説明

腸内細菌科の細菌を使用する、L−システイン、L−シスチン、その誘導体若しくは前駆体、又はその混合物の製造方法

本発明は、イオウの同化の過程に関与する遺伝子の増強された発現を有するように改変された腸内細菌科の細菌を使用した、L-システイン、L-シスチン、その誘導体若しくは前駆体、又はその混合物を製造する方法を提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物工業に関し、特に、イオウ同化(sulphur asimilation)の過程に関与する遺伝子の増強された発現を有するよう改変された腸内細菌科(Enterobacteriaceae
family)の細菌を使用する、L-システイン、L-シスチン、その誘導体若しくは前駆体、又はその混合物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、L-アミノ酸は、自然源から得られた微生物の株又はその変異体を利用する発酵法によって工業的に生産されている。典型的には、微生物は、L-アミノ酸の生産収量を増強するよう改変されている。
【0003】
L-アミノ酸の生産収量を増強するための多くの技術が報告されており、これには組換えDNAによる微生物の形質転換が含まれる(例えば、特許文献1を参照のこと)。生産収量を増強するための他の技術には、アミノ酸の生合成に関与する酵素の活性を増加させること、及び/又は、結果的に得られるL-アミノ酸によるフィードバック阻害に対して標的酵素を非感受性とすることが含まれる(例えば、特許文献2、または3、4、および5を参照のこと)。
【0004】
微生物において、無機イオウからのL-システインの合成は、還元されたイオウが有機化合物に取り込まれる主要な機構である。この過程において、好気的な生物圏における最も豊富な利用可能なイオウ源である無機硫酸塩(inorganic sulphate)が取り込まれて硫化物(sulfide)へと還元され、これは次に、アンモニアをグルタミン又はグルタミン酸へと固定するのと同等の工程でL-システインへと取り込まれる。イオウの同化の過程に関与する多くの遺伝子があり、これには、硫酸塩の活性化(sulphate activation)に関与する遺伝子(cysD, cysN, cysC)及びアデノシン3'-リン酸5'-ホスホ硫酸(adenosine 3'-phosphate 5'-phosphosulphate)(PAPS)の分解に関与する遺伝子(cysQ)が含まれる。
【0005】
無機硫酸塩は、ATPスルフリラーゼ(ATP sulphurylase)(EC 2.7.7.4)、アデニリル硫酸(APS)キナーゼ(adenylylsulphate (APS) kinase)(EC 2.7.1.25)、ホスホ−アデニリル硫酸(PAPS)リダクターゼ(phospho-adenylylsulphate (PAPS) reductase)、及び亜硫酸リダクターゼ(sulphite reductase)(EC 1.8.1.2. NADPH依存性又はEC 1.8.7.1 フェレドキシン依存性)を含む一連の酵素的工程によって硫化物へと還元される。O-アセチル-L-セリン(チオール)リアーゼ(O-acetyl-L-serine (thiol) lyase)(EC 4.2.99.8)が硫化物を取り込み、アミノ酸であるシステインを形成する(非特許文献1)。
【0006】
E. coli K-12由来の硫酸塩活性化遺伝子座(sulphate activation locus)のDNA配列は決定されている。この配列は、活性硫酸(activated sulphate)の合成を触媒する酵素であるATPスルフリラーゼ(ATP sulfurylase)をコードする構造遺伝子(cycD及びcysN)及びATPキナーゼ(APS kinase)をコードする構造遺伝子(cysC)を含む。硫酸塩活性化オペロンに存在することが知られている遺伝子はこれらのみである。オペロンプロモータのコンセンサスエレメントが同定され、Cysポリペプチドの開始コドン及びオープンリーディングフレームが決定された。ATPスルフリラーゼの活性は、内在性(intrinsic)のGTPaseによって刺激される。CysN及びEf-Tuの一次配列の比較により、Ef-Tu及びRASにおけるグアニンヌクレオチドの結合のために重要な三次元構造に不可欠な残基の多くは、CysNにおいて保存されていることが明らかとなった。nodP及びnodQ(両者ともRhizobium melilotiに由来する)は、マメ科植物の根粒形成に必須である。Cysタンパク質及びNodタンパク
質は顕著に類似している。NodPは、ATPスルフリラーゼの小サブユニットであると思われる。nodQは、CysN及びCysCの両者のホモログをコードしており、よって、これらの酵素は、R. melilotiにおいては共有結合している可能性がある。NodQ及びCysNのコンセンサスGTP結合配列は同一であり、このことからNodQが調節性(regulatory)のGTPaseをコードしていることが示唆される(非特許文献2)。
【0007】
システイン生合成の際の硫酸塩の同化における最初の工程は、硫酸塩の取り込み、並びにアデノシン5'-ホスホ硫酸の形成、3'-ホスホアデノシン5'-ホスホ硫酸への変換、及び亜硫酸塩(sulfite)への還元による硫酸塩の活性化を含む。亜硫酸塩又はシステインの要求性をもたらすEscherichia coliのcysQ遺伝子における変異は、トランスポゾンTn5tac1及びTn5supFの生体内での(in vivo)挿入によって、並びに、耐性遺伝子カセットの試験管内での(in vitro)挿入によって得られた。cycQは、染色体位置95.7分(kb 4517〜4518)にあり、隣接するcpdB遺伝子から分岐転写される。cysQの3'末端のすぐ内側に、イソプロピル−ベータ−D−チオガラクトピラノシド誘導性tacプロモータをcycQプロモータに向けてTn5tac1を挿入することにより、イソプロピル−ベータ−D−チオガラクトピラノシドが存在する場合のみ栄養要求性がもたらされたが、この条件的な表現型は、集まった(converging)RNAポリメラーゼ同士の衝突、又は、相補的なアンチセンス及びcysQ mRNA間の相互作用によると考えられた。cysQのnull変異により引き起こされた栄養要求性は、E. coliの全ての株においてではないが、いくらかの株においてはリーキー(leaky)であり、リンクしていない遺伝子の変異によって補償された。cysQ変異体は、嫌気的生育の際には原栄養性であった。cysQにおける変異は、硫酸塩の取り込み速度又はATPスルフリラーゼ及びそのタンパク質活性化因子の活性に影響を与えなかった(これらは、共にアデノシン5'-ホスホ硫酸の合成を触媒する)。cysQのnull対立遺伝子を補償した幾つかの変異は、硫酸塩輸送の欠陥をもたらした。cysQは、amtAと呼ばれる遺伝子と同一であり、これはアンモニウムの輸送に必要であると考えられていた。コンピュータ解析により、E. coliのcysQ及びsuhB並びに哺乳動物のイノシトールモノホスファターゼ遺伝子の間に顕著なアミノ酸配列の相同性があることが明らかとなった。先の研究により、3'-ホスホアデノシド5'-ホスホ硫酸は、蓄積させた場合は有毒であることが示唆されており、CysQは、3'-ホスホアデノシド5'-ホスホ硫酸のプールの調節又は亜硫酸合成におけるその使用を助けると提唱されている(非特許文献3)。
【0008】
cysG, cysB, cysZ, cysK, cysM, cysA, cysW, cysU, cysP, cysD, cysN, cysC, cysJ, cysI, cysH, cysE 及び sbpのような、システイン生合成の遺伝子の少なくとも1またはそれ以上が増強された、特に過剰に発現した、腸内細菌科の微生物の発酵によってL-スレオニンを製造する方法が開示されている(特許文献6)。
【0009】
Escherichia属に属する細菌を使用するL-システインの製造方法であって、cysPTWAMクラスタの遺伝子の発現を増強することによって前記細菌のL-アミノ酸生産性が増強された方法が開示されている(特許文献7)。
【0010】
しかしながら、現在のところ、腸内細菌科の細菌におけるイオウ同化の過程に関与する遺伝子の配列、及び腸内細菌科の細菌を使用してL-システインを製造する目的で当該遺伝子の発現を増強することについては報告されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【特許文献1】米国特許第4,278,765号
【特許文献2】国際公開第95/16042号
【特許文献3】米国特許第4,346,170号
【特許文献4】米国特許第5,661,012号
【特許文献5】米国特許第6,040,160号
【特許文献6】国際公開第03006666号
【特許文献7】米国特許出願公開2005124049号
【非特許文献】
【0012】
【非特許文献1】Krone F. A.ら、Mol. Gen. Genet., 225(2): 314-9 (1991)
【非特許文献2】Leyh T. S.ら、J. Biol. Chem., 267(15): 10405-10 (1992)
【非特許文献3】Neuwald A. F.ら、J. Bacteriol., 174(2): 415-25 (1992)
【発明の概要】
【0013】
本発明の態様には、L-システイン生産株の生産性を増強し、これらの細菌を使用してL-システイン、L-シスチン、それらの誘導体若しくは前駆体、又はそれらの混合物を製造する方法を提供することが含まれる。
【0014】
前記態様は、イオウ同化の過程に関与する遺伝子の発現を増強することでL-システインの生産を増強できることを見出したことによって達成された。
【0015】
本発明は、L-システインを生産する増大した能力を有する腸内細菌科の細菌を提供する。
【0016】
本発明の一態様は、腸内細菌科のL-システイン生産細菌であって、イオウ同化の過程に関与する1またはそれ以上の遺伝子の増強された発現を有するように改変された細菌を提供することである。
【0017】
本発明の更なる態様は、イオウ同化の過程に関与する遺伝子が、硫酸塩の活性化に関与する遺伝子及びアデノシン3'-リン酸5'-ホスホ硫酸(adenosine 3'-phosphate 5'-phosphosulphate)(PAPS)の分解に関与する遺伝子を含む前記細菌を提供することである。
【0018】
本発明の更なる態様は、硫酸塩の活性化に関与する遺伝子が、cysDNCクラスタの1またはそれ以上の遺伝子を含む前記細菌を提供することである。
【0019】
本発明の更なる態様は、アデノシン3'-リン酸5'-ホスホ硫酸(PAPS)の分解に関与する遺伝子が、遺伝子cysQを含む前記細菌を提供することである。
【0020】
本発明の更なる態様は、cysQ遺伝子、cysDNCクラスタの1またはそれ以上の遺伝子、又は両者の増強された発現を有するように改変された前記細菌を提供することである。
【0021】
本発明の更なる態様は、前記遺伝子の発現が、遺伝子の発現が増強されるよう発現調節配列を改変することによって増強された前記細菌を提供することである。
【0022】
本発明の更なる態様は、前記遺伝子の本来の(native)プロモータが、より強力なプロモータで置換された前記細菌を提供することである。
【0023】
本発明の更なる態様は、Pantoea属に属する前記細菌を提供することである。
【0024】
本発明の更なる態様は、Pantoea ananatisである前記細菌を提供することである。
【0025】
本発明の更なる態様は、Escherichia属に属する前記細菌を提供することである。
【0026】
本発明の更なる態様は、Escherichia coliである前記細菌を提供することである。
【0027】
本発明の更なる態様は、L-システイン、L-シスチン、その誘導体及び前駆体からなる群から選択される化合物を製造する方法であって、硫酸塩(sulphate)を含有する培地中で前記細菌を培養すること、および培地から前記化合物を回収することを含む方法を提供することである。
【0028】
本発明の更なる態様は、細菌が、L-システインの生合成に関与する遺伝子の増強された発現を有する前記方法を提供することである。
