説明

等速ジョイント用グリース組成物及びそれを封入した等速ジョイント

【課題】 等速ジョイント温度上昇を有効に防止し、かつ、優れた等速ジョイント耐久性を付与する等速ジョイント用グリース組成物を提供すること。
【解決手段】 下記の成分(a)〜(g)を含む等速ジョイント用グリース組成物:
(a)基油、
(b)次式で表されるジウレア系増ちょう剤:
1NH-CO-NH-C64-p-CH2-C64-p-NH-CO-NHR2
(式中、R1及びR2は、それぞれ独立して、炭素数8〜20のアルキル基、炭素数6〜12のアリール基又は炭素数6〜12のシクロアルキル基である)、
(c)基油に溶解しないジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン、
(d)基油に溶解するジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン、
(e)二硫化モリブデン、
(f)カルシウムフェネート又はカルシウムスルホネート、及び
(g)リン分を含まない硫黄系極圧添加剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、等速ジョイント用グリース組成物に関し、特に自動車の固定型等速ジョイント又はスライド型等速ジョイントに使用するのに好適な等速ジョイント用グリース組成物に関する。また、本発明は、そのグリース組成物を封入した等速ジョイントに関する。
【背景技術】
【0002】
今日、自動車産業界においては、軽量化及び居住空間の確保の観点から、FF車の生産が急増している。また、その機能性の観点から4WD車の生産も急増している。これらのFF車及び4WD車では、前輪で動力の伝達と操舵を行う為、例えば、ハンドルを一杯に切った状態においても円滑な動力伝達が必要である。このため、FF車及び4WD車においては、交差する二軸で交差角が種々変化しても回転運動を等速で伝達する部品として、等速ジョイントが不可欠である。
また、等速ジョイントとしては、例えば、ツェッパ型ジョイントなどの固定型等速ジョイントが用いられている。ツェッパ型ジョイントにおいては、ジョイントが作動角をとった状態で回転トルクを伝達する際、それらの構成部材間の嵌合において、複雑な転がりと滑り運動を発生させている。このように、ツェッパ型ジョイントなどの固定型等速ジョイントは、複雑な運動が求められているにもかかわらず、エンジンの高出力化、車両の高速化、等速ジョイントの小型軽量化などの観点から、潤滑条件が更に厳しくなってきており、このため耐久性(剥離寿命)向上のみならず、発熱の抑制が課題となっている。
また、タイヤの上下動にともなうドライブシャフトの有効長の変化を、ジョイント内のボールが伸縮方向にスライド(10〜100mm)して吸収する性能を有するスライド型等速ジョイント(例えば、ダブルオフセット型等速ジョイント:DOJ)についても同様に、耐久性及び発熱の抑制の向上が求められている。
従来において、例えば、基油、特定のジウレア系増ちょう剤、ジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン、二硫化モリブデン、特定の硫黄系極圧添加剤及び硫黄−窒素系極圧添加剤を含む等速ジョイント用グリース組成物が知られている(例えば、特許文献1参照)。また、基油に増ちょう剤を配合してなるベースグリースに、前記基油に溶解するモリブデンジチオカーバメイトと、前記基油に溶解しないモリブデンジチオカーバメイトとを配合してなることを特徴とする等速ジョイント用グリースが知られている(例えば、特許文献2参照)。
しかしながら、これらの従来のグリース組成物では、等速ジョイントにおいて、耐久性を優秀なものとしつつ、発熱を効率的に抑制することが不十分であるとの点に問題があった。
【0003】
【特許文献1】特開平10−273692号公報、特には請求項1
【特許文献2】特開2003−165988、特には請求項1
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明の目的は、等速ジョイントにおいて温度上昇を効率的に抑制しつつ、耐久性を満足させる等速ジョイント用グリース組成物を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者等は鋭意検討した結果、基油に対して、特定のジウレア系増ちょう剤、特定の有機モリブデン化合物2種、二硫化モリブデン、カルシウムフェネート又はカルシウムスルホネート及び特定の極圧添加剤の組み合せを含有させることにより、上記課題を効率良く解決できるとの知見に基づき本発明を達成するに至った。
即ち、本発明は、下記の成分(a)〜(g)を含む等速ジョイント用グリース組成物:
(a)基油、
(b)次式で表されるジウレア系増ちょう剤:
1NH-CO-NH-C64-p-CH2-C64-p-NH-CO-NHR2
(式中、R1及びR2は、それぞれ独立して、炭素数8〜20のアルキル基、炭素数6〜12のアリール基又は炭素数6〜12のシクロアルキル基である)、
(c)基油に溶解しないジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン、
(d)基油に溶解するジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン、
(e)二硫化モリブデン、
(f)カルシウムフェネート又はカルシウムスルホネート、及び
(g)リン分を含まない硫黄系極圧添加剤
である。
また、本発明は、上記グリース組成物を封入してなる等速ジョイントである。
【発明の効果】
【0006】
本発明の等速ジョイント用グリース組成物によれば、等速ジョイントの温度上昇を効率良く防止でき、かつ、良好な耐久性を付与することができる。また、本発明によれば、そのような優秀な性能を有するグリース組成物を封入してなる等速ジョイントが提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明の等速ジョイント用グリース組成物とは、等速ジョイントに用いるためのグリース状組成物をいう。ここで、等速ジョイントとは、交差する二軸で交差角が種々変化しても回転運動を等速で伝達する部品をいう。また、グリースとは、基油中に増ちょう剤を分散させて半固体又は固体状にしたものをいう。
本発明の等速ジョイント用グリース組成物は、成分(a)〜成分(g)を必須成分として含むことを特徴とする。以下、これらの各成分について記載する。
まず、本発明に使用する成分(a)基油としては、ナフテン系、パラフィン系、流動パラフィン、水素化脱ろう油などの鉱油が挙げられる。また、成分(a)基油としては、ジエステル、ポリオールエステルに代表されるエステル系合成油、ポリαオレフィン、ポリブテンに代表される合成炭化水素油、アルキルジフェニルエーテル、ポリプロピレングリコールに代表されるエーテル系合成油、シリコーン油、フッ素化油など各種合成油が挙げられる。本発明においては、成分(a)基油として、鉱油、合成油を単独で用いてもよく、あるいは、これらを組み合せて用いてもよいが、鉱油を単独で用いるのが特に好ましい。全組成物の質量をベースとする成分(a)基油の含有量は、残部、即ち、任意成分を含む他の全成分を加えた残りの量とすることができ、例えば、30.0〜98.5質量%とすることができ、81〜87質量%とするのが好ましいが、これらに限定される訳ではない。
【0008】
本発明に使用する成分(b)ジウレア系増ちょう剤は、次式で表されるものである:
1NH-CO-NH-C64-p-CH2-C64-p-NH-CO-NHR2
(式中、R1及びR2は、同一であっても異なっていてもよく、炭素数8〜20、好ましくは炭素数8〜18のアルキル基、炭素数6〜12、好ましくは炭素数6〜7のアリール基又は炭素数6〜12、好ましくは炭素数6〜7のシクロアルキル基である)。
成分(b)ジウレア系増ちょう剤は、例えば、所定のジイソシアネートと、所定のモノアミンとを反応させることにより得ることができる。ジイソシアネートは、具体的には、ジフェニルメタン−4,4’−ジイソシアネートである。モノアミンとしては、脂肪族系アミン、芳香族系アミン、脂環系アミン又はこれらの混合物が挙げられる。脂肪族系アミンの具体例としては、オクチルアミン、ドデシルアミン、ヘキサデシルアミン、オクタデシルアミン及びオレイルアミンが挙げられる。芳香族系アミンの具体例としては、アニリン及びp−トルイジンが挙げられる。脂環系アミンの具体例としては、シクロヘキシルアミンが挙げられる。
上述したモノアミンのうち、オクチルアミン、ドデシルアミン、ヘキサデシルアミン、オクタデシルアミン又はこれらの混合物を用いて得られる成分(b)ジウレア系増ちょう剤が好ましい。
全組成物の質量をベースとする成分(b)ジウレア系増ちょう剤の含有量は、その種類により異なる。本発明のグリース組成物のちょう度は、後述する範囲にあるのが好適であり、従って、成分(b)ジウレア系増ちょう剤の含有量は、このようなちょう度を得るのに必要な量であるのが好ましい。全組成物の質量をベースとする成分(b)ジウレア系増ちょう剤の含有量は、例えば、1〜25質量%とすることができ、2〜20質量%とするのが好ましいが、これらに限定される訳ではない。
【0009】
本発明に使用する成分(c)基油に溶解しないジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン(以下、単に“非油溶性MoDTC”と称する)に関し、“基油に溶解しない(非油溶性)”とは、0.5質量%のジアルキルジチオカルバミン酸モリブデンを基油に加えて撹拌し、これを70℃×24時間保持後に目視で観察した結果、基油中に不溶解分が残存することを意味し、好ましくは、添加した成分(c)の98質量%が残存することを意味する。不溶解分が残存していると基油が透明にならず、コロイド状態、あるいは懸濁状態になり、目視で判断できる。
