説明

紡機における尻糸把持装置

【課題】玉揚げ時にスピンドル基部に残る糸(尻糸)の長さが従来に比べて短くても、糸の把持ミスを抑制して把持することができる紡機における尻糸把持装置を提供する。
【解決手段】尻糸把持部材は、環状の下側把持部材21及び環状の上側把持部材22を備え、上側把持部材22がスピンドルに対して上下方向に相対移動可能に設けられている。下側把持部材21及び上側把持部材22に、互いに係合可能な複数の上向き歯部23a,23b及び下向き歯部30a,30bがそれぞれ同心状に形成されている。上向き歯部23a,23b及び下向き歯部30a,30bは下側把持部材21及び上側把持部材22の中心側に向く内向き歯面23c,30cを有するものと、外側に向く外向き歯面23d,30dを有するものとが交互に設けられている。上側把持部材22にはボビン嵌挿部25が一体に形成されるとともに、玉揚げ時に上側把持部材22が管糸と共に所定量上昇可能に構成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、紡機における尻糸把持装置に係り、詳しくは玉揚げ装置により管糸が抜き上げられたスピンドルに空ボビンが挿入された後の機台再起動時に、自動的に糸の巻き取りが行われる紡機における尻糸把持装置に関する。
【背景技術】
【0002】
トラベラを介して糸の巻き取りを行うリング精紡機、リング撚糸機等の紡機においては、満管時に管替作業を自動的に行うため、管替後の再起動時に糸を空ボビンに自動的に巻き取ることができるように、ローラパートに連なる糸がトラベラに通ったままスピンドルに接続していることが要求される。この要求を満たし、スピンドル基部に残る糸(尻糸)を少なくできる尻糸切断装置が提案されている。(特許文献1参照)。
【0003】
特許文献1の尻糸切断装置では、図6(a)に示すように、スピンドル基部50aより上方に延びるブレード50bに、尻糸切断部材51が昇降可能に設けられ、尻糸切断部材51はコイルばね52により常にスピンドル基部50a側に付勢されている。図6(a),(b)に示すように、尻糸切断部材51及びスピンドル基部50aには、互いに係合可能な複数の凸部53a,53b及び凹部54a,54bが設けられている。そして、尻糸切断部材51とスピンドル基部50aとの当接部より少し下の位置に1巻以下に糸が巻かれた状態で、玉揚げ装置により管糸が抜き上げられ、抜き上げ途中まで尻糸切断部材51が管糸と共に上昇され、尻糸切断部材51とスピンドル基部50aとの間に管糸からトラベラに連なる糸が導かれる。その後、管糸から離脱した尻糸切断部材51とスピンドル基部50aとの間に糸が把持されるとともに、カッタ部55で糸が切断される。
【特許文献1】特開2004−339620号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1の尻糸切断装置では、尻糸切断部材51は玉揚げ装置の玉揚げ動作に伴って管糸と共に把持位置から開放位置へ移動され、糸は水平に形成された尻糸切断部材51の下面と、スピンドル基部50aの上面とに形成された複数の凸部53a,53b及び凹部54a,54bにより屈曲された状態で把持される。従って、1巻以下の巻付け量で尻糸の把持が可能となる。尻糸切断部材51とスピンドル基部50aとの間に把持された尻糸を、次の玉揚げ時に管糸に繋がった状態で管糸と共に把持部から出易くするには、把持された糸の長さを短くする必要がある。ところが、凸部53a,53b及び凹部54a,54bは径方向に延びる状態で形成されているため、糸の把持ミスを抑制して把持するには、把持長さをあまり短くすることができない。
【0005】
本発明は前記従来の問題点に鑑みてなされたものであって、その目的は玉揚げ時にスピンドル基部に残る糸(尻糸)の長さが従来に比べて短くても、糸の把持ミスを抑制して把持することができる紡機における尻糸把持装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
