説明

蒸着用素材

【課題】安全性、操業安定性に優れ、しかも低コストの蒸着用素材を提供する。
【解決手段】棒状の蒸着素材本体2と、該蒸着素材本体2の片端部に接合されたつかみ部3とを有するとともに、つかみ部3は、蒸着素材本体2よりも径の小さいロッド部4と、該ロッド部4から拡径したフランジ部5とが一体に形成され、該フランジ部5と蒸着素材本体2との間が、その外周部を飛び石状に溶接することにより、隙間Gをあけて接合されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばコバルト系金属薄膜型磁気記録テープ等を製造する際に使用される棒状の蒸着用素材に係り、その有効利用と蒸着作業の安定性に寄与する蒸着用素材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
コバルト系薄膜型磁気テープは、従来の塗布型磁気テープをはるかに上回る高性能磁気記録媒体としてデジタルビデオ用テープやコンピューターの高容量のデータストリーマー用途として実用化されている。
これらの磁気記録テープを製造するには、真空容器内で高融点のコバルト系蒸着用素材を電子ビームで加熱蒸発させて、PET等のフイルム基材上に薄膜として定着させる真空巻き取り蒸着法が一般的には利用されている。
このような蒸着用素材として、従来は、例えば特許文献1に記載されているように、蒸着素材本体の片端面に蒸着素材本体よりも細いつかみ部を溶接した構造とされ、この部位をつかんで先端の溶融量にシンクロした形で蒸着用素材を送り出しながら使用するのが通例であった。
【特許文献1】特許第3765211号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
従来の蒸着用素材は、つかみ部を蒸着素材本体よりも細く形成したことにより、使用効率が高くコスト低減に寄与することができるものである。この蒸着用素材において、その使用効率をさらに高める為に、つかみ部の接合部の極限付近まで溶融して使用することが行われるが、そのような場合などに、つかみ部の温度が電子ビームの加熱により異常に昇温し、高温での強度不足により運転中につかみ部から破断する現象が発生するようになってきた。このため、安全性、操業安定性に優れるつかみ部付き蒸着用素材を低コストのままあらたに開発することが求められていた。
【0004】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたもので、より安全性、操業安定性に優れ、しかも低コストの蒸着用素材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の蒸着用素材は、棒状の蒸着素材本体と、該蒸着素材本体の片端部に接合されたつかみ部とを有するとともに、前記つかみ部は、前記蒸着素材本体よりも径の小さいロッド部と、該ロッド部より拡径したフランジ部とが一体に形成され、該フランジ部と前記蒸着素材本体との間が隙間をあけて接合されていることを特徴とする。
【0006】
つまり、つかみ部を細いロッド部だけでなく、径の大きいフランジ部が一体に形成された形状とし、そのフランジ部と蒸着素材本体との間を隙間をあけて接合したことにより、これら蒸着素材本体とフランジ部との間に介在する隙間が断熱層として機能し、蒸着素材本体からつかみ部への熱伝達が隙間によって遮断され、また、そのフランジ部はロッド部よりも大径であるので、熱容量が大きく温度上昇し難くなっている。したがって、電子ビームの加熱によって蒸着素材本体が高温になっても、蒸着素材本体とフランジ部との間の隙間による断熱作用とフランジ部による大きな熱容量との相乗的効果により、ロッド部の異常な昇温が防止される。
【0007】
本発明の蒸着用素材において、前記つかみ部を前記蒸着素材本体と同一材料で構成したものとしてもよい。
このような構成とすることにより、蒸着に供した後のリサイクルに有利であるとともに、つかみ部の一部が溶融しても蒸発源の組成を変える心配がなく、安心して蒸着素材本体を使い切ることができる。
【0008】
本発明の蒸着用素材において、前記つかみ部の前記フランジ部と前記蒸着素材本体との外周部を溶接により全周又は飛び石状に接合した構成としてもよい。
溶接で接合していることにより安価に製造することができるとともに、外周部を全周又は飛び石状に接合することにより、少なくとも接合部の中央部分に隙間を形成することができ、確実に断熱層を介在させることができる。
また、本発明の蒸着用素材において、前記つかみ部の前記フランジ部と前記蒸着素材本体との間の外周部を除く中心部の一部を溶接により接合し、その接合部の外周部に前記隙間を形成した構成としてもよい。
【発明の効果】
【0009】
本発明の蒸着用素材は、片端部につかみ部を備えているので、このつかみ部をチャッキングすることにより、蒸着装置の任意部位に通常と全く同様に供給することができ、取り扱い性が良い。また、蒸着素材本体とフランジ部との間に介在している隙間が断熱層として機能し、蒸着素材本体からつかみ部への熱伝達が隙間によって遮断されるとともに、そのフランジ部の熱容量が大きく温度上昇し難いので、ロッド部への熱の移動が極めて小さくなり、その異常な昇温が防止され、折損等の発生を確実に防止することができる。したがって、安心して蒸着素材本体を使い切ることができ、使用効率をより高めることが可能である。しかも、溶接等により接合した簡単な構造であり、低コストのまま製作することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0010】
