説明

色素増感太陽電池

【課題】酸化チタン多孔質膜形成時の熱処理過程において、容易に劣化しない耐熱処理性能の高いFTO膜を有する、変換効率の高い色素増感太陽電池を提供すること。
【解決手段】本発明の課題は、透明基板上に酸化錫を主成分とする透明導電膜、緻密な酸化チタン層及び/又は多孔質酸化チタン層をこの順序で被着させた透明電極を有する色素増感太陽電池において、該酸化錫を主成分とする透明導電膜中のフッ素の濃度が0.2重量%を超えないようにすることによって達成される。あるいは、また、前記透明電極のX線回折パターン中、(110)、(200)、(211)の三つの面からの回折ピークについて、この三つの回折強度の和に対する(110)と(211)の回折強度の比が、いずれも0.25よりも大きく0.4よりも小さくすること、及び(200)の回折強度の比が、0.25よりも大きく0.5よりも小さくなるようにすることによっても達成される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多孔質酸化物半導体微粒子を用いた太陽電池、特に、色素増感太陽電池に関する。
【背景技術】
【0002】
シリコン半導体を使わずに、ヨウ素溶液等を介した電気化学的なセル構造を持つ太陽電池として、色素増感太陽電池が知られている。そして、色素増感太陽電池に用いる光入射側電極としては、透過率が高く、面積抵抗の低い透明導電性材料が望まれてきた。この条件を満たす電極材料として、錫をドープした酸化インジューム(ITO)が、従来から良く使われてきた。しかしながら、ITOは、色素増感太陽電池における多孔質膜の作製過程における熱処理において、安定性に劣るという欠点を有していた。また、フッ素をドープした酸化錫膜(FTO)において、比抵抗が3.5×10−4(Ωcm)程度の低いものが得られることがわかり、この材料が色素増感太陽電池の透明電極として広く利用され始めている。
【特許文献1】特開平1−236525号公報
【特許文献2】特開平2−181473号公報
【特許文献3】特開平2−231773号公報
【特許文献4】特開平11−109888号公報
【0003】
ところで、色素増感太陽電池を作製するには、多孔質の酸化物膜の形成が必要である。かかる酸化物膜は、通常、酸化チタン微粒子を含むペーストを、スクリーンプリントやスキージ法といった製膜方法、もしくは、酸化チタンの前駆物質を電着により製膜する電着法などによって、透明基板上の酸化錫を主成分とする透明導電膜上に製膜される。そして、引き続き、それを基板の軟化点以下の温度で焼結する方法が採られるが、この膜付けの際、酸化チタンのペーストや前駆物質との何らかの相互作用により、酸化錫膜の抵抗の増加が起こることが問題となっていた。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明では、こうした酸化チタン多孔質膜形成時の熱処理過程において、容易に劣化しない耐熱処理性能の高いFTO膜を提供して、もって効率の高い色素増感太陽電池を得ようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0005】
かかる本発明の課題は、透明基板上に酸化錫を主成分とする透明導電膜、緻密な酸化チタン層及び/又は多孔質酸化チタン層をこの順序で被着させた透明電極を有する色素増感太陽電池において、該酸化錫を主成分とする透明導電膜中のフッ素の濃度が、0.2重量%を超えないことを特徴とする、色素増感太陽電池によって達成される。あるいは、本発明の課題は、別な態様、即ち、前記透明電極のX線回折パターン中、(110)、(200)、(211)の三つの面からの回折ピークについて、該三つの回折強度の和に対する(110)と(211)の回折強度の比が、いずれも0.25よりも大きく0.4よりも小さいこと、及び(200)の回折強度の比が、0.25よりも大きく0.5よりも小さいことを特徴とする色素増感太陽電池によっても達成される。
【発明の効果】
【0006】