前記の目的を達成するため、請求項1に記載の発明は、玉揚げ装置により管糸が抜き上げられたスピンドルに空ボビンが挿入された後の機台再起動時に、自動的に糸の巻き取りが行われる紡機における尻糸把持装置である。そして、環状の下側把持部材及び環状の上側把持部材を備え、前記下側把持部材及び前記上側把持部材の少なくとも一方が前記スピンドルに対して上下方向に相対移動可能に設けられる。前記下側把持部材及び前記上側把持部材に、互いに係合可能な複数の上向き歯部及び下向き歯部がそれぞれ同心状に形成され、前記上向き歯部及び前記下向き歯部は前記下側把持部材及び前記上側把持部材の中心側に向く内向き歯面を有するものと、外側に向く外向き歯面を有するものとが交互に設けられている。また、前記上向き歯部の内向き歯面と前記下向き歯部の外向き歯面とが対向し、前記上向き歯部の外向き歯面と前記下向き歯部の内向き歯面とが対向するように形成されている。
【0007】
この発明では、玉揚げ停止時に、リングレールが下降され、トラベラを経て管糸に連なる糸が、下側把持部材及び上側把持部材の開口状態において、下側把持部材及び上側把持部材の対向する部分を通る状態となる位置でリングレールが停止する。そして、トラベラを経て管糸に連なる糸が、開口状態の下側把持部材及び上側把持部材の間に導かれた状態で下側把持部材及び上側把持部材が閉じると、トラベラを経て管糸に連なる糸は、上向き歯部及び下向き歯部により把持される。糸は、上向き歯部の内向き歯面と係合した状態でも、下向き歯部の内向き歯面と係合した状態でも、それぞれ内向き歯面によって外側に抜け出すことが規制される。従って、スピンドルに巻かれた糸のスピンドルに対する巻き付け角度が小さくても、即ちスピンドル基部に残る糸(尻糸)の長さが短くても、管糸からトラベラに繋がる糸の把持ミスを抑制して把持することができる。
【0008】
請求項2に記載の発明では、請求項1に記載の発明において、前記上向き歯部及び前記下向き歯部の互いに係合可能な歯面は、それぞれスピンドルを回転中心とした仮想円錐の斜面の一部を構成するように形成されている。従って、この発明では、上向き歯部及び下向き歯部の互いに係合可能な歯面同士が互いに案内されて所定位置に配置され易くなる。
【0009】
請求項3に記載の発明では、請求項1又は請求項2に記載の発明において、前記下側把持部材及び前記上側把持部材の一方はエラストマで形成されている。従って、この発明では、公差により上向き歯部及び下向き歯部が多少ずれても、エラストマで形成された側の把持部材が変形することにより、上向き歯部及び下向き歯部が所定の噛合状態になり、糸の把持ミスをより抑制することができる。
【0010】
請求項4に記載の発明は、請求項1〜請求項3のいずれか一項に記載の発明において、前記上側把持部材にはボビン挿入部が一体に形成されるとともに、玉揚げ時に上側把持部材が管糸と共に所定量上昇可能に構成されている。
【0011】
この発明では、玉揚げ装置により管糸が抜き上げられる際、管糸と共に上側把持部材が上昇されて上側把持部材及び下側把持部材が開口状態になり、抜き上げ途中で管糸からトラベラに連なる糸が上側把持部材及び下側把持部材の間に導かれる。その後、上側把持部材が管糸から離脱して下降する。そして、管糸から離脱した上側把持部材と下側把持部材との間に糸が把持される。従って、上側把持部材が開放位置と把持位置とに自動的に移動され、両把持部材を開口状態と把持状態にする構成が簡単になる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、玉揚げ時にスピンドル基部に残る糸(尻糸)の長さが従来に比べて短くても、糸の把持ミスを抑制して把持することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明をリング精紡機に具体化した一実施形態を図1〜図4にしたがって説明する。
図2(a)に示すように、スピンドル11は、ブレード部12と、スピンドル軸13とを備え、スピンドル軸13がスピンドルレール14に固定されたボルスタ15に軸受16を介して回転可能に支持されている。ブレード部12は、ベルト掛け部12aを備えたスピンドル基部12bと、スピンドル基部12bの上部に嵌挿されるとともに、ボビンBが装着されるブレード12cとで構成されている。スピンドル軸13はブレード12cにインサート成形されている。
【0014】
