説明

結晶性金属膜

【課題】 公知の金属薄膜と比較して、より優れた物性を付与しうる金属膜を提供する。
【解決手段】シリコン、酸化シリコン、酸化ベリリウム、酸化アルミニウムのいずれかよりなる基板上に形成されたTa膜、W膜、Cr膜、Mo膜のいずれかである金属膜であって、該金属膜は立方晶系の結晶構造を有し、該金属膜は面内方向において10μm以上の範囲にわたって周期的な規則性を示す結晶方位を有し、該結晶方位は、{100}面、{110}面、{111}面という各結晶面が現れるように、特定の結晶軸方向を回転軸として徐々に回転する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、結晶性金属膜に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体材料、磁性材料等、広範な産業分野においては、物理的・化学的あるいは両者を併用した様々な薄膜の形成技術が用いられている。
【0003】
一般的に薄膜は、多結晶薄膜、単結晶性薄膜、アモルファス薄膜に分類することが可能である。このうち、多結晶薄膜は最も一般的に形成される薄膜であり、成膜条件等により結晶の方位が無配向の場合と配向性を有する場合がある。
【0004】
無配向の結晶方位を有する多結晶膜とは、個々の結晶粒の方位がランダムであり、全方向に対して一様に方位が分布している構造をもつものである。一方、配向性の結晶方位を有する多結晶膜とは、特定の方向に結晶の特定の軸が優先的に揃う傾向をもつものである。
【0005】
また、薄膜の結晶は、薄膜を形成する基板や温度条件等により、結晶構造が異なる場合がある。そのため、成膜をする際には、所望の物性に応じて様々な条件が適宜選択される。
【0006】
Taに関して、非特許文献1には、TaをSiO基板やBeO基板等の上に蒸着すると立方晶系であるβ−Taが形成されることが記載されている。また、Al基板上にTaを蒸着すると正方晶系であるα−Taが形成されることが記載されている。さらに、β−Taをほぼ完全にα−Taに相転移させるためには、700℃まで熱処理を施さなければならないことも記載されている。
【非特許文献1】R.Hoogeveen,M.Moske et al.,Thin Solid Films 275(1996) 203−206.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、従来公知の金属薄膜と比較して、より優れた物性を付与しうる金属膜を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係る金属膜は、立方晶系の結晶構造を有し、該金属膜は面内方向において周期的な規則性を示す結晶方位を有し、該結晶方位は、{100}面、{110}面、{111}面という各結晶面が現れるように、特定の結晶軸方向を回転軸として徐々に回転していることを特徴とする。
【発明の効果】
【0009】
本発明の金属膜は、従来の多結晶薄膜には見られない規則的な配向分布をもつ構造を有し、従来公知の金属薄膜と比較して、より優れた物性を付与しうる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明者らは、Ta薄膜の形成方法に関して検討していく過程において、従来のTa薄膜よりも耐熱性と安定性に優れた薄膜を形成することに成功した。その後、このTa薄膜は分析により、α−Taであることが分かった。
【0011】
従来、SiO基板上にTa膜を形成するとβ−Taの結晶構造となり、このβ−Taの結晶構造をα−Taに変化させるためには、700℃という高温での熱処理を施さなければならなかった。しかし、本発明者らが行った薄膜形成方法は、このような熱処理を必ずしも用いなくて良いものである。
【0012】
そして、さらに分析を進めると、このTa薄膜は、面内において周期的な規則性を有する特異的な構造を有することを見出した。このような結晶形態は、本発明者らが知る限りこれまで報告例がなく、今回初めて発見されたユニークな結晶形態である。
【0013】
以下、本発明が有する特異的な周期を有する結晶構造と、その結晶構造を見出す契機となったTa膜の形成方法について具体的に説明する。
【0014】
図2は、特異的な周期構造を有するα−Ta膜の形成方法の一例を示したものである。
【0015】
