説明

簡易で効率的な凍結融解濃縮法

【課題】凍結融解濃縮法において融解速度を向上させ、かつ、高濃度の濃縮液を簡便に収量良く抽出する技術を提供すること。
【解決手段】 水溶液を凍結させて得た、重さは3kg以上厚みは2cm以上とした板状または柱状の氷を縦に置き、雰囲気温度を3.5℃以下として融解して濃縮液を得ることを特徴とする濃縮液抽出方法である。また、水溶液を凍結させるにあたり、水溶液の中心部分の温度が、濃縮前の水溶液の凝固点よりも所定温度低い状態で凍結工程を終了し、次いで、水溶液の入った容器を縦に置いて融解することを特徴とする濃縮液抽出方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、凍結濃縮法に関し、特に、冷凍庫と冷蔵庫さえあれば効率的に濃縮液を得ることができる凍結濃縮法に関する。
【背景技術】
【0002】
水溶液を濃縮する方法として、蒸発法や膜濃縮、凍結濃縮法などが知られている。蒸発法のように加熱をする方法では高濃度濃縮が可能となるが、成分が変質し風味が異なってしまう場合がある。また、膜濃縮では高濃度まで濃縮することができず、目詰まりによる膜交換コストがかかってくる。一方、凍結濃縮法は、ある程度の高濃度まで濃縮することができ、変質を招来せず、濃縮液が高品質であるという利点がある。
【0003】
凍結濃縮法は、懸濁結晶法、前進凍結法、凍結融解法等に分類されるが、中でも凍結融解法は対象水溶液を一度凍らせた後、これを融解して、融解初期にしたたる濃度の高い液を得る方法として知られている。
【0004】
【特許文献1】特開2004―351383
【特許文献2】再公表2003−072216
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、凍結濃縮法は、他の濃縮法と比較して設備や運用コストが高い傾向にあり、導入が進んでいないという実情がある。カニ蒲鉾の製造業者を例に挙げると、自身では、カニの身を使う必要がなく、より本物に近い風味を出すために、カニエキスを添加すればよい。このため、工場内にわざわざカニの加工区を設けたりせず、カニ加工業者から濃縮液を購入する場合がほとんどである。一方、カニ加工業者では、カニ自体のボイルや半調理といった加工が主たる業務であり、通常であれば廃棄してしまう大量のゆで汁に対して濃縮液製造のために専用の設備を導入しづらいという背景がある。
【0006】
特に、凍結融解法は、凍結と融解の工程が必要であって、緩慢に融解させる必要があり、時間がかかるという問題点があった。換言すれば、融解速度を高めて時間短縮や生産性向上を図ろうとすると、濃縮効率が低下してしまうという問題点があった。
【0007】
本発明は上記に鑑みてなされたものであって、融解速度を向上させ、かつ、高濃度の濃縮液を簡便に収量良く抽出する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記の目的を達成するために、請求項1に記載の濃縮液抽出方法は、水溶液を凍結させて得た、板状または柱状の氷を縦に置き、融解して濃縮液を得ることを特徴とする。
【0009】
すなわち、請求項1に係る発明は、平置きして融解させた場合より、融解液の濃度(溶質濃度)を高水準に維持したまま速やかなる濃縮液抽出が可能となる。氷形状が板状または柱状であるため、立方体などより体積に比して表面積が大きくなり、氷塊間の微細な空気進入路が多数確保され、かつ、これを立てることにより高低差を生じさせ、重力による濃縮液のシミだしないし滴下を促進させる。なお、高低差、すなわち、氷の長手方向の長さは40cm以上が好ましい。
【0010】
また、請求項2に記載の濃縮液抽出方法は、請求項1に記載の濃縮液抽出方法において、雰囲気温度を3.5℃以下として融解し濃縮液を得ることを特徴とする。
【0011】
