説明

筋萎縮性側索硬化症の予防および治療用医薬組成物

【課題】筋萎縮性側索硬化症の予防および治療に有用な医薬組成物を提供することならびに筋萎縮性側索硬化症の予防および治療に有用な薬剤のスクリーニング方法を提供すること。
【解決手段】HMG-CoA還元酵素阻害薬を含有する筋萎縮性側索硬化症の予防および治療剤ならびに筋萎縮性側索硬化症患者由来の人工多能性幹細胞を利用した筋萎縮性側索硬化症の予防および治療薬のスクリーニング方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、筋萎縮性側索硬化症の予防および治療用医薬組成物および筋萎縮性側索硬化症の予防および治療薬をスクリーニングする方法に関する。より詳細には、本発明は、HMG-CoA還元酵素阻害薬を含有する筋萎縮性側索硬化症の予防および治療用医薬組成物および(1)iPS細胞から分化誘導されたアストロサイトと試験化合物を接触させる工程、(2)該アストロサイトのSOD1の発現量を測定する工程、および(3)該SOD1の発現量を、試験化合物と接触させなかった対照と比較して、減少させる試験化合物を選択する工程を含む、筋萎縮性側索硬化症の予防および治療薬をスクリーニングする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
筋萎縮性側索硬化症 (以下、ALS) は中年以降に発症し、骨格筋の進行性麻痺をきたす予後不良な運動ニューロン疾患であり、厚生労働省の特定疾患治療研究対象疾患に指定されている。ALSの約90%以上は孤発性であり原因は不明である。残り10%は家族性で、原因として Cu/Zn superoxide dismutase (SOD1) 遺伝子の点突然変異により、変異 SOD1 が新たに獲得した細胞毒性が運動ニューロン死を引き起こすとする (gain-of-toxic function) 説が有力である(非特許文献1)。
【0003】
現在、ALS治療薬として販売されているのは、グルタミン酸受容体のアンタゴニストであってグルタミン酸抑制作用のあるリルゾール (リルテックTM, アベンティス) のみである(特許文献1)。
【0004】
近年、マウスおよびヒトの人工多能性幹細胞(iPS細胞)が相次いで樹立された。Yamanakaらは、マウス由来の線維芽細胞に、Oct3/4, Sox2, Klf4及びc-Myc遺伝子を導入し強制発現させることによって、iPS細胞を誘導した(特許文献2、非特許文献2)。その後、c-Myc遺伝子を除いた3因子によってもiPS細胞を作製できることが明らかとなった(非特許文献3)。さらに、Yamanakaらは、ヒトの皮膚由来線維芽細胞にマウスと同様の4遺伝子を導入することにより、iPS細胞を樹立することに成功した(特許文献2、非特許文献4)。一方、Thomsonらのグループは、Klf4とc-Mycの代わりにNanogとLin28を使用してヒトiPS細胞を作製した(特許文献3、非特許文献5)。このようにして得られるiPS細胞は、治療対象となる患者由来の細胞を用いて作製された後、各組織の細胞へと分化させることができるため、in vitroで病態の再現をすることが可能と考えられている。実際、上記の方法で、ALS患者由来のiPS細胞が作製され、神経細胞への分化誘導が成功している(非特許文献6)。
【0005】
しかし、未だiPS細胞由来の神経細胞を用いて、ALSの有力な治療薬の発見には至っていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】AU 666150 B2
【特許文献2】WO 2007/069666 A1
【特許文献3】WO 2008/118820 A2
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Bruijn, L.I., et al., Annu. Rev. Neurosci., 27: 723-749(2004)
【非特許文献2】Takahashi, K. and Yamanaka, S., Cell, 126: 663-676 (2006)
【非特許文献3】Nakagawa, M. et al., Nat. Biotethnol., 26: 101-106 (2008)
【非特許文献4】Takahashi, K. et al., Cell, 131: 861-872 (2007)
【非特許文献5】Yu, J. et al., Science, 318: 1917-1920 (2007)
【非特許文献6】Dimos JT, et al., Science, 321(5893):1218-21(2008)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の目的は、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の予防および治療用医薬組成物を提供すること、ならびにALSの予防および治療薬を開発することである。したがって、本発明の課題は、ALSの予防および治療に有用な医薬組成物を提供することならびにALSの予防および治療に有用な薬剤のスクリーニング方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく、まずALS患者由来の線維芽細胞から人工多能性幹細胞(iPS細胞)を樹立し、アストロサイトへ分化誘導を行った。ここで、SOD1の発現量に着目し、ここで得られたアストロサイトと試験化合物を接触させ、その発現量を低下させる化合物をスクリーニングした。すると、HMG-CoA還元酵素阻害薬がSOD1の発現量を低下させることが確認された。
【0010】
以上の結果から、本発明者らは、ALS患者由来のiPS細胞から分化誘導されたアストロサイトを用いて、SOD1の発現量を観測することで、ALSの予防または治療用の医薬組成物をスクリーニングすることができることを見出し、さらに、HMG-CoA還元酵素阻害薬がALSの予防および治療に有用であることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は以下の通りである。
[1]HMG-CoA還元酵素阻害薬を含有する筋萎縮性側索硬化症の予防および治療剤。
[2]前記のHMG-CoA還元酵素阻害薬が、アトルバスタチンである、[1]に記載の剤。
[3]前記の筋萎縮性側索硬化症が、家族性筋萎縮性側索硬化症である、[1]または[2]に記載の剤。
[4]前記の家族性筋萎縮性側索硬化症が、SOD1遺伝子変異を伴うものである、[3]に記載の剤。
[5]前記のSOD1遺伝子変異が該遺伝子産物のSOD活性を消失させないものである、[4]に記載の剤。
[6]SOD1の106番目のロイシンに変異を有するiPS細胞。
[7]前記のiPS細胞が、Oct3/4、Sox2、Klf4およびc-Mycを導入することにより得られたiPS細胞である、[6]に記載のiPS細胞。
[8]SOD1の106番目のロイシンに変異を有するiPS細胞から分化誘導された神経系細胞。
[9]前記の分化誘導が、ニューロスフェアを形成する工程を含む方法である、[8]に記載の神経系細胞。
