2値信号をデジタル的にローパスフィルタ処理することで、多ビットのAD変換器の機能をソフトウェア的に実現する。上述の第2実施例は、軸受はく離の特徴周波数のオーダーは高々1kHzであるが、軸受130の軌道輪、転動体あるいは振動センサ111の固有振動による高周波成分が振動波形には重畳されており、診断処理部(MPU)150Bのソフトウェアによりローパスフィルタ処理を施しているので、全体的に見れば、この第3実施形態と同等の処理がなされていることになる。ただし、第2実施例の方が、正弦波発生回路が不要である点においてコスト面で有利であるといえる。
【0041】
尚、上記実施形態では、車軸軸受130の異常診断を行なう場合について説明したが、本発明の異常診断装置は、車輪その他の機械装置の異常診断にも有効に適用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0042】
【図1】(a)本発明の異常診断装置を搭載した鉄道車両の概略平面図、そして(b)同鉄道車両の概略側面図である。
【図2】車軸軸受と振動センサとの位置関係を例示する概略図である。
【図3】本発明に係る異常診断装置の第1実施形態のブロック図である。
【図4】図3の診断処理部の動作内容を示すフローチャートである。
【図5】(a)はAD変換器からのデジタル信号をその分解能よりも拡張する処理についての説明図、(b)はAD変換器からのデジタル信号の単なる符号拡張の例を示す説明図である。
【図6】車軸軸受の傷の部位と、傷に起因して発生する振動発生周波数の関係を数式で示す図である。
【図7】本発明に係る異常診断装置の第2実施形態の要部ブロック図である。
【図8】(a)は振動センサからのアナログ信号をコンパレータにより2値の信号に変換する処理についての説明図、(b)はコンパレータからの信号を診断処理部内のマイクロコンピュータでデジタルフィルタ処理した後の波形図である。
【図9】第2実施形態における診断処理部の動作内容を示すフローチャートである。
【図10】本発明に係る異常診断装置の第3実施形態の要部ブロック図である。
【符号の説明】
【0043】
100 鉄道車両
101 車輪
110 回転支持装置
111 振動センサ
130 車軸軸受
150 異常診断装置
150A センサ信号処理部
150B 診断処理部
153 AD変換器
171 増幅器
172 濾波器
173 コンパレータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
回転或いは摺動する部品を有する機械装置の異常診断装置であって、
前記機械装置の振動を検出する振動センサからのアナログ信号をデジタル信号に変換するAD変換器と、
当該AD変換器からのデジタル信号をフーリエ変換処理し、その結果に基づいて異常診断を行なう診断処理部と、
を備え、
前記診断処理部が、
前記AD変換器からのデジタル信号を前記AD変換器の分解能よりもデータ幅を拡張してフーリエ変換処理するように構成されていることを特徴とする異常診断装置。
【請求項2】
回転或いは摺動する部品を有する機械装置の異常診断装置であって、
前記機械装置の振動を検出する振動センサからのアナログ信号をデジタル信号に変換するAD変換器と、
当該AD変換器からのデジタル信号をフーリエ変換処理し、その結果に基づいて異常診断を行なう診断処理部と、
を備え、
前記診断処理部が、
前記AD変換器の分解能を1ビットとし、これを2ビット以上の所定のデータ幅に拡張してフーリエ変換処理するように構成されていることを特徴とする異常診断装置。
【請求項3】
回転或いは摺動する部品を有する機械装置の異常診断装置であって、
前記機械装置の振動を検出する振動センサからのアナログ信号の電圧と参照電圧とを比較して、当該アナログ信号の電圧が参照電圧よりも高か低かを示す2値の信号を出力するコンパレータを備え、
前記診断処理部が、
前記コンパレータからの信号を所定のデータ幅に拡張してフーリエ変換処理するように構成されていることを特徴とする異常診断装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2007−170816(P2007−170816A)
【公開日】平成19年7月5日(2007.7.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−293796(P2005−293796)
【出願日】平成17年10月6日(2005.10.6)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】