説明

肝細胞癌に移行する可能性を予測する方法

【課題】ラミブジン抵抗性のB型肝炎ウイルスが発生した患者に対し、ラミブジンとアデホビルの併用治療を行なった場合に、該患者が肝細胞癌に移行する可能性について、該併用治療の開始前又は開始後の早期に予測できる方法を提供すること。
【解決手段】B型肝炎ウイルスに感染している患者から採取された検体中に含まれるB型肝炎ウイルスゲノム中の、特定の部位における一塩基多型を指標とする、ラミブジンとアデホビルの併用治療により肝細胞癌に移行する可能性を予測する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、B型肝炎ウイルス感染患者がラミブジンとアデホビルの併用治療により肝細胞癌に移行する可能性を予測する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
B型肝炎ウイルス(HBV)はエンベロープを有する小型のDNAウイルスであり、感染すると慢性肝炎を引き起こし、しばしば肝硬変及び肝細胞癌(HCC)に発展することが知られている(非特許文献1,2)。今日までのところ、慢性HBV感染の治療に用いる薬剤としては、インターフェロン(IFN)と3種類のヌクレオシドないしはヌクレオチド類似体(ラミブジン [LAM], アデホビルジピボキシル [ADV], エンテカビル [ETV])が承認されている。ヌクレオシドないしはヌクレオチド類似体は、大半の患者においてHBVの複製を抑制し、トランスアミナーゼ値と肝組織像を改善することができる(非特許文献3−5)。特に、ヌクレオシド類似体治療を受けた経験のない患者に対するLAMの単独治療は、肝臓癌形成を抑制することができる(非特許文献6,7)。しかしながら、治療が長期間に亘ると薬剤耐性変異体が出現するという問題が生じる。
【0003】
大部分のLAM耐性系統は、HBVポリメラーゼのCドメイン中に存在するYMDD(チロシン-メチオニン-アスパラギン酸-アスパラギン酸)モチーフ中にアミノ酸置換を有する(非特許文献8,9)。近年、実験的研究及び臨床研究の双方において、ADVとETVが野生型のみならずLAM耐性系統も抑制でき、LAM抵抗性患者に対するサルベージ療法として確立可能であることが示されている(非特許文献10,11)。本願発明者らは、近年、LAM抵抗性の慢性HBV感染患者におけるADV+LAM併用療法の有効性を報告している(非特許文献12)。しかしながら、対象とした患者数は限られており、経過観察期間も短期間であった。従って、ウイルス反応と肝臓癌形成抑制に関するLAM+ADVの長期有効性は依然として明らかではない。
【0004】
LAM+ADV治療期間中のウイルス反応と肝臓癌形成のウイルス学的予測因子については十分に調査されていない。ネガティブ調節要素(NRE; nt 1611-1634), コア上流調節配列 (CURS; nt 1643-1742), ベーシックコアプロモーター (BCP; nt 1742-1849)は、主にHBVのX遺伝子中に位置しており、複製とB型肝炎コア抗原/HBeAg形成に重要な役割を果たしている(非特許文献13−18)。nt 1762/1764 (T1762/A1764)におけるBCP変異及びnt 1896 (A1896)におけるプレコア変異はHBeAgセロコンバージョンに関連がある。特筆すべきは、HCCのような進行した肝臓疾患の患者においては、しばしばBCPとプレコアの停止コドン変異が見られる(非特許文献19−22)。Takahashi及びその共同研究者らは、HBeAg陽性患者において、慢性肝炎から肝硬変及び/又はHCCへの移行には、BCP二重変異よりもC-to-T1653及びT-to-V(not T)1753変異がより密接に関連している旨を報告した(非特許文献23、24)。Ito及びその共同研究者らは、近年、HBVジェノタイプC患者において、HCCの発達にはプレS及びコア欠失変異体並びにT1653変異が関連していることを示した(非特許文献25)。さらにまた、IFNへのウイルス反応に関して、Erhardt及びその共同研究者らは、HBeAg陽性患者における良好な反応性は、BCP及びnt 1753-1766における高頻度の変異並びにnt 1764における変異に関連があること、HBeAg陰性患者における良好な反応性は、BCP及びnt 1753-1766での低頻度の変異並びにnt 1764における野生型配列に関連があることを報告した(非特許文献26)。しかしながら、LAM+ADV治療期間中のウイルス反応と肝臓癌形成に対するNRE, CURS, BCP, プレコア, 及びコア遺伝子における置換の意義は依然として不明である。
【0005】
【非特許文献1】Ganem D, Prince AM. Hepatitis B virus infection-natural history and clinical consequences. N Engl J Med 2004;350:1118-1129.
