説明

血液中成分の定量分光分析法

【課題】弱い相互作用のエネルギーに共鳴する電磁波を用いて、試料血液中の標的物質の濃度を高感度に定量することができる血液中成分の定量分光分析法を提供する。
【解決手段】血清、血漿、血球又は血餅のいずれかの試料血液に含まれる標的物質の濃度を定量する方法であって、前記試料血液を、該試料血液がそのままもしくは希釈され、かつ無機塩が添加された状態で凍結させて凍結試料を得た後、前記凍結試料に、前記試料血液中に予め含まれている無機塩成分、前記無機塩もしくは前記無機塩から生じるイオンと前記標的物質との間、又は前記イオンと前記標的物質とそれらの周囲の水分子との間に形成される弱い相互作用のエネルギーに共鳴する周波数を含む電磁波を照射し、前記凍結試料を透過した電磁波を測定することにより得られる吸収特性スペクトルから前記標的物質の濃度を定量する血液中成分の定量分光分析法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血液中成分の定量分光分析法に関する。
【背景技術】
【0002】
採血した血液から分離した血清、血漿、血球、血餅等の試料血液中における糖やアミノ酸、蛋白質等の標的物質の定量分析は、病気の診療や治療に有用な情報が得られることから広く利用されている。
【0003】
溶液中の標的物質の定量分析法としては、例えば、水素結合、ファンデルワールス結合、π電子相互作用、静電相互作用等の弱い相互作用のエネルギーに共鳴する周波数の電磁波(例えば、テラヘルツ波)による吸収特性スペクトルを用いたテラヘルツ時間領域分光法が知られている(非特許文献1)。
テラヘルツ時間領域分光法は、標的物質固有のエネルギーに由来する吸収特性スペクトルを得ることで直接的に定性定量分析を行う方法である。
【非特許文献1】Y.Ueno,R.Rungsawang,I.Tomita,and K.Ajito,Anal.Chem.2006,78,5424−5428.
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、非特許文献1のような分光法は、標的物質固有の吸収強度が弱いことからその定量限界が数10%程度と高く、高感度な定量分析に対応できなかった。そのため、前述のような弱い相互作用のエネルギーに共鳴する電磁波を用いて試料血液中の標的物質の濃度を定量するには、感度を向上させることが望まれている。
そこで本発明では、弱い相互作用のエネルギーに共鳴する電磁波を用いて、試料血液中の標的物質の濃度を高感度に定量することができる血液中成分の定量分光分析法を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明の血液中成分の定量分光分析法は、血清、血漿、血球または血餅のいずれかの試料血液に含まれる標的物質の濃度を定量する方法であって、前記試料血液を、該試料血液がそのままもしくは希釈され、かつ無機塩が添加された状態で凍結させて凍結試料を得た後、前記凍結試料に、前記試料血液中に予め含まれている無機塩成分、前記添加された無機塩、もしくは前記添加された無機塩から生じるイオンと前記標的物質との間、または前記イオンと前記標的物質とそれらの周囲の水分子との間に形成される弱い相互作用のエネルギーに共鳴する周波数を含む電磁波を照射し、前記凍結試料を透過した電磁波を測定することにより得られる吸収特性スペクトルから前記標的物質の濃度を定量する方法である。
【0006】
また、本発明の血液中成分の定量分光分析法は、前記添加された無機塩が、前記試料血液中で、亜鉛、カリウム、カルシウム、クロム、セレン、鉄、銅、ナトリウム、マグネシウム、マンガン、リン、バナジウム、ストロンチウムもしくはアンモニウムのいずれかの陽イオン、またはフッ素、塩素、臭素、ヨウ素、水酸、亜硫酸、炭酸、硝酸、リン酸もしくはホウ酸のいずれかの陰イオンを生じる塩であることが好ましい。
また、前記相互作用を形成する前記標的物質が、糖、有機酸、有機酸の塩、アミノ酸、アミノ酸の塩、ポリペプチド、蛋白質のいずれかを主成分とする物質であることが好ましい。
