説明

硫黄を含むドープされたリチウム遷移金属酸化物

本発明は、層状結晶構造Li1+a1-a2±bM’km(式中、−0.03<a<0.06、b≒0、Mは、少なくとも95%のNi、Mn、CoおよびTiの群のいずれか1つまたはそれより多くの元素からなる遷移金属化合物であり、M’は、粉末状酸化物の表面上に存在し、周期律表の第2族、第3族、または第4族(IUPAC)からのいずれか1つまたはそれより多くの元素からなり、前記第2族、第3族、または第4族の元素のそれぞれは0.7オングストローム〜1.2オングストロームの間のイオン半径を有するが、M’はTiを含まず、0.015<k<0.15(kは質量%で表す)、0.15<m≦0.6(mはモル%で表す)である)を有する粉末状リチウム遷移金属酸化物に関する。M’(Y、Sr、Ca、Zr等)の添加によって、再充電可能なリチウム電池においてカソードとしての性能が改善される。好適な実施形態において、含有量250〜400ppmのカルシウムおよび0.2〜0.6モル%の硫黄を使用する。特に、著しく少ない量の可溶性塩基および劇的に含有量が減少した微粒子が得られる。カソードの金属原子の11.5〜13.5%が二価ニッケルである場合に、特に好適な性能が得られる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、再充電可能なリチウム電池において活性カソード材料として使用される粉末状リチウム遷移金属酸化物に関する。さらに具体的には、硫黄を含むLi(Mn−Ni−Co)O2型化合物において、ある量のCa、La、Y、Sr、CeまたはZrなどの元素を添加することによって、カソード材料の電気化学的特性および安全特性が最適化される。
【0002】
LiCoO2は、再充電可能な電池の最も広く利用されているカソード材料である。しかし、特別な理由で、他の材料と置き換えるには重圧がある。現在、コバルト資源が希少であることと、高価格への懸念とから、この傾向が促進される。LiFePO4およびLi−Mn−スピネル(どちらもエネルギー密度がかなり低い)に加えて、LiNiO2ベースの層状カソード材料およびLi(Mn−Ni−Co)O2ベースの層状カソード材料は、商業的電池用途においてLiCoO2の代わりとなる最も有力な候補である。今日、四成分系Li[Li1/3Mn2/3]O2−LiCoO2−LiNiO2−LiNi0.5Mn0.52内の任意の組成Li[Lix1-x]O2(式中、M=Mn、Ni、Co)は、層状相として存在し、ほとんどの場合、電気化学的に活性であることが基本的に知られている。
【0003】
この四成分系でさえも、カチオン混合の可能性などのさらなる現象を考慮しないので、単純化モデルとしてみなされる。カチオン混合の一種は、r−3m層状結晶構造のリチウム部位上で一部のニッケルが違う位置にあるLiNiO2から既知であり、さらに現実的な式は、{Li1-xNix}[Ni]O2と近似される。Li1+x1-x2(式中、M=Mn1/3Ni1/3Co1/3)は、{Li1+yy}[Liz1-z]O2としてより良好に記載されることも既知である。
【0004】
結果として、電池カソード材料として興味深い層状Li(Mn−Ni−Co)O2相は、5次元熱力学系LiNiO2−{Li1-aNia}NiO2−Li[Li1/3Mn2/3]O2−LiCoO2−LiNiO2の四元数(Gibbs相律による)部分空間に属する。この三角形内の相のほとんどは、電気化学的に活性である。
【0005】
非常に基本的な熱力学的理由により、さらなるパラメータ(酸素分圧または温度など)が含まれるならば、次元数は、温度の関数としての所与の組成物のカチオン混合への依存、またはLiCoO2について観察されるような温度および酸素圧の関数としての空孔(酸素またはカチオン性)の存在などの現象を説明するために、5または6までさらに増加する可能性がある。
【0006】
これは、結晶構造に適合する可能性があるさらなるドーパント、たとえばMg、Al、Cr、Tiを考慮することすらなかったが、このようなドーピングは、すでに複雑である熱力学系に、さらなる自由度を導入し、さらなる次元を付加する。
【0007】
何年も前から、NiをMnまたはCoと置換して、その結果、LiNi1-xMnx2およびLiNi1-xCoO2が得られる場合、LiNiO2の層状構造を安定化させることができ、電気化学的特性を改善できることが知られている。かなり早期に、MnおよびCoを共ドープして、層状Li(Ni−Mn−Co)O2相LiNi1-x-yMnxCoy2を得ることができることが見いだされた。したがって、JP3244314(Sanyo)は、広範囲の金属組成におよぶLiabNicCodeを対象としている。
【0008】
AlがNiに代わることができることも、かなり早期に見いだされた。したがって、90年代初期および半ばにはすでに、LixNi1-a-bM1aM2b2(式中、一般的に、xは1に近く、M1は遷移金属であり、M2はアルミニウムなどのさらなるドーパントである)などのクレームを含む多くの特許が存在する。典型的にはLiNiO2ベースの物質(たとえばa+b<0.4)に焦点を合わせた例は、JP3897387、JP3362583、JP3653409またはJP3561607で見いだすことができ、後者は、LiaCobMncdNi1-(b+c+d)2(式中、0<a<1.2、0.1<=b<=0.5、0.05<=c<=0.4、0.01<=d<=0.4、および0.15<=b+c+d<=0.5)を開示している。
【0009】
90年代半ばでは、先行技術は、さらなるドーパント(Alなど)を含むLiCoO2−LiMn1/2Ni1/22−{Li1-xNix}NiO2間の固体状態溶液のNiリッチなコーナー内の組成物であったと要約することができる。他のコーナー(LiCoO2、US4302518、US4357215)およびLiNi1/2Mn1/22も既知であった。
【0010】
90年代では、Li化学量論はあまり重視されていなかった。したがって、前記特許は、LiMO2のみ、または一定範囲のLi化学量論のみを対象としていたが、Li:M比が重要な変数であり、最適化を必要とすることは一般的に理解されていなかった。Li1Mi1は典型的には、小過剰のリチウムが使用される場合にのみ得ることができる、所望の化学量論と見なされていた。
【0011】
90年代末には、過剰のリチウムの役割が徐々に理解されるようになった。追加のリチウムをLiMO2中にドープできることを決定的に証明した最初の文書は、JP2000−200607であり、これはLi[CO1-xx]O2およびLi[Ni1-xx]O2(式中、Mは、平均原子価状態が3である少なくとも2つの金属である)を対象としている。金属Mとしては、リチウム、Mn、Co、Niが挙げられる。当然のことながら、その後数年で、リチウムリッチな(=Li[Lix1-x]O2)物質に関してさらに数件の刊行物が公開された。我々の知る限りでは、LiMO2(M=Mn、Ni、Co)の結晶構造中にドープされた過剰のリチウムの可能性を最初に開示したのは、JP11−307097であり、これは、Li(1-a)Ni1-b-c-dMnbCocd2(式中、−0.15<a<0.1、0.02<b<0.45、0<c<0.5および0≦d<0.2である)を対象としている。請求項1の式LixMO2(x=1.05ならば、Li1.05MO2)は、一見すると、Li1.0250.9752としてよりよく記載できるという今日の合意と矛盾する。すなわち、酸素化学量論間に若干の矛盾があり、第1式は若干低い(Li+M):O比を有する。両式は同じ物質を表し、さらに、どちらも物質を完全に正確には表さない。その理由は単に、任意の「実際の」物質は、おそらくは酸素またはカチオン性空孔または間隙、表面上の異なる組成などのある数の他の乱れ因子を有するからである。
