説明

癌の検出方法および癌抑制剤

【課題】肝細胞癌などの癌に特徴的な挙動を示す遺伝子を同定して、癌の検出方法及び癌の増殖抑制剤を提供すること。
【解決手段】検体において、miR-124、miR-203、miR-219、及びmiR-375からなる群から選ばれる少なくとも1以上の、癌抑制遺伝子として機能する遺伝子(microRNA)の発現低下を指標として、検体の癌化を検出することを含む、癌の検出方法。また、該miRNA遺伝子を含む癌抑制剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト染色体上に存在するmicroRNA (miRNA)遺伝子の発現量の変化を利用することにより、肝細胞癌などの癌を検出する方法、さらには肝細胞癌などの癌の増殖を抑制する抑制剤に関する。
【背景技術】
【0002】
肝細胞癌(HCC)は世界で最もポピュラーな癌種の一つであり、特に発症率が高いアフリカやアジア地域ではB型肝炎ウイルスあるいはC型肝炎ウイルスによる慢性肝炎や肝硬変と相関するとされている。HCCの発症機序に関しては、これまでに膨大な研究がなされてきたが、近年、他の癌種と同様に、癌遺伝子の活性化や癌抑制遺伝子の不活化機構にエピゲノム異常が深く関与することが示唆されている。HCCのゲノム・エピゲノム異常の解明は、HCCの発症・進展過程における詳細な分子機序の解明のみならず、HCCの克服に大きく寄与することが期待される。
【0003】
non-coding RNAであるmiRNAは9-22塩基長の機能性低分子RNAであり、タンパク質をコードするメッセンジャーRNA (mRNA)の3’末端非翻訳領域(3’UTR)に結合しmRNAの翻訳を阻害、あるいは分解する。癌においては近年、さまざまな癌種において多くのmiRNA遺伝子の発現が変化していること、さらには発癌・進展過程で癌遺伝子あるいは癌抑制遺伝子として機能するmiRNAが次々と明らかにされている。また、多くのmiRNAは、正常組織に比して癌での発現量が低下していることから、癌細胞における癌抑制遺伝子型miRNAの発現抑制機序を明らかにすることは極めて重要であると考えられる。
【0004】
癌の発生・進展過程における様々な悪性形質獲得には、癌遺伝子の活性化ならびに癌抑制遺伝子の不活性化の蓄積によるとされている。また、点突然変異やゲノムコピー数異常、染色体転座による融合遺伝子形成などのゲノム構造異常に加え、遺伝子プロモーター領域におけるCpG islandのDNAメチル化異常などによる癌抑制遺伝子の不活化機序が明らかにされ、発癌・進展過程でのエピゲノム異常の重要性が報告されてきた。 最近、miRNAに関しても、DNA過剰メチル化により発現抑制される癌抑制遺伝子型miRNAが次々と報告されている。HCCでもmiRNAの関与は報告されているが(非特許文献1及び2)、HCCにおいてDNA過剰メチル化により不活化される癌抑制遺伝子型miRNAに関する報告は未だ少ない(非特許文献2及び3)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Murakami, Y., Yasuda, T., Saigo, K., Urashima, T., Toyoda, H., Okanoue, T. and Shimotohno, K. (2006) Comprehensive analysis of microRNA expression patterns in hepatocellular carcinoma and non-tumorous tissues. Oncogene, 25, 2537-2545.
【非特許文献2】Budhu, A., Jia, H.L., Forgues, M., Liu, C.G., Goldstein, D., Lam, A., Zanetti, K.A., Ye, Q.H., Qin, L.X., Croce, C.M.,et al. (2008) Identification of metastasis-related microRNAs in hepatocellular carcinoma. Hepatology, 47, 897-907.
【非特許文献3】Datta, J., Kutay, H., Nasser, M.W., Nuovo, G.J., Wang, B., Majumder, S., Liu, C.G., Volinia, S., Croce, C.M., Schmittgen, T.D., et al. (2008) Methylation mediated silencing of MicroRNA-1 gene and its role in hepatocellular carcinogenesis. Cancer Res., 68, 5049-5058.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
肝細胞における癌化についての遺伝子レベルでのメカニズムが解明されれば、遺伝子レベルにおける肝細胞癌の検出や、肝細胞癌の悪性度の診断、進行の抑制をおこなうことが可能となり、さらに、メカニズムに基づく薬剤の選別、開発や治療法の確立が可能となるはずである。具体的には、肝細胞癌に特徴的な挙動を示す遺伝子を同定して、遺伝子を中心とした技術的検討をおこなうことにより、この課題を解決することができると考えられる。即ち、本発明は、肝細胞癌などの癌に特徴的な挙動を示す遺伝子を同定して癌の検出方法及び癌の増殖抑制剤を提供することを解決すべき課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0007】
Real−time reverse transcription−polymerase chain reaction(Real−time RT−PCR)法は、遺伝子発現により生じる転写産物の量を解析するためには、簡便で迅速であり、最良の方法である。そして、癌に関与する遺伝子発現の変化を解析するために、TaqMan MicroRNA Assaysを用いることにより、肝細胞の癌化を促進する表1から表5に示す癌関連microRNA遺伝子を同定することに成功した。すなわち、これらの遺伝子の発現量低下が肝細胞癌の増殖を促進する、また、肝細胞癌において、これらの遺伝子の発現量を増加させると、癌の増殖を著しく低下することを見出し、本発明を完成した。
【0008】
