説明

荷電粒子線装置のエミッタ、その製造方法、および当該エミッタを備える荷電粒子線装置

【課題】荷電粒子線装置において高い引出電圧で動作可能で、且つ、エミッタンスを向上させたエミッタ、およびその製造方法、並びに、当該エミッタを備える荷電粒子線装置を提供する。
【解決手段】エミッタ1の周囲に希ガスを導入し、エミッタ1と引出電極29の間に9kV以上の所定の引出電圧を印加して該引出電圧を一定に保ち、エミッタ1からのエミッションパターンを観察すると共に、エッチングガスを導入してエミッタ1の先端をエッチングし、
このエッチングの間にエミッションパターンが、前記エミッタの構成原子による三量体又は単量体のスポットを示し、このスポットのサイズ及び強度が他の構成原子のスポットよりも大きくなった時点で前記エッチングガスの導入を停止する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エミッタと引出電極の間に高電界を与えることによって前記エミッタの先端から荷電粒子線を放出する荷電粒子線装置のエミッタ、その製造方法、および当該エミッタを備える荷電粒子線装置に関する。
【背景技術】
【0002】
先鋭化されたエミッタ(金属チップ)と引出電極の間に高電界を与えると、エミッタの先端から電界放出(電界放射)や電界蒸発によって電子やイオンの荷電粒子が放出されることは良く知られている。このようなエミッタは、高輝度な荷電粒子線が得られることから、電子顕微鏡の電界放出型陰極や集束イオンビーム装置の液体金属イオン源等として幅広く利用されている。
【0003】
ところで、上記の現象は、特に電界強度が高くなるエミッタの先端で発生する。さらに先端表面を微視的に見れば、電界強度は、曲率半径が局所的に小さくなるファセット角やステップなどの領域で高くなる。殆どの荷電粒子はこのような場所から放出される。
【0004】
また、電界イオン顕微法(FIM)で知られるように、高電界中の金属チップに希ガス等のガスを導入すると、電界電離によって導入ガスがイオン化する。FIMのエミッションパターンから分かるように、イオンは表面原子の直上で優先的に発生する。これを応用したイオン源はエミッタンスが小さく、且つ、液体金属イオン源に比べて試料の汚染度が低いイオン源(電界電離ガスイオン源)として近年注目されている。
【0005】
上述のように、荷電粒子は局所的に曲率半径が小さい領域、即ち個々の原子近傍から優先的に放出される。そこで近年、エミッタンスの良い荷電粒子源を得るために、先鋭化された金属チップの先端面に単一原子(単量体)若しくは3個の原子(三量体)を配置させたエミッタが脚光を浴びている。
【0006】
特許文献1および非特許文献1には、先端面に1個のタングステン原子を配置させたタングステンチップ(以下Wチップ)の製造方法が開示されている。この製造方法では電界蒸発の際に、エッチングガスとして窒素ガスが導入される。窒素ガスはタングステン原子のマイグレーションを誘起し、タングステン原子を本来の位置から移動させる。移動したタングステン原子の周囲の電界強度は更に高まり、その結果、隆起したタングステン原子は電界蒸発によって除去される。また、同文献の製造方法では、Wチップの先端を細長い略円錐状(非特許文献1の図6を参照)に形成するため、エッチングの際にWチップの引出電圧を徐々に下げている。
【0007】
ところで、電界蒸発を用いたエミッタの製造方法において、エッチングガスを用いない例が特許文献2に開示されている。同文献のエミッタの製造方法では、集束イオンビーム装置にエミッタを設置し、エミッタと引出電極の電位差である引出電圧を印加してイオンビームを得る。その後も所望の引出電圧まで徐々に上昇させ、電界蒸発を続ける。このときの引出電圧の上昇速度は、放電が起こらないような十分遅い値に設定される。エミッタの曲率半径は、最終的に設定した所望の引出電圧に応じた値になる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】米国特許7431856号公報
