説明

表面温度測定方法及び表面温度測定装置並びに鋼材の製造方法

【課題】被測温材が水冷中でその表面温度が200℃程度の低温域であっても、精度良く測温可能な表面温度測定方法等を提供する。
【解決手段】本発明は、水冷中の被測温材Mの表面から放射された熱放射光を該被測温材の表面に対向配置した放射温度計1で検出することにより、該被測温材の表面温度を測定する方法であって、放射温度計で検出する熱放射光の波長を1.60〜1.80μmとすることを特徴とする。放射温度計から被測温材の表面に向けてエアーを噴射することにより、被測温材の表面と放射温度計との間にエアー柱を形成し、このエアー柱を介して被測温材の表面から放射された熱放射光を放射温度計で検出する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼材等の被測温材の表面温度を放射測温によって測定する方法及び装置並びにこの方法によって表面温度を測定する工程を有する鋼材の製造方法に関する。特に、本発明は、被測温材が水冷中でその表面温度が200℃程度の低温域であっても、精度良く測温可能な表面温度測定方法及び装置並びにこの方法によって表面温度を測定する工程を有する鋼材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鋼材の高品質化や生産性向上を図る点で、冷却工程における鋼材の温度管理が重要になっている。鋼材の熱間圧延ラインや熱処理・冷却ラインなどの冷却工程において、搬送中の鋼材の表面温度を放射温度計を用いて測定する際には、被測温鋼材と放射温度計との間に湯気が存在したり、冷却水が飛散してきたり、或いは、被測温鋼材表面が水膜に覆われたり、水没したりすることが甚だしい。このような環境下では、被測温鋼材から放射された熱放射光が、水蒸気、湯気、冷却水等に吸収され或いは散乱されることにより、測温値に誤差が生じたり、測定できない場合が生じたりすることもある。
【0003】
そこで、上記のような要因によって生じる測温誤差を低減し、精度の良い放射測温を可能とするべく、従来より、鋼材表面に向けてノズルからパージ用の水を噴出することにより放射温度計と鋼材表面との間に水柱を形成し、当該水柱を介して鋼材から放射される放射エネルギーを検出することにより鋼材表面温度を測定する方法が種々提案されている。
【0004】
より具体的に説明すれば、例えば、被測定物から放射された放射エネルギーに基づいて該被測定物の表面温度を測定する放射温度計と前記被測定物との間に水柱を形成し、該被測定物から放射された放射エネルギーの内、前記水柱が吸収した放射エネルギーの分を補正しながら、前記放射温度計を用いて前記被測定物の表面温度を測定する温度測定方法において、前記水柱を形成するに当たり、該水柱の温度を60℃以上にすることを特徴とする温度測定方法が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0005】
特許文献1に記載の方法によれば、放射温度計と被測定物との間に水柱が形成されるため、水柱が形成された部分には水蒸気や飛散水が侵入し難く、これら水蒸気や飛散水による放射エネルギーの吸収や散乱に起因した測温誤差を低減することが可能である。さらに、特許文献1に記載の方法は、水柱の温度を60℃以上にする構成であり、水柱が接触している被測定物表面に沸騰膜が形成され易くなる。このため、被測定物の表面温度低下を抑制し、測温値の代表性を損なうこともなく、被測定物の冷却むらも低減できるという利点を有する。
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載の方法では、水柱の温度を60℃以上に上昇させるための加熱装置が必要であり、水を昇温させるためのエネルギーコストが掛かるという問題がある。また、水柱の厚みを測定するための厚み測定装置(例えば、超音波方式)が必要であるため、装置全体の寸法が大きくなり、鋼材の搬送ロール間等の狭いスペースには設置し難いという問題がある。さらに、厚み測定装置をたとえ設置できたとしても、着脱に手間を要するなど保全性を阻害したり、厚み測定装置の故障による測温値の安定性・信頼性の低下が問題となる。
【0007】
特許文献1に記載の方法における上記の問題点等を解決するため、本発明者らは、特許文献2に記載の方法を提案している。
具体的には、特許文献2には、被測温鋼材下面から放射された熱放射光を、被測温鋼材下面に向けてノズルから噴射したパージ水を介して被測温鋼材の下方に対向配置した放射温度計で検出することにより、被測温鋼材の表面温度を測定する方法であって、被測温鋼材のパスラインを位置基準とした前記パージ水の全ヘッドを所定の範囲に設定することを特徴とする鋼材の表面温度測定方法が提案されている(特許文献2の請求項2)。そして、前記放射温度計で検出する熱放射光の波長を0.9μm以下とすることが提案されている(特許文献2の請求項3)。
【0008】
特許文献2に記載の上記方法によれば、パージ水の全ヘッドを所定の範囲に設定することにより、被測温鋼材下面に対するパージ水の衝突圧が抑制され、パージ水がたとえ常温であっても冷却を抑制することができる。このため、特許文献1のように水を昇温させるためのエネルギーコストが掛からないという利点が得られる。また、放射温度計で検出する熱放射光の波長を0.9μm以下とすることにより、水柱の厚みを測定するための厚み測定装置が不要になるという利点が得られる。
【0009】
