説明

繊維強化プラスチックの製造方法、繊維強化プラスチック用樹脂、及び繊維強化プラスチック

【課題】強化繊維布内のエアを効率良く脱気することにより、樹脂が含浸された強化繊維布内におけるボイドの発生を低減することができる繊維強化プラスチック用樹脂を提供する。
【解決手段】強化繊維布に含浸させるための未硬化の熱硬化樹脂11を少なくとも主材として含む繊維強化プラスチック用樹脂10であって、該樹脂10は、熱硬化性樹脂11が未硬化の状態において、所定の温度Tc未満ではダイラタンシー特性を有し、前記所定の温度Tc以上では、少なくともチクソトロピー特性を有してなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、繊維に樹脂を含浸させた繊維強化プラスチックの製造方法、繊維強化プラスチック用樹脂、及び繊維強化プラスチックに係り、特に、前記樹脂に熱硬化性樹脂を用いた繊維強化プラスチックの製造方法、繊維強化プラスチック用樹脂、及び繊維強化プラスチックに関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、強化繊維とマトリクス樹脂(樹脂)からなる繊維強化プラスチック(FRP)は、金属材に比べて軽量であり、かつ、強化繊維を含むため樹脂材料に比べて機械的強度及び弾性率が高いことから、航空機、自動車、鉄道車両、船舶などの多くの分野で利用されている。特に、熱硬化性樹脂を用いた繊維強化プラスチック場合には、熱可塑性樹脂を用いたものに比べて、機械的特性に優れたものが多いため、構造用部材として利用されることが多い。
【0003】
前記繊維強化プラスチックは、強化繊維に対して未硬化の熱硬化性樹脂を含浸させて、該含浸させた熱硬化性樹脂を加熱して硬化させることにより製造することができる。このような製造方法の一例として、RFI(レジンフィルムインフュージョン)法と呼ばれる製造方法が提案されている(特許文献1参照)。具体的には、該製造方法は、未硬化のフィルム状の熱硬化性樹脂と強化繊維布とを成形型に積層して配置する工程と、熱硬化性樹脂及び強化繊維布に対して密閉空間を形成すべくバックフィルムを覆う工程と、成形型とバックフィルムにより形成された前記密閉空間に対して吸引装置により真空引きを行う工程と、真空引きした空間内の強化繊維布に熱硬化性樹脂を加熱することにより樹脂を含浸させる工程と、含浸後の未硬化の熱硬化性樹脂を樹脂が硬化する温度条件でさらに加熱することにより前記樹脂を硬化させる工程と、を少なくとも含んでいる。
【0004】
このように、繊維強化プラスチックを製造する方法は、フィルム状の熱硬化性樹脂を用いるので、例えば、積層された強化繊維布が配置された成形内に低粘度の液状の熱硬化性樹脂を注入して繊維強化プラスチックを製造するRTM(レジントランスファーモールディング)法などの方法に比べて、廃棄する樹脂もなく、作業現場の汚れ、樹脂調合などの手間も少ないので、安価かつ好適に繊維強化プラスチックを製造することができる。
【特許文献1】特開2003−11231号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、前記RFI法により製造した繊維強化プラスチックは、未硬化の熱硬化性樹脂を含浸させる前に、該樹脂の一部が強化繊維布に含浸してしまうことがあり、この結果として、繊維強化プラスチック内部に複数のボイド(空孔)が形成され、繊維強化プラスチックの機械的強度を低下させるおそれがあった。
【0006】
具体的には、図8(a)に示すように、真空引きする工程において強化繊維布20内のエアが吸引される際には、強化繊維布20の繊維の流れに沿って(図中の白抜き矢印に沿って)形成された繊維間の隙間が、脱気経路として作用する。しかし、吸引時に未硬化の熱硬化性樹脂の一部70aが吸引力により流動して強化繊維布20に含浸することがあり、該樹脂の含浸により、脱気経路の一部を閉塞することがある。この場合には、該脱気経路の閉塞により、強化繊維布20内のエアは完全に脱気されず残留してしまうことがある。このような残留したエアにより、図8(b)に示すように、複数のボイドBが、硬化した樹脂71及び強化繊維布20内に形成されることになる。
