説明

耐食性と母材靭性に優れた船舶用高張力鋼材

【課題】海水による塩分や恒温多湿に曝される環境下における耐食性と母材靭性に優れた船舶用高張力鋼材を提供する。
【解決手段】C:0.01〜0.20%(質量%の意味、以下同じ)、Si:0.01〜1%、Mn:0.01〜2%、Al:0.005〜0.1%を夫々含有する他、Co:0.01〜1%およびMg:0.0005〜0.02%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、島状マルテンサイトの分率が1.0%以下で且つ残部がベイナイト組織であることを特徴とする耐食性と母材靭性に優れた船舶用高張力鋼材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐食性と母材靭性に優れた船舶用高張力鋼材に関するものであり、特に海水による塩分や恒温多湿に曝される環境下における耐食性と母材靭性に優れた船舶用高張力鋼材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
各種船舶において主要な構造材(例えば、外板、バラストタンク、原油タンク等)として用いられている鋼材は、海水による塩分や恒温多湿に曝されることから腐食損傷を受けることが多い。こうした腐食は、浸水や沈没などの海難事故を招く恐れがあることから、鋼材には何らかの防食手段を施す必要がある。
【0003】
これまでに行われている防食手段としては、塗装や電気防食等が一般的な手段として挙げられる。しかし重塗装に代表される上記塗装の場合、塗膜欠陥が存在する可能性が高く、製造工程での衝突等により塗膜に傷が付く場合もあるため、素地鋼材が露出することが多い。この様な鋼材露出部では局部的かつ集中的に鋼材が腐食するため、内容されている石油系液体燃料の早期漏洩に繋がる。
【0004】
一方、電気防食は、海水中に完全に浸漬された部位に対して非常に有効であるが、大気中で海水飛沫を受ける部位等では防食に必要な電気回路が形成されず、防食効果が十分に発揮されないことがある。また、防食用の流電陽極が異常消耗や脱落して消失した場合には、直ちに激しい腐食が進行することがある。
【0005】
上記技術の他、鋼材自体の耐食性を向上させたものとして、例えば特許文献1のような技術も提案されている。この技術では、鋼材の化学成分を適切に調整することによって、耐食性を優れたものとし、無塗装であっても使用できる造船用耐食鋼が開示されている。また特許文献2には、鋼材の化学成分組成を適切なものとすることにより、塗膜寿命性を向上させた船舶用鋼材について開示されている。これらの技術では、従来に比べてある程度の耐食性は確保できるようになったといえる。
【0006】
しかし上記技術では、耐食性の改善については取り組まれているものの、船舶用高張力鋼材で要求されるEグレード(−20℃でのシャルピー衝撃試験値が55J以上)に対応できる優れた母材靭性も併せて具備させることについては検討されておらず、耐食性と母材靭性の両特性に優れた船舶用鋼材の実現が切望されている。
【特許文献1】特開2000−17381号公報 特許請求の範囲等
【特許文献2】特開2002−266052号公報 特許請求の範囲等
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、塗装や電気防食を施さなくても実用化できる耐食性に優れた船舶用鋼材、特に、すきま腐食に対する耐久性に優れていると共に、海水に起因する塩分付着と湿潤環境による腐食に対しても優れた耐久性を発揮し、更には優れた母材靭性を示す船舶用高張力鋼材を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成することのできた本発明の船舶用高張力鋼材とは、C:0.01〜0.20%(質量%の意味、以下同じ)、Si:0.01〜1%、Mn:0.01〜2%、Al:0.005〜0.1%を夫々含有する他、Co:0.01〜1%およびMg:0.0005〜0.02%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、島状マルテンサイトの分率が1.0%以下で且つ残部がベイナイト組織である点に要旨を有するものである。この船舶用高張力鋼材においては、Coの含有量[Co]とMgの含有量[Mg]の比の値([Co]/[Mg])を2〜350の範囲に調整することが好ましい。
