血管弛緩作用を有するペプチド
【課題】アミノ酸配列 His-Phe を含むジペプチドあるいはトリペプチド(HF)を食品組成物及び医薬組成物として提供する。
【解決手段】HFは高い大動脈血管弛緩作用を有する。したがって、医薬組成物は抗高血圧薬として使用することができる。HFは、ACE阻害活性が低く、L-NMMAの存在下でも明らかな血管収縮抑制作用を示す。HFの血管弛緩作用は、血管平滑筋に存在するL型Caチャンネルを介した外部からのCa流入の抑制により発現する。
【解決手段】HFは高い大動脈血管弛緩作用を有する。したがって、医薬組成物は抗高血圧薬として使用することができる。HFは、ACE阻害活性が低く、L-NMMAの存在下でも明らかな血管収縮抑制作用を示す。HFの血管弛緩作用は、血管平滑筋に存在するL型Caチャンネルを介した外部からのCa流入の抑制により発現する。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、血管弛緩作用を有するペプチドに関する。本発明によって提供されるペプチドは、血管弛緩作用を有し、医薬品又は食品(飲料を含む。)の分野で有用である。
【背景技術】
【0002】
高血圧症の方の約90%以上は、本態性高血圧症であり、残りが腎臓疾患、内分泌異常、心疾患等の疾患に附随して生ずる二次性高血圧症である。本態性高血圧症は、塩分過多の食生活、運動不足、ストレス等の環境要因と遺伝的要因とがあいまって発症すると考えられている。
【0003】
高血圧症は、ほとんどの場合自覚症状に乏しく、気づかないうちに進行して他の臓器にも悪影響を及ぼし、様々な合併症を併発することがある。合併症の主なものとしては、狭心症、心筋梗塞、脳梗塞、腎機能の低下、解離性大動脈瘤等が挙げられる。最近では睡眠時無呼吸症候群も合併する率が高いことが報告されている。合併症のなかには進行すると重篤で致命的なものもある。
【0004】
高血圧症の治療方法には、生活習慣の改善と薬物治療とがある。生活習慣の改善は、一般的には、食事コントロール、減量、アルコールの制限、適度な運動、禁煙の観点から行われる。食事コントロールには、食塩摂取を制限すること、野菜や果物を積極的にとること、コレステロールや飽和脂肪酸の摂取を控えること等が含まれる。薬物治療においては、対象者の血圧の程度や合併症の有無により、適切な薬剤が選択される。生体内での血圧調節は、昇圧形のレニン−アンジオテンシン−アルドステロン(RAA)系、降圧系のカリクレイン−キニン(KK)等が相補的に関わっており、抗高血圧薬の作用点は様々である。
【0005】
他方、降圧作用を有するペプチドに関する報告がいくつかある。例えば、卵白の酵素加水分解産物であるヘキサペプチド、及びその改変ペプチドが血圧降下作用を有することが報告されている(特許文献1等)。また、イワシ酵素分解産物から得られたペプチドに血圧降下作用が認められ、特にアミノ酸配列 Val-Tyr からなるジペプチドがACE阻害作用が高く、持続性の降圧作用を有することが報告されている(特許文献2〜4、非特許文献1〜6)。
【先行技術文献】
【0006】
【特許文献1】特開2002-80496号公報
【特許文献2】特開平6-184191号公報(特許第3401280号)
【特許文献3】特開平7-215889号公報(特許第3403794号)
【特許文献4】特開2003-192607号公報
【非特許文献1】Matsui,T. and Matsumoto,K. : “Bioactive Peptides with Antihypertensive Potency Derived from Natural Protein”ed. by Richard,R., in “Current Topics in Peptid & Protein Research”. Research Trends, India (2002)
【非特許文献2】Kawasaki T, Seki E, Osajima K, et al: Antihypertensive effect of valyl-tyrosine, a short chain peptide derived from sardine muscle hydrolyzate, on mild hypertensive subjects. J Human Hypertens 2000; 14: 519-523
【非特許文献3】Matsui T, Tamaya K, Seki E, Osajima K, Matsumoto K, Kawasaki T: Val-Tyr as a natural antihypertensive dipeptide can be absorbed into the human circulatory blood system. Clin Exp Pharm Physiol 2002; 29: 204-208
【非特許文献4】Matsui T, Hayashi A, Tamaya K, et al: Depressor effect induced by dipeptide, Val-Tyr, in hypertensive transgenic mice is due, in part, to the suppression of human circulating renin-angiotensin system. Clin Exp Pharm Physiol 2003; 30: 262-265
【非特許文献5】Matsui T, Imamura M, Oka H, et al: Tissue distribution of antihypertensive dipeptide, Val-Tyr, after its single oral administration to spontaneously hypertensive rats. J Peptide Sci 2004; 10: 535-545
【非特許文献6】Matsui,T., Ueno,T., Tanaka,M., Oka,H., Miyamoto,T.,Osajima,K. and Matsumoto,K. : Antiproliferative action of an angiotensin I-converting enzyme inhibitory peptide, Val-Tyr, via an L-type Ca2+ channel inhibition in cultured vascular smooth muscle cells. Hypertension Res. 28:2005
【発明の開示】
【0007】
本発明者らは、生体の恒常性維持に関与する食品成分に関する研究を行ってきた。そして高血圧症等の予防を目的に、種々のペプチドについて検討を行った結果、特定のアミノ酸配列を有するペプチドが大動脈を弛緩させる機能を有することを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0008】
本発明は、アミノ酸配列 A1-His-Phe、又は His-Phe-A2(式中、A1は、Val、Leu、Ile、His、Phe、Tyr若しくはTrpであるか又は存在せず、A2は、Val、Leu、Ile、His、Phe、Tyr若しくはTrpであるか又は存在しない。)からなる、新規なペプチドを提供する。本発明のペプチドの好ましい例は、アミノ酸配列 Ile-His-Phe、Val-His-Phe、His-Phe-Ile、His-Phe-Val若しくはPhe-His-Pheからなるトリペプチド、及びアミノ酸配列 His-Phe からなるジペプチドである。本発明のペプチドの特に好ましい例は、アミノ酸配列 His-Phe からなるジペプチドである。