【0012】
したがって、1998以前では、先行技術は、三成分系LiNiO2−LiCoO2−LiNi1/2Mn1/22−Li[Li1/3Mn2/3]O2内の全ての固溶体として定義できる。
【0013】
近年の数百もの刊行物のほとんどは、組成Li[Lix1-x]O2(式中、M=Mn−Ni−Co)に焦点を合わせ、ほぼ例外なく、Ni:Mn比は1であり、多くの場合、組成はM=Mn1/3Ni1/3Co1/3または(Mn1/2Ni1/21-xCox(式中、0.1<x<0.2)のいずれかである。ハイレート性能を得るためには過剰のリチウム(Li:M>l)が望ましいという一般的な合意があると言うことができる。
【0014】
別の争点は、カソード材料を変えるためのドーピングである。前記JP3561607は、Al、B、Si、Fe、V、Cr、Cu、Zn、Ga、およびWから選択される少なくとも1%のさらなるドーパントでドープされたリチウムニッケル−コバルト−マンガン酸化物を対象としている。この特許は、なぜこれら特定のドーパントを選択したかを表示または説明していない。JP3141858は、フッ素ドープカソード材料を開示し、一方、JP3355102は、BET表面積が0.01〜0.5m2/gであり、0.5%未満のSO4を含むドープされた(Mn、Co、B、Al、P、MgまたはTi)LiNiO2を開示している。
【0015】
もう一つ別の争点は、X線回折ピークの形状である。狭いFWHM(半値全幅)を有する鋭いピークは、高い結晶性と関連する。JP3653409(Sanyo)は、Cu−Kアルファ線を使用した、2シータ=0.15〜0.22度の、主ピーク(003)のFWHMを有するドープLiNiO2を対象としている。
【0016】
JP3301931(Sanyo)は、主003ピーク(18.71±0.25)がFWHM<0.22度を有する、ドープされた(>1%)LiNi−Mn−Co酸化物を対象としている。
【0017】
先行技術の印象的な数値にもかかわらず、三元系LiNiO2−LiCoO2−LiNi1/2Mn1/22−Li[Li1/3Mn2/3]O2内のどの組成が、容量およびレート性能に関して最良の性能をもたらすかは、未だ完全には明らかになっていない。
【0018】
カソード材料の開発全般は、電池において重要であるパラメータを改善することを含む。パラメータのいくつか、たとえば容量、電圧プロフィールおよびレート性能は測定するのが比較的容易であり、コイン電池を作製し、試験することによって測定できる。他のパラメータはあまり明らかではない。したがって、(たとえば、高温で保存中の充電されたポリマー電池の)安全性または膨潤特性を、実際の電池を組み立てることなく、どのようにしたら測定できるかについては十分にはあきらかになっていない。これらの安全性および保存パラメータが、カソードの化学組成によってだけでなく、表面特性によっても決定されることは明らかである。しかし、この分野で信頼できる先行技術はまれである。
【0019】
この点において、著者らは、電池における活性なリチウム遷移金属酸化物カソード材料および電解質の表面の反応に存する問題が、電池の粗悪な保存特性および安全性の低下につながることを見いだした。著者らは、熱力学的に表面付近に位置するリチウムはあまり安定ではなく、溶液中に移動するが、バルクのリチウムは熱力学的に安定であり、溶解し得ないと主張する。したがって、表面での低い安定性とバルクにおける高い安定性の間にLi安定性の勾配が存在する。イオン交換反応(LiMO2+δH+←→Li1-δδMO2+δLi+)に基づいて、「可溶性塩基」含有量を決定することによって、Li勾配を確立できる。この反応の程度が表面特性である。
【0020】
安全性を改善するために、LiNiO2ベースのカソードのアルミニウムドーピング、ならびにLiCoO2のAl、Mg−TiまたはNi−Tiドーピングが、たとえばJP2002−151154(Al+CoドープLiNiO2)またはJP2000−200607(ドープLiCoO2)などにおいてしばしば開示されている。ドーピングについて典型的なのは、ドープされた元素が母体結晶構造に適合することであり、これは多少なりとも遷移金属、Li、Mg、Ti、Al、およびおそらくはBへのLiMO2のドーピングを制限する。いくつかの開示は、フッ素ドーピング、リンドーピングまたは硫黄ドーピングなどのアニオン性ドーピングを示している。しかし、これらのアニオンはサイズおよび価数が著しく異なるので、酸素と置換できるかどうかは非常に疑わしい。そのかわりにアニオンがリチウム塩として表面および粒界で存在する可能性が高い。リチウム塩LiF、Li3PO4およびLi2SO4はすべて高い熱安定性を有し、これはLiMO2相との熱力学的共存を促進する。
【0021】
一般的に、ドーピングは、バルク構造の修飾であり、一方、安全性および保存特性については、表面化学がより重要である。残念なことに、多くの場合、表面特性の改善よりもバルク特性の低下が勝るだけでない。典型的な例は、アルミニウムによるドーピングであり、この場合、良好な熱安定性は、多くの場合、出力(レート性能)の大幅な減少を伴う。
【0022】
文献で広く開示されている別の方法は、コーティングである。コーティングされたカソードの初期の開示は、KR20010002784であり、この文献では、LiMO2カソード(M=Ni1-xCox)(または硫黄もしくはフッ素「ドープされた」LiMO2カソードを、Al、Al、Mg、Sr、La、Ce、VおよびTiから選択される金属を含む金属酸化物でコーティングし、金属の化学量論量は少なくとも1%である。
【0023】
別の方法は、コア−シェルカソード材料、または勾配型カソード材料の作製である。ここでは、より強固なカソード材料の厚く緻密なシェルが、より繊細なカソード材料のコアを保護する。焼結温度および化学組成によって、最終カソードは、コア−シェル形態または勾配形態のいずれかを有する。典型的には、シェルおよびコアはどちらも電気化学的に活性である(可逆的容量を有する)。例は、US2006105239A1、US2007122705A1またはUS2002192552A1で見られる。
【0024】
硫酸塩は、層状リチウム遷移金属酸化物において懸念されている不純物である。硫酸塩は、典型的には、混合水酸化物前駆体に由来する。これは、混合水酸化物を好ましくは、最も安価な水溶性遷移金属前駆体である遷移金属硫酸塩溶液から沈殿させるためである。硫黄の完全な除去は困難であり、前駆体のコストを増大させる。硫酸塩不純物は、(a)不十分な過充電安定性の原因であり、そして(b)非常に望ましくない低開路電圧(OCV)現象に寄与すると考えられ、この低開路電圧現象では、電池の一部で初期充電後にOCVが徐々に悪化する。製造方法において遷移金属硫酸塩溶液を用いる場合に、通常測定される硫酸塩不純物は、5質量%までである。
【0025】
最後に、製造業者らは、多くの場合、カソード材料において非常に微細な粒子の存在に直面する。最終電池における非常に微細な粒子は、セパレータを横切って電気的に移動する可能性があり、アノード上に堆積し、いわゆる「ソフトショート」を引き起こすので、非常に望ましくない。これらのソフトショートは、電池の界磁喪失を引き起こす可能性があるので、非常に望ましくない。
【0026】
カソードの化学組成によってだけでなく、表面特性によっても決定される安全性および保存上の問題に対する解決策を提供することに加えて、改善された電気化学的特性、たとえば容量、電圧プロフィールおよびレート性能を有するリチウム遷移金属酸化物カソード材料を開発することが、本発明の1つの目的である。「ソフトショート」の存在も解消できる。
【0027】
本発明は、層状結晶構造Li1+a1-a2±bM’km(式中、−0.03<a<0.06、b≒0、
