説明

表面処理ステンレス鋼板の製造方法

【課題】高温多湿下において塗膜を十分に密着させるとともに、耐食性に優れた表面処理ステンレス鋼板を提供する。
【解決手段】(1)水蒸気濃度が2.0g/m以上であって大気圧にある雰囲気において、プラズマ水蒸気を発生させる工程、および(2)前記プラズマ水蒸気をステンレス鋼板表面に接触させる工程を経て、表面処理ステンレス鋼板を製造する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、表面処理ステンレス鋼板の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼板は、その優れた耐食性から種々の用途に用いられているが、さらに耐指紋性や加工性を高めたいという要求がある。この要求を満たすため、ステンレス鋼板に水系塗料等の塗料を塗装する等の技術が知られている。しかし、ステンレス鋼板表面に存在する金属酸化物(酸化皮膜)により、塗料がはじかれるという、いわゆるハジキが発生し、塗料を均一に塗布できないという問題があった。塗料が均一に塗布されない塗装ステンレス鋼板は、塗膜の密着性が不十分となり、所期の性能が発揮されない。
【0003】
このような問題を解決するために、ステンレス鋼板表面の塗料に対する濡れ性を向上させる方法が知られている。例えば、特許文献1には、酸性水溶液を用いてステンレス鋼板表面の酸化皮膜をエッチングし、金属を一定比率で露出させて濡れ性を向上させる技術が提案されている。
【0004】
また、アルミニウムを含む製品の表面の有機塗料に対する濡れ性を改善するために、コロナ放電で製品の表面を処理する技術が提案されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3666626号公報
【特許文献2】特公昭62−10705号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
発明者らは、特許文献1、2に開示された方法について予備的に検討した。その結果、単にステンレス鋼板の濡れ性を向上させるだけでは、高温多湿の過酷な環境下において塗膜を十分に密着させることは困難であることを見出した。
【0007】
また、特許文献1、2に開示されたステンレス鋼板は鋼板自身の耐食性が低下することも明らかになった。特許文献1に開示されたステンレス鋼板は、酸化皮膜がエッチングされているためと推察される。
特許文献2には、表面濡れ性の向上機構は一切開示されていないが、一般に、コロナ放電による金属の表面処理においては、1)プラズマにより、鋼板表面の酸化皮膜をエッチングして除去する、2)プラズマにより、鋼板表面に吸着されている汚染物質(炭化水素等)を分解除去することが知られている。よって、特許文献2に開示されたステンレス鋼板も、酸化皮膜がエッチングされているために、耐食性が低下したと推察される。特に、一般にコロナ放電は、減圧下で発生させることが多く、その際に生じたプラズマは、鋼板にかなりのエネルギーで衝突させられるため、酸化皮膜のエッチングが顕著になると推察される。
【0008】
すなわち、耐食性に優れ、かつ塗装ステンレス鋼板とされたときに高温多湿の過酷な環境下において塗膜と十分に密着しうる表面処理ステンレス鋼板が望まれていたが、これまで満足の行くものは存在しなかった。本発明は、かかる事情に鑑み、耐食性に優れ、かつ塗装ステンレス鋼板とされたときに高温多湿の過酷な環境下において塗膜と十分に密着しうる表面処理ステンレス鋼板を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは鋭意検討した結果、特定の水蒸気濃度を有する大気圧雰囲気において発生させた水蒸気プラズマを、ステンレス鋼板表面に接触させることにより、前記課題を解決できることを見出した。すなわち前記課題は、以下の表面処理ステンレス鋼板の製造方法により解決される。
【0010】
[1](1)水蒸気濃度が2.0g/m以上であって大気圧にある雰囲気において、プラズマ水蒸気を発生させる工程、および
(2)前記プラズマ水蒸気をステンレス鋼板表面に接触させる工程、を含む表面処理ステンレス鋼板の製造方法。
[2]前記(1)の工程は、前記雰囲気に、対向するように2つの電極を配置し、前記電極の間に電圧を印加してコロナ放電を生じさせて、前記電極間にプラズマ水蒸気を発生させる工程であり、
前記(2)の工程は、前記工程で得たプラズマ水蒸気を空気で押し出して、ステンレス鋼板表面に接触させる工程である、[1]に記載の製造方法。
[3]前記(1)の工程は、前記雰囲気に、前記ステンレス鋼板と対向するように絶縁体電極を配置し、前記ステンレス鋼板と前記電極の間に電圧を印加してコロナ放電を生じさせて、プラズマ水蒸気を発生させる工程である、[1]に記載の製造方法。
[4]前記表面処理ステンレス鋼板の酸化皮膜の厚みDtと、前記表面処理される前のステンレス鋼板の酸化皮膜の厚みDとの比Dt/Dは、1.0以上であり、
前記表面処理ステンレス鋼板の表面から4nmの厚み領域における金属水酸化物のCr2pピーク強度POHと、金属酸化物のCr2pピーク強度Pとの比POH/Pは、1.6以上である、[1]〜[3]いずれかに記載の製造方法。
[5]前記表面処理ステンレス鋼板の表面粗さRtと、前記表面処理される前のステンレス鋼板の表面粗さRとの比Rt/Rは、1.0〜1.1である、[1]〜[4]いずれかに記載の製造方法。
【0011】
また、前記課題は、以下の表面処理ステンレス鋼板により解決される。
[6]前記[1]〜[5]いずれかに記載の方法で得られた表面処理ステンレス鋼板の表面に、さらに無機系皮膜を有する、表面処理ステンレス鋼板。
[7]無機系皮膜は、バルブメタルの酸化物、バルブメタルの酸素酸塩、バルブメタルの水酸化物、バルブメタルのリン酸塩、およびバルブメタルのフッ化物からなる群から選ばれる1種以上の化合物を含む、[6]に記載の表面処理ステンレス鋼板。