スピンドル基部12bは、上部に小径部12dを備え、小径部12dに尻糸把持装置としての尻糸把持部材20が取り付けられている。尻糸把持部材20は、環状の下側把持部材21及び環状の上側把持部材22を備えている。この実施形態では下側把持部材21はエラストマ(弾性を有する樹脂)で形成され、上側把持部材22は金属で形成されている。エラストマとして、例えば、EPDM(エチレン・プロピレン・ジエン三元共重合体配合物)が使用され、金属としては、例えば、アルミニウム又はアルミニウム合金が使用される。下側把持部材21は小径部12dに対して相対回動不能に嵌合されている。上側把持部材22は小径部12dに対して相対回動不能な状態で、小径部12dに沿って摺動可能に、即ちスピンドル11に対して上下方向に相対移動可能に設けられている。
【0015】
図2(b)及び図1(b)に示すように、下側把持部材21は、大径の円筒部21a及び小径の円筒部21bを備えている。小径の円筒部21bは内面がブレード部12の小径部12dと嵌合可能に形成されるとともに、回り止め部21cを備えている。図1(b)に示すように、大径の円筒部21aの上端部には複数の上向き歯部23a,23bが同心状に形成されている。一方の上向き歯部23aは、下側把持部材21の中心側に向く内向き歯面23cを有し、他方の上向き歯部23bは、外側に向く外向き歯面23dを有する。一方の上向き歯部23a及び他方の上向き歯部23bは交互に存在するように形成されている。
【0016】
図1(a)及び図2(b)に示すように、上側把持部材22は、下側把持部材21の両円筒部21a,21bとの間に挿入可能な円筒部22aと、円筒部22aの上端と対応する位置に設けられた、カッタ部24と、カッタ部24の上側に設けられたボビン挿入部としてのボビン嵌挿部25とを備えている。図1(a)及び図4(a)に示すように、カッタ部24は円環状の刃体24aを別体とし、刃体24aを固定する複数の係止凸部24bを備えている。この実施形態では刃体24aの先端の径がボビンBの下端の外径より大きく形成されている。
【0017】
ボビン嵌挿部25は円筒状に形成されるとともに、下部にボビン嵌挿部25とボビンBとの嵌合力を高める部材として、板ばね26が上下方向に延びるとともに外側に湾曲する状態で設けられている。ボビン嵌挿部25は、板ばね26の上端を固定するとともに、上側把持部材22がスピンドル11に取り付けられた状態において、上側把持部材22を常に下側把持部材21側に付勢する付勢手段としてのコイルばね27の収容部28aを構成する円筒28を備えている。板ばね26は、上端が円筒28に固定され下端は移動可能に設けられている。
【0018】
図2(b)に示すように、ブレード12cには、上側把持部材22が下側把持部材21に当接した状態において、ボビン嵌挿部25の上端、即ち円筒28の上端部と対応する位置にストッパ部29が設けられている。ブレード12cは、ストッパ部29を境にしてそれより上側の外径が大きく形成され、コイルばね27は、下端が収容部28aの下端に当接し、上端がストッパ部29に当接する状態で収容部28a内に収容されている。コイルばね27は、上側把持部材22を常に下側把持部材21側に付勢する付勢手段を構成する。また、コイルばね27は、上側把持部材22とブレード12cとの間に設けられ、玉揚げ時に上側把持部材22が下側把持部材21と当接する位置より所定高さ以上に上昇するのを規制する規制手段を構成する。
【0019】
図1(a)に示すように、上側把持部材22には、円筒部22aの上端部と対応する箇所に複数の下向き歯部30a,30bが同心状に形成されている。一方の下向き歯部30aは、上側把持部材22の中心側に向く内向き歯面30cを有し、他方の下向き歯部30bは、外側に向く外向き歯面30dを有する。一方の下向き歯部30a及び他方の下向き歯部30bは交互に存在するように形成されている。
【0020】
そして、上向き歯部23aの内向き歯面23cと、下向き歯部30bの外向き歯面30dとが対向し、下向き歯部30aの内向き歯面30cと、上向き歯部23bの外向き歯面23dとが対向するように、上側把持部材22がブレード部12の小径部12dに取り付けられている。上向き歯部23a,23b及び下向き歯部30a,30bの互いに係合可能な歯面は、スピンドル11を回転中心とした仮想円錐の斜面の一部を構成するように形成されている。上側把持部材22は常には下向き歯部30a,30bが下側把持部材21の上向き歯部23a,23bと当接して、下側把持部材21との間で糸(尻糸)を把持可能に構成されている。
【0021】
次に前記のように構成された装置の作用を説明する。
ボビンBはその下部が上側把持部材22のボビン嵌挿部25に嵌合された状態でスピンドル11に一体回転可能に装着される。そして、ベルト掛け部12aに圧接される図示しないベルトを介してスピンドル11が回転され、ボビンBがスピンドル11と一体回転される。
