説明

皮なめしの前処理方法及び皮なめし方法

【課題】油分の多い原料皮でも良好な脱脂処理ができ、なめし薬剤として植物タンニンを用いても良好なタンニンなめしを行うことができる方法の提供。
【解決手段】原料皮が生皮からの原皮の場合には、水漬け、フレッシング処理及び/又は脱毛・石灰漬けを含む処理を行った原料皮に対して、(a)予備処理として原料皮の床面に、酵素製剤、界面活性剤及び浸透剤を含む溶液を塗布又は散布し、一定時間放置した後温水で洗浄し、(b)脱脂処理として、この予備処理済みの原料皮を、界面活性剤、浸透剤とともに油剤成分を含む溶解液を用いて撹拌処理し、(c)排液後、この原料皮を温水を用いてすすぎ洗いを行なう。原料皮が前なめし皮及び/又は再利用革の場合には、これらの皮及び/又は革に、(b)、(c)の処理を行なう。という工程を必須の工程として含む処理を行なう。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、種々の動物の毛皮や皮革のなめし処理に先立って、毛皮や皮革の脱脂処理を行う皮なめしの前処理の方法、及びこの前処理を行なった毛皮や皮革のなめし方法に関する。
【背景技術】
【0002】
牛、馬、鹿、カンガルー、ヤギ、羊、ワニなどのような動物の皮(以下「皮革」という)や、ミンク、狐、黒テン、ビーバー、ラッコ、カワウソ、ムートンなどのような多くの体毛(下毛または綿毛)で覆われた皮(以下「毛皮」という)が、古くから人間の衣類をはじめさまざまな生活用品に利用されてきている。毛皮や皮革をこのような用途に使用するために、毛皮や皮革は、生皮を「なめし」という処理を行って、余分な脂肪やタンパク質、汚れ物質を取り除き、薬品を使ってその動物が生きていたときと同じような、やわらかい革や、艶々した毛並みの状態にすることが行われている。
【0003】
一般にこのなめし処理に使用する原料皮は、動物から採った生皮をこちこちに乾燥させたものや塩蔵した状態のものとして取引されている。このような原料皮は水分が少なく収縮して硬く締まり変形しており、このままでは薬品の浸透が悪く不均一となって、良好ななめし処理ができない。機械的処理もその効果が不十分で、皮に損傷を与えたり作業そのものが危険を伴うものである。
【0004】
従って、このような原料皮は、なめし処理に先立って、その準備工程として原皮を水漬け、フレッシング(せん打ち)、石灰付け、脱脂などの前処理を行っている。
まず、水漬けによって、皮組織に水分を補給して生皮に近い状態に戻すとともに、吸水軟化させて保存に用いた塩や薬品類及び原料皮に付着した汚れを除去する。原料皮の肉面には剥皮のときに残った皮下組織や脂肪などが付着しており、これらの付着物は肉面からの薬品類の浸透を悪くしたり、不均一にする。そこで、フレッシングマシンや三日月状をした刃物(「せん」という)で原料皮の内面の皮肌を削いで、皮下脂肪などの付着物を取り除く作業(「フレッシング(せん打ち)」という)を行い、付着物を取り除く。次いで、この原皮を石灰漬け・脱脂を行う。石灰漬けは吸水軟化した原料皮を水酸化カルシウムの液に浸漬して、アルカリにより表皮組織をゆるめて脱毛を容易にして、皮の表面の毛、脂肪、表皮層を除去する工程である。この脱毛と脱脂を促進するために、水酸化カルシウムの液に種々の浸透剤や界面活性剤が添加されることがある。
【0005】
このような前処理を行った原料皮は、次に、なめし薬剤を用いてなめし処理を行う。なめし処理は、もともと植物由来のタンニンなどが用いられてきたが、近年はなめし剤として化学薬品を用いて処理することが一般的である。化学薬品によるなめし薬剤としては、塩基性硫酸クロムなどのクロムなめし剤を使用する方法が多い。クロムなめしの場合は、皮のたんぱく質がクロムと錯体を形成し、皮の耐熱性が向上した革とすることができる。このほかに、明礬やホルマリンなどの薬剤を使用してなめし処理も行われる。明礬なめしは、操作が簡単で毛皮の色艶も美しくきれいに仕上がり、毛皮の収縮も少なく、毛根を引き締めて毛抜けを防止する効果がある。ホルマリンなめしは、水にぬれても強く、耐熱性もある。
【0006】
なめし処理が終わった皮は、その後必要に応じて漂白、染色、加脂、乾燥などの処理を行って、最終的な毛皮製品や皮革製品となる(非特許文献1,2参照)。
【0007】
このなめし処理の前処理工程として、上述したように原料皮に付着している油脂分などの除去を行う脱脂処理が行われている。油分の少ない牛皮や馬皮などでは、このような前処理工程で界面活性剤を添加することによって比較的容易に脱脂することができる。しかし、油分の多い豚皮、ダチョウ皮、羊皮やワニ皮などの場合には、牛皮や馬皮などの場合と同様に脱脂処理するだけでは十分な脱脂ができない。そこで、油分の多い原料皮の場合には、まずフレッシングによりできる限り付着している油分を削ぎ取り、残った油分を水溶液中の界面活性剤を用いて取り除いている。
【0008】
しかし、油分の多い原料皮の場合には、このような方法でもまだ十分に脱脂されない。そして、脱脂が不十分な場合には、残留する油分がなめし剤の皮の内部への浸透を妨害し、その後のなめし処理が不十分となるという問題がある。更に、ミンク、狐、黒テン、ビーバー、ラッコ、ムートンなどのような毛皮になる原料皮では油分を多く含んでおり、上記のような従来一般的な準備工程で行われている脱脂処理だけでは十分な脱脂が困難であり、不十分に脱脂された状態のままでクロムなめしや明礬なめしを行わざるを得ないというのが実状であった。しかし、このような不十分な脱脂状態でなめし処理を行うことによって、皮の中間層に割れが生じたり、表面にひび割れが生じたり、毛の絡みや染色ムラが生ずるなどの最終製品としての毛皮や皮革の品質に悪影響を及ぼすという問題があった。
【0009】
また、なめし処理のなめし剤として、クロムや明礬、ホルマリンなどが一般的に使用されているが、これらのほかに植物タンニンを用いるタンニンなめしがある。タンニンなめしの熱収縮温度は80℃程度と比較的低いが、タンニンなめしによって得られる製品は膨らみや充実性があり、成型保持性がよく、革らしい艶や張りがあり、着くずれし難いという特徴があり、毒性もなく安全性が高く、皮革や毛皮のなめし剤として、クロムや明礬、ホルマリンなどよりもさらに好ましいものである。
【0010】
しかし、特に、油分の多い豚、羊、ダチョウ、ワニなどの原料皮や、各種の塩蔵皮及び乾皮の毛皮類の場合には、上述のような界面活性剤を用いる従来の脱脂処理やフレッシング処理だけでは十分に皮の脂分を除去することができない。このような油分の多い原料皮の場合には、植物タンニンを用いてなめし処理を行ういわゆるタンニンなめしでは、極めて長時間をかけてタンニンの濃度を徐々に上げていって、なめし処理を行わざるを得ず、タンニンを用いた実用的ななめし処理はほとんど不可能であった。これは、タンニン分子がクロムや明礬に比べて大きいため、油分の多く含む皮ではその内部に十分に浸透することができないためであると考えられている。