【非特許文献2】Wright TL, Lau JY. Clinical aspects of hepatitis B virus infection. Lancet 1993;342:1340-1344.
【非特許文献3】Nevens F, Main J, Honkoop P, Tyrrell DL, Barber J, Sullivan MT, Fevery J, et al. Lamivudine therapy for chronic hepatitis B: a six-month randomized dose-ranging study. Gastroenterology 1997;113:1258-1263.
【非特許文献4】Lai CL, Chien RN, Leung NW, Chang TT, Guan R, Tai DI, Ng KY, et al. A one-year trial of lamivudine for chronic hepatitis B. Asia Hepatitis Lamivudine Study Group. N Engl J Med 1998;339:61-68.
【非特許文献5】Suzuki Y, Kumada H, Ikeda K, Chayama K, Arase Y, Saitoh S, Tsubota A, et al. Histological changes in liver biopsies after one year of lamivudine treatment in patients with chronic hepatitis B infection. J Hepatol 1999;30:743-748.
【非特許文献6】Liaw YF, Sung JJY, Chow WC, Farrell G, Lee CZ, Yuen HY, Tanwandee T, et al. Lamivudine for patients with chronic hepatitis B and advanced liver disease. N Engl J Med 2004;351:1521-1531.
【非特許文献7】Matsumoto A, Tanaka E, Rokuhara A, Kiyosawa K, Kumada H, Omata M, Okita K, et al. Efficacay of lamivudine for preventing hepatocellular carcinoma in chronic hepatitis B: a multicenter retrospective study of 2795 patients. Hepatol Res 2005;32:173-184.
【非特許文献8】Allen MI, Deslauriers M, Andrews CW, Tipples GA, Walters KA, Tyrrell DL, Brown N, et al. Identification and characterization of mutations in hepatitis B virus resistant to lamivudine. Lamivudine Clinical Investigation Group. HEPATOLOGY 1998;27:1670-1677.
【非特許文献9】Delaney WEt, Yang H, Westland CE, Das K, Arnold E, Gibbs CS, Miller MD, et al. The hepatitis B virus polymerase mutation rtV173L is selected during lamivudine therapy and enhances viral replication in vitro. J Virol 2003;77:11833-11841.
【非特許文献10】Sherman M, Yurdaydin C, Sollano J, Silva M, Liaw YF, Cianciara J, Boron-Kaczmarska A, et al. Entecavir for treatment of lamivudine-refractory, HBeAg-positive chronic hepatitis B. Gastroenterology 2006;130:2039-2049.
【非特許文献11】Rapti I, Dimou E, Mitsoula P, Hadziyannis SJ. Adding-on versus switching-to adefovir therapy in lamivudine-resistant HBeAg-negative chronic hepatitis B. HEPATOLOGY 2007;45:307-313.
【非特許文献12】Hosaka T, Suzuki F, Suzuki Y, Saitoh S, Kobayashi M, Someya T, Sezaki H, et al. Adefovir dipivoxil for treatment of breakthrough hepatitis caused by lamivudine-resistant mutants of hepatitis B virus. Intervirology 2004;47:362-369.
