説明

膜デバイスとその利用法

【課題】 マイクロ化学チップとして用いられる膜デバイスにおいて、チップ外部で作成した種々の分離膜を利用できるようにすること、基板の表面加工コストを抑制すること及び基板の接合時に精密な位置合わせを要求しないようにすること。
【解決手段】 膜デバイスは、少なくとも1枚に凹部が形成された複数の基材で分離膜を挟み込むように接合して得られる膜デバイスであって、上流側と下流側の槽となる凹部が同一基材に形成されており、前記分離膜は、その内部を流体が面方向に移動することが可能であり、該流体が前記膜内を面方向に移動することにより前記上流側の凹部と前記下流側の凹部との間を前記流体が移動することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は分離膜を有するマイクロ化学チップに関し、特に外部で作成した分離膜を2枚以上の基板によって挟み込む方式であって、その作製工程を容易にする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
膜分離技術は化学、生化学において重要な単位操作であり、すでに化学、生化学における分析、生産、制御のための種々の単位操作や反応を微細加工されたチップや配管材料を用いて行うマイクロ化学チップにおいても分離膜の組み込みが行われている。チップの外側に貼り付ける方式(たとえば特許文献1)、樹脂製チップの形成時に組み込む方式(たとえば特許文献2、あるいは非特許文献1)、凹部を加工した後の一方の基板上で分離膜を形成してもう一方の基板と挟み込む方式(たとえば非特許文献2)、形成後のマイクロ流路の内部で分離膜を形成する方式(たとえば特許文献3、非特許文献3、4)、接着剤を利用する方式(たとえば特許文献3、4、5、6)、双方の面を微細加工した基材によって適切な位置合わせを行いながら分離膜を単純に挟み込む方式(たとえば特許文献4、非特許文献5、6)などがある。
【0003】
【特許文献1】特開平8−114539号公報 (請求項15)
【特許文献2】特開2000−202916号公報 (請求項13,14)
【特許文献3】特開2000−262871号公報 (特許請求の範囲)
【特許文献4】特開2000−237552号公報 (特許請求の範囲)
【特許文献5】特開2000−237556号公報 (特許請求の範囲)
【特許文献6】特開2003−334056号公報 (特許請求の範囲)
【非特許文献1】第7回化学とマイクロ・ナノシステム研究会講演要旨集、化学とマイクロ・ナノシステム研究会、2003年、p.66
【非特許文献2】静電気学会講演論文集'00、静電気学会、2000年pp.123−126
【非特許文献3】「アナリティカルケミストリー(Analytical Chemistry)」、(アメリカ合衆国)、アメリカ化学会、2003年、第75巻、pp.350−354
【非特許文献4】「ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサイエティ(Journal of American Chemical Society)」、(アメリカ合衆国)、アメリカ化学会、2002年、第124巻、pp.5284−5285
【非特許文献5】「アナリティカルケミストリー(Analytical Chemistry)」、(アメリカ合衆国)、アメリカ化学会、1998年、第70巻、pp.3553−3556
【非特許文献6】「アナリティカルケミストリー(Analytical Chemistry)」、(アメリカ合衆国)、アメリカ化学会、2003年、第75巻、pp.2224−2230
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、多様な報告例の中でも、チップの外部で作成した分離膜を、チップの内部に挟み込むチップ構成で、微細加工面が片面のみである方法はなかった。
【0005】
そこで第1の課題は、チップ外部で作成した種々の分離膜を利用できるようにすることである。既にチップ内部で製膜する方法も提案されているものの、製膜の自由度、技術の蓄積、分離膜の入手の容易さという意味で比較すれば、チップ外部で作成した分離膜が勝るからである。
【0006】
第2の課題は、基板の表面加工コストを抑制することである。チップ外部で作成した分離膜を単純に挟み込む方式では、挟み込みに用いられる2枚の基板接合面の双方を分離槽や流路を形成するために微細加工する必要があった。このため基板表面の加工コストは、マイクロ化学チップの製法として一般的な手法である、凹部を加工した基板と加工していない基板を貼り合わせる方式と比較して単純に2倍程度かかる。この基板表面の微細加工コストはチップ作製コストの主要な位置を占めるので、抑制する意義は高い。
【0007】
第3の課題は基板の接合時に精密な位置合わせを要求しないようにすることである。単純な分離膜の挟み込み方式では、分離膜の両側に空間を形成するために、挟み込む両側の基材に凹部を形成しておくのであるが、接合時には、この凹部の厳密に位置合わせしなければならない。精密な位置合わせは位置合わせ装置のコストを引き上げ、大きな基板では面方向膨張率の抑制などを要求することにつながり、より実施を困難にする。このためより平易な位置合わせでも良い手法であることが好ましいからである。
【0008】
第4の課題は、膜厚に起因する漏れを抑制することである。
【0009】
第5の課題は、膜厚の薄膜化である。圧力送液における膜透過のための圧力や、自然拡散における拡散時間を抑制するためには薄膜化が必要であるが、単純な薄膜化は新たな膜開発を必要とし、さらに膜の強度を損ないやすい。
【0010】
第6の課題は、要求する面積の抑制である。単機能のマイクロ化学チップにあってはその大きさを抑制することにつながり、集積型にあっては一定面積により多くの機能を搭載できるようになるので、同一機能が必要とするチップ上の面積はより少ないことが好ましいからである。
【0011】
第7の課題は、これらの課題を満たしながらチップ内で実施可能な膜分離法を提供することである。
【0012】
第8の課題は種々の流体に対応できることである。とくに液体および気体の双方で用いることができれば広範囲な膜分離の用途に適用できることを意味するため好ましいからである。
【0013】
第9の課題は分離膜を分離機能だけに留まることなく種々の機能として用いることである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、第1の課題の主たる部分に対してチップの外部で作成した分離膜を挟み込むことによって解決しながらも、第2、第3の課題に対し、既往の挟み込み手法では上流側と下流側の槽となる凹部が挟み込む両方の基材に形成されるのとは異なり、上流側と下流側の槽となる凹部を同一基材に形成するという新しい手法を見出すことによって解決した。
