表面改質アルミニウム系金属部材
【課題】展伸材、鍛造材、鋳造材、ダイカスト材など、部材の製造プロセスに拘わらず、極めて高強度化された表面改質層を有し、量産性が高く、低コストであり、しかも部材の脆化を招くことがなく、表面硬さ、耐摩耗性、疲労強度に優れた表面改質アルミニウム系金属部材を提供する。
【解決手段】アルミニウム又はアルミニウム合金から成る基材の表面に鉄族元素を主成分とする金属粒子を衝突させ、もって上記基材の表面に金属粒子が微細に分散した分散層と、その下の硬化層から成る表面改質層を形成し、上記分散層及び硬化層における基材母相の平均結晶粒径を1μm未満及び5μm以下にそれぞれ微細化させる。
【解決手段】アルミニウム又はアルミニウム合金から成る基材の表面に鉄族元素を主成分とする金属粒子を衝突させ、もって上記基材の表面に金属粒子が微細に分散した分散層と、その下の硬化層から成る表面改質層を形成し、上記分散層及び硬化層における基材母相の平均結晶粒径を1μm未満及び5μm以下にそれぞれ微細化させる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム又はアルミニウム合金から成り、処理対象である基材の表面に改質層を形成した表面改質部材に係わり、このような金属の表面に強化粒子を分散させて分散層となし、当該分散層における基材の平均結晶粒径を1μm未満にまで微細化することによって、表面硬さ、耐摩耗性、疲労強度の改善を図った表面改質アルミニウム系金属部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
機械構造用の金属材料として、アルミニウムやアルミニウム合金は、鉄鋼材料やこれよりも軽量なチタン基合金と比較しても、さらに軽量であることから、軽量化が要求される各種の分野、例えば自動車用の部品等に用いられる展伸材として、さらには鋳造や鍛造用の金属材料として広く利用されている。
その一方で、上記のようなアルミニウム系金属は、鉄鋼材料やチタン基合金と比較して強度が一般に低いことから、このようなアルミニウム系金属によって製造された金属部材の機械的性質を改善するための各種の方法が提案されている。
【0003】
一例として、アルミニウム合金の高強度化には、従来から溶体化時効処理又は冷間加工と共に、これらを組み合わせた手法が適用され、例えばアルミニウム合金の展伸材では、引張強さを650MPa程度にまで高めることが可能であり、疲労限度も200MPa程度まで高めることができるが、鉄鋼材料の代替材料として用途を拡大するためには更なる高強度化が望まれる。
また、こうした手法は、板材や棒材などの展伸材において適用可能な手法であり、複雑な形状を備えた鍛造品や鋳造材、ダイカスト材には十分に適用できない場合が多い。
【0004】
一方、自動車のエンジン部品などに代表される鋳造(ダイカストも含む)によって製造されるニアネットシェイプ(Near Net Shape:NNS「部品の最終形状に限りなく近づけた形状」)のアルミニウム合金部材ではケイ素(Si)及び遷移金属元素を添加することによって、Si相やアルミニウムとの金属間化合物を生成させることによって強度の向上が図られてきた。
このような合金化によって強度を向上するには、Si等の合金元素の含有量を高めればよいが、この方法では合金元素の含有量を増すと脆さも増すことから自ずと含有量、従って強度の向上にも限界があり、これらのアルミニウム合金部材では高い疲労限度が望めなかった。
【0005】
このような課題に対し、二種以上の材料を組み合わせて一体化した「複合材料」によって強度の向上を図ることも提案されている。
こうした複合材料としては、炭素繊維等の高強度繊維で強化した繊維強化金属(FRM)や、炭化ケイ素(SiC)の微粒子を分散させた粒子分散複合材を、例えば鋳造法や粉末冶金法によって製造する方法がすでに開発されているが、量産性が低く、価格競争力に劣ること、炭素繊維やSiC微粒子等の強化相と母相との界面がき裂の起点となって、却って脆化する危険性もあることなどから、広く普及していないのが現状である。
【0006】
また、例えばガソリンエンジン用ピストン等の部品においては、高温に曝される燃焼面近傍のみに、電子ビームなど、高エネルギービームによる熱エネルギーを用いて、耐熱性向上に有効な合金元素の含有量を高め、高強度化する技術も開発されているものの、このような技術についても、やはり製造コストの上昇を招くことから広く普及していないのが現状である。
【0007】
一方、製造コストの上昇を招くことなく、アルミニウム合金部材の強度を向上する技術として、ショットピーニングを用いる方法が提案されている。すなわち、ショット材と微粒子を混合した粉体を投射することによって、微粒子をアルミニウム系金属部材の表面に分散させる表面改質方法が提案されている(特許文献1参照)。また、Ti(チタン),Sn(錫),Zn(亜鉛)などの強化元素を含む金属粒子をAl−Si合金系ピストンの表面に投射することによって、これらの元素をピストン表面に拡散浸透させ、合金元素(Si)と強化元素を含み、均質・微細化された改質層をピストンの表面に形成する方法が提案されている(特許文献2参照)。
さらに、アルミニウム合金の疲労強度を向上させる技術として、酸化物セラミックスの粒子を7000系アルミニウム合金に投射することによって、疲労強度が向上することが開示されている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平05−86443号公報
【特許文献2】特開2008−51091号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】小栗、関川、井上,「微粒子ショットピーニングによる航空機用金属材料の疲労特性向上」,まてりあ,日本金属学会,平成20年11月,第47巻、第11号,P.553
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
既知のアルミニウム合金の高強度化技術、すなわち溶体化時効処理や冷間加工、Si等の合金化技術、繊維や微粒子による複合化技術、あるいは電子ビーム等による部分合金化技術にあっては、前述したように、適用形状の限界や、脆化の危険性、強度面での限界、量産性やコストなどといった問題をそれぞれ有しているのに対し、特許文献1,2、非特許文献1に記載の表面改質法は、部材の形状や製造法に限定されることなく、しかも著しい製造コストの上昇を招くことなく実施できる方法と言える。
しかしながら、これらの手法にも以下に示すような種々の問題点がある。
【0011】
特許文献1における特許請求の範囲の記載では、用いる微粒子の粒子径は限定されていないが、その実施例によれば、1から20μmの微粒子を表面近傍にそのまま「埋込ませる」ことによって、「この微粒子の固有の特性によりアルミニウム合金製部材の強度信頼性が増大する」ことが記述されている。
しかし、表面近傍に埋込まれるだけでは、アルミニウム合金基材との密着性を充分に確保するのは難しく、例えば摺動部材に用いた場合にこれらの埋め込まれた粒子が脱落して埋め込まれた微粒子に固有の特性を発揮することが困難になるだけでなく、充分に密着していないこれらの微粒子とアルミニウム合金基材との界面が応力集中箇所となって充分な機械的性質の向上が期待できない。また、微粒子として硬鋼材を用いた場合の硬さの上昇は、基材母相のビッカース硬さが約125程度のSC4Cに対して、最大硬さはせいぜい150程度までであり、この程度の硬さの増加は十分な機械的性質の向上とは言えない。
【0012】
さらに、粒子径が1μmの微粒子を1から20wt%の範囲で分散させた時に優れた疲労強度の向上が認められることが記載されているが、完全に1μmの微粒子のみを安価かつ大量に使用することは現状では困難であると言わざるを得ない。工業的に市販されている金属粒子は平均粒子径で数十μm程度までのものがほとんどであり、市販されている金属粒子の中で最も粒子径が小さいと思われるカーボニル鉄粉でも平均粒子径は数μm程度であって、これ以上粒子径の小さい金属粒子を大量に製造するには技術的にかなり困難である。
【0013】
仮に、ふるいを用いて1μm以下の微粒子のみを採取するとしても、採取できる歩留まりは極めて小さいと予想される。また、一般に1μm程度以下にまで微細化された金属粒子は、比表面積が増加することから表面が酸化しやすくなり、大量の粉末が酸化に伴う発熱によりショットピーニング中や保管中に火災を起こしたり、場合によってはショットピーニング中に粉塵爆発を引き起こしたりすることがないとは言えず、安全性の面でも問題がある。
また、微粒子が酸化してしまうと、例えば鉄微粒子を用いた場合には酸化鉄が表面近傍に埋め込まれることになり、酸化物と基材のアルミニウムでは根本的に原子の結合様式が異なることから、十分に密着性の高い界面を形成できず十分な機械的性質の向上が期待できない。
【0014】
以上のことから、1μmといった微粒子を工業的に取り扱うには、技術的にもコスト的にも、また安全性の面からも実現性が低いといわざるを得ない。同じく、実施例には1から10μmの範囲にある粒子を用いても同じように優れた疲労強度が得られることが記載されているが、この場合でも、上記の問題は基本的に解決されることはなく、これらの微粒子を大量にかつ安全に取り扱うことは現実的でない。
【0015】
一方、特許文献2に記載の表面改質方法では、粒径20〜400μmの粉末を用いているので、上記のような問題を生じることはない。
当該方法によれば、Al−Si系合金ピストンの表面に金属粉末が衝突することによって、基材であるAl−Si系合金中における「金属元素を微細化し」、かつ、投射した金属粉末中の合金元素が基材表面から「拡散浸透して」、上記の「合金元素」と投射した金属粉末を含む「金属組織が均一・微細化された改質層」が形成されることによって疲労強度が向上することが記載されている。
【0016】
そして、その実施例には、Al−Si系合金ピストン基材にハイス鋼の粒子を投射した場合に、表面に近傍の基材に含まれる「合金元素」であるSiが微細化されていること、投射したハイス鋼中に含まれるFeが拡散浸透によって表面近傍から検出されることが示されている。
しかし、表面改質の結果として得られる疲労強度の向上は室温において高々12%程度であり、充分な高強度化とは言えず、さらなる高強度化が求められている。
【0017】
さらに、非特許文献1には、航空機用アルミニウム合金A7075に、酸化物セラミックスを比較的弱い投射条件(アークハイト:0.08mmN)によって投射した結果、疲労強度が格段に向上することが示されている。これは、機械加工時に生成した表面の微小な傷が酸化物セラミックスの投射によって消失することによるものであると記載されている。
上記A7075合金は、アルミニウム合金中でもっとも高強度な合金に分類されるが、高強度であるがゆえに微小な傷などの切欠きに対する感受性が高く、このことが疲労強度が向上しない一因とされている。したがって、このような合金の微小な切欠きを除去してやることで、本来の高い基材強度と相俟って疲労強度の格段の向上につながったと考えられる。
【0018】
しかし、より強度の低いアルミニウム合金など、一般的なアルミニウム合金の高強度化については、表面の微小な傷などによる切欠きを除去するだけでは不十分であり、特に摺動部に適用する場合には、耐摩耗性の観点から、表面近傍をさらに高硬度化(高強度化)する手段の開発が望まれている。
【0019】
本発明は、アルミニウム合金から成る部材に対する高強度化技術における上記課題を解消するためになされたものであって、展伸材、鍛造材、鋳造材、ダイカスト材など、部材の製造プロセスに拘わらず、著しく高強度化された表面改質層を有し、量産性が高く、低コストであり、かつ、部材の脆化を招くことのない、表面硬さ、耐摩耗性、疲労強度に優れた表面改質アルミニウム系金属部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明の表面改質アルミニウム系金属部材は、アルミニウム又はアルミニウム合金から成る基材の表面に、鉄族元素又は鉄族元素を主成分とする合金から成る金属粒子が基材金属中に分散した分散層を備え、この分散層における基材母相の平均結晶粒径が1μm未満であると共に、この分散層の下層に基材母相の平均結晶粒径が5μm以下に微細化された硬化層を備えていることを特徴とする。
また、本発明の上記表面改質アルミニウム系金属部材の製造方法においては、アルミニウム又はアルミニウム合金から成る基材の表面に、鉄族元素又は鉄族元素を主成分とする合金から成り、粒子径が150μm以下の金属粒子を0.1MPa以上の圧力、2〜60秒/cm2の投射時間で投射するようにしたことを特徴としている。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、アルミニウム又はアルミニウム合金から成る基材の表面に、鉄族元素を主成分とする金属粒子が微細に分散した分散層とその下の硬化層を備え、分散層及び硬化層における基材母相の平均結晶粒径が1μm未満及び5μm以下にそれぞれ微細化されているため、部材の製造方法に何ら制限されることなく、高硬度、高強度の表面改質層を備え、耐摩耗性、疲労強度に優れた低コストのアルミニウム系金属部材となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】工業用純アルミニウム板材の表面に炭素鋼粒子を投射することによって形成された表面改質層の形状及び組織を示すSEM写真(反射電子線像)である。
