説明

耐食性に優れたクロメートフリー被覆溶融亜鉛めっき鋼板

【課題】耐食性(特に耐白錆性)に優れたクロメートフリー被覆溶融亜鉛めっき鋼板を提供する。
【解決手段】溶融亜鉛めっき層およびクロメートフリー皮膜を有するクロメートフリー被覆溶融亜鉛めっき鋼板であって、溶融亜鉛めっき層について、高周波グロー放電発光分光分析による深さ方向のAl濃度プロファイルを測定したとき、溶融亜鉛めっき層の最表面から深さ20nmの領域にAl量の最大ピークを有しており、溶融亜鉛めっき層の最表面から深さ20nmの位置におけるAlおよびOは、Al:2.5質量%以上、およびO:2.0質量%以上を満足している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶融亜鉛めっき層の表面にクロムを含まないクロメートフリー化成処理皮膜が施されたクロメートフリー被覆溶融亜鉛めっき鋼板に関するものであり、詳細には、耐白錆性などの耐食性に優れたクロメートフリー被覆溶融亜鉛めっき鋼板に関するものである。
【背景技術】
【0002】
環境汚染などの問題を考慮して、クロムを含まないクロメートフリー皮膜でめっき層の表面を被覆したクロメートフリー被覆溶融亜鉛めっき鋼板の開発が進んでいる。
【0003】
溶融亜鉛めっき鋼板は、通常、微量のAlを含む溶融亜鉛めっき浴に浸漬して製造される。Alは、溶融亜鉛めっき層と素地鋼板との界面におけるFe−Zn合金層の形成を抑制し、溶融亜鉛めっき層の密着性を高める作用を有しているためである。溶融亜鉛めっき浴に添加されたAlは、酸素(O)と結合して溶融亜鉛めっき層の表面にAl系酸化物を形成している。
【0004】
溶融亜鉛めっき鋼板の耐食性を高めるため、例えば、特許文献1には、AlとMgを微量に含有し、めっき面に平行なZn(00・2)面の配向指数が制御された鋼板が開示されている。
【0005】
また、本出願人も、溶融亜鉛めっき層中に微量のAlとMnを含有させると共に、溶融亜鉛めっき層の表面にMnを含む酸化物(MnとAlおよび/またはFeとの複合酸化物)を存在させて耐白錆性を改善する技術を開示している(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2002−371342号公報
【特許文献2】特開2007−314831号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の目的は、耐食性(特に耐白錆性)に優れたクロメートフリー被覆溶融亜鉛めっき鋼板を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決することのできた本発明のクロメートフリー被覆溶融亜鉛めっき鋼板は、溶融亜鉛めっき層およびクロメートフリー皮膜を有するクロメートフリー被覆溶融亜鉛めっき鋼板であって、前記溶融亜鉛めっき層について、高周波グロー放電発光分光分析による深さ方向のAl濃度プロファイルを測定したとき、前記溶融亜鉛めっき層の最表面から深さ20nmまでの領域にAl量の最大ピークを有しており、前記溶融亜鉛めっき層の最表面から深さ20nmの位置におけるAlおよびOは、Al:2.5%(質量%の意味。以下、成分について同じ。)以上、およびO:2.0%以上を満足するところに要旨を有している。
【0009】
上記溶融亜鉛めっき層の最表面におけるAlおよびOは、Al:1.0%以上、およびO:10.0%以上を満足することが好ましい。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、溶融亜鉛めっき層について、深さ方向のAl量の分布が適切に制御されているため、耐食性(特に耐白錆性)に優れたクロメートフリー処理溶融亜鉛めっき鋼板が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1は、表1のNo.8について、溶融亜鉛めっき層の最表面からの距離に対するAl量の推移を示すグラフである。
【図2】図2は、表1のNo.8について、溶融亜鉛めっき層の最表面からの距離に対するO量の推移を示すグラフである。
【図3】図3は、表2のNo.25について、溶融亜鉛めっき層の最表面からの距離に対するAl量の推移を示すグラフである。
