説明

美白用皮膚組成物

【課題】
本発明の課題は、強いメラニン産生阻害作用を有し、かつ皮膚刺激性や皮膚感作性といった安全性上の問題もないメラニン産生を阻害する効果を有する皮膚組成物を得ることである。
【解決手段】
RNA干渉作用を利用して、メラニン産生に重要な役割を果たす転写因子のMITFをコードするmRNAを特異的に切断するsiRNAを皮膚組成物に配合し、さらに、核酸のような巨大分子を皮膚に浸透させるためにカチオン性リン脂質を配合することにより、強いメラニン産生阻害作用を有し、かつ皮膚刺激性や皮膚感作性といった安全性上の問題もないメラニン産生を阻害する効果を有する皮膚組成物を得ることを可能とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、転写因子であるMITFをコードするmRNAを特異的に切断するRNA干渉物質を配合することを特徴とする皮膚組成物に関する。さらに詳しくは、MITFをコードするmRNAを特異的に切断するsiRNAを含有することによりメラニンの産生が阻害され、日焼け後の色素沈着・しみ・ソバカス・肝斑等の予防及び改善に有効で、皮膚美白効果が著しく改良された安全性の高いメラニン産生阻害効果を有する皮膚組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
紫外線による皮膚の黒化や、シミ・ソバカスといった皮膚の色素沈着を改善するため、メラニン産生を阻害する成分、または生成したメラニン色素を還元する作用を有する成分がスクリーニングされ美白用皮膚組成物に配合されてきた。例えば、アスコルビン酸、システイン、ハイドロキノン、及びこれらの誘導体、胎盤抽出物、植物及び藻類の抽出物などが利用されている。
【0003】
しかしながら、アスコルビン酸、システイン、ハイドロキノン及びこれらの誘導体は、酸化還元反応を受けやすく不安定であり、胎盤抽出物や植物及び藻類の抽出物は有効量を配合すると美白用皮膚組成物に好ましくない臭いや色を付与する等の問題点があり、効果の高いメラニン産生抑制物質の開発が望まれていた。
【0004】
また、皮膚組成物は皮膚を透過して薬効を発揮するため、この表皮バリアを透過させることが必須である。しかし、皮膚組成物の有効成分が、例えば核酸のような巨大分子である場合、そのまま皮膚に浸透させることは更に難しかった。このような理由から、核酸のような巨大分子を有効成分とする皮膚組成物の開発は困難であった。
【0005】
以上のような背景から、皮膚のバリア機能は保持したまま皮膚を透過し、薬効を発揮する薬剤の開発が望まれていた。
【特許文献1】特開平6−24955号公報
【特許文献2】特開平5−301811号公報
【特許文献3】特開平7−258060号公報
【特許文献4】特開平8−208451号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の課題は、上記のような問題点を解決し、強いメラニン産生阻害作用を有し、かつ皮膚刺激性や皮膚感作性といった安全性上の問題もないメラニン産生を阻害する効果を有する皮膚組成物を得ることである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
近年、バイオテクノロジーの進歩に伴って、遺伝子発現を制御することで病気を治療する新しい医薬品の開発が盛んに行われてきている。その1つとしてオリゴヌクレオチド等を用いた核酸医薬が挙げられるが、本発明においてはRNA干渉作用を利用して、メラニン産生に重要な役割を果たす転写因子のMITFをコードするmRNAを特異的に切断するsiRNAを皮膚組成物に配合することにより、高いメラニン産生抑制効果を有する皮膚組成物の開発に至った。
【0008】
RNA干渉は特定のmRNAの発現を抑制する現象で、細胞内の特定の遺伝子を簡単に、しかも効果的に不活性化する方法である。この機構は、細胞を有害な遺伝子から守るとともに、発生の過程で正常な遺伝子の活動を調整するために進化してきた。RNA干渉のメカニズムとしては、細胞内で二重鎖RNAは「ダイサー」という酵素と接触し、ダイサーはRNAを切断してsiRNAを作り出す。ダイサーが二重鎖RNAを切断する際、それぞれの鎖は少しずれた位置で切れる。その結果、siRNAは両端に相方のない塩基が2つ分だけ張り出した形になる。このsiRNAの二重鎖がほどけ、二重鎖の1本がタンパク質で出来た構造体に取り込まれて、RNA誘導サイレンシング複合体を形成し、このサイレンシング複合体の中でsiRNAはmRNAと接触できるようになる。