説明

脂環式エポキシ化合物の製造方法

【課題】酸化剤として過酸化水素を用いて安価で効率的かつ安全に脂環式化合物をエポキシ化する方法を提供すること。
【解決手段】タングステン化合物及び四級アンモニウム塩を含む混合物又は錯化合物の存在下、特定の脂環式化合物と過酸化水素を接触させることを特徴とするエポキシ化合物の製造方法であり、好ましくは、タングステン化合物が、タングステン原子を含有する無機酸又はその塩を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脂環式エポキシ化合物の製造方法に関する。より詳細には過酸化水素を酸化剤として用いて、安価で効率的かつ安全に脂環式エポキシ化合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
脂環式エポキシ化合物はポリマーの可塑剤として有用な物質であり、過安息香酸(MCPBA)を用いてエポキシ化する方法が知られている(非特許文献1)。近年、脂環式エポキシ化合物は可塑剤だけでなく、封止剤、UVインクジェット用モノマー、UVナノインプリント用樹脂をはじめ、粘接着・コーティング剤など多種多様な用途に利用されている(例えば、特許文献1、特許文献2、非特許文献2、特許文献3参照)。
【0003】
脂環式エポキシ化合物をUVカチオン重合用モノマーとして用いる場合には、酸素による重合阻害を受けず、体積収縮が少ないなどの特徴があるが、さらなる高速硬化性や非吸収性基材への適応性のあるモノマーが望まれている(非特許文献3参照)。さらに光と熱を利用したデュアルUV硬化なども注目されており、硬化性に優れた脂環式エポキシ化合物も求められている(特許文献4参照)。特に、一般式(1):
【0004】
【化1】

【0005】
( 式中、Xは連結基又は単結合を示す。)をエポキシ化させて得られるエポキシ化合物は、皮膚刺激性が少なく、速硬化性でかつ柔軟な硬化物を与えることができるため有用であるが、一般式(1)で表わされるような構造の化合物を酸化して得られるエポキシ化合物は、加水分解を受けやすく、加水分解物が触媒活性を低下させることがあり、加水分解を抑制し、効率的に製造する方法が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2002−80557号公報
【特許文献2】特開2005−187724号公報
【特許文献3】特開2008−111105号公報
【特許文献4】特開2009−046565号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】I&EC PRODUCT RESEARCH AND DEVELOPMENT 1965, 4, 231-233
【非特許文献2】MATERIAL STAGE. 2008, 8, 5-10
【非特許文献3】J.Jpn.Soc.Colour Mater.2008, 81〔12〕, 498-503.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
非特許文献1には、過安息香酸を用いて脂環式化合物をエポキシ化する方法は記載されているが、それ以外の酸化剤については記載されていない。特許文献1〜4、非特許文献2および3には、各種脂環式エポキシ化合物は記載されているが、一般式(1)で表わされるような脂環式化合物のエポキシ化は実施された例はない。しかしながら、過安息香酸は爆発性等取り扱いに注意を要する化合物であり、また反応後に等モル量の廃棄物が発生する等の問題がある。さらに過安息香酸は酸化剤として高価であり、安全性や経済性の面から、必ずしも工業的に有利とはいえず、工業的に利用できる、安価で高効率な製造方法が望まれていた。
【0009】
これらのことより、本発明は、酸化剤として過酸化水素を用いて安価で効率的かつ安全に脂環式化合物をエポキシ化する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、前記課題を解決するために、鋭意検討を行ったところ、タングステン化合物、四級アンモニウム塩を用いることにより、効率よく特定の構造を有するエポキシ化合物が得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は、タングステン化合物及び四級アンモニウム塩を含む混合物又は錯化合物の存在下、一般式(1):
【0012】
【化2】

