説明

自動車電装補機用グリース組成物及び前記グリース組成物を封入した転がり軸受

芳香族エステル油を含有する基油に、増ちょう剤として特定のジウレア化合物を配合してなる自動車電装補機用グリース組成物、並びに前記グリース組成物を封入した転がり軸受を提供する。前記グリース組成物及び転がり軸受け、−40℃の極低温でも異音を発することがなく、180℃に近い高温下でも優れた耐焼付き性を備え、更に防錆性能にも優れ、特に電装部品やエンジン補機等に好適である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
本発明は、特に自動車の電装部品、エンジン補機であるオルタネータや中間プーリ、カーエアコン用電磁クラッチ等のような高温、高速、高荷重及び振動の激しい条件下で使用され、更に−40℃という極低温での流動性が要求される部品に使用されるグリース組成物、並びに前記グリース組成物を封入した転がり軸受に関する。
【背景技術】
自動車は小型軽量化を目的としたFF(フロントエンジンフロントドライブ)車の普及により、更には居住空間拡大の要望により、エンジンルーム空間の減少を余儀なくされ、上記に挙げたような電装部品やエンジン補機の小型軽量化がより一層進められており、それに組み込まれる各部品も高性能高出力化がますます求められている。しかし、小型化により出力の低下は避けられず、例えばオルタネータやカーエアコン用電磁クラッチでは高速化することにより出力の低下分を補っており、それに伴って中間プーリも高速化することになる。更に、静粛性向上の要望によりエンジンルームの密閉化が進み、エンジンルーム内の高温化が促進されるため、これらの部品は高温に耐えることも必要となっている。
高温での焼付き寿命を向上させるために従来より種々の提案がなされており、例えば、特公平7−45677号公報、特許第3290010号公報及び特許第3330755号公報に記載されているような、トリメリット酸エステル油を含有する基油にウレア化合物を増ちょう剤として配合したグリースが広く使用されている。また、これらの用途に使用される転がり軸受では、転送面の組織変化を伴うはく離現象に対する対策も必要であり、例えば、特開2002−195277公報及び特開2003−13973公報には、亜硝酸等の金属不動態化剤を添加する方法などが提案されている。
自動車は世界各国で使用されており、その使用環境も多様であり、要求される特性もそれに応じて多様となっている。例えば、寒冷地ではエンジン起動時に潤滑剤の流動性不足による異音が発生しないことに対する要求が高く、熱帯雨林地域や海洋が近い地域では大気中の湿度や塩分濃度が高いため防錆性に対する要求が高い。
しかし、このような多様な要求に対して、上記に挙げたグリースをはじめとして十分に対応し得るグリースは未だ得られていない。そこで、本発明は、−40℃の極低温でも異音を発することがなく、180℃に近い高温下でも優れた耐焼付き性を備え、かつ、耐はく離性、更に防錆性能にも優れ、特に上記した電装部品やエンジン補機等に好適なグリース組成物並びに転がり軸受を提供することを目的とする。
【発明の開示】
本発明者らは、上記の課題を解決すべく鋭意検討した結果、ジウレア化合物の中でも脂環族炭化水素基を有するものが、芳香族エステル油を含有する基油と組み合わせることにより、極低温から高温までの広い温度範囲にわたり優れた潤滑性能を示し、低温での異音の発生もなく、軸受の焼付き性能を大幅に改善できることを見出し、本発明を完成するに至った。
即ち、本発明は、芳香族エステル油を基油全量の30質量%以上含有する基油と、増ちょう剤として下記一般式で示されるジウレア化合物をグリース組成物全量に対して5〜35質量%含有することを特徴とする自動車電装補機用グリース組成物を提供する。
R8−NHCONH−R9−NHCONH−R10
(式中、R9は炭素数6〜15の芳香族炭化水素基であり、R8、R10は脂肪族炭化水素基または脂環族炭化水素基または縮合環であり、互いに同一でも異なっていてもよい。)
また、導電性付与のため、導電性粉末としてカーボンブラック及びカーボンナノチューブの少なくとも1種を含有することを特徴とする上記自動車電装補機用グリース組成物を提供する。更に、防錆剤として、カルボン酸またはカルボン酸塩からなる防錆剤、エステル系防錆剤及びアミン系防錆剤から選択される2種以上を合計でグリース組成物全量に対して0.2〜10質量%、かつ単独で0.1〜9.9質量%含有することが好ましく、これにより十分な防錆性が付与される。また、これらの防錆剤は環境への悪影響も無い。
また、本発明は、内輪と外輪との間に、保持器により複数の転動体を転動自在に保持するとともに、上記の自動車電装補機用グリース組成物を封入してなることを特徴とする転がり軸受を提供する。
【図面の簡単な説明】
図1は本発明の転がり軸受の一実施形態である複列アンギュラ玉軸受を示す断面図であり、図2は芳香族エステル油の含有量の検証−Iの結果を示すグラフであり、図3は増ちょう剤配合量の検証−Iの結果を示すグラフであり、図4は基油の流動点と低温異音発生との関係−Iの関係を示すグラフであり、図5は芳香族エステル油の含有量の検証−IIの結果を示すグラフであり、図6は増ちょう剤配合量の検証−IIの結果を示すグラフであり、図7は基油の流動点と低温異音発生との関係−IIの関係を示すグラフであり、図8はカーボンブラック添加量とはく離発生確率との関係を示すグラフであり、図9はカーボンブラック粒子径とアンデロン値との関係を示すグラフである。
また、図中の符号10は複列アンギュラ玉軸受、15は外輪、16は内輪、17は外輪軌道、18は内輪軌道、19は転動体(玉)である。
【発明を実施するための最良の形態】
以下、本発明の自動車電装補機用グリース組成物(以下、単に「グリース組成物」という)及び転がり軸受に関して詳細に説明する。
(グリース組成物)
〔基油〕
本発明のグリース組成物において、基油は芳香族エステル油を含有する。芳香族エステル油の中でも、下記(I)式に示すトリメリット酸エステル油が好ましい。