通常の細胞内には数千種類ものRNAが存在しているため、サイレンシング複合体はこれらのmRNAと常に出くわすことになる。しかし、サイレンシング複合体に乗ったsiRNAは自身の塩基配列にほぼ完全に相補的な配列を持つmRNAとしかうまく結合できない。つまり、サイレンシング複合体は標的となる特定のmRNAとだけ作用することになり、siRNAに標的mRNAが結合すると、「スライサー」と呼ぶ酵素が働き、補足したmRNAを2つに切断する。そして、サイレンシング複合体はこれらの断片を放出し、次の標的mRNAを探して次々と切断していくことになる。このように、RNA干渉は少量の二重鎖RNA(siRNA)をブラックリストとして、これに対応するmRNAを見つけ出して切断する。このため、MITFをコードするmRNAを特異的に切断するsiRNAを細胞内に導入することにより、MITFによって転写されるチロシナーゼタンパク、およびチロシナーゼ関連タンパクTRP-1、TRP-2等のタンパクの生産をストップさせることが可能となるのである。
【0009】
MITFはチロシナーゼ、チロシナーゼ関連タンパクTRP-1、およびTRP-2等のメラニン産生の鍵となる酵素群のmRNAの転写を促進させる転写因子である。細胞内でチロシンからメラニンが産生される過程において重要な役割を担っている。MITFのsiRNAによりMITFのmRNAが破壊されると、チロシナーゼ等メラニン産生に重要な役割を果たす酵素類のmRNAの転写が起こらなくなり、メラニンの産生が大きく抑制されることになる。
【0010】
さらに、本発明者らは、核酸のような巨大分子を皮膚に浸透させるために鋭意検討を重ねた結果、カチオン性リン脂質が浸透促進剤として優れることを見いだし、本発明を完成するに至った。
【発明の効果】
【0011】
本発明のMITFをコードするmRNAを特異的に切断するRNA干渉物質とカチオン性リン脂質からなる皮膚組成物は、それぞれの相乗効果により高い美白効果を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
以下に、本発明の実施の形態を説明する。本発明で用いられるRNA干渉物質は、MITFをコードするmRNAを特異的に切断できるsiRNAであればその塩基配列、及び構造は規定されるものではない。MITFのmRNAを特異的に切断できるsiRNAの塩基配列は、MITFのmRNAの切断部位の違いにより塩基配列の異なったsiRNAが選択できる。
【0013】
これら、RNA干渉物質の塩基配列の設計は、様々なものが利用できるが、一例としてsiDirect(http://design.RNAi.jp/)により、siRNAの配列設計が可能である。
【0014】
本発明のチロシナーゼをコードするmRNAを特異的に切断するsiRNAとしては、例えば、市販品の2本鎖RNAを一つまたは複数含むRNA干渉物質が挙げられる。
【0015】
また、本発明に用いられるカチオン性脂質は、特にカチオン性リン脂質が望ましい。例えば、大豆レシチン、コーンレシチン、綿実油レシチン、卵黄レシチン、卵白レシチンなどの天然レシチン;リゾレシチン、リゾホスファチジルエタノールアミン等のリゾホスホリピド;水素添加レシチン、ホスファチジルセリン、ホスファチジルエタノールアミン、ホスファチジルイノシトール、ホスファチジルグリセロール、スフィンゴミエリンなどを例示することができる。
また、本発明では前記したようなリン脂質のうちの一種又は二種以上を組み合わせて使用することができる。リン脂質を含有することで、本発明に係るオリゴヌクレオチドの皮膚浸透性を高めることができる。
【0016】
チロシナーゼをコードするmRNAを特異的に切断するRNA干渉物質の皮膚組成物への配合量は、0.0001〜10.0重量%の濃度範囲とすることが望ましく、特に0.001〜5.0重量%の範囲が最適である。チロシナーゼをコードするmRNAを特異的に切断するRNA干渉物質の含有量が0.0001重量%未満であると充分な効果が発揮されず、10.0重量%を越えて加えても効果はほぼ一定である。
【0017】
また、MITFをコードするmRNAを特異的に切断するRNA干渉物質と共に配合するカチオン性脂質、特にカチオン化リン脂質の皮膚組成物への配合量は、0.01〜10重量%の濃度範囲とすることが望ましく、特に0.1〜2重量%の範囲が最適である。カチオン化リン脂質の含有量が0.01重量%未満であると充分な効果が発揮されず、10重量%を越えて加えても効果はほぼ一定である。