【0009】
また本発明の船舶用高張力鋼材においては、必要により、(A)Cu:1.5%以下(0%を含まない)、Cr:1%以下(0%を含まない)、Ni:2%以下(0%を含まない)およびTi:0.1%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上、(B)Ca:0.02%以下(0%を含まない)、(C)Mo:0.5%以下(0%を含まない)および/またはW:0.3%以下(0%を含まない)、(D)B:0.01%以下(0%を含まない)、V:0.1%以下(0%を含まない)およびNb:0.05%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上、等を含有させることも有効であり、含有させる成分の種類に応じて船舶用鋼材の特性が更に改善される。
【0010】
尚、上記島状マルテンサイトの分率は、後述する実施例に示す方法で測定した値をいうものとする。
【発明の効果】
【0011】
本発明の船舶用鋼材は、所定量のCoとMgを併用して含有させると共に、化学成分組成と製造方法を適切に調整することによって、塗装および電気防食を施さなくても実用化できる耐食性を実現でき、特にすきま腐食に対する耐久性に優れていると共に、海水に起因する塩分付着と湿潤環境による腐食に対しても優れた耐久性を発揮する。更には高い母材靭性を兼備しており、原油タンカー、貨物船、貨客船、客船、軍艦等の船舶における外板、バラストタンク、原油タンク等の素材として有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明者らは、前記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、所定量のCoとMgを併用して含有させると共に、化学成分組成および製造方法を適切に調整すれば、上記課題を解決することのできる船舶用高張力鋼材を実現できることを見出し、本発明を完成した。以下、本発明について詳述する。
【0013】
本発明の鋼材においては、CoとMgを併用して含有させることが重要であり、これらの成分のいずれを欠いても、本発明の目的を達成することができない。これらの成分における各作用効果は後述するが、これらを併用することにより耐食性が向上した理由は、次のように考えられる。
【0014】
Mgは、腐食部分におけるpH低下を抑制し、腐食反応を抑制して耐食性を向上させる作用を発揮する。ところで通常の成分系の鋼材(例えば、Si−Mn鋼材)の場合、生成する錆がポーラスであるため、溶解したMgは、鋼板表面近傍にとどまることなく直ちに外部(例えば、海水中)に拡散してしまう。つまり、Mgを単独で含有させたのでは上記Mgによる耐食性向上効果が十分に発揮されない。しかしながら、Mgと共にCoを含有させることにより、微細な表面錆皮膜が形成され、溶解したMgの外部への拡散が抑制されるため、上記Mgの耐食性向上効果が存分に発揮される。また、溶解したCoの加水分解平衡反応との相乗効果によっても、耐食性を大幅に向上できるものと考えられる。
【0015】
こうした効果は、MgおよびCoを後述する適切な量に制御することにより発揮されるが、より確実に耐食性を高めるには、これらの含有量の比の値([Co]/[Mg]:質量比)を2〜350に制御することが好ましい。上記([Co]/[Mg])が2未満であると、局部腐食の抑制が不十分となりやすい。より好ましくは10以上であり、更に好ましくは20以上である。一方、([Co]/[Mg])が350を超えると全面腐食の抑制が不十分となるため好ましくない。より好ましくは100以下、更に好ましくは95以下、特に好ましくは80以下、最も好ましくは60以下である。