【0009】
本発明のペプチドを構成するアミノ残基は、特に記載した場合を除き、いずれもL系又はD系のアミノ酸の残基であり得るが、一部又は全部がL系のアミノ酸残基であることが好ましく、また、少なくともHis-Phe部分がL系アミノ酸残基であることがより好ましい。
【0010】
本発明のペプチドの製造方法は特に限定されない。本発明のペプチドは、人工的に合成されたものであり得る。合成は、従来技術、例えばFmoc-アミノ酸を用いるペプチド固相合成法によって行うことができ、またジペプチドである本発明のペプチドは、Hypertension. Res., 28, 545-552,(2005)に記載された方法によって行うことができる。小分子であり、合成が容易な本発明のペプチドは、天然物の分解産物由来のペプチド原料のような種々のペプチドの混合物としてではなく、純度の高い単一成分として利用可能である。
【0011】
本発明者らの検討によると、アミノ酸配列His-Phe からなるジペプチドに高い活性が認められた。したがって、本発明のペプチドの好ましい例は、アミノ酸配列 His-Phe からなるジペプチドである。これらに、分岐アミノ酸であるVal、Leu若しくはIle、同一のアミノ酸であるHis若しくはPhe、Hisと類似の構造を有するTyr、又はPheと類似の構造を有するTrp等を、1残基付加したトリペプチドもまた、アミノ酸配列 His-Phe同様の効果を有すると考えられる。
【0012】
本発明はまた、上記の本発明のペプチドを含む、食品組成物及び医薬組成物を提供する。本発明のペプチドは、本発明者らの検討により、大動脈弛緩作用を有し、その作用発現部位は血管平滑筋であることが分かった。血管平滑筋の緊張性と血管障害性の疾患又は状態(短期的又は長期的、及び局所性又は全身性の疾患又は状態、例えば血管萎縮、高血圧、動脈硬化が含まれる。)との関係は当業者にはよく知られている(例えば、岡村富夫ら: 血管と内皮 Vol.2, No.4, 396-402(1992))。したがって、本発明のペプチドを含む食品組成物及び医薬組成物は、血管障害性の疾患又は状態、特に高血圧に関連した疾患又は状態の処置のために用いることができる。
【0013】
本発明者らの検討により、本発明のペプチドは、L型Ca2+チャンネルを介したCa2+の流入抑制作用により、血管の弛緩が起こることが判明した。このことから、本発明のペプチドの経口摂取により、心臓の負担を減らし、末梢血管抵抗性を改善することができると予想される。そのため、本発明のペプチドを含む本発明の食品組成物及び医薬組成物はまた、高血圧症やそれに伴う心肥大、動脈硬化等の虚血性心疾患、さらにはインスリン抵抗性改善作用を介した糖尿病等に有効であると考えられる。
【0014】
なお、本明細書で疾患又は状態について「処置」というときは、特別な場合を除き、その疾患又は状態について、治療すること、予防すること、進行を停止することを含み、「治療」には、症状を抑える対処的治療と根本的な治療とが含まれる。また、本明細書で「高血圧」というときは、軽症高血圧(140〜159/90〜99mmHg)、中等症高血圧(160〜179/100〜109mmHg)、重症高血圧(180/110mmHg以上)を含む。本明細書で「高血圧に関連した疾患又は状態」というときは、高血圧症のほか、高血圧症の合併症を含む。
【0015】
本発明の食品組成物は、具体的には、栄養機能食品、特定保健用食品、健康食品、栄養補助食品、ドリンク剤、錠菓、タブレット、ゲル状食品(飲料)、茶飲料、清涼飲料、炭酸飲料、スポーツドリンク等の形態とすることができる。本発明のペプチドであるアミノ酸配列 His-Phe からなるジペプチドは、ほとんど無味・無臭であり、飽和濃度は、約10mM(300mg/100ml)である。また、腸管にはPepT1(ジ及びトリペプチドまでの鎖長を認識するペプチド輸送体)が存在することが明らかとなっている(J.Biol.Chem., 270, 25672-25677, 1995)ため、経口摂取により、充分な吸収性があると推察される。
【0016】
本発明の医薬組成物の投与経路、剤形は、当業者であれば適宜設計することができる。投与経路の例としては、経口、口腔、注射(皮内、皮下、筋肉、静脈)、気道呼吸器、体孔部(粘膜)があり、剤形の例としては、散剤、細粒剤、顆粒剤、錠剤、カプセル、丸剤、液剤、懸濁剤、乳剤、吸入剤、スプレー剤、エアゾール剤、坐剤等がある。製剤化の際には、医薬として許容可能な種々の担体、例えば、賦形剤、結合剤、外皮(コーティング)、崩壊剤、滑沢剤、懸濁化剤、界面活性剤、矯味(香)剤、着色剤、保存剤、安定化剤等の製剤成分を用いることができる。この医薬組成物は、経口投与が可能であり、かつ有効である。
【0017】
本発明の食品組成物又は医薬組成物中の本発明のペプチドの含量は、当業者であれは、1食又は1回投与量当たり、一日当たりの量として、適宜設計することができる。また、本発明のペプチドの含量又は用量は、本発明者らの検討に拠れば、アミノ酸配列 His-Phe からなるジペプチドのIC50(KClの作用を50%阻害する濃度)は、636 (μM)であり(実施例1)、冠動脈拡張作用を有しカルシウム拮抗薬として知られるverapamilについて同様に評価して得られた値は41.6(μM)であったので、このような値を基に設計してもよい。また、ペプチドを含む既存の飲料、例えばサーデンペプチドを含む飲料(Val-Tyr からなるジペプチ、0.4mg/day)、ビーフラット(Ile-Tyrからなるジペプチド、10.8μg/day)、アミールS(ラクトトリペプチド、3.4mg/day)を参考に、設計してもよい。例えば、1日当たりの摂取量又は経口投与量中に、本発明のペプチドを、0.0001mg〜500mg、より好ましくは、0.001mg〜50mg、さらに好ましくは0.01mg〜5mg含有させることができる。摂取又は投与の一日当たりの回数は、単回でもよく、数回に分割してもよい。摂取又は投与は、連続した数日〜数ヶ月間であることもあり、不連続になされることもある。
【0018】
本発明の食品組成物又は医薬組成物の有効成分である本発明のペプチドの薬理効果は、当業者であれば種々の方法で確認することができる。具体的な手法は、本明細書の実施例に示されている。
【0019】
本発明の食品又は医薬組成物には、その具体的な用途(適応疾患、改善されうる症状等)、及び/又はその具体的な用い方(例えば、投与経路、量、回数、期間、等)を、添付の説明書、容器表面、パッケージ表面等に表示することができる。
【実施例1】
【0020】
1. 血管張力測定方法:
a. 試薬・材料:
・ラット : 雄性SDラット (9〜11 wk);
・Buffer : PSS (pH 7.4) [ NaCl 145 , KCl 5 , Na2HPO4 1 , CaCl2 2.5 , MgSO4・7H2O 0.5 , glucose 10 , HEPES 5 (mM)];
・収縮刺激剤 : 30 mM KCl , 0.1 μM phenylephrine
【0021】
b. 調製:
KCl : 300mMとなるようにPSSに溶解した。
