説明

自動車等の動力伝達装置

【課題】自動車等の動力伝達装置において、潤滑油の温度が低い場合に潤滑油を撹拌するのに消費されるエネルギ損失を少なくして燃料消費率を減少させる。
【解決手段】動力伝達装置のケーシング10内には、大径の第2歯車28の外周の上縁を過ぎた付近から接線方向に飛散される潤滑油の飛沫と対向する位置に箱状のオイル保持ポケット30を取り付け、その上部31の飛沫を受ける位置にそれを受け入れる開口34を形成し、オイル保持ポケットの底面には受け入れた潤滑油をケーシング内に戻す戻し穴35を形成する。戻し穴の開口面積は、開口からオイル保持ポケット内に入った潤滑油は、潤滑油の温度が低く粘度が大きい状態では相当量がオイル保持ポケット内に滞留されるが、潤滑油の温度が上昇して粘度が低下した状態ではオイル保持ポケット30内に実質的に滞留されなくなるように、設定する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車等における掻き上げ潤滑式の動力伝達装置、特に潤滑油の撹拌によるエネルギ損失を減少させるようにした自動車等の動力伝達装置に関する。
【背景技術】
【0002】
この種の自動車等の動力伝達装置には、例えば特許文献1において従来技術として開示されたものがある。これは図1〜3に示す本発明の実施形態からオイル保持ポケット30を除いたものであり、底部に潤滑油が収容されたケーシング10と、このケーシング10に回転自在に支持されて互いに噛合する小径の第1歯車27及び大径の第2歯車28を備えており、両歯車27,28が回転しない状態では第2歯車28の下部は潤滑油内に浸っており、両歯車27,28が回転すれば第2歯車28が潤滑油を掻き上げてケーシング10内に飛散させて両歯車27,28などの潤滑を行うようにしたものである。
【0003】
この従来技術では、動力伝達装置はケーシング10内に設けられた変速歯車機構20と差動装置25よりなり、第1歯車27は変速歯車機構20のカウンタシャフト22に設けられた減速小歯車であり、第2歯車28は差動装置25のハウジング25aに設けられた減速大歯車である。この従来技術では、両歯車27,28が回転すれば減速大歯車28が潤滑油を掻き上げて、矢印aに示すように減速大歯車28の接線方向に飛散させ、この飛散された潤滑油により両歯車27,28及び変速歯車機構20の各歯車の噛合部を潤滑するようになっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−162039号公報(段落〔0002〕、図5、図6)。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ケーシング10内の潤滑油の温度は動力伝達装置の作動開始直後は低いが、時間の経過に伴い次第に上昇してある時間を経過すればほゞ一定となり、潤滑油の粘度は温度により大幅に変動する。上述した従来技術では、動力伝達装置の作動開始後相当時間を経過し潤滑油の温度が上昇して一定の温度となった後では潤滑油の粘度が減少してそれによる抵抗が減少するので減速大歯車28が潤滑油を撹拌するのに消費されるエネルギ損失は小さい。しかしながら動力伝達装置の作動開始直後で前記潤滑油の温度が低い状態では潤滑油の粘度が高く、それによる粘性抵抗が大きいので減速大歯車28が潤滑油を撹拌するために消費されるエネルギ損失は大きくなり、このため車両等の燃料消費率が増大するという問題がある。この問題は動力伝達装置の温度が低下する寒冷時などに特に大きくなる。本発明はこのような問題を解決することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