【0016】
本発明の鋼材では、その鋼材としての基本的特性を満足させるために、C、Si、Mn、Al等の基本成分も適切に調整する必要がある。これらの成分の範囲限定理由について、上記Co、Mg各元素の作用効果と共に以下に示す。
【0017】
〈C:0.01〜0.20%〉
Cは、材料の強度確保のために必要な元素である。船舶の構造部材としての最低強度を得るには、0.01%以上含有させる必要がある。しかし、0.20%を超えて過剰に含有させると靱性、溶接性が劣化する。こうしたことから、C含有量の範囲は0.01〜0.20%とした。尚、C含有量の好ましい下限は0.02%であり、より好ましくは0.04%以上とするのが良い。また、C含有量の好ましい上限は0.18%であり、より好ましくは0.16%以下とするのが良い。
【0018】
〈Si:0.01〜1%〉
Siは、脱酸と強度確保のために必要な元素であり、0.01%に満たないと構造部材としての最低強度を確保できない。しかし、1%を超えて過剰に含有させると溶接性、HAZ靭性が劣化する。尚、Si含有量の好ましい下限は0.02%である。より好ましくは0.05%以上とするのがよい。また、Si含有量の好ましい上限は0.8%であり、より好ましくは0.6%以下とするのが良い。
【0019】
〈Mn:0.01〜2%〉
MnもSiと同様に脱酸および強度確保のために必要な元素であり、0.01%に満たないと構造部材としての最低強度を確保できない。しかし、2%を超えて過剰に含有させると靱性が劣化する。尚、Mn含有量の好ましい下限は0.05%であり、より好ましくは0.10%以上とするのが良い。また、Mn含有量の好ましい上限は1.8%であり、より好ましくは1.6%以下とするのが良い。
【0020】
〈Al:0.005〜0.1%〉
AlもSi、Mnと同様に脱酸および強度確保のために必要な元素であり、0.005%に満たないと脱酸等の効果が十分発揮されない。しかし、0.1%を超えて添加すると溶接性、HAZ靭性を害するため、Al含有量の範囲は0.005〜0.1%とした。尚、Al含有量の好ましい下限は0.010%であり、より好ましくは0.015%以上とするのが良い。また、Al含有量の好ましい上限は0.09%であり、より好ましくは0.08%以下とするのが良い。
【0021】
〈Co:0.01〜1%〉
Coは、高塩分環境において、鋼材の耐食性向上に大きく寄与する緻密な表面錆皮膜の形成に必要不可欠な元素である。こうした効果を発揮させるには、Co含有量を0.01%以上とすることが必要である。しかしながら、1%を超えて過剰に含有させると溶接性、HAZ靭性が劣化する。こうしたことからCo含有量は、0.01〜1%とした。尚、Co含有量の好ましい下限は0.015%であり、より好ましくは0.020%以上とするのが良い。また、Co含有量の好ましい上限は0.8%であり、より好ましくは0.6%以下である。
【0022】
〈Mg:0.0005〜0.02%〉
Mgは溶解することによってpH上昇作用を示すことから、鉄の溶解が生じている局部アノードにおいて、加水分解反応によるpH低下を抑制して腐食反応を抑制し、耐食性を向上させる作用を有する。こうした効果を発揮させるには、Mgを0.0005%以上含有させることが必要である。しかしMg含有量が0.02%を超えると、加工性および溶接性が劣化する。こうしたことから、Mg含有量は0.0005〜0.02%の範囲が適正である。Mg含有量の好ましい下限は0.0007%であり、より好ましくは0.0010%以上含有させるのが良い。またMg含有量の好ましい上限は0.018%であり、より好ましくは0.015%以下とするのが良い。
【0023】
本発明の船舶用鋼材における基本成分は上記の通りであり、残部はFeおよび不可避的不純物(例えば、P,S,O等)からなるものであるが、これら以外にも鋼材の特性を阻害しない程度の成分(例えば、Zr,N等)も許容できる。但し、これら許容成分は、その量が過剰になると靭性が劣化するので、0.1%程度以下に抑えるべきである。