[8]前記[1]〜[5]いずれかに記載の方法で得られた表面処理ステンレス鋼板の表面に、さらに有機樹脂系皮膜を有する、表面処理ステンレス鋼板。
[9]前記有機樹脂系皮膜は、潤滑剤を含む、[8]に記載の表面処理ステンレス鋼板。
[10]前記有機樹脂系皮膜は、バルブメタルの酸化物、バルブメタルの酸素酸塩、バルブメタルの水酸化物、バルブメタルのリン酸塩およびバルブメタルのフッ化物からなる群から選ばれる1種以上の化合物を含む、[8]または[9]に記載の表面処理ステンレス鋼板。
[11]前記バルブメタルは、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Mo、W、Si、およびAlからなる群から選ばれる1種以上の金属である、[7]または[10]に記載の表面処理ステンレス鋼板。
【発明の効果】
【0012】
本発明により、耐食性に優れ、かつ塗装ステンレス鋼板とされたときに、高温多湿の過酷な環境下においても塗膜と十分に密着しうる表面処理ステンレス鋼板を提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
1.表面処理ステンレス鋼板の製造方法
本発明の表面処理ステンレス鋼板の製造方法は、
(1)水蒸気濃度が2.0g/m以上であって大気圧にある雰囲気において、プラズマ水蒸気を発生させる工程、および
(2)前記プラズマ水蒸気をステンレス鋼板表面に接触させる工程、を含むことを特徴とする。
【0014】
(1)の工程
本工程では、特定の雰囲気においてプラズマ水蒸気を発生させる。プラズマ水蒸気とは、プラズマ状態にある水蒸気であり、つまり、電離した状態にあるが全体としては中性の状態にある水蒸気をいう。
【0015】
プラズマ水蒸気を発生させる手段は特に限定されないが、例えば、以下の方法で発生させることが好ましい。
1)特定の雰囲気において2つの電極を準備して、2つの電極間に電圧を印加してプラズマ水蒸気を発生させる方法。
2)特定の雰囲気において、ステンレス鋼板と対向するように絶縁体電極を配置し、前記ステンレス鋼板と前記絶縁体電極との間に電圧を印加して水蒸気プラズマを発生させる方法。
【0016】
1)の方法では電極間に、2)の方法では絶縁体電極とステンレス鋼板との間に、放電を生じさせて、水蒸気プラズマを発生させる。ここで生じる放電は、コロナ放電やアーク放電が好ましく、コロナ放電がより好ましい。コロナ放電とは、電極間の電場が均一でないときに、表面の電場の大きいところに部分的絶縁破壊が起こって生じる放電をいう。アーク放電とは、大気中の放電において、電極間電圧の上昇に伴い、コロナ放電から、火花放電という過渡的状況を経ておこる放電をいう。
【0017】
本発明のプラズマ水蒸気を発生させる特定の雰囲気とは、水蒸気濃度が2.0g/cm以上であって、大気圧にある雰囲気である。水蒸気濃度が低すぎると、十分な水蒸気プラズマが得られない。水蒸気濃度は、鏡面冷却式露点計により測定できる。水蒸気濃度の上限は特に限定されないが、好ましくは50g/cmである。より好ましい水蒸気濃度は、14〜21g/cmである。
【0018】
特定の雰囲気においてコロナ放電を生じさせるには、1)の方法における電極間の距離、または2)の方法における絶縁電極とステンレス鋼板との距離を1〜50mmとし、電極電圧を1〜50kVとし、周波数を1〜60kHzとすることが好ましい。本願明細書において記号「〜」は、その両端の数値を含む。
【0019】
1)の方法における、電極形状は特に限定されないが、電極の材質はステンレスやアルミなどの金属性が好ましい。2)の方法の場合は、電極形状はナイフエッジ電極、プレート電極、ロール電極、ワイヤー電極などが好ましいが、これに限定されない。また、1)の方法、および2)の方法において、電極がステンレスやアルミなどの金属製電極の場合は、誘電体を電極に被覆すると、コロナがアーク状になるのを防止できるので好ましい。電極を被覆する誘電体の材質は、耐熱性、耐高電圧性、耐オゾン性、高誘電率を考慮すると、セラミック、シリコンゴム、EPTゴム、ハイパロンゴムなどが好ましい。一方、電極の材質が非導電性のセラミックス、クオーツなどの場合は、誘電体で被覆する必要はない。
【0020】
プラズマ水蒸気を発生させる雰囲気の温度は特に限定されないが、10〜50℃が好ましく、室温程度(20〜30℃)がより好ましい。
【0021】
(2)の工程
本工程では、前記工程で得たプラズマ水蒸気をステンレス鋼板表面に接触させる。ステンレス鋼板とは、板状のステンレスである。ステンレス鋼板は、オーステナイト系またはフェライト系ステンレス鋼板が好ましい。ステンレス鋼板は、公知の表面仕上げがなされていてもよい。ステンレス鋼板は、以下単に「鋼板」とも称する。
【0022】
鋼板に水蒸気プラズマを接触させる手段は特に限定されない。例えば、前記1)の方法で水蒸気プラズマを発生させた場合は、空気等のガスで水蒸気プラズマを押し出して、ステンレス鋼板に接触させることができる。また、前記2)の方法で水蒸気プラズマを発生させた場合は、特にガス等で押し出さなくても水蒸気プラズマを鋼板に接触させることができる。
【0023】
この工程により、鋼板表面の酸化皮膜はほとんどエッチングされることなく鋼板表面に金属水酸化物が形成される。鋼板表面の酸化皮膜がほとんどエッチングされないのは、大気圧で水蒸気プラズマを鋼板表面へ接触できるので、高いエネルギーを有する水蒸気プラズマが鋼板表面へ衝突することを抑制できるためと考えられる。
【0024】
