説明

繊維集合体

【課題】少なくとも繊維集合体の表面はキトサンであって、該繊維集合体を構成する繊維の繊維径は小さいが繊維集合体の表面積は大きく、より高い創傷治癒促進効果が期待できる材料を提供する。
【解決手段】アニオン性解離基を有するポリマーを繊維の構成成分とする繊維集合体であって、キトサンがアニオン性解離基とポリイオン対を形成して該繊維集合体の表面に存在し、該繊維の平均繊維径が20nm〜2μmであることを特徴とするキトサン繊維集合体。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、繊維集合体の表面がキトサンである繊維集合体及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
キトサンは優れた創傷治癒促進効果を有していて、フィルム状、繊維状さらにはスポンジ状など種々の形態で創傷被覆材料として使われてきている。しかしキトサンの創傷治癒の促進効果については、その作用機序はまだ十分に解明されていないが、一般にはキトサンの材料表面と生体組織間での直接的な相互作用、あるいは創傷治癒につながる生体諸因子との相互作用など、多段階なステップを経て治癒促進がおこなわれていると考えられている。すなわち創傷被覆材料においては、材料の内部よりも表面のキトサンがそれら効果に深く関与していることになる。
【0003】
従って、創傷被覆材料が創傷部位で短期間に治癒効果を発揮するためには、損傷部の治癒環境を適性に形成維持するとともに、該被覆材料が、生体と相互作用する反応場、すなわち材料表面を出来るだけ広く設けることが好ましい。
【0004】
従来、キチン・キトサンの繊維化は、湿式紡糸法でおこなわれていて、該繊維の繊維径は通常10μm以上であるが、例えば、キチン・キトサン繊維の繊維径が従来の数十μmから数百nmサイズになれば、比表面積は100倍程度増大する。このような比表面積が大きいキトサン繊維からなる材料であれば、上述の考えからより大きな治癒効果が期待される。
【0005】
キチン・キトサン繊維の繊維径を10μm以下のものを得る方法としては、種々の方法が知られていて、特にナノサイズ径のキトサンファイバーを簡便に得る方法としては、非特許文献1と2には静電紡糸法によってキトサンのナノファバーを製造する方法が、非特許文献3にはキトサンナノファイバーファブリックの物性と機能評価が提案されている。
【非特許文献1】「北海道立工業試験場報告No.306」、p.9-16、北海道立工業試験場、2007
【非特許文献2】K.Ohkawa et al,“Chitosan Nanofiber”, Biomacromolecules,2006年,Vol.7,p.3291-3294
【非特許文献3】第21回キチン・キトサンシンポジウム講演要旨、日本キチン・キトサン学会、2A-06,122 2007 非特許文献1の記載内容は、静電紡糸法によるキトサン繊維の製造に関するものであり、使用されているキトサンは脱アセチル化度が80%以上で、紡糸液の溶剤はトリフルオロ酢酸と塩化メチレンの混合液である。ここでは繊維径が数百nmサイズのキトサンナノファイバーが得られている。しかし、これら溶剤は金属に対する腐食性および生体毒性が非常に強く、紡糸装置は腐食性溶剤の蒸発ガスが接触する部分には十分な耐腐食性対策が必要であり、さらには作業者の健康への影響を十分に配慮する必要がある。
【0006】
非特許文献2の記載内容は、静電紡糸法によるキトサン繊維の製造に関するものであり、紡糸液の溶剤は、非特許文献1と同様に腐食性および生体毒性が強いトリフルオロ酢酸が使われている。
【0007】
非特許文献3の記載内容は、静電紡糸法によって得られたキトサンナノファイバー繊維体に関するものである。ここでは紡糸助剤を添加したキトサンを含む酢酸溶液を紡糸液とし、これによって連続的に安定した紡糸がなされている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
