説明

芳香族アルデヒドの製造方法及びこれに用いられる酵素

【課題】強塩基、酸又は重金属を用いることなく且つ効率よく芳香族アルデヒドを得ることができる製造方法、またこのような製造方法に用いられる酵素を提供する。
【解決手段】ピリドキサールリン酸(PLP)依存性芳香族デカルボキシラーゼと芳香族アミノ酸とをPLP存在下及びアミンオキシダーゼの非存在下で接触させる工程を含む芳香族アルデヒドの製造方法。ここで、前記PLP依存性芳香族デカルボキシラーゼは、複数の特定の配列からなる配列の少なくとも一方で表されるアミノ酸配列を有するものであることが好ましく、また芳香族アミノ酸としては、フェニルアラニン、チロシン、トリプトファンからなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、芳香族アルデヒドの製造方法及びこれに用いられる酵素に関する。
【背景技術】
【0002】
芳香族アルデヒドは、香料、農薬、医薬、人工甘味料などの原料となる物質として知られており、反応性の高いフォルミル基を有しているため、各種試薬の原料としても利用されている。芳香族アルデヒドの1つであるフェニルアセトアルデヒドは、バラ(Rosa 'Hoh-Jun'、R. damascena Mill)の主要香気成分である2−フェニルエタノールの原料となることが知られている。
このフェニルアセトアルデヒドは、フェニルエタノールのピリジン−クロム酸酸化又はフェニルアセトアルドキシムの加水分解等で得ることができ、フェニレンマグネシウムクロリドとベンゾイルダゾリウム塩によるグリニャール反応(非特許文献1)、ピリジン触媒を用いたフェニルエタノールの酸化(非特許文献2)、ゼオライト触媒によるスチレングリコールの脱水及び異性化(非特許文献3)などの製造方法が知られている。また、芳香族アセトアルデヒドを工業的に製造する方法として、アリルベンゼン誘導体をルテニウム触媒、相間移動触媒及び酸化剤と共に酸化分解する方法が知られている(例えば、特許文献1)。
【特許文献1】特開平5−229981号公報
【非特許文献1】Xibei Daue Xuebao, Ziran Kexueban, 2005, Vol.35(5), pp.562-564
【非特許文献2】Huaxue Shiji, 1995, Vol.17(2), pp.118
【非特許文献3】Tetrahedron Letters, 1988, Vol.29(12), pp.1471-1472
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、上記芳香族アルデヒドの製造方法は、芳香族アミノ酸から直接芳香族アルデヒドを得るために、強塩基、酸あるいは重金属を必要とする。
従って、本発明の目的は、強塩基、酸又は重金属を用いることなく且つ効率よく芳香族アルデヒドを得ることができる製造方法、また芳香族アルデヒドを効率よく得ることができる酵素を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0004】
本発明の芳香族アルデヒドの製造方法は、ピリドキサールリン酸(PLP)依存性芳香族デカルボキシラーゼと芳香族アミノ酸とをPLP存在下及びアミンオキシダーゼの非存在下で接触させる工程を含むことを特徴としている。
本発明の酵素は、PLP存在下で芳香族アミノ酸から芳香族アルデヒドを与えるピリドキサールリン酸(PLP)依存性芳香族アミノ酸デカルボキシラーゼからなる酵素である。
【0005】
ここで、上記PLP依存性芳香族デカルボキシラーゼが、配列番号1及び3の少なくとも一方で表されるアミノ酸配列を有するものであることが好ましい。
また、前記芳香族アミノ酸は、下記一般式(I)(式中、Xは水酸基又は炭素数1〜4のアルキル基であり、nは0〜2の整数を表す)で表される芳香族アミノ酸であることが好ましい。
【0006】
【化1】

【0007】
上記芳香族アミノ酸としては、フェニルアラニン、チロシン及びトリプトファンからなる群のいずれか1つであることが更に好ましい。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、ピリドキサールリン酸(PLP)依存性芳香族デカルボキシラーゼを用いて芳香族アルデヒドを製造するので、強塩基、酸又は重金属を用いることなく且つ効率よく芳香族アルデヒドを得ることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明の芳香族アルデヒドの製造方法は、ピリドキサールリン酸(PLP)依存性芳香族デカルボキシラーゼ(以下、本発明に係る芳香族デカルボキシラーゼという)と芳香族アミノ酸とをPLP存在下及びアミンオキシダーゼの非存在下で接触させる工程を含むことを特徴としている。