Mは遷移金属化合物であり、少なくとも95%の、Ni、Mn、CoおよびTiの群のいずれか1つまたはそれより多くの元素からなり、
M’は、粉末状酸化物の表面上に存在し、周期律表の第2族、第3族、または第4族(IUPAC)からのいずれか1つまたはそれより多くの元素からなり、前記第2族、第3族、または第4族元素のそれぞれは、0.7オングストローム〜1.2オングストロームの間のイオン半径を有するが、M’はTiを含まず、0.015<k<0.15(kは質量%で表す)、そして0.15<m≦0.6(mはモル%で表す)である)を有する粉末状リチウム遷移金属酸化物を開示している。好ましくは、0.25≦m≦0.6である。
【0028】
好ましくはさらに、Mは、少なくとも99%の、Ni、Mn、Co、Al、MgおよびTiの群のいずれか1つまたはそれより多くの元素からなる。1つの実施形態において、M’は、Ca、Sr、Y、La、CeおよびZrの群のいずれか1つまたはそれより多くの元素からなり、0.0250<k≦0.1(質量%)である。
【0029】
好ましくは、M’はCaであり、0.0250≦k<0.0500、好ましくはk≦0.0400である。
【0030】
別の好適な実施形態において、M=NixMnyCoz(0.1≦x≦0.7、0.1≦y≦0.7、0.1≦z≦0.7、x+y+z=1)である。特別な実施形態において、1.0≦x/y≦1.3および0.1<z<0.4であり、Mは、全金属Li1+a1-aあたり、10〜15原子%のNi2+、好ましくは11.5〜13.5原子%を含む。Mに関して、最も好適なのは、x=y=z=0.33である。
【0031】
本発明は、実際の電池におけるカソードの安全性および安定性を決定する表面特性(表面特性は、塩基含有量として、pH滴定によって測定される)が硫黄ならびにCa、Sr、Y、La、CeおよびZrなどの元素の含有量によって積極的に決定されることを示す。
【0032】
有益な効果を達成するためには少なくとも150ppmのM’(好ましくは、Ca、Sr、Y、La、CeおよびZr)が必要であり、M’添加レベルが高すぎる場合(>1500ppm)、電気化学的特性が劣り、特にレート性能が低下し、不可逆容量が増加する。好適な実施形態において、150〜1500ppmのCa不純物が存在するならば、0.15〜0.6モル%の硫黄レベルを許容できる。Caドーピングが150ppmよりも低い場合、0.15〜0.6モル%の硫黄は、カソード性能にとって有害であることが判明した。
【0033】
Li−Ni−Mn−Coカソード材料は、ある濃度の二価ニッケルを含む場合、広い化学量論範囲にわたって、より良好な性能を示すことは、知られていないし、公開されていない。カソード中の金属あたり11.5〜13.5%の二価ニッケルの含有量に対応する最適Li:M化学量論比が存在することを教示する先行技術は存在しない。本特許は、驚くべきことに、11.5〜13.5%の二価ニッケルを必要とすることは、単純な方法でリチウム過剰およびNi:Mn比と関連することを開示する。これは、いくつかの場合において、驚くべきことに、若干のリチウム不足が好適であることと関係する。
【0034】
本発明はまた、活性物質として前記粉末状リチウム遷移金属酸化物を含むカソードを含む電気化学電池を対象とする。
【0035】
リチウム遷移金属酸化物は、安価な方法により、たとえば、好適な前駆体および炭酸リチウムの混合物を空気中で1回焼成することによって製造できる。好ましくは、前駆体は、すでに適切な量の硫黄およびカルシウムを含む混合水酸化物、オキシ水酸化物または炭酸塩などの混合金属前駆体である。したがって、本発明はさらに、前記粉末状リチウム遷移金属酸化物を製造する方法であって:
Mの硫酸塩、沈降剤、好ましくはNaOHまたはNa2CO3、および錯化剤の混合物を提供し、これによって
Mの水酸化物、オキシ水酸化物または炭酸塩前駆体を、所与の硫黄含有量を有する前記混合物から沈殿させ、
塩基を添加しつつ、前記前駆体を熟成し、これによってある塩基:前駆体比を得、続いて水で洗浄し、乾燥し、
前記熟成されたMの水酸化物またはオキシ水酸化物前駆体を、Li前駆体、好ましくはLi2CoO3と混合し、
前記混合物を少なくとも900℃、好ましくは少なくとも950℃の温度で、1時間〜48時間焼結し、これによって焼結生成物を得るステップを含み、
M’の塩を前記Mの硫酸塩含有混合物に添加するか、または
M’を熟成中に前記塩基に添加するか、または
前記洗浄ステップにおいて使用する水にM’を添加するか、または
M’塩溶液を、前記焼結生成物を水中に懸濁させることによって製造されるスラリーに添加し、続いて乾燥するかのいずれかである方法を対象とする。
【0036】
M’の塩をMの硫酸塩含有混合物に添加する場合、これは、Mの硫酸塩自体に対して、水酸化物(NaOH)に対して、または錯化剤に対してである可能性がある。
【0037】
この方法において、好ましくは、M’=Caおよび塩は、Ca(NO32およびCaCl2のいずれか1つである。硫黄含有量を、熟成ステップ中に、所与の塩基前駆体比を選択することによって製造することが好適である。
【0038】
本発明は、好適な元素、特にCaの1未満の単層を適用することが、層状リチウム遷移金属酸化物Li1+x1-x2(M=Ni−Mn−Co、−0.03<x<0.06)の表面特性を大幅に変えることを開示している。カルシウムは好適な元素であるが、他の元素を添加できる可能性も非常に高く、典型的な候補は、希土類およびアルカリ土類金属、ならびにZr、Pb、Snである。
【0039】
表面修飾カソード材料を単一ステップにおいて製造する。前駆体において、たとえばCaを増やして、150〜1500ppmの濃度に到達することができる。これらの前駆体を使用して、1回の加熱によって表面修飾LMOを製造する。前駆体のCaレベルが低い場合、Caを前駆体に、好ましくは液状形態で、著者らがスラリードーピングと呼ぶ技術によって添加することができる。高表面積前駆体(たとえば、混合水酸化物)をできるだけ少ない水(または任意の他の溶媒)中に分散させて、高粘度のペーストを形成する。激しく撹拌しながら、溶解したカルシウム塩、たとえばCaCl2またはCa(NO32を、所望の濃度に達するまで、ゆっくりと添加する。添加中、およびその後の乾燥中、カルシウムが沈殿し、混合水酸化物の表面上に十分に分散させる。
【0040】
別法として、カルシウムを前駆体製造方法中に添加することができる。これは、低濃度のカルシウム(典型的には100ppm未満)を、金属塩(たとえば、MSO4)前駆体もしくは塩基(NaOH)前駆体を溶解させるために使用する水に添加することによって可能である。別法として、Caを高濃度で、沈殿完了後の前駆体を洗浄するために使用される水に添加することができる。
【0041】
カルシウムによる表面修飾は、おそらくは活性表面部位の触媒失活による。その理由は、(a)カルシウムはかなり大きなイオン半径を有し、バルク構造中にドープできないため、および(b)1500ppmまでのCaは、後述のように単にコーティング層を形成するために十分でないためである。ここで、コーティングという用語は、数nm〜約100nmの厚さに相当する少なくとも10〜100原子層からなる層としての通常の意味で使用する。著者らは、失活のメカニズムは、触媒被毒とよばれる触媒技法から既知の現象に関連すると考える。触媒(たとえば、微量の硫黄種を含む気体中の白金)の操作中、触媒的に活性な部位を覆うことによって、微量で触媒を失活させることができる。
【0042】
複合層状リチウム遷移金属酸化物は、三成分系LiNiO2−LiCoO2−LiNi1/2Mn1/22−Li[Li1/3Mn2/3]O2内の固体状態溶液であり、さらに、リチウム欠損カソード{Li1-XX}MO2の可能性を含み、カチオン混合