プラズマ水蒸気を接触させる前のステンレス鋼板の酸化皮膜の厚みをDとし、プラズマ水蒸気を接触させたステンレス鋼板(表面処理ステンレス鋼板)の酸化皮膜の厚みをDtとしたときに、その比Dt/Dが、1.0以上であることが好ましい。すなわち、プラズマ水蒸気で処理されたステンレス鋼板の酸化皮膜厚みは、原料とするステンレス鋼板の酸化皮膜厚みに比べて減少しないことが好ましい。酸化皮膜がエッチングされて前記比が1.0未満となった表面処理ステンレス鋼板は、高温多湿環境下での耐食性が十分でない場合がある。前記比の上限値は特に限定されないが、1.5が好ましい。酸化皮膜の厚みはAESにより測定できる。通常、未表面処理のステンレス鋼板の酸化皮膜の厚みDは、1〜10nmであるので、本発明により製造される表面処理ステンレス鋼板の酸化皮膜の厚みDtは、1〜15nmである。
【0025】
本発明により、鋼板表面に金属水酸化物が形成されるのは、水蒸気プラズマに含まれるOHによると考えられる。金属水酸化物の量は、表面処理ステンレス鋼板の表面から4nmの厚み領域(以下「表層」ともいう)における金属水酸化物のCr2pピーク強度をPOH、金属酸化物のCr2pピーク強度をPとするとき、Cr2pピーク強度比「POH/P」で示され、その比率が1.6以上であることが好ましい。この比が1.6未満である表面処理ステンレス鋼板は、高温多湿環境下において塗膜密着性が十分でない場合がある。前記比の上限は特に限定されないが、5.0が好ましい。
【0026】
Cr2pピーク強度比はXPS分析を行い、Cr2pピークにおいて各金属成分の酸化物および水酸化物をピーク分離することで算出できる。XPS分析は、X線源をMg Kα線、分解能をAg3d:0.8eVとして行うことが好ましい。前記表層は、XPS分析の際に、光電子が基材から放出される深さが0〜4nmであることから決定される。
【0027】
また、表面処理前のステンレス鋼板の表面粗さと、表面処理後のステンレス鋼板の表面粗さとは、あまり相違しないことが好ましい。具体的には、表面処理前のステンレス鋼板の表面粗さをR、表面処理後のステンレス鋼板の表面粗さをRtとしたときに、その比Rt/Rは、1.0〜1.1であることが好ましい。ステンレス鋼板の表面粗さは、表面仕上げの種類により異なるが、例えば、SUS304のBA仕上げの場合、Rは0.05〜0.2μm、Rtは0.05〜0.22μmである。この平均粗さは、JIS B0601−1944に準じて測定された算術平均粗さRaであり、三次元粗度計により測定できる。
【0028】
このようにOH基リッチとなった鋼板表面に塗膜を形成させると、鋼板表面のOH基と、塗膜中のOH基やCOOH基等の極性基との間で水素結合や、脱水縮合反応が生じる。この結果、高温多湿環境下でも塗膜密着性に優れた、塗装ステンレス鋼板が得られると考えられる。さらに、鋼板表面には、酸化皮膜がエッチングされずに残っているので、良好な耐食性も保持される。
よって、(2)の工程における、プラズマ照射時間や、電極と鋼板の距離等の諸条件は、鋼板表面に所望の量のOH基が存在するように適宜選択される。
【0029】
2.表面処理ステンレス鋼板
本発明の表面処理ステンレス鋼板は、前記の方法により得られる。本発明の表面処理ステンレス鋼板は、鋼板表面に無機系皮膜または有機樹脂系皮膜をさらに有していてもよい。このように、鋼板表面に皮膜(「塗膜」ともいう)を有している表面処理ステンレス鋼板を「塗装鋼板」とも称する。
【0030】
無機系皮膜とは、無機系の高分子化合物を主成分とする皮膜である。無機系の高分子化合物は、分子内にOH基を有することが好ましい。このような無機系の高分子化合物の例には、酸化ケイ素が含まれる。無機系皮膜は、バルブメタルの酸化物、バルブメタルの酸素酸塩、バルブメタルの水酸化物、バルブメタルのリン酸塩およびバルブメタルのフッ化物からなる群より選ばれる1種以上の化合物(以下「バルブメタル化合物」ともいう)を含むことが好ましい。環境適合性を有しつつ塗装鋼板の耐食性を向上できるからである。バルブメタルとは、その酸化物が高い絶縁抵抗を示す金属をいう。バルブメタル元素としては、Ti、Zr、Hf、V、Mo、W、Al、Siから選ばれる1種以上の元素が好ましい。バルブメタル化合物としては公知のものを用いてよい。
【0031】
有機樹脂系皮膜とは、有機系の高分子化合物を主成分とする皮膜である。有機系の高分子化合物は特に限定されないが、ウレタン系樹脂、アクリル系樹脂、エポキシ系樹脂、ポリエチレン、ポリプロピレン、エチレン−アクリル酸共重合体等のポリオレフィン系樹脂、ポリスチレン等のスチレン系樹脂、ポリエステル、またはこれらの共重合物もしくは変性物が好ましい。中でも、ウレタン系樹脂、アクリル系樹脂、エポキシ系樹脂等の、分子内にOH基やCOOH基を有する樹脂が好ましい。有機樹脂系皮膜は、前記バルブメタル化合物を含むことが好ましい。塗装鋼板の耐食性を向上できるからである。バルブメタル化合物には、既に述べた物を使用できる。
【0032】
有機樹脂系皮膜は、さらに潤滑剤を含むことが好ましい。鋼板の耐カジリ性等を向上させて、加工性に優れた塗装鋼板を得られるからである。潤滑剤は、公知のものを用いてよい。その例には、フッ素系、ポリエチレン系、スチレン系などの有機ワックス、および二硫化モリブデン、タルクなどの無機潤滑剤が含まれる。低融点の有機ワックスを用いると、皮膜を乾燥する際に皮膜の表面にブリードするので潤滑性を発現できる。また、高融点ワックスや無機潤滑剤を用いると、皮膜最表層において島状に分布して存在し、かつ塗膜表面に露出して存在するため、潤滑性が付与される。無機系皮膜および有機樹脂系皮膜におけるバルブメタル化合物または潤滑剤の添加量は適宜設定される。
【0033】
無機系皮膜および有機樹脂系皮膜は、公知の方法で形成されうる。例えば、無機系塗料または有機系塗料を調製して、公知の方法で鋼板表面に塗装すればよい。さらには、有機樹脂組成物からなるフィルムを、鋼板にラミネートしてもよい。塗料や有機樹脂組成物には、バルブメタル化合物が含まれることが好ましい。バルブメタル化合物が安定して存在できるように、キレート作用のある有機酸を添加してもよい。有機酸の例には、タンニン酸、酒石酸、およびクエン酸が含まれる。その添加量は、有機酸/金属イオンのモル比で0.02以上であることが好ましい。