本発明に係るPLP依存性芳香族デカルボキシラーゼは、植物、特にバラ(例えば、Rosa damascena Mill. 及び R. ‘Hoh-Jun’)の花弁から抽出可能な脱炭酸酵素である。従来の芳香族デカルボキシラーゼは、脱炭酸後に、芳香族アミノ酸から相当するアミンを与えるため、芳香族アルデヒドを得るには、このアミンを更にモノアミンオキシダーゼによって酸化する必要があった。これに対して本発明のPLP依存性芳香族デカルボキシラーゼは、芳香族アミノ酸と接触させてもアミンを生成することないので、アミンオキシダーゼを用いることなく、一段階で効率よく芳香族アミノ酸から芳香族アルデヒドを得ることができる。
【0010】
本発明にかかる芳香族デカルボキシラーゼは、PLPを補因子とするアポ酵素であり、本酵素のアミノ酸、特にリジンのアミノ基を介してホロ酵素を形成した後に、PLPのフォルミル基と芳香族アミノ酸とでシッフ塩基を形成すると考えられている。
このような本発明の酵素は、アポ酵素としては、好ましくは、配列番号1及び3のアミノ酸配列を有するものを挙げることができる。これらのアミノ酸配列を有する酵素は、いずれか一方のみであってもよく、これらを組み合わせたものであってもよい。また酵素活性を損なわないアミノ酸の付加、削除、置換を有するものであってもよい。これらのアミノ酸配列は、例えば配列番号2及び4の少なくとも一方の塩基配列を有する塩基配列から得たものであるが、酵素活性を損なわないヌクレオチドの付加、削除、置換を有するものであってもよい。
【0011】
このような付加可能なアミノ酸又はポリヌクレオチドとしては、発現されたポリペプチドを効率よく精製するためのアミン酸又はこのようなアミノ酸を発現可能なポリヌクレオチドを挙げることができ、例えば、複数のヒスチジンで構成されたタグ配列を挙げることができる。
置換可能なアミノ酸又はポリヌクレオチドを含むアミノ酸配列又はヌクレオチド配列として、配列番号1及び3(又はこれに相当する配列番号2及び4)に置換部位を含むものとすることができる。置換部位は、例えば、配列番号2又は4のヌクレオチド配列の例えば両端側の約400塩基中に存在することができる。
【0012】
本発明に係るPLP依存性芳香族デカルボキシラーゼは、バラの花弁から常法によって抽出及び精製した天然物であってもよい。抽出のために用いられるバラとしては特に制限はないが、芳香族アルデヒドから生成する2−フェニルエタノールを始めとする芳香族アルコールを多量発散するバラであればよく、例えばRosa damascena Mill. 及び R. ‘Hoh-Jun’を挙げることができる。また花弁は、新鮮花弁であってもよく、凍結乾燥花弁であってもよい。花弁から抽出及び精製する場合には、常法に従って行えばよく、酵素安定性の観点から低温、好ましくは10℃以下、更に好ましくは4℃で迅速に行うことが好ましい。なお、抽出の際にPLPを含む緩衝液を使用することが、効率よく酵素を抽出、精製できるため好ましい。
【0013】
また、上記アミノ酸配列又はヌクレオチド配列から本発明の酵素を発現可能な発現ベクターを用いて遺伝子工学的に生成したものであってもよい。このような発現ベクターを用いることは、大量且つ簡便に、また高い純度で本発明に係る芳香族デカルボキシラーゼを得ることができるため、好ましい。
【0014】
本発明における「発現ベクター」は、本発明の芳香族デカルボキシラーゼを発現可能な塩基配列を有する発現カセットをベースベクター内に挿入結合することによって作製することができる。したがって、発現カセットは、ベースベクターの任意のクローニングサイトに対応した制限酵素配列を有することが好ましい。「ベースベクター」は、たとえば動物細胞用ベクター、昆虫細胞用ベクター、酵母用ベクター、大腸菌用ベクター、また酵母・大腸菌等といった複数種用のシャトルベクター等の種々のベースベクターがあるが、これらベースベクターは宿主細胞や目的に応じて適宜に選択することができる。また、適当な宿主細胞で外来タンパク質を発現させるための既存のベクターDNAを一部改変して使用することもできる。たとえば、宿主細胞として大腸菌等の微生物を利用する場合には、複製開始点(ori)、プロモータ、ターミネータ等を有するpBR系、pUC系、pBluescript系やpET系システム等が使用することができるが、もちろんこれらに限定されるものではない。