【0015】
また第1の課題にある種々の分離膜として、非対称膜を利用できるようにするには、その緻密な側の面が該凹部パターンに接するように配置されることで可能であることを見出した。
【0016】
また第1の課題にある種々の分離膜として、2枚以上の膜を重ねて配置することで、種々の機能を利用できることを見出した。
【0017】
また第4の課題に対し、分離膜が周辺部で透過性が中央部よりも少ないか、ないことを特徴とする膜デバイスとすることで、解決できることを見出した。
【0018】
また第4の課題に対し、分離膜の周囲を保持部材によって保持し、少なくとも膜側部近傍で該分離膜と該保持部材が同じ厚みであるようにするか、分離膜が周囲と一方の面で、一方の基材によって保持され、少なくとも膜側部近傍で該分離膜と該基材が同一面とした膜デバイスを作製することによっても解決できることを見出した。
【0019】
また第5の課題に対し、上流側および下流側の槽となる該凹部パターンを、その一部で挟み込む分離膜の厚さよりも近接するように設計、作製することによって解決できることを見出した。
【0020】
また第6の課題に対し、凹部パターンをかみ合わせた櫛形とするか、折り畳んだ線形状とすることによって解決できることを見出した。
【0021】
また第7の課題に対し、該凹部の少なくとも一方に流体を充填し、流体成分の全部または一部が分離膜内に入った後、該膜内を面方向に移動して、同一基材に形成された別の凹部内へ移動するようにすることで解決できることを見出した。
【0022】
まだ第8の課題に対し、少なくとも一方の流体を気体とすることで解決できることを見出した。
【0023】
また第9の課題に対し、分離膜上に保持された成分あるいは部材、あるいは複数の凹部のいずれかに充填された流体、あるいは凹部表面に吸着、固定された成分あるいは部材のいずれか2つ以上の組み合わせによって、反応、培養、濃縮及び/又は希釈を行うことによって解決できることを見出し、本発明を完成した。
【0024】
即ち、本発明は以下のような構成をとる。
(1) 少なくとも1枚に凹部が形成された複数の基材で分離膜を挟み込むように接合して得られる膜デバイスであって、上流側と下流側の槽となる凹部が同一基材に形成されており、前記分離膜は、その内部を流体が面方向に移動することが可能であり、該流体が前記膜内を面方向に移動することにより前記上流側の凹部と前記下流側の凹部との間を前記流体が移動することを特徴とする膜デバイス。
【0025】
(2) 前記分離膜が非対称膜であって、その緻密な側の面が前記凹部パターンに接するように配置されることを特徴とする上記(1)に記載の膜デバイス。
【0026】
(3) 前記分離膜に2枚以上の分離膜を重ねて配置する上記(1)又は(2)に記載の膜デバイス。
【0027】
(4) 前記分離膜が周辺部で透過性が中央部よりも少ないか、ないことを特徴とする上記(1)ないし(3)のいずれかに記載の膜デバイス。
【0028】
(5) 前記分離膜が周囲を保持部材によって保持されており、少なくとも膜側部近傍で該分離膜と該保持部材が同じ厚みであるか、該分離膜が周囲と一方の面で、前記基材の一つによって保持され、少なくとも膜側部近傍で該分離膜と該基材が同一面であることを特徴とする上記(1)ないし(4)のいずれかに記載の膜デバイス。
【0029】
(6) 上流側および下流側の槽となる前記凹部パターンは、その一部で挟み込む分離膜の厚さよりも近接していることを特徴とする上記(1)ないし(5)のいずれかに記載の膜デバイス。
【0030】
(7) 前記凹部パターンがかみ合わせた櫛形であることを特徴とする上記(1)ないし(6)のいずれかに記載の膜デバイス。
【0031】
(8) 少なくとも一方の前記凹部パターンが折り畳んだ線形状であることを特徴とする上記(1)ないし(7)のいずれかに記載の膜デバイス。
【0032】
(9) 上記(1)ないし(8)のいずれかに記載の膜デバイスの利用法であって、前記凹部の少なくとも一方に流体を充填し、流体成分の全部または一部が分離膜内に入った後、該膜内を面方向に移動して、近接した別の凹部内へ移動することを特徴とする膜デバイスの利用法。
【0033】
(10) 少なくとも一方の流体が気体であることを特徴とする上記(9)に記載の膜デバイスの利用法。
【0034】
(11) 分離膜上に保持された成分あるいは部材、あるいは複数の凹部のいずれかに充填された流体、あるいは凹部表面に吸着、固定された成分あるいは部材のいずれか2つ以上の組み合わせによって、反応、培養、濃縮及び/又は希釈を行う上記(9)又は(10)に記載の膜デバイスの利用法。
【発明の効果】
【0035】
本発明の上流側と下流側の槽となる凹部が同一基材に形成された構造を採用することにより、分離膜をチップ内で作製することに限定される必要がなく、精密な位置合わせを必要とせず、片面のみの精密加工を行って膜デバイスが作製できる。
【0036】
本発明の、非対称膜を、その緻密な側の面が該凹部パターンに接するように配置する構造を採用することによって、非対称膜を、その分画性能に応じた性能で利用することができる。
【0037】
本発明の、周辺部で透過性が中央部よりも少ないか、ないことを特徴とする分離膜を採用することによって、膜厚に起因する漏れを抑制することができる。
【0038】
本発明の、分離膜が周囲を保持部材によって保持されており、少なくとも膜側部近傍で該分離膜と該保持部材が同じ厚みであるか、分離膜が周囲と一方の面で、基材の一方によって保持され、少なくとも膜側部近傍で該分離膜と該基材が同一面であることを特徴とする構造を採用することによっても、膜厚に起因する漏れを抑制することができる。
【0039】
本発明の、上流側および下流側の槽となる該凹部パターンが、その一部で挟み込む分離膜の厚さよりも近接していることを特徴とする構造を採用することによって、分離膜を薄膜化することなく、薄膜化と同様の効果を得ることができる。
【0040】
本発明の、凹部パターンがかみ合わせた櫛形であることを特徴とする構造を採用することによって、チップの膜関連構造部分が要求するチップ上の面積を抑制することができる。
【0041】
本発明の、少なくとも一方の凹部パターンが折り畳んだ線形状であることを特徴とる構造を採用することによっても、チップの膜関連構造部分が要求するチップ上の面積を抑制することができる。
【0042】