[10]SOD1の106番目のロイシンに変異を有するiPS細胞から分化誘導されたアストロサイト。
[11]以下の工程を含む方法で分化誘導された、[10]に記載のアストロサイト;
(1)iPS細胞からニューロスフェアを形成する工程、および
(2)前記ニューロスフェアをLIFとBMPを含有する培地で培養する工程。
[12]筋萎縮性側索硬化症の予防および治療薬をスクリーニングする方法であって、以下の工程を含む方法;
(1)iPS細胞から分化誘導された神経系細胞と試験化合物を接触させる工程、
(2)該神経系細胞のSOD1の発現量を測定する工程、および
(3)試験化合物と接触させなかった対照と比較して、該SOD1の発現量を減少させる試験化合物を選択する工程。
[13]前記のiPS細胞が、筋萎縮性側索硬化症の患者由来のiPS細胞である、[12]に記載のスクリーニング方法。
[14]前記のiPS細胞が、SOD1の106番目のロイシンに変異を有するiPS細胞である、[13]に記載のスクリーニング方法。
[15]前記の神経系細胞が、アストロサイトである、[12]に記載のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明を用いることで、HMG-CoA還元酵素阻害薬をALS予防および治療用に使用すること、ならびにiPS細胞から分化誘導されたアストロサイトを用いてALSの予防および治療薬をスクリーニングすることができる。このことより、ALSの予防および治療ならびに予防および治療用医薬組成物の開発のために、本発明は極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】図1は、iPS細胞由来のアストロサイトへ各薬剤を添加した場合のSOD1のタンパク質量を測定した結果を示す。ここで、vehは基剤であるDMSOのみを加えた場合であり、CHX は、cycloheximideを加えた場合であり、Atorvastatinは、記載の濃度のAtorvastatin Calcium Saltを加えた場合である。各実験は2度行いその結果を全て示す。
【発明を実施するための形態】
【0014】
発明の詳細な説明
本発明は、SOD1に変異を有するALS患者由来のiPS細胞を分化誘導して得られたアストロサイトにおけるSOD1の発現を低下させる化合物をスクリーニングする方法ならびにそのスクリーニング方法により同定されたHMG-CoA還元酵素阻害薬を含むALSの予防および治療のための医薬組成物を提供する。
【0015】
I.iPS細胞の製造方法
人工多能性幹 (iPS) 細胞は、ある特定の核初期化物質を、核酸又はタンパク質の形態で体細胞に導入することによって作製することができる、ES細胞とほぼ同等の特性、例えば分化多能性と自己複製による増殖能、を有する体細胞由来の人工の幹細胞である(K. Takahashi and S. Yamanaka (2006) Cell, 126: 663-676; K. Takahashi et al. (2007) Cell, 131: 861-872; J. Yu et al. (2007) Science, 318: 1917-1920; M. Nakagawa et al. (2008) Nat. Biotechnol., 26: 101-106; WO 2007/069666)。核初期化物質は、ES細胞に特異的に発現している遺伝子またはES細胞の未分化維持に重要な役割を果たす遺伝子もしくはその遺伝子産物であれば良く、特に限定されないが、例えばOct3/4, Klf4, Klf1, Klf2, Klf5, Sox2, Sox1, Sox3, Sox15, Sox17, Sox18, c-Myc, L-Myc, N-Myc, TERT, SV40 Large T antigen, HPV16 E6, HPV16 E7, Bmil, Lin28, Lin28b, Nanog, EsrrbまたはEsrrgが例示される。これらの初期化物質は、iPS細胞樹立の際には、組み合わされて使用されてもよい。例えば、上記初期化物質を、少なくとも1つ、2つもしくは3つ含む組み合わせであり、好ましくは4つを含む組み合わせである。
【0016】
上記の各核初期化物質のマウスおよびヒトcDNAのヌクレオチド配列並びに該cDNAにコードされるタンパク質のアミノ酸配列情報は、WO 2007/069666に記載のNCBI accession numbersを参照すること、またL-Myc、Lin28、Lin28b、EsrrbおよびEsrrgのマウスおよびヒトのcDNA配列およびアミノ酸配列情報については、それぞれ下記NCBI accession numbersを参照することにより取得できる。当業者は、当該cDNA配列またはアミノ酸配列情報に基づいて、常法により所望の核初期化物質を調製することができる。
遺伝子名 マウス ヒト
L-Myc NM_008506 NM_001033081
Lin28 NM_145833 NM_024674
Lin28b NM_001031772 NM_001004317
Esrrb NM_011934 NM_004452
Esrrg NM_011935 NM_001438
【0017】
これらの核初期化物質は、タンパク質の形態で、例えばリポフェクション、細胞膜透過性ペプチドとの結合、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入してもよいし、あるいは、DNAの形態で、例えば、ウイルス、プラスミド、人工染色体などのベクター、リポフェクション、リポソーム、マイクロインジェクションなどの手法によって体細胞内に導入することができる。ウイルスベクターとしては、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター(以上、Cell, 126, pp.663-676, 2006; Cell, 131, pp.861-872, 2007; Science, 318, pp.1917-1920, 2007)、アデノウイルスベクター(Science, 322, 945-949, 2008)、アデノ随伴ウイルスベクター、センダイウイルスベクター(Proc Jpn Acad Ser B Phys Biol Sci. 85, 348-62, 2009)などが例示される。また、人工染色体ベクターとしては、例えばヒト人工染色体(HAC)、酵母人工染色体(YAC)、細菌人工染色体(BAC、PAC)などが含まれる。プラスミドとしては、哺乳動物細胞用プラスミドを使用しうる(Science, 322:949-953, 2008)。ベクターには、核初期化物質が発現可能なように、プロモーター、エンハンサー、リボゾーム結合配列、ターミネーター、ポリアデニル化サイトなどの制御配列を含むことができるし、さらに、必要に応じて、薬剤耐性遺伝子(例えばカナマイシン耐性遺伝子、アンピシリン耐性遺伝子、ピューロマイシン耐性遺伝子など)、チミジンキナーゼ遺伝子、ジフテリアトキシン遺伝子などの選択マーカー配列、緑色蛍光タンパク質(GFP)、βグルクロニダーゼ(GUS)、FLAGなどのレポーター遺伝子配列などを含むことができる。また、上記ベクターには、体細胞への導入後、核初期化物質をコードする遺伝子もしくはプロモーターとそれに結合する核初期化物質をコードする遺伝子を共に切除するために、それらの前後にLoxP配列を有してもよい。さらに、上記ベクターには、染色体への取り込みがなされなくとも複製されて、エピソーマルに存在するようにEBNA-1およびoriPもしくはLarge TおよびSV40ori配列を含むこともできる。
