説明

耐酸性に優れたフェライト系ステンレス鋳鋼および鋳造部材

【課題】 耐酸性に優れ、望ましくは良好な被削性を有している、フェライト系ステンレス鋳鋼を提供する。また、前記フェライト系ステンレス鋳鋼によって成る耐酸性に優れた鋳造部材を提供する。
【解決手段】 質量%で、Cr:18.0〜27.0%、Cu:0.8〜3.5%、Si:0.5〜2.0%、Mo:0.5〜1.5%、Nb:2.5%以下、Ni:0.6%以下、C:0.12%以下、Mn:1.0%以下、Al:0.10%以下、P:0.15%以下、S:0.15%以下、N:0.10%以下で、かつ(Cu+Si):2.0%を超え、残部がFeおよび不可避的不純物を含有する耐酸性に優れたフェライト系ステンレス鋳鋼である。また、これを用いて成る鋳造部材である。また、鋳造部材は排気ガスの流路を切り替える切替バルブ用部材であってよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば航空機や自動車などのエンジンから排出される排気ガスに曝される排気ガス再循環系用部材部材であるガス配管、クーラー部品、切替バルブなどに適する、耐酸性に優れたフェライト系ステンレス鋳鋼に関する。および、前記フェライト系ステンレス鋳鋼によって成る耐酸性に優れた鋳造部材に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、航空機や自動車などにおいては、エンジンから排出される排気ガスの一部を吸気系に還流して燃焼温度を低く抑え、NOxの生成を抑制するシステムが多く採用されている。いわゆる排気ガス再循環(Exhaust Gas Recirculation、以下、EGRという)システムである。
EGRシステムにおいては、例えば上述したガス配管、クーラー部品、切替バルブなど排気ガスに曝される排気ガス再循環系用部材(以下、EGR部材という)が多く使用され、これらEGR部材には、強酸性を呈する排気ガスによる腐食を防止するために優れた耐酸性が望まれている。
【0003】
耐食性や耐酸性と有する材料としては、JIS−G4303に規定されるステンレス鋼を使用することも多い。ステンレス鋼は、一般に組織の特徴などからオーステナイト系、フェライト系、オーステナイト・フェライトの2相系、マルテンサイト系、および析出硬化系に区分され、なかでもオーステナイト系は、フェライト系などに比べて耐食性や耐酸性に優れていることが知られている。
例えば、排気ガスの循環経路の切替機構を有するバルブの筐体(以下、EGRバルブという)には、排気ガスの腐食に耐え得る材料として、一般によく知られるオーステナイト系ステンレス鋼のひとつであるSUS304などが使用されている。
【0004】
また、このような強酸性の排気ガスによる腐食の問題を解決するために、例えば特開2003−193205号公報(特許文献1)では、耐硫酸腐食性に優れた、質量%で、C:0.5%以下、Si:2%以下、Mn:3%以下、S:0.2%以下、Ni:8〜18%、Cr:12〜25%、Mo:0〜4%、W:0〜2%で、かつ(Mo+0.5W):0〜4%、Cu:0.5〜6%で、かつ(Ni/Cu):2%以上、Nb:0〜2.5%、残部:Feおよび不可避的不純物を含有する実質的にオーステナイト系ステンレス鋳鋼からなる排気ガス再循環系部品が提案されている。
【0005】
また、例えば特開2002−121653号公報(特許文献2)には、質量%で、C:0.020%以下、Si:0.30超〜1.00%、Mn:0.50超〜1.00%、P:0.040%以下、S:0.005〜0.020%、Cu:1.0%以下、Ni:1.0%以下、Cr:13.0〜20.0%、Mo:0.50超〜2.00%、Al:0.020%以下、N:0.020%以下、Nb:0.20〜0.50%、O:0.010%以下、C+N:0.010%以上を含有し、残部がFeおよび不可避な不純物からなる冷間加工性、耐食性、切削性、溶接性に優れたフェライト系ステンレス鋼が提案されている。
【0006】
【特許文献1】特開2003−193205号公報
