説明

耐食性に優れた固化成形用高窒素ステンレス鋼粉末およびその製造方法

【課題】 本発明は、Niフリー、省Ni型の耐食性に優れた固化成形用高窒素ステンレス鋼粉末およびその製造方法を提供する。
【解決手段】 質量%で、Ni:0〜5.0%、Cr:10.0〜40.0%を含む合金粉末に窒素を吸収させて、0.5%以上のNを含有させ、かつ粉末内部のCrNの最大径が3μm以下になる耐食性に優れた固化成形用高窒素ステンレス鋼粉末。また、上記成分組成に加えて、Mn:0.1〜15.0%、Mo:0.1〜20.0%、さらに加えて、Cu:0.1〜10.0%、Si:0.3〜2.0%、C:0.2%以下を含む合金粉末に窒素を吸収させて、0.5%以上のNを含有させ、かつ粉末内部のCrNの最大径が3μm以下になる耐食性に優れた固化成形用高窒素ステンレス鋼粉末およびその製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Niフリー、省Ni型の耐食性に優れた固化成形用高窒素ステンレス鋼粉末およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ステンレス鋼を製造するに当たり、Niはステンレス鋼に耐食性を付与する上で重要な合金元素であり、多量に添加されてきたが、一方で非常に高価な合金元素であり、価格変動も大きいことからその添加量をできるだけ減らすことが望まれてきた。また、医療用のインプラント、装飾品、食器類など人体と接触する用途では、Niアレルギーが問題になっており、NiフリーまたはNi低減が望まれている。
【0003】
一方、上述したように、窒素はオーステナイトの安定化、耐食性、強度、靭性の向上に寄与する元素であり、ステンレス鋼でのNi代替、高性能化が注目されている。高窒素ステンレス鋼の製造には、加圧溶解法、固相吸収法、粉末焼結法、メカニカルアロイング法など様々な方法が提案されているが、いずれもコスト、生産性の点で工業的生産への適用には多くの課題があり、低コストでかつ安定した性能を有する高窒素ステンレス鋼の製造方法が望まれている。
【0004】
そこで、例えば高窒素ステンレス鋼の製造方法として、特開2005−2431号公報(特許文献1)に開示されているように、溶鋼中に窒素ガスを吹き込み、加窒して高窒素ステンレス鋼を溶製する方法や特開平11−246928号公報(特許文献2)に開示されているように、ガスアトマイズされたステンレス鋼を軟鋼カプセルに充填し、減圧下で窒化させた後、熱間押出し法により棒鋼、鋼管または板材に固化成形する方法が提案されている。
【0005】
また、加圧溶製法として、例えば特開2006−52452号公報(特許文献3)に開示されているように、Cr:15〜35%、Mo:0.05〜8%、Mn:0.2〜10%、Cu:0.01〜4%、N:0.8〜1.5%に規制したNiレスの高窒素オーステナイト系ステンレス鋼が提案されている。また、加圧ESRとして、特開2007−51368号公報(特許文献4)に開示されているように、Cr:14〜30%、Mo:1〜10%、Mn:0〜1.5%、N:1.0〜2.0%に規制したNiレスの高窒素ステンレス鋼が提案されている。
【0006】
さらに、窒素雰囲気下での粉末焼結法として、例えば特開平2−57661号公報(特許文献5)に開示されているように、粉末を窒素ガス雰囲気中で焼結し、高窒素ステンレス鋼を製造する方法が提案されている。
【特許文献1】特開2005−2431号公報
【特許文献2】特開平11−246928号公報
【特許文献3】特開2006−52452号公報
【特許文献4】特開2007−51368号公報
【特許文献5】特開平2−57661号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
上述した特許文献1は溶鋼に直接窒素を添加するもので、比較的容易に鋼窒素鋼を製造することができる。しかし、加工せずに窒素添加するため、本発明で対象とした0.5%(5000ppm)以上は難しいという問題がある。また、特許文献2に示す粉末−キャニング−窒化法や特許文献5に示す窒素雰囲気下での粉末焼結法は比較的容易に高窒素鋼を製造することができるが、しかし、高温での窒化処理中に粉末同士が焼結し易く、均質な窒素の分布を得ることが難しく、大型品の製造が難しいという問題がある。
【0008】
