説明

耐応力腐食割れ性に優れた耐磨耗鋼板およびその製造方法

【課題】建産機械等に供して好適な耐応力腐食割れ性に優れる耐磨耗鋼板およびその製造方法を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.20〜0.30%、Si:0.05〜1.0%、Mn:0.40〜1.20%、P、S、Al:0.1%以下、N:0.01%以下、B:0.0003〜0.0030%を含有し、さらにCr、MoおよびWの1種または2種以上を含有し、必要に応じてNb、Ti、Cu、Ni、V、REM、Ca、Mgの1種または2種以上を含有し、含有成分によるDI*が45以上で、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有し、ミクロ組織が焼戻しマルテンサイトを基地相とし、粒径が円相当直径で0.05μm以下のセメンタイトが2×10個/mm以上存在する鋼板。記載の鋼組成を有する鋼片を加熱後、熱間圧延を行い、空冷後再加熱した後、加速冷却を実施し、または熱間圧延後、直ちに加速冷却を行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建産機械、造船、鋼管、土木、建築等に供して好適な板厚4mm以上の耐磨耗鋼板およびその製造方法に係り、特に、耐応力腐食割れ性が優れたものに関する。
【背景技術】
【0002】
建産機械、造船、鋼管、土木、建築等の鉄鋼構造物や機械、装置等に熱間圧延鋼板が用いられる際には、鋼板の磨耗特性が要求されることがある。磨耗は機械、装置等、稼動する部位において、鋼材同士、あるいは土砂、岩石など異種材料との継続的な接触により発生し、鋼材の表層部が削り取られる現象である。
【0003】
鋼材の耐磨耗特性が劣ると、機械、装置の故障の原因となるだけでなく、構造物としての強度を維持できなくなる危険性があるため、高頻度での磨耗部位の補修、交換が不可避である。このため、磨耗する部位に適用される鋼材に対する耐磨耗特性の向上に対する要求は強い。
【0004】
従来、鋼材として優れた耐磨耗性を保有するためには、硬度を高めることが一般的であり、マルテンサイト単相組織とすることにより飛躍的に高めることが可能である。また、マルテンサイト組織自体の硬さを上昇させるために、固溶C量を増加することが有効であり、種々の耐摩耗鋼板が開発されてきた(例えば、特許文献1〜5)。
一方、鋼板に対して磨耗特性が要求される部位は、地鉄表面が露出する場合が多く、鋼材表面が腐食性の物質を含む水蒸気や、水分や油分などと接触し、鋼材の腐食が発生する。
【0005】
例えば、鉱石運搬用のコンベヤなど鉱山機械に耐磨耗鋼が使用される場合には、土壌中の水分とともに、硫化水素などの腐食性物質が存在し、また、建設機械などに耐磨耗鋼が使用される場合には、ディーゼルエンジン中に含まれる水分および酸化硫黄などが存在し、何れも非常に厳しい腐食環境となる場合がある。この際、鋼材表面での腐食反応においては、鉄がアノード反応により酸化物(さび)を生成する一方で、水分のカソード反応により水素が発生する。
【0006】
耐磨耗鋼のような高硬度なマルテンサイト組織の鋼材中に、腐食反応で生成した水素が侵入した場合には、鋼材が極端に脆化し、曲げ加工や溶接などでの残留応力や、使用環境での負荷応力の存在化において、割れが発生する。これが応力腐食割れであり、機械、装置等に使用される鋼材には、稼動する安全性の観点から、耐磨耗性は勿論のこと、耐応力腐食割れ性に優れることが重要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平5−51691号公報
【特許文献2】特開平8−295990号公報
【特許文献3】特開2002−115024号公報
【特許文献4】特開2002−80930号公報
【特許文献5】特開2004−162120号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】日本学術振興会大129委員会(日本材料強度学会、1985)基準の応力腐食割れ標準試験法
