線形イオン処理装置の軸に沿ったイオン運動エネルギーの増加
【課題】線形イオントラップなどの線形イオン処理装置において、イオンが獲得可能な最大運動エネルギー量を増加させる技術を提供する。
【解決手段】線形電極構造内でイオンの運動エネルギーを増加させる方法において、イオンの軸方向運動は、実質的に、電極構造の選択された一方の端部に制約される。イオンは、駆動されて、選択端部から他方の端部に向かって軸方向に移動し、そして、選択端部に向かって逆反射される。制約は、電極構造の端部および中央領域に印加される1以上のDC電圧を調整して、選択端部に軸方向電位ウェルを生成することによって実行可能である。駆動は、前記選択端部に印加されるDC電圧を、制約工程で印加される電圧値よりも大きな大きさに調整することによって実行可能である。制約工程および駆動工程は、何度も反復可能である。この方法は、衝突誘起解離と共に実施可能である。
【解決手段】線形電極構造内でイオンの運動エネルギーを増加させる方法において、イオンの軸方向運動は、実質的に、電極構造の選択された一方の端部に制約される。イオンは、駆動されて、選択端部から他方の端部に向かって軸方向に移動し、そして、選択端部に向かって逆反射される。制約は、電極構造の端部および中央領域に印加される1以上のDC電圧を調整して、選択端部に軸方向電位ウェルを生成することによって実行可能である。駆動は、前記選択端部に印加されるDC電圧を、制約工程で印加される電圧値よりも大きな大きさに調整することによって実行可能である。制約工程および駆動工程は、何度も反復可能である。この方法は、衝突誘起解離と共に実施可能である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、一般的に、2次元または線形形状の電極構造内におけるイオンの操作または処理に関する。特に、本発明は、例えば、衝突誘発(誘起)解離(CID)を実行するために、イオンの運動エネルギーを増加させる方法および装置に関する。この様な方法および装置は、例えば、タンデム多段型質量分光分析法(MS/MSおよびMSn)を含む質量分光分析法に関連する操作と共に使用することができる。
【背景技術】
【0002】
イオントラップなど、線形または2次元イオン処理装置は、装置の主軸または中心軸を中心として同軸に配置された1組の細長い電極により構成される。通常、各電極は、中心軸(例えば、z軸)に直交する平面(例えば、x―y平面)内において、中心軸から放射方向(径方向)に離間して配置される。各電極は、ロッドとして、その主寸法(例えば、長さ)が中心軸と平行に延びるという点で細長い。その結果得られる電極構造は、中心軸に向かって内向する電極の内面の間に、装置の細長い内部空間またはチャンバを形成している。動作時において、イオンは、内部空間において、導入、捕捉、蓄積、分離され、様々な反応を経て、検出のために内部空間から排出される。この様な操作は、内部空間に存在するイオンの運動、および、電極構造の物理部材の形状、製造、組立ての正確な制御を必要とする。x―y平面に沿った放射方向(または横方向)のイオン偏位は、2次元(x―y)放射方向トラップ電界を生成する前記電極のうちの1以上の電極に適切なRF信号を印加することによって制御される。イオンの軸方向偏位またはイオンの中心軸方向運動は、軸方向(z軸方向)トラップ電界を生成する適切なDC信号を前記電極に印加することによって制御される。
【0003】
電極セットの放射方向軸(x軸またはy軸)上に位置する2つの対向電極の間に付加RF信号を印加して、補助または補足RF電界を生成する。このRF電界は、イオンの振動振幅を増加させて、共鳴励起の結果として放射方向軸に沿ってイオンの運動エネルギーを増加させることによって、イオン運動に影響を及ぼす。通常、放射方向に沿ったこの種の共鳴励起を使用して、イオンを電極セットから排出し、排出イオンを検出したり、電極セットにおいて他のイオンを分離するために排出イオンを除去したりする。共鳴励起の理論、メカニズムおよび技術は、当業者に周知であるので、本開示において詳述する必要はない。簡単に言えば、所与の質量対電荷比のイオンの励起は、補足RF電界の周波数が双極軸に沿った運動に関するイオンの永続周波数に一致すると発生する。補足RF信号によって充分なパワーが付与されると、イオンは、トラップ電界によって付与された復元力に打ち勝って、線形イオントラップから放射軸に沿う方向に排出される。この目的のために、共鳴双極電界が印加される前記電極のうちの少なくとも1つの電極にスロットが形成され、排出イオンは、このスロットを介してイオン検出装置へと移動することができる。
【0004】
放射方向または横方向に沿った共鳴励起を使用して、衝突誘発解離(CID)を促進することもできる。CIDを含むプロセスは、タンデム質量分光分析法および多段型質量分光分析法(MS/MSおよびMSn)の分野において周知である。簡単に言えば、CIDを実行するために、電極セットの内部空間に適切な不活性ガスを供給すると、前駆イオンと周囲のガスの要素(原子または分子)との間で衝突が発生する。共鳴双極電界により生じる運動エネルギーの増加によって、前駆イオンは、この様な衝突の少なくとも一部に反応してプロダクトイオンに解離する。そして、イオンを質量分析したり、プロダクトイオンを分離したりすることができ、継次世代のプロダクトイオンのためにCIDプロセスが繰り返される。
【0005】
CIDプロセスにおいて、2つの対向電極に過剰な共鳴電圧を印加すると、イオンは、横方向に過剰なエネルギーを得ることが公知となっている。潜在的な結果として、横方向のイオン振動の振幅は、イオンが電極に衝突するまで、または、電極のスロットを介して排出されて失われるまで増加する。この様な現象を回避する必要性によって、CIDのためのイオンの最大運動エネルギーが制限される。また、横方向のRFトラップ電位が、電極に印加されるRFトラップ電圧の振幅と共に増加し、イオン質量と共に減少することも公知である。横方向の所与のトラップ電位に対して、CIDに利用可能な最大運動エネルギーが決定される。RFトラップ電圧の振幅を増加させて、RFトラップ電位を増加させることも可能であるが、RFトラップ電位の増加は、質量カットオフ制限を増すことによって電極セット内に捕捉可能なイオンの質量範囲も制限するので、CIDによって生成されるプロダクトイオンの質量範囲を制限する。したがって、質量範囲を損なうことなく、CIDに利用可能な運動エネルギーを増加させる方法が必要である。
【0006】
多重極イオントラップなどの時系列ベースの装置に加えて、三段四重極質量分光分析装置などの連続分析装置ベースの装置も、CIDのために使用される。三段四重極質量分光分析装置において、第1の四重極電極セットが、前駆イオンを選択するための質量フィルタとして利用され、第2の四重極電極セットが、CIDのための衝突セルとして利用され、第3の四重極電極セットが、衝突セルで生成されたプロダクトイオンを選択するための質量フィルタとして利用される。第1の質量フィルタから放出された質量選択された前駆イオンは、所望のエネルギーまで加速されて、ガスが充填された衝突セルに入射する。イオンは、衝突セルの入口から出口まで一回で通過する。イオンが衝突セルを通過するときに、高エネルギーのイオンとガスとの間の衝突によってCIDが起こる。衝突セル内で結果的に生成されるプロダクトイオンは、充分な残余運動エネルギーを有するので、これらのイオンは、衝突セルの出口へと移動し、質量分析のために第2の質量フィルタに入射する。また、衝突しなかった元の前駆イオンは、更なる解離の機会を得ることなく、衝突セルを脱出する。連続分析装置ベースの装置に関するこの周知の短所は、CIDによるプロダクトイオンへの前駆イオンの変換効率を制限する。
【特許文献1】米国特許第5,198,665号明細書
【特許文献2】米国特許第5,300,772号明細書
【特許文献3】米国特許第4,749,860号明細書
【特許文献4】米国特許第4,761,545号明細書
【特許文献5】米国特許第5,134,286号明細書
【特許文献6】米国特許第5,179,278号明細書
【特許文献7】米国特許第5,324,939号明細書
【特許文献8】米国特許第5,345,078号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
以上を鑑み、線形イオントラップなどの線形イオン処理装置において、イオンが獲得可能な最大運動エネルギー量を増加させる技術を提供すると有利である。また、質量範囲を制限することなく、CIDに利用可能な最大運動エネルギー量を増加させるCIDのための技術を提供すると有利である。さらに、線形装置の中心軸に対して放射方向または横方向への励起に依存しない技術を提供すると有利である。また、共鳴RF電界による励起に依存しない技術を提供すると有利である。さらに、イオンの捕捉、励起および解離の複数サイクルを可能とし、これらのサイクルを複数回繰り返すことによって、プロダクトイオンへの前駆イオンの変換効率を上げるCIDのための技術を提供すると有利である。
【課題を解決するための手段】
【0008】
当業者により認識されてきた上記の問題および/またはその他の問題の全部または一部に対処するために、本開示は、以下の実施形態において例示的に説明されている方法、プロセス、システム、装置、機器および/または素子を提供する。
ある局面によれば、線形電極構造の中心軸に沿う方向にイオンの運動エネルギーを増加させる方法を提供する。前記電極構造は、第1の端部領域と、前記中心軸に沿って前記第1の端部領域から離間された第2の端部領域と、前記第1および第2の端部領域の間に軸方向に介在する中央領域とを備えている。前記電極構造は、イオンが配置される内部空間を規定し、前記内部空間は、前記中心軸に沿って前記第1の端部領域、前記中央領域、および前記第2の端部領域に渡って延びている。この方法によれば、イオンの軸方向運動は、実質的に、前記第1および第2の端部領域のうちの選択された一方に制約される。イオンは、駆動されて、前記選択された端部領域から他方の端部領域に向けて軸方向に移動し、そして、前記選択された端部領域に向かって逆反射される。
【0009】
他の局面によれば、前記制約する工程は、前記第1の端部領域、前記中央領域、および前記第2の端部領域に、複数のDC電圧をそれぞれの大きさで印加して、前記選択された端部領域に軸方向電位ウェルを生成することを含む。前記駆動する工程は、前記選択された端部領域に印加される前記DC電圧を調整することを含む。
他の局面によれば、前記制約する工程および前記駆動する工程は、1回以上繰り返される。制約を繰り返す毎に、制約のために、前回の繰り返しと同じ端部領域を選択してもよいし、他方の端部領域を選択してもよい。
【0010】
他の局面によれば、線形イオントラップにおいて前駆イオンを解離する方法を提供する。前記線形イオントラップは、第1の端部領域と、前記線形トラップの長軸に沿って前記第1の端部領域から離間された第2の端部領域と、前記第1および第2の端部領域の間に介在する中央領域とを備えている。また、前記線形イオントラップは、各領域に複数の電極を備えており、前記電極は、前記長軸を中心として同軸に配置されており、前記線形イオントラップの長尺体積を規定する。この方法によれば、内部空間の複数のイオンが、実質的に、前記第1および第2の端部領域のうちの選択された一方に蓄積される。前記複数のイオンは、1以上の前駆イオンを含む。前記複数のイオンは、駆動されて、前記選択された端部領域から他方の端部領域に向かって軸方向に移動し、そして、前記選択された端部領域に向かって逆反射され、前記内部空間において前記イオンのうちの少なくとも1つとガスとの間の衝突が起こる。
【0011】
他の局面によれば、前記蓄積する工程および前記駆動する工程は、第n世代のプロダクトイオンを得るために、1以上の継次世代のプロダクトイオンに対して1回以上繰り返される。各蓄積において、蓄積のために選択される端部領域は、前記第1の端部領域または前記第2の端部領域である。
他の局面によれば、軸方向に沿ってイオンの運動エネルギーを増加させる装置を提供する。前記装置は、第1の端部領域と、中心軸に沿って前記第1の端部領域から離間された第2の端部領域と、前記第1および第2の端部領域の間に軸方向に介在する中央領域とを備えた線形電極構造を備えている。前記線形電極構造は、前記中心軸に沿って前記第1の端部領域、前記中央領域、および前記第2の端部領域に渡って延びる内部空間を規定している。また、前記装置は、前記内部空間における1以上のイオンの軸方向運動を実質的に前記第1および第2の端部領域のうちの選択された一方に制約する手段と、1以上のイオンを駆動して、前記選択された端部領域から他方の端部領域に向けて軸方向に移動させ、そして、前記選択された端部領域に向けて逆反射させる手段とを備えている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
一般的に、「連通」という用語(例えば、第1の部材が、第2の部材と「連通する」または「連通状態である」など)は、本明細書において、2つ以上の部材(または、素子、特徴など)の間の構造的、機能的、機械的、電気的、光学的、磁気的、イオン的または流体的な関係を示すために使用されている。この様に、第1の部材が第2の部材と連通するということによって、更なる部材が第1の部材と第2の部材との間に存在したり、第1の部材や第2の部材に動作可能に関連または係合したりする可能性を排除する意図はない。
【0013】
一般的に、本開示に記載の主題は、電極が線形または2次元形状に配列されている装置においてイオンを操作、処理または制御することに関する。この様な電極構成を利用して、様々な機能を実行可能である。非限定的な例示として、電極構成は、中性分子をイオン化するためのチャンバとして、イオンの集束、ゲーティングおよび/または輸送のためのレンズまたはイオンガイドとして、イオンの冷却または熱運動化のための装置として、イオンの捕捉、蓄積および/または排出のための装置として、所望のイオンを不所望なイオンから分離するための装置として、質量分析装置または分別装置として、質量フィルタとして、タンデムまたは多段型質量分光分析(MS/MSまたはMSn)を実行する段階として、前駆イオンの断片化または解離のための衝突セルとして、連続ビーム、連続分析装置、パルス化、または時系列に基づいてイオンを処理する段階として、イオンサイクロトロンセルとして、そして、異なる極性のイオンを分離するための装置として利用することができる。以下の詳細な説明から明らかなように、本開示は、イオントラップにおいて、そして、この様な装置においてCIDを実行するのに特に有用な実施形態を提供する。ただし、本開示に記載の様々な実施形態は、上記のタイプの方法、装置およびシステムに限定されない。以下、図1〜図12を参照しながら、イオンの運動エネルギーを増加させるための実施形態の例、およびイオンを解離させるための実施形態の例を更に詳述する。
【0014】
図1〜図3は、イオンの操作または処理に利用される線形(2次元)形状の電極構造、構成、システム、素子またはロッドセット100の一例を示す。また、図1〜図3には、参照目的のためのデカルト(x、y、z)座標フレームが含まれている。記載目的のために、z軸に沿う方向または方位を軸方向と称し、直交するx軸およびy軸に沿う方向または方位を放射方向(径方向)または横方向と称する。
【0015】
図1を参照して、電極構造100は、z軸に沿って細長い複数の電極102、104、106、108を備えている。すなわち、各電極102、104、106、108は、z軸に略平行な方向に延びる主寸法または長尺寸法(例えば長さ)を有している。数多くの実施形態において、電極102、104、106、108は、厳密にz軸に平行であるか、あるいは実用可能な限り平行である。この平行性によって、電極構造100にRF電界を印加するイオン操作および処理に関する作業において、イオン挙動の予測性能および制御性能を向上することができる。なぜなら、この様な場合、イオンが遭遇するRF電界強度(振幅)は、電極構造100におけるイオンの軸方向位置によって変化しないからである。さらに、平行電極102、104、106、108の場合、電極構造100の端部間に印加されるDC電位の大きさは、軸方向位置によって変化しない。その代わり、後述するように、電極102、104、106、108の軸方向の分割によって、軸方向位置に対するDC電位の変化を意図的に制御および促進することができる。
【0016】