色素増感太陽電池においてその透明電極にFTOを用いる場合、FTO膜中のフッ素の濃度を0.2重量%以下の範囲に収めれば、酸化チタン層へのフッ素の拡散の悪影響を実質的に無視できる程度に抑えることができ、また、この時、塩素がチタン膜中に拡散しないこと、且つ(110)と(211)の回折線強度比で、0.25よりも大きく0.4よりも小さな膜、(200)の回折線強度比で、0.25よりも大きく0.5よりも小さな膜にすれば、良好な特性を示す太陽電池を得ることが可能であることが判明した。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明者は、FTO膜の種々の物性と色素増感太陽電池の特性を検討した結果、FTO膜に導電性を与えるために付与されるフッ素の膜中の量が、色素増感太陽電池の特性に大きな影響を与えることを突き止めた。従来用いられている透明導電膜は、抵抗値を低下させるために、導電性に寄与するよりも過剰なフッ素を膜中に含有している。そのため、熱処理過程において、酸化チタン膜中へフッ素が拡散したり、過剰なドーパントの存在は透過率の低下を招き、逆に色素増感太陽電池の特性の向上に影響を及ぼすことが分かった。
【0008】
そして、本発明者は、透明基板上に酸化錫を主成分とする透明導電膜、緻密な酸化チタン層及び/又は多孔質酸化チタン層をこの順序で被着させた透明電極を有する色素増感太陽電池において、この酸化錫を主成分とする透明導電膜中のフッ素の濃度が、0.2重量%を超えないようにすることが、変換効率等の特性に優れた色素増感太陽電池を得るための条件の一つであることを知見したものである。
【0009】
次に発明者は、同様に検討した結果、FTO膜の原料に由来する塩素が膜中に残留していること、また、その塩素の挙動が色素増感太陽電池の特性に大きな影響を与えることを突き止めた。従来用いられている透明導電膜は、その抵抗値を低下させるためにフッ素を膜中にドーピングするが、熱分解反応時において、原料由来の塩素が分解せずに膜中に残留することがある。 塩素自体も導電性に寄与するために、通常の使用時には問題が起こらなかったが、酸化チタンとの接触と、その後の熱処理過程において、酸化チタン膜中へ塩素の拡散が起こる場合があることがわかった。こうした塩素の酸化チタンへの拡散は、新たな準位の形成を促し、色素増感太陽電池の特性に対して悪影響を及ぼすことが分かった。従って、本発明においては、酸化錫を主成分とする透明導電膜中に残留している塩素が、酸化チタン層へ実質的に拡散していないことが好ましい。その様な膜は、膜形成の条件を適当に調整することによって作成することができる。
【0010】
また、本発明者は、FTO膜の結晶配向性が色素増感太陽電池の特性に大きな影響を与えることを突き止めた。従来用いられている(200)面に優先配向したFTO基板は、表面の凹凸は少なくさらに抵抗も低いが、透過率が悪いという欠点がある。また、(110)と(211)面に優先配向した膜は、表面の凹凸が激しく、酸化チタンの微粒子の製膜には不向きである。したがって、各面の配向が極端に強い場合には、色素増感太陽電池の特性に対して悪影響を及ぼすことが分かった。
【0011】
そして、本発明者の検討によると、前記透明電極のX線回折パターン中、(110)、(200)、(211)の三つの面からの回折ピークについて、該三つの回折強度の和に対する(110)と(211)の回折強度の比が、いずれも0.25よりも大きく0.4よりも小さいこと、及び(200)の回折強度の比が、0.25よりも大きく0.5よりも小さいという条件を満足させることによって、変換効率等の特性に優れた色素増感太陽電池を得ることができることが分かったのである。
【0012】
かかる場合に、酸化錫を主成分とする透明導電膜中のフッ素の濃度が0.2重量%を超えない、あるいは、酸化錫を主成分とする透明導電膜中に残留している塩素が、酸化チタン層へ実質的に拡散していないという条件も満たされると、より性能の優れた色素増感太陽電池が得られる。なお、実質的に拡散していないとは、酸化チタン層と酸化錫層の存在比が1:1であるとき、酸化錫バルクでの塩素濃度と、その酸化チタンと酸化錫の存在比が1:1のところでの塩素濃度との比が、0.5未満であることを意味する。具体的には、酸化チタン層の塩素の濃度としては、0.2重量%以下であるのが好ましい。
【0013】
本発明においては、酸化錫を主成分とする透明導電膜の厚みが、0.3〜1.0μmの範囲にあるものが好ましい。また、膜の製造方法としては、酸化錫を主成分とする透明導電膜が、熱分解酸化反応により透明基板上に付着されたものであるものが好ましい。
【0014】
FTOの膜中フッ素や塩素の濃度は、電子線プローブマイクロアナリシス(EPMA)装置により調べることができる。また、膜の深さ方向のプロファイルは、2次イオン質量分析装置により調べることができる。FTOの結晶配向性は、X線回折装置により調べることができる。 酸化錫の場合、X線回折パターンに現れる主なピークは、低回折角から順に(110),(101),(200),(211),(220),(310),(301)となる。このうち特に強いピーク強度が得られるのは、(110),(200),(211)の3つであり、これらのピーク強度の動向がFTOの結晶配向性の目安となりうる。