【非特許文献13】Lindh M, Horal P, Dhillon AP, Furuta Y, Norkrans G. Hepatitis B virus carriers without precore mutations in hepatitis B e antigen-negative stage show more severe liver damage. HEPATOLOGY 1996;24:494-501.
【非特許文献14】Tong SP, Li JS, Vitvitski L, Trepo C. Replication capacities of natural and artificial precore stop codon mutants of hepatitis B virus: relevance of pregenome encapsidation signal. Virology 1992;191:237-245.
【非特許文献15】Laskus T, Rakela J, Tong MJ, Nowicki MJ, Mosley JW, Persing DH. Naturally occuring hepatitis B virus mutants with deletions in the core promoter region. J Hepatol 1994;20:837-841.
【非特許文献16】Laskus T, Rakela J, Nowicki MJ, Persing DH. Hepatitis B virus core promoter sequence analysis in fulminant and chronic hepatitis B. Gastroenterology 1995;109:1618-1623.
【非特許文献17】Okamoto H, Tsuda F, Akahane Y, Sugai Y, Yoshiba M, Moriya K, Tanaka T, et al. Hepatitis B virus with mutations in the core promoter for an e antigen-negative phenotype in carriers with antibody to e antigen. J Virol 1994;68:8102-8110.
【非特許文献18】Takahashi K, Aoyama K, Ohno N, Iwata K, Akahane Y, Baba K, Yoshizawa H, et al. The precore/core promoter mutant (T1762/A1764) of hepatitis B virus: clinical significance and an easy method for detection. J Gen Virol 1995;76:3159-3164.
【非特許文献19】Kao JH, Chen PJ, Lai MY, Chen DS. Basal core promoter mutations of hepatitis B virus increase the risk of hepatocellular carcinoma in hepatitis B carriers. Gastroenterology 2003;124:327-334.
【非特許文献20】Baptista M, Kramvis A, Kew MC. High prevalence of 1762(T)/1764(A) mutations in the basic core promoter of hepatitis B virus isolated from black Africans with hepatocellular carcinoma compared with asymptomatic carriers. HEPATOLOGY 1999;29:946-953.
【非特許文献21】Blackberg J, Kidd-Ljunggren K. Mutations within hepatitis B virus genome among chronic hepatitis B patients with hepatocellular carcinoma. J Med Virol 2003;71:18-23.
【非特許文献22】Laskus T, Radkowski M, Nowicki M, Wang LF, Vargas H, Rakela J. Association between hepatitis B virus core promoter rearrangements and hepatocellular carcinoma. Biochem Biophys Res Commun 1998;244:812-814.
【非特許文献23】Takahashi K, Akahane Y, Hino K, Ohata Y, Mishiro S. Hepatitis B virus genome sequence in the circulation of hepatocellular carcinoma patients: comparative analysis of 40 full-length isolates. Arch Virol 1998;143:2313-2326.
【非特許文献24】Takahashi K, Ohata Y, Kanai K, Akahane Y, Iwasa Y, Hino K, Ohno N, et al. Clinical implications of mutations C-to-T1653 and T-to-C/A/G1753 of hepatitis B virus genotype C genome in chronic liver disease. Arch Virol 1999;144:1299-1308.
【非特許文献25】Ito K, Tanaka Y, Kato M, Fujiwara K, Sugauchi F, Sakamoto T, Shinkai N, et al. Comparison of complete sequence of hepatitis B virus genotype C between inactive carriers and hepatocellular carcinoma patients before and after seroconversion. J Gastroenterol 2007;42:837-844.
