説明

硬質被膜、および硬質被膜被覆工具

【課題】耐溶着性、耐摩耗性、および耐熱性の何れについても優れた性能が得られる硬質被膜を提供する。
【解決手段】ボールエンドミル10の刃部14の表面にコーティングされた硬質被膜20は、(Ala Cr(1-a-b) b ) Cc (1-c) 〔但し、a、b、cはそれぞれ原子比で、0.4≦a≦0.8、0.01≦b≦0.05、0≦c≦0.5の範囲内〕から成るI層20aと、CrCd (1-d) 〔但し、dは原子比で、0≦d≦0.5の範囲内〕から成るII層20bとが、1nm以上の積層周期Tp で交互に1周期以上積層され、総膜厚Ttotal が0.1μm〜10μmの範囲内とされている。AlCrN系のI層20aは高硬度で優れた耐摩耗性が得られ、CrN系のII層20bは低摩擦係数で優れた耐溶着性が得られる一方、I層20aにY(イットリウム)が所定の原子比で添加されることにより、高温での耐酸化性が向上して優れた耐熱性が得られるようになる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は硬質被膜に係り、特に、耐溶着性、耐摩耗性、および耐熱性に優れた硬質被膜に関するものである。
【背景技術】
【0002】
高速度工具鋼や超硬合金等の工具母材などの所定の部材の表面に硬質被膜を設けることが広く行われている(特許文献1〜5参照)。そして、例えば特許文献1には、耐摩耗性に優れたA層の上に耐溶着性に優れたB層を設けることが提案されており、A層はTi、Cr、Al、Si等の窒化物、炭窒化物などで、B層はTi、Cr、Al、Si等の酸化物、硼化物などである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2007−15106号公報
【特許文献2】特開2007−119795号公報
【特許文献3】特開2007−2332号公報
【特許文献4】特開2006−307323号公報
【特許文献5】特開2004−130514号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、このような従来の硬質被膜においても、耐溶着性に優れているとともに耐摩耗性および耐熱性(高温での耐酸化性)を何れも十分に満足できるものは見当たらない。例えば低摩擦係数で耐溶着性に優れたCrN被膜と、高硬度で耐摩耗性に優れたAlCrN被膜とを積層した場合、何れの被膜も十分な耐熱性が得られないため、高速や高負荷(高能率)での乾式切削加工、或いは調質材に対する乾式切削加工など高温となる加工条件で使用した場合に、高温での酸化により被膜が早期に損傷、脱落して十分な耐久性(工具寿命)が得られないという問題があった。
【0005】
本発明は以上の事情を背景として為されたもので、その目的とするところは、耐溶着性、耐摩耗性、および耐熱性の何れについても優れた性能が得られる硬質被膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
かかる目的を達成するために、第1発明は、所定の部材の表面上に設けられる耐溶着性、耐摩耗性、および耐熱性に優れた硬質被膜であって、(a) (Ala Cr(1-a-b) b ) Cc (1-c) 〔但し、a、b、cはそれぞれ原子比で、0.4≦a≦0.8、0.01≦b≦0.05、0≦c≦0.5の範囲内〕から成るI層と、CrCd (1-d) 〔但し、dは原子比で、0≦d≦0.5の範囲内〕から成るII層とが、1nm以上の積層周期で交互に1周期以上積層され、総膜厚が0.1μm〜10μmの範囲内とされていることを特徴とする。
なお、上記積層周期は、I層およびII層の1周期分の膜厚すなわちI層の膜厚とII層の膜厚とを加算した膜厚である。
【0007】
第2発明は、第1発明の硬質被膜において、前記積層周期は1nm〜20nmの範囲内であることを特徴とする。
【0008】
第3発明は、第1発明の硬質被膜において、前記積層周期は20nm以上であることを特徴とする。
【0009】
第4発明は硬質被膜被覆工具に関するもので、第1発明〜第3発明の何れかの硬質被膜で工具母材の表面が被覆されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