さらに、特許文献3に示す加圧溶製法や特許文献4に示す加圧ESR法は引用文献1と同様に、溶鋼に直接窒素を添加することが可能であり、比較的大きいものでも製造できる。しかし、加圧誘導炉や加圧ESRなど特殊な溶解設備を必要とするし、高窒素鋼は加工硬化が著しいため、鋼塊から鋼材に加工、成形するのが難しいという問題がある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上述したような問題を解消するために発明者らは鋭意開発を進めた結果、窒素はオーステナイト相の安定化、耐食性、強度、靱性の向上に寄与することから、粉末に高窒素を含有させることにより、高価なNiフリーもしくは少量添加とする。そのためには、粉末状態で低温窒化することにより、窒化中の焼結を抑制し、各粉末に均一に窒素を含有させた高窒素ステンレス鋼の製造方法を提供するものである。
【0010】
その発明の要旨とするところは、
(1)質量%で、Ni:0〜5.0%、Cr:10.0〜40.0%を含む合金粉末に窒素を吸収させて、0.5%以上のNを含有させ、かつ粉末内部のCrNの最大径が3μm以下になることを特徴とする耐食性に優れた固化成形用高窒素ステンレス鋼粉末。
【0011】
(2)質量%で、Ni:0〜5.0%、Cr:10.0〜40.0%、Mn:0.1〜15.0%、Mo:0.1〜20.0%含む合金粉末に窒素を吸収させて、0.5%以上のNを含有させ、かつ粉末内部のCrNの最大径が3μm以下になることを特徴とする耐食性に優れた固化成形用高窒素ステンレス鋼粉末。
【0012】
(3)質量%で、Ni:0〜5.0%、Cr:10.0〜40.0%、Mn:0.1〜15.0%、Mo:0.1〜20.0%、Cu:0.1〜10.0%、Si:0.3〜2.0%、C:0.2%以下を含む合金粉末に窒素を吸収させて、0.5%以上のNを含有させ、かつ粉末内部のCrNの最大径が3μm以下になることを特徴とする耐食性に優れた固化成形用高窒素ステンレス鋼粉末。
【0013】
(4)0.5%以上の窒素、0.2%以下の酸素を含有し、それ以外は前記(1)〜(3)のいずれか1項に記載の成分組成を有し、大きさが500μm以下の粉末からなることを特徴とする耐食性に優れた固化成形用高窒素ステンレス鋼粉末。
(5)前記(1)〜(3)のいずれか1項に記載の成分組成を有する500μm以下の大きさからなる粉末に200〜600℃の低温窒化により窒素を含有させたことを特徴とする耐食性に優れた固化成形用高窒素ステンレス鋼粉末の製造方法。
【0014】
(6)前記(1)〜(4)のいずれか1項に記載の成分組成を有する窒素を含有させた粉末を固化成形した高窒素ステンレス鋼の製造方法。
(7)前記(1)〜(4)のいずれか1項に記載の窒素を含有させた粉末をキャニング後、棒鋼、鋼管、板材、クラッド材に固化成形し、0.5%以上の窒素、0.2%以下の酸素を含有することを特徴とする高窒素ステンレス鋼の製造方法にある。
【発明の効果】
【0015】
以上述べたように、本発明による粉末状態で低温窒化した粉末をキャニング後、1000〜1300℃に加熱した状態で、HIP、熱間押出しにより固化成形することで窒化処理時に生成するCrNの固溶を促進し、かつ脱窒を抑制することで粉末に均一に窒素を含有させた高窒素ステンレス鋼を得ることにより、鋼管、板材、棒鋼、クラッドなどの様々な形状に高窒素ステンレス鋼を安価に製造することが出来る極めて優れた効果を奏するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明に係る成分組成の限定理由について詳細に説明する。
Ni:0〜5.0%
Niは、オーステナイト相を安定させ、耐食性を得る上で重要な元素として知られている。一方で、高価な元素であり、Niアレルギーなど人体への悪影響も知られていることから、必要な諸特性を確保した上で、できるだけその添加量を低減することが望まれている。本発明では、粉末に高窒素を含有させることでNiの代替とすることができることから、高価なNiをフリーもしくは5.0%以下の少量添加とする。
【0017】
Cr:10.0〜40.0%
Crは、耐食性を付与する上で重要な元素であり、その効果を十分に得るには10.0%以上必要である。一方、Crはフェライト形成元素であり、過剰な添加は靭延性の低下を招くσ相の析出、オーステナイト相の不安定化を招くため、その上限を40.0%とする。好ましくは15〜30%とする。