【特許文献2】特許第2789610号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】Moh'd Rezeq et al., J. Chem. Phys., vol.124, 204716(2006)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
最先端に数個の原子を配置させたエミッタ(以下、便宜上ナノエミッタと称する)で得られる総電流量は、放出源が数個の原子に限られていることから、最大でも10nA程度である。この値は、従来の電子銃或いはイオン源で得られる総電流量の1/100〜1/1000である。
【0011】
また、従来の電界放出型電子銃や液体金属イオン源等から放出される電子線又はイオンビーム(以下、荷電粒子線と総称する)の放出角(荷電粒子線のビーム軸と当該荷電粒子線の側面が成す角度、以下同じ)は30度程度であるの対して、ナノエミッタから放出される荷電粒子線の放出角は1度程度と言われている。さらに、従来の電界放出型電子銃から得られる電子線のエネルギー幅は0.5eV程度、液体金属イオン源から得られるイオンビームのエネルギー幅は10eV程度である。これに対して、ナノエミッタで得られる電子線及びイオンビームのエネルギー幅は、それぞれ0.1eV程度、0.5eV程度である。このように、ナノエミッタで得られる荷電粒子線の放出角及びエネルギー幅は、従来のものに比べて明らかに小さい。
【0012】
電界レンズ或いは磁界レンズ等からなる荷電粒子光学系によるビームロスは、同光学系による球面収差を考慮すると、放出領域は小さく、さらに放出角は小さいほど少ない。即ち、荷電粒子線のエミッタンスが小さくなるほど、ビームロスは減る。また、色収差の点でも、荷電粒子線のエネルギー幅が狭いほど有利である。従って、放出領域が原子サイズのオーダーであるナノエミッタは、高輝度で高干渉性の荷電粒子線源として適している。
【0013】
なお、ナノエミッタの総電流量を増やすには、引出電圧を上げることが考えられる。ところが、特許文献1の図4に示すように、一旦形成されたナノエミッタに形成時の引出電圧(4.4kV)よりも高い電圧を加えると、電界蒸発が活性化し、最先端に位置した1個のタングステン原子のみならずその下の原子層が次々に除去されてしまう。結果として、先端の曲率半径および放出領域が拡大するので、ナノエミッタとしての本来の機能が失われる。また、引出電圧の上昇によって放電等によるナノエミッタの破壊も懸念される。従って、引出電圧が数十kVに達する電子顕微鏡や集束イオンビーム装置にナノエミッタを搭載する場合、このような高い引出電圧を印加したときにも、安定に動作する必要がある。
【0014】
また、特許文献1の製造方法では、数個の原子を最先端に配置させるため、最先端に数個の原子が確認された後に引き出し電圧を下げている。一般的に、引出電圧が荷電粒子線(例えばイオンビーム)の加速電圧(ビームエネルギー)になることを踏まえると、この操作によって十分な総電流量が得られない可能性がある。
【0015】
本発明は上記の事情を鑑みてなされたものであり、荷電粒子線装置において高い引出電圧で動作可能で、且つ、エミッタンスを向上させたエミッタ、およびその製造方法、並びに、当該エミッタを備える荷電粒子線装置の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明の第1の態様は、エミッタと引出電極の間に高電界を与えることによって前記エミッタの先端から荷電粒子線を放出する荷電粒子線装置のエミッタの製造方法において、前記エミッタの周囲に希ガスを導入し、前記エミッタと前記引出電極の間に9kV以上の所定の引出電圧を印加して該引出電圧を一定に保ち、前記エミッタからのエミッションパターンを観察すると共に、エッチングガスを導入して前記エミッタの先端をエッチングし、エッチングの間にエミッションパターンが、前記エミッタの構成原子による三量体又は単量体を他の構成原子よりも優先的に示した時点で前記エッチングガスの導入を停止することを特徴とする。
【0017】
前記エミッタは、(111)面を先端面に有する単結晶又は多結晶タングステン針であることが好ましい。