第1発明の硬質被膜によれば、AlCrN系のI層は高硬度であるため、優れた耐摩耗性が得られる一方、CrN系のII層は低摩擦係数であるため、摩擦による発熱が抑制されて優れた耐溶着性が得られる。また、I層にY(イットリウム)が0.01〜0.05の原子比の範囲内で添加されることにより、耐摩耗性を損なうことなく高温での耐酸化性が向上して優れた耐熱性が得られるようになるため、熱による硬質被膜の損傷が抑制される。更に、これ等のI層およびII層が1nm以上の積層周期で交互に1周期以上積層されることにより、被膜硬さが一層高くなって耐摩耗性が向上するとともに、0.1μm〜10μmの範囲内の十分な総膜厚を確保することができる。このように耐溶着性、耐摩耗性、および耐熱性の何れについても優れた性能が得られるため、例えば第4発明のような硬質被膜被覆工具に適用すれば、高速や高負荷での乾式切削加工、或いは調質材に対する乾式切削加工など高温となる加工条件で使用した場合でも、優れた耐久性(工具寿命)が得られるようになる。
【0011】
第2発明では、I層とII層の積層周期が1nm〜20nmの範囲内で比較的小さいため、それだけ多層で積層されるようになり、被膜硬さが更に向上する。これにより、例えば炭素鋼やアルミニウム合金等に対する高速乾式切削などで一層優れた耐久性向上効果が得られる。
【0012】
第3発明では、I層とII層の積層周期が20nm以上であるため、一層優れた耐熱性が得られるようになり、ダイス鋼(JISで規定のSKDなど)等の調質材に対する乾式切削などで一層優れた耐久性向上効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明が適用されたボールエンドミルを示す図で、(a) は軸心と直角方向から見た正面図、(b) は先端側から見た拡大底面図、(c) は硬質被膜が設けられた刃部の表面近傍の拡大断面図である。
【図2】複数種類の本発明品、比較品、および従来品を用いて耐久性試験を行なう際の試験条件を説明する図である。
【図3】図2の耐久性試験で用いた試験品の被膜構造を具体的に示すとともに、耐久性試験の試験結果を説明する図である。
【図4】図3の試料No1、No2、No9、No15と同じ硬質被膜で被覆された試験品をそれぞれ2本ずつ用いて、図2とは異なる試験条件で耐久性試験を行なう際の試験条件を説明する図である。
【図5】図4の耐久性試験の試験結果を説明する図である。
【図6】図3の試料No2およびNo16と同じ硬質被膜で被覆された試験品をそれぞれ4本ずつ用意し、切削速度を変更して耐久性試験を行なう際の試験条件を説明する図である。
【図7】図6の耐久性試験の試験結果を説明する図である。
【図8】複数種類の本発明品、比較品、および従来品を用いて更に異なる試験条件で耐久性試験を行なう際の試験条件を説明する図である。
【図9】図8の耐久性試験で用いた試験品の被膜構造を具体的に示すとともに、耐久性試験の試験結果を説明する図である。
【図10】図3および図9における試料No1、No2、No9、No29、No34と同じ硬質被膜を設けたテストピースを用いて摩擦係数試験を行う際のピンオンディスク式摩擦試験装置を説明する概念図である。
【図11】図10の装置を用いて調べた摩擦係数と併せて酸化試験で測定した酸化層厚さを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、エンドミルやタップ、ドリルなどの回転切削工具の他、バイト等の非回転式の切削工具、或いは転造工具など、種々の加工工具の表面に設けられる硬質被膜に好適に適用されるが、半導体装置等の表面保護膜など加工工具以外の部材の表面に設けられる硬質被膜にも適用できる。硬質被膜被覆工具の工具母材としては、超硬合金や高速度工具鋼、合金工具鋼、サーメット、セラミックス、多結晶ダイヤモンド(PCD)、単結晶ダイヤモンド、多結晶CBN、単結晶CBNが好適に用いられるが、他の工具材料を採用することもできる。
【0015】