【図4】図4は、表2のNo.25について、溶融亜鉛めっき層の最表面からの距離に対するO量の推移を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者らは、クロメートフリー被覆溶融亜鉛めっき鋼板の耐食性を改善するため、溶融亜鉛めっき層のAl量とO量の分布に着目して検討を行なった。その結果、溶融亜鉛めっき層の最表面から深さ20nm位置までの領域に存在するAl量は耐食性(特に耐白錆性)と密接な関係を有しており、当該領域にAl量の最大ピークがあるAl濃度プロファイルを有する溶融亜鉛めっき層を設ければ所期の目的が達成されることを見出した。また、このようなAl濃度プロファイルを有する溶融亜鉛めっき層を形成するためには、特に、溶融亜鉛めっき後の冷却工程を制御することが有効であり、詳細には、溶融亜鉛めっき層が凝固する約440℃から400℃超の温度範囲を所定時間かけて冷却する(徐冷または等温保持)ことが重要であることを見出し、本発明を完成した。
【0013】
以下では、説明の便宜上、耐食性が最も有効に発揮されるAlの存在領域である「溶融亜鉛めっき層の最表面から深さ20nm位置までの領域」を特に「表面近傍」と呼び、溶融亜鉛めっき層の最表面(最表面層)と区別する場合がある。ここで、溶融亜鉛めっき層の「最表面」とは、めっきままの最表面を意味するのではなく、例えば、スキンパス圧延やレベラーを用いた平坦度の矯正などの処理を行って表面を平坦化した後の最表面部を意味する。また、上記「表面近傍」とは、溶融亜鉛めっき層の最表面から深さ20nmの位置(以下、D20nmと略記する場合がある。)に厳密に限定する趣旨ではなく、おおむね、20nm±10nmの範囲内にあるものも許容し得、上記「表面近傍」の範囲内に包含される。このような範囲内にAl量の最大ピークがある溶融亜鉛めっき層を備えた鋼板も、良好な耐食性を発揮し得るからである。
【0014】
本発明者らの検討結果によれば、溶融亜鉛めっき層の最表面にまでAlが拡散しなくても、即ち、Al量の最大ピークが溶融亜鉛めっき層の最表面に存在しなくても、少なくとも上記の「表面近傍」までAlが拡散して到達しさえすれば、耐酸化性バリアー層として有用な酸化アルミニウムが生成することが判明した(酸化アルミニウムについては後述する)。
【0015】
溶融亜鉛めっき層のAl濃度プロファイルとしては、例えば、図1に示すパターンが挙げられる。図1は、後記する実施例の表1のNo.8のAl濃度プロファイルを示したものであり、溶融亜鉛めっき層最表面から20nmの位置(D20nm)にAl量の最大ピークを有している。これは、溶融亜鉛めっき層中のO分布との兼ね合いで、溶融亜鉛めっき層の最表層にAlが到達しなくても酸化アルミニウムとなるため、エネルギー的に安定状態となって、表層への拡散に必要な駆動力が失われたためと考えられる。本発明におけるAl濃度プロファイルは図1のパターンに限定されるものではない。例えば、溶融亜鉛めっき層の最表面にAl量の最大ピークを有するAl濃度プロファイルを有していても良い(例えば、後記する実施例の表1のNo.1、2など)。或いは、溶融亜鉛めっき層の最表面とD20nmのAl量がほぼ同程度のAl濃度プロファイルを有していても良い(例えば、表1のNo.5など)。いずれにおいても、良好な耐食性が発揮される(後記する実施例を参照)。
【0016】
本発明によれば、溶融亜鉛めっき層の表面に耐酸化性バリアー層として機能する酸化アルミニウム[Al23(アルミナ)]の層が形成されるため、良好な耐食性が確保されると考えられる。即ち、クロメートフリー皮膜に疵が付き、当該皮膜の隙間を通ってめっき表面に水分が到達すると、当該皮膜を介して皮膜表面とめっき表面との間で電子の移動が起こり、Znが溶出して腐食が進行する。その結果、クロメートフリー皮膜によるバリアー層の効果が軽減してしまう。一方、AlはZnと比較して易酸化元素であり、溶融亜鉛めっき層中のAlの一部はOと結合し、溶融亜鉛めっき層表面にAl23(アルミナ)として存在すると考えられる。このアルミナは電気的に絶縁体で電子を通さないため、耐酸化性のバリアー層として機能する。その結果、クロメートフリー皮膜中に移動しようとするZnからの電子の移動を阻害でき、腐食の進行を阻止して耐食性が向上すると考えられる。
【0017】
以下、本発明について詳しく説明する。
