説明

膜の結晶構造解析方法、および、膜の結晶構造解析装置

【課題】 結晶面に対応した複数の回折X線を同時に検出して、膜内の複数の結晶構造を迅速にかつ同時に特定すること。
【解決手段】 測定用媒体2を固定設置し、かつ、膜の表面に対する放射光X線11の入射角度を所定の角度に制限した状態にして、放射光X線11を入射させ、膜内の結晶面に対応して発生した複数の回折X線21を全て同時に検出し、検出された複数の回折X線21の強度を評価して測定用媒体2内に存在する複数の結晶構造を同時に特定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膜内の複数の結晶構造を迅速に特定することが可能な、膜の結晶構造解析方法、および、膜の結晶構造解析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
パルク状物質の結晶構造やその体積分率を定量する方法は、X線回折法を用いてこれまで盛んに実施されている。このX線回折法を様々に工夫して、膜の結晶構造を評価する方法も広く知られている(例えば、非特許文献1参照)。
特に、光速に近い速さで進行する電子の向きを変えた時に接線方向に発生する放射光X線を用いれば、厚さがサブナノメートルの膜の結晶構造を評価できることも明らかになっている(例えば、非特許文献2参照)。
また、膜からの回折X線強度から、その膜の膜厚を測定する方法も知られている(特許文献1参照)。
【0003】
膜を利用したデバイスにおいて、その膜の結晶構造や膜厚を知ることは重要であることはいうまでもないが、複数の結晶構造を含み、これらそれぞれの結晶構造に特有の機能が発揮されるような膜においては、それら結晶構造の体積分率を定量化することが重要である。
【0004】
複数の結晶構造を含むパルク状物質、例えばコバルトでは、粉末X線回折パターンにピーク分離やカープフィットといった処理を施して、六方晶と面心立方晶の体積分率を定量化することは容易である。
【0005】
【非特許文献1】表 和彦,松野 信也:X線分析の進歩,30,205(1999)
【非特許文献2】田沼 良平,久保登士和,大沢 通夫:富士時報,77,2,150(2004)
【特許文献1】特開平11−344325号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
膜の結晶構造の評価において、基板や下層の膜からの散乱X線の発生を避けるために、入射X線を膜の表面に浅い角度で入射するような、微小角入射法が広く採用されている。このような微小角入射法では、回折X線強度が一般的には弱くなるため、複数の結晶構造に起因する回折X線のX線強度もさらに弱くなる。
その結果、回折X線を検出する検出器の走査を遅くして検出したり、計数時間を長くするなどして、微弱な回折X線を検出しなければならなくなるため、複数の結晶構造を迅速に特定することができないという問題がある。
また、上記従来の手法では、回折X線強度が強くなる結晶面を選択して入射X線を膜に入射する必要があるため、膜を入射X線に対して傾けるなどの高精度な調整が必要となり、検出精度や設備コストの面で問題がある。
【0007】
そこで、本発明の目的は、結晶面に対応した複数の回折X線を同時に検出して、膜の複数の結晶構造を迅速にかつ同時に特定することが可能な、膜の結晶構造解析方法、および、膜の結晶構造解析装置を提供することにある。
また、本発明の他の目的は、複数の回折X線を同時に検出する際の検出制御機構の簡略を図り、生産コストを低減させることが可能な、膜の結晶構造解析方法、および、膜の結晶構造解析装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、X線回折法により、膜の複数の結晶構造を解析する方法であって、複数の所定の結晶構造を有し、所定の膜厚の膜からなる測定用媒体を用い、前記測定用媒体の設置位置を固定にし、かつ、該測定用媒体の前記膜の表面に対する前記放射光X線の入射角度を常に一定な所定の角度に制限した状態にして、該放射光X線を入射させることにより、該膜内の各結晶面から回折X線をそれぞれ発生させる入射角制限回折X線発生工程と、前記各結晶面からの回折により発生した複数の回折X線を、全て同時に検出する回折X線検出工程と、前記全て同時に検出された複数の回折X線の強度を評価することにより、該測定用媒体内に存在する複数の結晶構造を同時に特定する処理工程とを具えることによって、定量による膜の結晶構造解析方法を提供する。
