説明

薬、薬の誘導装置、磁気検出装置及び薬の設計方法

【課題】磁性体である担体をキャリアーとして用いることなく、磁界で誘導可能で、実用化が容易な新規ドラッグ・デリバリシステムの提供。
【解決手段】有機化合物または無機化合物から構成され、側鎖の修飾または/及び側鎖間の架橋により磁性を付与し、投与後に個体に磁界を加えることによって目的とする組織或いは患部に誘導する。具体的には、男性勃起不全治療用のフォルスコリンや抗ガン性を有するシスプラチンに応用可能である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薬、薬の誘導装置、磁気検出装置及び薬の設計方法に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に薬剤は生体に投与され患部に到達し、その患部局所において薬理効果を発揮する
ことで治療効果を引き起こすが、薬剤が患部以外の組織(つまり正常組織)に到達しても
治療にはならない。したがって、いかにして効率的に患部に薬剤を誘導するかが治療戦略
上重要となる。このように薬剤を患部に誘導する技術はドラッグ・デリバリと呼ばれ、近
年研究開発が盛んに行なわれている。このドラッグ・デリバリには少なくとも二つのメリ
ットがある。一つは患部組織において十分に高い薬剤濃度が得られることである。薬理効
果は患部における薬剤濃度が一定以上でないと現れず、低い濃度では治療効果が望めない
からである。二つ目は薬剤を患部組織のみに誘導して、不必要に正常組織に誘導させない
ことである。これにより副作用を抑制することができる。
【0003】
このようなドラッグ・デリバリが最も効果を発揮するのが抗がん剤によるがん治療であ
る。抗がん剤は細胞分裂の活発ながん細胞の細胞増殖を抑制するものが大半であるため、
正常組織においても細胞分裂の活発な組織、例えば骨髄あるいは毛根、消化管粘膜などの
細胞増殖を抑制してしまう。このため抗がん剤の投与を受けたがん患者には貧血、抜け毛
、嘔吐などの副作用が発生する。これら副作用は患者にとって大きな負担となるため投薬
量を制限しなければならず、抗がん剤の薬理効果を十分に得ることができないという問題
がある。さらに最悪の場合、副作用によって患者が死亡してしまう恐れがある。そこで、
ドラッグ・デリバリによって抗がん剤をがん細胞まで誘導し、がん細胞に集中して薬理効
果を発揮させることによって、副作用を抑えつつ効果的にがん治療を行うことができると
期待されている。
【0004】
抗がん剤以外では、例えば男性勃起不全治療薬への応用が考えられる。男性勃起不全治
療薬は、ニトロ製剤との併用により重篤な全身低血圧を引き起こし死亡にいたる例があり
、とりわけ中高年以上の心疾患をもつ男性に問題となる。これは勃起不全治療薬が必ずし
も患部に集中せず、全身の血管に作用してニトロ製剤のもつ血管拡張作用を増幅してしま
うためである。そこで、ドラッグ・デリバリによって男性勃起不全治療薬を患部まで誘導
し、患部に集中して薬理効果を発揮させることによって、ニトロ製剤との併用による副作
用の発生を抑えることができると考えられる。
【0005】
ドラッグ・デリバリの具体的な手法としては、例えば担体(キャリア)を用いた患部組
織へ誘導が検討されているが、これは患部に集中しやすい担体に薬剤を乗せて、担体に薬
剤を患部まで運ばせようというものである。担体としては各種抗体やマイクロスフェア、
あるいは磁性体を使用することが検討されている。なかでも有力視されているのが磁性体
であり、薬剤に磁性体である担体を付着させ、磁場によって患部に集積させる方法が検討
されている(例えば下記特許文献1参照)。この方法は誘導方法の簡便性と患部を標的に
した治療が可能であることから、細胞毒性の高い抗がん剤にはとりわけ有効な手法として
考えられている。
【特許文献1】特開2001−10978号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上述したように、磁性体である担体をキャリアとして用いる場合、経口
投与が困難なこと、担体分子が一般的に巨大であること、あるいは薬剤分子との結合強度
、親和性に技術的な問題が指摘されており、実用化が困難であった。
【0007】
本発明は、上述した事情に鑑みてなされたものであり、従来の技術的問題を解決でき、
実用化が容易なドラッグ・デリバリシステムを実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために、本発明では、薬に係る第1の解決手段として、有機化合物
または無機化合物から構成され、側鎖の修飾または/及び側鎖間の架橋により磁性を有す
ることを特徴とする。
【0009】
また、本発明では、薬に係る第2の解決手段として、上記第1の解決手段において、前
記有機化合物は、フォルスコリンであることを特徴とする。
【0010】
また、本発明では、薬に係る第3の解決手段として、上記第1の解決手段において、前
記有機化合物は、男性勃起不全治療に効果のある組成物であることを特徴とする。
【0011】
また、本発明では、薬に係る第4の解決手段として、上記第1の解決手段において、前
記無機化合物は、金属錯体であることを特徴とする。
【0012】
また、本発明では、薬に係る第5の解決手段として、上記第4の解決手段において、前
記金属錯体は、抗がん性を有するシス幾何異性体であることを特徴とする。
【0013】
また、本発明では、薬に係る第6の解決手段として、上記第5の解決手段において、前
記シス幾何異性体は、シスプラチンであることを特徴とする。
【0014】
また、本発明では、薬の誘導装置に係る第1の解決手段として、体内に投与された上記
第1〜6のいずれかの解決手段を有する薬を、当該薬の磁性を利用して所定の患部に誘導
することを特徴とする。
【0015】
また、本発明では、磁気検出装置に係る第1の解決手段として、体内に投与された上記
第1〜6のいずれかの解決手段を有する薬の磁性を検出することで、当該薬の体内動態を
検知することを特徴とする。
【0016】
また、本発明では、薬の設計方法に係る第1の解決手段として、薬として用いられる有
機化合物または無機化合物に対し、側鎖の修飾または/及び側鎖間の架橋を行った分子モ
デルを設定し、当該分子モデルについて数値計算により求めたスピン電荷密度分布から前
記分子モデルが磁性を有するか否かを判定し、磁性を有すると判定した分子モデルに基づ
いて薬を設計することを特徴とする。
【0017】