【0022】
紡出が継続されて満管になると、所定の停止動作が行われ、従来と同様な動作でリングレール31が急降下されて、図3(a)に示すように、スピンドル11に装着されている管糸(満ボビン)32に傾斜巻(胴巻)32aが行われる。その後、リングレール31は、トラベラ33を経て管糸32に連なる糸Yが上側把持部材22及び下側把持部材21の下向き歯部23a,23bと上向き歯部30a,30bとの当接部以下の位置を通る状態で停止する。そして、下向き歯部23a,23bと上向き歯部30a,30bとの当接部以下の位置に、例えば、約1/2巻の糸が巻かれた状態となるようにブレーキが掛けられてスピンドル11が停止される。次にラペット34が玉揚げに支障とならない退避位置に配置され、図3(a)に示す状態となる。
【0023】
次に図3(b)に示すように、玉揚げ装置35により管糸32が抜き上げられる。抜き上げ途中まで上側把持部材22が管糸32と共に上昇され、上側把持部材22と下側把持部材21との間に管糸32からトラベラ33に連なる糸Yが導かれる。図3(a)に示す状態から、管糸32と共に上側把持部材22が上昇すると、下側把持部材21に巻かれていた状態の糸Yは、円筒部22aの外面に沿って移動する。
【0024】
管糸32と共に上昇する上側把持部材22が所定の高さに達すると、コイルばね27の付勢力により上側把持部材22が管糸32から離脱する。そして、上側把持部材22は、下向き歯部30a,30bが下側把持部材21の上向き歯部23a,23bと当接する位置まで下降し、管糸32からトラベラ33に連なる糸Yが上側把持部材22と下側把持部材21との間に把持される。
【0025】
管糸32は上昇を継続しているため、糸Yが刃体24aに緊張状態で圧接されて切断され、図3(c)に示す状態となる。上側把持部材22は管糸32から離脱後、直ちに下向き歯部30a,30bが上向き歯部23a,23bと当接する位置まで落下する。従って、上側把持部材22が管糸32から離脱して下降する途中で刃体24aにより糸Yが切断されても、糸Yは上側把持部材22の下向き歯部30a,30bと、下側把持部材21の上向き歯部23a,23bとの間に把持される。
【0026】
特許文献1の従来技術では、径方向(放射状)に延びる複数の凸部及び凹部の係合で糸Yを把持する構成のため、糸Yは凸部と係合していても把持されるまでは、外周側への移動は特に規制されない。従って、上側把持部材22が管糸32から離脱して把持位置まで移動する際に、糸Yが外側に移動して把持ミスになる場合があるため、凸部の径方向の長さを長くして、糸が外側に移動しても把持ミスにならないようにする必要がある。
【0027】
しかし、この実施形態では、上側把持部材22が把持位置に復帰した際に、下側把持部材21及び上側把持部材22間に糸Yを把持するためには、糸Yの一部が上向き歯部23a及び下向き歯部30aの外周面より内側に存在すればよい。従って、図4(b)に示すように、糸Yが1個の上向き歯部23aの内向き歯面23cに係合する状態で、上側把持部材22が把持位置に配置されても、糸Yは内向き歯面23cにより上向き歯部23aの外周側への移動が規制されるため、糸Yの把持ミスを抑制した状態で把持することが可能になる。上向き歯部23a,23b及び下向き歯部30a,30bの径方向の長さLは、従来技術の半分以下でよくなる。
【0028】
管糸32が玉揚げされて図3(d)の状態となった後、空のボビンBがスピンドル11に挿入され、ラペット34が巻取り位置へと回動配置された後、機台が再起動される。トラベラ33に連なる糸Yの端部は次の玉揚げまで、上側把持部材22と下側把持部材21との間に把持される。そして、上側把持部材22と下側把持部材21との間に把持された尻糸は、次回の玉揚げの際に管糸32に連なってスピンドル11から離脱する。
【0029】
この実施の形態では以下の効果を有する。