【0013】
( 式中、Xは連結基又は単結合を示す。)
で表される脂環式化合物と過酸化水素を接触させることを特徴とするエポキシ化合物の製造方法に関する。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、特定の構造を有する脂環式エポキシ化合物を、安価で効率的かつ安全に製造することができる。これらの脂環式エポキシ化合物は可塑剤、封止材、あるいはカチオン硬化樹脂として重要な物質であり、UVインクジェット用モノマー、UVナノインプリント用樹脂、粘接着・コーティング剤、高分子改質剤などその用途分野は広範囲で使用できる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明で基質として用いられる化合物は、一般式(1):
【0016】
【化3】

【0017】
で表される脂環式化合物である。なお、 前記連結基Xとしては、連結基又は単結合であれば特に限定されず公知のものが挙げられる。具体的には、例えば、炭素数が1〜20のアルキレン基(例えば、エチレン基、プロピレン基、トリメチレン基、テトラメチレン基、2−メチルブタン−1,3−ジイル基など)、炭素数が4〜10のシクロアルキレン基(例えば、1,4−シクロヘキシレン基など)、炭素数6〜10のアリーレン基(例えば、フェニレン基、ナフタレンジイル基など)、カルボニル、エステル、アミド、エーテル、スルフィド、スルホキシド、スルホン、イミン及びウレタン結合などが挙げられる。これら連結基又は単結合の中でも、連結基として、―C(=O)―O―CH―で表わされるものを用いる場合には低皮膚刺激性、硬化膜に靭性や密着性を与える点で好ましい。
【0018】
本発明において用いられる過酸化水素は、特に限定されず公知のものを用いることができる。過酸化水素は、水溶液として用いることが取り扱い性等の点から好ましい。反応に使用する過酸化水素の濃度は限定されないが、通常、1〜100%程度で用いられ、10〜60%の水溶液で用いることが好ましい。
【0019】
本発明において用いられる過酸化水素水溶液の使用量は限定されない、通常は、基質中に含まれる炭素−炭素二重結合に対し0.7〜5.0当量程度であり、好ましくは0.9〜3.5当量である。
【0020】
タングステン化合物としては、水中でタングステン酸アニオンを生成する化合物であれば特に限定されず公知のものを用いることができる。具体的には、例えばタングステン酸、三酸化タングステン、三硫化タングステン、リンタングステン酸、タングステン酸アンモニウム、タングステン酸カリウム二水和物、タングステン酸ナトリウム二水和物等が挙げられるが、タングステン酸、三酸化タングステン、リンタングステン酸、タングステン酸ナトリウム二水和物等が好ましい。その使用量は、通常、基質に対して0.0001〜20モル%程度、好ましくは0.01〜10モル%の範囲から選ばれる。
【0021】
四級アンモニウム塩としては、第4級アンモニウム塩類、窒素環含有第4級アンモニウム塩類等が挙げられる。
【0022】
第4級アンモニウム塩類の具体例としては、トリオクチルメチルアンモニウムクロライド、トリオクチルエチルアンモニウムクロライド、トリデシルメチルアンモニウムクロライド、ジラウリルジメチルアンモニウムクロライド、ラウリルトリメチルアンモニウムクロライド、ステアリルトリメチルアンモニウムクロライド、ラウリルジメチルベンジルアンモニウムクロライド、ステアリルジメチルアンモニウムクロライド、トリカプリルメチルアンモニウムクロライド、テトラブチルアンモニウムクロライド、ベンジルトリメチルアンモニウムクロライド、ベンジルトリエチルアンモニウムクロライドなどが挙げられる。また、これらのブロマイド、ヨーダイド、亜硫酸塩、硫酸塩または硫酸水素塩でもよい。
【0023】