【0018】
核初期化に際して、iPS細胞の誘導効率を高めるために、上記の因子の他に、例えば、ヒストンデアセチラーゼ(HDAC)阻害剤[例えば、バルプロ酸(VPA)(Nat. Biotechnol., 26(7): 795-797 (2008))、トリコスタチンA、酪酸ナトリウム、MC 1293、M344等の低分子阻害剤、HDACに対するsiRNAおよびshRNA(例、HDAC1 siRNA SmartpoolO (Millipore)、HuSH 29mer shRNA Constructs against HDAC1 (OriGene)等)等の核酸性発現阻害剤など]、DNAメチルトランスフェラーゼ阻害剤(例えば5’-azacytidine)(Nat. Biotechnol., 26(7): 795-797 (2008))、G9aヒストンメチルトランスフェラーゼ阻害剤[例えば、BIX-01294 (Cell Stem Cell, 2: 525-528 (2008))等の低分子阻害剤、G9aに対するsiRNAおよびshRNA(例、G9a siRNA(human) (Santa Cruz Biotechnology)等)等の核酸性発現阻害剤など]、L-channel calcium agonist (例えばBayk8644) (Cell Stem Cell, 3, 568-574 (2008))、p53阻害剤(例えばp53に対するsiRNAおよびshRNA)(Cell Stem Cell, 3, 475-479 (2008))、Wnt Signaling(例えばsoluble Wnt3a)(Cell Stem Cell, 3, 132-135 (2008))、LIFまたはbFGFなどのサイトカイン、ALK5阻害剤(例えば、SB431542)(Nat Methods, 6: 805-8 (2009))、mitogen-activated protein kinase signalling阻害剤、glycogen synthase kinase-3阻害剤(PloS Biology, 6(10), 2237-2247 (2008))、miR-291-3p、miR-294、miR-295などのmiRNA (R.L. Judson et al., Nat. Biotech., 27:459-461 (2009))、等を使用することができる。
【0019】
iPS細胞誘導のための培養培地としては、例えば(1) 10〜15%FBSを含有するDMEM、DMEM/F12又はDME培地(これらの培地にはさらに、LIF、penicillin/streptomycin、puromycin、L-グルタミン、非必須アミノ酸類、β-メルカプトエタノールなどを適宜含むことができる。)、(2) bFGF又はSCFを含有するES細胞培養用培地、例えばマウスES細胞培養用培地(例えばTX-WES培地、トロンボX社)又は霊長類ES細胞培養用培地(例えば霊長類(ヒト&サル)ES細胞用培地、リプロセル、京都、日本)、などが含まれる。
【0020】
培養法の例としては、たとえば、37℃、5%CO2存在下にて、10%FBS含有DMEM又はDMEM/F12培地上で体細胞と核初期化物質 (DNA又はタンパク質) を接触させ約4〜7日間培養し、その後、細胞をフィーダー細胞 (たとえば、マイトマイシンC処理STO細胞、SNL細胞等) 上にまきなおし、体細胞と核初期化物質の接触から約10日後からbFGF含有霊長類ES細胞培養用培地で培養し、該接触から約30〜約45日又はそれ以上ののちにiPS様コロニーを生じさせることができる。また、iPS細胞の誘導効率を高めるために、5-10%と低い酸素濃度の条件下で培養してもよい。
【0021】
あるいは、その代替培養法として、フィーダー細胞 (たとえば、マイトマイシンC処理STO細胞、SNL細胞等) 上で10%FBS含有DMEM培地(これにはさらに、LIF、ペニシリン/ストレプトマイシン、ピューロマイシン、L-グルタミン、非必須アミノ酸類、β-メルカプトエタノールなどを適宜含むことができる。)で培養し、約25〜約30日又はそれ以上ののちにES様コロニーを生じさせることができる。
【0022】
上記培養の間には、培養開始2日目以降から毎日1回新鮮な培地と培地交換を行う。また、核初期化に使用する体細胞の細胞数は、限定されないが、培養ディッシュ100cm2あたり約5×103〜約5×106細胞の範囲である。
【0023】
マーカー遺伝子として薬剤耐性遺伝子を含む遺伝子を用いた場合は、対応する薬剤を含む培地(選択培地)で培養を行うことによりマーカー遺伝子発現細胞を選択することができる。またマーカー遺伝子が蛍光タンパク質遺伝子の場合は蛍光顕微鏡で観察することによって、発光酵素遺伝子の場合は発光基質を加えることによって、また発色酵素遺伝子の場合は発色基質を加えることによって、マーカー遺伝子発現細胞を検出することができる。
【0024】
本明細書中で使用する「体細胞」は、哺乳動物(例えば、ヒト、マウス、サル、ブタ、ラット等)由来の生殖細胞以外のいかなる細胞であってもよく、例えば、角質化する上皮細胞(例、角質化表皮細胞)、粘膜上皮細胞(例、舌表層の上皮細胞)、外分泌腺上皮細胞(例、乳腺細胞)、ホルモン分泌細胞(例、副腎髄質細胞)、代謝・貯蔵用の細胞(例、肝細胞)、境界面を構成する内腔上皮細胞(例、I型肺胞細胞)、内鎖管の内腔上皮細胞(例、血管内皮細胞)、運搬能をもつ繊毛のある細胞(例、気道上皮細胞)、細胞外マトリックス分泌用細胞(例、線維芽細胞)、収縮性細胞(例、平滑筋細胞)、血液と免疫系の細胞(例、Tリンパ球)、感覚に関する細胞(例、桿細胞)、自律神経系ニューロン(例、コリン作動性ニューロン)、感覚器と末梢ニューロンの支持細胞(例、随伴細胞)、中枢神経系の神経細胞とグリア細胞(例、星状グリア細胞)、色素細胞(例、網膜色素上皮細胞)、およびそれらの前駆細胞 (組織前駆細胞) 等が挙げられる。細胞の分化の程度や細胞を採取する動物の齢などに特に制限はなく、未分化な前駆細胞 (体性幹細胞も含む) であっても、最終分化した成熟細胞であっても、同様に本発明における体細胞の起源として使用することができる。ここで未分化な前駆細胞としては、たとえば神経幹細胞、造血幹細胞、間葉系幹細胞、歯髄幹細胞等の組織幹細胞(体性幹細胞)が挙げられる。
【0025】