【0018】
Mn:0.1〜15.0%
Mnは、オーステナイト相の安定化に寄与し、マトリックスの窒素溶解度を増大させる効果があるため、その下限を0.1%とした。一方、粉末表面に酸化物を生成して窒素の吸収を阻害する他、非金属介在物を形成し、耐食性の低下させるため、その上限を15.0%とした。好ましくは2.0〜10.0%とする。
【0019】
Mo:0.1〜20.0%
Moは、耐食性の向上に寄与し、Nとの複合添加は効果が高い。また、マトリックスの窒素溶解度を増大させる効果があるため、その下限を0.1%とした。一方、20.0%を越えると脆化相が析出し、靭延性を低下させる。好ましくは2.0〜15.0%とする。
【0020】
Cu:0.1〜10.0%
Cuは、オーステナイト相を安定させ、耐食性を向上させる効果があるため、その下限を0.1%とする。添加量が多いと、固化成形性が著しく低下し、耐食性も低下するので、その上限は10.0%とした。好ましくは2.0〜7.0%とする。
【0021】
Si:0.3〜2.0%
Siは、脱酸材として有効な元素であり、その効果は0.3%以上で得られる。一方、2.0%を越えると靭延性は著しく低下する。
C:0.2%以下
Cは、強度の向上に寄与する元素であるが、Crと炭化物を形成して耐食性を低下させる要因になるため、その上限を0.2%以下とする。
【0022】
N:0.5%以上
窒素は、オーステナイト相の安定化、耐食性、強度、靭性の向上に寄与する。Ni代替、窒素による耐食性、強度、靭性の向上を得るためには0.5%以上の窒素が必要である。窒素量は窒化温度、窒化時間、窒素分圧を調整することで用途、合金成分に応じて含有させることができる。
O:0.2%以下
酸素は、微細な酸化物は、強度、靭性の向上に寄与するが、酸化物が多くなると耐食性が低下することから酸素量は0.2%以下とする。
【0023】
CrNの最大径が3μm以下
マトリックスに固溶できないNはCrと結合し、CrNを生成する。微細なCrNは結晶粒の粗大化抑制に寄与するが、粗大なCrNはマトリックスの窒素溶解度が増大する熱間での固化成形、固溶化処理時にも固溶しきらず、残存したCrNは耐食性を低下させるため、その最大径は3μm以下とする。
【0024】
500μm以下
低温窒化により粉末内部まで窒素を含有させるため、粉末粒径を500μm以下とする。望ましくは250μm以下とする。粉末の製法や形状は問わないが、均一な窒素分布を得易いという点からは球形状のガスアトマイズ粉末が望ましい。
【0025】
200〜600℃で低温窒化
粉末に窒素を含有させるには200℃以上の温度が必要である。しかし、窒化温度が高くなると、粗大な窒化物が生成し易く、粉末同士の焼結が生じて均質な窒化粉末が得られないので600℃以下とする。処理中の酸化を抑制するため、炉内の大気を排出した減圧下での処理が望ましい。
【実施例】
【0026】
以下、本発明について実施例によって具体的に説明する。
表1に示す各粉末の化学成分について真空誘導溶解炉にて30kgを溶解した後ガスアトマイズ法にて得た粉末を得た。なお、初期粉末の段階では、酸素、窒素ともに不可避的不純物である。500μm以下に分級した後、100×100mmのトレイの上に20mm程度の厚さで分散させるか、またはΦ100mm×L200mmのSC製缶に粉末を入れた後、缶の片側を開放した状態で低温窒化(200〜600℃、アンモニアガス雰囲気)により粉末に窒素を吸収させた。窒化した粉末をキャニング、HIP、熱間押出し(1000〜1300℃)などの方法で固化成形することにより、径10〜60mmの高窒素ステンレス鋼を得た。その後、1100〜1300℃で固溶化熱処理することによりCrNを固溶させた。その処理条件および評価結果を表2に示す。
【0027】
なお、粉末、成形品の酸素、窒素値は不活性ガス溶解方により分析した。マトリックス中に固溶できなかった窒素は、熱間加工時または溶体化時に雰囲気中に放出される可能性があるが、その量は比較的小さい。CrNの大きさは、試験片を研磨し、希王水でエッチングした後、走査型電子顕微鏡で5000倍、10視野にて定量化した。表2に示す腐食試験は、25℃、10%NaCl溶液中に1週間浸漬し、その発錆状態により優劣を判定した。腐食試験結果:◎→発錆なし、○→良好、×→発錆あり、で示す。
【0028】
【表1】