ここで、前記処理工程は、前記測定用媒体内に存在する複数の結晶構造の体積分率を定量してもよい。
前記回折X線検出工程は、前記各結晶面からの回折により発生した複数の回折X線を、前記固定して設置された測定用媒体の前記放射光X線が入射した前記膜内の入射点を回転中心とした円の円周上に沿って配置された検出面に導くことによって、全て同時に検出してもよい。
前記回折X線検出工程は、前記各結晶面からの回折により発生した複数の回折X線を、X線に感光しうるフィルム、イメージングプレート、又は電荷結合素子に導くことによって全て同時に検出してもよい。
前記測定用媒体の複数の所定の結晶構造は、複数の繊維配向した結晶構造としてもよい。
前記測定用媒体の前記膜の表面に対する前記放射光X線の入射角度は、1°以下の微小角度としてもよい。
本発明は、X線回折法により、膜の複数の結晶構造を解析する装置であって、放射光X線を発生する手段と、複数の所定の結晶構造をもち、所定の膜厚の膜からなる測定用媒体と、前記測定用媒体の設置位置を固定にし、かつ、該測定用媒体の前記膜の表面に対する前記放射光X線の入射角度を常に一定な所定の角度に制限した状態にして、該放射光X線を入射させることにより、該膜内の各結晶面から回折X線をそれぞれ発生させる入射角制限回折X線発生手段と、前記各結晶面からの回折により発生した複数の回折X線を、全て同時に検出する回折X線検出手段と、前記全て同時に検出された複数の回折X線の強度を評価することにより、該測定用媒体内に存在する複数の結晶構造を同時に特定する処理手段とを具えることによって、膜の結晶構造解析装置を構成する。
前記測定用媒体の複数の繊維配向した結晶構造の膜は、Ptを含むCoPtCr合金、又はCoPtCrSiO合金により構成してもよい。
前記測定用媒体の所定の膜厚の膜は、厚さ1〜100nmの薄膜としてもよい。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、測定用媒体を固定設置し、かつ、膜の表面に対する放射光X線の入射角度を所定の角度に制限した状態にして、放射光X線を入射させ、膜内の結晶面に対応して発生した複数の回折X線を全て同時に検出し、検出された複数の回折X線の強度を評価して測定用媒体内に存在する複数の結晶構造を同時に特定するようにしたので、ナノメートルオーダーの薄膜の結晶構造の体積分率を迅速に定量することができ、これにより、組成によって結晶構造が変化したり或いは相転移を伴うような物質に対しても迅速な解析を行うことができる。
【0010】
また、本発明によれば、結晶面から発生した複数の回折X線を、固定設置された測定用媒体の入射点を回転中心とした円の円周上に沿って配置された検出面に導いて検出するようにしたので、検出面の大きさや形状を円周に沿って適宜設定することにより、複雑な検出制御機構が不要となり、これにより、検出制御機構の簡略化を図り、生産コストを低減させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
以下、図面を参照して、本発明の実施の形態を詳細に説明する。
【0012】
[第1の例]
本発明の第1の実施の形態を、図1〜図3に基づいて説明する。
【0013】
(構成)
図1は、微小角入射法により、膜の結晶構造を定量して解析する結晶構造解析装置100の構成例を示す。
本装置100は、放射光X線11を発生するX線源発生装置1と、放射光X線11の形状を決めるスリット31と、試料2と、試料2からの回折X線21の角度分解能を決めるスリット32と、散乱X線を削除するスリット33と、X線検出器4と、データ処理装置5とからなる。
ここで、各部の構成について説明する。
試料2は、複数の繊維配向した結晶構造で構成され、厚さ1〜100nmの薄膜からなる。この複数の繊維配向した結晶構造からなる薄膜は、Ptを含むCoPtCr合金、又はCoPtCrSiO合金によって構成することができる。
試料2の膜の表面に対する放射光X線11の入射角度は、1°以下の微小角度とすることが望ましい。