ペプチド:調製した30mM KClに溶解した。なお、本明細書の実施例に用いたペプチドの中で、トリペプチドはすべて下記の方法で合成し、それ以外のペプチドは国産化学より購入した。原料は、すべてL系アミノ酸であった。
【0022】
<Fmoc-アミノ酸を用いたペプチド固相合成法>
Fmoc-アミノ酸-Wang resinを振とう機にセットし、下記の手順に従い反応を行った。
1. 洗浄:DMF,6mlを加え1minの振とうを3回繰り返した。
2. 脱保護:20% Piperidine/DMF,6mlを加え3minの振とうを2回繰り返した。その後、同じく20% Piperidine/DMF,6mlを加え20min振とうした。
3. 洗浄:DMF,6mlを加え1minの振とうを6回繰り返した。
4. 縮合:Fmoc-アミノ酸,HOBt,DMF(6ml)を加え1mon振とうし、さらにDIPCI(0.5mmol)加え2h振とうした。
5. 以後、精製したいペプチドに応じて1.〜4.を繰り返した。
6. ペプチドの切り出しと単離:メタノールを6ml加え1minの振とうを3回繰り返した。その後減圧乾燥を行った。
7. TFA/CH2Cl2(1:1)を5ml加え1hの振とうを2回繰り返し、その後同一の溶液を用いて2hの振とうを行った。
8. TFA,5mlを加え1h振とうした。
9. 7.8.のろ液を同一ナスフラスコに入れ減圧濃縮を行った。
10. エーテルを添加し、上清を取り除き数回エーテルで洗浄した。
11. エーテルを十分に取り除き、減圧乾燥後、1mlの水に溶解し、凍結乾燥した。
【0023】
c. 実験手順:
大動脈血管を摘出後、37℃ PSS中でバブリングしながら45分間平衡化した。その後、外膜周辺組織を除去し、2-3mmに切断し、マグヌス測定装置を用いた張力測定に供した。
【0024】
張力測定は、次のように行った。4.5 mL PSSを満たしたorgan bath中のフック(100 μm)対に血管リング標本をマウントし、2 gの張力が得られるように初期張力を負荷した後、45〜50分間、平衡化を行った。この間15分毎に、混合ガス (95% : O2 , 5% : CO2)でバブリング処理したPSSで、溶液交換を行った。平衡化後、張力が安定したところで、300 mM KClあるいは1.0 mM Phenylephrineを0.5 mL添加し、血管収縮を行った(終濃度:30 mM KCl、0.1 mM phenylephrine)。収縮張力が安定した後、Organ bath溶液0.5 mLを、ペプチド溶液0.5 mLと置換することにより、張力変化測定を開始した。
【0025】
刺激剤添加後の張力増加量(ΔTC)を100としたときのペプチド溶液添加後の張力の減少量(ΔTS)を、弛緩率として評価した(弛緩率(%)=ΔTS/ ΔTC*100)。
【0026】
2. 結果:
アミノ酸配列 His-Phe からなるジペプチド(「HFペプチド」又は「HF」ということもある。)に、濃度依存的に血管弛緩作用が認められた(図1及び図2)。また、HFのIC50値(30 mM KClの作用を50%阻害する濃度)として、636 (μM)が得られた。同様に評価したverapamilについても、濃度依存的に血管弛緩作用が認められたが(図3及び図4)、これのIC50値は41.6(μM)であった。
【0027】
さらに、本実験においては、アミノ酸配列His-Pro からなるペプチド(「HPペプチド」又は「HP」ということもある。)については弛緩作用は認められず、アミノ酸配列 Val-Tyr からなるサーディンペプチド(「VYペプチド」又は「VY」ということもある。)については弛緩作用が認められたが、同濃度のHFのほうが弛緩作用が高いことが分かった(図5及び図6)。
【0028】
なお、本実験で、終濃度1 mMにおいて弛緩作用の認められなかったペプチドを下表に示した。
【0029】
【表1】
【実施例2】
【0030】
HFのACE阻害作用を評価し、HFの血管弛緩作用発現機構が、血管収縮作用を有するAngiotensin IIの産生抑制によるものか否かを検証した。
1. ACE阻害活性測定:
疑似基質Hip-His-Leuを用い、ACEによって遊離した馬尿酸(Hippuric acid)を酢酸エチルで抽出し、228nmでの吸光度変化から阻害活性を評価した(Lieberman変法)。
【0031】
a. 試薬調製:
・Borate buffer :0.2 Mのホウ酸溶液と1/20 Mの四ホウ酸ナトリウム溶液それそれ100 mlをph8.3になるように調整した。
・アンジオテンシンI阻害酵素(ACE)溶液: 2UのACE(Sigma Chemical Co.)を4 mlのBorate bufferに溶解し、Borate bufferで20倍に希釈した。
・12.5mM Hip-His-Leu(HHL)溶液 :1 M NaClを含むBorate buffer 1 mlにHHL(ペプチド研究所)6.25 mgを溶解した。
・sumple液 :Borate bufferに、HF又はcaptoprilを種々の濃度で溶解した。
【0032】
b. 実験方法:
【0033】
【表2】
【0034】
ACE阻害率は、次式を用いて行った。
【0035】
【数1】
【0036】
2. 結果及び考察:
結果を図7に示した。IC50(ACEの作用を50%阻害する濃度) は 1.41(mM)であった。一方、同様の実験で得られたcaptoprilのIC50 値は、20 (nM)であった。
HFのACE阻害活性は極めて微弱であり、本作用の発現はAngiotensin IIの産生抑制によるものではないことが判明した。
【実施例3】
【0037】
HFのNO産生促進作用を評価し、HFの血管弛緩作用発現機構が、血管弛緩作用を有するNOの産生促進によるものか否かを検証した。
1. 方法:
実施例1と同様に大動脈血管を摘出後、37℃ PSS中でバブリングしながら45分間平衡化した。その後、外膜周辺組織を除去し、2〜3mmに切断し、マグヌス測定装置を用いた張力測定に供した。
【0038】
張力測定は次のように行った。4.5 mL PSSを満たしたorgan bath中のフック(100 μm)対に血管リング標本をマウントし、2 gの張力が得られるように初期張力を負荷した後、45-50分間平衡化を行った。この間15分毎に混合ガス (95% : O2 , 5% : CO2)でバブリング処理したPSSで溶液交換を行った。平衡化後、張力が安定したところで、1.0 μM Phenylephrineを0.5 mL添加し、血管収縮を行った(終濃度:0.1 μM phenylephrine)。収縮張力が安定した後、Organ bath溶液0.5 mLをL-NMMA(NG-Monomethyl-L-arginine, acetate)溶液0.5 mL(終濃度:100 μM)と置換することによりNO合成を阻害し、さらに血管を収縮させた。添加20分後にまた同様にOrgan bath溶液0.5 mlをペプチド溶液0.5 mLと置換することによって張力変化測定を開始した。刺激剤添加後の張力増加量(ΔTC)を100としたときのペプチド溶液添加後の張力の減少量(ΔTS)を弛緩率として評価した(弛緩率(%)=ΔTS/ ΔTC*100)。
【0039】
2. 結果及び考察:
結果を、図8及び図9に示した。内皮NO産生酵素に対する特異的阻害剤であるL-NMMAの存在下においても、HFによる弛緩率は27.5% であり、HFは明らかな血管収縮抑制作用を示した。したがって、HFの血管弛緩性の発現は内皮での酸化ストレス応答に対する抑制(NO産生促進)作用によるものではないことが判明した。