(1)尻糸把持部材20は、スピンドル11に設けられる環状の下側把持部材21及び環状の上側把持部材22を備え、上側把持部材22がスピンドル11に対して上下方向に相対移動可能に設けられている。下側把持部材21及び上側把持部材22に、互いに係合可能な複数の上向き歯部23a,23b及び下向き歯部30a,30bがそれぞれ同心状に形成されている。上向き歯部23a,23b及び下向き歯部30a,30bは下側把持部材21及び上側把持部材22の中心側に向く内向き歯面23c,30cを有するものと、外側に向く外向き歯面23d,30dを有するものとが交互に設けられている。また、上向き歯部23aの内向き歯面23cと下向き歯部30bの外向き歯面30dとが対向し、上向き歯部23bの外向き歯面23dと下向き歯部30aの内向き歯面30cとが対向するように形成されている。従って、トラベラ33を経て管糸32に連なる糸Yが、開口状態の下側把持部材21及び上側把持部材22の間に導かれた状態で下側把持部材21及び上側把持部材22が閉じると、糸Yは、上向き歯部23aの内向き歯面23cあるいは下向き歯部30aの内向き歯面30cと係合した状態で、外側に抜け出すことが規制される。その結果、スピンドル11の基部に巻かれた糸の巻き付け角度が小さくても、即ちスピンドル基部12bに残る糸Y(尻糸)の長さが短くても、管糸32からトラベラ33に繋がる糸Yの把持ミスを抑制して把持することができる。
【0030】
(2)上向き歯部23a,23b及び下向き歯部30a,30bの互いに係合可能な歯面は、スピンドル11を回転中心とした仮想円錐の斜面の一部を構成するように形成されている。従って、上向き歯部23a,23b及び下向き歯部30a,30bの互いに係合可能な歯面同士が互いに案内されて所定位置に配置され易くなる。
【0031】
(3)上向き歯部23aの内向き歯面23c及び下向き歯部30aの内向き歯面30cは、それぞれ径方向の厚さが先端程薄くなるように形成されている。従って、トラベラ33を経て管糸32に連なる糸Yが、内向き歯面23c,30cの先端より内側に位置する状態で、上側把持部材22が把持位置へ移動することにより、糸Yが内向き歯面23c,30cに沿って上向き歯部23a,23b及び下向き歯部30a,30bの内側へ案内されて把持ミスが生じ難くなる。
【0032】
(4)下側把持部材21はエラストマで形成されている。従って、公差等により上向き歯部23a,23b及び下向き歯部30a,30bが多少ずれても、エラストマで形成された下側把持部材21の上向き歯部23a,23bが変形することにより、上向き歯部23a,23b及び下向き歯部30a,30bが所定の噛合状態になる。その結果、糸Yの把持ミスをより抑制することができる。また、下側把持部材21及び上側把持部材22の両者を金属製とした場合は、上側把持部材22が管糸32から離脱して降下(落下)し、下側把持部材21との間で糸Yを把持する際、細糸の場合に上向き歯部23a,23b及び下向き歯部30a,30bで挟まれた衝撃により、糸Yが把持部の端部で切断される虞がある。しかし、下側把持部材21がエラストマ製のため、細糸の場合でも糸Yが把持の衝撃により切断されることを防止できる。下側把持部材21を金属製にして、上側把持部材22をエラストマ製としても同様な効果が得られるが、下側把持部材21をエラストマ製とした方が作り易い。
【0033】
(5)上側把持部材22にはボビン嵌挿部25が一体に形成されるとともに、玉揚げ時に上側把持部材22が管糸32と共に所定量上昇可能に構成されている。従って、上側把持部材22が開放位置と把持位置とに自動的に移動され、上側把持部材22を開口状態と把持状態にする構成が簡単になる。
【0034】
(6)上側把持部材22は、下向き歯部30a,30bの内側において下方に延びるとともに下側把持部材21の円筒部21aに常に係合する円筒部22aを備えている。従って、円筒部22aがガイド部として機能し、上側把持部材22が把持位置と開口位置との間を、下向き歯部30a,30bと下側把持部材21の上向き歯部23a,23bとの対向状態を保持して移動するのに寄与する。
【0035】
(7)上側把持部材22がコイルばね27により常に下側把持部材21側に付勢されているため、上側把持部材22が軽くてもトラベラ33に連なる糸Yを確実に把持できる。また、ボビン嵌挿部25がボビンBから離脱した際、上側把持部材22がコイルばね27により下方へ付勢されるため、上側把持部材22の落下途中で糸Yが切断されても、上側把持部材22が素早く下側把持部材21と当接する位置に達して糸Yを把持できる。
【0036】
(8)ボビン嵌挿部25にはボビンBとの嵌合力を高めるための嵌合力増強手段(板ばね26)が設けられている。従って、上側把持部材22が、コイルばね27の付勢力に抗して、確実に管糸32と共に所定の高さまで上昇することができる。