【0024】
また、本発明の船舶用鋼材には、上記成分の他、必要によって(A)Cu,Cr,NiおよびTiよりなる群から選ばれる1種以上、(B)Ca、(C)Moおよび/またはW、(D)B,VおよびNbよりなる群から選ばれる1種以上、等を含有させることも有効であり、含有させる成分の種類に応じて船舶用鋼材の特性が更に改善される。
【0025】
〈Cu:1.5%以下(0%を含まない)、Cr:1%以下(0%を含まない)、Ni:2%以下(0%を含まない)およびTi:0.1%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上〉
Cu,Cr、NiおよびTiは、いずれも耐食性向上に有効な元素である。このうちCuおよびCrは、Coと同様に、耐食性向上に大きく寄与する緻密な表面錆被膜の形成に有効な元素である。こうした効果を発揮させるには、いずれの元素を含有させる場合も0.01%以上(より好ましくは0.05%以上)とすることが好ましい。しかし、過剰に含有させると溶接性や熱間加工性、HAZ靭性が劣化することから、Cuは1.5%以下(より好ましくは1.0%以下)、Crは1%以下(より好ましくは0.8%以下)とすることが好ましい。
【0026】
Niは、上記耐食性向上に大きく寄与する緻密な表面錆被膜の安定化に有効な元素であり、こうした効果を発揮させるには0.01%以上含有させることが好ましい。しかしながら、Ni含有量が過剰になると溶接性や熱間加工性が劣化する。また大幅なコストアップにつながることから、Ni量は2%以下とすることが好ましい。Niを含有させるときのより好ましい下限は0.05%であり、より好ましい上限は1.5%である。
【0027】
Tiは、上記耐食性向上に大きく寄与する表面錆被膜を緻密化して環境遮断性を向上させると共に、すきま内部における腐食を抑制して、耐すきま腐食性も向上させる元素である。上記効果を十分に発揮させるには、0.005%以上含有させることが好ましいが、0.1%を超えて過剰に含有させると、加工性、溶接性およびHAZ靭性が劣化するので好ましくない。Tiを含有させる場合、より好ましい下限は0.008%であり、より好ましい上限は0.05%である。
【0028】
〈Ca:0.02%以下(0%を含まない)〉
CaはMgと同様に、溶解することによってpH上昇作用を示し、鉄の溶解が起こっている局部アノードにおいて、加水分解反応によるpH低下を抑制して腐食反応を抑制し、耐食性を向上させるのに有効な元素である。Caによるこうした効果は、0.0005%以上含有させることによって有効に発揮されるが、0.02%を超えて過剰に含有させると、加工性および溶接性を劣化させることになる。Caを含有させるときのより好ましい下限は0.0010%であり、より好ましい上限は0.015%である。
【0029】
〈Mo:0.5%以下(0%を含まない)および/またはW:0.3%以下(0%を含まない)〉
MoおよびWは、腐食の均一性を高めて局部腐食による穴あきを抑制する作用がある。特にCoと同時に含有させることによって、均一腐食性向上作用が顕著に発揮される。こうした効果を発揮させるには、いずれの場合も0.01%以上含有させることが好ましい。しかし、過剰に含有させると溶接性、HAZ靭性が劣化する上、大幅なコストアップとなることから、Moは0.5%以下、Wは0.3%以下とすることが好ましい。Moを含有させるときのより好ましい下限は0.02%であり、より好ましい上限は0.3%である。またWを含有させるときのより好ましい下限は0.02%であり、より好ましい上限は0.2%である。
【0030】
〈B:0.01%以下(0%を含まない)、V:0.1%以下(0%を含まない)およびNb:0.05%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上〉