【発明の効果】
【0007】
本発明の血液中成分の定量分光分析法は、弱い相互作用のエネルギーに共鳴する電磁波を用いて、試料血液中の標的物質の濃度を高感度に定量することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の血液中成分の定量分光分析法は、試料血液を凍結させた凍結試料の吸収特性スペクトルから試料血液中の標的物質の濃度を定量する方法である。以下、本発明の定量分光分析法の一実施形態例について詳細に説明する。
【0009】
[分光分析装置]
図1は、本発明の定量分光分析法に用いることのできる分析装置の一例を示した模式図である。本実施形態の分光分析装置10は、図1に示すように、周波数0.1〜10THzの周波数領域の電磁波を励起する励起光40を発生する光源12と、励起光40により電磁波42を発生させて凍結試料30に照射するパルス発生器22および凍結試料30を透過した電磁波を検出する検出器24を有する分光器14と、無機塩が添加された試料血液を凍結させて凍結試料30を得る低温チャンバ16と、凍結試料の厚さを測定する厚さ測定手段18と、分光器14、低温チャンバ16および厚さ測定手段18を制御し、かつスペクトル計算を行って吸収特性スペクトルを得る制御・計算手段20とを備えている。
凍結試料30は、前記試料血液を、該試料血液がそのままもしくは希釈され、かつ無機塩が添加された状態で凍結させた試料である。
【0010】
光源12は、0.1〜10THzの周波数領域の電磁波(テラヘルツ波)を励起する励起光40を発生させることができれば特に限定されず、例えば、フェムト秒レーザ励起光を発生するパルスレーザやチタンサファイアレーザ等が挙げられる。
【0011】
分光器14は、励起光40により電磁波42を発生させて凍結試料30に照射するパルス発生器22と、凍結試料30を透過した電磁波を検出する検出器24とを有している。
パルス発生器22は、光源12からの励起光40を受け、電磁波42(テラヘルツ波)を発生することができるものであれば特に限定されず、例えば、非線形光学結晶、光伝導アンテナ、半導体、量子井戸、高温伝導薄膜等が挙げられる。
検出器24は、凍結試料30を透過した電磁波を検出できるものであれば特に限定されず、例えば、光伝導アンテナ等が挙げられる。
【0012】
低温チャンバ16は、凍結機能を有するものであれば特に限定されず、チャンバ内の温度を−190℃〜室温の範囲で任意の温度に調節維持できるものであることが好ましい。また、凍結機能は、無機塩の析出を抑えることが容易になる点から、凍結速度が10℃/分以上であることが好ましく、30℃/分以上であることがより好ましい。このような低温チャンバ16としては、例えば、日本サーマル社製のチャンバ等が挙げられる。
【0013】
厚さ測定手段18は、凍結試料30の厚さを測定できるものであれば特に限定されず、例えば、ミツトヨ製ノギス等が挙げられる。
【0014】
制御・計算手段20は、分光器14、低温チャンバ16および厚さ測定手段18を制御し、かつスペクトル計算を行って吸収特性スペクトルを得る手段である。
制御・計算手段20における制御としては、例えば、低温チャンバ16を制御して凍結試料30の調製および測定時の温度を制御し、分光器14および厚さ測定手段18の制御により測定を制御するもの等が挙げられる。また、制御・計算手段20における計算としては、検出器24における検出値からスペクトル計算を行い、吸収特性スペクトルを得るものが挙げられる。スペクトル計算としては、検出値からフーリエ変換により連続スペクトルを得て、その連続スペクトルを厚さ測定手段18から送られる凍結試料30の厚さ情報を基に単位厚さあたりに正規化するもの等が挙げられる。
制御・計算手段20としては、このような制御および計算が行えるものであれば特に限定されない。
【0015】
[定量分光分析法]
以下、本発明の定量分光分析法の実施形態の一例として前述の分光分析装置10を用いた標的物質の濃度の定量方法について説明する。