図1に示す例において、複数の電極102、104、106、108は、4つの電極、すなわち、第1の電極102、第2の電極104、第3の電極106、および第4の電極108を含んでいる。この例において、第1の電極102と第2の電極104とは、大略的に、y軸に沿って対向対として配置され、第3の電極106と第4の電極108とは、大略的に、x軸に沿って対向対として配置されている。したがって、第1および第2の電極102、104をy電極と称し、第3および第4の電極106、108をx電極と称することができる。この例は、線形イオントラップやその他の四重極イオン処理装置のための四重極電極配置の典型である。他の実施形態においては、電極102、104、106、108の数は、4以外であってもよい。電極構造100内において所望の電界を生成するために、必要に応じて、電極102、104、106、108は、それぞれ、その他の電極102、104、106、108のうちの1以上の電極に電気的に相互接続可能である。図1にも示すように、電極102、104、106、108は、それぞれ、電極構造100の中心にほぼ面する内面112、114、116、118を有している。
【0017】
図2は、x―y平面における電極構造100の横断面を示す。電極構造100は、概ね電極102、104、106、108の間に形成される内部空間202を有している。電極102、104、106、108がz軸に沿って長尺である結果として、内部空間202は、z軸に沿って細長くなっている。電極102、104、106、108の内面112、114、116、118は、大略的に内部空間202に面し、実際、内部空間202に存在するイオンに曝される。また、電極102、104、106、108は、それぞれ、内部空間202とはほぼ反対向きの外面212、214、216、218を有している。図2にも示すように、電極102、104、106、108は、電極構造100またはその内部空間202の長さ方向の中心軸226を中心として同軸に配置されている。数多くの実施形態において、中心軸は、電極構造100の幾何学的中心と一致している。各電極102、104、106、108は、x―y平面において中心軸226から放射方向距離r0に位置する。ある実施形態において、中心軸226に対する電極102、104、106、108の各放射(径)方向位置は等しい。他の実施形態においては、他のタイプの電界効果を導入したり、他の不所望な電界効果を補償したりする目的で、電極102、104、106、108のうちの1以上の電極の放射方向位置を、意図的に、その他の電極102、104,106、108の放射方向位置と異ならせてもよい。
【0018】
この例では、x―y平面における各電極102、104、106、108の断面輪郭または少なくとも内面112、114、116、118の形状は、略双曲状であり、双曲状の輪郭は、四重極電界を示す等電位線の輪郭にほぼ一致するので、四重極イオントラップ電界の利用を容易にする。双曲状の輪郭は、完全な双曲線に一致するものであってもよいし、完全な双曲線から多少逸脱するものであってもよい。いずれの場合も、各内面112、114、116、118は、曲線形状であり、単一の変曲点を有し、したがって、z軸に沿って線状に延びる頂部232、234、236、238を有している。通常、各頂部232、234、236、238は、対応する内面112、114、116、118上における、内部空間202の中心軸226に最も近いポイントである。この例において、中心軸226がz軸であるとすると、第1の電極102および第2の電極104のそれぞれの頂部232、234は、y軸とほぼ一致し、第3の電極106および第4の電極108のそれぞれの頂部236、238は、x軸とほぼ一致する。この様な実施形態において、中心軸226と、電極102、104、106、108の頂部232、234、236、238との間に、放射方向距離r0が規定される。
【0019】
他の実施形態においては、電極102、104、106、108の断面輪郭は、円形など非理想の双曲形状であってもよく、この場合、電極102、104、106、108は、円筒ロッドとして特徴付けられる。更に他の実施形態においては、電極102、104、106、108の断面輪郭は、更に直線的でもよく、この場合、電極102、104、106、108は、湾曲プレートとして特徴付けられる。「略双曲状」という用語は、これら全ての実施形態を含むことを意図している。これら全ての実施形態において、電極102、104、106、108は、それぞれ、電極構造100の内部空間202に面する頂部232、234、236、238を有するものとして特徴付けられる。
【0020】
図1に示す例において、電極構造100は、z軸に関して軸方向に複数の部分または領域122、124、126に分割されている。この例では、少なくとも3つの領域、すなわち、第1の端部領域122、中央領域124、第2の端部領域126が存在する。換言すると、電極構造100の電極102、104、106、108は、それぞれ、軸方向に第1の端部分132、134、136、138、中央部分142、144、146、148、第2の端部分152、154、156、158に分割されていると考えられる。したがって、第1の端部電極部分132、134、136、138は、第1の端部領域122を規定し、中央電極部分142、144、146、148は、中央領域124を規定し、そして、第2の端部電極部分152、154、156、158は、第2の端部領域126を規定している。また、この例に係る電極構造100は、12の軸方向電極132、134、136、138、142、144、146、148、152、154、156、158を含むと考えられる。他の実施形態においては、電極構造100は、3つ以上の軸方向領域122、124、126を含むものであってもよい。
【0021】
図3は、y―z平面における電極構造100の横断面を示すが、y電極102、104のみを示している。中心軸226に沿った電極構造100の長尺寸法、細長い内部空間202、および電極構造100の軸方向の分割が、全て明示されている。さらに、この例では、領域122、124、126への電極構造100の分割(または、電極102、104、106、108の各部分への分割)が、物理的なものであることが分かる。すなわち、隣接領域または部分122、124および124、126の間に、間隙302、304(軸方向間隔)が存在する。後述のように、電極構造100の軸方向分割は、本開示の主題に直接関連しない他の理由の中でも、個々の領域122、124、126への離散的なDC電圧の制御印加を可能とするために有利である。
【0022】
さらに、図3に示すように、電極構造100(または電極構造100を一部とする装置)は、z軸に沿って配置される更なる導電部材を備えていてもよい。例えば、電極構造100は、間隙314によって第1の端部領域122から軸方向に離間された第1の端部プレート312と、間隙318によって第2の端部領域126から軸方向に離間された第2の端部プレート316とを備えていてもよい。第1および第2の端部プレート312、316の一方または両方が、中心軸226に中心整合する開口部322および/または324を有していてもよい。図3に示す例において、第1の端部プレート312および開口部322は、適切なDC電圧電位の制御下、電極構造100の内部空間202へとイオンビームを導くためのイオン集束レンズおよびゲートとして動作するものであってもよい。さらに、第3の端部プレート332が、間隙334によって第2の端部プレート316から軸方向に離間配置されていてもよい。第3の端部プレート332は、筐体の一部であってもよいし、この様な筐体とは別の部材であってもよい。
【0023】
電極構造100の動作において、電極102、104、106、108のうちの1以上の電極、ならびに/または、第1の端部プレート312、第2の端部プレート316、および第3の端部プレート332などの他の導電部材に様々な電圧信号を印加して、イオン処理および操作に関する様々な目的のために、内部空間202において様々な軸方向および/または放射方向の電界を生成することができる。この様な電界は、内部空間202へのイオンの注入、内部空間202におけるイオンの捕捉、一定期間のイオンの蓄積、質量スペクトル情報の生成のための、内部空間202からのイオンの質量選択的排出、内部空間202からの不要イオンの排出による内部空間202における選択イオンの分離、タンデム質量分光分析法の一部としての、内部空間202におけるイオン解離の促進など、様々な機能に役立つ。
【0024】
例えば、電極102、104、106、108のうちの1以上の電極および/または他の導電部材312、316、332に、適切な大きさの1以上のDC電圧信号を印加して、内部空間202へのイオンの注入を制御するために軸方向(z軸方向)DC電位を生成することができる。ある実施形態においては、図1および図3に矢印162で示すように、イオンは、第1の端部領域122を介して(そして、第1の端部プレート312が設けられている場合は、第1の端部プレート312を介してその開口部322から)内部空間202へと軸方向に略z軸に沿って注入される。第1の端部領域122の電極部分132、134、136、138、および/または、第1の端部プレート312もしくは多重極イオンガイドなどの軸方向前段のイオン集束レンズは、この目的のためのゲートとして動作可能である。しかし、一般的に、電極構造100は、外部イオン化の場合にはイオンを、内部イオン化またはトラップ内イオン化の場合にはイオン化対象の中性分子または原子を、適切な方法で適切な入口箇所を介して内部空間202に受け入れ可能である。選択肢には、電極102、104、106、108のうち、隣接するものの間の空間、または、電極102、104、106、108のうちの1つの電極に形成された開口部を介した放射方向注入も含まれる。しかし、この様な選択肢は、前もって生成されたイオンを注入する場合(外部イオン化の場合)、注入を阻害したり、不所望な排出や注入イオンの消滅/中性化を起こしたりするフリンジ電界、エネルギーバリアなどの状況にイオンが直面するので、しばしば不利であると考えられる。軸方向の注入の利点については、2004年5月26日に出願の”Linear Ion Trap Apparatus and Method Utilizing an Asymmetrical Trapping Field(非対称トラップ電界を利用した線形イオントラップ装置および方法)”というタイトルの同時係属中の米国特許出願第10/855,760号に記載されている。この特許出願も、本開示の譲受人に譲渡されている。
【0025】
イオンが、内部空間202に注入または内部空間202において生成されると、領域122、124、126のうちの1以上の領域および/または他の導電部材312、316、332に印加されたDC電圧信号を適切に調整して、イオンが電極構造100の軸方向端部から漏出するのを防止することができる。さらに、DC電圧信号を調整して、注入イオンの軸方向(z軸)運動を内部空間202内の所望の領域122、124、126に制約する、軸方向に狭いDC電位ウェルを生成することができる。例えば、処理中のイオンの極性に応じて、端部領域122、126におけるDC電圧レベルを、中央領域124におけるDC電圧レベルよりも高くまたは低く設定し、中央に位置する電位ウェルを生成することができる。この文脈において、「高く」「低く」などの用語は、正帯電または負帯電のイオンの処理を包含するために絶対値という意味で使用される。更に後述するように、DC電位ウェルは、電極構造100の軸方向中心(図3においては、x―y―zフレームの原点)から偏位させてもよいし、第1の端部領域122または第2の端部領域126に配置してもよい。
【0026】
DC電位に加えて、適切な振幅および周波数のRF電圧信号を電極102、104、106、108に印加して、2次元(x―y)主RF四重極トラップ電界を生成し、ある質量対電荷比(m/z比または単に「質量」)範囲の安定イオン(捕捉可能イオン)の動作を放射方向に沿って制約することができる。例えば、主RF四重極トラップ電界は、対向y電極102、104の対に第1のRF信号を印加すると同時に、第1のRF信号と180度位相がずれているが振幅および周波数が同じRF信号を対向x電極106、108の対に印加することによって生成可能である。DC軸方向バリア電界と主RF四重極トラップ電界との組合せによって、基本線形イオントラップが電極構造100内に形成される。
【0027】
(電気四重極が中心軸226に関して対称であると仮定すると、)RF四重極トラップ電界によって付与される力の成分は、通常、電極構造100の内部空間202の中心軸226において最低となるので、四重極の動作パラメータの範囲内で安定であるm/z比を有する全イオンが、中心軸226にほぼ沿ったイオン位置分布を有するイオン占有体積またはイオン雲内での運動に制約される。したがって、このイオン占有体積は、中心軸226に沿って細長いが、内部空間202の総体積よりもはるかに小さい。さらに、イオン占有体積は、上記の軸方向電位ウェルを含む非四重極DCトラップ電界の印加によって電極構造100の中央領域124と軸方向に中心整合するものであってもよいし、後述の実施形態に従って、第1の端部領域122または第2の端部領域126内において軸方向に配置されるものであってもよい。数多くの実施形態において、イオン冷却または熱運動化の周知のプロセスによって、イオン占有体積サイズを更に小さくすることができる。イオン冷却プロセスは、内部空間202への適切な不活性バックグラウンドガス(減衰ガス、冷却ガスまたは緩衝ガスとも称される)の導入を伴う。イオンとガス分子または原子との間の衝突によって、イオンは運動エネルギーを失うので、イオンの偏位が減衰する。適切なバックグラウンドガスとしては、水素、ヘリウム、窒素、キセノン、およびアルゴンが例示されるが、これらに限定されるものではない。図2に示すように、この目的のために、電極構造100の適切な開口部または電極構造100の筐体に連通する適切なガス供給源242を設けることができる。イオンの衝突冷却によって、電界欠陥の影響をある程度低減することができる。
【0028】
DC信号および主RFトラップ信号に加えて、適切な振幅および周波数(通常、両方とも主RFトラップ信号よりも小さい)の付加RF電圧信号を、対向電極対102/104または106/108の少なくとも一方の電極対に印加して、選択されたm/z比の捕捉イオンを共鳴励起する補足RF双極励起電界を生成することができる。主RF電界を印加しながら、補足RF電界を印加すると、結果として得られる電界の重畳は、結合RF電界または複合RF電界として特徴付けることができる。前記のように、補足RF電界は、衝突誘発解離(CID)を実行するために従来から使用されてきた。対照的に、本開示に記載の実施形態は、DC電圧の調整に応答して、イオンの軸方向加速によりCIDを実行するので、CIDにはRF励起電界は必要ではない。
【0029】
さらに、励起電界成分の強度は、選択質量のイオンが、RFトラップ電界によって付与された復元力に打ち勝って、除去または検出のために電極構造100から排出されるのに充分に高レベルに調節することができる。したがって、ある実施形態においては、中心軸226に直交する方向に沿って、すなわち、x―y平面における放射方向または横方向に、イオンを内部空間202から排出することができる。例えば、図1および図3に示すように、イオンを、矢印164で示すようにy軸に沿って排出可能である。当業者に理解されるように、この種のイオン排出は、例えば、補足RF励起電界を固定周波数に維持する一方、主RFトラップ電界の振幅を増加させることによって、質量選択的に実行することができる。しかし、双極共鳴励起は、イオン運動の振幅を増加させてイオンを線形イオントラップから放射方向に排出する技術の一例にすぎないと理解される。他の技術も公知であり、本開示に記載の電極構造に、この様な公知技術や、未開発の技術、または公知技術の変形態様を適用可能である。
【0030】
放射方向の排出を容易にするために、電極102、104、106、108のうちの1以上の電極に1以上の開口部を形成してもよい。図1〜図3に示す具体例においては、y電極102、104の間に生成される適切な補足RF双極電界に応答してy軸に沿う方向の排出を容易にするために、y電極のうちの1つの電極102に開口部172が形成されている。開口部172は、z軸に沿って細長く、この場合、開口部172は、スロットまたはスリットとして特徴付けられ、電極構造100の細長い内部空間202内に形成される細長いイオン占有体積に相当する。実際には、排出イオン束を測定するために、適切なイオン検出装置(図示せず)を開口部172に整合配置することができる。開口部172を形成する周囲壁に衝突することなく、開口部172を完全に通過してイオン検出装置に到達する排出イオンの数を最大化するために、開口部172を電極102の頂部232(図2)に沿って中心整合させてもよい。排出イオンが通過する開口部172の放射方向経路または深度を最小化するために、外面212(図2)から開口部172まで延びて開口部172を取り囲む凹部174を電極102に形成してもよい。内部空間202において生成される電界の対称性を所望のレベルに維持するために、対応する別のイオン検出装置を設けない場合であっても、電極102の反対側の電極104に更なる開口部176(図1)を形成してもよい。同様に、電極102、104、106、108の全てに開口部を形成してもよい。ある実施形態においては、上記米国特許出願第10/855,760号に記載されているように、適切な電圧信号の重ね合わせおよび他の動作状態を提供することによって、単一の開口部から単一方向にイオンを選択的に排出することができる。