すなわち、請求項2に係る発明は、濃縮液抽出を好適におこなうことができる。なお、温度帯はBrix濃度が2%〜3%(凝固点−0.4℃〜−0.6℃)であるときには、融解液の濃度を高水準に維持するという観点からは2.5℃以下である。約5倍に濃縮されBrix12%のカニのゆで汁の凝固は−3.0℃であり、このような凝固点の低い高濃度溶液の場合は、凝固点から1℃〜4℃程度高い−2℃〜1℃で融解をおこなうことが好ましい。
【0012】
また、請求項3に記載の濃縮液抽出方法は、請求項1または2に記載の濃縮液抽出方法において、氷の重さを3kg以上として濃縮液を得ることを特徴とする。
【0013】
すなわち、請求項3に係る発明は、濃縮液抽出を好適におこなうことができる。なお、所定厚み以上とするため、濃縮液がしみ出す前に氷結晶が溶けてしまうような抽出効率の低下が抑制される。
【0014】
また、請求項4に記載の濃縮液抽出方法は、請求項1、2または3に記載の濃縮液抽出方法において、氷の厚みを2cm以上として濃縮液を得ることを特徴とする。
【0015】
すなわち、請求項4に係る発明は、濃縮液抽出を好適におこなうことができる。なお、所定体積以上とするため、濃縮液がしみ出す前に氷結晶が溶けてしまうような抽出効率の低下が抑制される。
【0016】
また、請求項5に記載の濃縮液抽出方法は、請求項1〜4のいずれか一つに記載の濃縮液抽出方法において、水溶液を凍結させるにあたり、水溶液の中心部分の温度が、濃縮前の水溶液の凝固点よりも所定温度低い状態で凍結工程を終了し、次いで、水溶液の入った容器を縦に置いて融解することを特徴とする。
【0017】
すなわち、請求項5に係る発明は、所望する濃縮率が特に大きくない場合に凍結時間および融解時間を短縮でき、効率的に濃縮液を得ることができる。
【0018】
また、請求項6に記載の濃縮液抽出方法は、請求項1〜5のいずれか一つに記載の濃縮液抽出方法において、水溶液を凍結させるにあたり、上面部分が開口し、上面部分より小さな底面部を有する扁平な切頭錐形状の容器を用いることを特徴とする。
【0019】
すなわち、請求項6に係る発明は、側面の傾斜により凍結終了時には氷が容器から離形し作業性よく濃縮液を得ることができる。ここで、容器にフタをせず暴露して凍結させれば、水面部分から凍ることにより、濃度の濃い部分が底面中央部分によっていき離形が促進される。これにより、容器をすぐ次の生産サイクルに用いることができ作業性に優れる。なお、扁平なとは、水深(すなわち氷の厚み部分)が氷の縦横より小さいことを意味し、縦もしくは横の一辺より小さい形である柱状も含まれるものとする。また、切頭錐形とは、少なくとも容器の壁面の一面が傾斜していればよいものとする。この傾斜した面を下にして立てれば、氷が容器から分離していない場合であっても、氷の離形が促進され、短時間に氷が抜け落ちることとなる。
【0020】
また、請求項7に記載の濃縮液抽出方法は、請求項6に記載の濃縮液抽出方法において、容器を角バットとしたことを特徴とする。
【0021】
すなわち、請求項7に係る発明は、たとえば、食品加工場では通常備わっている汎用品を用いることができ、作業性に優れる。また、洗浄性にも優れる。角バットは、縁に曲率が設けられていてもよく、平面視において概ね矩形であれば特に限定されない。角バットは、いわゆる料理バットや冷パン、トレーなどを含むものとする。
【0022】
また、請求項8に記載の濃縮液抽出方法は、請求項1〜7のいずれか一つに記載の濃縮液抽出方法において、容器の容量を15リットル以下にしたことを特徴とする。
【0023】
すなわち、請求項8に係る発明は、容器の搬入搬出やたてかけといった作業を人力で可能となる。なお、容器の容量は、好ましくは10リットル以下、更に好ましくは8リットル以下である。この程度であれば、女性でも作業が可能となり、コンベア等の新規設備導入が不要となる。また、氷が重量物でなくなるため作業上の安全性が高まる。
【0024】
また、請求項9に記載の濃縮液抽出方法は、請求項1〜8のいずれか一つに記載の濃縮液抽出方法において、水溶液がBrix2%〜Brix3%のカニのゆで汁であることを特徴とする。
【0025】