(I)式中、R1、R2、R3は飽和または不飽和の直鎖または分岐炭化水素基であり、互いに同一でも異なっていてもよい。また、炭素数は6〜10であることが好ましい。
また、芳香族エステル油として下記(II)、(III)式に示すピロメリット酸エステル油も好ましい。

(II)式、(III)式中、R4、R5、R6、R7は飽和または不飽和の直鎖または分岐炭化水素基であり、互いに同一でも異なっていてもよい。また、炭素数は6〜10であることが好ましい。
従来より、耐熱性に優れる潤滑油として、ポリフェニルエーテル油、シリコーン油、フッ素油等が知られている。しかし、これらの潤滑油は何れも非常に高価であり、しかもシリコーン油やフッ素油は一般的に潤滑性に劣るという問題を抱えている。これに対し、上記芳香族エステル油は、比較的安価であり、更に耐熱性や耐酸化性、耐摩耗性等に優れるという利点を有する。特に、(I)式〜(III)式で表され、炭素数6〜10の炭化水素基を有するトリメリット酸エステル油及びピロメリット酸エステル油は、流動点も低く、粘度指数も高いため、極低温から高温まで広い使用温度が要求される自動車電装補機には好適である。特に、トリメリット酸エステル油は流動点が低く、好ましい。
このような炭素数6〜10の炭化水素基を有するトリメリット酸エステル油及びピロメリット酸エステル油は市場からも入手でき、トリメリット酸エステル油として花王(株)製「トリメックスT−08」、「トリメックスN−08」、旭電化(株)製「アデカプルーバーT−45」、「アデカプルーバーT−90」、「アデカプルーバーPT−50」、UNIQEMA社製「EMKARATE8130」、「EMKARATE9130」等、ピロメリット酸エステル油として旭電化(株)製「アデカプルーバーLX−1891」、「アデカプルーバーLX−1892」等が挙げられる。
上記芳香族エステル油の含有量は、基油全量の30質量%以上が好ましい。芳香族エステル油の含有量が30質量%を下回ると、高温での焼付きを起こしやすくなり、更には耐摩耗性も十分に発現しなくなる。併用できる潤滑油としては、鉱油、フッ素油、シリコン油、合成炭化水素油、エーテル油、芳香族エステル油以外のエステル油、グリコール油等があげられる。この中でも、流動点が低く、耐熱性や耐酸化性等に優れるものが好ましく、合成炭化水素油、エーテル油、エステル油が好適である。具体的には、合成炭化水素油としてポリ−α−オレフィン油等、エーテル系油としてアルキルジフェニルエーテル、アルキルトリフェニルエーテル等、エステル油としてジエステル油、ネオペンチル型ポリオールエステル油及びこれらのコンプレックスエステル油等をそれぞれ挙げることができる。これらは単独で使用してもよく、適宜組み合わせて使用することもできる。中でも、極低温での異音発生を考慮した低音流動性に加え、高温、高速、高荷重及び振動の激しい条件下での潤滑性能や焼付き寿命の向上を考慮すると、ペンタエリスリトールエステル油等のポリオールエステル油やポリ−α−オレフィン油もしくはアルキルジフェニルエーテル油との併用が好ましい。
また、基油は、40℃における動粘度が30〜150mm/sであることが好ましく、低温流動性を勘案すると40〜130mm/sがより好ましい。最も好ましくは、40〜100mm/sである。
〔増ちょう剤〕
上記基油には、増ちょう剤として下記(IV)式で示されるジウレア化合物が配合される。
R8−NHCONH−R9−HNOCHN−R10 ・・・(IV)
(IV)式中、R9は炭素数6〜15の芳香族炭化水素基であり、R8、R10は炭化水素基または縮合環炭化水素基であり、互いに同一でも異なっていてもよい。また、R8、R10において、炭化水素基は脂肪族炭化水素基、芳香族炭化水素基の何れでもよく、縮合環炭化水素基の炭素数は好ましくは9〜19である。R8、R10は、少なくとも脂環族炭化水素基もしくは脂肪族炭化水素基を有することが好ましい。脂環族炭化水素基を有するジウレア化合物は、脂肪族炭化水素基を有するジウレア化合物と比べて耐熱性に優れるという性質がある。脂肪族炭化水素基を有するジウレア化合物は脂環族炭化水素基を有するジウレア化合物に比べて、グリースの増ちょう剤として使用したとき、グリースの流動性に優れるという利点がある。また、脂環族炭化水素基もしくは脂肪族炭化水素基を有するジウレア化合物は、芳香族炭化水素基を有するジウレア化合物と比べて、それぞれの繊維形状の違いに由来して単位体積当たりの表面積が大きく、増粘効果が高い。そのため、同じちょう度で比較すると、脂肪族炭化水素基もしくは脂環族炭化水素基を有するジウレア化合物は、芳香族炭化水素基を有するジウレア化合物よりも少ない使用量ですみ、その分基油の割合を多くすることができ、耐焼き付き性を向上できる。