本発明の、該凹部の少なくとも一方に流体を充填し、流体成分の全部または一部が分離膜内に入った後、該膜内を面方向に移動して、近接した別の凹部内へ移動することを特徴とする利用法を採用することにより、上記の効果を持った膜分離法を実施することができる。
【0043】
本発明の、少なくとも一方の流体を気体とすることによって、種々の流体を利用した膜デバイスの利用法を実施することができる。
【0044】
本発明の、分離膜上に保持された成分あるいは部材、あるいは複数の凹部のいずれかに充填された流体、あるいは凹部表面に吸着、固定された成分あるいは部材のいずれか2つ以上の組み合わせによって、反応、培養、濃縮、希釈を行う利用法を採用することによって、膜の分離機能に留まらない反応、培養、濃縮、希釈などの利用法を実施することができる。
【0045】
このように本発明によって、汎用的な分離膜を利用しながらも、加工コストを低減し、通常の分離膜以上の効率で利用することも可能な、種々の分離膜を導入したマイクロ化学チップを提供し、その多様な利用法を提供できるものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0046】
本発明について、以下具体的に説明する。
本発明における分離膜(以下、膜)とは、厚みに比べて大きい面を持ち、各種の推進力によりそれを通した物質移動がおこりえる構造体をいう。液体か気体かによらず流体を対象とする。膜の分離モードには一般ろ過、精密ろ過、限外ろ過、ナノろ過、逆浸透、拡散透析、電気透析、ガス分離、蒸気透過、浸透気化など様々なモードが考えられるがこれに限定されるものではない。流体の流れ方向はデッドエンドとクロスフローの両方を対象とするが、これに限定されるものではない。膜の形状は大別して平膜、中空糸膜、カプセル型があるが、本発明では平膜のみを対象とし、中空糸膜およびカプセル型は対象とならない。膜の利用目的は、マイクロ化学チップ内で不要物の除去、有用物の濃縮・捕捉を行うほか、組み込み前に有用物を塗布、あるいは捕捉させた膜を組み込むことでマイクロ化学チップに分離以外を含めた機能付与を行うことが挙げられる。有用物には無機触媒、有機触媒、酵素、細胞、色素、環境試料中の膜不透過成分、体液中の膜不透過成分等が挙げられるが、これに限定されるものではない。このため本発明における膜デバイスは、分離以外の目的に用いることができる。
【0047】
膜の厚さは任意であるが好ましくは1マイクロメートル以上で、より好ましくは3ミリメートル以下である。単独で1マイクロメートル以下の厚さの膜は強度が弱く、作成後接合工程へ持ち込むための取り扱いが困難であるからで、また3ミリメートル以上の厚さの膜は微小なデバイス化に適さないからである。
【0048】
膜の材料には既存の膜に用いられている種々の材料を用いることができる。セルロース、再生セルロース、酢酸セルロース、三酢酸セルロース、硝酸セルロース、その他セルロース誘導体、アガロース、その他多糖類、ポリアミド、芳香族ポリアミド、ポリアクリルアミド、ポリアクリロニトリル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル、ポリビニルアルコール、ポリメタクリル酸ヒドロキシエチル、その他ポリメタクリル酸誘導体、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリカーボネート、ポリエチレンテレフタレート、ポリテトラフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン、その他フッ素系樹脂、これらの共重合体、その他合成樹脂、ガラス、ゼオライト、その他セラミックス、金属類およびこれらの組み合わせがあるがこれに限定されない。これらが繊維状、ゲル状、多孔質状、網状、あるいはこれらの組み合わせの形状をなす。また、これらの膜表面を物理的、化学的、生物的に処理した膜、支持体と組み合わせた膜などがある。本発明では、外部で作成した膜であるか、一方の基材上に直接形成された膜であるかによらず、またその膜厚によらず微細構造体に持ち込むことができるからである。
【0049】
本発明における膜は、上流側および下流側の槽となる凹部が形成されている基材と接する側の表面が、基材への押しつけ後、漏れを生じさせるような、膜と該基材との間の空隙を形成しない膜であることが好ましい。
【0050】
本発明における外部で作成した膜とは、組み込み後の膜と接触することになる基材と接触させることなく作成された膜を指す。たとえば特許文献3、非特許文献2、3、4は膜が最終的に組み込まれる基材と接触した状態で作成される。これに対したとえば非特許文献5、6は基材と無関係な場所で作成された後に組み込まれている。膜を外部で作成することは、チップ内部で製膜を行う方式と比較して非常に製膜の自由度が高く、かつ広範囲な技術の蓄積がある。
【0051】
しかし本発明では基材と接触させて作製された膜を利用することもできる。たとえば基材上にキャスト法で作成された膜を基材から剥ぎ取ることなく利用するのであっても良い。
【0052】
本発明における膜の側部とは、膜面と同じ大きさの2枚の板材で膜を挟んだとした場合、側面に露出する膜の部分と、その極近傍を指す。良好に切り出された膜では膜の側面のことであるが、面をなしているかどうかは問題としない。
【0053】
本発明の膜デバイスはマイクロフルイディクス型のマイクロ化学チップである。一般的なマイクロフルイディクス型のマイクロ化学チップは凹部を形成した板状の基材を別基材と接合して作製される。基材はシート状、板状、フィルム状、棒状、管状、塗膜状、円筒状、その他複雑な形状の成形物をとりうるが、これに限定されるものではない。しかし加工性および取り扱いの容易さから、好ましくはシート状、板状、フィルム状である。基材には、ガラス、セラミックス、樹脂、金属、半導体およびこれらの組み合わせが考えられるが、これに限定されるものではない。
【0054】
本発明の実施における流体、あるいは流体成分の移動方法には、圧力、濃度、電場、磁場の差、あるいは勾配を利用する方法、表面力を利用する方法、慣性力を利用する方法およびこれらの組み合わせがあるがこれに限定されるものではない。圧力では加圧と減圧があり、ポンプやガスボンベ、加圧器、減圧器、落差などを組み合わせて流体を移動させることができる。濃度勾配は自然拡散による流束を誘起するので、透析での膜内成分移動では好ましい移動方法である。電場には直流電場、交流電場、あるいは任意波形の電場を用いることができる。直流電場では電気浸透流、電気泳動を、交流電場では誘電泳動などの原理によって流体、あるいは流体の成分を移動させることができ、任意波形ではこれらの現象の組み合わせにより移動させることができる。磁場、あるいは電場によって流体にけん濁させた粒子を移動させ、その結果として流体を移動させることができる。表面力には毛管現象がある。流体と接する面を改質、加工するなどで表面力の差、あるいは勾配を形成し、流体の移動を制御することができる。慣性力を利用する場合には、チップ全体を遠心器に配置して利用する方法や、チップに一時的な加速度を与える方法がある。これらの組み合わせには、複数の手法を同時に行うものと、膜内、槽内などのチップ上の別の位置でそれぞれ個別の移動方法を行うことができる。