まず、シリコン基板10の上に、気相成膜法または熱酸化法により酸化シリコン膜11を形成する(図2−a)。次に、この酸化シリコン膜11の上に気相成膜法などを用いてβ−Ta膜12を形成し(図2−b)、さらにTiW膜13を形成する(図2−c)。その後、形成されたTiW膜13をエッチングにより除去する(図2−c、d)。
【0016】
また、酸化シリコン膜11は、β−Ta膜が形成される基板材料に代替することができる。たとえば、このような材料として、シリコン、酸化ベリリウム、酸化アルミニウム(例えば、Al)などが挙げられる。
【0017】
以上のプロセスにより形成されたTa膜は、シリコン基板10の上に成膜した時点ではβ−Ta構造であったのに対して、TiW13を成膜して除去すると、β−Ta構造がα−Ta構造に変化する。つまり、従来例のような熱処理を必ずしも必要とせずにβ−Ta構造からα−Ta構造に相転移させることが可能である。
【0018】
図1は本発明の一実施形態による金属膜の周期的な配向分布構造を模式的に示したものである。図1では、金属膜が有する結晶面のミラー指数として(001)面、(101)面、(111)面という各結晶面が示されている。
【0019】
図3は、図1で示した金属膜が、周期的な規則性を示す結晶方位を有することを説明するための図である。この図3に示すように、この周期の構成単位は3つの(001)面と3つの(111)面とを頂点とする六角形を一つの構成単位として捉えることができる。ここで図中a、bは配向分布の周期性をユニットベクトルで示したものである。
【0020】
図4は、図3で示した六角形の構成単位を拡大した図であり、空間格子を表す立方体を用いて、各格子面を図示化している。本発明は、図4に示すように、特定の結晶軸方向15を回転軸として徐々に結晶方位が回転するような分布を有する。この特定の結晶軸方向15を支点として、(001)面は(112)面を経て(111)面となり、(111)面は(101)面を経て、また(111)面となる。
【0021】
なお、立方晶系においては、{100}面に(001)面が含まれ、{110}面に(101)面が含まれ、{111}面に(111)面が含まれる。
【0022】
このように、本発明は、特定のミラー指数面により囲まれる構成単位が面内方向に繰り返し連続する周期構造を有している。また、これらの特定のミラー指数面で表される結晶方位は特定の結晶軸方向を回転軸として、徐々に変化している。そして、このような周期構造は面内方向に対して少なくとも10μmの領域あるいは20μm以上の領域、あるいは30μm以上の領域にわたって存在している。
【0023】
ところで、一般に、無配向といわれる多結晶膜では、隣接する結晶粒同士が特定の方位関係を有することもある。しかし、本発明のように少なくとも10μm以上、より好ましくは20μm以上、更に好ましくは30μm以上にわたって面内方向に周期的な方位関係を有することはない。
【0024】
また、配向している多結晶膜であっても、本発明の金属膜のように、数10μmの範囲にわたって面内方向に周期的な方位関係を有することはなく、面内方向に対しては、結晶方位はランダムに分布している。
【0025】
以上のように、本発明は従来の多結晶膜と比較して、特異な結晶構造を有する金属膜であるということがいえる。なお、以上の説明に用いた図1は、結晶構造を模式的に示したものであり、実際に観測される構造は、以下の実施例で示すように歪んだ形状となる。
【0026】
本発明の規則配向分布膜が形成されるメカニズムは明らかになっているとは言えないが、現時点において発明者らは以下のように考えている。
【0027】
薄膜の応力はその薄膜が接している下地界面を通じて影響を受け、またその薄膜が上部界面で他の固体と接触している場合、その上部接合界面からも影響を受けている。もし薄膜の中に下部界面あるいは上部界面を通じて生成された応力を緩和する何らかの変形、あるいは構造変化の機構が存在すれば、応力緩和方向への変化が促されると考えられる。
【0028】
このような応力緩和機構の一つとして、「協調粒界すべり(cooperative grain boundary sliding)」が知られている。ここで、「協調粒界すべり」とは、隣接する結晶粒の粒界における「すべり」によって大きな塑性変形を説明するメカニズムである(H.MUTO,M.SAKAI,Acta mater.48 4161 (2000))。
【0029】
図5に示すように、立方晶系において、(111)面に配向した単結晶領域を基点として考えると、この(111)面内には、約120度ごとに等価な<110>方向が3つ存在する(向きを区別すれば6つの<110>方向が存在する)。そのため、3つの<110>方向を回転軸として一定角度ごとに回転した結晶粒が順次形成されるならば、図3に示すように六角形を基本単位とする規則的パターンを示す配向分布が形成されることとなる。