【0029】
本発明の更なる態様は、細菌が、L-メチオニンの生合成に関与する遺伝子の増強された発現を有する前記方法を提供することである。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】図1は、本来のプロモータPnlpDの配列(配列番号65)及び改変されたプロモータPnlp8の配列(配列番号66)を示す。
【図2】図2は、プラスミドpM12の構築を示す。
【図3】図3は、プラスミドpM12-ter(thr)の構築を示す。
【図4】図4は、組込みカセットintJSの構築を示す。
【図5】図5は、プラスミドpMIV-5JSの構築を示す。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0032】
1.細菌
ここに開示する主題の細菌は、腸内細菌科のL-システイン生産細菌であって、イオウ同化の過程に関与する遺伝子の増強された発現を有するように改変された細菌であってよい。
【0033】
「L-システイン生産細菌」は、細菌を培地中で培養した際に、L-システインを生産して培地中に排出する能力を有する細菌を意味するものであってよい。
【0034】
「L-システイン生産細菌」という用語は、野性株、非改変株、又は親株、例えば、Pantoea ananatis (Enterobacter agglomerans) AJ13355株 (FERM BP-6614), AJ13356株 (FERM BP-6615), AJ13601株 (FERM BP-7207), SC17株(米国特許第7,090,998号)のようなPantoea ananatis、又はE. coli K-12のようなEscherichia coliより多い量で、L-システインを生産して培地中での蓄積を引き起こすことのできる細菌を意味するものであってもよい。SC17株は、L-グルタミン酸と炭素源とを含有する低pH培地中で増殖することのできる株として日本国静岡県磐田市の土壌から分離されたAJ13355株に由来する粘液質低生産変異株(low phlegm-producing mutant)として選択されたものである(米国特許第6,596,517号)。SC17株は、2009年2月4日に、独立行政法人産業技術総合研究所特許生物寄託センター(住所:日本国茨城県つくば市東1丁目1番地1 中央第6 産業技術総合研究所(郵便番号305-8566))に寄託され、FERM BP-11091の受託番号が付与されている。「L-システイン生産細菌」という用語は、微生物が、0.5g/L以上、他の例では1.0g/L以上の量のL-システインの培地中での蓄積を引き起こすことができることを意味していてもよい。
【0035】
細菌によって生産されたL-システインは、ジスルフィド結合の形成により、培地中でL-シスチンに変化しうる。特に、後述するように、DsbA活性を増強することによってL-システインが大量に生産される場合は、DsbA-DsbB-UQ酸化系によるL-システインからのL-シスチンの形成が促進されると考えられる。更に、L-システインと培地中のチオ硫酸との間の反応によりS-スルホシステインが生成しうる(Szczepkowski T. W., Nature, vol. 182 (
1958))。更に、細菌細胞中で生成したL-システインは、ケトン、アルデヒド、又は例えば細胞中に存在するピルビン酸と縮合して、ヘミチオケタール中間体を介してチアゾリジン誘導体を生産しうる(日本国特許第2992010号を参照のこと)。このチアゾリジン誘導体及びヘミチオケタールは、平衡混合物として存在しうる。したがって、L-システイン生産能力は、培地又は細胞中にL-システインのみを蓄積する能力に限定されず、Lシスチン又はその誘導体若しくは前駆体、又はその混合物を培地中に蓄積する能力も含む。
【0036】
前記L-システイン又はL-シスチンの誘導体としては、例えば、S-スルホシステイン、チアゾリジン誘導体、ヘミチオケタール、L-メチオニン、S-アデノシルメチオニン等が挙げられる。L-システインは、L-メチオニンの前駆体である。L-システインは、O-スクシニル-L-ホモセリンのL-シスタチオニンへの変換反応において、L-メチオニンの生合成に関与している。よって、増大したレベルのL-システインは、L-メチオニンの増大した蓄積をもたらしうる。次に、L-メチオニンは、S-アデノシルメチオニン等を合成するための出発材料として使用される。したがって、細菌が、L-システイン生産能に加えて、L-メチオニン又はアデノシルメチオニンを生産する能力を有する場合は、イオウ同化の過程に関与する遺伝子の発現を増強することにより、L-メチオニン又はアデノシルメチオニンのような化合物の生産を増強することができる。
【0037】
L-メチオニン生産細菌及びL-メチオニン生産細菌を誘導するのに使用することのできる親株としては、限定されるものではないが、ノルロイシンまたはL-メチオニンアナログ等に耐性であるAJ11539株 (NRRL B-12399), AJ11540株 (NRRL B-12400), AJ11541株 (NRRL B-12401), AJ 11542株 (NRRL B-12402) (特許GB2075055); 218株 (VKPM B-8125) (特許RU2209248)及び73株 (VKPM B-8126) (特許RU2215782)のようなEscherichia細菌株が挙げられる。
【0038】
L-システイン又はL-シスチンの前駆体としては、例えば、L-システインの前駆体であるO-アセチルセリンが挙げられる。L-システイン又はL-システインの前駆体には、前駆体の誘導体も含まれ、その例としては、例えば、O-アセチルセリンの誘導体であるN-アセチルセリン等が挙げられる。
【0039】
O-アセチルセリン(OAS)は、L-システイン生合成の前駆体である。OASは、細菌及び植物の代謝産物であり、セリンアセチルトランスフェラーゼ(SAT)により触媒される酵素反応によるL-セリンのアセチル化によって生産される。OASは、細胞内で更にL-システインに変換される。
【0040】
L-システイン生産細菌は、L-システインを生産する能力を本来的(inherently)に有していてもよく、同能力は、変異誘発又は組換えDNA技術により以下に記載するような微生物を改変することによって付与してもよい。特に言及しない限り、L-システインという用語は、還元型L-システイン、L-シスチン、前記したような誘導体若しくは前駆体、又はその混合物をいう。
【0041】
細菌が腸内細菌科に属し、L-システイン生産能力を有する限り、細菌は特に限定されない。腸内細菌科は、エシェリヒア(Escherichia)属, エンテロバクター(Enterobacter)属, エルビニア(Erwinia属), クレブシエラ(Klebsiella)属, パントエア(Pantoea)属, フォトラブダス(Photorhabdus)属, プロビデンシア(Providencia)属, サルモネラ(Salmonella)属, セラチア(Serratia)属, シゲラ(Shigella)属, モルガネラ(Morganella)属, エルシニア(Yersinia)属等に属する細菌を包含する。具体例としては、NCBI(ナショナル・センター・フォー・バイオテクノロジー・インフォメーション(National Center for Biotechnology Information))データベース
(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/Taxonomy/Browser/wwwtax.cgi?id=91347)によって使用さ
れる分類によって腸内細菌科に分類される細菌が挙げられる。
【0042】
「Pantoea属に属する細菌」という記載は、細菌が、微生物学の当業者に公知の分類に従ってPantoea属に分類されることを意味するものであってよい。エンテロバクター・アグロメランス(Enterobacter agglomerans)の幾つかの種は、最近では、16S rRNAのヌクレオチド配列解析等に基づいて、パントエア・アグロメランス(Pantoea agglomerans),
パントエア・アナナティス(Pantoea ananatis), パントエア・スチュアールティ(Pantoea stewartii)等に再分類されている(Int. J. Syst. Bacteriol., 43, 162-173 (1993))。
【0043】
「Escherichia属に属する細菌」は、細菌が特に限定されるものではないが、細菌が、微生物学の当業者に公知の分類に従ってEscherichia属に分類されることを意味するものであってよい。Escherichia属に属する細菌としては、限定されるものではないが、エシェリヒア・コリ(Escherichia coli(E. coli))が挙げられる。
【0044】
L-システイン生産細菌及びL-システイン生産細菌を誘導するのに使用することのできる親株としては、限定されるものではないが、フィードバック耐性セリンアセチルトランスフェラーゼをコードする種々のcysE対立遺伝子により形質転換されたE. coli JM15(米国特許第6,218,168号、ロシア国特許出願第2003121601号)、細胞に対して毒性のある物質の分泌に向けたタンパク質をコードする遺伝子を過剰に発現するE. coli W3110(米国特許第5,972,663号)、低下したシステインデスルホヒドラーゼ活性を有するE. coli株(JP11155571A2)、cysB遺伝子によりコードされるシステインレギュロン(cysteine regulon)の正の転写制御因子の増大した活性を有するE. coli W3110(WO01/27307A1)等のようなEscherichia細菌株が挙げられる。
【0045】
「イオウ同化の過程」という用語は、環境中のイオウ、例えば硫酸塩(sulphate)を、細胞の代謝において使用するための有機イオウへと固定する過程(process)を意味するものであってよい。この過程の2つの主要な最終産物は、必須アミノ酸であるL-システイン及びL-メチオニンである。この過程の鍵は、L-システイン及びL-メチオニンの生合成のために利用可能な有機イオウのレベルを増大させることである。
【0046】
「イオウの同化及びアデノシン3'-リン酸5'-ホスホ硫酸(PAPS)の分解の過程に関与する1またはそれ以上の遺伝子」としては、cysG, cysD, cysN, cysC, cysQ及びこれらの組み合わせが挙げられる。cysG, cysD, cysN, cysC, cysQはイオウ同化に関与し、cysQはPAPSの分解に関与する。「イオウ同化及びPAPSの分解の過程に関与する1またはそれ以上の遺伝子」としては、cysD, cysN及びcysC又はcysQ単独、cysD及びcysNの組合せ、cysD, cysN及びcysCの組合せ、cysD, cysN及びcysQの組合せ、並びにcysD, cysN, cysC及びcysQの組合せが挙げられる。
【0047】
E. coliの硫酸塩活性化の系は公知である。この系は、酵素であるATPスルフリラーゼをコードする構造遺伝子(cysD及びcysN)及び酵素であるAPSキナーゼをコードする構造遺伝子(cysC)を含む。システイン生合成の際の硫酸塩の同化における最初の工程は、硫酸塩の取り込み、並びにアデノシン5'-ホスホ硫酸の形成、3'-ホスホアデノシン5'-ホスホ硫酸への変換、及び亜硫酸塩への還元による硫酸塩の活性化を含む。cysQ遺伝子は、この過程に関与する。E. coliのcysG遺伝子は、ウロポルフィリンIII C-メチルトランスフェラーゼ/プレコリン-2デヒドロゲナーゼ/シロハイドロクロリンフェロキラターゼ(uroporphyrin III C-methyltransferase / precorrin-2 dehydrogenase / sirohydrochlorin ferrochelatase)のサブユニットであるCysGタンパク質をコードする。E. coliのcysD遺伝子は、硫酸アデニリルトランスフェラーゼ(sulphate adenylyltransferase)のCysD構成タンパク質をコードする。E. coliのcysN遺伝子は、硫酸アデニリルトランスフェラー