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献1〜5等で提案されている耐磨耗鋼は、母材靭性、耐遅れ破壊特性(以上、特許文献1、3、4)、溶接性、溶接部の耐磨耗性、結露腐食環境における耐食性(以上、特許文献5)を備えることを目的とするもので、非特許文献1記載の応力腐食割れ標準試験法で優れる耐応力腐食割れ性と耐磨耗性を両立するには至っていない。
【0010】
そこで、本発明では、生産性の低下および製造コストの増大を引き起こすことなく、経済性に優れ、耐応力腐食割れ性に優れる耐磨耗鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、上記課題を達成するため、耐磨耗鋼板を対象に、優れた耐応力腐食割れ性能を確保するため、鋼板の化学成分、製造方法およびミクロ組織を決定する各種要因に関して鋭意研究を行い、以下の知見を得た。
【0012】
1.優れた耐磨耗特性を確保するためには、高硬度を確保することが必須であるが、過度の高硬度化は耐応力腐食割れ性を著しく低下させるため、硬度範囲を厳格に管理することが重要である。さらに、耐応力腐食割れ性を向上するためには、鋼板中に拡散性水素のトラップサイトとしてセメンタイトを分散させることが有効である。このためには、Cをはじめとする鋼板の化学組成を厳格に管理して、鋼板の基地組織を焼戻しマルテンサイトとすることが重要である。
【0013】
焼戻しマルテンサイト組織中のセメンタイト分散状態を適正に管理することにより、鋼材の腐食反応により生成した拡散性水素のトラップサイトとして作用させ、水素脆化割れを抑制する。
【0014】
焼戻しマルテンサイト組織中のセメンタイトの分散状態には、圧延、熱処理および冷却条件などが影響を及ぼし、これら製造条件を管理することが重要である。これにより、腐食環境下における結晶粒界破壊を抑制し、応力腐食割れを効果的に防止できる。
【0015】
2.さらに、焼戻しマルテンサイト組織の結晶粒界破壊を効果的に抑制するには、結晶粒界強度を高める対策が有効であり、Pなど不純物元素の低減とともに、Mnの成分範囲を管理する必要がある。Mnは、焼入れ性を向上する効果を有し耐磨耗性向上に寄与する一方、鋼片の凝固過程において、Pとともに共偏析しやすい元素であり、ミクロ偏析部における結晶粒界強度を低下させる。
【0016】
また、結晶粒界破壊を効果的に抑制するには、結晶粒を微細化することが有効であり、結晶粒の成長を抑えるピンニング効果を有する微細な介在物の分散が効果的である。このためには、NbおよびTiを添加し、鋼中に炭窒化物を分散させることが有効である。
【0017】
本発明は、得られた知見に、さらに検討を加えてなされたもので、すなわち、
1.質量%で、
C:0.20〜0.30%、
Si:0.05〜1.0%、
Mn:0.40〜1.20%、
P:0.015%以下、
S:0.005%以下、
Al:0.1%以下、
N:0.01%以下、
B:0.0003〜0.0030%、
さらに、
Cr:0.05〜1.5%、
Mo:0.05〜1.0%、
W:0.05〜1.0%、
の1種または2種以上を含有し、(1)式で示される焼入れ性指数DI*が45以上で、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有し、ミクロ組織が焼戻しマルテンサイトを基地相とし、粒径が円相当直径で0.05μm以下のセメンタイトが2×10個/mm以上存在することを特徴とする耐応力腐食割れ性に優れた耐磨耗鋼板。
DI*=33.85×(0.1×C)0.5 ×(0.7×Si+1)×(3.33×Mn+1)×(0.35×Cu+1)×(0.36×Ni+1)×(2.16×Cr+1)×(3×Mo+1)×(1.75×V+1)×(1.5×W+1)・・・・・(1)
但し、各合金元素は含有量(質量%)を示し、含有しない場合は0とする。
2.鋼組成に、質量%でさらに、
Nb:0.005〜0.025%、