しかしながら、特許文献2に記載の上記方法では、放射温度計で検出する熱放射光の波長を0.9μm以下としているため、放射測温可能な鋼材の表面温度の下限値は、500℃程度である。近年における鋼材の高品質化に対する要求レベルに鑑みれば、200℃程度の低温域の表面温度を管理することが重要となってきており、500℃程度以上の表面温度しか測定できない方法では、適切な温度管理ができないという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平8−295950号公報
【特許文献2】特開2006−17589号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、斯かる従来技術の問題点を解決するためになされたものであり、鋼材等の被測温材が水冷中でその表面温度が200℃程度の低温域(例えば、180〜350℃)であっても、精度良く測温可能な表面温度測定方法及び装置並びにこの方法によって表面温度を測定する工程を有する鋼材の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前記課題を解決するため、本発明者らは鋭意検討した結果、後述するように、放射温度計で検出する熱放射光の波長を1.60〜1.80μmとすれば、200℃程度の低温域でも測温値の変動が少ないことを見出した。また、本発明者らは、後述するように、1.60〜1.80μmの波長帯域において水の透過率が比較的高くなることを見出し、この結果、放射温度計と被測温材との間に侵入した水による熱放射光の吸収に起因する測温誤差を低減可能であることを見出した。本発明は、斯かる本発明者らの知見に基づき完成されたものである。
【0013】
すなわち、前記課題を解決するため、本発明は、水冷中の被測温材の表面から放射された熱放射光を該被測温材の表面に対向配置した放射温度計で検出することにより、該被測温材の表面温度を測定する方法であって、前記放射温度計で検出する熱放射光の波長を1.60〜1.80μmとすることを特徴とする表面温度測定方法を提供する。
【0014】
斯かる発明によれば、被測温材が水冷中でその表面温度が200℃程度の低温域であっても、被測温材の表面温度を精度良く測定可能である。
【0015】
前記放射温度計から前記被測温材の表面に向けてエアーを噴射することにより、前記被測温材の表面と前記放射温度計との間にエアー柱を形成し、前記エアー柱を介して前記被測温材の表面から放射された熱放射光を前記放射温度計で検出することが好ましい。
【0016】
斯かる好ましい構成によれば、エアー柱によって、放射温度計と被測温材との間への水の侵入が抑制され、より一層精度良く測温可能である。
【0017】
放射温度計と被測温材との間に侵入する水の量は、常に一定ではなく、通常は時間的に変動する。そして、侵入する水の量が多ければ多いほど、水による熱放射光の吸収や散乱に起因する測温誤差が大きくなる。具体的には、侵入する水の量が多ければ多いほど、測温値が低下する。このため、所定時間内に得られた複数の測温値のうち、最大の測温値を測定結果として用いれば、この測定結果は、所定時間内において侵入する水の量が最も少ないタイミングで得られた測温値であると考えられるため、より一層測温精度が高まることが期待できる。
【0018】
従って、前記放射温度計によって所定時間内に得られた複数の測温値のうち、最大の測温値を前記被測温材の表面温度として出力することが好ましい。
【0019】
また、前記被測温材の表面と前記放射温度計との間に存在し得る水の厚みをhとした場合、以下の式を満足する流速Vで、前記放射温度計から前記被測温材の表面に向けてエアーを噴射することが好ましい。
>2・ρ・g・h/ρ
ただし、上記の式において、ρは水の密度を、ρはエアーの密度を、gは重力加速度を意味する。
【0020】
斯かる好ましい構成によれば、例えば、被測温材下面から放射された熱放射光を被測温材下面に対向配置した放射温度計で検出し、被測温材下面に向けてエアーを噴射する場合に、後述するように、水の最下面の静圧よりも噴射するエアーの動圧の方が大きくなる。このため、放射温度計と被測温材との間に存在する水がエアーによって排除され易くなり、被測温材の表面温度をより一層精度良く測定可能である。
【0021】
ここで、測温精度をより一層高めるには、測温誤差の要因となる被測温材の表面と放射温度計との間に存在する水の厚みが小さい場合(例えば、0.1mm以下の場合)にのみ、測温値を被測温材の表面温度として出力することが好ましい。そこで、本発明者らが、この水の厚みを評価する方法について鋭意検討した結果、被測温材の表面から放射された熱放射光を複数の波長帯域に分光したとき、各波長帯域の熱放射光のエネルギーの比が水の厚みによって変化することを見出した。
【0022】
すなわち、測温精度をより一層高めるには、前記被測温材の表面から放射された熱放射光を複数の波長帯域に分光し、各波長帯域の熱放射光のエネルギーの比に基づいて、前記被測温材の表面と前記放射温度計との間に存在する水の厚みが0.1mm以下であるか否かを判断し、前記水の厚みが0.1mm以下であると判断した場合にのみ、前記被測温材の表面温度を出力することが好ましい。
【0023】
具体的には、前記被測温材の表面から放射された熱放射光を、1.60〜1.80μm、1.65〜1.75μm及び1.88〜1.94μmの各波長帯域に分光することが好ましい。
【0024】
また、前記課題を解決するため、本発明は、水冷中の被測温材の表面に対向配置された放射温度計を備え、該被測温材の表面から放射された熱放射光を該放射温度計で検出することにより、該被測温材の表面温度を測定する装置であって、前記被測温材の表面と前記放射温度計の検出素子との間に、1.60〜1.80μmの波長帯域の光のみを透過する光学フィルタを備えることを特徴とする表面温度測定装置としても提供される。
【0025】