このために、本発明による自動車等の動力伝達装置は、底部に潤滑油が収容されたケーシングと、それぞれこのケーシングに回転自在に支持されて互いに噛合する小径の第1歯車及び大径の第2歯車を備え、この両歯車が回転しない状態では第2歯車の下部は潤滑油内に浸っており、両歯車が回転すれば第2歯車はその下縁付近において潤滑油を掻き上げ回転に伴いその外周から接線方向にケーシング内に飛散させて両歯車の潤滑を行うようにした自動車等の動力伝達装置において、ケーシング内には第2歯車の外周の上縁を過ぎた付近から接線方向に飛散される潤滑油の飛沫と対向する位置に箱状のオイル保持ポケットを取り付け、このオイル保持ポケットにはその上部の飛沫を受ける位置にその飛沫を受け入れる開口を形成し、オイル保持ポケットの底面には受け入れた潤滑油をケーシング内に戻す戻し穴を形成し、開口からオイル保持ポケット内に入った潤滑油は、動力伝達装置の作動開始直後で潤滑油の温度が低く粘度が大きい状態では相当量がオイル保持ポケット内に滞留されるが、動力伝達装置の作動開始後相当時間を経過し潤滑油の温度が上昇して粘度が低下した状態ではオイル保持ポケット内に実質的に滞留されなくなるように、戻し穴の開口面積を設定したことを特徴とするものである。
【0007】
前項に記載の自動車等の動力伝達装置において、動力伝達装置はケーシング内に設けられた変速歯車機構と差動装置よりなるものとし、第1歯車は変速歯車機構のカウンタシャフトに設けられた減速小歯車とし、第2歯車は差動装置のハウジングに設けられた減速大歯車とするのがよい。
【0008】
前2項に記載された自動車等の動力伝達装置において、オイル保持ポケットの上部は第2歯車側に突出させてその先端に開口を形成し、上部の開口の上縁と下縁にそれぞれ続く上板と下板はこの開口から離れるにつれて高さが低くなるように傾斜させることが好ましい。
【0009】
前項に記載された自動車等の動力伝達装置において、変速歯車機構のインプットシャフトとそれよりも差動装置側に配置したカウンタシャフトはほゞ同じ高さに配置し、オイル保持ポケットは、その上部を両シャフトより上側に配置するとともに、両シャフトより下側に配置した下部と、インプットシャフトに対しカウンタシャフトと反対側に配置されて上部と下部を連通する連結部をさらに備えたものとすることが好ましい。
【0010】
前項に記載された自動車等の動力伝達装置において、変速歯車機構は最低速段歯車列を減速小歯車側に配置し、最低速段歯車列の駆動側歯車はインプットシャフトに固定し、最低速段歯車列の従動側歯車はカウンタシャフトに回転自在に設けるとともに変速切換クラッチを介してカウンタシャフトに選択的に連結し、オイル保持ポケットの下部はオイル保持ポケットの上部及び連結部よりも変速歯車機構側に突出させることが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
第2歯車によりケーシングの底部から掻き上げられた潤滑油は第2歯車の外周から接線方向に飛散され、その飛散量は第2歯車の外周がケーシングの底部の潤滑油から離れた直後の位置では多いが第2歯車の回転方向後向きに進むにつれて次第に減少する。動力伝達装置の作動開始直後の状態では、潤滑油の温度が低く粘度が大きいので掻き上げられた潤滑油の第2歯車に対する粘着力は大きく、また第2歯車の回転速度も比較的低い範囲にあって遠心力も小さいので、第2歯車から接線方向に飛散される潤滑油の量が回転方向後向きに進むにつれて減少する程度は小さく、第2歯車の上縁付近を過ぎても相当程度は残されている。これに対し動力伝達装置の作動開始後相当時間を経過した状態では、潤滑油の温度が上昇して粘度が低下するので掻き上げられた潤滑油の第2歯車に対する粘着力は小さくなり、また第2歯車の回転速度も比較的高速となり遠心力も大きくなるので、第2歯車から接線方向に飛散される潤滑油の量が回転方向後向きに進むにつれて減少する程度は大きく、第2歯車の上縁付近を過ぎればかなり減少したものとなる。
【0012】
本発明の請求項1の発明では、ケーシング内には第2歯車の外周の上縁を過ぎた付近から接線方向に飛散される潤滑油の飛沫と対向する位置に箱状のオイル保持ポケットを取り付け、このオイル保持ポケットにはその上部の飛沫を受ける位置にその飛沫を受け入れる開口を形成し、オイル保持ポケットの底面には受け入れた潤滑油をケーシング内に戻す戻し穴を形成し、開口からオイル保持ポケット内に入った潤滑油は、動力伝達装置の作動開始直後で潤滑油の温度が低く粘度が大きい状態では相当量がオイル保持ポケット内に滞留されるが、動力伝達装置の作動開始後相当時間を経過し潤滑油の温度が上昇して粘度が低下した状態ではオイル保持ポケット内に実質的に滞留されなくなるように、戻し穴の開口面積を設定している。