本発明の定量分光分析法における試料血液は、血清、血漿、血球または血餅のいずれかの血液検査の対象となる試料である。
また、本発明における標的物質は、試料血液中に含まれ、該試料血液中で弱い相互作用を形成する物質であり、例えば、糖(グルコース等)、有機酸(コハク酸、リンゴ酸、クエン酸等)、有機酸の塩、アミノ酸(メチオニン、アラニン、バリン、ロイシン、イソロイシン、プロリン、フェニルアラニン、グリシン、セリン、トレオニン、チロシン、アスパラギン、グルタミン、アスパラギン酸、グルタミン酸、リシン、アルギニン、ヒスチジン、トリプトファン、システイン)、アミノ酸の塩、ポリペプチド、蛋白質のいずれかを主成分とする物質である。ここで、弱い相互作用とは、水素結合、ファンデルワールス結合、π電子相互作用、静電相互作用等の相互作用のことである。
また、試料血液中には、ナトリウム、亜鉛、マグネシウム、鉄、カリウム、カルシウム等の無機塩成分が予め含まれている。
【0016】
本発明の定量分光分析法では、前記試料血液を、該試料血液がそのままもしくは希釈され、かつ無機塩が添加された状態で凍結させることにより凍結試料30を得る。試料血液を希釈する場合は、試料血液を希釈する前に無機塩を添加してもよく、無機塩を添加した後に試料血液を希釈してもよい。また、無機塩を溶解した水溶液により行ってもよい。試料血液の希釈は、水により行うことが好ましく、純水で行うことが特に好ましい。
また、無機塩は、例えば攪拌器等を用いて溶解させることができる。
【0017】
本発明において添加される無機塩は、前記試料血液中で、無機塩もしくは該無機塩から生じるイオンと標的物質との間、または該イオンと標的物質とそれらの周囲の水分子との間に弱い相互作用を形成するものであれば特に限定されない。
無機塩としては、標的物質の濃度の定量に優れる点から、前記試料血液中で、亜鉛、カリウム、カルシウム、クロム、セレン、鉄、銅、ナトリウム、マグネシウム、マンガン、リン、バナジウム、ストロンチウムもしくはアンモニウムのいずれかの陽イオン、またはフッ素、塩素、臭素、ヨウ素、水酸、亜硫酸、炭酸、硝酸、リン酸もしくはホウ酸のいずれかの陰イオンを生じる塩であることが好ましい。
無機塩は1種のみを単独で使用してもよく、2種以上を併用してもよい。
【0018】
前記試料血液中に添加する無機塩の添加量は、1質量%〜飽和濃度とすればよく、図2に示すように無機塩の種類によっても異なるが、無機塩が添加された試料血液の全質量100質量%に対して、無機塩の濃度が1〜50質量%となるようにすることが好ましい。前記濃度が20質量%以上であれば、無機塩の種類によらず得られる吸収特性スペクトルが顕著になることで標的物質の濃度の定量が容易になる。また、前記濃度が10質量%以下であれば、無機塩の種類によらず試料血液に無機塩を溶解させることが容易になる。
【0019】
無機塩を添加した試料血液を凍結して凍結試料30を得る方法としては、例えば、無機塩を添加した前記試料血液を試料ホルダ等に滴下し、それを低温チャンバ16内に設置して、低温チャンバ16内の温度を低下させて凍結させる方法等が挙げられる。
前記試料血液を凍結する速度は、該試料血液を急速に凍結できる速度であればよく、10℃/分以上であることが好ましく、30℃/分以上であることがより好ましい。前記試料血液を凍結する速度が10℃/分以上であれば、凍結の際に無機塩が析出することを抑制しやすいため、標的物質の濃度の定量が容易になる。
【0020】
凍結試料30の厚さは特に限定されず、分光器14や厚さ測定手段18の性能、大きさ等に応じて決定することができる。ただし、凍結試料30の厚さが薄すぎると、標的物質および無機塩の量が少なくなりすぎて得られる吸収特性スペクトル中の吸収強度が弱くなることで、標的物質の濃度の定量が難しくなるおそれがある。また、凍結試料30の厚さが厚すぎると、電磁波42が凍結試料30を透過し難くなる。加えて、電磁波42と凍結試料30の厚さとの干渉とを考慮すると、凍結試料30の厚さは1〜3mmとすることが好ましい。