さらに、前記課題を解決するため、本発明は、前記被測温材が鋼材であり、前記いずれかに記載の方法によって表面温度を測定する工程を有することを特徴とする鋼材の製造方法としても提供される。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、放射温度計で検出する熱放射光の波長を1.60〜1.80μmとすることにより、200℃程度の低温域でも測温値の変動が少なくなる。また、1.60〜1.80μmの波長帯域において水の透過率が比較的高いため、放射温度計と被測温材との間に侵入した水による熱放射光の吸収に起因する測温誤差を低減可能である。この結果、本発明によれば、被測温材が水冷中でその表面温度が200℃程度の低温域であっても、被測温材の表面温度を精度良く測定可能である。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】図1は、本発明の第1の実施形態に係る表面温度測定装置の概略構成を示す模式図である。
【図2】図2は、検出する熱放射光の波長を0.65〜0.83μmとした放射温度計の測温値バラツキを評価した結果の一例を示すグラフである。
【図3】図3は、1.0〜2.5μmの波長帯域における水の分光透過率を調査した結果を示すグラフである。
【図4】図4は、200℃における黒体の分光放射輝度を示す。
【図5】図5は、検出する熱放射光の波長を1.60〜1.80μmとした放射温度計の測温値バラツキを評価した結果の一例を示すグラフである。
【図6】図6は、1.60〜1.80μmの波長帯域における水の透過率を調査した結果を示すグラフである。
【図7】図7は、厚み1mm、2mm、4mmの水を介して検出する熱放射光の波長を1.60〜1.80μmとした放射温度計の測温値バラツキを評価した結果の一例を示すグラフである。
【図8】図8は、エアーパージ検討用の試験装置の概略構成を示す模式図である。
【図9】図9は、エアー流速に応じて排除可能な水の厚みの実測値及び計算値を示す。
【図10】図10は、図8に示す試験装置において、エアー流速を変更した場合に生じる測温誤差を評価した結果の一例を示すグラフである。
【図11】図11は、図8に示す試験装置を用いた測温結果の一例を示すグラフである。
【図12】図12は、図11に示す複数の測温値に対して、最大の測温値を抽出する時間単位を変更した場合における、測定結果(抽出した最大測温値)のバラツキを示すグラフである。
【図13】図13は、図11に示す複数の測温値に対して、0.2sec毎に最大測温値を抽出した結果を示すグラフである。
【図14】図14は、図8に示す試験装置を用いた測温結果の他の例を示すグラフである。
【図15】図15は、本発明の第2の実施形態に係る表面温度測定装置の概略構成を示す模式図である。
【図16】図16は、E(1.65〜1.75μm)/E(1.60〜1.80μm)の変化の一例を示すグラフである。
【図17】図17は、E(1.88〜1.94μm)/E(1.60〜1.80μm)の変化の一例を示すグラフである。
【図18】図18は、図17に示すグラフの内、水の厚みが小さい部分を拡大して示すグラフである。
【図19】図19は、厚鋼板の製造ラインの概略構成例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
以下、添付図面を適宜参照しつつ、本発明の実施形態について説明する。
【0029】
<第1の実施形態>
図1は、本発明の第1の実施形態に係る表面温度測定装置の概略構成を示す模式図である。図1に示すように、本実施形態に係る表面温度測定装置100は、水冷中の被測温材(本実施形態では鋼板M)に対向配置された放射温度計1を備え、鋼板Mの表面(本実施形態では下面)から放射された熱放射光を放射温度計1で検出することにより、鋼板Mの表面温度を測定する装置である。また、本実施形態に係る表面温度測定装置100は、鋼板M表面(本実施形態では下面)に向けてエアーパージする(エアーを噴射する)ためのノズル2を備えている。さらに、本実施形態に係る表面温度測定装置100は、エアー供給源(図示せず)からノズル2に供給するエアーの流量を調整するための流量調整バルブ3と、ノズル2に供給するエアー中の水分や油などを除去するためのフィルタ4とを備える。
【0030】
放射温度計1は、鋼板M表面からの熱放射光を受光する受光光学系11と、受光光学系11によって受光された熱放射光を伝送するための光ファイバ12と、光ファイバ12で伝送された熱放射光を検出し、温度に換算する温度演算部13と、温度演算部13で所定時間内に得られた複数の測温値のうち、最大の測温値を鋼板Mの表面温度として出力する最大測温値抽出部14とを備えている。
【0031】
受光光学系11は、熱放射光の検出視野を調整するための光学系であり、集光レンズや視野絞り等によって構成される。
光ファイバ12としては、例えば石英系の材質からなるものを用いることができる。光ファイバ12単体では破損の虞があるため、光ファイバ12は、ステンレス製のフレキシブルホースで被覆されている。
以上に述べた受光光学系11及び光ファイバ12の一部はノズル2に内蔵され、ノズル2の中心軸に沿うように、適宜のガイド部材(図示せず)によって位置決めされている。
【0032】
温度演算部13は、光ファイバ12で伝送された熱放射光を光電変換して、光量に応じた電流を出力する検出素子としてのInGaAsフォトダイオードを具備し、このInGaAsフォトダイオードからの出力電流を増幅した後に電流電圧変換及びAD変換を施し、鋼板Mの放射率の補正を行って温度に換算する。また、温度演算部13は、鋼板Mの表面(下面)と放射温度計1の検出素子との間に、より具体的には、光ファイバ12の温度演算部13側の端部とInGaAsフォトダイオードとの間に、1.60〜1.80μmの波長帯域の光のみを透過する光学フィルタを具備する。これにより、放射温度計1で検出する熱放射光の波長は、1.60〜1.80μmとなる。
