説明

糸状菌もしくは放線菌を使用した水処理技術

【課題】廃液中の有機物を分解しSSを低下させ、従来使用されている単細胞微生物を利用した活性汚泥法以上の高度の廃水浄化を行う。
【解決手段】まず糸状菌や放線菌をポリプロピレンやポリエチレンあるいは炭素繊維等の空隙を多く含んだ繊維状あるいは多孔質の支持体に固形発酵にて増殖させる。その上でこの繊維状あるいは多孔質支持体に固定化された糸状菌もしくは放線菌を廃水中に投入して廃水の浄化を効率的に行うものである。例えば、澱粉液等の菌の栄養となりうる成分を含ませた多孔質担体に糸状菌及び放線菌の胞子を含む培養液を塗り付け固形発酵させ、菌糸を担体表面に成長させ菌糸膜を形成させた微生物固定担体を廃液中に投入する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糸状菌又は放線菌を利用した廃液の処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
業務として米をとぐ場合大量の水を消費するが、国と地域によっては水が豊富でないために節水の必要が有る。また大量の汚水(とぎ汁)を発生させるので、汚水の低減のための方策も必要とされていた。汚水および活性汚泥については、食品を大量に扱う施設(大規模レストラン、ホテル等)や自治体において設備、費用共に大きな負担となっていた。
【0003】
従来より廃水は微生物により浄化処理されているが、これまで糸状菌や放線菌のような多細胞系の微生物は排水処理には不向きとされてきた。
その理由はこれらの多細胞が処理液中で3次元方向に増殖拡大し、液中のSS(浮遊物質)を増大させバルキングの原因となるからである。
【0004】
下記特許文献1には、油脂分解能を有する糸状菌を担体に固定化したものを用いた油脂含有廃水の処理方法が提案されている。この方法において、担体への糸状菌の固定化は、担体と糸状菌を共に培養液に入れて培養すること、即ち、液体発酵によって行われる(特許文献1の段落[0018]参照)。このような液体発酵を用いた方法では、糸状菌によって油脂分解はするものの処理中に糸状菌の細胞が処理液に遊離してしまい逆にSSを上げてしまうという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開平7−303899号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかし糸状菌や放線菌は多細胞生命体なるが故に、適切な増殖制御を行えばむしろ処理液中の有機物を分解するのみならずSSを捕捉し、従来使用されている単細胞微生物を利用した活性汚泥法以上に高度の廃水浄化が可能となる。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで、本発明は、水分を含ませた多孔質又は繊維質の担体に固形発酵によって糸状菌及び/又は放線菌の菌糸膜を形成させた微生物固定担体を、廃液中に入れて廃液を浄化する方法を提供する。
本発明はさらに、糸状菌及び/又は放線菌用の培養液及び糸状菌及び/又は放線菌の胞子を多孔質又は繊維質の担体に塗布し、固形発酵させて担体表面付近に糸状菌及び/又は放線菌の膜を形成させた微生物固定担体を廃液中に入れて廃液を浄化する方法を提供する。
本発明においては、まず糸状菌や放線菌をポリプロピレンやポリエチレンあるいは炭素繊維等の空隙を多く含んだ繊維状あるいは多孔質の支持体に固形発酵にて増殖させる。その上でこの繊維状あるいは多孔質支持体に固定化された糸状菌もしくは放線菌を廃水中に投入して廃水の浄化を効率的に行うものである。
【0008】
本発明は、有機物を分解して廃液を浄化することを目的とする。本発明はSS除去、特に、米の研ぎ汁やうどんのゆで汁のような浮遊物質の多い食品加工廃水の浄化に役立つ。
本発明において微生物の担体固定は、液体発酵ではなく、固形発酵によって行うことを特徴とする。例えば、糸状菌及び/又は放線菌の胞子を含む培養液を多孔質又は繊維質の担体に塗布するなどして含ませ発酵させることによって行う。固形発酵することによって担体表面付近に菌糸の膜ができる。
固形発酵にて増殖したこれらの菌は、もはや水中で単細胞に分離することは少なく支持体に固着した状態のままで増殖するので、菌体由来の水中のSSやCOD、BODを増加させる事なく効率的に廃水の浄化を行う事ができるのである。
【0009】
本発明の方法によれば、腐敗菌などの増殖が抑えられ、例えば酵母のように浄化に有用な菌が増殖し糸状菌、放線菌と共生しうる。
自然な増殖の他、酵母を廃液中に投入してもよい。例えば、酵母を固定麹菌浄化処理開始後に廃液中に投入する。酵母は特に麹菌と非常に相性がよく、短時間に麹の菌膜に付着する。その結果、麹菌で分解された水溶性有機物はさらに酵母で消費されてBODを低下させる。
