説明

磁性多層膜のX線磁気円2色性の測定方法

【課題】磁性多層膜中の磁気特性を乱すことなくX線磁気円2色性を測定し、層界面近傍の磁気特性又は膜厚方向の磁気特性分布を観測する。
【解決手段】磁性多層膜1の積層構造に基づく干渉により反射X線強度が強くなる入射角θで入射したX線5により、磁性多層膜1中に励起される定在波の電界強度E(イ)、E(ロ)が、磁性多層膜1中の層1a、1bの界面で最大強度を有するように入射角θを制御し、入射X線5を進行方向に対して右廻り円偏光及び左廻り円偏光に切換え、切換え前後のX線吸収の差分を測定して、磁性多層膜1のX線磁気円2色性を測定する。定在波の腹及び節の位置を入射角θにより制御し、最大電界強度の位置を測定すべき界面に合わせることで、界面近傍の磁気特性が選択的に測定される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
2層以上の異なる磁性薄膜が積層された磁性多層膜の積層方向に分布を有するX線磁気円2色性の測定方法に関し、とくに積層界面近傍の磁気スピンに起因するX線磁気円2色性の測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
X線磁気円2色性(XMCD)は、磁性原子の種類別にその原子の磁性状態、例えば磁気モーメント及び磁気ヒステリシスを観測することができるため、垂直磁気記録用の磁気ヘッド或いは磁気スピンを利用するMRAM等に用いられる磁性多層膜の磁気特性を解析する有力な手段として開発が進められている。
【0003】
従来のX線磁気円2色性の測定は、測定すべき磁性膜にX線を照射し、透過X線の吸収を観測することでX線磁気円2色性を測定していた。(例えば特許文献1を参照。)。しかし、X線は透過率が高く磁性多層膜を容易に透過するため、磁性多層膜を構成する極めて薄い(数nm程度より薄い)磁性薄膜の一層のみあるいは薄膜界面近傍のみを選択して観測することができない。このため、磁性膜全層にわたる平均的な磁性状態が知得されるのみで、磁性多層膜における磁性状態の分布、とくに薄膜界面近傍の磁性状態を観測することは困難であった。
【0004】
磁性多層膜中の膜厚方向の磁性状態分布を観測するために、磁性薄膜の膜厚を変えてX線磁気円2色性を測定する方法が開示されている。(例えば非特許文献1を参照。)
この方法では、磁性薄膜の膜厚が異なる複数の磁性多層膜を作製し、各磁性多層膜のX線磁気円2色性を測定する。そして、磁性薄膜の膜厚とX線磁気円2色性の観測値から、薄膜界面近傍の磁性状態を推定する。なお、測定は、入射X線の波長を走査して、正負の円偏光における反射X線の吸収の差分の波長依存性を観測することでなされた。
【0005】
しかし、かかる磁性薄膜の膜厚が異なる磁性多層膜について観測された磁性状態が、本来の膜厚を有する磁性薄膜中の磁性状態を表す保証はなく信頼性に乏しい。なぜなら、磁性薄膜が薄くなると、形状異方性が大きくなり、さらに界面近傍の磁性状態が変わることが予想されるからである。
【0006】
さらに、この方法では磁性状態の分布や薄膜界面近傍の磁性状態を観測するために、異なる膜厚の磁性薄膜を有する複数の磁性多層膜を測定する必要がある。このような複数の試料を準備するには多大の手間がかかる。また、X線磁気円2色性の測定は真空中でなされることも多く、試料の交換及びセッテングが多くなり煩雑である。
【0007】
一方、蛍光X線分析では、試料中に定在波を生成させ、試料の膜厚方向の元素分布を測定する方法が知られている。(例えば特許文献2を参照。)。この方法では、結晶性試料に入射されたX線がブラッグ反射するθ−2θ配置に試料をセットし、試料内に定在波を発生させる。そして、ブラッグ角の前後に回転させて定在波の最大振幅位置を移動したときの蛍光X線の変化から、試料の膜厚方向の元素濃度分布を測定する。しかし、この方法をX線磁気円2色性の測定に適用することについては何ら記載されていない。
【特許文献1】特開平5−45304号公報
【特許文献2】特開平6−235707号公報