【0021】
ついで、凍結試料30に電磁波を照射し、凍結試料30を透過した電磁波を測定することにより吸収特性スペクトルを得る。
凍結試料30に照射する電磁波は、前記試料血液中に予め含まれている無機塩成分、前記添加された無機塩もしくは前記添加された無機塩から生じるイオンと前記標的物質との間、または前記イオンと前記標的物質とそれらの周囲の水分子との間に形成される弱い相互作用のエネルギーに共鳴する周波数を含む電磁波である。すなわち、前記試料血液中に予め含まれている無機塩成分と前記標的物質との間、または前記添加された無機塩と前記標的物質との間、または前記添加された無機塩から生じるイオンと前記標的物質との間、または前記イオンと前記標的物質とそれらの周囲の水分子との間に形成される弱い相互作用のエネルギーに共鳴する周波数を含む電磁波である。
弱い相互作用としては、水素結合、ファンデルワールス結合、π電子相互作用、静電相互作用等の相互作用が挙げられる。これら弱い相互作用のエネルギーに共鳴する周波数を含む電磁波42の具体例としては、例えば、0.1〜10THzの周波数領域の電磁波(テラヘルツ波)が挙げられる。
【0022】
凍結試料30に照射された電磁波42は、試料血液中に予め含まれている無機塩成分、無機塩もしくは無機塩から生じるイオンと標的物質との間、または該イオンと標的物質とそれらの周囲の水分子の間に生じる弱い相互作用のエネルギーと共鳴する。そして、凍結試料30を透過した電磁波が検出器24により検出される。また同時に、検出器24には励起光40の一部を照射して、サンプリング検出する。
そして、検出器24から、標的物質を透過した電磁波を検出した検出値と前記サンプリング検出の検出値とがデータとして制御・計算手段20に送られ、フーリエ変換により電磁波42の周波数成分の連続スペクトルに変換される。併せて、低温チャンバ16内の温度および厚さ測定手段18から制御・計算手段20に送られた凍結試料30の厚さの値を基に、得られた連続スペクトルを分析実施温度における単位厚さあたりに正規化して吸収特性スペクトルを得る。前記正規化は、凍結試料30の厚さと吸収特性スペクトルの吸収強度との比例関係を利用する。具体的には、厚さ測定手段18で測定された凍結試料30の厚さで、その吸収特性スペクトルを除算したものである。
また、純水を凍結させた氷を調製して参照試料とし、該参照試料に対して前述の検知工程と同様の測定を行って吸収特性スペクトルを得て、前記正規化した吸収特性スペクトルから参照試料の吸収特性スペクトルを減算することで、凍結試料30の吸収特性スペクトルを得る。
【0023】
分析中の低温チャンバ16内の温度は、凍結試料30が解凍されない条件であれば特に限定されない。ただし、測定温度が低いほど熱的ゆらぎが少なく、シャープなスペクトルが得られる。また、温度に応じて吸収特性スペクトルが変化することがあるため、複数の温度条件で吸収特性スペクトルを得ることが好ましい。
分析中の低温チャンバ16内の温度は、4〜300Kであることが好ましい。
【0024】
以上のように、凍結試料30を透過した電磁波から吸収特性スペクトルが得られる。得られた吸収特性スペクトルには、試料血液中に予め含まれている無機塩成分、無機塩もしくは無機塩から生じたイオンと標的物質との間、または該イオンと標的物質とそれらの周囲の水分子との間に形成される弱い相互作用のエネルギーとの共鳴によるピークが得られる。このピークを用いることで、試料血液中の標的物質の濃度を定量することができる。
【0025】
本発明の定量分光分析法により標的物質の濃度を定量する方法としては、標的物質を溶解して既知濃度とした試料血液を標準試料とし、それにより得られた吸収特性スペクトルにおける前記ピークから検量線を作成してそれと比較する方法(1)や、前記標準試料から得られた吸収特性スペクトルから標準吸収スペクトルを得て、該標準吸収スペクトルと対象の試料血液の吸収特性スペクトルとを比較する方法(2)が挙げられる。
【0026】