【0010】
本発明において「固形発酵」とは、糸状菌又は放線菌が水分を含んだ固体担体に増殖することを意味し、液体中で増殖を行う「液体発酵」とは区別される。例えば、固体担体に含まれる水分は90%未満、好ましくは60%以下、より好ましくは50%以下である。
本発明において「糸状菌及び/又は放線菌の膜」、「菌膜」、「菌糸膜」とは、菌糸が絡み合ってできた菌糸の塊が例えば担体表面を覆うように又は担体表面に沿って広がっているものを意味する。
本発明において「廃液」とは有機物を含む廃液であり、例えば米の研ぎ汁、うどんの茹で汁や穀類野菜の煮汁等の食品加工廃液、あるいは澱粉廃液である。また、活性汚泥や家畜糞も廃液として分解浄化することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1は麹菌膜形成担体による長期間処理でのCOD値変化を示すグラフである。(実施例6)
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に本発明の好適な実施の形態を説明する。
まず、糸状菌及び/又は放線菌とこれらの増殖に適した液体、好ましくは糸状菌胞子及び/又は放線菌胞子を含有する糸状菌及び/又は放線菌用培養液を多孔質担体に含ませる。
担体に適度な水分を含ませる方法として、例えば液体を塗布し又は吹き付け、あるいは適量の液体に浸けて担体に吸い込ませ又は液体に浸漬して取り出すなど考えられるが、好ましくは担体全体に澱粉液や処理対象廃液を含ませ、次いで担体表面付近に胞子含有培養液を塗布などによって付ける。
これを、菌糸が成長するように固形発酵させて、担体に糸状菌及び/又は放線菌の菌糸膜を形成させた微生物固定担体を準備する。
好ましくは胞子含有液体を担体表面全体にわたって含ませ固形発酵させて、担体内部からの菌細胞の遊離を防ぐ菌糸膜を作る。
【0013】
本発明のより好ましい態様では、澱粉液等の菌の栄養となりうる成分を含ませた多孔質担体に糸状菌及び放線菌の胞子を含む培養液を塗り付け固形発酵させ、菌糸を担体表面に成長させ菌体の膜を形成させた微生物固定担体を使用する。
固形発酵は、例えば菌の増殖に適した条件(温度:30℃程度)に維持した槽で数日間発酵させて行うことができる。
ついでこの微生物固定担体を廃液中に入れる。
本発明では、廃液中において担体内で増殖した微生物の遊離を抑えられ、効果的な有機物分解及びSS捕捉を行うことができる。
【0014】
一実施態様では、次のように行う。
1:ポリプロピレン性の消臭マット等の微生物固定用担体にでんぷん液を含ませる。
2:上記担体に麹菌等糸状菌の培養液を塗り、固形発酵させる。
3:糸状菌が繁殖した担体を液中に縦置きして、液全体をエアレーションで撹拌する。
【0015】
本発明で使用できる微生物は、糸状菌及び放線菌である。好ましくは糸状菌、特にアスペルギルス属、リゾプス属、ムコール属の糸状菌であり、より好ましくはアスペルギルス属、さらに好ましくはアスペルギルス・ニガー、アスペルギルス・ソエー及びアスペルギルス・アワモリ、最も好ましくはアスペルギルス・ニガーである。
糸状菌及び/又は放線菌の他にさらに酵母を併用してもよい。酵母は廃液中に直接投入してもよい。
【0016】
本発明で使用される担体は、多孔質あるいは繊維質状の菌固定が可能な担体である。材質は例えばポリプロピレン、ポリエチレンなどである。
好ましい担体の形状は板状あるいはマット状であり、担体は浄化対象である処理槽に固定できるものであってよい。固定することにより担体の排水口への流出や詰まりを防ぐことができる。例えば、粗目のネットなどに入れたり、挟んだりして固定することもできる。
【0017】
浄化処理中はエアレーションを行うと、効率よく廃液を浄化することができる。
本発明の微生物固定担体は、廃液を一時的に貯留する槽などで使用することができるが、例えば、米のとぎ汁やレストラン汚水などSSやBODを下げる必要のある場合に特に有効である。
【実施例1】
【0018】
米の研ぎ汁処理
ポリプロピレン支持体1リットルに対して殺菌済みの培養液100ml(グルコース5%、酵母エキス0.5%を含む)に100mgのAsp.nigerの胞子を混和した液体を塗布し、30℃にて3日間の固形発酵を行う。3日後にはこのポリプロピレン上にAsp.nigerの菌糸が広く菌体を形成する。
この固定化菌体1リットルを5リットルの米研ぎ汁(COD800ppm、濁度1.5)へ投入し、1分間5リットルの通気を行う。
【0019】
対照として、5リットルの米研ぎ汁に対して直接Asp.niger胞子を5gとポリプロピレンを1リットル投入して24時間同様の手法にて通気を行う。
24時間後の結果を以下の表に示した。
【0020】
Asp.nigerによる米の研ぎ汁の浄化
【表1】