硬質被膜の形成手段としては、アークイオンプレーティング法やスパッタリング法、PLD(Puls LASER Deposition )法等のPVD法(物理蒸着法)が好適に用いられる。硬質被膜を構成するAlCrY、Crの合金や金属元素については、例えば同じ組成の金属ターゲットを用意すれば良く、C(炭素)の供給については、反応ガス(炭化水素ガスなど)或いは固体ターゲット(Cターゲット、C含有ターゲット)の何れの方法でも良い。N(窒素)については、反応ガスの供給で添加することができる。
【0016】
硬質被膜被覆工具は、例えば高速や高負荷での乾式切削加工、或いは調質材に対する乾式切削加工など高温となる加工条件で使用する場合に好適に用いられ、優れた耐久性(工具寿命)が得られるようになるが、耐溶着性や耐摩耗性、耐熱性がそれ程要求されない加工条件下、例えば切削油剤を用いた切削加工等で使用することも勿論可能である。
【0017】
I層およびII層におけるCは、その原子比c、dが何れも0を含んでおり、Cを含まない場合でも良い。すなわち、I層およびII層は、何れもCおよびNの両方を含む炭窒化物(AlCrYCN、CrCN)でも、Nのみを含む窒化物(AlCrYN、CrN)でも良い。
【0018】
I層およびII層の積層順は適宜定められ、所定の部材の表面上にI層から積層してもII層から積層しても良い。また、必ずしも交互に偶数層積層する必要はなく、奇数層であっても良い。すなわち、I層から積層して最表面にI層が設けられたり、II層から積層して最表面にII層が設けられたりしても良い。十分な耐溶着性を確保する上で、摩擦係数が小さいII層が最表面に設けられることが望ましいが、I層が最表面に設けられる場合でもII層の存在で所定の耐溶着性が得られる。耐摩耗性や耐熱性が特に要求される場合など、I層が最表面に設けられても良い。
【0019】
所定の部材の表面上に本発明の硬質被膜、すなわちI層およびII層を交互に積層した硬質被膜を直接設けることもできるが、密着性を向上させるために所定の下地層を設けることも可能である。下地層としては、例えば元素の周期表のIVa族、Va族、VIa族、Y、およびSiCの中の1種類以上を含む窒化物、炭窒化物の単層が適当である。
【0020】
硬質被膜の総膜厚は0.1μm〜10μmの範囲内であるが、0.1μm未満の場合は硬質被膜としての性能が十分に得られず、10μmを超えると切削工具の刃先が丸くなるなどして工具性能が損なわれる可能性がある。この総膜厚は、I層およびII層を交互に積層した部分の膜厚で、前記下地層が設けられる場合、その下地層の膜厚は含まない。
【0021】
I層およびII層は、1nm以上の積層周期で積層されるが、最大でも1000nm程度以下が適当である。積層周期数(=総膜厚/積層周期)は、総膜厚が0.1μm〜10μmの範囲内となるように積層周期に応じて適宜定められ、少なくともI層およびII層が1層ずつ(積層周期数=1)設けられれば良いが、積層周期が1nm〜20nm程度の範囲内の場合、積層周期数は例えば100〜1200程度の範囲内が適当である。積層周期が20nm〜1000nm程度の範囲内の場合、積層周期数は例えば3〜100程度の範囲内が適当である。
【0022】
I層およびII層の膜厚は均等でも良いが、要求性能に応じて不均等とすることも可能である。例えば、耐溶着性が特に要求される場合はII層の膜厚を厚くし、耐摩耗性や耐熱性が特に要求される場合はI層の膜厚を厚くしても良い。この膜厚の設定は、例えばターゲットの使用数量を変えることにより、膜厚比を1:1、1:2、1:3、3:1、2:1などとすることができる。また、ターゲット出力を変化させることにより、積層周期を連続的或いは段階的に変化させることも可能で、最表面側程積層周期を小さくしたり大きくしたりすることができる。但し、所定の被膜性能を得る上で、I層およびII層はそれぞれ0.5nm以上の膜厚を有することが望ましい。最表面の層の膜厚については、他の層と別個に独立に定めることも可能である。
【実施例】
【0023】
以下、本発明の実施例を、図面を参照しつつ詳細に説明する。
