説明

細胞外マトリックス分解酵素阻害剤

【課題】大麦若葉の細胞外マトリックス分解酵素阻害剤としての新たな用途を提供すること、並びに、大麦ぬか、モルトフィード及び米ぬかの細胞外マトリックス分解酵素阻害剤としての新たな再利用方法を提供すること。
【解決手段】大麦若葉、大麦ぬか、モルトフィード及び米ぬかからなる群より選ばれる少なくとも1種の穀物の抽出物からなる細胞外マトリックス分解酵素阻害剤を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞外マトリックス分解酵素阻害剤に関する。
【背景技術】
【0002】
大麦及び米は、古くから広く栽培されている穀物であり、安全な自然食品素材である。また、大麦ぬか及びモルトフィードはビール製造の際に、米ぬかは玄米精製の際に生じる副生成物である。従来、大麦若葉の抗酸化作用(特許文献1)や、大麦グルカンの保湿作用(特許文献2)、大麦種子のチロシナーゼ生成抑制作用(特許文献3)、モルトフィードの再生紙への利用(特許文献4)等が知られている。また、米ぬかについては、コラーゲン合成促進作用、過酸化脂質生成抑制作用、SOD様活性作用、紫外線損傷回復作用等に関して報告がある(特許文献5及び6)。
【特許文献1】特開平6−122619号公報
【特許文献2】特開2003−192561号公報
【特許文献3】特開2000−256131号公報
【特許文献4】特開2000−80587号公報
【特許文献5】特開平05−221844号公報
【特許文献6】特開平09−087133号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、安全で容易に入手可能な自然食品素材である大麦又は米を由来とする大麦若葉、大麦ぬか、モルトフィード及び米ぬかには、更なる有用な用途が見出されることが期待されている。特に、ビール製造の際に生じる大麦ぬか及びモルトフィード並びに玄米精製の際に生じる米ぬかについては、更なる有用な再利用方法が求められている。
【0004】
そこで、本発明の目的は、大麦若葉の細胞外マトリックス分解酵素阻害剤としての新たな用途を提供すること、並びに、大麦ぬか、モルトフィード及び米ぬかの細胞外マトリックス分解酵素阻害剤としての新たな再利用方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明らは、これらの自然食品素材について、更なる有用な用途又は再利用方法に関する検討を行なった結果、大麦若葉、大麦ぬか、モルトフィード及び米ぬかの抽出物が細胞外マトリックス分解酵素活性阻害作用を有することを発見し、本発明を完成するに至った。
【0006】
すなわち、本発明は、大麦若葉、大麦ぬか、モルトフィード及び米ぬかからなる群より選ばれる少なくとも1種の穀物の抽出物からなる細胞外マトリックス分解酵素阻害剤を提供するものである。
【0007】
上記穀物の抽出物は、上記穀物を炭素数4以下の低級アルコールによって抽出して得られる抽出物であることが好ましい。炭素数4以下の低級アルコールを用いることにより、上記穀物中のポリフェノール等が効率的に抽出され、得られるマトリックス分解酵素阻害剤の阻害活性が向上する。
【0008】