Ti:0.008〜0.020%、
の1種または2種以上を含有することを特徴とする1記載の耐応力腐食割れ性に優れた耐磨耗鋼板。
3.鋼組成に、質量%でさらに、
Cu:1.5%以下、
Ni:2.0%以下、
V:0.1%以下、
の1種または2種以上を含有することを特徴とする1または2記載の耐応力腐食割れ性に優れた耐磨耗鋼板。
4.鋼組成に、質量%でさらに、
REM:0.008%以下、
Ca:0.005%以下、
Mg:0.005%以下、
の1種または2種以上を含有することを特徴とする1乃至3のいずれか一つに記載の耐応力腐食割れ性に優れた耐磨耗鋼板。
5.更に、焼戻しマルテンサイトの平均結晶粒径が円相当直径で20μm以下であることを特徴とする1乃至4のいずれか一つに記載の耐応力腐食割れ性に優れた耐磨耗鋼板。
6.更に、表面硬度がブリネル硬さで400〜520HBW10/3000であることを特徴とする1乃至5のいずれか一つに記載の耐応力腐食割れ性に優れた耐磨耗鋼板。
7.1乃至4のいずれか一つに記載の鋼組成を有する鋼片を1000℃〜1200℃に加熱後、熱間圧延を行い、その後、Ac3〜950℃に再加熱して、1〜100℃/sで加速冷却を実施し、100〜300℃で加速冷却を停止した後、空冷を行う耐応力腐食割れ性に優れた耐磨耗鋼板の製造方法。
8.空冷後、100〜300℃に再加熱することを特徴とする7記載の耐応力腐食割れ性に優れた耐磨耗鋼板の製造方法。
9.1乃至4のいずれか一つに記載の鋼組成を有する鋼片を1000℃〜1200℃に加熱後、Ar3以上の温度域で熱間圧延した後、Ar3〜950℃の温度から1〜100℃/sで加速冷却を開始し、100〜300℃で加速冷却を停止した後、空冷を行う耐応力腐食割れ性に優れた耐磨耗鋼板の製造方法。
10.空冷後、100〜300℃に再加熱することを特徴とする9記載の耐応力腐食割れ性に優れた耐磨耗鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、生産性の低下および製造コストの増大を引き起こすことなく、優れた耐応力腐食割れ性を有する耐磨耗鋼板が得られ、鋼構造物の安全性や寿命の向上に大きく寄与し、産業上格段の効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】応力腐食割れ標準試験に用いる試験片形状を示す図。
【図2】図1に示す試験片を用いる試験機の構成を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0020】
[ミクロ組織]
本発明では、鋼板のミクロ組織の基地相を焼戻しマルテンサイトとし、さらに、ミクロ組織中のセメンタイトの存在状態を規定する。
セメンタイトの粒径が円相当径で0.05μmを超えると、鋼板の硬度が低下し、耐摩耗性が低下するだけでなく、拡散性水素のトラップサイトとして水素脆化割れを抑制する効果が得られない。このため、0.05μm以下に限定する。
【0021】
上記粒径のセメンタイトがミクロ組織中で2×10個/mm未満であると、拡散性水素のトラップサイトとして水素脆化割れを抑制する効果が得られない。このため、2×10個/mm以上とする。
【0022】
本発明では、更に耐応力腐食割れ性を向上させる場合、上記に加えて、鋼板のミクロ組織の基地相を平均結晶粒径が円相当直径で20μm以下の焼戻しマルテンサイトにする。鋼板の耐磨耗特性を有するためには、焼戻しマルテンサイト組織とすることが必要である。ただし、焼戻しマルテンサイトの平均結晶粒径が円相当直径で20μmを超えると耐応力腐食割れ性が劣化する。このため、焼戻しマルテンサイトの平均結晶粒径は20μm以下とすることが好ましい。
【0023】
なお、母相中に焼戻しマルテンサイトの他に、ベイナイト、パーライトおよびフェライト等の組織が混在すると、硬度が低下し、耐摩耗性が低下するため、これらの組織の面積分率は少ない方が良く、混在する場合は面積分率で5%以下とすることが望ましい。
【0024】