図1は、本発明が適用された硬質被膜被覆工具の一例であるボールエンドミル10を説明する図で、(a) は軸心と直角方向から見た正面図、(b) は先端側((a) の図の右方向)から見た拡大底面図であり、超硬合金にて構成されている工具母材12にはシャンクに連続して刃部14が一体に設けられている。刃部14には、切れ刃として一対の外周刃16およびボール刃18が軸心に対して対称的に設けられており、軸心まわりに回転駆動されることによりそれ等の外周刃16およびボール刃18によって切削加工が行われるとともに、その刃部14の表面には硬質被膜20がコーティングされている。図1(a) の斜線部は硬質被膜20を表しており、図1の(c) は、硬質被膜20がコーティングされた刃部14の表面近傍の断面図である。ボールエンドミル10は回転切削工具で、工具母材12は硬質被膜20が設けられる所定の部材に相当する。
【0024】
図1(c) から明らかなように、硬質被膜20はI層20aおよびII層20bを交互に1周期以上積層した多層構造で、本実施例ではアークイオンプレーティング装置を用いて、ターゲットや反応ガスを切り換えることにより連続的に形成されている。工具母材12の表面に接して設けられるI層20aは、(Ala Cr(1-a-b) b ) Cc (1-c) 〔但し、a、b、cはそれぞれ原子比で、0.4≦a≦0.8、0.01≦b≦0.05、0≦c≦0.5の範囲内〕にて構成されており、I層20aと交互に積層されるとともに最表面に設けられるII層20bは、CrCd (1-d) 〔但し、dは原子比で、0≦d≦0.5の範囲内〕にて構成されている。これ等のI層20aおよびII層20bの膜厚は何れも0.5nm以上で、且つそれ等の膜厚を合わせた積層周期Tp は1nm以上であり、本実施例では工具母材12に接する最下部から最表面まで一定の積層周期Tp で積層されている。また、この硬質被膜20の総膜厚Ttotal は、0.1μm〜10μmの範囲内である。
【0025】
上記I層20aおよびII層20bの膜厚比は、ターゲットの使用数量を変えることにより、1:1、1:2、1:3、3:1、2:1など適宜設定される。例えば耐溶着性や耐熱性等の要求性能に応じて膜厚比を変えることが可能で、耐溶着性が特に要求される場合は摩擦係数が低いII層20bの膜厚を相対的に厚くし、耐摩耗性や耐熱性が特に要求される場合は高硬度のI層20aの膜厚を相対的に厚くすることが可能である。
【0026】
なお、本実施例では硬質被膜20が工具母材12に接するように設けられているが、例えば密着性を高めるために元素の周期表のIVa族、Va族、VIa族、Y、およびSiCの中の1種類以上を含む窒化物、炭窒化物の単層から成る下地層を、硬質被膜20と工具母材12との間に介在させることもできる。
【0027】
また、本実施例ではI層20aとII層20bとが別々に形成されているが、I層20aとII層20bとの境界部分に、両者の組成が混ざった混合層が僅かな厚さ(例えば積層周期Tp の10%以下)で設けられても良い。この混合層は、例えばI層20aを形成するためのターゲットおよび反応ガスからII層20bを形成するためのターゲットおよび反応ガスに切り換えるタイミングをずらし、I層20aを形成するためのターゲットおよび反応ガスと、II層20bを形成するためのターゲットおよび反応ガスとを、所定時間だけ重複して用いることにより、第I層20aに連続して形成することができる。また、その状態でI層20aを形成するためのターゲットへの通電(アーク放電)および反応ガスの供給を停止すれば、混合層から連続してII層20bに切り換えることができる。反応ガスが共通であれば、ターゲットへの通電のみを切り換えれば良い。II層20bからI層20aへ切り換える際にも同様にして混合層が設けられても良い。
【0028】
図3に示す試料No1〜No8は本発明品で、積層周期Tp が1nm〜20nmの範囲内の例であり、積層周期数(総膜厚Ttotal /積層周期Tp )は125〜1100で比較的多い。図9に示す試料No17〜No30も本発明品で、積層周期Tp が20nm〜1000nmの範囲内の例であり、積層周期数は5〜60で比較的少ない。なお、これ等の図3、図9の「被膜成分」の欄の各元素の後に記載されている小数は原子比である。
