説明

耐光性に優れるポリフェニレンサルファイド部材の製造方法

【課題】光曝露によって部材表面の色彩変化を起こすことなく、長期にわたってその色彩を保持し得る、耐光性に優れたポリフェニレンサルファイド部材を製造するための薬剤組成物、および該薬剤組成物を用いた耐光性に優れるポリフェニレンサルファイド部材の製造方法を提供する。
【解決手段】特定構造を有する少なくとも1種の紫外線吸収剤および必要に応じて分散剤およびカバリング剤のうちの少なくとも一方を含有する薬剤組成物が提供される。この組成物を処理液の形態で、ポリフェニレンサルファイド基材を接触させることにより、耐光性に優れたポリフェニレンサルファイド部材が得られる。カバリング剤は特定構造を有する化合物の乳化物でなり、該カバリング剤を含有する処理液にさらに分散染料を含有させることにより、ポリフェニレンサルファイドに対する染色能が向上する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリフェニレンサルファイド基材の耐光性を向上させるための薬剤組成物、および該薬剤組成物を用いた耐光性ポリフェニレンサルファイド部材の製造方法に関する。より詳細には、ポリフェニレンサルファイド基材の光曝露による表面の色褪せを防止し、部材外観の色彩を維持するための薬剤組成物、および薬剤組成物を用いた耐光性に優れるポリフェニレンサルファイド部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリフェニレンサルファイド(PPS)は、耐熱性、剛性、難燃性、寸法安定性、耐薬品性などの面で非常に優れた樹脂であることが知られている。この特徴により、ポリフェニレンサルファイドは、種々の分野への応用が期待される。例えば、上記特徴を活かしてポリフェニレンサルファイドを、家電製品で用いられる成形品(例えば、電子レンジにおけるレンジ室内の保護フィルム、ドアノブおよびツマミ)、服飾材料に使用される衣料用繊維などの部材に応用することが考えられる。
【0003】
しかし、ポリフェニレンサルファイドは、長期にわたって光に曝されることにより、その表面が色褪せるという性質を有する。従って、例えば、上記の用途に用いた場合、耐光性が劣るため次第に部材自体が変色するという問題がある。部材の変色は外観性に劣るため、消費者にとってはその商品自体の信頼性をも損なう恐れがある。
【0004】
そのため、従来においては、ポリフェニレンサルファイドは、耐熱性、難燃性および耐薬品性のみが必要とされ、変色による外観の劣化は問題とされないドライヤーキャンバスおよびバグフィルターのような工業資材分野における繊維材料として主に使用されるのみであった。
【0005】
さらに、ポリフェニレンサルファイド自体は、染着座席がないという分子構造上の理由により、カチオン染料および酸性染料のような染料では染色されないという問題もあった。さらに、分散染料を使用した場合であっても、常圧染色機および高圧染色機のいずれを用いても染色することが困難であった。このような染色が困難であるというポリフェニレンサルファイドの問題は、色彩を利用して美的外観の向上を重視する商品にとっては極めて致命的でもあった。
【0006】
このようなポリフェニレンサルファイド繊維に対する染色上の問題については、いくつかの試みがなされている。
【0007】
例えば、特許文献1は、ポリフェニレンサルファイド繊維を、分散染料とキャリアの存在下で、そのガラス転移温度以上の染色温度で染色する方法を開示している。同文献に記載の発明では、メチルナフタレン系、オルソフェニルフェノール系、およびエステル系の化合物がキャリアとして使用される。
【0008】
さらに、特許文献2は、染色の洗濯堅牢性が向上した、ポリフェニレンサルファイド繊維の染色方法を開示している。同文献に記載の方法は、ポリフェニレンサルファイド繊維を昇温結晶化度を超える温度でサーモゾル染色することを特徴とする。同文献はまた、ポリフェニレンサルファイド繊維の染色を行うために、1,4−ジアミノアントラキノンおよび1−アミノアントラキノンのようなアントラキノン類が使用されることも開示している。
【0009】
しかし、上記方法のいずれかを用いて、ポリフェニレンサルファイド繊維を染色したとしても、得られた染色済のポリフェニレンサルファイド繊維は、依然、光による退色が起こり易く、耐光性に劣るという問題がある。よって、これらの方法においては、服飾分野におけるファッション性向上の要求を充分に満足させることはできない。
【特許文献1】特開平1−27283号公報
【特許文献2】特開平4−289279号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上記問題の解決を課題とするものであり、その目的とするところは、光曝露によって部材表面の色彩変化を起こすことなく、長期にわたってその色彩を保持し得る、耐光性に優れたポリフェニレンサルファイドを製造するための薬剤組成物、および該薬剤組成物を用いた耐光性に優れるポリフェニレンサルファイド部材の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、耐光性に優れるポリフェニレンサルファイド部材を製造するための方法を提供する。この方法は、ポリフェニレンサルファイド基材を紫外線吸収剤およびカバリング剤を含有する薬剤組成物に接触させる工程を包含し、該紫外線吸収剤は、以下の一般式(I):
【0012】
【化1】