【0007】
また、未硬化のフィルム状の熱硬化性樹脂と強化繊維布とを成形型に積層する際に、熱硬化性樹脂から強化繊維布に向かって、作業者によりわずかに加圧されることがある。このような加圧により熱硬化性樹脂の分子の方向が揃ってしまい、該樹脂は加圧方向に流動し易くなり、その樹脂の一部が強化繊維布に含浸してしまうことがある。この結果、前記と同様に、強化繊維布の繊維隙間に形成された脱気経路の一部が樹脂の一部により閉塞されてしまい、繊維強化プラスチック内にボイドが形成されることになる。
【0008】
本発明は、上記する問題に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、強化繊維布内のエアを効率良く脱気することにより、樹脂が含浸された強化繊維布内におけるボイドの発生を低減することができる繊維強化プラスチックの製造方法、繊維強化プラスチック用樹脂、及び繊維強化プラスチックを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決すべく、本発明に係る繊維強化プラスチックの製造方法は、未硬化の熱硬化性樹脂を少なくとも主材として含む樹脂と、強化繊維布と、を成形型内に配置する工程と、前記強化繊維布及び前記樹脂に対してバックフィルムを覆う工程と、前記成形型と前記バックフィルムにより形成された空間に対して真空引きを行う工程と、前記樹脂を加熱することにより、前記真空引きした空間内の前記強化繊維布に前記樹脂を含浸させる工程と、前記含浸後の樹脂をさらに前記樹脂が硬化する温度条件で加熱することにより硬化させる工程と、を少なくとも含む繊維強化プラスチックの製造方法であって、前記製造方法は、前記樹脂として、所定の温度未満ではダイラタンシー特性を有し、かつ、前記所定の温度以上では少なくともチクソトロピー特性を有する樹脂を用い、前記配置工程から前記真空引きの工程を、少なくとも前記所定の温度未満の温度条件下で行い、前記含浸工程において、前記加熱を、前記樹脂を前記所定の温度以上、かつ、前記樹脂の熱硬化が開始する温度未満の温度条件下で行うことを特徴とする。
【0010】
本発明に係る繊維強化プラスチックの製造方法によれば、前記配置工程、バックフィルムを覆う工程を、少なくとも室温から所定の温度未満の温度条件で行うことにより、前記樹脂は、ダイラタンシー特性を有することになり、作業者により樹脂が加圧された場合であっても、強化繊維布に前記樹脂の一部が含浸することを低減することができる。さらに、真空引き工程も同様に前記所定の温度未満の温度条件で行うので、前記樹脂の一部が強化繊維布に含浸することを低減することができる。このような結果、前記真空引き時に、強化繊維布の繊維間の脱気経路が閉塞されることは殆どないので、熱硬化性樹脂及び強化繊維布内にエアが残留することを低減することできる。さらに、樹脂を含浸させる工程において、前記所定の温度以上の温度条件でかつ少なくとも前記樹脂の熱硬化が開始する温度未満の温度条件で、前記樹脂を加熱することにより、前記樹脂は、チクソトロピー特性を有することになり、強化繊維布内に前記樹脂を確実に含浸することができる。この結果、繊維強化プラスチック内に形成されるボイドを低減することができる。
【0011】
ここで、本発明にいう「ダイラタンシー特性を有した樹脂」とは、樹脂に応力が作用した際にダイラタンシー挙動を発現する樹脂のことであり、具体的には、樹脂に作用するせん断速度を増加させるに従って、該樹脂のせん断応力の増加率が増加し、その結果、同じせん断速度であっても、ニュートン流体に比べて高い粘性を示す(みかけの粘性率が増加する)性質を有した樹脂のことをいう。なお、前記ダイラタンシーは逆チクソトロピーとも呼ばれる。
【0012】
また、本発明にいう「チクソトロピー特性を有した樹脂」とは、樹脂に応力が作用した際にチクソトロピック挙動を発現する樹脂のことであり、具体的には、樹脂に作用するせん断速度を増加させるに従って、該樹脂のせん断応力の増加率が減少し、その結果、同じせん断速度であっても、ニュートン流体に比べて低い粘性を示す(みかけの粘性率が減少する)性質を有した樹脂のことをいう。