【図2】図1の部分拡大写真である。
【図3】工業用純アルミニウム板材の表面にニッケル粒子を投射することによって形成された表面改質層の形状及び組織を示すSEM写真(反射電子線像)である。
【図4】図3の部分拡大写真である。
【図5】工業用純アルミニウム板材の表面に炭素鋼粒子を投射することによって形成された表面改質層の組織を示すTEM写真(明視野像)である。
【図6】図5に示した表面改質層のEDSによる分析領域を拡大した明視野像(a)、その領域におけるFe(b)及びAl(c)の分布を示す特性X線像である。
【図7】特定の回折電子線による図5と同じ領域についての暗視野像である。
【図8】工業用純アルミニウム板材の表面にニッケル粒子を投射することによって形成された表面改質層の組織を示すTEM写真(明視野像)である。
【図9】図8に示した表面改質層のEDSによる分析領域を拡大した明視野像(a)、その領域におけるNi(b)及びAl(c)の分布を示す特性X線像である。
【図10】特定の回折電子線による図8と同じ領域についての暗視野像である。
【図11】超ジュラルミン板材の表面に炭素鋼粒子を投射することによって形成された表面改質層の形状及び組織を示すSEM写真(反射電子線像)である。
【図12】図11の部分拡大写真である。
【図13】超ジュラルミン板材の表面にニッケル粒子を投射することによって形成された表面改質層の形状及び組織を示すSEM写真(反射電子線像)である。
【図14】図13の部分拡大写真である。
【図15】疲労試験片の形状・寸法を示す側面図である。
【図16】本発明の表面改質アルミニウム系金属部材の疲労特性を未処理部材と比較して示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の表面改質アルミニウム系金属部材について、その製造方法などと共に、さらに詳細に説明する。なお、本明細書において「%」は、特記しない限り、質量百分率を意味するものとする。
【0024】
本発明の表面改質アルミニウム系金属部材は、上記したように、アルミニウム又はアルミニウム合金(以下、「アルミニウム系金属」と総称する)から成る基材の表面に、鉄族元素又は鉄属元素を主成分とする合金から成る金属粒子が微細に分散した分散層を備え、この分散層における基材母相部分の平均結晶粒径が1μm未満であると共に、この分散層の下側に基材母相の平均結晶粒径が5μm以下に微細化された硬化層を備えており、硬度・強度に優れた分散層と硬化層から成る表面改質層によって、当該金属部材の耐摩耗性、疲労強度が向上することになる。
【0025】
このような表面改質アルミニウム系金属部材は、例えば、上記基材の表面に、粒子径が150μm以下の上記金属粒子を0.1MPa以上の圧力、2秒/cm2〜60秒/cm2の投射時間で投射することによって得ることができる。
すなわち、鉄族元素を主成分とする上記金属粒子が高速で衝突することにより、衝突による運動エネルギーが熱エネルギーに変換されて、基材の表面近傍の温度が短時間のうちに上昇すると共に、強い塑性加工を受ける。温度の上昇によって粒子と基材であるアルミニウムやアルミニウム合金との凝着が促進されて、上記金属粒子の表面の一部が剥ぎ取られて離脱し、投射粒子よりもさらに微細な粒子状となって基材の表面に取り込まれる。
【0026】
同時に、基材表面は粒子の衝突によって、多段の非同期的な繰り返しの強い塑性加工を多方向から受けるために、剥ぎ取られて離脱した微粒子を取り込んだ状態で繰り返し「鍛錬」を受けることになる。この状況はちょうど熱間鍛造プロセスにおいて、多方向から繰り返しの塑性加工を受けている状況に相当し、一般に知られている「鍛錬」と同じ状況がアルミニウム系金属基材の極表面近傍で起こっていることになる。
さらに、後続する粒子の衝突によって、この「鍛錬」が繰り返され、微細な金属粒子を含むと共に、基材母相の結晶粒が著しく微細化された超微細複合組織からなる分散層が形成され、これによって著しい機械的強度の向上がもたらされる。なお、粒子の衝突による温度の上昇は基材の極表面近傍のみの領域が、塑性変形が容易になる程度に起こるものであり、基材の表面近傍が融解したり、基材全体の温度が過度に上昇して強度が低下したりすることはない。
【0027】
表面近傍に形成される分散層においては、基材であるアルミニウム系金属の平均結晶粒径が1μm未満にまで微細化されており、投射条件によっては0.1μm未満にまで微細化できることが確認されている。このような結晶粒径の微細化は既存の熱処理や加工技術では達成できていない極めて微細な粒径と言える。
【0028】
一方、この分散層中に分散された金属粒子の粒径は、投射前の粒子径よりも小さく、最大径が20μm未満の微細な粒子となり、基材のアルミニウム系金属母相と強固に接合した界面を有する。また、これらの金属粒子の大部分は最大直径が5μm以下のほぼ等軸な粒子である。
投射する金属粒子が比較的軟質な鉄族元素いずれかの純金属から成る場合には、分散した金属粒子の一部が5μmより大きな扁平形状となる場合があるが、この場合でもその最大長さが20μmを上回ることはなく、アルミニウム系金属母相との界面は強固なものとなる。
【0029】
このような分散層の硬さは、基材母相の結晶粒微細化強化と基材よりも硬質な金属粒子の分散による複合組織強化によって極めて高い値を示す。例えば、基材が工業用純アルミニウム合金(A1070)であり、炭素鋼の粒子が分散された分散層の場合、バーコビッチ型ダイヤモンド圧子を装着した押し込み式微小部硬度計(測定荷重800μN)で計測した分散層の硬さの値が3.6GPaにも達することが確認されている。この値は、アルミニウム基合金中で最高の強度を有する超々ジュラルミン(A7075−T6材)について同じ方法で計測した場合の硬さ(3.0GPa)をも凌駕するものである。
このような分散層を有する結果、この表面改質されたアルミニウム系金属部材の機械的性質は硬さだけでなく、耐摩耗性、疲労強度についても著しく改善することができる。
【0030】
本発明の表面改質アルミニウム系金属部材は、上記のように、所望の形状に製造された処理対象としての基材表面に対し、機械的なエネルギーの付与によって、事後的に金属粒子を衝突させ、表面近傍に分散させることによって得られる。
本発明においては、展伸、鋳造、鍛造、ダイカスト等の如何なる方法によって製造された部材であっても、これを処理対象基材とすることができ、製造方法や形状等に制約されることなく、各種のアルミニウム又はアルミニウム合金から成る表面改質アルミニウム系金属部材を得ることが可能である。
【0031】
また、これらの処理対象基材の成分としては、工業用純アルミニウムからアルミニウムを主たる成分とするアルミニウム合金、例えば、融点500℃以上750℃未満のものであれば如何なるものを対象とすることができ、合金成分や組成等について特に限定なく処理対象とすることができる。
【0032】
処理対象としての基材の表面に衝突させ、もって表面付近に分散させるための金属粒子としては、鉄族元素、すなわち鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)のうちのいずれかの純金属粒子、あるいはこれら鉄族元素の少なくとも1種を主成分として含有する合金粒子を使用することができる。なお、本発明において、鉄族元素を「主成分」とする合金とは、鉄族元素の1種以上を合計で60%以上含有するものを言う。
【0033】
基材表面に投射する金属粒子の大きさとしては、150μm以下の粒子径のものを用いることができる。
ここで、粒子径が150μm以下とは、JIS Z 8801(標準ふるい)に規定された呼び寸法150μm(目開き:150μm)のふるいを通過し得るものを意味する。なお、呼び寸法53μm(目開き:53μm、282メッシュ)のふるいを通過し得る粒子を用いることがより好ましい。
【0034】
粒子径が150μmを超えるもの、言い換えると呼び寸法150μmの上記ふるいを通過できない大きさになると、処理対象基材の表面下に金属粒子を分散させることが困難となるだけでなく、過度な表面凹凸の荒れを引き起こし、これが応力集中を引き起こしたり、また粗大な金属粒子の分散によって、この粗大粒子と母相との界面を起点としてき裂が生じ易くなる等、得られたアルミニウム系金属部材をかえって脆弱化させる恐れがある。
また、粒子径が大きくなると、衝突による塑性変形は基材のより深い領域にまで及ぶようになるが、逆に表面近傍に塑性変形を集中させることはできなくなり、上記の「鍛錬」効果を活用することができなくなって、基材母相の結晶粒径を充分に微細化することができなくなる。
【0035】
一方、金属粒子は過度に小さいものだけを用いてもアルミニウム系金属部材の高強度化に寄与できない。金属粒子を高速で投射して基材の表面に分散させるためには、金属粒子が小さすぎると、十分な高速度で粒子を衝突させることが困難となり、金属粒子の分散を好適に行うことができなくなることに加えて、衝突によって基材を塑性変形させる効果が充分に発揮できなくなるので、上述した「鍛錬」効果が期待できなくなるためである。
したがって、金属粒子の大きさとしては、2μmに満たないものが60%以上含まれるようなものは好ましくない。
【0036】
処理対象基材の表面における分散層の形成は、上記金属粒子を高速で基材表面に衝突させることによって行う。
このような金属粒子の投射は、例えば、一般的な公知のブラスト加工装置によって行うことができ、このようなブラスト加工装置としては、遠心力によって粒子を投射する遠心式のもの、回転する羽根車による打撃によって強化粒子を投射する打撃式のもの、圧縮空気等の圧縮ガスと共に強化粒子を噴射するガス噴射式のもの等、各種構造のものを使用することができる。とりわけ、噴射ガスの圧力調整等によって、噴射速度や噴射圧力等の加工条件の調整を比較的容易に行うことができるガス噴射式のブラスト加工装置の使用が好ましい。
【0037】
投射の条件としては、分散層における金属粒子の分散量が体積比で1〜80%の範囲となるような条件の下に行うことが好ましい。これは、金属粒子の分散量が80%を超えると、脆化を起こし、疲労強度の低下が見られる一方、分散量が1%未満では疲労強度が十分に向上しないことがあることによる。
例えば、ガス噴射式のブラスト加工装置によって、呼び寸法150μmのふるいを通過した金属粒子を投射する場合、ガス噴射式のブラスト加工装置として重力式のブラスト加工装置を使用する例では、ノズル径を1〜12mm、噴射圧力を0.1〜1.0MPa、処理対象表面とノズル先端間の距離を30〜150mmとして、投射時間を2〜60秒/cm2とすることによって、処理対象基材の表面から1〜60μmの範囲に、上記のような体積比で金属粒子が分散する分散層を形成することができる。なお、投射速度は50m/秒以上が好適である。
【0038】
金属粒子の投射に際して、ノズル径が小さすぎると、狭い面積にしか投射することができず、生産性を劣化させるので好ましくない。また、ノズル径が大きすぎると、広い範囲に投射することが可能になるが、投射速度を低下させる原因となったり、充分な数の粒子が投射できなくなったりして、上記の「鍛錬」効果が得られ難くなるので、分散層中の金属粒子の分散密度が低下したり、基材母相の結晶粒径を十分に微細化できなくなったり、あるいは十分な深さの分散層を形成することが困難になったりすることがある。
また、処理対象基材とノズルとの距離によっても投射面積が変化するので、処理対象を効率よく表面改質処理できる距離として、30〜150mmの範囲で設定することが望ましい。
【0039】
このとき、噴射圧力は金属粒子の投射速度に直接関係する。噴射圧力が低すぎると、十分な速度で金属粒子を投射することができなくなるので、分散層の厚さが薄くなったり、分散層中の金属粒子の分散密度が低下したり、さらには基材母相の結晶粒径を十分に微細化できなくなるなどの問題が生じる。
逆に、噴射圧力が高すぎると、投射速度が過度に上昇して基材表面に著しい表面凹凸が生じ、これらの凹凸が応力集中の原因となって、部材の強度を却って劣化させる恐れがある。また、投射速度が上昇し衝突時の運動エネルギーが増加するほど、これが熱エネルギーに変換されて基材表面の温度が上昇することから、部材表面が局所的に融解したり、薄肉部材の場合には基材全体が加熱されて強度が低下したりする恐れがある。また、部材に歪みを生じる恐れもある。
したがって、噴射圧力は0.1MPa〜1.0MPaとするのが好ましい。
【0040】
分散層の優れた表面硬さは、基材の表面近傍に、基材よりも硬い鉄族元素を含有する金属粒子が微細に分散していることによる効果と、分散層中の基材母相の結晶粒が微細化されていることによる効果とに基づく。結晶粒の微細化による硬さの向上は、次式に示すホールペッチの法則として、一般に知られている。
Hv=Hvo + Kd−1/2
ここで、Hv:対象となる基材の硬さ
