説明

経口投与用ベクター

少なくとも1つの薬理活性物質が変性または分解を実質的にこうむることなく腸管腔から血液へと任意に間質液経由で到達しうるようにすることで該物質の経口投与を可能にする基本的に親油性のベクターであって、1つまたは複数の活性物質を含ませた基本的に親水性のマトリックスを含み、該マトリックスの外表面の1つまたは複数の化学種による改質により基本的に親油性を帯びることを特徴とするベクター。該ベクターは、該活性物質の変性および/または分解を伴うことなく胃内を通過することを可能にする胃液耐性キャリアーと一体化している。本発明はまた該ベクターを含む医薬品組成物にも関する。該ベクターは人間または動物の医療に使用される医薬品の製造に使用することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は薬理活性物質を少なくとも1つ経口投与するためのベクター、該ベクターの調製方法、該ベクターの使用、および該ベクターを含有する医薬品組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
活性成分の様々な投与経路のうち治療分野で一般的に使用されるのは断然、経口投与と注射による投与である。しかし、注射による投与は侵襲的な方法であり、患者がいつも快く受け入れてくれるとは限らない。加えて、毎日数回の注射を必要とするような治療処置も多いが、それでは、注射資材と一生縁が切れない、場合によっては自分で注射しなければならない患者には特に、骨が折れるし、かなり煩わしい。
【0003】
他の投与経路たとえば経鼻・経肺投与(スプレー、エアゾール、点滴など)は鼻または肺自体の局所性疾患以外の疾患の治療処置としてはしばしば比較的効果が薄いと判明している。
【0004】
従って、可能な限り数多くの活性成分について経鼻・経肺投与や注射による投与などを極力排除し、もっと生理的な、もっと苦痛の少ない経口投与へと切り換えることができるならば、きわめて好都合であろう。しかし、注射による投与には周知の利点、特に活性成分を超即効性にするなどの利点がある。それは活性成分が血流中に直接または事実上瞬時に導入されるためである。
【0005】
注射による投与のもう1つ大きな利点は、現時点ではそのままの形では経口投与し得ない活性成分も多いことである。それは血流に到達する前に、経口摂取中に(唾液、胃液、消化酵素などによる)部分的または完全な分解または変性をこうむってしまうためである。そうした活性成分の例はペプチド/タンパク質性の化合物たとえばワクチンやホルモン(インスリンなど)である。
【0006】
前述の利点は、現時点でなお注射による投与が経口投与を押しのけて広く採用されている理由でもある。実際、胃腸管の条件(pH、機械的ストレス、種々の酵素的手段)に対する感受性の高い化合物の経口投与を目標としたきわめて多数の研究にもかかわらず、医薬品の経口摂取の苦痛の少なさと注射の利点(活性成分の変性または分解がない; または少ない; 血中への迅速な導入が可能)とを満足に両立させることはできずにいる。
【0007】
しかし、数多くの研究者がこれらの問題の解決に取り組んでおり、またそうした研究で追求されてきた解決策は多種多様である。主要な研究課題の1つは活性成分を胃液耐性コーティングで防護し、もって胃に入った活性物質の変性を、さらには分解を、抑制または防止することである。
【0008】
たとえばE.A. Hosny et al. [Pharmaceutica Acta Helvetiae, 72, (1997), 203-207] は経口投与インスリンの生体利用率を高めるために、インスリンとコール酸ナトリウムとの混合物を被覆カプセルで保護することを提唱している。活性物質は胃内で保護され、腸内で放出されることになる。しかしその結果は「有望」とされているにすぎず、高血糖にしたラットの胃にカプセルを直接投与したときの血糖値低下作用は同等量を皮下注射で投与した場合よりも弱いという結果になった。
【0009】
N. Shimono et al. [International Journal of Pharmaceutics, 245, (2002), 45-54]は、結腸疾患の治療を目的に、胃酸作用耐性の疎水性高分子膜を使用して活性物質が結腸内で特異的に放出されるようにすることを考えた。それらの膜は当然胃だけでなく小腸でも分解しにくいが、そのことは活性化合物が血中に到達するうえでの障害となるように見受けられる。というのは活性物質が任意に間質液経由で血中に到達するには、小腸内で放出され、小腸壁を通過する必要があると思われるからである。
【0010】