また、本発明では、薬の設計方法に係る第2の解決手段として、上記第1の解決手段に
おいて、前記スピン電荷密度分布に基づいて前記分子モデルが強磁性かフェリ磁性かを判
定することを特徴とする。
【0018】
また、本発明では、薬の設計方法に係る第3の解決手段として、上記第1または2の解
決手段において、前記スピン電荷密度分布に基づいて前記分子モデルの磁性の強度を判定
することを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、薬そのものに磁性を持たせるため、従来のように磁性体からなる担体
を用いることなく、薬自体が有する磁性を利用して体内の患部まで薬を誘導することがで
きる。その結果、従来における、経口投与が困難なこと、担体分子が一般的に巨大である
こと、あるいは薬剤分子との結合強度、親和性に技術的な問題があること等を解決するこ
とができ、実用化が容易なドラッグ・デリバリシステムを実現することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下、図面を参照して、本発明の一実施形態について説明する。
〔第1実施形態〕
まず、第1実施形態として、有機化合物、より具体的には薬候補剤としてのフォルスコ
リンを用いて説明する。
【0021】
図1は、フォルスコリンの基本分子構造モデル図である。この図において、R6、R7
びR13はフォルスコリンの側鎖を修飾するための原子または分子が結合する位置を示して
おり、当該位置にどのような原子または分子が結合するかによってフォルスコリンの物性
が変化する。この図において、R6にH、R7にCH3、R13にCH=CH2が結合したもの
が、自然界に存在するフォルスコリンであり、人工的に側鎖の構造を変える、つまりR6
、R7及びR13を修飾する原子または分子を変えることで生成されたフォルスコリンをフ
ォルスコリン誘導体という。なお、図1において、C1〜C13は、炭素原子(C)を示す

【0022】
図2は、磁性(フェリ磁性)を有するフォルスコリン誘導体Aの基本分子構造モデル図
である。この図に示すように、フォルスコリン誘導体Aは、上記のような自然界に存在す
るフォルスコリンのR6をCOCH2CH2NCH3に、R7をCH2に変えると共に、C9
結合している酸素原子(O)と、C13に結合している炭素原子とを架橋したものである。
【0023】
図3に、第一原理分子動力学法に基づくコンピュータ・シミュレーションにより求めた
、上記フォルスコリン誘導体Aの3次元的な分子構造及びスピン電荷密度分布を示す。第
1原理分子動力学法は、Delley, B. J.Chem. Phys., 1990, 92, 508-517、Delley, B. J.
Chem. Phys., 2000, 113, 7756-7764、Haselgrove, C. B. Math Comp., 1961, 15, 323-
337、Ellis, D. E. Int. J. Quantum Chem., 1968, 2S, 35-42、Ellis, D. E.; Painter,
G. S. Phys. Rev. B, 1970, 2, 2887-2898、に開示されている。
【0024】
図3において、領域1は下向きのスピン電荷密度を示し、領域2〜5は上向きのスピン
電荷密度を示す。この領域が選択されたのは、スピン電荷密度の等高線を計算し、スピン
電荷密度が高かったからである。化合部物が持つ磁性の性質は、上向きのスピンと下向き
のスピンのバランスで決まる。フォルスコリン誘導体Aは、図2に示すような下向きのス
ピン状態1’と、上向きのスピン状態2’〜5’とが混在するのでフェリ磁性体であるこ
とがわかる。
【0025】
一方、図4は、磁性(強磁性)を有するフォルスコリン誘導体Bの基本分子構造モデル
図である。この図に示すように、フォルスコリン誘導体Bは、上記のような自然界に存在
するフォルスコリンのR6をCOCH2CH2NCH3に、R7をCH2に、R13をCH−CH
3に変えると共に、C9に結合している酸素原子と、C13に結合している炭素原子とを架橋
したものである。
【0026】
図5に、上記と同様に、第一原理分子動力学法に基づくコンピュータ・シミュレーショ
ンにより求めた、フォルスコリン誘導体Bの3次元的な分子構造及びスピン電荷密度分布
を示す。図5において、領域10〜12は上向きのスピン電荷密度を示す。よって、フォ
ルスコリン誘導体Bは、図4に示すような上向きのスピン状態10’〜12’のみが存在
するので強磁性体であることがわかる。
【0027】
このように、フォルスコリンの側鎖を所定の原子または分子で修飾すると共に、所定の
箇所に存在する側鎖間を架橋することにより磁性を有するフォルスコリン誘導体、つまり
薬を生成することができる。図2において、破線で示す部分において、架橋が行なわれる
。このように、薬剤の側鎖を所定の原子又は分子で修飾する、及び/又は所定の箇所に存
在する側鎖間を架橋することにより、薬剤の磁性の大小を制御できる。どのような官能基
を入れるか、或いはどのような形態で架橋するかは、コンピュータシミュレーションによ
って適宜ユーザが選択できる。
【0028】
このコンピュータシミュレーションを実現するシステムは、コンピュータとしての公知
のハードウェア資源を備えるものであって、即ち、メモリと、CPUなどの演算回路を備
える演算装置と、演算結果を出力する表示手段を備えている。メモリは、既存の有機化合
物や無機化合物の3次元構造を特定するデータと、コンピュータシミュレーションを実現
するソフトウェア・プログラムを備えている。このソフトウェアは、各化合物の側鎖を追
加・変更・削除し、所定の側鎖間で架橋し、既述のスピン電荷密度の高い領域を計算し、
構造全体としてのスピン電荷密度を決定可能なものである。このプログラムとして、例え
ば、市販品(Dmol3、アクセルリス社)を利用することができる。
【0029】
ユーザは化合部について、側鎖を追加する位置を入力し、又は側鎖を変更し、或いは削
除するものを選択し、さらに、架橋を形成すべき箇所をメモリの支援プログラムを利用し
て演算装置に指定する。演算装置はこの入力値を受けて、スピン電荷密度を演算してその
結果を表示画面に出力する。また、ユーザが既存の化合物の構造データをコンピュータシ
ステムに追加することによって、機知の化合物についてのスピン電荷密度を知ることがで
きる。
【0030】
次に、このような磁性を有する薬の設計方法について以下説明する。図6は、本薬の設