【特許文献2】特開2002−121653号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者は、強酸性の排気ガスに腐食され難く、EGR部材に適する、耐酸性に優れたステンレス鋳鋼を検討するにあたり、例えば上述したEGRバルブでは切替弁等を取り付けることなどのために機械加工を施すことが多いことから、耐酸性に加え、できる限り被削性の良好なステンレス鋳鋼を検討した。
【0008】
上述した特許文献1が提案するオーステナイト系ステンレス鋳鋼からなる排気ガス再循環系部品は、確かに極めて優れた耐硫酸腐食性を有している。また、オーステナイト系ほどではないにしてもオーステナイト・フェライトの2相系ステンレス鋳鋼も耐酸性を有している。しかしながら、オーステナイト系やオーステナイト・フェライトの2相系では、Niなど高価な添加元素が多いために合金そのもののコストが増してしまうので製造コストの点で不利である。また、フェライト系に比べて被削性が劣るので、機械加工コストの面でも不利となることから、さらなる改良が望まれていた。
【0009】
上述したオーステナイト系ステンレス鋼は、面心立法格子の組織形態を有するために加工硬化を生じやすいことから、被削性の点においては、一般的には体心立法格子の組織形態を有するフェライト系ステンレス鋼が有利である。
上述した特許文献2が提案するフェライト系ステンレス鋼は、耐塩水性を有した鍛造用鋼であり、SiやNbの添加により熱間加工性や冷間加工性をも有している。また、Mnを添加することにより被削性を得ている点でも優れている。しかしながら、本発明者の検討によれば、CuやSiの含有量を1.0質量%以下に抑え、鍛造用鋼としての冷間加工性を持たせたために、耐塩水性は有するものの、硫酸などに対する耐酸性の点では不十分であった。
【0010】
本発明の目的は、耐酸性に優れ、望ましくは良好な被削性を有している、フェライト系ステンレス鋳鋼を提供することである。また、前記フェライト系ステンレス鋳鋼によって成る耐酸性に優れた鋳造部材を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者は、上述の課題を鑑み、上述した特許文献2に提案されたフェライト系ステンレス鋼をベース組成とし、硫酸などに対する耐酸性を持たせることを検討した。つまり、Feに対する主たる添加元素であるCr、Cu、Si、Moや、さらにNb、Ni、C、Mn、Al、P、S、Nの作用効果や添加範囲を検討し、これら主たる元素の添加範囲を最適化することによって耐酸性の向上が可能となることを見出し本発明に到達した。
【0012】
すなわち本発明は、質量%で、Cr:18.0〜27.0%、Cu:0.8〜3.5%、Si:0.5〜2.0%、Mo:0.5〜1.5%、Nb:2.5%以下、Ni:0.6%以下、C:0.12%以下、Mn:1.0%以下、Al:0.10%以下、P:0.15%以下、S:0.15%以下、N:0.10%以下で、かつ(Cu+Si):2.0%を超え、残部がFeおよび不可避的不純物をを含有する耐酸性に優れたフェライト系ステンレス鋳鋼である。
【0013】
本発明において望ましくは、質量%で、Cr:18.0〜22.0%、Cu:0.8〜2.2%、Si:1.0〜1.5%を含有する耐酸性に優れたフェライト系ステンレス鋳鋼である。
また、望ましくは、質量%で、(Cu+Si):2.8%以上を含有する耐酸性に優れたフェライト系ステンレス鋳鋼である。
【0014】
また、上述した本発明のフェライト系ステンレス鋳鋼を用いて、耐酸性に優れた鋳造部材を得ることができる。すなわち、質量%で、Cr:18.0〜27.0%、Cu:0.8〜3.5%、Si:0.5〜2.0%、Mo:0.5〜1.5%、Nb:2.5%以下、Ni:0.6%以下、C:0.12%以下、Mn:1.0%以下、Al:0.10%以下、P:0.15%以下、S:0.15%以下、N:0.10%以下で、かつ(Cu+Si):2.0%を超え、残部がFeおよび不可避的不純物を含有するフェライト系ステンレス鋳鋼によって成る耐酸性に優れた鋳造部材を得ることができる。
【0015】
また、上述した鋳造部材は、質量%で、Cr:18.0〜22.0%、Cu:0.8〜2.2%、Si:1.0〜1.5%を含有するフェライト系ステンレス鋳鋼によって成る鋳造部材であることが望ましい。