もう1つの主要な研究課題は活性物質の小腸内吸収の改善を可能にするような医薬品剤形の決定である。F.A. Dorkoosh et al. [International Journal of Pharmaceutics, 247, (2002), 47-55]は、インスリンを含ませた超多孔性高分子ヒドロゲルをベースにしたシステム(剤形はミニ錠剤)を開示している。その研究報告では経口投与が想定されているものの、経口投与試験は行われてない。しかも提示の結果は、たまたま信頼性があまり高くはないものの、これらのシステムによるインスリン投与の納得の行く薬理効果について結論を導き出すことを可能にするものではない。
【0011】
ゼラチンカプセル、(マイクロまたはナノ)カプセル、マトリックスシステム、さらにはなじみの薄いシステムたとえば「スポンジ」システムなど、経口投与が可能な様々な剤形を開示している文献もある[R. Bodmeier et al., Pharmaceutical Research, 6(5), (1989), 413-417]。
【0012】
経口投与に関する第3の主要な研究課題は、被投与化合物の腸微絨毛への付着すなわち粘膜付着により、腸関門を通過して吸収される活性物質の量を多くすることが狙いである。たとえばG. Ponchel et al. [European Journal of Pharmaceutics and bio-pharmaceutics, 44 (1997), 25-31]は、1つまたは複数の活性物質を含むキャリアーの粘膜付着に関心を抱いてきた。しかし、そうしたキャリアーの腸上皮組織の通過は二義的なものとされている。生体利用率の改善は粘膜付着および粘膜内への長時間付着に由来するということを提示しているにすぎない。
【0013】
米国特許第5,206,219号明細書では、ポリオール医薬品共溶媒を脂質医薬品溶媒と混合して含み、腸微絨毛と接触してエマルションを形成する経口投与に好適の腸溶コーティングを施した医薬品組成物が開示されている。しかし、腸壁の通過という問題活性物質が、任意に間質液を経由して、血中へ放出されるという問題への言及はない。この医薬品組成物の成分の生体同化にしても同様である。
【0014】
G.P. Carrino et al. [Journal of Controlled Release, 65, (2000), 261-269]は、亜鉛に結合させたインスリンを、乳酸・グリコール酸共重合体をコーティングしたナノ粒子中に封入して、経口投与後1〜6時間にわたりナノ粒子ごと腸上皮組織を通過させるという別の解決策を開示している。乳酸・グリコール酸共重合体は比較的親水的な高分子であるため、腸絨毛への粘膜付着は不十分である。そこでこの粘膜付着を強化するために酸化鉄が添加された。しかしそうしたシステムを使用する場合でも、得られる結果は満足とは程遠く、その薬理効果は同等量のインスリンを腹腔内投与した場合の薬理活性の11.4%止まりにすぎない。
【0015】
皮肉なことに、研究は賑やかであるものの真に満足な解決策は示されていない。経口投与システムが必要とされる事情は今日もなお変わらない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
従って、本発明の第1の目的は、薬理活性物質の生体利用率が血中への直接注射の場合のそれに匹敵するような経口投与用のシステムを提供することにある。
【0017】
別の目的は、経口投与時に変性または分解をほとんどまたはまったくこうむらない1つまたは複数の薬理活性物質の血中への放出を可能にする投与システムを提供することにある。
【0018】
また別の目的は、1つまたは複数の薬理活性物質が変性または分解を実質的にこうむることなく腸壁を通過することを可能にするような投与システムを提供することにある。
【0019】
腸壁を通過した1つまたは複数の薬理活性物質が、任意に間質液経由で、血中に到達することを可能にするような投与システムを提供することもまた目的の1つである。
【0020】
本発明の別の目的は、1つまたは複数の薬理活性物質の経口投与用のシステムであって、該活性物質を胃腸管通過時にも腸壁通過時にもほとんどまたはまったく変性または分解させず、かつ該物質の血中への即時放出、遅延放出または持続放出を可能にすることを特徴とするシステムを提供することにある。
【0021】
本発明の他のさらなる目的は、以下の説明から明らかとなろう。
【課題を解決するための手段】
【0022】
以上の諸目的は後述のような投与ベクターを用いることで全面的にまたは部分的に実現しうることが判明した。
【0023】