【0013】
(ここで、Rは水素原子または水酸基であり、Rは水酸基、あるいは1個〜12個の炭素原子を有する直鎖状のまたは分岐鎖状のアルキルオキシ基であり、Rは水素原子または−SOHであり、Rは水素原子または−OCHであり、そしてRは水素原子または水酸基である)で表される化合物、および以下の一般式(II):
【0014】
【化2】

【0015】
(ここで、Rは水素原子であるかあるいは1個〜5個の炭素原子を有する直鎖状のまたは分岐鎖状のアルキル基であり、Rは1個〜5個の炭素原子を有する直鎖状のまたは分岐鎖状のアルキルであり、そしてRは水素原子または塩素原子である)で表される化合物からなる群より選択される少なくとも1種であり、そして、
該カバリング剤は、以下の一般式(III):
【0016】
【化3】

【0017】
(ここで、Aは、−O−または−C(O)O−であり、Rはフェニル基またはその誘導体の基、あるいは置換または未置換のフェニルアルキレン基である)で表される化合物の乳化物、および以下の一般式(IV):
【0018】
【化4】

【0019】
(ここで、R10は、1個〜5個の炭素原子を有する脂肪族炭化水素基であり、そしてXおよびXは、それぞれ独立して水素原子またはハロゲン原子である)で表される化合物の乳化物からなる群より選択される少なくとも1種である。
【0020】
好適な実施態様においては、上記薬剤組成物は水を含有する。
【0021】
好適な実施態様においては、上記紫外線吸収剤は、2−(2’−ヒドロキシ−3’−tert−ブチル−5’−メチルフェニル)−5−クロロベンゾトリアゾールである。
【0022】
好適な実施態様においては、上記ポリフェニレンサルファイド基材と前記薬剤組成物との接触工程は、100℃と130℃との間の温度で行われる。
【0023】
好適な実施態様においては、上記薬剤組成物はさらに分散染料を含有する。
【0024】
本発明は、ポリフェニレンサルファイド基材の耐光性を向上させるための薬剤組成物を提供する。この組成物は紫外線吸収剤およびカバリング剤を含有し、該紫外線吸収剤は、以下の一般式(I):
【0025】
【化5】

【0026】
(ここで、Rは水素原子または水酸基であり、Rは水酸基、あるいは1個〜12個の炭素原子を有する直鎖状のまたは分岐鎖状のアルキルオキシ基であり、Rは水素原子または−SOHであり、Rは水素原子または−OCHであり、そしてRは水素原子または水酸基である)で表される化合物、および以下の一般式(II):
【0027】
【化6】

【0028】
(ここで、Rは水素原子であるかあるいは1個〜5個の炭素原子を有する直鎖状のまたは分岐鎖状のアルキル基であり、Rは1個〜5個の炭素原子を有する直鎖状のまたは分岐鎖状のアルキルであり、そしてRは水素原子または塩素原子である)で表される化合物からなる群より選択される少なくとも1種であり、該カバリング剤は、以下の一般式(III):
【0029】
【化7】

【0030】
(ここで、Aは、−O−または−C(O)O−であり、Rはフェニル基またはその誘導体の基、あるいは置換または未置換のフェニルアルキレン基である)で表される化合物の乳化物;および以下の一般式(IV):
【0031】
【化8】