非特許文献1及び非特許文献2に記載されたキトサンのナノファイバーの製造に使用されている紡糸液の溶剤は、金属類に対して腐食性が強く、生物に対する毒性が非常に強いため、工業的スケールで使用するに際しては、極めて高度な防錆、安全対策、環境対策が求められる。またトリフルオロ酢酸は酸性度が極めて高いために紡糸液保存中のキトサン物性は経時的に変化することが知られており、連続的に安定したキトサン紡糸を行うためには、紡糸液の物性管理が重要となる。またそのような物性管理をおこなっても得られた繊維の品質管理には多大なコストがかかるという問題を有する。
【0009】
非特許文献3に記載されたキトサンナノファイバー繊維体の製造方法においては、比較的温和な溶剤がキトサンの溶解溶媒として使用されているが、酸を使用するので装置の防錆対策、作業者の健康への影響等には十分なる対策が必要である。さらには本文献では、各種脱アセチル化度のキトサンから紡糸することについては記載されていない。通常、脱アセチル化度が80%以下のキトサンを記載の溶媒条件で同程度の濃度にまで溶解することは困難であることからしても、本文献記載の方法でこのようなキトサン原料を繊維化することは、実際上、困難である。
【0010】
キトサンの脱アセチル化度は創傷治癒効果に影響する因子であり、所望する脱アセチル化度のキトサン繊維が自由に得られることは治療上重要である。
【0011】
本発明は、製造装置への影響がほとんどなく、生体や環境への負荷がほとんどない溶媒を用いて、平均繊維径がナノメートルサイズのキトサン繊維集合体を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、このような問題点を解決するために鋭意検討の結果、繊維の構成成分であるポリマーのアニオン性解離基とキトサンが対イオンを形成することによって、繊維表面がキトサンからなる繊維集合体が得られ、上記の問題が解決されることを見出し、本発明に到達した。
【0013】
すなわち、本発明の第一は、アニオン性解離基を有するポリマーを繊維の構成成分とする繊維集合体であり、キトサンが前記のアニオン性解離基とポリイオン対を形成することにより繊維集合体の表面に存在していることを特徴とする繊維集合体を要旨とするものであり、好ましくは、繊維集合体を構成する繊維の平均繊維径が、20nm〜2μmであるものである。
【0014】
また、本発明の第二は、前記した繊維集合体からなることを特徴とする創傷被覆材を要旨とするものである。
【0015】
また、本発明の第三は、アニオン性解離基を有するポリマーを含む溶液を紡糸原液として繊維集合体を形成し、該繊維集合体をキトサン水溶液に浸漬後、電気泳動法にて該繊維集合体を構成する繊維のアニオン性解離基とキトサンがポリイオン対を形成させて、少なくとも該繊維集合体の表面にキトサンを存在させることを特徴とする前記した繊維集合体の製造方法を要旨とするものである。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、創傷治癒効果に影響する脱アセチル化度について所望する脱アセチル化度のキトサン繊維が容易に形成でき、該繊維の平均繊維径が20nm〜2μmであるために、形成された繊維集合体の比表面積は大きく、これによって生体の創傷部位に留置すれば治癒促進効果がより効果的に発揮され、早期治癒が期待できる。また繊維径が小さいことから形成される繊維集合体は柔軟で、患者の使用感も良好で安心した治療が受けられるため、本発明の効果は極めて大きい。
【0017】
さらには、本発明の創傷被覆材料は、キトサンの血液凝固作用によって単位面積当たりの血液凝固機能が増大し、出血制御が向上した止血材料として、重篤で生命にかかわる出血の制御材料としても大いに期待できる。また本発明の繊維集合体は、キトサンの抗菌作用によって、各種の抗菌性材料、例えば抗菌性フィルターや抗菌性保護材などとしてもその利用が期待される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0019】
本発明で用いられるアニオン性解離基を有するポリマーにおいて、アニオン性解離基とは、負電荷を有した解離基であり、例えばpH5〜8の間で90%以上解離したプロトン解離性酸性基が挙げられる。具体例としては、スルホニル基、カルボキシル基、スルファト基、リン酸基、ホウ酸基、スルホメチル基、スルホエチル基、カルボメチル基などが挙げられる。中でも好ましいのはスルホニル基、カルボキシル基である。
【0020】