【0055】
本発明における面方向の面とは接合面を指す。複雑な接合面を有する組み合わせにあっては、対象となる局所的な接合面を指す。
【0056】
本発明における凹部とは、典型的なマイクロ化学チップに見られる、接合後に流体を導入することになる空間を形成する凹部と、膜を組み込むための凹部との2種類があるが、これ以外の目的に用いられる凹部が形成されていることを妨げるものではない。接合後に流体を導入することになる凹部は、分割できない1つの基材が有する凹部として構成されているか、貫通穴形状を有する基材と別基材とを組み合わせて構成されるものがある。
【0057】
凹部、あるいは貫通穴形状を得るには、射出成形、ホットエンボシング、溶剤キャスト法、切削、エッチング、打ち抜き、フォトリソグラフィー、リフトオフ、蒸着、およびこれらの組み合わせなどを手段とできるが、これに限定されるものではない。
【0058】
マイクロ化学チップの典型的な、接合後流体を導入することになる空間を形成する凹部は、好ましくは基材をその面に垂直な方向から見て幅1から500マイクロメートルの線形状と、100平方センチメートル以下の幾何学形状の組み合わせで、深さ1から500マイクロメートルであるが、これに限定されるものではない。典型的に線形状は接合後、管形状となり、流路として用いられ、その他の幾何学形状は特定の機能付与のため空間や別部材導入の空間に用いられる。流路として用いる部分については幅あるいは深さが1マイクロメートルを下回ると流路としての圧力損失が大きくなるため不適当で、深さや幅が500マイクロメートルを上回る場合および、部分的な幾何学形状が100平方センチメートルを上回る場合は、微小デバイスとしての全体のサイズに不適当であるからである。また、凹部形成のための貫通穴形状を有する基材は、少なくとも貫通穴周辺部で厚さが500マイクロメートル以下であることが好ましい。貫通穴を有する基材の厚みが、接合後流体を導入することになる空間の深さ方向寸法を規定することとなるためである。ただし、これらの寸法は接合面で面方向に流す流路以外の空間の寸法を規定するものではない。たとえば典型的な試料導入穴は、500マイクロメートルを上回る板厚に貫通穴が形成される形で形成され、反応槽や電気泳動槽などにあっては幅が10ミリメートルを上回って形成されてもよい。
【0059】
膜を組み込むための凹部は組み込まれる膜よりも面方向に大きく、膜厚に相当する深さを有する。好ましくは面に垂直な方から見て、膜を組み込むための凹部の内側に、流体のための空間となる凹部が形成される。
【0060】
マイクロ化学チップは複数の基材の接合によって形成される。本発明は2枚以上の基材によって膜を挟む方式を対象としており、マイクロ化学チップ全体の基材枚数は2枚に限定されない。
【0061】
本発明における接合とは、複数の基材を重ね合わせ、必要であれば凹部から流体の漏れを起こさないようにする手法を指す。より具体的には、単純な重ね合わせ、プラズマ処理などによる表面活性化、加熱を伴う方法、圧力を印加する方法、電場を印加する方法、接着剤を用いる方法、溶剤を用いる方法、およびこれらの組み合わせがある。好ましくは、膜の耐熱温度より30℃を上回らない温度で実施する。耐熱温度より30℃以上加熱すると、輻射熱や接合面から伝熱により膜が耐熱温度以上になり膜の機能を失うからである。不可逆に接合するだけでなく、使用時に治具により押さえつける加圧方式によって接合を行うこともできる。
【0062】
本発明における複数の基材とは2つ以上を指す。マイクロ化学チップではすでに2〜10枚程度の積層によるデバイスが報告され、数百から数千枚の組み合わせによるスループット向上が提唱されている。組み込まれる膜との一方の接合面部分で面方向に複数の基材を組み合わせることができるが、構造の簡略化や漏れの抑制の観点からそれぞれ一つの基材で構成されていることが好ましい。このため少なくとも2つの基材が必要である。ただし、組み込まれる膜近傍以外、あるいは膜組み込み面以外で別基材と組み合わせることを妨げるものではない。出願時請求項5の同じ厚みの保持部材を利用する方式にあっては、膜を保持するための保持部材が必要であるため、該保持部材を含めて数えると、好ましくは3つ以上である。
【0063】
本発明における同一面、相当する厚み、あるいは同じ厚みとは、別途膜に対する加圧試験、および基材の接合試験によってあらかじめ知ることのできる接合後の変形量を加味した面の位置や厚さが、比較対象となる膜と基材、あるいは部材との間で10マイクロメートル以下であることを指す。10マイクロメートル以下の厚さの膜は、本発明の方式によらずとも液密な接合ができるからである。
【0064】
本発明における保持とは、その方向に膜が移動できないように部材が設置されている状態を指す。膜面の一部で基材が膜を保持することとは、該基材が置かれる側の膜の一部に接触するように基材が配置されていることを指し、膜の側部を保持することとは、膜周囲から、膜から遠ざかる方向の同一面に基材を設置することを指す。
【0065】
本発明において保持部材とは、膜の側部を保持するための部材であり、膜厚に相当する厚みを有する板状またはフィルム状のものである。保持部材は、図17及び図18中、参照番号13で例示するように、膜の周囲を囲んで膜をはめ込むように、面方向に膜と同じかそれ以上の大きさの穴を有する枠構造となっているものが好ましい。保持部材の材質は、使用する流体が透過しないものであればよく、基材と同じであっても、異なっていてもよい。膜よりも大きな穴を有する保持部材を採用した場合、図18に示すように、膜側部と保持部材との間に空隙(図18中参照番号14)が生じる場合があるが、該空隙はできるだけ小さいことが好ましい。
【0066】
膜は面方向に性質の均質なものを用いることも、周辺部の透過性が中央部よりも少ないかないものを用いることもできる。周辺部の透過性が中央部よりも少ないかない膜は面方向の液漏れを抑制する効果があるので好ましい。周辺部の透過性が中央部よりも少ないかない膜は異なる種類の膜材を組み合わせたもの、透過性が異なるように製膜されたもの、もともと面方向に均質であった膜が物理的、化学的作用によって透過性を減ずるか失ったもの、およびこれらの組み合わせがあるが、これに限定されるものではない。