また、この発現ベクターを導入する際に利用する細菌や細胞は、本発明の酵素を安定に発現することのできるものであれば、特に限定されるものではなく、大腸菌や酵母類、各種植物細胞等が例示することができる。
発現ベクターに本発明の芳香族デカルボキシラーゼを発現可能なポリヌクレオチド配列を挿入する場合には、1つの発現ベクターに2以上の酵素を発現可能なポリヌクレオチド配列を挿入してもよく、それぞれ1つの酵素を発現可能な発現ベクターを複数同時に用いてもよい。
【0015】
本発明に係る芳香族デカルボキシラーゼは、反応溶液中に存在する芳香族アミノ酸に対して作用することができる濃度で反応系に存在していればよく、効率の観点から反応溶液中に好ましくは1μg〜1000μgとすることができる。
【0016】
本発明に係る芳香族デカルボキシラーゼを接触させる芳香族アミノ酸としては、PLPとシッフ塩基を形成可能なα炭素に結合するアミノ基と芳香環とを有する化合物であればよく、好ましくは、下記の一般式(I)で表される芳香族アミノ酸を挙げることができる。
【0017】
【化2】

【0018】
上記一般式(I)中、Xは水酸基又は炭素数1〜4のアルキル基(好ましくは、ベンゼン環の電子密度を低下しないこと及び立体構造の観点からメチル基)である。Xは複数存在してもよく、複数存在する場合には互いに異なっていてもよいが、反応性の高さから好ましくは1つである。nは0〜2の整数を表し、反応性の高さから、1であることが好ましい。
酵素基質選択性の高さから更に好ましくは、未置換の芳香族アミノ酸、即ちフェニルアラニン、チロシン、トリプトファンを挙げることができ、最も好ましくはフェニルアラニンである。
なお、これらの芳香族アミノ酸としては、D−体であってもL−体であってもよいが、基質特異性の高さからL−体であることが好ましい。
【0019】
PLPは、本発明の酵素と芳香族アミノ酸の接触時に存在する。接触工程におけるPLPの濃度は、存在する本発明の芳香族デカルボキシラーゼとシッフ塩基を形成可能な濃度であればよく特に制限されないが、反応溶液中、1〜100μMとすることができる。
なお、接触工程は、通気条件下で行う。ここでいう好気条件とは、合成可能で形成したシッフ塩基から脱炭酸、酸化、加水分解を進行可能な濃度で酸素が存在していればよく、通気量は不活性ガスで置換しない通常の通気条件であればよい。
【0020】
合成のための上記接触工程は、適当な溶媒中で、本発明に係る芳香族デカルボキシラーゼと、PLPと芳香族アミノ酸とを接触、即ち、混和させればよい。ここで用いられる溶媒としては、通常用いられる緩衝液であればよく、例えば、リン酸、クエン酸、トリス塩酸など通常用いられる緩衝液を挙げることができる。
PLPと芳香族アミノ酸と本発明の芳香族デカルボキシラーゼとの接触温度としては、特に制限されないが25〜40℃が妥当であり、酵素活性の観点から35℃が好ましい。また、接触時のpHとしては、酵素活性が損なわれなければよく、酵素活性の観点から好ましくはpH=6.0〜9.0、特に、pH=7.0で反応至的である。
【0021】
本発明の製造方法では、上記接触工程をアミンオキシダーゼの非存在下で行う。従来の芳香族デカルボキシラーゼでは、上述と同一の条件下で芳香族エチルアミンが生成するため、芳香族アルデヒドを得るにはアミンオキシダーゼの添加を必要とするが、本発明の芳香族デカルボキシラーゼは、このようなアミンオキシダーゼの添加を必要としない。この結果、上記接触工程において一段階で、反応系に芳香族アルデヒドが生成する。
【0022】
本発明の製造方法は、接触工程の後に、得られた芳香族アルデヒドを回収・精製する回収工程を設けてもよい。回収・精製手段としては、例えば、硫安沈殿、アフィニティークロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、ゲル濾過クロマトグラフィー、ハイドロキシアパタイト等のカラムクロマトグラフィー。他には電気泳動(ネイティブページ、等電点電気泳動)等、通常この目的のために用いられる手段をそのまま使用することができる。