【0033】
最大測温値抽出部14では、温度演算部13で得られた複数の測温値から、所定の時間単位で最大の測温値を抽出する。この最大の測温値を抽出する時間単位は、測定結果(抽出した最大測温値)のバラツキや、要求される応答時間を考慮して決定される。本実施形態の最大測温値抽出部14は、温度演算部13で得られた測温値を10msec毎にサンプリングして、0.2sec毎に最大の測温値を抽出し、抽出した最大測温値を鋼板Mの表面温度として出力する。
【0034】
ノズル2は、その先端と鋼板Mの下面との距離が例えば40mm程度となる位置に配置される。ノズル2には、エアー供給源から、流量調整バルブ3及びフィルタ4を介して、エアーが供給される。ノズル2には、ステンレス製のメッシュ21が内蔵されており、供給されたエアーは、メッシュ21を通過することによって整流される。そして、メッシュ21を通過した整流後のエアーはノズル2の先端から鋼板Mの下面に向けて噴射される。これにより、鋼板Mの下面と放射温度計1との間にエアー柱Aが形成される。鋼板Mの下面から放射された熱放射光は、このエアー柱Aを介して放射温度計1で検出される。なお、ノズル2の底面には、エアーの漏洩を防止するためにOリングを具備するシール部22が設けられており、該シール部22を介してノズル2の外部に光ファイバ12が延びている。
【0035】
流量調整バルブ3は、ノズル2の周辺の水冷が停止している場合や、冷却水の水量が少ない場合に、ノズル2に供給するエアー流量を絞り、エアー消費量を低減させる機能を奏する。また、フィルタ4は、ノズル2に供給するエアー中の水分や油などを除去して、受光光学系11や光ファイバ12の汚れを低減する機能を奏する。
【0036】
なお、本実施形態では、好ましい構成として、鋼板Mの下面と放射温度計1との間(具体的には、鋼板Mの下面とノズル2の先端との間)に存在し得る水Wの厚みをhとした場合、以下の式を満足する流速Vでエアーを噴射している。
>2・ρ・g・h/ρ
ただし、上記の式において、ρは水の密度を、ρはエアーの密度を、gは重力加速度を意味する。
なお、上記の式における水の厚みhの値を、鋼板Mの下面とノズル2の先端との離間距離に等しい値(本実施形態では40mm程度)に設定すれば、エアーを噴射しなければ鋼板Mの下面とノズル2の先端との間が全て水Wで満たされるような場合(図1に示すような場合)であっても、その水Wを排除し得るという点で好ましい。
【0037】
以下、本実施形態に係る表面温度測定装置100における各種パラメータの設定理由について説明する。
【0038】
(1)放射温度計1で検出する熱放射光の波長について
前述のように、放射温度計1で検出する熱放射光の波長は、1.60〜1.80μmとされている。
上記の波長帯域に設定するに際し、本発明者らは、先ず最初に、検出する熱放射光の波長を0.65〜0.83μmとした放射温度計を試作し、その温度特性を評価した。具体的には、放射温度計の温度特性を評価するために一般的に使用される放射熱源(黒体炉、温度バラツキ1℃以下)の温度を水を介して前記試作した放射温度計で測定し、その測温値のバラツキ(3σ)を評価した。なお、放射熱源である黒体炉の放射率は1.0とした。図2は、種々の水の厚みに対する測温値バラツキの評価結果の一例を示すグラフである。図2に示すように、検出する熱放射光の波長が0.65〜0.83μmである放射温度計の場合、600℃以下では測温値の変動が大きくなり、精度良く温度を測定することができないことが分かった。これは、被測温材が低温になると、放射される熱放射光の長波長成分が増大することが原因であると考えられる。従って、600℃以下の低温域の温度を放射測温するには、検出する熱放射光の波長を0.65〜0.83μmよりも長波長側にシフトする必要のあることが分かった。
【0039】
次に、本発明者らは、低温域の被測温材から放射された熱放射光を、被測温材と放射温度計との間に位置する水を介して検出する場合を想定し、水の分光透過率を調査した。図3は、黒体炉と放射温度計との間に介在させた水の厚みを0.1mm、0.2mm、0.5mm、1.0mm、2.0mm、4.0mmとした場合における、1.0〜2.5μmの波長帯域における水の分光透過率を示すグラフである。図3に示すように、前述した0.65〜0.83μmよりも長波長側の波長帯域においては、1.2μm近傍の波長帯域、1.7μm近傍の波長帯域、2.2μm近傍の波長帯域において水の透過率が高くなることが分かった。
【0040】
図4は、200℃における黒体の分光放射輝度を示す。放射温度計の検出素子としてInGaAsフォトダイオードを用いる場合、1.2μm近傍の波長帯域では、分光放射輝度も低く、InGaAsフォトダイオードの感度も低いため、200℃程度の低温域での測定には適切でない。
また、2.2μm近傍の波長帯域では、分光放射輝度が高いという点では有利であるものの、放射温度計を構成する受光光学系の集光レンズや光ファイバとして、安価な石英ガラスを用いると、光透過率が低下する問題がある。
一方、1.7μm近傍の波長帯域では、分光放射輝度もInGaAsフォトダイオードの感度も高い上、放射温度計を構成する受光光学系の集光レンズや光ファイバとして、安価な石英ガラスを用いることができる。
【0041】
そこで、本発明者らは、検出する熱放射光の波長を1.7μm近傍の波長を含む1.60〜1.80μmとした放射温度計を試作し、その温度特性を黒体炉を用いて評価した。図5は、評価結果の一例を示すグラフである。図5に示すように、検出する熱放射光の波長が1.60〜1.80μmである放射温度計の場合、測温値のバラツキ(3σ)が2℃になるまでを許容範囲とすると、160℃まで測定可能であることが分かった。