【非特許文献1】N.Nakajima,T.Shidara,H.Miyauchi,H.Fukutani,A.Fujimori,K.Iio,T.Katayama,M.Nyvlt,and Y.Suzuki, ”Perpendicular Magnetic Anisotropy Caused by Interfacial Hybridization via Enhanced Orbital Moment in Co/Pt Mutilayars: Magnetic Circular Xray Dichroism Study”, Physcal Review Letters Vol.81,No.23, p5229−p5232, 1998
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述したように、磁性膜を透過するX線の吸収を観測してX線磁気円2色性を測定する従来のX線磁気円2色性の測定方法では、磁性膜の膜厚方向の平均値を観測するため、磁気多層膜の膜厚方向の磁気状態分布又は薄膜内の特定深さ、例えば薄膜界面近傍の磁気状態を知ることは難しい。
【0009】
また、異なる膜厚の磁性薄膜を有する複数の磁性多層膜についてX線磁気円2色性を測定することで、磁性多層膜の薄膜界面近傍の磁性状態を知得する方法は、本来の膜厚を有する磁性多層膜の磁気状態を正確に観測してい保証がなく信頼性が乏しい。さらに、複数の試料を準備する手間や、複数回の測定をなす手間がかかるという問題がある。
【0010】
本発明は、1個の磁性多層膜を測定することで、本来の膜厚を有する磁性多層膜の磁気状態を変えることなく、磁性多層膜内の磁気状態分布又は薄膜界面近傍の磁気状態を観測することができる磁性多層膜のX線磁気円2色性の測定方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題を解決するための本発明の第1構成は、磁性多層膜の積層構造に基づく干渉により反射X線強度が強くなる入射角でX線を入射し、このとき励起される定在波の電界強度が磁性多層膜中の界面で最大強度を有するように、即ち定在波の腹となるように入射角を制御する。そして、この入射角で、入射X線の円偏光を進行方向に対して左廻と右廻とに切換えたときのX線吸収の差分を測定する。なお、本明細書の入射角とは、X線と磁性多層膜とのなす角、即ち見込み角をいう。
【0012】
上記第1構成では、X線定在波の電界強度の最大位置が磁性多層膜中の界面に位置するように入射角が設定される。X線磁気円2色性に起因するX線吸収の差分は、X線の電界強度が大きいほど大きく観測される。このため、電界強度が大きな界面近傍の磁気状態が強く反映される。一方、界面から離れると電界強度が小さくなるので、界面から離れた位置での磁気状態によるX線吸収の影響は小さい。従って、第1構成により、界面近傍の磁気状態を高いS/Nで測定することができる。
【0013】
本発明の第2構成は、磁性多層膜の積層構造に基づく干渉により反射X線強度が強くなる入射角でX線を入射したX線により、磁性多層膜中に励起される定在波の膜厚方向の電界強度分布を算出する工程と、X線の左廻り及び右廻り円偏光を切り換えたときのX線吸収の差分を測定する工程と、測定されたX線吸収の差分及び算出された電界強度分布に基づき、磁性多層膜のX線磁気円2色性の膜厚方向の分布を算出する工程とを有する。
【0014】
本第2構成では、定在波の電界強度分布を算出し、その電界強度分布の下で観測されるX線磁気円2色性の観測結果から、X線磁気円2色性の膜厚方向分布を算出する。このとき、定在波の位相、即ち腹及び節の位置は入射角に依存するから、複数の入射角で観測されるX線吸収の差分から、X線磁気円2色性の膜厚方向分布が算出される。例えば、最大及び最小振幅位置がそれぞれ薄膜界面及び薄膜中央に位置する定在波が形成される2つの入射角の下で、それぞれX線吸収の差分を観測することで、薄膜界面近傍の磁性状態に基づくX線磁気円2色性を薄膜中央近傍の磁性状態に基づくX線磁気円2色性から分離することができる。さらに多数の入射角に対する観測結果から、より正確なX線磁気円2色性の膜厚方向分布が算出される。
【0015】