ゼのCysN構成タンパク質をコードする。E. coliのcysC遺伝子は、アデニリル硫酸キナーゼ(adenylylsulphate kinase)のCysCサブユニット構成タンパク質をコードする。E. coliのcysQ遺伝子は、3'-ホスホアデノシド5'-ホスホ硫酸のプールの調節又は亜硫酸塩合成におけるその使用を助けると提唱されているCysQタンパク質をコードする。Escherichia coliにおいては、cysD, cysN及びcysC遺伝子は、cysDNCオペロンを形成している。
【0048】
E. coliのイオウ利用系の遺伝子に相同なP. ananatisに由来する遺伝子が見出され、クローニングされている。P. ananatisのcysG遺伝子の塩基配列を配列番号1に示す。P. ananatisのcysD遺伝子の塩基配列を配列番号2に示す。P. ananatisのcysN遺伝子の塩基配列を配列番号3に示す。P. ananatisのcysC遺伝子の塩基配列を配列番号4に示す。P. ananatisのcysQ遺伝子の塩基配列を配列番号5に示す。
【0049】
Pantea ananatisにおいては、cysG, cysD, cysN及びcysC遺伝子は、cysGDNCオペロンを形成している。cysGの増強された発現は必須ではない。しかしながら、cysGの発現は増強されてよい。
【0050】
属間またはPantoea属の株間でDNA配列に幾分かの相異があり得るため、遺伝子cysG, cysD, cysN, cysC及びcysQは、それぞれ配列番号1、配列番号2、配列番号3、配列番号4及び配列番号5に示される遺伝子に限定されるものではなく、それぞれ配列番号1、配列番号2、配列番号3、配列番号4及び配列番号5に相同な遺伝子を含んでいてよい。
【0051】
すなわち、cysG, cysD, cysN, cysC及びcysQ遺伝子は、それぞれ配列番号1、配列番号2、配列番号3、配列番号4及び配列番号5に示されるヌクレオチド配列に相補的な塩基配列、又は当該塩基配列から調製することのできるプローブとストリンジェントな条件(stringent conditions)下でハイブリダイズするバリアント(variant)であってよい。「ストリンジェントな条件」には、特異的なハイブリッド、例えば、60%以上、他の例では70%以上、他の例では80%以上、他の例では90%以上、他の例では95%以上、他の例では98%以上、他の例では99%以上の相同性を有するハイブリッドが形成され、非特異的なハイブリッド、例えば、上記より低い相同性を有するハイブリッドが形成されない条件が含まれる。例えば、ストリンジェントな条件としては、1xSSC、0.1%SDS、他の例では0.1xSSC、0.1%SDSの塩濃度で、60℃で1回以上、他の例では2回又は3回洗浄することを例示できる。洗浄時間は、ブロッティングに使用する膜の種類に依存するが、通常は製造業者により推奨されたものであってよい。例えば、ストリンジェントな条件下でのHybond(登録商標)N+ナイロン膜(アマシャム)についての推奨される洗浄時間は15分である。洗浄は2〜3回行うことができる。プローブの長さは、ハイブリダイゼーションの条件に応じて適宜選択すればよいが、通常は100 bp〜1kbpである。
【0052】
「遺伝子の増強された発現を有するよう改変された細菌」という記載は、改変された細菌の遺伝子の発現が、非改変株、例えば野生株より高いことを意味してよい。このような改変としては、発現される遺伝子の細胞当りのコピー数の増加、遺伝子の発現レベルの増加等が挙げられる。発現される遺伝子のコピー数の量は、例えば、染色体DNAを制限酵素処理した後、遺伝子配列に基づくプローブを使用するサザンブロッティングや蛍光 in situ ハイブリダイゼーション(FISH)等を行うことにより測定する。遺伝子発現のレベルは、ノーザンブロッティングや定量的RT-PCR等を含む種々の公知の方法によって測定することができる。更に、対照となる野生型株には、例えば、Pantoea ananatis FERM BP-6614が含まれる。
【0053】
「発現」という用語は、遺伝子によってコードされたタンパク質産物の生産を意味してよい。
【0054】
「発現調節配列」という記載は、コード領域の上流、内部、及び/又は下流に局在し、細胞のタンパク質生合成装置と協同してコード領域の転写及び/又は発現を調節する塩基配列をいう。この記載は、プロモータ、リボソーム結合部位(RBS)、オペレータ、又はゲノムの他の要素、及び遺伝子の発現レベルに影響を与える他の要素を記載する場合に通常用いられる。
【0055】
更に、遺伝子発現の増強は、ここに開示する主題のDNAを、本来の(native)プロモータより強力なプロモータの調節の下に局在させることによって達成することができる。「本来の(native)プロモータ」という用語は、野生型の生物中に存在し、遺伝子又は遺伝子クラスタのオープンリーディングフレーム(ORF)の上流に局在し、遺伝子/遺伝子クラスタの発現を促進するDNA領域を意味する。プロモータの強さは、RNA合成を開始する作用の頻度によって定義される。例えば、Placプロモータ、Ptrpプロモータ、Ptrcプロモータ、及びラムダファージのPR又はPLプロモータは、強力なプロモータとして知られている。プロモータの強さを評価する方法及び強力なプロモータの例は、Goldsteinらの論文(Prokaryotic promoters in biotechnology, Biotechnol. Annu. Rev., 1, 105-128 (1995))等に記載されている。遺伝子発現の増強は、ここに開示する主題のDNAの下流に強力なターミネータを配置することによっても達成することができる。
【0056】
更に、上記方法に加えて、遺伝子発現は、遺伝子のコピー数を、例えば遺伝子組換え技術を用いて増加させることによって増強することができる。例えば、組換えDNAは、標的遺伝子を含む遺伝子断片と、マルチコピー型のベクター等の宿主細菌中で機能するベクターとを連結することにより調製でき、細菌に導入して細菌を形質転換することができる。ベクターとしては、宿主細菌細胞内で自律的に複製可能なベクターが挙げられる。
【0057】
このような組換えDNAを細菌中に導入するためには、これまでに報告されている公知の形質転換法を用いることができる。例えば、Escherichia coli K-12について報告されている、塩化カルシウムにより受容体細胞を処理してDNAに対するその透過性を増加させることや(Mandel, M.とHiga, A., J. Mol. Biol., 53, 159 (1970))、Bacillus subtilisについて報告されている、増殖期にある細胞からコンピテント細胞を調製してこれにDNAを導入すること(Duncan, C. H., Wilson, G. A.及びYoung, F. E., Gene, 1, 153 (1977))が使用できる。これらに加えて、DNA受容細胞を、組換えDNAを容易に取り込むことのできるプロトプラスト又はスフェロプラストとした後、細胞中に組換えDNAを導入することも使用でき、これはBacillus subtilis、放線菌、及び酵母に適用可能であることが知られている(Chang, S. and Choen, S. N., Mol. Gen. Genet., 168, 111 (1979); Bibb,
M. J., Ward, J. M. and Hopwood, O. A., Nature, 274, 398 (1978); Hinnen, A., Hicks, J. B. and Fink, G. R., Proc. Natl. Sci. USA, 75 1929 (1978))。また、微生物は、エレクトロポーレーションによっても形質転換することができる(日本国特許出願公開第2-207791号)。
【0058】
遺伝子のコピー数の増加は、細菌のゲノムDNAに遺伝子の多重コピーを導入することによっても達成することができる。細菌のゲノムDNAに遺伝子の多重コピーを導入するためには、ゲノムDNA中多重コピーで存在する配列を標的として相同組換えを実施する。ゲノムDNA中に多重コピーで存在する配列としては、反復DNA(repetitive DNA)、及び転移因子(transposable element)の末端に存在する逆方向反復配列(inverted repeat)を使用することができる。ゲノム上に存在する標的遺伝子の傍らに他の標的遺伝子をタンデムに導入してもよく、ゲノム上の不必要な遺伝子に他の標的遺伝子を複数導入してもよい。このような遺伝子導入は、温度感受性ベクター又は組込みベクターを使用することによって達成することができる。
【0059】
あるいは、日本国特許出願公開第2-109985号に開示されているように、遺伝子をトラン
スポゾンに組込み、これを転移させてゲノムDNAに遺伝子の多重コピーを導入することも可能である。遺伝子のゲノムへの導入は、遺伝子の一部をプローブとして使用するサザンハイブリダイゼーションを行うことにより確認することができる。
【0060】
L-システインの生合成に関与する遺伝子には、フィードバック耐性セリンアセチルトランスフェラーゼをコードする種々のcysE対立遺伝子(米国特許第6,218,168号、ロシア国特許出願第2003121601号)、細胞に対して毒性を示す物質を分泌するのに適したタンパク質をコードする遺伝子(米国特許第5,972,663号)、システインレギュロンの正の転写レギュレータをコードするcysB遺伝子(WO0127307A1)を含まれていてよい。他の例は、L-システインの生産のためにシステインデスルホヒドラーゼ(cysteine desulfohydrase)の活性を減少させることである(JP11155571A2)。
【0061】
L-メチオニンの生合成に関与する遺伝子には、メチオニンレギュロンの遺伝子が含まれていてよい。メチオニンレギュロンは、アミノ酸生合成を抑制する活性が低下したタンパク質をコードする変異遺伝子を有していてよい。このような遺伝子としては、メチオニン生合成を抑制する活性が低下したE. coli由来のL-メチオニン生合成関連リプレッサタンパク質をコードする変異型metJ遺伝子が挙げられる(JP2000157267A2)。
【0062】
プラスミドDNAの調製、DNAの消化及び連結、形質転換、プライマーとしてのオリゴヌクレオチドの選択等の方法は当業者に周知である。これらの方法は、例えば、Sambrook, J., Fritsch, E. F. and Maniatis T., "Molecular Cloning A Laboratory Manual, Second
Edition", Cold Spring Harbor Laboraroty Press (1989) に記載されている。
【0063】
2.本発明の方法
本発明の方法は、L-システイン、L-シスチン、その誘導体及び前駆体、並びにその混合物からなる群から選択される化合物を製造する方法であって、ここに開示する主題の細菌を培地中で培養して培地中に当該化合物を蓄積させる工程、および培地から当該化合物を回収する工程を含む方法である。L-システインの誘導体又は前駆体としては、S-スルホシステイン、チアゾリジン誘導体、前記チアゾリジン誘導体に対応するヘミチオケタール、O-アセチルセリン、N-アセチルセリン等が挙げられる。
【0064】
培養、培地からの化合物の回収及び精製等は、細菌を使用してアミノ酸等の化合物を製造する従来の発酵法と同様の手法で行うことができる。
【0065】
培養において使用することのできる培地は、培地が、炭素源、窒素源、ミネラル、及び必要に応じて細菌が生育のために要求し得る栄養素を適量含む限り、合成培地であってもよく、天然培地であってもよい。炭素源には、グルコース及びスクロース等の種々の炭水化物及び種々の有機酸が含まれていてよい。選択された微生物の同化の様式に応じて、エタノール及びグリセロールを含むアルコールを使用してよい。窒素源には、アンモニア及び硫酸アンモニウム等の種々のアンモニウム塩、アミン等の他の窒素化合物、ペプトン、大豆加水分解物、および消化された発酵微生物等の天然の窒素源が含まれていてよい。イオウ源には、硫酸アンモニウム、硫酸マグネシウム、硫酸第一鉄、硫酸マンガン等が含まれていてよい。ミネラルには、モノリン酸カリウム、塩化ナトリウム、塩化カルシウム等が含まれていてよい。ビタミンには、チアミン、酵母エキス等が含まれていてよい。