【0042】
また、本発明者らは、検出する熱放射光の波長を1.60〜1.80μmとした放射温度計と黒体炉との間に介在させる水の厚みを適宜変更すると共に、黒体炉の温度を適宜変更し、水の透過率を調査した。図6は、水の透過率を調査した結果を示すグラフである。図6に示すように、水の厚みが厚くなると透過率は低下するものの、水膜の厚みを2mm程度に小さくできれば、20%程度の透過率が得られることが分かった。
【0043】
さらに、本発明者らは、検出する熱放射光の波長を1.60〜1.80μmとした放射温度計と黒体炉との間に介在させる水の厚みを1mm、2mm、4mmとし、その温度特性を評価した。図7は、評価結果の一例を示すグラフである。図7に示すように、検出する熱放射光の波長が1.60〜1.80μmである放射温度計の場合、厚み2mmの水を介する場合であっても、測温値のバラツキ(3σ)が3℃になるまでを許容範囲とすると、200℃程度までの低温域の被測温材を測温可能であることが分かった。
【0044】
以上に説明したように、放射温度計で検出する熱放射光の波長を1.60〜1.80μmとすれば、200℃程度の低温域でも測温値の変動が少なく、放射温度計と被測温材との間に侵入した水による熱放射光の吸収に起因する測温誤差も低減可能である。このため、本実施形態の放射温度計1で検出する熱放射光の波長は、1.60〜1.80μmとされている。
【0045】
(2)ノズル2から噴射するエアーの流速について
前述のように、被測温材と放射温度計との間に介在する水の厚みを2mm程度に小さくできれば、200℃程度までの低温域の被測温材を測温可能であるものの、測温精度を高めるには、介在する水の厚みはできるだけ小さい方が好ましい。このため、本発明者らは、放射温度計から被測温材に向けてエアーパージし、水を排除することを検討した。
【0046】
図8は、エアーパージ検討用の試験装置の概略構成を示す模式図である。図8に示すように、放射温度計1’(前述したように、検出する熱放射光の波長を1.60〜1.80μmとした試作の放射温度計)を内蔵したエアーパージ用のノズル2’を水槽5の底面に設置した。ノズル2’の上方には、被測温材から放射される熱放射光を模擬するために、石英ガラス6上にラバーヒータ7を設置した。石英ガラス6の下面とノズル2’の先端との距離は60mmに設定した。また、放射温度計1’の測定視野径(ノズル2’先端での視野径)は6mmとし、ノズル2’の先端の口径は22mmとした。
【0047】
上記構成の試験装置において、ノズル2’から石英ガラス6の下面に向けてエアーを噴射している状態で、水槽5内に水Wを注入した。この際、ノズル2’に供給するエアーの流量を調整することによって、ノズル2’から噴射するエアーの流速を変更し、各エアー流速で排除できる水Wの厚み(ノズル2’の先端と水Wの上面との距離)の最大値を測定した。なお、水Wが排除されたか否かは、水Wの上面にまで達するエアー柱が形成されたか否かを目視で確認することで判断した。また、エアーの流速は、流量計9で測定したノズル2’に供給するエアーの流量をノズル2’先端の口径で除することによって算出した。
【0048】
一方、ノズル2’から噴射するエアーで水Wを排除するためには、理論上、水Wの最下面の静圧(ノズル2’先端での静圧)Psよりも、噴射するエアーの動圧(ノズル2’先端での動圧)Pdの方が大きくなるように、すなわち、下記の式(1)を満足するように、エアーの流速を決定する必要がある。
Pd>Ps ・・・(1)
【0049】
ここで、水Wの最下面の静圧Psは下記の式(2)で表され、噴射するエアーの動圧Pdは下記の式(3)で表される。
Ps=ρ・g・h ・・・(2)
Pd=1/2・ρ・V ・・・(3)
ただし、上記の式(2)、(3)において、ρは水Wの密度を、ρはエアーの密度を、gは重力加速度を、hは水Wの厚みを、Vはエアーの流速を意味する。
【0050】
上記の式(1)の両辺に、上記の式(2)、(3)を代入して整理すると、下記の式(4)が成立する。
>2・ρ・g・h/ρ・・・(4)
つまり、厚みhの水Wを排除するには、理論上、上記の式(4)を満足する流速Vでエアーを噴射する必要があることになる。
【0051】
図9は、以上に説明した、エアー流速に応じて排除可能であった水の厚み(最大値)の実測値、及び、式(4)から導出されるエアー流速に応じて排除可能な水の厚み(最大値)の計算値を示す。図9に示すように、式(4)から導出される計算値は、実測値と比較的よく一致している。従って、式(4)を満足するように、ノズル2から噴射するエアーの流速を決定すれば、放射温度計1’とラバーヒータ7との間に存在する水Wがエアーによって実際に排除され易くなることが分かった。
【0052】
次に、図8に示す試験装置において、ラバーヒータ7の温度を放射温度計1’で測定すると同時に、ラバーヒータ7の温度を熱電対8を貼り付けて測定した(以下、この熱電対8による測温値を実温度という)。この際、水槽5内に注入する水Wの厚みは、20mm、40mm、60mmとした。また、ノズル2’から噴射するエアーの流速を変更し、各エアー流速での測温誤差(放射温度計1’での測温値と実温度との差)を評価した。なお、放射温度計1’での測温値としては、0.2sec毎に抽出した最大の測温値を用いた。
【0053】
図10は、上記の試験における評価結果の一例を示すグラフである。図10に示す結果から明らかなように、前述した式(4)を満足するようにノズル2’から噴射するエアーの流速を決定すれば、放射温度計1’によってラバーヒータ7の温度を精度良く測定可能であった。