一方、マルテンサイトが混在すると、耐応力腐食割れ性が低下するため少ないほうが良く、面積分率で10%以下の場合には影響が無視できるため含有してもよい。
また、表面硬度がブリネル硬さで400HBW10/3000未満の場合には、耐磨耗鋼としての寿命が短くなり、一方、520HBW10/3000を超えると耐応力腐食割れ性が顕著に劣化するようになるため、表面硬度をブリネル硬さで400〜520HBW10/3000の範囲とすることが好ましい。
【0025】
[成分組成]
本発明では、優れた耐応力腐食割れ性を確保するため、鋼板の成分組成を規定する。なお、説明において%は質量%とする。
C:0.20〜0.30%
Cは、焼戻しマルテンサイトの硬度を高め、優れた耐磨耗性を確保するために重要な元素でその効果を得るため、0.20%以上の含有を必要とする。一方、0.30%を超えて含有すると、硬さが過度に上昇し、靱性および耐応力腐食割れ性が低下する。このため、0.20〜0.30%の範囲に限定する。好ましくは、0.21〜0.27%である。
【0026】
Si:0.05〜1.0%
Siは、脱酸材として作用し、製鋼上、必要であるだけでなく、鋼に固溶して固溶強化により鋼板を高硬度化する効果を有する。このような効果を得るためには、0.05%以上の含有を必要とする。一方、1.0%を超えて含有すると、溶接性が劣化するため、0.05〜1.0%の範囲に限定する。好ましくは、0.07〜0.5%である。
【0027】
Mn:0.40〜1.20%
Mnは、鋼の焼入れ性を増加させる効果を有し、母材の硬度を確保するために0.40%以上は必要である。一方、1.20%を超えて含有すると、母材の靭性、延性および溶接性が劣化するだけでなく、Pの粒界偏析を助長し、耐応力腐食割れの発生を助長する。このため、0.40〜1.20%の範囲に限定する。好ましくは、0.45〜1.10%である。さらに好ましくは0.45〜0.90%である。
【0028】
P:0.015%以下、S:0.005%以下
Pが0.015%を超えて含有すると、粒界に偏析し、耐応力腐食割れの発生起点となる。このため、0.015%を上限とし、可能なかぎり低減することが望ましい。好ましくは0.010%以下、より好ましくは0.008%以下とする。Sは母材の低温靭性や延性を劣化させるため、0.005%を上限として低減することが望ましい。好ましくは0.003%以下、より好ましくは0.002%以下とする。
【0029】
Al:0.1%以下
Alは、脱酸剤として作用し、鋼板の溶鋼脱酸プロセスに於いて、もっとも汎用的に使われる。また、鋼中の固溶Nを固定してAlNを形成することにより、結晶粒の粗大化を抑制する効果を有するとともに、固溶N低減による靱性劣化を抑制する効果を有する。一方、0.1%を超えて含有すると、溶接時に溶接金属部に混入して、溶接金属の靭性を劣化させるため、0.1%以下に限定する。
【0030】
N:0.01%以下
NはTiおよびNbと結合して窒化物、あるいは炭窒化物として析出して、熱間圧延および熱処理時の結晶粒の粗大化を抑制する効果、および拡散性水素のトラップサイトとして水素脆化割れを抑制する効果を有する。一方、0.01%を超えて含有すると、固溶N量が増加し、靭性が著しく低下する.このため、Nは0.01%以下に限定する。好ましくは0.006%以下とする。
【0031】
B:0.0003〜0.0030%
Bは、微量の添加で焼入れ性を顕著に増加させ、母材の高硬度化に有効な元素である。このような効果を得るためには、0.0003%以上とする。0.0030%を超えると、母材靭性、延性および耐溶接割れ性に悪影響を及ぼすため、0.0030%以下とする。
【0032】
Cr、MoおよびWの1種または2種以上
Cr:0.05〜1.5%
Crは、鋼の焼入れ性を増加させ、母材の高硬度化に有効な元素である。このような効果を有するためには、0.05%以上とすることが好ましい。一方、1.5%を超えて含有すると、母材靭性および耐溶接割れ性が低下する。このため、0.05〜1.5%以下とする。
【0033】