成分(c)非油溶性MoDTCとしては、次式で表されるものが好ましい:
[R34N−CS−S]2−Mo2mn
(式中、R3及びR4は、それぞれ独立して、例えば、炭素数1〜4、好ましくは、炭素数2〜4のアルキル基であり、mは0〜3、nは4〜1であり、m+n=4である)。
全組成物の質量をベースとする成分(c)非油溶性MoDTCの含有量は、例えば、0.1〜10質量%であり、0.5〜5質量%とするのが好ましい。
【0010】
本発明に使用する成分(d)基油に溶解するジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン(以下、単に“油溶性MoDTC”と称する)に関し、“基油に溶解する(油溶性)”とは、0.5質量%のジアルキルジチオカルバミン酸モリブデンを基油に加えて撹拌し、これを70℃×24時間保持後に目視で観察した結果、基油中に不溶解分が残存していないことを意味する。成分(d)油溶性MoDTCとしては、次式で表されるものが好ましい:
[R34N−CS−S]2−Mo2mn
(式中、R3及びR4は、炭素数5〜24、好ましくは炭素数5〜18のアルキル基であり、mは0〜3、nは4〜1であり、m+n=4である)。
全組成物の質量をベースとする成分(d)油溶性MoDTCの含有量は、例えば、0.1〜10質量%であり、0.5〜5質量%とするのが好ましい。
成分(c)非油溶性MoDTCと成分(d)油溶性MoDTCとの配合比は、質量比で、5:95〜95:5とするのが好ましく、より好ましくは、20:80〜40:60である。
【0011】
本発明に使用する成分(e)二硫化モリブデンは、一般に、等速ジョイントにおける固体潤滑剤として広く用いられている。その潤滑機構としては、層状格子構造を持ち、すべり運動により薄層状に容易に剪断し、摩擦抵抗を低下させることが知られている。また、等速ジョイントの焼き付き防止にも効果がある。
全組成物の質量をベースとする成分(e)二硫化モリブデンの含有量は、例えば、0.1〜10質量%であり、0.5〜5質量%とするのが好ましい。その添加量は、摩擦係数や振動特性などに悪影響を及ぼさない程度のものとするのがよい。
本発明に使用する成分(f)としては、カルシウムフェネート、例えば、硫化アルキルフェノールのカルシウム塩であり、清浄分散剤として市販されているものを用いることができる。あるいはまた、成分(f)としては、カルシウムスルホネート、例えば、当該技術分野において知られているものを用いることができる。
全組成物の質量をベースとする成分(f)カルシウムフェネートの含有量は、例えば、0.1〜10質量%であり、0.5〜5質量%とするのが好ましい。
本発明に使用する成分(g)リン分を含まない硫黄系極圧添加剤の好ましい例としては、硫黄分が5〜30質量%のものが挙げられる。例えば、成分(g)として、ジチオカルバミン酸亜鉛を用いることができ、これは、例えば、アルキルにより二置換されたジアルキルジチオカルバミン酸亜鉛であってもよい。
全組成物の質量をベースとする成分(g)の含有量は、例えば、0.1〜10質量%であり、0.5〜5質量%とするのが好ましい。
また、本発明の等速ジョイント用グリース組成物には、必要に応じて種々の添加剤を添加することができる。このような添加剤としては、例えば、酸化防止剤、錆び止め剤、金属腐食防止剤、油性剤、耐摩耗剤、極圧剤及び固体潤滑剤等が挙げられる。
【0012】
本発明の等速ジョイント用グリース組成物は、所望の配合割合で、成分(a)〜成分(g)を必須成分として用い、場合により上記種々の添加剤を任意成分として用いることにより容易に製造することができる。その製造方法は、例えば、成分(a)と成分(b)とを混合して、予めベースとなるウレアグリースを製造しておき、これに成分(c)〜(g)を適宜添加することにより行うことができる。
本発明の等速ジョイント用グリース組成物は、例えば、JIS K2220 5.3により測定されるちょう度が265〜385であるのが好ましく、より好ましくは310〜340である。このようなちょう度の調整は、上記(b)成分を所定量で用いることにより達成することができる。
本発明の等速ジョイント用グリース組成物は、等速ジョイントであればなんら制限なく用いることができるが、トルク伝達部材が球体である等速ジョイントに対して好適に用いることができ、特に、固定型等速ジョイント、例えばツェッパ型ジョイントに対して好適に用いることができる。あるいはまた、本発明の等速ジョイント用グリース組成物は、スライド型等速ジョイント、例えばダブルオフセット型等速ジョイント(DOJ)に対して用いることもできる。従って、上記グリース組成物を封入した種々の等速ジョイントもまた本発明の範囲内にある。