【0054】
以上に説明した結果に基づき、本実施形態では、鋼板Mの下面と放射温度計1との間(具体的には、鋼板Mの下面とノズル2の先端との間)に存在し得る水Wの厚みをhとした場合、以下の式を満足する流速Vでエアーを噴射している。
>2・ρ・g・h/ρ
ただし、上記の式において、ρは水の密度を、ρはエアーの密度を、gは重力加速度を意味する。
【0055】
(3)最大測温値抽出部14の処理内容について
図8に示す試験装置において、石英ガラス6の下面とノズル2’の先端との距離を60mmに設定した。そして、この試験装置において、ノズル2’の先端から石英ガラス6の下面に向けてエアーを噴射している状態で、水槽5内に水Wを注入し、ラバーヒータ7の温度を放射温度計1’で測定した。この際、水槽5内に注入する水Wの厚みは0〜60mmまで変更した。なお、ラバーヒータ7の実温度は、175℃で安定していた。
【0056】
図11は、水Wの厚みが40mmのときに、放射温度計1’でラバーヒータ7の温度を測定した結果の一例を示すグラフである。図11に示す例では、エアーの流速(ノズル2’先端での流速)は、前述した式(4)を満足する35m/secとした。
【0057】
図11に示すように、放射温度計1’の測温値は時間的に大きく変動したものの、一部では実温度(175℃)と等しい温度を示すことが分かった。他の水Wの厚みの場合(ただし、0mmの場合を除く)も、図11に示す結果と同様の傾向を示すことが分かった。
【0058】
上記のように、放射温度計1’の測温値が部分的に実温度に等しくなるのは、ノズル2’からのエアーパージによって、測温値と実温度とが等しくなるタイミングでは、放射温度計1’とラバーヒータ7との間に水Wが存在しなくなるからだと考えられる。従って、本発明者らは、所定時間内に得られた複数の測温値のうち、最大の測温値を測定結果として用いれば、この測定結果は、所定時間内において水Wが存在しないタイミングか、又は、存在する水Wの厚みが最も少ないタイミングで得られた測温値であり、測温精度が高まることが期待できると考えた。
【0059】
図12は、図11に示す複数の測温値に対して、最大の測温値を抽出する時間単位を変更した場合における、測定結果(抽出した最大測温値)のバラツキ(3σ)を示すグラフである。また、図13は、図11に示す複数の測温値に対して、0.2sec毎に最大測温値を抽出した結果を示すグラフである。図12、図13に示すように、0.2sec以上の時間単位で最大測温値を抽出すれば、測定結果のバラツキが小さくなり、安定した測温が可能であることが分かった。
【0060】
図14は、図8に示す試験装置において、水Wの厚みを60mm(石英ガラス6の下面とノズル2’の先端との距離に相当)とし、ノズル2’から噴射するエアーの流速(ノズル2’先端での流速)は、前述した式(4)を満足する35m/secとして、放射温度計1’でラバーヒータ7の温度を測定した結果の一例を示すグラフである。ラバーヒータの実温度は、測定途中に、175℃から195℃に変更した。
【0061】
図14に示すように、放射温度計1’の測温値は時間的に大きく変動したものの、0.2sec毎に最大測温値を抽出すれば、測定結果のバラツキが小さくなり、安定した測温が可能であることが分かった。
【0062】
以上に説明した結果に基づき、本実施形態の最大測温値抽出部14は、温度演算部13で得られた測温値を10msec毎にサンプリングして、0.2sec毎に最大の測温値を抽出し、抽出した最大測温値を鋼板Mの表面温度として出力する構成としている。
【0063】
以上に説明した本実施形態に係る表面温度測定装置100によれば、放射温度計1で検出する熱放射光の波長を1.60〜1.80μmとすることにより、鋼板Mが水冷中でその表面温度が200℃程度の低温域であっても、鋼板Mの表面温度を精度良く測定可能である。
また、本実施形態に係る表面温度測定装置100によれば、ノズル2から噴射するエアーによって形成されるエアー柱Aにより、放射温度計1と鋼板Mとの間への水Wの侵入が抑制される。特に、V>2・ρ・g・h/ρを満足する流速Vでエアーを噴射することにより、水Wが効果的に排除され、鋼板Mの表面温度をより一層精度良く測定可能である。
さらに、本実施形態に係る表面温度測定装置100によれば、最大測温値抽出部14により、複数の測温値のうちの最大の測温値を鋼板Mの表面温度として出力するため、測定結果のバラツキが小さくなり、鋼板Mの表面温度をより一層精度良く測定可能である。
【0064】
<第2の実施形態>
図15は、本発明の第2の実施形態に係る表面温度測定装置の概略構成を示す模式図である。図15に示すように、本実施形態に係る表面温度測定装置100Aも、第1の実施形態に係る表面温度測定装置100と同様に、放射温度計1A、ノズル2、流量調整バルブ3及びフィルタ4を備えている。そして、本実施形態の放射温度計1Aも、受光光学系11、光ファイバ12、温度演算部13及び最大測温値抽出部14を備える点で、第1の実施形態の放射温度計1と共通する。しかしながら、本実施形態の放射温度計1Aは、水厚推定部15と、測温値出力部16とを更に備える点で、第1の実施形態の放射温度計1と相違する。以下、第1の実施形態に係る表面温度測定装置100と共通する構成については、同様の機能を奏するため説明を省略し、主に上記の相違点について説明する。
【0065】
本実施形態の放射温度計1Aを構成する光ファイバ12は、途中で2本に分岐されており、一方が温度演算部13に、他方が水厚推定部15に接続されている。これにより、鋼板M表面からの熱放射光は、受光光学系11及び光ファイバ12を介して、温度演算部13及び水厚推定部15の双方に伝送される。
