説明

肝芽腫及び肝癌の治療薬、この製造のためのスクリーニング方法

【課題】
肝腫瘍の増殖を抑制する治療薬、及び肝腫瘍の増殖を抑制する方法、更には治療薬製造のためのスクリーニング方法を提供すること。
【解決手段】
PI3 kinaseの作用を抑制する物質を主成分とする肝腫瘍の治療薬とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、肝芽腫と肝癌の増殖を抑制する方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
肝臓に発生する腫瘍(肝腫瘍)には、肝芽腫と肝細胞癌(肝癌)がある。肝芽腫は2歳以下の小児に、肝癌は成人に発生する。肝芽腫は、1. 胎生期の未分化な肝細胞である肝芽細胞に類似している、2. 肝芽腫は先天奇形を伴うことが多い、ので、遺伝子の先天的な異常に基づき、肝細胞の分化が胎生期の未分化な肝細胞(肝芽細胞)で分化が停止して発癌する。一方肝癌は、1. 肝細胞の分化が完成した成人の肝臓に発生する、2. 多くはB型またはC型肝炎ウィルスが数十年にわたって持続感染して発生する、ので、肝細胞の分化が未分化になり(脱分化)発癌する。以上の事実より、肝芽腫と肝癌は、肝臓に発生するものではあるが、異なる腫瘍であることと考えられている。また、肝芽腫と肝癌をひとつの肝腫瘍として増殖を抑制する方法はない。
【0003】
腫瘍には一般に、固有の増殖因子が存在する。ここで「増殖因子」とは、細胞外に存在し、細胞膜表面のレセプターと反応して細胞内刺激伝達系を介して刺激が伝達され、転写因子を介して遺伝子を発現させて、細胞を増殖させるものである。またここで「転写因子」とは、細胞内刺激伝達系の刺激を最終的に、目的の遺伝子の転写調節領域に結合して、目的の遺伝子を発現させるものである。またここで「転写調節領域」とは、その下流に目的の遺伝子の塩基配列を有し、目的の遺伝子の発現を直接調節している遺伝子の領域のことである。この増殖因子の作用を遮断すれば、腫瘍の増殖を抑制することができる。しかし、肝芽腫と肝癌では増殖因子はこれまで特定されていない。
【0004】
ところでinsulin-like growth factor-1 (IGF-1)とinsulin-like
growth factor-2 (IGF-2)は主に肝臓で産生され、血液中に分泌されて、細胞の分化と増殖を調節に関与していると考えられている。胎生期にはIGF-2が活発に分泌され、内臓の発生を促しているとの報告があり(例えば下記非特許文献1)、また出生後はIGF-2の産生は低下し、代わりにIGF-1が活発に分泌され、内臓の発達を促す。
【0005】
また一方で、肝芽腫、肝癌ではIGF-2が高発現しており、肝細胞を脱分化させて発癌させるのに重要な働きをしているのではないかとの報告がある(例えば下記非特許文献2参照)。
【0006】
一方、乳癌細胞株の例ではあるが、培地にIGF-2を添加すると、その増殖が刺激されるので、増殖因子として作用するとする報告がある(例えば下記非特許文献3参照)。
【0007】
また、転写因子CCAAT/enhancer binding protein (C/EBP)αは、肝細胞に高度に発現しており、肝細胞の増殖を抑制するのではないかと考えられている(例えば下記非特許文献4)。より具体的にはC/EBPαは肝細胞の分化を調節し、特に肝芽腫では、C/EBPαの発現が亢進しているとする報告がある(例えば下記非特許文献5、6参照)。
【0008】
【非特許文献1】New England J. Med. 336; 633-640:, 2004
【非特許文献2】Cancer Res. 48; 6844-6849: 1988
【非特許文献3】Breast Cancer Res. Treat. 84; 77-84: 2004
【非特許文献4】Cell 107; 259-261: 2001
【非特許文献5】Biochem. Biophys. Res. Commun. 249; 1-5: 1998
【非特許文献6】日本癌学会総会記事 Suppl. 194, 539
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記非特許文献2乃至4によると、IGF-1レセプターに対する抗体を肝腫瘍の培地に添加すると、IGF-2の作用を遮断することが期待される。
【0010】