即ち、本発明によれば、検体において、miR-124、miR-203、miR-219、及び miR-375からなる群から選ばれる少なくとも1以上の遺伝子の発現低下を指標として検体の癌化を検出することを含む、癌の検出方法が提供される。
好ましくは、遺伝子発現の変化を、DNAアレイ法、ノーザンブロット法、RT−PCR法、リアルタイムRT−PCR法、RT−LAMP法、又はin situ ハイブリダイゼーション法のいずれかの方法を用いて検出する。
好ましくは、遺伝子の発現低下が、CpGアイランドあるいはその近傍のメチル化による遺伝子の発現の低下である。
好ましくは、前記メチル化を、COBRA法、Bisulfite sequeance法、又はサザンブロット法のいずれかの方法を用いて検出する。
【0009】
好ましくは、miR-124、又はmiR-203のうちの少なくとも1以上の遺伝子の発現低下を指標として検体の癌化を検出する。
好ましくは、検体は肝細胞である。
好ましくは、癌は肝細胞癌である。
【0010】
本発明によればさらに、miR-124、miR-203、miR-219、及びmiR-375からなる群から選ばれる少なくとも1以上の遺伝子を含有する、癌抑制剤が提供される。
好ましくは、前記遺伝子は高分子化合物に結合又は封入されている。
好ましくは、前記高分子化合物はリポソームである。
好ましくは、癌は肝細胞癌である。
【0011】
本発明によれば、好ましくは、miR-124以外の、miR-203、miR-219、及びmiR-375のうちの少なくとも1以上の遺伝子の発現低下を指標として検体の癌化を検出する。本発明によれば、好ましくは、miR-124以外の、miR-203、miR-219、及びmiR-375からなる群から選ばれる少なくとも1以上の遺伝子を含有する、癌抑制剤が提供される。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、肝細胞の癌化を的確に把握することが可能となった。また、肝細胞癌にmicroRNAの配列を含む合成二本鎖RNAを遺伝子導入することにより、肝細胞癌などの癌の増殖を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1は、本発明の概要、及び肝細胞癌細胞株及び対照肝臓組織のパネルにおけるmiRNAのメチル化解析の結果を示す。(A) スクリーニング法の概要。インシリコ実験、ヒト肝細胞癌細胞株の分子解析、並びに初代ヒト肝細胞検体、対応する非癌肝組織及び正常肝臓の解析の組み合わせを用いて、ヒト肝細胞癌における異なるメチル化によってサイレンシングされる腫瘍抑制性miRNAを同定した。(B) 19種の肝細胞癌細胞株及び対照非腫瘍肝組織 (C20およびC40)における43遺伝子座に位置する39種のmiRNA遺伝子座周辺のCpGアイランド(各miRNAの上流500 bp以内;http://genome.ucsc.edu/)のDNAメチル化状態をCOBRAによって測定した結果(図2a)。1: cHc4; 2: Hep 3B; 3: Hep G2; 4: Hep-KANO; 5: Hep-TABATA; 6: HLE; 7: HLF; 8: huH-1; 9: HuH-6; 10: Huh7; 11: JHH-1; 12: JHH-2; 13: JHH-4; 14: JHH-5; 15: JHH-6; 16: JHH-7; 17: Li7; 18: PLC/PRF/5; 19: sk-Hep-1; 20: LC08N; 21: LC07N; 22: LC11N; 23: C20; 24: C40 (図2A)。黒、灰及び白の四角は、亜硫酸水素ナトリウムで処理したDNAからPCRで増幅したmiRNAにおける断片について、制限酵素による完全消化、部分消化、又は未消化をそれぞれ示す。43遺伝子座のうちの9遺伝子座は、非癌肝臓組織で過剰にメチル化されていたので、これらは、肝細胞癌細胞株の更なる解析から除外した(ND;未測定)。11種の成熟型のmiRNAについての14遺伝子座は、対照非癌肝臓組織と比べて肝細胞癌細胞株において高頻度で(> 60%)過剰にメチル化されていた。
【図2】図2は、肝細胞癌細胞株における4つの候補miRNAのメチル化及び発現状態の相関解析を示す。(A) 左, miRNA、CpGアイランド、CpG部位、及びCOBRA 及び亜硫酸水素ナトリウム配列決定に用いたPCR産物のマップ。濃灰色の四角、CpGアイランド; 淡灰色の四角, miRNA; 垂直の線の印,CpG部位; 黒の矢印, PCR産物; 垂直の下向きの矢印, 制限酵素部位。COBRAでは、PCR産物はBstUI又はTaqIで制限処理した。各PCR産物の大きさを黒矢印の下に示す。右、肝細胞癌細胞株及び対照非癌肝臓組織におけるCOBRAの結果。矢印、非メチル化アレル、矢頭、メチル化アレル; 星、メチル化アレルからの制限断片を有する試料。(B) 19種の肝細胞癌細胞株及び非腫瘍肝臓組織における候補miRNAの発現量。COBRAにより測定したメチル化状態を、各miRNAの発現状態の下に示す。*, DNAメチル化が各候補miRNA発現の顕著な低下(C20対照と比較して<0.5倍の発現)と一致していた肝細胞癌細胞株の頻度。カッコ内の分母は、メチル化アレルからの制限断片が検出された肝細胞癌細胞株の数であり、分子は、miRNA周辺のDNAメチル化と発現の低下の両方が検出された肝細胞癌細胞株の数である。(C) 肝細胞癌細胞株における候補miRNAの発現に対する10μM5-aza-dCydによる処理の影響。肝細胞癌細胞株における候補miRNAの相対発現量を、非腫瘍肝臓組織(C20)における発現により標準化し、各細胞株におけるmiRNAの発現に対する5-aza-dCydの影響を、5-aza-dCyd処理なしでの発現に対する増加倍数で示した。COBRAにより測定したメチル化状態を、各miRNAの発現状態の下に示す。*, DNAメチル化が各候補miRNA発現の回復と一致していた肝細胞癌細胞株の頻度。カッコ内の分母は、メチル化アレルからの制限断片が検出された肝細胞癌細胞株の数であり、分子は、miRNA周辺のDNAメチル化と5-aza-dCyd処理による発現の回復の両方が検出された肝細胞癌細胞株の数である。
