説明

耐候性に優れた溶接構造用鋼材

【課題】耐候性に優れた溶接構造用鋼材を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.020%以上0.140%未満、Si:0.05%以上2.00%以下、Mn:0.20%以上2.00%以下、P:0.005%以上0.025%以下、S:0.0001%以上0.0200%以下、Al:0.001%以上0.100%以下、Cu:0.10%以上1.00%以下、Ni:1.10%以上5.00%以下、W:0.06%以上1.00%以下を含有し、さらに、Nb:0.009%以上0.200%以下、Sn:0.005%以上0.200%以下の1種または2種を含み、残部が鉄および不可避的不純物からなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、主に橋梁などの屋外で用いられる溶接構造用鋼材に関し、特に海岸近傍などの高飛来塩分環境下で耐候性が要求される部材として好適な溶接構造用鋼材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、橋梁などの屋外で用いられる鋼構造物においては、耐候性鋼が用いられている。耐候性鋼は、大気暴露環境において、Cu、P、Cr、Niなどの合金元素が濃化した保護性の高いさび層に表面が覆われることにより腐食速度が著しく低減する鋼材である。その優れた耐候性により、耐候性鋼を使用した橋梁は、しばしば無塗装のまま数十年間の供用に耐えることが知られている。
【0003】
しかしながら、海岸近傍などの飛来塩分量が多い環境では、上記保護性の高いさび層は生成しにくく、実用的な耐候性が得難いことが知られている。
非特許文献1によれば、従来の耐候性鋼(JIS G 3114:溶接構造用耐候性熱間圧延鋼材)は、飛来塩分量が0.05mg・NaCl/dm/day(以降、単位(mg・NaCl/dm/day)をmddにて表記する場合がある)以下の地域でのみ、無塗装使用可能となっている。従って、海岸近傍などの飛来塩分量が多い環境では、普通鋼材(JIS G 3106:溶接構造用圧延鋼材)に塗装等の防食措置を施して使用されている。
塗装した鋼材は、時間の経過とともに塗膜が劣化し、定期的な補修が必要となる。加えて、人件費の高騰や、再塗装の困難さが加わる。このような理由から、現在、無塗装で使用可能な鋼材が求められ、無塗装使用可能な鋼材の要望が高い。
【0004】
このような現状に対して、近年、海岸近傍などの高飛来塩分環境において無塗装で使用可能な鋼材として、種々の合金元素、特にNiを多量に含有させた鋼材が開発されている。
例えば、特許文献1では、耐候性向上元素として、Cuと1質量%以上のNiを添加した高耐候性鋼材が開示されている。
また、特許文献2では、1質量%以上のNiとMoを添加した耐候性に優れた鋼材が開示されている。
また、特許文献3では、Niに加え、Cu、Tiを添加した耐候性鋼材が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3785271号公報
【特許文献2】特許第3846218号公報
【特許文献3】特許第3568760号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】耐候性鋼材の橋梁への適用に関する共同研究報告書(XX)、1993.3、建設省土木研究所、(社)鋼材倶楽部、(社)日本橋梁建設協会
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1〜3では、飛来塩分量が1.0mdd程度の高飛来塩分環境では、十分な耐候性を確保できない。
【0008】
本発明は、かかる事情に鑑み、耐候性に優れた溶接構造用鋼材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
前記課題を解決するために、高飛来塩分環境における耐候性の観点から鋼材の成分組成について鋭意検討した。その結果、Cuを含有し、Niを多めに含有するベース鋼にWとNbおよび/またはSnを複合含有することにより、高飛来塩分環境における鋼材の耐候性が向上することを見出した。
【0010】