【0031】
CIDプロセスを含む特定の実験では、更なる研究または手順のために、選択されたm/z比のイオン(所望のイオン)を電極構造100内に保持したり、他のm/z比の不所望な残余イオンを電極構造100から除去したりする必要がある。所望のイオンを不所望なイオンから分離するための適切な技術を実施してもよい。特に、イオン分離のためには、放射方向の排出も有用である。例えば、開口部172を備えたy電極102、104などの電極構造100の対向電極対に補足RF信号を印加して、内部空間202において、これら2つの対向電極102、104の間に補足RF双極電界を生成することができる。補足RF信号は、y軸に沿った共鳴励起によって、選択されたm/z値の不所望なイオンをトラップ電界から排出する。イオン分離に用いる技術としては、ともに本開示の譲受人に譲渡されている上記特許文献1および上記特許文献2、そして、上記特許文献3ないし上記特許文献8が例示されているが、これらに限定されるものではない。
【0032】
本開示によれば、図1〜図3に例示されている電極構造100などの線形電極構造、または、その他の適切な電極の線形構成に、1以上のイオンを供給する。イオン運動を、RFトラップ電界の印加により放射方向のx―y平面に制約し、DCトラップ電界の印加により軸方向(z軸方向)に沿って制約することによって、イオンを捕捉する。電極構造100の軸方向配置の部材に印加されるDC電圧のうちの1以上のDC電圧を調整して、電極構造100の選択軸方向端部、例えば、第1の端部領域122または第2の端部領域126においてイオンを蓄積する。そして、イオンが蓄積される軸方向端部に印加される1以上のDC電圧を迅速に調整(イオンの極性に応じて、増減)して、電極構造100内で、イオンが蓄積された軸方向端部から他方の軸方向端部へと軸方向に、すなわち、z軸または中心軸226に実質的に沿う方向(共線方向または平行方向)にイオンを加速する。この様にして、選択軸方向端部におけるDC電圧、および、電極構造100の他方の軸方向端部に近い低電圧領域と高電圧の選択軸方向端部との間の軸方向DC電位差の迅速な調整に応答して、イオンが駆動されて軸方向に移動すると、イオンの運動エネルギーは、軸方向に増加する。軸方向両端部のDC電位が、軸方向両端部間のDC電位よりも大きいので、イオンは、軸方向両端部の間で軸方向に何度も往復反射可能となる。イオンの初期的な加速および運動エネルギー増加の後、イオンは、運動エネルギーを失い始める。電極構造100の内部空間202にバックグラウンドガスが供給されている場合、運動エネルギーは、最終的に熱エネルギーに変換される。したがって、ある実施形態においては、実際、一方の軸方向端部にイオンを再蓄積し、その軸方向端部でDC電圧を再調整し、再びイオンを駆動して軸方向に運動させることによって、運動エネルギーをパルス化してもよい。蓄積および駆動のプロセスを所望の回数繰り返してもよい。
【0033】
この軸方向のイオン励起は、限定的ではないが、反応、イオン−分子相互作用、および気相イオン化学の研究の容易化または促進を含む様々な目的のために有用である。特に、軸方向のイオン励起は、例えば、タンデムMS(MS/MSまたはMSn)分析の一部として、イオンをより小さなイオンに解離したり、断片化したりするために有用である。適切なバックグラウンドガスが、電極構造100の内部空間202に供給されている場合、CID実行のための軸方向の励起の結果として、イオンの運動エネルギーを充分増加させることができる。電極構造100がイオントラップとして動作する場合、CIDの繰り返しを含むMSの各段階を時系列で実行し、蓄積工程と駆動工程との間で分離工程および/または質量分析工程を実行することができる。
【0034】
図4は、電極構造100の他方の軸方向端部に向けてイオンを軸方向に駆動する前に、一方の軸方向端部にイオンの軸方向運動を制約するのに適した、電極構造100(図1〜図3)などの線形電極構造の中心軸に沿うDC電圧電位の軸方向分布の一例を示している。より具体的には、図4は、電極構造100に沿う軸方向位置zの関数としてDC電圧の大きさU(z)をプロットした曲線400を提供している。横座標は、例えば、電極構造100の中央領域124の軸方向中心に対応する原点から左右への軸方向距離を表している。曲線400は、電位ウェルを含む。この例において、イオン蓄積のために選択された軸方向端部は、電極構造100の第2の端部領域126である。したがって、図4に示す電位ウェルは、第2の端部領域126内の軸方向位置に実質的に対応する横座標位置で、最小値を有している。電位ウェルの最小値は、ゼロ以外の値を有する可能性があるので、例示的にU(z)=0付近の値を有するように示されている。実際は、軸方向位置に伴うDCの大きさの変化は、結果的に、階段状の輪郭を有する曲線400となると理解される。
【0035】
図5は、電極構造100の内部空間202内で軸方向にイオンを駆動するのに適し、イオンの軸方向移動に伴ってイオンの運動エネルギーを増加させるのに効果的な電極構造100(図1〜図3)の中心軸226に沿うDC電圧電位の軸方向分布の一例を示している。図5の曲線500で示すように、イオンが蓄積される電極構造100の軸方向端部に印加されるDC電位を増加させて、図4の曲線400で示す電位ウェルを除去し、他方の軸方向端部に向けてイオンを加速している。この例では、第2の端部領域126および第2の端部プレート316の各DC電圧レベルを迅速に増加させ、イオンを第1の端部領域122に向けて加速している。さらに、DC電位は、中央領域124の大部分または全てを含む電極構造100の軸長の大部分に沿って平坦化されている。曲線500の平坦部分が、ゼロ以外の値を有する可能性があるので、例示的にU(z)=0付近の値を有するように示されていると理解される。第2の端部領域126および第2の端部プレート316のDC電圧レベルの迅速な調整によって、蓄積イオンが実質的に解放された時点で、電極構造100の軸長の大部分に渡る軸方向電位差が生成され、イオンの電位エネルギーが最大となる。したがって、曲線500の平坦化によって、イオンは、イオンの電位エネルギーと運動エネルギーとの間の最大エネルギー変換量を得るので、一方端から他方端へと軸方向に駆動されると共に、最大運動エネルギー量を得る。この方法は、共鳴RF励起、特に放射方向または横方向への励起に基づくCID技術によって到達されなかった非常に高い運動エネルギーレベルにおける衝突ガスとの衝突を可能とするので、運動エネルギーの最大化は、CID実行時に有利である。さらに、平坦部分と電極構造100の軸方向端部との間に顕著な電位差がある。したがって、曲線500は、加速イオンを電極構造100の軸方向両端部の間で往復反射(はね返し)させるために利用可能な軸方向DCバリア電界を提供する。軸方向の反射は、意図する解離または断片化経路に沿った前駆イオンの完全な解離を保証するために有用である。
【0036】
次に、この様な軸方向励起を前記のような解離以外の目的のために使用可能であるという理解により、図6〜図9を参照しながら、軸方向励起によるイオン解離方法の一例について説明する。
図6を参照して、イオンは、適切な手段によって、電極構造100または他の適切な線形形状の電極構造に供給される。この文脈で使用されている「供給」という用語は、内部イオン化または外部イオン化を行うことを伴うものである。内部イオン化の場合、適切な手段によって、適切な試料供給源から電極構造100へと試料分子または原子を導入する。外部イオン化の場合、まず、適切なイオン供給源によって試料分子または原子をイオン化し、適切な手段によってイオンを電極構造100へと導入する。前記のように、数多くの実施形態においては、中心軸226にほぼ沿って電極構造100へとイオンを導入する。イオンが一旦供給されると、イオンは、電極102、104、106、108に対するRF電圧の印加、そして、電極102、104、106、108および他の1以上の軸方向配置の導電部材312、316、332に対するDC電圧の印加によって捕捉される。イオンの運動エネルギーを熱エネルギーに変換するために、内部空間202に減衰ガスを供給してもよい。適切な手段、例えば、上記の分離技術のうちの1つによって、前駆イオンを質量選択してもよい。
【0037】
そして、電極構造100の一端において前駆イオンが蓄積されるように、電極構造100の軸方向配置の各部材に印加されるDC電圧を調整する。この例においては、第2の端部領域126に軸方向のDC電位ウェルを生成するようにDC電圧を調整することによって、イオンを第2の端部領域126に蓄積する。しかし、イオン蓄積が望まれる電極構造100内の他の箇所にDC電位ウェルを配置可能であると理解される。第2の端部領域126にイオンの軸方向運動を制約するのに充分な、軸方向に中心整合しないDC電位ウェルすなわち非対称DC電位ウェルを、例えば、電極構造100の部材の各DC電圧レベルを以下のように設定することによって実現することができる。すなわち、第1の端部プレート312を200Vに、第1の端部領域122の電極132、134、136、138を20Vに、中央領域124の電極142、144、146、148を15Vに、第2の端部領域126の電極152、154、156、158を10Vに、第2の端部プレート316を20Vに、そして、第3の端部プレート332を100Vに設定する。更に一般的には、蓄積のために選択端部領域(選択された端部領域)122または126のDC電圧を、電極構造100の他の軸方向配置の部材に印加されるDC電圧よりも低い値に設定する一方、最も外側の軸方向端部のDC電圧を、軸方向端部からのイオンの漏出を防止するために充分高く設定する。
【0038】
図6は、減衰ガスとの衝突によって運動力学的に冷却され、電極構造100の低電位の端部で捕捉された後の、m/z=300の単一イオンのシミュレーション軌跡602を含めることによって、第2の端部領域126において結果として得られるイオン蓄積も示している。軌跡は、Idaho National Engineering and Environmental Laboratory, Idaho Falls, Idahoで開発されたイオンシミュレーションプログラムSIMION(商標)を使用して演算した。上記のDC電圧レベルに加えて、RFトラップ電圧は、200Vpp(ピーク間)に設定されている。なお、軸方向および横方向(放射方向)の小さなイオン運動は、依然として視認可能である。
【0039】
図7を参照して、選択された端部領域122または126におけるイオンの蓄積/制約の後、イオンをパルス化するように、すなわち、イオンを駆動して電極構造100の一方端から他方端に向けて(この例においては、第2の端部領域126から第1の端部領域122へと)軸方向に移動させるためにイオンを迅速に加速するように、電極構造100の軸方向配置の各部材に印加されるDC電圧を調整する。図6に関連して説明した例に続いて、このパルス化は、第2の端部領域126の電極152、154、156、158のDC電圧レベルを10Vから100Vに、第2の端部プレート316のDC電圧レベルを20Vから100Vに迅速に増加させることによって達成可能である。図6に関連して上記で説明したその他全てのDC電圧およびRF電圧は、不変とすることができる。図7は、m/z=300の単一イオンに関するSIMION(商標)演算結果の軌跡702を示す。電極構造100の軸方向端部の高電位、すなわち、この例では、第1の端部プレート312の200V、第2の端部領域126の電極152、154、156、158および第2の端部プレート316の100Vによって、イオンが軸方向両端部の間で往復反射することが観察される。減衰ガスの存在下では、軸方向に沿ったこのイオンサイクルによって、イオンは、充分なエネルギーで何度も衝突を経て、プロダクトイオンに解離する。イオン軌跡702の振幅(または長さ)は、電極構造100の軸長の大部分におよぶ場合もある。ある実施形態においては、軸方向振幅は、第1の端部領域122と第2の端部領域126との間におよぶ。他の実施形態においては、軸方向振幅は、第1および第2の端部領域122、126の少なくとも一方(その範囲内のポイント)にまでおよぶ。更に他の実施形態においては、軸方向振幅は、第1および第2の端部領域122、126の両方にまでおよぶ。
【0040】
図8は、時間(μs)の関数としてのイオンの運動エネルギーの計算値(eV)のプロット800を示している。イオンの運動エネルギーが、電極構造100の高電圧の軸方向端部でほぼゼロまで減少し、そこでイオンが方向を変えて、反対側の端部に向かって逆反射することが観察される。したがって、イオンの軌跡は、軸方向端部において複数の転換点を含み、このうちの数個の転換点が、図8に802で示されている。転換点802は、図7に示すイオンの軸方向振動の限界を定めている。イオンは、反対側の軸方向端部に向かって引き返した後、若干の運動エネルギーを回復する一方、バックグラウンドガスとの衝突によってエネルギーを失い続けることも観察される。したがって、イオンは、(一方の軸方向端部から他方の軸方向端部への)軸方向運動の半周期毎に全運動エネルギーを失い、運動エネルギーは、衝突によって徐々に超低値に近づく。図9は、図8のプロット800の一部分900の拡大図を示している。転換点802に加えて、不連続な運動エネルギー損失が、各衝突の結果として観察され、その一部が図9に902で示されている。
【0041】
図6〜図9に関連して上記で説明した方法は、1つのパルス化CIDサイクルを含み、数多くの実験に対しては、このパルス化CIDサイクルで充分である。上記のようにイオンを蓄積して軸方向に駆動した後、質量選択的な放射方向の排出などの適切な技術によって、衝突の生成物を含むイオンを電極構造100から走査し、質量スペクトルを記録することができる。
【0042】
あるいは、電極構造100において所望のm/z比のプロダクトイオンを分離し、上記のように電極構造100の選択された端部領域122または126でプロダクトイオンを蓄積し、上記のようにプロダクトイオンを励起して電極構造100内で軸方向に振動させることによって、他のCIDサイクルを実行してもよい。継次世代のプロダクトイオンを生成するために、必要に応じて、パルス化CIDサイクルを更に何度も繰り返してもよい。
【0043】
CIDを実施する本開示に記載の実施形態に関し、1回目のパルス化CIDの繰り返しにおいて、前駆イオンは、上記のように蓄積されて、その後にパルス化され、その運動エネルギーが増加する。前駆イオンが電極構造100内で軸方向に駆動されると、前駆イオンは、減衰ガスと衝突して、図8および図9に示すように運動エネルギーを失う。この様な衝突によって、結果的に断片イオンが生成される。より低い質量を有する所望のプロダクトイオンを得るためには、断片イオンの更なる解離が必要である。しかし、断片イオン生成の衝突によって、断片イオンの運動エネルギーは非常に低くなるので、その後の衝突には、更なる解離を引き起こす効果がない。同様に、元の前駆イオンの中には、最初の衝突で全く解離せず、最初の衝突で運動エネルギーを失って、次の衝突で解離するのに充分なエネルギーを有さないものもある。したがって、パルス化CIDの最初の繰り返しの結果として生じたイオンは、所望のプロダクトイオン、中間プロダクトイオンおよび/または元の前駆イオンの混合物である。したがって、パルス化CIDの1度の繰り返しの結果生じるイオンの質量分布は、最初の繰り返しの前のイオンの質量分布とは異なる。さらに、一定時間後、この様なイオンの全てが、衝突により熱エネルギーへと減衰されてしまう。この様な理由により、1回以上のパルス化CIDサイクルを更に実行してもよい。すなわち、所望のプロダクトイオンを得るために、必要に応じて、イオン加速工程へと続く、電極構造100の一方の軸方向端部にイオンを蓄積する工程を1回以上繰り返してもよい。なお、イオンの再蓄積は、前の蓄積と同じ軸方向端部で実行してもよく、あるいは、反対側の軸方向端部で実行してもよい。例えば、前の蓄積が第1の端部領域122で起こり、次の蓄積が第2の端部領域126で起こってもよい。あるいは、これら蓄積工程を両方とも同じ端部領域122または126で実行することもできる。一旦所望のプロダクトイオンが生成されると、プロダクトイオンは、電極構造100において分離され、上記のように、次の質量走査に必要な最終イオン質量分布を得るために、必要に応じて、継次世代のプロダクトイオンのためのCIDプロセスが1回以上繰り返される。
【0044】