【0034】
有機樹脂系皮膜は、クリア塗膜であってもよい。本発明による水蒸気プラズマによる表面処理は、ステンレス鋼板の光学特性(特に光反射特性)に過剰な影響を与えることなく、ステンレス鋼板の表面のぬれ性を高めることができる。つまり、ステンレス鋼板の美観を損なうことなく表面処理することができる。そのため、クリア塗膜を形成して、美観の優れた鋼板材料を提供することができる。
【実施例】
【0035】
[実施例1]
ステンレス鋼板としてSUS304にBA表面仕上げを施したものを準備し、大気圧、水蒸気濃度20.0g/mの雰囲気に静置した。次に、前記雰囲気において、ステンレス鋼板と対向するように絶縁体電極を配置し、前記ステンレス鋼板と前記電極の間に電圧を印加した。その結果、コロナ放電が発生し、プラズマ水蒸気が発生した。そのまま、発生した水蒸気プラズマを鋼板表面に接触させた。このとき、絶縁体電極と鋼板の距離(「照射距離」ともいう)は8mmとし、水蒸気プラズマを鋼板表面に接触させた時間(「照射時間」ともいう)は7秒とした。また、電圧は25kV、周波数40kHzとした。この方法(「方法A」ともいう)により得られた表面処理ステンレス鋼板は、以下のように評価された。
【0036】
i)裸耐食性試験
試験片の端面にシールを施し屋外暴露試験を実施した。場所は大阪府堺市(離岸距離:約100m)とし、1週間に1回5質量%NaCl水溶液を試験片に噴霧した。試験を1ヶ月実施した後の試験片表面を観察し、発生した錆の発生面積率により、裸耐食性を評価した。この際、前記面積率が、0〜5面積%未満の場合を◎、5以上〜10面積%未満である場合を○、10以上〜20面積%未満である場合を△、20面積%以上である場合を×と評価した。
【0037】
ii)塗膜密着性試験
試験片表面に、メラミンアルキド塗料を塗装して、膜厚20μmの塗膜を形成し、塗装鋼板を得た。この塗装鋼板を沸騰水に4h浸せきした後、JIS K 5400に準じ、碁盤目試験を行い、塗膜残存率を観察した。この際、塗膜残存率が90%以上である場合を◎、80以上〜90%未満である場合を○、60以上〜80%未満である場合を△、60%未満である場合を×として塗膜密着性を評価した。
【0038】
iii)表面分析
X線源をMg Kα線、分解能をAg3d:0.8eVとして、定法に従い、表面処理ステンレス鋼板のXPS分析((株)クレイトスアナリティカル製、型式:AXIS−Ultra)行った。この分析により、表面処理ステンレス鋼板の表層における金属水酸化物/金属酸化物のCr2pピークの比(表中「POH/P」と表記した)が求められた。
また、定法により、表面処理ステンレス鋼板のAES分析(日本電子株式会社製、型式:JAMP−9500F)を行った。これにより、表面処理ステンレス鋼板と表面未処理の酸化皮膜厚みの比(表中「Dt/D」と表記した)を求めた。
【0039】
iv)表面粗さ
三次元粗度計を用いて、JIS B0601−1944に準じて算術平均粗さRaを求めた。求めた値から、表面処理ステンレス鋼板と表面未処理の表面粗さの比(表中「Rt/R」と表記した)を算出した。
これらの結果を表1、2に示す。
【0040】
[実施例2]
ステンレス鋼板としてSUS304にHL表面仕上げを施したものを準備し、大気圧、水蒸気濃度12.0g/mの雰囲気に静置した。次に、前記雰囲気中に、対向するように2つの電極を配置し、前記電極の間に電圧を印加した。その結果、コロナ放電が発生し、プラズマ水蒸気が発生した。続いて、前記工程で得たプラズマ水蒸気を送風により電極間から押し出して、ステンレス鋼板表面に接触させた。このとき、電極間の距離(「照射距離」ともいう)は5mmとし、水蒸気プラズマを鋼板表面に接触させた時間(「照射時間」ともいう)は20秒とした。また、電極の先端部と鋼板表面の距離は、5.0mmとした。電圧は25kV、周波数40kHzとした。この方法(「方法B」ともいう)により得られた表面処理ステンレス鋼板は、前述のとおりに評価された。
【0041】
[実施例3、4、7]
ステンレス鋼板、照射距離、および照射時間を表1に示すように変更した以外は、実施例1と同様にして、表面処理ステンレス鋼板を得て、評価した。
【0042】
[実施例5、6、8]
ステンレス鋼板、照射距離、および照射時間を表1に示すように変更した以外は、実施例2と同様にして、表面処理ステンレス鋼板を得て、評価した。
【0043】
[比較例1]
ステンレス鋼板、水蒸気濃度、照射距離、および照射時間を表1に示すように変更した以外は、実施例1と同様にして、比較用表面処理ステンレス鋼板を得て、評価した。
【0044】
[比較例2]
ステンレス鋼板、水蒸気濃度、照射距離、および照射時間を表1に示すように変更した以外は、実施例2と同様にして、比較用表面処理ステンレス鋼板を得て、評価した。
【0045】
[比較例3]
表1に示すステンレス鋼板を準備し、実施例1と同様にして評価した。
【0046】
[比較例4]
表1に示すステンレス鋼板を準備し、実施例1と同様にして評価した。ただし、ステンレス鋼板は、酸洗処理を施した物を使用した。酸洗処理は、3質量%HClを用い、液温30℃、処理時間5秒で行った。
【0047】
[比較例5]
表1に示すステンレス鋼板を準備し、実施例1と同様にして評価した。ただし、ステンレス鋼板は、アルカリ脱脂処理を施した物を使用した。アルカリ脱脂処理は、pH12の液を用い、液温70℃、処理時間30秒で行った。
【0048】
表1および表2から、本発明のステンレス鋼板は良好な裸耐食性および塗膜密着性を有することが明らかである。これに対して、比較例1〜5の鋼板は、金属水酸化物/金属酸化物のCr2pピークの比(POH/P)が、1.5以下であるため塗膜密着性が不十分であった。また、比較例4および5はステンレス鋼板表面の酸化皮膜がエッチングされたため裸耐食性も低下した。
【0049】
【表1】