【0067】
本発明における上流側、あるいは下流側とは、膜内を透過する流体や成分の移動方向から見て、上流側、あるいは下流側と規定される。液体のろ過や単純な透析にあっては原液側を上流側、ろ液側を下流側と呼ぶ。これ以外の流体や分離モードについてもこれに準ずる。ただし、透析や反応で双方向に流体や成分の移動が生じる場合や、連結していない槽が3つ以上存在して機能する場合は、透過する流体や成分の一つに着目するなどにより、個々の時点における上流側を仮に設定するのでも良い。本発明では、上流側と下流側の槽は膜から見て同じ側の基材に形成され、流体や成分の流れの向きを除き、等価に規定されているからである。
【0068】
本発明における基材に形成された槽として用いる凹部とは、接合後に流体を導入することになる空間を形成する凹部のうち、膜を配置する位置にあり、かつ屈曲させるか、あるいは凹部が同一面の他の凹部と比べて幅広か深い部分を指す。たとえば非特許文献5、6では膜分離が同一面の他の凹部と比べで同一の形状である凹部に膜が配置されており、本発明においても同様の流路パターンを用いることができる。しかし、積極的に槽として用いる場合には、膜分離は膜面で起こるため、分離に十分な膜面積を得るために、膜分離の上流側槽、および下流側槽部分の面方向パターンは、そのマイクロ化学チップに特徴的な流路の幅よりも幅広であるか、流路を折り返すことによって広い膜分離領域を形成するように設計することが好ましい。たとえば図2の様態をなす。すなわち、図2は、基材の面に垂直な方向から見た場合の、膜パターンの形状を示しており(凹部の形状も同じ)、図2中の3つの図(ハッチングを付されたもの)が、それぞれ異なる形状の凹部を示している。図2の左側の図は、線形の流路の端部に大きな円形の凹部が形成されたものであり、この円形の凹部が槽として機能する。すなわち、この例は、槽として機能する凹部が流路の幅よりも幅広である例である。図2の中央及び右側の図は、流路として機能する凹部を、折り畳んだ線形状で構成した例であり、中央の流路形状7は櫛形、右側の流路形状8は単純な折り畳み形状である。
【0069】
本発明において、上流側、あるいは下流側の槽と接する膜パターンとは、接合した膜のうちで槽の内表面をなしている部分の形状を指す。これは多くの場合ほぼ、槽として用いる凹部のパターンであるが、凹部側壁形状、接合前後の変形を考慮して厳密に言えば、槽の接合面部分である、接合した膜のうちで槽の内表面をなしている部分の形状である。本発明の実施において、槽と膜との間の膜透過成分の移動は該パターンを通過して起こる。
【0070】
本発明において凹部の側壁をなす形状は、垂直であってもテーパーを有していてもよい。鋳型を用いた成型法ではテーパーを有していることが、鋳型の成形工程および鋳型からの抜き工程で容易になるので好ましい。エッチング手法による場合も側壁に傾斜がつくことが多いが、これらの構造は、本発明における膜の性能に直接影響を与えないので作製工程上の容易な方法を採ることが好ましい。また、特に上流側と下流側の槽を近接させて作成する場合上流側の槽と下流側の槽を隔てる壁構造の強度維持にはテーパーがついていることが好ましい。
【0071】
本発明において、上流側、および下流側の槽として用いる凹部のパターンの距離は、好ましくは1マイクロメートル以上、100ミリメートル以下である。1マイクロメートルを下回ると2つの槽を隔てる壁構造の形成が困難になるからで、100ミリメートルを上回ると、マイクロ化学チップとしてのサイズに収めることができないからである。より好ましくは、対象とする流体あるいは成分の透過度を、膜の面方向と、面に垂直な方向について調べ、用いる膜の厚さと、膜の面方向の単位断面積あたりの透過度との積を、膜の面に垂直な方向の単位面積あたりの透過度で割った値の10倍以下である。これによって、膜を貫通する方向に透過させる方法で実施可能な透過を面方向に起こすことができるからである。より好ましくは、膜の厚さよりも短いことである。多くの膜は面に垂直な方向と面方向で同程度の透過度を示し、その場合上流側と下流側との槽の距離を膜厚よりも短くすることで、薄膜化と同様の効果を期待できるからである。
【0072】
本発明において、上流側、および下流側の槽と接する膜パターンは、図3に例示するように双方のパターンの相対する端部が、ほぼ等しい距離に配置されていることが好ましい。すなわち、図3は、膜パターンを面方向に垂直な方向から見た図であり、9が上流側の槽と接する膜パターン、10が下流側の槽と接する膜パターンである。パターン間の距離dが、位置によって異なることなく、ほぼ一定になっている。なお、このdが、膜厚よりも小さい場合には、前段落の最後の部分で説明したとおり、薄膜化と同様の効果を期待できる。
【0073】
本発明においてかみ合わせた櫛形とは、図4に例示するように、上流側と下流側の槽となる凹部パターンがいずれも櫛形であり、櫛の歯が双方の槽のパターンで並列する形状を指す。すなわち、図4も図3と同様、膜パターンを面方向に垂直な方向から見た図であり、9が上流側の槽と接する膜パターン、10が下流側の槽と接する膜パターンである。このような形状を採用することにより、分離に供される領域の面積が増大し、分離性能の向上又はデバイスの微小化を図ることができる。この場合も、パターン間の距離を膜厚よりも小さくすることにより、薄膜化と同様の効果を期待できる。
【0074】
折り畳んだ線形状とは、他の流路を形成することとなる線形状パターンと同等の線幅を有し、図2の7、8、あるいは図5に例示するように、単純な折り畳み、らせん、櫛型、あるいはこれらの組み合わせによって、流路幅よりも有意に幅広な領域を線形状によって網羅する形状を指す。好ましくは単純な折り畳み、あるいは櫛型であり、より好ましくは、デッドエンド型にあっては櫛形あるいは櫛形構造に見られる分岐構造をより多重に有する形状、セグメントを形成する試料を用いるフロースルー型にあっては分岐構造のない単純折り畳み型あるいはらせん型である。櫛形は他の形状に比べより圧力損失が小さく、単純折り畳み型およびらせん型は分岐構造がないため試料の流れ方向分散を抑制できるからである。
【0075】