【0018】
(溶融亜鉛めっき層)
まず、本発明を特徴付ける溶融亜鉛めっき層について説明する。
【0019】
上述したとおり、本発明における溶融亜鉛めっき層は、溶融亜鉛めっき層の最表面から深さ20nmまでの領域(表面近傍)にAl量の最大ピークを有するような深さ方向のAl濃度プロファイルを有している。
【0020】
深さ方向のAl濃度プロファイルは、高周波グロー放電発光分光分析(GD−OES)によって測定する。詳細には、溶融亜鉛めっき層のφ4mmの領域を測定対象とし、以下の条件で分析を行なった。
測定装置:SPECTRUM ANALYTIK GmbH社製の「GDA750(装置名)」
測定条件:電力50W、2.5ヘクトパスカルのアルゴンガス中、グロー放電源(無水GDS)−Spectruma Analytik−Grimm型を使用、測定パルスは50%
【0021】
上述したように、溶融亜鉛めっき層の最表面から深さ20nmの位置(D20nm)におけるAl量およびO量は、Al:2.5%以上、およびO:2.0%以上である。Al量およびO量が上記範囲を下回ると、溶融亜鉛めっき層の表面近傍に生成するAl23量が少なくなって、所望とする耐食性が得られない。D20nmのAl量は、好ましくは2.8%以上、より好ましくは3%以上である。D20nmのO量は、好ましくは2.5%以上、より好ましくは3%以上である。
【0022】
20nmにおけるAl量とO量の上限は、耐食性の観点からは特に限定されないが、過剰になるとAl23が多量に形成されて通電性が低下し、スポット溶接性が劣化する。D20nmのAl量は、おおむね、4.5%以下とすることが好ましく、より好ましくは4%以下である。D20nmのO量は、おおむね、10%以下とすることが好ましく、より好ましくは9%以下である。
【0023】
本発明では、溶融亜鉛めっき層の最表面(以下、D0nmと略記する場合がある。)におけるAl量およびO量は、Al:1.0%以上、およびO:10.0%以上であることが好ましい。Al量は、より好ましくは1.3%以上、更に好ましくは1.5%以上である。O量は、より好ましくは11%以上、更に好ましくは12%以上である。これにより、耐食性が更に向上する。
【0024】
また、D0nmのAl量は、5.5%以下とすることが好ましく、より好ましくは5%以下である。D0nmのO量は、30%以下とすることが好ましく、より好ましくは25%以下である。これにより、溶融亜鉛めっき層とクロメートフリー皮膜との密着性低下やスポット溶接性の低下を防止することができる。
【0025】
鋼板に対する溶融亜鉛めっき層の付着量は、鋼板の面積に対して、例えば、30〜150g/m2程度であればよい。即ち、溶融亜鉛めっき層の厚みは、例えば、4〜21μm程度とすればよい。溶融亜鉛めっき層の付着量は、溶融亜鉛めっき浴から引き上げられた鋼板を、例えば、ガスワイプなどを用いて制御すればよい。
【0026】
(クロメートフリー皮膜)
クロメートフリー皮膜は、クロムさえ含んでいなければ特に制限はなく、有機系もしくは無機系、或いは有機無機複合系の防錆皮膜を使用できる。
【0027】
無機系防錆皮膜の具体例としては、例えば、リチウムシリケートや珪酸ソーダ、リン酸化合物などが挙げられる。市販品としては、例えば、日産化学社製の品番「リチウムシリケート45(商品名)」や日本化学社製の品番「珪酸ソーダ3号(品番)」、米山化学社製の燐酸二水素アンモニウムなどが挙げられる。
【0028】
有機系防錆皮膜の具体例としては、例えば、エチレン−アクリル酸系樹脂、スチレン−マレイン酸系樹脂、スチレン−アクリル系樹脂、ポリウレタン系樹脂などが挙げられる。市販品としては、例えば、日本純薬社製のアクリル酸系樹脂、「AC−10S(品番)」、第一工業製薬社製の商品名「スーパーフレックス150(商品名)」、東邦化学社製の商品名「ハイテックS−3121(商品名)」、サートマー社製の商品名「SMA3000H(品番)」、第一工業製薬社製の商品名「スーパーフレックス820(商品名)」、楠本化成社/Avecia社製の商品名「BT−44(品番)」などが挙げられる。
【0029】
上記有機系防錆皮膜には、架橋剤を添加すればよく、架橋剤としては、グリシジル基含有架橋剤(例えば、大日本インキ化学工業製の「エピクロンCR5L(商品名)」など)、アジリジニル基含有架橋剤(例えば、日本触媒製の「ケミタイトDZ−22E(商品名)」など)などが挙げられる。