注 ステンレス鋼板の種類
A:SUS304のBA仕上げ
B:SUS304のHL仕上げ
C:SUS430のBA仕上げ
D:SUS430のHL仕上げ
【0050】
【表2】

【0051】
[実施例9]
ステンレス鋼板としてSUS304にBA表面仕上げを施したものを準備し、大気圧、水蒸気濃度20g/mの雰囲気に静置した。次に、実施例1と同様に、方法Aによりプラズマ処理を行った。ただし、絶縁体電極と鋼板の距離は3mm、水蒸気プラズマを鋼板表面に接触させた時間は2秒、電圧は15kV、周波数は25kHzとした。得られた鋼板は、実施例1と同様に評価された。
【0052】
[実施例10]
ステンレス鋼板としてSUS304にHL表面仕上げを施したものを準備し、大気圧、水蒸気濃度20g/mの雰囲気に静置した。次に、実施例2と同様に、方法Bによりプラズマ処理を行った。ただし、電極間の距離は3mm、水蒸気プラズマを鋼板表面に接触させた時間は2秒、電極の先端部と鋼板表面の距離は20mm、電圧は15kV、周波数は25kHzとした。得られた鋼板は、実施例2と同様に評価された。
【0053】
[実施例11]
ステンレス鋼板としてSUS430にBA表面仕上げを施したものを用いた以外は、実施例9と同様に表面処理ステンレス鋼板を得て、評価した。
【0054】
[実施例12]
ステンレス鋼板としてSUS430にHL表面仕上げを施したものを用いた以外は、実施例10と同様に表面処理ステンレス鋼板を得て、評価した。
【0055】
[比較例6]
ステンレス鋼板としてSUS304にBA表面仕上げを施したものを用い、雰囲気の水蒸気濃度を0.5g/mとした以外は、実施例9と同様にして、表面処理ステンレス鋼板を得て、評価した。
【0056】
[比較例7]
ステンレス鋼板としてSUS430にBA表面仕上げを施したものを用い、雰囲気の水蒸気濃度を0.5g/mとした以外は、実施例9と同様にして、表面処理ステンレス鋼板を得て、評価した。これらの鋼板の評価結果を表3に示す。
【0057】
【表3】

【0058】
[実施例13〜26]
バルブメタル化合物、有機酸、リン酸塩を準備し、表4に示す組成の化成処理液を、定法により調製した。各成分の添加量は、処理液に対する濃度で表した。また、バルブメタル化合物の添加量は、処理液に対するバルブメタル元素の濃度として表した。
【0059】
実施例9〜12で得た表面処理ステンレス鋼板に、各種化成処理液を塗布し、水洗すること無く電気オーブンに装入し、到達板温が100℃となる条件で加熱乾燥して、表面処理を施した。このように処理された鋼板は、実施例1と同様に評価された。
【0060】
[比較例8、9]
比較例6および7で得た表面処理ステンレス鋼板のそれぞれに、表4に示す化成処理液1を塗布し、実施例13と同様にして、表面処理を施した。このように処理された鋼板は、実施例1と同様に評価された。これらの結果を表5に示す。
【0061】
【表4】