Cu、Niは、さび層を緻密化させ、腐食促進因子である塩化物イオンがさび層を透過して地鉄に到達するのを防止する。Wは、アノード部において、さび層と地鉄の界面付近にFeとの複合酸化物を形成し、アノード反応を抑制する。また、W酸イオンとしてさび層に分布することによって、カチオン選択透過性を発現し、腐食促進因子である塩化物イオンがさび層を透過して地鉄に到達するのを防止する。Nbは、アノード部においてさび層と地鉄の界面付近に濃化し、アノード反応、カソード反応を抑制する。Snは、Nbと同様アノード部においてさび層と地鉄の界面付近に濃化し、アノード反応、カソード反応を抑制する。ただし、これらの効果は単独含有では不十分であり、Cu、Ni、Wと、Nbおよび/またはSnの複合含有による相乗効果により、Cu、Ni、W、Nb、Snの腐食抑制効果が大きく向上すると推定される。
【0011】
本発明は、以上の知見に基づいてなされたものであり、その要旨は以下のとおりである。
[1]質量%で、C:0.020%以上0.140%未満、Si:0.05%以上2.00%以下、Mn:0.20%以上2.00%以下、P:0.005%以上0.025%以下、S:0.0001%以上0.0200%以下、Al:0.001%以上0.100%以下、Cu:0.10%以上1.00%以下、Ni:1.10%以上5.00%以下、W:0.06%以上1.00%以下を含有し、さらに、Nb:0.009%以上0.200%以下、Sn:0.005%以上0.200%以下の1種または2種を含み、残部が鉄および不可避的不純物からなることを特徴とする耐候性に優れた溶接構造用鋼材である。
[2]前記[1]において、さらに、質量%で、Cr:0.10%以上2.00%以下を含有することを特徴とする耐候性に優れた溶接構造用鋼材である。
[3]前記[1]または[2]において、さらに、質量%で、Co:0.01%以上1.00%以下、Mo:0.005%以上1.000%以下、Sb:0.005%以上0.200%以下、REM:0.0001%以上0.1000%以下から選ばれる一種以上を含有することを特徴とする耐候性に優れた溶接構造用鋼材である。
[4]前記[1]〜[3]のいずれかにおいて、さらに、質量%で、Ti:0.005%以上0.200%以下、V:0.005%以上0.200%以下、Zr:0.005%以上0.200%以下、B:0.0001%以上0.0050%以下、Mg:0.0001%以上0.0100%以下から選ばれる一種以上を含有することを特徴とする耐候性に優れた溶接構造用鋼材である。
[5]前記[1]〜[4]のいずれかにおいて、さらに、W、Nbの鋼中固溶量(質量%)が下記(1)式を満足することを特徴とする耐候性に優れた溶接構造用鋼材である。
0.2≦WSol+10×NbSol≦2.0 (1)
なお、WSol、NbSolは、それぞれW、Nbの鋼中固溶量(質量%)であり、Nbを鋼中に含有しない場合は、NbSol=0とする。
【0012】
なお、本明細書において、鋼の成分を示す%は、すべて質量%である。また、本発明において、「耐候性に優れた」とは、1.0mdd以下の高飛来塩分環境において適用可能な高耐候性を実用上満足する溶接構造用鋼材である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、耐候性に優れた溶接構造用鋼材が得られる。
本発明の溶接構造用鋼材は、耐候性向上に有効な元素を複合含有させることで、実用的な溶接性を有し、かつ海岸近傍などの飛来塩分量が多い環境において優れた耐候性を有することができる。特に、飛来塩分量が0.5mdd超えの高飛来塩分環境で顕著な効果を有する。ただし、飛来塩分量の上限は1.0mdd以下、付着塩分量の上限は0.4mdd以下であることが望ましい。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、本発明を詳細に説明する。
C:0.020%以上0.140%未満
Cは溶接構造用鋼材の強度を向上させる元素であり、所定の強度を確保するため0.020%以上含有する必要がある。一方、0.140%以上では溶接性および靭性が劣化する。したがって、C含有量は0.020%以上0.140%未満とする。
【0015】
Si:0.05%以上2.00%以下
Siは製鋼時の脱酸剤として、また、溶接構造用鋼材の強度を向上させ所定の強度を確保する元素として、0.05%以上含有する必要がある。一方、2.00%を超えて過剰に含有すると靭性および溶接性が著しく劣化する。したがって、Si含有量は0.05%以上2.00%以下とする。
【0016】
Mn:0.20%以上2.00%以下