このようなアニオン性解離基は、ポリマー中に単一種のアニオン性解離基のみを有していてもよく、またこれらアニオン性解離基の中から2種以上の解離基を有していてもよい。またアニオン性解離基は、ポリマー中に少なくとも2個以上有することが好ましく、アニオン性解離基が多いほど、キトサン1分子あたりの対イオン形成数が多くなって対イオン形成されたキトサンは安定化する。このことは、本発明の繊維集合体が体液などに接触した場合、該繊維表面からのキトサンの溶出性を抑制する方向に寄与するため、長期にわたって繊維表面がキトサンであるので好ましい。同時に、繊維表面あたり、多くのキトサン分子を対イオン形成することができるので、繊維表面はより多くのキトサンが存在することになる。このようなことから本発明の繊維集合体は、長期にわたりキトサンの創傷治癒促進効果が期待できる。
【0021】
本発明で用いられるアニオン性解離基を有するポリマーは、繊維化されて生体の創傷部位に適用されるため、生体安全性の高いポリマーがよい。そのようなポリマーとしては、乳酸、グリコール酸、マレイン酸、アクリル酸、メタクリル酸、スチレンスルホン酸およびその誘導体、さらにはアニオン性解離基に変換可能な基を有するグリシジルメタクリレート、グリシジルアクリレートなどの単量体単位単独からなるポリマー、あるいはそれら単量体同志の組み合わせからなるポリマー、さらにはそれら単量体と他の高分子とを組み合わせたポリマーなどがある。
【0022】
そのようなポリマーとしては、例えば、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、ポリスチレンスルホン酸、ポリ無水アクリル酸、ポリ無水アクリル酸−スチレン共重合体、ポリ無水メタクリル酸、ポリ無水メタクリル酸−スチレン共重合体、ポリ無水マレイン酸−エチレン共重合体、ポリ無水マレイン酸−メチルビニルエーテル共重合体などが挙げられる。
【0023】
本発明で用いられるアニオン性解離基を有するポリマーとしては、上記以外に、アニオン性多糖類を挙げることもできる。アニオン性多糖類としては、ジェラガム、アルギン酸及びその塩、カラギナン、低メトキシペクチン、ファーセレラン、カルボキシメチルセルロースやカルボキシメチルヒドロキシエチルセルロースのようなカルボキシセルロースおよびその塩、スルホン酸デキストラン、ヘパリン、コンドロイチン硫酸、キサンタンガム、アラビアガム、グァーガム、アガロースなどが挙げられるが、これらには限定されない。
【0024】
本発明で用いられる上記のようなアニオン性解離基を有するポリマーの分子量は、特に限定されるものでないが、例えば1000以上500万以下、好ましくは2000以上200万以下、さらに好ましくは2000以上100万以下である。分子量が1000未満であれば、繊維形成性が悪く、得られた繊維に十分な耐水性が得にくいなどの問題があり、また分子量が500万を超えると紡糸液の調製に時間を要し、得られた繊維の物性がバラつきやすい傾向がある。
【0025】
これらアニオン性解離基を有するポリマーは繊維を構成するポリマーであるが、他のポリマーと組み合わせて繊維を構成してもよい。組み合わせるポリマーは、紡糸液中で繊維形成性に影響を及ぼさない範囲で該アニオン性解離基を有するポリマーと均質に混合できるものが好ましく、さらに組み合わせるポリマーの混合比率は、所望する繊維径を有した繊維の形成性、形成された繊維にキトサンが対イオンを形成するに支障がない範囲であれば、特に制限されない。
【0026】
但し、アニオン性解離基を有するポリマー比率が極端に少なく、結果として繊維表面のアニオン性解離基の数が少なくなるようであれば、対イオン形成によって繊維表面に存在するキトサン量が制限され、創傷治癒促進効果に影響するので好ましくない。
【0027】
組み合わせるポリマーは、生体に悪影響を及ぼさないあるいはその可能性が極めて低い性状のポリマーが好ましく、ポリエチレンオキサイド、ポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、ポリビニルブチラール、澱粉、デキストラン、コラーゲンなどがあり、それらポリマーは、形成された繊維において、アニオン性解離基を有するポリマーとイオン結合、共有結合、静電気的結合、水素結合などの様式で結合していてもよい。この場合、結合形成は 架橋剤などの結合形成剤、熱、光、放射線などの方法を必要であれば適宜選択して形成促進化を図ればよい。