図10は、図1〜図3、図6および図7に示す電極構造100などの線形形状の電極構造においてイオンの運動エネルギーを増加させる方法の一例を示すフローチャート1000である。フローチャート1000は、この方法を実施可能な装置も表している。この方法は、電極構造100におけるイオンの供給、分析価値の無いイオンの除去、予備走査、前駆イオンの分離、ガスの導入、RFトラップ電界の印加などの適切な予備工程が行われる1002から始まる。ブロック1004において、イオンの軸方向運動を、実質的に、電極構造100の選択された端部領域122または126に制約する。ブロック1006において、イオンを駆動して、選択された端部領域122または126から他方の端部領域126または122に向けて軸方向に移動させ、そして、選択された端部領域122または126に向けて逆反射させる。このプロセスは、質量走査、質量スペクトルの生成などの適切な後続工程を実行する1010で終了する。1008で示すように、工程1004および1006を繰り返すべきかどうかを任意に決定する。この決定結果に応じて、プロセスは、ブロック1004に戻るか、または1010で終了する。
【0045】
図11は、線形イオントラップにおいて前駆イオンを解離する方法の一例を示すフローチャート1100である。図1〜図3、図6および図7に示す電極構造100は、この様な線形イオントラップとして、または、その一部として動作可能である。フローチャート1100は、この方法を実施可能な線形電極構造または線形イオントラップ装置も表している。この方法は、電極構造100におけるイオンの供給、分析価値の無いイオンの除去、予備走査、ガスの導入、RFトラップ電界の印加などの適切な予備工程が行われる1102から始まる。ブロック1104において、1以上の前駆イオンを分離する。ブロック1106において、電極構造100の選択された端部領域122または126に前駆イオンを蓄積する。ブロック1108において、前駆イオンを駆動して、選択された端部領域122または126から他方の端部領域126または122に向けて軸方向に移動させ、そして、選択された端部領域122または126に向けて逆反射させる。この工程により、電極構造100の内部空間202に存在するガスと前駆イオンとの間の衝突が1回以上起こる。この衝突によってプロダクトイオンが生成される。次に、ブロック1114において、電極構造100からイオンを排出する。排出は、質量スペクトルの生成のためのデータを提供するために質量依存ベースで実行される。このプロセスは、質量スペクトルの生成などの適切な後続工程を実施する1116で終了する。1110で示すように、駆動工程1108の後、工程1106および1108を繰り返すべきかどうかを任意に決定してもよい。この決定結果に応じて、プロセスは、ブロック1106に戻るか、またはブロック1114に進む。更なる選択肢として、工程1106および1108を1回以上実行した後、CIDを更に繰り返すための準備として、プロダクトイオンを分離するための分離工程1104を繰り返すべきかどうかを決定する。この決定結果に応じて、プロセスは、ブロック1104に戻るか、またはブロック1114に進む。
【0046】
図12は、線形イオントラップベースの質量分光分析法(MS)システム1200の一例に関する、非常に一般化された簡略概要図である。図12に示すMSシステム1200は、本開示に記載の実施形態を適用可能な環境のほんの一例にすぎない。本開示に記載の実施形態における利用の他に、図12に記載の様々な部材または機能は、一般的に公知であるので、概要説明のみを必要とする。
【0047】
MSシステム1200は、図1〜図3、図6および図7に示す上記の電極構造100などの電極構造を含む線形または2次元イオントラップ1202を備えている。上記のように、様々なDC電圧源およびAC(RF)電圧源が、イオントラップ1202の様々な導電部材と動作可能に連通している。これらの電圧源としては、DC信号発生装置1212、RFトラップ電界信号発生装置1214、およびRF補足電界信号発生装置1216が含まれる。試料またはイオン供給源1222が、内部イオン化の場合にはイオン化すべき試料材料を導入し、外部イオン化の場合にはイオンを導入するイオントラップ1202と連結されている。上記のように、1以上のガス供給源242(図2)が、イオントラップ1202と連通可能である。イオントラップ1202は、質量分析のために排出イオンを検出するための1以上のイオン検出装置1232と連通可能である。イオン検出装置1232は、イオン検出装置1232から出力信号を受信するための検出後信号処理装置1234と連通可能である。検出後信号処理装置1234は、出力データを得て、質量スペクトルを生成するために必要な増幅、累計、記憶などの信号処理機能を実行するための様々な回路および部材を意味している。図12において信号ラインで示すように、MSシステム1200の各種部材および機能実体は、適切な電子制御装置1242と連通し、この電子制御装置1242によって制御可能である。電子制御装置1242は、1以上の演算装置または電子処理装置を意味し、ハードウェアおよびソフトウェア属性の双方を含んでいる。例示として、電子制御装置1242は、DC信号発生装置1212、RFトラップ電界信号発生装置1214、RF補足電界信号発生装置1216によってイオントラップ1202に供給される電圧のタイミングおよび動作パラメータを制御可能である。さらに、電子制御装置1242は、本開示に記載の方法の1以上の工程を全体的または部分的に実施、制御可能である。
【0048】
上記に例示的に説明した本発明の1以上の実施形態は、イオントラップとして使用されるものなど、線形電極構造においてイオンの運動エネルギーを増加させる従来技術、例えば、共鳴RF励起電界および/または線形電極構造の中心軸に直交する方向のイオン加速に依存する従来技術に勝る利点を提供することが、上記から理解される。1つの利点としては、放射方向(横方向)ではなく軸方向にイオンエネルギーを増加させることによって、質量範囲を制限することなく、イオンとガスとの間の高運動エネルギー衝突が可能となることである。他の利点としては、イオンの捕捉、パルス化および解離の複数サイクルを実施し、これらのサイクルを複数回繰り返すことによって、プロダクトイオンへの前駆イオンの変換効率の向上が可能となることである。
【0049】
本開示に記載の方法および装置は、上記に一般的に説明し、図12に例示的に示したMSシステムにおいて実施可能であると理解される。しかし、この主題は、図12に示す特定のMS装置1200、または、図12に示す特定の回路構成に限定されるものではない。さらに、この主題は、MSに基づく用途に限定されるものではない。
さらに、本発明の範囲を逸脱することなく、本発明の様々な態様または詳細を変更可能であると理解される。さらに、前述の説明は、特許請求の範囲で定義される本発明の例示目的であり、限定目的ではない。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本開示に記載されている実施形態に係る電極構造の一例の斜視図である。
【図2】図1に示す電極構造の中心軸に直交する放射平面または横方向平面に沿う電極構造の横断面図である。
【図3】中心軸に直交する軸方向平面に沿う、図1に示す電極構造の横断面図である。
【図4】線形電極構造の軸方向位置の関数としてのDC電圧の大きさのプロットであり、電極構造の軸方向中心から偏位した軸方向DC電位ウェルを示す。
【図5】線形電極構造の軸方向位置の関数としてのDC電圧の大きさのプロットであり、電極構造の軸長の大部分におよぶ低DC電圧を示す。
【図6】図3と同様の電極構造の横断面図であり、電極構造の一方の軸方向端部における軸方向運動に制約されたイオンを示す。
【図7】図6に示す電極構造の横断面図であり、制約状態が解除された後、電極構造の主軸に沿って運動するイオンの軌跡を示す。
【図8】時間の関数としての、図7に示すイオンの運動エネルギーの計算値のプロットである。
【図9】図8に示すプロットの一部を拡大したものである。
【図10】本開示に記載されている一実施形態に係る方法を示すフローチャートである。
【図11】本開示に記載されている他の実施形態に係る方法を示すフローチャートである。
【図12】質量分光分析システムの概略図である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、一般的に、2次元または線形形状の電極構造内におけるイオンの操作または処理に関する。特に、本発明は、例えば、衝突誘発(誘起)解離(CID)を実行するために、イオンの運動エネルギーを増加させる方法および装置に関する。この様な方法および装置は、例えば、タンデム多段型質量分光分析法(MS/MSおよびMSn)を含む質量分光分析法に関連する操作と共に使用することができる。
【背景技術】
【0002】
イオントラップなど、線形または2次元イオン処理装置は、装置の主軸または中心軸を中心として同軸に配置された1組の細長い電極により構成される。通常、各電極は、中心軸(例えば、z軸)に直交する平面(例えば、x―y平面)内において、中心軸から放射方向(径方向)に離間して配置される。各電極は、ロッドとして、その主寸法(例えば、長さ)が中心軸と平行に延びるという点で細長い。その結果得られる電極構造は、中心軸に向かって内向する電極の内面の間に、装置の細長い内部空間またはチャンバを形成している。動作時において、イオンは、内部空間において、導入、捕捉、蓄積、分離され、様々な反応を経て、検出のために内部空間から排出される。この様な操作は、内部空間に存在するイオンの運動、および、電極構造の物理部材の形状、製造、組立ての正確な制御を必要とする。x―y平面に沿った放射方向(または横方向)のイオン偏位は、2次元(x―y)放射方向トラップ電界を生成する前記電極のうちの1以上の電極に適切なRF信号を印加することによって制御される。イオンの軸方向偏位またはイオンの中心軸方向運動は、軸方向(z軸方向)トラップ電界を生成する適切なDC信号を前記電極に印加することによって制御される。
【0003】
電極セットの放射方向軸(x軸またはy軸)上に位置する2つの対向電極の間に付加RF信号を印加して、補助または補足RF電界を生成する。このRF電界は、イオンの振動振幅を増加させて、共鳴励起の結果として放射方向軸に沿ってイオンの運動エネルギーを増加させることによって、イオン運動に影響を及ぼす。通常、放射方向に沿ったこの種の共鳴励起を使用して、イオンを電極セットから排出し、排出イオンを検出したり、電極セットにおいて他のイオンを分離するために排出イオンを除去したりする。共鳴励起の理論、メカニズムおよび技術は、当業者に周知であるので、本開示において詳述する必要はない。簡単に言えば、所与の質量対電荷比のイオンの励起は、補足RF電界の周波数が双極軸に沿った運動に関するイオンの永続周波数に一致すると発生する。補足RF信号によって充分なパワーが付与されると、イオンは、トラップ電界によって付与された復元力に打ち勝って、線形イオントラップから放射軸に沿う方向に排出される。この目的のために、共鳴双極電界が印加される前記電極のうちの少なくとも1つの電極にスロットが形成され、排出イオンは、このスロットを介してイオン検出装置へと移動することができる。
【0004】
放射方向または横方向に沿った共鳴励起を使用して、衝突誘発解離(CID)を促進することもできる。CIDを含むプロセスは、タンデム質量分光分析法および多段型質量分光分析法(MS/MSおよびMSn)の分野において周知である。簡単に言えば、CIDを実行するために、電極セットの内部空間に適切な不活性ガスを供給すると、前駆イオンと周囲のガスの要素(原子または分子)との間で衝突が発生する。共鳴双極電界により生じる運動エネルギーの増加によって、前駆イオンは、この様な衝突の少なくとも一部に反応してプロダクトイオンに解離する。そして、イオンを質量分析したり、プロダクトイオンを分離したりすることができ、継次世代のプロダクトイオンのためにCIDプロセスが繰り返される。
【0005】
CIDプロセスにおいて、2つの対向電極に過剰な共鳴電圧を印加すると、イオンは、横方向に過剰なエネルギーを得ることが公知となっている。潜在的な結果として、横方向のイオン振動の振幅は、イオンが電極に衝突するまで、または、電極のスロットを介して排出されて失われるまで増加する。この様な現象を回避する必要性によって、CIDのためのイオンの最大運動エネルギーが制限される。また、横方向のRFトラップ電位が、電極に印加されるRFトラップ電圧の振幅と共に増加し、イオン質量と共に減少することも公知である。横方向の所与のトラップ電位に対して、CIDに利用可能な最大運動エネルギーが決定される。RFトラップ電圧の振幅を増加させて、RFトラップ電位を増加させることも可能であるが、RFトラップ電位の増加は、質量カットオフ制限を増すことによって電極セット内に捕捉可能なイオンの質量範囲も制限するので、CIDによって生成されるプロダクトイオンの質量範囲を制限する。したがって、質量範囲を損なうことなく、CIDに利用可能な運動エネルギーを増加させる方法が必要である。
【0006】
多重極イオントラップなどの時系列ベースの装置に加えて、三段四重極質量分光分析装置などの連続分析装置ベースの装置も、CIDのために使用される。三段四重極質量分光分析装置において、第1の四重極電極セットが、前駆イオンを選択するための質量フィルタとして利用され、第2の四重極電極セットが、CIDのための衝突セルとして利用され、第3の四重極電極セットが、衝突セルで生成されたプロダクトイオンを選択するための質量フィルタとして利用される。第1の質量フィルタから放出された質量選択された前駆イオンは、所望のエネルギーまで加速されて、ガスが充填された衝突セルに入射する。イオンは、衝突セルの入口から出口まで一回で通過する。イオンが衝突セルを通過するときに、高エネルギーのイオンとガスとの間の衝突によってCIDが起こる。衝突セル内で結果的に生成されるプロダクトイオンは、充分な残余運動エネルギーを有するので、これらのイオンは、衝突セルの出口へと移動し、質量分析のために第2の質量フィルタに入射する。また、衝突しなかった元の前駆イオンは、更なる解離の機会を得ることなく、衝突セルを脱出する。連続分析装置ベースの装置に関するこの周知の短所は、CIDによるプロダクトイオンへの前駆イオンの変換効率を制限する。
【特許文献1】米国特許第5,198,665号明細書
【特許文献2】米国特許第5,300,772号明細書
【特許文献3】米国特許第4,749,860号明細書
【特許文献4】米国特許第4,761,545号明細書
【特許文献5】米国特許第5,134,286号明細書
【特許文献6】米国特許第5,179,278号明細書
【特許文献7】米国特許第5,324,939号明細書
【特許文献8】米国特許第5,345,078号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
以上を鑑み、線形イオントラップなどの線形イオン処理装置において、イオンが獲得可能な最大運動エネルギー量を増加させる技術を提供すると有利である。また、質量範囲を制限することなく、CIDに利用可能な最大運動エネルギー量を増加させるCIDのための技術を提供すると有利である。さらに、線形装置の中心軸に対して放射方向または横方向への励起に依存しない技術を提供すると有利である。また、共鳴RF電界による励起に依存しない技術を提供すると有利である。さらに、イオンの捕捉、励起および解離の複数サイクルを可能とし、これらのサイクルを複数回繰り返すことによって、プロダクトイオンへの前駆イオンの変換効率を上げるCIDのための技術を提供すると有利である。
【課題を解決するための手段】
【0008】
当業者により認識されてきた上記の問題および/またはその他の問題の全部または一部に対処するために、本開示は、以下の実施形態において例示的に説明されている方法、プロセス、システム、装置、機器および/または素子を提供する。
ある局面によれば、線形電極構造の中心軸に沿う方向にイオンの運動エネルギーを増加させる方法を提供する。前記電極構造は、第1の端部領域と、前記中心軸に沿って前記第1の端部領域から離間された第2の端部領域と、前記第1および第2の端部領域の間に軸方向に介在する中央領域とを備えている。前記電極構造は、イオンが配置される内部空間を規定し、前記内部空間は、前記中心軸に沿って前記第1の端部領域、前記中央領域、および前記第2の端部領域に渡って延びている。この方法によれば、イオンの軸方向運動は、実質的に、前記第1および第2の端部領域のうちの選択された一方に制約される。イオンは、駆動されて、前記選択された端部領域から他方の端部領域に向けて軸方向に移動し、そして、前記選択された端部領域に向かって逆反射される。
【0009】
他の局面によれば、前記制約する工程は、前記第1の端部領域、前記中央領域、および前記第2の端部領域に、複数のDC電圧をそれぞれの大きさで印加して、前記選択された端部領域に軸方向電位ウェルを生成することを含む。前記駆動する工程は、前記選択された端部領域に印加される前記DC電圧を調整することを含む。
他の局面によれば、前記制約する工程および前記駆動する工程は、1回以上繰り返される。制約を繰り返す毎に、制約のために、前回の繰り返しと同じ端部領域を選択してもよいし、他方の端部領域を選択してもよい。
【0010】