本発明において、体細胞を採取する由来となる哺乳動物個体は特に制限されないが、好ましくはヒトである。より好ましくは、ALS(特に、家族性ALS)の患者または当該疾患と相関する遺伝子多型を有する健常人から体細胞を採取することが望ましい。ここで、遺伝子多型として、SOD1のコーディング領域に変異を有する多型があるが、これに限定されない。SOD1の変異として、好ましくは、SOD1のSOD活性を消失させない(即ち、必要なスーパーオキシド消去能を保持する限り、活性が低下してもよい)変異、例えば、SOD1のmRNAにおける4番目のエキソン(mRNA中308〜505)における変異、詳細には、106番目(最初のメチオニンが除かれたタンパク質としてアミノ酸を計数)のロイシンが変換される変異、好ましくは該ロイシンが他のアミノ酸、好ましくはバリンに置換される変異が挙げられる。
【0026】
神経幹細胞の分化誘導法
本発明において、神経幹細胞とは、神経細胞、アストロサイト(astrocyte)およびオリゴデンドロサイト(oligodendrocyte)に分化しうる能力を有し、かつ自己複製能力を有する細胞を言う。
【0027】
前述のiPS細胞から、神経幹細胞を分化誘導する方法として、特に限定されないが、線維芽細胞フィーダー層上で高密度培養による分化誘導法(特開2008-201792)、ストローマ細胞との共培養による分化誘導法(SDIA法)(例えば、WO2001/088100、WO/2003/042384)、浮遊培養による分化誘導法(SFEB法)(WO2005/123902)およびその組み合わせによる方法を利用することができる。
【0028】
本発明において、好ましいiPS細胞は、筋萎縮性側索硬化症患者由来の体細胞から誘導された細胞であり、より好ましくは、SOD1に変異を有する細胞である。ここで、SOD1の変異は、筋萎縮性側索硬化症の原因となる変異であり、例えば、106番目のロイシンの変異体であり、詳細には、配列番号:1または、配列番号:2に記載のSOD1変異体である。
【0029】
他の態様として、コーティング処理された培養皿にて、任意の培地中で培養した後に、ニューロスフェアを形成させることにより行うことができる。
ここで、コーティング剤としては、例えば、コラーゲン、ゼラチン、ポリ−L−リジン、ポリ−D−リジン、フィブロネクチン、ラミニンおよびこれらの組み合わせが挙げられる。好ましくは、ポリ−L−リジンとラミニンの組み合わせである。
【0030】
ニューロスフェア形成前の培養用の培地は、基本培地へ添加剤を加えて用いることができ、基本培地としては、例えば、Neurobasal培地、Neural Progenitor Basal培地、NS-A培地、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、DMEM/F12培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、およびこれらの混合培地など、動物細胞の培養に用いることのできる培地であれば特に限定されない。より好ましくは、Neurobasal培地およびDMEM/F12の混合物である。添加剤として、血清、KSR(血清代替物)、レチノイン酸、BMP阻害剤、TGF-β阻害剤、bFGF、EGF、HGF、LIF、アミノ酸、ビタミン類、インターロイキン類、インスリン、トランスフェリン、ヘパリン、ヘパラン硫酸、コラーゲン、フィブロネクチン、プロゲステロン、セレナイト、B27-サプリメント、N2-サプリメント、ITS-サプリメント、抗生物質が挙げられる。好ましい添加剤は、BMP阻害剤としてのNogin、DorsomorphinまたはLDN913189、TGF-β阻害剤としてのSB431542、アミノ酸としてのグルタミン、B27-サプリメントおよびN2-サプリメントが例示される。
【0031】
培養開始時のiPS細胞の濃度は、効率的に神経幹細胞を形成させるように適宜設定できる。培養開始時のiPS細胞の濃度は、特に限定されないが、例えば、約1×103〜約1×106細胞/ml、好ましくは約1×104〜約5×105細胞/mlである。
【0032】
培養温度、CO濃度等の他の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、特に限定されるものではないが、例えば約30〜40℃、好ましくは約37℃である。また、CO2濃度は、例えば約1〜10%、好ましくは約5%である。
【0033】
ニューロスフェアの形成は、上記の基本培地ならびに添加剤を用いて形成させることができる。好ましい培地として、Neurobasal培地およびDMEM/F12の混合物が挙げられる。好ましい添加剤として、血清、BMP阻害剤としてのNogin、DorsomorphinまたはLDN913189、TGF-β阻害剤としてのSB431542、bFGF、EGF、ヘパリン、B27-サプリメントおよびN2-サプリメントが例示される。
【0034】
ニューロスフェアの形成開始時の細胞濃度は、効率的にニューロスフェアを形成させるように適宜設定できる。培養開始時の細胞の濃度は、特に限定されないが、例えば、約1×104〜約5×106細胞/ml、好ましくは約5×105〜約2×106細胞/mlである。
【0035】
ニューロスフェアの形成において、その大きさが適度な大きさになれば継代することが可能である。日数は、特に限定されないが、5日、7日、10日、14日、15日、21日、28日、30日、または45日おきである、より好ましくは、30日おきである。継代において、細胞を完全に分離させなくてもよく、力学的もしくはプロテアーゼ活性とコラゲナーゼ活性を有する分離溶液を用いても良い。継代の回数は、特に限定されないが、1回以上であり、好ましくは2回または3回、より好ましくは4回である。
【0036】
ニューロスフェアの形成において、培養器は細胞非接着性もしくは低接着性であることが好ましい。細胞非接着性の培養器としては、培養器の表面が、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理(例えば、細胞外マトリックス等によるコーティング処理)されていないもの、もしくは、人工的に接着を抑制する処理(例えば、ポリヒドロキシエチルメタクリル酸(poly-HEMA)によるコーティング処理)したものを使用できる。低接着性の培養容器としては、特に限定されないが、リピジュア(日油株式会社)でコーティングされた培養容器が例示される。
【0037】
ニューロスフェアの形成時の温度、CO濃度等の他の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、特に限定されるものではないが、例えば約30〜40℃、好ましくは約37℃である。また、CO濃度は、例えば約1〜10%、好ましくは約5%である。
【0038】
このように誘導された神経幹細胞は、N-CAM、ポリシアリル化N-CAM、A2B5、ネスチンおよびビメンチンなどの中間体フィラメントタンパク質および転写因子Pax-6などの原始的神経外胚葉および神経幹細胞の発現マーカーによって同定することができる。好ましくは、ネスチンの発現によって確認される。
【0039】
アストロサイトの分化誘導法
前述の方法で誘導された神経幹細胞を、任意の方法で分離し、コーティング処理された培養皿にて、任意の培地中で培養することで、アストロサイトの誘導を行うことができる。
【0040】
ここで、分離の方法としては、力学的もしくはプロテアーゼ活性とコラゲナーゼ活性を有する分離溶液(例えば、Accutase(TM)およびAccumax(TM)が挙げられる。)を用いても良い。
