説明

稲藁・廃木材等の農林業系廃棄物からの生分解性プラスチック製造用コハク酸生産方法及び装置

【課題】 稲藁、廃木材等の農林業系廃棄物から生分解性プラスチック製造等に必要なコハク酸等の有機酸を製造する方法及び装置を提供する。
【解決手段】 (1)稲藁、籾殻、米糠、小麦ふすま、廃木材等の農林業廃棄物から得た糖化培地を用い、コハク酸発酵菌の増殖基質にしてコハク酸を製造した。(2)各生物系廃棄物糖化物の中和物を唯一の栄養源としBCP等のpH指示薬を加えた寒天培地に、発酵食品・土壌・堆肥等の試料懸濁液を接種・培養し、培地pH低下を示唆する培地色変化を指標として有機酸産生株を分離することを特徴とした「生物系廃棄物をコハク酸発酵可能な微生物株」の取得方法、(3)有機酸発酵後に生じる残渣若しくは発酵液をもちいて肥料、堆肥、土壌改良材等を製造する方法、(4)このようにして、乳酸、クエン酸、リンゴ酸、酢酸、蟻酸、プロピオン酸等の各種有機酸を有機酸製造方法も提供できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、稲藁、廃木材等の農林業系廃棄物から生分解性プラスチック製造等に必要なコハク酸等の有機酸を製造する方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
人類は今、ハバートピークを越えつつあり石油資源の枯渇が半世紀後に迫るというシュミレーション結果も示されている。そのため各国は、石油に過度に依存してきた従来のエネルギー資源戦略を根底から見直さないといけない局面に入っており、その流れの中でイラク戦争、地球温暖化対策などが国際的に進められ現在に至っている。そういった背景下、素材産業分野においても石油資源への依存度を低減できるような新たな素材開発技術が求められており、その一環として生分解性プラスチックがここ数年急速に市場規模を拡大している。
しかしながら、現在の生分解性プラスチックはトウモロコシやサツマイモ等の可食部(のデンプン)を原料としており、アフリカや北朝鮮等で大量の餓死者が出ている現状を考えると、必ずしも望ましい「食の利用方法」とは言えない。現在、米国ではネブラスカにおいてカーギル・ダウがトウモロコシで、インドネシアではトヨタ自動車(株)がサツマイモで、それぞれ可食部を乳酸発酵させ生分解性プラスチック化するバイオコンビナートの設立を進めているが、可食部を使う限り上の問題点は解決できない。
また、2003年、三菱化学(株)は、従来のポリ乳酸系生分解性プラスチックと比較して柔軟性の特徴を有するコハク酸系生分解性プラスチック「GS Pla」を上市し、その原料となるコハク酸を植物由来原料を用いて製造する技術について、味の素(株)との共同開発により2006年の商業生産開始を目標に検討が進められているが、これもトウモロコシ等の可食部に着目した方向性であり、コハク酸に着目し素材機能を高めた点が新しいものの、上の問題点は解決できない。
一方、最近、北九州、群馬県において「可食部の廃棄物」という位置づけとなる「生ゴミ」から乳酸発酵を行う試験プラント設置が進められているが、生ゴミは多様な食材を含むため品質の均一化が難しく、また大量の生ゴミを毎日収集してくる事自体が困難なため、実用化が離しい状況にあると見られる。
本発明は以上の背景を鑑みなされたものであり、農作物の可食部を使うのではなく、稲藁、籾殻、小麦ふすま、廃木材といった農林業系廃棄物を用いてコハク酸等の有価有機酸発酵を行わせる点に新規性、独自性がある。なお、発明者らは既に
【請求項1,2,4】
で示した方法で、実際に稲藁から高効率にコハク酸生産できるシステムを実験室レベルでは開発できているだけでなく、松枯れ罹病廃材を用いても同様に有機酸発酵が可能なシステムの構築に成功している。
なお前述のようにコハク酸に関しては、三菱化学(株)による生分解性プラスチック製品が既に上市されており、稲藁や籾殻がその素材の供給源になりうる可能性があるだけでなく、調味料、医薬、メッキ剤としての市場価値も大きい。今後、本発明を用いて、秋田県をはじめとする農林業大県に農林業系廃棄物を活用したバイオコンビナートが設立できる日が来る事を祈りたい。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