他の局面によれば、線形イオントラップにおいて前駆イオンを解離する方法を提供する。前記線形イオントラップは、第1の端部領域と、前記線形トラップの長軸に沿って前記第1の端部領域から離間された第2の端部領域と、前記第1および第2の端部領域の間に介在する中央領域とを備えている。また、前記線形イオントラップは、各領域に複数の電極を備えており、前記電極は、前記長軸を中心として同軸に配置されており、前記線形イオントラップの長尺体積を規定する。この方法によれば、内部空間の複数のイオンが、実質的に、前記第1および第2の端部領域のうちの選択された一方に蓄積される。前記複数のイオンは、1以上の前駆イオンを含む。前記複数のイオンは、駆動されて、前記選択された端部領域から他方の端部領域に向かって軸方向に移動し、そして、前記選択された端部領域に向かって逆反射され、前記内部空間において前記イオンのうちの少なくとも1つとガスとの間の衝突が起こる。
【0011】
他の局面によれば、前記蓄積する工程および前記駆動する工程は、第n世代のプロダクトイオンを得るために、1以上の継次世代のプロダクトイオンに対して1回以上繰り返される。各蓄積において、蓄積のために選択される端部領域は、前記第1の端部領域または前記第2の端部領域である。
他の局面によれば、軸方向に沿ってイオンの運動エネルギーを増加させる装置を提供する。前記装置は、第1の端部領域と、中心軸に沿って前記第1の端部領域から離間された第2の端部領域と、前記第1および第2の端部領域の間に軸方向に介在する中央領域とを備えた線形電極構造を備えている。前記線形電極構造は、前記中心軸に沿って前記第1の端部領域、前記中央領域、および前記第2の端部領域に渡って延びる内部空間を規定している。また、前記装置は、前記内部空間における1以上のイオンの軸方向運動を実質的に前記第1および第2の端部領域のうちの選択された一方に制約する手段と、1以上のイオンを駆動して、前記選択された端部領域から他方の端部領域に向けて軸方向に移動させ、そして、前記選択された端部領域に向けて逆反射させる手段とを備えている。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
一般的に、「連通」という用語(例えば、第1の部材が、第2の部材と「連通する」または「連通状態である」など)は、本明細書において、2つ以上の部材(または、素子、特徴など)の間の構造的、機能的、機械的、電気的、光学的、磁気的、イオン的または流体的な関係を示すために使用されている。この様に、第1の部材が第2の部材と連通するということによって、更なる部材が第1の部材と第2の部材との間に存在したり、第1の部材や第2の部材に動作可能に関連または係合したりする可能性を排除する意図はない。
【0013】
一般的に、本開示に記載の主題は、電極が線形または2次元形状に配列されている装置においてイオンを操作、処理または制御することに関する。この様な電極構成を利用して、様々な機能を実行可能である。非限定的な例示として、電極構成は、中性分子をイオン化するためのチャンバとして、イオンの集束、ゲーティングおよび/または輸送のためのレンズまたはイオンガイドとして、イオンの冷却または熱運動化のための装置として、イオンの捕捉、蓄積および/または排出のための装置として、所望のイオンを不所望なイオンから分離するための装置として、質量分析装置または分別装置として、質量フィルタとして、タンデムまたは多段型質量分光分析(MS/MSまたはMSn)を実行する段階として、前駆イオンの断片化または解離のための衝突セルとして、連続ビーム、連続分析装置、パルス化、または時系列に基づいてイオンを処理する段階として、イオンサイクロトロンセルとして、そして、異なる極性のイオンを分離するための装置として利用することができる。以下の詳細な説明から明らかなように、本開示は、イオントラップにおいて、そして、この様な装置においてCIDを実行するのに特に有用な実施形態を提供する。ただし、本開示に記載の様々な実施形態は、上記のタイプの方法、装置およびシステムに限定されない。以下、図1〜図12を参照しながら、イオンの運動エネルギーを増加させるための実施形態の例、およびイオンを解離させるための実施形態の例を更に詳述する。
【0014】
図1〜図3は、イオンの操作または処理に利用される線形(2次元)形状の電極構造、構成、システム、素子またはロッドセット100の一例を示す。また、図1〜図3には、参照目的のためのデカルト(x、y、z)座標フレームが含まれている。記載目的のために、z軸に沿う方向または方位を軸方向と称し、直交するx軸およびy軸に沿う方向または方位を放射方向(径方向)または横方向と称する。
【0015】
図1を参照して、電極構造100は、z軸に沿って細長い複数の電極102、104、106、108を備えている。すなわち、各電極102、104、106、108は、z軸に略平行な方向に延びる主寸法または長尺寸法(例えば長さ)を有している。数多くの実施形態において、電極102、104、106、108は、厳密にz軸に平行であるか、あるいは実用可能な限り平行である。この平行性によって、電極構造100にRF電界を印加するイオン操作および処理に関する作業において、イオン挙動の予測性能および制御性能を向上することができる。なぜなら、この様な場合、イオンが遭遇するRF電界強度(振幅)は、電極構造100におけるイオンの軸方向位置によって変化しないからである。さらに、平行電極102、104、106、108の場合、電極構造100の端部間に印加されるDC電位の大きさは、軸方向位置によって変化しない。その代わり、後述するように、電極102、104、106、108の軸方向の分割によって、軸方向位置に対するDC電位の変化を意図的に制御および促進することができる。
【0016】
図1に示す例において、複数の電極102、104、106、108は、4つの電極、すなわち、第1の電極102、第2の電極104、第3の電極106、および第4の電極108を含んでいる。この例において、第1の電極102と第2の電極104とは、大略的に、y軸に沿って対向対として配置され、第3の電極106と第4の電極108とは、大略的に、x軸に沿って対向対として配置されている。したがって、第1および第2の電極102、104をy電極と称し、第3および第4の電極106、108をx電極と称することができる。この例は、線形イオントラップやその他の四重極イオン処理装置のための四重極電極配置の典型である。他の実施形態においては、電極102、104、106、108の数は、4以外であってもよい。電極構造100内において所望の電界を生成するために、必要に応じて、電極102、104、106、108は、それぞれ、その他の電極102、104、106、108のうちの1以上の電極に電気的に相互接続可能である。図1にも示すように、電極102、104、106、108は、それぞれ、電極構造100の中心にほぼ面する内面112、114、116、118を有している。
【0017】
図2は、x―y平面における電極構造100の横断面を示す。電極構造100は、概ね電極102、104、106、108の間に形成される内部空間202を有している。電極102、104、106、108がz軸に沿って長尺である結果として、内部空間202は、z軸に沿って細長くなっている。電極102、104、106、108の内面112、114、116、118は、大略的に内部空間202に面し、実際、内部空間202に存在するイオンに曝される。また、電極102、104、106、108は、それぞれ、内部空間202とはほぼ反対向きの外面212、214、216、218を有している。図2にも示すように、電極102、104、106、108は、電極構造100またはその内部空間202の長さ方向の中心軸226を中心として同軸に配置されている。数多くの実施形態において、中心軸は、電極構造100の幾何学的中心と一致している。各電極102、104、106、108は、x―y平面において中心軸226から放射方向距離r0に位置する。ある実施形態において、中心軸226に対する電極102、104、106、108の各放射(径)方向位置は等しい。他の実施形態においては、他のタイプの電界効果を導入したり、他の不所望な電界効果を補償したりする目的で、電極102、104、106、108のうちの1以上の電極の放射方向位置を、意図的に、その他の電極102、104,106、108の放射方向位置と異ならせてもよい。
【0018】
この例では、x―y平面における各電極102、104、106、108の断面輪郭または少なくとも内面112、114、116、118の形状は、略双曲状であり、双曲状の輪郭は、四重極電界を示す等電位線の輪郭にほぼ一致するので、四重極イオントラップ電界の利用を容易にする。双曲状の輪郭は、完全な双曲線に一致するものであってもよいし、完全な双曲線から多少逸脱するものであってもよい。いずれの場合も、各内面112、114、116、118は、曲線形状であり、単一の変曲点を有し、したがって、z軸に沿って線状に延びる頂部232、234、236、238を有している。通常、各頂部232、234、236、238は、対応する内面112、114、116、118上における、内部空間202の中心軸226に最も近いポイントである。この例において、中心軸226がz軸であるとすると、第1の電極102および第2の電極104のそれぞれの頂部232、234は、y軸とほぼ一致し、第3の電極106および第4の電極108のそれぞれの頂部236、238は、x軸とほぼ一致する。この様な実施形態において、中心軸226と、電極102、104、106、108の頂部232、234、236、238との間に、放射方向距離r0が規定される。
【0019】
他の実施形態においては、電極102、104、106、108の断面輪郭は、円形など非理想の双曲形状であってもよく、この場合、電極102、104、106、108は、円筒ロッドとして特徴付けられる。更に他の実施形態においては、電極102、104、106、108の断面輪郭は、更に直線的でもよく、この場合、電極102、104、106、108は、湾曲プレートとして特徴付けられる。「略双曲状」という用語は、これら全ての実施形態を含むことを意図している。これら全ての実施形態において、電極102、104、106、108は、それぞれ、電極構造100の内部空間202に面する頂部232、234、236、238を有するものとして特徴付けられる。
【0020】
図1に示す例において、電極構造100は、z軸に関して軸方向に複数の部分または領域122、124、126に分割されている。この例では、少なくとも3つの領域、すなわち、第1の端部領域122、中央領域124、第2の端部領域126が存在する。換言すると、電極構造100の電極102、104、106、108は、それぞれ、軸方向に第1の端部分132、134、136、138、中央部分142、144、146、148、第2の端部分152、154、156、158に分割されていると考えられる。したがって、第1の端部電極部分132、134、136、138は、第1の端部領域122を規定し、中央電極部分142、144、146、148は、中央領域124を規定し、そして、第2の端部電極部分152、154、156、158は、第2の端部領域126を規定している。また、この例に係る電極構造100は、12の軸方向電極132、134、136、138、142、144、146、148、152、154、156、158を含むと考えられる。他の実施形態においては、電極構造100は、3つ以上の軸方向領域122、124、126を含むものであってもよい。
【0021】
図3は、y―z平面における電極構造100の横断面を示すが、y電極102、104のみを示している。中心軸226に沿った電極構造100の長尺寸法、細長い内部空間202、および電極構造100の軸方向の分割が、全て明示されている。さらに、この例では、領域122、124、126への電極構造100の分割(または、電極102、104、106、108の各部分への分割)が、物理的なものであることが分かる。すなわち、隣接領域または部分122、124および124、126の間に、間隙302、304(軸方向間隔)が存在する。後述のように、電極構造100の軸方向分割は、本開示の主題に直接関連しない他の理由の中でも、個々の領域122、124、126への離散的なDC電圧の制御印加を可能とするために有利である。
【0022】
さらに、図3に示すように、電極構造100(または電極構造100を一部とする装置)は、z軸に沿って配置される更なる導電部材を備えていてもよい。例えば、電極構造100は、間隙314によって第1の端部領域122から軸方向に離間された第1の端部プレート312と、間隙318によって第2の端部領域126から軸方向に離間された第2の端部プレート316とを備えていてもよい。第1および第2の端部プレート312、316の一方または両方が、中心軸226に中心整合する開口部322および/または324を有していてもよい。図3に示す例において、第1の端部プレート312および開口部322は、適切なDC電圧電位の制御下、電極構造100の内部空間202へとイオンビームを導くためのイオン集束レンズおよびゲートとして動作するものであってもよい。さらに、第3の端部プレート332が、間隙334によって第2の端部プレート316から軸方向に離間配置されていてもよい。第3の端部プレート332は、筐体の一部であってもよいし、この様な筐体とは別の部材であってもよい。
【0023】
電極構造100の動作において、電極102、104、106、108のうちの1以上の電極、ならびに/または、第1の端部プレート312、第2の端部プレート316、および第3の端部プレート332などの他の導電部材に様々な電圧信号を印加して、イオン処理および操作に関する様々な目的のために、内部空間202において様々な軸方向および/または放射方向の電界を生成することができる。この様な電界は、内部空間202へのイオンの注入、内部空間202におけるイオンの捕捉、一定期間のイオンの蓄積、質量スペクトル情報の生成のための、内部空間202からのイオンの質量選択的排出、内部空間202からの不要イオンの排出による内部空間202における選択イオンの分離、タンデム質量分光分析法の一部としての、内部空間202におけるイオン解離の促進など、様々な機能に役立つ。
【0024】
例えば、電極102、104、106、108のうちの1以上の電極および/または他の導電部材312、316、332に、適切な大きさの1以上のDC電圧信号を印加して、内部空間202へのイオンの注入を制御するために軸方向(z軸方向)DC電位を生成することができる。ある実施形態においては、図1および図3に矢印162で示すように、イオンは、第1の端部領域122を介して(そして、第1の端部プレート312が設けられている場合は、第1の端部プレート312を介してその開口部322から)内部空間202へと軸方向に略z軸に沿って注入される。第1の端部領域122の電極部分132、134、136、138、および/または、第1の端部プレート312もしくは多重極イオンガイドなどの軸方向前段のイオン集束レンズは、この目的のためのゲートとして動作可能である。しかし、一般的に、電極構造100は、外部イオン化の場合にはイオンを、内部イオン化またはトラップ内イオン化の場合にはイオン化対象の中性分子または原子を、適切な方法で適切な入口箇所を介して内部空間202に受け入れ可能である。選択肢には、電極102、104、106、108のうち、隣接するものの間の空間、または、電極102、104、106、108のうちの1つの電極に形成された開口部を介した放射方向注入も含まれる。しかし、この様な選択肢は、前もって生成されたイオンを注入する場合(外部イオン化の場合)、注入を阻害したり、不所望な排出や注入イオンの消滅/中性化を起こしたりするフリンジ電界、エネルギーバリアなどの状況にイオンが直面するので、しばしば不利であると考えられる。軸方向の注入の利点については、2004年5月26日に出願の”Linear Ion Trap Apparatus and Method Utilizing an Asymmetrical Trapping Field(非対称トラップ電界を利用した線形イオントラップ装置および方法)”というタイトルの同時係属中の米国特許出願第10/855,760号に記載されている。この特許出願も、本開示の譲受人に譲渡されている。
【0025】
イオンが、内部空間202に注入または内部空間202において生成されると、領域122、124、126のうちの1以上の領域および/または他の導電部材312、316、332に印加されたDC電圧信号を適切に調整して、イオンが電極構造100の軸方向端部から漏出するのを防止することができる。さらに、DC電圧信号を調整して、注入イオンの軸方向(z軸)運動を内部空間202内の所望の領域122、124、126に制約する、軸方向に狭いDC電位ウェルを生成することができる。例えば、処理中のイオンの極性に応じて、端部領域122、126におけるDC電圧レベルを、中央領域124におけるDC電圧レベルよりも高くまたは低く設定し、中央に位置する電位ウェルを生成することができる。この文脈において、「高く」「低く」などの用語は、正帯電または負帯電のイオンの処理を包含するために絶対値という意味で使用される。更に後述するように、DC電位ウェルは、電極構造100の軸方向中心(図3においては、x―y―zフレームの原点)から偏位させてもよいし、第1の端部領域122または第2の端部領域126に配置してもよい。