【0041】
コーティング剤としては、例えば、コラーゲン、ゼラチン、ポリ−L−リジン、ポリ−D−リジン、フィブロネクチン、ラミニンおよびこれらの組み合わせが挙げられる。好ましくは、ゼラチンである。
【0042】
培地は、任意の時間が経過後に、異なった組成の培地を用いることができ、各培地は、基本培地へ添加剤を加えて用いることができる。ここで、基本培地は、例えば、Neurobasal培地、Neural Progenitor Basal培地、NS-A培地、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、DMEM/F12培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、およびこれらの混合培地など、動物細胞の培養に用いることのできる培地であれば特に限定されない。好ましくは、Neurobasal培地およびDMEM/F12の混合物またはDMEM培地である。ここで、添加剤は、血清、レチノイン酸、BMP、bFGF、EGF、HGF、LIF、繊毛好中球因子(CNTF)、アミノ酸、ビタミン類、インターロイキン類、インスリン、トランスフェリン、ヘパリン、ヘパラン硫酸、コラーゲン、フィブロネクチン、プロゲステロン、セレナイト、B27-サプリメント、N2-サプリメント、ITS-サプリメント、抗生物質が挙げられる。好ましくは、血清、BMP、LIF、B27-サプリメントおよびN2-サプリメントである。ここで、血清の濃度は、0.5%以上であることが好ましく、より好ましくは、1%以上である。また、BMPは、BMP-2またはBMP-4である。用いる培地は、血清、BMP-4、LIF、B27-サプリメントおよびN2-サプリメントを添加したDMEM/F12の混合物培地(N2B27)、および血清を添加したDMEM培地である。ここで、培養は、BMP-4、LIF含有N2B27培地で培養した後に、DMEM培地へ交換して培養することが望ましい。
培養開始時の神経幹細胞の濃度は、効率的にアストロサイトを形成させるように適宜設定できる。培養開始時の神経幹細胞の濃度は、特に限定されないが、例えば、約1×103〜約1×106細胞/ml、好ましくは約1×104〜約5×105細胞/mlである。
【0043】
培養温度、CO濃度等の他の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、特に限定されるものではないが、例えば約30〜40℃、好ましくは約37℃である。また、CO2濃度は、例えば約1〜10%、好ましくは約5%である。
【0044】
このように誘導されたアストロサイトは、GFAPの発現によって同定することができるが、これに限定されない。
【0045】
ニューロンの分化誘導法
前述の方法で誘導された神経幹細胞を、任意の方法で分離し、コーティング処理された培養皿にて、任意の培地中で培養することで、ニューロンの誘導を行うことができる。
【0046】
ここで、分離の方法としては、力学的もしくはプロテアーゼ活性とコラゲナーゼ活性を有する分離溶液(例えば、Accutase(TM)およびAccumax(TM)が挙げられる。)を用いても良い。
【0047】
コーティング剤としては、例えば、コラーゲン、ゼラチン、ポリ−L−リジン、ポリ−D−リジン、フィブロネクチン、ラミニンおよびこれらの組み合わせが挙げられる。好ましくは、ポリ−L−リジン、フィブロネクチンおよびラミニンの組み合わせである。
【0048】
培地は、基本培地へ添加剤を加えて用いることができる。ここで、基本培地は、例えば、Neurobasal培地、Neural Progenitor Basal培地、NS-A培地、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、DMEM/F12培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、およびこれらの混合培地など、動物細胞の培養に用いることのできる培地であれば特に限定されない。好ましくは、Neurobasal培地およびDMEM/F12の混合物である。ここで、添加剤は、血清、レチノイン酸、Wnt、BMP、bFGF、EGF、HGF、Shh、脳由来神経栄養因子(BDNF)、グリア細胞由来神経栄養因子(GDNF)、ニューロトロフィン-3(NT-3)、インスリン様増殖因子1(IGF1)、アミノ酸、ビタミン類、インターロイキン類、インスリン、トランスフェリン、ヘパリン、ヘパラン硫酸、コラーゲン、フィブロネクチン、プロゲステロン、セレナイト、B27-サプリメント、N2-サプリメント、ITS-サプリメント、抗生物質が挙げられる。好ましくは、レチノイン酸、Shh、BDNF、GDNF、NT-3、B27-サプリメントおよびN2-サプリメントである。
【0049】
培養開始時の神経幹細胞の濃度は、効率的にニューロンを形成させるように適宜設定できる。培養開始時の神経幹細胞の濃度は、特に限定されないが、例えば、約1×103〜約1×106細胞/ml、好ましくは約1×104〜約5×105細胞/mlである。
【0050】
培養温度、CO2濃度等の他の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、特に限定されるものではないが、例えば約30〜40℃、好ましくは約37℃である。また、CO2濃度は、例えば約1〜10%、好ましくは約5%である。O2濃度は、1〜20%である。また、O2濃度は、1〜10%であってもよい。
【0051】
ニューロンは、160kDaの神経フィラメントタンパク質、MAP2ab、グルタメート、シナプトフィジン、グルタミン酸デカルボキシラーゼ(GAD)、チロシンヒドロキシラーゼ、GABAおよびセロトニンを発現する能力によって特徴付けられるが、これに限定されない。
【0052】
オリゴデンドロサイトの分化誘導法
前述の方法で誘導された神経幹細胞を、任意の方法で分離し、コーティング処理された培養皿にて、任意の培地中で培養することで、オリゴデンドロサイトの誘導を行うことができる。
【0053】
ここで、分離の方法としては、力学的もしくはプロテアーゼ活性とコラゲナーゼ活性を有する分離溶液(例えば、Accutase(TM)およびAccumax(TM)が挙げられる。)を用いても良い。
【0054】
コーティング剤としては、例えば、コラーゲン、ゼラチン、ポリ−L−リジン、ポリ−D−リジン、フィブロネクチン、ラミニンおよびこれらの組み合わせが挙げられる。
【0055】