【0066】
培養は、20〜40℃の温度、他の例では30〜38℃の温度で、振盪培養又は通気攪拌培養のような好気的な条件下で行うことができる。培養のpHは、通常は5〜9、他の例では6.5〜7.2である。培養のpHは、アンモニア、炭酸カルシウム、種々の酸、種々の塩基、及び緩衝液を用いて調整することができる。通常、1〜5日の培養期間により、液体培地中に標的化合物が蓄積する。
【0067】
培養後、細胞等の固形分は、遠心分離又は膜ろ過によって液体培地から除去することができ、標的化合物は、イオン交換、濃縮、及び結晶化の方法によって回収および精製することができる。
【0068】
上記のようにして得られたL-システインは、L-システイン誘導体を製造するのに使用することができる。システイン誘導体には、メチルシステイン、エチルシステイン、カルボシステイン、スルホシステイン、アセチルシステイン等が含まれる。
【0069】
更に、L-システインのチアゾリジン誘導体が培地中で生成する場合は、チアゾリジン誘導体を培地から回収し、チアゾリジン誘導体とL-システインとの間の反応平衡をL-システインが過剰に生産されるように移動させることにより、L-システインを製造することができる。更に、S-スルホシステインが培地中で生成する場合は、ジチオスレイトール等の還元剤を用いる還元により、S-スルホシステインをL-システインへと変換することができる。
【実施例】
【0070】
以下の非限定的な実施例を参照し、以下、本発明をより具体的に説明する。
【0071】
実施例1.cysGDNSクラスタの遺伝子の発現が増強された株の構築
1.株P. ananatis EYPSG8の構築
E. coli由来のnlpD遺伝子のプロモータを含むDNA断片をPCRにより得た。E. coli MG1655株の染色体DNAをテンプレート(鋳型)として使用し、プライマーP1(配列番号6)及びP2(配列番号7)をPCRに使用した。MG1655株(ATCC47076)は、American Type Culture Collection(住所:12301 Parklawn Drive, Rockville, Maryland 20852, P.O. Box 1549, Manassas, VA 20108, United States of America)から入手することができる。PCRの条件は次の通りである。95℃で3分の変性工程、最初の2サイクルのプロフィール:95℃で1分、50℃で30秒、72℃で40秒、最後の25サイクルのプロフィール:94℃で20秒、55℃で20秒、72℃で15秒、最後の工程:72℃で5分。増幅されたDNA断片は、約0.2 kbの大きさであり、アガロースゲル電気泳動により精製した。その後、精製した断片をエンドヌクレアーゼPaeI及びSalIを用いて処理した。その後、得られたDNA断片を、予めエンドヌクレアーゼPaeI及びSalIを用いて処理したプラスミドpMIV-5JS(プラスミドpMIV-5JSの構築は参考例1に記載されている)と連結した。連結用混合物を4℃で一夜インキュベートした後、エレクトロポーレーションによってE. coli MG1655株を形質転換するのに使用した。この結果得られた形質転換体を、アンピシリン(50mg/l)を含有するLB寒天プレート上にプレーティングし、個々のコロニーが見えるようになるまでプレートを37℃で一夜インキュベートした。得られた形質転換体からプラスミドを単離し、制限酵素解析により分析した。得られたプラスミドはE. coli由来のnlpD遺伝子のプロモータを含み、pMIV-Pnlp0と命名した。
【0072】
E. coli由来のrrnB遺伝子のターミネータを含むDNA断片をPCRにより得た。E. coli MG1655株の染色体DNAをテンプレート(鋳型)として使用し、プライマーP3(配列番号8)及びP4(配列番号9)をPCRに使用した。PCRの条件は次の通りである。95℃で3分の変性工程、最初の2サイクルのプロフィール:95℃で1分、50℃で30秒、72℃で40秒、最後の25サイクルのプロフィール:94℃で20秒、59℃で20秒、72℃で15秒、最後の工程:72℃で5分。増幅されたDNA断片は、約0.3 kbの大きさであり、アガロースゲル電気泳動により精製した。その後、精製した断片をエンドヌクレアーゼBamHI及びXbaIを用いて処理した。その後、得られたDNA断片を、予めエンドヌクレアーゼBamHI及びXbaIを用いて処理したプラスミドpMIV-Pnlp0と連結した。連結用混合物を4℃で一夜インキュベートした後、エレクトロポーレーションによってE. coli MG1655株を形質転換するのに使用した。この結果
得られた形質転換体を、アンピシリン(50mg/l)を含有するLB寒天プレート上にプレーティングし、個々のコロニーが見えるようになるまでプレートを37℃で一夜インキュベートした。得られた形質転換体からプラスミドを単離し、制限酵素解析により分析した。E. coli由来のrrnB遺伝子のターミネータを含む得られたプラスミドを、pMIV-Pnlp0-terと命名した。
【0073】
E. coli由来のyeaS遺伝子を含むDNA断片をPCRにより得た。E. coli MG1655株の染色体DNAをテンプレート(鋳型)として使用し、プライマーP5(配列番号10)及びP6(配列番号11)をPCRに使用した。PCRの条件は次の通りである。95℃で3分の変性工程、最初の2サイクルのプロフィール:95℃で1分、50℃で30秒、72℃で40秒、最後の25サイクルのプロフィール:94℃で20秒、55℃で20秒、72℃で15秒、最後の工程:72℃で5分。増幅されたDNA断片は、約0.7 kbの大きさであり、アガロースゲル電気泳動により精製した。その後、精製した断片をエンドヌクレアーゼSalI及びXbaIを用いて処理した。その後、得られたDNA断片を、予めエンドヌクレアーゼSalI及びXbaIを用いて処理したプラスミドpMIV-Pnlp0-terと連結した。連結用混合物を4℃で一夜インキュベートした後、エレクトロポーレーションによってE. coli MG1655株を形質転換するのに使用した。この結果得られた形質転換体を、アンピシリン(50mg/l)を含有するLB寒天プレート上にプレーティングし、個々のコロニーが見えるようになるまでプレートを37℃で一夜インキュベートした。得られた形質転換体からプラスミドを単離し、制限酵素解析により分析した。E. coli由来のyeaS遺伝子を含む得られたプラスミドを、pMIV-Pnlp0-yeaS3と命名した。
【0074】
次に、プロモータPnlpDの-10領域のランダム化及びPnlp8プロモータの選択を行った。プロモータPnlpDの3'-末端をPCR増幅により得た。プラスミドpMIV-Pnlp0をテンプレート(鋳型)として使用し、プライマーP1(配列番号6)及びP7(配列番号12)をPCRに使用した。プライマーP7は、ランダムヌクレオチドを有し、それらは配列番号12において文字「n」(A又はG又はC又はTを意味する)で示されている。PCRの条件は次の通りである。95℃で3分の変性工程、最初の2サイクルのプロフィール:95℃で1分、50℃で30秒、72℃で40秒、最後の25サイクルのプロフィール:94℃で20秒、60℃で20秒、72℃で15秒、最後の工程:72℃で5分。プロモータPnlpDの5'末端をPCR増幅により得た。プラスミドpMIV-Pnlp0をテンプレート(鋳型)として使用し、プライマーP2(配列番号7)及びP8(配列番号13)をPCRに使用した。プライマーP8は、ランダムヌクレオチドを有し、それらは配列番号13において文字「n」(A又はG又はC又はTを意味する)で示されている。PCRの条件は次の通りである。95℃で3分の変性工程、最初の2サイクルのプロフィール:95℃で1分、50℃で30秒、72℃で40秒、最後の25サイクルのプロフィール:94℃で20秒、60℃で20秒、72℃で15秒、最後の工程:72℃で5分。増幅された両DNA断片は、アガロースゲル電気泳動により精製した。その後、得られたDNA断片をエンドヌクレアーゼBglIIで処理し、次いで等モル比で断片の連結を行った。連結用混合物を4℃で一夜インキュベートした後、次のPCR手順のテンプレートとして使用し、プライマーP1(配列番号6)及びP2(配列番号7)をPCRに使用した。PCRの条件は次の通りである。95℃で3分の変性工程、最初の2サイクルのプロフィール:95℃で1分、50℃で30秒、72℃で40秒、最後の12サイクルのプロフィール:94℃で20秒、60℃で20秒、72℃で15秒、最後の工程:72℃で5分。
【0075】
増幅されたDNA断片は、約0.2 kbの大きさであり、アガロースゲル電気泳動により精製した。その後、精製した断片をエンドヌクレアーゼPaeI及びSalIを用いて処理した。その後、得られたDNA断片を、予めエンドヌクレアーゼPaeI及びSalIを用いて処理したプラスミドpMIV-Pnlp0-yeaS3と連結した。連結用混合物を4℃で一夜インキュベートした後、エレクトロポーレーションによってE. coli MG1655株を形質転換するのに使用した。この結果得られた形質転換体を、アンピシリン(50mg/l)を含有するLB寒天プレート上にプレーティングし、個々のコロニーが見えるようになるまでプレートを37℃で一夜インキュベートした。得られた形質転換体からプラスミドを単離し、シーケンス解析(sequencing ana
lysis)により分析した。プロモータPnlp8(図1)を含む得られたプラスミドを、pMIV-Pnlp8-yeaS7と命名した。
【0076】
その後、プラスミドpMIV-Pnlp8-yeaS7をエンドヌクレアーゼHindIIIを用いて処理し、次いで精製およびDNAポリメラーゼI大フラグメント(large fragment)(クレノウ断片(Klenow fragment))を用いて処理した。得られたDNA断片を精製し、エンドヌクレアーゼNcoIを用いて処理した。次いで、得られた精製後のDNA断片を、予めエンドヌクレアーゼSmaI及びNcoIを用いて処理したプラスミドpMW-Pomp-cysE5(WO2005007841)に等モル比で連結した。連結用混合物を4℃で一夜インキュベートした後、エレクトロポーレーションによってE. coli MG1655株を形質転換するのに使用した。この結果得られた形質転換体を、アンピシリン(50mg/l)を含有するLB寒天プレート上にプレーティングし、個々のコロニーが見えるようになるまでプレートを37℃で一夜インキュベートした。得られた形質転換体からプラスミドを単離し、制限酵素解析により分析した。cysE5を含む得られたプラスミドを、pMIV-EY2と命名した。cysE5対立遺伝子が無傷であることを確認するために、得られた形質転換体におけるセリンアセチルトランスフェラーゼの酵素活性を測定した。
【0077】
次の工程は、P. ananatis SC17株(米国特許第6,596,517号)の染色体にcysE5及びyeaS遺伝子を組込むものとした。プラスミドpMH10(Zimenkov D. et al., Biotechnologiya(ロシア語), 6, 1-22 (2004))を使用し、エレクトロポーレーションによってP. ananatis SC17株を形質転換した。この結果得られた形質転換体を、カナマイシン(20mg/l)を含有するLB寒天プレート上にプレーティングし、個々のコロニーが見えるようになるまでプレートを30℃で一夜インキュベートした。得られたSC17/pMH10株を2回再接種した。その後、プラスミドpMIV-EY2を使用し、エレクトロポーレーションによってP. ananatis SC17/pMH10株(この株は30℃で生育させた)を形質転換した。この結果得られた形質転換体を高温でインキュベート(42℃、20分)することによりショックを与え、クロラムフェニコール(20mg/l)を含有するLB寒天プレート上にプレーティングし、個々のコロニーが見えるようになるまでプレートを39℃で一夜インキュベートした。約50クローンを39℃で再接種し、これらのそれぞれを1mlのLB培地に植菌し、39℃で48時間インキュベートした。インキュベートの後、50の変異体(variants)全てについて、プラスミドpMH10及びpMIV-EY2のキュアリングを試験し、クロラムフェニコール(20mg/l)には耐性であるが、カナマイシン(20mg/l)及びアンピシリン(50mg/l)には感受性である変異体を選択した。所望の組込み体(integrants)は、プライマーP1及びP6を使用するPCR解析によって同定した。得られた一連の株をEY01-EY50と命名し、これらの全てについて試験管発酵におけるシステインを生産する能力を試験した。最良の生産株EY19を選択し、以下の実験に使用した。