以下、本発明に係る蒸着用素材の一実施形態を図面を参照しながら説明する。
本実施形態の蒸着用素材1は、図1に示すように、定尺寸法に形成された丸棒状(例えば50mmφ×2000mm)の蒸着素材本体2の片端面に、つかみ部3が接合されており、そのつかみ部3が、蒸着素材本体2の径よりも細径の丸棒状(例えば10mmφ×400mm)のロッド部4と、このロッド部4よりも径が大きく蒸着素材本体2と同じ外径で短尺(例えば50mmφ×10〜30mm)のフランジ部5とが一体に固定された構成とされている。
【0011】
このつかみ部3は、図2に示すように、蒸着素材本体2と同じ外径を有しフランジ部5となる短尺素材に、蒸着素材本体2よりも小さい外径を有するロッド部4をアーク溶接又は抵抗溶接で固定しておいたものである。そして、このつかみ部3のフランジ部5と蒸着素材本体2との間が若干の隙間Gをあけて溶接されている。この溶接は、TIG(タングステンイナートガス)溶接や抵抗溶接等により、接合部6の外周部の複数個所をスポット的に溶接する、あるいは若干の長さで断続的に溶接する、もしくは全周にわたって溶接する、などの方法を採用することができる。図1等に示す例では、スポット的に溶接しており、符号7が溶接部を示している。その隙間Gとしては、例えば1mm以下とされる。
なお、蒸着素材本体2及びつかみ部3はいずれも純コバルト製であり、TIG溶接のように溶接棒を使用する場合は溶接棒も純コバルト製を使用する。
【0012】
このように構成した蒸着用素材1は、図5に示すように真空蒸着装置内において、そのロッド部4がチャック11によって把持され、先端が蒸発源12に向けて配置される。そして、蒸発源12が電子銃13によって加熱されて蒸発し、巻き出し軸14から巻き出された基材15に冷却ドラム16上でマスク17を介して蒸着され、蒸着された基材15は巻き取り軸18に巻き取られる。この蒸着作業中に、蒸着用素材1は、蒸発源12の蒸着材料の減少に応じて、前方に送り出され、電子銃13によって先端部が溶解されて蒸発源12に落下し補充される。
この場合、つかみ部3のロッド部4を蒸着素材本体2の外径よりも小さくしているので、溶融可能な範囲(蒸着素材本体2)を目視で容易に確認することができ、少なくともロッド部4の手前で終了させることができ、チャック11を誤って溶融させてしまうような懸念もなくなる。
【0013】
そして、この蒸着作業中、電子ビームの加熱によって蒸着素材本体2は高温になるが、この蒸着素材本体2に接合されているつかみ部3は、そのフランジ部5と蒸着素材本体2との接合部6に隙間Gが形成されていることにより、この隙間Gが断熱層として機能し、図4に矢印で示したように、蒸着素材本体2内を伝導する熱の伝達経路が、接合部6の箇所では、その大部分が隙間Gによって遮断され、外周部の断面の小さい溶接部7からのみに実質的に制限され、このため、蒸着素材本体2からつかみ部3への熱の移動が極めて小さいものとなる。しかも、そのつかみ部3においては、大径のフランジ部5が大きな熱容量を有しているので、このフランジ部5が高熱になるまでに時間がかかり、その結果、ロッド部4の昇温が抑制され、折損等が生じるような異常な高熱になることが防止される。
【0014】
このため、蒸着開始から終了まで安定した蒸着作業が可能になるとともに、蒸着素材本体2を安心して最後まで使い切ることができる。この場合、蒸着素材本体2のみを使い切るようにしてもよいし、つかみ部3も蒸着素材本体2と同じ材料であるので、そのフランジ部5も含めて使用してもよい。このフランジ部5は、短尺であるので、電子ビームで長時間加熱されることはなく、一時的に高温になったとしても、ロッド部4は、蒸着終了までに折損に至るほどに昇温することない。したがって、このフランジ部5を含めてロッド部4との境界付近まで蒸着に使用することができ、その使用効率をより高めることが可能である。
【0015】
なお、図7に、ロッド状のつかみ部を蒸着素材本体に直接接合した従来の蒸着用素材を示したが、この蒸着用素材31の場合は、矢印で示したように、蒸着素材本体32の熱がつかみ部33との接合部から直接的につかみ部33に伝わることになる。このため、蒸着作業の進行に伴い、蒸着素材本体32の溶融が進むにつれてつかみ部33の温度上昇が著しくなり、高温強度の低下によりつかみ部33の折損等により蒸着不能になることがあった。
【0016】
本実施形態の蒸着用素材1の場合、前述したように、接合部6の隙間Gによる断熱作用によってフランジ部5への熱伝導の大部分を遮断するとともに、大きな熱容量のフランジ部5の存在によってロッド部4への熱の移動が抑制され、蒸着素材本体2の溶融がつかみ部3付近まで進んでも、ロッド部4の温度を低く保持することが可能になり、したがって、ロッド部4の強度も低下することなく蒸着素材本体2を余裕を持って最後まで溶融することが可能である。
しかも、蒸着素材本体2とつかみ部3とを溶接により接合する簡単な構造とした点は図7の従来構造と同様であり、低コストのまま製作することができる。
【0017】