従って動力伝達装置の作動開始直後で潤滑油の温度が低く粘度が大きい状態では、前述のように第2歯車から接線方向に飛散される潤滑油の量は回転方向後向きに進むにつれて減少する程度は小さく、第2歯車の上縁付近を過ぎても相当程度は残されているので開口からオイル保持ポケット内に入る単位時間当たりの潤滑油の量は比較的多くなり、またこの状態では上述のように開口からオイル保持ポケット内に入った潤滑油は相当量の潤滑油がオイル保持ポケット内に滞留されるように戻し穴の開口面積は設定されているので、オイル保持ポケット内に滞留される分だけケーシング内の潤滑油の液面は低下する。すなわちこの潤滑油の温度が低く粘度が大きい状態ではケーシング内の潤滑油の液面は低下するので、潤滑油の粘度が大きくても第2歯車が潤滑油を撹拌するために消費されるエネルギ損失はそれほどは増大せず、従って車両等の燃料消費率が増大することはなくなる。これに対し動力伝達装置の作動開始後相当時間を経過し潤滑油の温度が上昇して粘度が低下した状態では、前述のように第2歯車から接線方向に飛散される潤滑油の量が回転方向後向きに進むにつれての減少する程度は大きく、第2歯車の上縁付近を過ぎればかなり減少するので開口からオイル保持ポケット内に入る単位時間当たりの潤滑油の量は減少し、またこの状態では上述のように開口からオイル保持ポケット内に入った潤滑油がオイル保持ポケット内に実質的に滞留されなくなるように戻し穴の開口面積は設定されているので、ケーシング内の潤滑油の液面が低下することはない。すなわちこの温度が上昇して粘度が低下した状態では第2歯車の回転速度は比較的高速となるがケーシング内の潤滑油の液面が低下することはないので潤滑不足を生じることはなく、また潤滑油の温度の上昇により粘度が低下するので、第2歯車が潤滑油を撹拌するために消費されるエネルギ損失はそれほどは増大することはない。
【0013】
動力伝達装置はケーシング内に設けられた変速歯車機構と差動装置よりなるものとし、第1歯車は変速歯車機構のカウンタシャフトに設けられた減速小歯車とし、第2歯車は差動装置のハウジングに設けられた減速大歯車とした請求項2の発明によれば、大径の第2歯車により飛散される潤滑油により、変速歯車機構の潤滑も行うことができるので変速歯車機構の潤滑構造を簡略化することができる。
【0014】
オイル保持ポケットの上部は第2歯車側に突出させてその先端に開口を形成し、上部の開口の上縁と下縁にそれぞれ続く上板と下板はこの開口から離れるにつれて高さが低くなるように傾斜させた請求項3の発明によれば、オイル保持ポケットの開口の上縁と下縁に続く上板と下板の傾斜を第2歯車から接線方向に飛散される潤滑油の向きに接近させることができ、これにより動力伝達装置の作動開始直後の潤滑油の温度が低く粘度が大きい状態と作動開始後相当時間を経過して潤滑油の温度が上昇して粘度が小さくなった状態の何れにおいてもオイル保持ポケット内への第2歯車から飛散される潤滑油の取り込みを効率よく行うことができ、また開口からオイル保持ポケット内に入った潤滑油が開口からケーシング内に戻されるおそれはないので、潤滑油の温度に応じたケーシング内の潤滑油の液面の高さの調整を確実に行うことができる。
【0015】
変速歯車機構のインプットシャフトとそれよりも差動装置側に配置したカウンタシャフトはほゞ同じ高さに配置し、オイル保持ポケットは、その上部を両シャフトより上側に配置するとともに、両シャフトより下側に配置した下部と、インプットシャフトに対しカウンタシャフトと反対側に配置されて上部と下部を連通する連結部をさらに備えたものとした請求項4の発明によれば、オイル保持ポケットを変速歯車機構のインプットシャフトの上側及び下側となる上部と下部に分離してインプットシャフトに対しカウンタシャフトと反対側に配置した連結部により連結したので、変速歯車機構が設けられたケーシング内に残された空間の形状が複雑な場合であっても、それを利用して相当な容積のオイル保持ポケットを形成することができる。
【0016】