【0029】
【表2】

表2に示すように、No.1〜4、No.7〜9、No.12、No.14〜19、No.22〜23は本発明例であり、No.5〜6、No.10〜11、13、No.20〜21、No.24〜27は比較例である。
【0030】
比較例No.5は粉末粒径が大きく、固化成形後の窒素量が低いために、腐食試験評価結果が悪い。比較例No.6は窒化温度が高かいために、窒化後の窒素量が多く、固化成形後の窒素量が多く、かつCrNサイズが大きいために、腐食試験評価結果が悪い。比較例No.10は粉末粒径が大きく、かつ固化成形後の窒素量が低く、かつ固化成形後の窒素量が低いために、腐食試験評価結果が悪い。比較例No.11は窒化温度が低いために、固化成形後の窒素量が低く、腐食試験評価結果が悪い。
【0031】
比較例No.13は粉末粒径が大きく、窒化後の窒素量が低いために固化成形後の窒素量が低く、その結果腐食試験評価結果が悪い。比較例No.20は窒化温度が低く、窒化後の窒素量が低いために、固化成形後の窒素量が低く、腐食試験評価結果が悪い。比較例No.21は窒化温度が高く、かつCrNサイズが大きいために、腐食試験評価結果が悪い。比較例No.24は窒化温度が高く、窒化後の窒素量が高く、しかも固化成形後の窒素量が高く、かつCrNサイズが大きいために、腐食試験評価結果が悪い。
【0032】
比較例No.25は粉末粒径が大きく、かつ窒化後の窒素量が低く、固化成形後の窒素量が低いために、腐食試験評価結果が悪い。比較例No.26は初期粉末のNi成分組成がもともと高い鋼であることから、腐食試験評価結果は良好である。比較例No.27は初期粉末のCr成分組成が高く、かつCrNサイズが大きいために腐食試験評価結果が悪い。これに対して、本発明例であるNo.1〜4、No.7〜9、No.12、No.14〜19、No.22〜23のいずれも本発明の条件を満たしていることから、その腐食試験評価結果の良好であることが分かる。
【0033】
以上のように、本発明による200〜600℃の低温窒化により得た粉末に窒素を吸収させた後、キャニング、HIP、熱間押出し、またはHIPと熱間押出しなどの方法で固化成形することでCrNの固溶を促進し、かつ脱窒を抑制することで均一に窒素を含有させた高窒素ステンレス鋼を得ることを可能とするものである。



特許出願人 山陽特殊製鋼株式会社
代理人 弁理士 椎 名 彊

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、Ni:0〜5.0%、Cr:10.0〜40.0%を含む合金粉末に窒素を吸収させて、0.5%以上のNを含有させ、かつ粉末内部のCrNの最大径が3μm以下になることを特徴とする耐食性に優れた固化成形用高窒素ステンレス鋼粉末。
【請求項2】
質量%で、Ni:0〜5.0%、Cr:10.0〜40.0%、Mn:0.1〜15.0%、Mo:0.1〜20.0%含む合金粉末に窒素を吸収させて、0.5%以上のNを含有させ、かつ粉末内部のCrNの最大径が3μm以下になることを特徴とする耐食性に優れた固化成形用高窒素ステンレス鋼粉末。
【請求項3】
質量%で、Ni:0〜5.0%、Cr:10.0〜40.0%、Mn:0.1〜15.0%、Mo:0.1〜20.0%、Cu:0.1〜10.0%、Si:0.3〜2.0%、C:0.2%以下を含む合金粉末に窒素を吸収させて、0.5%以上のNを含有させ、かつ粉末内部のCrNの最大径が3μm以下になることを特徴とする耐食性に優れた固化成形用高窒素ステンレス鋼粉末。
【請求項4】
0.5%以上の窒素、0.2%以下の酸素を含有し、それ以外は請求項1〜3のいずれか1項に記載の成分組成を有し、大きさが500μm以下の粉末からなることを特徴とする耐食性に優れた固化成形用高窒素ステンレス鋼粉末。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の成分組成を有する500μm以下の大きさからなる粉末に200〜600℃の低温窒化により窒素を含有させたことを特徴とする耐食性に優れた固化成形用高窒素ステンレス鋼粉末の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の成分組成を有する窒素を含有させた粉末を固化成形した高窒素ステンレス鋼の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の窒素を含有させた粉末をキャニング後、棒鋼、鋼管、板材、クラッド材に固化成形し、0.5%以上の窒素、0.2%以下の酸素を含有することを特徴とする高窒素ステンレス鋼の製造方法。

【公開番号】特開2008−303413(P2008−303413A)
【公開日】平成20年12月18日(2008.12.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−149840(P2007−149840)
【出願日】平成19年6月6日(2007.6.6)
【出願人】(000180070)山陽特殊製鋼株式会社 (601)
【Fターム(参考)】