{Li1-Xx}[M(1-y)Liy]O2の可能性を排除しない。
【0043】
著者らは、最適Li:M比が、金属組成に依存することを見いだした。著者らは、試料の電気化学的性能および塩基含有量をLi:M比の関数として測定することによって、いくつかの金属組成M=Ni(1-a-b)MnaCobを調べた。典型的には「∩」形曲線(日本国特許出願10−109746の図2と類似)が得られる。容量は、典型的には比較的平坦な最大値であり、低Li:Mでは早く低下し、高Li:Mではもっとゆっくりと低下する。著者らは、これらの「∩」形曲線の最大値(=最適値)が、異なるLi:M比で出現し、この場合、最適Li:M比は金属組成に依存することを見いだした。特に、最適値は、Ni組成およびNi:Mn化学量論比に依存する。著者らは、最適領域が、下記のように二価ニッケルの含有量に関連することを見いだした:
すなわち、M"O2は、M"=Li1+k1-kである層状規則性岩塩化合物であり、ここで、Mは、マンガン、コバルトおよびニッケルの混合物を含み、−0.03<k<0.06である。k>0の場合、式は、三成分系LiNiO2−LiCoO2−LiNi1/2Mn1/22−Li[Li1/3Mn2/3]O2の固体状態溶液に対応し、Li[Lix/3Mn2x/3Mny/2Niy/2CozNi1-x-y-z]O2と書き直すことができる。この式において、全てのMnは三価であり、全てのコバルトは三価であり、y/2Niは二価であり、一方、1−x−y−zNiは三価である。k<0の場合、さらに、二価ニッケルがリチウム部位と置換すると仮定すると、式は{Li1-X/3Nix/3}[Mny/2-2x/3Niy/2-x/3CozNi1-x-y-z]O2と書き直すことができる。この式において、全てのMnは四価であり、すべてのコバルトは三価であり、y/2Niは二価であり、一方、1−x−y−zNiは三価である。
【0044】
著者らは、最適Li:M比(=(l+x/3)/(l−x/3))が敏感に遷移金属組成に依存し、NiIIの非常に狭い化学量論範囲に対応し、このことがここでも最適化電気化学的特性をもたらすことを見いだした。二価ニッケルが全金属M"(=Li−M)の10%以上で15%以下を含むようにLi:Mを選択するのが好適である。さらに好適には、二価ニッケルは、全金属の11.5原子%以上で、13.5原子%以下を含む。
【0045】
この要件は、ある遷移金属化学量論範囲内の層状Li−M−O2について厳密に有効である。試料が「高Ni」、すなわちNi1-x-yCoxMny(特にy<0.3ならば、1−x−y>0.6)の場合に正確でなくなる。この要件は、試料が「低Niおよび低Co」、すなわち、Ni1-x-yCoxMny(Ni:Mn<1.3およびx<0.2)である場合にもあまり有効でない。要件は、当然十分なニッケルを含まない試料、すなわちNi1-x-yCoxMny(1−x−y<0.2)については意味をなさない。第1の場合(高Ni)、良好な電気化学的性能を得るためにより多くのNi2+が必要である傾向がある。後者の場合(低NiおよびCo)、より少ないNi2+が必要とされる傾向がある。中程度の化学量論範囲のNi1-x-yCoxMn7(すなわち、0.1<x<0.4および1.0<=1−x−y/y<=1.3)において、Ni2+が10〜15原子%、さらに好適には全M"の11.5〜13.5原子%を含む場合、最良の電気化学的特性が得られる。
【0046】
溶解するようになる塩基の量(可溶性塩基含有量)はカソードの表面特性と直接関連する。カソードの表面特性は、安定性(すなわち、実際の電池の安全性および過充電/高T保存特性)を左右するので、塩基含有量と安定性との間に相関関係が存在するであろう。本発明は、塩基含有量およびCa含有量(ppm範囲)および硫黄含有量(0.1%範囲)の間に驚くべき相関関係があることを示す。確かに、非常に安定なカソードを得るためには、Caおよび硫黄含有量の最適化が重要である。
【0047】
溶解する塩基の量は、BET表面積、バルク組成および表面上のドーパント、特にCaの関数である。なんとかCaは表面領域中のリチウムを安定化させ、リチウムをあまり溶解させない。表面上のリチウムの増大した安定性は、電池におけるカソードの有用な特性、たとえば改善された保存特性およびより良好な安全性をもたらす。
【0048】
硫黄も、特定の塩基の量(表面あたりの塩基)に貢献する。著者らは、これは主に硫黄塩によってLi−M酸化物の孔が閉鎖され、これによって低BET表面積が測定されるためであると考える。硫黄の存在下で、Li−M酸化物の「実際の表面積」は遙かに大きく、BETによって測定すると、塩基含有量は増加する。したがって、本発明は、硫黄が存在するならば、塩基含有量を許容されるレベルまで有効に低下させるためには、Caなどの元素も存在しなければならないことを教示する。
【0049】
本発明を、以下の実施例および図面によってさらに説明する。図面は次のように要約される。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】Ca濃度および可溶性塩基含有量の相関関係を示す図である。
【図2】Ca濃度および不可逆容量およびレート性能の相関関係を示す図である。
【図3】CaおよびS濃度と可溶性塩基含有量との相関関係を示す図である。
【図4】Ca及びS濃度と第1サイクル放電能力との相関関係を示す図である。
【図5】Ca処理LiMO2の沈殿動態を示す図である。
【図6】無Ca対Ca処理LiMO2の沈殿動態を示す図である。
【0051】
実施例1:Ca含有カソードの改善された安全性および低塩基含有量
組成Li1+a1-a2±bCakmを有する2つのカソード材料MP1およびMP2を大規模(数トン)で、異なる量のCaおよび硫黄を含む混合遷移金属水酸化物から製造した。両方の場合で、化学量論は非常に類似(a=0.05、M=Mn1/3Ni1/3Co1/3、m≒0.4モル%)していたが、Caのレベルは異なっていた。すなわち、MP1は393ppmのCaを有し、一方、MP2は通常の不純物レベルの120ppmのCaを有していた(通常、非ドープカソード材料においては50ppm超であるが、150ppm未満である)。他の特性(リチウム化学量論、粒子サイズ、BET表面積、X線回折パターン)は基本的に類似していた。
【0052】
可溶性塩基の含有量を次のようにして測定した:100mlの脱イオン水を7.5gのカソードに添加し、続いて8分間撹拌した。典型的には3分間沈殿させ、次いで溶液を除去し、1μmシリンジフィルターに通し、これによって>90gの、可溶性塩基を含む透明溶液を得た。
【0053】
0.1MのHClを0.5ml/分の速度で、撹拌下でpHが3に達するまで添加する間、pHプロフィールを記録することによって、可溶性塩基の含有量を滴定する。DI水中に低濃度で溶解させたLiOHおよびLi2CO3の好適な混合物を滴定することによって、参照電圧プロフィールを得た。ほとんど全ての場合で、2つの異なる水平域が観察される。上側の水平域はOH-/H2Oとそれに続いてCO32-/HCO3 であり、下側の水平域はHCO3-/H2CO3である。
【0054】
第1水平域と第2水平域との間の変曲点ならびに第2水平域後の変曲点を、pHプロフィールの微分係数dpH/dVolの対応する最小値から得る。第2の変曲点は、一般的にpH4.7付近である。結果を、カソード1gあたりの塩基のマイクロモル数で記載する。
【0055】
溶液中に移動する塩基の量は非常に再現性が高く、カソードの表面特性と直接的に関連する。これらは安定性(すなわち、最終電池の安全性および過充電/高T保存特性)に対して顕著な影響を及ぼすので、塩基含有量と安定性との間には相関関係がある。
第1A表および第1B表に結果をまとめる。
【0056】
第1A表:試料MP1およびMP2の特性
【表1】