【0011】
【非特許文献1】「総合皮革科学」22〜29頁、平成10年3月30日発行、日本比較技術協会、
【非特許文献2】中村喜代次、西川勢津子著「毛皮の本」73〜79頁、昭和58年1月10日発行、分化出版局、
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
従って、皮革や毛皮をなめし処理するに際して、特に油分の多い原料皮の場合においても、皮の内部の油分を十分にかつ効率よく除去することができ、優れたなめし処理ができ、更には従来困難であった植物タンニンを用いたタンニンなめし処理をも行うことのできる方法が望まれていた。
【0013】
即ち、本発明は、毛皮などのような油分の多い原料皮の場合にも十分な脱脂処理ができ、クロムなどの化学薬品よる良好ななめし処理を可能とするとともに、なめし薬剤として植物タンニンを用いても良好なタンニンなめしを行うことができ、高品質の皮革や毛皮を得る方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者は、皮革や毛皮などの皮類のなめし処理において、従来の脱脂処理法では油分の除去が不完全で、特に皮の本体部分(皮の真皮層)の内部に存在している油分がほとんど除去されないことに着目し、脱脂剤を原料皮の中心部まで浸透させ、これらの油分を十分に除去することによって非常に優れたなめし処理が可能となることを見出し、本発明を完成した。
【0015】
即ち、本発明は、以下の内容をその要旨とする発明である。
(1)原料皮が生皮からの原皮の場合には、水漬け、フレッシング処理及び/又は脱毛・石灰漬けを含む処理を行った原料皮に対して、(a)予備処理として、原料皮の床面に、酵素製剤、界面活性剤及び浸透剤を含む溶液を塗布又は散布し、一定時間放置した後温水で洗浄し、(b) 次に、脱脂処理として、この予備処理済みの原料皮を、界面活性剤、浸透剤とともに油剤成分を含む溶解液を用いて撹拌処理し、(c) 次に、排液後、この原料皮を温水を用いてすすぎ洗いを行ない;原料皮が前なめし皮及び/又は再利用革の場合には、これらの皮及び/又は革を、(b) 脱脂処理として、界面活性剤、浸透剤とともに油剤成分を含む溶解液を塗布若しくは散布して処理し、及び/又はこの溶解液とともに撹拌して処理し、(c) 次に、排液後、この原料皮を温水を用いてすすぎ洗いを行なう、という工程を必須の工程として含む処理を行なうことを特徴とする、皮革又は毛皮なめしの前処理方法。
【0016】
(2)(b)の脱脂処理の撹拌処理が、横型回転ドラム式撹拌装置を用いて原料皮を回転撹拌処理するものである、前記(1)に記載の皮革又は毛皮なめしの前処理方法。
【0017】
(3)(b)の脱脂処理が、原料皮が生皮からの原皮の場合には、30〜40℃の温水中に界面活性剤、浸透剤及び油剤成分を含む溶解液を処理液として、原料皮を3〜10時間回転攪拌処理し;原料皮が前なめし皮及び/又は再利用革の場合には、30〜60℃の温水中に界面活性剤、浸透剤及び油剤成分を含む溶解液を処理液として、原料皮を3〜10時間回転撹拌処理することを特徴とする、前記(1)又は(2)に記載の皮革又は毛皮なめしの前処理方法。
【0018】
(4)(b)の脱脂処理及び/又は(c)のすすぎ洗いを2回以上繰り返すことを特徴とする、前記(1)ないし(3)のいずれかに記載の皮革又は毛皮なめしの前処理方法。
【0019】
(5)(a)の予備処理及び/又は(b)の脱脂処理に用いる浸透剤が、グリコールエーテル系水溶性溶剤であることを特徴とする、前記(1)ないし(4)のいずれかに記載の皮革又は毛皮なめしの前処理方法。
【0020】
(6)(b)の脱脂処理に用いる油剤成分が、皮革又は毛皮への浸透性の良好な液体合成油、液体植物油又は液体動物油のいずれか1種又は2種以上の混合物であることを特徴とする、前記(1)ないし(4)のいずれかに記載の皮革又は毛皮なめしの前処理方法。
【0021】
(7) 液体合成油が、スルホン化合成油、リン酸化合成油、塩素化パラフィン油、合成エステル油から選ばれる常温で液状の合成油の1種又は2種以上の混合物であることを特徴とする、前記(6)に記載の皮革又は毛皮なめしの前処理方法。
【0022】
(8)液体植物油が、菜種油、オリーブ油、大豆油又はひまし油から選ばれる植物油の1種又は2種以上の混合物であることを特徴とする、前記(6)に記載の皮革又は毛皮なめしの前処理方法。
【0023】
(9)液体動物油が、牛脚油、豚油、羊毛脂、卵黄油、鶏油、鱈の肝油又はサメの肝油から選ばれる動物油の1種又は2種以上の混合物であることを特徴とする、前記(6)に記載の皮革又は毛皮なめしの前処理方法。
【0024】
(10)(b)の脱脂処理に用いる界面活性剤が、アルキルエーテル硫酸エステルナトリウム、アルカンスルホン酸ナトリウム、アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム、アルキルスルホコハク酸エステル塩から選ばれるアニオン性界面活性剤、及びポリオキシエチレンアルキルエーテル、アルキルジメチルアミンオキシド、ヤシ脂肪酸ジエタノールアミドから選ばれる非イオン性界面活性剤のいずれか1種又は2種以上の混合物あることを特徴とする、前記(1)ないし(6)のいずれかに記載の皮革又は毛皮なめしの前処理方法。
【0025】
(11)原料皮が生皮からの原皮の場合には、前記(1)ないし(10)に記載の(a)予備処理、(b)脱脂処理及び、(c)すすぎ洗いの工程を含む原料皮の前処理を行い;原料皮が前なめし皮及び/又は再利用革の場合には、前記(1)ないし(10)に記載の(b)脱脂処理及び(c)すすぎ洗いの工程を含む原料皮の前処理を行い、その後、この前処理済みの原料皮をなめし薬剤を含む溶液に浸して攪拌処理することを特徴とする、皮革又は毛皮のなめし方法。
【0026】
(12)なめし薬剤として植物タンニンを用いることを特徴とする、前記(11)に記載の皮革又は毛皮のなめし方法。
【0027】
(13) なめし薬剤として植物タンニンとともにクロムを用いることを特徴とする、前記(11)に記載の皮革又は毛皮のなめし方法。
【発明の効果】
【0028】