標準試料の吸収特性スペクトルを得る方法は、前述の試料血液の吸収特性スペクトルを得る方法と同じ方法を用いることができ、好ましい態様も同じである。
方法(1)の検量線を用いる場合は、吸収特性スペクトル中における前記相互作用のエネルギーとの共鳴によるピークが生じた周波数において、その周波数における標準試料の濃度(既知)と吸収強度から検量線を作成する。これにより、対象となる試料血液の吸収特性スペクトルの同一の周波数の吸収強度から標的物質の濃度の定量を行うことができる。
【0027】
方法(2)の場合は、標準試料の吸収特性スペクトルを該標準試料中の標的物質の濃度で除算することにより標準吸収スペクトルを求める。ついで、対象となる試料血液の吸収特性スペクトルと標準吸収スペクトルとを比較して、標準吸収スペクトルと係数との積から得られる理論吸収特性スペクトルと前記吸収特性スペクトルとの誤差が最小となるような係数を算出することにより、標的物質の濃度を定量することができる。
【0028】
方法(1)および方法(2)における対象の試料血液の吸収特性スペクトルを用いた比較は、同一の温度条件で測定した標準試料の吸収特性スペクトルによる検量線もしくは標準吸収スペクトルとの間で行う。比較に用いる吸収特性スペクトルおよび標準吸収スペクトルの温度条件は特に限定されず、単一の温度条件であってもよい。ただし、分析時の温度により吸収特性スペクトルが変化することがあるため、複数の温度条件において比較を行うことが好ましい。
また、方法(1)では、各温度において得られた標的物質の濃度の平均値と標準偏差を算出することが好ましい。また、方法(2)では、各温度において得られた前記係数の平均値と標準偏差を算出することが好ましい。
【0029】
また、試料血液中の複数の標的物質を対象とする場合は、それら全ての標的物質に対する標準試料による検量線もしくは標準吸収スペクトルを準備しておくことにより、試料血液中の全ての標的物質の濃度を定量することができる。
すなわち、方法(1)においては、対象の試料血液の吸収特性スペクトルの各ピークについて、同一ピークを有する標準試料の吸収特性スペクトルから得られた検量線を用いることで、試料血液中の各標的物質の濃度を定量することができる。
方法(2)においても、対象の試料血液の吸収特性スペクトルの各ピークについて、同一ピークを有する標準吸収スペクトルを抽出し、それらのピーク同士の誤差を最小にする係数を算出していくことにより、試料血液中の各標的物質の濃度を定量することができる。
【0030】
また、本発明の定量分光分析法は、凍結試料30に照射する電磁波42は、以下の理由により、0.5THz未満および2.0THzを超える周波数領域の吸収特性スペクトルのデータを除去して分析することもできる。0.5THz未満の周波数領域は、凍結試料30の界面で起こる多重反射等の影響による誤差が大きくなる傾向がある。一方、2.0THzを超える周波数領域は、高周波側ほど、吸収強度が強くなるのに応じてノイズレベルが大きくなる傾向がある。そのため、場合によってはそれらの吸収特性スペクトルにおける前述の周波数領域の誤差が大きくなりすぎて、標的物質の濃度を定量し難くなるおそれがある。
したがって、本発明の定量分光分析法に不適当な周波数領域のスペクトルデータを除去して測定を行ってもよい。ここで、分析に不適当な周波数領域とは、例えば方法(2)の場合、該周波数領域が除かれた結果、標的物質の各々の濃度条件における標準吸収スペクトルの誤差が10%未満になる領域である。具体的には、0.5〜2.0THzの周波数領域の電磁波を用いて測定を行う方法が挙げられる。
【0031】
また、試料血液の吸収特性スペクトルは、装置のレーザの出力安定性や光学部品の熱作用等により、そのベースラインが変化することがある。そのため、誤差の大きい周波数領域で、定数もしくは該周波数に対して一定の関係を有する値を加算または減算することによりベースラインの補正を行うことが好ましい。これにより、試料血液中の標的物質の濃度の定量をより正確に行うことができる。
【0032】