【0018】
前記エッチングガスは窒素ガス又は酸素ガスであることが好ましい。
【0019】
前記引出電圧は18kV以上であることが好ましい。
【0020】
本発明の第2の態様は、上記の方法によって製造された荷電粒子線装置のエミッタである。
【0021】
本発明の第3の態様は、上記の方法によって製造されたエミッタを荷電粒子源に備えることを特徴とする荷電粒子線装置である。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、荷電粒子線の放出角を更に小さくした、即ち、エミッタンスを向上させたエミッタを製造することができる。
【0023】
また、エミッタを形成する時の引出電圧を上げるほど、荷電粒子線のエミッタンスは向上し、その角電流密度は、引出電圧の約2乗に比例して増大する。従って、ビームロスの少ない、効率のよい荷電粒子線を生成できる。また形成の引出電圧を高く設定することによって、荷電粒子線装置のプローブビームとして実用的なエネルギーの荷電粒子線が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の一実施形態に係る製造方法によって形成されたエミッタを示す図であり、(a)はエミッタ先端の概略図であり、(b)は(a)の拡大図であり、(c)はエミッタ先端の平面図である。
【図2】本発明の一実施形態に係るエミッタの製造装置の一例を示す構成図である。
【図3】本発明の一実施形態に係るエミッタの製造方法の各工程を示すフローチャートである。
【図4】図3に示す工程で得られたエミッションパターンの一例である。
【図5】エミッタの形成過程を示す図であり、(a)は従来例における形成過程を示す図、(b)は本発明の一実施形態における形成過程を示す図である。
【図6】本発明の一実施形態に係るエミッタで得られたエミッションパターンの一例である。
【図7】本発明の一実施形態に係るエミッタで得られた引出電圧‐放出角の関係を示すグラフである。
【図8】本発明の一実施形態に係る荷電粒子装置の構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明の一実施形態について図面を用いて説明する。図1は本実施形態に係る製造方法によって形成されたエミッタの先端部を拡大した概略図であり、図2は本実施形態に係るエミッタの製造装置の一例を示す構成図である。
【0026】
まず、本実施形態に係るエミッタについて図1を用いて説明する。本実施形態に係るエミッタ1は針状の金属である。エミッタ1は後述する製造方法においてエッチングされ、その先端面2の頂点に荷電粒子放出源3が形成される。荷電粒子放出源3の先端には1個または3個の構成原子T(即ち、構成原子Tの単量体または三量体)が配置される。
【0027】
このような構成原子Tの配置を達成するには、先端面2の結晶構造が、エミッタ1の中心軸Oに対して回転対称(例えば3回対称)であることが望ましい。一方、エミッタ1を、電界放出や電界電離を利用した荷電粒子放出源として使用可能とするには、電界蒸発が起きる電界の閾値が高い(即ち、電界蒸発し難い)材質を用いることが望ましい。従って本実施形態では、これらの条件を満たすエミッタ1の材料として、[111]軸が中心軸Oと平行な(即ち、中心軸Oと垂直な面が(111)面となる)単結晶タングステンを用いる。なお、エッチング(後述)時の先端面に(111)面が現れる多結晶タングステンでもよい。
【0028】
次に、本実施形態に係るエミッタの製造方法で用いる製造装置の一例について、図2を用いて説明する。図2に示すように、エミッタ1はエミッタアッセンブリ(後述)11内に保持されている。
【0029】
本実施形態における製造装置20は排気装置(図示せず)に接続した真空槽21を備える。排気装置は例えばイオンポンプ、ゲッターポンプ、ターボ分子ポンプ等の周知のポンプである。真空槽21のベース圧力は10−7Pa以下である。
【0030】