【0062】
【表5】

【0063】
本発明のステンレス鋼板は良好な裸耐食性および塗膜密着性を有する。これに対して、比較例8および9のステンレス鋼板は、POH/P(Cr2pピークの比)が1.5以下であり、塗膜密着性が不十分である。
【0064】
[実施例27]
ステンレス鋼板としてSUS304にBA表面仕上げを施したものを準備し、大気圧、水蒸気濃度15g/mの雰囲気に静置した。次に、実施例1と同様に、方法Aによりプラズマ処理を行った。ただし、絶縁体電極と鋼板との距離を2mm、水蒸気プラズマを鋼板表面に接触させた時間を1秒、電圧を20kV、周波数を30kHzとした。得られた鋼板は、実施例1と同様に評価された。
【0065】
[実施例28]
ステンレス鋼板としてSUS304にHL表面仕上げを施したものを準備し、大気圧、水蒸気濃度15g/mの雰囲気に静置した。次に、実施例2と同様に、方法Bによりプラズマ処理を行った。ただし、電極間の距離は2mm、水蒸気プラズマを鋼板表面に接触させた時間は1秒、電極の先端部と鋼板表面との距離は20mm、電圧は20kV、周波数は30kHzとした。得られた鋼板は、実施例2と同様に評価された。
【0066】
[実施例29]
ステンレス鋼板としてSUS430にBA表面仕上げを施したものを用いた以外は、実施例27と同様に表面処理ステンレス鋼板を得て、評価した。
【0067】
[実施例30]
ステンレス鋼板としてSUS430にHL表面仕上げを施したものを用いた以外は、実施例28と同様に表面処理ステンレス鋼板を得て、評価した。
【0068】
[比較例10]
ステンレス鋼板としてSUS304にBA表面仕上げを施したものを用い、雰囲気の水蒸気濃度を0.5g/mとした以外は、実施例27と同様にして、表面処理ステンレス鋼板を得て、評価した。
【0069】
[比較例11]
ステンレス鋼板としてSUS430にBA表面仕上げを施したものを用い、雰囲気の水蒸気濃度を0.5g/mとした以外は、実施例27と同様にして、表面処理ステンレス鋼板を得て、評価した。これらの鋼板の評価結果を表6に示す。
【0070】
【表6】

【0071】
[実施例31〜44]
有機樹脂、バルブメタル化合物、有機酸、リン酸塩を準備し、表7に示す組成の化成処理液を、定法により調製した。各成分の添加量は、処理液に対する濃度で表される。また、バルブメタル化合物の添加量は、処理液に対するバルブメタル元素の濃度として表される。
【0072】
実施例27〜30で得た表面処理ステンレス鋼板に、各種化成処理液を塗布し、水洗すること無く電気オーブンに装入した。到達板温が160℃となる条件で加熱乾燥して、表面処理を施した。このように処理された鋼板は、実施例1と同様に評価された。
【0073】
[比較例12、13]
比較例10、11で得た表面処理ステンレス鋼板に、表7に示す化成処理液1をそれぞれ塗布し、実施例31と同様にして、表面処理を施した。このように処理された鋼板は、実施例1と同様に評価された。これらの結果を表8に示す。
【0074】
【表7】

【0075】
【表8】

【0076】
本発明のステンレス鋼板は良好な裸耐食性および塗膜密着性を有する。これに対して、比較例12、13のステンレス鋼板は、POH/P(Cr2pピークの比)が1.5以下であるため塗膜密着性が不十分である。
【0077】
[実施例45〜52]
以下のステンレス鋼板を準備した。
板厚:0.125mmのステンレス鋼箔(SUS304、2B仕上げ)
板厚:0.050mmのステンレス鋼箔(SUS304、2D仕上げ)
【0078】
次に、異なる水蒸気濃度に調整した大気雰囲気下で、コ口ナ放電装置を用いて電圧:25kv、周波数:40kHz、各種照射距離および照射時間に設定し、コ口ナ放電を発生させた。コ口ナ放電により生じた水蒸気プラズマの鋼板表面への接触方法は、実施例1および2に示した方法Aまたは方法Bにより行った。処理前後の試験片に対し、それぞれ10ヶ所でAES分析および表面粗さ測定を行い、処理前に対する処理後の酸化皮膜の厚みの比率および表面粗さの比率を算出した。また、処理後の各試験片ごとに10ヶ所のXPS分析を行い、金属酸化物と金属水酸化物のCr2pピーク強度比率の平均値を算出した。表9に水蒸気プラズマによる処理条件および試験片の調査結果を示す。
【0079】
【表9】