Mo:0.05〜1.0%
Moは、焼入れ性を顕著に増加させ、母材の高硬度化に有効な元素である。このような効果を得るためには、0.05%以上とすることが好ましいが、1.0%を超えると、母材靭性、延性および耐溶接割れ性に悪影響を及ぼすため、1.0%以下とする。
【0034】
W:0.05〜1.0%
Wは、焼入れ性を顕著に増加させ、母材の高硬度化に有効な元素である。このような効果を得るためには、0.05%以上とすることが好ましいが、1.0%を超えると、母材靭性、延性および耐溶接割れ性に悪影響を及ぼすため、1.0%以下とする。
【0035】
DI*=33.85×(0.1×C)0.5 ×(0.7×Si+1)×(3.33×Mn+1)×(0.35×Cu+1)×(0.36×Ni+1)×(2.16×Cr+1)×(3×Mo+1)×(1.75×V+1)×(1.5×W+1)
但し、各合金元素は含有量(質量%)を示し、含有しない場合は0とする。
母材の基地組織を焼戻しマルテンサイトとして、耐磨耗性を向上させるためには、上式で規定されるDI*が45以上を満足させることが必要である。DI*が45未満の場合、板厚表層からの焼入れ深さが10mmを下回り、耐磨耗鋼としての寿命が短くなるため、45以上とする。
【0036】
以上が本発明の基本成分組成で、残部は、Feおよび不可避的不純物とするが、さらに、応力腐食割れの抑制効果を向上させる場合、Nb、Tiの1種または2種以上を含有することができる。
【0037】
Nb:0.005〜0.025%
Nbは、炭窒化物として析出し、母材および溶接熱影響部のミクロ組織を微細化するとともに、固溶Nを固定して靱性を改善するだけでなく、生成した炭窒化物が拡散性水素のトラップサイトに有効であり、応力腐食割れ抑制の効果を有する。このような効果を得るためには、0.005%以上の含有が好ましい。一方、0.025%を超えて含有すると、粗大な炭窒化物が析出し、破壊の起点となることがある。このため、0.025%以下とする。
【0038】
Ti:0.008〜0.020%
Tiは、窒化物もしくはNbとともに炭窒化物を形成し、結晶粒の粗大化を抑制する効果を有するとともに、固溶N低減による靱性劣化を抑制する効果を有する。さらに、生成した炭窒化物が拡散性水素のトラップサイトに有効であり、応力腐食割れ抑制の効果を有する。このような効果を得るためには、0.008%以上の含有が好ましい。一方、0.020%を超えて含有すると、析出物が粗大化し母材靱性を劣化する。このため、0.020%以下とする。
【0039】
本発明では、さらに、強度特性を向上させる場合、Cu、Ni、Vの1種または2種以上を含有することができる。Cu、Ni、Vは、いずれも鋼の強度向上に寄与する元素であり、所望する強度に応じて適宜含有する。
Cuを含有する場合は、1.5%を超えると熱間脆性を生じて鋼板の表面性状を劣化させるため、1.5%以下とする。
【0040】
Niを含有する場合は、2.0%を超えると効果が飽和し、経済的に不利になるため、2.0%以下とする。Vを含有する場合は、0.1%を超えると、母材靭性および延性を劣化させるため、0.1%以下とする。
【0041】
本発明では、さらに、靭性を向上させる場合、REM、Ca、Mgの1種または2種以上を含有することができる。REM、CaおよびMgは、いずれも靭性向上に寄与し、所望する特性に応じて選択して含有させる。
【0042】
REMを含有する場合は、0.002%以上とすることが好ましいが、0.008%を超えても効果が飽和するため、0.008%を上限とする。Caを含有する場合は、0.0005%以上とすることが好ましいが、0.005%を超えても効果が飽和するため、0.005%を上限とする。Mgを含有する場合は、0.001%以上とすることが好ましいが、0.005%を超えても効果が飽和するため、0.005%を上限とする。
[製造条件]
説明において、温度に関する「℃」表示は、板厚の1/2位置における温度を意味するものとする。
【0043】