Hvo:平均結晶粒が十分に粗大である場合の基材の硬さ
K:材料によって異なる定数
d:平均結晶粒径
したがって、本発明の表面改質部材における分散層の硬さも基材母相の平均結晶粒径が微細であるほど上昇することになるが、平均結晶粒径が1μmを超えると分散層の硬さが十分に向上せず、十分な効果が得られなくなる。したがって、分散層における基材母相の平均結晶粒径は1μm未満であることを要する。
【0041】
基材表面に衝突することによって、表面下に分散した金属粒子、すなわち分散層中の金属粒子の大きさは、表面硬さ、耐摩耗性、疲労強度等の向上効果の観点から、微細であるほど好ましい。
分散層中の金属粒子の大きさが著しく大きくなると、金属粒子と基材の界面からき裂が発生しやすくなって部材を脆化させる恐れがあることから、当該金属粒子の大きさとしては20μm以下であることが望ましい。なお、5μm以下であることがより好ましい。
【0042】
また、分散層中の金属粒子の形状としては、その一部又は全部がアスペクト比(最大長さと最小長さの比)が5以上で最大長さが5μm以上の扁平形状、あるいはアスペクト比が5未満で最大長さが5μm未満の粒状をなしていること、さらには上記のような扁平形状と粒状の金属粒子が混在していることが望ましい。
【0043】
上記分散層の厚さについては、少なくとも1μm以上ないと、上記した目的を達成するだけの効果を発揮できない。また、分散層の厚さはできるだけ厚い方が好ましいが、厚い分散層を得ようとすると、より高速で金属粒子を投射しなければならない。
投射速度が大きくなると分散層の深さは増加するものの、先に述べたように基材表面に著しい表面凹凸を生じてこれらの凹凸が応力集中の原因となるため、かえって表面改質部材の強度を劣化させる恐れがある。さらに、投射速度が増加して衝突時の運動エネルギーが増加するほど、これが熱エネルギーに変換されて基材表面の温度が過度に上昇するため、部材表面が局所的に融解したり、薄肉部材の場合には基材全体の温度が上昇して軟化したり、あるいは部材に歪みを生じる可能性があり、上記目的を効果的に達成することができなくなることがある。
【0044】
したがって、分散層の厚さは1μm以上60μm以下であることが望ましい。
なお、分散層の厚さとは、任意の断面における表面凹凸プロファイル上の任意の一点において、この表面凹凸プロファイルとの接線を引き、この接線に垂直に基材の内部に向かって引いた直線に沿って計測した分散層の長さを意味する。
【0045】
金属粒子の投射時間は、処理対象の表面温度に影響を及ぼす。処理時間が長すぎると表面温度が過度に上昇し、部材表面が局所的に融解したり、薄肉部材の場合には基材全体が加熱されて強度が低下したりする恐れがある。また、部材に歪みを生じる恐れもある。そのため、投射時間は単位面積あたり60秒/cm2以下とすべきである。
一方、投射時間が短すぎると、基材の表面近傍における上記の「鍛錬」効果が充分に得られないので、分散層の形成が充分に起こらない。そのため、投射時間は少なくとも2秒/cm2以上とすべきである。
したがって、投射時間は単位面積あたり2秒/cm2〜60秒/cm2が好ましい。
【0046】
このような処理によって、基材表面に形成される分散層の硬さは、例えばバーコビッチ型ダイヤモンド圧子を装着した押し込み式微小部硬度計を用いて測定することができる。 本発明における上記分散層の著しい高硬度化は、基材母相の結晶粒微細化強化と基材よりも硬い金属粒子が分散することによる複合組織強化によっており、その硬さは、基材原質部の化学組成や熱処理条件に依らず、おおむね3.6GPa以上(測定荷重800μN)である。
【0047】
この値は、アルミニウム基合金中で最高の強度を有する超々ジュラルミン(A7075−T6材)について同じ方法で計測した場合の硬さが3.0GPaであるので、最も高強度のアルミニウム合金基材の原質部と比較してもさらに20%高い値を示していることになる。
したがって、原質部の強度がより低い他のアルミニウム合金に対しては、分散層の硬さの増加割合はより大きくなり、例えば、最も原質部の強度が低い部類に属する工業用純アルミニウム(A1070、上記微小部硬度計で計測した原質部の硬さが0.4GPa)では、分散層の硬さは、原質部の8倍以上にも達する。
【0048】
上記分散層の直下位置には、基材母相の平均結晶粒径が5μm以下に微細化された状態の硬化層が形成されている。この硬化層には、硬さの向上に有効な金属粒子が分散していないことから、硬化層の硬さは主に基材母相の結晶粒径に依存しており、分散層と同様に硬さ向上の度合いはホールペッチの法則に支配され、平均結晶粒径が5μm以下であることによって、充分な硬さが確保される。
この硬化層は、分散層よりは若干軟質であるものの、基材原質部よりは高い硬度を示しており、分散層と原質部との中間層としての役割を果たしている。すなわち、分散層とこれに対して著しく硬度の低い原質部が隣接して存在していると、両者の境界領域における材料特性の不連続性が助長されて、境界付近でき裂を生じるなど破壊の起点になる恐れがあるが、この硬化層が5μm以下の微細な結晶粒径を維持していることによって、ある程度の硬さを維持し分散層から基材原質部へ至る材料特性の連続性を確保している。このようなことから、この硬化層の厚さは少なくとも10μm以上あることが望ましい。
【0049】
本発明の表面改質アルミニウム系金属部材の基材として用いられる金属材料としては、前述のように、アルミニウム又はアルミニウム合金、すなわちアルミニウムを主成分とする金属である限り、問題なく使用することができる。これらアルミニウム系金属のうち、工業用純アルミニウム(例えば、JIS H4000に規定されるA1050,A1070,A1080,A1085など)は、耐食性や成形性、溶接性において優れた特性を有しているものの、合金成分を含まないため強度が低いという難点がある。
【0050】
このような純アルミニウム基材を用いた場合、高強度アルミニウム合金として代表的な超々ジュラルミンと同等以上の硬さの分散層が得られることは、先に述べたとおりであり、工業用純アルミニウムを基材として用いることによって、本発明の効果を最大限に発揮させることができ、純アルミニウムとしての特性を活かしながら、部材の高強度化を達成することができる。
この場合の分散層の硬さは、上記した微小部硬度計を用いた測定値において、基材原質部の硬さの8倍以上に硬化する。これにより、これまで日用品や家庭用品部材への適用がほとんどであった純アルミニウムがより高い硬度、耐摩耗性、疲労強度が要求される部位に使用される可能性が高くなり、工業的利用価値の高いものとなる。
【0051】
基材の表面に衝突させて表面下に分散させ分散層を形成するための金属粒子として、鉄族元素の少なくとも1種を主成分とする金属から成るものを用いることは前述のとおりであるが、これらの中では、アルミニウムとの金属間化合物を形成しやすく、部材が高温で使用される場合には微細なアルミニウムとの金属間化合物が分散層中に生成して、高温での硬さ、耐摩耗性、疲労強度の大幅な向上も期待できることから、特にニッケルから成る粒子を用いることが望ましい。
【実施例】
【0052】
以下、本発明を実施例に基づいて、より具体的に説明する。なお、本発明は、これらの実施例に限定されないことは言うまでもない。
【0053】
[表面改質アルミニウム系金属部材の金属組織観察]
(実施例1)
基材として、工業用純アルミニウムであるA1070合金(T351処理材)を用い、径25mm、厚さ5mmの円板状試験片の板面を800番の耐水研磨紙で湿式研磨して、金属粒子の投射面として仕上げた。
金属粒子としては、ガスアトマイズ法により製造された最大粒径74μm、最小粒径37μm、平均粒径55μmの炭素鋼粒子(1.0%C、ビッカース硬度Hv700)を用いた。この炭素鋼粒子を重力式ブラスト加工装置((株)不二製作所製「ニューマブラスター」)を用いて、噴射圧力0.8MPa、投射速度100m/s以上の条件で、基材の径25mmの盤面に対してノズルを移動させながら、まんべんなく、合計投射時間で12秒間上記円板状基材の表面に投射し、本例の表面改質部材を得た。なお、使用したノズルの先端部内径は9mm、ノズルと基材表面との距離は50mmに設定した。
【0054】
(実施例2)
金属粒子として、粒径53μm以下の純ニッケル粒子((株)高純度化学研究所製 NIE06PB、純度99%以上)を用いたこと以外は、上記実施例1と同様の操作を繰り返すことによって、本例の表面改質部材を得た。
【0055】
(実施例3)
基材として、Al−Cu−Mg系の超ジュラルミン(A2024合金−T4材)を用い、同様に、径25mm、厚さ5mmの円板状試験片の板面を800番の耐水研磨紙で湿式研磨して、金属粒子の投射面として仕上げた。
この試験片に、上記重力式ブラスト加工装置を使用して、実施例1で使用した炭素鋼粒子を噴射圧力0.4MPa、投射速度100m/s以上の条件で、まんべんなく投射し、本例の表面改質部材を得た。なお、使用したノズル、ノズル−基材表面間距離は上記と同様に設定した。
【0056】
(実施例4)
金属粒子として、上記実施例2と同じ純ニッケル粒子を使用したこと以外は、上記実施例3と同様の操作を繰り返すことによって、本例の表面改質部材を得た。
【0057】
[観察結果]
上記で得られた表面改質部材について、その断面について、走査型電子顕微鏡(SEM)や透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて組織観察すると共に、エネルギー分散型X線分光装置(EDS)を用いてAl,Fe,Niの分布を調査した。また、バーコビッチ型ダイヤモンド圧子を装着した押し込み式微小部硬度計(荷重800μN)を用いて基材表面に形成された分散層及び硬化層の硬さを計測した。
【0058】
すなわち、図1及び2は、A1070合金(工業用純アルミニウム)に炭素鋼粒子を投射することによって得られた表面改質部材(実施例1)の表面近傍の組織を走査型電子顕微鏡による反射電子像によって観察したものである。反射電子像においては、原子番号の大きな元素ほど白色に観察される。また、構成する元素が同種類であっても、各結晶粒の結晶方位に依存して異なるコントラストで観察される。
図1のように、表面に沿って、微細な炭素鋼粒子(白色に見える粒子)が基材中に分散して成る分散層が観察できる。また、この分散層の下層には、炭素鋼粒子は分散していないが基材の結晶粒径が微細化している硬化層が観察される。さらにその下層には、本来の粗大結晶粒からなる基材原質部の組織が観察される。なお、硬化層とその下層にある粗大結晶粒からなる組織とは、純アルミニウム基材の各結晶粒がその結晶方位に依存して異なるコントラストで観察されることから判定できる。
【0059】
図2は、図1中に「拡大領域」と示した部分を拡大したものであって、この拡大写真から分散層とその下層にある硬化層をより詳細に観察することができる。すなわち、分散層中には、直径が最大でも2μm程度のほぼ等軸の微細な炭素鋼粒子(白色)が分散している。
そして、この分散層の下層には母相である純アルミニウム基材の平均結晶粒径が明白に5μm以下に微細化した硬化層が確認できる。なお、図1及び2から計測した分散層の最大厚さは34μmであった。また、画像処理によって、図2から白色に見える粒子の面積率を計測した結果、分散層内の炭素鋼粒子の体積率は42%であった。
【0060】
また、図3及び4は、A1070合金にニッケル粒子を投射することによって得られた表面改質部材(実施例2)の表面近傍の組織を走査型電子顕微鏡による反射電子像により観察したものである。
図3のように、表面に沿って、微細なニッケル粒子(白色に見える粒子)が基材中に分散した分散層が観察できる。また、この分散層の下層には、ニッケル粒子が分散することなく、基材の結晶粒径が微細化して成る硬化層が観察される。そして、さらにその下側は、本来の粗大結晶粒から成る基材の原質部であることが判る。
【0061】
図4は、図3中に「拡大領域」と示した部分の拡大写真であり、ニッケル投射の場合には、分散層中に形態が異なる2種類のニッケル粒子が観察される。
すなわち、第1の粒子は、炭素鋼粒子を投射した場合と同様に直径が最大でも2μm程度までの白色に見えるほぼ等軸なニッケル粒子である。他の粒子は、図3中に矢印で示すような引き延ばされた扁平形状をなす粒子であって、図3の場合には長手方向のサイズが約6μm、アスペクト比が約20に達している。このような扁平形状を有するニッケル粒子は、一般に長手方向の大きさが約5μm以上と大きく、アスペクト比は少なくとも5以上となっている。
【0062】
この分散層の下層には、上記実施例と同様に、母相の平均結晶粒径が5μm以下に微細化した硬化層が確認できる。なお、炭素鋼粒子の投射とニッケル粒子の投射の場合で分散層中の粒子の形態が異なる理由については、現状では明らかでない。
また、図3及び4から計測した分散層の最大厚さは21μmであった。また、図4の画像処理によって計測した分散層内のニッケル粒子の体積率は34%であった。
【0063】
次に、分散層の組織をさらに詳細に観察するために、透過型電子顕微鏡による組織観察を実施した。