計方法の処理手順を示すフローチャートである。なお、以下で説明する処理は、第一原理
分子動力学法に基づくコンピュータ・シミュレーションプログラム上で行われるものであ
る。
【0031】
まず、薬として用いられるフォルスコリン誘導体には200以上もの種類があるので、
その中から評価対象とするフォルスコリン誘導体を選定し、その化学式をコンピュータ・
シミュレーションプログラムに入力する(ステップS1)。ここで、フォルスコリン誘導
体として上述したフォルスコリン誘導体Aを選定した場合を想定して以下説明する。これ
ら化合物の各種は、この化合物の誘導体は、予め作成された化合物ライブラリによって特
定される。ユーザが各化合物について各原子の原子番号とその位置を演算装置に入力する

【0032】
図15はステップ1の操作の際に、出力装置に表示される画面である。図15(1)に
示すように、原子1個の元素番号と原子座標が入力される。(2)に示すように、原子間
の結合状態、例えば一重結合、二重結合、三重結合などをカーソルでクリックして規定す
る。
【0033】
この入力を受けた演算装置は、前記プログラムに基づいて、フォルスコリン誘導体Aの
化学式に基づいて上向きのスピン(スピンアップ)波動関数Φ↑(r)、下向きのスピン
(スピンダウン)波動関数Φ↓(r)、スピンアップ有効ポテンシャルV↑(r)、スピ
ンダウン有効ポテンシャルV↓(r)、スピンアップ電荷密度ρ↑(r)及びスピンダウ
ン電荷密度ρ↓(r)の初期値を設定する(ステップS2)。なお、rは3次元空間上の
座標を示す変数である。
【0034】
スピンアップ波動関数Φ↑(r)の初期値は、フォルスコリン誘導体Aを構成する各原
子が孤立原子として3次元空間上に存在する場合のスピンアップ波動関数Φ↑(r)を各
原子毎に求め、このように求めたスピンアップ波動関数Φ↑(r)を全て加算したもので
ある。
【0035】
同様に、スピンダウン波動関数Φ↓(r)の初期値は、各原子が孤立原子として3次元
空間上に存在する場合のスピンダウン波動関数Φ↓(r)を各原子毎に求め、全て加算し
たものである。
また、スピンアップ有効ポテンシャルV↑(r)の初期値は、フォルスコリン誘導体A
を構成する各原子が孤立原子として3次元空間上に存在する場合のスピンアップ波動関数
Φ↑(r)に基づいてスピンアップ有効ポテンシャルV↑(r)を各原子毎に求め、当該
各原子毎に求めたスピンアップ有効ポテンシャルV↑(r)を全て加算したものである。
同様に、有効ポテンシャルV↓(r)の初期値は、各原子が孤立原子として3次元空間上
に存在する場合のスピンダウン波動関数Φ↓(r)に基づいてスピンダウン有効ポテンシ
ャルV↓(r)を各原子毎に求め、当該各原子毎に求めたスピンダウン有効ポテンシャル
V↓(r)を全て加算したものである。
【0036】
また、スピンアップ電荷密度ρ↑(r)の初期値は、上記のように各原子毎に求めたス
ピンアップ波動関数Φ↑(r)を下記演算式(1)に代入することによって求める。また
、スピンダウン電荷密度ρ↓(r)の初期値は、各原子毎に求めたスピンダウン波動関数
Φ↓(r)を下記演算式(2)に代入することによって求める。なお、下記演算式(1)
において、Φ↑*(r)は、スピンアップ波動関数Φ↑(r)の共役複素数であり、下記
演算式(2)において、Φ↓*(r)は、スピンダウン波動関数Φ↓(r)の共役複素数
である。
【0037】
【数1】

【0038】
次に、上記スピンアップ有効ポテンシャルV↑(r)及びスピンダウン有効ポテンシャ
ルV↓(r)の初期値と、スピンアップ電荷密度ρ↑(r)及びスピンダウン電荷密度ρ
↓(r)の初期値に基づいて下記Kohn Sham方程式(3)、(4)を解くことにより、フ
ォルスコリン誘導体Aのスピンアップ波動関数Φ↑(r)及びスピンダウン波動関数Φ↓
(r)と、スピンアップエネルギ固有値ε↑及びスピンダウンエネルギ固有値ε↓を算出
する(ステップS3)。
【0039】
【数2】

【0040】
そして、ステップS3で求めたフォルスコリン誘導体Aのスピンアップ波動関数Φ↑(
r)及びスピンダウン波動関数Φ↓に基づいてフォルスコリン誘導体Aのスピンアップ電
荷密度ρ↑(r)及びスピンダウン電荷密度ρ↓(r)と、スピンアップ有効ポテンシャ
ルV↑(r)及びスピンダウン有効ポテンシャルV↓(r)とを算出し(ステップS4)
、このスピンアップ電荷密度ρ↑(r)及びスピンダウン電荷密度ρ↓(r)と当該スピ
ンアップ電荷密度ρ↑(r)及びスピンダウン電荷密度ρ↓(r)の前回値、つまりここ
では初期値とが等しいか否かを判断する(ステップS5)。このステップS5において、
「NO」、すなわちスピンアップ電荷密度ρ↑(r)及びスピンダウン電荷密度ρ↓(r)
の前回値(初期値)と、ステップS4で求めた今回値とが等しくないと判断された場合、
ステップS4で求めたスピンアップ有効ポテンシャルV↑(r)及びスピンダウン有効ポ
テンシャルV↓(r)と、スピンアップ電荷密度ρ↑(r)及びスピンダウン電荷密度ρ
↓(r)とを新たな初期値と設定し(ステップS6)、ステップS3に移行して、再度Ko
hn Sham方程式(3)、(4)を解くことにより、新たなスピンアップ波動関数Φ↑(r
)及びスピンダウン波動関数Φ↓と、スピンアップエネルギ固有値ε↑及びスピンダウン
エネルギ固有値ε↓とを算出する。すなわち、ステップS5において、スピンアップ電荷
密度ρ↑(r)及びスピンダウン電荷密度ρ↓(r)の前回値と今回値とが等しくなるま
でステップS3〜S6の処理を繰り返すことにより、Kohn Sham方程式(3)、(4)を
満足するスピンアップ波動関数Φ↑(r)及びスピンダウン波動関数Φ↓(r)と、スピ
ンアップエネルギ固有値ε↑及びスピンダウンエネルギ固有値ε↓(r)とが求まる。
【0041】
一方、ステップS5において、「YES」、すなわちスピンアップ電荷密度ρ↑(r)及
びスピンダウン電荷密度ρ↓(r)の前回値と今回値とが等しいと判断された場合、上記
のようにKohn Sham方程式(3)、(4)を満足するスピンアップ波動関数Φ↑(r)及
びスピンダウン波動関数Φ↓(r)と、スピンアップエネルギ固有値ε↑及びスピンダウ
ンエネルギ固有値ε↓(r)とに基づいて各原子に働く原子間力を算出すると共に、フォ
ルスコリン誘導体Aの構造の最適化を行う(ステップS7)。つまり、ステップS3〜S
6の繰り返しによって求めたスピンアップ波動関数Φ↑(r)及びスピンダウン波動関数
Φ↓(r)等は、あくまで図2に示すような2次元平面上のモデルにおいて最適な値であ