しかしながら、IGF-1レセプターの抗体を培地に添加して肝腫瘍細胞株を培養し、さらにIGF-2を添加しても、その肝腫瘍の増殖を抑制することはできない (J. Biochem. 122; 717-722: 1997)。この事実は、1.IGF-2が肝腫瘍に対して増殖因子として作用するか否かは不明、2. 肝腫瘍細胞株ではIGF-2の発現を抑制またはIGF-1レセプターへの結合を阻害してもその作用を遮断することは不可能、なことを明確に示している。したがって、IGF-2が肝腫瘍に対して増殖因子として作用するか否か、は不明である。また上記非特許文献5、6においてC/EBPαが肝細胞の増殖を促進するのではないかと考えられているが、その増殖因子も特定されておらず、増殖抑制の具体的手段に課題を残す。
【0011】
そこで本発明は、かかる事情に鑑みなされたものであって、肝腫瘍の増殖を抑制する治療薬、及び肝腫瘍の増殖を抑制する方法、更には治療薬製造のためのスクリーニング方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達するため、本発明者は鋭意検討を重ねた結果、IGF-2が、肝芽腫と肝癌、すなわち肝腫瘍の増殖因子であることを特定し、また、IGF-2の下流には転写因子C/EBPαが存在し、細胞の増殖を促進していることを見いだした。そして肝腫瘍の増殖を制御するためには、phosphatidyl-inositol 3 kinase (PI3 kinase)の作用を抑制する必要があることが分かった。なおここで「PI3 kinaseの作用を抑制する」とは、PI3 kinaseが、その下流へ刺激または情報を伝達する能力を抑制または消失させることをいう。
【0013】
即ち、本発明に係る肝腫瘍の治療薬は、PI3 kinaseの作用を抑制する物質を主成分とすることで達成できる。
【0014】
IGF-2は、insulinレセプター、IGF-1レセプター、IGF-2/mannose-6-phosphate (IGF-2/M6P)レセプターに結合してその作用を発現すると考えられている。IGF-2の乳癌細胞株で示されるような増殖刺激作用は、IGF-1レセプターを介して伝達されている。IGF-1レセプターに対する抗体は、培地に添加するとIGF-2の結合を阻害する(なお
IGF-1レセプターへの結合を阻害しても肝腫瘍の増殖を抑えることができないのは上記のとおりである)。
【0015】
そして、細胞の増Insulin レセプターとIGF-1レセプターは、IGF-2が結合するとチロシンがリン酸化され、その下流、すなわちphosphatidyl-inositol
3 kinase(PI3 kinase)及びmitogen-activated protein kinase
(MAP kinase)へ刺激を伝達し、目的の遺伝子の転写調節領域に到達して遺伝子の発現を調節し、作用を発揮する。そこでこれに着目し、PI3 kinaseまたはMAP kinase を遮断することでIGF-2による細胞の増殖刺激は遮断され、細胞の増殖が抑制されると考え、更に検討を加えたところ、MAP kinaseの作用を抑制しても肝腫瘍の増殖を抑制することができない一方、PI3
kinaseの作用を抑制することで肝腫瘍の増殖を抑制することができることを発見し、本発明に至った。
【0016】
また本発明においてPI3 kinaseの作用を抑制する物質としては、2-(Morpholinyl)-8-phenyl-4H-1-benzopyran-4-one(LY2940002),[1S-(1alpha,6balpha,9abeta,11alpha,11bbeta)]-11-(Acetyloxy)-1,6b,7,8,9a,10,11,11b-octahydro-1-(methoxymethyl)-9a,11a-dimethyl-3H-furo[4,3,2-de]indeno[4,5-h][2]benzopyran-3,6,9-trione(Wortmannin)