X線検出器4は、放射光X線11に感光しうるフィルム、イメージングプレート、又は電荷結合素子によって構成することができる。
このX線検出器4は、試料2の各結晶面での回折により発生した複数の回折X線21を、全て同時に検出することができる。なお、この複数の回折X線21を全て同時に検出する検出原理については、後述する図4を用いて説明する。
データ処理装置5は、駆動制御部60と、演算部61とを備えている。
駆動制御部60は、信号線50を介して支持体51に接続され、スリット32とスリット33とX線検出器4とを、試料2を回転中心として一体にして回動させる制御を行う。
演算部61は、信号線52を介してX線検出器4に接続され、X線検出器4で検出された複数の回折X線21の強度比を算出して、試料2内に存在する複数の結晶構造を特定する。なお、この複数の結晶構造の特定は、後述するような体積分率による定量化方法を用いて行う。
【0014】
(動作)
本装置100の動作について説明する。
【0015】
<処理の流れ>
図2は、本装置100の全体的な処理の流れを説明するものであり、定量による膜の結晶構造解析方法のフローチャートを示す。
【0016】
ステップS1では、複数の所定の結晶構造を有し、所定の膜厚の膜からなる試料1を用意する。
【0017】
ステップS2では、試料2の設置位置を固定にし、かつ、試料2の膜の表面に対する放射光X線11の入射角度を常に一定な所定の角度に制限した状態にして、放射光X線11を入射させ、膜内の各結晶面に対応した回折X線21をそれぞれ発生させる。
【0018】
ステップS3では、各結晶面からの回折により発生した複数の回折X線21を、X線検出器4を用いて全て同時に検出する。この場合、各結晶面からの回折により発生した複数の回折X線21を、固定して設置された試料2の放射光X線11が入射した膜内の入射点Pを回転中心とした円の円周上に沿って配置された検出面に導くことによって、全て同時に検出する。
ステップS4では、全て同時に検出された複数の回折X線21の強度を評価することにより、試料2内に存在する複数の結晶構造を同時に特定する。すなわち、複数の回折X線21の強度比を計算して、試料2内に存在する複数の結晶構造の体積分率を定量することによって、複数の結晶構造を同時に特定する。
【0019】
<検出原理>
図3は、複数の回折X線21の検出原理を示す。
試料2の膜の表面に対する放射光X線11の入射角度をωとすると、X線回折の原理であるブラッグの法則(ブラッグ回折条件を満たす式:2d×sinθ=λ、dは結晶面の面間隔、λは放射光X線11の波長)により、ω=θとなったとき、その角の倍角の2θの方向に強いX線強度をもつX線が回折されることから、その2θの方向に強いX線強度をもつ複数の回折X線21が同時に発生する。
本例では、試料2の膜の表面に対する放射光X線11の入射角度を、ω=1°以下の微小角度に制限して入射させている。
試料2は、その放射光X線11の入射角度が制限して入射された膜内の入射点Pを中心として回転させることにより、その入射点Pを回転中心とした円80の円周上の位置には、X線強度が強い複数の回折X線21が存在することになる。
そこで、X線検出器4を、入射点Pを回転中心とした円80の円周上に沿うようにして曲げられた形状にして配置することにより、強いX線強度をもつ複数の回折X線21を全て同時に検出することができる。
本例では、放射光X線11を固定設置された試料2の膜表面に対して一定の微小角度に制限して入射させ、膜内の各結晶面からの回折により発生した複数の回折X線を、膜内の入射点Pを回転中心とした円の円周上に沿って配置されたX線検出器4の検出面に導くことによって、それら複数の回折X線を全て同時に検出するようにしている。
【0020】
<具体例>
以下、具体例を挙げて説明する。
図1の本装置100を用いて、複数の回折X線21を同時に検出して、試料2内に存在する複数の結晶構造を迅速に特定する例について説明する。
X線源1から発生した入射X線11をスリット31に入射させて整形し、整形された入射X線11を固定設置された試料2に照射する。この場合、放射光X線11をその試料2の膜表面に対して一定の微小角度に制限して入射させる。
入射X線11と試料2とがなす角度を一定速度で変化させ、ブラッグの式で規定されるX線のブラッグ回折条件を満たす角度で発生した回折X線21を、スリット32とスリット33とを順次通して、X線検出器4で計数する。