変速歯車機構は最低速段歯車列を減速小歯車側に配置し、最低速段歯車列の駆動側歯車はインプットシャフトに固定し、最低速段歯車列の従動側歯車はカウンタシャフトに回転自在に設けるとともに変速切換クラッチを介してカウンタシャフトに選択的に連結し、オイル保持ポケットの下部はオイル保持ポケットの上部及び連結部よりも変速歯車機構側に突出させた請求項5の発明によれば、オイル保持ポケットの容積をさらに拡大させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】本発明による自動車等の動力伝達装置の一実施形態の、図2の1−1線に沿った側断面図である。
【図2】図1の2−2断面図である。
【図3】図1の3−3断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に、図1〜図3により、本発明による自動車等の動力伝達装置の説明をする。この実施形態による自動車等の動力伝達装置は、ケーシング10と、その内部に収容された変速歯車機構20、差動装置25及びオイル保持ポケット30により構成されている。
【0019】
ケーシング10は、図1〜図3に示すように、液密に接合分離可能に分割されて複数のボルト19により一体的に結合固着される第1ケース11及び第2ケース15により構成されている。両ケース11,15の接合部は何れもほゞ一定深さの平坦部12,16であり、第1ケース11の平坦部12の底壁には中央部から一側方に外れた部分に大きく凹んだ変速機収容部13が形成され、第2ケース15の平坦部16の底壁には中央部から他側方に外れた部分に凹んだ差動装置収容部17を形成されている。変速機収容部13は第2ケース15の平坦部16とともに変速歯車機構20を収容する第1室S1を形成し、差動装置収容部17は第1ケース11の平坦部12とともに差動装置25を収納する第2室S2を形成し、この両室S1,S2は互いに一体的に連通されている。
【0020】
第2ケース15には、差動装置収容部17の中央部に差動装置25の一側を回転自在に支持するボス部17aが形成され、またボス部17aと同じ高さのクラッチハウジング18が平坦部16の一側から張り出して形成されている。第1ケース11の平坦部12には、ボス部17aと同軸的に差動装置25の他側を回転自在に支持するボス部12aが形成されている。また第2ケース15の平坦部16には変速機収容部13と対応する位置に、次に述べる変速歯車機構20のインプットシャフト21とカウンタシャフト22を回転自在に支持するボス部16aが形成されている。このケーシング10は、第2ケース15のクラッチハウジング18を介してエンジン(図示省略)に連結される。
【0021】
変速歯車機構20は、主として図1及び図2に示すように、互いに平行に配置されて第2ケース15の平坦部16のボス部16aと第1ケース11の変速機収容部13の底部により回転自在に支持されたインプットシャフト21及びカウンタシャフト22と、この両シャフト21,22の間に設けられた複数の変速歯車列と、この複数組の変速歯車列の何れか1組による両シャフト21,22の間の動力伝達を選択的に行い、また動力伝達を行わないように各歯車と各シャフトの間の連結を制御する複数の変速切換クラッチよりなる周知のものである。インプットシャフト21はボス部16aを貫通してクラッチハウジング18内に延び、クラッチを介してエンジンの出力軸(何れも図示省略)に連結されている。
【0022】
図2及び図3に示すように、変速歯車機構20の出力側であるカウンタシャフト22はインプットシャフト21よりも差動装置25側に配置され、カウンタシャフト22の回転を差動装置25に伝達する小径の減速小歯車(第1歯車)27は、カウンタシャフト22の最もボス部16a側に接近し対置に固定され、各変速歯車列と変速切換クラッチは減速小歯車27よりもボス部16aから離れて設けられている。インプットシャフト21とカウンタシャフト22はほゞ同じ高さに配置されている。変速歯車機構20の最低速段歯車列23a,23bは減速小歯車27側に最も接近して配置し、この最低速段歯車列23a,23bの駆動側歯車23aはインプットシャフト21に固定し、その従動側歯車23bはカウンタシャフト22に回転自在に設けるとともに変速切換クラッチ24を介してカウンタシャフト22に選択的に連結されている。従ってインプットシャフト21及びそれに設けられた部材の径は、図3に示すように、第2ケース15の平坦部16から相当離れる位置まで細くなっている。