TapD:タップ密度;0.087および0.148質量%のSは、約0.3および0.5モル%のSに相当する。
【0057】
第1B表:試料MP1およびMP2の特性
【表2】

【0058】
試料は1つの例外、すなわち、試料MP1(高Caを含む)の可溶性塩基含有量がMP2よりも著しく低いことを除いては、非常に類似している。他の特性は非常に類似し、MP2(低Caを含む)は若干高い容量、若干低い不可逆容量および若干高いレート性能を示すが、MP1についての結果は依然として許容できる。さらに重要なことは、試料MP1およびMP2を安全性試験のために電池製造業者に送付した。MP1は安全性試験に合格したが、MP2は合格しなかった。
【0059】
ここで使用する「安全性過充電試験」とは、電池を非常にハイレート(たとえば1C充電レート)で、通常の作動電圧よりもはるかに高い電圧(たとえば20V)に達するまで充電する場合の安全性試験である。多くの場合、このような試験中に、アノードに挿入されるよりも多くのリチウムがカソードから抽出され、したがってリチウムメッキの悪影響が起こる。同時に、高度に脱リチオ化されたカソードは非常に反応性の高い状態にあり、オーム(抵抗)熱が発生する。この熱は、劇的な熱暴走反応を開始し、最終的には電池の爆発につながる。電池がこのような試験に合格(すなわち、爆発しない)するか否かは、カソード材料、その形態、不純物レベルおよびその表面化学の選択に強く依存する。基本的な化学的理解はほとんど存在しないが、微粒子の存在は、確実に低安全性の一因となる(これも下記参照)。
【0060】
結論:Caの含有量が高いほど、可溶性塩基含有量が低くなり、安全性が高くなる。
【0061】
実施例1は、約250〜400ppmのCa含有量が、塩基含有量を有効に低下させ、カソードの安全性を改善したことを示した。本発明者らは、カソードの表面の上面上の原子層数を評価する場合、
a)カルシウムはすべてカソード粒子の表面に位置し、
b)カソードの表面積は、窒素を用いた5点BET測定により確実に得られ、
c)カルシウムは表面上に均一に分散し、
d)Ca原子間の平均距離はCaOにおいてと同じであると仮定し、
Caの効果は、どちらかといえば触媒的効果であり(いくつかの1原子層よりも少ない)、通常のコーティング効果(多くの原子層)によって引き起こされるのではないと結論づけることができる。これは示されている。
【0062】
実施例2:Ca表面層の「厚さ」の計算
実施例1のデータに基づく評価は次のようにして行う。
【0063】
CaOは、4.8108Åの格子定数を有するfcc結晶構造を有し、したがって最近傍のものが、3.401Åの辺長を有する四面体を形成する。したがって、Caの一原子単層(3.401Åの格子定数を有する二次元六方格子を有する)は、0.664mg/m2の密度に対応する。実施例1のカソード材料MP1(MP2)は、0.42m2/g(0.44m2/g)のBET面積を有する。このBET面積を覆う単層は、280ppm(292ppm)Caに相当する。
【0064】
したがって、試料MP1は、約1.4単層の表面被覆率を有し、MP2は、0.41単層のカルシウムのみの被覆率を有する。これは、通常のコーティングよりもはるかに薄い。
【0065】
カルシウムの観察される効果は、コーティング層による保護ではなく、むしろ触媒的効果(活性表面部位の失活)であると結論づけることができる。
【0066】
実施例3:理論的根拠:塩基含有量/Ca化学
Caの可能な溶解は、いくらかリチウムまたは塩基の可溶性を妨害し、したがって高Caの試料について低い塩基含有量が観察されると論じられることがある。この理論は間違っている。
【0067】
まず、リチウム化合物は、対応するカルシウム化合物よりも高い溶解度を有する。第2に、この実施例は、カルシウムの量は無視することができ、したがって、pH滴定測定の間にLiまたは塩基の溶解度を変えることができないことを示す。
【0068】
我々は、実施例1の試料MP1およびMP2を用いて以下のように推定する:
カソード1gあたり25.9マイクロモルの塩基を試料MP1について滴定する。
51.2マイクロモルをより少ないCa試料MP2について滴定する。
したがって、可溶性塩基の含有量は、25.2マイクロモル/g異なる。
【0069】
MP1は、393ppmのCaを有し、MP2は、120ppmのCaを有する。これは、271ppmのCa含有量の差である。
【0070】
Caのモル質量は40.1g/molである。
【0071】
簡単な計算により、カルシウムにおける差は271/40.1=6.76マイクロモル/gであることがわかる。我々は、わずか6.76マイクロモル/gのCaの増加が、25.2マイクロモルものはるかに大幅な塩基の減少を引き起こすと結論づける。大幅な減少は、Caが表面を安定化させ、溶液中に移行するLiが少ないことを認める場合にのみ説明できる。
【0072】
実施例4:Ca含有量の関数としての塩基含有量−異なる前駆体
実施例1は、低Ca試料MP2が高Ca試料MP1よりも高い塩基含有量を有していたことを証明した。このことは、実施例4において、類似の形態および組成を有するさらに大きなシリーズの試料(Li、Mn、Co、Ni、S)について、低塩基含有量と高Ca含有量との間の良好な相関関係を検出することによって確認される。
【0073】
大量生産バッチから得られる10の遷移金属水酸化物前駆体を受け取り、MOOH1−10と命名した。水酸化物は、M=Ni1/3Mn1/3Co1/3の金属組成を有する。10の試料、すなわちリチウム遷移金属酸化物試料S1a〜S10a(それぞれ約250g)を、Li:M=1.1ブレンド比(前駆体の化学分析による)で、960℃の温度、空気中で製造した。リチウム含有量を(単位格子体積を比較することによって)調べ、BET表面積を測定した。すべての試料は非常に類似した形態を有していた(粒径分布、タップ密度、粒子形状、SEM顕微鏡写真、微結晶サイズ)。
【0074】
全ての前駆体のCa含有量を化学分析によって得た。最終生成物中のCa含有量は、前駆体においてと同じである。るつぼにはCaが含まれず、蒸発は観察されず、Caは実際にはるつぼ中に拡散しない。Li−M酸化物試料の可溶性塩基含有量をpH滴定によって測定した。
【0075】
第2A表および図1に結果をまとめる。
【0076】
第2A表 遷移金属水酸化物前駆体から製造された試料S1a〜S10aの特性
【表3】

