説明

蒸気タービン用蒸気弁

【課題】
本発明は、母材との先膨張係数差によるクリープ変形,溶接時の残留応力による変形の問題を抑制し、高温蒸気条件下で、摺動部における耐酸化,耐摩耗性を保持し正常に作動できる蒸気弁を提供することにある。
【解決手段】
蒸気温度が600℃以上の蒸気タービンに用いられる蒸気弁であって、摺動部にCrパック処理によるコーティングを形成する。Crパック処理が施される摺動部は、弁棒1をガイドするブッシュ4の内面,ブッシュ4内面と接触する弁棒1外面,弁体2をガイドするスリーブ5の内面,スリーブ5内面と接触する弁体2外面とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蒸気タービン用蒸気弁に係り、特に、蒸気温度が600℃以上の蒸気タービンに用いられる耐酸化性・耐摩耗性に優れた摺動部を有する蒸気タービン用蒸気弁に関する。
【背景技術】
【0002】
火力発電プラントの蒸気タービン発電設備には、蒸気流量の制御機能を有する蒸気弁が設けられる。主な蒸気弁は、主蒸気止め弁,蒸気加減弁,再熱蒸気止め弁,インターセプト弁である。
【0003】
例えば、蒸気加減弁は、弁棒と弁棒に連動する弁体を軸方向に作動させ、弁の開度を変化させることで蒸気流量の調整機能を有する。一連の動作の中で、弁棒はバルブスタンド内部に設置されたブッシュを、弁体はスリーブをそれぞれガイドとして作動する。弁棒及び弁体は軸方向に対して直交方向には固定されていないので、蒸気力による振動により摺動を繰り返すことになる。また、他の蒸気弁においても各部位の形状の差はあるが、類似の構造となっている。
【0004】
これまでの火力発電プラントでは、一般に主蒸気温度538℃又は566℃の条件下で運用され、この温度条件下における蒸気弁摺動部への耐酸化性(酸化スケール生成の抑制),耐摩耗性(高温硬さの向上)処理の検討が行われている。
【0005】
弁体とスリーブ,弁棒とブッシュなどの摺動部における間隙は蒸気漏洩防止と蒸気力による振動防止のため微小なものとなっているが、この間隙に高温蒸気が流入すると酸化スケールが生成し、時間の経過と共に摺動部に堆積することで固着の要因となる。これを抑制するため、従来の蒸気条件下(538℃又は566℃)では、摺動部表面(ブッシュなどの静止部)にステライト肉盛り溶接又はステライト製ブッシュの挿入が施されている。ステライトはコバルトを主成分とし、30%程度のクロム,4〜15%のタングステンを含有する合金で、耐摩耗性に優れた材料として広く知られているが、コバルトを多く含んでいるので耐酸化性にも高い特性を持っている。また、一般にクロム含有量が高い合金材も高い耐酸化特性を有している。他の耐酸化用の施工法として、ステライトと同様、耐酸化,耐摩耗性に優れたクロムカーバイド溶射がある。溶射の施工法は溶射ガンにより母材に粒子(コーティング材)を噴出させるものであるのでブッシュやスリーブなどの円筒形状の内径面には施せない。
【0006】
蒸気弁摺動部には耐酸化性と同時に耐摩耗性も要求されるが、ステライトによる処理もしくはクロムカーバイド溶射が難しい部位については、耐摩耗性対策として、窒化処理が広く用いられている。窒化処理は500〜600℃の温度条件下で母材表面に窒素を浸透させ窒化鉄の硬化層を生成させる技術である。窒化処理は利便性が高く比較的低コストであるので様々な施工法で広く用いられている。
【0007】
尚、耐エロージョン対策としてCrパック処理を施したものとして、特許文献1(蒸気タービンノズル翼)や特許文献2(蒸気タービン用主蒸気止め弁)に記載のものがある。
【0008】
【特許文献1】特開昭60−243263号公報
【特許文献2】特開昭61−201965号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
近年、エネルギー問題等の観点から火力発電プラント及びその設備に対する高効率化が求められている。このような高効率化への需要の高まりを受け、蒸気温度600℃以上の火力発電プラントが建設され、同時に蒸気弁においても性能の改善及び向上が図られている。
【0010】
酸化スケール生成の抑制,耐摩耗を目的とするステライト処理は長時間運転を行うと、蒸気温度の高温化に伴って、母材(例えば、クロム−モリブデン−タングステン−バナジウム鋼,9%クロム鋼,12%クロム鋼,インコロイ(ニッケル−クロム−鉄が主成分)などの合金)とステライトとの線膨張係数差によるクリープ変形、溶接時の残留応力による変形が問題となってくる。また、窒化処理は、600℃の高温蒸気条件下で長時間使用すると、酸化スケールの生成量が増大し、さらに高温硬さも蒸気温度の上昇と共に減少して行き軟化する傾向にある。このように、600℃以上の高温蒸気条件下において、窒化処埋の効果はほとんど失われてしまうことになる。摺動部における酸化スケールの生成,摩耗及び変形などの蒸気弁の動作不調要因となる。
【0011】
尚、特許文献1や特許文献2は、飛来微粒子によるエロージョンのためにCrパック処理を施したもので、本発明の適用対象である摺動部には飛来微粒子によるエロージョンの問題を考慮する必要がないことから、Crパック処理の蒸気弁摺動部への適用については考慮されていない。
【0012】
本発明は、母材との先膨張係数差によるクリープ変形,溶接時の残留応力による変形の問題を抑制し、高温蒸気条件下で、摺動部における耐酸化,耐摩耗性を保持し正常に作動できる蒸気弁を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、高温蒸気条件下(蒸気温度600℃以上)で用いられる蒸気弁の摺動部にCrパック処埋を施すことを特徴とする。