【0023】
差動装置25は、ハウジング25a内に差動機構が設けられて両側から出力軸26a,26bが同軸的に突出される周知の構造で、ハウジング25aの両側部は転がり軸受を介して差動装置収容部17と平坦部12の各ボス部17a,12aに回転自在に支持されている。ハウジング25aの外周のフランジ部に同軸的にボルト止め固定された大径の減速大歯車(第2歯車)28は、カウンタシャフト22のボス部16a側端部に固定された減速小歯車27と噛合されている。差動装置25の出力軸26a,26bには、等速ジョイントを介して駆動車輪(いずれも図示省略)が連結されている。
【0024】
ケーシング10の内部に収容されて底部に溜まった潤滑油の液面は、変速歯車機構20及び差動装置25が作動していない状態では、図1及び図3に示すように、実線L1の位置にあり、その高さは径が最も大きい減速大歯車28の下部は潤滑油内に浸っているが、その他の歯車(減速小歯車27及び変速歯車機構20の各歯車)は潤滑油内に浸っていないレベルである。エンジンによりインプットシャフト21が駆動されて変速歯車機構20及び差動装置25が作動すれば、減速大歯車28が回転し潤滑油を撹拌し掻き上げて、図1の矢印aに示すように減速大歯車28の接線方向に飛散させる。この潤滑油は第2室S2内だけでなく第1室S1内にも飛散され、これにより両歯車27,28及び変速歯車機構20の各歯車の噛合部及びシャフトの回転部などを潤滑する。図示は省略したが、必要ならば第1室S1内には各変速歯車の下側を多少の隙間をおいて覆う半円弧状の油溜りを設けて飛散する潤滑油による各変速歯車の潤滑を向上させ、あるいは飛散する潤滑油を受けてシャフトの回転部などに供給する油路を設けて回転部の潤滑を向上させてもよい。このように潤滑油をケーシング10内に飛散させることにより、ケーシング10内の底部で撹拌される潤滑油の平均的液面は破線L2で示すように、実線L1で示す不作動時の液面より多少低くなる。
【0025】
次に本発明の要部であるオイル保持ポケット30の説明をする。オイル保持ポケット30はブロー成形による箱状の樹脂成形品で、図1〜図3に示すように、上部31と下部32とこの両者31,32を一体的に連通する連結部33よりなるものである。上部31は断面が長方形の横長形状で、図1及び2において左側となる一端は開放されて開口34が形成されている。開口34の上縁に続く上部31の上板31aは開口34から離れるにつれて高さが低くなるように傾斜され、下縁に続く下板31bは開口34付近がそれより離れるにつれて高さが低くなるように傾斜されある程度離れてからは水平になっている。下部32は上部31の長さよりも短い四角い箱状で、底面には小さい戻し穴35が形成されている。連結部33は開口34と反対側となる上部31の後部において上部31と下部32を一体的に連結して連通するものであり、連結された状態では、上部31の開口34と反対側となる後端面及び図3における右側面は、下部32の互いに直交するその2つの垂直面と一致し、下部32はインプットシャフト21の外径よりも多少大きい距離だけ上部31から下方に離れている。
【0026】
オイル保持ポケット30は、上部31、下部32及び連結部33の一側面を、第2ケース15の平坦部16の第1ケース11側となる内面に当接し、この一側面に沿って上部31と下部32から突出して一体形成した4個のラグ36及びそれぞれに挿通したボルト37を介して第2ケース15に取り付けられる。この取り付け状態では、オイル保持ポケット30は、減速大歯車28の外周の上縁を過ぎた付近から接線方向に飛散される潤滑油の飛沫と対向する位置となり、開口34は飛散される潤滑油の飛沫を受け入れる。主として図2及び図3に示すように、上部31及び連結部33の横幅は減速小歯車27及び減速大歯車28の横幅よりも大きく、下部32の横幅はそれよりも大で、前述のようにインプットシャフト21及びそれに設けられた部材の径が細い範囲で変速歯車機構20側に延びている。オイル保持ポケット30の上部31の先端の開口34の上下幅は、減速大歯車28の外径の4分の1程度である。開口34からオイル保持ポケット30内に入った潤滑油は、戻し穴35からケーシング10内に戻されるが、この戻し穴35の開口面積については後述する。