船舶への適用部位によっては更なる高強度化の必要な場合があるが、これらの元素は強度をより向上させるのに有効な元素である。このうちBは、焼入性を向上させて強度を高めるのに有効な元素であり、該効果を発揮させるには、0.0001%以上含有させることが好ましい。しかし0.01%を超える過剰のBを含有させると母材靭性、HAZ靭性が劣化するため好ましくない。Vにより強度向上を図るには、0.003%以上含有させることが好ましいが、0.1%を超えて過剰に含有させると鋼材の靭性劣化、及びHAZ靭性の劣化を招くため好ましくない。Nbにより強度を高めるには0.003%以上含有させることが有効であるが、0.05%を超えて過剰に含有させると鋼材の靭性劣化、HAZ靭性の劣化を招くため好ましくない。尚、これらの元素のより好ましい下限は、Bについては0.0003%、Vについては0.005%、Nbについては0.005%である。またより好ましい上限は、Bについては0.0090%、Vについては0.07%、Nbについては0.03%である。
【0031】
高強度と優れた母材靭性を兼備させるには、金属組織を、全組織に占める島状マルテンサイトの分率が1.0%以下で且つ残部がベイナイト組織のものとする必要がある。ベイナイト組織を主体とする高強度鋼では、硬質相である島状マルテンサイト(Martensite-Austenite constituent,以下「MA」ということがある)が生成し易く、これが破壊の起点となり、母材靭性に悪影響を及ぼすからである。図1は、島状マルテンサイトの分率(MA分率)とvTrs(破面遷移温度)の関係を示すグラフであり、後述する実施例の実験結果を整理したものであるが、この図1より、vTrsが−40℃以下と優れた母材靭性を示す鋼材を得るには、MA分率を1.0%以下に抑える必要があることがわかる。より好ましくは、上記MA分率を0.7%以下とするのがよい。
【0032】
尚、本発明でいう「残部がベイナイト組織」とは、全組織に占めるベイナイト組織が90%以上であって、ベイナイト組織以外に、製造工程で不可避的に形成され得るその他の組織(フェライト、パーライト、MA)を合計で10%以下含む意図である。
【0033】
上記組織を得るには、上記成分組成を満たす鋼材を用い、製造過程における熱間圧延終了後、仕上圧延終了温度から、ベイナイト変態終了温度(Bf)以下でマルテンサイト変態開始温度(Ms)以上の温度域までを、6℃/s以上で冷却することが推奨される。この様に、冷却速度の制御をBf以下まで行うことによって、組織をベイナイト主体とすることができ、一方、冷却速度の制御をMs以上までとすることで、未変態オーステナイトが硬質相であるMAになることを十分抑制できる。尚、上記仕上圧延終了温度とは、後述する実施例に示す要領で求める仕上圧延終了時のt(板厚)/4部位の温度をいうものとする。
【0034】
前記速度での冷却を行う方法としては、直接焼入れ、加速冷却等の方法が挙げられるが、理論的限界冷却速度を実現できる直接焼入れ法を採用することが推奨される。
【0035】
また、熱間圧延に際して行う加熱の温度は950〜1200℃とすればよく、熱間圧延時の仕上圧延終了温度(後述する実施例に示す要領で求めるt/4部位の温度)は、800〜900℃の範囲に制御すれば、高強度と高靭性を両立できるので好ましい。
【0036】
本発明の船舶用高張力鋼材は、基本的には塗装を施さなくても鋼材自体が優れた耐食性を発揮するものであるが、必要によって、後記実施例に示すタールエポキシ樹脂塗料、或はそれ以外の代表される重防食塗装、ジンクリッチペイント、ショッププライマー、電気防食などの他の防食方法と併用することも可能である。こうした防食塗装を施した場合には、後記実施例に示すように塗装膜自体の耐食性(塗装耐食性)も良好なものとなる。
【0037】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含されるものである。
【実施例】
【0038】
下記表1に示す化学成分組成の鋼材を転炉で溶製し、連続鋳造スラブ(スラブ厚は表2に示す通り)に熱間圧延を施して表2に示す板厚の鋼板を製作した。表1に示すBfおよびMsは、加工フォーマスター試験によりCCT曲線を作成してそれぞれ求めたものである。