上記(IV)式で表されるジウレア化合物は、基油中で、R9を骨格中に有するジイソシアネート1モルに対し,R8またはR10を骨格中に有するモノアミンを合計で2モルの割合で反応させることにより得られる。
R9を骨格中に有するジイソシアネートとしては、ジフェニルメタンジイソシアネート、トリレンジイソシアネート、キシリレンジイソシアネート、ビフェニレンジイソシアネート、ジメチルジフェニレンジイソシアネート、あるいはこれらのアルキル置換体等を好適に使用できる。
R8またはR10として炭化水素基を骨格中に有するモノアミンとしては、アニリン、シクロヘキシルアミン、オクチルアミン、トルイジン、ドデシルアニリン、オクタデシルアミン、ヘキシルアミン、ヘプチルアミン、ノニルアミン、エチルヘキシルアミン、デシルアミン、ウンデシルアミン、ドデシルアミン、テトラデシルアミン、ペンタデシルアミン、ノナデシルアミン、エイコデシルアミン、オレイルアミン、リノレイルアミン、リノレニルアミン、メチルシクロヘキシルアミン、エチルシクロヘキシルアミン、ジメチルシクロヘキシルアミン、ジエチルシクロヘキシルアミン、ブチルシクロヘキシルアミン、プロピルシクロヘキシルアミン、アミルシクロヘキシルアミン、シクロオクチルアミン、ベンジルアミン、ベンズヒドリルアミン、フェネチルアミン、メチルベンジルアミン、ビフェニルアミン、フェニルイソプロピルアミン、フェニルヘキシルアミン等を好適に使用できる。
また、R8またはR10として縮合環炭化水素基を有するモノアミンとしては、アミノインデン、アミンインダン、アミノ−1−メチレンインデン等のインデン系アミン化合物、アミノナフタレン(ナフチルアミン)、アミノメチルナフタレン、アミノエチルナフタレン、アミノジメチルナフタレン、アミノカダレン、アミノビニルナフタレン、アミノフェニルナフタレン、アミノベンジルナフタレン、アミノジナフチルアミン、アミノビナフチル、アミノ−1,2−ジヒドロナフタレン、アミノ−1,4−ジヒドロナフタレン、アミノテトラヒドロナフタレン、アミノオクタリン等のナフタレン系アミン化合物、アミノペンタレン、アミノアズレン、アミノヘプタレン等の縮合二環アミン化合物、アミノフルオレン、アミノ−9−フェニルフルオレン等のアミノフルオレン系アミン化合物、アミノアントラセン、アミノメチルアントラセン、アミノジメチルアントラセン、アミノフェニルアントラセン、アミノ−9,10−ジヒドロアントラセン等のアントラセン系アミン化合物、アミノフェナントレン、アミノ−1,7−ジメチルフェナントレン、アミノレテン等のフェナントレン系アミン化合物、アミノビフェニレン、アミノ−s−インダセン、アミノ−as−インダセン、アミノアセナフチレン、アミノアセナフテン、アミオフェナレン等の縮合三環系アミン化合物、アミノナフタセン、アミノクリセン、アミノピレン、アミノトリフェニレン、アミノベンゾアントラセン、アミノアセアントリレン、アミノアセアントレン、アミノアセフェナントリレン、アミノアセフェナントレン、アミノフルオランテン、アミノプレイアデン等の縮合四環系アミン化合物、アミノペンタセン、アミノペンタフェン、アミノピセン、アミノペリレン、アミノジベンゾアントラセン、アミノベンゾピレン、アミノコラントレン等の縮合五環系アミン化合物、アミノコロネン、アミノピラントレン、アミノビオラントレン、アミノイソビオラントレン、アミノオバレン等の縮合多環系(六環以上)アミン化合物等が挙げられる。
上記(IV)式で示されるジウレア化合物は、単独でも、混合して使用してもよく、グリース組成物全量に対して5〜35質量%配合される。配合量が5質量%未満ではグリース状態を維持することが困難となり、35質量%を超える場合はグリースが硬化しすぎて十分な潤滑効果を発揮することができない。より高温、高速、高荷重、高振動条件にも耐え得ることを考慮すると、高温、高せん断によるグリース軟化、また潤滑効果を勘案して配合量を10〜30質量%とすることが好ましい。