また、窒素環含有第4級アンモニウム塩類としては、窒素環がピリジン環、ピコリン環、キノリン環、イミダゾリン環またはモルホリン環などからなる第4級アンモニウム塩類が挙げられるが、ピリジン環からなる第4級アンモニウム化合物が好ましい。具体例としては、炭素数8〜20の直鎖または分岐のアルキル基を有する。ピリジニウム塩(例えば、N−ラウリルピリジニウムクロライド、N−セチルピリジニウムクロライドなど)、炭素数8〜20の直鎖または分岐のアルキル基を有するピコリウム塩(例えばN−ラウリルピコリニウムクロライドなど)、炭素数8〜20の直鎖または分岐のアルキル基を有するキノリウムクロライド、炭素数8〜20の直鎖または分岐のアルキル基を有するイソキノリウムクロライド、炭素数8〜20の直鎖または分岐のアルキル基を有するヒドロキシエチルイミダゾリンクロライド、炭素数8〜20の直鎖または分岐のアルキル基を有するヒドロキシモルホリンクロライドなどが挙げられる。なお、窒素環含有第4級アンモニウム塩類は、前記第4級アンモニウム化合物のブロマイド、ヨーダイド亜硫酸塩、硫酸塩または硫酸水素塩でもよい。これらは単独で使用しても、2種以上を混合使用してもよい。その使用量は、通常、基質に対して0.0001〜20モル%程度、好ましくは0.01〜10モル%の範囲から選ばれる。
【0024】
前記錯化合物は、例えば、タングステン化合物及び四級アンモニウム塩、過酸化水素及び必要に応じて用いられる後述する鉱酸から形成される錯化合物であり、特にリン原子を含む錯化合物が好適に使用される。
【0025】
本発明の反応では必要に応じて鉱酸を使用してもよい。鉱酸としては、例えば、リン酸、硫酸、塩酸、過塩素酸、ヘキサフルオロケイ酸、硝酸、テトラフルオロケイ酸等が挙げられるが、好ましくはリン酸、硫酸が使用される。これら鉱酸は単独でも、二種以上を混合して使用してもよい。鉱酸の使用量は、基質に対して好ましくは0.0001〜15重量%程度、更に好ましくは0.001〜10重量%である。
【0026】
本発明においては、反応速度や反応副生成物の生成抑制等の面で反応系内のpHを0.1〜7.0程度とすることが好ましく、特に1.0〜4.0とすることが好ましい。なお、触媒組成に応じて、反応系内のpHが上記の範囲内でない場合には、随時リン酸類などの酸またはその塩、水酸化ナトリウム等のアルカリ金属水酸化物等を用いて、反応系内のpHを上記範囲に調整し、反応を実施することができる。
【0027】
リン酸類とは、リン酸類またはこれらの塩であり、以下のようなものが挙げられる。リン酸類としては、例えば、リン酸、ポリリン酸、ピロリン酸、ヘキサメタリン酸、次亜リン酸、亜リン酸、ドデシルリン酸、2−エチルヘキシルリン酸等、リン酸類の塩としては、例えば、リン酸ナトリウム、リン酸カリウム、リン酸アンモニウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸水素カリウム、リン酸水素アンモニウム、ポリリン酸ナトリウム、ヘキサメタリン酸ナトリウム、酸性ヘキサメタリン酸ナトリウム、ポリリン酸ナトリウム、ピロリン酸ナトリウム、ピロリン酸二水素二ナトリウム、次亜リン酸ナトリウム、亜リン酸ナトリウム等が挙げられる。
【0028】
なお、反応速度や反応副生成物の生成抑制するために必要に応じて反応系内にトルエンなどの有機溶剤を加えてもよい。有機溶剤の使用量は基質に対して1〜500モル%程度、好ましくは10〜300モル%である。
【0029】
本発明の製造法において、反応温度は通常、0〜80℃程度、好ましくは20〜60℃である。
【0030】
本発明の製造法における反応時間は、用いる触媒の量や反応温度等により適宜決定すればよいが、通常は30分〜24時間程度、好ましくは2〜12時間で行われる。
【0031】
本発明の一般的な実施態様は、反応器にタングステン化合物、四級アンモニウム塩、および過酸化水素水を入れて混合し(必要に応じてリン酸または硫酸を加え)、さらに基質を加え、所定の温度で反応を行うものである。なお、基質、触媒、その他の添加物の添加順は必要に応じて変更してもよい。反応終了後、反応液を公知の方法で分離・精製することで目的物を得る。なお、必要に応じて、チオ硫酸ナトリウム水溶液等で残留する過酸化水素を分解してもよい。また得られたエポキシ化合物は蒸留によって精製することもできる。
本発明により得られる脂環式エポキシ化合物は、Xが―C(=O)―O―CH―で表わされるものを用いる場合には、一般式(2):
【0032】
【化4】