すなわち、請求項9に係る発明は、カニのゆで汁の濃縮液を効率的に抽出でき、従来の蒸発法によるカニエキスと比較して良好な風味のカニエキスを得ることができる。
【0026】
また、請求項10に記載の濃縮液抽出方法は、請求項1に記載の濃縮液抽出方法において、5倍濃縮液を当初水溶液重量の10%以上得ることを特徴とする。
【0027】
すなわち、請求項10に係る発明は、食品加工場その他の現場における現実的な作業性を確保しながら、理想抽出量の50%以上の抽出を可能とする。
【発明の効果】
【0028】
本発明によれば、平置きして融解させた場合より、融解液の濃度を高水準に維持したまま速やかなる濃縮液抽出が可能となる。換言すれば、時間あたりの融解速度を向上させると共に融解液量当りの濃度(溶質回収量)を簡便に向上させることができる。特に、食品加工場(一次産品加工場)では、冷凍庫と冷蔵庫を保有している場合がほとんどであり、そのような既存の設備を有効利用することにより、簡便且つ効率的に水溶液濃縮をおこなうことが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下、本発明を図面を参照しながら詳細に説明する。本実施の形態では、カニのゆで汁を濃縮する場合について説明する。
【0030】
カニ加工場では、水揚げされたカニを98℃の温水でゆで、その後、殻と身の分離、更には、必要に応じて半調理または冷凍食品へ加工する。ここで、ゆで工程では、カゴやコンベヤにカニをのせ、移動させながら順次湯船の中をくぐらせていくことによりカニをボイルする。湯(ゆで汁)は、ある程度時間がたつと、濃度が平衡化し、通常Brix(可溶性固形分)%で2%〜3%となる。
【0031】
カニのゆで汁の場合、ゆで汁のままの濃度では、嵩も多く使い勝手が悪いため、取引されてもせいぜい3円/kgである。またストレートで用いる場合、ゆで汁を冷却するまでの間に30℃〜40℃の菌の増加しやすい温度帯に長く放置されてしまうことが多いことから菌数の管理が難しく利用しにくい。しかしながら、5倍〜7倍に濃縮すると、単価が相対比で10倍以上跳ね上がり、たとえば6倍濃縮液であれば、500円/kg程度で取引される。
【0032】
一方、カニの身そのものに比べると、たとえ濃縮されていても常に安定的な需要があるわけではないため、カニ加工場では新たに設備投資をおこない、また、人件費を払うことができない。加えて、濃度は、納入先の指定がある場合が通常であるので、冷凍融解による場合であっても、細かな制御や監視が必要となる。
【0033】
本発明は、これらの難点を打開すべく、本願発明者が鋭意検討してなしえた凍結濃縮法である。濃縮効率には、凍結工程、融解工程のいずれもが関係することが従来より知られていたが、本発明は、加工場の現場で現実的かつ作業性のよい方法を提供するものである。
【0034】
<実験例1>
ベニズワイガニを水でボイルし、ゆで汁10kg(濃度Brix2.7%、塩分0.66%)を、縦55cm×横33cm×高さ7cmの容器に入れ、−30℃の凍結庫で凍結させ板形状の氷を作成した。これを、以下の3つの条件で、室温(21℃〜25℃)融解し、1時間毎に融解液重量とBrix(%)を計測した。
(1)網の上に一番大きな面を下に寝かせて融解(平置き)
(2)縦方向が鉛直方向になるように氷を立てて融解(縦置き)
(3)氷の角が下にくるように斜めに立てて融解(斜め置き(対角置き))
【0035】
1時間毎の濃縮倍率と原液重量に対する融解液重量の割合を図1に示した。条件(2)(3)は、(1)に比べ、3.5倍濃縮の時点では融解量が2倍であり抽出量が向上していることが確認できた。また、初期ほど濃度が高い液が融解されることが分かった。また、2倍濃縮に達する時間を見ると、条件(1)より、条件(2)(3)の方が早い。以上より、同じボリュームでも氷を立てて高低差をつけた方が、融解速度が向上するだけでなく、同じ濃縮率として回収できる融解量も向上するという重畳的な利点があることが確認できた。
【0036】
<実験例2>