【0023】
次に、本発明に係る酵素は、PLPの存在下で芳香族アミノ酸から芳香族アルデヒドを与える本発明に係る芳香族デカルボキシラーゼからなる。上記本発明にかかる芳香族デカルボキシラーゼについて説明した事項は、そのまま、本発明に係る酵素に適用可能である。
本発明に係る酵素では、前述したように、芳香族アミノ酸から芳香族アルデヒドを一段階で与えることができるため、強塩基、酸又は重金属を用いることなく且つ効率よく芳香族アルデヒドを得ることができる。
従って、本発明にかかる酵素を用いることによって、医薬、農薬、香料、各種試薬など、工業的に重要な芳香族アルデヒドを効率よく安価に得ることができる。
【実施例】
【0024】
以下に本発明の実施例について説明するが、これに限定されるものではない。また実施例中の%は、特に断らない限り、重量(質量)基準である。
【0025】
[実施例1]
バラ花弁からの粗酵素の精製
ガラス製ホモジナイザーに100mgの凍結乾燥花弁(R. ‘Hoh-Jun’)を採取し、ポリビニルピロリドン0.75gおよび下記の緩衝液A 10mLを加え磨砕した。磨砕液を遠心分離(4400rpm,20min)し、上清を分取した後、沈殿物に再び5mLの緩衝液Aを加え懸濁後、遠心分離し上清を分取した。上清を合わせ20%飽和となるよう硫安を加え4℃で20分間放置した後、遠心分離し、上清を分取した。得られた上清に50%飽和となるよう硫安を加え4℃で20分放置した後、遠心し沈殿を得た。沈殿物にPLP(シグマ社製)0.25mMを含む緩衝液Bを加え溶解し2.5mLとした。この溶液を緩衝液Bで平衡化したPD−10カラム(Amersham biosciences社製)に負荷し、脱塩し粗酵素溶液とした。
【0026】
【表1】

【0027】
粗酵素溶液を緩衝液Bで平衡化したHitrap−Qカラム(バイオラッド社製、5mL)に負荷した。15mLの緩衝液Bで洗浄後、0.5M NaClを含む15mLの緩衝液Bで目的たんぱく質を溶出させ、限外濾過(MWCO 50000)で濃縮し、部分精製酵素とした。
【0028】
[実施例2]
遺伝子発現酵素の精製
(1)酵素遺伝子のクローニング
バラ花弁よりQIAGEN Rneasy Plant Mini Kit(QIAGEN社製)を用いて全RNAを抽出した。既知の脱炭酸酵素遺伝子のホモロジーと、公開されているバラEST(BQ104299、BQ105113(The Plant Cell, (2002) Vol.14, p.2325-2338)を組み合わせて下記プライマーDCR1〜4を設計した(配列番号5〜8)。これらからTaKaRa RNA PCR Kit(AMV)Ver3.0(タカラ社製)を用いて、下記のプライマーDCR1〜4とキット附属M13M4プライマーを用いてRT−PCR(3’−RACE)を行うことにより、酵素遺伝子配列のクローニングを行った。
【0029】
【表2】

【0030】
(2)TAクローニング、シークエンス解析
上記(1)で得た酵素遺伝子を、QIAGEN PCR Cloning Kit(QIAGEN社製)を用いて酵素遺伝子を、pDriveCloning Vectorにライゲーションし、大腸菌(jm株)にトランスフォーメーションした。その後、酵素遺伝子の塩基配列を、EPICENTRE SequiTherm EXCELTM II DNA Sequencing Kit-LC(EPICENTRE社製)を用いてシークエンス解析した(DNAシークエンサー:Li−COR社モデル4000Lシリーズ)。その結果、二つの酵素遺伝子RDC2(配列番号1及び2)及びRDC7(配列番号3及び4)の全長を解析した(図1及び2参照)。
また、NCBIのBLAST検索において既知の脱炭酸酵素遺伝子と最大で約67%の相同性を示した。
【0031】
(3)酵素の発現
(2)で得た酵素遺伝子を、His−tag配列を上流側に、制限酵素サイトを上下流に付与した下記表3記載のプライマー、DC28BamHI(配列番号7)及びDC28XhoI(配列番号8)を用いて増幅後、再度、pDrive Cloning Vectorにライゲーションし、大腸菌(jm株)にトランスフォーメーションした(図3)。これからMiniPrep(BIO RAD社)により抽出したプラスミドを制限酵素処理、電気泳動後、ゲル切り出しを行うことでHis−tag配列と酵素遺伝子配列の二本鎖DNAを得た。これをプラスミドpET28aにライゲーション後、大腸菌DH5にトランスフォーメーションした。さらに、同様にして大腸菌DH5からプラスミドを抽出して制限酵素処理後、発現用大腸菌BL21DE3にトランスフォーメーションした。
