説明

肝細胞癌の組織内転移の抑制剤又は阻害剤

【課題】肝細胞癌の組織内転移の抑制剤又は阻害剤、および肝細胞癌の組織内転移の抑制剤又は阻害剤か否かを同定する方法の提供。
【解決手段】インスリン様成長因子−I受容体細胞内情報伝達系の逆行性細胞内情報伝達を抑制及び/又は阻害することに基づく、肝細胞癌の組織内転移の抑制剤又は阻害剤。該抑制剤又は阻害剤としては、ピクロポドフィリン及び/又はLY294002[2−(4−Morpholinyl)−8−phenyl−4H−benzopyran−4−one]であることが好ましい。肝細胞癌の組織内転移の抑制剤又は阻害剤か否かを同定する方法としては、以下の工程よりなる方法。(1)肝細胞癌細胞株HLFを無血清培地で培養する工程(2)化合物を培地に添加する工程(3)肝細胞癌細胞株HLFの細胞数を測定する工程(4)化合物を添加しないコントロールと比較する工程

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肝細胞癌の治療に関わり、より詳しくは肝細胞癌の組織内転移の抑制剤又は阻害剤に係る。本発明の発明者は、肝細胞癌の組織への侵襲、組織内転移の抑制に係わるメカニズムを見出し、該メカニズムがインスリン様成長因子−I受容体の情報伝達系に関係することから、その活性化を阻害するため、鋭意研究を重ねた結果、肝細胞癌の転移抑制方法を見出し、さらにその方法に用いられる転移抑制剤又は阻害剤、また転移抑制剤又は阻害剤のスクリーニング法を提供する。
【背景技術】
【0002】
肝細胞癌( hepatocellular carcinoma; HCC) の侵襲する癌細胞は、転移の初期の段階においては充分な栄養が無い状態で間質結合組織に細胞塊を形成する(非特許文献1及び2)。本メカニズムは明らかとなっていない。
【0003】
一方、インシュリン様成長因子−I受容体(IGF-IR)は、癌細胞の増殖と転移に係わっているとされている(非特許文献3)。興味深いことにIGF-IRは間質組織中のデコリン(decorin)やプロテオグリカン(proteoglycan)と相互作用する。デコリンは、細胞増殖とAktとP21を介しての生存に関係している(非特許文献4)。従来技術からは、IGF-IRの阻害は、細胞増殖並びに癌細胞の間質結合組織への転移を抑制する可能性が考えられていた。また、ピクロポドフィリン(PPP)がIGF-IRの特異的阻害剤であり、細胞増殖を阻害できることが知られていた(非特許文献5及び6)。
【非特許文献1】Miyao Y, 0zaki D, Nagao T, Kondo Y ; lnterstitialinvasion of well-differentiated hepatocenular carcinoma and subsequent tumorgrowth. Pathol Int 49, 208-213. 1999
【非特許文献2】Tomizawa M, Kondo F, Kondo Y ; Growth patterns andinterstitial invasion of small hepatocenular carcinoma. Pathol Int 45,352-358, 1995
【非特許文献3】Samani AA, Yakar S, LeRoith D, Brodt P ; The roleof the IGF system in cancer growth and metastasis ; overview and recentinsights. Endocr Rev 28, 20-47, 2007
【非特許文献4】Schonherr E, Sunderkotter C, Iozzo RV, Schaefer L ; Decorin, anove1 player in the insulin-like growth factor system. J Bio1 Chem 280,15767-15772, 2005
【非特許文献5】Girnita A, Girnita L, de1 Prete F, Bartolazzi A, Larsson 0, AxelsonM ; Cyclolignans as inhibitors of theinsulin-like growth factor-1 receptor and malignant cell growth. CancerRes 64, 236-242, 2004