が挙げられる。なお、2-(Morpholinyl)-8-phenyl-4H-1-benzopyran-4-one (LY294002)に関する技術としては、神経繊維腫症タイプ1(NF1)に対する治療法が提案されている(特表2003-513939)ものの、腫瘍の増殖抑制を目的としたものではない。また、腫瘍の増殖抑制に対して2-(Morpholinyl)-8-phenyl-4H-1-benzopyran-4-one (LY294002)を用いる試みは、卵巣腫瘍が公表されている(United States Patent Application, 20030158212)ものの、肝腫瘍へ適用できるとするものではない。本発明者らは、肝腫瘍においてIGF-2が増殖因子、C/EBPαが転写因子であってIGF-2のIGF-1レセプターへの阻害は肝腫瘍の抑制の効果を殆ど有しておらず、更にMAP kinaseの作用抑制も殆ど肝腫瘍抑制の効果を有しておらず、PI3 kinaseを用いることで初めて肝腫瘍増殖の抑制を行うことができることに想到したことによるものである。
【0017】
なお、MAP
kinaseを遮断する方法には、PD98059 (2’-Amino-3’-methoxyflavone)、U0126
(1,4-diamino-2,3-diciano-1,4-bis(2-aminophnyltio)butadien),SB203580
(4-[5-(4-Fluorophenyl)-2-[4-(methylsulfonyl)phenyl]-1H-imidazol-4-yl]pyridine)がある。これらは副作用が強いため、実用化はされておらず、MAP kinaseより下流の細胞内刺激伝達経を遮断する薬剤の開発が試みられている(Current
Pharmacol. Design 10; 1907-1914: 2004)。
【0018】
また本発明において特筆すべき点は、PI3 kinaseの作用を抑制する物質は、IGF-2および仔牛血清が存在せずとも肝腫瘍の増殖を抑制することを見いだした点にもある。この物質は細胞内刺激伝達系を遮断するので、細胞内刺激伝達系が不活性な状態では作用を発揮しないものと考えられる。IGF-2は増殖因子であることは我々が見いだし、また仔牛血清には種々の増殖因子が含有されている。したがってIGF-2または仔牛血清の存在下で上記物質が肝腫瘍の増殖を抑制することは合理的である。しかし、IGF-2または仔牛血清が存在せずとも肝腫瘍の増殖を抑制することは、増殖刺激が存在せずとも肝腫瘍の増殖を抑制可能なことを明白に示しており、際立った特徴の一つとなっている。
【0019】
本発明で得られた、増殖因子の細胞内刺激伝達系を遮断、もしくはC/EBPαの発現を変化させる方法は、肝腫瘍の増殖を抑制することが可能であり、上述のようにしたがって治療薬としての応用がある。
【0020】
具体的な治療方法としては、上記PI3 kinaseの作用を阻害する物質をそのままで投与するか、非経口投与、経皮投与、血中投与とすることができる。経口投与のために好ましくは、混合及び製剤化して、一塊投与剤形の医薬組成物にすることができる。このような治療薬組成物は、医薬産業界では周知の方法で調整することができる。なおこの治療薬における上記物質の濃度としては、10μM以上あればよく、作用を抑制する量としては300μMもあればよいことがわかった。これ以上の量とすることも可能であるが、1000μMになると結晶化してしまうため、これ以下であることが望ましい。これによりC/EBPαの発現がほぼ完全に消失し、その作用を抑制できる。
【0021】
なお治療薬の組成物中、主成分たる活性化合物は「活性成分」として知られる。組成物を製造する場合に、通常、活性成分は担体と混合するか又は担体で希釈するか又は担体内に封入して、カプセル、小さな袋、紙またはその他の容器の形にすることができる。担体を希釈剤として作用させる場合、担体は個体、半個体又は媒体として作用する液状物質、活性成分のための溶媒の賦形剤でもよい。したがって、組成物は錠剤、丸剤、粉末、トローチ剤、サシェ剤、カシェ剤、エリキシル剤、乳剤、溶液、シロップ、懸濁剤、ゼラチン軟カプセル、ゼラチン硬カプセル、無菌注射溶液及び無菌パック粉末の形態をとりうる。公的な担体、賦形剤及び希釈剤のいくつかの例としては、ラクトース、デキスとロース、シュークロース、ソルビトール、マンニトール、スターチ、アラビアガム、カルシウムホスフェート、アルギネート、カルシウムシリケート、微結晶セルロース、ポリビニルピロリドン、セルロース、トラガカントゴム、ゼラチン、シロップ、メチルセルロース、メチルー及びプロピルーヒドロキシベンゾエート、タルク、マグネシウムステアリン酸、水及び鉱油がある。製剤はさらに潤滑剤、湿潤剤、乳化剤及び懸濁剤、保存剤、甘味剤又はフレーバー剤を含んでよい。組成物は医薬産業界では周知の方法を用いることによって、患者投与後に活性成分の迅速な、持続的な又は遅れた放出が提供されるように処方することができる。
【0022】