【0078】
P. ananatis株EY19のクロラムフェニコール耐性をキュアリングするために、エレクトロポーレーションを使用し、プラスミドpMT-Int-Xis2(WO 2005 010175)を用いて株EY19を形質転換した。この結果得られた形質転換体を、テトラサイクリン(10mg/l)を含有するLB寒天プレート上にプレーティングし、個々のコロニーが見えるようになるまでプレートを30℃で一夜インキュベートした。クロラムフェニコール(20mg/l)に感受性である変異体を選択することにより所望の形質転換体を同定した。得られた「キュアリングされた」株を、EY19(s)と命名した。
【0079】
次の工程は、株EY19(s)に対し、cysPTWA遺伝子のプロモータ領域をPnlp8プロモータ領域で置換するものとした。テンプレートとしてプラスミドpMIV-Pnlp8-yeaS7を使用し、プライマーP1(配列番号6)及びP2(配列番号7)を使用してPCRを実施した。PCRの条件は次の通りである。95℃で3分の変性工程、最初の2サイクルのプロフィール:95℃で1分、50℃で30秒、72℃で40秒、最後の20サイクルのプロフィール:94℃で20秒、59℃で20秒、72℃で15秒、最後の工程:72℃で5分。増幅されたDNA断片は、約0.2 kbの大きさであ
り、アガロースゲル電気泳動により精製した。その後、精製した断片をクレノウ断片を用いて処理した。その後、この結果得られたDNA断片を、予めエンドヌクレアーゼXbaIを用いて処理した後にクレノウ断片を用いて処理したプラスミドpMW118-(λattL-Kmr-λattR)(参考例2を参照のこと)に、等モル比で連結した。連結用混合物を4℃で一夜インキュベートした後、エレクトロポーレーションによってE. coli MG1655株を形質転換するのに使用した。この結果得られた形質転換体を、カナマイシン(20mg/l)を含有するLB寒天プレート上にプレーティングし、個々のコロニーが見えるようになるまでプレートを37℃で一夜インキュベートした。得られた形質転換体からプラスミドを単離し、制限酵素解析により分析した。Pnlp8プロモータを含む得られたプラスミドを、pMW-Km-Pnlp8と命名した。その後、テンプレートとしてプラスミドpMW-Km-Pnlp8を使用し、プライマーP9(配列番号14)及びP10(配列番号15)を使用してPCRを実施した。PCRの条件は次の通りである。95℃で3分の変性工程、最初の2サイクルのプロフィール:95℃で1分、50℃で30秒、72℃で40秒、最後の30サイクルのプロフィール:94℃で20秒、54℃で20秒、72℃で90秒、最後の工程:72℃で5分。得られたDNA断片は、約1.6 kbの大きさであり、アガロースゲル電気泳動により精製し、エレクトロポーレーションによってP. ananatis SC17株を形質転換するのに使用した。この結果得られた形質転換体を、カナマイシン(20mg/l)を含有するLB寒天プレート上にプレーティングし、個々のコロニーが見えるようになるまでプレートを34℃で一夜インキュベートした。所望の形質転換体は、プライマーP11(配列番号16)及びP12(配列番号17)を使用するPCR解析によって同定した。得られた株を、SC17-Pnlp8-PTWAと命名した。SC17-Pnlp8-PTWA株から染色体DNAを単離した。10μgのこの染色体DNAを使用し、エレクトロポーレーションによってP. ananatis EY19(s)を形質転換した。この結果得られた形質転換体を、カナマイシン(20mg/l)を含有するLB寒天プレート上にプレーティングし、個々のコロニーが見えるようになるまでプレートを34℃で一夜インキュベートした。所望の形質転換体は、プライマーP11及びP12を使用するPCR解析によって同定した。得られた株を、EYP197と命名した。P. ananatis EYP197株のカナマイシン耐性をキュアリングするために、エレクトロポーレーションによってプラスミドpMT-Int-Xis2を用いてEYP197を形質転換した。この結果得られた形質転換体を、テトラサイクリン(10mg/l)を含有するLB寒天プレート上にプレーティングし、個々のコロニーが見えるようになるまでプレートを30℃で一夜インキュベートした。所望の形質転換体は、カナマイシン(20mg/l)に対して感受性である変異体を選択することによって同定した。得られた「キュアリングされた」株を、EY197(s)と命名した。
【0080】
部位特異的変異法(site-specific mutagenesis)によってN348A変異を導入した。この目的のために、ホスホグリセリン酸デヒドロゲナーゼをコードするserA遺伝子の3'-末端(変異あり)を、SC17株の染色体DNAをテンプレートとして使用し、プライマーP13(配列番号18)及びP14(配列番号19)を使用するPCR増幅によって取得し、serA遺伝子の5'-末端を、SC17株の染色体DNAをテンプレートとして使用し、プライマーP15(配列番号20)及びP16(配列番号21)を使用するPCR増幅によって取得した。第1のPCRの条件は次の通りである。95℃で3分の変性工程、最初の2サイクルのプロフィール:95℃で1分、50℃で30秒、72℃で40秒、最後の25サイクルのプロフィール:94℃で20秒、60℃で20秒、72℃で60秒、最後の工程:72℃で5分。第2のPCRの条件は次の通りである。95℃で3分の変性工程、最初の2サイクルのプロフィール:95℃で1分、50℃で30秒、72℃で40秒、最後の20サイクルのプロフィール:94℃で20秒、60℃で20秒、72℃で20秒、最後の工程:72℃で5分。増幅した両DNA断片をアガロースゲル電気泳動により精製し、次いでエンドヌクレアーゼSmaIを用いて処理した。その後、得られたDNA断片を、等モル比で連結した。連結用混合物を4℃で一夜インキュベートし、次のPCR手順(プライマーP13及びP15(配列番号20)を用いる)のためのテンプレートとして使用した。PCRの条件は次の通りである。95℃で3分の変性工程、最初の2サイクルのプロフィール:95℃で1分、50℃で30秒、72℃で40秒、最後の15サイクルのプロフィール:94℃で20秒、60℃で20秒、72℃で75秒、最後の工程:72℃で5分。増幅されたDNA断片は、約1.3 kbの大きさであり、ア
ガロースゲル電気泳動により精製した。得られた断片をエンドヌクレアーゼSalI及びXbaIを用いて処理した。制限酵素処理の後、DNA断片を、予めエンドヌクレアーゼSalI及びXbaIを用いて処理したプラスミドpMIV-Pnlp8-terと等モル比で連結した。連結用混合物を4℃で一夜インキュベートした後、エレクトロポーレーションによってE. coli MG1655を形質転換するのに使用した。この結果得られた形質転換体を、アンピシリン(50mg/l)を含有するLB寒天プレート上にプレーティングし、個々のコロニーが見えるようになるまでプレートを37℃で一夜インキュベートした。得られた形質転換体からプラスミドを単離し、シーケンス解析により分析した。N348A変異を有するserA遺伝子を含む得られたプラスミドを、pMIV-Pnlp8-serA348と命名した。
【0081】
次の工程は、P. ananatis SC17株の染色体にserA348対立遺伝子を組込むものとした。プラスミドDNA pMIV-Pnlp8-serA348を使用し、エレクトロポーレーションによってP. ananatis株SC17/pMH10(この株は30℃で生育させた)を形質転換した。この結果得られた形質転換体を高温でインキュベート(42℃、20分)することによりショックを与え、クロラムフェニコール(20mg/l)を含有するLB寒天プレート上にプレーティングし、個々のコロニーが見えるようになるまでプレートを39℃で一夜インキュベートした。約50クローンを39℃で再接種した後、これらのそれぞれを1mlのLB培地に植菌し、39℃で48時間インキュベートした。インキュベートの後、50の変異体全てについて、クロラムフェニコール(20mg/l)には耐性であるが、カナマイシン(20mg/l)及びアンピシリン(50mg/l)には感受性である変異体を選択することにより、プラスミドpMH10及びpMIV-Pnlp8-serA348のキュアリングを試験した。所望の組込み体は、プライマーP1及びP15を使用するPCR解析によって同定した。得られた全ての変異体において、PGDの比活性を測定し、最も活性のあるものを以下の目的のために選択した。これをSC17int-serA348と命名した。
【0082】
次の工程は、serA348の組込まれたコピーをEYP197(s) 株に導入するものとした。
【0083】
SC17int-serA348株から染色体DNAを単離した。10μgのこの染色体DNAを使用し、エレクトロポーレーションによってP. ananatis EYP197(s)を形質転換した。この結果得られた形質転換体を、クロラムフェニコール(20mg/l)を含有するLB寒天プレート上にプレーティングし、個々のコロニーが見えるようになるまでプレートを34℃で一夜インキュベートした。所望の形質転換体は、プライマーP1及びP15を使用するPCR解析によって同定した。得られた株をEYPS1976と命名した。
【0084】
次の工程は、EYPS1976株に対してgcd欠失を導入するものとした。P. ananatis株EYPS1976のクロラムフェニコール耐性をキュアリングするために、エレクトロポーレーションによってプラスミドpMT-Int-Xis2を用いてEYPS1976を形質転換した。この結果得られた形質転換体を、テトラサイクリン(10mg/l)を含有するLB寒天プレート上にプレーティングし、個々のコロニーが見えるようになるまでプレートを30℃で一夜インキュベートした。所望の形質転換体は、クロラムフェニコール(20mg/l)に感受性である変異体を選択することによって同定した。得られた「キュアリングされた」株をEYPS1976(s)と命名した。
【0085】
gcd遺伝子が欠失したP. ananatis SC17(0) 株を、Datsenko, K. A.とWanner, B. L.によって最初に開発された「Redドリブンインテグレーション(Red-driven integration)」と呼ばれる方法(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 2000, 97(12), 6640-6645)により構築した。KmRを含むDNA断片を、プライマーP17(配列番号28)及びP18(配列番号29)を使用し、プラスミドpMW118-attL-Km-attR-ter_rrnB(参考例2)をテンプレートとして使用するPCRによって取得した。得られたPCR産物をアガロースゲルにより精製し、温度感受性複製のプラスミドpKD46を有するP. ananatis SC17(0) 株のエレクトロポーレーションのために使用した。プラスミドpDK46(Datsenko, K. A. and Wanner, B. L., Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 2000, 97: 12: 6640-45)は、λファージの2,154塩基のDNA断片(