【0028】
本発明の繊維集合体において、キトサンは、少なくとも繊維の表面でアニオン性解離基と対イオンを形成しているが、該対イオンは、繊維表面のみでなく、繊維内部で形成されていてもよい。その場合には、キトサンは繊維表面から繊維内部に向かって量的に減少する方向に傾斜分布している。
【0029】
本発明で用いられるキトサンの分子量は、特に制限はないが、低分子量であると、キトサン1分子中に存在するアニオン性解離基と対イオン形成が可能なアミノ基の数が少ないため、形成された対イオン数は結果として少なくなる。このことによって繊維表面に存在するキトサン量は少なくなり、繊維表面で創傷治癒の促進効果発揮に斑が出来る、さらには、繊維表面でキトサンの保持性が弱く、体液との接触により容易に遊離する可能性がある。
【0030】
このためキトサンの分子量は、数千以上であることが好ましく、さらには数万以上であることがより好ましい。一方、キトサンの分子量の上限に制限はないが、高分子量になるほどキトサンの水系溶媒に対する溶解性は著しく低下して取り扱い性は悪くなる。同時に繊維表面で対イオン形成されたキトサンの分布に斑が生じやすく、それによって治癒効果に斑が生ずる可能性は否定できないので、キトサンの分子量は数百万以下であることが好ましい。
【0031】
このようなキトサンには、甲殻類甲虫類の外骨格イカの軟甲等を塩酸処理ならびに苛性ソーダ処理することにより脱石灰脱蛋白されて得られるキチン、すなわちポリ−N−アセチル−D−グルコサミンのアセチルアミノ基の一部または全部が脱アセチル化したキトサン、キトサンのエーテル化物、エステル化物、カルボキシメチル化物、ヒドロキシサクシネート化物、ヒドロキシエチル化物、O−エチル化物などが挙げられ、具体例としては、[ポリ(N−アセチル−6−O(2‘−ヒドロキシエチル)−D−グルコサミン)]の脱アセチル化度35%化物、[ポリ(N−アセチル−6−O(エチル)−D−グルコサミン)]の脱アセチル化度85%化物等が挙げられる。
【0032】
キチンの脱アセチル化は、キチンをアルカリ処理するという周知の方法により行うことが出来る。この際、使用するアルカリ溶液の濃度、処理温度、処理時間等を適宜変えることにより脱アセチル化度は容易に調整することが可能である。
【0033】
なお脱アセチル化度とは以下に示す方法で測定した値を言う。試料約2gを2N−塩酸水溶液200ml中に投入し、室温で30分間撹拌する。次に、ガラスフィルターでろ過し、塩酸水溶液を除去した後、200mlのメタノール中に投入して30分間撹拌し、ガラスフィルターでろ過後、フレッシュなメタノール200mlを投入し、30分間撹拌する。このメタノールによる洗浄操作を4回繰り返した後、風乾および真空乾燥する。乾燥後、約0.2gを精秤し、容量100mlの三角フラスコに取り、イオン交換水40mlを加えて30分間撹拌する。次いで、この溶液をフェノールフタレインを指示薬として0.1N−苛性ソーダ水溶液で中和滴定する。脱アセチル化度(A)は次式によって求められる。
【0034】
A(%)=〔(2.03×f×b×10−2)/(a+0.055×f×b×10−2)〕×100
但し、aは試料の重量(g)、fは0.1N−苛性ソーダ水溶液の力価、bは0.1N−苛性ソーダ水溶液の滴定量(ml)である。
【0035】
本発明の繊維集合体は、大きな比表面積効果によってキトサンが持つ創傷治癒の促進効果をより効果的に発揮するために、該繊維の平均繊維径は20nm〜2μmであればよく、好ましくは50nm〜1μmの範囲であり、さらに好ましくは50nm〜800nmの範囲である。平均繊維径が20nm未満の場合、それら繊維から得られる繊維集合体は取り扱う上で十分な強度が保てなく、使用中に損傷する場合がしばしば生じる。
【0036】
なお本発明における繊維径は、繊維集合体の電子顕微鏡(SEM)画像から測定して得られる繊維の短軸断面における直径を意味し、短軸断面形状が非円形である場合は、短軸断面と同じ面積を持つ円の直径を繊維径とする。そして不特定の10本の繊維径を平均化したものを平均繊維径とする。
【0037】