【実施例4】
【0040】
内皮存在血管及び非存在血管を用い、HFの血管弛緩作用の発現機構の解明を試みた。
1. 方法:
実施例1と同様に大動脈血管を摘出後、37℃ PSS中でバブリングしながら45分間平衡化した。その後、外膜周辺組織を除去し、2〜3mmに切断し、マグヌス測定装置を用いた張力測定に供した。調製した血管リングをフック対にマウントする前に、綿棒を用いて内皮を強制剥離した。その後は実施例1と同様とした。なお、内皮除去の確認はアセチルコリン添加による血管弛緩性の消失を指標とした。
【0041】
2. 結果及び考察:
結果を、図10及び11に示した。HFは内皮除去した血管においても、内皮が存在する血管と同様に(図5)弛緩作用を示したことから、HFの血管弛緩作用発現部位は平滑筋層であることが判明した。さらに本知見は、HFが内皮層を透過して直接的に平滑筋層へ移行し作用発現していることを示すものである。
【実施例5】
【0042】
Ca2+誘導血管収縮に対するHFの血管収縮抑制作用を評価した。
1. 2.5 mM CaCl2の添加による血管収縮張力測定方法:
4.5 mL のCa2+freeのPSS buffer を用いて、実施例1と同様の手順で平衡化処理を行った。平衡化後、張力が安定した後に1.0 μM Phenylephrine 0.5 mLを加え、次いで1 mMペプチド溶液0.5 mLを加えた後、25 mM CaCl2溶液を0.5 mL添加することにより血管収縮(TS)を行った。その後、1 mM EGTAを含むCa2+freeのPSS溶液で十分に洗浄し、その後Ca2+freeのPSS溶液にて張力が安定するまで平衡化した。次いで、再度1.0 μM Phenylephrine溶液0.5 mLを加え、25 mM CaCl2溶液0.5 mLを添加することにより、ペプチド非存在下のコントロール収縮張力(TC)を測定した。血管収縮率は次式により評価した:血管収縮率(%)= TS / TC *100
【0043】
2. 結果及び考察:
結果を図12及び13に示した。HFには、有意に収縮抑制作用が認められた(p<0.05(paired t-test))。
この結果から、HFの血管弛緩作用発現は血管平滑筋に存在するL型Caチャンネルを介した外部からのCa流入の抑制であり、Caチャンネルブロッカーとして作用していることが判明した。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】図1は、HFの血管弛緩作用の濃度依存性に関し、マグヌス測定装置を用いた張力測定結果を示したチャートである。PSSを満たしたorgan bath中のフック対に血管リング標本をマウントし、2gの張力が得られるように初期張力を負荷した。平衡化し、張力が安定したところで、300 mM KClをorgan bathに添加し、血管収縮を行った。収縮張力が安定した後、アミノ酸配列 His-Phe からなるジペプチド(HF)溶液を適宜添加し、張力変化を記録した。HFには、濃度依存的に血管弛緩作用が認められた。
【図2】図2は、HFの血管弛緩作用の濃度依存性を示したグラフである。刺激剤添加後の張力増加量(ΔTC)を100としたときのペプチド溶液添加後の張力の減少量(ΔTS)を、弛緩率として評価した(弛緩率(%)=ΔTS/ ΔTC*100)。HFには、濃度依存的に血管弛緩作用が認められた。また、HFのIC50値(30 mM KClの作用を50%阻害する濃度)として、636 (μM)が得られた。(n=4)
【図3】図3は、verapamil(Ver)について、同様にマグヌス測定装置を用いて行った張力測定試験の結果を示したチャートである。
【図4】図4は、verapamilの血管弛緩作用の濃度依存的を示したグラフである。IC50値は41.6(μM)であった。(n=4)
【図5】図5は、アミノ酸配列 Val-Tyr からなるサーディンペプチド(VY)及びHFについて、張力測定試験の結果を示したチャートである。HFの血管弛緩作用は、同濃度のVYより高かった。
【図6】図6は、HFとVYの血管弛緩作用を比較したグラフである。同濃度のHFのほうが弛緩作用が高かった。(n=5)
【図7】図7は、HFのACE阻害活性を示したグラフである。HFのIC50(ACEの作用を50%阻害する濃度) は 1.41(mM)であった(n=1)。一方、同様の実験で得られたcaptoprilのIC50 値は、20 (nM)であったことから、HFのACE阻害活性は極めて微弱であり、HFの血管弛緩作用の発現はAngiotensin IIの産生抑制によるものではないことが判明した。
【図8】図8は、L-NMMA添加時におけるHFの効果を示したチャートである。内皮NO産生酵素に対する特異的阻害剤であるL-NMMAの存在下においても、HFは明らかな血管収縮抑制作用を示した。
【図9】図9は、L-NMMA添加時におけるHFの効果を示したグラフである。L-NMMAの存在下においても、HFによる弛緩率は27.5% (n=4)であり、HFは明らかな血管収縮抑制作用を示した。HFの血管弛緩作用の発現は、内皮での酸化ストレス応答に対する抑制(NO産生促進)作用によるものではないことが判明した。
【図10】図10は、内皮非存在下でのHFの効果を示したチャートである。内皮除去血管においても弛緩作用が発現した。
【図11】図11は、内皮の有無によるHFの効果の差異を示したグラフである。内皮除去血管においても弛緩作用が発現し、その効果は内皮細胞存在するときよりも大きかった。HFの弛緩作用発現部位は血管平滑筋であることが判明した。(n=3(+)、n=4(-))
【図12】図12は、2.5mM CaCl2 付加におけるHFの効果を示したチャートである。HFには高い収縮抑制作用が認められた。
【図13】図13は、2.5mM CaCl2 付加におけるHFの効果を示したグラフである。HFには、有意に収縮抑制作用が認められた(n=4、p<0.05(paired t-test))。HFの血管弛緩作用は、血管平滑筋に存在するL型Caチャンネルを介した外部からのCa流入の抑制により発現するものであり、HFは、Caチャンネルブロッカーとして作用していることが判明した。
【技術分野】
【0001】
本発明は、血管弛緩作用を有するペプチドに関する。本発明によって提供されるペプチドは、血管弛緩作用を有し、医薬品又は食品(飲料を含む。)の分野で有用である。
【背景技術】
【0002】
高血圧症の方の約90%以上は、本態性高血圧症であり、残りが腎臓疾患、内分泌異常、心疾患等の疾患に附随して生ずる二次性高血圧症である。本態性高血圧症は、塩分過多の食生活、運動不足、ストレス等の環境要因と遺伝的要因とがあいまって発症すると考えられている。
【0003】
高血圧症は、ほとんどの場合自覚症状に乏しく、気づかないうちに進行して他の臓器にも悪影響を及ぼし、様々な合併症を併発することがある。合併症の主なものとしては、狭心症、心筋梗塞、脳梗塞、腎機能の低下、解離性大動脈瘤等が挙げられる。最近では睡眠時無呼吸症候群も合併する率が高いことが報告されている。合併症のなかには進行すると重篤で致命的なものもある。
【0004】