【非特許文献6】Tomizawa M, Saisho H ; Signaling pathway of insulin-likegrowth-II as a target of molecular therapy for hepatoblastoma. World JGastroentero1 12, 6531-6535, 2006
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
先に述べたように、
肝細胞癌(HCC) の侵襲する癌細胞の転移については、初期の段階の充分な栄養が無い状態で間質結合組織に細胞塊を形成するメカニズムは明らかとなっていなかった。本発明の課題は、このメカニズムを解明したことに基づく、肝細胞癌の転移抑制剤の資質を決め、提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者は上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、IGF-IRの細胞内情報伝達に係る、受容体からの経路に逆行する経路の存在を発見した。本知見の基づき、この逆行性情報伝達経路の遮断及び/又は阻害させることが、肝細胞癌の転移を抑制することを見出し、発明を完成した。
【0006】
すなわち、本発明は、IGF-IR細胞内情報伝達系の逆行性細胞内情報伝達を抑制及び/又は阻害することを手段とする、肝細胞癌の組織内転移を抑制及び/又は阻害する方法に関する。
【0007】
さらに、肝細胞癌の組織内転移を抑制及び/又は阻害する方法であって、IGF-IR細胞内情報伝達系の逆行性細胞内情報伝達を担う、インスリン様成長因子−I受容体のリン酸化を抑制及び/又は阻害することを手段とする、肝細胞癌の組織内転移を抑制及び/又は阻害する方法に関する。
【0008】
さらに詳しくは、肝細胞癌の組織内転移を抑制及び/又は阻害する方法であって、IGF-IR細胞内情報伝達系の逆行性細胞内情報伝達を担う、PI−3キナーゼを抑制及び/又は阻害することを手段とする、肝細胞癌の組織内転移を抑制及び/又は阻害する方法に関する。
【0009】
本発明は、IGF-IR細胞内情報伝達系の逆行性細胞内情報伝達を抑制及び/又は阻害することを手段とする、肝細胞癌の組織内転移の抑制剤又は阻害剤に関する。
【0010】
さらに、肝細胞癌の組織内転移を抑制及び/又は阻害する方法であって、IGF-IR細胞内情報伝達系の逆行性細胞内情報伝達を担う、インスリン様成長因子−I受容体のリン酸化を抑制及び/又は阻害することを手段とする、肝細胞癌の組織内転移の抑制剤又は阻害剤に関する。
【0011】
さらに、肝細胞癌の組織内転移を抑制及び/又は阻害する方法であって、IGF-IR細胞内情報伝達系の逆行性細胞内情報伝達を担う、PI−3キナーゼを抑制及び/又は阻害することを手段とする、肝細胞癌の組織内転移の抑制剤又は阻害剤に関する。
【0012】
本発明の実施態様例としては、上記に記載の肝細胞癌の組織内転移の抑制剤又は阻害剤が、ピクロポドフィリン及び/又はLY294002 [ 2−(4−Morpholinyl)−8−phenyl−4H−benzopyran−4−one] である肝細胞癌の組織内転移の抑制剤又は阻害剤が挙げられる。
【0013】
上記に述べられている本発明に係る、IGF-IR細胞内情報伝達系の逆行性細胞内情報伝達とは、細胞外のIGF-IRのリガンドにより活性化される細胞内情報伝達系である核へのシグナルが進んでいく系とは異なり、例えばIGF-IRの細胞内情報伝達系の初期の事象であるIGF-IRのリン酸化が、細胞外のIGF-IRのリガンドとは独立的に起こる細胞内伝達系の制御をいい、従来の細胞内伝達系とはその進む経路が逆と考えられ伝達系である。この伝達系の抑制及び/又は阻害の作用を達成するには、細胞内伝達系に係るリン酸等に係る酵素作用を有する要素を抑制及び/又は阻害すればよい。
より詳しくは、IGF-IRのリン酸化を担う、例えばPI−3キナーゼを抑制及び/又は阻害すればよい。この抑制及び/抑制の作用の候補は、逆行性細胞内伝達のどの過程でもよく、完全に阻害することにより、細胞増殖阻害効果も得られ、後述する逆行性細胞内伝達の効果、肝細胞癌の組織内転移の阻害効果とあいまって肝細胞癌のより好ましい治療に寄与することが期待される。
【0014】
さらに、本発明は、化合物の肝細胞癌の組織内転移の抑制剤又は阻害剤か否かを同定する方法であって、以下の工程よりなる方法に関わる。
(1)肝細胞癌細胞株HLFを無血清培地で培養する工程
(2)化合物を培地に添加する工程
(3)肝細胞癌細胞株HLFの細胞数を測定する工程