以上説明した本発明の血液中成分の定量分光分析法は、弱い相互作用のエネルギーに共鳴する電磁波を用いて、試料血液中の標的物質の濃度を高感度に定量することができる。
これは、本発明の定量分光分析法では、無機塩を用い、該無機塩もしくは該無機塩から生じるイオンと標的物質との間、または前記イオンと標的物質とそれらの周囲の水分子との間に形成される弱い相互作用のエネルギーを利用しているため、標的物質が有する固有のエネルギーを直接測定する既存の技術に比べて吸収特性スペクトルの吸収強度が強くなるためである。
【実施例】
【0033】
以下、実施例および比較例を示して本発明を詳細に説明する。ただし、本発明は以下の記載によっては限定されない。
図1に例示した分光分析装置10を用いて、試料血液中の標的物質の濃度の定量を行った。分光分析装置10は、光源12としてチタンサファイアレーザであるvitesse(100フェムト秒型、コヒレント社製)を用い、パルス発生器22(光伝導アンテナ、浜松ホトニクス社製)、検出器24(光伝導性アンテナ、浜松ホトニクス社製)を備えた分光器14に低温チャンバ16(瞬間冷却器付き低温チャンバ、日本サーマル社製)および厚さ測定手段18を取り付けたものを用いた。
【0034】
[凍結試料の調製]
標的物質は血清中のグルコースとした。血清を試料血液として、これを純水で2倍に希釈して50%血清水溶液とし、希釈した試料血液に無機塩である塩化ナトリウムを濃度が20質量%となるように添加した。また、標的物質であるグルコースを濃度が0.2質量%となるように添加して試料血液Aとした。また、グルコースを添加していない以外は試料血液Aと同様に調製したものを試料血液Bとした。さらに、20質量%の塩化ナトリウム水溶液(試料C)を調製した。
【0035】
これら3種類の試料血液A、Bおよび試料Cを、それぞれ直径6mmの試料ホルダに滴下し、低温チャンバ16により室温から毎分−30℃の割合で−190℃まで冷却し、厚さ2mmの凍結試料A〜Cを得た。
また、同量の純水を用いて氷を作製し、吸収特性スペクトル測定時の参照試料とした。
【0036】
[実験例1]
前述の試料調製により得た凍結試料Aを厚さ測定手段18に設置し、0.1〜10.0THzの周波数領域の電磁波により測定を行い、測定により得られた連続スペクトルを単位試料厚さあたりに正規化した後、同様の測定により得た前記参照試料の吸収強度を差し引き、凍結試料Aの吸収特性スペクトルを得た。また、凍結試料BおよびCについても、凍結試料Aと同様の方法でそれぞれの凍結試料の吸収特性スペクトルを得た。
凍結試料A〜Cの吸収特性スペクトルを図3に示す。
【0037】
図3に示すように、凍結試料Aの吸収特性スペクトルには特徴的なピークが得られた(特に1.8THz付近)。このピークは、凍結試料BおよびCの吸収特性スペクトルでは得られなかった。また、同様の濃度条件としたグルコース水溶液のみ、もしくは血清のみで測定を行っても、凍結試料Aのような吸収特性スペクトルが得られないことから、これらのピーク(1.8THz)は、グルコースまたは血清中の化学成分の固有のエネルギーに対応しているピークではなく、グルコースまたは血清中の化学成分と無機塩から生じるイオンとの間に形成される弱い相互作用のエネルギーに対応したピークであることがわかった。
【0038】
ついで、血清中のグルコースの定量を行った。
[実施例1]
血清を試料血液として、これを純水で2倍に希釈して50%血清水溶液とし、これに濃度がそれぞれ0.05質量%、0.1質量%、0.2質量%となるようにグルコースを添加し、さらに無機塩である塩化ナトリウムを濃度が20質量%となるように添加した3種類の試料血液D〜Fを調製した。
ついで、試料血液D〜Fについて、実験例1と同様の方法で凍結試料D〜Fを調製し、それぞれの凍結試料について吸収特性スペクトルを測定した。
凍結試料D〜Fの吸収特性スペクトルを図4に示す。
【0039】