従って、また第1の態様に従えば本発明は、少なくとも1つの薬理活性物質が変性または分解を実質的にこうむることなく腸管腔から血液へと任意に間質液経由で到達しうるようにすることで該物質の経口投与を可能にする基本的に親油性のベクターであって、1つまたは複数の活性物質を含ませた基本的に親水性のマトリックスを含み、該マトリックスの外表面が前記ベクターを基本的に新油性にせしめる1つまたは複数の化学種で修飾されている、ベクターに関する。
【0024】
1つまたは複数の活性物質の経口投与は実際には該活性物質が口から血液へと、実質的に変性または分解をこうむることなく運搬されることである。従って当然、経口投与量の活性物質が実質的に定性的、定量的に血液中に存在しなければならない。「実質的に定性的、定量的に」という表現は活性物質の経口投与量に対する血液中に入った量の割合が50%超、好ましくは65%超、有利には80%超、至適には90%超でなければならないことを意味するものである。
【0025】
従って経口投与の場合、薬理活性物質は生体内に存在する諸々の障害を、実質的な変性または分解をこうむることなく、克服しなければ、体循環血液に到達することはできない。本発明との関係で考慮される主要な障害または困難はまず何よりも、活性物質の胃内通過、腸管腔内の滞留時間、腸微絨毛への付着、および腸から血液への、任意に間質液経由の、通過である。
【0026】
本発明者は初めに、経口投与する活性物質は実質的な変性または分解をこうむることなく血液または間質液に到達するのがよいと考えた。間質液に関しては、そのpH値は約6.5〜約7.5特に約7.2〜約7.3であり、またイオン強度もかなり大きい。
【0027】
血液の性質と間質液の性質は口腔からの通過途上にある他の臓器(とりわけ胃腸)とは異なるという事実を考慮に入れて、本発明者は活性物質用ベクターを着想したが、該ベクターは生体適合性でも生体同化性または代謝性でもよい。
【0028】
従って、このベクターは親水的であって、種々の体液(リンパ液、間質液、血液など)に対する適合性をもつのがよい。該ベクターはまた、pH約6.5〜約7.5理想的には約7.2〜約7.3の値で活性物質を即時、持続または遅延放出して、次いで該物質がベクターを通じてそして/あるいはベクターの分解後に血液中に到達するようにするのがよい。
【0029】
複雑な機構問題に踏み込むまでもなく、次のような経過が想定される。該ベクターは環境中に存在する酵素類(リゾチーム、エステラーゼ、グリコシダーゼなど)により分解されるであろう。該ベクターの分解は活性物質の間質液中への即時、持続または遅延放出とその後の血流への到達を可能にするであろう。活性物質はひとたび血流に入ったならば、注目の部位と相互作用するかまたは該部位または臓器へと運ばれて、所期の薬理効果を生み出すことになろう。
【0030】
さらに、このベクターはその親水性を修飾して腸壁に対する適合性をもたせるように最適化しなければならない。これは、腸壁が基本的に親油的な環境であり、そのpHが約7.8を超えるからである。従って、前述のベクターを改質して、腸壁領域内および腸壁表面上では基本的に親油的であり、また比較的良好な粘膜付着性を示し、最後に腸内環境(pH値が約7.8を超える塩基性媒質、分解酵素類の存在など)に耐えるようにするのが望ましい。
【0031】
本発明者は、前述の要件をすべて満たすことが可能であることを見出した。そのためには、活性物質を含ませた親水性のマトリックスに表面処理を施し、基本的に親油性を付与する。活性物質、親水性マトリックス、および親油性を付与する表面処理、の組み合せが本発明の親油性ベクターの特徴である。
【0032】
用語「親水性」または「基本的に親水性」は性質がもっぱら親水的であるか、あるいは親油的であると同時に親水的でもあるマトリックスを意味するが、この場合には注目の媒質の親油的な性質に対して親水的な性質のほうが支配的であるようなマトリックスを意味するものとする。同様にして、用語「親油性」または「基本的に親油性」は性質がもっぱら親油的であるか、あるいは親油的であると同時に親水的でもあるマトリックスを意味するが、この場合には注目媒質の親水的な性質に対して親油的な性質のほうが支配的であるようなベクターを意味するものとする。本開示の以下の部分では、用語「性質が(基本的に)親水的であるマトリックス」と「親水性マトリックス」は同等であるものとし、また用語「性質が(基本的に)親油的であるベクター」と「親油性ベクター」は同等であるものとする。
【0033】
前述の表面処理は一般に、親水性マトリックスの表面を1つまたは複数の生体適合性の化学種により改質することであり、該化学種はマトリックスが腸管腔から血液へ任意に間質液経由で到達するときに、マトリックスから脱離しうることを特徴とする。
【0034】