グリース組成物の混和ちょう度は220〜340が好ましく、上記(IV)式で示されるジウレア化合物の配合量でこのような混和ちょう度とするには、(IV)式で表されるジウレア化合物において、脂環族炭化水素基もしくは脂肪族炭化水素基のモル比率が全量を100として、脂肪族炭化水素基もしくは脂肪族炭化水素基及び芳香族炭化水素基と合わせた合計量の20モル%以上とすることが望ましい。
〔導電性粉末〕
軸受内外輪間の電位差を除去し、はく離現象を防止するために、導電性粉末を添加することが好ましい。導電性粉末は特に制限されるものではないが、高温まで導電性を維持できること、グリースの潤滑性を損なわないこと等を考慮すると、カーボンブラックもしくはカーボンナノチューブ等の炭素系粉末を好適に使用できる。カーボンブラックは、平均粒径が5μm以下のものが好ましく、2μm以下のものがより好ましい。最も好ましくは、10〜300nmの平均粒径であるものを使用する。このようなカーボンブラックは市場からも入手でき、例えばライオンアクゾ社のケッチェンブラックEC及びケッチェンブラックEC600JD等が挙げられる。カーボンナノチューブは、C60、C70のフラーレンをはじめ、直径が15nm以下、長さが5μm以下のものが好適に使用できる。好ましくは、直径が10nm以下長さ2μm以下のものを使用する。このようなカーボンナノチューブは市場からも入手でき、例えば昭和電工社製カーボンナノファイバーVGCF等が挙げられる。
これら導電性粉末のグリース組成物への添加量は、グリース組成物全量の0.5〜5質量%が好ましい。添加量が0.5質量%以下では添加効果が得られず、5質量%を越えるとグリースの流動性に影響がある。また、前記平均粒径もしくは長さが2μmを越えると、軸受の音響性能に影響を及ぼす場合がある。
〔防錆剤〕
本発明の用途である自動車電装補機用軸受では高い防錆性が要求さていることから、防錆剤を添加することが好ましい。防錆剤の中でも、環境負荷の少ないカルボン酸及びカルボン酸塩からなる防錆剤、エステル系防錆剤、アミン系防錆剤が好ましい。これらは十分な防錆性能を発揮するために2種以上を混合して使用され、そのグリース組成物全量に対する含有量は、合計量で0.2〜10質量%であり、かつ個々の防錆剤は0.1〜9.9質量%である。耐焼付性は基油量が多いほど向上することから、防錆剤は合計で0.2〜6質量%、単独で0.1〜5.9質量%とすることが好ましい。
カルボン酸及びカルボン酸塩からなる防錆剤、エステル系防錆剤、アミン系防錆剤には制限がないが、以下に好ましい例を示す。カルボン酸及びカルボン酸塩として、ステアリン酸等のモノカルボン酸、アルキルまたはアルケニルコハク酸及びその誘導体等のジカルボン酸、ナフテン酸、アビエチン酸、ラノリン脂肪酸またはアルケニルコハク酸のカルシウム、バリウム、マグネシウム、アルミニウム、亜鉛、鉛等の金属塩等が挙げられるが、中でもアルケニルコハク酸、ナフテン酸亜鉛が好適である。エステル系防錆剤として、ソルビタンモノオレエート、ソルビタントリオレエート、ペンタエリスリットモノオレエートやコハク酸ハーフエステル等の多価アルコールのカルボン酸部分エステル等が挙げられるが、中でもソルビタンモノオレエート、コハク酸ハーフエステルが好適である。アミン系防錆剤としては、アルコキシフェニルアミン、二塩基性カルボン酸の部分アミド等が好適である。
〔その他の添加剤〕
グリース組成物には、その性能を一層高めるため、必要に応じて更に他の添加剤を含有させることができる。その他の添加剤としては、アミン系、フェノール系、硫黄系、ジチオリン酸亜鉛、ジチオカルバミン酸亜鉛等の酸化防止剤、リン系、ジチオリン酸亜鉛、有機モリブデン等の極圧剤、脂肪酸、動植物油等の油性向上剤、ベンゾトリアゾールの金属不活性剤等が挙げられ、これらを単独または2種以上組み合わせて添加することができる。これら添加剤の添加量は、本発明の所期の目的を達成できれば特に限定されるものではなく、適宜設定される。
(転がり軸受)