経口投与のためには、化合物は担体及び希釈剤とともに混合され、錠剤の形とするか又はゼラチンカプセル内に封入することができる。さもなければ、混合物は10%グルコース水溶液、等張性生理食塩水、精製水のような溶液に溶解して静脈内に投与するか又は注射により投与することもできる。
【0023】
肝腫瘍の場合は動脈より栄養されているので、経動脈的に10%グルコース水溶液、等張生理食塩水、精製水のような溶液に溶解して単独で、またはゼラチン、ヨウド化ケシ油脂肪酸エチルエステル又はイオヘキソールのような造影剤、塩酸エピルビシン又はシスプラチンのような抗腫瘍剤、と混合して投与することもできる。投与法の例が、日本消化器病学会雑誌96; 675-679: 1999、Hepatogastroenterology 46;1042-1048:
1999に示されている。
【0024】
また、肝芽腫及び肝癌では、癌部組織中のIGF-2が、非癌部に比してRNAが高発現していることが知られている(Cancer Res. 48; 6844-6849: 1988)。したがって、癌部及び非癌部より採取された組織よりRNAを抽出して、RNAの発現量を定量し、癌部でIGF-2が非癌部より高発現していることが判明すれば、肝芽腫及び肝癌と正確に診断することが可能になる。癌部及び非癌部より安全に組織を採取する方法は、Hepatology 9; 751-755: 1989に、超音波ガイド下腫瘍生検(sonopsy)として示されている。この場合、一つの組織標本より1 μgのRNAを抽出することができる。ここで、リアルタイム定量PCR法を用いると、10 ngのRNAがあれば癌部と非癌部における特定の遺伝子の発現量を比較検討することが可能である。(日本癌学会総会記事 Suppl. 194, 539)
【0025】
また本発明は、IGF-2の発現が亢進している症例を明らかにすることができる。Sonopsyによって得られた標本を用いて癌部でのIGF-2の発現が亢進していることが判明すれば、PI3 kinaseの作用を抑制する物質が有効と考えられるので、有効な症例にのみこれを投与することが可能になり、治療方針の的確な決定に貢献することが期待される。すなわち、各症例の個性に応じたテーラーメード医療の発展に寄与することが可能になる。
【0026】
Sonopsyによって得られた標本を用いてPI3 kinaseの活性が亢進していることを明らかになった症例は、PI3 kinaseの作用を抑制する物質、好ましくはLY294002が有効と考えられる。したがって、LY294002が有効な症例を選択することが可能になり、適切な治療方針を決定することが可能になる。症例の個性に応じたきめ細かなテーラーメード医療の発展に寄与することが可能になる。PI3 kinaseの活性の測定は、EGFP-2×FYVE Assay (25-8010-21, AmershamBiosciences)により可能である。
【0027】
肝腫瘍の細胞株の培地に薬剤を添加して、MTSアッセイにて細胞の増殖を解析すれば、細胞の解析を抑制する薬剤を決定することが可能になる。この際、ノザンブロット法にてC/EBPαの発現量の低下を検出すれば、さらに確定的になる。すなわち、肝腫瘍に対する新規の抗癌剤を開発する際に、薬剤をスクリーニングする方法として有用である。
【0028】
肝腫瘍の細胞株の培地に薬剤を添加して、PI3 kinaseの作用を抑制する薬剤を判明させることができれば、PI3 kinaseの作用を抑制して、肝腫瘍の増殖を抑制する薬剤をスクリーニングして開発することが可能になる。PI3 kinaseの活性の測定は、EGFP-2×FYVE Assay (25-8010-21, Amersham Biosciences)により可能である。
【発明の効果】
【0029】
以上、本発明は、腫瘍に特異的な増殖因子の細胞内での作用を遮断、またはその下流のC/EBPαの発現を変化させ、副作用が弱く、しかも十分な肝腫瘍の増殖を抑制することができた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0030】
以下、上記発明の効果を確かめるための実施の例を、具体的に説明するが、本発明の範囲は下記の実施例に狭く限定されることはない。
【実施例】
【0031】
実験には、ヒト肝芽腫細胞株(Huh-6)、ヒト肝癌細胞株(Hep3B)を用いた。細胞は、10%仔牛血清(トレース社)存在下DMEM(Dulbecco’s Modified Eagle’s Medium,