【0029】
このような本実施例のボールエンドミル10の硬質被膜20によれば、AlCrN系のI層20aは高硬度であるため、優れた耐摩耗性が得られる一方、CrN系のII層20bは低摩擦係数であるため、摩擦による発熱が抑制されて優れた耐溶着性が得られる。また、I層20aにY(イットリウム)が0.01〜0.05の原子比の範囲内で添加されることにより、耐摩耗性を損なうことなく高温での耐酸化性が向上して優れた耐熱性が得られるようになるため、熱による硬質被膜20の損傷が抑制される。更に、これ等のI層20aおよびII層20bが1nm以上の積層周期Tp で交互に1周期以上積層されることにより、被膜硬さが一層高くなって耐摩耗性が向上するとともに、0.1μm〜10μmの範囲内の十分な総膜厚Ttotal を確保することができる。
【0030】
このように本実施例の硬質被膜20は耐溶着性、耐摩耗性、および耐熱性の何れについても優れた性能が得られるため、高速や高負荷での乾式切削加工、或いはダイス鋼等の調質材に対する乾式切削加工など高温となる加工条件で使用した場合でも、優れた耐久性(工具寿命)が得られるようになる。特に、積層周期Tp が1nm〜20nmの範囲内で比較的小さい図3の本発明品(試料No1〜No8)では、積層周期Tp が小さい分だけ積層周期数が多くなって多層で積層されるため、被膜硬さが更に向上し、例えば炭素鋼やアルミニウム合金等に対する高速乾式切削などで一層優れた耐久性向上効果が得られる。また、積層周期Tp が20nm〜1000nmの範囲内で比較的大きい図9の本発明品(試料No17〜No30)では、一層優れた耐熱性が得られるようになり、ダイス鋼等の調質材に対する乾式切削などで一層優れた耐久性向上効果が得られる。
【0031】
次に、工具母材12が超硬合金製で直径が6mm(先端R=3mm)、2枚刃の本実施例のボールエンドミル10と、硬質被膜20を構成しているI層20a、II層20bの有無や被膜成分、原子比、総膜厚Ttotal 、積層周期Tp 等が本発明(請求項1)の要件を満たしていない比較品や従来品を用意し、被膜硬さ(HV0.025)を測定するとともに、図2に示す試験条件で炭素鋼(JISで規定のS50C)に対してエアブローによる乾式切削加工(ピック加工)を行い、300m切削加工した後のボール刃18の逃げ面摩耗幅(mm)により耐久性を調べたところ、図3に示す結果が得られた。図3の試料No1〜No8は本発明品で、積層周期Tp が1nm〜20nmの範囲内で比較的小さい場合である。試料No9〜No14は比較品で、網掛け(散点)を付した欄は本発明の要件から外れている項目である。試料No15、No16は従来品である。また、逃げ面摩耗幅(mm)は2枚のボール刃18の最大値で、許容範囲を0.1mm以下として合否判定を行った。なお、被膜硬さ(HV0.025)については測定が容易でないため、一部の試験品についてのみ調べ、記載の無いものは測定を省略した。
【0032】
図3の結果から明らかなように、試料No1〜No8の本発明品は、何れも逃げ面摩耗幅が0.06〜0.08mmで許容範囲内(0.1mm以下)である。これに対し、試験品No9〜No16の比較品および従来品は、何れも逃げ面摩耗幅が許容範囲(0.1mm)を超えており、十分な耐久性(工具寿命)が得られなかった。被膜硬さは、試験品No1〜No8の本発明品では2950〜3490であるのに対し、比較品および従来品は2700〜2850で、本発明品に比べてやや低く、この被膜硬さの相違に加えて耐溶着性や耐熱性の違いが総合的に耐久性(逃げ面摩耗幅)に影響しているものと考えられる。
【0033】
図4および図5は、図3の試料No1、No2、No9、およびNo15と同じ硬質被膜が設けられた超硬合金製で直径が6mmの4枚刃のスクエアエンドミルをそれぞれ2本ずつ用意し、炭素鋼(JISで規定のS50C)に対してエアブローによる乾式切削加工(溝加工)を行って、工具寿命に達するまでの切削距離を調べた結果を説明する図である。図4は試験条件を示した図で、工具寿命は、4枚の切れ刃の外周逃げ面摩耗幅(mm)の最大値が0.1mmに達したことで判定した。図5は、試験結果(切削距離)を示す図で、試料No1、No2の本発明品は何れも切削距離の平均が100mを超えているのに対し、試料No9の比較品および試料No15の従来品は70m前後で、過酷な切削条件で工具が高温になる場合でも、耐熱性(高温での耐酸化性)に優れた本発明品によれば、比較品や従来品に比較して約1.5倍の耐久性が得られる。