【0032】
【表3】

【0033】
上記のトランスフォーマントBL21DE3を37℃での前培養の後、250μLの20mg/mLのカナマイシンを含むLB培地250mlで37℃60分の本培養を行って、増殖させた。
得られた菌体に、0.1M IPTGを2.5μL添加した後に20℃で12〜16時間培養を行い、菌を回収した。その後、4.5mLの緩衝液A及び0.5mLの1%CHAPSを添加して、−80℃12時間以上反応させた。超音波粉砕を行ってから、15000×g、30分間4℃での遠心分離後、His−tagカラム(Amersham biosciences社製)を用いて精製酵素液を得た。
精製酵素溶液中に存在する遺伝子発現産物としての酵素は、クマジーブリリアントブルー(CBB:和光純薬工業社製)による発色及び抗His-tag抗体(Novergen社製)を用いたウェスタンブロット解析(Novergen His-tag(登録商標) AP Western Reagent)によって、確認した(分子量56kDa:理論値、図4参照)。
【0034】
[実施例3]
各種酵素の性能評価
次に、1.5mL容のキャップ付きテストチューブに、実施例1で得られた粗酵素又は実施例2で得られた発現酵素(1〜100μM)を含む酵素溶液100μL、1mM PLP20μL、50mM L−フェニルアラニン20μL及び緩衝液C(pH7.0の0.1Mリン酸カリウム緩衝液)60μLをそれぞれ加え混合した後、35℃で60分反応させた。
その後、酵素反応溶液に内部標準物質として0.05mg/mLのベンズアルデヒド溶液5μLを加え、酢酸エチル:n−ヘキサン(1:1(v/v))混合液を400μL加え、よく混合したのち遠心分離し、有機溶媒層を分取した。この操作を3回繰り返し、あわせた有機溶媒層を無水硫酸ナトリウムで脱水した後、GC−MSで生成されたフェニルアセトアルデヒドの分析を行った。なお標準品としては和光純薬株式会社のフェニルアセトアルデヒドを使用した。
GC−MS分析条件は、以下の通りである。
MS: Thermo Trace DSQ GC-MS:
GC: Thermo Trace GC ultra
カラム: Rtx-5MS (0.25mm i.d. × 30m, 0.25mm df)
キャリヤーガス: He(1.1ml/min)
カラム温度: 60℃(5min)、8℃/分、120℃、70℃/分、290℃(1分)
インジェクター: splitless 温度=180℃
注入量: 1μL
【0035】
結果を図5〜7に示す。図5(A)に示されるようにフェニルアセトアルデヒドは、保持時間9.80〜10.03で溶出し、そのマスパターンは図5(B)に示すとおりである。これに対して実施例1で得られた花弁抽出酵素(図6(A)及び(B))及び遺伝子発現産物酵素(図7(A)及び(B))のいずれも、標準品のフェニルアセトアルデヒドと同等のパターンを示した。この結果から、本実施例にかかる酵素は、花弁抽出物(図6)であっても遺伝子発現産物(図7)であっても同様に、PLPの存在下で、L−フェニルアラニンからフェニルアセトアルデヒドを生成することは明らかである。
【0036】
[実施例4]
機能評価
フェニルアセトアルデヒド生成について、デカルボキシラーゼによる反応機構としては以下のスキーム1にあるように複数考えられるため、本実施例の芳香族デカルボキシラーゼが、フェニルアラニンから、フェニルエチルアミンを試製することなく、一段階でフェニルアセトアルデヒドを生成することを、フェニルアセトアルデヒド生成量の定量、副生成物の解析を行うことにより、確認した。
【0037】
【化3】

【0038】
(1)イプロニアジドによる酵素阻害
実施例2の大腸菌由来の芳香族デカルボキシラーゼが、フェニルエチルアミンからフェニルアセトアルデヒドが生成するものでないことを、モノアミンオキシダーゼの阻害剤であるイプロニアジドを用いた酵素活性により確認した。
1.5mL容のキャップ付きテストチューブに、実施例1で得られた酵素又は実施例2で得られた発現酵素(1〜100μM)を含む酵素溶液100μL、1mM PLP 20μL、50mM L−フェニルアラニン又は20mM 2−フェニルエチルアミン 20μL、1mM リン酸イプロニアジド(Iproniazid Phosphate;和光純薬工業株式会社)20μL及び緩衝液C(pH7.0の0.1Mリン酸カリウム緩衝液)40μLを加え混合した後、35℃で60分反応させた。