【0015】
膜中のフッ素濃度の異なる酸化錫膜について、色素増感太陽電池を形成しその変換効率を調べたところ、膜中フッ素量が比較的少ないものに対しては、太陽電池の効率が高いことがわかった。また、原料の未分解残留物である塩素も、SIMSの分析により確認できたが、塩素がチタン層まで拡散した場合に限って、太陽電池の効率が低下していることがわかった。X線回折による酸化錫の結晶面に関しては、(110)や(211)に比較的強く優先配向している膜に対しては、凹凸が大きく太陽電池の効率の低下を招いた。(200)に優先配向している場合は、優先配向が強い場合でも表面がフラットであるために太陽電池の効率は、良好な場合もあった。あまり強すぎると、透過率の低下のためと思われるが変換効率の低下を招くことがわかった。
【0016】
FTO透明導電膜を得る方法としては、スプレー法、CVD法、スパッタリング法、ディップ法など種々の方法があるが、中でもスプレー法やCVD法が、得られる膜の特性の面からも優れており、また経済性をも兼ね備えた製膜法として広く利用されている。これら方法において用いられる錫原料としては、SnCl4,(CnH2n+1)4Sn(ただしn=1〜4)、C4H9SnCl3、(CH3)2SnCl2等を使用するのが一般的である。また、フッ素をドーピングするための原料としては、スプレー法の場合、NH4F、CVD法の場合、HF、CCl2F2、CHClF2、CH3CHF2、CF3Br等がよく用いられる。
【0017】
これら原料を用いてFTO膜を製膜するにあたって、その製膜条件によって、ドーパント原料の導入割合により、膜中のフッ素の量を変えていくが、具体的には、製膜時の基板の温度の他に、酸化剤である水の量もまた重要である。その反応機構は未だ明確ではないが、膜中のフッ素や塩素の量は、加水分解反応による原料由来の塩素の解離と深い関係があると思われる。また、結晶面の制御に関しても、酸素の酸化反応と加水分解反応の制御により達成することができる。
【実施例1】
【0018】
以下、実施例により本発明を詳述する。実施例中の面積抵抗は四端子抵抗測定装置で測定した。短絡電流比とは、改良品の短絡電流/従来品の短絡電流である。開放電圧比とは、改良品の開放電圧/従来品の開放電圧である。F.F比とは、改良品のF.F/従来品のF.Fである。変換効率は、電位掃引機能を持つ直流安定化電源とピコアンメーターで測定した。いずれも、従来品(空気中等の酸素を主体とした反応により製膜した結果、フッ素と塩素の膜中含有量が適切に制御されてないために共に0.2重量%を越え、そのために、結晶が主として(200)に優先配向した膜。)の性能を1とした場合の相対値で示した。
【0019】
大きさが30mm×30mm、厚さ1mmのホウケイ酸ガラスを十分洗浄乾燥し、ガラス基板とした。この基板上に以下のようにして透明導電膜を形成した。n−ブチル錫トリクロライド、水とエタノールの混合溶液に、フッ化アンモニュウムを加え、窒素ガスと酸素の混合ガスによりスプレー法にて、水とエタノール、窒素ガスと酸素ガスの混合割合を変えるとともに、ガラスの加熱温度を変化させながらFTO膜を作製した。得られたFTOの膜厚は0.3から0.9μmであり、面積抵抗は、5.5Ω/□から13.4Ω/□の範囲にあった。膜中のフッ素量をEPMA装置により定量した。
【0020】
こうして得られたFTO膜付きガラスを十分に洗浄乾燥した後、酸化チタン微粒子ペーストを0.5cm×1cmの面積にスキージ法により塗布し、450℃で1時間の間、電気炉で熱処理を行い、酸化チタン多孔質膜を形成した。得られた多孔質膜の厚さは、ほぼ16μmであった。この多孔質膜をN3 (RuL2(NCS)2,
L: 4,4’-dicarboxy-2,2’-bipyridine)色素を含むエタノール溶液中に13時間程度浸して、微粒子に色素を修飾した。この膜を、スパッタ法により製膜した白金を持つITOまたはFTOを対極として、50μmのスペーサにより封止した。このセルの中に、アセトニトリル中、I2 250 ml、t-BuPy 580 mMを調整した電解質を注入して、セルを作製した。
【0021】
太陽電池の特性は、ソーラーシミュレータを用い、AM1.5、100 mW/cm2の擬似太陽光を、色素増感太陽電池に照射して測定した。太陽電池の変換効率(従来品との相対値)とFTO膜の諸特性を表1に示した。