次に、低温で融解させたときの様子を調べた。実験例1と同じゆで汁6kgを、実験例1と同じ容器で同じように完全凍結した後、融解温度を1.0℃の冷蔵庫で平置きしたものと縦置きしたものとに関して2時間毎に8時間までと24時間後の融解量と濃縮濃度を測定した。結果を図2に示す。両者とも室温で融解したものに比べて著しく抽出効率が向上することが確認できる。また、1.0℃という氷点に近い低温である場合に、平置きについては融解が緩慢となっているが、縦置きについてはそのような融解遅延が生じないことも確認できる。
【0037】
縦置きの場合の融解曲線(「原液重量に対する融解液重量の割合」と「濃縮倍率」との関係)は、平置きの場合の融解曲線より上に位置し、5倍濃縮時点の融解割合は、平置き:縦置き=5wt%:12wt%(外挿)であり抽出量に2.4倍の差が開き、24時間後には融解量に5倍の差が開くことが確認できる。これは、凍結融解では早く溶ける場合には濃縮効率が劣るという一般的知見に反し、縦置きの場合には、(後述する基準曲線を上回るような)高濃度な抽出液を速やかに得ることができるという特筆すべき現象を示した結果であるといえる。
【0038】
実験例1および実験例2より、平置きより縦置きの方が、また、より低温な方が、融解曲線が上昇し、良好な抽出結果をもたらすことが確認できた。以降では特に断らない限り、板形状の氷は縦置きしたものである。
【0039】
<実験例3>
次に、同じ6kgのゆで汁を切頭円錐形状(バケツ形状)に完全凍結させた場合と、板形状に完全凍結させた場合とで、両者の氷の融解速度を観測した。融解温度は、直方体形状の場合が1.0℃、切頭円錐形状の場合を2.5℃とした。結果を図3に示す。プロットは、同じ時間間隔である。ここで、切頭円錐形の氷は、上面(面積が広い方)中央部分に濃度の濃い部分ができるように凍結を工夫し、融解にあたっては、この面を下にして効率的に濃縮液をしたたらせるようにした。結果は、驚くべきことに、融解曲線はほぼ同等であるにも関わらず、融解温度が低く融けにくいはずの板形状の氷の方が、ほぼ倍の量抽出されることが確認された点である。すなわち、同じボリュームであれば、板形状にして高低差をつけ縦置きした方が、効率的に濃縮液を抽出できることが確認できた。
【0040】
<実験例4>
次に、融解温度を2.5℃として、濃度と板形状の氷の重さ(体積)を変えて融解量を測定した。具体的には、ベニズワイガニゆで汁(Brix2.1%〜Brix2.5%)を実験例1と同じ容器に10kg(厚み5.5cm)、8kg(厚み4.4cm)、6.5kg(厚み3.6cm)、5kg(厚み2.8cm)入れ、実験例1と同様に完全凍結させ、15時間後の融解量と濃縮率の関係を測定した。測定結果を図4に示す。プロットは曲線を描いた。この図とこれまでの実験例より、理想曲線すなわち100%の溶質回収となる曲線には漸近していかず、5倍濃縮で10wt%の溶解重量となる点(5割回収)をやや上回る曲線付近に結果がのってくるようになる。以降ではこの曲線を基準曲線と称することとする。
【0041】
また、これまでの実験例で明らかなように、温度が室温のように高い場合には、融解曲線は基準曲線から大きく逸脱する。そこで、次に、温度と厚みの観点から基準曲線程度の融解曲線となる条件を検討することとした。
【0042】
<実験例5>
まず、融解温度の検討をおこなうこととした。実験例1と同じゆで汁6kgを、実験例1と同じ容器で同じように完全凍結した後、1.0℃、2.5℃、5.0℃、室温でそれぞれ融解し、2時間毎に融解液の重量と濃度を測定した。結果を図5に示す。2.5℃以下であれば、基準曲線と同等であり、5℃以上であれば基準曲線を明らかに下回り、抽出効率が悪くなることが確認できた。
【0043】
<実験例6>