本発明の繊維集合体を構成する繊維は、断面形状が円形、楕円形、中空、異型などいずれの形状でもよい。さらにはこのような繊維からなる繊維構造体は、不織布、シート状、立体状、織編物状などいずれの形態であってもよく、該繊維構造体のサイズも含めて、使用方法、使用部位に応じて適宜選択すればよい。
【0038】
次に、本発明の繊維集合体の製造方法について説明する。
【0039】
先ずアニオン性解離基を有するポリマーを繊維の構成成分とする繊維集合体を得る方法としては、前述の繊維径を有する繊維が得られるのであれば、どのような紡糸方法を採用してもよく、例えばフラッシュ紡糸法、遠心紡糸法、静電紡糸法などが挙げられる。この中で静電紡糸法は、比較的容易に2μm以下の平均繊維径のものを得ることが出来る方法として好適である。
【0040】
アニオン性解離基を有するポリマーを静電紡糸法によって繊維化するためには、先ずアニオン性解離基を有するポリマーを含有する紡糸液を調製する必要があり、その際の溶媒は、静電紡糸が可能な濃度にまで該ポリマーを溶解できるものであればいずれでもよく、例えば水、ジメチルアセトアミド、ジメチルホルムアミド、N−メチルピロリドン、メタノール、エタノール、イソプロパノールなどが挙げられる。上述した繊維径の繊維を安定に紡糸するために、必要であればこれら溶媒を主にして他の溶媒を適宜添加してもよい。
【0041】
また、アニオン性解離基を有するポリマーを含有する紡糸液に、必要であれば生体不活性ないしは生体適合性を有し、該解離基とは反応しないポリマーを、所望する繊維径繊維の形成に影響がなく、また形成された繊維において該アニオン性解離基とキトサンとの対イオン形成に影響を及ぼさない範囲で共存させてもよい。
【0042】
また、紡糸液には、安定に所望する繊維径繊維を得るために、紡糸助剤を適宜添加してもよい。そのような紡糸助剤としては、繊維集合体に残留しても生体に悪影響を及ぼさないか、紡糸後、繊維集合体の洗浄により該紡糸助剤が除去可能なものが好ましく、そのようなものとして、例えばステアリン酸、オレイン酸、ラウリル硫酸およびその誘導体などの界面活性剤などが挙げられる。
【0043】
次いで、アニオン性解離基を有するポリマーが溶解した紡糸液を注射用シリンジに供給し、シリンジ先端に取り付けられた金属製ノズルから一定速度で押し出す。ノズル先端から対電極となるターゲットまでの距離は、通常5〜20cmの範囲で適宜設置すればよく、またノズルとターゲットの間は通常3〜30kVの範囲で直流電圧を印加することによって、平均繊維径が2μm以下、好ましくは1μm以下の繊維が得られるのであればいくらでもよく、通常は0.2〜1.5mm程度が好ましい。対極のターゲットは、板状、筒状、ベルト状、網状、不織布、織編物など種々の形状を有し、金属や炭素などからなる導電性材料、有機高分子などからなる非導電性材料などを使用すればよい。
【0044】
このような静電紡糸法において、可能な限り平均繊維径分布が狭い領域を有した繊維集合体を得るためには、少なくともノズル部分と対極のターゲット部分を取り囲む雰囲気の温度と湿度は、少なくとも可能な限り一定に維持することが好ましい。この場合の温度は、紡糸原液の溶媒が気化しやすい温度範囲であればよく、操作性も考慮して通常は15℃〜50℃程度の範囲で行う。また湿度に関しては、75%以上になると所望する性状の繊維集合体を得ることが難しくなるため、70℃以下 好ましくは55%以下、さらに好ましくは40%以下で行えばよい。
【0045】
静電紡糸法で紡糸する場合は、前述のノズルを用いたノズル方式のほかに、ローラー形状の電極部を使用したローラー方式あるいは気泡を利用した方式などがある。ローラ形状の電極部としては、電極部が単なる円筒形状のみならず、円筒表面に種々形状の突起が付与された突起付き円筒形状、歯車形状、螺旋溝形状など様々な形状のものを使用することが出来る。
【0046】
対極のターゲット上に形成された繊維集合体は、そのままで、次にキトサンとの対イオン形成用試料として供与することが出来る。あるいは、一旦 溶媒残渣がなくなるまで十分に乾燥後、加圧熱処理をして後、対イオン形成用試料として供与してもよい。
【0047】