本第2構成では、唯一の磁性多層膜へ入射するX線の入射角を変えてX線磁気円2色性を測定することで、X線磁気円2色性の膜厚方向分布を知得することができる。従って、磁性多層膜を構成する磁性薄膜の膜厚を変えることがないので、磁性薄膜の膜厚変化に起因する磁気状態の変化を回避できる。このため、信頼性の高い磁気状態分布の観測がなされる。
【0016】
本発明の第3構成では、上記第1又は第2構成において、磁性多層膜を下地多層膜上に設け、磁性多層膜及下地多層膜の積層構造に基づく干渉により反射X線強度が強くなる入射角でX線を入射し、定在波を形成することを特徴とする。
【0017】
本第3構成では、磁性多層膜の積層数が少ない場合、下地多層膜に基づく干渉の影響を強く受けた定在波が発生する。このような定在波は、定在波波長(最大振幅間の2倍の距離)、振幅及び定在波の位相が主に下地多層膜の構造により規定される。なぜなら、干渉に寄与する磁性多層膜の積層数が少なく、入射X線は磁性多層膜による干渉の影響をあまり受けずに下地多層膜へ到達するからである。
【0018】
従って、磁性多層膜が薄い、積層数が少ないあるいは定在波が発生しにくい層構造を有する等のため、磁性多層膜のみでは最大電界強度と最小電界強度の強度比が大きな定在波が発生しない場合でも、下地多層膜の構造に基づき最大/最小の電界強度比が大きな定在波を発生させることができる。このため、磁性多層膜の膜厚方向のX線磁気円2色性を高いS/N比で測定される。
【0019】
また、主として下地多層膜の構造に基づき発生する定在波は、磁性多層膜の構造にあまり影響されることなく、磁性多層膜内にその定在波で規定される位相及び波長の定在波を発生させるから、磁性多層膜の構造に依存することなく磁性多層膜の膜厚方向のX線磁気円2色性分布を精密に測定することができる。
【0020】
本第3構成の下地多層膜は、X線磁気円2色性に影響を及ぼさない非磁性多層膜とすることが、下地多層膜の影響を排除してS/N比を高める観点から望ましい。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、磁性多層膜の層界面あるいは磁性多層膜のX線磁気円2色性の膜厚方向分布を、単一の磁性多層膜を用いて測定することができるので、本来の膜厚を有する磁性多層膜の磁気状態を変えることなく、磁性多層膜内の磁気状態分布又は薄膜界面近傍の磁気状態を観測することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0022】
まず、θ−2θ法を用いてX線磁気円2色性を測定するときの本発明の測定方法を説明する。
【0023】
図1は本発明の測定方法を説明する図であり、θ−2θ法によるX線磁気円2色性の測定方法を表している。ここで、図1(a)は測定装置の配置を、図1(b)は観測された反射X線強度のピークプロファイルを、図1(c)は多層膜の層界面を節として多層膜中に発生した定在波を、及び図1(d)は多層膜の各層間の界面を腹として多層膜中に発生した定在波の電界強度分布を表している。なお、電界強度分布は、多層膜の層構造、X線波長及びX線入射角に基づき算出された計算値であり、入射X線の電界強度により規格化している。
【0024】
図1(a)を参照して、本発明のX線磁気円2色性の測定に用いられたX線装置は、まず、測定対象となる磁気多層膜を含む試料1の表面に、X線を入射角θで入射し、試料1を回転しつつ(即ち、入射角θを走査しつつ)反射角2θで反射した反射X線強度をX線検知器4で観測することができる。また、試料1には、電源2により電圧が印加されており、試料1に流れる電流を電流計3(例えば、ピコアンメータ)で測定することができる。X線の吸収量は、X線検知器4で検出されたX線量、又は、電流計3で測定されたオージェ効果により試料1に流れる電流から測定する。
【0025】
図1(b)を参照して、試料1を回転して、X線入射角θを試料1の積層構造に基づく干渉により反射X線強度が強くなる入射角となるように設定する。この、反射X線強度の強弱は、試料1の構造、例えば層構造又は結晶構造に起因して引き起こされ、よく知られているように強弱を生ずる入射角はこれらの構造とX線波長とにより定まる。このとき、入射X線と反射X線が重畳する試料1中に、試料1表面に平行な波面を有する定在波が発生する。