【0034】
図6および図7は、図3の試料No2(本発明品)およびNo16(従来品)と同じ硬質被膜が設けられた超硬合金製で直径が15mmの4枚刃のスクエアエンドミルをそれぞれ4本ずつ用意し、4種類の切削速度で炭素鋼(JISで規定のS50C)に対してエアブローによる乾式切削加工(側面切削)を行って、工具寿命に達するまでの切削距離を調べた結果を説明する図である。図6は試験条件を示した図で、工具寿命は、4枚の切れ刃の外周逃げ面摩耗幅(mm)の最大値が0.1mmに達したことで判定した。図7は、試験結果(切削距離)を示す図で、切削速度が遅い領域では耐久性能に大きな差は見られないが、切削速度が増すにつれて、言い換えれば工具が高温になる過酷な切削条件になるにつれて、耐熱性に優れた本発明品(試料No2)と従来品(試料No16)との耐久性の差が顕著になる。なお、本発明品(試料No2)では、切削速度が速くなるに従って切削距離が長くなる傾向が見られるが、これは切削速度の増大により切削熱が上昇し、被削材が軟化する傾向にあるが、耐熱性に優れた本発明の硬質被膜は高温での硬さ低下が少ないためと考えられる。従来品(試料No16)の場合は、切削速度の増大による発熱で硬質被膜が損傷(酸化)し、耐摩耗性が低下するため、被削材が軟化しても耐久性向上に殆ど寄与しないものと考えられる。
【0035】
図8および図9は、前記実施例と同様に超硬合金製で直径が6mm(先端R=3mm)、2枚刃の本発明のボールエンドミル10と、硬質被膜20を構成しているI層20a、II層20bの有無や被膜成分、原子比、総膜厚Ttotal 、積層周期Tp 等が本発明(請求項1)の要件を満たしていない比較品や従来品を用意し、被膜硬さ(HV0.025)を測定するとともに、図8に示す試験条件でダイス鋼(JISで規定のSKD11)に対してエアブローによる乾式切削加工(ポケット加工)を行い、10ポケット加工後のボール刃18の逃げ面摩耗幅(mm)により耐久性を調べた結果を説明する図である。図8の切込みapは、深さ方向(軸方向)の切込み寸法で、切込みPfは、図2(b) に示すピックフィードである。図9の試料No17〜No30は本発明品で、積層周期Tp が20nm〜1000nmの範囲内で比較的大きい場合である。試料No31〜No33は比較品で、網掛け(散点)を付した欄は本発明の要件から外れている項目である。試料No34、No35は従来品である。また、逃げ面摩耗幅(mm)は2枚のボール刃18の最大値で、許容範囲を0.1mm以下として合否判定を行った。なお、被膜硬さ(HV0.025)については測定が容易でないため、一部の試験品についてのみ調べ、記載の無いものは測定を省略した。
【0036】
図9の結果から明らかなように、試料No17〜No30の本発明品は、何れも逃げ面摩耗幅が0.06〜0.09mmで許容範囲内(0.1mm以下)である。これに対し、試験品No31〜No35の比較品および従来品は、何れも逃げ面摩耗幅が許容範囲(0.1mm)を超えており、十分な耐久性(工具寿命)が得られなかった。被膜硬さは、本発明品では2840〜2900で、比較品および従来品では2700〜2850であるが、測定誤差や個体差を考慮すると殆ど差がないものと考えられ、耐溶着性や耐熱性の相違が耐久性(逃げ面摩耗幅)に大きく影響しているものと考えられる。特に、積層周期Tp が20nm〜1000nmの範囲内で比較的大きい本発明品(試料No17〜No30)は、優れた耐熱性が得られ、ダイス鋼の切削加工に対する耐久性が向上する。
【0037】
図10は、直径が6mmの円柱形状で、先端ラップ面がR5の球面とされた超硬テストピースにおいて、そのラップ面に前記試料No1、No2、No9、No29、No34と同じ硬質被膜をコーティングしたものを用意し、ピンオンディスク式摩擦試験装置を用いて摩擦係数を測定する測定方法の概念図である。そして、以下の試験条件で摩擦係数を調べたところ、図11に示す結果が得られた。