(4)化合物を添加しないコントロールと比べ、化合物を添加した肝細胞癌細胞株HLFの細胞数が添加化合物の濃度依存的に低下した場合、肝細胞癌の組織内転移の抑制又は阻害効果があると判断する工程
【0015】
また、化合物の肝細胞癌の組織内転移の抑制剤又は阻害剤か否かを同定する方法であって、以下の工程よりなる方法に関わる。
(1)肝細胞癌細胞株HLFを無血清培地で培養する工程
(2)化合物を培地に添加する工程
(3)肝細胞癌細胞株HLFを創傷アッセイ(Wound assay)に供す工程
(4)化合物を添加しないコントロールと比べ、化合物を添加した肝細胞癌細胞株HLFの創傷アッセイ結果より、添加化合物の濃度依存的に肝細胞癌細胞株HLFの移動を低下した場合、肝細胞癌の組織内転移の抑制又は阻害効果があると判断する工程
【0016】
本発明の上記の同定方法を披検化合物に適用することにより、その化合物の効果がIGF-IR細胞内情報伝達系の逆行性細胞内情報伝達の抑制及び/又は阻害作用によるものであるか否かが判定され、引いては、本作用に基づく肝細胞癌の組織内転移の抑制又は阻害効果が判定できる。
【0017】
本発明の発明者は、肝細胞癌の組織への侵襲、組織内転移の抑制に係わるメカニズムを見出し、該メカニズムがIGF-1Rの情報伝達系に関係することから、その活性化を阻害するため、鋭意研究を重ねた結果、肝細胞癌の転移抑制方法を見出し、さらにその方法に用いられる転移抑制剤又は阻害剤、また転移抑制剤又は阻害剤のスクリーニング法を開発したが、以下、本発明にいたる解析の概略を述べる。さらに詳細には、後述の実施例において述べる。
【0018】
肝細胞癌においては、IGF-1Rは間質組織の成分と相互作用することから、IGF-1Rの阻害が焦点となっていた。まず、肝細胞癌細胞株を分析したところ、細胞株HLEとHLFにおいては、低分化型肝細胞癌の形態学的特徴を呈し、細胞株PLC/PRF/5とHuh-7は高分化方肝細胞癌の形態学的特徴を呈した。無血清培地の培養では、細胞株HLFのみが著しい細胞増殖活性を示した。この無血清下では、これら4細胞株はいずれもIGF-1Rを発現していた。細胞株HLFを、さらにIGF-1R抗体やIGF-1Rの特異的阻害剤であるピクロポドフィリンで、IGF-1Rを中和すると、細胞数においてはIGF-1R抗体の中和では効果がなかったが、ピクロポドフィリンでは細胞数の減少を見た。また、細胞株HLFの創傷アッセイでは、ピクロポドフィリンはその細胞移動を阻害した。IGF-1Rは肝細胞癌の間質組織への侵襲に関わっていることが明らかとなった。
【0019】
さらに、IGF-1Rのリン酸化阻害剤で、PI−3キナーゼ阻害であるLY294002 [ 2−(4−Morpholinyl)−8−phenyl−4H−benzopyran−4−one]の無血清培地の培養HLFへの添加は、濃度依存的に細胞数を減少させた。つまり、転移はピクロポドフィリンで阻害でき、そのメカニズムとしてIGF-1Rの逆行性細胞内情報伝達の存在が明らかとなり、その1つであるリン酸化阻害をLY294002により行うと、細胞増殖阻害が示された。これより、本メカニズムの肝細胞癌の治療への利用が有力な抗癌効果を期待できる方法として使用できる。
【0020】
本発明のインスリン様成長因子−I受容体細胞内情報伝達系の逆行性細胞内情報伝達を抑制及び/又は阻害することを手段とする、肝細胞癌の組織内転移の抑制剤又は阻害剤は、
薬理学的に許容される生理食塩水、添加剤又は賦形剤等を含んでもよく、その投与は経口、経皮膚又は静脈内注射等であればよく、用量は肝細胞癌の組織内転移の抑制又は阻害する量であればよいが、肝細胞癌の増殖抑制又は阻害効果も望める量が望ましい。成人においては0.1μgから100mg/kgであればよく、1μgから10mg/kgが好ましく、さらに好ましくは10μgから5mg/kgである。本発明の肝細胞癌の組織内転移の抑制剤又は阻害剤は、肝細胞癌の増殖抑制剤との併用又は合剤としても使用することができる。
【0021】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は以下の実施例に限定されることはない。
【実施例】
【0022】
(材料及び方法)
(細胞培養と細胞数測定)
肝細胞癌細胞株HLE、HLF及びPLC/PRF/5は、RIKEN Ce11 Bank (Tsukuba,Japan)より購入した。細胞株は、10%ウシ胎仔血清(FBS;Trace Scientific,Melbourne,Australia)添加のDulbecco's Minimum Essential Medium(DMEM;Sigma,St. Louis, MO)で5%二酸化炭素濃度の加湿された培養器中、37℃で培養した。