高血圧症の治療方法には、生活習慣の改善と薬物治療とがある。生活習慣の改善は、一般的には、食事コントロール、減量、アルコールの制限、適度な運動、禁煙の観点から行われる。食事コントロールには、食塩摂取を制限すること、野菜や果物を積極的にとること、コレステロールや飽和脂肪酸の摂取を控えること等が含まれる。薬物治療においては、対象者の血圧の程度や合併症の有無により、適切な薬剤が選択される。生体内での血圧調節は、昇圧形のレニン−アンジオテンシン−アルドステロン(RAA)系、降圧系のカリクレイン−キニン(KK)等が相補的に関わっており、抗高血圧薬の作用点は様々である。
【0005】
他方、降圧作用を有するペプチドに関する報告がいくつかある。例えば、卵白の酵素加水分解産物であるヘキサペプチド、及びその改変ペプチドが血圧降下作用を有することが報告されている(特許文献1等)。また、イワシ酵素分解産物から得られたペプチドに血圧降下作用が認められ、特にアミノ酸配列 Val-Tyr からなるジペプチドがACE阻害作用が高く、持続性の降圧作用を有することが報告されている(特許文献2〜4、非特許文献1〜6)。
【先行技術文献】
【0006】
【特許文献1】特開2002-80496号公報
【特許文献2】特開平6-184191号公報(特許第3401280号)
【特許文献3】特開平7-215889号公報(特許第3403794号)
【特許文献4】特開2003-192607号公報
【非特許文献1】Matsui,T. and Matsumoto,K. : “Bioactive Peptides with Antihypertensive Potency Derived from Natural Protein”ed. by Richard,R., in “Current Topics in Peptid & Protein Research”. Research Trends, India (2002)
【非特許文献2】Kawasaki T, Seki E, Osajima K, et al: Antihypertensive effect of valyl-tyrosine, a short chain peptide derived from sardine muscle hydrolyzate, on mild hypertensive subjects. J Human Hypertens 2000; 14: 519-523
【非特許文献3】Matsui T, Tamaya K, Seki E, Osajima K, Matsumoto K, Kawasaki T: Val-Tyr as a natural antihypertensive dipeptide can be absorbed into the human circulatory blood system. Clin Exp Pharm Physiol 2002; 29: 204-208
【非特許文献4】Matsui T, Hayashi A, Tamaya K, et al: Depressor effect induced by dipeptide, Val-Tyr, in hypertensive transgenic mice is due, in part, to the suppression of human circulating renin-angiotensin system. Clin Exp Pharm Physiol 2003; 30: 262-265
【非特許文献5】Matsui T, Imamura M, Oka H, et al: Tissue distribution of antihypertensive dipeptide, Val-Tyr, after its single oral administration to spontaneously hypertensive rats. J Peptide Sci 2004; 10: 535-545
【非特許文献6】Matsui,T., Ueno,T., Tanaka,M., Oka,H., Miyamoto,T.,Osajima,K. and Matsumoto,K. : Antiproliferative action of an angiotensin I-converting enzyme inhibitory peptide, Val-Tyr, via an L-type Ca2+ channel inhibition in cultured vascular smooth muscle cells. Hypertension Res. 28:2005
【発明の開示】
【0007】
本発明者らは、生体の恒常性維持に関与する食品成分に関する研究を行ってきた。そして高血圧症等の予防を目的に、種々のペプチドについて検討を行った結果、特定のアミノ酸配列を有するペプチドが大動脈を弛緩させる機能を有することを見いだし、本発明を完成するに至った。
【0008】
本発明は、アミノ酸配列 A1-His-Phe、又は His-Phe-A2(式中、A1は、Val、Leu、Ile、His、Phe、Tyr若しくはTrpであるか又は存在せず、A2は、Val、Leu、Ile、His、Phe、Tyr若しくはTrpであるか又は存在しない。)からなる、新規なペプチドを提供する。本発明のペプチドの好ましい例は、アミノ酸配列 Ile-His-Phe、Val-His-Phe、His-Phe-Ile、His-Phe-Val若しくはPhe-His-Pheからなるトリペプチド、及びアミノ酸配列 His-Phe からなるジペプチドである。本発明のペプチドの特に好ましい例は、アミノ酸配列 His-Phe からなるジペプチドである。
【0009】
本発明のペプチドを構成するアミノ残基は、特に記載した場合を除き、いずれもL系又はD系のアミノ酸の残基であり得るが、一部又は全部がL系のアミノ酸残基であることが好ましく、また、少なくともHis-Phe部分がL系アミノ酸残基であることがより好ましい。
【0010】
本発明のペプチドの製造方法は特に限定されない。本発明のペプチドは、人工的に合成されたものであり得る。合成は、従来技術、例えばFmoc-アミノ酸を用いるペプチド固相合成法によって行うことができ、またジペプチドである本発明のペプチドは、Hypertension. Res., 28, 545-552,(2005)に記載された方法によって行うことができる。小分子であり、合成が容易な本発明のペプチドは、天然物の分解産物由来のペプチド原料のような種々のペプチドの混合物としてではなく、純度の高い単一成分として利用可能である。
【0011】
本発明者らの検討によると、アミノ酸配列His-Phe からなるジペプチドに高い活性が認められた。したがって、本発明のペプチドの好ましい例は、アミノ酸配列 His-Phe からなるジペプチドである。これらに、分岐アミノ酸であるVal、Leu若しくはIle、同一のアミノ酸であるHis若しくはPhe、Hisと類似の構造を有するTyr、又はPheと類似の構造を有するTrp等を、1残基付加したトリペプチドもまた、アミノ酸配列 His-Phe同様の効果を有すると考えられる。
【0012】
本発明はまた、上記の本発明のペプチドを含む、食品組成物及び医薬組成物を提供する。本発明のペプチドは、本発明者らの検討により、大動脈弛緩作用を有し、その作用発現部位は血管平滑筋であることが分かった。血管平滑筋の緊張性と血管障害性の疾患又は状態(短期的又は長期的、及び局所性又は全身性の疾患又は状態、例えば血管萎縮、高血圧、動脈硬化が含まれる。)との関係は当業者にはよく知られている(例えば、岡村富夫ら: 血管と内皮 Vol.2, No.4, 396-402(1992))。したがって、本発明のペプチドを含む食品組成物及び医薬組成物は、血管障害性の疾患又は状態、特に高血圧に関連した疾患又は状態の処置のために用いることができる。