本発明はまた、上記のグリース組成物を封入した転がり軸受に関する。転がり軸受の種類や構成、構造には制限はないが、例えば図1に示す複列アンギュラ玉軸受10を例示することができる。図示される複列アンギュラ玉軸受10は、外輪15の内周面に設けた複列の外輪軌道17、17と、内輪16、16の各外周面に設けた内輪軌道18、18との間に複数個ずつ転動自在に転動体(玉)19、19を設けて、外輪15と内輪16、16との相対回転を自在としている。また、外輪15と内輪18,18との間はシール装置1で密封されている。このシール装置1は、金属製のスリンガ2と弾性材料からなるシール材3とを一体成形したものである。スリンガ2は、外輪15の端部内周面に内嵌固定自在な外径側円筒部5と、外径側円筒部5の軸方向内端縁から直径方向内方に折れ曲がった内側円輪部6とを備えた、断面略L字形で全体を円環状とする第1部材と、内輪16の外端部外周面に外嵌固定自在な内径側円筒部8と、この内径側円筒部8の軸方向外端縁から直径方向外方に折れ曲がった外側円輪部9とを備えた、断面L字形で全体を円環状としている第2部材とで構成されている。シール材3は、外側、中間、内側の3本のシールリップ3a、3b、3cを備えており、最も外側に位置する外側シールリップ3aの先端縁をスリンガ2を構成する外側円輪部9の内側面に全周に亙って摺接させ、残り2本のシールリップである中間シールリップ3b及び内側シールリップ3cの先端縁をスリンガ2を構成する内径側円筒部8の外周面に全周に亙って摺接させて、高いシール性能を発揮する。
上記のグリース組成物は、外輪15、内輪16,16、玉19及びシール装置1で形成される空間に封入される。封入量には制限がないが、前記空間の25〜45体積%を占めることが好ましい。
本発明の転がり軸受は、上記のグリース組成物が封入されているため、高温、高速、高荷重及び振動の激しい条件下でも良好に作動し、更には−40℃という極低温でも異音が発生せず、自動車電装補機用として好適である。
【実施例】
以下、実施例及び比較例を挙げて本発明を更に説明するが、本発明はこれにより何ら制限されるものではない。
〔実施例1〜8、比較例1〜2〕
(試験グリースの調製)
表1に示す配合にて、試験グリースを調製した。その際、第1の容器に基油の半量を入れ、そこへシクロヘキシルアミンを投入して溶解させた。また、第2の容器に基油の半量を入れ、そこへジフェニルメタン−4,4−ジイソシアネートを投入して溶解させた。そして、第2の容器に第1の容器の内容物を加え、約70℃に加熱しながら攪拌して反応させた。その後、160℃まで昇温して反応を終了し、冷却した後、防錆剤及び酸化防止剤を添加し、ロールミルを通し、脱泡して試験グリースを得た。尚、防錆剤の配合量は合計で2質量%とし、酸化防止剤の種類、配合量は共通とした。
上記の如く調製した試験グリースを用いて下記に示す(1)焼付き試験−I、(2)低温異音試験−I、(3)高温ちょう度変化試験及び(4)防錆試験を行った。結果を表1に併記する。
(1)焼付き試験−I
内径φ35mm、外径φ52mm、幅20mmの接触ゴムシール付き複列アンギュラ玉軸受(図1参照)に、試験グリースを1g封入して試験軸受を作製した。そして、外輪回転速度10000min−1、軸受温度170℃、ラジアル荷重1960Nの条件で連続回転させ、軸受外輪温度が15℃上昇したときに焼付きと見做し、試験を終了した。結果は比較例3の焼付き寿命を1とした相対対値で示した。
(2)低温異音試験−I
内径φ25mm、外径φ62mm、幅17mmの接触ゴムシール付き単列深溝玉軸受に、試験グリースを3.5g封入して試験軸受を作製した。そして、−30℃、アキシアル荷重980Nの条件下で内輪を回転速度1800min−1で5秒回転した後3600min−1で5秒回転する操作を5回繰り返して行い、異音の発生の有無を確認した。異音が発生した場合を不合格とした。
(3)高温ちょう度変化試験
試験グリースを鉄板上に3mm厚の膜状に塗布し、170℃環境下に240時間放置した。放置後に混和ちょう度を測定し、放置前の混和ちょう度と比較した。混和ちょう度の変化が±100を超える場合を不合格とした。
(4)防錆試験
内径φ17mm、外径φ47mm、幅14mmの単列深溝玉軸受に、試験グリースを2.7g封入し、更に0.1%塩化ナトリウム水溶液を軸受内部に0.3mL注入し、非接触シールを取り付けて試験軸受を作製した。試験軸受を回転させて試験グリース及び塩化ナトリウム水溶液を軸受内部に行き渡らせた後、60℃、70%RHの環境下に3日間放置した。放置後、試験軸受を分解して、内輪軌道面を観察して錆の発生の有無を確認した。錆が発生している場合を不合格とした。