【0030】
本実施例のTa膜においては、Ta膜上にTiWを成膜し、TiW膜による強い応力発生を利用して、上記応力緩和機構を発現させたものである。その結果、準安定構造であるβ−Ta膜から、より安定でかつ応力が緩和されたα−Ta規則配向分布膜に変化したと考えられる。また、このような規則配向分布が生じる金属膜としては立方晶系の構造を有する金属が挙げられる。具体的には、W膜、Cr膜、Mo膜である。
【0031】
以上の検討より、本発明は上記の「協調粒界すべり」というメカニズムを利用したものであり、この応力緩和メカニズムによって形成された規則配向分布膜を対象とするものである。
【実施例1】
【0032】
実施例1では、Ta膜について、本実施例における試料作製の方法と分析結果について説明する。
【0033】
[評価試料]
図6は、評価試料の作製過程を示したものである。
【0034】
まず、図6−aに示したように、熱酸化法を用いることにより、シリコン基板10上に、約1μmの酸化シリコン膜11を形成した。次に、図6−bに示したように、DCマグネトロンスパッタリング法で200nmのTa膜12を形成した。ターゲットはTaとし、成膜条件としては、電源出力:3kW、成膜圧力:1.1Pa、Ar流量:80cm/minとした。
【0035】
さらに、図6−cに示したように、Ta膜12の一部を覆うように金属マスクを設置して、DCマグネトロンスパッタリング法を用いることにより、200nmのTiW膜13を選択的に成膜した。ターゲットは、TiW合金(Ti:W=1:9)とし、成膜条件としては、電源出力:2.7KW、成膜圧力:1.1 Pa、Ar流量:80cm/min、基板温度:150℃、成膜速度:11nm/minとした。
【0036】
その後、図6−dに示したように、45℃に加温した30%の過酸化水素エッチング溶液に5分間浸漬することにより、TiW膜13を除去した。
【0037】
[分析結果]
図7は、TEM(Transmission Electron Microscopy)を用いることにより得た評価試料の断面観察像、および制限視野電子線回折図形である。
【0038】
TiW膜13が選択的に成膜された領域A(図6−d)では、膜の構造がα−Taに変化していることが断面TEM観察(図7−a)および制限視野電子線回折(図7−b)により確認された。
【0039】
一方、TiW層13を成膜しなかった領域Bでは、膜の構造がβ−Taであることが確認された(図7−c)。
【0040】
次に、測定試料の領域Aについて、FIB(Focused Ion Beam)を用いて、イオンビームを照射させることにより、試料の表面から放出される2次電子を検出してSIM(Scanning Ion Microscopy)像を得た。そして、イオンビームにより表面の酸化膜を除去して、再度SIM像を得た。
【0041】
図8−aは、表面の酸化膜を除去前のSIM像、図8−bは、表面の酸化膜除去後のSIM像を示したものである。ところで、FIBではイオンを照射させているため、結晶粒の面方位により格子の面密度が異なると、イオンの進入深さが変わる(チャネリング効果)。この結果、二次電子の収率の差が生じ、この差がコントラストとして画像に現れる。つまり、このチャネリングコントラストにより、結晶方位の状態が分かる。
【0042】
図8−bにおいて、画像上の黒い線に着目すると、六角形状の頂点を相互に結んだような模様が至る所に散見される。そして、この模様は面内方向に連続的に分布していることが分かる。この画像コントラストにより、所定の構成単位を有したユニットが面内方向に周期的に分布していることが理解される。
【0043】
次に、このSIM像だけでは特定できなかった結晶方位、すなわちミラー指数を、EBSP(Electron Back Scattering Patterns)を用いて特定する。
【0044】
EBSPの画像は、複数の交差する菊池線から形成され、菊地線の幅や強度は格子定数をはじめとする結晶構造に依存する。また、菊池線同士が交差する角度やそれらが現出する位置は、結晶方位によって一義的に決まる。そのため、試料から得られたEBSPの画像的特徴と、既知の結晶系を用いたシミュレーションのパターンとを比較することにより、試料の結晶方位を特定することができる。
【0045】