Mnは溶接構造用鋼材の強度を向上させる元素であり、所定の強度を確保するために0.20%以上含有する必要がある。一方、2.00%を超えて過剰に含有すると靭性および溶接性が劣化する。したがって、Mn含有量は0.20%以上2.00%以下とする。
【0017】
P:0.005%以上0.025%以下
Pは溶接構造用鋼材の耐候性を向上させる元素である。このような効果を得るためには0.005%以上含有する必要がある。一方、0.025%を超えて含有すると溶接性が劣化する。したがって、P含有量は0.005%以上0.025%以下とする。
【0018】
S:0.0001%以上0.0200%以下
Sは0.0200%を超えて含有すると溶接性および靭性が劣化する。一方、含有量を0.0001%未満まで低下させると、生産コストが増大する。したがって、S含有量は0.0001%以上0.0200%以下とする。
【0019】
Al:0.001%以上0.100%以下
Alは、製鋼時の脱酸に必要な元素である。このような効果を得るため、Al含有量として0.001%以上含有する必要がある。一方、0.100%を超えると溶接性に悪影響を及ぼす。したがって、Al含有量は0.001%以上0.100%以下とする。
【0020】
Cu:0.10%以上1.00%以下
Cuはさび粒を微細化することで緻密なさび層を形成し、溶接構造用鋼材の耐候性を向上させる効果を有する。このような効果は含有量が0.10%以上で得られる。一方、1.00%を超えるとCu消費量増加に伴うコスト上昇を招く。したがって、Cu含有量は0.10%から1.00%以下とする。
【0021】
Ni:1.10%以上5.00%未満
Niはさび粒を微細化することで緻密なさび層を形成し、溶接構造用鋼材の耐候性を向上させる効果を有する。この効果を充分に得るためには1.10%以上含有する必要がある。一方、5.00%以上であるとNi消費量増加に伴うコスト上昇を招く。したがって、Ni含有量は1.10%以上、5.00%未満とする。
【0022】
W:0.06%以上1.00%以下、Nb:0.009%以上0.200%以下および/またはSn:0.005%以上0.200%以下
Wは、本発明において重要な要件であり、Nbおよび/またはSnと共存することにより、高飛来塩分環境における鋼材の耐候性を著しく向上させる効果がある。また、鋼材のアノード反応に伴ってWO2−が溶出し、さび層中にWO2−として分布することによって、腐食促進因子の塩化物イオンがさび層を透過して地鉄に到達するのを静電的に防止する。さらに、鋼材表面にWを含む化合物が沈殿することで、鋼材のアノード反応を抑制する。これらの効果を充分に得るためには、0.06%以上含有する必要がある。一方、1.00%を超えるとW消費量増加に伴うコスト上昇を招く。したがって、W含有量は0.06%以上1.00%以下とする。
【0023】
Nbは、本発明において重要な要件であり、Wと共存することにより、高飛来塩分環境における鋼材の耐候性を著しく向上させる効果がある。また、アノード部においてさび層と地鉄の界面付近に濃化し、アノード反応、カソード反応を抑制する。これらの効果を充分に得るためには、0.009%以上含有する必要がある。一方、0.200%を超えると靭性の低下を招く。したがって、Nb含有量は0.009%以上0.200%以下とする。
【0024】
Snは、本発明において重要な要件であり、Wと共存することにより、高飛来塩分環境における鋼材の耐候性を著しく向上させる効果がある。また、鋼材表面にSnを含む酸化皮膜を形成し、鋼材のアノード反応、カソード反応を抑制することで鋼材の耐候性を向上させる。これらの効果を充分に得るためには、0.005%以上含有する必要がある。一方、0.200%を超えると鋼の延性や靭性の劣化を招く。したがって、Sn含有量は0.005%以上0.200%以下とする。
【0025】
またNbとSnは、少なくともどちらか1種を含有させれば本発明の効果を奏することができる。しかし、NbとSnの両方を含有させれば、より顕著に耐候性を向上させる効果がある。また、鋼材の機械的性質、溶接性などを確保する上で、耐候性を劣化させずにNb、Snの添加量をそれぞれ低減することが可能であるという利点もある。このような理由から、NbとSnの両方を含有することは、好ましい発明形態となる。
【0026】
残部はFeおよび不可避的不純物である。ここで不可避的不純物として、N:0.010 %以下、O:0.010%以下が許容できる。また、不可避的不純物として含有するCaは、鋼中に多量に存在すると溶接熱影響部の靭性を劣化させるため0.0010%以下が好ましい。