【0027】
ケーシング10の底部で減速大歯車28により撹拌されて掻き上げられた潤滑油は、矢印aに示すように減速大歯車28の外周から接線方向に飛散され、その飛散量は減速大歯車28の外周がケーシング10の底部の潤滑油から離れた直後の位置では多いが減速大歯車28の回転方向後向きに進むにつれて次第に減少する。また減速大歯車28はケーシング10内の潤滑油を撹拌することによりエネルギ損失を生じるので、動力伝達装置の作動開始直後には低温であった潤滑油の温度は、作動開始後は次第に温度が上昇し、作動条件に応じたある値に達して飽和されるが、この温度上昇に応じて潤滑油の粘度は低下する。従って動力伝達装置の作動開始直後には、潤滑油の温度が低く粘度が大きいので掻き上げられた潤滑油の減速大歯車28に対する粘着力は大きく、また減速大歯車28の回転速度も比較的低い範囲にあって遠心力も小さく、従って飛散されにくいので、減速大歯車28から接線方向に飛散される潤滑油の量が回転方向後向きに進むにつれて減少する程度は小さく、減速大歯車28の上縁付近を過ぎても相当程度は残されている。
【0028】
これに対し動力伝達装置の作動開始後相当時間を経過した状態では、潤滑油の温度が上昇して粘度が低下するので掻き上げられた潤滑油の減速大歯車28に対する粘着力は小さくなり、また減速大歯車28の回転速度も比較的高速となり遠心力も大きく、従って飛散されやすので、減速大歯車28から接線方向に飛散される潤滑油の量が回転方向後向きに進むにつれて減少する程度は大きく、減速大歯車28の上縁付近を過ぎればかなり減少したものとなる。従って減速大歯車28から接線方向に飛散されて開口34からオイル保持ポケット30内に入る単位時間当たりの潤滑油の量は、動力伝達装置の作動開始後時間を経過して潤滑油の温度が上昇するにつれて次第に減少する。
【0029】
一方、開口34からオイル保持ポケット30内に入った潤滑油が戻し穴35からケーシング10に戻る単位時間当たりの量は、動力伝達装置の作動開始後時間を経過して潤滑油の温度が上昇して粘度が低下するにつれて次第に増大し、また戻し穴35の開口面積の増大に応じても増大する。従って、動力伝達装置の作動開始直後で潤滑油の温度が低く粘度が大きい状態では相当量の潤滑油がオイル保持ポケット30内に滞留されるが、動力伝達装置の作動開始後相当時間を経過し潤滑油の温度が上昇して粘度が低下した状態では潤滑油がオイル保持ポケット30内に実質的に滞留されなくなるような戻し穴35の開口面積は存在する。そしてこのような開口面積は、実験により容易に設定することができる。
【0030】
上述した実施形態によれば、動力伝達装置の作動開始後相当時間を経過し潤滑油の温度が上昇して粘度が低下した状態では、前述のように減速大歯車28から接線方向に飛散される潤滑油の量が回転方向後向きに進むにつれて減少する程度は大きく、減速大歯車28の上縁付近を過ぎればかなり減少するので開口34からオイル保持ポケット30内に入る単位時間当たりの潤滑油の量は減少し、一方この状態では上述のように開口34からオイル保持ポケット30内に入った潤滑油がオイル保持ポケット30内に実質的に滞留されなくなるように戻し穴35の開口面積は設定されているので、ケーシング10内の潤滑油の液面が前述した破線L2で示す位置よりも低下することはない。ケーシング10内に入れる潤滑油の量は、この状態において潤滑不足を生じることがないような値とする。この状態では潤滑油の温度の上昇により粘度が低下するので、減速大歯車28が潤滑油を撹拌するために消費されるエネルギ損失がそれほどは増大することはない。
【0031】