本発明の実施において、膜透過の経路は、図1に示すように、一方の基材に形成された上流側となる凹部から膜内に移動し、次に膜内を面方向に移動し、最後に膜内から同一基材に形成された下流側となる凹部へ移動することによって完結する。すなわち、図1は、側面方向から見たデバイスの断面図の流路付近の拡大図であり、1が上部基材、5が下部基材、4が分離膜、2が上流側の槽となる凹部、3が下流側の槽となる凹部である。流体は、上流側の凹部2から、白抜きの矢印で示すように、分離膜4の膜内を面方向(図の横方向(水平方向)、すなわち、3つの白抜き矢印のうちの中央の白抜き矢印が示す方向が面方向)に移動して下流側の凹部3に至る。ただし、透析などの膜透過現象において双方向の移動が同時に起こることを否定するものではない。この経路は図6に示す、膜を単純に挟み込む公知の方式(たとえば特許文献4、非特許文献5、6)でおこる膜透過経路とは、膜から出る側が、入る側の反対側か同じ側かということで異なる。また、図7に示す、形成後のマイクロ流路中で膜を形成する公知の方式(たとえば特許文献3、非特許文献3、4)による膜デバイスでの膜透過経路とは、膜が流路と同一面領域に形成されているか否かということで異なる。また、いずれの既往の膜デバイス利用方法においても膜透過は膜に入る方向と出る方向が同じ向きであるが、本発明においては逆向きであることが異なる。
【0076】
このように本発明では膜内における面方向透過を必須とするので、本発明では面方向に透過性を有する膜を利用する。ただし、図8に示すように、面方向に透過性を持たない膜11と、面方向に透過性を有する膜12を重ね合わせて用いることもできる。この場合、面方向に透過性を持たない膜11は、上流、および下流側となる凹部2、3が形成された基材1側に配置されることが好ましい。
【0077】
本発明の実施において、透析を行う場合は、上流側、下流側のいずれか一方の槽内に流体を、連続的、あるいは断続的に流すことが好ましい。流れによって初期状態の流体が送り込まれ、透析の効率を向上させるからである。より好ましくは両方の槽において、連続的、あるいは断続的な流れを形成する。さらにより好ましくは上流側の槽の一部の、上流側における流れの上流側となる部分からみてより近い位置にある下流側の槽の部分が、下流側における流れのより下流となる流し方である。図9に示す並走する折り畳み線形状流路パターンにおいては、向流方式を採用することが好ましい。
【実施例1】
【0078】
マイクロ化学チップの厚膜フォトレジストを用いたポリジメチルシロキサン(PDMS)チップ作製法として一般的な方法に従って、PDMSチップを作製した。図10は作製した膜デバイスのフォトマスクパターンである。PDMSでパターンを転写した後、流路の端部に直径2mmの貫通穴をあけた。この貫通穴の位置にあわせて、2mm径の軸付き砥石を装着したフライス加工機でスライドガラスに貫通穴を開けた。厚さ0.2mm、34×25mm角の片面鏡面研磨したステンレス板によって、厚さ1mm、50×40mmのポリメチルメタクリレート(PMMA)板をホットプレス加工して、板の中央部に凹部を設けた。33×24mm角に切り分けたろ過膜(GHポリプロ、膜厚約110μm、ポール社)の周囲に極微量の塩化メチレンを接触させ膜周囲をつぶした。33×24mm角に切り分けたアルミホイル5〜10枚を適宜、該凹部に置き、さらに切り分けたろ過膜をおいた。下から順に、専用ホルダー下板、凹部を設けたPMMA板、アルミホイル、膜、PDMSチップ、スライドガラス、専用ホルダー上板となるように重ね合わせ、ネジ締めし、PEEK製チューブを接続した。試料排出口をシリンジポンプ(モデル210、KDサイエンティフィック社)に接続し、試料導入口側のPEEKチューブを直径2マイクロメートルの蛍光ビーズ(インビトロジェン社)のけん濁液溜めに挿しておき、吸引モードで送液した。一定量の吸引後膜チップを実体蛍光顕微鏡(SZX、オリンパス社)にて観察したところ、膜の上流側のみに蛍光ビーズが確認でき、良好にろ過を行うことができることを確認した。
【実施例2】
【0079】
図12に示すパターンを用いて、直径1mmのエンドミルを用いたフライス加工により、PMMA板に深さ約0.5mmの溝(凹部)形状を作製し、端部の一部に貫通穴をドリル加工した。GHポリプロ膜(商品名、親水性ポリプロピレン製、ポア径0.45μm、ポール社)を適切な大きさに切り分けた後、溝加工したPMMA板と別のPMMA板とで挟み、ホットプレスでシールした。本チップ専用に2枚の10mm厚のポリカーボネートを加工した押さえつけ型のマイクロ化学チップホルダーを作製した。重ね合わせたマイクロ化学チップを該ホルダーに配置し、ホルダー四隅のねじにより適切に締め付けた。実施例1と同様の手法でPEEK(ポリエーテルエーテルケトン)製の1/16インチ径チューブ(ジーエルサイエンス社)を、フランジレスコネクター(アップチャーチ社)によって接続した。シリンジポンプ(モデル210、KDサイエンティフィック社)、1mLルアーロック型ガスタイトマイクロシリンジ(ハミルトン社)、ルアーロック付きアダプター(ジーエルサイエンス社)、PEEKユニオン(ジーエルサイエンス社)、サンプルインジェクター(モデル7725、あるいは7520、レオダイン社)、PEEK製シャットオフバルブ(アップチャーチ社)を用いて接続した。
【0080】
構築したフローシステムで通水試験を行ったところ、3mL/minの流速でも液漏れすることはなかった。このときチップにかかった圧力差は200kPa以下であった。
【実施例3】
【0081】
図11に示すパターンを用いて、実施例1と同様にフォトレジストSU−8(商品名、日本化薬社製)による鋳型構造をシリコンウエハ上に作製した。この鋳型を用いてPMMA板をホットエンボス加工し、溝構造を得て、端部の一部に貫通穴をドリル加工した。このチップに対するチップホルダーおよびフローシステムは実施例2と同じものを用いた。
【0082】
構築したフローシステムで通水試験を行ったところ、3mL/minの流速でも液漏れすることはなかった。このときチップにかかった圧力差は200kPa以下であった。このときの流速と圧力の関係を図13に示す。
【0083】
槽の距離が1mmとなる実施例2のデバイスと、500μmのかみ合わせた実施例3の櫛型デバイスとを比較した結果、実施例3が好ましいデバイスであることがわかった。すなわち、図13に示すように、実施例3のデバイスのほうが同じ流速時に低い圧力示した。またこの圧力は膜の通水性から考えられる値よりもはるかに高い通水性を示していた。これは膜がホットプレス時に物性変化を起こしたか、デバイス内部での液漏れを示唆する。そこで走査型電子顕微鏡で断面観察を行ったところ、もともと114μmの膜厚のGHポリプロ(商品名)が40μmまでつぶれており、しかしなお多孔質性を保っていた。PMMA基板との接合面は均質で不可逆な接着を示しており、膜とPMMA板との間の液漏れは考えにくい。また、膜端部は膜のつぶれとPMMAの回り込みによってギャップが埋められており、この位置での液漏れも考えにくい状況である。すなわち高い流速は加熱・加圧に伴う膜の物性変化に起因すると考えられる。溝構造部分では膜がつぶれないため溝が膜によって埋められる傾向にあった(図14)。このため溝をつぶしてしまわないようにするためには、溝が膜のつぶれ分よりも深いか、高いアスペクト比であることが好ましいことがわかる。溝構造でない側のPMMA板に段差構造を設けたデバイスを作製し断面観察したところ、段差構造付与によりこの食い込み現象を緩和できることがわかった。