表1に示すように、本発明に従い、芳香族エステル油を含む基油と、一般式(IV)で示されるジウレア化合物を増ちょう剤とを含有する実施例の試験グリースは、高温での混和ちょう度の変化も少なく、高温耐久性に優れる。また、実施例の試験グリースを封入することにより、軸受の焼付き寿命を改善でき、低温での異音の発生も抑えることができ、更には防錆性も向上する。但し、実施例8のように、芳香族エステル油を含む基油を用いて、増ちょう剤に脂肪族炭化水素基を有するジウレア化合物を用いても、基油粘度が高いと低温で異音が発生するようになる。また、比較例1のように、芳香族エステル油を含む基油を用いても、増ちょう剤に芳香族炭化水素基を有するトリウレア化合物を用いると高温耐久性に劣るようになり、更に防錆剤もコハク酸ハーフエステル単独であることから防錆性能も低下している。
(芳香族エステル油の含有量の検証−I)
実施例7の試験グリースの配合に従い、トリメリット酸エステル油とペンタエリスリトールエステル油との配合比を変えた基油を用いて試験グリースを調製した。そして、試験グリースを用いて上記(1)焼付き試験−Iを行った。
図2に、トリメリット酸エステル油の含有量と焼付き寿命との関係をグラフにして示す。尚、焼付き寿命は、ペンタエリスリトールエステル油単独(100%)の場合に対する相対値で示してある。図示されるように、トリメリット酸エステル油を30質量%以上含有することにより、焼付き寿命が特に良好になることがわかる。
(増ちょう剤配合量の検証−I)
実施例5の試験グリースの配合に従い、増ちょう剤の配合量を変えて試験グリースを調製した。そして、試験グリースを用いて上記(1)焼付き試験−Iを行った。
図3に、増ちょう剤の配合量と焼付き寿命との関係をグラフにして示す。尚、焼付き寿命は、比較例3に対する相対値で示してある。図示されるように、増ちょう剤を5〜35質量%、特に10〜30質量%配合することにより、焼付き寿命が良好になることがわかる。
(基油の流動点と低温異音発生との関係−I)
流動点−55℃のペンタエリスリトールエステルと流動点−20℃のピロメリット酸エステルとを用いて流動点の異なる基油を調製し、各基油に脂環族炭化水素基を有するジウレア化合物を配合して試験グリースを調製した。尚、ジウレア化合物の配合量は一定で、混和ちょう度No.2に調整した。そして、試験グリースを用いて上記(2)低温異音試験−Iを行った。
図4に、基油の流動点と異音発生との関係を示すが、基油の流動点が−30℃以下であると、異音が発生しないことがわかる。
〔実施例9〜15,比較例3〜5〕
(試験グリースの調製)
表2に示す配合にて、試験グリースを調製した。その際、第1の容器に基油の半量を入れ、そこへシクロヘキシルアミンを投入して溶解させた。また、第2の容器に基油の半量を入れ、そこへジフェニルメタン−4,4−ジイソシアネートを投入して溶解させた。そして、第2の容器に第1の容器の内容物を加え、約70℃に加熱しながら攪拌して反応させた。その後、160℃まで昇温して反応を終了し、冷却した後、防錆剤、酸化防止剤及びカーボンブラックを添加し、ロールミルを通し、脱泡して試験グリースを得た。尚、酸化防止剤の種類、配合量は共通とした。
上記の如く調製した試験グリースを用いて下記に示す(1)焼付き試験−II、(2)低温異音試験−II及び(5)耐はく離試験を行った。また、上記と同様の(3)高温ちょう度変化試験及び(4)防錆試験を行った。結果を表2に併記する。
(1)焼付き試験−II
内径φ35mm、外径φ52mm、幅20mmの接触ゴムシール付き複列アンギュラ玉軸受(図1参照)に、試験グリースを1g封入して試験軸受を作製した。そして、外輪回転速度13000min−1、軸受温度130℃、ラジアル荷重1560Nの条件で連続回転させ、軸受外輪温度が15℃上昇したときに焼付きと見做し、試験を終了した。焼付きに至るまでの時間が1000時間以上を合格とした。
(2)低温異音試験−II
内径φ25mm、外径φ62mm、幅17mmの接触ゴムシール付き単列深溝玉軸受に、試験グリースを3.5g封入して試験軸受を作製した。そして、−30℃、アキシアル荷重9800Nの条件下で内輪を2600min−1で30秒回転させ、異音の発生の有無を確認した。異音が発生した場合を不合格とした。
(5)耐はく離試験
内径φ17mm、外径φ47mm、幅14mmの単列深溝玉軸受に、試験グリースを2.5g封入して試験軸受とし、この試験軸受をエンジン実機のオルタネータに組み込み、室温雰囲気下でプーリ荷重1560Nにてエンジンを1000〜6000min−1(軸受回転数2400〜13300min−1)で繰り返し連続回転させ、そのときの振動値を測定し、振動値が初期値の5倍を超えた場合にはく離発生と見做した。試験は10回行い、回転500時間未満ではく離を起こした回数を求めた。