従って、本発明のベクターは前述の要件をすべて満たすことができる複合体であり、1つまたは複数の活性物質を含ませた親水性マトリックスを含み、該マトリックスには、表面を処理して親水性を付与するようにしてある。
【0035】
該ベクターの親水性マトリックスの主成分は一般に、乳酸重合体; 乳酸・グリコール酸共重合体(以下PLGAと称する); ヒアルロン酸系、でんぷん系、キトサン系、デキストラン系などの重合体または共重合体; それらの共重合体および混合体より選択される。該マトリックスの主成分はたとえば、PLGA-ヒアルロン酸、PLGA-キトサン、PLGA-でんぷんまたはPLGA-デキストランなど混合体、または他の混合体でもよい。
【0036】
親水性マトリックスではもちろん他の成分も想定しており、但し、該マトリックスを基本的に親水性でかつ生体適合性および/または生体同化性または代謝性にすることが条件である。それらの成分はまたベクター中に含まれる活性物質に対する適合性を有し、該活性物質が血中に到達する前に実質的な変性または分解を引き起こすことのないのがよい。
【0037】
前記のマトリックスはその基本的に親水性を変化させることができる化学種による改質を受けて、微絨毛への付着性および腸壁の通過性という必須の性質と両立しうるような基本的に親油性を付与される。好適な化学種は当業者にとって公知であり、そのうちのいくつかはH. Takeuchi et al. [Adv. Drug Delivery Rev., 47, (2001), 39-54] などで開示されている。
【0038】
それらの化学種はたとえば一般的にはパラフィン、レシチン、アミノ酸、脂肪酸、それにそれらの誘導体(エステルなど、たとえばステアリン酸エステル、グリセリド)、ベンジル、リン酸イノシトール(IPs)、リン酸グリセロール、親油性高分子など、およびそれらの混合体より選択される。
【0039】
親水性マトリックスの外表面は前述の化学種によって処理される。該化学種はその処理により「弱い」結合を介して親水性マトリックスに付着するが、腸微絨毛との接触により、また腸関門通過時に、該マトリックスから脱離する。該マトリックスは、そこから該化学種が脱離すると、元の基本的に親水性へと戻ることができる。
【0040】
親水性マトリックス外表面を処理する方法は、1つまたは複数の前記タイプの結合を介した該化学種の親水性マトリックス表面への付着を可能にする限り、当業界で公知の任意のタイプでよい。該処理方法はたとえば該化学種を含む溶液への浸漬、該化学物質の噴霧、被覆、膜被覆、低温プラズマ処理などのタイプである。この表面処理は単層または多層被膜を形成するように実施してもよい。
【0041】
マトリックス表面処理の実施はマトリックスへの活性物質の導入前、導入後のいずれでもよい。本発明のある種の実施態様では、たとえばマトリックスがカプセル被膜の形をとるときには、マトリックス自体の調製時に表面処理も行うことができる。
【0042】
マトリックスは腸壁通過と化学種脱離の後に、これらの手段を介して、化学種による処理を受ける前に有していた、血液および/または間質液中で要求される親水性へと戻る。想定される前述のような弱い結合は、たとえば静電結合および/またはイオン結合および/または水素結合など、当業界で公知の任意のタイプでよい。
【0043】
ベクター(活性物質、マトリックスおよび化学種の複合体) は腸管腔内に存在するとき、該ベクターによる腸管壁の物理的通過を可能にするようなサイズと形状であるのが望ましい。特に該ベクターのサイズは約10nm〜約10μmであるのが有利であり、約100nm〜約500nmであるのが好ましく、約200nm〜約300nmであるのがなお好ましい。10μm超のサイズは、ベクターが腸壁を通過できなくなるので、あまり好ましくない。同様に、10nm未満のサイズも、ベクターによって運ばれる活性物質の量が余りに少なくなるので、やはりあまり好ましくない。
【0044】
ベクターの形状はそれ自体、特に重要ではなく、ベクターが腸壁を容易に通過できればそれでよい。従って、ベクターはたとえば球体、針状、卵形など任意な公知の形状でよい。その最大寸法は腸壁通過のための限界値であるが、約10nm〜約10μmであるのが有利であり、約100nm〜約500nmであるのが好ましく、約200nm〜約300nmであるのがなお好ましい。
【0045】
本発明の好ましい実施態様によれば、ベクターは球体であり、その直径は約10nm〜約10μmであるのが有利であり、約100nm〜約500nmであるのが好ましく、約200nm〜約300nmであるのがなお好ましい。
【0046】
ベクターが球体であるとき、該ベクターは活性物質のカプセル化に関する慣用技法たとえば単純または複合コアセルベーション法、界面重縮合法、噴霧乾燥法、噴霧被覆法などにより調製することができる。