すなわち、図5は、A1070合金に炭素鋼粒子を投射した上記実施例1により得られた表面改質部材における表面近傍の透過型電子顕微鏡による明視野像である。また、図6は、炭素鋼粒子の形態を明瞭化するために、図5における「EDS分析領域」と示した領域についてエネルギー分散型X線分光装置を用いて鉄元素とアルミニウム元素の分布をカラーマッピングで示したものであって、図6(a)は分析領域を拡大した明視野像であり、図6(b)及び(c)は、この領域に対応する鉄元素とアルミニウム元素の分布をそれぞれ示すものである。図6(b)において、ピンク色で示される箇所が鉄元素の特性X線強度が高い箇所であり、これが分散した炭素鋼粒子であって、この図から、分散層中には粒子径が概ね250nm以下の極めて微細な炭素鋼粒子が分散していることが確認できる。
【0064】
図7は、図5と同じ領域を特定の回折電子線を用いて観察した暗視野像である。暗視野像は、特定の方向に回折された電子線のみを用いて示した像であり、白色に輝いて見えるのはほぼ同じ結晶方位を持った純アルミニウムの結晶粒である。
これらの白色に見える個々の結晶粒の大きさから、分散層内の純アルミニウム母相の平均結晶粒径は、1μmをはるかに下回り、100nm程度にまで微細化されていることが確認された。
【0065】
図8は、A1070合金にニッケル粒子を投射することによって上記実施例2で得られた表面改質部材における表面近傍の透過型電子顕微鏡による明視野像である。また、図9は、分散層中におけるニッケル粒子の形態を明瞭化するために、図8における「EDS分析領域」と示した領域についてエネルギー分散型X線分光装置を用いてニッケル元素とアルミニウム元素の分布をカラーマッピングで示したものであって、図9(a)は分析領域を拡大した明視野像、図9(b)及び(c)は、この領域におけるニッケル元素とアルミニウム元素の分布状況をそれぞれ示すものである。図9(b)においては、緑色で示される箇所がニッケル元素の特性X線強度が高い箇所であり、これらが分散層中に分散したニッケル粒子であって、概ね250nm以下の微細なニッケル粒子の他に、図の下方に扁平形状になったニッケルが存在していることが確認できる。
【0066】
図10は、図8と同じ領域を特定の回折電子線を用いて観察した暗視野像であって、図7と同様に、白色に見える個々の結晶粒の大きさから、当該分散層内の純アルミニウム母相の平均結晶粒径が1μmをはるかに下回り、100nm未満に微細化されていることが確認された。
【0067】
一方、図11及び12は、実施例3において、A2024合金(超ジュラルミン)に炭素鋼粒子を投射することによって得られた表面改質部材の表面近傍の組織を走査型電子顕微鏡による反射電子像によって観察したものである。
図11に示すように、表面に沿って微細な白色に見える粒子が基材中に分散して成る分散層が観察された。これらの白色粒子が炭素鋼粒子であることは、実施例1と同様に、走査型電子顕微鏡に装着された波長分散型X線分析装置によって確認されている。また、この分散層の下層には、炭素鋼粒子は分散していないが基材の結晶粒径が微細化している硬化層が観察される。さらにその下層には、本来の粗大結晶粒からなる基材原質部の組織が観察される。
【0068】
基材原質部の組織は、A2024合金基材の各結晶粒がその結晶方位に依存して異なるコントラストで観察されることから、表面近傍の分散層やその下層の領域と比較して明らかに粗大な組織であることが判定できる。なお、炭素鋼粒子が分散していない硬化層及びさらにその下層にある基材原質部に白色に見える比較的粗大な粒子が観察される。これは、A2040合金が元来有するアルミニウムと合金元素との金属間化合物であって、投射によって基材内部に侵入した金属粒子ではない。
【0069】
図12は、図11中に「拡大領域」と示した部分を拡大したものであって、この拡大写真から分散層とその下層にある硬化層をより詳細に観察することができる。すなわち、分散層中には、直径が最大でも2μm程度のほぼ等軸の微細な炭素鋼粒子(白色)が分散している。
そして、この分散層の下層には母相であるA2024合金の硬化層が観察される。硬化層の各結晶粒のコントラストは、実施例1に示したA1070合金(工業用純アルミニウム)の場合のように明白ではないものの、少なくとも5μm未満をはるかに下回る結晶粒径に微細化されていることが判定できる。
【0070】
硬化層中には大きさが1μm未満の灰色に見える微細な析出物が観察されるが、これは、A2040合金が元来有するアルミニウムと合金元素との微細な金属間化合物であって、投射した金属粒子が分散したものではない。図11及び12から計測した分散層の最大厚さは8μmであった。また、図12の画像処理によって計測した分散層内の炭素鋼粒子の体積率は45%であった。
【0071】
次に、図13及び14は、実施例4において、A2024合金に純ニッケル粒子を投射することによって得られた表面改質部材の表面近傍の組織を走査型電子顕微鏡による反射電子像により観察したものである。これらの図から、ニッケル粒子を投射した場合にも図11および図12に示した炭素鋼粒子を投射した場合とほぼ同様の組織が形成されていることがわかる。
すなわち、図13のように、表面に沿って、微細な白色粒子が基材中に分散した分散層が観察される。これら白色粒子がニッケル粒子であることは、走査型電子顕微鏡に装着された波長分散型X線分析装置により確認された。また、この分散層の下層には、ニッケル粒子が分散することなく、基材の結晶粒径が微細化して成る硬化層が観察される。
【0072】
また、図14は、図13中に「拡大領域」と示した部分の拡大写真であり、炭素鋼粒子を投射した場合と同様に、直径が最大でも2μm程度までの、白色に見えるほぼ等軸なニッケル粒子が分散していることが判定できる。さらに、この分散層の下層には、図12と同様に、母相の平均結晶粒径が5μm以下に微細化した硬化層が確認できる。
そして、図13及び14から計測した分散層の最大厚さは8μmであった。また、図14の画像処理によって計測した分散層内のニッケル粒子の体積率は21%であった。
【0073】
以上の結果から、A2040合金に炭素鋼粒子や純ニッケル粒子を投射した場合にも、実施例1、2に示した工業用純アルミニウムと同様な表面改質部が形成されることが確認できた。
【0074】
表1は、各実施例で得られた分散層と、その下層の硬化層について、その硬さをバーコビッチ型ダイヤモンド圧子を装着した押し込み式微小部硬度計(荷重800μN)を用いて計測した結果を示すものであって、分散層の硬さは、工業用純アルミニウムに炭素鋼粒子を投射した場合(実施例1)においては3.60GPa、純ニッケル粒子を投射した場合(実施例2)においては4.65GPaを示し、著しく高強度化していることが明らかとなった。
基材であるA1070工業用純アルミニウムの硬さが0.4GPa程度であるので、分散層の硬さは基材の約9倍以上にまで高強度化していることがわかる。なお、現状で最高強度のアルミニウム合金である超々ジュラルミン(展伸材A7075−T6材)の硬さは、上記方法で測定した場合、3.0GPaであることから、この結果はこれを凌駕する値となっていることが確認できた。
【0075】
一方、超ジュラルミンA2024合金に炭素鋼粒子を投射した場合(実施例3)の分散層の硬さは3.41GPa、純ニッケル粒子を投射した場合(実施例4)においては4.16GPaを示し、著しく高強度化していることが明らかとなった。基材であるA2024合金の硬さが2.32GPa程度であるので、分散層の硬さは基材に対して、炭素鋼を投射した場合で約47%、純ニッケルを投射した場合で約79%高強度化していることがわかる。
【0076】
【表1】
【0077】
[表面改質アルミニウム系金属部材の疲労強度]
実施例3,4で使用した超ジュラルミンA2024合金を用い、機械加工によって、図15に示す形状・寸法の疲労試験片を作製した。次いで、当該試験片の平行部を2000番の耐水研磨紙で湿式研磨し、金属粒子の投射面として仕上げた。
そして、上記疲労試験片の平行部に、上記実施例3,4と同様に、炭素鋼粒子及び純ニッケル粒子を同様の条件下でそれぞれ投射したのち、当該試験片を用いてそれぞれ疲労試験を実施し、金属粒子を投射していない試験片の場合と比較した。なお、疲労試験は、油圧サーボ型疲労試験機を用いた引張、圧縮の繰り返し荷重による試験とし、室温にて応力比R=−1で実施した。
【0078】
[疲労試験結果]
炭素鋼粒子及び純ニッケル粒子の投射によって表面改質部を有する疲労試験片(本発明実施例)と金属粒子を投射していない疲労試験片(比較例)を用いて疲労特性を評価した結果を図16に示す。
図16から明らかなように、炭素鋼粒子及び純ニッケル粒子のいずれを投射した場合にも、疲労強度が大幅に向上することが確認された。すなわち、金属粒子を投射していない場合(図中「△」印)の疲労限が約220MPaであるのに対して、炭素鋼(図中「○」印)あるいは純ニッケル粒子(図中「□」印)を投射した場合の疲労限度は約300MPaにまで増加しており、本発明の表面改質処理によって約36%の疲労強度の向上が認められた。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明は、アルミニウム系金属から成る各種部材における耐摩耗性、耐熱性、疲労強度の向上に利用することができる。
本発明の表面改質アルミニウム系金属部材の基材が展伸材である場合には、これを例えば自動車の車体を構成する部品として用いることにより疲労強度の向上が期待され、自動車の軽量化、燃費の向上を実現することができる。また、基材が鋳造材の場合には、エンジン部品、例えばピストン等の摺動部品に適用することによって、耐摩耗性の向上、耐熱性の向上が期待され、エンジンの低燃費化や高性能化に寄与する。さらに、基材がダイカスト材である場合には、従来よりもより薄肉化することが可能となり、軽量化、燃費の向上に寄与できる。
【0080】
また、このような自動車向けの用途に限らず、各種の機械、器具、装置の部品やボディ、例えば家電、プリンタ、パソコン、携帯電話などの駆動系部品など、高い疲労強度や耐摩耗性が求められる各種の分野において利用可能である。
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルミニウム又はアルミニウム合金から成り、処理対象である基材の表面に改質層を形成した表面改質部材に係わり、このような金属の表面に強化粒子を分散させて分散層となし、当該分散層における基材の平均結晶粒径を1μm未満にまで微細化することによって、表面硬さ、耐摩耗性、疲労強度の改善を図った表面改質アルミニウム系金属部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
機械構造用の金属材料として、アルミニウムやアルミニウム合金は、鉄鋼材料やこれよりも軽量なチタン基合金と比較しても、さらに軽量であることから、軽量化が要求される各種の分野、例えば自動車用の部品等に用いられる展伸材として、さらには鋳造や鍛造用の金属材料として広く利用されている。
その一方で、上記のようなアルミニウム系金属は、鉄鋼材料やチタン基合金と比較して強度が一般に低いことから、このようなアルミニウム系金属によって製造された金属部材の機械的性質を改善するための各種の方法が提案されている。
【0003】
一例として、アルミニウム合金の高強度化には、従来から溶体化時効処理又は冷間加工と共に、これらを組み合わせた手法が適用され、例えばアルミニウム合金の展伸材では、引張強さを650MPa程度にまで高めることが可能であり、疲労限度も200MPa程度まで高めることができるが、鉄鋼材料の代替材料として用途を拡大するためには更なる高強度化が望まれる。
また、こうした手法は、板材や棒材などの展伸材において適用可能な手法であり、複雑な形状を備えた鍛造品や鋳造材、ダイカスト材には十分に適用できない場合が多い。
【0004】
一方、自動車のエンジン部品などに代表される鋳造(ダイカストも含む)によって製造されるニアネットシェイプ(Near Net Shape:NNS「部品の最終形状に限りなく近づけた形状」)のアルミニウム合金部材ではケイ素(Si)及び遷移金属元素を添加することによって、Si相やアルミニウムとの金属間化合物を生成させることによって強度の向上が図られてきた。
このような合金化によって強度を向上するには、Si等の合金元素の含有量を高めればよいが、この方法では合金元素の含有量を増すと脆さも増すことから自ずと含有量、従って強度の向上にも限界があり、これらのアルミニウム合金部材では高い疲労限度が望めなかった。
【0005】
このような課題に対し、二種以上の材料を組み合わせて一体化した「複合材料」によって強度の向上を図ることも提案されている。
こうした複合材料としては、炭素繊維等の高強度繊維で強化した繊維強化金属(FRM)や、炭化ケイ素(SiC)の微粒子を分散させた粒子分散複合材を、例えば鋳造法や粉末冶金法によって製造する方法がすでに開発されているが、量産性が低く、価格競争力に劣ること、炭素繊維やSiC微粒子等の強化相と母相との界面がき裂の起点となって、却って脆化する危険性もあることなどから、広く普及していないのが現状である。
【0006】