そこで、2.5℃と5.0℃の間の温度領域を詳しく調べることとした。ここで、氷が薄すぎる場合の熱伝搬の不均一性を排除するため、また、厚すぎる場合の熱伝搬の緩慢さ由来の溶解遅延(図3参照)を排除するため、直径10cmの円筒形状の氷を作成し、投入量を8.5kgまたは10kgとして−30℃で完全凍結させた後に、雰囲気温度を3.0℃〜6.5℃として、15時間後の融解量と濃度を測定した。図6に結果を示す。図から明らかなように、3.5℃までは基準曲線近傍に結果がのるが、4.5℃となると6.5℃の結果とほぼ重なり、基準曲線から逸脱した結果となる。これらの結果から、融解温度の好ましい温度領域は3.5℃以下であることが確認できた。
【0044】
<実験例7>
次に、厚みの検討をおこなうこととした。実験例1と同じゆで汁を、実験例1と同じ容器に、それぞれ、5kg(水深2.8cm)、4kg(2.2cm)、3kg(1.7cm)注入し、厚みを変えて実験例1と同様に完全凍結し、これを2.5℃で融解した。2時間毎に融解量と融解液の濃度を測定した。図7に結果を示す。図示したように、厚みが2.2cmであれば基準線と同等で、厚みが1.7cmとなり2.0cmを下回ると基準点(5倍濃縮で10wt%回収)を下回ることが確認できた。よって、氷の好ましい厚みは2cm以上であるといえる。
【0045】
<実験例8>
次に、厚みを2cmに設定し、体積に対する検討をおこなうことにした。実験例1と同等のゆで汁で、2cm×22cm×22cm(1kg)、2cm×39cm×39cm(3kg)、2cm×63cm×63cm(8kg)の氷をつくり、1.0℃で縦置きして融解した。図8に結果を示す。図から明らかなように、重さが1kg以下となると、基準曲線を下回ることが確認できた。なお、これは、高低差が約40cm以上であることが好ましい結果となったともいえる。
【0046】
以上で、板状の氷を立てて高低差を作り融解させる場合には、厚みが2cm以上で重さが3kg以上の氷をつくり、雰囲気温度を3.5℃以下として縦置きで放置すれば、濃縮倍率を高水準に維持して、抽出量も多く、抽出速度も速やかであることが分かった。なお、当然ながら、条件によっては、雰囲気温度3.5℃以下の融解でよく、また、条件によっては、厚みが2cm以上の氷を用いた融解で良く、また、条件によっては、重さが3kg以上の氷を用いた融解でよいのはいうまでもない。
【0047】
次に、作業性の観点から凍結融解方法を検討することにした。これまで、氷は扁平な直方体形状、すなわち板状としていたが、これを、角バット、すなわち、上面が底面より広くなっており、側面部分が傾斜しているステンレス容器を用いて、かにのゆで汁を凍らせた。凍らせる際に、上面に段ボールでフタをしたものと、フタをしないもので比較すると、できあがった氷は、フタをしない方は、底面中央に溶質の濃い部分ができこの部分が盛りあがって角バットから氷がすでに離型しており、フタをした方は上面中央に溶質の濃い部分が緩やかに盛りあがった氷となり、離形していなかったものの、バットごと縦置きしたら数分で離型した。この氷の融解曲線を測定したところ、図示は省略するが、両者に違いはないことが確認できた。したがって、角バットを用いることにより、作業性が高まることが確認でき、特段フタをせずともよいことも確認できた。容積に特に限定はないが、作業員が簡便に作業できるようにするため、15kg以内の投入量となる大きさが好ましい。
【0048】
<実験例9>
以上は、完全凍結時に基準曲線と同等程度以上の融解が可能な方法を検討したものであるが、高い濃縮倍率を求めない場合には、不完全凍結の状態から融解する方法も採用することができる。次にこの説明をおこなう。
【0049】
実験例1と同じ容器にカニのゆで汁を8kg注入し、完全に凍らせたもの(−30℃)と、水溶液の全てが凍っていない状態で、中心温度が−4.6℃、−1.9℃、−0.7℃となった時点で凍結を終了したものとを、融解開始の2時間後から8時間後まで2時間毎に融解量と濃度を測定した。このうち、−30℃と−0.7℃のものについては24時間、26時間、28時間後の融解量と濃度も測定した。なお、−30℃と−0.7℃のものは1.0℃の雰囲気温度で融解し、−4.6℃と−1.9℃のものは2.0℃の雰囲気温度で融解を行った。その結果を図9に示す。
【0050】