【0047】
本発明のベクターは、1つまたは複数の薬理活性物質を含ませたマトリックスを含む。この場合、マトリックスは単数の活性物質または複数の活性物質の混合体を含むゲル体として設計することができる。別の態様では、マトリックスは単数の活性物質または複数の活性物質の混合体を含むカプセル体である。他の形態も想定することができ、例えば、「スポンジ」体、またはややコンパクトであり、且つ中に含む活性物質を拡散により、および/または分解後に、放出するような他の形の固体である。
【0048】
本発明の好ましい実施態様によれば、ベクターは基本的に親油性をもつカプセルであり、その被膜は親水性マトリックスを構成する。該カプセルは1つまたは複数の活性物質を、または活性物質の混合体を含み、該カプセルの被膜は1つまたは複数の化学物質により改質され、基本的に親油的な性質を付与されている。
【0049】
ベクターは活性物質の他に、当業界で公知の、薬理学的に無害の、任意好適の賦形剤、増量剤、色素などを含んでもよい。
【0050】
前記のようなベクターは親水性マトリックスを含み、且つ1つまたは複数の薬理活性物質を含み該マトリックスはそれに親油性を付与する化学種によって改質されているため、腸液に対して適合性をもたせるような性質を帯びる。特に、ベクターの親油性は該ベクターを微絨毛表面に固定するために必要な粘膜付着性を確保することになろう。
【0051】
この経口投与用の複合ベクターは薬理学的に有効であるためには、腸に到達する前に通過することになる胃液に対しても高耐性を示すのがよい。胃は実はpHが(2以下の)強酸性の臓器である。加えて、胃内の酵素類(特にペプシン)は該ベクターを、ひいてはそこに含まれる活性物質を、変性させ、傷付け、さらには完全に破壊するおそれがある。
【0052】
従って、前記のようなベクターには胃液防護をもたせるのが望ましい。用語「ベクターの胃液防護」は該ベクターを、酸性領域のpHや酵素(ペプシン)を主体とする胃内に固有の物理的ストレスから防護しうるような任意のキャリアーを意味するものとする。もちろん、該キャリアーの成分およびその変性または分解生成物は生体に対して無害でなければならない。
【0053】
そうしたキャリアーはすでに当業界で広く知られている[たとえば“Encyclopedia of Pharmaceutical Technology,” Marcel Dekker, (1992), J. Swarbrick and J.C. Boylan, Editors, Enteric Coatings, pp. 189-200で開示されているカプセル封入医薬品など]。従って当業者に公知の任意の胃液耐性キャリアーを使用することができる。好ましくは、該キャリアーは固体、ゲル体、または被覆体またはカプセル体でよいし、前記のようなキャリアーを1つまたは複数、それ自体多様な形で、被膜体、ゲル体などとして含んでもよい。
【0054】
本発明の好ましい実施態様によれば、胃液耐性キャリアーは前記のようなベクターを1つまたは複数含むカプセル体である。カプセル体の該キャリアーはコアセルベーション法、分散媒中での界面重縮合法などのような方法で調製するのが有利である。もちろん、他の任意公知のカプセル化法を使用および/または改造して本発明のキャリアーを調製するようにしてもよい。
【0055】
胃内に固有の生理学的ストレスに耐えうる成分のうち、特に言及に値するのはアルギン酸塩たとえばアルギン酸ナトリウムや、カルボキシメチルセルロースなど、さらにはそれらの混合体である。胃液耐性キャリアーは酸性領域のpH特に2未満、さらには1.2未満のpH、および胃酵素の作用に耐えなければならない。
【0056】
もちろん該キャリアーは成分の性質として特に腸管腔内で、すなわち約7.8超のpH値で、かつ腸酵素の存在下に、改質または分解されうる性質を含まなければ、腸管腔内でベクターを放出することはできない。
【0057】
さらに、胃液耐性キャリアーは任意に親油性媒質を含み、その中に前記のベクターを存在させることができる。この親油性媒質は固体、液体またはゲル体のいずれでもよい。該親油性媒質は、それ自体公知の、しかも薬理学的に無害の、任意の親油性化合物からなってよい。想定される親油性化合物はオリーブ油、タラ肝油、シリコーン油などのような有機の、または鉱物性、植物性または動物性の油やそれらの混合体より選択することができる。
【0058】
親油性を付与する化学種によって改質された親水性マトリックスを含むベクターは、一般に親水的である活性物質の、やはり親水的である腸液流への漏出を防ぐことを可能にする。従って、親油性へと改質された表面は粘膜付着機能に加えて、活性物質に対する疎水性バリアーとしての重要な役割も果たす。