【0021】
この表から明らかなように、本発明に従ってAsp.nigerを固定化した試験では24時間処理後CODが80ppmまで大幅に低下するのに対して、単にAsp.nigerの胞子を投入した場合には逆に1050ppmへと増加してしまった。
また濁度も、本発明に従う試験が0.015と大幅に低下するのに対して、対照試験では1.3とあまり変わらない。
この結果は、ポリプロピレンの支持体に生育した糸状菌が主にその内部で生長し水中へ拡散しない事を示している。そして単に糸状菌を液体培養した場合には増殖菌体の水中への拡散によりむしろCODが増加しているのに対して、当初固形発酵でポリプロピレン内に増殖した糸状菌を使用した場合には非常に効果的に水中のCODならびに濁度を減少せしめている事が明白である。
【実施例2】
【0022】
活性汚泥処理
食品工場の浄化槽から採取した活性汚泥を浄化する試験を行った。
活性炭に放線菌用培地を添加し水分40%に調整した支持体で、放線菌を用いて35℃にて5日間固形発酵した。これを固定化菌体として使用した。
本発明試験区においては、活性汚泥1リットルに対して100mlの固定化菌体を投入し、通気培養を30℃にて10日間行った。
【0023】
一方、対照区として、放線菌用液体培地に放線菌を添加して35℃5日間培養した培養液を使用した。
対照区においては、活性汚泥1リットルに対して1mlの培養液を添加し、通気培養を30℃にて10日間行った。
【0024】
活性汚泥容積の変化を以下に示す。
放線菌による活性汚泥容積の減少
【表2】