中心温度が−30℃に達し、完全に凍った氷を除いて、いずれも上記各例と異なった融解パターンを示し、各2時間で融解開始2時間までの融解量が最も多い。その後、初期に得られた融解液、未凍結液よりも濃い融解液が氷からしみ出し、濃度をあまり低下させることなく融解が進み、その後、基準曲線の融解量、濃度に到達する。
【0051】
この基準曲線上に到達するのに必要な時間は、完全に凍らせたものに比べて早く、更に中心温度が高いものの方がより早くなっている。完全に凍った−30℃のものは28時間後に18%融解したのに対して、−0.7℃のものは28時間後には38%融解し、約2倍の融解速度となる。
【0052】
また、カニゆで汁Brix2%〜Brix3%の凝固点は−0.4℃〜−0.6℃である。このことから、原料の水溶液の凝固点から0.数℃〜数℃低い状態で凍結を終了し、未凍結部分が残っている状態から融解を開始すると濃縮作業の時間短縮やエネルギーコストの効率化を図ることができる。なお、ここで、容器の大きさや形状に応じて適宜設定温度ないし目標温度を設定するものとする。
【0053】
以上から同じ融解時間であっても、ある時間以降は基準曲線を下回ることなく、融解量が増加する。したがって、容器1つあたりの水溶液の注入量をより多くすることも可能となり、作業性や生産量の向上を図ることが可能になる。なお、凍結濃縮法は潜熱比較で消費エネルギーが蒸発法の約1/7と省エネルギーな濃縮法であることも知られている。
【0054】
なお、以上得られた濃縮液のうち、濃度がBrix10.0%となっているものを分析したところ、水分91.3%、塩分、2.9%となっており、従来の蒸発法による濃縮液に比して風味が穏やかで良くオリや劣化臭もないことを確認した。これを再び、原液と同等濃度に希釈したところ、風味やアミノ酸パターンに変化がないことも分析によって確認した。したがって、本発明による濃縮液は、成分に偏りがなく濃縮され、極めて高品質であるといえる。
【0055】
なお、以上それぞれの実験例で説明した技術は、見方を変えれば、水の浄化技術、または、固形分(残渣、不溶物質等)分離技術、油分分離技術ととらえることもできる。すなわち、溶液中の溶質の多くが、抽出液として分離されるので、残っている氷は、溶質分の少ない氷(水分)と考えることができる。また、原液に固形分(たとえばカニの身、小さな膜、甲羅片、オリ)が含まれる場合、または食用油のように低温になると固結または高粘度化する油分が含まれる場合には、それらは氷の中に大部分が残る。よって、この観点から、溶媒分離、溶質分離、固形分分離、油分分離を適宜選択することもできる。
【0056】
相対的に清浄な水を取り出す場合には、たとえば、原液の凝固点より中心温度が−0.1℃〜−0.2℃低下した時点で凍結を終了し、融解を始めると良い。実施例9における−0.7℃の28時間融解時の融解液は2.5倍濃度であり、原料重量に対し38%融解し、溶質の93%を回収することができることが分かる(図9参照)。これは、微量に溶質が残存するもののBrix0.1%の氷を原料重量に対し62%得ることができる技術であるともいえる。
【0057】
固形分分離については写真の添付は省略するが、カニのゆで汁の場合には、凍結融解により濃縮すると、カニに含まれる殻、オリや懸濁性固形分が氷結晶間隙よりも大きく、濃縮液と共に流出することができず、氷に残るため、これらを除去可能となる。懸濁性固形分であるオリは、網や簡単なフィルターでは除去が難しいため、たとえば従来では蒸発法により減圧加熱濃縮した後に数日放置してオリの沈殿後の上澄みを回収していたところ、本技術によれば、濃縮液抽出工程と同時にこれらを簡便に除去できる。
【0058】
油分分離に関しては1%食塩水600gに12gのサラダ油を加え、スタラーで激しく撹拌し、油分を懸濁化させて凍結した後、冷蔵庫で解凍した。78%融解させた融解液にはわずかに油が浮いていたが、残りの22%の氷にほとんどの油が含まれていており、油分が分離されていることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明によれば、食品加工場にある冷凍庫および冷蔵庫を用いて、また、通常備わる角バットを用いて、効率よく濃縮液を得ることが可能となる。