【0013】
本発明者らの検討により、本発明のペプチドは、L型Ca2+チャンネルを介したCa2+の流入抑制作用により、血管の弛緩が起こることが判明した。このことから、本発明のペプチドの経口摂取により、心臓の負担を減らし、末梢血管抵抗性を改善することができると予想される。そのため、本発明のペプチドを含む本発明の食品組成物及び医薬組成物はまた、高血圧症やそれに伴う心肥大、動脈硬化等の虚血性心疾患、さらにはインスリン抵抗性改善作用を介した糖尿病等に有効であると考えられる。
【0014】
なお、本明細書で疾患又は状態について「処置」というときは、特別な場合を除き、その疾患又は状態について、治療すること、予防すること、進行を停止することを含み、「治療」には、症状を抑える対処的治療と根本的な治療とが含まれる。また、本明細書で「高血圧」というときは、軽症高血圧(140〜159/90〜99mmHg)、中等症高血圧(160〜179/100〜109mmHg)、重症高血圧(180/110mmHg以上)を含む。本明細書で「高血圧に関連した疾患又は状態」というときは、高血圧症のほか、高血圧症の合併症を含む。
【0015】
本発明の食品組成物は、具体的には、栄養機能食品、特定保健用食品、健康食品、栄養補助食品、ドリンク剤、錠菓、タブレット、ゲル状食品(飲料)、茶飲料、清涼飲料、炭酸飲料、スポーツドリンク等の形態とすることができる。本発明のペプチドであるアミノ酸配列 His-Phe からなるジペプチドは、ほとんど無味・無臭であり、飽和濃度は、約10mM(300mg/100ml)である。また、腸管にはPepT1(ジ及びトリペプチドまでの鎖長を認識するペプチド輸送体)が存在することが明らかとなっている(J.Biol.Chem., 270, 25672-25677, 1995)ため、経口摂取により、充分な吸収性があると推察される。
【0016】
本発明の医薬組成物の投与経路、剤形は、当業者であれば適宜設計することができる。投与経路の例としては、経口、口腔、注射(皮内、皮下、筋肉、静脈)、気道呼吸器、体孔部(粘膜)があり、剤形の例としては、散剤、細粒剤、顆粒剤、錠剤、カプセル、丸剤、液剤、懸濁剤、乳剤、吸入剤、スプレー剤、エアゾール剤、坐剤等がある。製剤化の際には、医薬として許容可能な種々の担体、例えば、賦形剤、結合剤、外皮(コーティング)、崩壊剤、滑沢剤、懸濁化剤、界面活性剤、矯味(香)剤、着色剤、保存剤、安定化剤等の製剤成分を用いることができる。この医薬組成物は、経口投与が可能であり、かつ有効である。
【0017】
本発明の食品組成物又は医薬組成物中の本発明のペプチドの含量は、当業者であれは、1食又は1回投与量当たり、一日当たりの量として、適宜設計することができる。また、本発明のペプチドの含量又は用量は、本発明者らの検討に拠れば、アミノ酸配列 His-Phe からなるジペプチドのIC50(KClの作用を50%阻害する濃度)は、636 (μM)であり(実施例1)、冠動脈拡張作用を有しカルシウム拮抗薬として知られるverapamilについて同様に評価して得られた値は41.6(μM)であったので、このような値を基に設計してもよい。また、ペプチドを含む既存の飲料、例えばサーデンペプチドを含む飲料(Val-Tyr からなるジペプチ、0.4mg/day)、ビーフラット(Ile-Tyrからなるジペプチド、10.8μg/day)、アミールS(ラクトトリペプチド、3.4mg/day)を参考に、設計してもよい。例えば、1日当たりの摂取量又は経口投与量中に、本発明のペプチドを、0.0001mg〜500mg、より好ましくは、0.001mg〜50mg、さらに好ましくは0.01mg〜5mg含有させることができる。摂取又は投与の一日当たりの回数は、単回でもよく、数回に分割してもよい。摂取又は投与は、連続した数日〜数ヶ月間であることもあり、不連続になされることもある。
【0018】
本発明の食品組成物又は医薬組成物の有効成分である本発明のペプチドの薬理効果は、当業者であれば種々の方法で確認することができる。具体的な手法は、本明細書の実施例に示されている。
【0019】
本発明の食品又は医薬組成物には、その具体的な用途(適応疾患、改善されうる症状等)、及び/又はその具体的な用い方(例えば、投与経路、量、回数、期間、等)を、添付の説明書、容器表面、パッケージ表面等に表示することができる。
【実施例1】
【0020】
1. 血管張力測定方法:
a. 試薬・材料:
・ラット : 雄性SDラット (9〜11 wk);
・Buffer : PSS (pH 7.4) [ NaCl 145 , KCl 5 , Na2HPO4 1 , CaCl2 2.5 , MgSO4・7H2O 0.5 , glucose 10 , HEPES 5 (mM)];
・収縮刺激剤 : 30 mM KCl , 0.1 μM phenylephrine
【0021】
b. 調製:
KCl : 300mMとなるようにPSSに溶解した。
ペプチド:調製した30mM KClに溶解した。なお、本明細書の実施例に用いたペプチドの中で、トリペプチドはすべて下記の方法で合成し、それ以外のペプチドは国産化学より購入した。原料は、すべてL系アミノ酸であった。
【0022】
<Fmoc-アミノ酸を用いたペプチド固相合成法>
Fmoc-アミノ酸-Wang resinを振とう機にセットし、下記の手順に従い反応を行った。
1. 洗浄:DMF,6mlを加え1minの振とうを3回繰り返した。
2. 脱保護:20% Piperidine/DMF,6mlを加え3minの振とうを2回繰り返した。その後、同じく20% Piperidine/DMF,6mlを加え20min振とうした。
3. 洗浄:DMF,6mlを加え1minの振とうを6回繰り返した。
4. 縮合:Fmoc-アミノ酸,HOBt,DMF(6ml)を加え1mon振とうし、さらにDIPCI(0.5mmol)加え2h振とうした。
5. 以後、精製したいペプチドに応じて1.〜4.を繰り返した。
6. ペプチドの切り出しと単離:メタノールを6ml加え1minの振とうを3回繰り返した。その後減圧乾燥を行った。
7. TFA/CH2Cl2(1:1)を5ml加え1hの振とうを2回繰り返し、その後同一の溶液を用いて2hの振とうを行った。
8. TFA,5mlを加え1h振とうした。
9. 7.8.のろ液を同一ナスフラスコに入れ減圧濃縮を行った。
10. エーテルを添加し、上清を取り除き数回エーテルで洗浄した。
11. エーテルを十分に取り除き、減圧乾燥後、1mlの水に溶解し、凍結乾燥した。
【0023】
c. 実験手順:
大動脈血管を摘出後、37℃ PSS中でバブリングしながら45分間平衡化した。その後、外膜周辺組織を除去し、2-3mmに切断し、マグヌス測定装置を用いた張力測定に供した。
【0024】
張力測定は、次のように行った。4.5 mL PSSを満たしたorgan bath中のフック(100 μm)対に血管リング標本をマウントし、2 gの張力が得られるように初期張力を負荷した後、45〜50分間、平衡化を行った。この間15分毎に、混合ガス (95% : O2 , 5% : CO2)でバブリング処理したPSSで、溶液交換を行った。平衡化後、張力が安定したところで、300 mM KClあるいは1.0 mM Phenylephrineを0.5 mL添加し、血管収縮を行った(終濃度:30 mM KCl、0.1 mM phenylephrine)。収縮張力が安定した後、Organ bath溶液0.5 mLを、ペプチド溶液0.5 mLと置換することにより、張力変化測定を開始した。