【0032】
(ここで、R10は、1個〜5個の炭素原子を有する脂肪族炭化水素基であり、そしてXおよびXは、それぞれ独立して水素原子またはハロゲン原子である)で表される化合物の乳化物からなる群より選択される少なくとも1種である。
【発明の効果】
【0033】
本発明によれば、紫外線吸収剤を主成分とする薬剤組成物を用いることにより、光の曝露によりその表面が色褪せすることを防止し得る、優れた耐光性を有するポリフェニレンサルファイド部材を得ることができる。さらに、上記組成物に特定構造を有するカバリング剤を含有させることにより、より低い処理温度でポリフェニレンサルファイド基材に耐光性を付与するこ
とができる。またさらに、上記処理液に、上記カバリング剤と分散染料とを含有させることにより、ポリフェニレンサルファイド基材を従来と比較してより鮮やかに染色することができ、得られた部材は優れた耐光性を有する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0034】
以下、本発明を詳しく説明する。
【0035】
本発明に用いられるポリフェニレンサルファイドは、通常、90%以上の繰り返し単位が以下の構造:
【0036】
【化9】

【0037】
を有し、かつ10%未満の繰り返し単位が以下の構造:
【0038】
【化10】

【0039】
を有する高分子である。
【0040】
本発明において、耐光性に優れるポリフェニレンサルファイド部材を得るために用いられるポリフェニレンサルファイド基材は、上記ポリフェニレンサルファイドでなる繊維、フィルム、シート、および他の成形品を包含する。さらに、本発明に用いられるポリフェニレンサルファイド基材は、上記ポリフェニレンサルファイドでなる繊維、フィルム、シートおよび他の成形品と、ポリエステル、ポリアマイド(ナイロン)、ポリアクリロニトリル、ポリプロピレン、ポリウレタン、ポリカーボネートおよびポリエチレンのような他の高分子でなる繊維、フィルム、シートおよび他の成形品との組み合わせであってもよい。ここで、本発明に用いられる用語「他の成形品」とは、ポリフェニレンサルファイド繊維でなる織編物、不織布、該繊維と他の繊維との混紡糸、交撚糸、それらの織編物および交編織物;容器;家電製品その他に使用されるハウジング(カバー);ならびに家電製品その他に使用される取っ手およびツマミのような把持部品;を包含していう。
【0041】
本発明のポリフェニレンサルファイド基材の耐光性を向上させるための薬剤組成物は、紫外線吸収剤を含有し、必要に応じて分散剤、カバリング剤、および水のうちの少なくとも1つを含有する。本発明の耐光性に優れるポリフェニレンサルファイド部材の製造方法は、上記薬剤組成物にポリフェニレンサルファイド基材を接触させることを包含し、該薬剤組成物は、さらに必要に応じて分散染料および各種添加剤を含有していてもよい(後述)。
【0042】
上記薬剤組成物に含有される紫外線吸収剤は以下の一般式(I):
【0043】
【化11】

【0044】
ここで、Rは水素原子または水酸基であり、Rは水酸基、あるいは1個〜12個の炭素原子を有する直鎖状のまたは分岐鎖状のアルキルオキシ基であり、Rは水素原子または−SOHであり、Rは水素原子または−OCHであり、そしてRは水素原子または水酸基である、で表される化合物、および以下の一般式(II):
【0045】
【化12】