また、質量%で、(Cu+Si):2.8%以上を含有するフェライト系ステンレス鋳鋼によって成る鋳造部材が望ましい。
また、前記鋳造部材は、排気ガスの流路を切り替える切替バルブ用部材であってもよい。
【発明の効果】
【0016】
本発明の耐酸性に優れたフェライト系ステンレス鋳鋼は、酸性の排気ガスなどによって腐食され難いステンレス鋳鋼である。よって、本発明のステンレス鋳鋼を用いた鋳造部材は、優れた耐酸性を有する鋳造部材となる。そして、例えば上述した切替バルブ用部材(EGRバルブ)などの排気ガス再循環系用部材(EGR部材)に適用すると、優れた性能を発揮することができる。また、オーステナイト系ではなくフェライト系ステンレス鋳鋼であることから被削性の点でも良好となるため、機械加工を施すことが多い上述した切替バルブ用部材(EGRバルブ)などを効率良く工業生産することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
上述したように、本発明のフェライト系ステンレス鋳鋼における重要な特徴は、Cr、Cu、Si、Moなどの元素の添加範囲を最適化することによって優れた耐酸性を付与したことである。
具体的には、質量%で、Cr:18.0〜27.0%、Cu:0.8〜3.5%、Si:0.5〜2.0%、Mo:0.5〜1.5%、Nb:2.5%以下、Ni:0.6%以下、C:0.12%以下、Mn:1.0%以下、Al:0.10%以下、P:0.15%以下、S:0.15%以下、N:0.10%以下で、かつ(Cu+Si):2.0を超え、残部がFeおよび不可避的不純物を含有する、フェライト系ステンレス鋳鋼である。
【0018】
以下、本発明のフェライト系ステンレス鋳鋼について、Feに対する含有成分と各成分の含有範囲の限定理由について詳細に説明する。
Cr:18.0〜27.0(質量%)
Crは、耐酸性を得るために18.0%以上含有させる。ただし、含有量を増やすと耐酸性は向上するものの靭性を損ねることがあるので、27.0%以下の含有に抑える。また、Cr含有による溶湯の酸化などを考慮し、鋳造性を欲するならば18.0〜22.0%の範囲で含有させることが望ましい。また、特に高い耐酸性を欲するならば20.0%を超えて27.0%以下で含有させ、これに加えて鋳造性をも欲するならば20.0%を超えて22.0%以下で含有させることが望ましい。
【0019】
Cu:0.8〜3.5(質量%)
Cuは、本発明においては、耐酸性を付与するために、特に重要な元素である。また、耐熱性の向上にも寄与する。よって、少なくとも0.8%以上を含有させる。また、Cuは、鍛造用鋼では一般に含有を抑えるべき元素とされており、多量に含有させると著しく靭性が劣化して熱間加工性や冷間加工性を損ねてしまうことがある。しかしながら、鋳造用鋼である本発明のフェライト系ステンレス鋳鋼では、鋳造形成することによって所望の形状を得ることができ、実質的な塑性加工を行うことがないので、1.0%を超えて含有することができる。ただし、含有量を増してもそれに見合う耐酸性の向上が期待できないばかりか鋳造性を損ねることがあり、また、鋳造用鋼であっても多大な靭性の劣化は避けるべきである。よって、3.5%以下の含有に抑える。また、耐酸性とともに鋳造性を考慮するならば1.5〜2.5%が望ましく、より鋳造性を考慮するならば2.2%以下に抑えることが望ましい。
【0020】
Si:0.5〜2.0(質量%)
Siは、ステンレス鋼の脱酸元素として有用であるとともに耐酸性の向上をもたらす元素である。また、靭性を損ねるCr酸化物が多量に形成されて分散してしまうことを抑制する作用をも有する。よって、0.5%以上を含有させる。ただし、含有量が多くなりすぎるとSi化合物が多量に形成されて靭性を損ねてしまうことがあるので、2.0%以下の含有に抑える。望ましくは1.0〜1.5%の範囲で含有させる。また、鋳造性の観点からは、1.0%を超えて含有させることが望ましい。
【0021】
Mo:0.5〜1.5(質量%)