本発明に係る耐磨耗鋼板は、上記した組成の溶鋼を、公知の溶製方法で溶製し、連続鋳造法あるいは造塊−分塊圧延法により、所定寸法のスラブ等の鋼素材とすることが好ましい。
【0044】
次いで、得られた鋼素材を1000〜1200℃に再加熱後、熱間圧延し、所望の板厚の鋼板とする。再加熱温度が1000℃未満では、熱間圧延での変形抵抗が高くなり、1パス当たりの圧下率量が大きく取れなくなることから、圧延パス数が増加し、圧延能率の低下を招くとともに、鋼素材(スラブ)中の鋳造欠陥を圧着することができない場合がある。
【0045】
一方、再加熱温度が1200℃を超えると、加熱時のスケールによって表面疵が生じやすく、圧延後の手入れの負荷が増大する。このため、鋼素材の再加熱温度は1000〜1200℃の範囲とする。直送圧延する場合は、鋼素材が1000〜1200℃で熱間圧延を開始する。熱間圧延における圧延条件は特に規定しない。
【0046】
熱間圧延後に鋼板内の温度の均一化を図り、特性のばらつきを抑えるため再加熱処理を熱間圧延後、空冷した後に行う。再加熱処理の前に鋼板はフェライト、ベイナイト、またはマルテンサイトへの変態を完了している必要があり、再加熱熱処理前に、鋼板温度が300℃以下、好ましくは200℃以下、より好ましくは100℃以下まで冷却する。冷却後に再加熱処理を行うが、再加熱温度がAc3以下では組織中にフェライトが混在し、硬度が低下する。一方、950℃を超えると、結晶粒が粗大化し、靱性および耐応力腐食割れ性が低下するため、Ac3〜950℃とする。Ac3(℃)は、例えば、次式で求めることが可能である。
Ac3=854−180C+44Si−14Mn−17.8Ni−1.7Cr
(ただし、C、Si、Mn、 Ni、Cr:各合金元素の含有量(mass%))
再加熱の保持時間は鋼板内の温度が均一になれば短時間でもよい。一方、長時間になると、結晶粒が粗大化し、靭性および耐応力腐食割れ性が低下するので、1hr以内が望ましい。なお、熱間圧延後に再加熱する場合は熱間圧延の終了温度は特に規定しない。
【0047】
再加熱後、冷却速度:1〜100℃/s、冷却停止温度:100〜300℃の加速冷却を行い、その後、常温まで空冷を行う。加速冷却の冷却速度が1℃/s未満では、組織中にフェライト、パーライトおよびベイナイトが混在し、硬度が低下する。一方、100℃/sを超えると、温度制御が困難となり、材質ばらつきが生じるため、1〜100℃/sとする。
【0048】
冷却停止温度が300℃を超えると、組織中にフェライト、パーライトおよびベイナイトが混在し、硬度が低下するとともに、焼戻しマルテンサイトの焼戻し効果が過剰になり、硬度低下ととともに、セメンタイトの粗大化により耐応力腐食割れ性が低下する。
【0049】
一方、冷却停止温度が100℃未満では、その後の空冷中にマルテンサイトの焼戻し効果が十分に得られず、また本発明で規定するセメンタイトの形態が得られず、耐応力腐食割れ性が低下するため、加速冷却停止温度は100〜300℃とする。
冷却停止温度を100〜300℃とすることにより鋼板中の組織がマルテンサイト主体となり、その後の空冷により焼戻しの効果が得られ、焼戻しマルテンサイト中にセメンタイトが分散された組織を得ることができる。
【0050】
加速冷却後、鋼板内の特性をより均一化するとともに、耐応力腐食割れ性を向上させる場合、100〜300℃に再加熱して焼戻をしてもよい。焼戻し温度が300℃を超えると、硬度低下が大きくなり耐磨耗性が低下するとともに、生成するセメンタイトが粗大化し、拡散性水素のトラップサイトとしての効果が得られなくなる。
【0051】
一方、焼戻し温度が100℃未満では、上記した効果が得られない。保持時間は鋼板内の温度が均一になれば短時間でもよい。一方、保持時間が長時間になると、生成するセメンタイトが粗大化し、拡散性水素のトラップサイトとしての効果が低下するので、1hr以内が望ましい。
【0052】