【0046】
ここで、Rは水素原子であるかあるいは1個〜5個の炭素原子を有する直鎖状のまたは分岐鎖状のアルキル基であり、Rは1個〜5個の炭素原子を有する直鎖状のまたは分岐鎖状のアルキルであり、そしてRは水素原子または塩素原子である、で表される化合物からなる群より選択される少なくとも1種の化合物である。
【0047】
好ましい紫外線吸収剤のうち、一般式(I)で表される化合物の例としては、2,4−ヒドロキシベンゾフェノン、2−ヒドロキシ−4−メトキシベンゾフェノン、2−ヒドロキシ−4−オクトキシベンゾフェノン、2−ヒドロキシ−4−ドデシルオキシベンゾフェノン、2,2’−ジヒドロキシ−4−メトキシベンゾフェノン、2,2’−ジヒドロキシ−4,4’−ジメトキシベンゾフェノン、および2−ヒドロキシ−4−メトキシ−5−スルホベンゾフェノンが挙げられる。
【0048】
好ましい紫外線吸収剤のうち、一般式(II)で表される化合物の例としては、2−(2’−ヒドロキシ−5’−tert−メチルフェニル)ベンゾトリアゾール、2−(2’−ヒドロキシ−5’−tert−ブチルフェニル)ベンゾトリアゾール、2−(2’−ヒドロキシ−3’−tert−ブチル−5’−メチルフェニル)−5−クロロベンゾトリアゾール、2−(2’−ヒドロキシ−3’,5’−ジ−tert−ブチルフェニル)−5−クロロベンゾトリアゾール、および2−(2’−ヒドロキシ−3’,5’−tert−アミルフェニル)ベンゾトリアゾールが挙げられる。
【0049】
本発明においては、上記一般式(I)および(II)で表される化合物でなる紫外線吸収剤を単独または組み合わせて使用してもよい。本発明においては、ポリフェニレンサルファイド基材に対し、より優れた耐光性を提供し得る点から、上記紫外線吸収剤として、2−(2’−ヒドロキシ−3’−tert−ブチル−5’−メチルフェニル)−5−クロロベンゾトリアゾールを用いることがより好ましい。
【0050】
本発明の薬剤組成物は、上記紫外線吸収剤に加えて、好ましくは分散剤を含有する。この分散剤は、本発明の薬剤組成物を処理液(水溶液)の形態で使用する際に上記紫外線吸収剤の分散性を向上させる目的で含有される。分散剤の例としては、ポリオキシアルキレン・スチレンオキサイド付加物の硫酸化物、スチレン化フェノール・エチレンオキサイド付加物の脂肪酸エステル、およびポリオキシエチレンアルキルアリルエーテルの脂肪酸エステルが挙げられる。上記紫外線吸収剤の水に対する分散性を向上させるものであれば、特に上記に限定されない。
【0051】
なお、本発明においては、特定の平均粒径を有する上記紫外線吸収剤と、上記分散剤とを併用することが好ましい。紫外線吸収剤の平均粒径は、好ましくは2μm以下、より好ましくは0.1μm〜1μmである。紫外線吸収剤がこのような平均粒径を有することにより、得られるポリフェニレンサルファイド部材の耐光性がさらに顕著に向上する。
【0052】
上記薬剤組成物は上述のように、以下のカバリング剤を含有していてもよい。
【0053】
カバリング剤は、以下の一般式(III):
【0054】
【化13】

【0055】
ここで、Aは、−O−または−C(O)O−であり、Rはフェニル基またはその誘導体の基、あるいは置換または未置換のフェニルアルキレン基である、で表される化合物の乳化物、および以下の一般式(IV):
【0056】
【化14】

【0057】
ここで、R10は1個〜5個の炭素原子を有する脂肪族炭化水素基であり、そしてXおよびXは、それぞれ独立して水素原子またはハロゲン原子である、で表される化合物の乳化物からなる群より選択される少なくとも1種である。
【0058】
上記一般式(III)で表される化合物の例としては、安息香酸フェニルおよびその誘導体(例えば、安息香酸サリチレート);ベンジルベンゾエートおよびその誘導体;ジフェニルエーテル;ならびにフェニルベンジルエーテルおよびその誘導体;が挙げられる。汎用性を高める(例えば、臭気および耐光性の低下が少ない)の点から、上記一般式(III)で表される化合物の好ましい例としてはベンジルベンゾエートが挙げられる。
【0059】
上記一般式(IV)で表される化合物の例としては:
【0060】
【化15】