【0026】
例えば、図1(c)及び(d)中に示すA層1a及びB層1bの2種類の薄膜(2層構造)の繰り返し構造からなる多層膜構造を有する試料1では、X線検知器4で観測される反射X線強度のピークプロファイルの最大ピーク(このときの入射角θは、反射X線強度が極大となる入射角θB である)の低角度側及び高角度側にそれぞれ位置する反射角イ、ロ(即ち、反射角2θ=イ、ロ)に試料1を設定したとき、試料1中にそれぞれ位相がほぼ90度異なる定在波が発生する。
【0027】
即ち、図1(d)を参照して、低角度(図1(b)中のイ)の設定では定在波の電界強度E(イ)は例えば薄いA層1aと厚いB層1bとの界面近傍で最大となり、他方、図1(d)を参照して、高角度(図1(b)中のロ)の設定では定在波の電界強度E(ロ)は電界強度E(イ)の位相からほぼ90度ずれてA層1a中央でほぼ最小となる。
【0028】
X線磁気円2色性は、上述した反射角イ及び反射角ロの設定角度でそれぞれ正負の円偏光のX線を入射し、正負の円偏光のX線吸収量の差として測定される。即ち、反射角イに設定したときのX線磁気円2色性と、反射角ロに設定したときのX線磁気円2色性とが測定される。
【0029】
この反射角イでのX線磁気円2色性の測定値は、定在波の電界強度イが最大となる定在波の腹に位置するA層1aとB層1bとの界面の磁性状態を強く反映する一方、定在波の節に位置するB層1bの中央近傍の磁性状態にはあまり影響されない。逆に、反射角ロでのX線磁気円2色性の測定値は、B層1bの中央近傍の磁性状態を強く反映し、A層1aとB層1bとの界面の磁性状態をあまり反映しない。従って、反射角イと反射角ロとの測定結果を比較することで、A層1a/B層1bの界面近傍又は界面近傍を除くB層1b中の磁性状態をS/N比よく知得することができる。
【0030】
なお、定在波の腹及び節の位置は、試料1の有する層構造、例えば各層の密度や層数により変化する。従って、試料1を反射角イ、ロの位置に設定しても、試料1の層構造が異なれば定在波の位相は異なる。例えば、上述した定在波の腹及び節の位置が移動し、腹及び節の位置が逆転することもある。周知のように、これら定在波の位相は、層構造が知られていれば正確に算出することができる。
【0031】
上記の例では、2つの反射角イ、ロでの2つのX線磁気円2色性の測定結果に基づき界面近傍又は層中央近傍の磁性状態を選択して観測した。さらに、磁性多層膜中の磁性状態の膜厚方向分布を観測することもできる。
【0032】
即ち、図1(b)を参照して、反射角イと反射角ロの間の多数の入射角θにおけるX線磁気円2色性を測定する。一方、それらの入射角θにおける定在波の位相及び振幅を算出する。そして、磁性多層膜中のX線磁気円2色性の膜厚方向分布を仮定し、この仮定されたX線磁気円2色性と算出された定在波とから予想されるX線磁気円2色性の入射角θ依存性が、実測されたX線磁気円2色性の入射角θ依存性に一致するように仮定したX線磁気円2色性の膜厚方向分布を調整することで、磁性多層膜中の磁気特性分布を知得することができる。
【0033】
本発明の第1実施形態は、2層の磁性層を有する磁性多層膜のX線磁気円2色性の測定に関する。
【0034】
図2は本発明の第1実施形態の定在波説明図である。図2(a)は、試料断面であり、磁性多層膜20の層構造を表している。図2(b)は、磁性多層膜20中の密度分布と、算出された定在波の電界強度分布を表している。なお、図2(b)の横軸は、基板10表面からの膜厚方向の距離を表している。また、図2(b)の縦軸の電界強度は、試料1に入射するX線の電界強度により規格化されている。
【0035】
図2(a)を参照して、第1実施形態に用いられた試料1は、ガラス基板10上に、厚さ5nmのNiCrからなる下地層11、厚さ7nmのIrMn3 からなる第2磁性層12、厚さ5nmのCoFeからなる第1磁性層13及び厚さ3nm〜4nmのAlからなるキャップ層14が下からこの順で積層されている。この試料1では、磁性多層膜20は第1及び第2磁性層から構成される。