【0025】
刺激剤添加後の張力増加量(ΔTC)を100としたときのペプチド溶液添加後の張力の減少量(ΔTS)を、弛緩率として評価した(弛緩率(%)=ΔTS/ ΔTC*100)。
【0026】
2. 結果:
アミノ酸配列 His-Phe からなるジペプチド(「HFペプチド」又は「HF」ということもある。)に、濃度依存的に血管弛緩作用が認められた(図1及び図2)。また、HFのIC50値(30 mM KClの作用を50%阻害する濃度)として、636 (μM)が得られた。同様に評価したverapamilについても、濃度依存的に血管弛緩作用が認められたが(図3及び図4)、これのIC50値は41.6(μM)であった。
【0027】
さらに、本実験においては、アミノ酸配列His-Pro からなるペプチド(「HPペプチド」又は「HP」ということもある。)については弛緩作用は認められず、アミノ酸配列 Val-Tyr からなるサーディンペプチド(「VYペプチド」又は「VY」ということもある。)については弛緩作用が認められたが、同濃度のHFのほうが弛緩作用が高いことが分かった(図5及び図6)。
【0028】
なお、本実験で、終濃度1 mMにおいて弛緩作用の認められなかったペプチドを下表に示した。
【0029】
【表1】
【実施例2】
【0030】
HFのACE阻害作用を評価し、HFの血管弛緩作用発現機構が、血管収縮作用を有するAngiotensin IIの産生抑制によるものか否かを検証した。
1. ACE阻害活性測定:
疑似基質Hip-His-Leuを用い、ACEによって遊離した馬尿酸(Hippuric acid)を酢酸エチルで抽出し、228nmでの吸光度変化から阻害活性を評価した(Lieberman変法)。
【0031】
a. 試薬調製:
・Borate buffer :0.2 Mのホウ酸溶液と1/20 Mの四ホウ酸ナトリウム溶液それそれ100 mlをph8.3になるように調整した。
・アンジオテンシンI阻害酵素(ACE)溶液: 2UのACE(Sigma Chemical Co.)を4 mlのBorate bufferに溶解し、Borate bufferで20倍に希釈した。
・12.5mM Hip-His-Leu(HHL)溶液 :1 M NaClを含むBorate buffer 1 mlにHHL(ペプチド研究所)6.25 mgを溶解した。
・sumple液 :Borate bufferに、HF又はcaptoprilを種々の濃度で溶解した。
【0032】
b. 実験方法:
【0033】
【表2】
【0034】
ACE阻害率は、次式を用いて行った。
【0035】
【数1】
【0036】
2. 結果及び考察:
結果を図7に示した。IC50(ACEの作用を50%阻害する濃度) は 1.41(mM)であった。一方、同様の実験で得られたcaptoprilのIC50 値は、20 (nM)であった。
HFのACE阻害活性は極めて微弱であり、本作用の発現はAngiotensin IIの産生抑制によるものではないことが判明した。
【実施例3】
【0037】
HFのNO産生促進作用を評価し、HFの血管弛緩作用発現機構が、血管弛緩作用を有するNOの産生促進によるものか否かを検証した。
1. 方法:
実施例1と同様に大動脈血管を摘出後、37℃ PSS中でバブリングしながら45分間平衡化した。その後、外膜周辺組織を除去し、2〜3mmに切断し、マグヌス測定装置を用いた張力測定に供した。
【0038】
張力測定は次のように行った。4.5 mL PSSを満たしたorgan bath中のフック(100 μm)対に血管リング標本をマウントし、2 gの張力が得られるように初期張力を負荷した後、45-50分間平衡化を行った。この間15分毎に混合ガス (95% : O2 , 5% : CO2)でバブリング処理したPSSで溶液交換を行った。平衡化後、張力が安定したところで、1.0 μM Phenylephrineを0.5 mL添加し、血管収縮を行った(終濃度:0.1 μM phenylephrine)。収縮張力が安定した後、Organ bath溶液0.5 mLをL-NMMA(NG-Monomethyl-L-arginine, acetate)溶液0.5 mL(終濃度:100 μM)と置換することによりNO合成を阻害し、さらに血管を収縮させた。添加20分後にまた同様にOrgan bath溶液0.5 mlをペプチド溶液0.5 mLと置換することによって張力変化測定を開始した。刺激剤添加後の張力増加量(ΔTC)を100としたときのペプチド溶液添加後の張力の減少量(ΔTS)を弛緩率として評価した(弛緩率(%)=ΔTS/ ΔTC*100)。
【0039】
2. 結果及び考察:
結果を、図8及び図9に示した。内皮NO産生酵素に対する特異的阻害剤であるL-NMMAの存在下においても、HFによる弛緩率は27.5% であり、HFは明らかな血管収縮抑制作用を示した。したがって、HFの血管弛緩性の発現は内皮での酸化ストレス応答に対する抑制(NO産生促進)作用によるものではないことが判明した。
【実施例4】
【0040】
内皮存在血管及び非存在血管を用い、HFの血管弛緩作用の発現機構の解明を試みた。
1. 方法:
実施例1と同様に大動脈血管を摘出後、37℃ PSS中でバブリングしながら45分間平衡化した。その後、外膜周辺組織を除去し、2〜3mmに切断し、マグヌス測定装置を用いた張力測定に供した。調製した血管リングをフック対にマウントする前に、綿棒を用いて内皮を強制剥離した。その後は実施例1と同様とした。なお、内皮除去の確認はアセチルコリン添加による血管弛緩性の消失を指標とした。
【0041】
2. 結果及び考察:
結果を、図10及び11に示した。HFは内皮除去した血管においても、内皮が存在する血管と同様に(図5)弛緩作用を示したことから、HFの血管弛緩作用発現部位は平滑筋層であることが判明した。さらに本知見は、HFが内皮層を透過して直接的に平滑筋層へ移行し作用発現していることを示すものである。
【実施例5】
【0042】
Ca2+誘導血管収縮に対するHFの血管収縮抑制作用を評価した。
1. 2.5 mM CaCl2の添加による血管収縮張力測定方法:
4.5 mL のCa2+freeのPSS buffer を用いて、実施例1と同様の手順で平衡化処理を行った。平衡化後、張力が安定した後に1.0 μM Phenylephrine 0.5 mLを加え、次いで1 mMペプチド溶液0.5 mLを加えた後、25 mM CaCl2溶液を0.5 mL添加することにより血管収縮(TS)を行った。その後、1 mM EGTAを含むCa2+freeのPSS溶液で十分に洗浄し、その後Ca2+freeのPSS溶液にて張力が安定するまで平衡化した。次いで、再度1.0 μM Phenylephrine溶液0.5 mLを加え、25 mM CaCl2溶液0.5 mLを添加することにより、ペプチド非存在下のコントロール収縮張力(TC)を測定した。血管収縮率は次式により評価した:血管収縮率(%)= TS / TC *100
【0043】
2. 結果及び考察:
結果を図12及び13に示した。HFには、有意に収縮抑制作用が認められた(p<0.05(paired t-test))。