【図3】図3は、初代肝細胞癌症例におけるメチル化及び発現の解析を示す。(A) 23の外科的に切除した初代肝細胞癌腫瘍(T)及び対応する非腫瘍肝臓組織(N)における候補miRNA遺伝子についてのCOBRA。制限酵素処理の存在は、COBRAの結果の上に+又は−で示す。星印、腫瘍特異的メチル化が検出された事例。*, 候補miRNAの異常なメチル化がCOBRAで検出された事例の頻度。(B) 対応する非腫瘍肝臓組織(白四角)と比較して初代肝細胞癌腫瘍(黒四角)における候補miRNAの発現量を定量的リアルタイムRT-PCRで解析した結果。星印、腫瘍特異的メチル化がCOBRAにより検出された事例。*, 腫瘍特異的メチル化を有することがCOBRAで判明した事例のうちで、対応する非腫瘍肝臓組織と比較して候補miRNAの発現の顕著な低下(<0.5倍の発現)が検出された事例の頻度。
【図4】図4は、miR-124及びmiR-203の発現を欠く肝細胞癌細胞株に対するmiR-124及びmiR-203による増殖抑制作用を示す。(Aの上段) 10 nMのmiR-124(左)又はmiR-203 (右)を模倣するPre-miR miRNAプレカーサー分子、又は対照の非特異的dsRNA (Pre-miR Negative Control #1)をLipofectamineTM RNAiMAXを用いてトランスフェクションした肝細胞癌細胞株の増殖曲線。トランスフェクションの24時間後又は96時間後の生存細胞数をWSTアッセイで評価した。点:これらの実験で3回の測定の平均、バー:SD、*:Pre-miR Negative Control #1で処理した細胞に対してP < 0.05(Mann-Whitney U検定による統計解析)(Aの下段) miR-124(左)又はmiR-203 (右)を模倣するPre-miR miRNAプレカーサー分子、又は対照非特異的dsRNA (Pre-miR Negative Control #1)をトランスフェクションした48時間後における肝細胞癌細胞株を用いて、各相の細胞周期の集団をFACSにより評価した代表的な結果を示す。(B)miR-203 を模倣するPre-miR miRNAプレカーサー分子、又は対照非特異的dsRNA (Pre-miR Negative Control #1)をトランスフェクションした48時間後におけるHeP3B及びHuh7細胞のTUNEL染色(蛍光顕微鏡下)の代表的な結果を示す。(C)miR-124を模倣するPre-miR miRNAプレカーサー分子、又は対照の非特異的dsRNA (Pre-miR Negative Control #1)をトランスフェクションした48時間後におけるmiR-124の発現を欠く肝細胞癌細胞株におけるmiR-124についての予測上の標的A, B, C, D及びEのウエスタンブロッティングの代表的結果。(D) miR-203を模倣するPre-miR miRNAプレカーサー分子、又は対照の非特異的dsRNA (Pre-miR Negative Control #1)をトランスフェクションした72時間後におけるmiR-203についての予測上の標的のウエスタンブロッティングの代表的結果。(E) CDK6, VIM, SMYD3,又はIQGAP1の3'-UTR標的部位(上段)、miR-124を模倣するPre-miR miRNA プレカーサー分子又はPre-miR Negative Control #1を含有するpMIR-REPORTルシフェラーゼベクター、及びpRL-hTK内部対照ベクター(下段)をLipofectAMINETM 2000 (Invitrogen)を用いてコトランスフェクションした48時間後におけるmiR-124を発現しない細胞株JHH7のルシフェラーゼレポーターアッセイ。上段の図における水平の白棒、灰色の四角、及び黒の棒は、各遺伝子について、3'-UTR、標的部位、レポーターアッセイで調べた領域をそれぞれ示す。*:Pre-miR Negative Control #1で処理した細胞に対してP < 0.05(Mann-Whitney U検定による統計解析) (F) ABCE1又はCDK6の3'-UTR標的部位(上段)、miR-203を模倣するPre-miR miRNA プレカーサー分子又はPre-miR Negative Control #1を含有するpMIR-REPORTルシフェラーゼベクター、及びpRL-hTK内部対照ベクター(下段)をコトランスフェクションした48時間後におけるmiR-203を発現しない細胞株Hep 3Bのルシフェラーゼレポーターアッセイ。解釈については図4(E)の説明を参照。
【図5】図5は、肝細胞癌細胞株における7個の候補miRNAのメチル化状態と発現状態の相関解析を示す。19種の肝細胞癌細胞株及び非腫瘍肝臓組織にいける候補miRNAの発現レベルを示す。COBRAにより測定したメチル化状態を各miRNAの発現状態の下に示す。*, DNAメチル化が各候補miRNA発現の顕著な低下(C20対照と比較して<0.5倍の発現)と一致していた肝細胞癌細胞株の頻度。カッコ内の分母は、メチル化アレルからの制限断片が検出された肝細胞癌細胞株の数であり、分子は、miRNA周辺のDNAメチル化と発現の低下の両方が検出された肝細胞癌細胞株の数である。
【図6】図6は、候補miRNAの発現を有する(+)又は有さない(−)非腫瘍肝臓組織(C20)及び代表的肝細胞癌細胞株のmiRNA周辺の領域における亜硫酸水素ナトリウムによる配列決定を示す。解釈については図2Aの説明を参照。白三角及び黒三角は、非メチル化及びメチル化CpG部位を示し、各列はシングルクローンを示す。
【図7】図7では、代表例での亜硫酸水素ナトリウムによる配列決定の結果は、非腫瘍肝臓組織の場合と比較して腫瘍において候補miRNAの発現の低下を示した。解釈については、図6の説明を参照。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明についてさらに詳細に説明する。
(1)癌の検出方法
本発明による癌の検出方法は、検体において、miR-124、miR-203、miR-219、及びmiR-375からなる群から選ばれる少なくとも1以上の遺伝子の発現低下を指標として、検体の癌化を検出することを特徴とする。特に好ましくは、肝細胞におけるmiR-124、miR-203、miR-219、及びmiR-375からなる群から選ばれる少なくとも1以上の遺伝子の発現低下を検出することにより、肝細胞癌を検出することができる。さらには、miR-124、miR-203、miR-219、及びmiR-375からなる群から選ばれる少なくとも1以上の遺伝子を高分子化合物に結合、または封入して、肝細胞癌細胞へ導入することにより、癌の増殖を抑制することができる。
【0015】