なお、蒸着素材本体2とつかみ部3のフランジ部5との間は、両者が面で接触していてもかなりの断熱効果が認められるが、隙間Gが広過ぎると、その隙間Gに異物等を巻き込み易いとともに溶接して接合する際に正常な溶接が困難になることから、その溶接のし易さや熱伝導の状況から判断して接合部6の隙間Gとしては1mm以下が好ましい。
また、外周の溶接は、強度的には全周溶接することが好ましいが、全周溶接すると密閉された空気層が蒸着素材本体2を溶融する際に膨張し、接合部6を溶融する際にスプラッシュが発生することがある。このため、接合部6を含めて溶融する場合には全周溶接は好ましくない。ただし、接合部6まで至る前に溶融停止する場合には全周溶接も使用可能である。
試験の結果、TIG溶接法等により同材質の溶接棒を使用して飛び石状に溶接するか、溶接棒を使用しない空沸かしにより両者を数箇所溶接することで十分であることが判明した。 例えば、外径φ55mm程度の蒸着用素材であれば、全周で最低2点以上、最大でも10点以内の溶接部があれば十分な強度を有する。
【0018】
一方、図6は、本発明の蒸着用素材の他の実施形態を示しており、この蒸着用素材21は、つかみ部22がロッド部4とフランジ部5とを一体に接合した構成とされている点は図1の実施形態と同様であるが、そのフランジ部5の中心部に若干の高さの突起部23が形成され、この突起部23が蒸着素材本体2に抵抗溶接により接合された構成とされている。したがって、この蒸着用素材21の場合は、蒸着素材本体2とつかみ部22のフランジ部5との間の外周部に隙間Gが形成されることになる。
この実施形態の蒸着用素材21も、前述の図1の実施形態の蒸着用素材1と同様に、接合部6の隙間Gによってつかみ部22への熱の移動の大部分が遮断されるとともに、大きな熱容量のフランジ部5の存在によってロッド部4が高温になることが抑制され、ロッド部4を最後まで安定して使用することができる。
【0019】
なお、本発明は上記実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において種々の変更を加えることが可能である。
例えば、蒸着素材本体とつかみ部との間の溶接は、TIG溶接法に限定されるものではなく、接合可能なものであれば他の方法でもかまわない。また、フランジ部にさらに短尺部材を隙間をあけて接合して、その短尺部材に蒸着素材本体を同様に隙間をあけて接合するなど、接合部を2か所以上設けてもよい。その場合、短尺部材は蒸着素材本体と同一材料が好ましい。また、フランジ部は、必ずしも蒸着素材本体と同一外径でなくてもよく、ロッド部よりも大きい径であればよい。
【0020】
一方、つかみ部は、蒸着素材本体と同一材質のものを使用した方が好ましいが、フランジ部まで使用しない場合など、使用上問題なければ安価な鉄材やステンレス鋼等を使用してもよい。同様に、フランジ部との接合部まで溶融しないのであれば、その接合部に断熱材を介在することも可能である。また、フランジ部との接合部まで溶融しない場合には、蒸着に供した後に、残った部分を接合部又はその前後から切断して、新たに蒸着素材本体を接合することにより、新たな蒸着用素材として提供することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明に係る蒸着用素材の一実施形態を示す斜視図である。
【図2】図1の蒸着用素材の接合前の状態を示す斜視図である。
【図3】図1の接合部における横断面図である。
【図4】図1の蒸着用素材の正面図である。
【図5】図1の蒸着用素材の使用状態を示す真空蒸着装置の構成図である。
【図6】本発明に係る蒸着用素材の他の実施形態を示す正面図である。
【図7】従来の蒸着用素材を示す正面図である。
【符号の説明】
【0022】
1 蒸着用素材
2 蒸着素材本体
3 つかみ部
4 ロッド部
5 フランジ部
6 接合部
7 溶接部
21 蒸着用素材
22 つかみ部
23 突起部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
棒状の蒸着素材本体と、該蒸着素材本体の片端部に接合されたつかみ部とを有するとともに、前記つかみ部は、前記蒸着素材本体よりも径の小さいロッド部と、該ロッド部より拡径したフランジ部とが一体に形成され、該フランジ部と前記蒸着素材本体との間が隙間をあけて接合されていることを特徴とする蒸着用素材。
【請求項2】
前記つかみ部を前記蒸着素材本体と同一材料で構成したことを特徴とする請求項1記載の蒸着用素材。
【請求項3】
前記つかみ部の前記フランジ部と前記蒸着素材本体との外周部を溶接により全周又は飛び石状に接合したことを特徴とする請求項1又は請求項2記載の蒸着用素材。
【請求項4】
前記つかみ部の前記フランジ部と前記蒸着素材本体との外周部を除く中心部の一部を溶接により接合し、その接合部の外周部に前記隙間を形成したことを特徴とする請求項1又は2記載の蒸着用素材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2009−256702(P2009−256702A)
【公開日】平成21年11月5日(2009.11.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−104398(P2008−104398)
【出願日】平成20年4月14日(2008.4.14)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】