真空槽21にはエッチングガスの導管(ポート)22が接続されている。エッチングガスは窒素ガス又は酸素ガスであり、エミッタ1をエッチングするために導入される。導管22にはリークバルブ23が設けられており、エッチングガスの導入量を微調整することが可能である。この導入量は、真空槽21に設置された真空計Pが示す圧力に応じて適宜調整される。また、この導入量の調整は、四重極質量分析計等の分圧測定機能を有する装置24を設け、この装置24が示すエッチングガスの分圧を基に行ってもよい。
【0031】
真空槽21には蛍光板31に表示されるエミッションパターンを観察するための観察窓25が設けられている。CCDカメラ等の撮像装置26はこの観察窓25に向かって配置され、エミッションパターンを随時観察する。
【0032】
真空槽21にはエミッタアッセンブリ11を冷却する冷却装置27が設けられる。冷却装置27は液体窒素等の冷却材を貯留する容器である。この容器は、熱伝導性の良い金属(例えば銅)を用いて形成されており、外部から冷却材を注入するための配管(図示せず)が接続されている。
【0033】
図2に示すように、冷却装置27は、例えば、真空槽21内で観察窓26に対向するように設けられる。この場合、冷却装置27と観察窓26の間には、エミッタアッセンブリ11や引出電極29、MCP30、蛍光板31等が設けられ、エミッタ1で生成したイオンが飛行する空間が確保される。従って、冷却装置27は、これら考慮し、観察窓26から十分に離れて設置される。
【0034】
冷却装置27の前面(即ち観察窓26に対向する面)27aには、絶縁部材28が設けられる。絶縁部材28は、エミッタアッセンブリ11(具体的には、エミッタ1、フィラメント14、電極13a、13b)を冷却装置27から電気的に絶縁しつつ、その間の熱的な接触を図る。絶縁部材28の材質は、例えば、ガス放出量の少ないフッ素樹脂やアルミナ等のセラミック、又は熱伝導性の良いサファイアガラスなどである。
【0035】
エミッタアッセンブリ11は、この絶縁部材28を介して、冷却装置27に固定される。エミッタアッセンブリ11は、基板12と、基板12に立設された2本の電極13a、13bと、これら電極13a、13bの各先端を接続するように設けられたフィラメント14と、フィラメント13に固定された上述のエミッタ1を備える。
【0036】
基板12は、電極13a、13bを固定支持する絶縁板であり、セラミック等によって形成されている。電極13a、13bはモリブデン等の高融点金属で形成され、所定の間隔をもって基板12に立設している。各電極13a、13bは、フィラメント14を通電加熱するための加熱用電源32に接続されている。加熱用電源32の出力端子の一方には、引出用電源33が接続されており、これによって、エミッタ1と引出電極29間の引出電圧が設定される。この引出電圧は、生成される荷電粒子線のビームエネルギーに相当する。
【0037】
フィラメント14は、電極13a、13bの各先端部を接続している。フィラメント14は一般的なタングステンワイヤであり、電極13a、13b間に流れる電流によって加熱され、この加熱によってエミッタ1を加熱洗浄する。
【0038】
エミッタアッセンブリ11の前方(即ち、図2における下方、以下同じ)には、接地された引出電極29が設けられている。引出電極29とエミッタ1の先端面2との距離は2〜5mm程度である。引出電極29は、エミッタ1から放出されたイオンをMCP30に向かって通過させるためのアパーチャ29aを有する。アパーチャ29aは、円形の貫通孔であり、その直径は例えば4mmである。またアパーチャ29aの中心はエミッタ1の中心軸O上に位置する。ただし、「中心軸O上に位置する」との定義は、冷却装置27へのエミッタアセンブリ11の取付精度、フィラメント14へのエミッタ1の取付精度、及び冷却時のエミッタアセンブリ11の移動等による誤差を含むものであって厳密ではない。
【0039】
引出電極29は、その縁端から冷却装置27に向かって形成された側面29bを有する。側面29bはエミッタアセンブリ11および絶縁部材28を囲むように設けられ、その縁端は冷却装置27に接続している。従って、引出電極29は、エミッタアセンブリ11の周囲をほぼ密閉している。