ヒトゲノムプロジェクトの成果などにより、TaqMan MicroRNA Assaysを用いることにより、miR-124、miR-203、miR-219、及びmiR-375の転写産物は既に知られており、以下に記載する染色体領域に存在するmicroRNA遺伝子である。miR-124、miR-203、miR-219、及びmiR-375遺伝子は、詳細な機能は不明であり、このmiRNAが、肝細胞癌の発症に関わる重要な癌関連遺伝子であることは知られていない。
【表1】

【0016】
上述したように、本発明の好ましい態様の検出方法は、肝細胞癌におけるmiR-124、miR-203、miR-219、及びmiR-375からなる群から選ばれる少なくとも1以上の遺伝子の発現低下を検出することを特徴とする方法である。
【0017】
miR-124、miR-203、miR-219、及びmiR-375の遺伝子発現の量の低下を検出する対象となる肝細胞癌細胞は、検体提供者の生検組織細胞が好適である。
この検体組織細胞は、健常人の肝臓に由来する細胞か、肝臓癌患者の癌組織であるかを問わないが、現実的には、検査等の結果、肝臓などに癌化が疑われる病変部が認められた場合の病変組織、または肝細胞癌であることが確定しているが、その悪性度や進行度を判定する必要がある肝細胞癌の組織、等が主な対象となり得る。
【0018】
本検出方法により、「検査等の結果、肝臓に由来する組織や細胞に癌化が疑われる病変部が認められた場合の病変組織」におけるmiR-124、miR-203、miR-219、及びmiR-375の遺伝子発現の量の低下が認められた場合には、病変組織は癌化に向かって進行しているか、あるいは既に癌化の状態であり、かつ、悪性度が高くなりつつあることが判明し、早急な本格的治療(手術等による病変部の除去、本格的な化学療法等)をおこなう必要性が示される。また、「肝細胞癌であることが確定しているが、その悪性度や進行度を判定する必要がある肝細胞癌の組織」におけるmiR-124、miR-203、miR-219、及びmiR-375の遺伝子発現の量の低下が認められた場合にも、癌組織の悪性度が高くなりつつあることが判明し、早急な本格的治療(手術等による病変部の除去、本格的な化学療法等)をおこなう必要性が示される。検体として採取された肝細胞癌組織は、必要な処理、例えば、採取された組織からのDNA或るいはRNAの調製をおこない、本検出方法をおこなう対象とすることができる。
【0019】
本発明で用いるmiR-124、miR-203、miR-219、及びmiR-375遺伝子の配列情報は、Wellcome Trust Sanger Institute miRBase(http://microrna.sanger.ac.uk/)に登録されている。以下にそのAccession番号を示す。
【0020】
【表2】

【0021】
(2)肝細胞癌におけるmiRNA遺伝子発現の変化
miRNA遺伝子の発現量の変化を直接的におこなうことができる代表的な方法として、Real−time RT−PCR法を挙げることができる。
成熟型miRNAの本検出方法に関しては、TaqMan MicroRNA Assays(アプライドバイオシステムズ社)を用いておこなうことが、好適であり、かつ、現実的である。他にノザンブロット法等でも検出は可能であるが、TaqMan MicroRNA Assaysの方が簡便且つ高感度である。
【0022】
(3)肝細胞癌におけるmiRNA遺伝子発現の低下の検出
CpGリッチプロモーター領域並びにエキソン領域が密にメチル化されると転写不活性化が起こることが報告されている(Bird AP., et al., Cell,99,451−454,1999).癌細胞では、CpGアイランドはそれ以外の領域と比較すると高い頻度で密にメチル化されており、プロモーター領域の過剰メチル化は、癌での癌抑制遺伝子の不活性化に深く関与している(Ehrlich M., et al,Oncogene,21,6694−6702,2002)。後述するように、実際、miR-124、miR-203、miR-219、及びmiR-375遺伝子の周辺にCpGアイランドが存在しており、このCpGアイランドのメチル化の度合いは、一部の肝細胞癌でのmiR-124、miR-203、miR-219、及びmiR-375遺伝子発現の抑制と強く相関していた。そして、肝細胞癌を、脱メチル化試薬である5−アザ2'−デオキシシチジン(5−aza−dCyd)存在下で培養することにより、CpGアイランドを脱メチル化することができ、その結果、miR-124、miR-203、miR-219、及びmiR-375遺伝子の発現を回復させることができた。これらの結果により、CpGアイランドの過剰メチル化(Hypermethylation)が肝細胞癌における癌抑制miRNA遺伝子の発現抑制を高頻度で起こす原因の一つであることが判明した。
【0023】
(4)癌の抑制方法、及び癌抑制剤
本発明によればさらに、miR-124、miR-203、miR-219、及びmiR-375遺伝子の転写産物であるmiRNAを細胞に導入することを含む、癌を抑制する方法、並びに上記遺伝子を含む癌抑制剤が提供される。
【0024】
miRNAは、人工的に化学合成されるかまたは生化学的に合成されたものか、あるいは生物体内で合成されたものか、あるいは約40塩基以上の二本鎖RNAが体内で分解されてできた10塩基対以上の短鎖二本鎖RNAをいい、通常、5'−リン酸、3'−OHの構造を有しており、3'末端は約2塩基突出している。
【0025】
本発明の癌抑制剤は、有効成分である上記遺伝子を遺伝子治療剤に通常用いる基剤と共に配合することにより製造することができる。また、上記遺伝子をウイルスベクターに組み込んだ場合は、組換えベクターを含有するウイルス粒子を調製し、これを遺伝子治療剤に通常用いる基剤と共に配合する。
【0026】
有効成分である上記遺伝子を配合するために使用する基剤としては、通常注射剤に用いる基剤を使用することができ、例えば、蒸留水、塩化ナトリウム又は塩化ナトリウムと無機塩との混合物などの塩溶液、マンニトール、ラクトース、デキストラン、グルコースなどの溶液、グリシン、アルギニンなどのアミノ酸溶液、有機酸溶液又は塩溶液とグルコース溶液との混合溶液などが挙げられる。あるいはまた、当業者に既知の常法に従って、これらの基剤に浸透圧調整剤、pH調整剤、植物油、界面活性剤などの助剤を用いて、溶液、懸濁液、分散液として注射剤を調製することもできる。これらの注射剤は、粉末化、凍結乾燥などの操作により用時溶解用製剤として調製することもできる。
【0027】