スリット32とスリット33とX線検出器4とは、入射X線11と試料2とがなす角度ω(=θ)の2倍の角度2θとなるように、データ処理装置5内の駆動制御部60によって、一定速度で変化させる。
この場合、支持体51上に一体に設置されたスリット32とスリット33とX線検出器4との移動制御は、固定して設置された試料2の放射光X線11による膜内での入射点Pを回転中心とした円80の円周上に沿って移動させることにより行うことができる。
この円80の円周上での支持体51の移動角度と、入射X線11の試料2に対する入射角度と、X線のブラッグ回折条件を満たす角度2θと、X線検出器4で計数した複数の回折X線21のX線強度とは全て、信号線51,53を通してデータ処理装置5において処理され、演算用データや、解析・制御用データとして利用される。
このように微小角入射法を適用して、試料2の膜の表面に対する放射光X線11の入射角度を1°以下に制限してその角度に固定した設置状態とし、放射光X線11の膜内での入射点Pを回転中心とした円80の円周上に沿うようにして移動制御、すなわちスリット32とスリット33とX線検出器4とを紙面と垂直かつ平行な方向に走査させることによって、試料2の各結晶面から発生した複数の回折X線21を全て同時に検出することができる。この場合、入射X線に放射光X線11を利用したので、ナノメートルオーダーの薄膜に対しても簡単にかつ高精度に検出することができる。
【0021】
以上説明したように、複数の結晶構造を含む薄膜からなる試料2において、それぞれの結晶構造の結晶面の面間隔が近いために、周知の微小角入射面内X線回折法および粉末X線回折法では、それぞれの結晶構造の結晶面からの回折X線の出射確度が重なって分離できなかったが、本願発明のような構成(すなわち、試料2を固定して放射光X線11を一定の微小角度で入射させる条件と、入射点Pを回転中心とした円80の円周上に沿ってスリット32とスリット33とX線検出器4とを一体に走査制御する条件とを満たした構成要件)とすることにより、周知の微小角入射面内X線回折法と粉末X線回折法とでは検出不可能な結晶面からの回折X線をも、全て同時に検出することができる。
【0022】
[第2の例]
本発明の第2の実施の形態を、図4〜図10に基づいて説明する。なお、前述した第1の例と同一部分については、その説明を省略し、同一符号を付す。
【0023】
本例では、回折X線検出手段の構成を変えた場合の例である。
図4は、微小角入射法により、膜の結晶構造を迅速に定量して解析する結晶構造解析装置200の構成例を示す。
本装置200は、放射光X線11を発生するX線源発生装置1と、放射光X線11の形状を決めるスリット31と、試料2と、反射X線除去装置201と、X線検出器202と、データ処理装置5とからなる。
X線検出器202は、放射光X線11による試料2の入射点Pから回折される複数の回折X線21を効率よく計測するために、大きな面の形状を有する検出面から構成されている。この大型の検出面は、図4では簡便に表すために平面の形状を示しているが、実際の構成に当たっては前述した図3の入射点Pを回転中心とした円80の円周上に沿った形の面形状により構成されている。この大型の検出面の円周方向の大きさは、その円周方向の設置幅がX線のブラッグ回折条件を満たす角度2θ=−5〜110°の範囲内である点を考慮に入れて設定する。なお、X線検出器202には、2次元の位置分解能を有しない検出器を用いてもよい。
反射X線除去装置201は、試料2の膜表面で反射される表面反射X線がX線検出器202の大型の検出面に直接入射するのを防ぐために、その表面反射X線を阻止または吸収するような手段として構成される。
データ処理装置5は、駆動制御部210と、演算部211とを備え、信号線53を介してX線検出器202と接続されている。
駆動制御部210は、必要に応じて設置位置の微調整を行うために、X線検出器202を円80の円周上に沿って回動させるような制御機能をもつことができる。
演算部211は、前述した演算部61と同様に、X線検出器4で検出された複数の回折X線21の強度比を算出して、試料2内に存在する複数の結晶構造を特定する。なお、この複数の結晶構造の特定は、後述するような体積分率による定量化方法を用いて行う。