培地は、基本培地へ添加剤を加えて用いることができる。ここで、基本培地は、例えば、Neurobasal培地、Neural Progenitor Basal培地、NS-A培地、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、DMEM/F12培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer’s培地、およびこれらの混合培地など、動物細胞の培養に用いることのできる培地であれば特に限定されない。好ましくは、Neurobasal培地およびDMEM/F12の混合物である。ここで、添加剤は、血清、レチノイン酸、Wnt、BMP、bFGF、EGF、HGF、血小板由来成長因子(PDGF)、インスリン様成長因子(IGF)、フォルスコリン、アミノ酸、ビタミン類、インターロイキン類、インスリン、トランスフェリン、ヘパリン、ヘパラン硫酸、コラーゲン、フィブロネクチン、プロゲステロン、セレナイト、B27-サプリメント、N2-サプリメント、ITS-サプリメント、抗生物質が挙げられる。好ましくは、bFGF、EGF、PDGF、B27-サプリメントおよびN2-サプリメントである。
【0056】
培養開始時の神経幹細胞の濃度は、効率的にオリゴデンドロサイトを形成させるように適宜設定できる。培養開始時の神経幹細胞の濃度は、特に限定されないが、例えば、約1×103〜約1×106細胞/ml、好ましくは約1×104〜約5×105細胞/mlである。
【0057】
培養温度、CO2濃度等の他の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、特に限定されるものではないが、例えば約30〜40℃、好ましくは約37℃である。また、CO2濃度は、例えば約1〜10%、好ましくは約5%である。
【0058】
オリゴデンドロサイトは、NG2、PLP、MBP、OSPおよびMOGなどマーカー遺伝子の発現によって同定することができるが、これらに限定されない。
【0059】
筋萎縮性側索硬化症の予防および治療薬のスクリーニング方法
本発明は、前述のように得られたiPS細胞由来の神経系細胞と試験物質とを接触させ、神経系細胞中のSOD1の発現抑制作用を指標として、筋萎縮性側索硬化症の予防および治療薬の候補物質をスクリーニングする方法を提供する。ここで、神経系細胞とは、ニューロン、アストロサイトおよびオリゴデンドロサイトであり、好ましくはアストロサイトである。また、本発明において、好ましい神経系細胞は、筋萎縮性側索硬化症患者由来のiPS細胞から誘導された細胞であり、より好ましくは、SOD1に変異を有する細胞である。ここで、SOD1の変異は、筋萎縮性側索硬化症の原因となる変異であり、例えば、106番目のロイシンの変異体であり、詳細には、配列番号:1または、配列番号:2に記載のSOD1変異体である。
【0060】
本発明における試験物質は、いかなる公知化合物および新規化合物であってもよく、例えば、核酸、糖質、脂質、蛋白質、ペプチド、有機低分子化合物、コンビナトリアルケミストリー技術を用いて作製された化合物ライブラリー、固相合成やファージディスプレイ法により作製されたランダムペプチドライブラリー、あるいは微生物、動植物、海洋生物等由来の天然成分等が挙げられる。
【0061】
スクリーニングの方法としては、試験物質と接触させない場合の神経系細胞内のSOD1の検出値と、試験物質と接触させた場合の神経系細胞内のSOD1の検出値とを比較して、接触時のSOD1の検出値がより低い場合に、試験物質を筋萎縮性側索硬化症の予防および治療薬の候補物質として選択する方法である。
【0062】
SOD1の検出は、SOD1のmRNA又はタンパク質の発現量を測定し、該測定された発現量を検出値とすることで実施され得る。SOD1のmRNA及びタンパク質の発現量は、自体公知の方法を使用して測定できる。例えば、mRNAの発現量は、ノーザンブロット法、RT-PCR等の方法により測定でき、タンパク質の発現量は、ELISA、ウエスタンブロット法等の免疫学的方法により測定できる。
【0063】
このようにして、スクリーニングされた試験物質は、筋萎縮性側索硬化症の予防および治療薬として使用し得る。
【0064】
筋萎縮性側索硬化症の予防および治療剤
本発明は、HMG-CoA還元酵素阻害薬を有効成分とする、筋萎縮性側索硬化症の予防および治療剤(以下、ALS予防・治療剤ともいう)を提供する。
【0065】
本発明において、治療対象となる筋萎縮性側索硬化症は、家族性の筋萎縮性側索硬化症を対象とすることが望ましい。さらに好ましい態様として、SOD1変異を有する家族性の筋萎縮性側索硬化症が対象であり、例えば、SOD1遺伝子変異が、該遺伝子産物のSOD活性を消失させない場合である。前記SOD1遺伝子のSOD活性を消失させない変異として、SOD1のmRNAにおける4番目のエキソン(mRNA中308〜505)における変異、詳細には、106番目のロイシンが変換される変異、好ましくは該ロイシンが他のアミノ酸、好ましくはバリンに置換される変異が例示される。
【0066】
本発明におけるALS予防・治療剤の有効成分であるHMG-CoA還元酵素阻害薬は、微生物由来の天然物質、それから誘導される半合成物質、及び全合成化合物のすべてが含まれ、例えば、(+)−(3R,5R)−3,5−ジヒドロキシ−7−[(1S,2S,6S,8S,8aR)−6−ヒドロキシ−2−メチル−8−[(S)−2−メチルブチリルオキシ]−1,2,6,7,8,8a−ヘキサヒドロ−1−ナフチル]ヘプタン酸(プラバスタチン、特開昭57-2240号公報(USP4346227)参照)、(+)−(1S,3R,7S,8S,8aR)−1,2,3,7,8,8a−ヘキサヒドロ−3,7−ジメチル−8−[2−[(2R,4R)−テトラヒドロ−4−ヒドロキシ−6−オキソ−2H−ピラン−2−イル]エチル]−1−ナフチル (S)−2−メチルブチレート(ロバスタチン、特開昭57-163374号公報(USP4231938)参照)、(+)−(1S,3R,7S,8S,8aR)−1,2,3,7,8,8a−ヘキサヒドロ−3,7−ジメチル−8−[2−[(2R,4R)−テトラヒドロ−4−ヒドロキシ−6−オキソ−2H−ピラン−2−イル]エチル]−1−ナフチル 2,2−ジメチルブチレート(シンバスタチン、特開昭56-122375号公報(USP4444784)参照)、(±)(3R*,5S*,6E)−7−[3−(4−フルオロフェニル)−1−(1−メチルエチル)−1H−インド−ル−2−イル]−3,5−ジヒドロキシ−6−ヘプテン酸(フルバスタチン、特表昭60-500015号公報(USP4739073)参照)、(3R,5S)−7−[2−(4−フルオロフェニル)−5−(1−メチルエチル)−3−フェニル−4−フェニルアミノカルボニル−1H−ピロ−ル−1−イル]−3,5−ジヒドロキシヘプタン酸(アトルバスタチン、特開平3-58967号公報(USP5273995)参照)、(+)−(3R,5S)−7−[4−(4−フルオロフェニル)−6−イソプロピル−2−(N−メチル−N−メタンスルフォニルアミノ)ピリミジン−5−イル]−3,5−ジヒドロキシ−6(E)−ヘプテン酸(ロスバスタチン、特開平5-178841号公報(USP5260440)参照)又は(E)−3,5−ジヒドロキシ−7−[4’−(4’’−フルオロフェニル)−2’−シクロプロピルキノリン−3’−イル]−6−ヘプテン酸(ピタバスタチン、特開平1-279866号公報(USP5854259及びUSP5856336)参照)のようなスタチン化合物である。
【0067】
本発明の使用において、好ましいHMG-CoA還元酵素阻害薬としては、アトルバスタチンである。
【0068】