って、実際には3次元空間上におけるフォルスコリン誘導体Aの構造を考慮する必要があ
る。
【0042】
具体的には、ステップS7では、フォルスコリン誘導体Aを構成する各原子を、3次元
空間上においてスピンアップ波動関数Φ↑(r)及びスピンダウン波動関数Φ↓(r)か
ら推測される最適な方向に所定の距離だけ移動させ、その時の各原子に働く原子間力を算
出する。この時の原子間力が0になり、各原子が動かなくなった場合にフォルスコリン誘
導体Aの構造が最適化されたと判断できる。よって、移動後の各原子に働く原子間力を算
出し、該原子間力が0になったか否かを判断する(ステップS8)。
【0043】
このステップS8において、「NO」、すなわち原子間力が0ではなく、構造が最適化さ
れていない場合、各原子の移動後の構造におけるスピンアップ波動関数Φ↑(r)及びス
ピンダウン波動関数Φ↓(r)を求めると共に、当該スピンアップ波動関数Φ↑(r)及
びスピンダウン波動関数Φ↓(r)から求めたスピンアップ有効ポテンシャルV↑(r)
及びスピンダウン有効ポテンシャルV↓(r)と、スピンアップ電荷密度ρ↑(r)及び
スピンダウン電荷密度ρ↓(r)とを新たな初期値と設定し(ステップS9)、ステップ
S3〜S8の処理を繰り返す。ここで、ステップS3に戻るのは、各原子の移動後の構造
変化によってスピンアップ波動関数Φ↑(r)及びスピンダウン波動関数Φ↓(r)が変
化するためである。また、各原子の移動後の構造は記憶されており、再度ステップS7を
行う時には、前回の構造から各原子を再び所定の距離だけ移動させることになる。
【0044】
このようなフォルスコリン誘導体Aの構造を最適化する際に、図2に示すように、C9
に結合している酸素原子と、C13に結合している炭素原子とを架橋させるように、強制的
に3次元構造を変化させる。なお、このような架橋させるために選択する原子は任意に変
更可能である。
【0045】
一方、このステップS8において、「YES」、すなわち各原子に働く原子間力が0にな
り、フォルスコリン誘導体Aの構造がヤーン・テラー効果等により最適化された場合、そ
の最適化された構造におけるスピンアップ波動関数Φ↑(r)及びスピンダウン波動関数
Φ↓(r)に基づいて、図3に示すようなスピン電荷密度分布を求める(ステップS10
)。
【0046】
ここで、評価対象として選定したフォルスコリン誘導体によっては、図3に示す領域1
〜5のようなスピン電荷密度分布が生じない、若しくはスピン電荷密度分布は生じるが、
そのスピン電荷密度の大きさ(つまり磁性の強度)が非常に小さいものが存在する。この
ようなフォルスコリン誘導体は、磁性を有するとは判定することができない。従って、ス
ピン電荷密度分布に基づいて、まず評価対象として選定したフォルスコリン誘導体が磁性
を有するか否かを判断する(ステップS11)。
【0047】
ステップS11において、「NO」、すなわち、評価対象として選定したフォルスコリン
誘導体が磁性を有しない場合、ステップS1に移行し、他のフォルスコリン誘導体を新た
に選定して再度磁性評価を行う。一方、ステップS11において、「YES」、すなわち評
価対象として選定したフォルスコリン誘導体が磁性を有する場合、スピン電荷密度分布に
基づいて強磁性かフェリ磁性かを判断する(ステップS12)。
【0048】
上述したように、スピン電荷密度分布は、スピンアップ電荷密度とスピンダウン電荷密
度との分布を示すものであるので、これらスピンアップ電荷密度及びスピンダウン電荷密
度が混在している場合は、フェリ磁性を有すると判断でき、スピンアップ電荷密度または
スピンダウン電荷密度のどちらか一方のみが存在する場合は、強磁性を有すると判断する
ことができる。
【0049】
フォルスコリン誘導体Aは、図3に示すようにスピンアップ電荷密度(領域2〜5)及
びスピンダウン電荷密度(領域1)が混在するので、フェリ磁性フォルスコリン誘導体と
判定する(ステップS13)。一方、例えば選定したフォルスコリン誘導体がフォルスコ
リン誘導体Bであれば、図5に示すように、スピンアップ電荷密度(領域10〜12)の
みが存在するので、強磁性フォルスコリン誘導体と判定する(ステップS14)。なお、
スピン電荷密度分布に基づいて磁性の強度を求めることも可能である。なお、既述の例に
おいて、化合物の側鎖とは図1において、R6,R7,R8の部分であり、主鎖は図1の
構造式からこれらの側鎖を除いた部分である。
【0050】
以上のように、本薬の設計方法・設計システムによれば、様々な原子または分子で側鎖
を修飾し、さらに側鎖間を任意に架橋したフォルスコリン誘導体の磁性を判定することが
でき、磁性を有すると判定された分子モデルを基にフォルスコリン誘導体を生成すること
により、磁性を有する薬を製造することができる。よって、従来のように磁性体からなる
担体(キャリア)を用いることなく、薬自体が有する磁性を利用して体内の患部まで薬を
誘導することができる。その結果、従来における、経口投与が困難なこと、担体分子が一
般的に巨大であること、あるいは薬剤分子との結合強度、親和性に技術的な問題があるこ
と等を解決することができ、実用化が容易なドラッグ・デリバリシステムを実現すること
が可能である。
【0051】
なお、上記第1実施形態では、フォルスコリン誘導体A及びB共に、C9に結合してい
る酸素原子と、C13に結合している炭素原子とを架橋させるように、強制的に3次元構造
を変化させたが、これに限らず、架橋させる原子は他を選択しても良い。また、架橋を行
なわず、側鎖を修飾する原子または分子を変更するだけで磁性を有するか否かを判定して
も良い。
【0052】
また、上記第1実施形態では、有機化合物としてフォルスコリンを用いて説明したがが
、これに限らず、他の有機化合物を用いても良い。以下では、他の有機化合物として、男
性勃起不全治療に効果のある組成物、より具体的には、PDE5(ホスホジエステラーゼ
5)の活性を阻害する組成物(以下、PDE5阻害剤と称す)について説明する。なお、
このPDE5阻害剤を有効成分とする薬は、いわゆるバイアグラ等の男性勃起不全治療
薬として使用される。
【0053】
図7(a)は標準組成のPDE5阻害剤の基本分子構造モデル図であり、図7(b)は上
述した薬の設計方法におけるコンピュータ・シミュレーションにより求めた、標準組成の
PDE5阻害剤の3次元的な分子構造及びスピン電荷密度分布を示すものである。一方、
図8(a)は標準組成のPDE5阻害剤に側鎖修飾を施したPDE5阻害剤誘導体の基本