このような構成とすることにより、前述した第1の例で述べたようなスリット32とスリット33と支持体51とを含む移動機構およびその制御手段が不要となる。
【0024】
(具体例)
次に、具体例について説明する。
【0025】
図5は、図4に示すX線検出器202を用いて、試料2から発生した複数の回折X線21を測定した例を示す。
試料2として、ガラス基板上に成膜された厚さ20nmのRuを用いた。図5の中で、領域300(白い部分:O点)が回折X線21のX線強度が強い箇所に対応している。入射X線としては、波長が0.08857nmである放射光X線11を用い、そのサイズが0.5×0.5mmとなるようにスリット31で整形した。
試料2の膜の表面に対する放射光X線11の入射角度は、0.17°とした。X線検出器202には、イメージングプレートを用いた。
図5中の数字は、対応する結晶面(101),(102),(103)面を表している。このRu膜は六方晶で、その結晶構造のc軸が基板と垂直になっているため、X線検出器202に記録された各結晶面からの複数の回折X線21がスポット状になった。
図6(a)〜(c)は、図5の線分領域A1−B1、A2−B2、A3−B3に対応したX線強度を示す。
図5に示す画像をデジタル化処理し、各結晶面に対応する回折X線21のX線ピークからバックグラウンドを除いて積算し、(101),(102),(103)面について、その回折X線21のX線強度比を算出した結果を表1に示す。
【0026】
【表1】

【0027】
表1においては、回折X線21のX線強度が最も強い(101)面の回折X線21のX線強度が100となるように計算して表記した。表1に合わせて表記した粉末X線回折の標準データと比較すると、遜色ないデータが得られることが明らかになった。データでは示していないが、面心立方晶であるPt膜について本発明による方法が適用できることを確認できた。
このように、本発明による結晶構造解析方法を用いれば、ナノメートルオーダーの薄膜であっても、粉末X線回折法と遜色ない精度で、結晶構造を定量化できる。
【0028】
(評価例)
次に、膜中に複数の結晶構造を含む試料2の評価例を示す。
【0029】
磁気記録材料に多用されるCo中にPtを添加していくと、結晶磁気異方性エネルギー定数が増加し、例えば垂直磁気記録媒体の磁性膜として有望な材料であることが知られている。
しかし、Ptを過度に添加すると、結晶磁気異方性エネルギー定数が低下することが明らかになった。この磁性膜については、放射光X線11による結晶構造解析と透過型電子顕微鏡による解析結果とから、六方晶のみであった磁性膜中に面心立方晶が生成されたことが分かっている。
そこで、そのような試料2の評価を行うために、本発明の結晶構造解析方法を用いて、磁性膜中の六方晶と面心立方晶との体積分率を定量した。
【0030】
図7〜図10は、本発明の結晶構造解析方法により取得したPt濃度が異なる厚さ20nmの磁性膜の結果を示す。
【0031】
図7は、試料2としてPtを15at%添加した磁性膜を用いた場合において、その試料2から発生した複数の回折X線21を測定した例を示す。
図8(a)および(b)は、図7の線分領域C1−D1、C2−D2に対応したX線強度を示す。
図9は、試料2としてPtを30at%添加した磁性膜を用いた場合において、その試料2から発生した複数の回折X線21を測定した例を示す。
図10(a)および(b)は、図9の線分領域E1−F1、E2−F2に対応したX線強度を示す。
【0032】
図7〜図10においては、Coの六方晶の(101)面を中心に表示した。
磁性膜中のPt濃度が15at%のときは、図7および図8に示すように、Coの六方晶の(101)面の回折X線21のみ記録された。
これに対して、磁性膜中のPt濃度が30at%のときは、図9および図10に示すように、Coの六方晶の(101)面からの回折X線21だけでなく、Coの面心立方晶の(111)面に相当する回折X線21も記録された。
それぞれの試料2において、放射光X線11を照射した時間は6分間で、その後20分間放置した後、読み取り機でデジタル化処理した。
このように本発明によれば、30分以下で、ナノメートルオーダーの薄膜の結晶構造を定量化するためのデータが得られる。
【0033】