【0013】
このように、所定の温度未満ではダイラタンシー特性を有し、かつ、前記所定の温度以上では少なくともチクソトロピー特性を有する2つの性質を兼ね備えた樹脂としては、未硬化の熱硬化性樹脂にダイラタンシー特性を有し、加熱することによりチクソトロピー特性を有する物質を含有させることにより達成することができ、その物質は特に限定されるものではない。
【0014】
但し、より好ましい態様としては、本発明に係る繊維強化プラスチックの製造方法により用いられる樹脂は、未硬化の熱硬化性樹脂に粉末状の樹脂を含む樹脂であり、前記粉末状の樹脂は、少なくとも前記所定の温度以上で溶融(融解)するものである。
【0015】
前記粉末状の樹脂を用いることにより、所定の温度未満では、ダイラタンシー特性を有することになる。すなわち、前記温度条件下では、粉末状の樹脂は溶融しないので樹脂のみかけ上の粘度は上昇し、かつ、樹脂が加圧された場合であっても、未硬化の熱硬化性樹脂に、粉末状の樹脂が介在するため、未硬化の熱硬化性樹脂の分子の方向が加圧方向に揃うことにより該熱硬化製樹脂が流動し易くなる現象を抑えることが可能となる。この結果、成形型内に樹脂を配置する工程から真空引きをする工程までの間において、作業者による加圧、及び真空引きの際の圧力などの影響により、未硬化の熱硬化性樹脂の一部が強化繊維布に含浸されることを防止することができる。さらに、樹脂を含浸させる工程において、前記樹脂を前記所定の温度以上に加熱することにより、粉末状の樹脂が未硬化の熱硬化性樹脂内に溶け込み、前記樹脂は、チクソトロピー特性を有することができる。
【0016】
また、前記態様の場合、樹脂の熱硬化が開始する温度とは、前記粉末の樹脂が溶融後、熱硬化性樹脂の硬化が開始する温度であり、粉末状の樹脂も熱硬化性樹脂である場合には、双方の樹脂の硬化が開始する温度である。また、前記熱硬化が開始する温度以上の場合には、樹脂が流動し難いため、効率よく強化繊維布に樹脂を含浸し難くなる。
【0017】
本発明に係る繊維強化プラスチックの製造方法は、前記樹脂を含浸させる工程において、前記樹脂を加熱する前記温度条件が前記樹脂を加熱したときに変化する前記樹脂の粘度が最低粘度値となる温度であることがより好ましい。
【0018】
本発明によれば、前記温度条件下で樹脂を含浸させることにより、チクソトロピー特性を有した樹脂は最も流動し易くなるので、強化繊維布に迅速かつより確実に樹脂を含浸させることができる。
【0019】
本発明に係る繊維強化プラスチックの製造方法は、樹脂と前記強化繊維布とを成形型内に配置する工程において、前記強化繊維布と、前記樹脂としてフィルム状の樹脂とを順次積層することにより前記配置を行うことがより好ましい。
【0020】
本発明によれば、強化繊維布とフィルム状の樹脂を積層することにより繊維強化プラスチックを成形する方法であるRFI(レジンフィルムインフュージョン)法により、繊維強化プラスチックを成形することになるので、積層した各強化繊維布に対して、強化繊維布間に配置されたフィルム状の樹脂を均一に含浸させることができる。
【0021】
さらに、本発明として、繊維強化プラスチック用樹脂についても開示する。本発明に係る繊維強化プラスチック用樹脂は、強化繊維布に含浸させるための未硬化の熱硬化性樹脂を少なくとも主材として含む繊維強化プラスチック用樹脂であって、該樹脂は、前記熱硬化性樹脂が未硬化の状態において、所定の温度未満ではダイラタンシー特性を有し、前記所定の温度以上では、少なくともチクソトロピー特性を有することを特徴とする。
【0022】
本発明に係る樹脂を繊維強化プラスチックの製造に用いた場合、上述したように、強化繊維布内のエアを効率良く脱気することにより、繊維強化プラスチック内のボイドの発生を低減することができるので、品質の高い繊維強化プラスチックを得ることができる。
【0023】
また、本発明にかかる繊維強化プラスチック用樹脂は、未硬化の熱硬化性樹脂に粉末状の樹脂を含む樹脂であり、前記粉末状の樹脂は、前記所定の温度以上で溶融することがより好ましく、さらに、前記熱硬化性樹脂は、少なくとも室温以上かつ前記所定の温度未満では、フィルム状の形状が保持可能な粘度を有することがより好ましい。