【0030】
上記防錆皮膜には、防錆添加剤として、更に、タンニン酸系やバナジン酸系、リン酸塩系、亜リン酸塩系、ポリリン酸塩系、イオウ系有機化合物、ベンゾトリアゾール、モリブデン酸塩系、タングステン酸塩系、シランカップリング剤等をベースとした添加剤を添加したり、皮膜の潤滑性を向上させるために、ワックス等を添加してもよい。
【0031】
上記防錆皮膜に、適量のシリカ微粒子を添加すると、全体としての耐食性を更に高めることができるので好ましい。ここでシリカ微粒子とは、一次粒子の状態で平均粒子径が数nm〜数百nmレベルの微粒子を言い、代表的なのはコロイダルシリカである。防錆皮膜中にコロイダルシリカを含有させると、例えば「鉄と鋼」Vol.89(2003年、社団法人日本鉄鋼協会より発行)の第116〜122頁「有機皮膜中シリカの亜鉛めっき鋼板に対する防錆挙動」に記載されているように、腐食の起点となるめっき欠陥部に防錆皮膜中のシリカが溶出し再析出することで、欠陥部の腐食を防ぎ、全体としての耐食性を大幅に高めることができる。こうしたコロイダルシリカの添加効果を有効に発揮させるには、防錆皮膜の固形物中に占める比率で1〜30質量%の範囲で用いることが好ましい。1質量%未満では配合による上記効果が殆ど有効に発揮されず、逆に30質量%を超えて配合すると、その効果が飽和するだけでなく防錆被覆としての造膜性や密着性が劣化するからである。コロイダルシリカのより好ましい配合量は、5〜25質量%である。
【0032】
コロイダルシリカの種類も特に制限されないが、市販品としては、例えば「スノーテックス(商品名)」シリーズ(日産化学工業社製)の「XS」、「XL」、「OL」、「O」、「40」、「N」、「UP」等が好適に用いることができる。
【0033】
上記防錆皮膜の膜厚は特に制限されないが、好ましいのは0.2〜3.0μm、より好ましくは0.5〜1.5μmの範囲である。0.2μm未満では、防錆皮膜による耐食性改善効果が充分に得られない。逆に、3.0μmを超えると、防錆鋼板として実用化する際に必要となるスポット溶接性が著しく損なわれる。
【0034】
(素地鋼板)
本発明に用いられる鋼板は、溶融亜鉛めっき鋼板に用いられるものであれば特に限定されず、例えば、Alキルド鋼板やIF鋼などが挙げられる。
【0035】
次に、本発明に係るクロメートフリー被覆溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法について説明する。
【0036】
上述したように、本発明を最も特徴付けるAl濃度プロファイルを有する溶融亜鉛めっき層を形成するためには、めっき後の冷却工程において、特に、溶融亜鉛めっき層が凝固する約440℃から400℃超の温度域を、O2ガス含有雰囲気下で、少なくとも10秒間かけて冷却する。具体的には、上記の温度域を10秒間以上かけて冷却(徐冷)しても良いし、上記温度域内の所定温度で等温保持してもよい。本発明では、このように溶融亜鉛めっき層が凝固するまでの時間を少なくとも10秒とし、凝固までの時間を延ばすことによって、溶融亜鉛めっき層内のAlが少なくとも上記の「表面近傍」付近まで拡散する時間を確保する趣旨であり、これにより、めっき層内Al濃度分布制御による耐食性改善作用を有効に発揮させている。
【0037】
以下、順を追って、製造工程を詳細に説明する。
【0038】
まず、溶融亜鉛めっき浴を用意し、素地鋼板の表面に溶融亜鉛めっき層を形成する。上述したように、本発明の製造方法では、めっき層の凝固過程を制御することが重要であって、それ以外のめっき層の形成過程は、めっき浴のAl量を留意すること以外は、従来汎用されている方法を採用することができる。例えば、めっき浴の温度は、おおむね、470〜450℃程度に制御し、めっき浴への浸漬時間は、おおむね、2〜10秒とすることが好ましい。
【0039】