本発明の方法によれば、油分の多い皮革や毛皮の場合にも、動物の皮のうちの身体の側となる肉面(以下「床面」ということもある)や皮の身体の外表面となる面(以下「銀面」ということもある)に付着している油脂分や蛋白成分等だけでなく、皮の本体部分(真皮層など)の内部に存在している油脂分(地脂)までも除去することができる。従来、油分の多い皮革や毛皮では、クロムなめしや明礬なめしなどのなめし処理を行っても必ずしも良好ななめしが行われず、皮の中間層での割れや表面のひび割れ、表面の毛の絡まりなどが生じていたものが、本発明のこのような脱脂のための前処理を行うことによって十分な脱脂が達成され、クロムなめしや明礬なめしを行った場合にも上記のような問題のない良好な品質の皮革や毛皮を得ることができる。
【0029】
更に、油分の多い皮革や毛皮の場合に、従来の方法ではなめし薬剤として植物タンニンを用いる、いわゆる「タンニンなめし」はほとんど不可能であったが、本発明の方法によれば、皮の脱脂が十分に行われるため、なめし薬剤として植物タンニンを用いても皮の内部にタンニンが十分に浸透させることができ、その結果良好なタンニンなめし処理を行うことができる。特に、表面に多くの毛が存在する毛皮の場合には、本発明の方法でタンニンなめしを行うことにより、皮の割れや毛の絡まりの問題がないだけでなく、柔軟性に富み、毛のつやや染色性もよい毛皮を得ることができる。毛皮は、コートや襟巻きなどファッション性に富んだ製品に使用することが多いため、特にこのような高品質の毛皮が得られることが特に価値がある。また、使用済みで廃品になった場合でも、クロムなめしと異なり、安全性に問題が無いため焼却処分が可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
図1に、従来の皮革や毛皮のなめし処理の工程の概略を示す。図2に、本発明の前処理方法を採用したなめし処理の工程の概略を示す。これらの工程図において、その後のなめし処理と仕上げ工程の詳細の記載は省略した。
【0031】
本発明の皮革又は毛皮なめしの前処理方法及びこれを用いた皮革又は毛皮のなめし処理方法においては、原料皮として動物から採取した生皮から得られる原皮、この原皮を一旦なめし処理し又はピックリング処理した前なめし皮、及び各種革製品の再利用や不良品を再利用する再利用革の3種類の皮を用いることができる。
【0032】
まず、動物から採取した生皮から得られる原皮(以下において「原皮」という)の場合には、一般的に動物から採取した生皮はこれを乾燥させたものや塩蔵した状態で取引されている。そこで、この乾燥原皮又は塩蔵原皮を、まず長時間水漬けして、付着している血液や汚れを取り除くとともに、脱水された水分を補給し、生皮の状態に戻す操作を行なう。
次いで、この原皮を、既に従来の技術の説明の部分で記載したフレッシング処理と同様の方法でフレッシング処理する。更に、必要に応じて、水酸化カルシウム溶液に浸漬させてアルカリにより皮を膨潤させる所謂石灰漬けを行い、コラーゲン繊維をほぐすとともに脱毛処理を行う。このような予備的な前処理を行なった後、この原皮を本発明の方法に使用する。
【0033】
原料皮として、原皮を予備的ななめし処理を行った皮(以下において「前なめし皮」又は「ウエットブルー」という)を用いることもできる。
動物から採取した生皮から得られた原皮を、その生産地において、水漬け、フレッシング処理、石灰漬け等の前処理を行うだけでなく、さらにこの皮をなめし処理の前に酸性溶液に浸漬して皮を酸性状態としてなめし薬剤が吸収されやすくする、所謂ピックリング処理を行ったり、このピックリング処理を行った皮を クロム、アルミニウムやホルマリンなどを用いて簡易ななめし処理を行うことがあり、このような処理を行ったものが原料皮として取引されている。本明細書においては、このような皮を「前なめし皮」又は「ウエットブルー」という。特に、原皮の生産地が海外である場合には、このような処理を行った前なめし皮又はウエットブルーとして輸入されることが多い。
【0034】
更に、本発明においては、原料皮として、一旦各種の革製品と利用されたものの再利用を目的とするものや、なめし処理の際に生ずる不良品などの再利用を目的とする再利用革(以下において「再利用革」という)を用いることもできる。
【0035】
原料皮が生皮から得られる原皮の場合には、まずこの原皮を以下のような予備処理に付す(工程(a))。即ち、原料皮の床面に、酵素製剤、界面活性剤及び浸透剤を含む溶液を塗布又は散布し、一定時間放置した後温水で洗浄する。具体的には、これらの成分を含む溶液を、40℃前後の温度で、原料皮の床面に刷り込むように塗りつけたり、スプレーやブラッシング等によって塗布又は散布したり、塗り込む。塗布又は散布した後、3〜15時間、好ましくは5〜10時間の間室温にて静置・放置する。
【0036】
ここで用いる酵素製剤は、パパイヤ酵素、牛や豚等の膵臓から抽出される粗酵素であるパンクレアチンなどの蛋白分解酵素の製剤である。これらの蛋白分解酵素によって、原料皮の床面に付着している組織片などの蛋白成分を分解するだけでなく、原料皮本体の内部の不要な蛋白成分をも一部分解して界面活性剤や浸透剤が内部に浸透しやすくする。
【0037】
ここで用いる界面活性剤としては、アルキルエーテル硫酸エステルナトリウムやアルカンスルホン酸ナトリウム、アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム、アルキルスルホコハク酸エステル塩などのようなアニオン性界面活性剤、およびポリオキシエチレンアルキルエーテル、アルキルジメチルアミンオキシド、ヤシ脂肪酸ジエタノールアミドなどの非イオン性界面活性剤など、種々の界面活性剤を使用することができる。
【0038】
アルキルエーテル硫酸エステルナトリウムやアルカンスルホン酸ナトリウム、アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウムなどは強力な洗浄力を有しており、油分や汚れの除去に有効であり、アルキルスルホコハク酸エステル塩やアルキルアミンオキシドは乳化・分散作用とともに、強い浸透力を有しており、これらの界面活性剤を適宜組み合わせて使用することが好ましい。
【0039】
本発明の方法においては、(a)の予備処理で酵素製剤や界面活性剤が原料皮の内部(真皮層など)に浸透しやすくするために、更に浸透剤を組み合わせて使用する。本発明に使用する浸透剤は、グリコールエーテル系水溶性溶剤が好ましい。このようなグリコールエーテル系水溶性溶剤としては、例えば、ジエチレングリコールモノブチルエーテル、ジエチレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル、メチルセロソルブ(エチレングリコールモノメチルエーテル)、エチルセロソルブ(エチレングリコールモノエチルエーテル)、ブチルセロソルブ(エチレングリコールモノブチルエーテル)などの溶剤が挙げられる。