尚、本発明のALS予防・治療剤の有効成分であるHMG-CoA還元酵素阻害薬において、プラバスタチン、ロバスタチン、シンバスタチン、フルバスタチン、アトルバスタチン、ロスバスタチン又はピタバスタチンは、そのラクトン閉環体又はその薬理上許容される塩(好適には、ナトリウム塩又はカルシウム塩等)を包含する。
【0069】
本発明のALS予防・治療剤は、有効成分であるHMG-CoA還元酵素阻害薬をそのまま単独で、または薬理学的に許容される担体、賦形剤、希釈剤等と混合し、適当な剤型の医薬組成物として経口的又は非経口的に投与することができる。
【0070】
経口投与のための組成物としては、固体または液体の剤形、具体的には錠剤(糖衣錠、フィルムコーティング錠を含む)、丸剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤(ソフトカプセル剤を含む)、シロップ剤、乳剤、懸濁剤等が挙げられる。一方、非経口投与のための組成物としては、例えば、注射剤、坐剤等が用いられ、注射剤は静脈注射剤、皮下注射剤、皮内注射剤、筋肉注射剤、点滴注射剤等の剤形を包含しても良い。これらの製剤は、賦形剤(例えば、乳糖、白糖、葡萄糖、マンニトール、ソルビトールのような糖誘導体;トウモロコシデンプン、バレイショデンプン、α澱粉、デキストリンのような澱粉誘導体;結晶セルロースのようなセルロース誘導体;アラビアゴム;デキストラン;プルランのような有機系賦形剤;及び、軽質無水珪酸、合成珪酸アルミニウム、珪酸カルシウム、メタ珪酸アルミン酸マグネシウムのような珪酸塩誘導体;燐酸水素カルシウムのような燐酸塩;炭酸カルシウムのような炭酸塩;硫酸カルシウムのような硫酸塩等の無機系賦形剤である)、滑沢剤(例えば、ステアリン酸、ステアリン酸カルシウム、ステアリン酸マグネシウムのようなステアリン酸金属塩;タルク;コロイドシリカ;ビーズワックス、ゲイ蝋のようなワックス類;硼酸;アジピン酸;硫酸ナトリウムのような硫酸塩;グリコール;フマル酸;安息香酸ナトリウム;DLロイシン;ラウリル硫酸ナトリウム、ラウリル硫酸マグネシウムのようなラウリル硫酸塩;無水珪酸、珪酸水和物のような珪酸類;及び、上記澱粉誘導体である)、結合剤(例えば、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン、マクロゴール、及び、前記賦形剤と同様の化合物である)、崩壊剤(例えば、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム、内部架橋カルボキシメチルセルロースナトリウムのようなセルロース誘導体;カルボキシメチルスターチ、カルボキシメチルスターチナトリウム、架橋ポリビニルピロリドンのような化学修飾されたデンプン・セルロース類である)、乳化剤(例えば、ベントナイト、ビーガムのようなコロイド性粘土;水酸化マグネシウム、水酸化アルミニウムのような金属水酸化物;ラウリル硫酸ナトリウム、ステアリン酸カルシウムのような陰イオン界面活性剤;塩化ベンザルコニウムのような陽イオン界面活性剤;及び、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ショ糖脂肪酸エステルのような非イオン界面活性剤である)、安定剤(メチルパラベン、プロピルパラベンのようなパラオキシ安息香酸エステル類;クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェニルエチルアルコールのようなアルコール類;塩化ベンザルコニウム;フェノール、クレゾールのようなフェノール類;チメロサール;デヒドロ酢酸;及び、ソルビン酸である)、矯味矯臭剤(例えば、通常使用される、甘味料、酸味料、香料等である)、希釈剤等の添加剤を用いて周知の方法で製造される。
【0071】
本発明におけるALS予防・治療剤の有効成分であるHMG-CoA還元酵素阻害薬の投与量は、患者の症状、年齢、体重等の種々の条件により変化し得る。
【0072】
その投与量は症状、年齢等により異なるが、経口投与の場合には、1回当たり下限0.1mg(好適には0.5mg)、上限1000mg(好適には500mg)を、非経口的投与の場合には、1回当たり下限0.01mg(好適には0.05mg)、上限100mg(好適には50mg)を、成人に対して1日当たり1乃至6回投与することができる。症状に応じて増量もしくは減量してもよい。
【0073】
さらに、本発明のALS予防・治療剤は、他の薬剤、例えば、グルタミン酸作用抑制剤(例、riluzole等)、神経栄養因子(例、インスリン様増殖因子-1、5-HT1A受容体アゴニスト(例、ザリプロデン)等)などと併用してもよい。本発明のALS予防・治療剤およびこれらの他の薬剤は、同時に、順次又は別個に投与することができる。
【0074】
以下に実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明がこれらに限定されないことは言うまでもない。
【実施例】
【0075】
ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者由来の線維芽細胞
生検した4 mmの皮膚を3週間の培養後、ALS患者由来の線維芽細胞として用いた。
【0076】
iPS細胞誘導
KLF4、Sox2、Oct3/4およびc-Mycに対するヒトcDNAを、Takahashi K, et al, Cell 131(5), 861, 2007に記載の方法に従って、レトロウィルスを用いて前記線維芽細胞へ導入した。導入後6日目に、線維芽細胞をSNLフィーダー細胞上に移し、翌日に4 ng/mlのbFGF(Wako)を添加霊長類ES細胞用培養液へ培地を交換した。培地は、1日おきに交換し、遺伝子導入後30日目に、コロニーをピックアップした。ここで樹立したiPS細胞のSOD1の配列を解析したところ、106番目(最初のメチオニンが除かれたタンパク質としてアミノ酸を計数)のロイシンがバリンへと変わる変異が入っていることが確認された。
【0077】
ニューロスフェア形成
ニューロスフェアの形成は、Wada T, et al, PLoS ONE 4(8), e6722, 2009に記載の方法に少し変更を加えて行った。詳細には、iPS細胞を小さい塊に分け、1:1でDMEM/F12とNeurobasal medium A を混ぜた培養液へ1% N2、2% B27および200 μMグルタミンを添加したN2B27培地(Gibco社)を用いて、poly-L-lysine/laminine (PLL/LM)(Sigma-Aldrich社)をコーティングしたディッシュにて培養した。さらに、この培地へ100 ng/ml のNoggin を加えた。3日おきに100 ng/mlのNogginを含む培地に交換し、培養10日後に、PLL/LMコーティングディッシュに継代し、1日おきに100 ng/mlのNogginを含む培地へ交換した。継代7日後に、1,000,000 cells/mlの濃度で、2-hydroxyethylmetacrylate (HEMA) コーティングディッシュに蒔き、ニューロスフェアを形成させた。この時、20 ng/ml EGF(R&D systems)、20 ng/ml bFGFおよび50 ng/ml heparin(Sigma-Aldrich社)を添加したN2B27培地を用いた。継代は、30日おきに、ピペッティングを伴って行い、培地は7日おきに1 ml加えた。これらの培養は、すべて37℃、5% CO2、加湿雰囲気下でインキュベートすることで行った。