【0026】
DC電位に加えて、適切な振幅および周波数のRF電圧信号を電極102、104、106、108に印加して、2次元(x―y)主RF四重極トラップ電界を生成し、ある質量対電荷比(m/z比または単に「質量」)範囲の安定イオン(捕捉可能イオン)の動作を放射方向に沿って制約することができる。例えば、主RF四重極トラップ電界は、対向y電極102、104の対に第1のRF信号を印加すると同時に、第1のRF信号と180度位相がずれているが振幅および周波数が同じRF信号を対向x電極106、108の対に印加することによって生成可能である。DC軸方向バリア電界と主RF四重極トラップ電界との組合せによって、基本線形イオントラップが電極構造100内に形成される。
【0027】
(電気四重極が中心軸226に関して対称であると仮定すると、)RF四重極トラップ電界によって付与される力の成分は、通常、電極構造100の内部空間202の中心軸226において最低となるので、四重極の動作パラメータの範囲内で安定であるm/z比を有する全イオンが、中心軸226にほぼ沿ったイオン位置分布を有するイオン占有体積またはイオン雲内での運動に制約される。したがって、このイオン占有体積は、中心軸226に沿って細長いが、内部空間202の総体積よりもはるかに小さい。さらに、イオン占有体積は、上記の軸方向電位ウェルを含む非四重極DCトラップ電界の印加によって電極構造100の中央領域124と軸方向に中心整合するものであってもよいし、後述の実施形態に従って、第1の端部領域122または第2の端部領域126内において軸方向に配置されるものであってもよい。数多くの実施形態において、イオン冷却または熱運動化の周知のプロセスによって、イオン占有体積サイズを更に小さくすることができる。イオン冷却プロセスは、内部空間202への適切な不活性バックグラウンドガス(減衰ガス、冷却ガスまたは緩衝ガスとも称される)の導入を伴う。イオンとガス分子または原子との間の衝突によって、イオンは運動エネルギーを失うので、イオンの偏位が減衰する。適切なバックグラウンドガスとしては、水素、ヘリウム、窒素、キセノン、およびアルゴンが例示されるが、これらに限定されるものではない。図2に示すように、この目的のために、電極構造100の適切な開口部または電極構造100の筐体に連通する適切なガス供給源242を設けることができる。イオンの衝突冷却によって、電界欠陥の影響をある程度低減することができる。
【0028】
DC信号および主RFトラップ信号に加えて、適切な振幅および周波数(通常、両方とも主RFトラップ信号よりも小さい)の付加RF電圧信号を、対向電極対102/104または106/108の少なくとも一方の電極対に印加して、選択されたm/z比の捕捉イオンを共鳴励起する補足RF双極励起電界を生成することができる。主RF電界を印加しながら、補足RF電界を印加すると、結果として得られる電界の重畳は、結合RF電界または複合RF電界として特徴付けることができる。前記のように、補足RF電界は、衝突誘発解離(CID)を実行するために従来から使用されてきた。対照的に、本開示に記載の実施形態は、DC電圧の調整に応答して、イオンの軸方向加速によりCIDを実行するので、CIDにはRF励起電界は必要ではない。
【0029】
さらに、励起電界成分の強度は、選択質量のイオンが、RFトラップ電界によって付与された復元力に打ち勝って、除去または検出のために電極構造100から排出されるのに充分に高レベルに調節することができる。したがって、ある実施形態においては、中心軸226に直交する方向に沿って、すなわち、x―y平面における放射方向または横方向に、イオンを内部空間202から排出することができる。例えば、図1および図3に示すように、イオンを、矢印164で示すようにy軸に沿って排出可能である。当業者に理解されるように、この種のイオン排出は、例えば、補足RF励起電界を固定周波数に維持する一方、主RFトラップ電界の振幅を増加させることによって、質量選択的に実行することができる。しかし、双極共鳴励起は、イオン運動の振幅を増加させてイオンを線形イオントラップから放射方向に排出する技術の一例にすぎないと理解される。他の技術も公知であり、本開示に記載の電極構造に、この様な公知技術や、未開発の技術、または公知技術の変形態様を適用可能である。
【0030】
放射方向の排出を容易にするために、電極102、104、106、108のうちの1以上の電極に1以上の開口部を形成してもよい。図1〜図3に示す具体例においては、y電極102、104の間に生成される適切な補足RF双極電界に応答してy軸に沿う方向の排出を容易にするために、y電極のうちの1つの電極102に開口部172が形成されている。開口部172は、z軸に沿って細長く、この場合、開口部172は、スロットまたはスリットとして特徴付けられ、電極構造100の細長い内部空間202内に形成される細長いイオン占有体積に相当する。実際には、排出イオン束を測定するために、適切なイオン検出装置(図示せず)を開口部172に整合配置することができる。開口部172を形成する周囲壁に衝突することなく、開口部172を完全に通過してイオン検出装置に到達する排出イオンの数を最大化するために、開口部172を電極102の頂部232(図2)に沿って中心整合させてもよい。排出イオンが通過する開口部172の放射方向経路または深度を最小化するために、外面212(図2)から開口部172まで延びて開口部172を取り囲む凹部174を電極102に形成してもよい。内部空間202において生成される電界の対称性を所望のレベルに維持するために、対応する別のイオン検出装置を設けない場合であっても、電極102の反対側の電極104に更なる開口部176(図1)を形成してもよい。同様に、電極102、104、106、108の全てに開口部を形成してもよい。ある実施形態においては、上記米国特許出願第10/855,760号に記載されているように、適切な電圧信号の重ね合わせおよび他の動作状態を提供することによって、単一の開口部から単一方向にイオンを選択的に排出することができる。
【0031】
CIDプロセスを含む特定の実験では、更なる研究または手順のために、選択されたm/z比のイオン(所望のイオン)を電極構造100内に保持したり、他のm/z比の不所望な残余イオンを電極構造100から除去したりする必要がある。所望のイオンを不所望なイオンから分離するための適切な技術を実施してもよい。特に、イオン分離のためには、放射方向の排出も有用である。例えば、開口部172を備えたy電極102、104などの電極構造100の対向電極対に補足RF信号を印加して、内部空間202において、これら2つの対向電極102、104の間に補足RF双極電界を生成することができる。補足RF信号は、y軸に沿った共鳴励起によって、選択されたm/z値の不所望なイオンをトラップ電界から排出する。イオン分離に用いる技術としては、ともに本開示の譲受人に譲渡されている上記特許文献1および上記特許文献2、そして、上記特許文献3ないし上記特許文献8が例示されているが、これらに限定されるものではない。
【0032】
本開示によれば、図1〜図3に例示されている電極構造100などの線形電極構造、または、その他の適切な電極の線形構成に、1以上のイオンを供給する。イオン運動を、RFトラップ電界の印加により放射方向のx―y平面に制約し、DCトラップ電界の印加により軸方向(z軸方向)に沿って制約することによって、イオンを捕捉する。電極構造100の軸方向配置の部材に印加されるDC電圧のうちの1以上のDC電圧を調整して、電極構造100の選択軸方向端部、例えば、第1の端部領域122または第2の端部領域126においてイオンを蓄積する。そして、イオンが蓄積される軸方向端部に印加される1以上のDC電圧を迅速に調整(イオンの極性に応じて、増減)して、電極構造100内で、イオンが蓄積された軸方向端部から他方の軸方向端部へと軸方向に、すなわち、z軸または中心軸226に実質的に沿う方向(共線方向または平行方向)にイオンを加速する。この様にして、選択軸方向端部におけるDC電圧、および、電極構造100の他方の軸方向端部に近い低電圧領域と高電圧の選択軸方向端部との間の軸方向DC電位差の迅速な調整に応答して、イオンが駆動されて軸方向に移動すると、イオンの運動エネルギーは、軸方向に増加する。軸方向両端部のDC電位が、軸方向両端部間のDC電位よりも大きいので、イオンは、軸方向両端部の間で軸方向に何度も往復反射可能となる。イオンの初期的な加速および運動エネルギー増加の後、イオンは、運動エネルギーを失い始める。電極構造100の内部空間202にバックグラウンドガスが供給されている場合、運動エネルギーは、最終的に熱エネルギーに変換される。したがって、ある実施形態においては、実際、一方の軸方向端部にイオンを再蓄積し、その軸方向端部でDC電圧を再調整し、再びイオンを駆動して軸方向に運動させることによって、運動エネルギーをパルス化してもよい。蓄積および駆動のプロセスを所望の回数繰り返してもよい。
【0033】
この軸方向のイオン励起は、限定的ではないが、反応、イオン−分子相互作用、および気相イオン化学の研究の容易化または促進を含む様々な目的のために有用である。特に、軸方向のイオン励起は、例えば、タンデムMS(MS/MSまたはMSn)分析の一部として、イオンをより小さなイオンに解離したり、断片化したりするために有用である。適切なバックグラウンドガスが、電極構造100の内部空間202に供給されている場合、CID実行のための軸方向の励起の結果として、イオンの運動エネルギーを充分増加させることができる。電極構造100がイオントラップとして動作する場合、CIDの繰り返しを含むMSの各段階を時系列で実行し、蓄積工程と駆動工程との間で分離工程および/または質量分析工程を実行することができる。
【0034】
図4は、電極構造100の他方の軸方向端部に向けてイオンを軸方向に駆動する前に、一方の軸方向端部にイオンの軸方向運動を制約するのに適した、電極構造100(図1〜図3)などの線形電極構造の中心軸に沿うDC電圧電位の軸方向分布の一例を示している。より具体的には、図4は、電極構造100に沿う軸方向位置zの関数としてDC電圧の大きさU(z)をプロットした曲線400を提供している。横座標は、例えば、電極構造100の中央領域124の軸方向中心に対応する原点から左右への軸方向距離を表している。曲線400は、電位ウェルを含む。この例において、イオン蓄積のために選択された軸方向端部は、電極構造100の第2の端部領域126である。したがって、図4に示す電位ウェルは、第2の端部領域126内の軸方向位置に実質的に対応する横座標位置で、最小値を有している。電位ウェルの最小値は、ゼロ以外の値を有する可能性があるので、例示的にU(z)=0付近の値を有するように示されている。実際は、軸方向位置に伴うDCの大きさの変化は、結果的に、階段状の輪郭を有する曲線400となると理解される。
【0035】
図5は、電極構造100の内部空間202内で軸方向にイオンを駆動するのに適し、イオンの軸方向移動に伴ってイオンの運動エネルギーを増加させるのに効果的な電極構造100(図1〜図3)の中心軸226に沿うDC電圧電位の軸方向分布の一例を示している。図5の曲線500で示すように、イオンが蓄積される電極構造100の軸方向端部に印加されるDC電位を増加させて、図4の曲線400で示す電位ウェルを除去し、他方の軸方向端部に向けてイオンを加速している。この例では、第2の端部領域126および第2の端部プレート316の各DC電圧レベルを迅速に増加させ、イオンを第1の端部領域122に向けて加速している。さらに、DC電位は、中央領域124の大部分または全てを含む電極構造100の軸長の大部分に沿って平坦化されている。曲線500の平坦部分が、ゼロ以外の値を有する可能性があるので、例示的にU(z)=0付近の値を有するように示されていると理解される。第2の端部領域126および第2の端部プレート316のDC電圧レベルの迅速な調整によって、蓄積イオンが実質的に解放された時点で、電極構造100の軸長の大部分に渡る軸方向電位差が生成され、イオンの電位エネルギーが最大となる。したがって、曲線500の平坦化によって、イオンは、イオンの電位エネルギーと運動エネルギーとの間の最大エネルギー変換量を得るので、一方端から他方端へと軸方向に駆動されると共に、最大運動エネルギー量を得る。この方法は、共鳴RF励起、特に放射方向または横方向への励起に基づくCID技術によって到達されなかった非常に高い運動エネルギーレベルにおける衝突ガスとの衝突を可能とするので、運動エネルギーの最大化は、CID実行時に有利である。さらに、平坦部分と電極構造100の軸方向端部との間に顕著な電位差がある。したがって、曲線500は、加速イオンを電極構造100の軸方向両端部の間で往復反射(はね返し)させるために利用可能な軸方向DCバリア電界を提供する。軸方向の反射は、意図する解離または断片化経路に沿った前駆イオンの完全な解離を保証するために有用である。
【0036】
次に、この様な軸方向励起を前記のような解離以外の目的のために使用可能であるという理解により、図6〜図9を参照しながら、軸方向励起によるイオン解離方法の一例について説明する。
図6を参照して、イオンは、適切な手段によって、電極構造100または他の適切な線形形状の電極構造に供給される。この文脈で使用されている「供給」という用語は、内部イオン化または外部イオン化を行うことを伴うものである。内部イオン化の場合、適切な手段によって、適切な試料供給源から電極構造100へと試料分子または原子を導入する。外部イオン化の場合、まず、適切なイオン供給源によって試料分子または原子をイオン化し、適切な手段によってイオンを電極構造100へと導入する。前記のように、数多くの実施形態においては、中心軸226にほぼ沿って電極構造100へとイオンを導入する。イオンが一旦供給されると、イオンは、電極102、104、106、108に対するRF電圧の印加、そして、電極102、104、106、108および他の1以上の軸方向配置の導電部材312、316、332に対するDC電圧の印加によって捕捉される。イオンの運動エネルギーを熱エネルギーに変換するために、内部空間202に減衰ガスを供給してもよい。適切な手段、例えば、上記の分離技術のうちの1つによって、前駆イオンを質量選択してもよい。
【0037】
そして、電極構造100の一端において前駆イオンが蓄積されるように、電極構造100の軸方向配置の各部材に印加されるDC電圧を調整する。この例においては、第2の端部領域126に軸方向のDC電位ウェルを生成するようにDC電圧を調整することによって、イオンを第2の端部領域126に蓄積する。しかし、イオン蓄積が望まれる電極構造100内の他の箇所にDC電位ウェルを配置可能であると理解される。第2の端部領域126にイオンの軸方向運動を制約するのに充分な、軸方向に中心整合しないDC電位ウェルすなわち非対称DC電位ウェルを、例えば、電極構造100の部材の各DC電圧レベルを以下のように設定することによって実現することができる。すなわち、第1の端部プレート312を200Vに、第1の端部領域122の電極132、134、136、138を20Vに、中央領域124の電極142、144、146、148を15Vに、第2の端部領域126の電極152、154、156、158を10Vに、第2の端部プレート316を20Vに、そして、第3の端部プレート332を100Vに設定する。更に一般的には、蓄積のために選択端部領域(選択された端部領域)122または126のDC電圧を、電極構造100の他の軸方向配置の部材に印加されるDC電圧よりも低い値に設定する一方、最も外側の軸方向端部のDC電圧を、軸方向端部からのイオンの漏出を防止するために充分高く設定する。
【0038】
図6は、減衰ガスとの衝突によって運動力学的に冷却され、電極構造100の低電位の端部で捕捉された後の、m/z=300の単一イオンのシミュレーション軌跡602を含めることによって、第2の端部領域126において結果として得られるイオン蓄積も示している。軌跡は、Idaho National Engineering and Environmental Laboratory, Idaho Falls, Idahoで開発されたイオンシミュレーションプログラムSIMION(商標)を使用して演算した。上記のDC電圧レベルに加えて、RFトラップ電圧は、200Vpp(ピーク間)に設定されている。なお、軸方向および横方向(放射方向)の小さなイオン運動は、依然として視認可能である。
【0039】