【0027】
以上の必須添加元素で、本発明鋼は目的とする特性が得られるが、上記の必須添加元素に加えて、必要に応じて下記の元素を添加することができる。
Cr:0.10%以上、2.00%以下
Crは、さび粒を微細化することで緻密なさび層を形成し、耐侯性を向上させる元素であり、0.10%以上含有することでその効果が現れてくる。一方、Crを過剰に添加すると溶接性が低下する。したがって、Crを含有する場合、含有量は0.10%以上2.00%以下とする。
【0028】
さらに本発明では、以下の理由で、Co、Mo、SbおよびREMから選ばれる1種以上を含むことができる。
Co:0.01%以上1.00%以下
Coはさび層全体に分布し、さび粒を微細化することで緻密なさび層を形成し、鋼材の耐候性を向上させる効果を有する。このような効果を充分に得るためには、0.01%以上含有する必要がある。一方、1.00%を超えるとCo消費量増加に伴うコスト上昇を招く。したがって、含有する場合、Co含有量は0.01%以上1.00%以下とする。
【0029】
Mo:0.005%以上1.000%以下
Moは、鋼材のアノード反応に伴ってMoO2−が溶出し、さび層中にMoO2−が分布することで、腐食促進因子の塩化物イオンがさび層を透過して地鉄に到達するのを防止する。また、鋼材表面にMoを含む化合物が沈殿することで、鋼材のアノード反応を抑制する。これらの効果を充分に得るためには、0.005%以上含有する必要がある。一方、1.000%を超えるとMo消費量増加に伴うコスト上昇を招く。したがって、含有する場合、Mo含有量は0.005%以上1.000%以下とする。
【0030】
Sb:0.005%以上0.200%以下
Sbは鋼材のアノード反応を抑制するとともに、カソード反応である水素発生反応を抑制することで鋼材の耐候性を向上させる元素である。このような効果を充分に得るためには、0.005%以上含有する必要がある。一方、Sbを過剰に含有すると靭性の劣化を招く。したがって、Sbを含有する場合、含有量は0.005%以上0.200%以下とする。
【0031】
REM:0.0001%以上0.1000%以下
REMはさび層全体に分布し、さび粒を微細化することで緻密なさび層を形成し、鋼材の耐候性を向上させる効果を有する。この効果を充分に得るためには、0.0001%以上含有する必要がある。一方、0.1000%を超えるとその効果は飽和する。したがって、含有する場合、REM含有量は0.0001%以上0.1000%以下とする。
【0032】
さらに本発明では、以下の理由で、Ti、V、Zr、BおよびMgから選ばれる1種以上を含むことができる。
Ti:0.005%以上0.200%以下
Tiは、強度を高めるために必要な元素である。この効果を充分に得るためには、0.005%以上含有する必要がある。一方、0.200%を超えると靭性の劣化を招く。したがって、含有する場合、Ti含有量は0.005%以上0.200%以下とする。
【0033】
V:0.005%以上0.200%以下
Vは、強度を高めるために必要な元素である。この効果を充分に得るためには、0.005%以上含有する必要がある。一方、0.200%を超えると効果が飽和する。したがって、含有する場合、V含有量は0.005%以上0.200%以下とする。
【0034】
Zr:0.005%以上0.200%以下
Zrは、強度を高めるために必要な元素である。この効果を充分に得るためには、0.005%以上含有する必要がある。一方、0.200%を超えると効果が飽和する。したがって、含有する場合、Zr含有量は0.005%以上0.200%以下とする。
【0035】
B:0.0001%以上0.0050%以下
Bは、強度を高めるために必要な元素である。この効果を充分に得るためには、0.0001%以上含有する必要がある。一方、0.0050%を超えると靭性の劣化を招く。したがって、含有する場合、B含有量は0.0001%以上0.0050%以下とする。
【0036】
Mg:0.0001%以上0.0100%以下
Mgは、鋼中のSを固定して溶接熱影響部の靭性向上に有効な元素である。この効果を充分に得るためには、0.0001%以上含有する必要がある。一方、0.0100%を超えると鋼中の介在物の量が増加しかえって靭性の劣化を招く。したがって、含有する場合、Mg含有量は0.0001%以上0.0100%以下とする。
【0037】