塩基位置31088〜33241, GenBank accession no. J02459)を含み、アラビノース誘導性ParaBプロモータの制御下にあるλRed相同組換え系の遺伝子(λ, β, エキソ(exo)遺伝子)を含む。プラスミドpKD46は、SC17(0) 株の染色体へのPCR産物の組込みに必要である。gcd遺伝子を欠失しKm耐性遺伝子でマークされた変異体は、PCRによって検証した。検証のためのPCRにおいては、位置(locus)特異的プライマーP37(配列番号54)及びP38(配列番号28)を使用した。gcd+の親株SC17(0)の細胞をテンプレートとして用いる反応で得られたPCR産物は、2560 bpの長さであった。変異株の細胞をテンプレートとして用いる反応で得られたPCR産物は、1541 bpの長さであった。変異株をSC17(0)Δgcd::Kmと命名した。
【0086】
SC17Δgcd::Km株から染色体DNAを単離した。10μgのこの染色体DNAを使用し、エレクトロポーレーションによってP. ananatis EYPS1976(s)を形質転換した。この結果得られた形質転換体を、カナマイシン(20mg/l)を含有するLB寒天プレート上にプレーティングし、個々のコロニーが見えるようになるまでプレートを34℃で一夜インキュベートした。所望の形質転換体は、プライマーP17(配列番号28)及びP18(配列番号29)を使用するPCR解析により同定した。得られた株をEYPSG8と命名した。
【0087】
P. ananatis EYPSG8株のカナマイシン耐性をキュアリングするために、エレクトロポーレーションによってプラスミドpMT-Int-Xis2を用いてEYPSG8株を形質転換した。この結果得られた形質転換体を、テトラサイクリン(10mg/l)を含有するLB寒天プレート上にプレーティングし、個々のコロニーが見えるようになるまでプレートを30℃で一夜インキュベートした。所望の形質転換体は、カナマイシン(20mg/l)に感受性である変異体を選択することにより同定した。得られた「キュアリングされた」株をEYPSG8(s)と命名した。
【0088】
2.EYPSG-Pnlp8-cysGDNC株の構築
EYPSG8(s) 株におけるcysGDNC遺伝子のプロモータ領域をPnlp8プロモータで置換した。プラスミドDNA pMW-Km-Pnlp8をテンプレートとして使用し、プライマーP19(配列番号24)及びP20(配列番号25)を使用してPCRを実施した。PCRの条件は次の通りである。95℃で3分の変性工程、最初の2サイクルのプロフィール:95℃で1分、50℃で30秒、72℃で40秒、最後の30サイクルのプロフィール:94℃で20秒、54℃で20秒、72℃で90秒、最後の工程:72℃で5分。増幅されたDNA断片は、約1.6 kbの大きさであり、アガロースゲル電気泳動により精製した。得られた断片を使用し、P. ananatis SC17株をエレクトロポーレーションによって形質転換した。この結果得られた形質転換体を、カナマイシン(20mg/l)を含有するLB寒天プレート上にプレーティングし、個々のコロニーが見えるようになるまでプレートを34℃で一夜インキュベートした。所望の形質転換体は、プライマーP21(配列番号26)及びP22(配列番号27)を使用するPCR解析により同定した。得られた株をSC17-Pnlp8-cysGDNCと命名した。プロモータPnlp8の制御下にあるcysGDNCをEYPSG8(s) 株に導入するために、株SC17-Pnlp8-cysGDNCから染色体DNAを単離した。10μgのこの染色体DNAを使用し、エレクトロポーレーションによってP. ananatis EYPSG8(s)を形質転換した。この結果得られた形質転換体を、カナマイシン(20mg/l)を含有するLB寒天プレート上にプレーティングし、個々のコロニーが見えるようになるまでプレートを34℃で一夜インキュベートした。所望の形質転換体は、プライマーP21及びP22を使用するPCR解析によって同定した。得られた株を、EYPSG-Pnlp8-cysGDNCと命名した。
【0089】
P. ananatis EYPSG-Pnlp8-cysGDNC株のカナマイシン耐性をキュアリングするために、エレクトロポーレーションにより、プラスミドpMT-Int-Xis2を用いてEYPSG-Pnlp8-cysGDNC株を形質転換した。この結果得られた形質転換体を、テトラサイクリン(10mg/l)を含有するLB寒天プレート上にプレーティングし、個々のコロニーが見えるようになるまでプレートを30℃で一夜インキュベートした。所望の形質転換体は、カナマイシン(20mg/l)に感受性である変異体を選択することにより同定した。得られた「キュアリングされた」
株を、EYPSG-Pnlp8-cysGDNC(s)と命名した。
【0090】
実施例2.cysGDNCクラスタの遺伝子及びcysQ遺伝子の両者の発現が増強された株の構築
最初に、EYPSG-Pnlp8-cysGDNC(s) 株におけるcysQ遺伝子のプロモータ領域をPcysKプロモータ領域で置換した。プラスミドDNA pMW-Km-PcysKをテンプレートとして使用し、プライマーP10(配列番号15)及びP24(配列番号29)を使用してPCRを実施した。プラスミドpMW-Km-PcysKは、株SC17の染色体DNAをテンプレートとして使用し、プライマーP25(配列番号30)及びP26(配列番号31)を使用するPCRにより得られたP. ananatis由来のcysK遺伝子のプロモータ領域を含むDNA断片を、連結前に制限酵素XbaI及びDNAポリメラーゼIのクレノウ断片を用いて順次処理したプラスミドpMW118-attL-Km-attR-ter_rrnBに挿入することにより取得した。PCRの条件は次の通りである。95℃で3分の変性工程、最初の2サイクルのプロフィール:95℃で1分、50℃で30秒、72℃で40秒、最後の30サイクルのプロフィール:94℃で20秒、54℃で20秒、72℃で90秒、最後の工程:72℃で5分。増幅されたDNA断片は、約1.6 kbの大きさであり、アガロースゲル電気泳動により精製した。得られた断片を使用し、P. ananatis SC17株をエレクトロポーレーションによって形質転換した。この結果得られた形質転換体を、カナマイシン(20mg/l)を含有するLB寒天プレート上にプレーティングし、個々のコロニーが見えるようになるまでプレートを34℃で一夜インキュベートした。所望の形質転換体は、プライマーP25及びP26を使用するPCR解析により同定した。得られた株をSC17-PcysK-cysQと命名した。
【0091】
その後、プロモータPcysKの制御下にあるcysQをEYPSG-Pnlp8-cysGDNC(s) 株に導入した。株SC17-PcysK-cysQから染色体DNAを単離した。10μgのこの染色体DNAを使用し、エレクトロポーレーションによってP. ananatis EYPSG-Pnlp8-cysGDNC(s)を形質転換した。この結果得られた形質転換体を、カナマイシン(20mg/l)を含有するLB寒天プレート上にプレーティングし、個々のコロニーが見えるようになるまでプレートを34℃で一夜インキュベートした。所望の形質転換体は、プライマーP21及びP22を使用するPCR解析によって同定した。得られた株を、EYPSG-Pnlp8-cysGDNC-Pcysk-cysQと命名した。
【0092】
実施例3.cysQ遺伝子の発現が増強された株の構築
プロモータPcysKの制御下にあるcysQ遺伝子をEYPSG8(s) 株に導入した。株SC17-PcysK-cysQから染色体DNAを単離した。10μgのこの染色体DNAを使用し、エレクトロポーレーションによってP. ananatis EYPSG8(s)を形質転換した。この結果得られた形質転換体を、カナマイシン(20mg/l)を含有するLB寒天プレート上にプレーティングし、個々のコロニーが見えるようになるまでプレートを34℃で一夜インキュベートした。所望の形質転換体は、プライマーP25及びP26を使用するPCR解析によって同定した。得られた株を、EYPSG-Pcysk-cysQと命名した。
【0093】
実施例4.P. ananatis株によるL-システインの生産
L-システインの生産におけるイオウの同化の過程に関与する遺伝子の発現増強の効果を試験するために、P. ananatis EYPSG8株, EYPSG8-Pnlp-cysGDNC株, EYPSG8-Pnlp-cysGDNC-PcysK-cysQ株, 及びEYPSG8-PcysK-cysQ株の生産性を比較した。
【0094】
P. ananatis EYPSG8株, EYPSG8-Pnlp-cysGDNC株, EYPSG8-Pnlp-cysGDNC-PcysK-cysQ株,
及びEYPSG8-PcysK-cysQ株をL-寒天プレート上で34℃で17時間生育させた。その後、約30cm2のプレート表面からの細胞を、L-培地(50ml)が入った500mlのフラスコに植菌し、通気しながら32℃で5時間培養した。その後、ジャーファーメンター(丸菱)中の450mlの発酵培地に培養物を移した。
【0095】
培養後、培地中に蓄積されたL-システインの量を、Gaitonde M.K.(Biochem J.; 104(2): 627-33 (1967))により記載された方法によって決定した。この方法は、次のように幾
分改変した。150μlのサンプルを150μlの1M H2SO4と混合し、20℃で5分間インキュベートした後、700μlのH2Oを混合物に添加し、150μlの得られた混合物を新しいバイアルに移し、800μlの溶液A(1M Tris pH 8.0, 5 mM DTT)を添加した。得られた混合物を20℃で5分間インキュベートし、13000 rpmで10分間遠心分離した後、100μlの混合物を20 x 200 mmの試験管に移した。その後、400μlのH2O、500μlの氷酢酸(ice acetic acid)、及び500μlの溶液B(0.63gニンヒドリン、10ml氷酢酸、10ml 36%HCL)を添加し、混合物を沸騰水浴中で10分間インキュベートした。その後、4.5mlのエタノールを添加し、OD560を決定した。システインの濃度は、式「C(cys g/l) = 11.3*OD560」を使用して算出した。3つの独立したジャー培養の結果を表1に示す。表1から分かるように、EYPSG8-Pnlp8-cysGDNC, EYPSG8-Pnlp8-cysQ, 及びEYPSG8-Pnlp8-cysGDNC-PcysK-cysQは、EYPSG8と比較して、より高い量のL-システインの蓄積を引き起こした。
【0096】
発酵培地の組成(g/l)は次の通りである。
濃度 単位
(A) グルコース 50 g/l
MgSO47H2O 0.3 g/L
(B) トリプトン ディフコ 2 g/L
酵母エキス ディフコ 1 g/L
(NH4)2SO4 15 g/L
KH2PO4 1.5 g/L
NaCl 0.5 g/L
L-ヒスチジンHCl 0-0.1 g/L
L-メチオニン 0-0.35 g/l
FeSO47H2O 2 mg/l
CaCl2 15 mg/l
クエン酸ナトリウム 5H2O 1 g/l
Na2MoO4H2O 0.15 mg/l
CoCl26H2O 0.7 mg/l
MnCl24H2O 1.6 mg/l
ZnSO47H2O 0.3 mg/l
GD 113 0.03 ml/l
(C) ピリドキシン(Na塩) 2 mg/l
【0097】
【表1】

【0098】
実施例5.E. coli株によるL-システインの生産
L-システインの生産におけるE. coli由来のcysQの発現増強の効果を試験するために、E. coli MT/pACYC-DES/pMIV-PompC-cysQ株を構築した。この目的のために、プラスミドpMIV-PompC-cysQを用いてE. coli MT/pACYC-DES株(欧州特許第EP1528108B1号)を形質転換した。プラスミドpMIV-PompC-cysQは次のようにして構築した。
【0099】
最初に、E. coli由来のompC遺伝子のプロモータ領域を、プライマーPrOMPCF(配列番号
55)及びプライマーPrOMPCR(配列番号56)を使用し、E. coli株MG1655の染色体DNAからPCRによって増幅した。0.3 kbの断片を単離し、制限酵素PaeI及びSalIを用いて消化し、予め同じ制限酵素を用いて処理したpMIV-5JSに連結した。
【0100】