本発明では、溶融亜鉛めっき浴中のAl量を0.16〜0.22%とすることが好ましい。めっき浴に含まれるAlが0.16%未満では、鋼板と溶融亜鉛めっき層との界面に、鋼板と溶融亜鉛めっき層との密着性改善に寄与するFe−Al金属間化合物が充分形成されず、密着性に悪影響を及ぼすFe−Zn合金層が形成されて鋼板と溶融亜鉛めっき層との密着性が劣化する。特に、本発明では、前述したように、溶融亜鉛めっき層表面へのAlの拡散を促進する目的で溶融亜鉛めっき層の凝固までの時間を延ばすという冷却手段を採用しているため、めっき浴中のAl量が少なくなると、FeとZnの合金化反応が一層促進される傾向にある。めっき浴中のAlは、より好ましくは0.17%以上であり、更に好ましくは0.18%以上である。
【0040】
但し、めっき浴中のAlが0.22%を超えると、溶融亜鉛めっき層の表面に存在するAl量が過剰となり、多量のAl23が形成されて溶融亜鉛めっき層とクロメートフリー皮膜との密着性が低下するほか、スポット溶接性が悪くなる。従ってめっき浴中のAlは0.22%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.21%以下であり、更に好ましくは0.20%以下である。
【0041】
上記溶融亜鉛めっき浴の残部成分は、Znおよび不可避不純物である。不可避不純物としては、例えば、素地鋼板などから不可避的に混入する元素として、Ti、Mn、Mg、Pb、Ni、Co、Sb、As、In、Cu、Fe等が挙げられる。これらの不可避不純物元素は、おおむね、合計で0.02%程度以下の範囲で含有していてもよい。こうした元素を含有しても本発明の効果が損なわれないことを本発明者らは確認している。
【0042】
次に、溶融亜鉛めっき浴から鋼板を引き上げ、冷却して溶融亜鉛めっき層を凝固させる。
【0043】
上述したように、本発明では、440℃以下400℃超の温度域を、O2ガス含有雰囲気下で、少なくとも10秒間かけて冷却する。
【0044】
ここで、「10秒間以上かけて冷却する」とは、めっき後の鋼板が上記の冷却温度域を通過する時間(保持時間)が10秒以上であるという意味である。具体的には、440℃以下400℃超の温度域を、所定の冷却速度で冷却(徐冷)しても良いし、上記温度域内の所定温度で等温保持してもよい。いずれの冷却パターンをとるにせよ、めっき後の鋼板を、440℃以下400℃超の温度域に10秒以上保持しておくことが必要であり、これにより、溶融亜鉛めっき層中のAlが「表面近傍」付近まで拡散でき、所望とするAl濃度プロファイルが得られるようになる。
【0045】
溶融亜鉛めっき層の表面近傍にAlを拡散させるためには、上記の温度域(440℃以下400℃超)とすることが重要である。亜鉛の融点は約420℃であり、400℃以下の温度域で長時間保持しても、Alは拡散せず、溶融亜鉛めっき層の表面近傍におけるAl量を確保することができない。一方、440℃を超えて高温になると、ZnとFeの合金化反応が促進され、素地鋼板と溶融亜鉛めっき層との密着性が低下する。好ましい温度域は405℃以上435℃以下であり、より好ましくは410℃以上430℃以下である。
【0046】
更に、溶融亜鉛めっき層の表面近傍にAlを拡散させるためには、上記の温度域をめっき後の鋼板が通過する時間(保持時間)を、少なくとも10秒とする。保持時間が10秒未満では、Alの拡散が不十分となり、耐酸化性バリアー層として機能するAl23が溶融亜鉛めっき層の表面近傍に形成されない。保持時間は長いほど良く、好ましくは13秒以上、より好ましくは15秒以上である。保持時間の上限は、Alの拡散による耐食性の向上という観点からすれば特に限定されないが、スポット溶接性などを考慮すると、30秒以下であることが好ましく、25秒以下であることがより好ましい。
【0047】
本発明では、上記温度域(440℃以下400℃超)を10秒以上かけて徐冷してもよいし、或いは、後記する実施例のように、上記温度域の範囲内の温度で10秒以上保持する等温保持を行なってもよい。後者の例としては、例えば、溶融亜鉛めっき後の鋼板を440℃以下400℃超の温度(T1)まで冷却し、T1の温度で10秒以上保持した後、冷却すれば良い。
【0048】
上記温度域を通過する際の時間は、例えば、ヒーター(例えば、赤外線ヒーターなど)を用いて制御すればよい。
【0049】
上記温度域での冷却は、O2ガスを含有する不活性ガス雰囲気で行う。O2ガスの導入によって溶融亜鉛めっき層内へO原子が浸入してAlと結合し、Al23のバリアー層が形成するようになるからである。不活性ガスとしては、N2ガスの他、Arガスなどを用いることができる。