Moは、耐食性の向上と固溶強化による強度改善の効果を有するとともに、高温酸化の抑制や高温強度の向上に寄与する元素である。よって、高温での固溶強化を利用し、0.5%以上を含有させることによって高温強度を向上させる。ただし、含有量が多くなりすぎると靭性を損ねてしまうことがあり、コストの点でも不利となるので、1.5%以下の含有に抑える。また、耐酸性、鋳造性、コストなど多面的に考慮すれば、0.8〜1.2%の範囲で含有させることが望ましい。
【0022】
Nb:2.5以下(質量%)
Nbは、固溶強化や析出強化によって高温強度を向上させる元素であり、本発明においてNbは2.5%以下の範囲で含有させる。また、本発明では、CやNと親和させて炭化物や窒化物を形成させることにより、固溶C量や固溶N量を低減させ、硬さの上昇を抑えて被削性を向上させる効果も期待できる。ただし、CやNの含有量に対してNb量が多くなりすぎると、固溶C量や固溶N量を低減させる効果が飽和してしまい、余分なNbそのものによって被削性が低下することがあるので2.5%以下の含有に抑える。望ましくは、質量%で(C+N)量の10倍程度を含有させ、固溶C量や固溶N量の増加を抑えつつ余分なNbを残存させないことである。Nb炭化物やNb窒化物は粒界腐食性を損ねるCr炭化物よりも優先的に生成され、これによりCr炭化物の析出が抑制されて粒界腐食を抑制することができる。
【0023】
Ni:0.6以下(質量%)
Niは、本来は耐酸性の向上や固溶強化に寄与する元素である。しかしながら、0.60%を超えて含有させると、フェライト系よりも被削性の劣るオーステナイト系の組織構造を形成することとなる。また、高価な材料であるために材料コストも増えてしまう。望ましくは0.30%以下とし、生産性では不利となるが、より望ましくは0.20%以下とする。
【0024】
C:0.12以下(質量%)
Cは、不可避的な元素であり、鋳造性の向上には寄与するものの、多量の含有は耐酸性や靭性を劣化させることがあり、望ましくは0.12%以下に抑える。より望ましくは0.08%以下、さらには生産性では不利となるが0.05%以下に抑える。
【0025】
Mn:1.0以下(質量%)
Mnは、鋳鋼の製造時に脱酸剤として必要な元素で、また、MnSを生成して被削性の改善効果を有する。しかしながら、MnSは耐酸性を低下させる化合物でもあるため、望ましくは1.0%以下に抑える。より望ましくは0.70%以下、さらには生産性では不利となるが0.50%以下に抑える。
【0026】
Al:1.0以下(質量%)
Alは、SiやMnよりも効果的な脱酸剤として知られる元素であり、鋳鋼の製造時にも使用することはできる。しかしながら、Alは酸化物を生成し、この酸化物が機械加工を施した表面に残存すると美観を損ねてしまう上に、腐食の起点となって耐酸化性の劣化をもたらしてしまうことがある。よって、望ましくは0.10%以下に抑える。生産性では不利となるが、より望ましくは0.05%以下に抑える。
【0027】
P:0.15以下(質量%)
Pは、不可避的な元素であり、靭性の劣化を引き起こして鋳造時に割れを生じさせることがあり、望ましくは0.15%以下に抑える。生産性では不利となるが、より望ましくは0.10%以下に抑える。
【0028】
S:0.15以下(質量%)
Sは、不可避的な元素であり、MnSを生成して被削性の改善効果を有する。しかしながら、MnSは耐酸性を低下させる化合物でもあるため、望ましくは0.15%以下に抑える。生産性では不利となるが、より望ましくは0.10%以下に抑える。
【0029】
N:0.10下(質量%)
Nは、Cと同様、不可避的な元素であり、結晶粒を微細化して靭性を向上させる効果を有するものの、多量の含有はCr窒化物を析出させることとなり、靭性や耐酸性を劣化させることがある。よって、望ましくは0.10%以下に抑える。より望ましくは、生産性では不利となるが0.05%以下に抑える。
【0030】
(Cu+Si):2.0を超え(質量%)
上述したように本発明においては、質量%で、Cu:0.8〜3.5%、Si:0.5〜2.0%を含有させる。しかしながら、CuとSiの含有量、つまり(Cu+Si)総量が少なすぎると耐酸性を向上させる効果が不十分となるので、(Cu+Si):2.0%を超えて含有させる。ただし、CuとSi、各々の含有量を超えて含有させるものではない。また、やや靭性を劣化させる可能性はあるものの、より高い耐酸性を得るために(Cu+Si):2.8%以上を含有させることもできる。