【0061】
(ここで、R10は、1個〜5個の炭素原子を有する脂肪族炭化水素基である)が挙げられる。より好ましい化合物の例としては、
【0062】
【化16】

【0063】
が挙げられる。
【0064】
本発明においては、汎用性を高めるという点から、カバリング剤として、このような一般式(III)または(IV)で表される化合物のうち、ベンジルベンゾエートを含有するものを選択することが好ましい。
【0065】
本発明に用いられるカバリング剤は、上述のように、上記一般式(III)または(IV)で表される少なくとも1種の化合物の乳化物である。具体的には、一般式(III)または(IV)で表される化合物の少なくとも1種と、界面活性剤のような乳化物(乳化成分)とを含有する。上記一般式(III)または(IV)で表される化合物は、カバリング剤の全重量に対して、好ましくは10重量%〜40重量%の割合で含有される。
【0066】
カバリング剤を用いることにより、該カバリング剤を含有する処理液とポリフェニレンサルファイド基材とを、より低温度で接触させることができるという効果が得られる。
【0067】
本発明の方法において、上記薬剤組成物は、少なくとも紫外線吸収剤を含有する水溶液(処理液)の形態で用いられる。処理液(薬剤組成物)に含まれる上記紫外線吸収剤の量は、該処理液と接触させるべき基材中のポリフェニレンサルファイド100重量部に対し、好ましくは0.1重量部〜6重量部、より好ましくは0.5重量部〜4重量部の割合である。紫外線吸収剤の含有量が0.1重量部を下回ると、得られるポリフェニレンサルファイド部材が充分な耐光性を有しない恐れがある。他方、紫外線吸収剤の含有量が6重量部を超えても、その処理液を用いて得られるポリフェニレンサルファイド部材において、特にそれ以上の優位な差を得ることがなく、むしろ生産性(経済性)に劣る恐れがある。
【0068】
処理液に上記分散剤が含有される場合には、該分散剤の量は、接触させるべき基材中のポリフェニレンサルファイド含量100重量部に対し、好ましくは0.1重量部〜2重量部、より好ましくは0.2重量部〜1重量部の割合である。分散剤の含有量が0.1重量部を下回ると、処理液中に上記紫外線吸収剤を完全に分散させることが困難になる恐れがある。他方、分散剤の含有量が2重量部を超えても、その処理液を用いて得られるポリフェニレンサルファイド部材において特に優位な差を得ることがなく、むしろ生産性に劣る恐れがある。
【0069】
処理液に上記カバリング剤が含有される場合には、該カバリング剤の量は、接触させるべき基材中のポリフェニレンサルファイド含量100重量部に対し、好ましくは1重量部〜20重量部、より好ましくは2重量部〜10重量部の割合である。カバリング剤の含有量が1重量部を下回ると上述のようなより低い浴温度で処理することが困難になる恐れがある。他方、カバリング剤の含有量が20重量部を上回ると、その処理液を用いて得られるポリフェニレンサルファイド部材において、特にそれ以上の優位な差を得ることがなく、むしろ生産性(経済性)に劣る恐れがある。
【0070】
上記処理液には、さらに分散染料が含有され得る。特に、処理液が、紫外線吸収剤に加えて上記分散剤および上記カバリング剤を含有する場合には、分散染料によるポリフェニレンサルファイド基材に対する染色能を向上させることができる。
【0071】
使用可能な分散染料は、通常、ポリエステル繊維の染色に用いられる分散染料である。このような分散染料の例としては、ダイアニックスイエローSE−G(ダイスター社製)、ダイアニックスイエローAM−42(ダイスター社製)、ダイアニックスイエローブラウンSE−R(ダイスター社製)、ダイアニックスレッドSE−CB(ダイスター社製)、ダイアニックスレッドS−2B(ダイスター社製)、ダイアニックスルビンSE−B(ダイスター社製)、ダイアニックスブルーS−BG(ダイスター社製)、ダイアニックスネイビーSE−RN300%(ダイスター社製)、ダイアニックスブラックSE−RN300%(ダイスター社製)、ダイアニックスイエローAC−E(ダイスター社製)、ダイアニックスレッドAC−E01(ダイスター社製)、ダイアニックスブルーAC−E(ダイスター社製)、ダイアニックスブルーE−R150%(ダイスター社製)、スミカロンブルーE−FBL(住友化学(株)製)、スミカロンネイビーブルーS−2GL(住友化学(株)製)、およびスミカロンブルーS−BG(住友化学(株)製)が挙げられる。本発明に使用され得る分散染料の種類は上記に限定されない。
【0072】
処理液に含まれる上記分散染料は、接触させるべき基材中のポリフェニレンサルファイド含量100重量部に対し、好ましくは0.001重量部〜40重量部、より好ましくは0.01重量部〜20重量部の割合で含有される。分散染料の含有量が0.001重量部を下回ると色ムラ等を生じ、ポリフェニレンサルファイド基材を充分に染色することができない恐れがある。他方、分散染料の含有量が40重量部を上回ると、その処理液を用いて得られるポリフェニレンサルファイド部材の染着濃度において、特にそれ以上の優位な差を得ることがなく、むしろ経済性に劣る恐れがある。
【0073】