分子構造モデル図であり、図8(b)は上記コンピュータ・シミュレーションにより求め
た、PDE5阻害剤誘導体の3次元的な分子構造及びスピン電荷密度分布を示すものであ
る。図8(b)において、領域20〜23は上向きのスピン電荷密度を示し、領域24〜
26は下向きのスピン電荷密度を示す。よって、PDE5阻害剤誘導体は、図8(a)に
示すような上向きのスピン状態20’〜23’と、下向きのスピン状態24’〜26’と
が混在するフェリ磁性体である。
【0054】
すなわち、これら図7及び図8に示すように、標準組成のPDE5阻害剤は磁性を有し
ていないが、側鎖修飾によって生成されるPDE5阻害剤誘導体は磁性を有することが確
認された。そして、従、このような磁性を有するPDE5阻害剤誘導体を有効成分とする
男性勃起不全治療薬を使用した結果、患部に集中して薬理効果を発揮させることができ、
ニトロ製剤との併用による副作用の発生を抑えることができることがわかった。
【0055】
〔第2実施形態〕
次に、第2実施形態として、無機化合物、より具体的には抗がん剤としてのシスプラチ
ンを用いて説明する。シスプラチンは金属錯体(白金錯体)であり、抗がん剤のなかでも
白金製剤に分類される。
【0056】
図9は、標準組成のシスプラチンの基本分子構造モデル図である。第1実施形態で説明
した薬の設計方法におけるコンピュータ・シミュレーションによって、この標準組成のシ
スプラチンは磁性を有していないことが確認された。一方、図10(a)は標準組成のシ
スプラチンに側鎖修飾を施したシスプラチン誘導体(Cis-Pt-a3)の基本分子構造モデル
図であり、図10(b)は上記コンピュータ・シミュレーションにより求めた、シスプラ
チン誘導体(Cis-Pt-a3)の3次元的な分子構造及びスピン電荷密度分布を示すものであ
る。
【0057】
図10(b)において、領域30〜32は上向きのスピン電荷密度を示している。よっ
て、シスプラチン誘導体(Cis-Pt-a3)は、図10(a)に示すような上向きのスピン状態
30’〜32’が存在する強磁性体であることがわかる。すなわち、本薬の設計方法にお
けるコンピュータ・シミュレーションによって、シスプラチン誘導体(Cis-Pt-a3)が磁
性を有することが確認された。従って、このような磁性を有するシスプラチン誘導体(Ci
s-Pt-a3)を有効成分とする抗がん剤を使用することにより、がん組織に集中して薬理効
果を発揮させることができ、副作用の発生を抑制することができる。
【0058】
ところで、薬の磁性が強ければ強い程、より効率よく患部に薬を誘導することができ、
薬理効果の増大及び副作用の抑制を期待できる。そこで、本願発明者は、本薬の設計方法
におけるコンピュータ・シミュレーションによって、種々のシスプラチン誘導体について
磁性強度の解析を行なった。以下、その解析結果について説明する。なお、磁性強度はス
ピン電荷密度と比例関係にあるため、本実施形態では種々のシスプラチン誘導体における
スピン電荷密度の解析を行なった。
【0059】
まず、リファレンスとして、マグネタイト(Fe3O4)の結晶から総原子数101個、一
辺8Å程度の微粒子を切り出したものを分子モデルに設定し、上記コンピュータ・シミュ
レーションによって、電子状態と構造の最適化を行なった後、スピン電荷密度解析を行な
った。そして、上記マグネタイトのスピン電荷密度を基準にし、種々のシスプラチン誘導
体について同様にスピン電荷密度の解析を行なった。図16は、既述のコンピュータシミ
ュレーションのステップ12に相当する処理の際の操作画面であり、(1)は比較したマ
グネタイト微粒子のスピン電荷密度である。●はスピン電荷密度が正であることを示し、
○はスピン電化密度が負であることを示している。(2)は計算したスピン電荷密度であ
る。磁性の種類はフェリ磁性(スピン電荷密度が正)、磁性強度はマグネタイトに対して
10%である。
【0060】
さらに、シスプラチン誘導体の他に、白金(Pt)をパラジウム(Pd)、ロジウム(Rh)
、イリジウム(Ir)、金(Au)、ニッケル(Ni)、銀(Ag)、銅(Cu)、コバルト(Co)
に置換した各種誘導体についても同様にスピン電荷密度の解析を行なった。このように、
シスプラチン誘導体の白金を上述した金属元素に置換することで生成される誘導体には、
シスプラチンやシスプラチン誘導体と同様に、がん細胞の増殖に関わるDNAを阻害する
効果があることが知られている。
【0061】
図11は、マグネタイトのスピン電荷密度を「1」に規格化した場合における、各種シ
スプラチン誘導体、及びシスプラチン誘導体の白金(Pt)をパラジウム(Pd)、ロジウム
(Rh)、イリジウム(Ir)、金(Au)、ニッケル(Ni)、銀(Ag)、銅(Cu)、コバルト
(Co)に置換した各種誘導体のスピン電荷密度の解析結果を示すものである。
【0062】
この図11に示すように、シスプラチン誘導体の内、NK121がマグネタイトと比較
して約60%のスピン電荷密度を有しており、他のシスプラチン誘導体と比べて磁性薬と
して有効であることがわかった。このシスプラチン誘導体NK121は、かつて安全性試
験を経て臨床開発に及ぶことができたが、抗がん作用がシスプラチンと同程度であったた
め、シスプラチンを上回るメリットはないと判断され開発中止になったものである。従っ
て、このシスプラチン誘導体NK121を服用し磁場による薬の患部への誘導を行えば、
薬効は増大し、副作用も大幅に抑えることができる。なお、図12にシスプラチン誘導体
NK121の基本分子構造モデル図を示す。この図に示すように、シスプラチン誘導体N
K121は、上向きのスピン状態40’〜42’が存在する強磁性体である。
【0063】
また、シスプラチン誘導体の白金(Pt)をパラジウム(Pd)に置換した誘導体もある程
度のスピン電荷密度を有し、磁性体であることが確認された。また、シスプラチン誘導体
の白金(Pt)をロジウム(Rh)に置換した誘導体の内、Cis-Rh-a3がマグネタイトと比較
して約50%のスピン電荷密度を有しており、磁性薬として有効であることがわかった。
また、シスプラチン誘導体の白金(Pt)をイリジウム(Ir)に置換した誘導体は、スピン
電荷密度が非常に小さく、磁性薬として大きな効果はないことが確認された。また、シス
プラチン誘導体の白金(Pt)を金(Au)に置換した誘導体もある程度のスピン電荷密度を
有し、磁性体であることが確認された。
【0064】
また、シスプラチン誘導体の白金(Pt)をニッケル(Ni)に置換した誘導体は、全般的