【非特許文献26】Erhardt A, Reineke U, Blondin D, Gerlich WH, Adams O, Heintges T, Niederau C, et al. Mutations of the core promoter and response to interferon treatment in chronic replicative hepatitis B. HEPATOLOGY 2000;31:716-725.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従って、本発明の目的は、LAM抵抗性のHBVが発生した患者に対しLAM+ADV併用治療を行なった場合に、該患者が肝細胞癌に移行する可能性について、該併用治療の開始前又は開始後の早期に予測できる方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本願発明者らは、LAM+ADV併用治療を開始したLAM抵抗性の慢性HBV感染患者183名について、長期間にわたる経過観察を行ない、該患者体内のHBVゲノムDNAの塩基配列と、該患者の肝細胞癌への移行の有無との関係を調べることにより、肝細胞癌へ移行する可能性の予測に有用なHBVゲノム上の一塩基多型を見出し、本願発明を完成した。
【0008】
すなわち、本発明は、B型肝炎ウイルスに感染している患者から採取された検体中に含まれるB型肝炎ウイルスゲノム中の、少なくとも以下のいずれか1つの部位における一塩基多型を指標とする、ラミブジンとアデホビルの併用治療により肝細胞癌に移行する可能性を予測する方法を提供する。
(1) nt1819がaであるか否か、
(2) nt1846がaであるか否か、
(3) nt1899がgであるか否か、
(4) nt1913がcであるか否か、
(5) nt2027がgであるか否か、
(6) nt2339がaであるか否か、
(7) nt2421がgであるか否か。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、LAM抵抗性HBV感染患者へのアデホビル併用治療により該患者が将来的に肝細胞癌に移行するか否かを、アデホビル併用開始前に予測することが可能になる。下記実施例に示される通り、ラミブジンとアデホビルの併用治療によりウイルスDNAが陰性化した患者であってもHCCへの移行が生じるため、ラミブジン耐性ウイルスが出現した場合の治療方法の選択は慎重に行わなければならない。ラミブジン耐性ウイルスが出現した患者に対する治療方法としては、アデホビル併用以外にもインターフェロン併用やラミブジン単独投与の継続等の他の方法もあるが、本発明によれば、アデホビル併用による肝細胞癌への発展という悪影響を事前に予測することができるので、より有効な薬剤選択ないしは治療法選択に貢献することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
本発明の方法が適用される患者はHBV感染患者であり、LAM投与による治療中にウイルスがLAM抵抗性を獲得してブレークスルー肝炎を呈し、アデホビルの投与が検討されている患者又はアデホビルによる治療開始後早期の患者であることが好ましい。LAM治療中に患者体内で生じるLAM抵抗性のHBV変異体は、通常、HBVポリメラーゼのCドメイン中に存在するYMDD(チロシン-メチオニン-アスパラギン酸-アスパラギン酸、配列番号6)モチーフ中にアミノ酸置換を有する(非特許文献8,9)。本発明が適用される患者においても、特に限定されないが、通常はYMDD変異体が検出される。HBVのジェノタイプとしては、AないしHの8種類が知られており、本発明が適用されるHBV感染患者のHBVジェノタイプはいずれであってもよく、特に限定されないが、ジェノタイプA、B、C、Dのいずれかであることが好ましい。
【0011】
本発明の方法で指標とするHBVゲノム上の一塩基多型(SNP)は、以下に示すものである。なお、本発明において、塩基の位置は、GenBankにアクセッション番号AB033550として登録されている公知のHBVジェノタイプC原型のゲノム配列(配列番号1)を基準として表すものとし、例えば「nt1819」とは配列番号1に示す塩基配列中の1819番目の塩基に相当する塩基を意味するものとする。他のHBVゲノム配列において、いずれの位置の塩基が「相当する塩基」に該当するかは、当業者には自明であり、例えばClustalW等の周知のプログラムを用いて配列番号1に示す塩基配列と比較すべき塩基配列とを適切に整列化することにより容易に知ることができる。