表2に示すように、本発明に従い、芳香族エステル油を含む基油と、一般式(IV)で示されるジウレア化合物を増ちょう剤とを含有する実施例の試験グリースは、高温での混和ちょう度の変化も少なく、高温耐久性に優れる。また、実施例の試験グリースを封入することにより、軸受の焼付き寿命を改善でき、低温での異音の発生も抑えることができ、防錆性も向上する。更に、導電性粉末を含有することにより、耐はく離性も向上する。これに対し、比較例3のように、導電性粉末を過剰に含有する試験グリースでは音響特性に悪影響を及ぼし、低温で異音が発生するようになる。また、比較例4のように、芳香族エステル油を含む基油を用いても、増ちょう剤に芳香族炭化水素基を有するトリウレア化合物を用いると高温耐久性に劣るようになり、更に防錆剤がコハク酸ハーフエステル単独であることから防錆性能も低下する。また、比較例4及び比較例5では、導電性粉末を含有しないことから、耐はく離性も劣っている。
(芳香族エステル油の含有量の検証−II)
実施例15の試験グリースの配合に従い、トリメリット酸エステル油とポリα−オレフィン油との配合比を変えた基油を用いて試験グリースを調製した。そして、試験グリースを用いて上記(1)焼付き試験−IIを行った。
図5に、トリメリット酸エステル油の含有量と焼付き寿命との関係をグラフにして示す。尚、焼付き寿命は、ポリα−オレフィン油単独(100%)の場合に対する相対値で示してある。図示されるように、トリメリット酸エステル油を30質量%以上含有することにより、焼付き寿命が特に良好になることがわかる。
(増ちょう剤配合量の検証−II)
実施例11の試験グリースの配合に従い、増ちょう剤の配合量を変えて試験グリースを調製した。そして、試験グリースを用いて上記(1)焼付き試験−IIを行った。
図6に、増ちょう剤の配合量と焼付き寿命との関係をグラフにして示す。尚、焼付き寿命は、比較例5に対する相対値で示してある。図示されるように、増ちょう剤を5〜35質量%、特に10〜30質量%配合することにより、焼付き寿命が良好になることがわかる。
(基油の流動点と低温異音発生との関係−II)
流動点−55℃のペンタエリスリトールエステルと流動点−20℃のピロメリット酸エステルとを用いて流動点の異なる基油を調製し、各基油に脂環族炭化水素基を有するジウレア化合物を配合して試験グリースを調製した。尚、ジウレア化合物の配合量は一定で、混和ちょう度No.2に調整した。そして、試験グリースを用いて上記(2)低温異音試験−IIを行った。
図7に、基油の流動点と異音発生との関係を示すが、基油の流動点が−30℃以下であると、異音が発生しないことがわかる。
(カーボンブラックの含有量の検証)
実施例9の試験グリースの配合に従い、カーボンブラックの添加量を変えて試験グリースを調製した。そして、試験グリースを用いて上記(5)耐はく離試験を行い、はく離発生確率を下記式で算出した。
はく離発生確率(%)=〔はく離発生数/試験数(=10)〕×100
図8に、カーボンブラックの添加量とはく離発生確率との関係を示すが、カーボンブラックを0.5質量%以上添加することにより、はく離発生が抑えられることがわかる。
(カーボンブラックの粒子径の検証)
実施例9の試験グリースの配合に従い、粒子径34nm〜6μmのカーボンブラックを添加(但し、添加量は5質量%一定)して試験グリースを調製した。そして、試験グリースを内径φ17mm、外径φ47mm、幅14mmの単列深溝玉軸受に、試験グリースを空間容積の35%を占めるように封入して試験軸受を作製した。試験軸受を室温雰囲気下でアキシアル荷重49Nにて内輪回転速度1800min−1で回転させ、回転開始から120秒間アンデロン値(1800〜10000Hz)を測定した。この間のアンデロン値が2.5以下であれば、実用上、合格である。
図9に、カーボンブラックの粒子径とアンデロン値との関係を示すが、粒子径5μm以下のカーボンブラックを用いることにより、音響特性を維持しつつ、耐はく離性を付与できることがわかる。
【産業上の利用可能性】
本発明によれば、−40℃の極低温でも異音を発することがなく、180℃に近い高温下でも優れた耐焼付き性を備え、更には耐はく離性および防錆性能にも優れる自動車電装補機用グリース組成物が提供される。また、本発明によれば、電装部品やエンジン補機等に好適な転がり軸受が提供される。
【図1】