にマグネタイトと比較して約50%前後のスピン電荷密度を有しており、磁性薬として有
効であることがわかった。また、シスプラチン誘導体の白金(Pt)を銀(Ag)に置換した
誘導体もある程度のスピン電荷密度を有し、磁性体であることが確認された。また、シス
プラチン誘導体の白金(Pt)を銅(Cu)に置換した誘導体もある程度のスピン電荷密度を
有し、磁性体であることが確認された。さらに、シスプラチン誘導体の白金(Pt)をコバ
ルト(Co)に置換した誘導体は、マグネタイトと比較して高いもので約95%、全般的に
みても非常に高いスピン電荷密度を有しており、磁性薬として非常に有効であることがわ
かった。
【0065】
以上のように、本実施形態における薬の設計方法によれば、有機化合物のみならず無機
化合物からなる薬についても、その分子モデルから磁性を有するか否かを解析することが
でき、磁性強度の高い(つまり薬効の高い)薬を事前に調査することにより、有効な薬を
非常に効率良く設計することが可能となる。
【0066】
なお、上記で説明したシスプラチン誘導体や、シスプラチン誘導体の白金を他の金属元
素に置換した誘導体はシス幾何異性体である。このようなシス幾何異性体は、がん細胞の
増殖に関わるDNAを阻害する効果がトランス幾何異性体よりも高いため、抗がん剤とし
て利用されている。しかしながら、本実施形態における薬の設計方法によれば、対象とな
る薬は抗がん剤などのシス幾何異性体に限らず、トランス幾何異性体からなる金属錯体、
または他の無機化合物であっても、磁性を有するか否かを解析することが可能である。従
って、トランス幾何異性体からなる金属錯体、または他の無機化合物からなり、磁性を有
する薬を設計することも可能である。
【0067】
続いて、上述したような磁性を有する薬を、患部に誘導する誘導装置について説明する
。この誘導装置は、磁界を発生するものであれば良く、様々な形態の装置が考えられる。
例えば、その一例として、磁気共鳴画像診断装置(MRI:Magnetic Resonance Imaging)
の応用が考えられ、人体に磁界を放射し、当該磁界を薬が患部に誘導されるようにコント
ロールするような構成にすれば良い。また、例えば、磁石等の磁気を発生するものを患部
の皮膚表面に貼りつけても良い。これにより、患部の近くに到達した薬は、患部に誘導さ
れると共に、患部に集中して留まるため、他の正常な細胞に副作用を起こすこともない。
以上のような誘導装置によれば、磁性を持つ薬を選択的且つ集中的に患部に誘導すること
が可能である。
【0068】
さらに、体内に投与された薬の磁性を利用して、その薬の体内動態、例えば、癌組織な
どへの疾患組織に対する集積量を調べることもできる。より具体的には、磁性を有する薬
をトレーサとし、磁気検出装置により薬から発生する磁気をトレースすることで薬の体内
動態を調べる。このような磁気検出装置により、薬が体内に投与されてから患部に到達す
るまでの時間などの体内動態を調べることができ、薬の研究・開発に寄与することができ
るのみならず、抗がん剤の適切な投与量を決定できる。後述のとおり、MRIを用いた磁
性薬剤の蓄積量(濃度)とMRI画像との間には相関関係があるため、MRI画像を分析す
ることによって、疾患組織への治療薬の蓄積状態が分かり、適切な投与量を決定すること
ができる。
【0069】
さらに、体内に投与された薬の磁性とその薬理作用を利用して、機能画像診断が可能に
なる。より具体的には悪性度の高い癌組織に大量に発現するタンパク質(たとえば「P糖
タンパク」とよばれるタンパク質)に親和性の高い薬(たとえばフォルスコリン)がある
。フォルスコリンに磁性を持たせることにより、癌患者にフォルスコリンを投与して、癌
組織へ集積量を調べることができる。癌組織への集積量が多ければ、その癌は悪性度が高
いという診断ができ、蓄積量が少なければその患者の癌は良性と診断が可能である。つま
り、癌の悪性度診断が、従来のように生検や手術をすることなくMRI画像のみから可能
になる。
【0070】
疾患組織が癌ではなく、脳内のアセチルコリン、セロトニン、ドーバミンなどの神経メ
ディエータに対する受容体に関する疾患についても同様である。例えば、アルツハイマー
型認知症疾患の重症度を、受容体蛋白に特異的に結合する磁性薬剤の動向を頭部のMRI
画像を検査することに判定可能である。
【0071】
ところで、図9に示す標準組成のシスプラチンは、体内に投与されると図13に示す反
応1〜3までの加水分解プロセスによって加水分解され、最終的にシスプラチンの加水分
解物〔Pt(OH2)2(dien)〕2+が生成されることが知られている。上述したように図9に示す
標準組成のシスプラチンは磁性を有しないが、本願発明者は、本薬の設計方法に基づき、
このシスプラチンの加水分解物〔Pt(OH2)2(dien)〕2+が磁性体であることを発見した。図
14は、シスプラチンの加水分解物〔Pt(OH2)2(dien)〕2+の3次元的な分子構造及びスピ
ン電荷密度分布を示すものである。この図に示すように、シスプラチンの加水分解物〔Pt
(OH2)2(dien)〕2+は、上向きのスピン電荷密度の領域50、51を有しているので、強磁
性体であることがわかる。
【0072】
よって、標準組成のシスプラチンであっても、体内に投与した後に磁性を有するので、
上述した誘導装置によって患部まで誘導することができ、また、磁気検出装置によって体
内動態を調べ、癌組織への集積量を知ることができる。
【0073】
図17は、MRIの原理図を示したブロック図である。既述の磁性を有する薬剤が、経
口、注射、輸液などの手法により投与された人体を磁場に晒す。送信コイル170から特
定の周波数の電波を人体にあびせる。投与された薬剤分子の原子核は共鳴して、自ら電波
を発する。その電波を受信コイルで受信してMR画像として合成していく。この結果、人体
内での薬剤の所在や挙動を視覚的に検出することができる。
【0074】
薬剤が吸収された組織では、組織を構成する原子核と薬剤の原子核とでは状態が異なる
ために、MRI制御ユニット174は、浴びせる電波の周波数を適宜選択し、特定の原子
核の発するMR信号を分析することによって薬剤の信号と組織の信号とを区別して、薬剤
がどの組織に存在するかを検出することが可能となる。
【0075】
図18は、MRI全体の斜視図である。180は検査テーブルであって、ここに被験者
を収容して、茶筒状に形成されたマグネットガントリ182内を移動させる。マグネット
ガントリは磁場発生装置とMR信号検出のためのコイルを備えている。マグネットガントリ