D5796、シグマ・アリドリッチ社)培地にて定法(5%炭酸ガス、37℃)にて継代培養した。
【0032】
IGF-2および、LY294002またはPD98059を添加した実験は以下のように行った。10cm培養皿 (3020-010, IWAKI社)に80%コンフルエントの状態の細胞をphosphate buffered saline (PBS)にて2回洗浄後、0.05%トリプシン-0.53M EDTA(25300054、Invirogen社)1mlにて細胞を剥離し、10%仔牛血清添加DMEM 1mlを追加し、4℃、毎分1000回転、にて5分間遠沈し、上清を吸引除去した。10%仔牛血清添加DMEMにて、遠沈された細胞を浮遊させ、細胞数を計測した。10cm培養皿には1枚あたり細胞2.0×105個を7mlの培養液にて、96孔マイクロプレート(3860-096、IWAKI社)には1 孔あたり1000個の細胞を100μlの培養液にて、それぞれ培養した。24時間後、50μMのLY294002 (129-04861, 和光純薬社)または20μMのPD98059
(169-19211, 和光純薬社)を培地に添加して培養30分後、ヒトIGF-2 (096-04521, 和光純薬社)を添加して培養した。IGF-2の濃度は、各実験例にて示す。
【0033】
RNAの抽出は以下の方法にて行った。IGF-2および、LY294002またはPD98059を添加して48時間後、 Acid Guanidium-Phenol-Chloroform法に基づき、Isogen (ニッポンジーン社)を用いて抽出した。10cm培養皿を4度PBSにて2回洗浄した。Isogenを1ml滴下し、Cell Scraper (179693, Nunc社)にて剥離し、1.5mlエッペンドルフチューブに移した。0.2 mlのクロロホルム(038-02606、和光純薬社)を添加し、15秒間強力に振盪した。室温に3分間静置し、4℃、毎分12000回転にて15分間遠沈した。上清を1.5mlエッペンドルフチューブに移した。0.5mlの2-プロパノール(168-04835、和光純薬社)を添加し、室温にて5分静置した後、4℃で毎分12000回転にて10分間遠沈した。上清を吸引除去し、沈殿したRNAに1mlの70%エタノールを添加し、振盪した。4℃、毎分7500回転にて5分間遠沈した。上清を吸引除去し、室温にて静置して乾燥させ、1×Tris-EDTAにて溶解し、吸光度測定法にて、RNAの濃度を測定し、実験に使用するまで-20℃にて凍結保存した。
【0034】
ノザンブロット法は、以下の方法にて行った。RNA 1μgに10×MOPS 1μl、ホルムアルデヒド(064-00406、和光純薬社) 1.8μl、ホルムアミド (068-00426、和光純薬社)5μlを添加し、水を加えて10μlにし、68℃、10分間加熱後、氷上にて急速に冷却した。2 μlのBlue juiceを添加し、1.2% アガロース (312-01193、和光純薬社)、10%ホルムアルデヒドゲルにて、100Vで電気泳動した。色素がゲルの先端より80%に到達したところでゲルを取り出し、20分間水に浸けた。その後、臭化エチジウム (315-90051, 和光純薬社) 0.5 μg/mlを含有する水に30分浸けて、写真を撮影した。その後、20×SSCを用いてNylon
Membrane, positively charged (1 209 299、ロッシュ・ダイアグノスティック社)に定法にて一晩かけてトランスファーする。トランスファー後、15分間乾燥させ、Hybrilinker (HL-2000, UVP Laboratories Products社)を用いて254nmの紫外線にて1200JのエネルギーでRNAをNylon Membrane, positively chargedに固定した後、サランラップにて包装し、4℃にてハイブリダイゼーションを行うまで保存した。
10×MOPS
3-Morpholinopropanesulfonic acid (341-01801、和光純薬社)
20.93g+Sodium Acetate (192-01075、和光純薬社)3.4g+EDTA
(345-01865、和光純薬社)1.86g、pHを7.0に調整後500mlにした。
Blue juice Glycerol(075-00616、和光純薬社) 30%, Bromophenol (021-02911、和光純薬社) 0.25%,