図7を参照して、選択された端部領域122または126におけるイオンの蓄積/制約の後、イオンをパルス化するように、すなわち、イオンを駆動して電極構造100の一方端から他方端に向けて(この例においては、第2の端部領域126から第1の端部領域122へと)軸方向に移動させるためにイオンを迅速に加速するように、電極構造100の軸方向配置の各部材に印加されるDC電圧を調整する。図6に関連して説明した例に続いて、このパルス化は、第2の端部領域126の電極152、154、156、158のDC電圧レベルを10Vから100Vに、第2の端部プレート316のDC電圧レベルを20Vから100Vに迅速に増加させることによって達成可能である。図6に関連して上記で説明したその他全てのDC電圧およびRF電圧は、不変とすることができる。図7は、m/z=300の単一イオンに関するSIMION(商標)演算結果の軌跡702を示す。電極構造100の軸方向端部の高電位、すなわち、この例では、第1の端部プレート312の200V、第2の端部領域126の電極152、154、156、158および第2の端部プレート316の100Vによって、イオンが軸方向両端部の間で往復反射することが観察される。減衰ガスの存在下では、軸方向に沿ったこのイオンサイクルによって、イオンは、充分なエネルギーで何度も衝突を経て、プロダクトイオンに解離する。イオン軌跡702の振幅(または長さ)は、電極構造100の軸長の大部分におよぶ場合もある。ある実施形態においては、軸方向振幅は、第1の端部領域122と第2の端部領域126との間におよぶ。他の実施形態においては、軸方向振幅は、第1および第2の端部領域122、126の少なくとも一方(その範囲内のポイント)にまでおよぶ。更に他の実施形態においては、軸方向振幅は、第1および第2の端部領域122、126の両方にまでおよぶ。
【0040】
図8は、時間(μs)の関数としてのイオンの運動エネルギーの計算値(eV)のプロット800を示している。イオンの運動エネルギーが、電極構造100の高電圧の軸方向端部でほぼゼロまで減少し、そこでイオンが方向を変えて、反対側の端部に向かって逆反射することが観察される。したがって、イオンの軌跡は、軸方向端部において複数の転換点を含み、このうちの数個の転換点が、図8に802で示されている。転換点802は、図7に示すイオンの軸方向振動の限界を定めている。イオンは、反対側の軸方向端部に向かって引き返した後、若干の運動エネルギーを回復する一方、バックグラウンドガスとの衝突によってエネルギーを失い続けることも観察される。したがって、イオンは、(一方の軸方向端部から他方の軸方向端部への)軸方向運動の半周期毎に全運動エネルギーを失い、運動エネルギーは、衝突によって徐々に超低値に近づく。図9は、図8のプロット800の一部分900の拡大図を示している。転換点802に加えて、不連続な運動エネルギー損失が、各衝突の結果として観察され、その一部が図9に902で示されている。
【0041】
図6〜図9に関連して上記で説明した方法は、1つのパルス化CIDサイクルを含み、数多くの実験に対しては、このパルス化CIDサイクルで充分である。上記のようにイオンを蓄積して軸方向に駆動した後、質量選択的な放射方向の排出などの適切な技術によって、衝突の生成物を含むイオンを電極構造100から走査し、質量スペクトルを記録することができる。
【0042】
あるいは、電極構造100において所望のm/z比のプロダクトイオンを分離し、上記のように電極構造100の選択された端部領域122または126でプロダクトイオンを蓄積し、上記のようにプロダクトイオンを励起して電極構造100内で軸方向に振動させることによって、他のCIDサイクルを実行してもよい。継次世代のプロダクトイオンを生成するために、必要に応じて、パルス化CIDサイクルを更に何度も繰り返してもよい。
【0043】
CIDを実施する本開示に記載の実施形態に関し、1回目のパルス化CIDの繰り返しにおいて、前駆イオンは、上記のように蓄積されて、その後にパルス化され、その運動エネルギーが増加する。前駆イオンが電極構造100内で軸方向に駆動されると、前駆イオンは、減衰ガスと衝突して、図8および図9に示すように運動エネルギーを失う。この様な衝突によって、結果的に断片イオンが生成される。より低い質量を有する所望のプロダクトイオンを得るためには、断片イオンの更なる解離が必要である。しかし、断片イオン生成の衝突によって、断片イオンの運動エネルギーは非常に低くなるので、その後の衝突には、更なる解離を引き起こす効果がない。同様に、元の前駆イオンの中には、最初の衝突で全く解離せず、最初の衝突で運動エネルギーを失って、次の衝突で解離するのに充分なエネルギーを有さないものもある。したがって、パルス化CIDの最初の繰り返しの結果として生じたイオンは、所望のプロダクトイオン、中間プロダクトイオンおよび/または元の前駆イオンの混合物である。したがって、パルス化CIDの1度の繰り返しの結果生じるイオンの質量分布は、最初の繰り返しの前のイオンの質量分布とは異なる。さらに、一定時間後、この様なイオンの全てが、衝突により熱エネルギーへと減衰されてしまう。この様な理由により、1回以上のパルス化CIDサイクルを更に実行してもよい。すなわち、所望のプロダクトイオンを得るために、必要に応じて、イオン加速工程へと続く、電極構造100の一方の軸方向端部にイオンを蓄積する工程を1回以上繰り返してもよい。なお、イオンの再蓄積は、前の蓄積と同じ軸方向端部で実行してもよく、あるいは、反対側の軸方向端部で実行してもよい。例えば、前の蓄積が第1の端部領域122で起こり、次の蓄積が第2の端部領域126で起こってもよい。あるいは、これら蓄積工程を両方とも同じ端部領域122または126で実行することもできる。一旦所望のプロダクトイオンが生成されると、プロダクトイオンは、電極構造100において分離され、上記のように、次の質量走査に必要な最終イオン質量分布を得るために、必要に応じて、継次世代のプロダクトイオンのためのCIDプロセスが1回以上繰り返される。
【0044】
図10は、図1〜図3、図6および図7に示す電極構造100などの線形形状の電極構造においてイオンの運動エネルギーを増加させる方法の一例を示すフローチャート1000である。フローチャート1000は、この方法を実施可能な装置も表している。この方法は、電極構造100におけるイオンの供給、分析価値の無いイオンの除去、予備走査、前駆イオンの分離、ガスの導入、RFトラップ電界の印加などの適切な予備工程が行われる1002から始まる。ブロック1004において、イオンの軸方向運動を、実質的に、電極構造100の選択された端部領域122または126に制約する。ブロック1006において、イオンを駆動して、選択された端部領域122または126から他方の端部領域126または122に向けて軸方向に移動させ、そして、選択された端部領域122または126に向けて逆反射させる。このプロセスは、質量走査、質量スペクトルの生成などの適切な後続工程を実行する1010で終了する。1008で示すように、工程1004および1006を繰り返すべきかどうかを任意に決定する。この決定結果に応じて、プロセスは、ブロック1004に戻るか、または1010で終了する。
【0045】
図11は、線形イオントラップにおいて前駆イオンを解離する方法の一例を示すフローチャート1100である。図1〜図3、図6および図7に示す電極構造100は、この様な線形イオントラップとして、または、その一部として動作可能である。フローチャート1100は、この方法を実施可能な線形電極構造または線形イオントラップ装置も表している。この方法は、電極構造100におけるイオンの供給、分析価値の無いイオンの除去、予備走査、ガスの導入、RFトラップ電界の印加などの適切な予備工程が行われる1102から始まる。ブロック1104において、1以上の前駆イオンを分離する。ブロック1106において、電極構造100の選択された端部領域122または126に前駆イオンを蓄積する。ブロック1108において、前駆イオンを駆動して、選択された端部領域122または126から他方の端部領域126または122に向けて軸方向に移動させ、そして、選択された端部領域122または126に向けて逆反射させる。この工程により、電極構造100の内部空間202に存在するガスと前駆イオンとの間の衝突が1回以上起こる。この衝突によってプロダクトイオンが生成される。次に、ブロック1114において、電極構造100からイオンを排出する。排出は、質量スペクトルの生成のためのデータを提供するために質量依存ベースで実行される。このプロセスは、質量スペクトルの生成などの適切な後続工程を実施する1116で終了する。1110で示すように、駆動工程1108の後、工程1106および1108を繰り返すべきかどうかを任意に決定してもよい。この決定結果に応じて、プロセスは、ブロック1106に戻るか、またはブロック1114に進む。更なる選択肢として、工程1106および1108を1回以上実行した後、CIDを更に繰り返すための準備として、プロダクトイオンを分離するための分離工程1104を繰り返すべきかどうかを決定する。この決定結果に応じて、プロセスは、ブロック1104に戻るか、またはブロック1114に進む。
【0046】
図12は、線形イオントラップベースの質量分光分析法(MS)システム1200の一例に関する、非常に一般化された簡略概要図である。図12に示すMSシステム1200は、本開示に記載の実施形態を適用可能な環境のほんの一例にすぎない。本開示に記載の実施形態における利用の他に、図12に記載の様々な部材または機能は、一般的に公知であるので、概要説明のみを必要とする。
【0047】
MSシステム1200は、図1〜図3、図6および図7に示す上記の電極構造100などの電極構造を含む線形または2次元イオントラップ1202を備えている。上記のように、様々なDC電圧源およびAC(RF)電圧源が、イオントラップ1202の様々な導電部材と動作可能に連通している。これらの電圧源としては、DC信号発生装置1212、RFトラップ電界信号発生装置1214、およびRF補足電界信号発生装置1216が含まれる。試料またはイオン供給源1222が、内部イオン化の場合にはイオン化すべき試料材料を導入し、外部イオン化の場合にはイオンを導入するイオントラップ1202と連結されている。上記のように、1以上のガス供給源242(図2)が、イオントラップ1202と連通可能である。イオントラップ1202は、質量分析のために排出イオンを検出するための1以上のイオン検出装置1232と連通可能である。イオン検出装置1232は、イオン検出装置1232から出力信号を受信するための検出後信号処理装置1234と連通可能である。検出後信号処理装置1234は、出力データを得て、質量スペクトルを生成するために必要な増幅、累計、記憶などの信号処理機能を実行するための様々な回路および部材を意味している。図12において信号ラインで示すように、MSシステム1200の各種部材および機能実体は、適切な電子制御装置1242と連通し、この電子制御装置1242によって制御可能である。電子制御装置1242は、1以上の演算装置または電子処理装置を意味し、ハードウェアおよびソフトウェア属性の双方を含んでいる。例示として、電子制御装置1242は、DC信号発生装置1212、RFトラップ電界信号発生装置1214、RF補足電界信号発生装置1216によってイオントラップ1202に供給される電圧のタイミングおよび動作パラメータを制御可能である。さらに、電子制御装置1242は、本開示に記載の方法の1以上の工程を全体的または部分的に実施、制御可能である。
【0048】
上記に例示的に説明した本発明の1以上の実施形態は、イオントラップとして使用されるものなど、線形電極構造においてイオンの運動エネルギーを増加させる従来技術、例えば、共鳴RF励起電界および/または線形電極構造の中心軸に直交する方向のイオン加速に依存する従来技術に勝る利点を提供することが、上記から理解される。1つの利点としては、放射方向(横方向)ではなく軸方向にイオンエネルギーを増加させることによって、質量範囲を制限することなく、イオンとガスとの間の高運動エネルギー衝突が可能となることである。他の利点としては、イオンの捕捉、パルス化および解離の複数サイクルを実施し、これらのサイクルを複数回繰り返すことによって、プロダクトイオンへの前駆イオンの変換効率の向上が可能となることである。
【0049】
本開示に記載の方法および装置は、上記に一般的に説明し、図12に例示的に示したMSシステムにおいて実施可能であると理解される。しかし、この主題は、図12に示す特定のMS装置1200、または、図12に示す特定の回路構成に限定されるものではない。さらに、この主題は、MSに基づく用途に限定されるものではない。
さらに、本発明の範囲を逸脱することなく、本発明の様々な態様または詳細を変更可能であると理解される。さらに、前述の説明は、特許請求の範囲で定義される本発明の例示目的であり、限定目的ではない。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本開示に記載されている実施形態に係る電極構造の一例の斜視図である。
【図2】図1に示す電極構造の中心軸に直交する放射平面または横方向平面に沿う電極構造の横断面図である。
【図3】中心軸に直交する軸方向平面に沿う、図1に示す電極構造の横断面図である。
【図4】線形電極構造の軸方向位置の関数としてのDC電圧の大きさのプロットであり、電極構造の軸方向中心から偏位した軸方向DC電位ウェルを示す。
【図5】線形電極構造の軸方向位置の関数としてのDC電圧の大きさのプロットであり、電極構造の軸長の大部分におよぶ低DC電圧を示す。
【図6】図3と同様の電極構造の横断面図であり、電極構造の一方の軸方向端部における軸方向運動に制約されたイオンを示す。
【図7】図6に示す電極構造の横断面図であり、制約状態が解除された後、電極構造の主軸に沿って運動するイオンの軌跡を示す。
【図8】時間の関数としての、図7に示すイオンの運動エネルギーの計算値のプロットである。
【図9】図8に示すプロットの一部を拡大したものである。
【図10】本開示に記載されている一実施形態に係る方法を示すフローチャートである。
【図11】本開示に記載されている他の実施形態に係る方法を示すフローチャートである。
【図12】質量分光分析システムの概略図である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
線形電極構造の中心軸に沿う方向にイオンの運動エネルギーを増加させる方法であって、前記電極構造が、第1の端部領域と、前記中心軸に沿って前記第1の端部領域から離間された第2の端部領域と、前記第1および第2の端部領域の間に軸方向に介在する中央領域とを備え、イオンが配置される内部空間を規定し、前記内部空間が、前記中心軸に沿って前記第1の端部領域、前記中央領域、および前記第2の端部領域に渡って延びており、前記方法が、
前記イオンの軸方向運動を、実質的に、前記第1および第2の端部領域のうちの選択された一方に制約する工程と、
前記イオンを駆動して、前記選択された端部領域から他方の端部領域に向けて軸方向に移動させ、そして、前記選択された端部領域に向けて逆反射させる工程とを含む方法。
【請求項2】
制約する工程の前に、前記第1の端部領域を介して前記内部空間に前記イオンを導入することを含む請求項1の方法。
【請求項3】
制約する工程の前に、前記第2の端部領域を介して前記内部空間に前記イオンを導入することを含む請求項1の方法。
【請求項4】
前記イオン運動エネルギーが1倍以上増加するように、前記制約する工程および前記駆動する工程を1回以上繰り返すことを含み、各制約する工程において、制約のために選択された前記端部領域が、前記第1の端部領域または前記第2の端部領域である請求項1の方法。
【請求項5】
制約する工程が、前記第1の端部領域、および前記中央領域、前記第2の端部領域に、複数のDC電圧をそれぞれの大きさで印加して、前記選択された端部領域に軸方向電位ウェルを生成することを含み、駆動する工程が、前記選択された端部領域に印加される前記DC電圧を調整することを含む請求項1の方法。
【請求項6】
前記電極構造が、前記中心軸に沿って前記選択された端部領域から離間された導電部材を備え、前記選択された端部領域が、前記中央領域と前記導電部材との間に軸方向に介在し、制約する工程が、付加DC電圧を前記導電部材に印加することを更に含み、駆動する工程が、前記付加DC電圧を調整することを更に含む請求項5の方法。
【請求項7】
駆動する工程の後、前記第1の端部領域、前記中央領域、および前記第2の端部領域に印加される前記複数のDC電圧のうちの1以上を調整して、前記第1および第2の端部領域のうちの選択された一方に軸方向電位ウェルを生成することによって、前記イオンの軸方向運動を実質的に前記選択された端部領域に制約することと、
前記選択された端部領域に印加される前記DC電圧を、前記制約する工程において印加される電圧値よりも大きな絶対値を有する大きさに調整することによって、前記イオンを駆動して、前記選択された端部領域から他方の端部領域に向けて軸方向に移動させ、そして、前記選択された端部領域に向けて逆反射させることとを含む請求項5の方法。