また、例えばガソリンエンジン用ピストン等の部品においては、高温に曝される燃焼面近傍のみに、電子ビームなど、高エネルギービームによる熱エネルギーを用いて、耐熱性向上に有効な合金元素の含有量を高め、高強度化する技術も開発されているものの、このような技術についても、やはり製造コストの上昇を招くことから広く普及していないのが現状である。
【0007】
一方、製造コストの上昇を招くことなく、アルミニウム合金部材の強度を向上する技術として、ショットピーニングを用いる方法が提案されている。すなわち、ショット材と微粒子を混合した粉体を投射することによって、微粒子をアルミニウム系金属部材の表面に分散させる表面改質方法が提案されている(特許文献1参照)。また、Ti(チタン),Sn(錫),Zn(亜鉛)などの強化元素を含む金属粒子をAl−Si合金系ピストンの表面に投射することによって、これらの元素をピストン表面に拡散浸透させ、合金元素(Si)と強化元素を含み、均質・微細化された改質層をピストンの表面に形成する方法が提案されている(特許文献2参照)。
さらに、アルミニウム合金の疲労強度を向上させる技術として、酸化物セラミックスの粒子を7000系アルミニウム合金に投射することによって、疲労強度が向上することが開示されている(非特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開平05−86443号公報
【特許文献2】特開2008−51091号公報
【非特許文献】
【0009】
【非特許文献1】小栗、関川、井上,「微粒子ショットピーニングによる航空機用金属材料の疲労特性向上」,まてりあ,日本金属学会,平成20年11月,第47巻、第11号,P.553
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
既知のアルミニウム合金の高強度化技術、すなわち溶体化時効処理や冷間加工、Si等の合金化技術、繊維や微粒子による複合化技術、あるいは電子ビーム等による部分合金化技術にあっては、前述したように、適用形状の限界や、脆化の危険性、強度面での限界、量産性やコストなどといった問題をそれぞれ有しているのに対し、特許文献1,2、非特許文献1に記載の表面改質法は、部材の形状や製造法に限定されることなく、しかも著しい製造コストの上昇を招くことなく実施できる方法と言える。
しかしながら、これらの手法にも以下に示すような種々の問題点がある。
【0011】
特許文献1における特許請求の範囲の記載では、用いる微粒子の粒子径は限定されていないが、その実施例によれば、1から20μmの微粒子を表面近傍にそのまま「埋込ませる」ことによって、「この微粒子の固有の特性によりアルミニウム合金製部材の強度信頼性が増大する」ことが記述されている。
しかし、表面近傍に埋込まれるだけでは、アルミニウム合金基材との密着性を充分に確保するのは難しく、例えば摺動部材に用いた場合にこれらの埋め込まれた粒子が脱落して埋め込まれた微粒子に固有の特性を発揮することが困難になるだけでなく、充分に密着していないこれらの微粒子とアルミニウム合金基材との界面が応力集中箇所となって充分な機械的性質の向上が期待できない。また、微粒子として硬鋼材を用いた場合の硬さの上昇は、基材母相のビッカース硬さが約125程度のSC4Cに対して、最大硬さはせいぜい150程度までであり、この程度の硬さの増加は十分な機械的性質の向上とは言えない。
【0012】
さらに、粒子径が1μmの微粒子を1から20wt%の範囲で分散させた時に優れた疲労強度の向上が認められることが記載されているが、完全に1μmの微粒子のみを安価かつ大量に使用することは現状では困難であると言わざるを得ない。工業的に市販されている金属粒子は平均粒子径で数十μm程度までのものがほとんどであり、市販されている金属粒子の中で最も粒子径が小さいと思われるカーボニル鉄粉でも平均粒子径は数μm程度であって、これ以上粒子径の小さい金属粒子を大量に製造するには技術的にかなり困難である。
【0013】
仮に、ふるいを用いて1μm以下の微粒子のみを採取するとしても、採取できる歩留まりは極めて小さいと予想される。また、一般に1μm程度以下にまで微細化された金属粒子は、比表面積が増加することから表面が酸化しやすくなり、大量の粉末が酸化に伴う発熱によりショットピーニング中や保管中に火災を起こしたり、場合によってはショットピーニング中に粉塵爆発を引き起こしたりすることがないとは言えず、安全性の面でも問題がある。
また、微粒子が酸化してしまうと、例えば鉄微粒子を用いた場合には酸化鉄が表面近傍に埋め込まれることになり、酸化物と基材のアルミニウムでは根本的に原子の結合様式が異なることから、十分に密着性の高い界面を形成できず十分な機械的性質の向上が期待できない。
【0014】
以上のことから、1μmといった微粒子を工業的に取り扱うには、技術的にもコスト的にも、また安全性の面からも実現性が低いといわざるを得ない。同じく、実施例には1から10μmの範囲にある粒子を用いても同じように優れた疲労強度が得られることが記載されているが、この場合でも、上記の問題は基本的に解決されることはなく、これらの微粒子を大量にかつ安全に取り扱うことは現実的でない。
【0015】
一方、特許文献2に記載の表面改質方法では、粒径20〜400μmの粉末を用いているので、上記のような問題を生じることはない。
当該方法によれば、Al−Si系合金ピストンの表面に金属粉末が衝突することによって、基材であるAl−Si系合金中における「金属元素を微細化し」、かつ、投射した金属粉末中の合金元素が基材表面から「拡散浸透して」、上記の「合金元素」と投射した金属粉末を含む「金属組織が均一・微細化された改質層」が形成されることによって疲労強度が向上することが記載されている。
【0016】
そして、その実施例には、Al−Si系合金ピストン基材にハイス鋼の粒子を投射した場合に、表面に近傍の基材に含まれる「合金元素」であるSiが微細化されていること、投射したハイス鋼中に含まれるFeが拡散浸透によって表面近傍から検出されることが示されている。
しかし、表面改質の結果として得られる疲労強度の向上は室温において高々12%程度であり、充分な高強度化とは言えず、さらなる高強度化が求められている。
【0017】
さらに、非特許文献1には、航空機用アルミニウム合金A7075に、酸化物セラミックスを比較的弱い投射条件(アークハイト:0.08mmN)によって投射した結果、疲労強度が格段に向上することが示されている。これは、機械加工時に生成した表面の微小な傷が酸化物セラミックスの投射によって消失することによるものであると記載されている。
上記A7075合金は、アルミニウム合金中でもっとも高強度な合金に分類されるが、高強度であるがゆえに微小な傷などの切欠きに対する感受性が高く、このことが疲労強度が向上しない一因とされている。したがって、このような合金の微小な切欠きを除去してやることで、本来の高い基材強度と相俟って疲労強度の格段の向上につながったと考えられる。
【0018】
しかし、より強度の低いアルミニウム合金など、一般的なアルミニウム合金の高強度化については、表面の微小な傷などによる切欠きを除去するだけでは不十分であり、特に摺動部に適用する場合には、耐摩耗性の観点から、表面近傍をさらに高硬度化(高強度化)する手段の開発が望まれている。
【0019】
本発明は、アルミニウム合金から成る部材に対する高強度化技術における上記課題を解消するためになされたものであって、展伸材、鍛造材、鋳造材、ダイカスト材など、部材の製造プロセスに拘わらず、著しく高強度化された表面改質層を有し、量産性が高く、低コストであり、かつ、部材の脆化を招くことのない、表面硬さ、耐摩耗性、疲労強度に優れた表面改質アルミニウム系金属部材を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明の表面改質アルミニウム系金属部材は、アルミニウム又はアルミニウム合金から成る基材の表面に、鉄族元素又は鉄族元素を主成分とする合金から成る金属粒子が基材金属中に分散した分散層を備え、この分散層における基材母相の平均結晶粒径が1μm未満であると共に、この分散層の下層に基材母相の平均結晶粒径が5μm以下に微細化された硬化層を備えていることを特徴とする。
また、本発明の上記表面改質アルミニウム系金属部材の製造方法においては、アルミニウム又はアルミニウム合金から成る基材の表面に、鉄族元素又は鉄族元素を主成分とする合金から成り、粒子径が150μm以下の金属粒子を0.1MPa以上の圧力、2〜60秒/cm2の投射時間で投射するようにしたことを特徴としている。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、アルミニウム又はアルミニウム合金から成る基材の表面に、鉄族元素を主成分とする金属粒子が微細に分散した分散層とその下の硬化層を備え、分散層及び硬化層における基材母相の平均結晶粒径が1μm未満及び5μm以下にそれぞれ微細化されているため、部材の製造方法に何ら制限されることなく、高硬度、高強度の表面改質層を備え、耐摩耗性、疲労強度に優れた低コストのアルミニウム系金属部材となる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】工業用純アルミニウム板材の表面に炭素鋼粒子を投射することによって形成された表面改質層の形状及び組織を示すSEM写真(反射電子線像)である。
【図2】図1の部分拡大写真である。
【図3】工業用純アルミニウム板材の表面にニッケル粒子を投射することによって形成された表面改質層の形状及び組織を示すSEM写真(反射電子線像)である。
【図4】図3の部分拡大写真である。
【図5】工業用純アルミニウム板材の表面に炭素鋼粒子を投射することによって形成された表面改質層の組織を示すTEM写真(明視野像)である。
【図6】図5に示した表面改質層のEDSによる分析領域を拡大した明視野像(a)、その領域におけるFe(b)及びAl(c)の分布を示す特性X線像である。
【図7】特定の回折電子線による図5と同じ領域についての暗視野像である。
【図8】工業用純アルミニウム板材の表面にニッケル粒子を投射することによって形成された表面改質層の組織を示すTEM写真(明視野像)である。
【図9】図8に示した表面改質層のEDSによる分析領域を拡大した明視野像(a)、その領域におけるNi(b)及びAl(c)の分布を示す特性X線像である。
【図10】特定の回折電子線による図8と同じ領域についての暗視野像である。
【図11】超ジュラルミン板材の表面に炭素鋼粒子を投射することによって形成された表面改質層の形状及び組織を示すSEM写真(反射電子線像)である。
【図12】図11の部分拡大写真である。
【図13】超ジュラルミン板材の表面にニッケル粒子を投射することによって形成された表面改質層の形状及び組織を示すSEM写真(反射電子線像)である。
【図14】図13の部分拡大写真である。
【図15】疲労試験片の形状・寸法を示す側面図である。
【図16】本発明の表面改質アルミニウム系金属部材の疲労特性を未処理部材と比較して示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
以下、本発明の表面改質アルミニウム系金属部材について、その製造方法などと共に、さらに詳細に説明する。なお、本明細書において「%」は、特記しない限り、質量百分率を意味するものとする。
【0024】
本発明の表面改質アルミニウム系金属部材は、上記したように、アルミニウム又はアルミニウム合金(以下、「アルミニウム系金属」と総称する)から成る基材の表面に、鉄族元素又は鉄属元素を主成分とする合金から成る金属粒子が微細に分散した分散層を備え、この分散層における基材母相部分の平均結晶粒径が1μm未満であると共に、この分散層の下側に基材母相の平均結晶粒径が5μm以下に微細化された硬化層を備えており、硬度・強度に優れた分散層と硬化層から成る表面改質層によって、当該金属部材の耐摩耗性、疲労強度が向上することになる。
【0025】
このような表面改質アルミニウム系金属部材は、例えば、上記基材の表面に、粒子径が150μm以下の上記金属粒子を0.1MPa以上の圧力、2秒/cm2〜60秒/cm2の投射時間で投射することによって得ることができる。
すなわち、鉄族元素を主成分とする上記金属粒子が高速で衝突することにより、衝突による運動エネルギーが熱エネルギーに変換されて、基材の表面近傍の温度が短時間のうちに上昇すると共に、強い塑性加工を受ける。温度の上昇によって粒子と基材であるアルミニウムやアルミニウム合金との凝着が促進されて、上記金属粒子の表面の一部が剥ぎ取られて離脱し、投射粒子よりもさらに微細な粒子状となって基材の表面に取り込まれる。
【0026】
同時に、基材表面は粒子の衝突によって、多段の非同期的な繰り返しの強い塑性加工を多方向から受けるために、剥ぎ取られて離脱した微粒子を取り込んだ状態で繰り返し「鍛錬」を受けることになる。この状況はちょうど熱間鍛造プロセスにおいて、多方向から繰り返しの塑性加工を受けている状況に相当し、一般に知られている「鍛錬」と同じ状況がアルミニウム系金属基材の極表面近傍で起こっていることになる。