本発明の癌抑制剤の投与形態としては、通常の静脈内、動脈内などの全身投与でもよいし、局所注射又は経口投与などの局所投与を行ってもよい。さらに、癌抑制剤の投与にあたっては、カテーテル技術、遺伝子導入技術、又は外科的手術などと組み合わせた投与形態をとることもできる。即ち、本発明の癌抑制剤の投与方法は、経口投与、非経口投与(例えば、静脈内投与、筋肉内投与、皮下投与、皮内投与、粘膜投与、直腸内投与、膣内投与、患部への局所投与、皮膚投与など)、患部への直接投与などが挙げられる。本発明の薬剤は、医薬組成物として使用する場合、必要に応じて薬学的に許容可能な添加剤を配合することができる。薬学的に許容可能な添加剤の具体例としては、抗酸化剤、保存剤、着色料、風味料、および希釈剤、乳化剤、懸濁化剤、溶媒、フィラー、増量剤、緩衝剤、送達ビヒクル、希釈剤、キャリア、賦形剤および/または薬学的アジュバントなどが挙げられるが、これらに限定されない。
【0028】
本発明の癌抑制剤の製剤形態は特に限定されないが、例えば、液剤、注射剤、徐放剤などが挙げられる。本発明の薬剤を上記製剤として処方するために使用される溶媒としては、水性または非水性のいずれでもよい。
【0029】
さらに、本発明の癌抑制剤の有効成分であるmiRNAは、リポソームを用いて核酸分子を導入する方法(リポソーム法、HVJ−リポソーム法、カチオニックリポソーム法、リポフェクション法、リポフェクトアミン法など)、マイクロインジェクション法、遺伝子銃(Gene Gun)でキャリア(金属粒子)とともに核酸分子を細胞に移入する方法などを利用することができる。miRNAを用いて生体に投与する場合は、組換えアデノウイルス、レトロウイルスなどのウイルスベクターを利用することができる。無毒化したレトロウイルス、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス、ヘルペスウイルス、ワクシニアウイルス、ポックスウイルス、ポリオウイルス、シンドビスウイルス、センダイウイルス、SV40などのDNAウイルスまたはRNAウイルスに、miRNA遺伝子を組込み、細胞または組織にこの組換えウイルスを感染させることにより、細胞または組織内に遺伝子を導入することができる。
【0030】
本発明の癌抑制剤の投与量は、使用目的、疾患の重篤度、患者の年齢、体重、性別、既往歴、又は有効成分であるmiRNAの種類などを考慮して、当業者が決定することができる。miRNAの投与量は特に限定されないが、例えば、約0.1ng〜約100mg/kg/日、好ましくは約1ng〜約10mg/kg/日である。miRNAは、一般に投与後1〜3日間効果が見られる。したがって、毎日〜3日に1回の頻度で投与することが好ましい。発現ベクターを用いる場合、1週間に1回程度投与することも可能である。
【0031】
以下の実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例により特に限定されるものではない。
【実施例】
【0032】
(A)実験方法
(1)細胞株と臨床検体
HCC細胞株19株(cHc4、Hep 3B、Hep G2、Hep-KANO、Hep-TABATA、HLE、HLF、huH-1、HUH-6、Huh7、JHH-1、JHH-2、JHH-4、JHH-5、JHH-6、JHH-7、 Li7、PLC/PRF/5、sK-Hep-1)を解析に用いた。全ての細胞株はそれぞれに適した培地にストレプトマイシン(100μg/ml)、ペニシリン(100units/ml)、グルタミン(2 mM)、牛胎児血清(FBS; 2-10 %)を添加し培養を行った。DNAの脱メチル化処理は、5-Aza-2'-deoxycytidine (5-aza-dCyd)を最終濃度10μMで培地に添加し、5日間培養した。
【0033】
全部で41の凍結初代腫瘍標本及び対応する非腫瘍組織をHCC患者(stage II, 13検体、stage III, 16検体、stage IVA, 9検体、stage IVB, 3検体)から取得し、2つの凍結正常肝臓組織を、転移性肝臓腫瘍により肝切除した患者から取得した。検体のstage分類については、Union International Contre le Cancer (UICC)のTNM分類法を用いた。
【0034】
細胞株ならびに臨床検体からのゲノムDNA抽出とRNA抽出については、各々Genomic DNA Purification kit (Gentra, Minneapolis, MN, USA) とIsogen (Nippon Gene, Toyama, Japan)を用いて、製造元が推奨するプロトコールに従って行った。
【0035】
(2)DNAメチル化解析
ゲノムDNAは、EZ DNA Methylation KitTM (Zymo Research)を用いて亜硫酸水素ナトリウム(sodium bisulfite)処理を行った。解析対象となるゲノム領域に特異的なプライマーを設計し、bisulfite処理後のDNAを鋳型としたPCR反応にて増幅を行った。Combined bisulfite restriction analysis (COBRA)では、得られたPCR産物のBstUIあるいはTaqIによる酵素処理を行い、アガロースゲル電気泳動にて切断バンドを認めた検体をメチル化陽性と判定した(Xiong, Z. and Laird, P.W. (1997) COBRA: a sensitive and quantitative DNA methylation assay. Nucleic Acids Res., 25, 2532-2534)。さらに、PCR産物の核酸シークエンスによって、解析対象領域の塩基配列を得た。
【0036】
(3)Real-time reverse transcription PCR
Real-time reverse transcription-PCR (RT-PCR) は、ABI Prism 7500 Fast Real-time PCR System (Applied Biosystems, Foster City, CA, USA)、TaqManR Universal PCR Master Mix (Applied Biosystems)、TaqManR Reverse Transcription Kit (Applied Biosystems)、TaqManR MicroRNA Assays (Applied Biosystems) を用いて製造元が推奨するプロトコールに従って行った。miRNAの発現量については、total RNA中に存在する成熟型miRNA量をRNU6Bの転写産物量をインターナル・コントロールとして補正した値で示した (Kozaki, K., Imoto, I., Mogi, S., Omura, K. and Inazawa, J. (2008) Exploration of tumor-suppressive microRNAs silenced by DNA hypermethylation in oral cancer. Cancer Res., 68, 2094-2105)。