【0022】
【表1】

【実施例2】
【0023】
実施例1と同様にして得られた膜のうち、塩素が酸化チタン層へ拡散した膜に対して、表1中No.1の従来品との膜特性、太陽電池特性を比較した結果を、No.4と5として表2に示した。そして、図1には、表2中のNo.4の試料に対するSIMSによる塩素の深さ方向のプロファイルを示した。No.4に対するSIMSによる酸化チタン表面(測定可能なように1μm以下の膜厚にしている)から、酸化錫層への深さ方向へのチタンと錫のプロファイルも同時に示した。チタンと錫は、その存在比を%表示で示し、塩素は、EPMAの結果を用いて、重量(wt)%に換算した値によるプロファイルを示している。
【0024】
【表2】

【実施例3】
【0025】
実施例1と同様にして得られた膜のうち、X線回折により膜の構造を調べ、結晶配向性の異なる膜に対して、従来品との膜特性、太陽電池特性を比較した結果を表3に示した。(110)と(211)の回折強度の比が、いずれも0.25よりも大きく0.4よりも小さく、且つ(200)の回折強度の比が、0.25よりも大きく0.5よりも小さい、という条件を満足しているものは、変換効率等の特性が優れていることがわかる。
【0026】
【表3】

【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明の透明電極を用いた色素増感太陽電池は、変換効率等の太陽電池特性が優れているので、次世代の太陽電池として広く普及することが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】表2中のNo.4に対する、SIMSによる、酸化チタン表面から、酸化錫層への深さ方向のチタン、錫、塩素のプロファイルを示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
透明基板上に酸化錫を主成分とする透明導電膜、緻密な酸化チタン層及び/又は多孔質酸化チタン層をこの順序で被着させた透明電極を有する色素増感太陽電池において、該酸化錫を主成分とする透明導電膜中のフッ素の濃度が、0.2重量%を超えないことを特徴とする色素増感太陽電池。
【請求項2】
酸化錫を主成分とする透明導電膜中に残留している塩素が、酸化チタン層へ実質的に拡散していないことを特徴とする請求項1記載の色素増感太陽電池。
【請求項3】
酸化錫を主成分とする透明導電膜の厚みが、0.3〜1.0μmの範囲にあることを特徴とする請求項1又は2記載の色素増感太陽電池。
【請求項4】
酸化錫を主成分とする透明導電膜が、熱分解酸化反応により透明基板上に付着されたものであることを特徴とする請求項1〜3記載の色素増感太陽電池。
【請求項5】
透明基板上に酸化錫を主成分とする透明導電膜、緻密な酸化チタン層及び/又は多孔質酸化チタン層をこの順序で被着させた透明電極を有する色素増感太陽電池において、透明電極のX線回折パターン中、(110)、(200)、(211)の三つの面からの回折ピークについて、該三つの回折強度の和に対する(110)と(211)の回折強度の比が、いずれも0.25よりも大きく0.4よりも小さいこと、及び(200)の回折強度の比が、0.25よりも大きく0.5よりも小さいことを特徴とする色素増感太陽電池。
【請求項6】
酸化錫を主成分とする透明導電膜中のフッ素の濃度が、0.2重量%を超えないことを特徴とする請求項5記載の色素増感太陽電池。
【請求項7】
酸化錫を主成分とする透明導電膜中に残留している塩素が、酸化チタン層へ実質的に拡散していないことを特徴とする請求項5又は6記載の色素増感太陽電池。
【請求項8】
酸化錫を主成分とする透明導電膜の厚みが、0.3〜1.0μmの範囲にあることを特徴とする請求項5〜7記載の色素増感太陽電池。
【請求項9】
酸化錫を主成分とする透明導電膜が、熱分解酸化反応により透明基板上に付着されたものであることを特徴とする請求項5〜8記載の色素増感太陽電池。

【図1】
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【公開番号】特開2006−32227(P2006−32227A)
【公開日】平成18年2月2日(2006.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−212008(P2004−212008)
【出願日】平成16年7月20日(2004.7.20)
【出願人】(504174135)国立大学法人九州工業大学 (489)
【Fターム(参考)】