その後、実施例3と同様にして、反応溶液中のフェニルアセトアルデヒドをGC−MSで定量した。結果を図8に示す。
【0039】
図8に示されるように、本実施例の芳香族デカルボキシラーゼは、反応溶液中にフェニルアラニンが存在する場合にはフェニルアセトアルデヒドを生成するのに対して、フェニルエチルアミンが存在する場合には、フェニルアセトアルデヒドを生成しなかった。また、モノアミンオキシダーゼ阻害剤であるイプロニアジドを添加した場合には、フェニルアラニン及びフェニルエチルアミンの両基質を対象としても、酵素活性には何ら影響を与えなかった。
これらのことは、本実施例の芳香族デカルボキシラーゼが、2−フェニルエチルアミンを基質とせず、選択的にフェニルアラニンを基質としていることを示しており、一般的な脱炭酸酵素とは異なり、2−フェニルエチルアミンを経由しない反応経路によってフェニルアセトアルデヒドを生成していることが示唆された。
【0040】
(2)副生成物PMP、アンモニアの定量
更に、エタノールアミンを経由しない反応経路であることを確認するために、シッフ塩基からフェニルアセトアルデヒドに、先に示したスキーム1の合成経路において副生成物として考えられたPMP(ピリドキサミン−5−リン酸)、アンモニアの定量を行った。
【0041】
実施例1で得られた芳香族デカルボキシラーゼ(花弁抽出物)1〜100μMを含む酵素反応液を用いて、実施例3と同様にして、フェニルアセトアルデヒドの生成、測定を行った。このとき、反応系に発生したPMP及びアンモニアの量を以下のHPLCにより測定した。
HPLC分析条件は以下の通りである。
HPLC: Waters 2695 Separations Module
検出器: Waters 2475 Multi ( Fluorescnece Detector
検出波長: EX:270 nm
EM:315 nm
カラム: AccQ・Tag アミノ酸解析カラム(直径3.9×150mm)
移動相: A=100mM 酢酸ナトリウム+5.6mMトリエチルアミン(pH5.8)
: B=アセトニトリル
流速: 0.8mL/分
グラジエント: A:100%(0〜3分)〜A:80%(3〜15分)
カラム温度: 35℃
【0042】
結果を図10に示す。
図10に示されるように、本実施例の芳香族デカルボキシラーゼによって、アンモニアはフェニルアセトアルデヒドとほぼ等モルで生成されていたのに対し、PMPは約100分の1程度しか変換されていないことが分かった。
【0043】
[実施例5]
更に、実施例4(2)で示されたアンモニアがフェニルアセトアルデヒドの生成に伴って生成されるものであることを確認した。
実施例2で得られた芳香族デカルボキシラーゼ(遺伝子発現産物)1〜100μMを含む酵素反応液を用いて、実施例3と同様にして、フェニルアセトアルデヒドの生成を行った。このとき、反応系に発生したアンモニアの生成量を、フェニルアセトアルデヒドの生成量と共に経時的にHPLCにより測定した。なおHPLCの測定条件は、実施例4と同様である。結果を図11に示す。
図11に示されるように、遺伝子発現産物としての芳香族デカルボキシラーゼであっても、花弁抽出物と同様にアンモニアを生成しながらフェニルアセトアルデヒドを生成することが確認された。また、アンモニアの生成量は、フェニルアセトアルデヒド生成量の経時的増加に伴って増加した。
このことは、本実施例の酵素は、花弁抽出物であっても遺伝子発現産物であっても同様に、フェニルアラニンからフェニルアセトアルデヒド生成時には、アンモニアを副生成物として生成することが強く示唆された。
従って、本実施例の芳香族デカルボキシラーゼは、以下のスキーム2の反応機構でフェニルアセトアルデヒドを生成すると考えられる。植物由来の本実施例の芳香族デカルボキシラーゼで確認された本反応機構は、植物ではこれまで見出されていない新規な反応機構である。
【0044】
【化4】

【0045】
このように、本実施例に係るPLP依存性芳香族デカルボキシラーゼを用いることによって、L−フェニルアラニンを、脱炭素及び酸素酸化を一段階で行うことにより、フェニルエチルアミンを生成することなく、効率よくフェニルアセトアルデヒドを生成できることは明らかである。