【0036】
入射X線5として、シンクロトロン放射光の上下に放射される波長がほぼ1.7nmの正負の円偏光を用いた。このときの反射X線強度が強まり極大となる入射角θB は、2θB が20度〜30度の範囲にある。試料1は、θ−2θ配置に設定される。
【0037】
図2(b)を参照して、曲線ハは、磁性多層膜20の各層の密度分布(膜厚方向)を表している。図2(b)中の曲線イ及び曲線ロは、図1(b)を参照して、それぞれ反射X線強度のピークプロファイルのピークの低角度側イ及び高角度側ロで磁性多層膜20中に発生する定在波の電界強度分布を表している。なお、定在波の電界強度分布は、密度分布を表す曲線ハに基づき計算された。
【0038】
曲線イ及び曲線ロを参照して、反射X線強度のピークプロファイルのピークの高角度側ロに入射角θを設定したとき、定在波の腹に相当する電界強度のピーク(極大)は第1及び第2磁性層12、13の界面に位置し、節に相当する電界強度の極小は第2磁性層13中に位置する。一方、低角度側イに入射角θを設定したとき、定在波の腹に相当する電界強度のピークは、磁性多層膜の表面方向に移動し、第2磁性層13中に位置する。
【0039】
その結果、第1及び第2磁性層の界面近傍では、曲線イで示す低角度側イに入射角θを設定したときの定在波の電界強度は、曲線ロで示す高角度側ロに入射角θを設定したときの定在波の電界強度のほぼ75%になる。これに対して、磁性膜13中の定在波の電界強度は高低いずれの入射角でも大きな差は生じない。従って、両者のX線磁気円2色性の測定値の差を、第1及び第2磁性層の界面近傍の磁化状態から生ずる効果と見做して界面近傍の磁化状態を観測する。
【0040】
第1実施形態では、上述したように2つの入射角θでの測定結果から、2層の磁性膜の界面近傍の磁性状態を抽出して観測することができた。
【0041】
本発明の第2実施形態は、2層1組の磁性層を4組積層した磁性多層膜のX線磁気円2色性の測定に関する。
【0042】
図3は本発明の第2実施形態の定在波説明図である。図3(a)及び(b)は、それぞれ磁性多層膜20の層構造を表す試料断面及び、磁性多層膜20中の密度分布と定在波の電界強度分布を表している。
【0043】
図3(a)を参照して、第1実施形態に用いられた試料1は、ガラス基板10上に、厚さ5nmのNiCrからなる下地層11が積層され、その上に、厚さ4nmのIrMn3 からなる第2磁性層12及び厚さ5nmのCoFeからなる第1磁性層13の2層を1組とした磁性層19が4組積層され、その上に厚さ3nm〜4nmのAlからなるキャップ層14が積層されている。入射X線5は第1実施形態と同様である。この実施形態では、磁性多層膜20は4組の積層された磁性層19から構成されている。
【0044】
図3(b)中の曲線ハを参照して、密度の膜厚方向分布は、Alキャップ層14で小さく、その下に密度約8の第1磁性層13と密度約11の第2磁性層が交互に積層されていることを示している。なお、X線定在波の強度分布は曲線ハに基づき計算された。
【0045】
曲線イ及び曲線ロを参照して、反射X線強度のピークプロファイルのピークの低角度側イに入射角θを設定したとき、定在波の腹に相当する電界強度のピーク(極大)は第1及び第2磁性層12、13の界面に位置し、節に相当する電界強度の極小は第2磁性層13中に位置する。一方、高角度側ロに入射角θを設定したとき、定在波の腹に相当する電界強度のピークは、磁性多層膜の表面方向に移動し、第2磁性層13中に位置する。これらのピーク及び極小位置は、4組の磁性層19中の各界面(第1及び第2磁性層13、12の界面)について同様である。
【0046】
図4は本発明の第2実施形態の磁気特性測定結果である。図4(a)は、最表面にある第1及び第2磁性層13、12の界面及び第2磁性層13中における算出された定在波の電界強度の入射角θ依存性を表している。縦軸の電界強度は、図2、図3と同じく、入射X線の電界強度により規格化されている。また、図4(b)は、X線磁気円2色性の測定結果から導出された磁気ヒステリシスの測定結果を表している。