【0050】
上記雰囲気に含まれるO2ガスの濃度は、例えば、0.005〜0.05体積%(50〜500ppm)程度とすればよい。
【0051】
なお、本発明では、鋼板をめっき浴から引き上げ、上記の温度域に冷却するまでの冷却方法は特に限定されず、例えば、冷却時の雰囲気は、不活性ガス雰囲気(例えば、純N2ガス雰囲気)、冷却速度は1〜5℃/秒程度とすればよい。
【0052】
上記温度域を通過した後、室温まで冷却するときの冷却速度は特に限定されず、おおむね、10〜30℃/秒程度とすればよい。冷却時の雰囲気は、不活性ガス雰囲気(例えば、N2ガス雰囲気、Arガス雰囲気など)とすればよい。溶融亜鉛めっき層の表面酸化を防止するためである。
【0053】
室温まで冷却して得られた溶融亜鉛めっき鋼板は、スキンパス圧延(SKP圧延)により表面粗度をRaで1μm程度に調整後、レベラーを用いて平坦度の矯正を行ってからクロメートフリー皮膜を被覆すればよい。
【0054】
次いで、溶融亜鉛めっき鋼板の表面にクロメートフリー皮膜を形成する。クロメートフリー皮膜を形成する方法は特に限定されず、例えば、バーコーターやロールコーター、スプレーリンガーなどを採用することができる。
【0055】
このようにして得られるクロメートフリー被覆溶融亜鉛めっき鋼板は、クロメート被覆溶融亜鉛めっき鋼板に匹敵する優れた耐食性を発揮するため、例えば、自動車用や建築用、或いは家電製品等の用途に用いることができる。
【実施例】
【0056】
以下、本発明を実施例によって更に詳細に説明するが、下記実施例は本発明を限定する性質のものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更して実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に含まれる。なお、以下特にことわりのない場合、「%」は「質量%」を、「部」は「質量部」をそれぞれ示すものとする。
【0057】
下記実験例1と下記実験例2では、440℃以下400℃超の温度域を通過する時間を変化させており、下記実験例1では上記温度域を10秒間かけて冷却しているのに対し、下記実験例2では上記温度域を15秒間かけて冷却した。
【0058】
[実験例1]
実験機を用いてAlキルド鋼(冷延鋼板、板厚は0.8mm)を下記の条件で溶融亜鉛めっきし、次いでクロメートフリー皮膜を被覆してクロメートフリー被覆溶融亜鉛めっき鋼板を得た。Alキルド鋼は、C:0.05%、Si:0.02%、Mn:0.19%、Al:0.047%、P:0.015%、S:0.012%を含有し、残部が鉄および不可避不純物からなる鋼板である。
【0059】
Alキルド鋼には、片面に、K熱電対をスポット溶接で取り付け、実験中の板温を測定した。
【0060】
溶融亜鉛めっきは、上記Alキルド鋼板を、H2を5体積%含有するN2ガス雰囲気で、850℃×1分間焼鈍した後、460℃の溶融亜鉛めっき浴に、侵入板温を460℃として浸漬し、ガスワイピングによって狙いめっき付着量が約100g/m2となるように調
整して行った。溶融亜鉛めっき浴の組成は、下記表1または表2に示す量のAlを含有し、残部はZnおよび不可避不純物である。
【0061】
上記のようにして溶融亜鉛めっきを行なった後、下記表1または表2に示す保持温度まで、純N2ガス雰囲気下、3℃/秒の冷却速度で冷却した。次いで、O2ガスを0.01体積%含むN2ガス雰囲気中にて、赤外線ヒーターを用いて上記の温度で10秒間等温保持した。その後、純N2ガス雰囲気中で室温まで、20℃/秒の冷却速度で冷却した。なお、本実験例では、実験機を用い、溶融亜鉛めっき浴から出た鋼板を炉内で保持しているため、440℃以下400℃超の温度域を通過する時間は、上記保持温度で保持した時間(10秒間)とほぼ等しくなっている。
【0062】
なお、表2のNo.27〜30は、溶融亜鉛めっき後、上記の温度域に等温保持することなく、460℃から室温までの間を20℃/秒の冷却速度で冷却した例である。
【0063】
次いで、常温まで冷却した溶融亜鉛めっき鋼板を、ラボスキンパス圧延(ラボSKP圧延)により、伸率0.8%、表面粗度をRaで1μm程度に調整し、レベラーを用いて平坦度の矯正を行った。
【0064】