【図面の簡単な説明】
【0046】
【図1】本発明の実施例2にかかる酵素遺伝子RDC2の構造(配列番号1及び2)を示す図である。
【図2】本発明の実施例2にかかる酵素遺伝子RDC7の構造(配列番号3及び4)を示す図である。
【図3】本発明の実施例2にかかる発現ベクターの構造及びトランスフォーメーション工程を説明する図である。
【図4】本発明の実施例2にかかる精製酵素の存在を示すCBB染色像(A)及びウェスタン・ブロッティングのゲル写真像(B)である。
【図5】標準品フェニルアセトアルデヒドのTICのチャート(A)及びGC−MSのチャート(B)である。
【図6】本実施例1の花弁抽出芳香族デカルボキシラーゼのTICのチャート(A)及びGC−MSのチャート(B)である。
【図7】本実施例2の遺伝子発現産物芳香族デカルボキシラーゼのTICのチャート(A)及びGC−MSのチャート(B)である。
【図8】本発明の実施例4にかかるイプロニアジドを用いた阻害実験の結果を示すグラフである。
【図9】本実施例1の花弁抽出芳香族デカルボキシラーゼを用いたときの副生成物の発生を示すグラフである。
【図10】本実施例2の遺伝子発現産物芳香族デカルボキシラーゼを用いたときのアンモニアの発生を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピリドキサールリン酸(PLP)依存性芳香族デカルボキシラーゼと芳香族アミノ酸とをPLP存在下及びアミンオキシダーゼの非存在下で接触させる工程を含む芳香族アルデヒドの製造方法。
【請求項2】
前記PLP依存性芳香族デカルボキシラーゼが、配列番号1及び3の少なくとも一方で表されるアミノ酸配列を有するものである請求項1記載の製造方法。
【請求項3】
前記芳香族アミノ酸が、下記一般式(I)で表される芳香族アミノ酸であることを特徴とする請求項1又は2記載の製造方法。
【化1】

(式中、Xは水酸基又は炭素数1〜4のアルキル基であり、nは0〜2の整数を表す。)
【請求項4】
前記芳香族アミノ酸が、フェニルアラニン、チロシン及びトリプトファンからなる群のいずれか1つであることを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項記載の製造方法。
【請求項5】
前記芳香族アミノ酸がフェニルアラニンであることを特徴とする請求項1乃至4のいずれか1項記載の製造方法。
【請求項6】
PLP存在下で芳香族アミノ酸から芳香族アルデヒドを与えるピリドキサールリン酸(PLP)依存性芳香族アミノ酸デカルボキシラーゼからなる酵素。
【請求項7】
配列番号1及び3の少なくとも一方で表されるアミノ酸配列を有する請求項6記載の酵素。

【図1】
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【図2】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図3】
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【図4】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2007−189943(P2007−189943A)
【公開日】平成19年8月2日(2007.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−10998(P2006−10998)
【出願日】平成18年1月19日(2006.1.19)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年10月8日 日本農芸化学会中部支部主催の「日本農芸化学会中部支部第144回例会」において文書をもって発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年11月5日〜7日 日本化学会主催の「第49回香料・テルペンおよび精油化学に関する討論会」において文書をもって発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 2005年12月18日 社団法人日本化学会主催の「PACIFICHEM2005」において文書をもって発表
【出願人】(304023318)国立大学法人静岡大学 (416)
【Fターム(参考)】