【0047】
図4(a)中の実線ニは、最表面の第1及び第2磁性層13、12の界面における定在波の電界強度を、破線ホは、第2磁性層12の膜厚中央(層中央)での定在波の電界強度を表している。
【0048】
図4(a)を参照して、定在波の電界強度の入射角θ(反射角2θの半分の角度)の変化にともなう振る舞いは、界面の電界強度(実線ニ)と層中央での電界強度(破線ホ)とで異なる。
【0049】
界面の電界強度は、実線ニを参照して、反射X線強度が極大となる反射角2θB (入射角θB )より1〜2度低角側の反射角イに最大強度のピークがあり、反射角2θB へ向けて急激に減少し、反射角2θB より1〜2度高角側の反射角ロで極小値をとる。そして、反射角2θB から3〜7度離れた反射角2θでは、ほぼ平坦になる。
【0050】
これに対して、層中央での電界強度は、破線ホを参照して、反射角イで極小値をとり、反射角ロで緩やかなピークを生ずる。反射角2θB から3〜7度離れた反射角2θでは、ほぼ平坦になる。
【0051】
界面の電界強度(実線ニ)と層中央での電界強度(破線イ)を比較すると、反射角イでの電界強度比=界面の電界強度/層中央での電界強度は約1.6であり、界面の電界強度が大きい。一方、反射角ロでの電界強度比は約0.77であり。層中央での電界強度が大きい。従って、反射角イにおけるX線磁気円2色性の測定値は、反射角ロにおける測定値に比べて約2倍(反射角イと反射角ロの電界強度比の比=1.6/0.77)大きく界面近傍の磁気特性の影響を受ける。逆に、反射角ロのX線磁気円2色性の測定値は、界面近傍の磁気特性の影響が層中央の磁気特性の半分に過ぎない。この反射角イ、ロの測定結果を比較することで、界面及び層中央の磁気特性を分離する。
【0052】
図4(b)を参照して、反射角イで測定されたヒステリシス曲線イは、反射角ロで測定されたヒステリシス曲線ロに比べて、飽和磁束密度が小さい。これは、反射角イ及びロにおける界面と層中央の電界強度比の相違に基づくもので、上述したように曲線イは、曲線ロよりも界面近傍の磁気特性の影響が層中央の磁気特性の影響より約2倍大きいことを反映している。即ち、曲線イは界面近傍の大きな飽和磁気を反映し、一方曲線ロは層中央の小さな飽和磁気を反映していることが明にされている。さらに、上述した定在波の電界強度比に基づき、界面と層中央の磁気特性を分離して定量的に算出することもできる。
【0053】
この磁気ヒステリシスは、入射X線の入射角θを反射角イ又は反射角ロで反射する角度に試料1(磁気多層膜20)を配置し、試料1に磁場を印加した状態で、入射X線の円偏光を正負に切換えたときのX線吸収の差分と磁場との関係として求めた。
【0054】
図5は本発明の第3実施形態の定在波説明図である。図5(a)及び(b)は、それぞれ磁性多層膜30の層構造を表す試料断面及び、磁性多層膜30中の密度分布と定在波の電界強度分布を表している。
【0055】
本第3実施形態は、繰り替えし層数の多い磁気多層膜に関するX線磁気円2色性の測定に関する。
【0056】
図5(a)を参照して、本第3実施形態の試料1(磁性多層膜30)は、ガラス基板10上に、NiCr下地層11が形成され、その上に厚さ0.2nmのPd層15及び厚さ2nmのFeCo磁性層16を交互に20層積層し、その上に厚さ0.2nmのPd15と厚さ約0.8nmのRuキャップ層14が形成されている。
【0057】
本第3実施形態の11層のPd層15及び10層のFeCo磁性層16からなる磁性多層膜30中では、図5(b)を参照して、反射X線強度が極大となる反射角2θB より低角側に反射角イを設定したとき、定在波の電界強度(曲線イ)は、FeCo磁性層16の層中央近傍でピークを有し、Pd膜15とFeCo磁性層16の界面で極小に近い強度となる。他方、高角度側に反射角ロを設定したとき、定在波の電界強度(曲線ロ)は、FeCo磁性層16の層中央近傍で極小に近く、Pd膜15とFeCo磁性層16の界面でピーク強度に近くなる。従って、第2実施形態と同様に反射角イ及びロのX線磁気円2色性を測定し、これから界面近傍の磁化特性を知ることができる。