【0018】
本発明の皮膚組成物は、上記必須成分のほかの化粧品、医薬部外品、医薬品に用いられる水性成分、油性成分、植物抽出物、動物抽出物、粉末、界面活性剤、油剤、アルコール、PH調整剤、防腐剤、酸化防止剤、増粘剤、色素、香料等を必要に応じて混合して適宜配合することにより調製される。 本発明の皮膚組成物の剤形は特に限定されず、化粧水、乳液、クリーム、パック、パウダー、スプレー、軟膏、分散液、洗浄料等種々の剤形とすることができる。
【0019】
以下、本発明におけるメラノサイトにかかわる効果試験、およびヒトでの効果試験の実施例を示す。さらに、その素材を用いた皮膚組成物への応用処方例等について述べるが、ここに記載された実施例に限定されないのは言うまでもない。
【実施例】
【0020】
〔細胞の培養〕
メラノーマ細胞(HM3KO)のトリプシン処理を行ない、5%牛胎児血清を含有するOpti-MEM(Invitrogen社)培地で細胞を分散させ、12well
plateに5×104/wellを播種し、1日間、37℃で培養を行なう。培地量は各wellあたり1mlになるように添加し培養する。
【0021】
〔siRNAの調製〕
MITF-siRNA溶液(10μM Santa Cruz Biotechnology、Inc.より購入)と、カチオン性脂質としてLipofectamine
Reagent (Invitrogen社)、Plus Reagent (Invitrogen社)、およびOpti-MEM (Invitrogen社)培地をそれぞれ表1の量添加し、調製する。
【0022】
【表1】

【0023】
段落0020の条件で1日培養したメラノーマ細胞に段落0021の方法で調製したMITF-siRNA調製液50μlを加え、3時間インキュベートを行なう。3時間後、培地を新鮮な5%牛胎児血清を含有するOpti-MEM(Invitrogen社)培地に交換し、3日間培養を行なう。
【0024】
〔評価方法〕
細胞内に産生されたメラニン量の測定は培養後、細胞を2N-NaOHに溶解し405nmの吸光度を測定した。また、細胞増殖度は2N-NaOHに溶解した細胞溶解液の一部を BCA法によるタンパク測定法により540nmの吸光度で測定し、タンパク量に換算した。メラニン産生度は、単位タンパク量あたりのメラニン量の割合で計算した。また、美白効果の陽性対照物質としてβ-アルブチン(表2にはアルブチンと記載)を用いた。
〔計算式:メラニン産生度(%)=(試料添加区の405nmの吸光度値/試料添加区の540nmの吸光度値)/(無添加区の405nmの吸光度値/無添加区の540nmの吸光度値)×100〕
【0025】
【表2】

【0026】
表2に、MITF-siRNAをメラノーマ細胞に添加した場合のメラニン産生量の結果を示した。MITF-siRNAの添加によりメラニン産生量に差が見られ、100nMの添加で、メラニン産生量が85%まで抑制され、200nMの添加で75%まで抑制された。現在良く使用されているβ-アルブチンは、100μM添加でメラニン産生量が84%、200μMの添加で77%であった。MITF-siRNAは、β-アルブチンと比較して濃度比で1000倍以上の効果を発揮し、本発明品による高い効果が確認された。
【0027】
〔実施例2〕
(塗布によるヒトでの効果確認試験
1)
被験者として、20〜60歳の女性10名に1日2回(朝、夜)連続2ヵ月間、試験品と比較品1,2のそれぞれを使用させ、塗布部位の状態を試験前後で比較し、改善効果を調べた。本試験には、試験品として段落0031(乳液組成物1)で示した皮膚組成物を用い、比較品1には段落0031に示した皮膚組成物からリゾレシチンを除いた皮膚組成物を、比較品2には段落0031に示した皮膚組成物から配列番号3のsiRNAを除いた皮膚組成物を作成し、その使用による効果について調べた。本発明の有効成分を配合した皮膚組成物を毎日使用しながら肌の美白効果を塗布開始前及び1ヶ月塗布後におけるアンケートで集計し、効果の確認を行った。結果は表3に示す。表中の数字は、人数を示している。表3からも明らかなように、カチオン性リン脂質としてリゾレシチン、およびMITF-siRNAとを配合した試験品では評価点数が82点であった。一方、カチオン性リン脂質としてリゾレシチンのみからなる比較品2では評価点数が36点であり、またMITF-siRNAのみからなる比較品1では評価点数が52点であった。この結果から明らかなように、MITF-siRNAとカチオン性リン脂質を併用することによって高い美白効果が得られることが認められた。