【0024】
本発明よれば、前記樹脂は、少なくとも室温以上かつ所定の温度未満で、フィルム状の形状を保持することができるので、熱硬化性樹脂とフィルム状の樹脂を容易に積層することができ、製造工程における作業者のハンドリング性も向上する。なお、本発明にいう「フィルム状の形状が保持可能な粘度」とは、いわゆるRFI用の樹脂の粘度であり、具体的には、室温では、半固形状で流動し難い未硬化の熱硬化性樹脂の粘度をいう。
【0025】
より好ましい前記所定の温度は、40℃から前記樹脂が最低粘度となる温度であり、このような温度範囲において、前記粉末状の樹脂は溶融し、さらに他の温度領域における樹脂よりも粘度が低いため、室温状態の樹脂にわずかな熱を負荷することにより、容易にチクソトロピー特性を有した樹脂を得ることができる。
【0026】
このような、繊維強化プラスチックの製造時に用いる樹脂のうち未硬化の熱硬化性樹脂としては、ビニルエステル樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂、ビスマレイミド樹脂、BT樹脂、シアネートエステル樹脂、ベンゾオキサジン樹脂などの樹脂に硬化剤を所定量添加した樹脂が挙げられ、粉末の樹脂としては、前記樹脂に加え、アクリル系、ポリエステル系などの固形状の熱硬化性樹脂がより好ましく、前記温度条件下で、ダイラタンシー特性とチクソトロピー特性を有することができるのであれば特に限定されるものではない。なお、前記に示すように、粉末状の樹脂も熱硬化性を有した樹脂を使用した場合には、溶融時には熱硬化性樹脂と馴染み性もよく、粉末状の樹脂を含まない熱硬化性樹脂により製造したボイドの無い繊維強化プラスチックと同等の機械的強度を確保することができる。
【0027】
前記熱硬化性樹脂と粉末樹脂とのより好ましい組み合わせとしては、前記熱硬化性樹脂は、エポキシ樹脂であり、前記粉末状の樹脂は固形エポキシ樹脂である。このような樹脂の組み合わせにより、100℃程度に加熱することにより、固形エポキシ樹脂は溶融するので、容易にチクソトロピー特性を有した樹脂を得ることができる。また、熱硬化性樹脂と粉末樹脂とを同じ種類のエポキシ系の樹脂を用いたので、熱硬化工程後の繊維強化プラスチック内の樹脂は、物性的に安定している。
【0028】
さらに、前記の如き、樹脂を用いて製造された繊維強化プラスチックを構成する強化繊維としては、織布又は不織布が挙げられ、布状であり、かつ、前記真空引きの工程において、繊維強化プラスチック内部にボイドが形成され難い繊維構造であれば特に限定されるものではない。より好ましくは、本発明に係る繊維強化プラスチックは、前記繊維強化プラスチックを構成する強化繊維布が、織物状強化繊維布からなることがより好ましい。該織り方としては平織、綾織、朱子織などの織組織であってもよく、炭素繊維を一方向に引き揃えた複数層を隣接する層の繊維軸が30°〜90°程度ずれるように交差積層させたいわゆる多軸の繊維構造であってもよい。
【0029】
さらに、前記の如く製造された繊維強化プラスチックを構成する強化繊維布の繊維としては、ガラス繊維、炭素繊維、アラミド繊維、アルミナ繊維、ボロン繊維、スチール繊維、PBO繊維、又は高強度ポリエチレン繊維などの繊維が挙げられ、その繊維は特に限定さえるものではないが、前記エポキシ系の樹脂を用いた場合には、炭素繊維を用いることがより好ましい。すなわち、かかる繊維強化プラスチックのなかでも、エポキシ系樹脂と炭素繊維からなる炭素繊維強化プラスチック(CFRP)は、最も軽量化を図ることができる。さらに、炭素繊維は、他の繊維にくらべて、比強度、比剛性に優れており、エポキシ樹脂とも相性がよいので、高性能な繊維強化プラスチックを得ることができる。
【発明の効果】
【0030】
本発明によれば、強化繊維布内のエアを効率良く脱気することにより、樹脂が含浸された強化繊維布内におけるボイドの発生を低減することができ、繊維強化プラスチックの機械的強度を確保することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0031】