これに対し動力伝達装置の作動開始直後で潤滑油の温度が低く粘度が大きい状態では、前述のように減速大歯車28から接線方向に飛散される潤滑油の量は回転方向後向きに進むにつれて減少する程度は小さく、減速大歯車28の上縁付近を過ぎても相当程度は残されているので開口34からオイル保持ポケット30内に入る単位時間当たりの潤滑油の量は比較的多くなり、一方この状態では上述のように開口34からオイル保持ポケット30内に入った潤滑油は相当量の潤滑油がオイル保持ポケット30内に滞留されるように戻し穴35の開口面積は設定されているので、潤滑油がオイル保持ポケット30内に滞留され量は多くなる。従ってケーシング10内の潤滑油の平均的液面は、この滞留される量だけ前述した破線L2で示す位置よりも低下して二点鎖線L3で示す位置となり、減速大歯車28の下部の潤滑油内に浸る部分は減少する。このように潤滑油の温度が低く粘度が大きい状態では、減速大歯車28の潤滑油内に浸る部分は減少するので、潤滑油の粘度が大きくても減速大歯車28が潤滑油を撹拌するために消費されるエネルギ損失はそれほどは増大せず、従って車両等の燃料消費率が増大することはなくなる。
【0032】
上述した実施形態では、動力伝達装置はケーシング10内に設けられた変速歯車機構20と差動装置25よりなるものとしており、このようにすれば大径の減速大歯車28により飛散される潤滑油により、変速歯車機構20の潤滑も行うことができるので変速歯車機構20の潤滑構造を簡略化することができる。しかしながら本発明はこれに限られるものではなく、差動装置を分離した変速歯車機構にも適用可能であり、その場合は径が最大の変速歯車を第2歯車28として実施すればよい。
【0033】
上述した実施形態では、オイル保持ポケット30の上部31は減速大歯車28側に突出させてその先端に開口34を形成し、上部31の開口34の上縁と下縁にそれぞれ続く上板31aと下板31bはこの開口34から離れるにつれて高さが低くなるように傾斜させており、このようにすればオイル保持ポケット30の開口34の上縁と下縁に続く上板31aと下板31bの傾斜を減速大歯車28から接線方向に飛散される潤滑油の向きに接近させることができ、これにより動力伝達装置の作動開始直後の潤滑油の温度が低く粘度が大きい状態と作動開始後相当時間を経過して潤滑油の温度が上昇して粘度が小さくなった状態の何れにおいてもオイル保持ポケット30内への減速大歯車28から飛散される潤滑油の取り込みを効率よく行うことができ、また開口34からオイル保持ポケット30内に入った潤滑油が開口34からケーシング10内に戻るおそれはないので、潤滑油の温度に応じたケーシング10内の潤滑油の液面の高さの調整を確実に行うことができる。
【0034】
また上述した実施形態では、変速歯車機構20のインプットシャフト21とそれよりも差動装置25側に配置したカウンタシャフト22はほゞ同じ高さに配置し、オイル保持ポケット30は、その上部31を両シャフト21,22より上側に配置するとともに、さらに両シャフト21,22より下側に配置した下部32と、インプットシャフト21に対しカウンタシャフト22と反対側に配置されて上部31と下部32を連通する連結部33を備えたものとしており、このようにすればオイル保持ポケット30を変速歯車機構20のインプットシャフト21の上側及び下側となる上部31と下部32に分離してインプットシャフト21に対しカウンタシャフト22と反対側に配置した連結部33により連結したので、変速歯車機構20が設けられたケーシング10内に残された空間の形状が複雑な場合であっても、それを利用して相当な容積のオイル保持ポケット30を形成することができる。
【0035】
さらに上述した実施形態では、変速歯車機構20は最低速段歯車列23a,23bを減速小歯車27側に配置し、最低速段歯車列の駆動側歯車23aはインプットシャフト21に固定し、最低速段歯車列の従動側歯車23bはカウンタシャフト22に回転自在に設けるとともに変速切換クラッチ24を介してカウンタシャフト22に選択的に連結し、オイル保持ポケット30の下部32はオイル保持ポケット30の上部31及び連結部33よりも変速歯車機構20側に突出させており、このようにすればオイル保持ポケット30の容積をさらに拡大させることができる。
【符号の説明】
【0036】