【0031】
残部がFeおよび不可避的不純物
本発明においては、不可避的として上述したC、P、S、Nといった元素のほか、Mg、Ti、B、V、Co、As、Oなどの元素もまた不可避的な元素である。しかしながら、実質的に全く含有させないことはできないので、本発明の作用効果を阻害しない範囲であれば含有してもよい。
例えばMgは、本来は酸化物を形成してTiNの晶出核となってフェライト粒の微細化効果が期待できるものの、過剰な含有は耐酸性の劣化をもたらしてしまうことがあり、望ましくは0.50質量%以下に抑える。生産性では不利となるが、より望ましくは0.30質量%以下に抑える。
【0032】
例えばTiは、本来はC、N、Sと結合して耐酸性や耐粒界腐食性を向上させたり、CやNの固定作用を有するものの、過剰な含有は鋳造性や靭性の劣化をもたらしてしまうことがあり、望ましくは0.50質量%以下に抑える。生産性では不利となるが、より望ましくは0.20質量%以下に抑える。
例えばBは、本来はTiBを形成してフェライト粒の微細化効果をもたらすものの、過剰な含有は耐酸性や靭性の劣化をもたらしてしまうことがあり、望ましくは0.10質量%以下に抑える。生産性では不利となるが、より望ましくは0.05質量%以下に抑える。
また、この他のV、Co、As、Oについても、耐酸性に影響を及ぼさないように0.10質量%以下、さらには0.05質量%以下に抑えることが望ましい。
【0033】
次に、本発明の耐酸性に優れた鋳造部材について説明する。
本発明の鋳造部材は、上述した本発明のフェライト系ステンレス鋳鋼を用いて鋳造形成することにより得られるものであり、このフェライト系ステンレス鋳鋼と同等の組成および機械特性を有する。よって、本発明の鋳造部材は、酸性を呈する気体や液体に曝される環境下での使用に好適な鋳造部材として形成されて成り、例えば、排気ガスに曝される排気ガス再循環系用部材であるガス配管、クーラー部品、EGRバルブなどに適用することにより、長期に渡って腐食し難い排気ガス再循環系用部材を得ることができる。
また、本発明の鋳造部材としては、例えば、上述したEGRシステムにおいて使用されるガス配管、クーラー部品、EGRバルブなどがある。本発明の鋳造部材は被削性の点でも良好であるので、特に機械加工を施すことが多いEGRバルブのボディすなわち排気ガスの流路を切り替える切替バルブ用部材への適用は好ましく、生産性向上に格段に寄与できる。
【0034】
本発明の排気ガス再循環系用部材を製造する方法としては、従来知られた砂型鋳造などの鋳造法を適用できる。また、生産性の点では、製品と実質的に同一形状の消失性模型から鋳造用鋳型を製作するロストワックス鋳造などの精密鋳造法の適用が有利である。さらには、鋳造形成して得られた鋳物に対して、必要に応じてHIP処理などの熱処理、切削や研削などの機械加工、バリ取りや研磨等の後処理などを施す、といった方法が利用できる。
【実施例】
【0035】
(フェライト系ステンレス鋳鋼の耐酸性評価)
本発明のフェライト系ステンレス鋳鋼の耐酸性を評価するために、表1および表2に示す各組成(本発明の実施例:1〜3、比較例:4〜10、従来例:SUS430、SUS304)から成る腐食試験に供する丸棒形状の試験体(外径10mm、長さ20mm、全表面積785mm)を製造した。なお、表1および表2に示していない元素もあるが、残部および不可避的不純物としてFeに含むものである。
試験体を製造するにあたっては、まず所定量の原材料を高周波炉で大気溶解し、溶湯を1620〜1640℃に制御しながら、Yブロック型に鋳造した後に上記試験体の寸法形状に機械加工することによって鋳物素材を得た。そして、この鋳物素材に対して機械加工を施し、上記形状を有する各々の試験体を得た。
【0036】
【表1】

【0037】
【表2】

【0038】