以下に、図面を参照して、本発明に係る繊維強化プラスチック用樹脂及び該繊維強化プラスチックを製造するに好適な製造方法の一実施形態を説明する。
【0032】
図1は、本実施形態に係る繊維強化プラスチック用樹脂の模式概念図であり、図2は、図1に示す繊維強化プラスチック用樹脂の流動特性を、樹脂に作用するせん断速度とせん断応力により表した概念図であり、図3は、本実施形態に係る繊維強化プラスチック用樹脂を加熱したときの樹脂の温度に対する樹脂の粘度を説明するための図である。
【0033】
図1に示すように、本実施形態に係る繊維強化プラスチック用樹脂は、炭素繊維布(強化繊維布)に含浸させるための未硬化のエポキシ樹脂(熱硬化性樹脂)11を少なくとも主材として含む炭素繊維強化プラスチック(CFRP)用の樹脂10である。該樹脂10は、未硬化のエポキシ樹脂11に粉末状の固形エポキシ樹脂12を含んでいる。また、未硬化のエポキシ樹脂11は、少なくとも室温条件で、フォルム状の形状が保持可能な粘度を有しており、いわゆるRIF用の樹脂と呼ばれるものである。また、固形エポキシ樹脂12は、室温から所定の温度Tc未満の場合に固体の状態で存在しており、さらに、所定の温度Tc以上の場合に溶融するように構成されている。
【0034】
このように、固形エポキシ樹脂12を含むことにより、樹脂10は、所定の温度Tc未満の温度条件において、ダイラタンシー特性を有する樹脂13となる。具体的には、図2に示すように、樹脂10の温度Tが所定の温度Tc未満の場合には、樹脂10に作用するせん断速度が大きくなるに従って、樹脂10は、せん断応力がニートン流体に比べて加速的に増加するダイタランシー挙動を発現する。より具体的には、前記温度条件下(T<Tc)では、粉末状の固形エポキシ樹脂12は溶融しないので樹脂のみかけ上の粘度は上昇し、かつ、樹脂10が加圧された場合であっても、粉末状の固形エポキシ樹脂12が介在することにより、未硬化の熱硬化性樹脂11の分子の方向が流れ方向に揃うことを抑制することが可能となる。
【0035】
また、樹脂10は、主材となる熱硬化性樹脂及び粉末状の樹脂のいずれの樹脂もエポキシ樹脂を用いたので、図3に示すように、樹脂10は、所定温度Tc未満の場合には、未硬化樹脂の他の温度領域の樹脂に比べて、高い樹脂粘度を有する。
【0036】
一方、樹脂10は、所定の温度Tc以上かつ熱硬化開始温度Ts未満の温度条件において、固形エポキシ樹脂12は溶融してチクソトロピー特性を有する樹脂14となる。具体的には、樹脂10の温度Tが所定の温度Tc以上かつ熱硬化開始温度Ts未満の場合には、図2に示すように、樹脂10に作用するせん断速度が大きくなったとしても、樹脂10は、せん断応力がニュートン流体に比べて増加しないチクソトロピック挙動を発現する。また、樹脂10は、主材である熱硬化性樹脂及び粉末状の樹脂のいずれの樹脂もエポキシ樹脂を用いたので、図3に示すように、所定の温度Tc以上かつ熱硬化開始温度Tsまでの温動条件において、樹脂10が最も低い粘度値となる最低粘度点となる最低粘性温度Tminを有することになる。また、粉末状の固形エポキシ樹脂12は、該温度条件下では、同質の未硬化のエポキシ樹脂に溶け込むので、その結果として得られた繊維強化プラスチックは、物質的に安定している。
【0037】
前記炭素繊維強化プラスチック(CFRP)用の樹脂を用いた繊維強化プラスチックの製造方法を図4を参照して以下に示す。
【0038】
まず、図4(a)に示すように、繊維強化プラスチック用樹脂として、所定の温度Tc未満ではダイラタンシー特性を有し、かつ、前記所定の温度Tc以上では少なくともチクソトロピー特性を有するフィルム状の樹脂10と、織物状の強化繊維布20とを、少なくとも樹脂10の温度Tが室温RT以上かつ前記所定の温度Tc未満の温度条件で、順次積層して、成形型41内に配置する(工程a)。
【0039】
次に、図4(b)に示す工程のように、前記温度条件(RT≦T<Tc)で強化繊維布20及び樹脂10に対してバックフィルム43を覆い、シール材42により密閉空間Sを形成する(工程b)。さらに、図4(c)に示す工程のように、前記温度条件(RT≦T<Tc)で成形型41とバックフィルム43により形成された密閉空間Sに対して吸引装置44により前記温度条件下で真空引きを行う(工程c)。