さらに、後続する粒子の衝突によって、この「鍛錬」が繰り返され、微細な金属粒子を含むと共に、基材母相の結晶粒が著しく微細化された超微細複合組織からなる分散層が形成され、これによって著しい機械的強度の向上がもたらされる。なお、粒子の衝突による温度の上昇は基材の極表面近傍のみの領域が、塑性変形が容易になる程度に起こるものであり、基材の表面近傍が融解したり、基材全体の温度が過度に上昇して強度が低下したりすることはない。
【0027】
表面近傍に形成される分散層においては、基材であるアルミニウム系金属の平均結晶粒径が1μm未満にまで微細化されており、投射条件によっては0.1μm未満にまで微細化できることが確認されている。このような結晶粒径の微細化は既存の熱処理や加工技術では達成できていない極めて微細な粒径と言える。
【0028】
一方、この分散層中に分散された金属粒子の粒径は、投射前の粒子径よりも小さく、最大径が20μm未満の微細な粒子となり、基材のアルミニウム系金属母相と強固に接合した界面を有する。また、これらの金属粒子の大部分は最大直径が5μm以下のほぼ等軸な粒子である。
投射する金属粒子が比較的軟質な鉄族元素いずれかの純金属から成る場合には、分散した金属粒子の一部が5μmより大きな扁平形状となる場合があるが、この場合でもその最大長さが20μmを上回ることはなく、アルミニウム系金属母相との界面は強固なものとなる。
【0029】
このような分散層の硬さは、基材母相の結晶粒微細化強化と基材よりも硬質な金属粒子の分散による複合組織強化によって極めて高い値を示す。例えば、基材が工業用純アルミニウム合金(A1070)であり、炭素鋼の粒子が分散された分散層の場合、バーコビッチ型ダイヤモンド圧子を装着した押し込み式微小部硬度計(測定荷重800μN)で計測した分散層の硬さの値が3.6GPaにも達することが確認されている。この値は、アルミニウム基合金中で最高の強度を有する超々ジュラルミン(A7075−T6材)について同じ方法で計測した場合の硬さ(3.0GPa)をも凌駕するものである。
このような分散層を有する結果、この表面改質されたアルミニウム系金属部材の機械的性質は硬さだけでなく、耐摩耗性、疲労強度についても著しく改善することができる。
【0030】
本発明の表面改質アルミニウム系金属部材は、上記のように、所望の形状に製造された処理対象としての基材表面に対し、機械的なエネルギーの付与によって、事後的に金属粒子を衝突させ、表面近傍に分散させることによって得られる。
本発明においては、展伸、鋳造、鍛造、ダイカスト等の如何なる方法によって製造された部材であっても、これを処理対象基材とすることができ、製造方法や形状等に制約されることなく、各種のアルミニウム又はアルミニウム合金から成る表面改質アルミニウム系金属部材を得ることが可能である。
【0031】
また、これらの処理対象基材の成分としては、工業用純アルミニウムからアルミニウムを主たる成分とするアルミニウム合金、例えば、融点500℃以上750℃未満のものであれば如何なるものを対象とすることができ、合金成分や組成等について特に限定なく処理対象とすることができる。
【0032】
処理対象としての基材の表面に衝突させ、もって表面付近に分散させるための金属粒子としては、鉄族元素、すなわち鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)のうちのいずれかの純金属粒子、あるいはこれら鉄族元素の少なくとも1種を主成分として含有する合金粒子を使用することができる。なお、本発明において、鉄族元素を「主成分」とする合金とは、鉄族元素の1種以上を合計で60%以上含有するものを言う。
【0033】
基材表面に投射する金属粒子の大きさとしては、150μm以下の粒子径のものを用いることができる。
ここで、粒子径が150μm以下とは、JIS Z 8801(標準ふるい)に規定された呼び寸法150μm(目開き:150μm)のふるいを通過し得るものを意味する。なお、呼び寸法53μm(目開き:53μm、282メッシュ)のふるいを通過し得る粒子を用いることがより好ましい。
【0034】
粒子径が150μmを超えるもの、言い換えると呼び寸法150μmの上記ふるいを通過できない大きさになると、処理対象基材の表面下に金属粒子を分散させることが困難となるだけでなく、過度な表面凹凸の荒れを引き起こし、これが応力集中を引き起こしたり、また粗大な金属粒子の分散によって、この粗大粒子と母相との界面を起点としてき裂が生じ易くなる等、得られたアルミニウム系金属部材をかえって脆弱化させる恐れがある。
また、粒子径が大きくなると、衝突による塑性変形は基材のより深い領域にまで及ぶようになるが、逆に表面近傍に塑性変形を集中させることはできなくなり、上記の「鍛錬」効果を活用することができなくなって、基材母相の結晶粒径を充分に微細化することができなくなる。
【0035】
一方、金属粒子は過度に小さいものだけを用いてもアルミニウム系金属部材の高強度化に寄与できない。金属粒子を高速で投射して基材の表面に分散させるためには、金属粒子が小さすぎると、十分な高速度で粒子を衝突させることが困難となり、金属粒子の分散を好適に行うことができなくなることに加えて、衝突によって基材を塑性変形させる効果が充分に発揮できなくなるので、上述した「鍛錬」効果が期待できなくなるためである。
したがって、金属粒子の大きさとしては、2μmに満たないものが60%以上含まれるようなものは好ましくない。
【0036】
処理対象基材の表面における分散層の形成は、上記金属粒子を高速で基材表面に衝突させることによって行う。
このような金属粒子の投射は、例えば、一般的な公知のブラスト加工装置によって行うことができ、このようなブラスト加工装置としては、遠心力によって粒子を投射する遠心式のもの、回転する羽根車による打撃によって強化粒子を投射する打撃式のもの、圧縮空気等の圧縮ガスと共に強化粒子を噴射するガス噴射式のもの等、各種構造のものを使用することができる。とりわけ、噴射ガスの圧力調整等によって、噴射速度や噴射圧力等の加工条件の調整を比較的容易に行うことができるガス噴射式のブラスト加工装置の使用が好ましい。
【0037】
投射の条件としては、分散層における金属粒子の分散量が体積比で1〜80%の範囲となるような条件の下に行うことが好ましい。これは、金属粒子の分散量が80%を超えると、脆化を起こし、疲労強度の低下が見られる一方、分散量が1%未満では疲労強度が十分に向上しないことがあることによる。
例えば、ガス噴射式のブラスト加工装置によって、呼び寸法150μmのふるいを通過した金属粒子を投射する場合、ガス噴射式のブラスト加工装置として重力式のブラスト加工装置を使用する例では、ノズル径を1〜12mm、噴射圧力を0.1〜1.0MPa、処理対象表面とノズル先端間の距離を30〜150mmとして、投射時間を2〜60秒/cm2とすることによって、処理対象基材の表面から1〜60μmの範囲に、上記のような体積比で金属粒子が分散する分散層を形成することができる。なお、投射速度は50m/秒以上が好適である。
【0038】
金属粒子の投射に際して、ノズル径が小さすぎると、狭い面積にしか投射することができず、生産性を劣化させるので好ましくない。また、ノズル径が大きすぎると、広い範囲に投射することが可能になるが、投射速度を低下させる原因となったり、充分な数の粒子が投射できなくなったりして、上記の「鍛錬」効果が得られ難くなるので、分散層中の金属粒子の分散密度が低下したり、基材母相の結晶粒径を十分に微細化できなくなったり、あるいは十分な深さの分散層を形成することが困難になったりすることがある。
また、処理対象基材とノズルとの距離によっても投射面積が変化するので、処理対象を効率よく表面改質処理できる距離として、30〜150mmの範囲で設定することが望ましい。
【0039】
このとき、噴射圧力は金属粒子の投射速度に直接関係する。噴射圧力が低すぎると、十分な速度で金属粒子を投射することができなくなるので、分散層の厚さが薄くなったり、分散層中の金属粒子の分散密度が低下したり、さらには基材母相の結晶粒径を十分に微細化できなくなるなどの問題が生じる。
逆に、噴射圧力が高すぎると、投射速度が過度に上昇して基材表面に著しい表面凹凸が生じ、これらの凹凸が応力集中の原因となって、部材の強度を却って劣化させる恐れがある。また、投射速度が上昇し衝突時の運動エネルギーが増加するほど、これが熱エネルギーに変換されて基材表面の温度が上昇することから、部材表面が局所的に融解したり、薄肉部材の場合には基材全体が加熱されて強度が低下したりする恐れがある。また、部材に歪みを生じる恐れもある。
したがって、噴射圧力は0.1MPa〜1.0MPaとするのが好ましい。
【0040】
分散層の優れた表面硬さは、基材の表面近傍に、基材よりも硬い鉄族元素を含有する金属粒子が微細に分散していることによる効果と、分散層中の基材母相の結晶粒が微細化されていることによる効果とに基づく。結晶粒の微細化による硬さの向上は、次式に示すホールペッチの法則として、一般に知られている。
Hv=Hvo + Kd−1/2
ここで、Hv:対象となる基材の硬さ
Hvo:平均結晶粒が十分に粗大である場合の基材の硬さ
K:材料によって異なる定数
d:平均結晶粒径
したがって、本発明の表面改質部材における分散層の硬さも基材母相の平均結晶粒径が微細であるほど上昇することになるが、平均結晶粒径が1μmを超えると分散層の硬さが十分に向上せず、十分な効果が得られなくなる。したがって、分散層における基材母相の平均結晶粒径は1μm未満であることを要する。
【0041】
基材表面に衝突することによって、表面下に分散した金属粒子、すなわち分散層中の金属粒子の大きさは、表面硬さ、耐摩耗性、疲労強度等の向上効果の観点から、微細であるほど好ましい。
分散層中の金属粒子の大きさが著しく大きくなると、金属粒子と基材の界面からき裂が発生しやすくなって部材を脆化させる恐れがあることから、当該金属粒子の大きさとしては20μm以下であることが望ましい。なお、5μm以下であることがより好ましい。
【0042】
また、分散層中の金属粒子の形状としては、その一部又は全部がアスペクト比(最大長さと最小長さの比)が5以上で最大長さが5μm以上の扁平形状、あるいはアスペクト比が5未満で最大長さが5μm未満の粒状をなしていること、さらには上記のような扁平形状と粒状の金属粒子が混在していることが望ましい。
【0043】
上記分散層の厚さについては、少なくとも1μm以上ないと、上記した目的を達成するだけの効果を発揮できない。また、分散層の厚さはできるだけ厚い方が好ましいが、厚い分散層を得ようとすると、より高速で金属粒子を投射しなければならない。
投射速度が大きくなると分散層の深さは増加するものの、先に述べたように基材表面に著しい表面凹凸を生じてこれらの凹凸が応力集中の原因となるため、かえって表面改質部材の強度を劣化させる恐れがある。さらに、投射速度が増加して衝突時の運動エネルギーが増加するほど、これが熱エネルギーに変換されて基材表面の温度が過度に上昇するため、部材表面が局所的に融解したり、薄肉部材の場合には基材全体の温度が上昇して軟化したり、あるいは部材に歪みを生じる可能性があり、上記目的を効果的に達成することができなくなることがある。
【0044】
したがって、分散層の厚さは1μm以上60μm以下であることが望ましい。
なお、分散層の厚さとは、任意の断面における表面凹凸プロファイル上の任意の一点において、この表面凹凸プロファイルとの接線を引き、この接線に垂直に基材の内部に向かって引いた直線に沿って計測した分散層の長さを意味する。
【0045】
金属粒子の投射時間は、処理対象の表面温度に影響を及ぼす。処理時間が長すぎると表面温度が過度に上昇し、部材表面が局所的に融解したり、薄肉部材の場合には基材全体が加熱されて強度が低下したりする恐れがある。また、部材に歪みを生じる恐れもある。そのため、投射時間は単位面積あたり60秒/cm2以下とすべきである。
一方、投射時間が短すぎると、基材の表面近傍における上記の「鍛錬」効果が充分に得られないので、分散層の形成が充分に起こらない。そのため、投射時間は少なくとも2秒/cm2以上とすべきである。
したがって、投射時間は単位面積あたり2秒/cm2〜60秒/cm2が好ましい。
【0046】
このような処理によって、基材表面に形成される分散層の硬さは、例えばバーコビッチ型ダイヤモンド圧子を装着した押し込み式微小部硬度計を用いて測定することができる。 本発明における上記分散層の著しい高硬度化は、基材母相の結晶粒微細化強化と基材よりも硬い金属粒子が分散することによる複合組織強化によっており、その硬さは、基材原質部の化学組成や熱処理条件に依らず、おおむね3.6GPa以上(測定荷重800μN)である。
【0047】
この値は、アルミニウム基合金中で最高の強度を有する超々ジュラルミン(A7075−T6材)について同じ方法で計測した場合の硬さが3.0GPaであるので、最も高強度のアルミニウム合金基材の原質部と比較してもさらに20%高い値を示していることになる。
したがって、原質部の強度がより低い他のアルミニウム合金に対しては、分散層の硬さの増加割合はより大きくなり、例えば、最も原質部の強度が低い部類に属する工業用純アルミニウム(A1070、上記微小部硬度計で計測した原質部の硬さが0.4GPa)では、分散層の硬さは、原質部の8倍以上にも達する。