次に、上記試験体を使用して、耐酸性を評価する腐食試験を実施した。腐食試験にあたっては、腐食液には、硫酸、硝酸、蟻酸、酢酸、塩酸を混合し、水に対する硫酸の濃度を0.25%、1.0%、3.0%、5.0%として得た4種類の酸性水溶液を用い、ガラスビーカーに入れて使用した。また、腐食試験は、ナイロン糸で支持した試験体を、初回に限り十分にアルコール洗浄し、この後にホットスターラー上で湯煎して80℃±3℃に温度制御した上記酸性水溶液の中に1h浸漬し、次いで試験体を引き上げてドライヤーで乾燥させ、試験体の質量を測定することにより、腐食による試験体の減量を得る手順とした。そして、この試験体に対して再び、上記酸性水溶液に1h浸漬し、引き上げて乾燥させ、質量を測定する、という手順を試験体の減量が零となるまで繰り返した。
腐食試験の結果を表3に示す。なお、腐食の評価には、腐食度g/m・h−1(JIS−Z8401)を用いた。
【0039】
【表3】

【0040】
表3より、本発明の実施例1〜3では、酸性水溶液の硫酸濃度0.25〜5.0%に対する腐食度は、最も大きい実施例2でも0.99〜354.57g/m・h−1であり、400g/m・h−1以下となっていた。また、より好ましい実施例3では0.00〜182.24g/m・h−1であり、200g/m・h−1以下となっていた。
これに対し、同じフェライト系ステンレス鋳鋼である従来のSUS430の腐食度は、18.99〜670.85g/m・h−1であった。また、比較例4〜8では、最も小さい比較例4でも63.82〜769.17g/m・h−1であり、400g/m・h−1程度の実施例2にも及ばないことがわかった。
【0041】
以上より、本発明のフェライト系ステンレス鋳鋼は、従来のSUS430や比較例4〜8に比べ、優れた耐酸性を有することが確認できた。また、酸性水溶液の硫酸濃度1.0%以下においては、実施例3の組成を有する本発明のフェライト系ステンレス鋳鋼が特に優れた耐酸性を有していることがわかった。
【0042】
(鋳造部材の実施例)
次に、本発明の鋳造部材の実施例となる、図1に外観形状を模式的に示す、排気ガス再循環系用部材(EGR部材)のひとつである、排気ガスの流路を切り替える用途に使用される切替バルブ用部材(以下、EGRバルブ1という)を、ロストワックス精密鋳造法によって鋳造形成した。製造したEGRバルブ1は、フランジ面6を有する筐体2と、エンジン始動時など低温の排気ガスの流路となる低温側通路3と、高温の排気ガスをクーラーに送るための流路となる高温側通路4と、図示しないバタフライバルブを取り付ける軸(図示せず)を挿入する軸穴5と、該軸の取付穴7と、上記バタフライバルブを突き当てるストッパ3a、4aと、上記筐体の固定穴8を有する。また、材料には、表1に実施例3として示したフェライト系ステンレス鋳鋼の組成を有する材料を使用した。
【0043】
まず、EGRバルブ1と実質的に同一の空間形状(キャビティ)となる金型を構成し、このキャビティに市販のワックス(パターンワックスA7−TCF/RR、株式会社ブライソンジャパン)を射出し、EGRバルブ1と実質的に同一の形状を有する消失性模型を得た。具体的には、上記消失性模型には、これと同じワックスからなる押湯や湯道等を同時に射出成形し、押湯や湯道等を一体化したドラム状模型を得た。このドラム状模型に対して耐火物のコロイダルシリカを含むスラリーとジルコンサンドを含むスタッコとを繰り返しコーティングし、複数層の耐火物層を具備する鋳型を得た。
【0044】
そして、上記鋳型を十分に乾燥させた後、高温水蒸気オートクレーブによって鋳型内から、ワックスからなるドラム状模型、つまり、EGRバルブ1と実質的に同一の形状を有する消失性模型と押湯や湯道等を加熱溶融させて完全に溶出除去することにより、鋳造に供する鋳型を得た。
次いで、表1に実施例3として示した組成の材料、つまり、質量%で、Cr:19.65%、Cu:1.81%、Si:1.21%、Mo:0.96%、Nb:0.41%、Ni:0.11%、C:0.04%、Mn:0.07%、Al:0.02%、P:0.02%、S:0.01%、N:0.01%で、残部:Feおよび不可避的不純物からなる(Cu+Si):3.02%の溶湯を、大気溶解して得た。そして、この溶湯を1620〜1640℃に制御しながら上記鋳型に吸引鋳造し、冷却後に鋳型を解体し、サンドショットにより鋳型屑等を除去した後にブロー清掃し、本発明の実施例となるEGRバルブ1の鋳物素材(外形状70mm×105mm×30mm、質量683g)を得た。