<定量の計算例>
ここで、定量化のための計算方法の1例を示す。
Coの六方晶(101)面と面心立方晶(111)面との理論回折強度比は、28:100である。この理論回折強度比は、構造因子と多重度因子とローレンツ偏り因子を考慮して、それぞれの結晶面について計算した。
次に、本発明により定量したCoの六方晶(101)面と面心立方晶(111)面との回折X線21のX線強度をそれぞれIhとIfとし、磁性膜中の六方晶と面心立方晶との量をそれぞれHとFとおくと、以下の関係式が導ける。
【0034】
【数1】

【0035】
上式を用いて、図7〜図10で得た結果を解析して、それぞれの膜中の六方晶と面心立方晶の体積分率を算出した結果を表2に示す。
【0036】
【表2】

【0037】
以上より、入射X線として放射光X線11を用い、微小角入射法を採用して、試料2の膜の表面に対する放射光X線11の入射角度を微小な一定の範囲内に制限してその膜だけから回折X線21が発生するようにしたので、回折X線21のX線強度を強くできるだけでなく、適切な入射角度を選択することによって、評価する膜厚も変えることができるようになる。
また、放射光X線11の発散角は非常に小さく平行性が高いため、その膜だけの回折X線を発生させることができ、これにより、ナノメートルオーダーの薄膜に対しても良好な評価を行うことができる。
さらに、回折X線21を検出するX線検出器202の検出面を、円80の円周に沿った大型の面形状にしたので、複数の結晶面からの回折X線21を同時に検出または記録すると共に、検出のための複雑な移動制御機構が不要となり、装置の簡略化を図ることができる。
そして、これらの構成上の特徴を合わせもつ装置により、ナノメートルオーダーの薄膜に含まれる複数の結晶構造を迅速に定量することができ、これにより、薄膜の構造の評価を正確にかつ迅速に行えると共に、低コストな装置を作製できる。
【図面の簡単な説明】
【0038】
【図1】本発明の第1の実施の形態である、微小角入射法により、膜の結晶構造を定量して解析する結晶構造解析装置を示す構成図である。
【図2】定量による膜の結晶構造解析方法を示すフローチャートである。
【図3】複数の回折X線の検出原理を示す説明図である。
【図4】本発明の第2の実施の形態である、微小角入射法により、膜の結晶構造を迅速に定量して解析する結晶構造解析装置を示す構成図である。
【図5】X線検出器を用いて、試料から発生した複数の回折X線を測定した例を示す説明図である。
【図6】図5の線分領域に対応したX線強度を示す説明図である。
【図7】試料としてPtを15at%添加した磁性膜を用いた場合に、試料から発生した複数の回折X線を測定した例を示す説明図である。
【図8】図7の線分領域に対応したX線強度を示す説明図である。
【図9】試料としてPtを30at%添加した磁性膜を用いた場合に、試料から発生した複数の回折X線を測定した例を示す説明図である。
【図10】図9の線分領域に対応したX線強度を示す説明図である。
【符号の説明】
【0039】
1 X線源発生装置
2 試料
4 X線検出器
5 データ処理装置
11 放射光X線
21 回折X線
31,32,33 スリット
50 信号線
51 支持体
52,53 信号線
60 駆動制御部
61 演算部
80 円
100 結晶構造解析装置
200 結晶構造解析装置
201 反射X線除去装置
202 X線検出器
210 駆動制御部
211 演算部
300 領域

【特許請求の範囲】
【請求項1】
X線回折法により、膜の複数の結晶構造を解析する方法であって、
複数の所定の結晶構造を有し、所定の膜厚の膜からなる測定用媒体を用い、
前記測定用媒体の設置位置を固定にし、かつ、該測定用媒体の前記膜の表面に対する前記放射光X線の入射角度を常に一定な所定の角度に制限した状態にして、該放射光X線を入射させることにより、該膜内の各結晶面から回折X線をそれぞれ発生させる入射角制限回折X線発生工程と、
前記各結晶面からの回折により発生した複数の回折X線を、全て同時に検出する回折X線検出工程と、
前記全て同時に検出された複数の回折X線の強度を評価することにより、該測定用媒体内に存在する複数の結晶構造を同時に特定する処理工程と
を具えたことを特徴とする膜の結晶構造解析方法。
【請求項2】
前記処理工程は、