の磁場強度は予め、0.2、0.5、1.0、又は1.5テスラ(単位)に設定されてい
る。磁場内で被験者を移動させることによって、投与された薬剤をこの磁場の移動に合わ
せて、薬剤の体内動向を制御することができる。
【0076】
このようにMRIを使用することによって、磁性化合物の体内動向を検査することがで
きるとともに、磁性化合物を体内の目的とする位置に誘導することもできる。磁性化合物
をMRIの造影剤として使用することもできる。
【0077】
MRIを利用する他、他の方式を採用することもできる。乳がんについて具体的に説明
する。乳がんは乳房にある。3次元的には、横、縦、および深さを決定すれば乳がん中の
癌組織の部位を決定できる。乳がんの部位をあらかじめMRないしCTなどで予め決定してお
く。
【0078】
癌のある側の下着(ブラジャー)に永久磁石を仕込んでおく。抗がん剤投与後、磁石が
ある下着を着用する。癌組織に直接抗がん剤を注入する。例えば、乳房にいく動脈に注射
するか、癌組織内に注入する。そのあと、抗がん剤が癌組織から全身に拡散してしまわな
いように、磁石を仕込んだブラジャーを装着する。
【0079】
さらに、次のような方式でも良い。抗がん剤を静脈投与する。静脈投与された抗がん剤
は、心臓にいき、肺循環をへて、大動脈から内胸動脈をへて乳腺枝、そこから乳房内に注
ぎ込まれる。そこで、それぞれの分岐部に磁場をかけて誘導していく。つまり、大動脈か
ら内胸動脈が分岐するところで、内胸動脈の根元にむけて磁場をかけて抗がん剤を大動脈
から内胸動脈へ流れるように誘導する。磁場の強度としては、細胞培養実験の結果、距離
が短ければ1テスラ(MRで使用している強度)で誘導可能であることが分かった。乳がん
のような皮膚に近い臓器では2テスラあれば十分である。MRの磁場強度は通常1.5テス
ラ程度である。測定感度としては、動物実験の結果、T1強調画像という条件で、十分な測
定感度がとれた。
【0080】
次に、薬剤を個体に投与してMRIで画像を取得した実施例について説明する。図19
は、9週齢のメスのラット(日本SIC製ddy)用い、これに、磁性を有する鉄錯体(
Fe-salen)をピリジンに溶解したもの(濃度0.137mol/リットル)を皮下注射によって投与
した後、MRを用いて得られたMRI画像である。鉄錯体ピリジン溶液を投与すると投与
前に比べて臓器と臓器の隙間や腹腔膜に沿って造影効果が見られた。矢印の部分は小腸と
小腸の隙間の部分に溜まった鉄錯体である。この時、ラットの腹腔には小型磁石を貼付し
てある。MRI分析において、磁場強度を1.5テスラとした。
【0081】
さらに、図20はMRI画像において薬剤の濃度依存性があることを示している。左側
がピリジン原液を水(2回蒸留水(DDW))で希釈した系、右側がピリジンの鉄錯体飽
和溶液をピリジンで希釈した系である。ピリジン中の鉄錯体の濃度が既述のものより、1/
2・・・1/16のように変化することによって、MRIではその濃度変化を画像として検出
することができる。次に、ラットL6細胞が30%のコンフルエントの状態の時にFe錯
体粉末を磁石に引き寄せられるのが目視できる程度の量を培地にふりかけて48時間後に
培地の状態を写真撮影した。
【0082】
図21はラットL6細胞の培地がある角型フラスコに棒磁石を接触させた状態を示して
いる。次いで、48時間後角型フラスコ底面の一端から他端までを撮影し、細胞数を算出
した結果を図22に示す。図22において磁石から近位とは、角型フラスコ底面における
磁石端面の投影面積内を示し、磁石から遠位とは、角型フラスコ底面において磁石端面と
反対側にある領域を示す。図22に示すように、磁石から近位では鉄錯体が引き寄せられ
て鉄錯体の濃度が増し鉄錯体のDNA抑制作用によって細胞数が遠位よりも極端に低いこ
とが分かる。この結果、本発明による、磁性を持った薬剤と、磁気発生手段とを備えたシ
ステムによって、個体の目的とする患部や組織に薬剤を集中して存在させることが可能と
なる。
【図面の簡単な説明】
【0083】
【図1】本発明の一実施形態におけるフォルスコリンの基本分子構造モデル図である。
【図2】本発明の一実施形態におけるフェリ磁性を持つフォルスコリン誘導体Aの分子構造モデル図である。
【図3】本発明の一実施形態におけるフォルスコリン誘導体Aの3次元的分子構造モデル及びスピン電荷密度分布を示す図である。
【図4】本発明の一実施形態における強磁性を持つフォルスコリン誘導体Bの分子構造モデル図である。
【図5】本発明の一実施形態におけるフォルスコリン誘導体Bの3次元的分子構造モデル及びスピン電荷密度分布を示す図である。
【図6】本発明の一実施形態における薬の設計方法のフローチャートである。
【図7】本発明の一実施形態における標準組成のPDE5阻害剤の基本分子構造モデル図、及び3次元的な分子構造モデル及びスピン電荷密度分布である。
【図8】本発明の一実施形態におけるPDE5阻害剤誘導体の基本分子構造モデル図、及び3次元的な分子構造モデル及びスピン電荷密度分布である。
【図9】本発明の一実施形態におけるシスプラチンの基本分子構造モデル図である。
【図10】本発明の一実施形態におけるシスプラチン誘導体(Cis-Pt-a3)基本分子構造モデル図、及び3次元的な分子構造モデル及びスピン電荷密度分布である。
【図11】本発明の一実施形態におけるシスプラチン誘導体、及びシスプラチン誘導体の白金を他の金属元素に置換した誘導体のスピン電荷密度の解析結果である。
【図12】本発明の一実施形態におけるシスプラチン誘導体NK121の基本分子構造モデル図、及び3次元的な分子構造モデル及びスピン電荷密度分布である。
【図13】本発明の一実施形態におけるシスプラチンの体内における加水分解プロセスを示す図である。
【図14】本発明の一実施形態におけるシスプラチン加水分解物〔Pt(OH2)2(dien)〕2+の3次元的な分子構造モデル及びスピン電荷密度分布である。
【図15】コンピュータシミュレーションプログラムによって対象化合物のスピン電荷密度を演算する過程で示される、コンピュータの出力画面の第1の例である。
【図16】コンピュータシミュレーションプログラムによって対象化合物のスピン電荷密度を演算する過程で示される、コンピュータの出力画面の第2の例である。
【図17】MRIの原理図である。
【図18】MRI装置全体の斜視図である。
【図19】ラットに磁性薬剤を投与した例におけるMRIの出力画像である。
【図20】MRI画像に対象薬剤の濃度依存性があることを示すMRIの出力画像である。