ピクロポドフィリン[PPP;picropodophyllin (Wako Pure Chemicals)]又は抗ヒトIGF-1Rモノクロナール抗体(R&D
systems,
Minneapolis,MN)を使用する際は、細胞株を10%FBS添加培地で24時間培養し分割した。24時間後、細胞を6ウェルプレート(Asahi
Techno Glass,
Tokyo,Japan)の各ウェルに10個の細胞を播種し、培養液を無血清のものに交換した。細胞数は播種後、1日目、4日目及び7日目にトリパンブルー染色排除試験により数えた。
【0023】
(ウェスタン ブロット解析)
無血清培地での培養72時間後の細胞よりタンパク質を分離した。タンパク質20μgをドデシル硫酸ナトリウム・ポリアクリルアミドゲル電気泳動(SDS-PAGE)に供し、ナイロンフィルターに転写した。一次抗体は、ウサギ抗IGF-1Rポリクロナール抗体(Ce11 Signaling Technology, Danvers,MA)と抗チューブリンαモノクロナール抗体(Lab vision, Fremont,CA)を用いた。二次抗体は、ホースラディッシュ パーオキシダーゼ(HRP)−結合 抗ウサギ抗体(Amersham Bioscience,Tokyo,Japan)とHRP−結合 抗マウス抗体(Amersham Bioscience)を用いた。一次抗体は1/500に希釈し、二次抗体は1/1000に希釈して用いた。フィルターは抗チューブリン−α抗体で再分析を行った。特異的抗原−抗体複合体は増感された化学発光(enhanced chemiluminescence ; GE Healthcare Bio-Sciences Corp,Piscataway, NJ)により可視化されて測定された。
【0024】
(IGF-I及び IGF-II分泌の分析)
無血清下、72時間後の培地を採取した。細胞培養中の非結合のIGF-I及びIGF-II濃度をヒトIGF-I免疫アッセイ(R&D
systems)を用いた、2段階酵素サンドイッチ免疫アッセイにより、また活性化IGF-II-ERISA(Diagnostic System Laboratories, Sinsheim,Germany)によって、それぞれ測定した。
【0025】
(細胞増殖アッセイ)
細胞はトリプシン処理後、取得し、96−ウェル フラット−ボトム プレート(Asahi Techno Glass)にウェルあたり1000細胞を播種した。10%FBS添加DMEMにて24時間培養後、FBSの効果を消失させるため培地を、FBS抜きのDMEMに交換した。FBS抜きのDMEMにて24時間培養後、IGF-II(Wako Pure Chemicals , 0saka, Japan)を培地に添加した。72時間後、製造元の使用法に従って3-(4,5-dimethylthiazo1-2-y1)-5-(3-carboxymethoxypheny1)-2-(4-sulfopheny1)-2H-
tetrazolium inner salt (MTS) assay(MTSアッセイ;Promega
Corporatio, Tokyo, Japan)
を行った。MTSは細胞により生物的に還元され、490nmの吸収を持つ着色ホルマザン生成物へとされる。吸光度を、490nmの波長でマルチプル プレート リーダー[BIO-RAD Mode1 550 microplate reader (Bio-RAD, Hercules, CA)]により分析した。
【0026】
(創傷アッセイ)
Pennisi
PAらの方法(Cancer
Res 62, 6529・6537,
2002)に従って創傷アッセイを行った。つまり、細胞を4ウェル チェンバー(Beckton Dickinson, Franklin Lakes, NJ)に播種し、細胞を滅菌した剃刀で切断し、光学顕微鏡IMT-2(Olympus, Tokyo, Japan)下5イメージの写真を撮った。各実験毎に切断面の100μmから150μm以上移動したHLF細胞数を数えた。
【0027】
(統計処理)
MTSアッセイにより示された細胞増殖を一要因分散分析により統計処理した。統計処理はJMP5.0J (SAS lnstitute Japan, Tokyo, Japan)を用いて行った。 P<0.05を統計的に有意とした。
【0028】
(実験結果)