【0037】
(4)miRNAの遺伝子導入
各miRNAの細胞株への遺伝子導入については、合成二本鎖RNAであるPre-miRTM miRNAPrecursor Molecule (Ambion, Austin, TX, USA)を最終濃度10nMにてLipofectamineTM RNAiMAX (Invitrogen, Carlsbad, CA, USA)を用いて行った。コントロールとしては、非特異的miRNA (Pre-miRTM Negative Control #1, Ambion)を用いた。細胞増殖能への影響を検討すべく、遺伝子導入24-96時間後の生存細胞数をcolorimetric water-soluble tetrazolium salt (WST) assay (Cell counting kit-8, Dojindo Laboratories, Kumamoto, Japan)にて評価した。
【0038】
細胞周期に対する影響に関しては、遺伝子導入48時間後の細胞を回収し、70%エタノールで固定後、RNase A処理とPI (Propidium Iodide)染色を行い、FACS Calibur HG (Becton-Dickinson, San Jose, CA, USA)を用いてFACS (fluorescence-activated cell sorting)を行った。FACSの結果は、BD CellQuest Pro (Becton-Dickinson)を用いて解析した。
【0039】
解析対象とした細胞株については、蛍光色素でラベルされた非特異的siRNA (siGLO RISC-Free siRNA, Dharmacon, Lafayette, CO, USA; data not shown)を遺伝子導入し、顕微鏡下で遺伝子導入効率を比較・検討し、効率の高い細胞株を用いた。また、miR-124あるいはmiR-203の遺伝子導入後における発現量については、TaqManR MicroRNA Assaysを用いて測定した(表4)。
【0040】
(5)miRNAが標的とする分子の予測、ウエスタンブロッティング及びルシフェラーゼ活性アッセイ
miRNAの標的分子とその標的配列の予測については、World Wide Webで公開されているデータベース
・ miRanda, http://microrna.sanger.ac.uk/sequences/index.shtml
・ TargetScan, http://www.targetscan.org/
・ PicTar, http://pictar.bio.nyu.edu/
・ microRNA.org, http://www.microrna.org/
を用いて検討した。
遺伝子導入後の細胞を回収し、候補となる標的分子のタンパク量をWestern 法にて測定した。各標的分子に対する特異抗体については、Abcam (Cambridge, UK)、Cell Signaling Technology (Beverly, MA, USA)、Santa Cruz Biotechnology (Santa Cruz, CA, USA)、Proteintech Group (Chicago, IL, USA)、BD Biosciences (San Jose, CA, USA)、R&D Systems (Minneapolis, MN, USA)、Novocastra (Laboratories, Newcastle, UK)、Operon Biotechnology (Tokyo, Japan)から購入した。インターナル・コントロールとしたβ-actinは、抗β-actin抗体(Sigma, St Louis, MO, USA)を用いて検出した。
【0041】
ルシフェラーゼ・レポーター解析については、標的mRNAの3’非翻訳領域(3’-untranslated region; 3’UTR)でmiRNAが結合すると予想される領域を含むDNA断片をPCRにて増幅し(プライマーは以下の表3(配列番号8から29)に示す)、pMIR-REPORT luciferase vector (Ambion)のluciferase遺伝子の下流に組み込み、発現コンストラクトを作成した。作成した発現コンストラクトあるいはコントロールとして空ベクターを各0.4μg、ウミシイタケ由来luciferase遺伝子を含むpRL-CMV vector (Promega, Madison, WI, USA)を0.02 μg、合成二本鎖RNAを最終濃度10nMとなる様にLipofectAMINETM 2000 (Invitrogen)を用いて遺伝子導入した。遺伝子導入48時間後の細胞を回収し、ホタルルシフェラーゼとウミホタルルシフェラーゼの活性をDual-Luciferase Reporter Assay (Promega)にて測定した。それぞれの実験系は3連の平均値から求め、独立して二回施行した。
【0042】
【表3】

【0043】
(6)統計学的解析
各実験結果については、Mann-Whitney U testにて統計学的有意差を検定した。
【0044】
(B)結果
(1)解析対象とする候補miRNA遺伝子の選出
本研究の流れと結果の一部を図1Aに示した。miRBase (http://microrna.sanger.ac.uk/)ならびにhuman genome database browser (University of Calfolnia Santa Cruz Genome Bioinformatics, http://genome.ucsc.edu/)にて公開されていたデータベース(2007年10月時点)を用いてヒトmiRNA遺伝子を検索し、各々のデータベースから465種類あるいは475種類のmiRNA遺伝子がリストアップされた。これらのmiRNA遺伝子について、その遺伝子座から5’側500bp以内に位置するCpG islandを検索したところ、39種類のmiRNAにおいて合計43種類のCpG islandが選出された。同一の成熟型miRNA配列が複数の染色体に座位しているmiRNA遺伝子が含まれるため、選出されたmiRNAとCpG islandの数は異なる。以後の実験では、これらの39種類のmiRNA遺伝子を解析対象とした。