【0039】
熱間圧延に際して行う加熱の温度、仕上圧延終了温度(仕上圧延終了時のt/4部位の温度)、仕上圧延終了後の冷却速度、該冷却速度での冷却終了温度を表2に示す。尚、表2には、仕上圧延終了時の表面温度(実測値)も参考までに示す。上記仕上圧延終了時のt/4部位の温度は、下記(1)〜(6)の要領で求めたものである。
(1)プロセスコンピュータにおいて、加熱開始から加熱終了までの雰囲気温度、在炉時間に基づき、鋼片の表面から裏面までの板厚方向の任意の位置の加熱温度を算出する。
(2)上記算出した加熱温度を用い、圧延中の圧延パススケジュールやパス間の冷却方法(水冷あるいは空冷)のデータに基づいて、板厚方向の任意の位置の圧延温度を差分法など計算に適した方法を用いて算出しつつ、圧延を実施する。
(3)鋼板表面温度は、圧延ライン上に設置された放射型温度計を用いて実測する(ただし、プロセスコンピュータ上においても計算を実施する)。
(4)粗圧延開始時、粗圧延終了時および仕上圧延開始時にそれぞれ実測した鋼板表面温度を、プロセスコンピュータ上の計算温度と照合する。
(5)粗圧延開始時、粗圧延終了時および仕上圧延開始時の計算温度と上記実測温度の差が±30℃以上の場合は、実測表面温度と計算表面温度が一致する様に再計算し、プロセスコンピュータ上の計算温度とする。
(6)上記計算温度の補正を行って、t/4部位の仕上圧延終了温度を求める。
【0040】
上記の様にして得られた鋼板を用いて、金属組織の観察、機械的性質(引張特性、衝撃特性)および耐食性の評価を行った。
【0041】
〈金属組織の観察〉
島状マルテンサイトの分率は下記の様にして測定した。即ち、圧延方向に並行で且つ鋼板表面に対して垂直な、鋼板表裏面を含む板厚断面を観察できるよう上記鋼板からサンプルを採取し、観察面を鏡面研磨した後、レペラー腐食液で腐食した。そして、t(板厚)/4部位を、光学顕微鏡にて1000倍の倍率で撮影し(1視野サイズ:60μm×80μm)、主体の組織がベイナイト(B)、またはフェライト(F)+パーライト(P)であるかを判断した上で、主体の組織がベイナイトの場合には、上記撮影した写真を画像解析装置に取り込み、白黒に画像処理してから白い部分(MA)の面積率を求めた。
【0042】
上記測定を任意の3視野について行い、その平均値をMA分率とした。
【0043】
〈機械的性質の評価〉
[引張特性の評価]
各鋼板のt/4部位から、圧延方向に対して直角の方向にJIS Z 2201の4号試験片を採取して、JISZ 2241の要領で引張試験を行ない、引張強度(TS)を測定した。そして、YPが390MPa以上でかつTSが510MPa以上のもの(YP:390MPa級鋼材の船級規格値)を、高張力であり、船舶用鋼材としての引張特性を具備していると評価した。
【0044】
[母材靭性の評価]
各鋼板のt/4部位からJIS Z 2202のVノッチ試験片を採取して、JISZ 2242の要領でシャルピー衝撃試験を行い、破面遷移温度(vTrs)を測定した。そして、vTrsが−40℃以下のものを、母材靭性に優れる[船級Eグレード鋼材規格値(−20℃で55J以上)を安定して確保できる]と評価した。
【0045】
これらの結果を表2に併記する。
【0046】
【表1】

【0047】
【表2】

【0048】
〈耐食性の評価〉
[試料の調製]
上記鋼板を切断し、表面研削を行って、最終的に100×100×25(mm)の大きさの試験片を作製した(試験片A)。試験片Aの外観形状を図2に示す。
【0049】
また、図3に示すように20×20×5(mm)の小試験片4個を、100×100×25(mm)の大試験片(前記試験片Aと同じもの)に接触させて、すきま部を形成した試験片Bを作製した。すきま形成用の小試験片と大試験片とは同じ化学成分組成の鋼材として、表面仕上げも前記試験片Aと同じ表面研削とした。そして小試験片の中心に5mmφの孔を、基材側(大試験片側)にねじ孔を開けて、M4プラスチック製ねじで固定した。