【請求項8】
前記制約する工程および前記駆動する工程を1回以上繰り返すことを含み、各制約する工程において、制約のために選択された前記端部領域が、前記第1の端部領域または前記第2の端部領域である請求項7の方法。
【請求項9】
前記イオンが、所望のイオンであり、前記方法が、制約する工程の前に、前記所望のイオンのm/z比とは異なる1種以上のm/z比を有する1以上の他のイオンを前記内部空間から排出することによって、前記内部空間において、前記所望のイオンを分離することを更に含む請求項1の方法。
【請求項10】
駆動する一方で、前記内部空間にガスを供給することによって、前記イオンを解離し、1以上のプロダクトイオンを生成することを含む請求項1の方法。
【請求項11】
前記プロダクトイオンのうちの少なくとも1つを、前記中心軸に直交する方向に沿って前記内部空間から排出することを含む請求項10の方法。
【請求項12】
前記プロダクトイオンのうちの少なくとも1つが、所望のイオンであり、前記方法が、前記所望のイオンのm/z比とは異なる1種以上のm/z比を有する他のイオンを前記内部空間から排出することによって、前記内部空間において前記所望のイオンを分離することを更に含む請求項10の方法。
【請求項13】
前記所望のイオンが、第1世代のプロダクトイオンであり、前記方法が、1以上の継次世代のプロダクトイオンに対して、前記制約する工程、前記駆動する工程、前記解離する工程、および前記分離する工程を1回以上繰り返し、第n世代のプロダクトイオンを得ることを更に含む請求項12の方法。
【請求項14】
制約する工程が、前記第1の端部領域、前記中央領域、および前記第2の端部領域に、複数のDC電圧をそれぞれの大きさで印加して、前記選択された端部領域に軸方向電位ウェルを生成することを含み、駆動する工程が、前記選択された端部領域に印加される前記DC電圧を調整することを含み、前記方法が、
分離する工程の後、前記第1の端部領域、前記中央領域、および前記第2の端部領域に印加される前記複数のDC電圧のうちの1つ以上を調整して、前記第1および第2の端部領域のうちの選択された一方に軸方向電位ウェルを生成することによって、前記所望のイオンの軸方向運動を実質的に前記選択された端部領域に制約することと、
前記選択された端部領域に印加される前記DC電圧を、前記制約する工程において印加される電圧値よりも大きな絶対値を有する大きさに調整することによって、前記所望のイオンを駆動して、前記選択された端部領域から他方の端部領域に向けて軸方向に移動させ、そして、前記選択された端部領域に向けて逆反射させることとを更に含む請求項12の方法。
【請求項15】
前記制約する工程および前記駆動する工程を1回以上繰り返すことを含み、各制約する工程において、制約のために選択された前記端部領域が、前記第1の端部領域または前記第2の端部領域である請求項14の方法。
【請求項16】
線形イオントラップにおいて前駆イオンを解離する方法であって、前記線形イオントラップが、第1の端部領域と、前記線形イオントラップの長軸に沿って前記第1の端部領域から離間された第2の端部領域と、前記第1および第2の端部領域の間に介在する中央領域と、各領域に前記長軸を中心として同軸に配置され、前記線形イオントラップの長尺体積を規定する複数の電極とを備えており、前記方法が、
内部空間の複数のイオンを、実質的に、前記第1および第2の端部領域のうちの選択された一方に蓄積する工程であって、前記複数のイオンが、1以上の前駆イオンを含むものである工程と、
前記複数のイオンを駆動して、前記選択された端部領域から他方の端部領域に向けて軸方向に移動させ、そして、前記選択された端部領域に向けて逆反射させ、前記内部空間において前記イオンのうちの少なくとも1つとガスとを衝突させる工程とを含む方法。
【請求項17】
蓄積する工程が、前記第1の端部領域、前記中央領域、および前記第2の端部領域に、複数のDC電圧をそれぞれの大きさで印加して、前記選択された端部領域に軸方向電位ウェルを生成することを含み、駆動する工程が、前記選択された端部領域に印加される前記DC電圧を調整することを含む請求項16の方法。
【請求項18】
蓄積する工程および駆動する工程の後、前記蓄積する工程、および駆動する工程を1回以上繰り返すことを含み、各蓄積する工程において、蓄積のために選択された前記端部領域が、前記第1の端部領域または前記第2の端部領域である請求項16の方法。
【請求項19】
駆動する工程は、1以上のプロダクトイオンを生成し、前記方法が、
前記1以上のプロダクトイオンを実質的に前記第1および第2の端部領域のうちの選択された一方に蓄積する工程であって、前記1以上のプロダクトイオンを蓄積するために選択された前記端部領域が、前記第1の端部領域または前記第2の端部領域である工程と、
前記1以上のプロダクトイオンを駆動して、前記選択された端部領域から他方の端部領域に向けて軸方向に移動させ、そして、前記選択された端部領域に向けて逆反射させて、前記プロダクトイオンのうちの少なくとも1つと前記ガスとを衝突させる工程とを更に含む請求項16の方法。
【請求項20】
第n世代のプロダクトイオンを得るために、1以上の継次世代のプロダクトイオンに対して前記蓄積する工程および前記駆動する工程を1回以上繰り返すことを含み、各蓄積する工程において、蓄積のために選択される前記端部領域が、前記第1の端部領域または前記第2の端部領域である請求項19の方法。
【請求項21】
軸方向に沿ってイオンの運動エネルギーを増加させる装置であって、
第1の端部領域と、中心軸に沿って前記第1の端部領域から離間された第2の端部領域と、前記第1および第2の端部領域の間に軸方向に介在する中央領域とを備え、前記中心軸に沿って前記第1の端部領域、前記中央領域、および前記第2の端部領域に渡って延びる内部空間を規定する線形電極構造と、
前記内部空間における1以上のイオンの軸方向運動を実質的に前記第1および第2の端部領域のうちの選択された一方に制約する手段と、
前記1以上のイオンを駆動して、前記選択された端部領域から他方の端部領域に向けて軸方向に移動させ、そして、前記選択された端部領域に向けて逆反射させる手段とを備えた装置。
【請求項22】
前記制約する手段が、前記第1の端部領域、前記中央領域、および前記第2の端部領域に、複数のDC電圧をそれぞれの大きさで印加して、前記選択された端部領域に軸方向電位ウェルを生成する手段を含み、前記駆動する手段が、前記選択された端部領域に印加される前記DC電圧を調整する手段を含む請求項21の装置。
【請求項1】
線形電極構造の中心軸に沿う方向にイオンの運動エネルギーを増加させる方法であって、前記電極構造が、第1の端部領域と、前記中心軸に沿って前記第1の端部領域から離間された第2の端部領域と、前記第1および第2の端部領域の間に軸方向に介在する中央領域とを備え、イオンが配置される内部空間を規定し、前記内部空間が、前記中心軸に沿って前記第1の端部領域、前記中央領域、および前記第2の端部領域に渡って延びており、前記方法が、
前記イオンの軸方向運動を、実質的に、前記第1および第2の端部領域のうちの選択された一方に制約する工程と、
前記イオンを駆動して、前記選択された端部領域から他方の端部領域に向けて軸方向に移動させ、そして、前記選択された端部領域に向けて逆反射させる工程とを含む方法。
【請求項2】
制約する工程の前に、前記第1の端部領域を介して前記内部空間に前記イオンを導入することを含む請求項1の方法。
【請求項3】
制約する工程の前に、前記第2の端部領域を介して前記内部空間に前記イオンを導入することを含む請求項1の方法。
【請求項4】
前記イオン運動エネルギーが1倍以上増加するように、前記制約する工程および前記駆動する工程を1回以上繰り返すことを含み、各制約する工程において、制約のために選択された前記端部領域が、前記第1の端部領域または前記第2の端部領域である請求項1の方法。
【請求項5】
制約する工程が、前記第1の端部領域、および前記中央領域、前記第2の端部領域に、複数のDC電圧をそれぞれの大きさで印加して、前記選択された端部領域に軸方向電位ウェルを生成することを含み、駆動する工程が、前記選択された端部領域に印加される前記DC電圧を調整することを含む請求項1の方法。
【請求項6】
前記電極構造が、前記中心軸に沿って前記選択された端部領域から離間された導電部材を備え、前記選択された端部領域が、前記中央領域と前記導電部材との間に軸方向に介在し、制約する工程が、付加DC電圧を前記導電部材に印加することを更に含み、駆動する工程が、前記付加DC電圧を調整することを更に含む請求項5の方法。
【請求項7】
駆動する工程の後、前記第1の端部領域、前記中央領域、および前記第2の端部領域に印加される前記複数のDC電圧のうちの1以上を調整して、前記第1および第2の端部領域のうちの選択された一方に軸方向電位ウェルを生成することによって、前記イオンの軸方向運動を実質的に前記選択された端部領域に制約することと、
前記選択された端部領域に印加される前記DC電圧を、前記制約する工程において印加される電圧値よりも大きな絶対値を有する大きさに調整することによって、前記イオンを駆動して、前記選択された端部領域から他方の端部領域に向けて軸方向に移動させ、そして、前記選択された端部領域に向けて逆反射させることとを含む請求項5の方法。
【請求項8】
前記制約する工程および前記駆動する工程を1回以上繰り返すことを含み、各制約する工程において、制約のために選択された前記端部領域が、前記第1の端部領域または前記第2の端部領域である請求項7の方法。
【請求項9】
前記イオンが、所望のイオンであり、前記方法が、制約する工程の前に、前記所望のイオンのm/z比とは異なる1種以上のm/z比を有する1以上の他のイオンを前記内部空間から排出することによって、前記内部空間において、前記所望のイオンを分離することを更に含む請求項1の方法。
【請求項10】
駆動する一方で、前記内部空間にガスを供給することによって、前記イオンを解離し、1以上のプロダクトイオンを生成することを含む請求項1の方法。
【請求項11】
前記プロダクトイオンのうちの少なくとも1つを、前記中心軸に直交する方向に沿って前記内部空間から排出することを含む請求項10の方法。
【請求項12】
前記プロダクトイオンのうちの少なくとも1つが、所望のイオンであり、前記方法が、前記所望のイオンのm/z比とは異なる1種以上のm/z比を有する他のイオンを前記内部空間から排出することによって、前記内部空間において前記所望のイオンを分離することを更に含む請求項10の方法。
【請求項13】
前記所望のイオンが、第1世代のプロダクトイオンであり、前記方法が、1以上の継次世代のプロダクトイオンに対して、前記制約する工程、前記駆動する工程、前記解離する工程、および前記分離する工程を1回以上繰り返し、第n世代のプロダクトイオンを得ることを更に含む請求項12の方法。
【請求項14】
制約する工程が、前記第1の端部領域、前記中央領域、および前記第2の端部領域に、複数のDC電圧をそれぞれの大きさで印加して、前記選択された端部領域に軸方向電位ウェルを生成することを含み、駆動する工程が、前記選択された端部領域に印加される前記DC電圧を調整することを含み、前記方法が、
分離する工程の後、前記第1の端部領域、前記中央領域、および前記第2の端部領域に印加される前記複数のDC電圧のうちの1つ以上を調整して、前記第1および第2の端部領域のうちの選択された一方に軸方向電位ウェルを生成することによって、前記所望のイオンの軸方向運動を実質的に前記選択された端部領域に制約することと、
前記選択された端部領域に印加される前記DC電圧を、前記制約する工程において印加される電圧値よりも大きな絶対値を有する大きさに調整することによって、前記所望のイオンを駆動して、前記選択された端部領域から他方の端部領域に向けて軸方向に移動させ、そして、前記選択された端部領域に向けて逆反射させることとを更に含む請求項12の方法。
【請求項15】
前記制約する工程および前記駆動する工程を1回以上繰り返すことを含み、各制約する工程において、制約のために選択された前記端部領域が、前記第1の端部領域または前記第2の端部領域である請求項14の方法。
【請求項16】
線形イオントラップにおいて前駆イオンを解離する方法であって、前記線形イオントラップが、第1の端部領域と、前記線形イオントラップの長軸に沿って前記第1の端部領域から離間された第2の端部領域と、前記第1および第2の端部領域の間に介在する中央領域と、各領域に前記長軸を中心として同軸に配置され、前記線形イオントラップの長尺体積を規定する複数の電極とを備えており、前記方法が、
内部空間の複数のイオンを、実質的に、前記第1および第2の端部領域のうちの選択された一方に蓄積する工程であって、前記複数のイオンが、1以上の前駆イオンを含むものである工程と、
前記複数のイオンを駆動して、前記選択された端部領域から他方の端部領域に向けて軸方向に移動させ、そして、前記選択された端部領域に向けて逆反射させ、前記内部空間において前記イオンのうちの少なくとも1つとガスとを衝突させる工程とを含む方法。
【請求項17】
蓄積する工程が、前記第1の端部領域、前記中央領域、および前記第2の端部領域に、複数のDC電圧をそれぞれの大きさで印加して、前記選択された端部領域に軸方向電位ウェルを生成することを含み、駆動する工程が、前記選択された端部領域に印加される前記DC電圧を調整することを含む請求項16の方法。
【請求項18】
蓄積する工程および駆動する工程の後、前記蓄積する工程、および駆動する工程を1回以上繰り返すことを含み、各蓄積する工程において、蓄積のために選択された前記端部領域が、前記第1の端部領域または前記第2の端部領域である請求項16の方法。
【請求項19】
駆動する工程は、1以上のプロダクトイオンを生成し、前記方法が、
前記1以上のプロダクトイオンを実質的に前記第1および第2の端部領域のうちの選択された一方に蓄積する工程であって、前記1以上のプロダクトイオンを蓄積するために選択された前記端部領域が、前記第1の端部領域または前記第2の端部領域である工程と、
前記1以上のプロダクトイオンを駆動して、前記選択された端部領域から他方の端部領域に向けて軸方向に移動させ、そして、前記選択された端部領域に向けて逆反射させて、前記プロダクトイオンのうちの少なくとも1つと前記ガスとを衝突させる工程とを更に含む請求項16の方法。
【請求項20】
第n世代のプロダクトイオンを得るために、1以上の継次世代のプロダクトイオンに対して前記蓄積する工程および前記駆動する工程を1回以上繰り返すことを含み、各蓄積する工程において、蓄積のために選択される前記端部領域が、前記第1の端部領域または前記第2の端部領域である請求項19の方法。
【請求項21】
軸方向に沿ってイオンの運動エネルギーを増加させる装置であって、
第1の端部領域と、中心軸に沿って前記第1の端部領域から離間された第2の端部領域と、前記第1および第2の端部領域の間に軸方向に介在する中央領域とを備え、前記中心軸に沿って前記第1の端部領域、前記中央領域、および前記第2の端部領域に渡って延びる内部空間を規定する線形電極構造と、
前記内部空間における1以上のイオンの軸方向運動を実質的に前記第1および第2の端部領域のうちの選択された一方に制約する手段と、
前記1以上のイオンを駆動して、前記選択された端部領域から他方の端部領域に向けて軸方向に移動させ、そして、前記選択された端部領域に向けて逆反射させる手段とを備えた装置。
【請求項22】
前記制約する手段が、前記第1の端部領域、前記中央領域、および前記第2の端部領域に、複数のDC電圧をそれぞれの大きさで印加して、前記選択された端部領域に軸方向電位ウェルを生成する手段を含み、前記駆動する手段が、前記選択された端部領域に印加される前記DC電圧を調整する手段を含む請求項21の装置。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【公開番号】特開2007−188882(P2007−188882A)
【公開日】平成19年7月26日(2007.7.26)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2006−347919(P2006−347919)
【出願日】平成18年12月25日(2006.12.25)
【出願人】(599060928)バリアン・インコーポレイテッド (81)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年7月26日(2007.7.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−347919(P2006−347919)
【出願日】平成18年12月25日(2006.12.25)
【出願人】(599060928)バリアン・インコーポレイテッド (81)
【Fターム(参考)】
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