【0037】
実施形態は前記に限定されるものではなく、例えば、次のように具体化してもよい。
○ 上向き歯部23a,23b及び下向き歯部30a,30bは、それぞれ同心状に形成され、内向き歯面23c,30cを有するものと、外向き歯面23d,30dを有するものとが交互に設けられ、かつ内向き歯面23cと外向き歯面30dとが対向し、外向き歯面23dと内向き歯面30cとが対向するように形成されていればよい。例えば、図5(a)に示すように、下側把持部材21の上向き歯部23a,23bの形状を略直方体状にしてもよい。図示しない上側把持部材22の下向き30a,30bの形状は上向き歯部23a,23bの形状に対応した形状となる。この場合でも、糸Yが少なくとも一つの上向き歯部23aの内向き歯面23c又は下向き歯部30aの内向き歯面30cより内側に位置する状態で上側把持部材22が開口位置から把持位置に移動すれば、管糸32からトラベラ33に連なる糸Yを、把持ミスを抑制した状態で把持することができる。
【0038】
○ 上向き歯部23a,23b及び下向き歯部30a,30bは、全て同じ形状である必要はなく、上向き歯部23aの内向き歯面23cと下向き歯部30bの外向き歯面30dが対応する形状で、上向き歯部23bの外向き歯面23dと下向き歯部30aの内向き歯面30cが対応する形状であればよい。例えば、歯面が円錐の一部を構成する形状のものと、歯面が鉛直面のものとが混在してもよい。
【0039】
○ 下側把持部材21及び上側把持部材22を開口状態と把持状態にする構成は、下側把持部材21を固定して、上側把持部材22を開口位置と把持位置とに移動させる構成に限らず、上側把持部材を固定して、下側把持部材を移動させる構成や、上側把持部材及び下側把持部材の両者を移動させる構成としてもよい。例えば、図5(b)に示すように、上側把持部材40をブレード部12の小径部12dに嵌合固定する。また、下側把持部材41を小径部12dに対して上下方向に移動可能に取り付けるとともに、コイルばね42により上側把持部材40と当接する側に付勢する。上側把持部材40には上側把持部材22と同様な下向き歯部30a,30bが形成され、下側把持部材41には下側把持部材21と同様な上向き歯部23a,23bが形成されている。また、下側把持部材41にはリングレール31に設けた係合部材(図示せず)と係合可能な係合部(例えば、フランジ)43を設ける。そして、玉揚げ時にリングレール31が玉揚げ位置まで下降する際に、係合部材が係合部43と係合して下側把持部材41を開口位置まで下降させ、開口部に糸Yを1/2以下巻き付けた後、スピンドル11を停止させる。その後、下側把持部材41がコイルばね42の付勢力により把持位置まで上昇可能な位置までリングレール31を上昇させることにより、下側把持部材41を把持位置に復帰させる。この場合、上側把持部材40にはボビン嵌挿部25を設ける必要がなく、上側把持部材40の構成が簡単になる。
【0040】
○ 下側把持部材41を上下方向に移動可能に取り付けた場合、下側把持部材41をリングレール31を利用して移動させる構成に代えて、専用の昇降装置を設けてもよい。
○ 下側把持部材21,41をエラストマ製、上側把持部材22,40を金属製にする代わりに、下側把持部材21,41を金属製、上側把持部材22,40をエラストマ製にしてもよい。また、下側把持部材21,41及び上側把持部材22,40を共に金属製としてもよい。
【0041】
○ 下側把持部材21,41及び上側把持部材22,40の一方を樹脂製に他方を金属製にしてもよい。
○ ブレード12cと小径部12dを一体に形成してもよい。
【0042】
○ 下側把持部材21をブレード部12と一体に形成してもよい。
○ 下側把持部材21の円筒部21bを省略してもよい。
○ 上側把持部材22の円筒部22aに代えて、下向き歯部の内側において下側把持部材21の円筒部21aの内面と常に係合可能な状態で、下方に延びる棒状あるいは板状の複数のガイド部を設けてもよい。また、円筒部22aやガイド部を省略してもよい。
【0043】
○ 上側把持部材22の上昇を規制する規制手段は、ストッパ部29と上側把持部材22との間に設けられたコイルばね27に限らない。例えば、コイルばね27及びストッパ部29を設けずに、上側把持部材22のボビン嵌挿部25と当接して上側把持部材22の上昇を規制するストッパをブレード12cの所定位置に固定してもよい。上側把持部材22は管糸32と共に上昇中にストッパと当接することにより、管糸32とから離脱する。