【0040】
引出電極29の側面29bの一部には、真空槽21の外部からヘリウムやアルゴン等の希ガスを導入するための導管34が接続されている。導管34から導入された希ガスは、エミッタ1からのエミッションパターンを観測する時の種ガスとして用いられる。導管22と同様に、この導管34にもリークバルブ35が設けられ、希ガスの導入量を微調整できる。
【0041】
引出電極29の前方にはMCP30と蛍光板31が設けられている。エミッタ1から放出されたイオンビームはMCP30に入射する。MCP30は、イオンビームの入射によって二次電子を発生・増倍する。増倍された電子は蛍光板31に入射し、エミッションパターンを形成する。引出電極29とMCP30の入射面30aとの間を加減速の生じない空間(フィールドフリー)とするため、入射面30aは接地されている。また、なお、引出電極29とMCP30の入射面30aとの距離は50mm程度である。蛍光板31によって表示されたエミッションパターンは観測窓26を介して、大気側の撮像装置27で随時記録される。
【0042】
次に、本実施形態に係るエミッタの製造方法について、上記の製造装置20を用いた例を挙げて説明する。本実施形態では、エミッタ1として(111)面を先端面に有する単結晶タングステン針を用いた。
【0043】
図3は、本実施形態に係るエミッタの製造方法の各工程を示すフローチャートである。図4(a)〜4(f)は、図3に示す工程で得られたエミッションパターンの一例である。
【0044】
エミッタ1はNaOH溶液等を用いた電解研磨によって予め針状に形成されており、エミッタアッセンブリ11に取り付けられている。また、エミッタアッセンブリ11は、超高真空の真空槽21に設置されており、冷却装置27によって液体窒素温度付近まで冷却されている。ただし、エミッタアセンブリ11を冷却するのは、エミッタ1の表面上での、後に導入される希ガスの滞在時間を単に長くするためだけであるので、エミッタ1が実際に液体窒素温度まで厳密に下がっている必要はない。さらに、エミッタ1は、加熱用電源32を用いたフィラメント14の通電加熱によって加熱洗浄(フラッシング)され、当所エミッタ1に付着していた水分等の不要物は除去されている。
【0045】
本実施形態では、エミッタ1の加熱洗浄を行った後、リークバルブ35を徐々に開き、真空槽21の圧力が1×10−3Paになるまで希ガスを導入する(ステップS1)。なお、導入された希ガスは引出電極29のアパーチャ29aのみを通じて排気されるので、エミッタ1の周囲の希ガスの量は、真空計Pで計測された値よりも一桁乃至二桁程度大きいと考えられる。
【0046】
希ガスの導入後、引出用電源33を用いてエミッタ1と引出電極29の間に9kV以上の所定の引出電圧を印加し、この引出電圧を一定に保つ(ステップS2)。具体的には、エミッタ1にこの引出電圧を印加し、この電圧を一定に保つ。この電圧の印加によって、エミッタ1の先端では電界蒸発が発生する。電界蒸発によって発生したイオンは、引出電圧によって加速され、アパーチャ29aを通過する。その後、加減速されることなく直進してMCP30に入射する。このようなイオンが短時間に多数回、MCP30に入射するので、蛍光板31上にはエミッションパターンが映し出される。従って、電界蒸発時に生じる先端面2の構造変化は、エミッションパターンの変化から確認できる。暫くすると、図4(a)に示す清浄表面が得られる。図の中央に見えるリングは(111)面を示しており、その周囲にはリング状のステップが現れる。なお、エミッションパターンの観察は、エミッタ1の製造終了時まで続ける。
【0047】
先端面2の清浄表面が得られた時点で真空槽21に窒素または酸素のエッチングガスを導入し(ステップS3)、エミッタ1の先端をエッチングする。このとき導入するエッチングガスの量は分圧にして1×10−3Pa程度である(即ち、真空槽21内の総圧力は約2×10−3Paになる)。導入されたエッチングガスはアパーチャ29aを通してエミッタ1の周囲に拡散し、その一部はエミッタ1の先端面2に付着する(図1参照)。先端面2に付着したエッチングガスは、マイグレーションを誘発し、本来の位置からタングステン原子を移動させる。移動したタングステン原子は電界蒸発によって先端面2から離脱する。図4(b)のエミッションパターンはエッチングガスを導入してから約25分後に得られたもので、徐々にタングステン原子が除去されていく様子を示している。