【0050】
更に、平均厚さ250μmのタールエポキシ樹脂塗装(下塗り:ジンクリッチプライマー)を全面に施した試験片C(図4)を用意した。そして、防食のための塗膜に傷が付き素地の鋼材が露出した場合の腐食進展度合いを調べるために、試験片Cの片面に素地まで達するカット傷(長さ:100mm、幅:約0.5mm)をカッターナイフで形成した。
【0051】
前記表2に示した実験No.ごとに、試験片A、試験片Bおよび試験片Cを夫々5個ずつ用意し、下記の方法で腐食試験を行った。
【0052】
[腐食試験方法]
まず海洋環境を模擬して、海水噴霧試験と恒温恒湿試験の繰り返しによる複合サイクル腐食試験を行った。海水噴霧試験では、水平から60°の角度で傾けて供試材(各試験片A〜C)を試験槽内に設置し、35℃の人工海水(塩水)を霧状に噴霧させた。塩水の噴霧は常時連続して行った。このとき試験槽内において、水平に設置した面積80cmの円形皿に1時間当たりに1.5±0.3mLの人工海水が任意の位置で採取されるような噴霧量に予め調整した。恒温恒湿試験は、温度:60℃、湿度:95%に調整した試験槽内に、供試材を水平から60°の角度で傾けて設置して行った。海水噴霧試験:4時間、恒温恒湿試験:4時間を1サイクルとして、これらを交互に行って、供試材を腐食させた。トータルの試験時間は6ヶ月間とした。
(a)試験片Aについては、試験前後の重量変化を平均板厚減少量D-ave(mm)に換算し、試験片5個の平均値を算出して、各供試材の全面腐食性を評価した。また、触針式三次元形状測定装置を用いて試験片Aの最大侵食深さD-max(mm)を求め、平均板厚減少量[D-ave(mm)]で規格化して(即ち、D-max/D-aveを算出して)、腐食均一性を評価した。尚、試験後の重量測定および板厚測定は、クエン酸水素二アンモニウム水溶液中での陰極電解法[JIS K8284]により鉄錆等の腐食生成物を除去してから行った。
(b)試験片Bについては、すきま部(接触面)の目視観察を行ってすきま腐食発生の有無を調べ、すきま腐食が認められる場合には、上記陰極電解法により腐食生成物を除去し、触針式三次元形状測定装置を用いて最大すきま腐食深さD-crev(mm)を測定した。
(c)塗装処理を施した試験片C(カット傷付き)については、試験後にカット傷を形成した面における塗膜膨れ面積の比率(膨れ面積率)を測定した。膨れ面積率は格子点法(格子間隔1mm)によって求めた。即ち、膨れの認められた格子点の数を全格子点数で除したものを膨れ面積率と定義して、試験片5個の平均値を求めた。また、カット傷に垂直方向の塗膜膨れ幅をノギスで測定し、試験片5個の最大値を最大膨れ幅と定義した。
【0053】
上記耐全面腐食性(D-ave)、腐食均一性(D-max/D-ave)、耐すきま腐食性(D-crev)、塗装耐食性(膨れ面積率および最大膨れ幅)の評価基準は下記表3に示す通りである。腐食試験結果を下記表4に示す。
【0054】
【表3】

【0055】
【表4】

【0056】
表1〜4から次のように考察できる(尚、下記No.は、表2,4の実験No.を示す)。
【0057】
Coを含有していないNo.2およびCo含有量が本発明で規定する下限値に満たないNo.4のものは、Mgの添加効果により、従来鋼(No.1)に比べて耐全面腐食性がやや改善しているが、耐全面腐食性以外については改善がみられない。
【0058】
また、Mgを含有していないNo.3およびMg含有量が本発明で規定する下限値に満たないNo.5のものは、Coの添加効果により、従来鋼(No.1)に比べて腐食均一性がやや改善しているが、腐食均一性以外については改善がみられず、これらには、船舶用鋼材としての優れた耐食性が備わっていない。
【0059】
更に、No.16、17は、推奨される冷却速度での冷却をMsを下回る温度域まで行なったため、MA分率が大きくなり、優れた母材靭性を確保できていない。また、No.18は、推奨される冷却速度を下回る速度での冷却をBfよりも高い温度で終了したため、フェライトが生成し、所望の強度が得られていない。No.21は、推奨される冷却速度を下回る速度で冷却したためフェライトが生成し、強度が不足している。