前記測定用媒体内に存在する複数の結晶構造の体積分率を定量することを特徴とする請求項1記載の膜の結晶構造解析方法。
【請求項3】
前記回折X線検出工程は、
前記各結晶面からの回折により発生した複数の回折X線を、前記固定して設置された測定用媒体の前記放射光X線が入射した前記膜内の入射点を回転中心とした円の円周上に沿って配置された検出面に導くことによって、全て同時に検出することを特徴とする請求項1又は2記載の膜の結晶構造解析方法。
【請求項4】
前記回折X線検出工程は、
前記各結晶面からの回折により発生した複数の回折X線を、X線に感光しうるフィルム、イメージングプレート、又は電荷結合素子に導くことによって全て同時に検出することを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載の膜の結晶構造解析方法。
【請求項5】
前記測定用媒体の複数の所定の結晶構造は、
複数の繊維配向した結晶構造であることを特徴とする請求項1ないし4のいずれかに記載の膜の結晶構造解析方法。
【請求項6】
前記測定用媒体の前記膜の表面に対する前記放射光X線の入射角度は、1°以下の微小角度であることを特徴とする請求項1ない5のいずれかに記載の膜の結晶構造解析方法。
【請求項7】
X線回折法により、膜の複数の結晶構造を解析する装置であって、
放射光X線を発生する手段と、
複数の所定の結晶構造をもち、所定の膜厚の膜からなる測定用媒体と、
前記測定用媒体の設置位置を固定にし、かつ、該測定用媒体の前記膜の表面に対する前記放射光X線の入射角度を常に一定な所定の角度に制限した状態にして、該放射光X線を入射させることにより、該膜内の各結晶面から回折X線をそれぞれ発生させる入射角制限回折X線発生手段と、
前記各結晶面からの回折により発生した複数の回折X線を、全て同時に検出する回折X線検出手段と、
前記全て同時に検出された複数の回折X線の強度を評価することにより、該測定用媒体内に存在する複数の結晶構造を同時に特定する処理手段と
を具えたことを特徴とする膜の結晶構造解析装置。
【請求項8】
前記処理手段は、
前記測定用媒体内に存在する複数の結晶構造の体積分率を定量することを特徴とする請求項7記載の膜の結晶構造解析装置。
【請求項9】
前記回折X線検出手段は、
前記各結晶面からの回折により発生した複数の回折X線が全て同時に検出されるように、前記固定して設置された測定用媒体の前記放射光X線が入射した前記膜内の入射点を回転中心とした円の円周上に沿って配置された検出面からなることを特徴とする請求項7又は8記載の膜の結晶構造解析装置。
【請求項10】
前記回折X線検出手段は、
前記各結晶面からの回折により発生した複数の回折X線が全て同時に検出される、X線に感光しうるフィルム、イメージングプレート、又は電荷結合素子からなることを特徴とする請求項7ないし9のいずれかに記載の膜の結晶構造解析装置。
【請求項11】
前記測定用媒体の複数の所定の結晶構造は、
複数の繊維配向した結晶構造であることを特徴とする請求項7ないし10のいずれかに記載の膜の結晶構造解析装置。
【請求項12】
前記入射手段は、
前記測定用媒体の前記膜の表面に対する前記放射光X線の入射角が、1°以下の微小角度であることを特徴とする請求項7ないし11のいずれかに記載の膜の結晶構造解析装置。
【請求項13】
前記測定用媒体の複数の繊維配向した結晶構造の膜は、
Ptを含むCoPtCr合金、又はCoPtCrSiO合金からなることを特徴とする請求項7ないし12のいずれかに記載の膜の結晶構造解析装置。
【請求項14】
前記測定用媒体の所定の膜厚の膜は、
厚さ1〜100nmの薄膜であることを特徴とする請求項7ないし13のいずれかに記載の膜の結晶構造解析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2006−337056(P2006−337056A)
【公開日】平成18年12月14日(2006.12.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−159045(P2005−159045)
【出願日】平成17年5月31日(2005.5.31)
【出願人】(000005234)富士電機ホールディングス株式会社 (3,146)
【Fターム(参考)】