稲藁、廃木材等の農林業系廃棄物から生分解性プラスチック製造等に必要なコハク酸等の有機酸を製造する方法及び装置を提供する事を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0004】
上記目的を達成するため、(1)稲藁、籾殻、米糠、小麦ふすま、廃木材等の農林業廃棄物に水を加えて懸濁し濃硫酸等の酸を添加し加温加圧する事によって糖化し水酸化ナトリウム等のアルカリで中和後に、コハク酸発酵菌の増殖基質にする事を特徴とするコハク酸製造方法及び装置、(2)各生物系廃棄物をコハク酸発酵な微生物を得るために、各生物系廃棄物糖化物の中和物を唯一の栄養源としBCP等のpH指示薬を加えた寒天培地に、発酵食品・土壌・堆肥等の試料懸濁液を接種・培養し、培地pH低下を示唆する培地色変化を指標として有機酸産生株を分離後、当該分離株を各廃棄物糖化物の中和物のみを栄養源とした液体培地に再接種・培養し、培養液の有機酸プロファイル分析をHPLC等を用いて行う事を特徴とした「生物系廃棄物をコハク酸発酵可能な微生物株」の取得方法、(3)有機酸発酵後に生じる残渣若しくは発酵液をもちいて肥料、堆肥、土壌改良材、プロバイオティクス製剤、微生物タンパク(SCP)等を製造する方法、(4)コハク酸の代わりに、乳酸、クエン酸、リンゴ酸、酢酸、蟻酸、プロピオン酸等の各種有機酸を製造する事を特徴とする有機酸製造方法および装置、の計4技術を適用すればよい。
【発明の効果】
【0005】
本発明を適用すれば、従来、大量に廃棄していた稲藁、籾殻、廃木材等の農林業系廃棄物から生分解性プラスチック、医薬品、調味料等の素材が生産できるバイオコンビナートを秋田県のような農林業大県に設立できる事になり、廃棄物処理の面でも日本農林業保護の面でも地域雇用創出の面でも石油資源節約の面でも社会貢献を行う事が可能になるであろう。
【発明を実施するための最良の形態】
【0006】
以下、本発明を更に詳細に説明する。まず、稲藁、籾殻、米糠、小麦ふすま、廃木材等の農林業廃棄物に水を加えて懸濁する。この際、水に懸濁する前に必要に応じて破砕機にかけ細片化もしくは粉末化していた方が糖化効率を上げる上で望ましい。添加する水の量は糖化を行う廃棄物が水に浸る最小量程度が望ましく、あまり多すぎると硫酸が希釈されすぎるし、少なすぎると硫酸が廃棄物全体に行き渡らない。また懸濁するために添加する水には予め濃硫酸等の酸を加えておいた方が後から添加するより良い。なお濃硫酸の添加量は糖化を行う廃棄物重量の10%程度を目安とし必要に応じて増減すれば良い。
【0007】
次に加圧加温して酸加水分解する訳であるが、条件は120℃、3時間程度を目安として必要に応じて加圧加温条件を調節すればよい。糖化を行った後、固液分離した上で液体部分を水酸化ナトリウム等のアルカリで中和する。この時、中和を固液分離作業前に行っても良いが、用いるアルカリ量を低減させるためには固液分離作業後の方が望ましいだろう。この段階で得た糖化液は硫酸処理を経るため無菌状態に近い状況になっている。これは特定の光学異性体の有機酸のみを発酵生産したい場合に特に有効となり、高光学純度の有機酸が得られやすくなる効果が期待できる。
【0008】
中和処理した糖化液はそのまま発酵タンクに移行させコハク酸生産菌を接種し一定温度に保つ事によってコハク酸を発酵生産させる。なおコハク酸生産菌は既知の微生物株を用いても独自に分離した株を用いても良い。なお本発明を行う過程で発酵食品から見いだしたコハク酸生産株A3−3は、25℃、4日間の静置培養で稲藁糖化物から大量のコハク酸を生産する事が(フラスコレベルでは)可能であった。この時、培養においては稲藁糖化物以外の栄養物質は全く加えなかった。従って当該株に関しては装置が大がかりになる嫌気発酵用タンクを利用する必要はなく、温度も室温に近いので、この細菌株の特性は今後プラントにスケールアップする上で有利になってくるだろう。前述のように三菱化学(株)はコハク酸を材料とする生分解性プラスチックを既に上市しており、今後、稲作廃棄物である稲藁や籾殻から生分解性プラスチックを製造するバイオコンビナートが秋田県のような稲作地域に設立される可能性が出てくる可能性も否定できない。その場合、秋田県のような稲作地域は稲作農業と同時に稲作工業を行える方向性が出てくるので、地域農業を守るためにも地域雇用を創出するためにも本方向性は重要になってくるであろう。なお、本発明を行うための装置としては廃棄物破砕後に加温加圧処理・固液分離・中和を行う糖化タンクと有機酸発酵を行う発酵タンクを組み合わせた形となり、発酵タンクはpH、温度、酸素条件が調整できる形になっているものが望ましい。