(1) nt1819がaであるか否か
(2) nt1846がaであるか否か
(3) nt1899がgであるか否か
(4) nt1913がcであるか否か
(5) nt2027がgであるか否か
(6) nt2339がaであるか否か
(7) nt2421がgであるか否か
【0012】
上記したSNPは、下記表1及び実施例に示される通り、単変量解析(単変量コックス比例ハザードモデル)によりウイルス量低下の予測因子として有意差が認められたものである。表1中の「カテゴリー」の欄に「1」として記載される塩基が、配列番号1に示すHBVジェノタイプC原型のゲノム配列における塩基であり、本明細書において「塩基置換変異」といった場合には、配列番号1における塩基とは異なる塩基に置換されていることを意味する。
【0013】
【表1】

【0014】
7箇所の部位のうちのいずれか1つに塩基置換が認められれば、LAMとアデホビルとの併用治療中に肝細胞癌への発展を抑制出来ない可能性が高いと予測することができる。そのため、上記部位のうちの少数箇所のみを調べてもよいが、正確性及び検査の迅速性の観点から、本発明の実施の際には、上記7箇所の全ての部位を同時に調べることが好ましい。
【0015】
上記7箇所の中でも、多変量解析においても有意差が認められた(2)nt1846、(4)nt1913、(5)nt2027、(6)nt2339及び(7)nt2421は予測因子としての信頼性がより高く、本発明の方法において指標として用いるSNPとしてより好ましい。すなわち、本発明の方法としては、特に、(2)nt1846、(4)nt1913、(5)nt2027、(6)nt2339及び(7)nt2421のうちの少なくともいずれか1つの部位における一塩基多型を指標とする方法が好ましい。
【0016】
本発明の方法で用いられる検体は、HBVに感染した患者から採取されたものであり、患者体内のHBVを含むものであれば特に限定されず、血液のような体液や、肝生検検体等であってよい。これらのうち、採取が容易で感度も良好な血液(全血の他、血清、血漿のような血液成分も包含する)検体が好ましい。
【0017】
上述の通り、HBVのゲノム配列は既に公知であり、配列表の配列番号1にも示されているので、上記した(1)〜(7)の部位の塩基が何であるかは、それ自体周知の方法により調べることができる。例えば、HBVを含む検体からDNAを抽出してHBVのゲノムDNAを取得し、これを鋳型としてPCR等の核酸増幅法を行なうことにより、上記7箇所の部位を含む領域を増幅することができる。常法により、該増幅産物をクローニング又は精製して増幅産物の塩基配列を決定することにより、所望の部位の塩基を調べることができる。増幅産物の塩基配列決定は、クローニングせずに直接シークエンス法により行なうことが簡便かつ迅速で好ましい。核酸増幅法に用いるプライマーは、当業者であれば、配列番号1に示す塩基配列を参照して容易に作製することができる。また、これらの手法に用いる試薬類や装置は市販されており、市販品を用いて常法により容易に行なうことができる。なお、上述の通り、本発明の方法を実施するためには上記7箇所の部位全てを含む領域の塩基配列を決定することは必須ではないため、核酸増幅法により増幅させる領域は適宜選択することができる。
【実施例】
【0018】
以下、本発明を実施例に基づきより具体的に説明する。もっとも、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0019】
1.調査対象患者
虎の門病院にてLAM治療を受けていた慢性HBV感染症の日本人成人患者のうち、2002年以降に24週以上の期間にわたってLAM治療と併せてADV治療を受けた継続患者計183名を調査の対象とした。該患者らは、LAM治療中にもかかわらず血清HBV-DNA量及びALT値が再上昇、すなわちブレークスルー肝炎を呈したため、LAMと並行してADV投与を受けた者である。本研究への採用及びADV治療の開始は、以下の(1)〜(3)の基準で決定した。