このようにして表面を平坦化させた溶融亜鉛めっき層表面の任意の場所で、前述した方法に基づき、高周波グロー放電発光分光分析法(GD−OES)で溶融亜鉛めっき層の最表面から20nmの位置におけるAlとOの含有量と、最表面におけるAlとOの含有量を測定した。測定に用いた測定装置と測定条件は上述した通りである。測定結果を下記表1または表2に示す。
【0065】
また、表1に示したNo.8(本発明例)の溶融亜鉛めっき層について、最表面からの深さ方向におけるAl量とO量の分布状態を、それぞれ、図1と図2に示す。
【0066】
比較のため、表2に示したNo.25(比較例)の溶融亜鉛めっき層について、最表面からの深さ方向におけるAl量とO量の分布状態を、それぞれ、図3と図4に示す。
【0067】
図1から明らかなように、本発明例の溶融亜鉛めっき層は、クロメートフリー皮膜側の最表面から深さ方向に向かってAl量を測定したとき、深さ20nmの位置においてAl量が最大になることがわかる。一方、図3から明らかなように、比較例の溶融亜鉛めっき層は、Al量が、深さ40nmの位置において最大になっている。
【0068】
次に、常温まで冷却した溶融亜鉛めっき鋼板の表面に、乾燥後の膜厚が0.6μmとなるようにバーコーターを用いて下記エマルジョン組成物を塗布・乾燥し、クロメートフリー皮膜を被覆した。
【0069】
エマルジョン組成物は、次の手順で調製した。オートクレーブに、水626部とエチレン−アクリル酸共重合体160部を入れ、更にトリエチルアミンとNaOHを添加して150℃、5Paの雰囲気下で高速攪拌し、エチレン−アクリル酸共重合体のエマルジョンを得た。上記エチレン−アクリル酸共重合体は、アクリル酸を20%含み、メルトインデックス(MI)は300である。上記トリエチルアミンは、エチレン−アクリル酸共重合体中のカルボキシル基1molに対して40mol%添加し、上記NaOHは、エチレン−アクリル酸共重合体中のカルボキシル基1molに対して15mol%添加した。
【0070】
上記エマルジョンに、架橋剤としてグリシジル基含有架橋剤(大日本インキ化学工業製、「エピクロンCR5L(商品名)」)と、アジリジニル基含有架橋剤(日本触媒製、「ケミタイトDZ−22E(商品名)」、4,4’−ビス(エチレンイミノカルボニルアミド)ジフェニルメタン)を添加し、更に粒子径が4〜6nmのシリカ粒子(日産化学工業製、「スノーテックスXS(商品名)」)と、バナジン酸アンモニウムを添加してエマルジョン組成物を得た。最終的に得られるエマルジョン組成物の固形分(不揮発分)を100%としたとき、上記グリシジル基含有架橋剤と上記アジリジニル基含有架橋剤は、夫々、固形分が5%となるように、上記シリカ粒子は、固形分が25%となるように添加した。上記バナジン酸アンモニウムは、クロメートフリー皮膜量(付着量)に対して、5%となるように添加した。
【0071】
上記クロメートフリー皮膜の形成は、到達温度(PMT)100℃で、60秒間加熱して行った。
【0072】
得られたクロメートフリー被覆溶融亜鉛めっき鋼板について、裏面とエッジ部をシールした平板を用い、JIS Z2371に規定する塩水噴霧試験を実施し、35℃で、120時間経過後の白錆発生面積率を下記基準で判定し、耐食性(耐白錆性)を評価した。塩水噴霧試験には、5%NaCl水溶液を用いた。白錆の発生面積率は、目視で判定した。
【0073】
耐食性の評価結果を下記表1または表2に示す。
【0074】
<耐食性の評価基準>
◎(合格) :白錆の発生無し。
○(合格) :白錆の発生面積率が0%を超え、10%以下。
△(不合格):白錆の発生面積率が10%を超え、30%以下。
×(不合格):白錆の発生面積率が30%を超えた。
【0075】
表1または表2から次のように考察できる。No.1〜19は、溶融亜鉛めっき層の深さ20nmの位置におけるAl量およびO量が本発明の要件を満足する本発明例であり、いずれも、耐食性に優れている。また、溶融亜鉛めっき浴中のAl量が多く、めっき後の保持温度が高いほど、白錆の発生を有効に抑えられる傾向にあることも分かった。
【0076】
No.20〜30は、本発明で規定する要件を満足しない例であり、このうちNo.20〜26は、溶融亜鉛めっき後、400℃以下の温度域で保持したため、溶融亜鉛めっき層の最表面から20nmの位置におけるAl量が少なくなり、耐食性が低下した。また、No.27〜30は、溶融亜鉛めっき後、所定の温度域で等温保持せずに室温まで冷却した例であり、やはり耐食性が低下した。