【0044】
○ 嵌合力増強手段は板ばね26に限らず、例えば、ボビン嵌挿部25の外周面に環状の溝を形成するとともに、溝内に一部が溝の外に出る状態でゴムリングを収容してもよい。
【0045】
○ カッタ部24は別体の刃体24aを係止凸部24bで固定する構成に限らず、上側把持部材22に刃部を一体に形成してもよい。刃部の形状は外形が円形に限らず、例えば鋸歯状であってもよい。
【0046】
○ カッタ部24の外径をボビンBの底部外径より小さくしてもよい。この場合、玉揚げ時に管糸32からトラベラ33に連なる糸Yが、上側把持部材22と下側把持部材21との間に把持される前に切断される虞がない。
【0047】
○ スピンドル11の駆動方式はベルト駆動に限らず、各錘毎にモータを設ける、所謂単錘駆動方式であってもよい。また、タンゼンシャルベルトによる駆動ではなく、4錘掛けベルトによる駆動であってもよい。
【0048】
以下の技術的思想(発明)は前記実施形態から把握できる。
(1)請求項4に記載の発明において、前記上側把持部材には前記下向き歯部の内側において下方に延びるとともに前記下側把持部材と常に係合するガイド部を備えている。
【図面の簡単な説明】
【0049】
【図1】(a)は上側把持部材の斜視図、(b)は下側把持部材の斜視図。
【図2】(a)は一実施形態のスピンドルの一部破断模式側面図、(b)は尻糸把持部材の取付け状態を示す断面図。
【図3】(a)〜(d)は玉揚げ時の作用を説明する側面図。
【図4】(a)は尻糸把持部材の概略斜視図、(b)は糸と歯部の関係を説明する斜視図。
【図5】(a)は別の実施形態の下側把持部材の斜視図、(b)は別の実施形態の尻糸把持部材の断面図。
【図6】(a)は従来技術を示す部分断面図、(b)は同じく斜視図。
【符号の説明】
【0050】
Y…糸、11…スピンドル、20…尻糸把持装置としての尻糸把持部材、21,41…下側把持部材、22,40…上側把持部材、23a,23b…上向き歯部、30a,30b…下向き歯部、23c,30c…内向き歯面、23d,30d…外向き歯面、32…管糸、35…玉揚げ装置。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
玉揚げ装置により管糸が抜き上げられたスピンドルに空ボビンが挿入された後の機台再起動時に、自動的に糸の巻き取りが行われる紡機における尻糸把持装置であって、
環状の下側把持部材及び環状の上側把持部材を備え、前記下側把持部材及び前記上側把持部材の少なくとも一方が前記スピンドルに対して上下方向に相対移動可能に設けられ、前記下側把持部材及び前記上側把持部材に、互いに係合可能な複数の上向き歯部及び下向き歯部がそれぞれ同心状に形成され、前記上向き歯部及び前記下向き歯部は前記下側把持部材及び前記上側把持部材の中心側に向く内向き歯面を有するものと、外側に向く外向き歯面を有するものとが交互に設けられ、かつ前記上向き歯部の内向き歯面と前記下向き歯部の外向き歯面とが対向し、前記上向き歯部の外向き歯面と前記下向き歯部の内向き歯面とが対向するように形成されている紡機における尻糸把持装置。
【請求項2】
前記上向き歯部及び前記下向き歯部の互いに係合可能な歯面は、それぞれスピンドルを回転中心とした仮想円錐の斜面の一部を構成するように形成されている請求項1に記載の紡機における尻糸把持装置。
【請求項3】
前記下側把持部材及び前記上側把持部材の一方はエラストマで形成されている請求項1又は請求項2に記載の紡機における尻糸把持装置。
【請求項4】
前記上側把持部材にはボビン挿入部が一体に形成されるとともに、玉揚げ時に上側把持部材が管糸と共に所定量上昇可能に構成されている請求項1〜請求項3のいずれか一項に記載の紡機における尻糸把持装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−303037(P2007−303037A)
【公開日】平成19年11月22日(2007.11.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−134270(P2006−134270)
【出願日】平成18年5月12日(2006.5.12)
【出願人】(000003218)株式会社豊田自動織機 (4,162)
【Fターム(参考)】