(1) LAM治療期間中に、血清中HBV DNA量が少なくとも2回の検査で連続して初期抗ウイルス効果の最低点と比較して1 logコピー/ml以上上昇。
(2) 後述のPCRに基づく方法及び/又はダイレクトシーケンス解析により、ADV治療開始前にYMDDモチーフ変異を検出。
(3) ファムシクロビル(famciclovir)やエンテカビル(entecavir)等の他のヌクレオシド類似体による治療歴がないこと。
【0020】
また、除外基準は以下の(1)〜(4)とした。
(1) 肝細胞癌(HCC)患者。
(2) 血清クレアチニン値が≧1.5 mg/dl。
(3) C型肝炎ウイルス、デルタウイルス又はHIVと重複感染している患者。
(4) 自己免疫性肝炎、アルコール性肝疾患又は代謝性肝疾患等の他の肝臓疾患歴がある。
【0021】
本研究は、ヘルシンキ宣言及びその修正版のガイドラインに従い、全ての患者からインフォームドコンセントを得て行なわれた。また、本研究は、虎の門病院の倫理委員会の承認を受けた。
【0022】
表2に対象とした患者の情報の概略を示す。患者は男性150名、女性33名であった。YMDDモチーフの変異型としては、YIDD(配列番号7)型が85名、YVDD(配列番号8)型が42名、YIDD+YVDD型が56名であった。LAM+ADVの併用期間の中央値は2.2年であった(範囲は0.5〜4.5年)。LAM治療(100mg/日)継続中にADVを1日1回10mgの用量で経口投与した。LAM+ADV併用治療の前、併用中及び併用後に少なくとも毎月1回血液試料を採取し、ウイルスマーカー、肝機能及び腎機能に関連する生化学的マーカー、並びに全血球計算の分析を来診毎に行なった。肝硬変の診断は、画像研究と門脈圧亢進症の徴候を含め、肝生検の組織像及び/又は臨床基準に基づいて行なった。低肝機能の指標として、PCR分析の検出限界以下のHBV-DNA量及びALT値の正常化を評価した。毎月少なくとも1回注意深く問診と検診を行なうことにより、副作用を臨床的にモニターした。患者の治療へのコンプライアンスは質問票により評価した。LAM+ADV治療の開始から最後の来診までの期間に経過観察を行なった。
【0023】
【表2】

【0024】
2.検体検査
市販のラジオイムノアッセイシステム(Abbott Japan)を用いてHBsAg, HBeAg及びHBeAgに対する抗体(anti-HBe)を測定した。血清HBV DNA量は、Amplicor HBV monitor test (Roche Diagnostics)を用いて測定した(測定範囲;102.6-107.6コピー/ml (2.6-7.6 logコピー/ml))。HBVジェノタイプの決定は、Usudaらの方法(J Virol Methods 1999;80:97-112)に基づきELISA法(HBV Genotype EIA, 株式会社特殊免疫研究所)にて行なった。YMDDモチーフのrtM204における置換は、市販のアッセイキットを用いたEnzyme-Linked Mini-sequence Assay(PCR-ELMA; Genome Science)によりベースラインで同定した。
【0025】
3.ネガティブ調節要素、コア上流調節配列、ベーシックコアプロモーター、プレコア、及びコア遺伝子のヌクレオチド配列解析
ADV治療開始時に採取した血清を用いた直接シークエンス法により、ADV治療開始時のHBVのnt 1611-2450の塩基配列を決定した。該領域中には、完全NRE (nt 1611-1634), CURS (nt 1643-1742), BCP (nt 1742-1849), プレコア (nt 1814-1901), 及びコア遺伝子 (nt 1901-2450)が含まれる。HBVのヌクレオチド配列は、HBVジェノタイプC原型配列(GenBankアクセッション番号AB033550、配列番号1)を基準として用いて比較を行ない、塩基置換部位を同定した。なお、対象患者のうち35名については、ADV治療開始時に採取した血清試料がなかったため、148名の患者についてのみPCRジェノタイピングを行なった。
【0026】
HBV DNAの抽出はSmitest EX -R&D kit (Genome Science)を用いて行なった。それぞれ以下のプライマーを用いてPCR増幅を行なった;