熱間圧延後、再加熱処理を施さない場合は、圧延終了温度をAr3以上とし、圧延終了後、直ちに加速冷却を行ってもよい。加速冷却の開始温度(圧延終了温度と略同じ)は、Ar3未満では、組織中にフェライトが混入し、硬度が低下し、一方、950℃以上になると、結晶粒が粗大化し、靱性および耐応力腐食割れ性が低下するため、Ar3〜950℃とする。尚、Ar3点は例えば、次式で求めることが可能である。
【0053】
Ar3=868−396C+25Si−68Mn−21Cu−36Ni−25Cr−30Mo(ただし、C、Si、Mn、Cu、Ni、Cr、Mo:各合金元素の含有量(質量%))
加速冷却の冷却速度、冷却停止温度および焼戻し処理は、熱間圧延後、再加熱する場合と同様とする。
【実施例】
【0054】
転炉-取鍋精錬-連続鋳造法で、表1に示す種々の成分組成に調製した鋼スラブを、950〜1250℃に加熱した後、熱間圧延を施し、一部の鋼板には圧延直後に加速冷却を実施し、その他の鋼板については、圧延後空冷した。さらに、一部の鋼板には、再加熱後加速冷却をおよび焼戻しを実施した。
【0055】
得られた鋼板について、ミクロ組織調査、表面硬度測定、母材靭性、応力腐食割れ性試験を下記の要領で実施した。
【0056】
ミクロ組織の調査は、得られた各鋼板の板厚1/4t部における圧延方向に平行な断面について、ミクロ組織観察用サンプルを採取し、ナイタール腐食の後、500倍の光学顕微鏡で組織を撮影して評価した。
【0057】
また、焼戻しマルテンサイト粒径(旧オーステナイト粒径)の評価は、各鋼板の板厚1/4t部における圧延方向に平行な断面について、ピクリン酸腐食の後、光学顕微鏡にて500倍で5視野撮影した後、画像解析装置を用いて、円相当径にて平均結晶粒径を求めた。なお、本発明では、焼戻しマルテンサイトの平均結晶粒径は、焼戻しマルテンサイト結晶粒径が旧オーステナイト粒径と同じであるとして、旧オーステナイト粒径の円相当径にて焼戻しマルテンサイトの平均結晶粒径を求めた。
【0058】
さらに、焼戻しマルテンサイト組織中のセメンタイトの個数密度の調査は、各鋼板の板厚1/4t部における圧延方向に平行な断面について、透過型電子顕微鏡にて50000倍の撮影を10視野行い、セメンタイトの個数を調べた。
【0059】
表面硬度の測定はJIS Z2243(1998)に準拠し、表層下の表面硬度(表層のスケールを除去した後に測定した表面の硬度)を測定した。測定は10mmのタングステン硬球を使用し、荷重は3000kgfとした。
【0060】
各鋼板の板厚1/4位置の圧延方向と垂直な方向から、JIS Z 2202(1998年)の規定に準拠してシャルピーVノッチ試験片を採取し、JIS Z 2242(1998年)の規定に準拠して各鋼板について3本のシャルピー衝撃試験を実施し、−40℃での吸収エネルギーを求め、母材靭性を評価した。3本の吸収エネルギー(vE-40)の平均値が30J以上を母材靭性に優れるものとした。
【0061】
応力腐食割れ性試験は、日本学術振興会大129委員会(日本材料強度学会、1985)基準の応力腐食割れ標準試験法に準拠して実施した。試験片形状を図1、試験機形状を図2に示す。試験条件は、試験溶液:3.5%NaCl、pH:6.7〜7.0、試験温度:30℃、最大試験時間:500時間とし、応力腐食割れ性の下限界応力拡大係数KISCCを求めた。表面硬度が400〜520HBW10/3000、母材靭性が30J以上、かつ、KISCCが100kgf/mm−3/2以上を本発明の目標性能とした。
【0062】
表2に供試鋼板の製造条件を、表3に上記試験結果を示す。本発明例(鋼板No.1、2,4〜6、8,9、11、13〜26、30、34〜38は、上記目標性能を満足することが確認されたが、比較例(鋼板No.3、7、10、12、27〜29、31〜33、39〜46)は、表面硬度、母材靭性、および耐応力腐食割れ性のいずれか、あるいはそれらのうちの複数が目標性能を満足できない。
【0063】
【表1】

【0064】
【表2】

【0065】
【表3】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.20〜0.30%、
Si:0.05〜1.0%、