10…ケーシング、20…変速歯車機構、21…インプットシャフト、22…カウンタシャフト、23a…最低速段歯車列の駆動側歯車、23b…最低速段歯車列の従動側歯車、25…差動装置、25a…ハウジング、24…変速切換クラッチ、27…第1歯車(減速小歯車)、28…第2歯車(減速大歯車)、30…オイル保持ポケット、31…上部、31a…上板、31b…下板、32…下部、33…連結部、34…開口、35…戻し穴。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
底部に潤滑油が収容されたケーシングと、それぞれこのケーシングに回転自在に支持されて互いに噛合する小径の第1歯車及び大径の第2歯車を備え、この両歯車が回転しない状態では前記第2歯車の下部は前記潤滑油内に浸っており、前記両歯車が回転すれば前記第2歯車はその下縁付近において前記潤滑油を掻き上げ回転に伴いその外周から接線方向に前記ケーシング内に飛散させて前記両歯車の潤滑を行うようにした自動車等の動力伝達装置において、
前記ケーシング内には前記第2歯車の外周の上縁を過ぎた付近から接線方向に飛散される前記潤滑油の飛沫と対向する位置に箱状のオイル保持ポケットを取り付け、このオイル保持ポケットにはその上部の前記飛沫を受ける位置にその飛沫を受け入れる開口を形成し、前記オイル保持ポケットの底面には受け入れた潤滑油を前記ケーシング内に戻す戻し穴を形成し、前記開口から前記オイル保持ポケット内に入った潤滑油は、前記動力伝達装置の作動開始直後で前記潤滑油の温度が低く粘度が大きい状態では相当量が前記オイル保持ポケット内に滞留されるが、前記動力伝達装置の作動開始後相当時間を経過し前記潤滑油の温度が上昇して粘度が低下した状態では前記オイル保持ポケット内に実質的に滞留されなくなるように、前記戻し穴の開口面積を設定したことを特徴とする自動車等の動力伝達装置。
【請求項2】
請求項1に記載の自動車等の動力伝達装置において、前記動力伝達装置は前記ケーシング内に設けられた変速歯車機構と差動装置よりなるものとし、前記第1歯車は前記変速歯車機構のカウンタシャフトに設けられた減速小歯車とし、前記第2歯車は前記差動装置のハウジングに設けられた減速大歯車としたことを特徴とする自動車等の動力伝達装置。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載された自動車等の動力伝達装置において、前記オイル保持ポケットの上部は前記第2歯車側に突出させてその先端に前記開口を形成し、前記上部の開口の上縁と下縁にそれぞれ続く上板と下板はこの開口から離れるにつれて高さが低くなるように傾斜させたことを特徴とする自動車等の動力伝達装置。
【請求項4】
請求項3に記載された自動車等の動力伝達装置において、前記変速歯車機構のインプットシャフトとそれよりも前記差動装置側に配置した前記カウンタシャフトはほゞ同じ高さに配置し、前記オイル保持ポケットは、前記上部を前記両シャフトより上側に配置するとともに、前記両シャフトより下側に配置した下部と、前記インプットシャフトに対し前記カウンタシャフトと反対側に配置されて前記上部と下部を連通する連結部をさらに備えたものとしたことを特徴とする自動車等の動力伝達装置。
【請求項5】
請求項4に記載された自動車等の動力伝達装置において、前記変速歯車機構は最低速段歯車列を前記減速小歯車側に配置し、前記最低速段歯車列の駆動側歯車は前記インプットシャフトに固定し、前記最低速段歯車列の従動側歯車は前記カウンタシャフトに回転自在に設けるとともに変速切換クラッチを介して前記カウンタシャフトに選択的に連結し、前記オイル保持ポケットの下部は前記オイル保持ポケットの上部及び連結部よりも前記変速歯車機構側に突出させたことを特徴とする自動車等の動力伝達装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−225433(P2012−225433A)
【公開日】平成24年11月15日(2012.11.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−94128(P2011−94128)
【出願日】平成23年4月20日(2011.4.20)
【出願人】(592058315)アイシン・エーアイ株式会社 (490)
【Fターム(参考)】