これらの中でも、ジエチレングリコールモノブチルエーテル(商品名:ブチルジグリコール、BDG)が皮類の内部への浸透作用が強く、より好ましい。
【0040】
この予備処理の溶液は、50℃前後の温水10kg(10リットル)に対して、上記の各成分を次の割合で添加・混合した溶液を用いる。
界面活性剤 ・・・ 1〜100g、好ましくは10〜40g、
浸透剤 ・・・ 100g〜5kg、好ましくは500g〜2kg、
酵素製剤 ・・・ 1〜50g、好ましくは20〜40g、
【0041】
この(a)予備処理によって、原料皮の表面に付着しているさまざまな油分や汚れ物質が除去されるとともに、原料皮の床面や皮本体の内部(真皮層など)のコラーゲン蛋白質以外の不要な蛋白成分をも分解して界面活性剤や浸透剤が内部に浸透しやすくなり、原料皮が膨潤して内部の油分や不要な蛋白質が除去される。次の脱脂処理を容易に行なうことができるための準備工程である。
【0042】
次に、この予備処理済みの原料皮を図2に示す脱脂処理(工程(b))に付す。(b)脱脂処理では、温水に界面活性剤と浸透剤とともに油剤成分を加えた溶解液を用い、この溶解液に予備処理済みの原料皮を加えて、撹拌処理する。この撹拌処理には、皮革処理専用の横型回転ドラム式撹拌装置(以下「タイコ」ということもある。)を用いることが好ましい。このタイコに原料皮を入れて、この原料皮が浸る程度の液量(「低水位」という)に溶解液を注入して、10〜20時間程度、好ましくは12〜16時間程度低速回転させて、原料皮の処理を行う。この撹拌処理時の温度は30〜40℃である。また、タイコの回転数は5〜20rpm、好ましくは10〜20rpmである。
【0043】
このタイコに入れて回転撹拌すると、内部の原料皮がタイコの回転とともに持ち上げられ、最上部から落下して自重で他の内容物とぶつかるという動作を繰り返して、原料皮の内部に界面活性剤や油剤成分が浸透し、その表面だけでなく、皮の内部の真皮層などの油分や蛋白成分も除去することができる。
【0044】
原料皮が前なめし皮又は再利用革の場合には、これらの原料皮はその製造過程においてほぼ上記の(a)の予備処理に相当する処理を行ったものであるので、これらの原料皮を(a)の予備処理に付すことなく、図2に示すように、直接脱脂処理(工程(b))にかければよい。なお、この場合には、(b)の脱脂処理において、原料皮の前なめし皮又は再利用革を、まず界面活性剤、浸透剤とともに油剤成分を含む溶解液を塗布若しくは散布して処理し、次いでタイコに入れて回転撹拌するなどの方法によって撹拌処理することが好ましい。
原料皮が前なめし皮及び/又は再利用革の場合には、より高い温度での脱脂処理が可能であり、撹拌処理時の温度は30〜60℃であり、好ましくは40〜50℃である。また、タイコの回転数は5〜20rpm、好ましくは10〜20rpmであり、処理時間は10〜20時間、好ましくは12〜16時間である。
【0045】
(b)の脱脂処理において使用する溶解液は、温水に界面活性剤、浸透剤とともに油剤成分を加えたものであり、さらに必要に応じてエチレンジアミン四酢酸ナトリウム(EDTA−4Na)などのキレート剤や防腐剤、殺菌剤、その他の添加剤を加えても良い。防腐剤、殺菌剤としては、例えばパラクロロメタキシトール、トリクロロヒドロキシジフェニルエーテルなどの塩素系の殺菌防腐剤や、アルキルジ(アミノエチル)グリシンハイドロクロライドのようなグリシン型の両性界面活性剤を使用することができる。
この溶解液に使用する界面活性剤と浸透剤は、上記予備処理にて使用する界面活性剤及びと浸透剤と同様のものを使用すればよい。
【0046】
本発明の方法においては、この(b)脱脂処理において溶解液に界面活性剤と浸透剤とともに油剤成分を使用することが重要である。界面活性剤と浸透剤とともに油剤成分を使用し、上記のように撹拌処理することによって、脱脂処理中に油剤成分が皮の内部(真皮層など)に効率よく浸透して、皮の内部に存在している油分(地脂)や汚濁物質を溶かし出して、皮の外側に引き出すことができる。この油剤成分を併用することによって、単に界面活性剤と浸透剤で処理する従来の方法と異なり、極めて効率よく皮の内部の油分や蛋白成分を抽出除去することができる。
【0047】
このような溶解液に使用する油剤成分は、常温で液状であり、かつ皮類に対して比較的浸透性がよく、クロム塩などに対して安定なものが使用することができる。即ち、本発明に使用する油剤成分は、皮革又は毛皮への浸透性の良好な液体合成油、液体植物油又は液体動物油のいずれか1種又は2種以上の混合物である。
【0048】
具体的には、このよう液体合成油としては、スルホン化合成油、リン酸化合成油、塩素化パラフィン油、合成エステル油などの常温で液状の合成油が使用できる。例えば、石油スルホネート、オレフィン類やアルカン類のスルホン酸塩、オレフィン類やアルカン類のリン酸塩、パラフィン油を塩素化した塩素化パラフィン油、(メタ)アクリル酸アルキルエステル類などの合成エステル油が挙げられる。
【0049】
また、液体植物油としては、例えば、菜種油、オリーブ油、大豆油、ひまし油などの常温で液体の植物油が使用できる。液体動物油としては、例えば、牛脚油、豚油、羊毛脂、卵黄油、鶏油、鱈の肝油又はサメの肝油などが使用できる。
これらの液体合成油、液体植物油、液体動物油は、それぞれを単独で1種又は2種以上の混合物で用いてもよく、また、液体合成油、液体植物油、液体動物油の混合物として用いてもよい。
更に、これらの油剤成分とともに、種々のアニオン性界面活性剤、非イオン性界面活性剤、種々の溶剤類との混合物として用いてもよい。
【0050】
この溶解液は、原料皮の種類や状態にもよるが、原料皮(毛皮)に対しておよそ次のような組成とすることが好ましい。
界面活性剤 ・・・ 1〜4質量%、より好ましくは2〜3質量%、
浸透剤 ・・・ 1〜4質量%、より好ましくは2〜3質量%、
油剤成分 ・・・ 1〜4質量%、より好ましくは2〜3質量%、
【0051】
(b)の脱脂処理が終了した後、タイコの内部の溶解液を抜き出し、次に、原料皮のすすぎ洗い(工程(c))を行なう。溶解液を抜き出したタイコの中に、洗浄用の温水をドラムの上部(高水位)になるまで注入(300リットル)し、30〜40℃の温度で、回転数5〜20rpm、好ましくは10〜15rpmで、60分間程度回転撹拌して処理済皮のすすぎ洗いを行う。この(c)すすぎ洗いの段階になると、洗浄水が皮の表面から裏面へ、裏面から表面へと浸透できるようになり、内部の油分や不要な汚濁物質を洗い出すことができる。従来の方法では皮の内部の脱脂が不十分であったため、このような洗浄水の貫通する洗浄処理が不可能であった。
【0052】