【実施例1】
【0013】
本発明を、以下の実施例及び比較例により説明する。
グリース組成物の調製
(a)鉱油(100℃で13.5mm2/sの動粘度を有するもの)4000g中で、ジフェニルメタン−4,4’−ジイソシアナート250g(1モル)、オクチルアミン129g(1モル)及びオクタデシルアミン270g(1モル)を反応させ、生成した(b)ジウレア系化合物を均一に分散させてベースグリースを得た。このベースグリースに、表1又は表2に示す配合で添加剤を加え、適宜(a)鉱油を更に加えながら、三段ロールミルにて、JISちょう度No.1グレード(310〜340)に調整した。









【0014】
【表1】

【0015】
【表2】

【0016】
*1:非油溶性MoDTC([R34N−CS−S]2−Mo2mn(式中、R3及びR4は、炭素数4のアルキル基であり、mは0〜3、nは4〜1であり、m+n=4である))
*2:油溶性MoDTC([R34N−CS−S]2−Mo2mn(式中、R3及びR4は、炭素数13のアルキル基であり、mは0〜3、nは4〜1であり、m+n=4である))
*3:二硫化モリブデン(平均粒径0.45μm)
*4:カルシウムフェネート(TBN=144)
*5:リン分を含まない硫黄系極圧添加剤(硫化油脂 S=10.5%)
*5−1:リン分を含まない硫黄系極圧添加剤(ZnDTC S=12.3%)
*6:JIS K2220 5.3により測定
【0017】
*7:
温度上昇防止性の評価方法
上記実施例1〜4及び比較例1〜5の各グリース組成物を、固定型等速ジョイント(ツェッパ型)のブーツ内に充填し、このジョイントを、回転数:1500rpm、トルク:300N・m、角度:10degで操作した。
温度上昇防止性の評価基準
○:良好−外輪表面温度が110℃未満
×:不良−外輪表面温度が110℃以上
【0018】
*8:
耐久性の評価方法
上記実施例1〜4及び比較例1〜5の各グリース組成物を、固定型等速ジョイント(ツェッパ型)のブーツ内に充填し、ジョイントを、回転数:200rpm、トルク:1000N・m、角度:10degで操作した。
耐久性の評価基準
○:良好−継続運転可能
×:不良−継続運転不可能
【0019】
結果
以上から、本発明による実施例1〜4の等速ジョイント用グリース組成物が、比較例1〜5のものに比べ、非常に優れた温度上昇防止性及び耐久性を付与するものであることが分かった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の成分(a)〜(g)を含む等速ジョイント用グリース組成物:
(a)基油、
(b)次式で表されるジウレア系増ちょう剤:
1NH-CO-NH-C64-p-CH2-C64-p-NH-CO-NHR2
(式中、R1及びR2は、それぞれ独立して、炭素数8〜20のアルキル基、炭素数6〜12のアリール基又は炭素数6〜12のシクロアルキル基である)、
(c)基油に溶解しないジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン、
(d)基油に溶解するジアルキルジチオカルバミン酸モリブデン、
(e)二硫化モリブデン、
(f)カルシウムフェネート又はカルシウムスルホネート、及び
(g)リン分を含まない硫黄系極圧添加剤。
【請求項2】
全組成物中、成分(b)の含有量が1〜20質量%、成分(c)の含有量が0.1〜10質量%、成分(d)の含有量が0.1〜10質量%、成分(e)の含有量が0.1〜10質量%、成分(f)の含有量が0.1〜10質量%、成分(g)の含有量が0.1〜10質量%である請求項1記載の等速ジョイント用グリース組成物。
【請求項3】
等速ジョイントが固定型等速ジョイントである請求項1又は2記載の等速ジョイント用グリース組成物。
【請求項4】
等速ジョイントがスライド型等速ジョイントである請求項1又は2記載の等速ジョイント用グリース組成物。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項記載のグリース組成物を封入してなる等速ジョイント。

【公開番号】特開2006−16481(P2006−16481A)
【公開日】平成18年1月19日(2006.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−195340(P2004−195340)
【出願日】平成16年7月1日(2004.7.1)
【出願人】(000162423)協同油脂株式会社 (165)
【出願人】(000102692)NTN株式会社 (9,006)
【Fターム(参考)】