この結果から、HFの血管弛緩作用発現は血管平滑筋に存在するL型Caチャンネルを介した外部からのCa流入の抑制であり、Caチャンネルブロッカーとして作用していることが判明した。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】図1は、HFの血管弛緩作用の濃度依存性に関し、マグヌス測定装置を用いた張力測定結果を示したチャートである。PSSを満たしたorgan bath中のフック対に血管リング標本をマウントし、2gの張力が得られるように初期張力を負荷した。平衡化し、張力が安定したところで、300 mM KClをorgan bathに添加し、血管収縮を行った。収縮張力が安定した後、アミノ酸配列 His-Phe からなるジペプチド(HF)溶液を適宜添加し、張力変化を記録した。HFには、濃度依存的に血管弛緩作用が認められた。
【図2】図2は、HFの血管弛緩作用の濃度依存性を示したグラフである。刺激剤添加後の張力増加量(ΔTC)を100としたときのペプチド溶液添加後の張力の減少量(ΔTS)を、弛緩率として評価した(弛緩率(%)=ΔTS/ ΔTC*100)。HFには、濃度依存的に血管弛緩作用が認められた。また、HFのIC50値(30 mM KClの作用を50%阻害する濃度)として、636 (μM)が得られた。(n=4)
【図3】図3は、verapamil(Ver)について、同様にマグヌス測定装置を用いて行った張力測定試験の結果を示したチャートである。
【図4】図4は、verapamilの血管弛緩作用の濃度依存的を示したグラフである。IC50値は41.6(μM)であった。(n=4)
【図5】図5は、アミノ酸配列 Val-Tyr からなるサーディンペプチド(VY)及びHFについて、張力測定試験の結果を示したチャートである。HFの血管弛緩作用は、同濃度のVYより高かった。
【図6】図6は、HFとVYの血管弛緩作用を比較したグラフである。同濃度のHFのほうが弛緩作用が高かった。(n=5)
【図7】図7は、HFのACE阻害活性を示したグラフである。HFのIC50(ACEの作用を50%阻害する濃度) は 1.41(mM)であった(n=1)。一方、同様の実験で得られたcaptoprilのIC50 値は、20 (nM)であったことから、HFのACE阻害活性は極めて微弱であり、HFの血管弛緩作用の発現はAngiotensin IIの産生抑制によるものではないことが判明した。
【図8】図8は、L-NMMA添加時におけるHFの効果を示したチャートである。内皮NO産生酵素に対する特異的阻害剤であるL-NMMAの存在下においても、HFは明らかな血管収縮抑制作用を示した。
【図9】図9は、L-NMMA添加時におけるHFの効果を示したグラフである。L-NMMAの存在下においても、HFによる弛緩率は27.5% (n=4)であり、HFは明らかな血管収縮抑制作用を示した。HFの血管弛緩作用の発現は、内皮での酸化ストレス応答に対する抑制(NO産生促進)作用によるものではないことが判明した。
【図10】図10は、内皮非存在下でのHFの効果を示したチャートである。内皮除去血管においても弛緩作用が発現した。
【図11】図11は、内皮の有無によるHFの効果の差異を示したグラフである。内皮除去血管においても弛緩作用が発現し、その効果は内皮細胞存在するときよりも大きかった。HFの弛緩作用発現部位は血管平滑筋であることが判明した。(n=3(+)、n=4(-))
【図12】図12は、2.5mM CaCl2 付加におけるHFの効果を示したチャートである。HFには高い収縮抑制作用が認められた。
【図13】図13は、2.5mM CaCl2 付加におけるHFの効果を示したグラフである。HFには、有意に収縮抑制作用が認められた(n=4、p<0.05(paired t-test))。HFの血管弛緩作用は、血管平滑筋に存在するL型Caチャンネルを介した外部からのCa流入の抑制により発現するものであり、HFは、Caチャンネルブロッカーとして作用していることが判明した。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アミノ酸配列 A1-His-Phe、又は His-Phe-A2(式中、A1は、Val、Leu、Ile、His、Phe、Tyr若しくはTrpであるか又は存在せず、A2は、Val、Leu、Ile、His、Phe、Tyr若しくはTrpであるか又は存在しない。)からなるペプチド。
【請求項2】
アミノ酸配列 His-Phe からなるジペプチドである、請求項1に記載のペプチド。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のペプチドを含む、食品組成物。
【請求項4】
請求項1又は2に記載のペプチドを0.01mg〜5mg含む、請求項3に記載の、食品組成物。
【請求項5】
臨床上有効量の請求項1又は2に記載のペプチド、及び医薬として許容可能な担体を含む、医薬組成物。
【請求項6】
抗高血圧薬である、請求項5に記載の医薬組成物。
【請求項7】
平滑筋弛緩薬である、請求項5に記載の医薬組成物。
【請求項8】
カルシウム拮抗薬である、請求項5に記載の医薬組成物。
【請求項9】
高血圧症に伴う心肥大、動脈硬化、若しくは虚血性心疾患、又はインスリン抵抗性糖尿病の処置のための、請求項5に記載の医薬組成物。
【請求項1】
アミノ酸配列 A1-His-Phe、又は His-Phe-A2(式中、A1は、Val、Leu、Ile、His、Phe、Tyr若しくはTrpであるか又は存在せず、A2は、Val、Leu、Ile、His、Phe、Tyr若しくはTrpであるか又は存在しない。)からなるペプチド。
【請求項2】
アミノ酸配列 His-Phe からなるジペプチドである、請求項1に記載のペプチド。
【請求項3】
請求項1又は2に記載のペプチドを含む、食品組成物。
【請求項4】
請求項1又は2に記載のペプチドを0.01mg〜5mg含む、請求項3に記載の、食品組成物。
【請求項5】
臨床上有効量の請求項1又は2に記載のペプチド、及び医薬として許容可能な担体を含む、医薬組成物。
【請求項6】
抗高血圧薬である、請求項5に記載の医薬組成物。
【請求項7】
平滑筋弛緩薬である、請求項5に記載の医薬組成物。
【請求項8】
カルシウム拮抗薬である、請求項5に記載の医薬組成物。
【請求項9】
高血圧症に伴う心肥大、動脈硬化、若しくは虚血性心疾患、又はインスリン抵抗性糖尿病の処置のための、請求項5に記載の医薬組成物。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【公開番号】特開2007−126401(P2007−126401A)
【公開日】平成19年5月24日(2007.5.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−320671(P2005−320671)
【出願日】平成17年11月4日(2005.11.4)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成19年5月24日(2007.5.24)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年11月4日(2005.11.4)
【出願人】(504145342)国立大学法人九州大学 (960)
【Fターム(参考)】
[ Back to top ]