この(c)すすぎ洗いを2回以上繰り返したり、この(c)すすぎ洗いの終わった原料皮に対して再び(b)脱脂処理を行い、その後同様の(c)すすぎ洗いを行うことが好ましく、この(b)脱脂処理と(c)すすぎ洗いを2回以上繰り返すことがさらに好ましい。最初の脱脂処理とすすぎ洗いの段階では、原料皮の品質にもよるが、タイコから真っ黒い色の排液(スス水)が排出されるが、これを数回繰り返すことによって洗浄排液の色も消えて透明な色となる。
【0053】
以上のように、図2に示すようにしてなめしの前処理を行った原料皮は、次に、従来から行われている種々の方法によって、なめし処理と仕上げ処理を行う。
【0054】
なめし処理は、使用する薬剤によって、クロムなめし、明礬なめし、タンニンなめし、ホルマリンなめし、油なめしなどがある。このなめし処理の方法は、皮の種類や状態、使用目的などによって異なり、それぞれに適した条件を選んで行われる。一般的には、クロムなめし剤やアルミ明礬、植物タンニンなどのなめし薬剤を溶かしたなめし液の中に、pH調整のためのギ酸などを加え、上記のようにして前処理を行った原料皮を泳がせるようにして浸し、数時間ないし数日間ゆっくり攪拌して、なめし液を原料皮の全体に均一に浸み込ませる。
【0055】
なめし処理が終わった原料皮は、次にさまざまな仕上げ工程を経て、最終的な革製品となる。仕上げ工程は、その原料皮が毛皮であるか皮革であるか、或いはその使用目的によって、漂白、加脂、染色、乾燥、セッテイング、ステーキング、塗装仕上げ、つや出しなどの種々の処理が行われる。
【0056】
従来のなめしの前処理方法では、特に油分(地脂)の多い皮革や毛皮の場合には、皮本体からの脱脂が十分に行われなかった。このためタンニンを用いるタンニンなめしを行っても、残留する油分が障害となってタンニンが皮の内部に十分浸透することができず、良好ななめし処理を行うことができなかった。そのため従来の方法では、なめし薬剤としてクロムや明礬を使用してなめし処理を行っていたが、毛皮の中間層に割れが生じたり、毛のからみが出たりして必ずしも満足なものでなかった。
【0057】
これに対して、本発明のなめしの前処理方法を採用することによって、皮の表面だけでなく内部の油分や不要な蛋白成分を十分に除去することができたため、なめし薬剤としてタンニンを用いても十分に皮のなめしを行うことが可能となり、良好な品質の革製品を得ることができる。また、なめし薬剤としてクロムや明礬を用いた場合にも、皮の表面のひび割れや中間層に割れが生ずることがなく、良好な品質の革製品を得ることができる。また、タンニンなめしの場合には、使用済みで廃品になった場合でも、クロムなめしと異なり安全上の問題が無いため、焼却処分が可能である。
【実施例】
【0058】
次に、本発明を実施例によって更に詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。また、実施例中の「%」及び「部」は、いずれも特に注記しない限り質量基準である。
【0059】
実施例1:乾皮ムートンのタンニンなめし
(i) せん打ち(フレッシング)
原料皮として、乾皮ムートン原皮7枚(11kg)を使用した。これらの原料皮に付着しているごみや汚物を水漬け、水洗で除去し、その肉面に付着している脂身や肉片をフレッシングマシンや銓刀を用いてできる限り削ぎ取った。
【0060】
(ii) 予備処理
このフレッシングした原料皮に、50℃の温水に次の各成分を加えて調製した下記の組成の予備処理液10リットルを、7枚の乾皮ムートン原皮の表裏両面にブラシを用いて十分に塗抹し、その後約10時間放置した。
予備処理液組成(温水10Lに対する添加量)
浸透剤(ブチルジグリコール) ・・・・・・ 1kg
界面活性剤(ヤシ脂肪酸ジエタノールアミド)・・・ 30g
酵素製剤(パパイヤ酵素) ・・・・・・ 30g
:浸透剤の主成分はジエチレングリコールモノブチルエーテルである。)
【0061】
(iii) 第1回脱脂処理
タイコ中に、40℃の温水80リットルを注入し、予備処理に使用のものと同じ浸透剤のブチルジグリコール(BDG、日本乳化剤株式会社製)300gと、水戻し剤としてスプラランON(商品名、川村通商製)300gを加えた。ここに予備処理を行った原料皮7枚を投入し、一夜放置した。次いで、原料皮が浸る程度の低水位で、この原料皮と処理薬剤の入ったタイコを毎分15回転で3時間回転した。
次に、油剤成分として、塩素化パラフィン油からなる液体合成油とアニオン性界面活性剤とを含む混合物(油剤成分1)300g、アルカンスルホン酸塩からなる液体合成油とポリオキシエチレンノニルフェニルエーテルとを含む混合物(油剤成分2)300g、及び浸透剤としてブチルジグリコール300gを順次加えて、その都度タイコを毎分15回転で30分間回転した。その後、更にタイコを毎分15回転で7時間連続して回転した後、タイコ内の液を排液した。
【0062】
(iv) 第1回すすぎ洗い
(iii)で処理したムートンをタイコから取り出し、脱水機で遠心脱水した。このムートンを、再びタイコに入れ、40℃の温水300リットルを注入して、毎分15回転で60分間回転攪拌してすすぎ洗いした後、脱水した。このすすぎ洗いをもう1回行なった。
【0063】
(v) 第2回脱脂処理
第1回脱脂処理と同様に、タイコ中に40℃の温水80リットルを注入し、油剤成分1を600g、油剤成分2を600g、上記浸透剤を600g加えて溶解液を調製し、この溶解液に上記の脱水処理ムートンを入れ、タイコを毎分15回転で7時間回転した。次いで、水戻し剤のスプラランON(商品名、川村通商製)150gを加え、毎分15回転で2時間回転した後、排液した。
【0064】
(vi) 第2回すすぎ洗い
(v)で処理したムートンをタイコから取り出し、脱水機で遠心脱水した。このムートンを、再びタイコに入れ、40℃の温水300リットルを注入して、毎分15回転で60分間回転攪拌してすすぎ洗いした後、脱水した。この排液は、真っ黒(スス水)であった。このすすぎ洗いをもう1回行なった。
【0065】
(vii) 第3回脱脂処理と第3回すすぎ洗い
上記の(v)の脱脂処理と(vi)のすすぎ洗いと同じ操作をもう1回繰り返した。
この段階になると、洗浄水が皮の表面から裏面へ、裏面から表面へと浸透できるようになり、内部の油分、その分解物や不要な蛋白質なかんずく、皮脂腺中の汚物を洗い出すことができるようになった。排液に着色がなくなったことを確認して、脱脂処理とすすぎ洗いを終了し次の工程へ移った。
【0066】
(viii) タンニンなめし
なめし液として、植物タンニン(ミモサ)600gとアルミ明礬60gを水10リットルに溶解したものを用いた。