【0066】
第1の実施形態と同様に、温度演算部13は、光ファイバ12で伝送された熱放射光のうち1.60〜1.80μmの波長帯域の光のみを光電変換して温度に換算する。そして、最大測温値抽出部14は、温度演算部13で所定時間内に得られた複数の測温値のうち、最大の測温値を鋼板Mの表面温度として出力する。
【0067】
水厚推定部15は、光ファイバ12で伝送された熱放射光を複数の波長帯域に分光し、各波長帯域の熱放射光のエネルギーの比に基づいて、鋼板Mの表面(下面)と放射温度計1Aとの間(具体的には、鋼板Mの下面とノズル2の先端との間)に存在する水Wの厚みが0.1mm以下であるか否かを判断する。
【0068】
具体的には、本実施形態の水厚推定部15は、光ファイバ12で伝送された熱放射光を、1.60〜1.80μm、1.65〜1.75μm及び1.88〜1.94μmの各波長帯域に分光し、分光後の各波長帯域の熱放射光を検出素子としてのInGaAsフォトダイオードで光電変換して、エネルギーを算出する。上記の分光方法としては、特に限定されるものではないが、例えば、上記の各波長帯域の光のみをそれぞれ透過する3つの光学フィルタを円盤に固定し、この円盤を回転させて分光する方法が挙げられる。また、水厚推定部15に接続する光ファイバ12を3本に分岐し、分岐した3本の光ファイバの端部にそれぞれ対向して上記の3つの光学フィルタを配置する方法でもよい(この場合には、検出素子も3つ必要である)。さらには、プリズムや分光器を用いる分光方法(これらの場合には、検出素子も3つ必要)を適用することも可能である。
【0069】
次に、水厚推定部15は、1.65〜1.75μmの波長帯域の熱放射光のエネルギーE(1.65〜1.75μm)と、1.60〜1.80μmの波長帯域の熱放射光のエネルギーE(1.60〜1.80μm)との比であるE(1.65〜1.75μm)/E(1.60〜1.80μm)を算出する。また、水厚推定部15は、1.88〜1.94μmの波長帯域の熱放射光のエネルギーE(1.88〜1.94μm)と、1.60〜1.80μmの波長帯域の熱放射光のエネルギーE(1.60〜1.80μm)との比であるE(1.88〜1.94μm)/E(1.60〜1.80μm)を算出する。
【0070】
水厚推定部15は、E(1.65〜1.75μm)/E(1.60〜1.80μm)≧0.55が成立するとき、水Wの厚みは1.0mm以上であると判断する。
また、水厚推定部15は、E(1.65〜1.75μm)/E(1.60〜1.80μm)<0.55が成立し、且つ、E(1.88〜1.94μm)/E(1.60〜1.80μm)<0.42が成立するとき、水Wの厚みは0.1mmを超え1.0mm未満であると判断する。
さらに、水厚推定部15は、E(1.65〜1.75μm)/E(1.60〜1.80μm)<0.55が成立し、且つ、E(1.88〜1.94μm)/E(1.60〜1.80μm)≧0.42が成立するとき、水Wの厚みは0.1mm以下であると判断する。
【0071】
測温値出力部16は、水厚推定部15が水Wの厚みは0.1mm以下であると判断した場合にのみ、最大測温値抽出部14の出力値を鋼板Mの表面温度として出力する。水Wの厚みが0.1mm程度であれば、前述した図6に示すように、水の透過率は95%程度であり、測温値への影響は極めて少ないからである。
【0072】
以下、本実施形態に係る表面温度測定装置100Aの水厚推定部15において、上述した判断を行う理由について説明する。
【0073】
本発明者らは、検出する熱放射光の波長を1.60〜1.80μm、1.65〜1.75μm及び1.88〜1.94μmとした放射温度計と黒体炉との間に介在させる水の厚みを適宜変更すると共に、黒体炉の温度を適宜変更して、黒体炉からの熱放射光を検出する試験を行った。
【0074】
図16は、上記の試験によって得られたE(1.65〜1.75μm)/E(1.60〜1.80μm)の変化を示すグラフである。図16に示す結果から明らかなように、E(1.65〜1.75μm)/E(1.60〜1.80μm)<0.55が成立するときには、黒体炉(被測温材)の温度が200℃〜500℃の範囲で変わっても、水の厚みは1.0mm未満であるといえる。
【0075】
図17は、上記の試験によって得られたE(1.88〜1.94μm)/E(1.60〜1.80μm)の変化を示すグラフである。図18は、図17に示すグラフの内、水の厚みが小さい部分を拡大して示すグラフである。
図18に示す結果からすれば、E(1.88〜1.94μm)/E(1.60〜1.80μm)≧0.42が成立するとき、黒体炉(被測温材)の温度が200℃〜500℃の範囲で変わっても、水の厚みは0.1mm以下であるといえる。
しかしながら、図17に示す結果からすれば、水の厚みが4.0mmを超える場合にも、黒体炉(被測温材)の温度によっては、E(1.88〜1.94μm)/E(1.60〜1.80μm)≧0.42が成立する可能性がある。つまり、E(1.88〜1.94μm)/E(1.60〜1.80μm)≧0.42が成立するのみでは、水の厚みが0.1mm以下であると判断することはできない。
このため、E(1.88〜1.94μm)/E(1.60〜1.80μm)≧0.42が成立すると同時に、前述したE(1.65〜1.75μm)/E(1.60〜1.80μm)<0.55が成立する(つまり、水の厚みは1.0未満である)場合にのみ、水の厚みが0.1mm以下であると判断すればよい。
【0076】
以上に説明した結果に基づき、本実施形態の水厚推定部15は、前述した判断を行っている。
【0077】