本発明の細胞外マトリックス分解酵素阻害剤は、特にゼラチナーゼA阻害活性又はコラゲナーゼ阻害活性を有することにより、優れた抗シワ効果を発揮する。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、大麦若葉の細胞外マトリックス分解酵素阻害剤としての新たな用途を提供できる。また、本発明によれば、大麦ぬか、モルトフィード及び米ぬかの細胞外マトリックス分解酵素阻害剤としての新たな再利用方法を提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。
【0011】
本発明の細胞外マトリックス分解酵素阻害剤は、大麦若葉、大麦ぬか、モルトフィード及び米ぬかからなる群より選ばれる少なくとも1種の穀物の抽出物からなる。
【0012】
本発明において、「大麦」とは、イネ科オオムギ属の穀物(Hordeum vulgare)をいう。大麦はバーレー(Barley)とも呼ばれ、大麦を発芽させたもの(麦芽)はビールの原料になる。「大麦若葉」とは、大麦の若葉であり、葉緑素のほか、各種ビタミン、ミネラル、タンパク質、酵素等を豊富に含む。「大麦ぬか」とは、大麦を精製(精白又はとう精)する際に生じる種皮や胚芽等の部分をいう。大麦ぬかはバーレーブラン(Barly Bran)とも呼ばれ、食物繊維の一種であるβ−グルカンを豊富に含む。「モルトフィード」とは、ビール製造の際に大量に排出される副生成物である。モルトフィードはビール粕又は仕込み麦芽粕とも呼ばれ、大麦から麦芽を取り出した後の殻等を含む。
【0013】
本発明において、「穀物の抽出物」は、上記のような穀物を、炭素数4以下の低級アルコール、特にメタノールによって抽出して得られるものであることが好ましい。更に、抽出上清を減圧乾固し、蒸留水に再溶解したものを「穀物の抽出物」としてもよい。炭素数4以下の低級アルコールを用いることにより、上記穀物中のポリフェノール等が効率的に抽出され、得られるマトリックス分解酵素阻害剤の阻害活性が向上する。
【0014】
細胞外マトリックス分解酵素阻害剤は、細胞外マトリックス分解酵素活性阻害作用を有する物質である。細胞外マトリックス分解酵素は、マトリックスメタロプロテアーゼ、マトリックスメタロプロテイナーゼ(MMP:Matrix Metallo Proteinase)等とも呼ばれる、細胞外マトリックスの代謝に関わる酵素である。
【0015】
一般に、動物の結合組織は、コラーゲンやプロテオグリカンを主成分とする細胞外マトリックスにより構成されている。細胞外マトリックスの代謝は、細胞外マトリックス分解酵素(以下、MMPという。)と生体内阻害因子(TIMP:Tissue Inhibitor of Metallo Proteinase)とのバランスにより調節されているが、このうち、MMPは、細胞外マトリックスを分解又は変性することにより、皮膚の弾力性の低下、及びそれに伴うシワやタルミの発生の原因となると考えられている。
【0016】
MMPのうち、MMP1(コラゲナーゼ)は、真皮に分布する膠原繊維であるI型コラーゲン等を基質とし、MMP2(ゼラチナーゼA)は、基底膜に分布するIV型コラーゲンや変性コラーゲンであるゼラチン、真皮に分布するV型コラーゲンや弾性繊維であるエラスチン、軟結合組織及び基底膜に分布する糖タンパク質であるフィブロネクチン等を基質とする。
【0017】
MMP1及びMMP2は、このように、皮膚のハリを保つ上で重要な基質を分解又は変性するため、皮膚のシワやタルミの発生と特に関わりがあると考えられている。また、MMP1及びMMP2は、皮膚に紫外線が当たると活性化されるため、紫外線による皮膚マトリックスの損傷にも関わっていると考えられている。