【0060】
なお、複数の角バットを用いて凍結させても、氷を拝み合わせて載置すればよいので、板形状の氷を複数用いて、効率化を図ることもできる。このとき、溶解させる氷自体が雰囲気温度を形成し、たとえば、1℃付近の温度となり、冷蔵庫の消費電力を低減させることもできる。場合によっては、断熱庫に入れておけばよく、電力をかけずに融解液の抽出が可能となる。また、抽出工程の経て残った氷を用いて雰囲気温度を下げることもでき、環境配慮型の濃縮液抽出方法も提供可能となる。
【0061】
なお、本発明は、食品産業、環境産業、医薬品産業、化学産業、および海水の淡水化などに応用することもできる。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】板形状の氷を平置きした場合と縦置きした場合と斜め置きした場合の室温における融解曲線を示した図である。
【図2】板形状の氷を平置きした場合と縦置きした場合の融解温度が1.0℃である場合における融解曲線を示した図である。
【図3】板形状の氷と切頭円錐形の氷の融解曲線を調べた図である。
【図4】2.5℃の融解温度で、各種ボリュームの板形状の氷を融解させたときの様子をプロットした図である。
【図5】溶解温度を変えた場合の融解曲線を示した図である。
【図6】溶解温度の臨界点を決定する実験結果を示した図である。
【図7】厚みを変えた場合の融解曲線を示した図である。
【図8】厚みを2cmとして、ボリュームを変化させた場合の融解曲線を示した図である。
【図9】不完全凍結の場合の融解曲線を示した図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水溶液を凍結させて得た、板状または柱状の氷を縦に置き、融解して濃縮液を得ることを特徴とする濃縮液抽出方法。
【請求項2】
雰囲気温度を3.5℃以下として融解し濃縮液を得ることを特徴とする請求項1に記載の濃縮液抽出方法。
【請求項3】
氷の重さを3kg以上として濃縮液を得ることを特徴とする請求項1または2に記載の濃縮液抽出方法。
【請求項4】
氷の厚みを2cm以上として濃縮液を得ることを特徴とする請求項1、2または3に記載の濃縮液抽出方法。
【請求項5】
水溶液を凍結させるにあたり、水溶液の中心部分の温度が、濃縮前の水溶液の凝固点よりも所定温度低い状態で凍結工程を終了し、次いで、水溶液の入った容器を縦に置いて融解することを特徴とする請求項1〜4のいずれか一つに記載の濃縮液抽出方法。
【請求項6】
水溶液を凍結させるにあたり、上面部分が開口し、上面部分より小さな底面部を有する扁平な切頭錐形状の容器を用いることを特徴とする請求項1〜5のいずれか一つに記載の濃縮液抽出方法。
【請求項7】
容器を角バットとしたことを特徴とする請求項6に記載の濃縮液抽出方法。
【請求項8】
容器の容量を15リットル以下にしたことを特徴とする請求項1〜7のいずれか一つに記載の濃縮液抽出方法。
【請求項9】
水溶液がBrix2%〜Brix3%のカニのゆで汁であることを特徴とする請求項1〜8のいずれか一つに記載の濃縮液抽出方法。
【請求項10】
5倍濃縮液を当初水溶液重量の10%以上得ることを特徴とする請求項9に記載の濃縮液抽出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−131232(P2009−131232A)
【公開日】平成21年6月18日(2009.6.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−312086(P2007−312086)
【出願日】平成19年12月3日(2007.12.3)
【出願人】(507036212)日本海冷凍魚株式会社 (2)
【出願人】(307016180)地方独立行政法人鳥取県産業技術センター (32)
【Fターム(参考)】