Xylen cyanole (X-4126, シグマ・アルドリッチ社)。
20×SSC
3M Sodium Chloride (191-01665, 和光純薬社), 0.3M Sodium
Citrate (203-13605, 和光純薬社)。
【0035】
RNAのハイブリダイゼーションに用いるプローブは以下の方法にて作成した。PB28E5.0(Biochem Biophys Res Commun 1995;
215: 106-113)より、EcoRI−HindIIIフラグメントをpGem11Zf(+)(P2411,
Promega社)のEcoRI−HindIIIサイトに挿入し、CEBPA/pGemと名付けた。1μgのCEBPA/pGemを、EcoRIにて37℃60分間インキュベートし、切断した。蒸留水を添加して100μlとし、100μlのPhenol/Chloroform/Isoamylalcohol (25:24:1)(15593-031、Invitrogen社)を添加して、室温にて30秒間、強力に振盪した。室温にて毎分12000回転で5分間遠沈した。上清を別のエッペンドルフチューブに移し、1/10体積の3M 酢酸ナトリウム
pH5.2と2.5倍体積の100%エタノールを加えて、ゆっくりとエッペンドルフチューブを反転させ、室温、毎分12000回転で15分間遠沈し、上清を捨てた。沈殿物に70%エタノール 50 μl加えて、室温、毎分12000回転、2分間遠沈し、上清を捨てた。沈殿物を、室温で15分間、風乾させる。沈殿しているDNAを10μlの滅菌したミリQ水で溶解し、以後はDIG Northern Starter Kit (2 039 672, ロッシュダイアグノスティック社)を用いて、In vitro
transcriptionにて、RNA probeを作成する。5×labeling misを4μl、5×transcription bufferを4μl、SP6 RNA
polymerase を2μl添加し、42℃で1時間反応させた。Dnase-1を2μl添加し、37℃で15分間反応させた。
【0036】
ハイブリダイゼーションは以下の方法にて行った。DIG Northern Starter Kit (2 039 672、ロッシュダイアグノスティック社)を用いた。RNAをトランスファーさせたメンブレンを、68℃にて20分間、6×SSCに浸した。続いて、68℃にて30分間DIG Easy Hyb 5mlに浸した。この間、RNA probe 1μl を50μlのミリQ水に添加し、94℃にて10分間加熱し、その直後、直ちに氷上に置いた。このRNA probeのを含有する50μlのミリQ水を、5mlのDIG Easy Hybに添加し、メンブレンを浸して、68℃にて一晩ハイブリダイズさせた。その後、2×SSC, 0.1% SDSに浸して68℃で20分間、洗浄した。これを3回反復した。続いて、0.1×SSC, 0.1% SDSに浸して68℃で20分間、洗浄した。この後、メンブレンをWashing buffer 20mlに1分間浸した。続いてBlocking solution 5mlに浸し、30分間室温で緩徐に振盪した。この間、抗体(Anti-digoxigenin-AP, Fab fragment)を4℃、毎分7500回転で5分間遠沈した。上清より5μlをとり、5mlのblocking
solutionに添加し、メンブレンを浸して、30分間室温で緩徐に振盪し、抗原・抗体反応させた。その後、Washing buffer 20mlにて、室温で緩徐に振盪し、洗浄した。この洗浄を2回反復する。その後Detection bufferにメンブレンを2分間浸した。この後、メンブレンにCDP star(DIG Northern Starter Kit)を2滴、滴下してサランラップにて包装し、X線フィルムに曝射し、現像した。
20×SSC
3M Sodium Chloride, 0.3M Sodium Citrate, pH 7.0にした。
10% SDS
Sodium Dodecylsulfate (191-07145, 和光純薬社) 10gを100ml のミリQ水に溶解し、オートクレーブした。
2×SSC,
0.1%SDS 20×SSCを5ml, 10%SDSを0.5ml、ミリQ水を追加して50ml。
0.1×SSC,
0.1% SDS 20×SSCを0.25ml、10%SDSを0.5ml、ミリQ水を追加して50mlにした。