まず、上記の第3回の脱脂処理とすすぎ洗いを終えたムートン7枚が入っているタイコに水300リットルを注入し、上記のなめし液1リットルを加えて、毎分5回転のゆっくりした回転で7時間回転した後、排液した(第1回)。ムートンを遠心脱水後、再びタイコに入れ、水300リットルを注入し、毎分15回転で60分間回転した後、排液して、ムートンを遠心脱水した。この洗浄操作をもう1回繰り返した。
次いで、タイコに水300リットルを注入し、上記のなめし液を3リットル、油剤成分2を100g、浸透剤を100g加えて、毎分5回転のゆっくりした回転で7時間回転した後、排液した(第2回)。ムートンを遠心脱水後、再びタイコに入れ、水300リットルを注入し、毎分15回転で60分間回転洗浄した後、排液して、ムートンを遠心脱水した。
最後に、タイコに水300リットルを注入し、上記なめし液の残量全部(6リットル)、油剤成分2を100g、浸透剤を100g加えて、同様に毎分5回転で15時間回転した後、排液した(第3回)。
以上のように3回に分けて植物タンニンによるなめし処理を行った。
【0067】
(ix) 加脂処理
タンニンなめしを終えたムートン7枚入っているタイコへ水300リットルを加えた。更に、加脂剤として、油剤成分2を500gおよび浸透剤100g を加えて、毎分15回転で60分間回転した。次いで、ギ酸200gを加えて、毎分15回転で60分間回転し、排液した。更に、毛根を引き締めるため、アルミ明礬200gを加えて、毎分15回転で60分間回転した。次いで、ギ酸200gを加えて、毎分15回転で20分間回転した後、排液した。この処理の後ではムートンの毛は真っ白になった。
【0068】
(x) すすぎ洗い
上記(ix)で加脂処理を行ったタイコ中のムートンへ、水300リットルを加えて、毎分15回転で10分間回転した後、排水した。このムートンを脱水後乾燥し、ムートン毛皮を得た。
このようにして得られたムートンは、毛の絡みも全く見られず、毛皮の皮部分の中間層の割れも見られず、柔らかで手触りのよい満足できる品質のものであった。
【0069】
実施例2:前なめし処理したムートンのタンニンなめし
(i) 脱脂前処理
40℃の温水に次の各成分を加えて調製した前処理液10リットルを、7枚の前なめし処理したムートンの表裏両面にブラシを用いて十分に塗り込み、40℃に保温して2日間インキュベーションした。
前処理液組成(温水10Lに対する添加量)
浸透剤(ブチルジグリコール) ・・・・・・ 1kg
界面活性剤(ヤシ脂肪酸ジエタノールアミド) ・・・ 30g
酵素製剤**(リパーゼ) ・・・・・・ 30g
・・・ 浸透剤の主成分はジエチレングリコールモノブチルエーテルである。)
**・・・商品名:リパーゼAY、アマノエンザイム株式会社製)
【0070】
(ii) 第1回脱脂処理
タイコに、40℃の温水80リットルを注入し、ここに上記の前処理に使用のものと同じ浸透剤のブチルジグリコール(BDG、日本乳化剤株式会社製)300gと、実施例1と同じ水戻し剤(商品名:スプラランON、川村通商製)300gを加え溶解液を調製し、この中に前処理を行った原料皮7枚を投入した。この原料皮ムートンと処理薬剤の溶解液の入ったタイコを毎分15回転で30分間回転した。
次に、実施例1と同様に、以下の3種類の薬剤を順次添加した。即ち、実施例1と同じ液体合成油とアニオン性界面活性剤の混合物(油剤成分1)300g、実施例1と同じ陰イオン性合成油と非イオン性界面活性剤であるとの混合物(油剤成分2)300g、及び浸透剤であるブチルジグリコール300gを順次加えて、その都度毎分15回転で30分間回転攪拌した。更に、その後、毎分15回転で7時間連続して回転攪拌した後、タイコ内の処理液を排液した。
【0071】
(iii) 第1回すすぎ洗い
(ii)で処理したムートンをタイコから取り出し、脱水機で遠心脱水した。このムートンを、再びタイコに入れ、40℃の温水300リットルを注入して、毎分15回転で60分間回転攪拌してすすぎ洗いした後、脱水した。このすすぎ洗いをもう1回行なった。
【0072】
(iv) 第2回脱脂処理
第1回脱脂処理と同様に、タイコ中に40℃の温水80リットルを注入し、油剤成分1を600g、油剤成分2を600g、上記浸透剤を600gを加えて溶解液を調製し、この溶解液に上記の脱水処理ムートンを入れ、タイコを毎分15回転で7時間回転した。次いで、水戻し剤のスプラランON(商品名、川村通商製)150gを加え、毎分15回転で2時間回転した後、排液した。
【0073】
(v) 第2回すすぎ洗い
(iv)で処理したムートンをタイコから取り出し、脱水機で遠心脱水した。このムートンを、再びタイコに入れ、40℃の温水300リットルを注入して、毎分15回転で60分間回転攪拌してすすぎ洗いした後、脱水した。この排液は、真っ黒(スス水)であった。このすすぎ洗いをもう1回行なった。
【0074】
(vi) 第3回脱脂処理と第3回すすぎ洗い
上記の(iv)の脱脂処理と(v)のすすぎ洗いと同じ操作をもう1回繰り返した。この段階になると、洗浄水が皮の表面から裏面へ、裏面から表面へと浸透できるようになり、内部の油分、その分解物や不要な蛋白質、なかんずく皮脂腺中の汚物を洗い出すことができるようになった。排液に着色がなくなったことを確認して、脱脂処理とすすぎ洗いを終了し次の工程へ移った。
【0075】
(vii) タンニンなめし
なめし液として、実施例1と同様に、植物タンニン(ミモサ)600gとアルミ明礬60gを水10リットルに溶解したものを用いた。このなめし液を用いて、実施例1と同様の方法で3回に分けてムートンの植物タンニンによるなめし処理を行った。
【0076】
(viii) 加脂処理
タンニンなめしを終えたムートンを実施例1と同様の方法で加脂処理を行った。更に、最後に、水300リットル及びシュウ酸200gを加え、毎分15回転で1時間回転した後、排液した。この処理の後ではムートンの毛は真っ白となった。
【0077】
(ix) すすぎ洗い
上記(viii)で加脂処理を行ったタイコ中のムートンへ、水300リットルを加えて、毎分15回転で10分間回転した後、排液した。このムートンを脱水後乾燥し、ムートン毛皮を得た。
このようにして、前処理でリパーゼを使用し、タンニンなめしを行なったムートンは、毛の絡みも全く見られず、毛が一本一本立っている状態であり、毛皮の皮部分の中間層の割れも見られず、柔らかで手触りのよい満足できる品質のものであった。
【0078】
実施例3:前なめし処理した豚皮(ウエットブルー)のタンニンなめし
原料皮として前なめし処理した豚原皮10枚(20kg)を用いた。
(i) 第1回脱脂処理