また、WとSn、もしくはWとNbの添加により耐候性をより一層向上させるためには、鋼組成を上記範囲とした上で、さらに、WおよびNb、または、Wの鋼中固溶量が(1)式の範囲を満足することが好ましい。
0.2≦WSol+10×NbSol≦2.0 (1)
ただし、WSol、NbSolは、それぞれW、Nbの鋼中固溶量(質量%)であり、Nbを鋼中に含有しない場合は、NbSol=0とする。
詳細な理由は不明であるが、W、Nbを鋼中に固溶させることで、暴露後の腐食による板厚減少量を低減させ、長期間の耐候性を向上させる効果を有する。一方、W、Nbが鋼中にて炭化物等を形成、析出すると、その周辺でのW、Nb固溶量が減少し、上記効果(耐候性の向上効果)が減少する。WSol+10×NbSolが0.2%未満では、W、Nbが鋼中にて炭化物等を形成、析出し、その周辺でのW固溶量、Nb固溶量が減少することで、Wと、Nbおよび/またはSnを共存させることによる上記効果(耐候性の向上効果)が減少する場合がある。一方、2.0%を超えると、製造コストが上昇する場合がある。そのため、W、Nbの鋼中固溶量は、WSol+10×NbSolが0.2〜2.0%の範囲とすることが好ましい。さらに好ましくは、WSol+10×NbSolが0.4〜0.8%の範囲である。
なお、WおよびNbの鋼中固溶量は、以下の方法により算出することができる。鋼を10%アセチルアセトン電解溶液を用いて電解し、炭化物、窒化物、酸化物、硫化物などの析出物を残渣として取り出した後、アルカリ溶液に全量溶解し、ICP発光分光分析法により定量する。さらに、定量値を鋼中の全含有量から差し引くことで固溶量を求める。
【0038】
Pcm:0.25質量%以下(好適条件)
また、溶接での低温割れを防止し、溶接施工時の予熱温度を50℃以下と実操業上問題のないレベルにするためには、下記式で定義されるPcmが0.25質量%以下であることが好ましい。
Pcm=[C]+[Si]/30+[Mn]/20+[Cu]/20+[Ni]/60+[Cr]/20+[Mo]/15+[V]/10+5×[B]
なお、[C]、[Si]、[Mn]、[Cu]、[Ni]、[Cr]、[Mo]、[V]、[B]は、[]内の各元素の含有量(質量%)を示す。
【0039】
本発明の耐候性に優れた溶接構造用鋼材は、上記成分組成を有する鋼を通常の連続鋳造や分塊法により得られたスラブを熱間圧延することにより厚板や形鋼、薄鋼板、棒鋼等の鋼材に製造され、得られる。加熱、圧延条件は、要求される材質に応じて適宜決定すればよく、制御圧延、加速冷却、あるいは再加熱熱処理等の組合せも可能である。
【0040】
また、各元素の含有量は、スパーク放電発光分光分析法、蛍光X線分析法、ICP発光分光分析法およびICP質量分析法,燃焼法等により求めることができる。
【実施例】
【0041】
表1に示す化学組成の鋼を溶製し、1150℃に加熱した後熱間圧延を行い、室温まで空冷して厚さ6mmの鋼板を試作した。次いで、得られた鋼板から35mm×35mm×5mmの試験片を採取した。試験片は、表面を表面粗さRaが1.6以下となるよう研削加工し、端面、裏面をテープシールし、表面露出部の面積が25mm×25mmとなるよう表面もテープシールした。
【0042】
以上により得られた試験片について、耐候性試験を行い、耐候性を評価した。
耐候性評価試験としては、実際の橋梁などの構造物において最も厳しい環境と考えられる、雨掛かりの無い桁内部の環境を模擬した腐食試験を行った。腐食試験の条件は以下の通りである。温度40℃、相対湿度40%RHの乾燥工程を11時間、その後、移行時間を1時間とった後、温度を25℃、相対湿度を95%RHの湿潤工程を11時間として、その後1時間移行時間をとり、合計24時間で1サイクルとし、実環境の温湿度サイクルを模擬した。また、試験片表面に付着する塩分量が0.4mddとなるよう調整した人工海水溶液を週に一回、乾燥工程中に試験片の表面に塗布した。この条件にて、12週間で84サイクルおよび52週間で364サイクルの試験を行った。
【0043】
なお、これまでの知見から、本腐食試験における付着塩分量0.4mddは飛来塩分量に換算すると約1.0mddとなることがわかっており、この飛来塩分量約1.0mddは、海岸近傍などの飛来塩分量が多い環境に相当する。
また、試験により得られた平均板厚減少量から外挿により100年後の腐食量を求めた場合、本腐食試験の期間のうち、12週間にて得られる平均板厚減少量が14μm以下であれば、100年後の平均板厚減少量は層状剥離さびの発生が無い0.5mm以下となる。また、52週間にて得られる平均板厚減少量が30μm以下であれば、100年後の平均板厚減少量は層状剥離さびの発生が無い0.5mm以下となる。