(a) nt 1588-2130の領域: HBVPCCPseqF01 (センス, 5`-GCT TCA CCT CTG CAC GTC GCA TG-3` [nt 1588-1610]、配列番号2)及び HBVPCCPseqR03 (アンチセンス, 5`-TCC AAA TTA CTT CCC ACC CAG GT-3` [nt 2130-2108]、配列番号3) プライマーを用いた single-round PCRにより増幅
(b) nt 2022-2529の領域: HBVCOREseqF01 (センス, 5`-CCT TAG AGT CTC CGG AAC ATT G-3` [nt 2022-2043]、配列番号4) 及びHBVCOREseqR02 (アンチセンス, 5`-GCC ACT CAG GAT TAA AGA CAG G-3` [nt 2529-2508]、配列番号5)プライマーを用いたsingle-round PCRにより増幅
【0027】
反応条件は、95℃2分間の熱変性の後、94℃−30秒の熱変性、60℃−30秒のアニーリング、68℃−30秒の伸長反応を45サイクルとし、最後に7分間の伸長反応を行なった。PCR増幅産物をアガロースゲルにて電気泳動後、QIA quick PCR purification kit (Qiagen)を用いて精製し、直接シークエンシングに用いた。Big Dye Deoxy Terminator Cycle Sequencing kit (Perkin-Elmer)を用いてジデオキシ法により配列決定を行なった。偽陽性を回避するために、Kwok及びHiguchiが推奨するコンタミネーション防止方法(Nature 1989;339:237-238)をPCRアッセイに厳重に適用した。本研究においては偽陽性は全く認められなかった。
【0028】
4.肝組織病理学検査
肝生検試料は、内径2mmの改良型Vim Silverman針(東北大学型, 柿沼製作所)を用いて経皮的に又は腹腔鏡により採取し、10%ホルマリンで固定後、ヘマトキシリン-エオシン染色、マッソン三色染色、鍍銀染色、及びジアスターゼ消化後の過ヨウ素酸シッフ染色を行なった。実験に用いた標本は全て6箇所以上の門脈域を含んでいた。病理組織学的診断は、臨床データを知得しない熟練した肝病理学者(HK)により行なわれた。Desmetらのスコアリングシステム(HEPATOLOGY 1994;19:1513-1520)に従い、組織病理学的評価に基づいて慢性肝炎の診断を行なった。
【0029】
5.肝細胞癌(HCC)の診断
3〜6ヶ月ごとに患者の腹部超音波検査を行ない、HCCを調べた。超音波検査の結果からHCCの疑いがある場合には、コンピュータ断層撮影、磁気共鳴画像、腹部血管造影、及び必要に応じ超音波下腫瘍生検等の追加検査を行ない、診断を確定した。
【0030】
6.統計解析
肝臓癌形成はKaplan-Meier法により計算し、曲線間の差異はログランク検定により調べた。肝臓癌形成の統計解析は、LAM+ADV治療の開始時以降の期間を対象として行なった。HBVゲノム上のCURSからコア遺伝子領域にかけての塩基置換について、ステップワイズコックス回帰分析を用いた解析を行ない、肝臓癌形成に関連のある独立した予測因子を決定した。さらに、オッズ比及び95%信頼区間(95%CI)も計算した。各塩基置換は、単変量解析及び多変量解析のため、2つの単純な序数からなるカテゴリーデータに変換した。単変量コックス比例ハザードモデルにおいて、統計学的有意差(p<0.05)又は限界有意(marginal significance) (p<0.10)が認められた塩基置換については、多変量コックス比例ハザードモデルによる検定を行ない、有意な独立因子を同定した。統計比較はSPSS software (SPSS Inc., 米国イリノイ州Chicago)を用いて行なった。両側検定でp値が0.05未満になった場合を有意差ありとした。
【0031】
7.結果
(1) 累積HBV-DNA陰性化率及びALT正常化率
0.5, 1, 2, 3, 及び4年目末における累積HBV-DNA陰性化率はそれぞれ48.4, 66.8, 79.4, 93.6, 及び93.6%であり、累積ALT正常化率はそれぞれ72.4, 84.0, 97.6, 97.6, 及び100%であった。これらの数値は肝炎活性の低さを示すものであり、LAM+ADV治療を受けた患者が良好なウイルス学的反応(HBV-DNA陰性化)及び生化学的反応(ALT正常化)を達成できたことが確認された。