どのHCC細胞株が血清無しの培地で増殖するかを実験した。HLEとHLFは低分化型、PLCとHuh-7は高分化型の形態学的特徴を呈した。細胞株HLFは2.3×10細胞/ウェルまで顕著に増殖したが、他の細胞株は増殖しなかった(図1)。
ウェスタン ブロット分析を用い、無血清培地中でIGF-IRが明らかに発現されているか検討した。全ての細胞株が明らかにIGF-IRを発現した。おそらく、IGF-IRは細胞増殖において役割があるのであろうことが示唆される(図2)。
IGFのオートクライン メカニズムが存在するか否かを見るため、IGF-I 及びIGF-IIの濃度を測定した。全ての細胞株で、IGF-I 及びIGF-IIは測定感度以下であった。
本発明者は、IGF-Iの阻害が細胞増殖を抑制する可能性を検討した。MTSアッセイにより、抗IGF-IR抗体又はPPPの添加後の細胞数を見た。細胞株HLFにPPP添加の場合、0.6μm、6μm及び60μmの各濃度で、18±5(平均±標準偏差)%、18±3%及び19±4%とコントロールに比べ著しく増殖が抑制されていた(図3A)。一方、抗IGF-IR抗体の場合、コントロールに比べ細胞数の変化は見られなかった(図3B)。
さらに、創傷アッセイにより、PPP添加の場合の細胞運動性の変化を調べた(図4A)。PPPは、150μm以上移動している細胞が全くないので、細胞株HLFの運動性を抑制した(図4B)。ヘマトキシリン−エオジン染色の染色像では、PPP添加及び無添加のHLAは形態学的変化を観察した。PPP添加細胞では、PPP無添加では観察されなかった濃縮した核を持つ細胞が観察された(図4C)。
【0029】
細胞株HLFを無血清培地で培養し、LY294002を添加し、細胞数の変化をMTSアッセイにて解析をした。細胞数はLY294002濃度に依存して減少し、50μMでは0μMの40.0±7.5(平均±標準偏差)にまで有意に低下した(図5)。
【0030】
細胞株HLFは無血清培地で細胞増殖でき、かつ無血清で増殖できなかった細胞株HLE、PLC及びHuh-7も含め、いずれもIGF-IもIGF-IIを産生しなかった。これよりHLFの増殖は、IGF-IまたはIGF-IIとは非依存的であると考えられた。一方、これら全ての細胞株で、IGF-IRは血清無しで発現していた。これらのデータから、IGF-IRは無血清下では活性であろうことが示された。この考えは、非特許文献4にある、IGF-I又は血清無しでIGF-IRはリン酸化されている事実により支持される。さらに、IGF-IRに対する抗体の中和は細胞増殖を阻害しなかったことから、HLFはIGF-I又はIGF-II産生しないという理由で理解できる。
またPPPがHLFの増殖と転移を抑制したことから、無血清下ではIGF-IRの阻害は細胞増殖と転移を抑制するとことが判明した。これと従来知られている、IGF-IRの欠損により、無血清下でアポトーシスを受けやすいことや、IGF-IRのアンティセンスRNAが腫瘍増殖と転移を抑制する事実から、IGF-IR活性の阻害は、HCCの間質組織への侵襲の分子治療の良い候補と考えられた。さらに、PI−3キナーゼ阻害剤であるLY294002が、無血清下、HLFの細胞増殖を抑制したことより、先に述べた逆行性細胞内情報伝達の存在が明らかとなり、この伝達系を抑制又は阻害することが本分子治療の最有力となると考えている。
【0031】
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明により、インスリン様成長因子−I受容体細胞内情報伝達系の逆行性細胞内情報伝達を抑制及び/又は阻害することを手段とする、肝細胞癌の組織内転移の抑制剤又は阻害剤を、肝細胞癌の間質組織への侵襲の分子治療として用いることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】無血清下、細胞数の変化を示した図である。HLFが著しい増殖を示したが、他の細胞株は増殖しなかった。クローズドサークルで実線;HLE、オープンサークルで実線;HLF、クローズドサークルで点線;PLC、及びオープンサークルで点線;Huh-7、*;P<0.05。
【図2】IGF-IRのウェスタンブロット解析の図である。ウェスタン ブロット解析は、無血清下の細胞で行った。全ての細胞株はIGF-IRを発現していた。レーン1;HLE、レーン2;HLF、レーン3;PLC/PRF/5、レーン4;Huh-7。