【0048】
図4(b)の状態から更にエッチングを続けると、図4(c)に示すエミッションパターンが得られる。ここで、図4(a)と4(c)を比較すると、図4(c)では各スポットサイズ及びスポット間の距離が大きくなり、FIMとしての観察倍率が上昇したことを示している。つまり、観察倍率は測定試料の先端の曲率半径に反比例することから、このエッチングによってエミッタ1は先鋭化され、先端面2の曲率半径が減少したことがわかる。
【0049】
図4(d)に示すように、最先端のタングステン原子が数個になると、これらに対応するスポットは他の周辺のスポットに比べて明るくなり始める。例えば、図4(d)では、六角形状に位置したタングステン原子(六量体)の各スポットが、その周囲のタングステン原子のスポットよりも明るくなっている。さらにエッチングを続けると、周囲のタングステン原子が殆ど見えなくなるとともに、明るくなったスポットのタングステン原子が徐々に離脱する。その後、図4(e)に示すようにタングステン原子の三量体(トライマー)が、更に、図4(f)に示すように、三量体を構成していたタングステン原子のうちの2個が取れて、単量体(モノマー)が形成される。図4(e)及び図4(f)に示す状態において、各スポットのサイズ及び強度は、周辺の他のタングステン原子のスポットよりも十分大きくなっている。これは、先鋭化されたエミッタ1の最先端に三量体又は単量体のみが位置したことを意味する。従って、図4(e)又は図4(f)に示す状態になった時点でエッチングガスの導入を停止すると(ステップS4)、マイグレーション及びエッチングが停止し、先端に形成された三量体又は単量体が安定に存在するようになる。
【0050】
なお、上記エッチングの最中には、エミッタ1の先端で六量体、三量体、単量体のタングステン原子が順次形成されており、このサイクルを適宜繰り返してもよい。この場合、サイクルの周期は徐々に安定するので、安定した時点でエッチングガスの導入を停止する。
【0051】
ここで、特許文献1の製造方法と比較すると、特許文献1では、エッチングの最中に徐々に引出電圧を下げて、エミッタの先端部側面を優先的に除去してエミッタを先鋭化している。つまり、図5(a)に示すように、エミッタ100のエッチング前の先端形状101は、エッチングガスの導入によって、エッチングの初期段階では一点鎖線で示す先端形状101になる。その後、エッチングを継続しつつ引出電圧を下げることによって、先端の原子を残すようなエッチングが行われ、最終的に、実線で示す先端形状102を得ている。換言すれば、引出電圧を下げることによって、エミッタ100の側面を優先的にエッチングしている。
【0052】
一方、本実施形態ではエッチングの間、引出電圧を一定に保っている。従って、図5(a)と同様に、図5(b)のエミッタ1のエッチング前の先端形状4は、エッチングガスの導入によって、エッチングの初期段階で一時的に一点鎖線で示す先端形状5になる。しかし、引出電圧が一定に保たれているために先端面が優先的にエッチングされ、二点鎖線で示すような先端形状6を経て、最終的に実線で示す先端形状7となる。本実施形態では、特許文献1に示された引出電圧よりも2倍以上大きい引出電圧でイオンビームが生成されている。従って、最終的に形成されたエミッタ1は、その先端面が全体として特許文献1に示されるものよりも緩やかな傾斜の曲面となり、その頂点に数個の構成原子が配置された形状になっていると考えられる。
【0053】
上記の製造方法に基づき、引出電圧を10kV、15kV、25kVに設定してエミッタ1を形成したときのエミッションパターン(スポット)を、それぞれ、図6(a)、(b)、(c)に示す。各図右下には、イオンビームの光軸を基準とした放出角(つまり、全体の開き角の1/2)のマーカーを示した。このマーカーの長さは、13.3mradの放出角に対応している。これらの図から分かるように、エミッタ形成時の引出電圧を上げると、得られるイオンビームのスポットサイズは小さくなる。即ち、エミッタ形成時の引出電圧の上昇に応じて、イオンビームの放出角は小さくなる。