【0058】
本第3実施形態では、周期的に積層された多数の磁性層15、16について、多数の界面近傍の磁気特性に基づくX線磁気円2色性を測定するから、高感度で界面近傍の磁気特性を観測することができる。
【0059】
本発明の第4実施形態は、非磁性多層膜からなる下地多層膜上に磁性多層膜が形成された磁性多層膜におけるX線磁気円2色性の測定に関する。
【0060】
図6は本発明の第4実施形態の定在波説明図であり、図3(a)及び(b)は、それぞれ磁性多層膜40及び下地多層膜41の層構造を表すための試料1断面及び、磁性多層膜40中の密度分布と定在波の電界強度分布の計算値とを表している。
【0061】
図5(a)を参照して、本第4実施形態の試料1は、ガラス基板10上に形成された下地多層膜41の上に、厚さ5nmのNiCr下地層11、厚さ7nmのIrMn3 第1磁性層12、厚さ5nmのCoFe第2磁性層13及びAlキャップ層14がこの順に積層されている。下地多層膜41は、厚さ5nmのNiCr第2非磁性層18の上に厚さ5nmのRu第1非磁性層17が順次積層された非磁性の多層膜からなる。本第4実施形態の試料1は、第1磁性層12及び第2磁性層13から構成される磁性多層膜40を有する。
【0062】
図5(b)を参照して、下地層11、第1磁性膜12及び第2磁性膜13中に、定在波に基づく電界強度分布が発生する。この定在波は、第1及び第2磁性膜12、13からの反射X線に比べて下地多層膜41からの反射X線が非常に強いため、その位相及び振幅は主として下地多層膜41の構造に引きずられ、第1及び第2磁性膜12、13の構造をあまり反映しない。従って、定在波の腹及び節の位置を、上層の磁性膜12、13にはあまり関係なく下地多層膜41のみで定めることができる。このため、第1及び第2磁性膜12、13に基づく大きな定在波が発生しない場合でも、これらの磁性膜の磁気特性分布を観測することができる。
【0063】
さらに、下地多層膜41は非磁性なのでX線磁気円2色性の観測に影響を及ぼさない。このため、X線磁気円2色性を高いS/Nで測定することができる。
【0064】
上述した本明細書には以下の付記記載の発明が開示されている。
(付記1)X線を、磁性多層膜の積層構造に基づく干渉により反射X線強度が強くなる入射角で前記磁性多層膜に入射したとき、前記X線により前記磁性多層膜中に励起される定在波の電界強度が、前記磁性多層膜中の界面で最大強度を有するように前記入射角を制御する工程と、
前記X線を進行方向に対して左廻り円偏光及び右廻り円偏光に切換え、前記切換え前後のX線吸収の差分を測定する工程とを有することを特徴とする磁性多層膜のX線磁気円2色性の測定方法。
(付記2)X線を、磁性多層膜の積層構造に基づく干渉により反射X線強度が強くなる入射角で前記磁性多層膜に入射する工程と、
前記X線により前記磁性多層膜中に励起される定在波の膜厚方向の電界強度分布を算出する工程と、
前記X線を進行方向に対して左廻り円偏光及び右廻り円偏光に切換え、前記切換え前後のX線吸収の差分を測定する工程と、
測定された前記X線吸収の差分及び算出された電界強度分布に基づき、前記磁性多層膜のX線磁気円2色性の膜厚方向の分布を算出する工程とを有することを特徴とする磁性多層膜のX線磁気円2色性の測定方法。
(付記3)前記X線は複数の前記入射角で入射され、
各前記入射角ごとに前記電界強度及び前記X線吸収の差分の測定がなされることを特徴とする付記2記載の磁性多層膜のX線磁気円2色性の測定方法。
(付記4)前記入射角を、前記ブラッグ反射のピークよりそれぞれ低角及び高角側の反射を生ずる第1入射角及び第2入射角に設定することを特徴とする付記3記載の磁性多層膜のX線磁気円2色性の測定方法。
(付記5)前記磁性多層膜は、下地多層膜上に設けられ、
前記X線を、前記磁性多層膜及前記下地多層膜の積層構造に基づく干渉により反射X線強度が強くなる入射角で前記磁性多層膜に入射することを特徴とする付記1、2、3又は4記載の磁性多層膜のX線磁気円2色性の測定方法。