Washing
buffer、Blocking buffer、Detection bufferは、DIG Wash and Block Buffer Set (1 585 762、ロッシュダイアグノスティック社)より作成した。
【0037】
MTSアッセイは、CellTiter 96 AQueous One Solution Cell Proliferation Assay (G3580,
Promega社)を用い、以下の方法にて行う。96孔に細胞を播き、IGF-2を添加し72時間後、1孔あたり20μlのCellTiter96
AQueous One Solution Reagentを添加し、37℃、5%炭酸ガスの定法にて4時間培養した。プレートリーダー(Microplate Reader, Model 550, Bio Rad社)にて、490nmの吸光度を測定した。
【0038】
(結果)
肝芽腫細胞株(Huh-6)の培地にIGF-2を添加して72時間後、MTS assayにて細胞数を解析した。この結果を図1に示す。この結果IGF-2の濃度が増すにしたがって、Huh-6の細胞数が増すことがわかる。すなわちIGF-2は、Huh-6に対して増殖因子として作用することが示された。
【0039】
肝癌細胞株(Hep3B)の培地にIGF-2を添加して72時間後、MTS assayにて細胞数を解析した。この結果を図2に示す。この結果IGF-2の濃度が増すにしたがって、Hep3Bの細胞数が増すことがわかる。すなわちIGF-2は、Hep3Bに対して増殖因子として作用することが示された。
【0040】
肝芽腫細胞株(Huh-6)の培地にIGF-2を添加して48時間培養後、RNAを抽出してノザンブロット法にて、C/EBPαの発現を解析した。この結果を図3に示す。この結果IGF-2の濃度が増すにしたがって、C/EBPαの発現が増強することがわかる。すなわちIGF-2は、C/EBPαの発現を増強させることが示された。
【0041】
肝芽腫細胞株(Huh-6)の培地にLY294002(PI3 kinaseのインヒビター)を50μMまたはPD98059(MAP kinaseのインヒビター)を20μMを添加して培養72時間後、MTS assayにて、IGF-2の増殖刺激の伝達される細胞内刺激伝達系を解析した。この結果を図4に示す。この結果LY294002は、IGF-2の増殖刺激を遮断することがわかる。一方PD98059は、IGF-2の増殖刺激を遮断していない。IGF-2の増殖刺激は、PI3 kinaseを介して伝達されることが示された。ここで、IGF-2が0 ng/ml、すなわち増殖刺激が全く存在しなくとも、LY294002は細胞の増殖を抑制することがわかる。ここでLY294002の50μMとPD98059の20μMは、それぞれ使用にあたって推奨されている最高濃度である。
【0042】
肝癌細胞株(Hep3B)の培地にLY294002またはPD98059を添加して培養72時間後、MTS
assayにて、IGF-2の増殖刺激の伝達される細胞内刺激伝達系を解析した。この結果を図5に示す。LY294002は、IGF-2の増殖刺激を遮断することがわかる。一方PD98059は、IGF-2の増殖刺激を遮断していない。IGF-2の増殖刺激は、PI3 kinaseを介して伝達されることが示された。ここで、IGF-2が0 ng/ml、すなわち増殖刺激が全く存在しなくとも、LY294002は細胞の増殖を抑制することがわかる。
【0043】
肝癌細胞株(Hep3B)の培地にIGF-2が0
ng/ml、すなわち増殖刺激の存在しない条件でLY294002を添加し72時間後、MTS assayにて細胞数を解析した。この結果を図6に示す。この結果LY294002が10
μMより、LY294002を添加しない状態に比して、細胞増殖の抑制がみられる。なお、他の実験にてLY294002は300 μMでも同様の細胞増殖の抑制作用を有するが、1000 μMでは結晶になることを確認している。即ち、PI3 kinaseの作用を抑制する物質の含まれる望ましい範囲としては10μM以上1000μM未満、より望ましくは10μM以上300μM以下である。
【0044】
肝癌細胞株(Hep3)の培地にIGF-2を200