【0077】
次いで、試験試料の第2シリーズS1b−S10b(それぞれ約700g)を製造した。温度およびLi:Mブレンド比を若干修正して、さらに狭いBET分布および同じ最終Li:M比を有する試料を得た。第2B表および図1に結果をまとめる。この表は、第2A表(A:黒丸○)のデータおよびいくつかのさらなる試料のデータ(大量生産試料)(星印として表示する(B:星印))を含む。
【0078】
第2B表 遷移金属水酸化物前駆体から製造した試料S1b〜S10bの特性
【表4】

【0079】
明らかに、増大するCa含有量と低可溶性塩基含有量との間に明確な相関関係が存在する。この実施例は、少量のCaが、電気化学的性能を損なうことなく、可溶性塩基の量を劇的に減少させることを確認する。すなわち、不可逆容量の若干の増加およびレート性能の若干の低下が観察される。予想されるように、通常の不純物レベルのCa(<150ppm)によって、塩基含有量について最悪の結果がもたらされる。図2に、第2A表および第2B表から得たカルシウム含有量(黒丸Oにより表示)の関数として測定された電気化学的特性をまとめる。左図は、不可逆容量(%)対Ca含有量をプロットし、右図は、2C(%)でのレート性能対Ca含有量をプロットする。いくつかのさらなる試料(大量生産試料)の不可逆容量についてのデータを図に星印として加えた。
【0080】
実際、レート性能の若干の低下は塩基含有量を劇的に低下させ、かくして実際の電池の高温安定性および安全性を達成するので、レート性能の若干の低下を許容することは価値がある。
【0081】
実施例5:有効なS−Ca含有量の関数としての可溶性塩基含有量および電気化学的性能
実施例4のほとんどの試料は同様のレベルの硫黄を有していた。実施例5は、Caの含有量および硫黄の含有量が、さらに大きなシリーズの大量生産試料(>500kg試料サイズ)の可溶性塩基含有量ならびに他の特性(電気化学的性能)を完全に決定することを示す。試料は、同じ組成(Li、Mn、Ni、Co)を有するが、Caおよび硫黄含有量が異なる。
【0082】
データ分析によって、Caは可溶性塩基含有量に対する負の回帰係数を有し、一方、SO4含有量は正の回帰係数を有することが示される。これによって、統計的変数kは、k=0.84*S−Ca(式中、SおよびCaはSおよびCaについてのICP分析の結果(ppm)である)による「有効なS−Ca」含有量と定義できる。この式は、硫黄の高含有量はCaの添加によって中和できることの統計的証明として解釈できる。
【0083】
図3は、有効なS−Ca含有量と可溶性塩基含有量との間に非常に良好な相関関係があることを示す。Caおよび硫黄はどちらも塩基含有量と適切に相関する。左上図は、可溶性塩基含有量(マイクロモル/g)対Ca含有量を示し、左下図は、SO4含有量に対する同じものを示す。統計学的変数k(0.84*S(ppm)−Ca(ppm)の直線的組み合わせ)は、ほぼ完璧な正の相関関係を示す。相関係数は+0.95である。これを右図に示す。
【0084】
驚くべきことに、図4に示すように、可溶性塩基含有量(マイクロモル/g)と電気化学的性能との間にも非常に良好な相関関係がある。ここで、電気化学的性能を、第1サイクルの放電能力によって示す(第1サイクルDC Q(mAh/g))。相関係数は0.94である。
【0085】
図3および図4は、CaレベルおよびSレベルを非常に良く制御するために必要なものを示す重要な例である。塩基含有量はほぼ100%変化し、放電能力は5%変化することに留意すべきであり、これらはCa含有量が600ppm未満変化し、硫黄含有量が約0.25モル%変化することを考慮すると、比較的大きな数である。
【0086】
実施例6:Caおよび硫黄添加の最適化
この実施例は、本発明の2つの態様を証明する役目をする。
(1)Caが硫黄含有カソードの高可溶性塩基含有量の負の効果を「中和する」という実施例5の観察を確認する、および
(2)本発明の硫黄およびカルシウムの両方を含む試料のみが、全体的に良好な性能を示すことを証明する。
【0087】
この実施例は、金属組成M=Mn1/3Ni1/3Co1/3を有する混合遷移金属水酸化物前駆体を使用する。前駆体は必然的に、Caが低いが、いくらかの硫黄を含む。予備Li−M酸化物試料(Li:M=1.1)の製造後に洗浄することによって硫黄を除去する。次いで、予備試料を前駆体として使用し、次の物質マトリックスを製造する:
(6a):硫黄またはカルシウムを添加しない
(6b):400ppmのCaを添加
(6c):0.5質量%のSO4を添加
(6d):400ppmのCaおよび0.5質量%のSO4の両方を添加。
【0088】
これに続いて再焼結を行う。同じ形態を有するが、異なるCa、S組成を有する最終試料を得る。CaおよびSの添加をLi−M酸化物予備試料のスラリードーピングによって行う(これも実施例7で後述)。スラリードーピングは、予備試料の高粘度水中粉末スラリーを撹拌しながらLi2SO4溶液またはCa(NOs)2溶液を滴下することであり、続いて空気中で乾燥する。合計400ppmのCaおよび/または5000ppm(SO4)硫黄を添加した。1000ppmの硫黄は、一般的に約0.1モル%の硫黄に相当し、より正確には、Li1.040.962について、1000ppmは0.105モル%に相当することに留意すべきである。
【0089】
M=Ni0.53Mn0.27Co0.2組成を有する前駆体について実験を繰り返し、予備試料(スラリードーピング中の前駆体)を、Li:M=1.02ブレンド比を用いて製造した。実施例5(Caによる硫黄の中和)の結論、すなわち、試料が硫黄を含む場合、Caの添加が、硫黄が原因の高可溶性塩基含有量を中和することが確認される。
【0090】
電気化学的特性を試験し、沈殿速度を測定する(さらなる詳細については、実施例8も参照)。Caを添加していない試料は、非常に望ましくない微粒子を示し、この微粒子は沈殿しない。Caを含むすべての試料は非常に迅速に沈殿した。全ての試料のうち、Caおよび硫黄を含む試料のみが、第3A表および第3B表において見られるように、全体的に良好な性能を示す。
【0091】
請求される範囲外の濃度(高すぎるか、または低すぎるかのいずれか)におかれた試料は、次のような欠点を示す:
低Caおよび低SO4→許容できないレベルの微粒子
低Caおよび高SO4→高可溶性塩基含有量、微粒子
高Caおよび低SO4→比較的粗悪な電気化学的性能(下記第4A表も参照)。
【0092】
第3A表:LiMn1/3Ni1/3Co1/32でドープされたスラリー
【表5】

【0093】
第3B表:Li Ni0.53Mn0.27Co0.22でドープされたスラリー
【表6】

【0094】
この試験(3B)において、添加されたSO4の一部は、結晶化のために失われたことに留意すべきである。
【0095】
実施例7:CaおよびMgの同じ前駆体物質との比較
この実施例は、1つの水酸化物前駆体から、製造中に異なる量のCaを前駆体に添加することによってCa濃度を変えて製造された異なる試料のデータを示す。参照として、Caの役割を確認するために、Mgを添加した。
【0096】
低含有量のCa(60ppm)を有する水酸化物を受け取った。遷移金属組成は、およそNi0.37Co0.32Mn0.31であった。硫黄含有量は約0.4質量%のSO4であった。水酸化物を少量の試料(それぞれ約500g)に分割した。高粘度の水性スラリーを各試料から製造した。前駆体をスラリー化するために使用した水には、溶解したCaCl2が適切に添加されていた。スラリーを連続して撹拌した。このように、Caドープされたスラリーを得、これを対流式オーブン中で濾過することなく乾燥させ、結果としてCa処理された混合水酸化物を得た。同様にして、Mgドープ(溶解させたMg(NO32を水に添加した)およびMg+Caドープ混合水酸化物を同じ前駆体から製造した。
【0097】
6つの試料(CaAdd1〜CaAdd6)を、Caドープ混合水酸化物から、Li2CO3と混合することによって製造し、Li:Mブレンド比は1.07であり、続いて960℃で加熱した。
【0098】
第4表は、製造試料の概要である。非ドープ試料のCa濃度は、おそらくは、スラリー製造中に使用されるベーカーからの若干のCa溶解によって、予想されるよりも若干高い(120ppm)。この表は、(a)塩基の含有量がCaの含有量の増加とともに減少し、(b)Mgの添加は、塩基含有量を全く変更せず、(c)BET表面積は、カルシウム含有量の増加とともに減少することを示し、(c)は、Ca(またはCl汚染)含有量が高いと焼結速度が速まることを示す。
【0099】
塩基含有量は33%減少し、一方、BET面積は、18%減少するだけであり、減少した塩基含有量の一部は、異なる表面化学が原因であり、推測できるように、表面積自体の減少によるのではないことを証明する。塩基の減少は予想されるよりも若干少なく、おそらくは、スラリードーピング中の前駆体の表面上の完全ではないCa分散が原因であることに留意すべきである。
【0100】
第4表はまた、マグネシウムが、塩基含有量に全く影響を及ぼさないことも示す。しかし、塩基含有量は、どれだけのMgを添加するかとは独立して、Ca含有量に依存する。可溶性塩基は、カルシウムレベルの増加度ともに減少する。Mgのイオン半径は、Ca(0.99オングストローム)と比べると小さすぎ(0.66オングストローム)、後者は、Li−M酸化物の表面に非常によく適合するサイズを有すると考えられる(下記実施例11参照)。
【0101】
第4表:Caおよび/またはMgの添加によって修飾された1つのMOOHから製造される試料の特性
【表7】

【0102】
実施例8:Caレベルおよび微粒子
前述のように、非常に微細な粒子の存在は、非常に望ましくない。その理由は、非常に微細な粒子は、最終電池において、セパレータを超えて電気移動し、アノード上に堆積し、いわゆる「ソフトショート」を引き起こし、電池の界磁喪失につながるためである。これらの粒子は、通常、1μmよりも細かい。これらの微粒子の減少によって、より良好な安全性が得られると考えられる。
【0103】
実施例8は、カルシウムの添加が、微粒子を排除することを示す(ただし、この有用な効果を引き起こすメカニズムを著者らは完全には理解していない)。
【0104】
試料CaAdd1、CaAdd2、CaAdd3およびCaAdd4(実施例7の試料)を沈降実験において調べた。水中でカソードに堆積させた後、粒子が迅速に沈殿し、透明溶液が最上部に残存することが望ましい。ゆっくりとした沈殿は、微粒子の存在を示す。
【0105】
図5は、沈殿実験の写真を示す。Ca含有量:左から右へむかって:(1)120ppm(2)190ppm、(3)420ppm、(4)900ppm。50mlのメスシリンダー(メモリ付シリンダー)中、5gの懸濁粒子を1分間沈殿させた後、透明溶液と粒子懸濁液層との間の離線の高さは(1)50、(2)30、(3)22、および(4)13mlにあり、5分後:(1)49、(2)11、(3)9、および(4)8mlであった。明らかに、Ca不純物の増加は、沈殿速度を劇的に増大させ、Ca添加は、微粒子の存在を排除する。
【0106】
実施例4〜8の結果として、次の第4表Aは、CaおよびS添加の概要を示す。
【0107】
第4A表:概要
【表8】