この表から明らかなように、放線菌を固形発酵させて作成した固定化菌体を使用して活性汚泥を処理すると、単に菌を活性汚泥に投入して処理した場合に比較して2倍以上のスピードで活性汚泥を消化することが分かる。
【実施例3】
【0025】
大豆の煮汁処理
納豆工場で排出される大豆の煮汁について以下の試験を行った。
スポンジに大豆の煮汁をしみ込ませて水分40%に調整した支持体で、Ryzopusを用いて30℃3日間固形発酵を行い固定化菌体を得た。
本発明試験区において、大豆煮汁1リットルに対してこの固定化菌体100mlを加え、通気培養を30℃にて3日間行った。
【0026】
対照試験として、Ryzopusを大豆煮汁で30℃3日間しんとう培養を行った培養液を使用した。
対照区においては、大豆煮汁1リットルに対してこの培養液を10ml添加し、通気培養を30℃にて3日間行った。
この結果、当初COD50000ppmだった大豆の煮汁は本発明試験区においては3000ppmにまで減少した。これに対して対照区ではCOD43000ppmと殆ど変化はなかった。
【実施例4】
【0027】
鶏糞の処理
鶏糞に水を添加し水分90%に調整し殺菌した液体を準備した。
次に、この液体にMucorの胞子を0.1%懸濁した液体を繊維状ポリプロピレンに塗布し、30℃にて5日間固形発酵を行ったものを固定化菌体として準備した。
一方、対照区用として、上記の鶏糞液にMucor胞子0.1%を添加して30℃3日間しんとう培養を行ったものを培養液として準備した。
【0028】
本発明試験区においては、鶏糞に水を添加し水分90%に調整した液体(無殺菌)1リットルに、上記固定化菌体100mlを投入し、通気培養を30℃にて5日間行った。
一方対照区においては、この鶏糞液1リットルに対して10mlの培養液を投入し、通気培養を30℃にて5日間行った。
この結果、試験区においては、ポリプロピレン中のMucorは大幅に増量する一方、液中の濁度は急激に減少し0.1にまで低下した。またCODも48000ppmから150ppmにまで減少した。
対照区においては、濁度は1.8から1.75と殆ど変化することもなく、CODも48000ppmから51000ppmとむしろ増加する傾向にあった。
以上の結果から本発明は鶏糞の浄化にも役立つ事が証明された。
【実施例5】
【0029】
麹菌直接投入と麹菌膜形成担体投入による米の研ぎ汁の浄化率比較
【表3】

米の研ぎ汁に0.1%の種麹を添加して通気培養した場合のCOD値の変化が上の単純培養のデータである。
米の研ぎ汁をスポンジに固着させた麹菌で通気処理した場合のCOD値の変化が下の菌膜処理のデータである。
【0030】
米の研ぎ汁に麹菌を添加しただけでは米の研ぎ汁は浄化されず、むしろCODが上昇する場合もある。スポンジを麹菌培養液に浸けて麹菌を固着させた担体、即ち液体発酵による麹菌固定化スポンジを米の研ぎ汁に投入した場合も、同様に麹菌の細胞が処理液に遊離するので浄化されない。
一方、固形発酵により菌膜形成したスポンジで処理した場合には、22時間で60%以上分解できる事が分かる。
また、本発明の方法の実施には、Aspergillus.niger、Aspergillus.sojae、Aspergillus.awamoriが特に適していることが分かる。
【実施例6】
【0031】
麹菌膜形成担体投入による長期間浄化処理
日量20tのうどんゆで汁を、本発明による麹菌固定菌担体が設置され保温通気機能をもつ大型装置で連続処理した。
COD値の変化を下記に示す。また、グラフにした結果を図1に示す。
【表4】

【0032】
排出直後COD1200ppmの廃液が、24時間後には10ppm程度、BODでは2ppm程度にまで浄化される。
また、廃液や空気中には雑多な菌が生育しているため自然にその他の菌(酵母など)との共生がはじまり、処理開始後1ヶ月くらいから処理能力が飛躍的に向上していることが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物固定担体を廃液中に入れて廃液を浄化する方法であって、
微生物固定担体が、水分を含ませた多孔質又は繊維質の担体に固形発酵によって糸状菌及び/又は放線菌の菌糸膜を形成させたものであることを特徴とする方法。
【請求項2】
微生物固定担体が、糸状菌及び/又は放線菌用の培養液及び糸状菌及び/又は放線菌の胞子を多孔質又は繊維質の担体に塗布し、固形発酵させて担体表面に糸状菌及び/又は放線菌の菌糸膜を形成させたものである、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
微生物固定担体が、糸状菌及び/又は放線菌の胞子を含む糸状菌及び/又は放線菌用の培養液を多孔質又は繊維質の担体に塗布し、固形発酵させて担体表面に糸状菌及び/又は放線菌の菌糸膜を形成させたものである、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記糸状菌及び/又は放線菌が、糸状菌である、請求項1ないし3の何れか1項に記載の方法。
【請求項5】
廃液の浄化がSS除去である、請求項1ないし4の何れか1項に記載の方法。

【図1】
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【公開番号】特開2010−221213(P2010−221213A)
【公開日】平成22年10月7日(2010.10.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−43711(P2010−43711)
【出願日】平成22年3月1日(2010.3.1)
【出願人】(509059170)
【Fターム(参考)】