【図2】

【図3】

【図4】

【図5】

【図6】

【図7】

【図8】

【図9】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香族エステル油を基油全量の30質量%以上含有する基油と、増ちょう剤として下記一般式で示されるジウレア化合物をグリース組成物全量に対して5〜35質量%含有することを特徴とする自動車電装補機用グリース組成物。
R8−NHCONH−R9−NHCONH−R10
(式中、R9は炭素数6〜15の芳香族炭化水素基であり、R8、R10は脂肪族炭化水素基または脂環族炭化水素基または縮合環であり、互いに同一でも異なっていてもよい。)
【請求項2】
芳香族エステル油がトリメリット酸エステル油及びピロメリット酸エステル油の少なくとも1種であることを特徴とする特許請求の範囲第1項記載の自動車電装補機用グリース組成物。
【請求項3】
トリメリット酸エステル油及びピロメリット酸エステル油における誘導炭化水素基が、炭素数6〜10の炭化水素基であることを特徴とする特許請求の範囲第2項記載の自動車電装補機用グリース組成物。
【請求項4】
導電性粉末としてカーボンブラック及びカーボンナノチューブの少なくとも1種を含有することを特徴とする特許請求の範囲第1項〜第3項の何れか1項に記載の自動車電装補機用グリース組成物。
【請求項5】
カルボン酸またはカルボン酸塩からなる防錆剤、エステル系防錆剤及びアミン系防錆剤から選択される2種以上を合計でグリース組成物全量に対して0.2〜10質量%、かつ単独で0.1〜9.9質量%含有することを特徴とする特許請求の範囲第1項〜第4項の何れか1項に記載の自動車電装補機用グリース組成物。
【請求項6】
内輪と外輪との間に、保持器により複数の転動体を転動自在に保持するとともに、特許請求の範囲第1項〜第5項の何れか1項に記載の自動車電装補機用グリース組成物を封入したことを特徴とする転がり軸受。
【請求項7】
接触型ゴムシールを有することを特徴とする特許請求の範囲第6項記載の転がり軸受。

【国際公開番号】WO2004/061058
【国際公開日】平成16年7月22日(2004.7.22)
【発行日】平成18年5月11日(2006.5.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−507956(P2005−507956)
【国際出願番号】PCT/JP2004/000006
【国際出願日】平成16年1月5日(2004.1.5)
【出願人】(000004204)日本精工株式会社 (8,378)
【Fターム(参考)】