【0048】
上記分散層の直下位置には、基材母相の平均結晶粒径が5μm以下に微細化された状態の硬化層が形成されている。この硬化層には、硬さの向上に有効な金属粒子が分散していないことから、硬化層の硬さは主に基材母相の結晶粒径に依存しており、分散層と同様に硬さ向上の度合いはホールペッチの法則に支配され、平均結晶粒径が5μm以下であることによって、充分な硬さが確保される。
この硬化層は、分散層よりは若干軟質であるものの、基材原質部よりは高い硬度を示しており、分散層と原質部との中間層としての役割を果たしている。すなわち、分散層とこれに対して著しく硬度の低い原質部が隣接して存在していると、両者の境界領域における材料特性の不連続性が助長されて、境界付近でき裂を生じるなど破壊の起点になる恐れがあるが、この硬化層が5μm以下の微細な結晶粒径を維持していることによって、ある程度の硬さを維持し分散層から基材原質部へ至る材料特性の連続性を確保している。このようなことから、この硬化層の厚さは少なくとも10μm以上あることが望ましい。
【0049】
本発明の表面改質アルミニウム系金属部材の基材として用いられる金属材料としては、前述のように、アルミニウム又はアルミニウム合金、すなわちアルミニウムを主成分とする金属である限り、問題なく使用することができる。これらアルミニウム系金属のうち、工業用純アルミニウム(例えば、JIS H4000に規定されるA1050,A1070,A1080,A1085など)は、耐食性や成形性、溶接性において優れた特性を有しているものの、合金成分を含まないため強度が低いという難点がある。
【0050】
このような純アルミニウム基材を用いた場合、高強度アルミニウム合金として代表的な超々ジュラルミンと同等以上の硬さの分散層が得られることは、先に述べたとおりであり、工業用純アルミニウムを基材として用いることによって、本発明の効果を最大限に発揮させることができ、純アルミニウムとしての特性を活かしながら、部材の高強度化を達成することができる。
この場合の分散層の硬さは、上記した微小部硬度計を用いた測定値において、基材原質部の硬さの8倍以上に硬化する。これにより、これまで日用品や家庭用品部材への適用がほとんどであった純アルミニウムがより高い硬度、耐摩耗性、疲労強度が要求される部位に使用される可能性が高くなり、工業的利用価値の高いものとなる。
【0051】
基材の表面に衝突させて表面下に分散させ分散層を形成するための金属粒子として、鉄族元素の少なくとも1種を主成分とする金属から成るものを用いることは前述のとおりであるが、これらの中では、アルミニウムとの金属間化合物を形成しやすく、部材が高温で使用される場合には微細なアルミニウムとの金属間化合物が分散層中に生成して、高温での硬さ、耐摩耗性、疲労強度の大幅な向上も期待できることから、特にニッケルから成る粒子を用いることが望ましい。
【実施例】
【0052】
以下、本発明を実施例に基づいて、より具体的に説明する。なお、本発明は、これらの実施例に限定されないことは言うまでもない。
【0053】
[表面改質アルミニウム系金属部材の金属組織観察]
(実施例1)
基材として、工業用純アルミニウムであるA1070合金(T351処理材)を用い、径25mm、厚さ5mmの円板状試験片の板面を800番の耐水研磨紙で湿式研磨して、金属粒子の投射面として仕上げた。
金属粒子としては、ガスアトマイズ法により製造された最大粒径74μm、最小粒径37μm、平均粒径55μmの炭素鋼粒子(1.0%C、ビッカース硬度Hv700)を用いた。この炭素鋼粒子を重力式ブラスト加工装置((株)不二製作所製「ニューマブラスター」)を用いて、噴射圧力0.8MPa、投射速度100m/s以上の条件で、基材の径25mmの盤面に対してノズルを移動させながら、まんべんなく、合計投射時間で12秒間上記円板状基材の表面に投射し、本例の表面改質部材を得た。なお、使用したノズルの先端部内径は9mm、ノズルと基材表面との距離は50mmに設定した。
【0054】
(実施例2)
金属粒子として、粒径53μm以下の純ニッケル粒子((株)高純度化学研究所製 NIE06PB、純度99%以上)を用いたこと以外は、上記実施例1と同様の操作を繰り返すことによって、本例の表面改質部材を得た。
【0055】
(実施例3)
基材として、Al−Cu−Mg系の超ジュラルミン(A2024合金−T4材)を用い、同様に、径25mm、厚さ5mmの円板状試験片の板面を800番の耐水研磨紙で湿式研磨して、金属粒子の投射面として仕上げた。
この試験片に、上記重力式ブラスト加工装置を使用して、実施例1で使用した炭素鋼粒子を噴射圧力0.4MPa、投射速度100m/s以上の条件で、まんべんなく投射し、本例の表面改質部材を得た。なお、使用したノズル、ノズル−基材表面間距離は上記と同様に設定した。
【0056】
(実施例4)
金属粒子として、上記実施例2と同じ純ニッケル粒子を使用したこと以外は、上記実施例3と同様の操作を繰り返すことによって、本例の表面改質部材を得た。
【0057】
[観察結果]
上記で得られた表面改質部材について、その断面について、走査型電子顕微鏡(SEM)や透過型電子顕微鏡(TEM)を用いて組織観察すると共に、エネルギー分散型X線分光装置(EDS)を用いてAl,Fe,Niの分布を調査した。また、バーコビッチ型ダイヤモンド圧子を装着した押し込み式微小部硬度計(荷重800μN)を用いて基材表面に形成された分散層及び硬化層の硬さを計測した。
【0058】
すなわち、図1及び2は、A1070合金(工業用純アルミニウム)に炭素鋼粒子を投射することによって得られた表面改質部材(実施例1)の表面近傍の組織を走査型電子顕微鏡による反射電子像によって観察したものである。反射電子像においては、原子番号の大きな元素ほど白色に観察される。また、構成する元素が同種類であっても、各結晶粒の結晶方位に依存して異なるコントラストで観察される。
図1のように、表面に沿って、微細な炭素鋼粒子(白色に見える粒子)が基材中に分散して成る分散層が観察できる。また、この分散層の下層には、炭素鋼粒子は分散していないが基材の結晶粒径が微細化している硬化層が観察される。さらにその下層には、本来の粗大結晶粒からなる基材原質部の組織が観察される。なお、硬化層とその下層にある粗大結晶粒からなる組織とは、純アルミニウム基材の各結晶粒がその結晶方位に依存して異なるコントラストで観察されることから判定できる。
【0059】
図2は、図1中に「拡大領域」と示した部分を拡大したものであって、この拡大写真から分散層とその下層にある硬化層をより詳細に観察することができる。すなわち、分散層中には、直径が最大でも2μm程度のほぼ等軸の微細な炭素鋼粒子(白色)が分散している。
そして、この分散層の下層には母相である純アルミニウム基材の平均結晶粒径が明白に5μm以下に微細化した硬化層が確認できる。なお、図1及び2から計測した分散層の最大厚さは34μmであった。また、画像処理によって、図2から白色に見える粒子の面積率を計測した結果、分散層内の炭素鋼粒子の体積率は42%であった。
【0060】
また、図3及び4は、A1070合金にニッケル粒子を投射することによって得られた表面改質部材(実施例2)の表面近傍の組織を走査型電子顕微鏡による反射電子像により観察したものである。
図3のように、表面に沿って、微細なニッケル粒子(白色に見える粒子)が基材中に分散した分散層が観察できる。また、この分散層の下層には、ニッケル粒子が分散することなく、基材の結晶粒径が微細化して成る硬化層が観察される。そして、さらにその下側は、本来の粗大結晶粒から成る基材の原質部であることが判る。
【0061】
図4は、図3中に「拡大領域」と示した部分の拡大写真であり、ニッケル投射の場合には、分散層中に形態が異なる2種類のニッケル粒子が観察される。
すなわち、第1の粒子は、炭素鋼粒子を投射した場合と同様に直径が最大でも2μm程度までの白色に見えるほぼ等軸なニッケル粒子である。他の粒子は、図3中に矢印で示すような引き延ばされた扁平形状をなす粒子であって、図3の場合には長手方向のサイズが約6μm、アスペクト比が約20に達している。このような扁平形状を有するニッケル粒子は、一般に長手方向の大きさが約5μm以上と大きく、アスペクト比は少なくとも5以上となっている。
【0062】
この分散層の下層には、上記実施例と同様に、母相の平均結晶粒径が5μm以下に微細化した硬化層が確認できる。なお、炭素鋼粒子の投射とニッケル粒子の投射の場合で分散層中の粒子の形態が異なる理由については、現状では明らかでない。
また、図3及び4から計測した分散層の最大厚さは21μmであった。また、図4の画像処理によって計測した分散層内のニッケル粒子の体積率は34%であった。
【0063】
次に、分散層の組織をさらに詳細に観察するために、透過型電子顕微鏡による組織観察を実施した。
すなわち、図5は、A1070合金に炭素鋼粒子を投射した上記実施例1により得られた表面改質部材における表面近傍の透過型電子顕微鏡による明視野像である。また、図6は、炭素鋼粒子の形態を明瞭化するために、図5における「EDS分析領域」と示した領域についてエネルギー分散型X線分光装置を用いて鉄元素とアルミニウム元素の分布をカラーマッピングで示したものであって、図6(a)は分析領域を拡大した明視野像であり、図6(b)及び(c)は、この領域に対応する鉄元素とアルミニウム元素の分布をそれぞれ示すものである。図6(b)において、ピンク色で示される箇所が鉄元素の特性X線強度が高い箇所であり、これが分散した炭素鋼粒子であって、この図から、分散層中には粒子径が概ね250nm以下の極めて微細な炭素鋼粒子が分散していることが確認できる。
【0064】
図7は、図5と同じ領域を特定の回折電子線を用いて観察した暗視野像である。暗視野像は、特定の方向に回折された電子線のみを用いて示した像であり、白色に輝いて見えるのはほぼ同じ結晶方位を持った純アルミニウムの結晶粒である。
これらの白色に見える個々の結晶粒の大きさから、分散層内の純アルミニウム母相の平均結晶粒径は、1μmをはるかに下回り、100nm程度にまで微細化されていることが確認された。
【0065】
図8は、A1070合金にニッケル粒子を投射することによって上記実施例2で得られた表面改質部材における表面近傍の透過型電子顕微鏡による明視野像である。また、図9は、分散層中におけるニッケル粒子の形態を明瞭化するために、図8における「EDS分析領域」と示した領域についてエネルギー分散型X線分光装置を用いてニッケル元素とアルミニウム元素の分布をカラーマッピングで示したものであって、図9(a)は分析領域を拡大した明視野像、図9(b)及び(c)は、この領域におけるニッケル元素とアルミニウム元素の分布状況をそれぞれ示すものである。図9(b)においては、緑色で示される箇所がニッケル元素の特性X線強度が高い箇所であり、これらが分散層中に分散したニッケル粒子であって、概ね250nm以下の微細なニッケル粒子の他に、図の下方に扁平形状になったニッケルが存在していることが確認できる。
【0066】
図10は、図8と同じ領域を特定の回折電子線を用いて観察した暗視野像であって、図7と同様に、白色に見える個々の結晶粒の大きさから、当該分散層内の純アルミニウム母相の平均結晶粒径が1μmをはるかに下回り、100nm未満に微細化されていることが確認された。
【0067】
一方、図11及び12は、実施例3において、A2024合金(超ジュラルミン)に炭素鋼粒子を投射することによって得られた表面改質部材の表面近傍の組織を走査型電子顕微鏡による反射電子像によって観察したものである。
図11に示すように、表面に沿って微細な白色に見える粒子が基材中に分散して成る分散層が観察された。これらの白色粒子が炭素鋼粒子であることは、実施例1と同様に、走査型電子顕微鏡に装着された波長分散型X線分析装置によって確認されている。また、この分散層の下層には、炭素鋼粒子は分散していないが基材の結晶粒径が微細化している硬化層が観察される。さらにその下層には、本来の粗大結晶粒からなる基材原質部の組織が観察される。
【0068】
基材原質部の組織は、A2024合金基材の各結晶粒がその結晶方位に依存して異なるコントラストで観察されることから、表面近傍の分散層やその下層の領域と比較して明らかに粗大な組織であることが判定できる。なお、炭素鋼粒子が分散していない硬化層及びさらにその下層にある基材原質部に白色に見える比較的粗大な粒子が観察される。これは、A2040合金が元来有するアルミニウムと合金元素との金属間化合物であって、投射によって基材内部に侵入した金属粒子ではない。
【0069】
図12は、図11中に「拡大領域」と示した部分を拡大したものであって、この拡大写真から分散層とその下層にある硬化層をより詳細に観察することができる。すなわち、分散層中には、直径が最大でも2μm程度のほぼ等軸の微細な炭素鋼粒子(白色)が分散している。
そして、この分散層の下層には母相であるA2024合金の硬化層が観察される。硬化層の各結晶粒のコントラストは、実施例1に示したA1070合金(工業用純アルミニウム)の場合のように明白ではないものの、少なくとも5μm未満をはるかに下回る結晶粒径に微細化されていることが判定できる。
【0070】