【0045】
(2)HCC細胞株におけるDNAメチル化解析
腫瘍特異的なDNA過剰メチル化によって発現が抑制されるmiRNA遺伝子を探索するため、選出した43種類のCpG islandにおけるDNA過剰メチル化について、正常肝臓組織(C20, C40)とHCC検体非癌部(LC07N, LC08N, LC11N)を用いたCOBRA法によって解析した(図1B、図2A)。その結果、9種類のCpG islandで、正常肝臓組織およびHCC検体非癌部におけるDNA過剰メチル化が検出されたため、以後の解析から除外した(図1B)。
【0046】
次に、9種類を除いた34種類のCpG islandについて、HCC細胞株19株を用いたCOBRA法にて解析を行ったところ、11種類のmiRNA遺伝子近傍に位置する14種類のCpG islandにおいて60%以上の高頻度なDNA過剰メチル化を検出した (図1B)。miRNA-124は、3つの異なる遺伝子座に存在し、3つのmiRNA(miR-124-1(8p23.1), Mir-124-2(8q12.3), 及びMir-124-3(20q13.33))における対応するCpGアイランドは全て、非癌肝臓組織と比較して、HCC細胞株で比較的高頻度のメチル化を示した(それぞれ12/19, 63.2%; 15/19, 78.9%; 18/19, 94.7%)(図1B,図2A)。
【0047】
(3)HCC細胞株における発現解析
CpG islandにおけるDNA過剰メチル化とmiRNA発現の相関性を検討すべく、60%以上の高頻度なDNA過剰メチル化を検出した11種類のmiRNA遺伝子について、HCC細胞株19株とコントロールである正常肝臓組織を用いた発現解析を行った。その結果、11種類のmiRNA遺伝子のうち、miR-124(miR-HCC-1)、miR-203(miR-HCC-2)、miR-219(miR-HCC-3)、及びmiR-375(miR-HCC-4)の4種類のmiRNA遺伝子で、コントロールの正常肝臓(C20)と比して50%以上の発現低下を高頻度に認めた。これらの発現抑制は、DNA過剰メチル化を検出したHCC細胞株の80%以上と一致していた(図2A、2B)。
【0048】
さらに、HCC細胞株のメチル化阻害剤5-aza-deoxycytidine (5-aza-dCyd)処理によって、miR-124、miR-203、miR-375の発現回復が高頻度に認められたが、miR-219では検出されなかった(図2C)。以上の結果から、HCC細胞株において、miR-124、miR-203、miR-375はCpG islandのDNA過剰メチル化により発現抑制されることが示唆された(表4)。 また、bisulfite sequence法を用いて詳細なDNAメチル化領域の検討を行ったところ、正常のコントロールや発現を認めた細胞株ではDNAメチル化が検出されず、発現抑制を認めた細胞株に共通して高度にDNAメチル化される領域が存在することを見出した(図6)。
【0049】
【表4】

a:19種のHCC細胞株においてCOBRAで検出した各miRNAのCpGアイランド周辺の最も高頻度にメチル化された領域
b:CpGアイランドのDNAメチル化と発現低下の両方を示した細胞株の数(C20対照と比較して<0.5倍の発現)
c:DNAメチル化と5-aza-dCyd処理後に発現回復の両方を示した細胞株の数(未処理対照と比較して> 1.5-倍の増加)NDは未測定。
灰色の部分は、CpGアイランドメチル化を有する細胞株で高頻度に発現低下したmiRNAを示す(メチル化陽性細胞株において>80%)。
【0050】
(4)HCC臨床検体におけるDNAメチル化解析と発現解析
HCC検体におけるmiR-124、miR-203、miR-375の腫瘍特異的なDNA過剰メチル化を検討すべく、HCC細胞株で高頻度にDNAメチル化を認めた領域について、同一患者での癌部と非癌部の解析が可能な23症例を用いてCOBRA法を施行した。電気泳動にて非癌部に比較して癌部で顕著な切断バンドを検出した症例をメチル化陽性と判定した。miR-124遺伝子は、3箇所の異なる染色体上に座位し(hsa-mir-124-1, hsa-mir-124-2, hsa-mir-124-3)、それら近傍のCpG islandにおいて26.1% (6/23)、30.4% (7/23)、82.6% (19/23)の頻度で腫瘍特異的なDNA過剰メチル化が検出されたことから、少なくとも1箇所でDNA過剰メチル化されている症例は82.6% (19/23)ということになる(図3A、及び表5)。また、miR-203遺伝子では60.9% (14/23)と比較的高頻度に検出されたが、miR-375遺伝子では34.8% (8/23)と低頻度であった(図3A)。さらに、miR-124遺伝子とmiR-203遺伝子のDNA過剰メチル化については、COBRA法でメチル化陽性の検体における詳細な検討をbisulfite sequence法を用いて行ったところ、HCC細胞株でDNA過剰メチル化を認めた領域のいくつかに、HCC検体においても癌部特異的なDNA過剰メチル化を検出した(図7)。以上の結果から、miR-124とmiR-203を最終的な候補遺伝子として絞り込んだ。
【0051】
【表5】

ND:未測定
a:CpGアイランドメチル化を有する対応する非腫瘍肝臓組織と比較してHCC症例で高度に発現低下(>50%)するmiRNAは、boldface型である。
b:成熟型miR-124及びmiR-203の発現レベルを、TaqMan MicroRNA Assays (Applied Biosystems)により評価した。
c:COBRAで分析した、1以上の領域で対応する非腫瘍組織と比較してメチル化上昇を示したHCC症例の数。
【0052】
次に、miR-124とmiR-203のHCC検体における発現解析を行ったところ、近傍のCpG islandで腫瘍特異的なDNA過剰メチル化が検出された症例で非癌部に比して癌部での発現が50%以下に低下している症例は、miR-124では57.9% (11/19)、miR-203では57.1% (8/14)であった(図3B、及び表5)。以上の結果から、miR-124とmiR-203はHCC症例においても、CpG islandの腫瘍特異的なDNA過剰メチル化によって発現が低下していることが示唆された。
【0053】
(5)miR-124とmiR-203の過剰発現による細胞増殖能への影響