【図3】細胞増殖は、ピクロポドフィリンの添加で抑制されたが、抗IGF-IR抗体の添加では抑制されなかったことを示す図である。MTSアッセイを用いて、抗IGF-IR抗体又はピクロポドフィリン添加の細胞増殖抑制の分析を行った。HLFの増殖を抗IGF-IR抗体は抑制しなかった(A)、一方PPPは顕著に抑制した(B)。*;P<0.05。
【図4】細胞運動性が、ピクロポドフィリンにより抑制されたことを示す図である。創傷アッセイにより細胞運動性を解析した(A)。いかなる細胞も150μmを超えて遊走していないので、PPPは細胞運動性を著しく抑制することを示した(B)。HLFのヘマトキシリン エオジン染色では、PPPは濃縮した核を有する細胞を伴うアポトーシスを誘発した(C)。*;P<0.05、矢印;濃縮核を有する細胞(pyknoticcells)。
【図5】細胞株HLFの細胞増殖は、LY294002の添加で抑制され、濃度依存的に細胞数が減少したことを示す図である。MTAアッセイを用いて、LY294002の分析を行った。*;P<0.05。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
インスリン様成長因子−I受容体細胞内情報伝達系の逆行性細胞内情報伝達を抑制及び/又は阻害することを手段とする、肝細胞癌の組織内転移を抑制及び/又は阻害する方法
【請求項2】
肝細胞癌の組織内転移を抑制及び/又は阻害する方法であって、インスリン様成長因子−I受容体細胞内情報伝達系の逆行性細胞内情報伝達を担う、インスリン様成長因子−I受容体のリン酸化を抑制及び/又は阻害することを手段とする、請求項1記載の方法
【請求項3】
肝細胞癌の組織内転移を抑制及び/又は阻害する方法であって、インスリン様成長因子−I受容体細胞内情報伝達系の逆行性細胞内情報伝達を担う、PI−3キナーゼを抑制及び/又は阻害することを手段とする、請求項1又は2記載の方法
【請求項4】
インスリン様成長因子−I受容体細胞内情報伝達系の逆行性細胞内情報伝達を抑制及び/又は阻害することを手段とする、肝細胞癌の組織内転移の抑制剤又は阻害剤
【請求項5】
肝細胞癌の組織内転移を抑制及び/又は阻害する方法であって、インスリン様成長因子−I受容体細胞内情報伝達系の逆行性細胞内情報伝達を担う、インスリン様成長因子−I受容体のリン酸化を抑制及び/又は阻害することを手段とする、肝細胞癌の組織内転移の抑制剤又は阻害剤
【請求項6】
肝細胞癌の組織内転移を抑制及び/又は阻害する方法であって、インスリン様成長因子−I受容体細胞内情報伝達系の逆行性細胞内情報伝達を担う、PI−3キナーゼを抑制及び/又は阻害することを手段とする、肝細胞癌の組織内転移の抑制剤又は阻害剤
【請求項7】
請求項4から請求項6のいずれか1項に記載の肝細胞癌の組織内転移の抑制剤又は阻害剤が、ピクロポドフィリン及び/又はLY294002 [ 2−(4−Morpholinyl)−8−phenyl−4H−benzopyran−4−one] である肝細胞癌の組織内転移の抑制剤又は阻害剤
【請求項8】
化合物の肝細胞癌の組織内転移の抑制剤又は阻害剤か否かを同定する方法であって、以下の工程よりなる方法
(1)肝細胞癌細胞株HLFを無血清培地で培養する工程
(2)化合物を培地に添加する工程
(3)肝細胞癌細胞株HLFの細胞数を測定する工程
(4)化合物を添加しないコントロールと比べ、化合物を添加した肝細胞癌細胞株HLFの細胞数が添加化合物の濃度依存的に低下した場合、肝細胞癌の組織内転移の抑制又は阻害効果があると判断する工程
【請求項9】
化合物の肝細胞癌の組織内転移の抑制剤又は阻害剤か否かを同定する方法であって、以下の工程よりなる方法
(1)肝細胞癌細胞株HLFを無血清培地で培養する工程
(2)化合物を培地に添加する工程
(3)肝細胞癌細胞株HLFを創傷アッセイ(Wound assay)に供す工程
(4)化合物を添加しないコントロールと比べ、化合物を添加した肝細胞癌細胞株HLFの創傷アッセイ結果より、添加化合物の濃度依存的に肝細胞癌細胞株HLFの移動を低下した場合、肝細胞癌の組織内転移の抑制又は阻害効果があると判断する工程


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−274979(P2009−274979A)
【公開日】平成21年11月26日(2009.11.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−127039(P2008−127039)
【出願日】平成20年5月14日(2008.5.14)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【Fターム(参考)】