【0108】
実施例9:可溶性塩基含有量は熱力学的な物質特性である
この実施例では、塩基含有量が熱力学的平衡物質特性であることを議論する。これは、カルシウムおよび硫黄含有量を十分にデザインすることによって変えることができる。しかし、十分に平衡化した後は、製造条件の変更によって変えることはできない。
【0109】
数kgの実施例1の大量生産試料MP2(120ppmの「天然」Ca含有量を有する)を使用して、加熱温度、空気の流れ、または水中での洗浄とそれに続く再加熱に応じて、可溶性塩基含有量を低下させることができるかどうかを調べる。洗浄に関して、水の量を制限し、Li損失をモニターする。この数値は無視することができ、試料中全Liの約0.1%である。再加熱温度は初期焼結温度よりも低く、したがって、再加熱中に形態は変化しない。
【0110】
最初に受け取った試料の可溶性塩基含有量を熱処理(平衡化)によって若干下げることがき、このことは、MP2試料のリチオ化が100%完了していないことを示す。しかし、再加熱後、加熱条件と独立して、同じ可溶性塩基含有量が常に達成される。この塩基含有量は、表面積、金属組成ならびにCaおよび硫黄レベルに応じて、平衡含有量である。洗浄によって、硫黄の大部分が可溶性Li2SO4として除去されるが、Caは除去されず(このことはICPによってチェックした)、その結果、低硫黄−低Ca試料が得られる。低硫黄−低カルシウム試料は低い可溶性塩基含有量を有する。洗浄後、すでに低乾燥温度(150℃)で、洗浄し、750℃で再加熱した後に達成される同じ平衡値が再確立される。これらの観察全てを第5表にまとめる。
【0111】
第5表:
【表9】

【0112】
実施例10:高/低Ca含有量を有する同形態の比較
試料EX10A(1kgサイズ)をMn1/3Ni1/3Co1/3の金属組成を有する大量生産前駆体混合水酸化物から、前駆体をLi2CO3と混合し(ブレンド比1.1)、続いて960℃に加熱することによって、製造する。前駆体をすでに記載したスラリードーピングによって修飾した以外は、EX10Bを同様にして製造する。すなわち、合計400ppmのCaをCa(NO32の形態でゆっくりと、前駆体の水性スラリーに添加(滴下)し、続いて乾燥する(濾過しない)。
【0113】
第6A表および第6B表に結果をまとめる。
【0114】
第6A表
【表10】

【0115】
第6B表
【表11】

【0116】
第6A表および第6B表に示すように、Ca不純物レベルに加えて、3試料は全て、同じ前駆体から同様の条件下で製造された試料から予想されるように、非常に類似している。レーザー回折によって得られるPSDは同じである。先の実施例において観察されたのと同様に、Caを添加した試料は、最低含有量の可溶性塩基を示す。
【0117】
試料EX10AおよびEX10Cの粒径分布は同じであるにもかかわらず、カソードを水中に分散させた後の沈殿速度は、劇的に異なる。図6は、Ca処理されたLiMO2の沈殿実験の写真を示す:Caの添加:(1:左)0ppm、(2:右)400ppm:50mlのメスシリンダー(メモリ付シリンダー)中で5gの懸濁粒子を1分間沈殿させた後、「透明」溶液と粒子懸濁液層との間の離線の高さは、(1)27、(2)18mlであり、両シリンダー中の懸濁粒子は、わずか5分後にほぼ全て沈殿した。明らかに、Ca不純物の増加は、微粒子を劇的に減少させ、その結果、Caリッチなカソードがより早く沈殿する。
【0118】
実施例11:Ca以外の別の元素
この実施例は、金属組成M1=Mn0.33Ni0.38Co0.29を有する混合遷移金属水酸化物前駆体を前駆体として使用する。前駆体は、Caが低いが、予想されるようにいくらかの硫黄を含む。M2=Ni0.53Ni0,27Co0.2組成を有する混合水酸化物前駆体を用いて同様の実験を行う。
【0119】
前駆体をスラリードーピングによってドープする。すなわち、1000ppmのCa、Y、Sr、La、Ba、Feの硝酸塩溶液をそれぞれ添加する。参照をスラリードープしたが、金属は添加しなかった。スラリードーピング後、前駆体をLi2CO3と混合し、加熱処理した。ドーピングに加えて、最終組成(Li、Mn、Ni、Co)が非常に類似していた。
【0120】
塩基含有量を低下させる効率を比較するために、次のパラメータを考慮する:
(a)可溶性塩基含有量(=可溶性塩基/カソードの質量)
(b)比表面塩基(=可溶性塩基含有量/カソードの表面積)
(c)ドーパントのモル効率(マイクロモル)対ドーパントの質量効率(ppm)
【0121】
結果を下記第7A表(M1)および第7B表(M2)にまとめる。
【0122】
第7A表:Li−M酸化物(M=Mn0.33Ni0.38Co0.29)についてのCa、Y、Ba、Sr、Laの効率
【表12】

【0123】
第7B表:Li−M酸化物(M=Ni0.53Ni0.27Co0.2)についてのCa、Y、Ba、Sr、Laの効率の比較
【表13】

【0124】
結論は次のとおりである:
(a)塩基含有量:SrおよびCa、ならびにそれほどではないがYおよびBaが、可溶性塩基含有量を低下させるために最も有効である。
(b)最終試料は異なるBET面積を有し、したがって「比表面塩基含有量」が観察される:Ca、SrおよびY、ならびにそれほどではないがLaは、カソードの比表面塩基含有量を低下させる。
(c)質量効率:SrおよびCaが最も効率的である。モル効率:Yの高分子量(Caの2倍を超える)を考慮して、我々は、CaおよびYの両方は硫黄が原因の高塩基を中和するために最も有効であると結論づけることができた。Srはいくらか有効性が低く、Laは顕著であるが、低い有効性を示す。Baは、「比表面塩基含有量」において見られるように、有効でない。Feは不活性である(報告せず)。
【0125】
著者らは、有効な元素は、0.7〜1.2オングストロームのイオン半径を有すると推測する。特に、ほとんど類似しているが非常に小さなイオン半径(6配位Ca:0.99、Y:0.893Å)を有するCaおよびYは、Li−M酸化物の表面と非常によく適合するサイズを有する。イオン半径のさらに好適な範囲は、0.85〜1.15オングストロームである。
【0126】
実施例12:ストロンチウム対カルシウム
実施例11は、可溶性塩基の含有量を低下させるためのCa、Sr、La、Ba、Yの効率を比較した。
【0127】
しかし、実施例11は、焼結速度が異なる添加剤で変化し、非常に異なるBET値をもたらすことを考慮しなかった。実施例12は、CaおよびSrの効果をさらに慎重に比較する。
【0128】
添加物(CaまたはSr)を添加しない参照を、混合遷移金属水酸化物(M=Ni0.38Mn0.33Co0.28)およびLi2Co3の混合物から980℃で製造した。400および1000ppmのSrならびに400ppmのCaを添加したさらなる試料を製造した。各試料は1kgのMOOH+Li2CO3を使用した。添加物(Ca、Sr)をすでに記載した「スラリードーピング」プロセスによって添加した。適切な量のSr(NO32およびCa(NO32の溶液を、激しく撹拌しながら前駆体水酸化物の高粘度スラリーに添加した。
【0129】
焼結温度を調節して、同様の焼結を達成した。塩基含有量を測定し、単位格子容積および微結晶サイズをX線回折から得、電気化学的特性をコイン電池によって試験した。第8A表および第8B表に、製造条件結果をまとめる。
【0130】
第8A表:Sr、Caを添加した試料の製造および形態
【表14】

【0131】
第8B表:Sr、Caを添加した試料の電気化学的性能(容量、不可逆容量およびレート(0.1Cに対して)
【表15】

【0132】
全ての試料の形態(BET、粒子サイズ)は基本的に同じである。Ca添加は、塩基含有量を低下させるために最も有効である。1000ppmのSrは、塩基含有量を400ppmCaとほぼ同じであるが、これより少なく減少させる。しかし、Srは、塩基を減少させ、同時に400ppmのCa添加よりも電気化学的特性の低下が少ないので、興味深い。
【0133】
実施例13:何が最適のLi−Mn−Ni−Co組成であるか?
これまで、本発明は、実際の電池のカソードの安全性および安定性を決定する表面特性(表面特性は、pH滴定によって塩基含有量として測定される)が硫黄およびCa(特に)含有量によってしっかりと決定されることを証明した。著者らはさらに、他に何が塩基含有量を決定するかを理解するために、大量のデータを分析した。分析により、塩基含有量はさらにLi−M−O2のBET表面積に依存し、これもLi:M比およびNi:Mn比とともに確実に変化することが明らかにわかる。
【0134】
塩基含有量はBETとともに直線的に増加し、Li:M比の増加とともに、およびNi:Mn比の増加とともに増加する。第9表は、Li−M酸化物の典型例(Mは33%のCoを含む)を示す。
【0135】
第9表:異なる温度で製造された試料についてのNi:Mn比およびLi:M比の関数としての塩基含有量
【表16】