その後、cysQ遺伝子を、プライマーmz017(配列番号57)及びmz018(配列番号58)を使用し、株MG1655の染色体からPCRによって増幅した。0.76 kbのPCR断片を単離し、制限酵素SalI及びXbaIにより消化し、先に得られたプラスミドのSalI/XbaI部位にクローニングした。この結果得られたプラスミドをpMIV-PompC-cysQと命名した。
【0101】
MT株をMG1655株から次のようにして構築した。最初に、N-メチル-N'-ニトロ-N-ニトロソグアニジン(NTG)処理を行い、次いでアンピシリン集積(ampicillin enrichment)の手順を複数回行うことにより、metC遺伝子における変異を誘発した。シスタチオニンで生育することができるがホモシステインでは生育しない変異体を選択した。metC欠損株は、米国特許第6,946,268号に記載された方法による組換えDNA技術によっても取得することができる。
【0102】
その後、CGSC7152株(tnaA300::Tn10(TcR), E. coli Genetic Stock Center, USA)由来の破壊されたtnaA遺伝子を、P1トランスダクションの標準的な手順(Sambrookら、"Molecular Cloning A Laboratory Manual, Second Edition", Cold Spring Harbor Laboratory Press (1989))により、結果的に得られたmetC株に導入した。ydeD遺伝子、変異型cysE遺伝子、及び変異型serA5遺伝子をベクターpACYC184のPompAプロモータ下に挿入することにより、プラスミドpACYC-DESを構築した。ydeD遺伝子は、いずれのL-アミノ酸の生合成経路にも関与しない膜タンパク質をコードし、当該遺伝子の追加的なコピーをそれぞれの生産株の細胞内に導入した際に、L-システインの生産を増強することができる(米国特許第5,972,663号)。serA5遺伝子は、フィードバック耐性ホスホグリセリン酸デヒドロゲナーゼをコードする(米国特許第6,180,373号)。
【0103】
MT/pACYC-DES株及びMT/pACYC-DES/pMIV-PompC-cysQ株を、100mg/lのアンピシリン及び25μg/mlのストレプトマイシンを添加した2 mlのニュートリエントブロス中で、34℃で振盪しながら一夜培養した。0.2mlの得られた培養物を、20 x 200mmの試験管中のテトラサイクリン(20mg/l)及びアンピシリン(100mg/l)を含有する2 mlの発酵培地に植菌し、ロータリーシェーカーを用いて250rpmで34℃で42時間培養した。発酵培地の組成は次の通りである。15.0 g/lの(NH4)2SO4, 1.5 g/lのKH2PO4, 1.0 g/lのMgSO4, 20.0 g/lのCaCO3,
0.1 mg/lのチアミン, 1%のLB, 4%のグルコース, 300 mg/lのL-メチオニン。
【0104】
培養後、培地中に蓄積されたL-システインの量を、Gaitonde, M. K.により記載された方法(Biochem. J., 104: 2, 627-33 (1967))によって決定した。得られたデータを表2に示す。表2から分かるように、株MT/pACYC-DES/pMIV-PompC-cysQは、MT/pACYC-DESと比較して、より高い量のL-システインの蓄積を引き起こした。
【0105】
L-システインの生産における、cysDNCオペロン、cysDNオペロン、又はcysC遺伝子の発現増強の効果、並びにcysDNCオペロン及びE. coli由来のcysQ遺伝子の両者の発現増強の効果を試験するために、E. coli MT-intPcysK-cysDNC/pACYC-DES株及びMT-intPcysK-cysDNC/pACYC-DES/pMIV-PompC-cysQ株を次のようにして構築した。
【0106】
最初に、E. coli由来のcysK遺伝子のプロモータ領域を、プライマーN1(配列番号59)及びN2(配列番号60)を使用し、E. coli株MG1655の染色体DNAからPCRによって増幅した。PcysKを有する得られた断片を単離し、制限酵素PaeI及びSalIを用いて消化し、予め同じ制限酵素で処理したpMIV-5JSプラスミドに連結した。この結果得られたプラスミドを、pMIV-PcysKと命名した。
【0107】
その後、cysDNCオペロンを、MG1655株の染色体DNAをテンプレートとして使用し、プライマーN3(配列番号61)及びN4(配列番号62)を使用するPCRによりクローニングした。cysDNCオペロンを有する得られたPCR断片を単離し、制限酵素SalI及びXbaIを用いて消化し、予め同じ制限酵素を用いて処理したpMIV-PcysKプラスミドに連結した。この結果得られたプラスミドを、pMIV-PcysK-cysDNCと命名した。
【0108】
更に、cysDNオペロンを、MG1655株の染色体DNAをテンプレートとして使用し、プライマーN3(配列番号61)及びN5(配列番号63)を使用するPCRによりクローニングした。cysDNオペロンを有する得られたPCR断片を単離し、制限酵素SalI及びXbaIを用いて消化し、予め同じ制限酵素を用いて処理したpMIV-PcysKプラスミドに連結した。この結果得られたプラスミドを、pMIV-PcysK-cysDNと命名した。
【0109】
また、cysC遺伝子を、MG1655株の染色体DNAをテンプレートとして使用し、プライマーN6(配列番号64)及びN4(配列番号62)を使用するPCRによりクローニングした。cysDNCオペロンを有する得られたPCR断片を単離し、制限酵素SalI及びXbaIを用いて消化し、予め同じ制限酵素を用いて処理したpMIV-PcysKプラスミドに連結した。この結果得られたプラスミドを、pMIV-PcysK-cysCと命名した。
【0110】
プラスミドpMIV-PcysK cysDNC、pMIV-PcysK cysDN、及びpMIV-PcysK cysCを使用し、エレクトロポーレーションによってMT/pACYC-DES株を形質転換し、MT/pACYC-DES/pMIV-PcysK-cysDNC株、MT/pACYC-DES/pMIV-PcysK-cysDN株、及びMT/pACYC-DES/pMIV-PcysK-cysC株をそれぞれ得た。
【0111】
次の工程は、PcysK-cysDNC断片をE. coli MT株の染色体に組込むものとした。この目的のために、MG1655株の染色体におけるプラスミドpMIV-PcysK-cysDNCのmini-μu組込み(μu-トランスポザーゼを担持するプラスミドpMH10を補助的に用いる)を行った結果、PcysKプロモータの制御下へのcysDNCオペロンの組込みが得られた。得られた構築物(intPcysK-cysDNC)を、P1トランスダクション(Miller, J. H. (1972) Experiments in Molecular Genetics, Cold Spring Harbor Lab. Press, Plainview, NY)によりMG1655-int-PcysK-cysDNC株からMT株へと導入し、E. coli MT-int-PcysK-cysDNC株を得た。プラスミドpACYC-DESを使用し、MT-int-PcysK-cysDNC株をエレクトロポーレーションによって形質転換し、E. coli株MT-int-PcysK-cysDNC/pACYC-DESを得た。プラスミドpACYC-DES及びプラスミドpMIV-PompC-cysQの両者を使用し、MT-int-PcysK-cysDNC株をエレクトロポーレーションによって形質転換し、MT-int-PcysK-cysDNC/pACYC-DES/pMIV-PompC-cysQ株を得た。
【0112】
染色体に組込まれたcysDNCオペロンを有する、MT-intPcysK-cysDNC/pACYC-DES株及びMT-intPcysK-cysDNC/pACYC-DES/pMIV-PompC-cysQ株、並びにpMIVプラスミド上にcysDNCオペロン、cysDNオペロン、及びcysC遺伝子を有する、MT/pACYC-DES/C株、MT/pACYC-DES/pMIV-PcysK-cysDN株、及びMT/pACYC-DES/pMIV-PcysK-cysC株を、100mg/lのアンピシリン及び20μg/mlのテトラサイクリンを添加した2 mlのニュートリエントブロス中で、34℃で振盪しながら一夜別々に培養した。0.2mlの得られた培養物を、20 x 200mmの試験管中のテトラサイクリン(20mg/l)及びアンピシリン(100mg/l)を含有する2 mlの発酵培地に植菌し、ロータリーシェーカーを用いて250rpmで34℃で42時間培養した。発酵培地の組成は次の通りである。15.0 g/lの(NH4)2SO4, 1.5 g/lのKH2PO4, 1.0 g/lのMgSO4, 20.0 g/lのCaCO3, 0.1 mg/lのチアミン, 1%のLB, 4%のグルコース, 300 mg/lのL-メチオニン。
【0113】
培養後、培地中に蓄積されたL-システインの量を、Gaitonde, M. K.により記載された方法(Biochem. J., 104: 2, 627-33 (1967))によって決定した。得られたデータを表2に示す。表2から分かるように、MT-intPcysK-cysDNC/pACYC-DES株は、対照株МТ/pACYC
-DESと比較して、L-システインの生産において僅かに陽性の効果を有し、MT-intPcysK-cysDNC/pACYC-DES/pMIV-PompC-cysQ株は、МТ/pACYC-DESと比較して、有意に高い量のL-システインの蓄積を引き起こした。また、MT/pACYC-DES/pMIV-PcysK-cysC株は、L-システインの生産において僅かに陽性の効果を有し、MT/pACYC-DES/pMIV-PcysK-cysDNC株及びMT/pACYC-DES/pMIV-PcysK-cysDN株は、МТ/pACYC-DESと比較して、有意に高い量のL-システインの蓄積を引き起こした。最も高い量のL-システインの蓄積は、1つの株MT-intPcysK-cysDNC/pACYC-DES/pMIV-PompC-cysQにおいて、PcysKプロモータの制御下のcysDNCオペロンとPompCプロモータの制御下のcysQ遺伝子とを組み合わせた場合に認められた。
【0114】
【表2】

【0115】
実施例6.E. coli株によるL-メチオニンの生産
L-メチオニンの生産における、cysDNCオペロン、cysDNオペロン、cysC遺伝子、及びE. coli由来cysQ遺伝子、又はこれらの組合せの発現増強の効果を試験するために、染色体中に組込まれた、および/またはプラスミドpMIV-PompC-cysQ、pMIV-PcysK-cysDNC、pMIV-PcysK-cysDN、pMIV-PcysK-cysC上にクローニングされた、前記オペロン又は遺伝子を種々の組合せで含むE. coli 73株(VKPM B-8126)を、上記(実施例5)のように構築することができる。E. coli 73株(VKPM B-8126)は、2001年5月14日に受託番号VKPM B-8126のもとにRussian National Collection of Industrial Microorganisms (VKPM) (Russia 113545 Moscow 1 Dorozhny proezd, 1)に寄託され、ブダペスト条約に基き、2002年2月1日に元の寄託から国際寄託に移管された。
【0116】
E. coli 73株および得られた株は、20 mlの試験管中の2 mlの最小培地((NH4)2SO4 - 18 g/l, K2HPO4- 1.8 g/l, MgSO4 - 1.2 g/l, チアミン- 0.1 mg/l, 酵母エキス- 10 g/l,
グルコース- 60 g/l, スレオニン- 400 mg/l, アンピシリン- 100 mg/l(必要に応じて))中で別々に培養することができ、32℃で通気しながら一夜インキュベートすることができる。それぞれの一夜培養物の0.2 mlを、2 mlの発酵用の新鮮な培地(IPTG有り又は無し)の入った3つの20 ml試験管に移し、ロータリーシェーカーを用いて32℃で48時間培養することができる。