【0018】
本発明のMMP阻害剤は、これらMMPのうち特にMMP2(ゼラチナーゼA)又はMMP1(コラゲナーゼ)の活性を阻害することにより、優れた抗シワ効果を発揮する。すなわち、本発明のMMP阻害剤は、皮膚シワ防止剤、皮膚タルミ防止剤、皮膚ハリ改善剤等として機能する。特に、本発明のMMP阻害剤は、炭素数4以下の低級アルコールで上記の穀物(大麦若葉、大麦ぬか、モルトフィード及び米ぬか)からMMP1及びMMP2活性阻害物質を抽出するので、当該MMP1及びMMP2活性阻害物質と共にビタミンEを抽出し、抗シワ効果を相乗的に向上させることができる。
【0019】
本発明のMMP阻害剤は、皮膚外用剤として用いることができる。その場合、直接塗布することもできるし、他の物質と混合して用いることもできる。
【0020】
本発明のMMP阻害剤は、化粧品、トイレタリー、オーラルケア製品、食品、飲料又は医薬品に含ませて用いることができる。本発明のMMP阻害剤を含む化粧品、食品、飲料又は医薬品は、有効成分である有機酸の他、浸潤剤、油性成分、保湿剤、粉体、色素、乳化剤、分散助剤、可溶化剤、洗浄剤、紫外線吸収剤、増粘剤、薬剤、香料、樹脂、賦形剤、防菌防黴剤、消臭・脱臭剤、酵素、歯磨粉、精製水、アルコールを含んでもよい。また、他のMMP阻害剤を添加してもよい。
【実施例】
【0021】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。また、特に明記しない限り、「%」は「質量%」を表す。
【0022】
(実施例1)
大麦若葉、大麦ぬか、モルトフィード及び米ぬかのメタノール抽出物におけるMMP2阻害活性
〈試料の調製〉
オリヒロ社製の大麦若葉、永倉製麦の仕上げとう精工程で生じたファイバースノー種の大麦ぬか、モルトフィード及び米ぬか0.1gにそれぞれメタノール1mLを加え、30分間振とうした。遠心後、上清500μLをとり、減圧乾固し、蒸留水100μLに再溶解したものを試料とした。なお、モルトフィードとしては、サッポロビール社千葉工場で入手したものを用いた。
【0023】
〈MMP2阻害活性試験〉
反応容器に、58mU/μLのE.coli recombinant human(大腸菌組み換えヒト)MMP−2酵素液と、緩衝液(50mM HEPES、10mM CaCl、 0.05%Brij−35、 1mM DTNB、pH7.5)と、試料を添加し、反応液を調製した。37℃にて60分間インキュベートした後、細胞外マトリックス模擬基質溶液として1mM Thiopeptolide溶液(主成分はオリゴタンパク質Ac−PLG−[2−mercapto−4−methyl−pentanoyl]−LG−Oet)を反応液に加えた。MMP−2がThiopeptolideを切断して生じるsulfhydry(スルフヒドリル)基がDTNB(5,5’−dithiobis(2−nitrobenzoiv acid)のジスルフィド結合を切断して生じるチオールを、412nmの吸光度で検出した。
【0024】
インキュベート後に細胞外マトリックス模擬溶液を加えた時点から412nmにおける吸光度を60分間測定した。測定開始から60分間の経時的な吸光度の上昇を一次式で近似し、その傾きを吸光度変化量(ΔABS)とした。コントロールには、試料の代わりに緩衝液を加えたものを用いた。この吸光度変化量を用いて下記式より阻害率を求めた。