Mn:0.40〜1.20%
P:0.015%以下、
S:0.005%以下、
Al:0.1%以下、
N:0.01%以下、
B:0.0003〜0.0030%、
さらに、
Cr:0.05〜1.5%、
Mo:0.05〜1.0%、
W:0.05〜1.0%、
の1種または2種以上を含有し、(1)式で示される焼入れ性指数DI*が45以上で、残部Feおよび不可避的不純物からなる組成を有し、ミクロ組織が焼戻しマルテンサイトを基地相とし、粒径が円相当直径で0.05μm以下のセメンタイトが2×10個/mm以上存在することを特徴とする耐応力腐食割れ性に優れた耐磨耗鋼板。
DI*=33.85×(0.1×C)0.5 ×(0.7×Si+1)×(3.33×Mn+1)×(0.35×Cu+1)×(0.36×Ni+1)×(2.16×Cr+1)×(3×Mo+1)×(1.75×V+1)×(1.5×W+1)・・・・・(1)
但し、各合金元素は含有量(質量%)を示し、含有しない場合は0とする。
【請求項2】
鋼組成に、質量%でさらに、
Nb:0.005〜0.025%、
Ti:0.008〜0.020%、
の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1記載の耐応力腐食割れ性に優れた耐磨耗鋼板。
【請求項3】
鋼組成に、質量%でさらに、
Cu:1.5%以下、
Ni:2.0%以下、
V:0.1%以下、
の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1または2記載の耐応力腐食割れ性に優れた耐磨耗鋼板。
【請求項4】
鋼組成に、質量%でさらに、
REM:0.008%以下、
Ca:0.005%以下、
Mg:0.005%以下、
の1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか一つに記載の耐応力腐食割れ性に優れた耐磨耗鋼板。
【請求項5】
更に、焼戻しマルテンサイトの平均結晶粒径が円相当直径で20μm以下であることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一つに記載の耐応力腐食割れ性に優れた耐磨耗鋼板。
【請求項6】
更に、表面硬度がブリネル硬さで400〜520HBW10/3000であることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか一つに記載の耐応力腐食割れ性に優れた耐磨耗鋼板。
【請求項7】
請求項1乃至4のいずれか一つに記載の鋼組成を有する鋼片を1000℃〜1200℃に加熱後、熱間圧延を行い、その後、Ac3〜950℃に再加熱して、1〜100℃/sで加速冷却を実施し、100〜300℃で加速冷却を停止した後、空冷を行う耐応力腐食割れ性に優れた耐磨耗鋼板の製造方法。
【請求項8】
空冷後、100〜300℃に再加熱することを特徴とする請求項7記載の耐応力腐食割れ性に優れた耐磨耗鋼板の製造方法。
【請求項9】
請求項1乃至4のいずれか一つに記載の鋼組成を有する鋼片を1000℃〜1200℃に加熱後、Ar3以上の温度域で熱間圧延した後、Ar3〜950℃の温度から1〜100℃/sで加速冷却を開始し、100〜300℃で加速冷却を停止した後、空冷を行う耐応力腐食割れ性に優れた耐磨耗鋼板の製造方法。
【請求項10】
空冷後、100〜300℃に再加熱することを特徴とする請求項9記載の耐応力腐食割れ性に優れた耐磨耗鋼板の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−214890(P2012−214890A)
【公開日】平成24年11月8日(2012.11.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−73807(P2012−73807)
【出願日】平成24年3月28日(2012.3.28)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】