【0059】
本発明の胃液防護付きのベクターはこうして、従来の直接経口投与では胃腸管内で変質、悪影響、再構成、代謝、貯蔵、変性または分解をこうむるおそれのある任意の薬理活性物質の経口投与に有用であろう。前述のような1つまたは複数のベクターを含む胃液耐性キャリアーもまた本発明に包摂される。
【0060】
従って、本発明の別の主題は、ペプチド/タンパク質性である(すなわち1つまたは複数のアミノ酸配列を特徴とする)活性物質の薬理学的に有効な経口投与を可能にするための本発明のベクターの使用に関する。本発明のベクターに含ませる活性物質は従って多種多様な性質をもってよい。
【0061】
非限定的な例としては、ペプチド性であるホルモン類、特にインスリンが挙げられる。しかし、本発明に従うベクターの使用はペプチド/タンパク質性であるこれらの活性物質に限定されず、分解または変性のおそれがある他の任意の薬理活性物質もまた本発明の分野に包含される。
【0062】
本開示でも述べているように、本発明のベクターは1つまたは複数の活性物質の経口投与を、特に該活性物質の腸管腔から血流への任意に間質液経由での移動を、可能にすることを目的に使用する。
【0063】
本発明はまた、少なくとも1つの胃液防護付きで、1つまたは複数の同じでも異なっていてもよいベクターを、無害でしかも当業界で公知の任意の賦形剤、増量剤、色素、結合剤、他の活性物質、甘味料、香料などと共に含む医薬品組成物に関する。
【0064】
こうして、また本発明の別の態様に従えば、本発明のベクターは人間または動物の治療で経口投与することができる、また治療および/または予防特性、および/または診断を可能にする他の特性を有する、特にペプチド/タンパク質性である活性物質、例えばワクチンを経口投与するための、医薬品の調製に有用であろう。
【0065】
本発明のベクターの完全に有利な用途はたとえば人間または動物への経口投与用医薬品の調製である。特に好ましい用途は種々の治療を目的とした医薬品の調製であり、そうした治療の例を非限定的に挙げると、たとえば糖尿病特にインスリン依存性1型糖尿病の経口治療(インスリンのベクター化)、経口免疫(ワクチンのベクター化)およびホルモン治療(任意の性質のホルモンのベクター化)などである。
【0066】
添付の図1〜3は本発明のベクターの非限定的な若干の実施態様例を示す。
【0067】
以下の実施例は本発明の可能な実施態様を示すが、本発明を何ら限定するものではない。また言うまでもなく、これらの実施例には変更態様を導入しうるし、それによって得られるベクターおよびキャリアーもまた本発明の範囲内に包摂される。
【実施例1】
【0068】
インスリンを含ませた親水性カプセル体マトリックスの合成
カプセルは複合エマルション法+溶媒抽出またはエバポレーション法により合成する。
【0069】
水中油中水型複合エマルションを次の2段階で調製する:
− 第1段階で、活性成分水溶液(インスリン; NovoRapid; 100U/ml) 50μlを、生体適合性重合体 (L-乳酸重合体; Fluka; Mw= 152,000またはD,L-乳酸・グリコール酸共重合体; Aldrich; Mw= 50,000〜75,000; 乳酸/グリコール酸画分=85/15またはD,L-乳酸・グリコール酸共重合体; Aldrich; Mw=50,000〜75,000; 乳酸/グリコール酸画分=50/50) 100mgの有機(ジクロロメタン)溶液中に急速に分散させ[撹拌: Ultra-Turrax(登録商標)ホモジナイザー; 15,000rpm; 10秒間3回; 0℃]、油中水型単純エマルションを得る。
− 第2段階で、この第1エマルションをポリビニルアルコール(Mowiol 4-88; Hoechst; Mw=26,000) 1%(w/v)水溶液50ml中に急速に分散させる[撹拌: Ultra-Turrax(登録商標)ホモジナイザー; 10,000rpm; 15秒間3回; 0℃]。
【0070】
エバポレーション法の場合には、複合エマルションをポリビニルアルコール(Mowiol 4-88; Hoechst; Mw=26,000) 0.3%(w/v)水溶液150mlで希釈し、この溶液を減圧下に撹拌し(ロータリーエバポレーター; 500mm/Hg; 3時間; 25℃)、有機溶媒を留去する。
【0071】
抽出法の場合には、複合エマルションをイソプロパノール2%(v/v)水溶液200mlで希釈し、この溶液を撹拌し(磁気撹拌; 250rpm; 1時間; 25℃)、有機溶媒を抽出する。
【0072】