これら繊維集合体は、体液あるいはキトサン水溶液に対する耐水性を向上させる目的で、架橋剤によって予め架橋することも可能である。その場合の架橋剤としては、水酸基、アミノ基、カルボニル基あるいはカルボキシル基などと反応する反応性官能基を分子内に2個以上有する架橋剤が好ましく、例えばグリオキサール、スクシンアルデヒド、グルタルアルデヒド、グリシジルエーテル等々がある。
【0048】
このような架橋剤を使って繊維集合体を架橋する場合、例えばこれら架橋剤が単に紡糸液に混合するだけでは紡糸液に存在するポリマーと反応しない場合は紡糸液に添加すればよい。しかし反応する場合は、紡糸液の中でポリマーと共存させることは避け、別途これら架橋剤を含む溶液を紡糸中ないしは紡糸後に繊維集合体に噴霧するか、あるいは繊維集合体をこれら架橋剤を含む溶液に直接浸漬して、その後、架橋反応促進のため、熱処理あるいは光照射をする方法、あるいは繊維集合体を架橋剤の蒸気中に放置して、その後、熱処理あるいは光照射する方法など各種の方法を適宜選択すればよい。
【0049】
次に、上述の方法によって得られた繊維集合体を構成する繊維のアニオン性解離基とキトサンとの間でポリイオン対を形成させる方法について説明する。ここで、キトサンは、水溶液の状態で使用される。この場合、該水溶液中のキトサン濃度は、キトサンが溶解しているのであれば特に限定されないが、通常は10−6重量%〜5重量%の範囲で使用される。キトサン濃度がこれよりも低いと、アニオン性解離基とキトサンがポリイオン対を十分量形成するに要する時間は長くなり、一方、キトサン濃度が高くなりすぎると、該水溶液が粘稠になり、イオンの拡散がスムーズに行かず、繊維集合体の繊維上でキトサンの斑が出来やすくなる傾向にあるため好ましくない。
【0050】
各種脱アセチル化度キトサンのキトサン水溶液は、蒸留水に直接該キトサンを添加して調製してもよく、また蒸留水に酢酸、塩酸、硝酸、クエン酸、乳酸、コハク酸などの酸、さらにはそれらの誘導体などの酸を適宜添加して得た水溶液に該キトサンを添加して調製してもよい。この場合、キトサン水溶液のpHは、該水溶液中でポリマーのアニオン性解離基が解離しているpH領域であればよく、好ましくはアニオン性解離基が90%以上解離するpH領域がよい。そのようなpH領域は、弱酸性から弱塩基性の範囲であり、pH5〜8の範囲が好ましく、pH5〜7.5の範囲がより好ましい。この場合、pH範囲の調整はアルカリ金属塩、有機金属塩など適宜選択して使用すればよい。アルカリ金属塩としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなど、また有機金属塩としては、炭酸ナトリウム、炭酸カリウムなどが挙げられる。これらpH領域では、繊維を構成するポリマーのアニオン性解離基が解離して負に帯電し、キトサンは正に帯電しているので、繊維のアニオン性解離基部分にキトサンが対イオンを形成して固定される。
【0051】
このようにして調製されたキトサン水溶液を使用して、繊維集合体を構成する繊維のアニオン性解離基とキトサンとの間にポリイオン対を形成させる方法としては種々の方法がある。例えば、該繊維集合体をキトサン水溶液に浸漬する方法、該繊維集合体にキトサン水溶液を吹付ける方法、該繊維集合体をキトサン水溶液に浸漬して電気泳動法で固定する方法などがある。これら各種の方法の中で、浸漬法や吹付け法は、繊維表面に露出したアニオン性解離基の一部にキトサンがポリイオン対を形成し、繊維集合体の見かけ上の表面電荷が中性になれば、それ以上にキトサンを固定化することは難しい。一方、電気泳動法は、繊維集合体の見かけの表面電荷のみならず電気的引力を利用するために、アニオン性解離基がキトサンとのポリイオン対の形成により有効に働き、多くのキトサン固定が可能であるため好ましい。
【0052】
電気泳動法にて繊維集合体のアニオン性解離基とキトサンとの間にポリイオン対を形成させるには、先ず、電気泳動槽内に設けた正電極と負電極が十分に浸かるまで上記のキトサン水溶液を加える。次にアニオン性解離基を有する繊維集合体をキトサン水溶液に浸漬する。その後、両電極間で所定の時間通電する。通電は、定電圧法、定電流法いずれの方法を採用してもよく、定電圧法であれば0.01mV〜100Vの範囲で、また定電流法であれば、0.01μA〜1Aの範囲で適宜選択すればよい。通電時間は、繊維集合体の厚みやキトサン水溶液中のキトサン濃度に応じて適宜選択すればよい。また通電時の溶液温度は特に制限がないが、通電とともに溶液温度が上昇するようであれば溶液成分の構成比が変化する可能性があるため、通常は、室温付近でおこない、溶液温度が高くなるようであれば、必要に応じ、キトサン水溶液を冷却するのが好ましい。