タイコ中に、40℃の温水50リットルを注入し、浸透剤のブチルジグリコール(BDG、日本乳化剤株式会社製)400gと、実施例1と同じ液体合成油とアニオン性界面活性剤の混合物(油剤成分1)400gを加え溶解液を調製し、この中に上記の原料皮の前なめし処理した豚皮10枚を投入した。この原料皮と処理薬剤の溶解液の入ったタイコを毎分15回転で4時間回転した。ここに実施例1と同じ水戻し剤(商品名:スプラランON、川村通商製)100gを加え、毎分15回転で30分間回転した後、排液した。
【0079】
(ii) 第1回すすぎ洗い
(i)で処理した原料皮の入っているタイコ中に水150リットルを注入し、毎分15回転で30分間回転し、排液した。このすすぎ洗いをもう1回繰り返した。
【0080】
(iii) 第2回脱脂処理及び第2回すすぎ洗い
第1回脱脂処理と同様に、(ii)のすすぎ洗い処理した豚皮の入っているタイコ中に40℃の温水50リットルを注入し、第1回脱脂処理と同じ油剤成分1を400g、実施例1と同じ陰イオン性合成油と非イオン性界面活性剤との混合物(油剤成分2)を400g、浸透剤であるブチルジグリコール400gを順次加えて、その都度タイコを毎分15回転で30分間回転した。更に、その後、毎分15回転で4時間連続して回転攪拌した後、タイコ内の処理液を排液した。
このタイコに、水150リットルを注入し、毎分15回転で30分間回転し、排液した。この排液は、真っ黒(スス水)であった。このすすぎ洗いをもう1回繰り返した。
【0081】
(iv) 第3回脱脂処理及び第3回すすぎ洗い
上記の第2回脱脂処理及び第2回すすぎ洗いと同じ操作をもう1回繰り返した。この段階になると、洗浄水が皮の表面から裏面へ、裏面から表面へと浸透できるようになり、内部の油分、その分解物や不要な蛋白質、なかんずく皮脂腺中の汚物を洗い出すことができるようになった。排水に着色がなくなったことを確認して、脱脂処理とすすぎ洗いを終了し次の工程へ移った。
【0082】
(v) タンニンなめし及び加脂処理
なめし液として、実施例1と同様に、植物タンニン(ミモサ)を水に溶解したものを用い、実施例1と同様にして、脱脂処理の終わった豚皮のタンニンなめし及び加脂処理を行った。
一般的に豚皮は油分を多く含みなめし処理がうまく行われず、感触がよくなく、染色が不良となるなどの問題があるが、ここで得られた豚皮は、柔軟性のある良好な感触をもった製品革であった。
【0083】
実施例4:前なめし処理したワニ皮(ウエットブルー)のタンニンなめし
原料皮として前なめし処理したシャムワニの皮10枚(15kg)を用いた。
【0084】
(i) 第1回脱脂処理
タイコ中に、40℃の温水30リットルを注入し、浸透剤のブチルジグリコール300gと、実施例1と同じ液体合成油とアニオン性界面活性剤の混合物(油剤成分1)300gを加え溶解液を調製し、この中に上記の原料皮の前なめし処理したワニ皮10枚を投入した。この原料皮と処理薬剤の溶解液の入ったタイコを毎分15回転で4時間回転した。ここに実施例1と同じ水戻し剤100gを加え、毎分15回転で30分間回転した後、排液した。
【0085】
(ii) 第1回すすぎ洗い
(i)で処理した原料ワニ皮の入っているタイコ中に水100リットルを注入し、毎分15回転で30分間回転し、排液した。このすすぎ洗いをもう1回繰り返した。
【0086】
(iii) 第2回脱脂処理及び第2回すすぎ洗い
第1回脱脂処理と同様に、すすぎ洗い処理したワニ皮の入っているタイコ中に40℃の温水30リットルを注入し、第1回脱脂処理と同じ油剤成分1を300g、実施例1と同じ陰イオン性合成油と非イオン性界面活性剤であるとの混合物(油剤成分2)を300g、及び浸透剤であるブチルジグリコール300gを順次加えて、その都度タイコを毎分15回転で30分間回転した。更に、その後、毎分15回転で4時間連続して回転攪拌した後、タイコ内の処理液を排液した。
このタイコに、水100リットルを注入し、毎分15回転で30分間回転し、排液した。この排液は、真っ黒(スス水)であった。このすすぎ洗いをもう1回繰り返した。
【0087】
(iv) 第3回脱脂処理及び第3回すすぎ洗い
上記の第2回脱脂処理及び第2回すすぎ洗いと同じ操作をもう1回繰り返した。この段階になると、洗浄水が皮の表面から裏面へ、裏面から表面へと浸透できるようになり、内部の油分、その分解物や不要な蛋白質、なかんずく皮脂腺中の汚物を洗い出すことができるようになった。排液に着色がなくなったことを確認して、脱脂処理とすすぎ洗いを終了し次の工程へ移った。
【0088】
(v) タンニンなめし及び加脂処理
なめし液として、実施例1と同様に、植物タンニン(ミモサ)を水に溶解したものを用い、実施例1と同様にして、脱脂処理の終わったワニ皮のタンニンなめし及び加脂処理を行った。
一般的にワニ皮は油分を多く含みなめし処理がうまく行われず、感触がよくなく、染色が不良となるなどの問題があるが、このようにして得られたワニ皮は、柔軟性のある良好な感触をもった製品革であった。
【0089】
実施例5:デッドストック皮(不良在庫品)の再生処理
原料皮として、製造不良品の豚革10枚(10kg)を用いた。この製造不良豚革は、クロムなめしを行ったクラスト革(仕上げ前の半製品)であるが、表面に濃淡の着色があり、明らかに地脂の影響がある不良革である。
【0090】
(i) 脱脂処理
タイコ中に原料皮の豚皮10枚を投入し、50℃の温水80リットルを注入した。ここに実施例1と同じ液体合成油とアニオン性界面活性剤の混合物(油剤成分1)300g、実施例1と同じ陰イオン性液体合成油と非イオン性界面活性剤を含む混合物(油剤成分2)300g、および浸透剤のブチルジグリコール300gを添加し、その都度、毎分15回転で30分間回転した。更に、毎分20回転で10時間連続回転撹拌した後、タイコ内の処理液を排液した。
このタイコ内の豚皮に50℃の温水300リットルを注入し、実施例1と同一の水戻し剤300g及び浸透剤のブチルジグリコール300gを添加して、その都度、毎分15回転で30分間回転した。更に、毎分15回転で2時間連続回転撹拌した後、タイコ内の処理液を排液した。
【0091】
(ii) すすぎ洗い
(i)で処理した豚革の入っているタイコ中に、40℃の温水300リットルを注入し、毎分15回転で2時間回転撹拌してすすぎ洗いした後、排液した。このすすぎ洗いをもう1回繰り返した。
【0092】
(iii) タンニンなめし
(ii)のすすぎ洗いの終わった豚革10枚の入っているタイコに、水80リットルを注入し、ここに植物タンニン・ミモサ500gおよびチェスナット200gを加え、更に、浸透剤のブチルジグリコール100gを添加し、毎分15回転で、60分間回転した。次に、黒色染料を加え、毎分15回転で、40分間回転した。次いで、ギ酸200gを加え、毎分15回転で30分間回転した後、排液し、タンニンなめし処理を行った。