【0078】
アストロサイト分化誘導
4次ニューロスフェアをaccutaseを用いて分離し、1% FBS(ジャパン・バイオシーラム)、10 ng/ml bone morphogenetic protein-4 (BMP-4)(R&D systems)および10 ng/ml leukemia inhibitory factor (LIF)(alomone labs)を含有するN2B27培地中に50,000 cells/mlの濃度でゼラチンコーティングしたディッシュ上へ蒔いた。培地は、2日おきに交換し、1週間後に10% FBSおよび1% penicillin/streptomycinを添加したDMEMに交換した。この方法により、GFAP陽性の細胞が得られ、アストロサイトへの分化誘導が確認された。
【0079】
アストロサイト中のSOD1の解析
iPS細胞由来のアストロサイトは、250,000 cells/wellの濃度で6穴プレートに蒔いた。それぞれ、基剤(0.5% dimethylsulfoxide (DMSO))、終濃度5 μg/mlのcycloheximide、各終濃度(5 nM、50 nM、500 nMおよび5 μM)のAtorvastatin Calcium Salt(Toronto Research Chemicals Inc.)を加えて48時間インキュベートした。その後、細胞を回収し、1% triton X-100、10% glycerol、5 mM EDTA、120 mM NaClおよびprotease inhibitor cocktail (Complete; Roche)含有した20 mM Hepes pH 7.4を用いて30分間氷上にて溶解させた。細胞溶解液は、15,000 rpm、4℃で30分間遠心させ、上清を回収した。この細胞溶解上清を用いてウェスタンブロッティングを行った。詳細には、20 μg分のタンパク質をSDS-PAGE法(4-12% polyacrylamide gels)により分離し、PVDF膜へトランスファーし、抗SOD1抗体(1:2000希釈)(stressgen社)または抗β-actin抗体(1:5000希釈)(Sigma-Aldrich社)とインキュベートした。インキュベート後、HRP-linked抗rabbit IgG抗体(1:5000; GE healthcare)とHRP-linked抗mouse IgG抗体(1:5000; GE healthcare)を用いて、ECL(Enhanced ChemiLuminescence)により発現量を検出した。この結果、Atorvastatin Calcium Saltを加えた全ての濃度において、SOD1の発現の減少が確認された(図1)。一方、Nakagawa M, et al. Nat. Biotechnol. 26: 101-6, 2008に記載のヒトiPS細胞253G4および上記SOD1変異iPS細胞へ基剤であるDMSOのみを加えた場合は、SOD1の発現量に変化が見られなかった。以上より、SOD1に変異を有するアストロサイトによる運動神経細胞の傷害に関する影響についての数多くの知見(Yamanaka K, et al, Nat. Neurosci. 11(3): 251, 2008およびNagai et al. Nat. Neurosci. 10: 615, 2007)を考慮すると、AtorvastatinはALSの予防もしくは治療に有用であることが示唆された。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
HMG-CoA還元酵素阻害薬を含有する筋萎縮性側索硬化症の予防および治療剤。
【請求項2】
前記のHMG-CoA還元酵素阻害薬が、アトルバスタチンである、請求項1に記載の剤。
【請求項3】
前記の筋萎縮性側索硬化症が、家族性筋萎縮性側索硬化症である、請求項1または請求項2に記載の剤。
【請求項4】
前記の家族性筋萎縮性側索硬化症が、SOD1遺伝子変異を伴うものである、請求項3に記載の剤。
【請求項5】
前記のSOD1遺伝子変異が該遺伝子産物のSOD活性を消失させないものである、請求項4に記載の剤。
【請求項6】
SOD1の106番目のロイシンに変異を有するiPS細胞。
【請求項7】
前記のiPS細胞が、Oct3/4、Sox2、Klf4およびc-Mycを導入することにより得られたiPS細胞である、請求項6に記載のiPS細胞。
【請求項8】
SOD1の106番目のロイシンに変異を有するiPS細胞から分化誘導された神経系細胞。
【請求項9】
前記の分化誘導が、ニューロスフェアを形成する工程を含む方法である、請求項8に記載の神経系細胞。
【請求項10】
SOD1の106番目のロイシンに変異を有するiPS細胞から分化誘導されたアストロサイト。
【請求項11】
以下の工程を含む方法で分化誘導された、請求項10に記載のアストロサイト;
(1)iPS細胞からニューロスフェアを形成する工程、および
(2)前記ニューロスフェアをLIFとBMPを含有する培地で培養する工程。
【請求項12】
筋萎縮性側索硬化症の予防および治療薬をスクリーニングする方法であって、以下の工程を含む方法;
(1)iPS細胞から分化誘導された神経系細胞と試験化合物を接触させる工程、
(2)該神経系細胞のSOD1の発現量を測定する工程、および
(3)試験化合物と接触させなかった対照と比較して、該SOD1の発現量を減少させる試験化合物を選択する工程。
【請求項13】
前記のiPS細胞が、筋萎縮性側索硬化症の患者由来のiPS細胞である、請求項12に記載のスクリーニング方法。
【請求項14】
前記のiPS細胞が、SOD1の106番目のロイシンに変異を有するiPS細胞である、請求項13に記載のスクリーニング方法。
【請求項15】
前記の神経系細胞が、アストロサイトである、請求項12に記載のスクリーニング方法。

【図1】
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【公開番号】特開2011−121949(P2011−121949A)
【公開日】平成23年6月23日(2011.6.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−278550(P2010−278550)
【出願日】平成22年12月14日(2010.12.14)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成21年度文部科学省、「科学技術試験研究委託事業」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願)
【出願人】(504132272)国立大学法人京都大学 (1,269)
【出願人】(509286880)特定非営利活動法人 幹細胞創薬研究所 (2)
【Fターム(参考)】