【0054】
引出電圧に対する放出角の関係を図7に示す。同図には、これらの測定結果にフィッティングした関数Fを示している。この関数Fから、引出電圧を9kV以上に設定して形成したエミッタ1の放出角は1度(17.5mrad)以下となり、更に引出電圧を18kV以上に設定した場合には、放出角が0.33度(6mrad)以下になることが分かる。即ち、本実施形態に係るエミッタの製造方法によれば、従来1度とされていたイオンビームの放出角を更に小さくすることができる。
【0055】
さらに、図7の関数Fから明らかなように、放出角αは引出電圧Vextの−1.9乗に比例しており、この指数は−2乗に近い。つまり、エミッタ形成時の引出電圧を上げるほど、イオンビームのエミッタンスは向上し、イオンビームの角電流密度(単位立体角当りの電流値)は、引出電圧の約2乗に比例して増大する。本実施形態に係る製造方法では、このような放出角特性を与えるような先端形状のエミッタを形成できる。
【0056】
また、引出電圧を高くすることによって荷電粒子線装置のプローブビームとして実用的なエネルギーになる。
【0057】
さらに、引出電圧の上昇によりエミッタンスが向上するので、収差によるビームロスは減少する。従って、エネルギー効率のよいイオンビームの輸送が可能となる。ビームロスが少ないことから、引出用電源33の容量を従来のものよりも小さくできる。
【0058】
以上の効果は、本実施形態に係るエミッタを電子線生成用エミッタとして用いた場合にも同様に得られる。
【0059】
次に、本実施形態に係る荷電粒子線装置について図8を用いて説明する。この荷電粒子線装置は、上述のエミッタ1を荷電粒子源に搭載したものである。
【0060】
以下、本実施形態に係る荷電粒子線装置40をイオンビーム装置として説明する。なお、荷電粒子線装置40が電子線装置である場合でも、基本的に、エミッタ1と引出電極29の間に与える引出電圧および荷電粒子光学系の各極性が反転するだけで、構成はイオンビーム装置と同様である。
【0061】
図8に示すように、荷電粒子線装置40は、イオン銃部(荷電粒子源)41と、オリフィス42を通じてイオン銃部41に接続する鏡筒部43とを備える。イオン銃部41にはイオンビームの種ガスが導入され、一方、鏡筒部43には試料が導入される。荷電粒子線装置40の動作時には、イオン銃部41は低真空になる。鏡筒部43は高真空から超高真空に維持する必要があるので、これらは個別の排気装置(図示せず)により差動排気されている。
【0062】
イオン銃部41は、上述した製造装置20における冷却装置27、絶縁部材28、エミッタアッセンブリ11、引出電極29、導管34等を含む(図2参照)。なお、図8では、説明の便宜上、これらのうちエミッタ1のみを示している。さらにイオン銃部41は、引出電極29の下流(即ち図8の下方)に集束レンズ44や偏向器45を備える。集束レンズ44は、エミッタ1において生成されたイオンビームを集束する。偏向器45は、更にその下流に設けられるオリフィス42に向けて、イオンビームの軸合わせ(アライメント)を行う。
【0063】
オリフィス42は、その下流側に設けられる鏡筒部43に向けてイオンビームの位置を規定すると共に、希ガス等の導入ガスが顕微鏡鏡筒部43へ流入することを規制する。オリフィス42と引出電極29との間隔は、イオンビームをオリフィス42へ効率良く(即ち、無用なビームロスを抑えて)導くために、極力小さいことが望ましい。しかしながら、これらの間には、集束レンズ44および偏向器45が挿入されるため、実際には50mm以上となることが多い。また、イオン銃部41と鏡筒部43の差圧を2桁程度にする必要があることを考慮すると、オリフィス42の直径は例えば0.5mmになる。
【0064】