【0077】
【表1】

【0078】
【表2】

【0079】
[実験例2]
上記実験例1において、溶融亜鉛めっき浴として、下記表3または表4に示す量のAlを含有し、残部がZnおよび不可避不純物であるめっき浴を用いる点と、赤外線ヒーターを用いて上記表1または表2に示す保持温度で10秒間等温保持する代わりに、赤外線ヒーターを用いて下記表3または表4に示す保持温度で15秒間等温保持する点以外は、上記実験例1と同じ条件で表面を平坦化させた溶融亜鉛めっき鋼板を得た。なお、本実験例では、実験機を用い、溶融亜鉛めっき浴から出た鋼板を炉内で保持しているため、440℃以下400℃超の温度域を通過する時間は、上記保持温度で保持した時間(15秒間)とほぼ等しくなっている。
【0080】
表面を平坦化させた溶融亜鉛めっき層の縦断面を露出させ、上記実験例1と同じ条件で溶融亜鉛めっき層の最表面から20nmの位置におけるAlとOの含有量と、最表面におけるAlとOの含有量を測定した。測定結果を下記表3または表4に示す。
【0081】
なお、溶融亜鉛めっき層の最表面から深さ方向のAlプロファイルを測定したところ、下記表3に示すNo.31〜50は、溶融亜鉛めっき層の最表面から深さ20nmまでの領域にAl量の最大ピークを有していた。
【0082】
次に、得られた溶融亜鉛めっき鋼板の表面に、上記実験例1と同じ条件でクロメートフリー皮膜を被覆して、クロメートフリー皮膜被覆溶融亜鉛めっき鋼板を作製し、上記実験例1と同じ条件で耐食性(耐白錆性)を評価した。耐食性の評価結果を下記表3または表4に示す。
【0083】
表3または表4から次のように考察できる。No.31〜50は、溶融亜鉛めっき層の深さ20nmの位置におけるAl量およびO量が本発明の要件を満足する本発明例であり、いずれも、耐食性に優れている。また、溶融亜鉛めっき浴中のAl量が多く、めっき後の保持温度が高いほど、白錆の発生を有効に抑えられる傾向にあることも分かった。
【0084】
No.51〜58は、本発明で規定する要件を満足しない例であり、溶融亜鉛めっき後、400℃以下の温度域で保持したため、溶融亜鉛めっき層の最表面から20nmの位置におけるAl量が少なくなり、耐食性が低下した。
【0085】
【表3】

【0086】
【表4】

【0087】
上記実験例1と実験例2の結果を比較すると、上記保持温度での保持時間を10秒(実験例1)から15秒(実験例2)に長くすることでAlの拡散が促進され、溶融亜鉛めっき層の最表面から深さ20nmの位置におけるAl含有量は多くなり、耐食性が向上することが分かる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶融亜鉛めっき層およびクロメートフリー皮膜を有するクロメートフリー被覆溶融亜鉛めっき鋼板であって、
前記溶融亜鉛めっき層について、高周波グロー放電発光分光分析による深さ方向のAl濃度プロファイルを測定したとき、前記溶融亜鉛めっき層の最表面から深さ20nmまででの領域にAl量の最大ピークを有しており、
前記溶融亜鉛めっき層の最表面から深さ20nmの位置におけるAlおよびOは、Al:2.5%(質量%の意味。以下、成分について同じ。)以上、およびO:2.0%以上を満足することを特徴とする耐食性に優れたクロメートフリー被覆溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項2】
前記溶融亜鉛めっき層の最表面におけるAlおよびOは、Al:1.0%以上、およびO:10.0%以上を満足するものである請求項1に記載のクロメートフリー被覆溶融亜鉛めっき鋼板。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−256781(P2009−256781A)
【公開日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−41261(P2009−41261)
【出願日】平成21年2月24日(2009.2.24)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】