図9−aは、α−Taが形成されたある領域のSIM像を示したものであり、図9−bはその領域のEBSP画像により決定された方位をグラデーション表示したものである。
【0046】
これらの結果から、図8−bで観察することができた規則的なパターンをもつチャネリングコントラストが、α−Taの結晶方位を反映したものであることが分かった。また、チャネリングコントラストの黒色の部分は、(001)面、(101)面、(111)面のいずれかであることも分かった。
【0047】
図10−aは、EBSP画像の結果を具体的に示したものであり、また、図10−bは、(001)面から(111)面にかけての結晶方位の変化を具体的に示したものである。これらの図により、本発明は、面内方向に対して、特定の結晶軸を回転軸として徐々に回転するような分布を有することが理解される。
【0048】
このような膜構造は、発明者が知る限りこれまで報告例がなく、今回初めて発見されたユニークな結晶形態であると考えている。また、本発明の金属膜は、EBSPの結果をみると明確な粒界が存在しておらず、この点において良質な薄膜であるといえる。
【実施例2】
【0049】
[試料]
実施例1と同様の作製方法で、酸化シリコン膜を有するシリコン基板上にTa膜を形成し、さらにTiW層を成膜した。その後、TiW膜をエッチングにより除去し、これを試料とした(実施例2)。一方、比較例としては、実施例1と同様の作製方法で、酸化シリコン膜を有するシリコン基板上にTa膜を形成したものを用いた。
[評価]
表1は、耐熱性、耐酸化性、機械的強度、電気伝導性について、実験結果を示したものである。ここで、記号×、△、○は特性の良否を示し、×、△、○の順で特性がより良くなることを示している。これにより、規則配向分布α−Ta膜はβ−Ta膜に比べて、膜質が良いといえる。
【0050】
なお、規則的な配向分布を有しないα−Ta膜は、平坦性が劣り、また明確な粒界が存在することから、規則的な配向分布を有するα−Ta膜よりも膜質は悪いと考えられる。
【0051】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】本発明の模式図
【図2】本発明の実施例であるα−Ta膜の作製過程を示した図
【図3】本発明における周期構造を示す模式図
【図4】本発明における結晶方位の変化を示す模式図
【図5】本発明の結晶構造が形成されるメカニズムを説明するために用いた図
【図6】TEM評価試料の作製過程を示した図
【図7】断面のTEM画像および制限視野回折を示す写真
【図8】SIMにより撮影された写真
【図9】SIM像とEBSP画像を示した写真
【図10】本発明の実施例であるα−Ta構造の解析結果を示す模式図
【符号の説明】
【0053】
10 シリコン基板
11 酸化シリコン膜
12、14 Ta膜
13 TiW膜
15 特定の結晶軸方向

【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属膜であって、
該金属膜は立方晶系の結晶構造を有し、
該金属膜は面内方向において周期的な規則性を示す結晶方位を有し、
該結晶方位は、{100}面、{110}面、{111}面という各結晶面が現れるように、特定の結晶軸方向を回転軸として徐々に回転していることを特徴とする金属膜。
【請求項2】
前記面内方向において周期的な規則性を示す結晶方位の領域は、10μm以上の範囲にわたっていることを特徴とする請求項1に記載の金属膜。
【請求項3】
前記金属膜は、Ta膜、W膜、Cr膜、Mo膜のいずれかであることを特徴とする請求項1に記載の金属膜。
【請求項4】
前記金属膜は基板の上に形成されていることを特徴とする請求項1に記載の金属膜。
【請求項5】
前記基板は、シリコン、酸化シリコン、酸化ベリリウム、酸化アルミニウムのいずれかであることを特徴とする請求項4に記載の金属膜。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate

【図9】
image rotate

【図10】
image rotate


【公開番号】特開2008−63216(P2008−63216A)
【公開日】平成20年3月21日(2008.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−165231(P2007−165231)
【出願日】平成19年6月22日(2007.6.22)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】