【0060】
これに対し、本発明で規定する要件を満たす鋼材は、優れた母材靭性を具備すると共に耐食性に優れている。即ち、CoおよびMgを併用して適性量含有させたものは、これらの元素の相乗効果により、いずれの耐食性も従来鋼(No.1)より優れており、船舶用耐食鋼として好ましいことがわかる。特に、CoおよびMgの併用に加えて、Cu,Cr,Ni,Ti,Ca,MoおよびW等の耐食性向上元素を含有させることにより、鋼材の耐食性が更に向上していることが分かる。
【0061】
このうちCu,Cr,NiおよびTiよりなる群から選択される1種以上を適量含む供試材では、特に塗装供試材の最大膨れ幅を低減させる効果が認められ(No.9〜11等)、これらの元素の錆緻密化がカット部の錆安定化に作用して腐食進展を抑制したものと推察される。また、Caは耐すきま腐食性を高める効果が認められ(No.12,20〜23等)、Caがすきま内のpH低下抑制を更に強化して腐食を低減したものと考えられる。更に、MoやWの添加は、腐食均一性や塗装膨れ性の向上に非常に効果のあることが分かる(No.31〜35)。また、([Co]/[Mg])の値を適切に調整することによって、各種耐食性が大幅に優れる結果となっていることが分かる。
【図面の簡単な説明】
【0062】
【図1】島状マルテンサイトの分率(MA分率)とvTrs(破面遷移温度)の関係を示すグラフである。
【図2】耐食性試験に用いた試験片Aの外観形状を示す説明図である。
【図3】耐食性試験に用いた試験片Bの外観形状を示す説明図である。
【図4】耐食性試験に用いた試験片Cの外観形状を示す説明図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
C:0.01〜0.20%(質量%の意味、以下同じ)、Si:0.01〜1%、Mn:0.01〜2%、Al:0.005〜0.1%を夫々含有する他、Co:0.01〜1%およびMg:0.0005〜0.02%を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、島状マルテンサイトの分率が1.0%以下で且つ残部がベイナイト組織であることを特徴とする耐食性と母材靭性に優れた船舶用高張力鋼材。
【請求項2】
Coの含有量[Co]とMgの含有量[Mg]の比の値([Co]/[Mg])が2〜350である請求項1に記載の船舶用高張力鋼材。
【請求項3】
更に、Cu:1.5%以下(0%を含まない)、Cr:1%以下(0%を含まない)、Ni:2%以下(0%を含まない)およびTi:0.1%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上を含有する請求項1または2に記載の船舶用高張力鋼材。
【請求項4】
更に、Ca:0.02%以下(0%を含まない)を含有する請求項1〜3のいずれかに記載の船舶用高張力鋼材。
【請求項5】
更に、Mo:0.5%以下(0%を含まない)および/またはW:0.3%以下(0%を含まない)を含有する請求項1〜4のいずれかに記載の船舶用高張力鋼材。
【請求項6】
更に、B:0.01%以下(0%を含まない)、V:0.1%以下(0%を含まない)およびNb:0.05%以下(0%を含まない)よりなる群から選ばれる1種以上を含有する請求項1〜5のいずれかに記載の船舶用高張力鋼材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−177302(P2007−177302A)
【公開日】平成19年7月12日(2007.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−378208(P2005−378208)
【出願日】平成17年12月28日(2005.12.28)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】