【0009】
なお、前述のようにコハク酸生産菌は既知の微生物株を用いても独自に分離した株を用いても良いが、独自に分離する場合は、
【請求項4】
に示した以下の分離方法を用いるのが有効である。より具体的に説明すると、各生物系廃棄物糖化物の中和物を唯一の栄養源としBCP等のpH指示薬を加えた寒天培地に、発酵食品・土壌・堆肥等の試料懸濁液を複数の希釈系列で接種し、数日培養する。数日後、培地pH低下を示唆する培地色変化を指標として(BCPの場合は黄変)、多様な有機酸産生株を選択し純粋分離作業を行った上で、それらを有機酸産生菌バンクとすればよい。ここで分離作業を行う微生物株は乳酸菌のような細菌に限定する必要はなく糸状菌も含めて行うのが望ましい。何故ならばリゾプス・オリザエ(Rhizopus oryzae)のように糸状菌であってもL−乳酸を選択的に生産するケースもあるからである。
【0010】
有機酸産生微生物バンクを以上のような方法で構築後、一つ一つの株を各生物系廃棄物糖化物の中和物を唯一の栄養源とした液体培地で培養後、HPLC等を用いて培養液中の有機酸プロファイルを分析していけば、各々の生物系廃棄物に適した代謝活性を示す有機酸産生株が分離可能である。この場合、普通一つの微生物株が複数種の有機酸を産生するだけでなく、同じ微生物株でも酸素条件、温度条件を変えれば異なった有機酸生産プロファイルを示すケースが多い。従って本発明は何もコハク酸生産に限定したものではなく、乳酸、クエン酸、リンゴ酸等の他の有機酸生産に関しても活用する事ができる。また有機酸はD/L光学異性体を持つが、それぞれの異性体を特異的に生産する微生物株をHPLCキラルカラム等で予め特定しておけば、光学活性純度が高い有機酸生産が可能になろう。有機酸は生分解性プラスチックの素材(乳酸、コハク酸)になるだけでなく、医薬品、調味料、化粧品、化成品等の素材にもなり、稲藁、廃木材からそういった有価物を生産するバイオコンビナートの設立が望まれる所以である。
【0011】
また、有機酸発酵後の残渣は、濃硫酸によって加水分解を受けた糖と発酵微生物の双方を大量に含むので、高機能肥料もしくは土壌改良材として使える可能性が高い。また特に発酵微生物として乳酸菌を用いた場合、乳酸菌を大量に含む糖液が残渣として得られるので家畜用プロバイオティクス剤(飼料)として活用できる可能性もあろう。また少なくとも稲藁、籾殻、小麦ふすま、廃木材の糖化液は他に栄養物質を添加しなくてもそれだけで乳酸菌等の細菌の良好な増殖基質になるので、この生物系廃棄物糖化液を微生物タンパク(SCP)生産に用いる事も可能と考えられる。
【実施例】
【0012】
稲藁100gを鋏で細片化しミルで粉砕後、濃硫酸10mlを予め加えた蒸留水1Lを加え懸濁した上で、120℃、3時間、加温加圧処理後、吸引濾過で固液分離し糖化液を得た。得られた糖化液を水酸化ナトリウムでpH7.2に中和後、1LにフィルアップしpH指示薬であるBCPを加え、BCP含有寒天培地を作成した。次に予め発酵食品(漬け物)から独自に分離した58株の乳酸菌バンクを用いて、稲藁糖化物を有機酸発酵可能な株のスクリーニングを行った。その結果、58株のうち54株を接種した培地が(有機酸産生を示唆する)寒天培地の黄変を示し、稲藁濃硫酸糖化物が乳酸菌増殖および有機酸産生にとって非常に良好な栄養源となる事が判明した。次にこの稲藁糖化液のみを栄養源とする液体培地を作成し、上で述べた寒天培地スクリーニングにおいて培地の黄変が最も激しかったA3−3株を接種し25℃で4日間、静置培養したところ培地pHは7.2から4.8に減少し液体培地でも有機酸産生が示唆される結果が得られた。