阻害率(%)=(ΔABSコントロール)−(ΔABS試料))/(ΔABSコントロール)×100

【0025】
(比較例1)
ウコン及びレモンのメタノール抽出物におけるMMP2阻害活性
〈試料の調製〉
山本漢方製薬社製の「紫ウコン」(商品名)及び市販のレモンの果皮0.1gにそれぞれメタノール1mLを加えて、30分間振とうした。遠心後、上清500μLをとり、減圧乾固し、蒸留水100μLに再溶解したものを試料とした。
【0026】
〈MMP2阻害活性試験〉
実施例1と同様の方法でIC50値を算出した。
【0027】
表1は、大麦若葉、大麦ぬか、モルトフィード及び米ぬかの抽出物並びにウコン及びレモンの抽出物におけるMMP2阻害活性を、実施例1及び比較例1で算出したIC50値により評価した結果を示すものである。
【0028】
【表1】

【0029】
表1に示されるように、大麦若葉、大麦ぬか、モルトフィード及び米ぬかのメタノール抽出物は、従来からMMP2活性阻害作用を有することが知られているウコン及びレモンのメタノール抽出物と比較して、同等以上のMMP2阻害活性を示すことが明らかになった。
【0030】
(実施例2)
大麦若葉、大麦ぬか、モルトフィード及び米ぬかのメタノール抽出物におけるMMP1阻害活性
〈試料の調製〉
オリヒロ社製の大麦若葉、永倉製麦の仕上げとう精工程で生じたファイバースノー種の大麦ぬか、モルトフィード及び米ぬか0.1gにそれぞれメタノール1mLを加え、30分間振とうした。遠心後、上清500μLをとり、減圧乾固し、蒸留水100μLに再溶解したものを試料とした。なお、モルトフィードとしては、サッポロビール社千葉工場で入手したものを用いた。
【0031】
〈MMP1阻害活性試験〉
反応容器に、765mU/μLのE.coli recombinant human(大腸菌組み換えヒト)MMP1酵素液と、緩衝液(50mM HEPES、10mM CaCl、 0.05%Brij−35、 1mM DTNB、pH7.5)と、試料を添加し、反応液を調製した。37℃にて60分間インキュベートした後、細胞外マトリックス模擬基質溶液として1mM Thiopeptolide溶液(主成分はオリゴタンパク質Ac−PLG−[2−mercapto−4−methyl−pentanoyl]−LG−OC)を反応液に加えた。MMP1がThiopeptolideを切断して生じるsulfhydry(スルフヒドリル)基がDTNB(5,5’−dithiobis(2−nitrobenzoiv acid)のジスルフィド結合を切断して生じるチオールを、412nmの吸光度で検出した。
【0032】
インキュベート後に細胞外マトリックス模擬溶液を加えた時点から412nmにおける吸光度を60分間測定した。測定開始から60分間の経時的な吸光度の上昇を一次式で近似し、その傾きを吸光度変化量(ΔABS)とした。コントロールには、試料の代わりに緩衝液を加えたものを用いた。この吸光度変化量を用いて下記式より阻害率を求めた。

阻害率(%)=(ΔABSコントロール)−(ΔABS試料))/(ΔABSコントロール)×100

【0033】
更に、上記阻害率をもとに、MMP1活性を50%阻害するときの濃度(IC50値:50%阻害濃度)を算出した。
【0034】
(比較例2)
ウコン及びレモンのメタノール抽出物におけるMMP1阻害活性
〈試料の調製〉
山本漢方製薬社製の「紫ウコン」(商品名)、リアルネット社製の「ウコン」(商品名)及び市販のレモンの果皮0.1gにそれぞれメタノール1mLを加え、30分間振とうした。遠心後、上清500μLをとり、減圧乾固し、蒸留水100μLに再溶解したものを試料とした。
【0035】
〈MMP1阻害活性試験〉
実施例2と同様の方法で、IC50値を算出した。
【0036】
表2は、大麦若葉及び大麦ぬかの抽出物並びに紫ウコン、ウコン及びレモンの抽出物におけるMMP1阻害活性を、実施例2及び比較例2で算出したIC50値により評価した結果を示すものである。
【0037】
【表2】

【0038】
表2に示されるように、大麦若葉及び大麦ぬかのメタノール抽出物は、従来からMMP1活性阻害作用を有することが知られているウコン及びレモンのメタノール抽出物と比較して、同等以上のMMP1阻害活性を示すことが明らかになった。
【産業上の利用可能性】
【0039】
本発明により提供されるMMP阻害剤は、化粧品、トイレタリー、オーラルケア製品、食品、飲料又は医薬品として好適に用いられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
大麦若葉、大麦ぬか、モルトフィード及び米ぬかからなる群より選ばれる少なくとも1種の穀物の抽出物からなる細胞外マトリックス分解酵素阻害剤。
【請求項2】
前記穀物の抽出物が、前記穀物を炭素数4以下の低級アルコールによって抽出して得られる抽出物である、請求項1に記載の細胞外マトリックス分解酵素阻害剤。
【請求項3】
ゼラチナーゼA阻害剤である、請求項1又は2に記載の細胞外マトリックス分解酵素阻害剤。
【請求項4】
コラゲナーゼ阻害剤である、請求項1又は2に記載の細胞外マトリックス分解酵素阻害剤。

【公開番号】特開2008−266147(P2008−266147A)
【公開日】平成20年11月6日(2008.11.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−107344(P2007−107344)
【出願日】平成19年4月16日(2007.4.16)
【出願人】(303040183)サッポロビール株式会社 (150)
【Fターム(参考)】