有機溶媒の留去または抽出後、カプセルをろ過し、水で洗い、遠心分離し、凍結乾燥させ、冷所(4℃)に貯蔵する。
【実施例2】
【0073】
インスリンを含ませたスポンジ体マトリックスからなるベクターの合成
「スポンジ体」のマトリックスは複合コアセルベーション法で合成する。
【0074】
2つの水溶液、すなわち一方はヒアルロン酸ナトリウム(Streptococcus equi由来; Fluka)溶液[5ml; 1%(w/v)/水]と他方はキトサン(カニの甲羅に由来; Fluka; Mw=150,000)溶液[5ml; 1%(w/v)/ 0.1N酢酸]を、界面活性剤[Span(登録商標)80; Aldrich; 1%(w/v)]を含む有機相(ミネラルオイル; Aldrich)100ml中に同時に、ただし別々に、分散させる[撹拌: Ultra-Turrax(登録商標)ホモジナイザー; 15,000rpm; 0℃]。
【0075】
添加には注射器(針の内径: 0.6mm)とシリンジポンプ(0.2ml/分)を使用する。
【0076】
次いで分散体を撹拌し(磁気撹拌; 200rpm; 12時間; 40℃)スポンジを形成させる。
【0077】
遠心分離により有機相から粒子を分離し、シクロヘキサンで洗い(3×100ml)、ろ過し、次いで凍結乾燥させる。
【0078】
スポンジを活性物質の水溶液(インスリン; NovoRapid; 100U/ml)中に浸漬し、ろ過し、滅菌水で手早くすすぎ洗いし、凍結乾燥させ、冷所(4℃)に貯蔵する。
【0079】
基本的に親水性である該スポンジを脂肪酸溶液に浸せば、基本的に親油性であるベクターが得られる。
【実施例3】
【0080】
実施例2のベクターを含むキャリアーの合成
キャリアーはコアセルベーション法で合成する。
【0081】
実施例2で得られた、活性物質(インスリン; NovoRapid; 100U/ml)を含むベクター(100mg)を、水和し、ろ過し、次いで有機相(オリーブ油; 1ml)中に炭酸カルシウム微粉末(100mg)と共に分散させる(磁気撹拌; 200rpm; 5分)。
【0082】
この有機相を注射器(針の内径: 1.2mm)とシリンジポンプ(0.2ml/分)により、アルギン酸ナトリウム(Lancaster)[0.25%(w/v)]および酢酸[1%(v/v)]の水相50mlに、たえず撹拌[機械(プロペラ式)撹拌; 300rpm; 1時間; 25℃]しながら添加する。
【0083】
アルギン酸塩溶液を脱イオン水200mlの添加により希釈する。キャリアーをろ過し、塩化カルシウム水溶液[1.3%(w/v)]中に移す。周囲温度で15分間インキュベートした後、キャリアーをろ過し、脱イオン水ですすぎ洗いし、次いで冷所(4℃)水中に貯蔵する。
【図面の簡単な説明】
【0084】
【図1】図1は親油性媒質2中に分散しており、且つ胃液防護1中に封入されている複数のベクター3,4,5を示す。各ベクター3,4,5は活性物質5を、各ベクター3,4,5に親油性を付与する化学種3で改質した親水性マトリックス4中に封入してなる。
【図2】図2は活性物質5を、各ベクター3,4,5に親油性を付与する化学種3で改質した親水性マトリックス4中に封入してなるベクター3,4,5を示す。ベクター3,4,5は胃液防護1中に直接封入される。
【図3】図3は、ゲル体の親水性マトリックス4の中に活性物質5を分散させてなるベクター3,4,5を示す。このゲルは該ベクター3,4,5に親油性を付与する化学種3により改質されている。ベクター3,4,5は親油性媒質2の中にあり、該媒質ごと胃液耐性防護1の中に封入されている。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
実質的に変性または分解することなく、任意に間質液を経由して、腸管腔から血液へと到達するような少なくとも1つの薬理活性物質の経口投与のためのベクターであって、該ベクターを基本的に親油性にせしめる1つまたは複数の化学種により修飾されている外表面を有し、且つ1つまたは複数の活性物質を含む基本的に親水性のマトリックスを含んで成るベクター。
【請求項2】
pH値約6.5〜7.5、理想的には約7.2〜7.3の範囲内で生体適合性および生体同化性または代謝性であることを特徴とする請求項1に記載のベクター。
【請求項3】
化学種は、ベクターが任意に間質液を経由して、腸管腔から血液へと到達するときにマトリックスから脱離されることを特徴とする請求項1または請求項2に記載のベクター。
【請求項4】
親水性マトリックスの主成分は乳酸重合体; 乳酸・グリコール酸共重合体; ヒアルロン酸系、でんぷん系、キトサン系、デキストラン系などの重合体または共重合体; それらの共重合体および混合体より選択されることを特徴する請求項1〜3のいずれか1項に記載のベクター。