【0093】
(iv) すすぎ洗い及び加脂処理
上記のタンニンなめしの終わったタイコ中に40℃の温水300リットルを加えて、毎分15回転で10分間回転した後、排液した。次に、40℃の温水80リットルを注入し、タンニン革用の柔軟加脂剤200gおよび浸透剤のブチルジグリコール300gを添加し、毎分15回転で、20分間回転し、排液した。次いで、このタイコへ40℃の温水300リットルを加えて、毎分15回転で10分間回転した後、排液した。得られたなめし処理した豚皮を皮革用セッターで水絞りをした後、45〜50℃の温度で乾燥室で5時間乾燥した。
このようにして得られた豚革は、硬くならず、充実性があり、手触りのよい満足できる品質のものであった。従来のタンニン渋槽で作られるヌメ革と同等の品質のものであった。
【産業上の利用可能性】
【0094】
本発明の前処理方法を採用することによって、皮の内部まで油分や不要な蛋白質、汚物の除去を十分に行なうことができて、従来タンニンなめしが困難であった油脂分の多い毛皮や皮革についても良好ななめし処理が可能となり、優れた品質の毛皮や皮革製品を得ることができる。従って、このような毛皮や皮革製品のなめし処理の分野において、極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0095】
【図1】図1は、従来の皮なめしの一般的な工程の概略を示す工程図である。
【図2】図2は、本発明の前処理方法を採用した皮なめし工程の概略を示す工程図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
原料皮が生皮からの原皮の場合には、水漬け、フレッシング処理及び/又は脱毛・石灰漬けを含む処理を行った原料皮に対して、(a)予備処理として、原料皮の床面に、酵素製剤、界面活性剤及び浸透剤を含む溶液を塗布又は散布し、一定時間放置した後温水で洗浄し、(b) 次に、脱脂処理として、この予備処理済みの原料皮を、界面活性剤、浸透剤とともに油剤成分を含む溶解液を用いて撹拌処理し、(c) 次に、排液後、この原料皮を温水を用いてすすぎ洗いを行ない;原料皮が前なめし皮及び/又は再利用革の場合には、これらの皮及び/又は革を、(b) 脱脂処理として、界面活性剤、浸透剤とともに油剤成分を含む溶解液を塗布若しくは散布して処理し、及び/又はこの溶解液とともに撹拌処理し、(c) 次に、排液後、この原料皮を温水を用いてすすぎ洗いを行なう、という工程を必須の工程として含む処理を行なうことを特徴とする、皮革又は毛皮なめしの前処理方法。
【請求項2】
(b)の脱脂処理の撹拌処理が、横型回転ドラム式撹拌装置を用いて原料皮を回転撹拌処理するものである、請求項1に記載の皮革又は毛皮なめしの前処理方法。
【請求項3】
(b)の脱脂処理が、原料皮が生皮からの原皮の場合には、30〜40℃の温水中に界面活性剤、浸透剤及び油剤成分を含む溶解液を処理液として、原料皮を3〜10時間回転撹拌処理し;原料皮が前なめし皮及び/又は再利用革の場合には、30〜60℃の温水中に界面活性剤、浸透剤及び油剤成分を含む溶解液を処理液として、原料皮を3〜10時間回転撹拌処理することを特徴とする、請求項1又は2に記載の皮革又は毛皮なめしの前処理方法。
【請求項4】
(b)の脱脂処理及び/又は(c)のすすぎ洗いを2回以上繰り返すことを特徴とする、請求項1ないし3のいずれかに記載の皮革又は毛皮なめしの前処理方法。
【請求項5】
(a)の予備処理及び/又は(b)の脱脂処理に用いる浸透剤が、グリコールエーテル系水溶性溶剤であることを特徴とする、請求項1ないし4のいずれかに記載の皮革又は毛皮なめしの前処理方法。
【請求項6】
(b)の脱脂処理に用いる油剤成分が、皮革又は毛皮への浸透性の良好な液体合成油、液体植物油又は液体動物油のいずれか1種又は2種以上の混合物であることを特徴とする、請求項1ないし4のいずれかに記載の皮革又は毛皮なめしの前処理方法。
【請求項7】
液体合成油が、スルホン化合成油、リン酸化合成油、塩素化パラフィン油、合成エステル油から選ばれる常温で液状の合成油の1種又は2種以上の混合物であることを特徴とする、請求項6に記載の皮革又は毛皮なめしの前処理方法。
【請求項8】
液体植物油が、菜種油、オリーブ油、大豆油又はひまし油から選ばれる植物油の1種又は2種以上の混合物であることを特徴とする、請求項6に記載の皮革又は毛皮なめしの前処理方法。
【請求項9】
液体動物油が、牛脚油、豚油、羊毛脂、卵黄油、鶏油、鱈の肝油又はサメの肝油から選ばれる動物油の1種又は2種以上の混合物であることを特徴とする、請求項6に記載の皮革又は毛皮なめしの前処理方法。
【請求項10】
(b)の脱脂処理に用いる界面活性剤が、アルキルエーテル硫酸エステルナトリウム、アルカンスルホン酸ナトリウム、アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム、アルキルスルホコハク酸エステル塩から選ばれるアニオン性界面活性剤、及びポリオキシエチレンアルキルエーテル、アルキルジメチルアミンオキシド、ヤシ脂肪酸ジエタノールアミドから選ばれる非イオン性界面活性剤のいずれか1種又は2種以上の混合物あることを特徴とする、請求項1ないし6のいずれかに記載の皮革又は毛皮なめしの前処理方法。
【請求項11】
原料皮が生皮からの原皮の場合には、請求項1ないし請求項10に記載の(a)予備処理、(b)脱脂処理及び、(c)すすぎ洗いの工程を含む原料皮の前処理を行い;原料皮が前なめし皮及び/又は再利用革の場合には、請求項1ないし請求項10に記載の(b)脱脂処理及び(c)すすぎ洗いの工程を含む原料皮の前処理を行い、その後、この前処理済みの原料皮をなめし薬剤を含む溶液に浸して撹拌処理することを特徴とする、皮革又は毛皮のなめし方法。
【請求項12】
なめし薬剤として植物タンニンを用いることを特徴とする、請求項11に記載の皮革又は毛皮のなめし方法。
【請求項13】
なめし薬剤として植物タンニンとともにクロムを用いることを特徴とする、請求項11に記載の皮革又は毛皮のなめし方法。




【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−100750(P2010−100750A)
【公開日】平成22年5月6日(2010.5.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−274048(P2008−274048)
【出願日】平成20年10月24日(2008.10.24)
【出願人】(508320044)
【Fターム(参考)】