【0053】
その後、繊維集合体をキトサン水溶液から取り出し、蒸留水で洗浄し、洗浄液のpHが少なくとも中性であること確認のうえ、乾燥する。その後、必要であれば滅菌処理をおこなえばよい。滅菌処理としては、高圧滅菌、ガス滅菌、放射線滅菌、アルコール滅菌などがあり、適宜選択すればよい。
【0054】
このような本発明の繊維集合体において、該繊維集合体の表面に存在するキトサンは、繊維を構成するポリマーのアニオン性解離基とポリイオン対を形成しているために、創傷被覆材としての使用期間中も、表面に安定に保持され、キトサンが持つ機能は効果的に発揮される。
【0055】
本発明の繊維集合体は、使用目的や使用部位等によって取扱い性を向上させるために、適宜他の繊維基材やフィルム基材などと複合して使用しても良い。
【実施例】
【0056】
次に実施例に基づき本発明を具体的に説明するが、本発明はこれら実施例によって何ら限定されるものではない。
【0057】
なお、実施例中の平均繊維径は、前述した方法により測定した値である。また繊維集合体の厚み、平均細孔径および紡糸溶液の粘度は、以下のようにして測定した。
【0058】
厚み:JISB7502に準じて、5N荷重時の外側マイクロメータによって測定した。
【0059】
平均細孔径:ASTM−F316に記載されている方法を準用し、ポロメータ(PermPolometer、PMI社製)を用いてミーンフローポイント法により測定した。
【0060】
溶液粘度:B型粘度計を用いて、25℃の条件で測定した。
【0061】
実施例1
平均重合度1730のポリビニルアルコール(ユニチカ(製)製、ケン化度95%)を用いてpH5.3の12重量%ポリビニルアルコール水溶液(P液)と、平均重合度1250の無水マレイン酸−メチルビニルエーテル共重合体(アイエスピー社製、共重合比1:1)を含む12重量%水溶液(G液)をそれぞれ調製した。次にP液60gにG液40gと蒸留水20gを加えて均一な混合液を作製し、これを紡糸原液として静電紡糸装置を使って静電紡糸を行った。
【0062】
紡糸原液を含む注射用シリンジ先端には内径0.8mmの金属製ノズルを取り付け、16kVの電圧を印加し、ターゲットまでの距離は15cmでおこなった。この場合の紡糸環境は、温度26℃、湿度40%であった。ターゲット基板上に形成され繊維集合体は、140℃の熱風乾燥器内で25分間熱処理をおこなった。得られた繊維集合体は60℃の蒸留水に5分間浸漬した後、風乾した(試料1)。
【0063】
次に、キトサン水溶液は、キトサン(分子量30万、脱アセチル化度98%以上)0.2gを0.5容量%酢酸に溶解し、20重量%水酸化ナトリウムにて溶液のpHを6,7に調整後、ガラスフィルターでろ過して調製した。
【0064】
得られたキトサン水溶液は電気泳動槽に入れ、そこに試料1を浸漬後、10mAの定電流を1時間通電した。通電後、試料1を取り出して蒸留水で洗浄し、風乾し本発明の繊維集合体を作製した(試料2)。
【0065】
得られた繊維集合体(試料2)の表面について、電界放出型走査電子顕微鏡で観察した。その結果を図1に示した。本実施例で得られた繊維集合体は、構成する繊維の平均繊維径が185nmであり、厚みは42μmであった。また繊維間の平均細孔径は0.7μmであった。
【0066】
得られた繊維集合体(試料2:20×20mmサイズ)を、酸性染料コマジーブリリアントブルーを50mg/100ml含む100ml水溶液に1分間浸漬後、蒸留水で数回洗浄して乾燥した。図2(左)は、洗浄後の試料2の染色結果を示したもので、繊維集合体の全体が青色に染色されたのは、酸性染料と反応するキトサンが該繊維集合体の表面全体に存在していることを示すものである。
【0067】
なお、比較としてキトサンとのポリイオン対を形成させる処理をする前の試料1について同様に染料に浸漬し、その後洗浄したところ、図2(右)に示したように、酸性染料による染色は観察されなかった。
【0068】
実施例2