《試験条件》
・相手材:S50C(JISの規定による機械構造用炭素鋼)
・荷重:0.5N
・線速度:100mm/s
・時間:600秒
・試験雰囲気:大気
【0038】
図11の「摩擦係数」の欄に示すように、試料No1、No2、No29の本発明品は何れも摩擦係数が0.5未満で、優れた耐溶着性が得られるのに対し、試料No34の従来品は摩擦係数が0.5以上で、溶着により十分な耐久性が得られない可能性がある。試料No9の比較品の摩擦係数は0.45で、0.5未満の許容範囲内であるが、本発明品に比べると大きく、本発明品の方が優れた耐溶着性が得られる。本発明品の中でも、積層周期Tp が1nm〜20nmの範囲内の試料No1およびNo2は、積層周期Tp が20nm〜1000nmの範囲内の試料No29に比べて小さく、一層優れた耐溶着性が得られる。
【0039】
上記摩擦係数試験を行った試料No1、No2、No9、No29、No34の5種類の硬質被膜について、同じく直径が6mmの円柱形状で先端がR5の球面とされた超硬テストピースにそれ等の硬質被膜をコーティングしたものを用意し、以下の試験条件で耐熱性(耐酸化性)試験を行なって酸化層厚さ(μm)を測定した。結果を、前記摩擦係数試験の結果と併せて前記図11に示す。
《試験条件》
・加熱温度:1000℃(昇温時間:40分 保持時間:10分)
・装置:電気炉
・試験雰囲気:大気
【0040】
図11の「酸化層厚さ」の欄に示すように、試料No1、No2、No29の本発明品は何れも1.0μm未満で、優れた耐熱性が得られるのに対し、試料No9の比較品および試料No34の従来品は何れも1.0μm以上で耐熱性が悪く、例えば高速での乾式切削加工等の高温になる加工条件では十分な耐久性が得られない可能性がある。本発明品の中でも、積層周期Tp が20nm〜1000nmの範囲内の試料No29は、積層周期Tp が1nm〜20nmの範囲内の試料No1、No2に比べて酸化層厚さが小さく、一層優れた耐熱性が得られる。
【0041】
以上、本発明の実施例を図面に基づいて詳細に説明したが、これ等はあくまでも一実施形態であり、本発明は当業者の知識に基づいて種々の変更,改良を加えた態様で実施することができる。
【符号の説明】
【0042】
10:ボールエンドミル(硬質被膜被覆工具) 12:工具母材(所定の部材) 20:硬質被膜 20a:I層 20b:II層 Tp :積層周期 Ttotal :総膜厚

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の部材の表面上に設けられる耐溶着性、耐摩耗性、および耐熱性に優れた硬質被膜であって、
(Ala Cr(1-a-b) b ) Cc (1-c) 〔但し、a、b、cはそれぞれ原子比で、0.4≦a≦0.8、0.01≦b≦0.05、0≦c≦0.5の範囲内〕から成るI層と、CrCd (1-d) 〔但し、dは原子比で、0≦d≦0.5の範囲内〕から成るII層とが、1nm以上の積層周期で交互に1周期以上積層され、総膜厚が0.1μm〜10μmの範囲内とされている
ことを特徴とする硬質被膜。
【請求項2】
前記積層周期は1nm〜20nmの範囲内である
ことを特徴とする請求項1に記載の硬質被膜。
【請求項3】
前記積層周期は20nm以上である
ことを特徴とする請求項1に記載の硬質被膜。
【請求項4】
請求項1〜3の何れか1項に記載の硬質被膜で工具母材の表面が被覆されていることを特徴とする硬質被膜被覆工具。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2011−45970(P2011−45970A)
【公開日】平成23年3月10日(2011.3.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−197450(P2009−197450)
【出願日】平成21年8月27日(2009.8.27)
【出願人】(000103367)オーエスジー株式会社 (180)
【Fターム(参考)】