硬化層中には大きさが1μm未満の灰色に見える微細な析出物が観察されるが、これは、A2040合金が元来有するアルミニウムと合金元素との微細な金属間化合物であって、投射した金属粒子が分散したものではない。図11及び12から計測した分散層の最大厚さは8μmであった。また、図12の画像処理によって計測した分散層内の炭素鋼粒子の体積率は45%であった。
【0071】
次に、図13及び14は、実施例4において、A2024合金に純ニッケル粒子を投射することによって得られた表面改質部材の表面近傍の組織を走査型電子顕微鏡による反射電子像により観察したものである。これらの図から、ニッケル粒子を投射した場合にも図11および図12に示した炭素鋼粒子を投射した場合とほぼ同様の組織が形成されていることがわかる。
すなわち、図13のように、表面に沿って、微細な白色粒子が基材中に分散した分散層が観察される。これら白色粒子がニッケル粒子であることは、走査型電子顕微鏡に装着された波長分散型X線分析装置により確認された。また、この分散層の下層には、ニッケル粒子が分散することなく、基材の結晶粒径が微細化して成る硬化層が観察される。
【0072】
また、図14は、図13中に「拡大領域」と示した部分の拡大写真であり、炭素鋼粒子を投射した場合と同様に、直径が最大でも2μm程度までの、白色に見えるほぼ等軸なニッケル粒子が分散していることが判定できる。さらに、この分散層の下層には、図12と同様に、母相の平均結晶粒径が5μm以下に微細化した硬化層が確認できる。
そして、図13及び14から計測した分散層の最大厚さは8μmであった。また、図14の画像処理によって計測した分散層内のニッケル粒子の体積率は21%であった。
【0073】
以上の結果から、A2040合金に炭素鋼粒子や純ニッケル粒子を投射した場合にも、実施例1、2に示した工業用純アルミニウムと同様な表面改質部が形成されることが確認できた。
【0074】
表1は、各実施例で得られた分散層と、その下層の硬化層について、その硬さをバーコビッチ型ダイヤモンド圧子を装着した押し込み式微小部硬度計(荷重800μN)を用いて計測した結果を示すものであって、分散層の硬さは、工業用純アルミニウムに炭素鋼粒子を投射した場合(実施例1)においては3.60GPa、純ニッケル粒子を投射した場合(実施例2)においては4.65GPaを示し、著しく高強度化していることが明らかとなった。
基材であるA1070工業用純アルミニウムの硬さが0.4GPa程度であるので、分散層の硬さは基材の約9倍以上にまで高強度化していることがわかる。なお、現状で最高強度のアルミニウム合金である超々ジュラルミン(展伸材A7075−T6材)の硬さは、上記方法で測定した場合、3.0GPaであることから、この結果はこれを凌駕する値となっていることが確認できた。
【0075】
一方、超ジュラルミンA2024合金に炭素鋼粒子を投射した場合(実施例3)の分散層の硬さは3.41GPa、純ニッケル粒子を投射した場合(実施例4)においては4.16GPaを示し、著しく高強度化していることが明らかとなった。基材であるA2024合金の硬さが2.32GPa程度であるので、分散層の硬さは基材に対して、炭素鋼を投射した場合で約47%、純ニッケルを投射した場合で約79%高強度化していることがわかる。
【0076】
【表1】
【0077】
[表面改質アルミニウム系金属部材の疲労強度]
実施例3,4で使用した超ジュラルミンA2024合金を用い、機械加工によって、図15に示す形状・寸法の疲労試験片を作製した。次いで、当該試験片の平行部を2000番の耐水研磨紙で湿式研磨し、金属粒子の投射面として仕上げた。
そして、上記疲労試験片の平行部に、上記実施例3,4と同様に、炭素鋼粒子及び純ニッケル粒子を同様の条件下でそれぞれ投射したのち、当該試験片を用いてそれぞれ疲労試験を実施し、金属粒子を投射していない試験片の場合と比較した。なお、疲労試験は、油圧サーボ型疲労試験機を用いた引張、圧縮の繰り返し荷重による試験とし、室温にて応力比R=−1で実施した。
【0078】
[疲労試験結果]
炭素鋼粒子及び純ニッケル粒子の投射によって表面改質部を有する疲労試験片(本発明実施例)と金属粒子を投射していない疲労試験片(比較例)を用いて疲労特性を評価した結果を図16に示す。
図16から明らかなように、炭素鋼粒子及び純ニッケル粒子のいずれを投射した場合にも、疲労強度が大幅に向上することが確認された。すなわち、金属粒子を投射していない場合(図中「△」印)の疲労限が約220MPaであるのに対して、炭素鋼(図中「○」印)あるいは純ニッケル粒子(図中「□」印)を投射した場合の疲労限度は約300MPaにまで増加しており、本発明の表面改質処理によって約36%の疲労強度の向上が認められた。
【産業上の利用可能性】
【0079】
本発明は、アルミニウム系金属から成る各種部材における耐摩耗性、耐熱性、疲労強度の向上に利用することができる。
本発明の表面改質アルミニウム系金属部材の基材が展伸材である場合には、これを例えば自動車の車体を構成する部品として用いることにより疲労強度の向上が期待され、自動車の軽量化、燃費の向上を実現することができる。また、基材が鋳造材の場合には、エンジン部品、例えばピストン等の摺動部品に適用することによって、耐摩耗性の向上、耐熱性の向上が期待され、エンジンの低燃費化や高性能化に寄与する。さらに、基材がダイカスト材である場合には、従来よりもより薄肉化することが可能となり、軽量化、燃費の向上に寄与できる。
【0080】
また、このような自動車向けの用途に限らず、各種の機械、器具、装置の部品やボディ、例えば家電、プリンタ、パソコン、携帯電話などの駆動系部品など、高い疲労強度や耐摩耗性が求められる各種の分野において利用可能である。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルミニウム又はアルミニウム合金から成る基材の表面に、鉄族元素又は鉄族元素を主成分とする合金から成る金属粒子が基材金属中に分散して成る分散層を備え、該分散層における基材母相の平均結晶粒径が1μm未満であると共に、上記分散層の下側に基材母相の平均結晶粒径が5μm以下に微細化されて成る硬化層を備えていることを特徴とする表面改質アルミニウム系金属部材。
【請求項2】
上記分散層の厚さが1〜60μmであると共に、分散層中の金属粒子の最大粒径が20μm以下であることを特徴とする請求項1に記載の表面改質アルミニウム系金属部材。
【請求項3】
上記分散層中における金属粒子の体積比が1〜80%であることを特徴とする請求項1又は2に記載の表面改質アルミニウム系金属部材。
【請求項4】
上記金属粒子の少なくとも一部がアスペクト比5以上の扁平形状をなしており、その最大長さが5μm以上であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1つの項に記載の表面改質アルミニウム系金属部材。
【請求項5】
上記金属粒子の少なくとも一部がアスペクト比5未満の粒状をなしており、その最大長さが5μm未満であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1つの項に記載の表面改質アルミニウム系金属部材。
【請求項6】
上記金属粒子が、アスペクト比5未満の粒状をなし、その最大長さが5μm未満であるものと、アスペクト比5以上の扁平形状をなし、その最大長さが5μm以上であるものが混在していることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1つの項に記載の表面改質アルミニウム系金属部材。
【請求項7】
上記分散層のバーコビッチ型ダイヤモンド圧子を装着した押し込み式微小部硬度計を用いて計測した硬さが基材の20%以上高いことを特徴とする請求項1〜6のいずれか1つの項に記載の表面改質アルミニウム系金属部材。
【請求項8】
上記基材が工業用純アルミニウムから成ることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1つの項に記載の表面改質アルミニウム系金属部材。
【請求項9】
上記分散層のバーコビッチ型ダイヤモンド圧子を装着した押し込み式微小部硬度計を用いて計測した硬さが基材の8倍以上であることを特徴とする請求項8に記載の表面改質アルミニウム系金属部材。
【請求項10】
上記金属粒子がニッケルから成ることを特徴とする請求項1〜9のいずれか1つの項に記載の表面改質アルミニウム系金属部材。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか1つの項に記載の表面改質アルミニウム系金属部材を製造するにあたり、アルミニウム又はアルミニウム合金から成る基材の表面に、鉄族元素又は鉄族元素を主成分とする合金から成り、粒子径が150μm以下の金属粒子を0.1MPa以上の圧力で、1cm2あたり2〜60秒間投射することを特徴とする表面改質アルミニウム系金属部材の製造方法。
【請求項1】
アルミニウム又はアルミニウム合金から成る基材の表面に、鉄族元素又は鉄族元素を主成分とする合金から成る金属粒子が基材金属中に分散して成る分散層を備え、該分散層における基材母相の平均結晶粒径が1μm未満であると共に、上記分散層の下側に基材母相の平均結晶粒径が5μm以下に微細化されて成る硬化層を備えていることを特徴とする表面改質アルミニウム系金属部材。
【請求項2】
上記分散層の厚さが1〜60μmであると共に、分散層中の金属粒子の最大粒径が20μm以下であることを特徴とする請求項1に記載の表面改質アルミニウム系金属部材。
【請求項3】
上記分散層中における金属粒子の体積比が1〜80%であることを特徴とする請求項1又は2に記載の表面改質アルミニウム系金属部材。
【請求項4】
上記金属粒子の少なくとも一部がアスペクト比5以上の扁平形状をなしており、その最大長さが5μm以上であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1つの項に記載の表面改質アルミニウム系金属部材。
【請求項5】
上記金属粒子の少なくとも一部がアスペクト比5未満の粒状をなしており、その最大長さが5μm未満であることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1つの項に記載の表面改質アルミニウム系金属部材。
【請求項6】
上記金属粒子が、アスペクト比5未満の粒状をなし、その最大長さが5μm未満であるものと、アスペクト比5以上の扁平形状をなし、その最大長さが5μm以上であるものが混在していることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1つの項に記載の表面改質アルミニウム系金属部材。
【請求項7】
上記分散層のバーコビッチ型ダイヤモンド圧子を装着した押し込み式微小部硬度計を用いて計測した硬さが基材の20%以上高いことを特徴とする請求項1〜6のいずれか1つの項に記載の表面改質アルミニウム系金属部材。
【請求項8】
上記基材が工業用純アルミニウムから成ることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1つの項に記載の表面改質アルミニウム系金属部材。
【請求項9】
上記分散層のバーコビッチ型ダイヤモンド圧子を装着した押し込み式微小部硬度計を用いて計測した硬さが基材の8倍以上であることを特徴とする請求項8に記載の表面改質アルミニウム系金属部材。
【請求項10】
上記金属粒子がニッケルから成ることを特徴とする請求項1〜9のいずれか1つの項に記載の表面改質アルミニウム系金属部材。
【請求項11】
請求項1〜10のいずれか1つの項に記載の表面改質アルミニウム系金属部材を製造するにあたり、アルミニウム又はアルミニウム合金から成る基材の表面に、鉄族元素又は鉄族元素を主成分とする合金から成り、粒子径が150μm以下の金属粒子を0.1MPa以上の圧力で、1cm2あたり2〜60秒間投射することを特徴とする表面改質アルミニウム系金属部材の製造方法。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図12】
【図13】
【図14】
【図15】
【図16】
【公開番号】特開2011−52322(P2011−52322A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−175408(P2010−175408)
【出願日】平成22年8月4日(2010.8.4)
【出願人】(000192903)神奈川県 (65)
【出願人】(506146909)株式会社不二WPC (8)
【出願人】(000154082)株式会社不二機販 (25)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願日】平成22年8月4日(2010.8.4)
【出願人】(000192903)神奈川県 (65)
【出願人】(506146909)株式会社不二WPC (8)
【出願人】(000154082)株式会社不二機販 (25)
【Fターム(参考)】
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