【0040】
このように、工程a〜工程cまでは、前記温度条件(RT≦T<Tc)で行うので(図3参照)、樹脂10はダイラタンシー特性を有することになり、図5(a)に示すように、樹脂10が加圧された場合、又は真空吸引された場合であっても、強化繊維布20内に樹脂10の一部が含浸することを低減することができる。この結果、工程aから工程cまでにおいて、強化繊維布20の繊維間の一部の脱気経路が閉塞されることを抑制することができるので、熱硬化性樹脂及び強化繊維布内のエアの残存を低減することが可能となる。
【0041】
さらに、図4(d)に示すように、前記樹脂10に対して、樹脂10の温度Tが所定の温度Tc以上、かつ、樹脂10の熱硬化が開始する温度Ts未満の温度条件下で加熱する(工程d)。具体的には、図3に示すように、前記樹脂10を加熱する前記温度条件、樹脂10を加熱したときに変化する樹脂10の粘度が最低粘度値νminとなる温度Tminで加熱する。このような該温度条件下(Tc≦T<Tsの温度範囲のうちT=Tminの温度条件下)では、粉末状の固形エポキシ樹脂12が溶融し、樹脂10はチクソトロピック挙動を示すと共に樹脂10の粘度が最も低くなる。この結果、図5(b)に示すように、真空引きした空間内の強化繊維布20に前記樹脂10が含浸され易くなり、ボイドが殆どない未硬化状態の繊維強化プラスチック30Aを得ることができる。
【0042】
そして、樹脂が硬化する温度条件で(樹脂硬化開始温度Ts以上の温度条件で)含浸後の未硬化の熱硬化性樹脂30Aをさらに加熱することにより硬化させて(工程e)、その後冷却して繊維強化プラスチック30Bを得る。このようにして得られた繊維強化プラスチック30Bは、ボイドが殆どないため、高い機械的強度を確保することができる。
【実施例】
【0043】
本実施形態に基づいて以下に実施例を示す。
(実施例)
<樹脂>
未硬化の熱硬化性樹脂の樹脂として、エポキシ樹脂(エピクロンロン840:大日本インキ化学工業社製)と、粉末状の樹脂として溶解温度が50℃以上(100℃程度)の固形エポキシ樹脂(エピクロンロンHP4700:大日本インキ化学工業社製)と、これらのエポキシ樹脂の硬化剤としてジアミノジフェニルメタンとを、70:30:29の割合で混合し、300mm×300mm厚さ0.2mmのフィルム状の樹脂を製作した。
【0044】
<強化繊維布>
炭素繊維からなる縦軸0.25mm、横軸3.0mmの楕円断面を有した炭素繊維束からなる炭素繊維糸を多軸状に配置した、300mm×300mm厚さ0.3mm炭素繊維布を準備した。
【0045】
<繊維強化プラスチックの製作>
室温において、室温条件下で前記フィルム状の樹脂と炭素繊維布とを成形型内で順次積層させて、これらの積層体に対してバックフィルムを覆い、成形型とバックフィルムにより形成された密閉空間のエアを吸引装置により圧力−95kPaの条件で吸引した。
【0046】
次に、この状態において、これらの積層体に対して、フィルム状の樹脂が50℃となるように加熱し、炭素繊維布に樹脂を含浸させた。さらに、含浸後の樹脂を130℃まで加熱して、含浸した樹脂を硬化させて繊維強化プラスチックを製作した。
【0047】
<評価1>
前記樹脂を50℃に加熱して、粘度測定装置を用いてせん断応力とせん断速度との関係を測定した。この結果を図6に示す。
【0048】
<評価2>
製作した繊維強化プラスチックの断面を顕微鏡観察した。この結果を図7(a)に示す。
【0049】
(比較例)
実施例と相違する点は、フィルム状の樹脂として、エポキシ樹脂(エピクロンロン840:大日本インキ化学工業社製)と、該エポキシ樹脂の硬化剤としてジアミノジフェニルメタンとを、100:29の割合で混合した点である。そして、実施例1と同様の条件で、該樹脂のせん断応力とせん断速度とを測定すると共に、この樹脂を用いて製造した繊維強化プラスチックの断面を顕微鏡観察した。この結果を図6及び図7(b)に示す。
【0050】
[結果]