【請求項5】
化学種は通常パラフィン、レシチン、アミノ酸、脂肪酸から、そしてそれらの誘導体(エステルなど、たとえばステアリン酸エステル、グリセリド)、ベンジル、リン酸イノシトール(IPs)、リン酸グリセロール、親油性高分子など、そしてそれらの混合体より選択されることを特徴する請求項1〜4のいずれか1項に記載のベクター。
【請求項6】
化学種は弱い結合を介して親水性マトリックスに付着することを特徴する請求項1〜5のいずれか1項に記載のベクター。
【請求項7】
弱い結合は静電結合および/またはイオン結合および/または水素結合であることを特徴する請求項6に記載のベクター。
【請求項8】
最大寸法が約10nm〜約10μm、好ましくは約100nm〜約500nm、更に好ましくは約200nm〜約300nmであることを特徴する請求項1〜7のいずれか1項に記載のベクター。
【請求項9】
直径が約10nm〜約10μm、好ましくは約100nm〜約500nm、更に好ましくは約200nm〜約300nmの球体であることを特徴する請求項8に記載のベクター。
【請求項10】
活性物質または活性物質の混合体を含ませたゲル体のマトリックスを含むことを特徴する請求項1〜9のいずれか1項に記載のベクター。
【請求項11】
活性物質または活性物質の混合体を含ませたカプセル体のマトリックスを含むことを特徴する請求項1〜10のいずれか1項に記載のベクター。
【請求項12】
胃液防護を有することを特徴とする請求項1〜11のいずれか1項に記載のベクター。
【請求項13】
胃液防護は固体、ゲル体、または被覆体またはカプセル体である請求項12に記載のベクター。
【請求項14】
胃液防護はカプセル体である請求項13に記載のベクター。
【請求項15】
胃液防護はアルギン酸塩、例えばアルギン酸カルシウム、カルボキシメチルセルロースなど、さらにはそれらの混合体より選択される成分を含むことを特徴する請求項12〜14のいずれか1項に記載のベクター。
【請求項16】
親油性化合物中にベクターを含ませた胃液防護を有することを特徴とする請求項1〜15のいずれか1項に記載のベクター。
【請求項17】
親油性化合物は有機性または鉱物性、植物性または動物性の油、およびそれらの混合体より選択されることを特徴とする請求項16に記載のベクター。
【請求項18】
親油性にせしめる1つまたは複数の化学種で修飾された多数の親水性カプセルから成り、該カプセルが、胃液防護として働く1つのカプセル内に含まれている親油性媒質の中に分散している、請求項1〜17のいずれか1項に記載のベクター。
【請求項19】
活性物質が直接経口投与後変性または分解されうる物質より選択されることを特徴とする請求項1〜18のいずれか1項に記載のベクター。
【請求項20】
活性物質がペプチド性またはタンパク質性であることを特徴とする請求項1〜19のいずれか1項に記載のベクター。
【請求項21】
活性物質がインスリンであることを特徴とする請求項1〜20のいずれか1項に記載のベクター。
【請求項22】
請求項1〜21のいずれか1項に記載のベクターを1つまたは複数含む胃液耐性キャリアー。
【請求項23】
請求項1〜21のいずれか1項に記載のベクターを少なくとも1つ含むかまたは請求項22に記載の胃液耐性キャリアーを含む医薬品組成物。
【請求項24】
人間または動物の治療で経口投与するときに活性であり、かつ治療および/または予防特性を、および/または診断を可能にする特性を有する医薬品の獲得を目的とした、請求項1〜21のいずれか1項に記載のベクター、または請求項22に記載の胃液耐性キャリアー、の使用。
【請求項25】
1型糖尿病の治療を目的とした医薬品を製造するための請求項24に記載の使用。
【請求項26】
経口免疫を目的とした医薬品を製造するための請求項24に記載の使用。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公表番号】特表2006−524217(P2006−524217A)
【公表日】平成18年10月26日(2006.10.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−505804(P2006−505804)
【出願日】平成16年4月20日(2004.4.20)
【国際出願番号】PCT/FR2004/000974
【国際公開番号】WO2004/096172
【国際公開日】平成16年11月11日(2004.11.11)
【出願人】(501089863)サントル ナシオナル ドゥ ラ ルシェルシェサイアンティフィク(セエヌエールエス) (173)
【Fターム(参考)】