鏡筒部43は、ゲートバルブ等の仕切り弁46と、可動式の絞り47と、偏向器48と、対物レンズ49と、試料ステージ50とを備える。この他にも適宜、集束レンズ、収差補正器が設けられる。さらに、観察の種類に応じて、MCPや二次電子増倍管等の荷電粒子検出器あるいは半導体検出器等の放射線検出器が設けられる。なお、上記の集束レンズ及び偏向器は、静磁場または静電場、あるいはこれらの重畳場を用いたものが用いられる。
【0065】
仕切り弁46は、エミッタ1(エミッタアッセンブリ11)の交換時や鏡筒部43のリーク時にイオン銃部41と鏡筒部43との間の接続を一時的に遮断する。絞り47、偏向器48、対物レンズ49、試料ステージ50については既知のものでよく、その機能も周知であるため説明を割愛する。
【0066】
上述したように、オリフィス42を引出電極29から50mm以上離れて配置し、その直径を0.5mmとした場合、エミッタ1から放出されたイオンビームが、オリフィス42で遮られずに通過するには、イオンビームの放出角を6mrad以下にする必要がある。図7に示すように、18kV以上の引出電圧でエミッタ1を形成した場合、エミッタ1はこの条件を満たす。
【0067】
なお、引出電極29とオリフィス42の間隔、及びオリフィス42の直径は、上記の値に限定されない。例えば、排気装置の排気速度を上げることによってオリフィスの直径を大きくすることができる可能性はある。この場合、イオンビームの放出角の上限は緩和されるので、所望の電流量が得られる限り、エミッタ形成時の引出電圧を下げることも可能である。
【符号の説明】
【0068】
1・・・エミッタ、2・・・先端面、3・・・荷電粒子放出源、11・・・エミッタアセンブリ、29・・・引出電極、30・・・MCP、31・・・蛍光板、32・・・加熱用電源、33・・・引出用電源、40・・・荷電粒子線装置、41・・・イオン銃部(荷電粒子源)、42・・・オリフィス、43・・・鏡筒部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
エミッタと引出電極の間に高電界を与えることによって前記エミッタの先端から荷電粒子線を放出する荷電粒子線装置のエミッタの製造方法において、
前記エミッタの周囲に希ガスを導入し、
前記エミッタと前記引出電極の間に9kV以上の所定の引出電圧を印加して該引出電圧を一定に保ち、
前記エミッタからのエミッションパターンを観察すると共に、エッチングガスを導入して前記エミッタの先端をエッチングし、
このエッチングの間にエミッションパターンが、前記エミッタの構成原子による三量体又は単量体のスポットを示し、このスポットのサイズ及び強度が他の構成原子のスポットよりも大きくなった時点で前記エッチングガスの導入を停止することを特徴とする荷電粒子線装置のエミッタの製造方法。
【請求項2】
前記エミッタは、(111)面を先端面に有する単結晶又は多結晶タングステン針であることを特徴とする請求項1に記載の荷電粒子線装置のエミッタの製造方法。
【請求項3】
前記所定の引出電圧は18kV以上であることを特徴とする請求項2に記載の荷電粒子線装置のエミッタの製造方法。
【請求項4】
前記エッチングガスは窒素ガス或いは酸素ガスであることを特徴とする請求項3に記載の荷電粒子線装置のエミッタの製造方法。
【請求項5】
請求項1乃至請求項4の何れか1つに記載された方法によって製造された荷電粒子線装置のエミッタ。
【請求項6】
請求項1乃至請求項4の何れか1つに記載された方法によって製造されたエミッタを荷電粒子源に備えることを特徴とする荷電粒子線装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−124099(P2011−124099A)
【公開日】平成23年6月23日(2011.6.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−280917(P2009−280917)
【出願日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【出願人】(000004271)日本電子株式会社 (811)
【Fターム(参考)】