以上に説明した本実施形態に係る表面温度測定装置100Aによれば、第1の実施形態に係る表面温度測定装置100の構成に加えて、測温誤差の要因となる鋼板Mの表面と放射温度計1Aとの間に存在する水Wの厚みが小さい場合(0.1mm以下の場合)にのみ、測温値を鋼板Mの表面温度として出力する構成であるため、表面温度測定装置100に比べて測温精度がより一層高まることが期待できる。
【0078】
以下、本発明に係る表面温度測定装置を厚鋼板の製造ラインに適用して、厚鋼板を製造する方法について説明する。
【0079】
図19は、厚鋼板の製造ラインの概略構成例を示す模式図である。
図19に示す製造ライン10は、図面左側から、加熱炉20、粗圧延機30、仕上げ圧延機40、冷却装置50及びホットレベラー60が、この順に配置されている。加熱炉20で約1100〜1200℃に加熱されたスラブM1は、粗圧延機30で一定の厚みに減肉され、粗圧延材M2とされる。次いで、粗圧延材M2は、仕上げ圧延機40の前後を往復して所定の厚みの被圧延材M3とされる。その後、被圧延材M3は、冷却装置50により水冷されて材質が調整された後、ホットレベラー60により平坦度が矯正される。
【0080】
上記の構成を有する厚鋼板の製造ライン10において、本発明に係る表面温度測定装置は、冷却装置50内(具体的には、例えば、冷却装置50内に配置された搬送ロール間)に設置して用いることができる。冷却装置50は、仕上げ圧延機40を通過してもなお600〜700℃程度の温度を有する被圧延材8を室温近くまで冷却するのに用いられる。本発明に係る表面温度測定装置は、放射温度計で検出する熱放射光の波長を1.60〜1.80μmとすることにより、被圧延材8の表面温度が200℃程度の低温域であっても精度良く測温可能である。また、被圧延材8の板厚は厚いため、冷却装置50では大量の冷却水が必要となるが、本発明に係る表面温度測定装置のように、被圧延材8の表面に向けてエアーパージしてエアー柱を形成すれば、大量の冷却水が存在する環境下でも精度の高い測温が可能である。
【0081】
以上に説明したように、本発明に係る表面温度測定装置は、厚鋼板の製造ライン10において、大量の冷却水が用いられる冷却装置50内に設置することができる。
【符号の説明】
【0082】
1・・・放射温度計
2・・・ノズル
3・・・流量調整バルブ
4・・・フィルタ
11・・・受光光学系
12・・・光ファイバ
13・・・温度演算部
14・・・最大測温値抽出部
100・・・表面温度測定装置
A・・・エアー柱
W・・・水
M・・・鋼板(被測温材)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水冷中の被測温材の表面から放射された熱放射光を該被測温材の表面に対向配置した放射温度計で検出することにより、該被測温材の表面温度を測定する方法であって、
前記放射温度計で検出する熱放射光の波長を1.60〜1.80μmとすることを特徴とする表面温度測定方法。
【請求項2】
前記放射温度計から前記被測温材の表面に向けてエアーを噴射することにより、前記被測温材の表面と前記放射温度計との間にエアー柱を形成し、
前記エアー柱を介して前記被測温材の表面から放射された熱放射光を前記放射温度計で検出することを特徴とする請求項1に記載の表面温度測定方法。
【請求項3】
前記放射温度計によって所定時間内に得られた複数の測温値のうち、最大の測温値を前記被測温材の表面温度として出力することを特徴とする請求項1又は2に記載の表面温度測定方法。
【請求項4】
前記被測温材の表面と前記放射温度計との間に存在し得る水の厚みをhとした場合、以下の式を満足する流速Vで、前記放射温度計から前記被測温材の表面に向けてエアーを噴射することを特徴とする請求項2又は3に記載の表面温度測定方法。
>2・ρ・g・h/ρ
ただし、上記の式において、ρは水の密度を、ρはエアーの密度を、gは重力加速度を意味する。
【請求項5】
前記被測温材の表面から放射された熱放射光を複数の波長帯域に分光し、各波長帯域の熱放射光のエネルギーの比に基づいて、前記被測温材の表面と前記放射温度計との間に存在する水の厚みが0.1mm以下であるか否かを判断し、前記水の厚みが0.1mm以下であると判断した場合にのみ、前記被測温材の表面温度を出力することを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の表面温度測定方法。
【請求項6】
前記被測温材の表面から放射された熱放射光を、1.60〜1.80μm、1.65〜1.75μm及び1.88〜1.94μmの各波長帯域に分光することを特徴とする請求項5に記載の表面温度測定方法。
【請求項7】
水冷中の被測温材の表面に対向配置された放射温度計を備え、該被測温材の表面から放射された熱放射光を該放射温度計で検出することにより、該被測温材の表面温度を測定する装置であって、
前記被測温材の表面と前記放射温度計の検出素子との間に、1.60〜1.80μmの波長帯域の光のみを透過する光学フィルタを備えることを特徴とする表面温度測定装置。
【請求項8】
前記被測温材が鋼材であり、
請求項1から6のいずれかに記載の方法によって表面温度を測定する工程を有することを特徴とする鋼材の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図8】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2011−53047(P2011−53047A)
【公開日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−201445(P2009−201445)
【出願日】平成21年9月1日(2009.9.1)
【出願人】(000002118)住友金属工業株式会社 (2,544)
【Fターム(参考)】