平均重合度1700のAポリマー(日本酢ビ・ポバール(株)製、ケン化度98%、カルボキシル基含有)を用いて11重量%Aポリマー水溶液(A液)を調製した。次にA液65gに実施例1のG液35gおよび非イオン性界面活性剤(第一工業製薬製 EA120)をAポリマーに対して0.05重量%添加して均一な混合液を調製後、これを紡糸原液として、印加電圧が12.9kV以外は実施例1と同じ装置および同じ紡糸条件で静電紡糸を行い、ターゲット基板上に繊維集合体を形成した。この場合の紡糸環境は、温度27.5℃、湿度52%であった。
【0069】
得られた繊維集合体は、12時間真空乾燥を行って後、120℃の熱風乾燥器に入れて5分間熱処理をおこない、続いて実施例1と同様にキトサン溶液に浸漬して電気泳動を行い、十分に洗浄をおこなった。本実施例で得られた繊維集合体は、厚みが55μmであり、実施例1と同様にして電界放出型走査電子顕微鏡(FE―SEM)で観察し、該繊維集合体を構成する繊維の平均直径は約180nmであることが確認された。
【0070】
該繊維集合体は酸性染料コマジーブリリアントブルー溶液に浸漬、その後蒸留水で洗浄を行ったところ、繊維集合体の全体は青色を呈した。
【0071】
実施例3
実施例2のAポリマーが平均重合度1200のASポリマー(日本酢ビ・ポバール(株)製、ケン化度90%、スルホン酸基含有)に置き換わった以外は、実施例2と同じ条件で繊維集合体を作製した。得られた該繊維集合体は、実施例1のキトサンが分子量15万で脱アセチル化度72%のキトサンである他は、実施例1と同じ条件で電気泳動をおこない、繊維集合体の表面がキトサンであるキトサン繊維集合体を作製した。本実施例で得られた繊維集合体は、繊維間の平均細孔径は0.82μmであり、実施例1と同様にして電界放出型走査電子顕微鏡(FE―SEM)で観察し、該繊維集合体を構成する繊維の平均直径は約200nmであることが確認された(図3)。次に本繊維集合体(20×20mmサイス゛)は、酸性染料メチルオレンジで染色を行い、続いて蒸留水で十分に洗浄した後、蒸留水1000mL中に1週間浸漬。本繊維集合体は、1週間後も酸性染料由来のオレンジ色を呈していた(図4)。
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】本発明の実施例1で得られた繊維集合体の電界放出型走査電子顕微鏡写真(FE−SEM)である。
【図2】(左)本発明の実施例1で得られた繊維集合体を染色し、洗浄後の写真である。(右)比較としてキトサンとのポリイオン対を形成させる処理をする前の繊維集合体を染色し、洗浄後の写真である。
【図3】本発明の実施例3で得られた繊維集合体の電界放出型走査電子顕微鏡写真(FE−SEM)である。
【図4】本発明の実施例3で得られた繊維集合体を染色し、洗浄後の写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
アニオン性解離基を有するポリマーを繊維の構成成分とする繊維集合体であり、キトサンが前記のアニオン性解離基とポリイオン対を形成することにより繊維集合体の表面に存在していることを特徴とする繊維集合体。
【請求項2】
繊維集合体を構成する繊維の平均繊維径が、20nm〜2μmである請求項1記載の繊維集合体。
【請求項3】
請求項1又は2記載の繊維集合体からなることを特徴とする創傷被覆材。
【請求項4】
アニオン性解離基を有するポリマーを含む溶液を紡糸原液として繊維集合体を形成し、該繊維集合体をキトサン水溶液に浸漬後、電気泳動法にて該繊維集合体を構成する繊維のアニオン性解離基とキトサンがポリイオン対を形成させて、少なくとも該繊維集合体の表面にキトサンを存在させることを特徴とする請求項1又は2記載の繊維集合体の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2010−24565(P2010−24565A)
【公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−184909(P2008−184909)
【出願日】平成20年7月16日(2008.7.16)
【出願人】(000004503)ユニチカ株式会社 (1,214)
【Fターム(参考)】