(注1)ステンレス鋼板の種類
E:SUS304 2B 仕上げ(板厚:0.125mm)
F:SUS304 2D 仕上げ(板厚:0.050mm)
(注2)比較例14および15:水蒸気プラズマによる処理をしていないステンレス鋼板を用いた。
【0080】
試験片を以下に示す手順で、フィルム密着性および感圧接着剤層の密着性を評価した。これらの評価結果を表10に示す。
【0081】
(1)フィルム密着性試験A
ステンレス鋼箔を100℃に加熱して、ポリエチレンフィルム(厚み50μm)をラミネートし、ラミネート後130℃に7秒間保持した。ラミネート鋼板を冷却した後、40℃の温水に5日間浸せきし、引き上げ後、フィルムとステンレス鋼箔との180°ピール剥離強度(引張り速度:100mm/min、温度:20℃)を測定した。試験片のフィルムの剥離強度を測定し、4.0(N/10mm)以上である場合を◎、3.0以上〜4.0(N/10mm)未満である場合を○、2.0以上〜3.0(N/10mm)未満である場合を△、2.0(N/10mm)未満を×としてフィルム密着性を評価した。
【0082】
(2)フィルム密着性試験B
オーブンでステンレス鋼板を100℃に加熱して、マレイン酸グラフト重合のエチレン/酢酸ビニル共重合体フィルム(組成比86/14、厚み:50μm)を両面にラミネートし、その後、オーブンで後加熱を施して、冷却した。その後、ラミネート鋼板を重ね合わせて、25kg/cmに加圧した状態で、両側から150℃のプレス板で10秒間加熱積層し、冷却した。このようにして得られた積層鋼板を、温水(80℃)に10日間浸せきさせた。その後、片方のラミネート鋼板の端部を180°折り返し、その折り返し方向に100mm/minの速度でフィルムを引張り、剥離強度を測定した。測定した剥離強度が、70(N/10mm)以上である場合を◎、60以上〜70(N/10mm)未満である場合を○、50以上〜60(N/10mm)未満の場合を△、50(N/10mm)未満の場合を×で評価した。
【0083】
(3)感圧接着剤層の密着性試験
以下の3種類の感圧接着剤A〜Cを準備した。
【0084】
感圧接着剤A
シリコーン系感圧接着剤(商品名:KR-120、信越化学工業製)に架橋触媒としてベンゾイルパーオキサイドを12質量%添加して感圧接着剤Aを得た。
【0085】
感圧接着剤B
ブチルアクリレート:97重量部、アクリル酸:3重量部、アゾビス-i-ブチロニトリル:0.3重量部、エチルアセテート:100重量部を混合して重合反応させ、トルエンを加えて希釈し、固形分が40質量%のアクリル系共重合体(ガラス転移温度:−44℃、重量平均分子量:55万)溶液を得た。得られたアクリル系重合体溶液:200重量部に対し、スチレン−ブタジエンブロック共重合体(商品名:カリフレックスTRll84M、シェル化学製、ガラス転移温度:−60℃):10重量部、エチレン酢酸ビニル共重合体(商品名:エルバックス45X、三井・デュポンケミカル製、ガラス転移温度:−38℃):10重量部を、トルエン:30重量部に溶解したもの、並びに、イソシアネート系架橋剤(商品名:コロネートL、日本ポリウレタン製、トルエンジイソシアネートとトリメチロールプロパンとからなるウレタンプレポリマー):2重量部を撹拝混合し、感圧接着剤Bを得た。
【0086】
感圧接着剤C
ブチルアクリレート:90重量部、アクリル酸:10重量部、アゾビス-i-ブチロニトリル:0.3重量部、エチルアセテート:100重量部を混合して重合反応させ、トルエンを加えて希釈し、固形分が34質量%のアクリル系共重合体(ガラス転移温度:−45℃、重量平均分子量:72万)溶液を得た。得られたアクリル系共重合体溶液:100重量部に対し、ポリグリシジルアミン系化合物[商品名:テトラッド C、三菱瓦斯化学製、1,3-ビス(N,N-ジグリシジルアミノメチルシクロヘキサン)]:0.1重量部(アクリル系共重合体:100重量部に対して0.33重量部に相当する)を撹拌混合して、感圧接着剤Cを得た。
【0087】
得られた感圧接着剤A〜Cを、ステンレス鋼箔の上に、乾燥時の感圧接着剤の厚みが100μmとなるように塗布した。感圧接着剤Aは80℃で5分間、熱風循環式乾燥機にて乾燥し、次いで150℃で10分間加熱して架橋反応させ、試験用感圧シートを得た。一方、感圧接着剤BおよびCは、100℃で10分間、熱風循環式乾燥機にて乾燥し、次いで20℃、65%RHで7日間架橋させ、試験用感圧シートを得た。
【0088】
得られた試験用感圧シートを、沸騰水に4時間浸せきした後、JIS K 5400に準じ、碁盤目試験を行い、塗膜残存率を測定した。塗膜残存率が90%以上である場合を◎、80以上〜90%未満である場合を○、60以上〜80%未満の場合を△、60%未満の場合を×として、感圧接着剤層の密着性を評価した。
【0089】
【表10】

【0090】
ラミネートしたフィルム、および塗布形成した感圧接着剤層のいずれも、本発明の鋼板への密着性が高いことがわかる。
【0091】
[実施例53〜58]
板厚:0.4mmのSUS304のBA仕上げの鋼板を準備した。鋼板の20°鏡面光沢度を、JIS Z 8741 に準拠してデジタル光度計を用いて測定した。測定された20°鏡面光沢度が130である部位を、試験片の塗装原板とした。次に、異なる水蒸気濃度に調整した大気雰囲気下で、コ口ナ放電装置を用いて電圧:20kV、周波数:50kHz、各種照射距離および照射時間に設定し、コ口ナ放電を発生させた。コ口ナ放電により生じた水蒸気プラズマの鋼板表面への接触方法は、実施例1および2に示した方法Aまたは方法Bにより行った。
【0092】
処理前後の試験片に対し、それぞれ10ヶ所でAES分析および表面粗さ測定を行い、処理前に対する処理後の酸化皮膜の厚みの比率および表面粗さの比率を算出した。また、処理後の試験片ごとに10ヶ所のXPS分析を行い、金属酸化物と金属水酸化物のCr2pピーク強度比率の平均値を算出した。表11に、水蒸気プラズマによる処理条件および試験片の調査結果を示す。
【0093】
【表11】