次にこの培養液をSepPak(C18)で前処理後に逆相ODS−HPLC(移動相:50mmol/L NH4H2P04,pH2.4(H3P04)、流速:1.0ml/min、検出:UV210nm)に供したところ、乳酸と保持時間(2.760min)が同じピークが確認でき、そのピーク面積から乳酸生成量を推定したところ4.2g/L(50g稲藁糖化物)の高濃度発酵を行っている事が示唆された。また、同時にイオン交換クロマトグラフィー(Aminex HPX−87H Bio−Rad、移動相:0.01N H2S04 流速:0.6ml/min 検出:UV215nm)を用いてコハク酸生成能の確認を行ったところ、コハク酸と保持時間(6.993min)が同じピークが確認でき、そのピーク面積からコハク酸生成量を推定したところ3.6g/L(50g稲藁糖化物)の高濃度発酵を行っている事が確認できただけでなく、培養液の食味試験を行ったところコハク酸ナトリウムに特徴的な「旨味」を呈していた(ただ、本特許出願の段階ではHPLC以外の同定手法は用いておらず、今後LC/MS等を用いた更なる同定確認が求められる)。また、ここでは具体的なデータは示さないが松枯れ罹病廃材を用いて同様の処理を行ったところ、この廃木材糖化液も乳酸菌の増殖基質として良好な結果を示し培養液のHPLC分析の結果、有機酸産生能が確認できた。以上の結果は稲藁や廃木材は濃硫酸糖化しさえすれば良好な乳酸菌増殖基質となり生分解性プラスチック等の材料になりうる乳酸やコハク酸を高効率に生産できる可能性を示唆している。
【産業上の利用可能性】
【0013】
従来、生分解性プラスチックを生産するにあたっては、トウモロコシやサツマイモ等の農作物の可食部のデンプンをまず酵素でグルコースに変換し、その上で乳酸、若しくはコハク酸発酵させる事によって生分解性プラスチックの材料となる乳酸やコハク酸を生産していた。ところが本発明では稲藁や廃木材といった廃棄物を廃棄料金を逆に貰う形で発酵生産に回せるので相応の経済効率が期待でき、それだけ産業上の利用可能性が高いものと考えられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
稲藁、籾殻、米糠、小麦ふすま、廃木材等の農林業廃棄物に水を加えて懸濁し濃硫酸等の酸を添加し加温加圧する事によって糖化し水酸化ナトリウム等のアルカリで中和後に、コハク酸発酵菌の増殖基質にする事を特徴とするコハク酸製造方法及び装置。
【請求項2】
請求項1において農林業廃棄物を水で懸濁する前に破砕、粉砕、剪断、細片化する方法。
【請求項3】
請求項1、2において農林業廃棄物の代わりに堤防刈草、人畜糞尿、古紙等の生物系廃棄物バイオマスを用いる方法。
【請求項4】
請求項1〜3において各生物系廃棄物をコハク酸発酵な微生物を得るために、各生物系廃棄物糖化物の中和物を唯一の栄養源としBCP等のpH指示薬を加えた寒天培地に、発酵食品・土壌・堆肥等の試料懸濁液を接種・培養し、培地pH低下を示唆する培地色変化を指標として有機酸産生株を分離後、当該分離株を各廃棄物糖化物の中和物のみを栄養源とした液体培地に再接種・培養し、培養液の有機酸プロファイル分析をHPLC等を用いて行う事を特徴とした「生物系廃棄物をコハク酸発酵可能な微生物株」の取得方法。
【請求項5】
請求項1、4においてコハク酸発酵微生物を分離し利用するにあたって特定の光学異性体のみを生産する微生物を選択し用いる方法。
【請求項6】
請求項1〜5において有機酸発酵後に生じる残渣若しくは発酵液を用いて肥料、堆肥、土壌改良材、プロバイオティクス製剤、健康食品、微生物タンパク(SCP)等を製造する方法。
【請求項7】
請求項1〜6において、コハク酸の代わりに、乳酸、クエン酸、リンゴ酸、酢酸、蟻酸、プロピオン酸等の各種有機酸を製造する事を特徴とする有機酸製造方法および装置。
【請求項8】
請求項1〜7の方法を用いて製造したコハク酸等の有機酸を素材の一つとして合成する生分解性プラスチック、医薬、化成品、調味料等の製造方法。

【公開番号】特開2006−288361(P2006−288361A)
【公開日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−139031(P2005−139031)
【出願日】平成17年4月9日(2005.4.9)
【出願人】(500412183)
【Fターム(参考)】