図6に示すように、実施例に係る樹脂は、ダイラタンシー挙動を示したのに対して、比較例に係る樹脂は、チクソトロピック挙動を示した。さらに、図7(a),(b)に示すように、製作された実施例に係る繊維強化プラスチックは、ボイドがされなかったが、比較例のものは、ボイドが複数形成されていた。
【0051】
[考察]
図6に示す結果より、比較例に示す樹脂は、チクソトロピー特性を有するため、炭素繊維布とフィルム状の樹脂を積層し、バックフィルムを覆い、真空吸引をする間に、樹脂の一部が炭素繊維布内に含浸してしまい、その結果として、真空吸引時には、脱気経路が閉塞され、積層体内にエアが残存したものと推定される。この結果、エアが残存した積層体から得られた繊維強化プラスチックにはボイドが形成されたと考えられる。
【0052】
一方、実施例に示す樹脂は、室温(50℃以下)でダイラタンシー特性を有するので、炭素繊維布とフィルム状の樹脂を積層し、バックフィルムを覆い、真空吸引をする間に、樹脂の一部が含浸しなかったので、ボイドが比較例に比べて低減されたと考えられる。このように樹脂が炭素繊維布に含浸しないのは、前記温度条件下(室温)では、粉末状の固形エポキシ樹脂は溶融しないので樹脂のみかけ上の粘度は上昇し、かつ、樹脂が加圧された場合であっても、粉末状の樹脂が介在することにより、未硬化の熱硬化性樹脂の分子の方向が流れ方向に揃うことが抑制されたことによると考えられる。
【0053】
以上、本発明の実施の形態を図面を用いて詳述してきたが、具体的な構成はこの実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲における設計変更があっても、それらは本発明に含まれるものである。
【0054】
例えば、繊維強化プラスチックの製造方法は、強化繊維布に樹脂を含浸させる工程と、熱硬化性樹脂を硬化させる温度をそれぞれ、前記温度条件を満たすように一定としたが、前記含浸と硬化を行うことができるのであれば、前記温度を次第に上げるような加熱により、前記それぞれの工程を一工程として行ってもよい。
【0055】
また、実施例では、熱硬化性樹脂に粉末状の樹脂する割合を特定したが、強化繊維布の種類、繊維径、織り方によりこの割合を適宜決定すればよく、前記割合に限定されるわけではない。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明に係る繊維強化複合材料は、機械的強度を確保すべき構造用部材に特に好適である。具体的には、オートバイフレーム、カウル等の二輪車用途や、ドア、ボンネット、テールゲート、サイドフェンダー、側面パネル、フェンダー、トランクリッド、ハードップ、エンジンシリンダーカバー、エンジンフード、シャシー、エアスポイラー、プロペラシャフト等の自動車部品などの用途が挙げられる。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】本発明の実施形態に係る繊維強化プラスチック用樹脂の模式概念図。
【図2】図1に示す繊維強化プラスチック用樹脂の流動特性を、樹脂に作用するせん断速度とせん断応力により説明するための図。
【図3】本実施形態に係る繊維強化プラスチック用樹脂を加熱したときの樹脂温度に対する樹脂粘度を説明するための図。
【図4】本発明に係る繊維強化プラスチックの製造方法を説明するための図であり、(a)は、樹脂及び強化繊維布の配置工程を示した図であり、(b)は、バックフィルムを覆う工程を示した図であり、(c)は、真空引きする工程であり、(d)は、強化繊維布に樹脂を含浸させる工程を説明する図であり、(d)は、含浸後の樹脂を熱硬化させる工程を説明するための図。
【図5】本実施形態に係る繊維強化プラスチックを製造する一工程を説明するための図であり、(a)は、製造方法の真空引きをする工程において、真空引きを行っている状態を説明するための図であり、(b)は、含浸工程後の繊維強化プラスチックの状態を示した図。
【図6】実施例及び比較例に係る繊維強化プラスチック用樹脂の流動特性を測定した図。
【図7】実施例及び比較例に係る製造方法により製造された繊維強化プラスチックの断面における組織写真を示した図。