DNAメチル化解析と発現解析によって絞り込まれたmiR-124とmiR-203の発現抑制が確認されたHCC細胞株に各々のmiRNAの合成二本鎖RNAを遺伝子導入し、細胞増殖能に対する影響を検討した。miR-124についてはJHH-4、sK-Hep-1、JHH-7を、miR-203についてはHuh7とHep3Bを用いた。遺伝子導入後に各々のmiRNAの発現量を測定したところ、過剰発現が確認された。 また、いずれのmiRNAでも著明な細胞増殖抑制効果が複数の細胞株で確認されたことから、miR-124とmiR-203はHCCに対して癌抑制遺伝子活性を有する可能性が示唆された(図 4A)。 また、遺伝子導入48時間後の細胞における細胞周期についてFACSを用いて検討したところ、miR-124ではS期とG2-M期の細胞集団が減少し、G0-G1期の細胞が顕著に増加していた。一方、miR-203では、G0、G1、S、G2-M期の細胞集団が減少し、sub-G1期の細胞が著しく増加していた(図4A)。以上の結果から、miR-124はG1-Sチェックポイントにおける細胞周期の停止を、miR-203ではアポトーシスを誘導することが明らかとなった 。miR-203のトランスフェクション後のHuH及びHep3Bにおけるアポトーシス変化は、TUNELアッセイで確認した(図4B)。
【0054】
(6)miR-124とmiR-203の標的分子の探索
最後に、HCC細胞株におけるmiR-124とmiR-203の標的分子の同定を試みた。各々の標的分子については、3つのデータベース、
・miRanda, http://microrna.sanger.ac.uk/sequences/index.shtml
・TargetScan, http://www.targetscan.org
・Pictar, http://pictar.bio.nyu.edu/
で公開されている標的候補予測アルゴリズムを用いて、特に癌との関連性が報告されている分子に関して解析を行った。miR-124の標的分子としては8種類、miR-203の標的分子として4種類の候補分子を選出し、miR-124あるいはmiR-203の合成二本鎖RNAを遺伝子導入した細胞から抽出した溶解液と、コントロールの合成二本鎖RNAを遺伝子導入した細胞の溶解液に含まれる標的分子のタンパク量をWestern法によって比較・検討した。miR-124の標的候補分子として既に報告されている分子(CDK6)を陽性コントロールとした。検討の結果、miR-124は4種類の標的候補分子(CDK6, VIM, SMYD3,及びIQGAP1)、miR-203では2種類の標的候補分子(ABCE1及びCDK6)でタンパク量の著明な低下を確認した(図4C及び図4D)。miRNAがこれらの標的分子の発現を直接的に制御するかを明らかにすべく、標的分子mRNAの3’UTR配列をルシフェラーゼ遺伝子の下流に組み込んだベクターを作成してレポーター解析を行ったところ、miR-124では3種類(VIM, SMYD3,及びIQGAP1B)、miR-203では1種類(ABCE1)の標的候補分子では、それらの3’UTRを組み込んだベクターとmiR-124あるいはmiR-203を共発現させたHCC細胞株におけるルシフェラーゼ活性の有意な低下を検出した(図4E及び図4F)。以上の結果から、miR-124の3種類の標的候補分子(VIM, SMYD3,及びIQGAP1B とmiR-203の1種類の標的候補分子(ABCE1)は、各々のmiRNAの配列特異性に基づく直接的な翻訳抑制によってタンパク発現が抑制されることが明らかとなり、これらの発現制御機構がHCCの発癌・進展過程に深く寄与している可能性が示唆された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
検体において、miR-124、miR-203、miR-219、及びmiR-375からなる群から選ばれる少なくとも1以上の遺伝子の発現低下を指標として検体の癌化を検出することを含む、癌の検出方法。
【請求項2】
遺伝子発現の変化を、DNAアレイ法、ノーザンブロット法、RT−PCR法、リアルタイムRT−PCR法、RT−LAMP法、又はin situ ハイブリダイゼーション法のいずれかの方法を用いて検出する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
遺伝子の発現低下が、CpGアイランドあるいはその近傍のメチル化による遺伝子の発現の低下である、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記メチル化を、COBRA法、Bisulfite sequeance法、又はサザンブロット法のいずれかの方法を用いて検出する、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
miR-124、又はmiR-203のうちの少なくとも1以上の遺伝子の発現低下を指標として検体の癌化を検出する、請求項1から4の何れかに記載の方法。
【請求項6】
検体が肝細胞である、請求項1から5の何れかに記載の方法。
【請求項7】
癌が肝細胞癌である、請求項1から6の何れかに記載の方法。
【請求項8】
miR-124、miR-203、miR-219、及びmiR-375からなる群から選ばれる少なくとも1以上の遺伝子を含有する、癌抑制剤。
【請求項9】
前記遺伝子が高分子化合物に結合又は封入されている、請求項8に記載の癌抑制剤。
【請求項10】
前記高分子化合物がリポソームである、請求項9に記載の癌抑制剤。
【請求項11】
癌が肝細胞癌である、請求項8から10の何れかに記載の癌抑制剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−177139(P2011−177139A)
【公開日】平成23年9月15日(2011.9.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−46564(P2010−46564)
【出願日】平成22年3月3日(2010.3.3)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成21年10月20日 http://carcin.oxfordjournals.org を通じて発表
【出願人】(306037311)富士フイルム株式会社 (25,513)
【出願人】(504179255)国立大学法人 東京医科歯科大学 (228)
【Fターム(参考)】