【図21】磁場における薬剤の所在を検証する実験システムの概要を示すブロック図である。
【図22】磁場における薬剤濃度の変動に基づく、細胞数の測定結果を示す特性図である。
【符号の説明】
【0084】
A、B…フォルスコリン誘導体

【特許請求の範囲】
【請求項1】
有機化合物または無機化合物から構成され、側鎖の修飾または/及び側鎖間の架橋によ
り磁性を有することを特徴とする薬剤。
【請求項2】
有機化合物または無機化合物から構成され、側鎖の修飾または/及び側鎖間の架橋によ
り磁性を有し、個体に投与された際に、当該個体に加えた磁界によって目的とする組織或
いは患部に誘導されるように構成した、化合物の組成自体に磁場を有する薬剤。
【請求項3】
前記個体外表面から前記組織又は患部に磁場を与えて、当該組織又は患部に誘導される
ようにした、請求項2記載の薬剤。
【請求項4】
前記個体の前記組織内又は患部内に磁力発生手段を適用し、当該組織又は前記患部に誘
導されるようにした、請求項3記載の薬剤。
【請求項5】
前記個体の前記組織内又は患部内に前記個体の体液を供給する血管等の経路の途中に磁
力発生手段を配置して、下流の組織又は患部に誘導されるようにした、請求項2記載の薬
剤。
【請求項6】
前記有機化合物は、フォルスコリンであることを特徴とする請求項1記載の薬剤。
【請求項7】
前記有機化合物は、男性勃起不全治療に効果のある組成物であることを特徴とする請求
項1記載の薬剤。
【請求項8】
前記無機化合物は、金属錯体であることを特徴とする請求項1記載の薬剤。
【請求項9】
前記金属錯体は、抗がん性を有するシス幾何異性体であることを特徴とする請求項6記
載の薬剤。
【請求項10】
前記シス幾何異性体は、シスプラチンであることを特徴とする請求項9記載の薬剤。
【請求項11】
体内に投与した請求項1〜10のいずれか一項に記載の薬剤を、当該薬の磁性を利用して所定の患部に誘導することを誘導システムであって、個体の表面又は当該個体の組織又は患部に磁力発生手段を配置するようにした、誘導システム。
【請求項12】
体内に投与した請求項1〜10のいずれか一項に記載の薬剤を、当該薬の磁性を利用して所定の患部に誘導することを誘導システムであって、個体に対して磁場を発生する手段と、当該磁場を前記固定の目的とする組織又は患部に誘導するようにした、誘導システム。
【請求項13】
体内に投与した請求項1〜6のいずれか一項に記載の薬剤の磁性を検出することで、当該薬剤の体内動態を検知することを特徴とする磁気検出装置。
【請求項14】
前記磁性を磁気共鳴誘導によって検出する請求項13記載の磁気検出装置。
【請求項15】
コンピュータを利用したコンピュータシミュレーションの手法によって薬剤を設計する
方法であって、前記コンピュータは、前記コンピュータシミュレーションを実行するプロ
グラムを記憶するメモリと、当該プログラムに対するデータ入力を行なう入力装置と、前
記データ及び前記プログラムに基づいて演算を行なう演算装置と、演算結果を出力する出
力装置とを備え、
前記演算装置は前記薬剤として用いられる有機化合物または無機化合物に対し、側鎖の
修飾または/及び側鎖間の架橋を行った分子モデルを設定し、当該分子モデルについて数
値計算により求めたスピン電荷密度分布から前記分子モデルが磁性を有するか否かを判定
し、磁性を有すると判定した分子モデルを最適化合物として前記出力装置に出力する、薬
剤の設計システム。
【請求項16】
前記演算装置は、前記薬剤を構成する各原子を3次元空間上において波動関数から推測
される最適な方向に所定の距離だけ移動させ、そのときの各原子に働く原子間力を算出し
て、この時の原子間力が零になる前記薬剤の構造を最適状態と判定する、請求項15記載
のシステム。
【請求項17】
前記演算装置は、前記薬剤の構造を最適化する過程で、前記薬剤を構成する複数の原子
間で架橋を施した分子モデルを形成し、当該モデルについて前記原子間力を演算する、請
求項15又は16記載のシステム。
【請求項18】
前記スピン電荷密度分布に基づいて前記分子モデルが強磁性かフェリ磁性かを判定する
ことを特徴とする請求項15記載のシステム。
【請求項19】
前記スピン電荷密度分布に基づいて前記分子モデルの磁性の強度を判定することを特徴
とする請求項15乃至18の何れか1項記載のシステム。
【請求項20】
有機化合物の基本骨格に対して、正又は負のスピン電荷密度付与する側鎖が結合され、
全体として外部磁場に対して磁気共有誘導される範囲の磁性を持ち、人体や動物に適用さ
れた際に、体外からの磁場によって局所的に磁場が与えられている領域に蓄積され、元来
保有している医薬効果を前記領域において発揮するようにした、局所治療薬。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図17】
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【図18】
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【図21】
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【図22】
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【図15】
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【図16】
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【図19】
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【図20】
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【公開番号】特開2008−150368(P2008−150368A)
【公開日】平成20年7月3日(2008.7.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−316941(P2007−316941)
【出願日】平成19年12月7日(2007.12.7)
【分割の表示】特願2007−56624(P2007−56624)の分割
【原出願日】平成19年3月7日(2007.3.7)
【出願人】(000000099)株式会社IHI (5,014)
【出願人】(505328683)
【Fターム(参考)】