【0117】
発酵培地の組成は次の通りである。
(NH4)2SO4 18.0 g/l
K2HPO4 1.8 g/l
MgSO4 1.2 g/l
CaCO3 20.0 g/l
チアミン 0.1 mg/l
グルコース 60.0 g/l
スレオニン 400 mg/l
酵母エキス 1.0 g/l
アンピシリン 100 mg/l(必要に応じて)
【0118】
培養後、プラスミドの安定性及び540 nmにおける培地の吸光度を慣用的な方法によって決定することができる。培地中のメチオニンの蓄積量は、TLCによって決定することができる。TLCの液相の組成は次の通りである。イソプロパノール- 80 ml、酢酸エチル- 80 ml、NH4OH (30%)- 15 ml、H2O- 45 ml。
【0119】
参考例1.プラスミドpMIV5JSの構築
以下のスキームに従ってPMIV-5JSを構築した。最初に、Mu由来組込みカセットをpMW119の誘導体であるプラスミドpMW1(図2)にin vivoで組込むことにより、プラスミドpM12を構築した。互いに相補的な2つのターミネータオリゴヌクレオチド配列を合成した(配列番号32及び配列番号33)。これらの合成オリゴヌクレオチドを順方向(配列番号32)及び逆方向(配列番号33)にアニールすることによりターミネータthrLを得た。ターミネータthrLは、HindIIIサイト及びPstIサイトで挟まれていた。その後、合成ターミネータ配列Ter(thr)を、HindIII及びMph1103Iを用いて消化したpM12に挿入することにより、プラスミドpM12-ter(thr)を構築した(図3)。
【0120】
intJS組込みカセットは以下のようにして構築した(図4)。
a) 0.12 kbpのLattL断片を、上流プライマー(配列番号34)(BglIIサイトに下線を付す)及びリン酸化された下流プライマー(配列番号35)を使用するPCR増幅によって取得した。プラスミドpMW118-attL-tet-attR-ter_rrnBをテンプレートとして使用した(WO2005/010175)。
b) 1.03 kbpのCmR断片を、リン酸化された上流プライマー(配列番号36)及び下流プライマー(配列番号37)(PstIサイトに下線を付す)を使用するPCR増幅によって取得した。プラスミドpACYC-184をテンプレートとして使用した。
c) 0.16 kbpのLattR断片を、上流プライマー(配列番号38)(PstIサイトに下線を付す)及び下流プライマー(配列番号39)(SacIサイトに下線を付す)を使用するPCR増幅によって取得した。プラスミドpMW118-attL-tet-attR-ter_rrnBをテンプレートとして使用した。
d) 断片LattL及びCmRを連結し、この結果得られた1.15 kbpの断片LattL-CmRを精製した。
e) 断片LattL-CmR及びLattRをPstIにより消化し、連結し、この結果得られた1.31 kbpのLattL-CmR-LattR断片を精製した。
f) マルチクローニングサイト(multiple cloning sites (MCS))を含む70 bpの二本鎖DNA断片を、2つの合成オリゴヌクレオチド(配列番号40に示す配列を有するオリゴヌクレオチド及び配列番号40に相補的な配列を有する他のオリゴヌクレオチド)をアニールすることにより取得した。
g) 断片LattL-CmR-LattR及びMCSをSacIにより消化し、連結し、この結果得られた1.38 kbpのカセットLattL-CmR-LattR-MCSを精製した。
最後の工程において、断片LattL-CmR-LattR-MCSをBglII及びHindIIIにより消化し、BamHI及びHindIIIを用いて消化したpM12-ter(thr)にクローニングし、プラスミドpMIV-5JSを得た(図5)。
【0121】
参考例2.pMW118-(λattL-Kmr-λattR)プラスミドの構築
pMW118-(λattL-Kmr-λattR)プラスミドは、pMW118-attL-Tc-attR (WO2005/010175)プラスミドを使用し、テトラサイクリン耐性マーカー遺伝子をpUC4Kプラスミド(Vieira,
J.とMessing, J., Gene, 19(3): 259-68 (1982))、pMW118-(λattL-Kmr-λattR) に由来するカナマイシン耐性マーカー遺伝子で置換することにより構築した。
【0122】
この目的のために、pMW118-attL-Tc-attRプラスミドの大EcoRI-HindIII断片を、pUC4K
プラスミドの2つの断片、すなわちHindIII-PstI断片(676 bp)及びEcoRI-HindIII断片(585 bp)と連結した。
【0123】
基本となるpMW118-attL-Tc-attRは、以下の4つのDNA断片の連結によって得た。
【0124】
1) オリゴヌクレオチドP27及びP28(配列番号42及び43)をプライマーとして使用し(これらのプライマーは、BglII及びEcoRIエンドヌクレアーゼの認識部位を付随的に含む)、E. coli W3350(λプロファージ含有)の染色体の対応する領域のPCR増幅によって得られたattLを担持するBglII-EcoRI断片(114 bp;配列番号41)。
【0125】
2) オリゴヌクレオチドP29及びP30(配列番号45及び46)をプライマーとして使用し(これらのプライマーは、PstI及びHindIIエンドヌクレアーゼの認識部位を付随的に含む)、E. coli W3350(λプロファージ含有)の染色体の対応する領域のPCR増幅によって得られたattLを担持するPstI-HindIII断片(182 bp;配列番号44)。
【0126】
3) pMW118-ter_rrnBの大BglII-HindIII断片(3916 bp)。プラスミドpMW118-ter_rrnBは、以下の3つのDNA断片の連結によって得た。
1) 以下のようにして得られた、pMW118のAatII-EcoRI断片を担持する大DNA断片(2359 bp):pMW118をEcoRI制限エンドヌクレアーゼを用いて消化し、DNAポリメラーゼIのクレノウ断片を用いて処理した後、AatII制限エンドヌクレアーゼを用いて消化した
2) アンピシリン耐性(ApR)のためのbla遺伝子を担持するpUC19の小AatII-BglII断片(1194 bp)は、オリゴヌクレオチドP31及びP32(配列番号47及び48)をプライマーとして使用し(これらのプライマーは、AatII及びBglIIエンドヌクレアーゼの認識部位を付随的に含む)、pUC19プラスミドの対応する領域のPCR増幅によって得られた
3) 転写ターミネータter_rrnBの小BglII-PstI断片(363 bp)は、オリゴヌクレオチドP33及びP34(配列番号49及び50)をプライマーとして使用し(これらのプライマーは、BglII及びPstIエンドヌクレアーゼの認識部位を付随的に含む)、E. coli MG1655染色体の対応する領域のPCR増幅によって得られた
【0127】
4) テトラサイクリン耐性遺伝子及びter_thrL転写ターミネータを担持するpML-Tc-ter_thrLの小EcoRI-PstI断片(1388 bp)(配列番号51)。pML-Tc-ter_thrLプラスミドは2つの工程で取得した。
・pML-ter_thrLプラスミドは、XbaI及びBamHI制限エンドヌクレアーゼを用いてpML-MCSプラスミド(Mashko, S. V.ら、Biotekhnologiya (ロシア語), 2001, no. 5, 3-20)を消化した後、大断片(3342 bp)を、オリゴヌクレオチドP35及びP36(配列番号52及び53)をプライマーとして使用し(これらのプライマーは、XbaI及びBamHIエンドヌクレアーゼの認識部位を付随的に含む)、E. coli MG1655の染色体の対応する領域のPCR増幅によって得られたターミネータter_thrLを担持するXbaI-BamHI断片(68 bp)と連結することにより取得した。
・pML-Tc-ter_thrLプラスミドは、KpnI及びXbaI制限エンドヌクレアーゼを用いてpML-ter_thrLプラスミドを消化した後、DNAポリメラーゼIのクレノウ断片を用いて処理し、テトラサイクリン耐性遺伝子を担持するpBR322の小EcoRI-Van91I断片(1317 bp)と連結することにより取得した(pBR322は、EcoRI及びVan91I制限エンドヌクレアーゼを用いて消化した後、DNAポリメラーゼIのクレノウ断片を用いて処理してある)。
【0128】
本発明をその好適な態様を参照して詳細に説明したが、本発明の範囲を逸脱することなく、種々の変更を行うことができ、また、等価物を用いることができることは当業者に明らかであろう。ここに引用した参考文献は全て、参照によりこの出願の一部として組み込まれる。
【産業上の利用可能性】
【0129】
本発明によれば、腸内細菌科の細菌による、L-システイン、L-シスチン、その誘導体若しくは前駆体、又はその混合物の製造を改善することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
腸内細菌科のL-システイン生産細菌であって、
イオウ同化の過程に関与する1またはそれ以上の遺伝子の増強された発現を有するように改変された、細菌。
【請求項2】
前記イオウ同化の過程に関与する遺伝子が、硫酸塩の活性化及びアデノシン3'-リン酸5'-ホスホ硫酸(PAPS)の分解に関与する遺伝子を含む、請求項1に記載の細菌。
【請求項3】
前記硫酸塩の活性化に関与する遺伝子が、cysDNCクラスタの遺伝子の1またはそれ以上の遺伝子を含む、請求項2に記載の細菌。
【請求項4】
前記アデノシン3'-リン酸5'-ホスホ硫酸(PAPS)の分解に関与する遺伝子が、cysQ遺伝子を含む、請求項2に記載の細菌。
【請求項5】
cysQ遺伝子、cysDNCクラスタの1またはそれ以上の遺伝子、又は両者の増強された発現を有するように改変された、請求項2に記載の細菌。
【請求項6】
前記遺伝子の発現が、遺伝子の発現が増強されるよう発現調節配列を改変することによって増強された、請求項1〜5のいずれか1項に記載の細菌。
【請求項7】
前記遺伝子の本来のプロモータが、より強力なプロモータで置換された、請求項6に記載の細菌。
【請求項8】
パントエア(Pantoea)属に属する、請求項1に記載の細菌。
【請求項9】
パントエア・アナナティス(Pantoea ananatis)である、請求項8に記載の細菌。
【請求項10】
エシェリヒア(Escherichia)属に属する、請求項1に記載の細菌。
【請求項11】
エシェリヒア・コリ(Escherichia coli)である、請求項10に記載の細菌。
【請求項12】
L-システイン、L-シスチン、その誘導体及び前駆体からなる群から選択される化合物を製造する方法であって、
硫酸塩を含有する培地中で請求項1〜11のいずれか1項に記載の細菌を培養すること、および培地から前記化合物を回収することを含む、方法。
【請求項13】
前記細菌が、L-システインの生合成に関与する遺伝子の増強された発現を有する、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記細菌が、L-メチオニンの生合成に関与する遺伝子の増強された発現を有する、請求項12に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公表番号】特表2013−509858(P2013−509858A)
【公表日】平成25年3月21日(2013.3.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−517605(P2012−517605)
【出願日】平成22年10月5日(2010.10.5)
【国際出願番号】PCT/JP2010/067816
【国際公開番号】WO2011/043485
【国際公開日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【出願人】(000000066)味の素株式会社 (887)
【Fターム(参考)】