【0084】
図15は500μm幅の溝を有するデバイスに対して直径2μmの蛍光ビーズけん濁液をインジェクションしてろ過したときの、ろ過後のデバイスの蛍光実体顕微鏡写真である。インジェクションされたビーズは上流側の膜上ですべてトラップされており、下流側へのリークは観察されなかった。写真では下流側の槽がやや明るく光っているが、これは散乱によるものであり、拡大観察で視認できる個々のビーズは下流側の槽にはなかった。ビーズは流路のエッジ部分のみならず溝の中央にもトラップされており、この大きさにおいて、膜面が有効に用いられうることを示しているが、何本かある櫛の内の、中央の1本のみでほとんどのビーズがろ過されていることから、パターンを再検討する必要性が考えられる。これらの現象は総合的に、提案したユニラテラル型のろ過の実施可能性を示していると考えられる。
【実施例4】
【0085】
図16に示す流路パターンで実施例3と同様にPMMA板を加工し、膜としてGHポリプロ(商品名)の他、ろ紙(No.2、アドバンテック社)、再生セルロース製の限外ろ過膜で非対称膜であるYM10(ミリポア社)、再生セルロース製の透析膜であるポー(スペクトラム社)、あるいは精密ろ過膜であるアイソポア(ミリポア社)を用いたデバイスを作製した。YM10については緻密面が流路と接する向きで配置した。一方の流路に、蛍光ビーズ(モレキュラープローブス社)をけん濁させた水を流速10μL/minで通液し、流路を蛍光顕微鏡で観察したところ、いずれの膜でも当該流路のみでのビーズの移動が確認され、デバイス外への液漏れは見られなかった。当該流路出口に設置したシャットオフバルブを閉じたところ、ろ紙、およびGHポリプロ(商品名)では他方の流路への通液が起こり、液漏れは見られなかった。
【0086】
両方の流路に対して、並走流路で同方向、あるいは逆方向となるように水を流速10μL/minで通液しながらサンプルインジェクターから緑色蛍光タンパク質(Green Fluorescent Protein、GFP)、あるいはフルオレセイン標識デキストランの水溶液を導入し、蛍光顕微鏡で観察したところ、ろ紙、GHポリプロ(商品名)では他方の流路でも蛍光を確認することができたが、YM10、アイソポア(商品名)、およびポーでは他方の流路での蛍光は確認されなかった。他方の流路の排出液を回収し蛍光光度計でも測定したところ、検出限界以下であった。しかしYM10について、新たに裏表を逆に配置したデバイスでは、フルオレセイン標識デキストランが他方の流路に漏れ出しているのが確認できた。
【0087】
さらに同様の試験を、GFPとローダミンとの混合溶液を導入することで試験したところ、ろ紙、GHポリプロ(商品名)では他方の流路でもGFPおよびローダミン、双方の蛍光を確認することができたが、YM10、およびポーでは他方の流路においてGFPの蛍光が見られず、ローダミンの蛍光だけが確認できた。アイソポア(商品名)ではいずれのいずれも確認できなかった。さらに、YM10を用いたデバイスで、並走流路の同方向、逆方向でのローダミン量を原液側、ろ液側それぞれで、充分量の排出液を回収して蛍光光度計を用いて確認したところ、導入量との比率で、同方向では原液側流路が約80%、ろ液側流路が約20%であったのに対し、逆方向では原液側60%、ろ液側40%であった。この結果から、逆方向を採用するほうが透析効率が高いことがわかった。
【実施例5】
【0088】
実施例4のGHポリプロ(商品名)を用いたチップおよびフローシステムで、一方の流路にシリンジポンプでpH指示薬であるフェノールフタレイン溶液を10μL/minで通液しながら、他方を3方コネクターとストップバルブを介して、2つの10mLガスタイトシリンジに接続しておき、一方に充填した空気を0.1mL/minで流した。溶液を実体顕微鏡で観察し、空気も流しながら、もう一方のシリンジ側のストップバルブをあけ、該シリンジの手押し操作により、充填しておいたアンモニアガスを流し込んだところ、アンモニアガス導入のつど、液体側が赤色を呈するのを確認した。
【実施例6】
【0089】
実施例3と同様のチップで、プレス用ステンレス板を厚さ0.4mmとし、膜をGHポリプロ(商品名)から、ろ紙とアイソポア(商品名)を重ねたものに変えて、アイソポア(商品名)側が流路に接するように配置したところ、膜の圧力損失は大きくなるものの、蛍光ビーズのろ過を確認することができた。
【実施例7】
【0090】
両面テープに直径15mmの穴を開け、セルロースアセテートタイプメンブレンフィルター(アドバンテック社)に貼り付けた。市販のろ過キットを用いてドライイースト(スーパーカメリア、日清製粉)のけん濁液をろ過した。速やかに、両面テープのもう一方の面にアイソポア(商品名)を貼り付け、33×24mm角に切り分けた。この膜を実施例4と同様のチップに組み込み、緩衝液1リットルにブドウ糖1gを溶かした溶液の約1mLを、脱気した後、シリンジポンプによって1μL/minで送液した。回収した液を新たなセルロースアセテートタイプメンブレンフィルターでろ過した膜を電子顕微鏡で観察したところ、酵母の存在を確認することができなかった。すなわち通液操作によって、膜中の酵母が回収液中に漏れだしていなかったことがわかった。また、回収液を酵素法によって調べたところ、アルコール生成を確認することができた。このように、膜上に保持した触媒により、作製した膜デバイスを用いて反応することができた。
【実施例8】
【0091】
30×70mm、厚さ0.7mmのパイレックス(登録商標)ガラスに、図9に示すかみ合わせた櫛形パターンの溝加工を行った。溝幅は約500μm、深さ約100μm、隣り合う溝同士がつくるギャップは約100μmとした。シリコンウエハーにスピンコートしたPDMSプレポリマー上に溝面側が接するように静置した後、静かに剥がした。これにより板の溝面側の溝内面以外に薄くPDMSプレポリマーを塗布した。別のパイレックス(登録商標)ガラス板にエンドミル加工により深さ約300μm、直径約26mmの凹部を加工した。しわが入らないように注意しながら切り取ったアルミホイル、および別途用意した約100μm厚のPDMSフィルムの直径25mmに切ったものを該凹部に敷き、直径25mmのGHポリプロ(商品名)を切り取って該凹部に置き、専用ホルダーで挟み込み、室温で1昼夜静置した。実施例3と同様のフローシステムを構築し、GHポリプロ(商品名)を挟み込んだ蛍光ビーズの通液を行ったところ、押し出しモードでも吸引モードでも漏れを起こさず通液ができ、蛍光ビーズのろ過を確認することができた。