上記処理液は、さらに必要に応じて、pH調整剤などの添加剤を含有していてもよい。pH調整剤は主に分散染料の熱分解を防止するために添加される。
【0074】
本発明の方法によれば、薬剤組成物として上記紫外線吸収剤(ならびに好ましくは分散剤および/またはカバリング剤)ならびに必要に応じて添加される分散染料および/または添加剤を含有する処理液にポリフェニレンサルファイド基材を接触させる。処理液との接触には、浸漬、スプレー、および塗布などの任意の手段が使用される。本発明においては、作業性に優れる点から浸漬により接触させることが好ましい。具体的には、例えば、高圧高温容器(例えば、高圧染色機)を用いて、上記基材を、好ましくは4倍〜400倍、より好ましくは8倍〜40倍の浴比で、この処理液を含有する処理浴に浸漬する。処理温度は特に限定されないが、好ましくは140℃以上、より好ましくは140℃以上150℃以下の温度に調節することにより、得られるポリフェニレンサルファイド部材の耐光性がさらに向上する。処理液に上記カバリング剤が含有される場合には、好ましい処理温度を低下させることも可能であり、100℃から130℃の温度が好適である。処理温度が100℃未満ではポリフェニレンサルファイド基材に充分な耐光性を提供することができない恐れがある。上記接触に要する時間は、好ましくは15分〜120分に設定される。
【0075】
ポリフェニレンサルファイド基材を上記のような条件で処理液に接触させた後、処理浴から取り出し、水洗等の通常の処理が施される。
【0076】
上記のように、紫外線吸収剤を単独で、あるいは必要に応じて分散剤、カバリング剤などを併せて含有する、薬剤組成物を処理液の形態でを用いることにより、ポリフェニレンサルファイド基材の耐光性を高めることができる。特に上記処理液が紫外線吸収剤に加えて、分散剤、カバリング剤、および分散染料を含有する場合には、従来の染色方法では達成することの全く困難であった鮮やかな染色が可能となり、かつ退色が抑制されるため、長期間にわたり鮮やかな色が保持される。
【0077】
このようにして、耐光性の向上したポリフェニレンサルファイド部材が製造される。本発明の製造方法を用いることにより、染色を必要としないサポーターおよび包帯のような生成りの基材については充分な耐光堅牢性を提供し得る。さらに、処理液に分散染料を含有させることにより、例えば、保温性および強度が要求されるインナーウェアなどにおいては、充分な耐光性を提供するとともに、より鮮やかな色彩を付与させることができる。またさらに、本発明の方法を用いることにより、携帯電話のようなカバー材(ハウジング);ならびに電子レンジの調理室内に使用される耐熱性保護フィルム、セレクターレバーおよびドア取っ手のような家電製品等に使用される成形品に対して充分な耐光性を提供することもできる。
【実施例】
【0078】
以下、実施例を挙げて本発明を更に具体的に説明するが、本発明はそれら実施例に限定されるものではない。
【0079】
<実施例1>
ポリフェニレンサルファイド繊維(商品名:トルコン:200デニール、フィラメント数50のマルチフィラメント/東レ(株)製)でなる織物を、9cm×20cmの大きさにカットして試験片を作製した。他方、この織物100重量部を基準として、2−(2’−ヒドロキシ−3’−tert−ブチル−5’−メチルフェニル)−5−クロロベンゾトリアゾール分散化物2重量部(分散化物全重量のうち、該クロロベンゾトリアゾールを30重量%含有する)、分散剤(サンソルトRM340(日華化学(株)製:ポリオキシアルキレン・スチレンオキサイド付加物の硫酸化物およびスチレン化フェノールエチレンオキサイド付加物の脂肪酸エステル)1重量部および水2000重量部を計量し、これらを混合して処理液を調製した。
【0080】
上記処理液を含む浴に、上記試験片を140℃の温度で45分間浸漬し、その後水洗して風乾させることにより、処理済試験片を得た。
【0081】
この処理済試験片について、露光方法をJIS L−0841の「6.(2)第2露光法」に準拠して、JIS L−0842「紫外線カーボンアーク灯光に対する染色堅ろう度試験方法」による試験を行った。さらに、JIS L−0801の「9.染色堅ろう度の判定」により、処理済試験片とブルースケールとの変褪色を視感で比較して判定した。得られた処理済試験片を4級と判定した。
【0082】
<比較例1>
処理液に浸漬させていない未処理の試験片をそのまま染色堅牢度の試験に用いたこと以外は、実施例1と同様にして、試験片の染色堅牢度の判定を行った。得られた判定結果は1級であった。
【0083】
<実施例2>
実施例1で調製した処理液に、さらにベンジルベンゾエート乳化物4重量部(実施例1と同様、織物の重量を基準とする)を添加して新たな処理液とし、試験片を120℃の温度で45分間浸漬したこと以外は、実施例1と同様にして処理済試験片を作製し、そして同様の判定を行った。得られた判定結果は3級であった。
【0084】
<比較例2>
処理液に浸漬させていない未処理の試験片を、そのまま染色堅牢度の試験に用いたこと以外は、実施例2と同様にして、試験片の染色堅牢度の判定を行った。得られた判定結果は1級であった。