【0045】
上述のように製造したEGRバルブ1の鋳物素材に対し、サンドショットを施した後にブロー清掃し、さらに軸穴5やフランジ面6、取付穴7などを機械加工することにより、本発明の排気ガス再循環系用部材の一例となる、図1に示す、排気ガスの流路を切り替える用途に使用される、外形状70mm×105mm×29mm、質量614gの切替バルブ用部材(EGRバルブ)を得ることができた。
このようにして得られたEGRバルブは、本発明の耐酸性に優れたフェライト系ステンレス鋳鋼と同じ組成を有するので、硫酸などの強酸に対する耐酸性を備えた高性能なEGRバルブとして提供することができる。また、オーステナイト系に比べて被削性の点でも良好であって機械加工コストの面でも有利となるので、安価なEGRバルブとして提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】本発明の排気ガス再循環系用部材の一例となるEGRバルブの外観の模式図である。
【符号の説明】
【0047】
1.RGRバルブ、2.筐体、3.低温側通路、3a.ストッパ、4.高温側通路、4a.ストッパ、5.軸穴、6.フランジ面、7.取付穴、8.固定穴

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Cr:18.0〜27.0%、Cu:0.8〜3.5%、Si:0.5〜2.0%、Mo:0.5〜1.5%、Nb:2.5%以下、Ni:0.6%以下、C:0.12%以下、Mn:1.0%以下、Al:0.10%以下、P:0.15%以下、S:0.15%以下、N:0.10%以下で、かつ(Cu+Si):2.0%を超え、残部がFeおよび不可避的不純物を含有することを特徴とする耐酸性に優れたフェライト系ステンレス鋳鋼。
【請求項2】
質量%で、Cr:18.0〜22.0%、Cu:0.8〜2.2%、Si:1.0〜1.5%を含有することを特徴とする請求項1に記載の耐酸性に優れたフェライト系ステンレス鋳鋼。
【請求項3】
質量%で、(Cu+Si):2.8%以上を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の耐酸性に優れたフェライト系ステンレス鋳鋼。
【請求項4】
質量%で、Cr:18.0〜27.0%、Cu:0.8〜3.5%、Si:0.5〜2.0%、Mo:0.5〜1.5%、Nb:2.5%以下、Ni:0.6%以下、C:0.12%以下、Mn:1.0%以下、Al:0.10%以下、P:0.15%以下、S:0.15%以下、N:0.10%以下で、かつ(Cu+Si):2.0%を超え、残部がFeおよび不可避的不純物を含有するフェライト系ステンレス鋳鋼によって成ることを特徴とする耐酸性に優れた鋳造部材。
【請求項5】
質量%で、Cr:18.0〜22.0%、Cu:0.8〜2.2%、Si:1.0〜1.5%を含有するフェライト系ステンレス鋳鋼によって成ることを特徴とする請求項4に記載の耐酸性に優れた鋳造部材。
【請求項6】
質量%で、(Cu+Si):2.8%以上を含有するフェライト系ステンレス鋳鋼によって成ることを特徴とする請求項4または5に記載の耐酸性に優れた鋳造部材。
【請求項7】
前記鋳造部材は、排気ガスの流路を切り替える切替バルブ用部材であることを特徴とする請求項4乃至6のいずれかに記載の耐酸性に優れた鋳造部材。

【図1】
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【公開番号】特開2008−195985(P2008−195985A)
【公開日】平成20年8月28日(2008.8.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−30296(P2007−30296)
【出願日】平成19年2月9日(2007.2.9)
【出願人】(000005083)日立金属株式会社 (2,051)
【出願人】(305022598)株式会社日立メタルプレシジョン (69)
【Fターム(参考)】