【0014】
Crパック処理は、浸炭処理を行った材料をクロム,酸化アルミニウム、及び塩化アンモニウムの粉末中に埋没させ高温熱処埋(これをクロマイジング処理という)し、その後調質処理を行うことで、母材表面に高い耐酸化特性と硬さを有するクロムカーバイド層を形成するもので、この一連の処理をCrパック処理と称する。
【発明の効果】
【0015】
Crパック処理は、12Cr鋼の場合、常温硬さ1550HV,高温(600℃)硬さ1100HVと高温でも高硬度を維持しているため、蒸気弁の摺動部に施した場合、耐摩耗性を向上させることができる。また、耐酸化特性においても800℃くらいまでは酸化増量は非常に小さいため、摺動部の耐酸化特性を向上させることができる。このように、本発明では、蒸気弁摺動部にCrパック処理を適用することにより、従来温度以上の高温蒸気条件下において耐酸化,高温硬さについて有効な特性が得られ、酸化スケールの生成防止,摺動による摩耗量の減少が期待でき、蒸気弁の動作不調を防止できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明の実施形態を説明する。
【0017】
本発明が適用される蒸気弁の例として、蒸気加減弁の弁体周辺部の構造を図1に示す。蒸気加減弁は弁棒1と弁棒1に連動する弁体2を軸方向に作動させ、弁の開度を変化させることで蒸気流量の調整機能を有する。一連の動作の中で、弁棒1はバルブスタンド3内部に設置されたブッシュ4を、弁体2はスリーブ5をそれぞれガイドとして作動する。弁棒1及び弁体2は軸方向に対して直交方向には固定されていないので、蒸気力による振動により摺動を繰り返すことになる。また、他の蒸気弁においても各部位の形状の差はあるが、類似の構造となっている。
【0018】
蒸気弁の各摺動部を構成する材料として、クロム−モリブデン−タングステン−バナジウム鋼,9%クロム鋼,12%クロム鋼,インコロイ(ニッケル−クロム−鉄が主成分)が使用されている。これらの合金は耐食,耐熱性を有する合金で蒸気タービン発電設備の高温用部材として頻繁に使用されている。
【0019】
Crパック処理を適用する部位は、蒸気弁の摺動部であるが、Crパックを施した表面は非常に硬く、加工性が悪くなるので、図1に示すように、ブッシュ,スリーブ,弁体,弁棒の実際に摺動する面にのみ処理する。またCrパック処理を施さない部位については浸炭防止剤を塗布し、母材表面での反応が起きないように考慮する。
【0020】
次に製法について説明する。まず母材処理面を洗浄するためホーニング作業を行った後、図2に示すように母材6を反応容器7内の浸炭剤8に埋没させ、約1000〜1200℃で一定時間熱処理し、炉冷,空冷を行う。その後、浸炭処理面の洗浄,保護のための処理を行い浸炭処理が完了する。浸炭剤には木炭粉末に炭酸バリウムを混合したものを使用する。この処理により約100〜200μmの浸炭層が形成できる。
【0021】
次にクロマイジング処理を行う。浸炭層を形成した母材に再度ホーニング作業を行った後、図3に示すようにクロム,酸化アルミニウム,塩化アンモニウムの粉末剤からなるCrパック剤9中に埋没させ、約1050〜1250℃で一定時間熱処理を行う。このときの加熱雰囲気はアルゴンガス雰囲気とする。その後クロマイジング処理面の洗浄,保護のための処理を行い、クロマイジング処理が完了する。この処理により約20〜30μmのクロムカーバイド層が形成できる。
【0022】
クロマイジング処理後、調質処理として真空雰囲気下にて約1000〜1200℃で焼き入れ、約600〜800℃で焼き戻し処理を行う。最後にホーニング作業を行い、一連のCrパック処理工程が終了となる。
【0023】
尚、浸炭処理,Crパック,焼き入れ,焼き戻しの各工程での処理時間は製品毎に異なり、Crパック処理による形成層の厚みは処理時間及び処理温度に依存する。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】蒸気タービン用加減弁弁体周辺とCrパック処理の適用部位を示す図。
【図2】浸炭処理状況を示す図。
【図3】クロマイジング処理状況を示す図。
【符号の説明】
【0025】
1 弁棒
2 弁体
3 バルブスタンド
4 ブッシュ
5 スリーブ
6 母材
7 反応容器
8 浸炭剤
9 Crパック剤

【特許請求の範囲】
【請求項1】
蒸気温度が600℃以上の蒸気タービンに用いられる蒸気弁であって、摺動部にCrパック処理によるコーティングを形成したことを特徴とする蒸気タービン用蒸気弁。
【請求項2】
請求項1において、前記Crパック処理が施される摺動部は、弁棒をガイドするブッシュの内面,ブッシュ内面と接触する弁棒外面,弁体をガイドするスリーブの内面,スリーブ内面と接触する弁体外面であることを特徴とする蒸気タービン用蒸気弁。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2008−275035(P2008−275035A)
【公開日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−117923(P2007−117923)
【出願日】平成19年4月27日(2007.4.27)
【出願人】(000005108)株式会社日立製作所 (27,607)
【Fターム(参考)】