(注)比較例16:水蒸気プラズマによる処理をしていないステンレス鋼板を用いた。

【0094】
クリア塗料として高分子ポリエステル系クリア樹脂塗料(PM5000、日本ファインコーティングス製)に、発色顔料[アスペクト比:50、中心粒径:10μm、平均厚み:0.2μmの透明マイカ(白雲母)にTiOを被覆したシルバー色マイカフレーク]を、2質量%配合することにより用意した。
【0095】
用意したクリア塗料を、水蒸気プラズマと接触させた塗装原板に塗布し、230℃で60秒加熱することにより焼付け、膜厚10μmでクリア塗膜を形成した。得られたクリア塗装ステンレス鋼板から試験片を切り出し、以下の手順の蛍光灯の光の反射性試験、および耐水密着性試験を行って評価した。評価結果を表12に示す。
【0096】
(1)蛍光灯の光の反射性試験
各クリア塗装ステンレス鋼板を、長さ400mm、幅200mm、端面から幅方向中央部の高さが50mmの曲面状に成形し、蛍光灯の反射板とした。次に、反射板を暗室に入れ、反射板から20mm離れた位置に長さ330mm、出力10Wの蛍光灯を配置した。蛍光灯を点灯し、デジタル照度計(FLX-1332、Fine製)を用いて蛍光灯に直行する方向に沿って照度を測定した。照度は蛍光灯の中心直下からの距離が100mmの位置で測定した。照度が700ルクス以上である場合を◎、照度が680以上〜700ルクス未満である場合を○、照度が660以上〜680ルクス未満である場合を△、照度が660ルクス未満である場合を×として、反射板特性を評価した。
【0097】
(2)塗膜密着性試験
試験片を90℃の熱水に、4時間浸せきした後、JIS K 5400 に準じ、碁盤目試験を行い、塗膜残存率を測定した。塗膜残存率が90%以上である場合を◎、80以上〜90%未満である場合を○、60以上〜80%未満である場合を△、60%未満である場合を×として、塗膜密着性を評価した。
【0098】
【表12】

【0099】
本発明によれば、ステンレス鋼板の光反射性を低減させることなく、クリア塗料の密着性を高めることができる。
【産業上の利用可能性】
【0100】
本発明の表面処理ステンレス鋼板は、高温多湿下において塗膜と十分に密着するとともに、耐食性に優れる。よって、本発明の表面処理ステンレス鋼板は、高温高湿環境下で使用される外装用材料等として好適である。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)水蒸気濃度が2.0g/m以上であって大気圧にある雰囲気において、プラズマ水蒸気を発生させる工程、および
(2)前記プラズマ水蒸気をステンレス鋼板表面に接触させる工程、を含む表面処理ステンレス鋼板の製造方法。
【請求項2】
前記(1)の工程は、前記雰囲気に、対向するように2つの電極を配置し、前記電極の間に電圧を印加してコロナ放電を生じさせて、前記電極間にプラズマ水蒸気を発生させる工程であり、
前記(2)の工程は、前記工程で得たプラズマ水蒸気を空気で押し出して、ステンレス鋼板表面に接触させる工程である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
前記(1)の工程は、前記雰囲気に、前記ステンレス鋼板と対向するように絶縁体電極を配置し、前記ステンレス鋼板と前記電極の間に電圧を印加してコロナ放電を生じさせて、プラズマ水蒸気を発生させる工程である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項4】
前記表面処理ステンレス鋼板の酸化皮膜の厚みDtと、前記表面処理される前のステンレス鋼板の酸化皮膜の厚みDとの比Dt/Dは、1.0以上であり、
前記表面処理ステンレス鋼板の表面から4nmの厚み領域における金属水酸化物のCr2pピーク強度POHと、金属酸化物のCr2pピーク強度Pとの比POH/Pは、1.6以上である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項5】
前記表面処理ステンレス鋼板の表面粗さRtと、前記表面処理される前のステンレス鋼板の表面粗さRとの比Rt/Rは、1.0〜1.1である、請求項1に記載の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜5に記載の方法で得られた表面処理ステンレス鋼板の表面に、さらに無機系皮膜を有する、表面処理ステンレス鋼板。
【請求項7】
無機系皮膜は、バルブメタルの酸化物、バルブメタルの酸素酸塩、バルブメタルの水酸化物、バルブメタルのリン酸塩、およびバルブメタルのフッ化物からなる群から選ばれる1種以上の化合物を含む、請求項6に記載の表面処理ステンレス鋼板。
【請求項8】
請求項1〜5に記載の方法で得られた表面処理ステンレス鋼板の表面に、さらに有機樹脂系皮膜を有する、表面処理ステンレス鋼板。
【請求項9】
前記有機樹脂系皮膜は、潤滑剤を含む、請求項8に記載の表面処理ステンレス鋼板。
【請求項10】
前記有機樹脂系皮膜は、バルブメタルの酸化物、バルブメタルの酸素酸塩、バルブメタルの水酸化物、バルブメタルのリン酸塩およびバルブメタルのフッ化物からなる群から選ばれる1種以上の化合物を含む、請求項8に記載の表面処理ステンレス鋼板。
【請求項11】
前記バルブメタルは、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、Mo、W、Si、およびAlからなる群から選ばれる1種以上の金属である、請求項7または10に記載の表面処理ステンレス鋼板。
【請求項12】
前記有機樹脂系皮膜は、ラミネート層または塗布層である、請求項8に記載の表面処理ステンレス鋼板。
【請求項13】
前記有機樹脂系皮膜はクリア塗膜である、請求項8に記載の表面処理ステンレス鋼板。

【公開番号】特開2010−84231(P2010−84231A)
【公開日】平成22年4月15日(2010.4.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−183499(P2009−183499)
【出願日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【出願人】(000004581)日新製鋼株式会社 (1,178)
【Fターム(参考)】