(付記6)前記磁性多層膜は、2層の磁性膜からなることを特徴とする付記1〜5のうちの何れかの請求項に記載の磁性多層膜のX線磁気円2色性の測定方法。
(付記7)前記磁性多層膜は、複数の2層構造の磁性膜からなることを特徴とする付記1〜6のうちの何れかの請求項に記載の磁性多層膜のX線磁気円2色性の測定方法。
(付記8)前記下地多層膜は、複数の2層構造の非磁性膜からなることを特徴とする付記1〜6のうちの何れかの請求項に記載の磁性多層膜のX線磁気円2色性の測定方法。
【産業上の利用可能性】
【0065】
本発明を磁性多層膜、例えば垂直記録方式の磁気ヘッドに用いられる読出用の磁性膜、あるいは、磁気抵抗を利用したMRAM(Magnetic RAM)の磁性膜に適用することで、磁性膜中の磁気構造を解明することができ、磁性膜の改良に貢献するところが大きい。
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1】本発明の測定方法を説明する図
【図2】本発明の第1実施形態の定在波説明図
【図3】本発明の第2実施形態の定在波説明図
【図4】本発明の第2実施形態の磁気特性測定結果
【図5】本発明の第3実施形態の定在波説明図
【図6】本発明の第4実施形態の定在波説明図
【符号の説明】
【0067】
1 試料
1a A層
1b B層
2 電源
3 電流計
4 X線検知器
5 入射X線
6 反射X線
10 基板
11 下地層
12 第1磁性層
13 第2磁性層
14 キャップ層
15 Pd磁性膜
16 FeCo磁性層
17 NiCr第1非磁性層
18 Ru第2非磁性層
19 磁性膜
20、30、40 磁性多層膜
41 下地多層膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
X線を、磁性多層膜の積層構造に基づく干渉により反射X線強度が強くなる入射角で前記磁性多層膜に入射したとき、前記X線により前記磁性多層膜中に励起される定在波の電界強度が、前記磁性多層膜中の界面で最大強度を有するように前記入射角を制御する工程と、
前記X線を進行方向に対して左廻り円偏光及び右廻り円偏光に切換え、前記切換え前後のX線吸収の差分を測定する工程とを有することを特徴とする磁性多層膜のX線磁気円2色性の測定方法。
【請求項2】
X線を、磁性多層膜の積層構造に基づく干渉により反射X線強度が強くなる入射角で前記磁性多層膜に入射する工程と、
前記X線により前記磁性多層膜中に励起される定在波の膜厚方向の電界強度分布を算出する工程と、
前記X線を進行方向に対して左廻り円偏光及び右廻り円偏光に切換え、前記切換え前後のX線吸収の差分を測定する工程と、
測定された前記X線吸収の差分及び算出された電界強度分布に基づき、前記磁性多層膜のX線磁気円2色性の膜厚方向の分布を算出する工程とを有することを特徴とする磁性多層膜のX線磁気円2色性の測定方法。
【請求項3】
前記X線は複数の前記入射角で入射され、
各前記入射角ごとに前記電界強度及び前記X線吸収の差分の測定がなされることを特徴とする請求項2記載の磁性多層膜のX線磁気円2色性の測定方法。
【請求項4】
前記入射角を、前記ブラッグ反射のピークよりそれぞれ低角及び高角側の反射を生ずる第1入射角及び第2入射角に設定することを特徴とする請求項3記載の磁性多層膜のX線磁気円2色性の測定方法。
【請求項5】
前記磁性多層膜は、下地多層膜上に設けられ、
前記X線を、前記磁性多層膜及前記下地多層膜の積層構造に基づく干渉により反射X線強度が強くなる入射角で前記磁性多層膜に入射することを特徴とする請求項1、2、3又は4記載の磁性多層膜のX線磁気円2色性の測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−248311(P2007−248311A)
【公開日】平成19年9月27日(2007.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−73388(P2006−73388)
【出願日】平成18年3月16日(2006.3.16)
【出願人】(000005223)富士通株式会社 (25,993)
【Fターム(参考)】