図4に示すように、凍結試料D〜Fの吸収スペクトルには特徴的なピークが得られた(特に1.8THz付近)。また、凍結試料D〜Fの吸収スペクトルの比較から、吸収特性スペクトルのピークの吸収強度とグルコースの濃度には相関関係が見られており、この吸収特性スペクトルにおけるピークはグルコースと無機塩から生じるイオンとの間に形成される弱い相互作用のエネルギーに対応したピークであることがわかった。
また、1.8THzのピークの吸収強度とグルコースの濃度との関係をプロットした結果を図5に示す。図5に示すように、1.8THzのピークの吸収強度とグルコースの濃度との間には良好な直線関係が得られた。これにより、このピークの吸収強度を用いることでグルコースの定量が行えることが示された。
また、本実施例により0.05質量%のグルコースを定量できることが示されたことから、標的物質固有の吸収強度から定量を行う従来の直接的な定性定量分析法に比べて、検出限界は少なくとも100倍以上高くできることが期待でき、非常に高感度な定量分析が行えることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0040】
本発明の定量分光分析法によれば、水素結合、ファンデルワールス結合、π電子相互作用、静電相互作用等の弱い相互作用のエネルギーに共鳴する周波数を含む電磁波を用いて、試料血液中の標的試料の濃度を高感度に定量することができる。そのため、血清、血漿、血球、血餅等の血液検査の対象となる試料血液中の標的物質の濃度の定量に好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】本発明の定量分光分析法に使用できる分光分析装置の一例を示した模式図である。
【図2】水100gに対する各種無機塩の溶解度曲線を示した図である。
【図3】凍結試料A〜Cの吸収特性スペクトルを示した図である。
【図4】凍結試料D〜Fの吸収特性スペクトルを示した図である。
【図5】図4の1.8THzのピークの吸収強度とグルコース濃度との関係をプロットした図である。
【符号の説明】
【0042】
10 分光分析装置 12 光源 14 分光器 16 低温チャンバ 18 厚さ測定手段

【特許請求の範囲】
【請求項1】
血清、血漿、血球または血餅のいずれかの試料血液に含まれる標的物質の濃度を定量する方法であって、
前記試料血液を、該試料血液がそのままもしくは希釈され、かつ無機塩が添加された状態で凍結させて凍結試料を得た後、
前記凍結試料に、前記試料血液中に予め含まれている無機塩成分、前記添加された無機塩、もしくは前記添加された無機塩から生じるイオンと前記標的物質との間、または前記イオンと前記標的物質とそれらの周囲の水分子との間に形成される弱い相互作用のエネルギーに共鳴する周波数を含む電磁波を照射し、前記凍結試料を透過した電磁波を測定することにより得られる吸収特性スペクトルから前記標的物質の濃度を定量する血液中成分の定量分光分析法。
【請求項2】
前記添加された無機塩が、前記試料血液中で、亜鉛、カリウム、カルシウム、クロム、セレン、鉄、銅、ナトリウム、マグネシウム、マンガン、リン、バナジウム、ストロンチウムもしくはアンモニウムのいずれかの陽イオン、またはフッ素、塩素、臭素、ヨウ素、水酸、亜硫酸、炭酸、硝酸、リン酸もしくはホウ酸のいずれかの陰イオンを生じる塩である、請求項1に記載の血液中成分の定量分光分析法。
【請求項3】
前記相互作用を形成する前記標的物質が、糖、有機酸、有機酸の塩、アミノ酸、アミノ酸の塩、ポリペプチド、蛋白質のいずれかを主成分とする物質である、請求項1または2に記載の血液中成分の定量分光分析法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−281876(P2009−281876A)
【公開日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−134441(P2008−134441)
【出願日】平成20年5月22日(2008.5.22)
【出願人】(000004226)日本電信電話株式会社 (13,992)
【Fターム(参考)】