【0028】
【表3】

【0029】
次に、本発明の各種成分を配合した皮膚組成物の処方例の例を示すが、本発明はこれに限定されるものでない。
【0030】
〔皮膚組成物の処方例〕
(クリーム軟膏1)
(重量%)
a)ミツロウ
2.0
b)大豆リン脂質
0.001
c)ステアリン酸
8.0
d)スクワラン
10.0
e)自己乳化型グリセリルモノステアレート
3.0
f)ポリオキシエチレンセチルエーテル(20E.O.) 1.0
g)水酸化カリウム
0.3
h)防腐剤・酸化防止剤
適量
i)精製水
残部
j)MITF-siRNA
0.0001
製法:a)〜f)までを加熱溶解し、80℃に保つ。g)〜i)までを加熱溶解し、80℃に保ち、a)〜f)に加えて乳化する。40℃でj)を添加し、37℃まで撹拌しながら冷却する。
【0031】
(乳液組成物1)
(重量%)
a)ミツロウ
0.5
b)ワセリン
2.0
c)スクワラン
8.0
d)ソルビタンセスキオレエート
0.8
e)ポリオキシエチレンオレイルエーテル(20E.O.) 1.2
f)d-δ-トコフェロール
0.2
g)リゾレシチン
2.0
h)精製水
残部
i)防腐剤・酸化防止剤
適量
j)エタノール
7.0
k)MITF-siRNA
5.0
製法:a)〜g)までを加熱溶解し、80℃に保つ。h)〜i)までを加熱溶解し、80℃に保ち、a)〜g)に加えて乳化し、50℃まで撹拌しながら冷却する。50℃でj)を40℃でk)を添加し、37℃まで攪拌冷却する。
【0032】
(乳液組成物2)
(重量%)
a)ミツロウ
0.5
b)ワセリン
2.0
c)スクワラン
8.0
d)ソルビタンセスキオレエート 0.8
e)ポリオキシエチレンオレイルエーテル(20E.O.) 1.2
f)クエルセチン
0.1
g)ホスファチジルセリン
10.0
h)精製水
残部
i)防腐剤・酸化防止剤
適量
j)エタノール
7.0
k)MITF-siRNA
10.0
製法: a)〜g)までを加熱溶解し、80℃に保つ。h)〜i)までを加熱溶解し、80℃に保ち、a)〜g)に加えて乳化し、50℃まで撹拌しながら冷却する。50℃でj)を、40℃でk)を添加し、37℃まで攪拌冷却する。
【0033】
(化粧水様組成物1)
(重量%)
a)リゾレシチン
0.01
b)ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート(20E.O.) 2.0
c)エタノール
6.0
d)香料
適量
e)防腐剤・酸化防止剤
適量
f)精製水 残部
g)ヒアルロン酸 0.1
h)MITF-siRNA 5.0
製法: a)〜e)を均一に混合する。f)〜h)を均一に混合し、a)〜e)混合物に加える。
【0034】
(化粧水様組成物2)
(重量%)
a)水素添加レシチン
0.1
b)ポリオキシエチレンソルビタンモノラウレート(20E.O.) 2.0
c)エタノール
6.0
d)香料
適量
e)防腐剤・酸化防止剤
適量
f)精製水
残部
g)キサンタンガム 0.1
h)MITF-siRNA
10.0
製法:a)〜e)を均一に混合する。f)、g)、h)を均一に混合し、a)〜e)混合物に加える。
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明のMITFをコードするmRNAを特異的に切断するRNA干渉物質とカチオン性リン脂質からなる皮膚組成物は、それぞれの相乗効果により、高い美白効果を示すことから、広く美白皮膚外用剤に応用が期待できる。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
転写因子であるMITFをコードするmRNAを特異的に切断するRNA干渉物質を配合することを特徴とする皮膚組成物。
【請求項2】
請求項1に記載のRNA干渉物質とカチオン性脂質を配合することを特徴とする皮膚組成物。
【請求項3】
カチオン性脂質が、カチオン化リン脂質であることを特徴とする請求項2記載の皮膚組成物。

【公開番号】特開2008−115101(P2008−115101A)
【公開日】平成20年5月22日(2008.5.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−299296(P2006−299296)
【出願日】平成18年11月2日(2006.11.2)
【出願人】(591230619)株式会社ナリス化粧品 (200)
【Fターム(参考)】