ng/mlの存在下、すなわち増殖刺激の存在する条件でLY294002を添加し72時間後、MTS assayにて細胞数を解析した。この結果を図7に示す。この結果LY294002が1 μMより細胞増殖の抑制がみられた。ここで、図6と同様、LY294002は、10 μMより、LY294002を添加しない状態に比して細胞増殖の抑制がみられることがわかった。LY294002は、IGF-2による増殖刺激の存在の有無に関わらず、肝癌細胞株の増殖を抑制することは明かである。なお、他の実験にてLY294002は、300 μMでも同様の細胞増殖抑制作用を有するが、1000 μMでは結晶になることを確認した。即ち、PI3 kinaseの作用を抑制する物質の含まれる望ましい範囲としては10μM以上1000μM未満、より望ましくは10μM以上300μM以下である。
【0045】
肝芽腫細胞株(Huh-6)をIGF-2 200
ng/mlの存在下で培地にLY294002を50 μMまたはPD98059を20 μM添加して48時間後、RNAを抽出してノザンブロット法にてC/EBPαの発現量の変化を解析した。この結果を図8に示す。LY294002はC/EBPαの発現をほぼ完全に抑制することがわかる。一方PD98059は、C/EBPαの発現を全く変化させないことがわかる。なお、ここでもIGF-2が培地に存在するとC/EBPαの発現が増強し、図3と同様の結果が得られており、再現性のよいことがわかった。IGF-2は、PI3 kinaseを介してC/EBPαの発現を増強させることが明かとなった。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】IGF-2による肝芽腫細胞株(Huh-6)の増殖刺激を示す図
【図2】IGF-2による肝癌細胞株(Hep3B)の増殖刺激を示す図
【図3】IGF-2によるC/EBPαの発現増強を示す図
【図4】LY294002による肝芽腫細胞株(Huh-6)に対するIGF-2の増殖刺激の遮断を示す図
【図5】LY294002による肝癌細胞株(Hep3B)に対するGF-2の増殖刺激の遮断を示す図
【図6】IGF-2の濃度が0 ng/mlにおける肝癌細胞株(Hep3B)の増殖を抑制するLY294002の濃度を示す図
【図7】IGF-2の濃度が200 ng/mlにおける肝癌細胞株(Hep3B)の増殖を抑制するlY294002の濃度を示す図
【図8】LY294002によるC/EBPαに対するIGF-2の発現増強作用の抑制を示す図

【特許請求の範囲】
【請求項1】
PI3 kinaseの作用を抑制する物質を主成分とする肝腫瘍の治療薬
【請求項2】
2-(Morpholinyl)-8-phenyl-4H-1-benzopyran-4-one又は[1S-(1alpha,6balpha,9abeta,11alpha,11bbeta)]-11-(Acetyloxy)-1,6b,7,8,9a,10,11,11b-octahydro-1-(methoxymethyl)-9a,11a-dimethyl-3H-furo[4,3,2-de]indeno[4,5-h][2]benzopyran-3,6,9-trioneを主成分とする肝腫瘍の治療薬。
【請求項3】
PI3 kinaseの作用の発現を調べる肝腫瘍の治療薬製造のためのスクリーニング方法。
【請求項4】
PI3 kinaseの作用を抑制することにより肝腫瘍を抑制する方法。
【請求項5】
2-(Morpholinyl)-8-phenyl-4H-1-benzopyran-4-one又は[1S-(1alpha,6balpha,9abeta,11alpha,11bbeta)]-11-(Acetyloxy)-1,6b,7,8,9a,10,11,11b-octahydro-1-(methoxymethyl)-9a,11a-dimethyl-3H-furo[4,3,2-de]indeno[4,5-h][2]benzopyran-3,6,9-trioneを用いることを特徴とする請求項3記載の肝腫瘍の増殖を抑制する方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2006−241104(P2006−241104A)
【公開日】平成18年9月14日(2006.9.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−61653(P2005−61653)
【出願日】平成17年3月4日(2005.3.4)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【Fターム(参考)】