【0136】
著者らは、塩基含有量を低く保ちつつも、高い電気化学的性能の最適条件を達成するために、BETならびにLi:MおよびNi:Mn組成を最適化することを狙いとした。高BETであるが低Li:M、または低BETであるが高Li:Mによって同様の電気化学的性能を達成できることが示された。組成、BETおよび結晶化度の最適化を試みることによって、興味のある領域内で、ある含有量の二価Ni、高結晶化度を有する試料のみが、全体的に最適化されたカソードを達成することが可能であると理解された。
【0137】
下記第10表に、異なる遷移金属組成を有するLi−M−O2についLi:M化学量論範囲の好適な上限および下限を記載する。表中の列は、次の式を意味する。
(a)Li1+k1-k2とN1-a-bMnaCobおよび(b)Li[Lix/3Mn2X/3Niy/2Mn2/yCozNi1-x-y-z]O2は次のとおりである:
Ni、Mn、Coは遷移金属Mにおいてモル分率1−a−b、a、bであり、
「Ni:Mn」は、遷移金属MにおけるMnに対するNiのモル比(=(l−a−b)/a)であり、
「Li:M」は、Li:M(=(1+k)/(1−k)=(l+x/3)/(l−x/3)のモル比である。
「Ni2+」の列は、二価ニッケルの割合の2倍である(=2*y/4)。
【0138】
第10表:異なる遷移金属組成を有するLi−M−O2についてLi:M化学量論範囲の好適な上限および下限
【表17】

【0139】
データの分析によって、次のことが明らかになる。
(1)Ni:Mn=1である場合、良好な全体的性能を得ることは困難である。Ni:Mn>1によって、良好な電気化学的性能が可能になる。
(2)最適Li:M化学量論範囲は、遷移金属組成に依存する。
【0140】
カソードLi1+a1-a2が2モルの金属(Li+M)あたり11.5〜13.5%の二価ニッケルを含む場合に、最適Li:Mが達成される。
【0141】
最適Li:Mは、Ni:Mが増加するにつれて減少する。
(a)Ni:Mn=0.95 :Li:M=1.07
(b)Ni:Mn=1.05 :Li:M=1.06
(c)Ni:Mn=1.2 :Li:M=1.05
(d)Ni:Mn=1.3 :Li:M=1.04
同様の実験を、M=Mn0.45Ni0.45Co0.1、M=Ni0.67Mn0.22Co0.11、M=Ni0.53Mn0.26Co0.2、M=Ni0.5Mn0.3Co0.2、M=Ni0.55Mn0.3Co0.15、M=Mn0.4Ni0.5Co0.1、Mn0.33Ni0.39Co0.28、Mn033Ni0.37Co0.3をはじめとする様々な金属組成について繰り返した。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
層状結晶構造Li1+a1-a2±bM’km(−0.03<a<0.06、b≒0)を有する粉末状リチウム遷移金属酸化物であって、
Mが、少なくとも95%の、Ni、Mn、CoおよびTiの群のいずれか1つまたはそれより多くの元素からなる遷移金属化合物であり、
M’が、粉末状酸化物の表面上に存在し、かつ周期律表の第2族、第3族、または第4族(IUPAC)のいずれか1つまたはそれより多くの元素からなり、前記第2族、第3族、または第4族元素のそれぞれは、0.7〜1.2オングストロームのイオン半径を有するが、M’はTiを含まず、
0.015<k<0.15(kは質量%で表す)、および0.15<m≦0.6(mはモル%で表す)である、粉末状リチウム遷移金属酸化物。
【請求項2】
Mが、少なくとも99%の、Ni、Mn、Co、Al、MgおよびTiの群のいずれか1つまたはそれより多くの元素からなることを特徴とする、請求項1に記載の粉末状リチウム遷移金属酸化物。
【請求項3】
M’が、Ca、Sr、Y、La、CeおよびZrの群のいずれか1つまたはそれより多くの元素からなり、0.0250<k≦0.1(質量%)であることを特徴とする、請求項1または2に記載の粉末状リチウム遷移金属酸化物。
【請求項4】
M’がCaであり、0.0250≦k<0.0500、好ましくはk≦0.0400(質量%)であることを特徴とする、請求項1または2に記載の粉末状リチウム遷移金属酸化物。
【請求項5】
0.25≦m≦0.6(モル%)であることを特徴とする、請求項1から4までのいずれか1項に記載の粉末状リチウム遷移金属酸化物。
【請求項6】
M=NixMnyCoz(式中、0.1≦x≦0.7、0.1≦y≦0.7、0.1≦z≦0.7、およびx+y+z=l)であることを特徴とする、請求項1から5までのいずれか1項に記載の粉末状リチウム遷移金属酸化物。
【請求項7】
1.0≦x/y≦1.3および0.1<z<0.4であり、全金属Li1+a1-aあたり10〜15原子%のNi2+、好ましくは11.5〜13.5原子%を含むことを特徴とする、請求項6に記載の粉末状リチウム遷移金属酸化物。
【請求項8】
x=y=z=0.33であることを特徴とする、請求項7に記載の粉末状リチウム遷移金属酸化物。
【請求項9】
活性物質として請求項1から8までのいずれか1項に記載の粉末状リチウム遷移金属酸化物を含むカソードを含む、電気化学電池。
【請求項10】
請求項1から9までのいずれか1項に記載の粉末状リチウム遷移金属酸化物を製造する方法であって、
− Mの硫酸塩、沈降剤、好ましくはNaOHまたはNa2CO3、および錯化剤の混合物を提供し、これによって
− Mの水酸化物、オキシ水酸化物または炭酸塩前駆体を、所与の硫黄含有量を有する前記混合物から沈殿させ、
− 塩基を添加しつつ、前記前駆体を熟成させ、これによってある塩基:前駆体比を得、続いて水で洗浄し、乾燥させ、
− 前記熟成させたMの水酸化物またはオキシ水酸化物前駆体をLi前駆体、好ましくはLi2CoO3と混合し、
− 前記混合物を少なくとも900℃、好ましくは少なくとも950℃の温度Tで、1時間〜48時間の時間tにわたり焼結させ、これによって焼結生成物を得る
ステップを含む、粉末状リチウム遷移金属酸化物の製造方法において、
− M’の塩を、前記Mの硫酸塩を含む混合物に添加するか、または
− M’を熟成中に前記塩に添加するか、または
− M’を前記洗浄ステップで使用する水に添加するか、または
− M’塩溶液を、前記焼結生成物を水中に懸濁させることによって製造されるスラリーに添加し、続いて乾燥するか
のいずれかであることを特徴とする方法。
【請求項11】
M’=Caであり、前記塩が、Ca(NO32およびCaCl2のいずれか一方である、請求項10に記載の粉末状リチウム遷移金属酸化物の製造方法。
【請求項12】
所与の塩基:前駆体比を選択することによって、前記熟成ステップ中に、前記所与の硫黄含有量を制御する、請求項10または11に記載の粉末状リチウム遷移金属酸化物の製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公表番号】特表2010−535699(P2010−535699A)
【公表日】平成22年11月25日(2010.11.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−520457(P2010−520457)
【出願日】平成20年8月4日(2008.8.4)
【国際出願番号】PCT/EP2008/006409
【国際公開番号】WO2009/021651
【国際公開日】平成21年2月19日(2009.2.19)
【出願人】(509126003)ユミコア ソシエテ アノニム (23)
【氏名又は名称原語表記】Umicore S.A.
【住所又は居所原語表記】Rue du Marais 31, B−1000 Brussels, Belgium
【Fターム(参考)】