【0032】
(2) 累積肝臓癌形成率及びHCCに移行した患者のプロファイル
1, 2, 3, 及び4年目末の累積肝臓癌形成率はそれぞれ2.2, 5.9, 8.1及び46.4%だった。最初の3年間におけるHCCの年間発生率は2.7%であった。LAM+ADV治療期間中にHCCに移行した12名の患者(男性9名、女性3名)のプロファイルを表3に要約する。ADV開始時の年齢の中央値は51歳であった(範囲35-75歳)。LAM開始時からHCC診断までの期間の中央値は4.9年(範囲1.9-7.5年)、ADV開始時からHCC診断までの期間の中央値は1.5年(範囲0.1-4.5年)であった。HCC診断時において、75.0% (9/12患者)がALT正常化を達成しており、83.3% (10/12)がHBV-DNA陰性化を達成していた。ADV開始時にHBeAg陽性であった患者のうち、57.1% (4/7)がHCC診断時にはHBeAg陰性に達していた。このように、該患者らは、良好なウイルス学的反応及び生化学的反応を示していたにもかかわらずHCCに移行した。
【0033】
【表3】

【0034】
(3) 単変量及び多変量解析により肝臓癌形成に関連が認められた予測因子
全患者サンプルについてデータ解析を行ない、肝臓癌形成を予測し得る因子を調べた。単変量解析の結果、肝臓癌形成に有意に関連する又はその傾向があるパラメーターとして、以下の7箇所のSNPが同定された。
nt 1819 (p=0.027), nt 1846 (p=0.033), nt 1899 (p=0.028), nt 1913 (p=0.023), nt 2027 (p=0.091), nt 2339 (p=0.070), nt 2421 (p<0.001)
【0035】
次いで、これらの因子について多変量解析を行なった結果、肝臓癌形成に対して独立して有意に影響のある又はその傾向のあるパラメーターとして、以下の5箇所のSNPが同定された。
nt 1846 (p=0.055), nt 1913 (p=0.040), nt 2027 (p=0.013), nt 2339 (p=0.066), nt 2421 (p=0.004)
【0036】
単変量解析及び多変量解析により同定されたこれらのSNPについてのデータは上記表1に示す通りである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
B型肝炎ウイルスに感染している患者から採取された検体中に含まれるB型肝炎ウイルスゲノム中の、少なくとも以下のいずれか1つの部位における一塩基多型を指標とする、ラミブジンとアデホビルの併用治療により肝細胞癌に移行する可能性を予測する方法。
(1) nt1819がaであるか否か
(2) nt1846がaであるか否か
(3) nt1899がgであるか否か
(4) nt1913がcであるか否か
(5) nt2027がgであるか否か
(6) nt2339がaであるか否か
(7) nt2421がgであるか否か
【請求項2】
前記一塩基多型のうち、(2)、(4)〜(7)のうちの少なくともいずれか1つの部位における一塩基多型を指標とする請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記検体が血液検体である請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記検体中に含まれるB型肝炎ウイルスのゲノムDNAを鋳型として、前記一塩基多型部位の少なくともいずれか1つを含む領域を核酸増幅法により増幅し、増幅産物の塩基配列を決定することを含む、請求項1ないし3のいずれか1項に記載の方法。

【公開番号】特開2009−159845(P2009−159845A)
【公開日】平成21年7月23日(2009.7.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−340333(P2007−340333)
【出願日】平成19年12月28日(2007.12.28)
【出願人】(505304698)
【出願人】(505304702)
【Fターム(参考)】