【図面の簡単な説明】
【0092】
【図1】実施例1および2で作製した膜デバイスの断面模式図の流路付近拡大図と流体の浸透方向を示す図である。
【図2】基材表面に垂直な方向から見た場合の、槽と接する膜パターンの例(凹部の形状も同じ)を示す図である。
【図3】基材表面に垂直な方向から見た場合の、相対する端部が、ほぼ等しい距離に配置されている上流、および下流の槽と接する膜パターンの例を示す図である。
【図4】基材表面に垂直な方向から見た場合の、膜パターンの形状が、かみ合わせた櫛形の例を示す図である。
【図5】基材表面に垂直な方向から見た場合の、膜パターンの形状が、らせん型の例を示す図である。
【図6】公知の典型的な挟み込み型膜デバイスの断面図の流路付近拡大図と浸透方向を示す図である。
【図7】公知の典型的な形成後のマイクロ流路中で膜を形成する方式の膜デバイスの断面図の流路付近拡大図と浸透方向を示す図である。
【図8】面方向に透過性を持たない膜と、面方向に透過性を有する膜を重ね合わせて用いた膜デバイスの断面図の流路付近拡大図と浸透方向を示す図である。
【図9】基材表面に垂直な方向から見た場合の、並走する折り畳み線形状流路パターンとそれを用いた向流の送液方向を示す図である。
【図10】実施例1で作製したPDMS製チップの凹部パターンを示す図である。
【図11】実施例3で作製したPMMA製チップの凹部パターンを示す図である。
【図12】実施例2で作製したPMMA製チップの凹部パターンを示す図である。
【図13】実施例3で作製したデバイスに対する通水試験での水量と圧力の関係を示す図である。
【図14】実施例3で作製したデバイスの断面の走査型電子顕微鏡写真である。
【図15】実施例3で作製したデバイスによるろ過試験後の蛍光顕微鏡写真である。
【図16】実施例4で作製したPMMA製チップの凹部パターンを示す図である。
【図17】保持部材を具備する本発明の膜デバイスの1例の模式的分解斜視図である。
【図18】図17に示す膜デバイスの模式断面図である。
【符号の説明】
【0093】
1 上部基材
2 上流側凹部
3 下流側凹部
4 分離膜
5 下部基材
6 膜透過性流体あるいは成分の浸透方向
7 櫛形の凹部
8 折り畳んだ線形状の凹部
9 上流側の槽と接する膜パターン
10 下流側の槽と接する膜パターン
11 面方向に透過性を持たない膜
12 面方向に透過性を有する膜
13 保持部材
14 膜側部と保持部材との間に生じる空隙

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも1枚に凹部が形成された複数の基材で分離膜を挟み込むように接合して得られる膜デバイスであって、上流側と下流側の槽となる凹部が同一基材に形成されており、前記分離膜は、その内部を流体が面方向に移動することが可能であり、該流体が前記膜内を面方向に移動することにより前記上流側の凹部と前記下流側の凹部との間を前記流体が移動することを特徴とする膜デバイス。
【請求項2】
前記分離膜が非対称膜であって、その緻密な側の面が前記凹部パターンに接するように配置されることを特徴とする請求項1に記載の膜デバイス。
【請求項3】
前記分離膜に2枚以上の分離膜を重ねて配置する請求項1または2に記載の膜デバイス。
【請求項4】
前記分離膜が周辺部で透過性が中央部よりも少ないか、ないことを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の膜デバイス。
【請求項5】
前記分離膜が周囲を保持部材によって保持されており、少なくとも膜側部近傍で該分離膜と該保持部材が同じ厚みであるか、該分離膜が周囲と一方の面で、前記基材の一つによって保持され、少なくとも膜側部近傍で該分離膜と該基材が同一面であることを特徴とする請求項1から4いずれかに記載の膜デバイス。
【請求項6】
上流側および下流側の槽となる前記凹部パターンは、その一部で挟み込む分離膜の厚さよりも近接していることを特徴とする請求項1から5いずれかに記載の膜デバイス。
【請求項7】
前記凹部パターンがかみ合わせた櫛形であることを特徴とする請求項1から6いずれかに記載の膜デバイス。
【請求項8】
少なくとも一方の前記凹部パターンが折り畳んだ線形状であることを特徴とする請求項1から7いずれかに記載の膜デバイス。
【請求項9】
請求項1から8いずれかに記載の膜デバイスの利用法であって、前記凹部の少なくとも一方に流体を充填し、流体成分の全部または一部が分離膜内に入った後、該膜内を面方向に移動して、近接した別の凹部内へ移動することを特徴とする膜デバイスの利用法。
【請求項10】
少なくとも一方の流体が気体であることを特徴とする請求項9に記載の膜デバイスの利用法。
【請求項11】
分離膜上に保持された成分あるいは部材、あるいは複数の凹部のいずれかに充填された流体、あるいは凹部表面に吸着、固定された成分あるいは部材のいずれか2つ以上の組み合わせによって、反応、培養、濃縮及び/又は希釈を行う請求項9または10に記載の膜デバイスの利用法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図14】
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【図15】
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【公開番号】特開2006−95515(P2006−95515A)
【公開日】平成18年4月13日(2006.4.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−248325(P2005−248325)
【出願日】平成17年8月29日(2005.8.29)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国等の委託研究の成果に係る特許出願(平成15年度新エネルギー・産業技術総合開発機構、「革新的部材産業創出プログラム『マイクロ分析・生産システム』プロジェクト」委託研究、産業活力再生特別措置法第30条の適用を受けるもの)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【出願人】(591243103)財団法人神奈川科学技術アカデミー (271)
【Fターム(参考)】