【0085】
<実施例3>
ポリフェニレンサルファイド繊維(商品名:トルコン:200デニール、フィラメント数50のマルチフィラメント/東レ(株)製)でなる織物を、9cm×20cmの大きさにカットして試験片2枚を作製した。他方、この織物100重量部を基準として、2−(2’−ヒドロキシ−3’−tert−ブチル−5’−メチルフェニル)−5−クロロベンゾトリアゾール分散化物2重量部(分散化物全重量のうち、該クロロベンゾトリアゾールを30重量%含有する)、分散剤(サンソルトRM340(日華化学(株)製:ポリオキシアルキレン・スチレンオキサイド付加物の硫酸化物およびスチレン化フェノールエチレンオキサイド付加物の脂肪酸エステル)1重量部、ベンジルベンゾエート乳化物4重量部、分散染料(ダイアニックスレッドAC−E(ダイスター社製))3.3重量部および水2000重量部を計量し、これらを混合して処理液を調製した。
【0086】
上記処理液を含む浴に、上記試験片をそれぞれ120℃の温度で45分間浸漬し、その後水洗して風乾させることにより、処理済試験片を得た。
【0087】
得られた処理済試験片のうち1枚について、実施例1と同様の試験および判定を行った。得られた判定結果は4級以上であった。
【0088】
さらに染色濃度を測定するために、処理済試験片の他方の1枚について、カラーアイ7000測色機(マクベス社製)を用いて、400nm〜700nmにおけるトータルK/S値を測定した。得られたトータルK/S値は28.97であった。
【0089】
<比較例3>
分散染料(ダイアニックスレッドAC−E(ダイスター社製))3.3重量部、分散剤(サンソルトRM340(日華化学(株)製:ポリオキシアルキレン・スチレンオキサイド付加物の硫酸化物およびスチレン化フェノールエチレンオキサイド付加物の脂肪酸エステル)1重量部および水2000重量部を混合して処理液を調製し、実施例3と同様の2枚の試験片をそれぞれ120℃の温度で45分間浸漬し、その後水洗して風乾させることにより、処理済試験片を得た。次いで、実施例3と同様にして試験片の染色堅牢度の判定を行った。得られた判定結果は1級であった。さらにこの処理済試験片のトータルK/S値は6.88であった。
【0090】
<実施例4>
分散染料としてダイアニックスレッドAC−E(ダイスター社製)の代わりに、ダイアニックスブルーAC−E(ダイスター社製)1.5重量部を用いたこと以外は、実施例3と同様にして処理液を調製しかつ試験片2枚に対する処理を行った。
【0091】
得られた処理済試験片についての染色堅牢度の判定は3級であった。また、得られた処理済試験片のトータルK/S値は27.29であった。
【0092】
<比較例4>
分散染料としてダイアニックスレッドAC−E(ダイスター社製)の代わりに、ダイアニックスブルーAC−E(ダイスター社製)1.5重量部を用いたこと以外は、比較例3と同様にして試験片の染色堅牢度の判定を行った。得られた判定結果は1級であった。さらにこの処理済試験片のトータルK/S値は8.02であった。
【0093】
<実施例5>
分散染料としてダイアニックスレッドAC−E(ダイスター社製)の代わりに、ダイアニックスイエローAC−E(ダイスター社製)2.1重量部を用いたこと以外は、実施例3と同様にして処理液を調製しかつ試験片2枚に対する処理を行った。
【0094】
得られた処理済試験片についての染色堅牢度の判定は4級であった。また、得られた処理済試験片のトータルK/S値は23.48であった。
【0095】
<比較例5>
分散染料としてダイアニックスレッドAC−E(ダイスター社製)の代わりに、ダイアニックスイエローAC−E(ダイスター社製)2.1重量部を用いたこと以外は、比較例3と同様にして試験片の染色堅牢度の判定を行った。得られた判定結果は1級であった。さらにこの処理済試験片のトータルK/S値は6.26であった。
【0096】
<実施例6>
ポリフェニレンサルファイド繊維でなる織物の代わりに、ポリフェニレンサルファイドでなるプレート(5cm×8cm:厚み1.2mm)を試験片として用いたこと以外は、実施例1と同様にして処理を行い、染色堅ろう度の試験を行った。得られた判定結果は3級であった。
【0097】
<比較例6>
処理液に浸漬させていない未処理の試験片を、そのまま染色堅牢度の試験に用いたこと以外は、実施例6と同様にして、試験片の染色堅牢度の判定を行った。得られた判定結果は1級であった。
【産業上の利用可能性】
【0098】
光の曝露によりその表面が色褪せすることを防止し得る、優れた耐光性を有するポリフェニレンサルファイド部材が得られる。このようなポリフェニレンサルファイド部材は、家電製品用の成形品、服飾材料に使用される衣料用繊維など種々の分野で利用され得る。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
耐光性に優れるポリフェニレンサルファイド部材を製造するための方法であって、
ポリフェニレンサルファイド基材を紫外線吸収剤およびカバリング剤を含有する薬剤組成物に接触させる工程を包含し、
該紫外線吸収剤が、以下の一般式(I):
【化1】