一般に、無塗装耐候性鋼の橋梁への適用可否の目安は、100年後の板厚減少量が0.5mm以下であることが知られているので、各種鋼材に対して本腐食試験を行い、得られる平均板厚減少量が、12週間で14μm以下、かつ、52週間で30μm以下であれば無塗装耐候性鋼の橋梁への適用が可となる。
【0044】
腐食試験終了後、試験片を塩酸にヘキサメチレンテトラミンを加えた水溶液に浸漬して脱錆してから重量を測定し、得られた重量と初期重量との差を求めて片面の平均板厚減少量を求めた。この平均板厚減少量が14μm以下であれば、耐侯性が優れていると評価した。さらに、溶接性の評価方法として、溶接部の低温割れ感受性を調べるy形溶接割れ試験を実施して、溶接割れ防止予熱温度を求めた。この溶接割れ防止予熱温度が高い場合には、溶接性に劣っていると評価した。
【0045】
以上により得られた腐食試験結果を成分組成と併せて表1に示す。
【0046】
【表1】

【0047】
表1より、本発明例(鋼種No.1〜14、27〜29)では、板厚減少量は12週間で11.5〜13.9μmであり、52週間で23.9〜29.6μmであり、付着塩分量0.4mddの環境下において、優れた耐候性を有している。
一方、本発明で規定する範囲から外れる比較例(鋼種No.15〜25)では、板厚減少量が12週間で21.8〜35.9μm、52週間で55.6〜91.3μmと本発明例に比べ大きく、耐候性が劣っていることがわかる。また、鋼種No.26の比較例では、優れた耐候性を示しているものの、Pcmが0.25質量%を超えたために溶接割れ防止予熱温度が100℃と高く、溶接性が劣っており、さらにNi含有量が大きいため原料コストが高い。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.020%以上0.140%未満、Si:0.05%以上2.00%以下、Mn:0.20%以上2.00%以下、P:0.005%以上0.025%以下、S:0.0001%以上0.0200%以下、Al:0.001%以上0.100%以下、Cu:0.10%以上1.00%以下、Ni:1.10%以上5.00%以下、W:0.06%以上1.00%以下を含有し、さらに、Nb:0.009%以上0.200%以下、Sn:0.005%以上0.200%以下の1種または2種を含み、残部が鉄および不可避的不純物からなることを特徴とする耐候性に優れた溶接構造用鋼材。
【請求項2】
さらに、質量%で、Cr:0.10%以上2.00%以下を含有することを特徴とする請求項1に記載の耐候性に優れた溶接構造用鋼材。
【請求項3】
さらに、質量%で、Co:0.01%以上1.00%以下、Mo:0.005%以上1.000%以下、Sb:0.005%以上0.200%以下、REM:0.0001%以上0.1000%以下から選ばれる一種以上を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の耐候性に優れた溶接構造用鋼材。
【請求項4】
さらに、質量%で、Ti:0.005%以上0.200%以下、V:0.005%以上0.200%以下、Zr:0.005%以上0.200%以下、B:0.0001%以上0.0050%以下、Mg:0.0001%以上0.0100%以下から選ばれる一種以上を含有することを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の耐候性に優れた溶接構造用鋼材。
【請求項5】
さらに、W、Nbの鋼中固溶量(質量%)が下記(1)式を満足することを特徴とする請求項1〜4のいずれか一項に記載の耐候性に優れた溶接構造用鋼材。
0.2≦WSol+10×NbSol≦2.0 (1)
なお、WSol、NbSolは、それぞれW、Nbの鋼中固溶量(質量%)であり、Nbを鋼中に含有しない場合は、NbSol=0とする。

【公開番号】特開2012−72489(P2012−72489A)
【公開日】平成24年4月12日(2012.4.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−179290(P2011−179290)
【出願日】平成23年8月19日(2011.8.19)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】