【図8】従来の繊維強化プラスチックを製造する工程の一部を説明するための図であり、(a)は、真空引きを行った際の状態を説明するための図であり、(b)は、本製造方法により製造された繊維強化プラスチックを示した図。
【符号の説明】
【0058】
10:樹脂,11:エポキシ樹脂(熱硬化性樹脂),12:粉末状の固形エポキシ樹脂(粉末状の樹脂),13:ダイラタンシー特性を有した樹脂,14:チクソトロピー特性を有した樹脂,20:強化繊維布,41:成形型,43:バックフィルム

【特許請求の範囲】
【請求項1】
未硬化の熱硬化樹脂を少なくとも主材として含む樹脂と、強化繊維布と、を成形型内に配置する工程と、
前記強化繊維布及び前記樹脂に対してバックフィルムを覆う工程と、
前記成形型と前記バックフィルムにより形成された空間に対して真空引きを行う工程と、
前記樹脂を加熱することにより、前記真空引きした空間内の前記強化繊維布に前記樹脂を含浸させる工程と、
前記含浸後の樹脂をさらに前記樹脂が硬化する温度条件で加熱することにより硬化させる工程と、を少なくとも含む繊維強化プラスチックの製造方法であって、
前記製造方法は、前記樹脂として、所定の温度未満ではダイラタンシー特性を有し、かつ、前記所定の温度以上では少なくともチクソトロピー特性を有する樹脂を用い、
前記配置工程から前記真空引きの工程を、少なくとも前記所定の温度未満の温度条件下で行い、
前記含浸工程において、前記加熱を、前記樹脂を前記所定の温度以上、かつ、前記樹脂の熱硬化が開始する温度未満の温度条件下で行うことを特徴とする繊維強化プラスチックの製造方法。
【請求項2】
前記樹脂は、未硬化の熱硬化性樹脂に粉末状の樹脂を含む樹脂であり、前記粉末状の樹脂は、少なくとも前記所定の温度以上で溶融することを特徴とする請求項1に記載の繊維強化プラスチックの製造方法。
【請求項3】
前記樹脂を含浸させる工程において、前記樹脂を加熱する前記温度条件は、前記樹脂を加熱したときに変化する前記樹脂の粘度が最低粘度値となる温度であることを特徴とする請求項1または2に記載の繊維強化プラスチックの製造方法。
【請求項4】
前記樹脂と前記強化繊維布とを成形型内に配置する工程において、前記強化繊維布と、前記樹脂としてフィルム状の樹脂と、を順次積層することにより前記配置を行うことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の繊維強化プラスチックの製造方法。
【請求項5】
強化繊維布に含浸させるための未硬化の熱硬化樹脂を少なくとも主材として含む繊維強化プラスチック用樹脂であって、
該樹脂は、前記熱硬化性樹脂が未硬化の状態において、所定の温度未満ではダイラタンシー特性を有し、前記所定の温度以上では、少なくともチクソトロピー特性を有することを特徴とする繊維強化プラスチック用樹脂。
【請求項6】
前記樹脂は、未硬化の熱硬化性樹脂に粉末状の樹脂を含む樹脂であり、前記粉末状の樹脂は、前記所定の温度以上で溶融することを特徴とする請求項5に記載の繊維強化プラスチック用樹脂。
【請求項7】
前記熱硬化性樹脂は、少なくとも室温から前記所定の温度未満では、フィルム状の形状が保持可能な粘度を有することを特徴とする請求項5または6に記載の繊維強化プラスチック用樹脂。
【請求項8】
前記熱硬化性樹脂は、エポキシ樹脂であり、前記粉末状の樹脂は固形エポキシ樹脂であることを特徴とする請求項5〜7のいずれかに記載の繊維強化プラスチック用樹脂。
【請求項9】
前記請求項1〜4のいずれかに記載の繊維強化プラスチックの製造方法により製造された繊維強化プラスチックであって、前記強化繊維布は、織物状強化繊維布からなることを特徴とする繊維強化プラスチック。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2008−162154(P2008−162154A)
【公開日】平成20年7月17日(2008.7.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−355098(P2006−355098)
【出願日】平成18年12月28日(2006.12.28)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】