(ここで、Rは水素原子または水酸基であり、Rは水酸基、あるいは1個〜12個の炭素原子を有する直鎖状のまたは分岐鎖状のアルキルオキシ基であり、Rは水素原子または−SOHであり、Rは水素原子または−OCHであり、そしてRは水素原子または水酸基である)で表される化合物、および以下の一般式(II):
【化2】

(ここで、Rは水素原子であるかあるいは1個〜5個の炭素原子を有する直鎖状のまたは分岐鎖状のアルキル基であり、Rは1個〜5個の炭素原子を有する直鎖状のまたは分岐鎖状のアルキルであり、そしてRは水素原子または塩素原子である)で表される化合物からなる群より選択される少なくとも1種であり、そして、
該カバリング剤が、以下の一般式(III):
【化3】

(ここで、Aは、−O−または−C(O)O−であり、Rはフェニル基またはその誘導体の基、あるいは置換または未置換のフェニルアルキレン基である)で表される化合物の乳化物、および以下の一般式(IV):
【化4】

(ここで、R10は、1個〜5個の炭素原子を有する脂肪族炭化水素基であり、そしてXおよびXは、それぞれ独立して水素原子またはハロゲン原子である)で表される化合物の乳化物からなる群より選択される少なくとも1種である、
方法。
【請求項2】
前記薬剤組成物が水を含有する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記紫外線吸収剤が、2−(2’−ヒドロキシ−3’−tert−ブチル−5’−メチルフェニル)−5−クロロベンゾトリアゾールである、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記ポリフェニレンサルファイド基材と前記薬剤組成物との接触工程が、100℃と130℃との間の温度で行われる、請求項1から3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記薬剤組成物がさらに分散染料を含有する、請求項1から4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
ポリフェニレンサルファイド基材の耐光性を向上させるための薬剤組成物であって、
該組成物が紫外線吸収剤およびカバリング剤を含有し、
該紫外線吸収剤が、以下の一般式(I):
【化5】

(ここで、Rは水素原子または水酸基であり、Rは水酸基、あるいは1個〜12個の炭素原子を有する直鎖状のまたは分岐鎖状のアルキルオキシ基であり、Rは水素原子または−SOHであり、Rは水素原子または−OCHであり、そしてRは水素原子または水酸基である)で表される化合物、および以下の一般式(II):
【化6】

(ここで、Rは水素原子であるかあるいは1個〜5個の炭素原子を有する直鎖状のまたは分岐鎖状のアルキル基であり、Rは1個〜5個の炭素原子を有する直鎖状のまたは分岐鎖状のアルキルであり、そしてRは水素原子または塩素原子である)で表される化合物からなる群より選択される少なくとも1種であり、
該カバリング剤が、以下の一般式(III):
【化7】

(ここで、Aは、−O−または−C(O)O−であり、Rはフェニル基またはその誘導体の基、あるいは置換または未置換のフェニルアルキレン基である)で表される化合物の乳化物;および以下の一般式(IV):
【化8】

(ここで、R10は、1個〜5個の炭素原子を有する脂肪族炭化水素基であり、そしてXおよびXは、それぞれ独立して水素原子またはハロゲン原子である)で表される化合物の乳化物からなる群より選択される少なくとも1種である、
薬剤組成物。

【公開番号】特開2006−124703(P2006−124703A)
【公開日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−307218(P2005−307218)
【出願日】平成17年10月21日(2005.10.21)
【分割の表示】特願2002−42831(P2002−42831)の分割
【原出願日】平成14年2月20日(2002.2.20)
【出願人】(501072016)長瀬カラーケミカル株式会社 (7)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【出願人】(000214272)長瀬産業株式会社 (137)
【Fターム(参考)】