【0033】
一般式(3):
【0034】
【化5】

【0035】
一般式(4):
【0036】
【化6】

【0037】
で表わされる。
【実施例】
【0038】
以下に本発明を実施例により更に詳しく説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0039】
実施例1
磁気攪拌子を備えた試験管にタングステン酸ナトリウム2水和物(40mg、0.12mmol)、塩化メチルトリオクチルアンモニウム(50mg、0.12mmol)、42.5wt%リン酸水溶液(7mg、0.03mmol)、48.5wt%希硫酸水溶液(25mg、0.12mmol)、35.5%過酸化水素水溶液(2.34g、24.4mmol)を入れ30分間攪拌し、温度を25℃としたのち(2,2,3−トリメチル−3−シクロペンテン−1−エタノール2,2,3−トリメチル−3−シクロペンテン−1−アセテート(3.71g、12.2mmol)を加え、攪拌速度100rpmにて12時間反応させた。水層より分離した有機層をガスクロマトグラフ計で分析すると、転化率は97モル%、選択率99モル%(モノエポキド31モル%、ジエポキシド68モル%)であることが確認された。
【0040】
実施例2
トルエン50wt%入れる以外は実施例1の条件と同様に反応を行うと、転化率98モル%、選択率99モル%(モノエポキシド29モル%、ジエポキシド68モル%)である事が確認された。
【0041】
比較例1
タングステン化合物を用いない以外は実施例1の条件と同様に反応を行ったが、エポキシドの生成は確認できなかった。
【0042】
比較例2
四級アンモニウム塩を用いない以外は実施例1の条件と同様に反応を行ったが、エポキシドの生成は確認できなかった。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
タングステン化合物及び四級アンモニウム塩を含む混合物又は錯化合物の存在下、一般式(1):
【化1】

( 式中、Xは連結基又は単結合を示す。)
で表される脂環式化合物と過酸化水素を接触させることを特徴とするエポキシ化合物の製造方法。
【請求項2】
タングステン化合物が、タングステン原子を含有する無機酸又はその塩である請求項1記載のエポキシ化合物の製造方法。
【請求項3】
タングステン原子を含有する無機酸又はその塩が、タングステン酸、タングステン酸ナトリウム、タングステン酸カリウム、リンタングステン酸からなる群から選ばれる少なくとも1種であるタングステン化合物である請求項1または2に記載のエポキシ化合物の製造方法。
【請求項4】
四級アンモニウム塩が、四級アンモニウムハライドである請求項1〜3のいずれかに記載のエポキシ化合物の製造方法。
【請求項5】
四級アンモニウム塩が、トリオクチルメチルアンモニウムクロライド、トリデシルメチルアンモニウムクロライドからなる群から選ばれる少なくともひとつの四級アンモニウム塩である請求項1〜4のいずれかに記載のエポキシ化合物の製造方法。
【請求項6】
反応系内に鉱酸を存在させる請求項1〜5記載のエポキシ化合物の製造方法。
【請求項7】
鉱酸が、リン酸又は硫酸である請求項1〜6記載のエポキシ化合物の製造方法。
【請求項8】
一般式(1)で表わされる脂環式化合物における連結基Xが、―C(=O)―O―CH―で表わされる脂環式化合物である請求項1〜7のいずれかに記載のエポキシ化合物の製造方法。



【公開番号】特開2011−136920(P2011−136920A)
【公開日】平成23年7月14日(2011.7.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−296591(P2009−296591)
【出願日】平成21年12月28日(2009.12.28)
【出願人】(000168414)荒川化学工業株式会社 (301)
【Fターム(参考)】